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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-16
(45)【発行日】2023-08-24
(54)【発明の名称】無方向性電磁鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 22/00 20060101AFI20230817BHJP
   C21D 8/12 20060101ALI20230817BHJP
【FI】
C23C22/00 B
C21D8/12 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021558478
(86)(22)【出願日】2020-11-20
(86)【国際出願番号】 JP2020043479
(87)【国際公開番号】W WO2021100867
(87)【国際公開日】2021-05-27
【審査請求日】2022-05-10
(31)【優先権主張番号】P 2019210860
(32)【優先日】2019-11-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】藤井 浩康
(72)【発明者】
【氏名】真木 純
(72)【発明者】
【氏名】竹田 和年
(72)【発明者】
【氏名】赤木 陽
(72)【発明者】
【氏名】三村 洋之
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/194520(WO,A1)
【文献】特表2009-545674(JP,A)
【文献】特開平08-269571(JP,A)
【文献】特開2000-204477(JP,A)
【文献】特開昭60-262981(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/00~22/86
B05D 7/14~7/18
C21D 6/00~6/04
C21D 8/12
C21D 9/46~9/48
H01F 1/14~1/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材鋼板と、
前記母材鋼板の表面に形成された、Zn含有リン酸塩と有機樹脂との複合皮膜と、
を備える無方向性電磁鋼板であって、
前記複合皮膜は、無機物としてリン酸塩のみを含有し、クロム酸塩系化合物およびカルボン酸系化合物を含有せず、
前記複合皮膜中のZn含有量が、片面当たり10mg/m以上であり、
前記母材鋼板中の酸素量と、前記母材鋼板の板厚との積が50ppm・mm以下である、
無方向性電磁鋼板。
【請求項2】
前記複合皮膜が、さらに、Al、Mg、およびCaからなる群から選択される一種以上を含む、
請求項1に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項3】
前記有機樹脂が、アクリル樹脂、スチレン樹脂、アクリル-スチレン樹脂、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、およびウレタン樹脂からなる群から選択される一種以上を含む、
請求項1または請求項2に記載の無方向性電磁鋼板。
【請求項4】
Zn含有リン酸塩と有機樹脂とを含む塗布液を、母材鋼板の表面に塗布する工程と、
前記塗布液を酸素濃度30%以下の雰囲気中で、最大到達温度が250~450℃の範囲内であり、前記母材鋼板に付与される引張強さが20~60N/mmとなる条件で焼き付け、Zn含有量が片面当たり10mg/m以上である複合皮膜を形成する工程と、を備え
前記塗布液は、無機物としてリン酸塩のみを含有し、クロム酸塩系化合物およびカルボン酸系化合物を含有しない
無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記塗布液が、さらに、Al、Mg、およびCaからなる群から選択される一種以上を含む、
請求項4に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記有機樹脂が、アクリル樹脂、スチレン樹脂、アクリル-スチレン樹脂、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、およびウレタン樹脂からなる群から選択される一種以上を含む、
請求項4または請求項5に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無方向性電磁鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
無方向性電磁鋼板は回転機用鉄芯材料として、鋼板を多数枚積層して構成された、いわゆる積層体の形で使用される。回転機用鉄芯として無方向性電磁鋼板が使用される際、積層した鋼板板面に対し、法線方向に渦電流と呼ばれる電流が誘起されると、回転機としての効率が低下してしまう。そこで、渦電流の発生を防止するために、無方向性電磁鋼板表面には、絶縁性の皮膜が形成されることが一般的である。
【0003】
この絶縁性皮膜は、渦電流発生防止の他に、鉄主体の元素で構成された無方向性電磁鋼板自体を発錆、すなわち、腐食から守る機能も持ち合わせている。そのため、腐食防止作用の強いクロム酸塩系の皮膜を無方向性電磁鋼板の表面に形成することがこれまで一般的であった。
【0004】
しかし近年、環境意識の高まりとともに、クロム酸塩系化合物を使用しない絶縁皮膜が多数提案されてきた。その中で、絶縁皮膜の材料となる塗布液中の金属成分の一つを「Zn」とする技術が提案されている。
【0005】
例えば、特許文献1では、無機物質としてリン酸Al、リン酸Ca、リン酸Znの1種または2種以上を含む皮膜剤を用いることが開示されている。特許文献2では、被膜中の無機化合物として用いるリン酸Al、リン酸Ca、リン酸Znについて、それぞれ、Al/HPOモル比率、CaO/HPOモル比率、ZnO/HPOモル比率を規定することが開示されている。特許文献3では、第一リン酸AlとAl、Mg、Ca、Znの有機酸塩とを用いることが開示されている。特許文献4~6では、Zn成分を含むリン酸金属塩を用いることが開示されている。
【0006】
上述の技術は、皮膜構成成分のうち無機成分に関するものであった。これに対して、皮膜構成成分の有機成分に着目した技術として、ホスホン酸系等のキレート形成化合物を皮膜構成成分に使った提案もなされている。
【0007】
例えば、特許文献7では、塗布液中にホスホン酸系またはカルボン酸系のキレート形成化合物を添加する技術が開示されている。特許文献8では、黄変防止剤として、ホスホン酸系またはカルボン酸系のキレート形成化合物を使用する技術が開示されている。特許文献9では、ホスホン酸系またはカルボン酸系のキレート形成化合物に加え、チタンフッ化水素酸またはジルコンフッ化水素酸を使用する技術が開示されている。
【0008】
特許文献10では、塗布液中にホスホン酸系またはカルボン酸系のキレート形成化合物を添加する技術が開示されている。特許文献11では、チタニウムキレート等を用いる技術が開示されている。特許文献12では、塗布に先立ち、Niメッキを施した上でホスホン酸系またはカルボン酸系のキレート化合物を用いる技術が開示されている。特許文献13では、塗布液中にホスホン酸系またはカルボン酸系のキレート形成化合物に加え、ポリアミンを添加する技術が開示されている。
【0009】
さらには、最近、皮膜構成用塗布液の構成成分として、ホスホン酸系化合物を使用することを前提にした上で、さらに皮膜構造を規定した次のような提案がなされている。
【0010】
例えば、特許文献14では、透過型電子顕微鏡等を使って求めた皮膜断面におけるFe面積分率を規定することが開示されている。特許文献15では、X線光電子分光法により求めた皮膜中のPの割合とOと結合したFeの割合との関係を規定することが開示されている。特許文献16では、皮膜中のFe/Pの比率を規定することが開示されている。特許文献17では、核磁気共鳴分光法におけるPの積分強度割合を規定することが開示されている。特許文献18では、皮膜中にカルボン酸を含むことを規定することが開示されている。特許文献19では、皮膜中のリン酸量を種類別に規定することが開示されている。特許文献20では、皮膜中の全Feに占めるFe3+の割合を規定することが開示されている。特許文献21では、皮膜中の2価金属の濃化量を規定することが開示されている。
【0011】
上述の「Zn」を用いる技術を適用して無方向性電磁鋼板上に絶縁皮膜を形成しておけば、皮膜形成面では、相当程度の耐食性を確保することができる。しかしながら、近年、無方向性電磁鋼板が、東南アジア諸国に代表される、高温多湿環境、および海洋飛来塩付着環境において加工されるケースが増加している。こうした、高温多湿および塩付着という過酷な鋼板加工環境にあっては、絶縁皮膜形成面のみならず、絶縁皮膜が形成されていない「鋼板切断面」についても、高い耐食性が要求されるようになってきた。
【0012】
電磁鋼板から各種回転機が製造される工程においては、まず、電磁鋼板を所定の形状に成形する。最も一般的な成形方法は、金型を使って電磁鋼板を打ち抜く方法である。電磁鋼板の切断面では、母材鋼板が露出するため、絶縁皮膜による防錆効果が得られない。
【0013】
この打ち抜き工程では、金型の摩耗低減を目的として「打ち抜き油」が使用される。打ち抜き油は、打ち抜かれた鋼板の切断面にも付着し、ある程度の防錆性を発揮する。しかしながら、最近は打ち抜き後の工程における影響を考慮し、いわゆる「速乾性油」が多用されるようになってきた。速乾性油は打ち抜き後、極めて短時間のうちに、蒸発して鋼板切断面から揮散し、消失する。このような速乾性油は、防錆性を発揮し難い。
【0014】
また、回転機の種類等によっては、打ち抜き後、次工程に電磁鋼板が移送されるまで、相当長期間に渡り、電磁鋼板の切断面がそのままの状態で保管されることもある。この保管の際に、切断面の腐食が生じる場合がある。
【0015】
このように、皮膜形成面における耐食性確保のみならず、鋼板切断面における耐食性の向上も望まれてきた。
【0016】
鋼板切断面における耐食性の向上に関して、特許文献22では、絶縁皮膜形成用塗布液に炭素数2から50のカルボン酸系化合物を添加する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0017】
【文献】特開平07-041913号公報
【文献】特開平07-166365号公報
【文献】特開平11-131250号公報
【文献】特開平11-080971号公報
【文献】特開2001-129455号公報
【文献】特開2002-069657号公報
【文献】特開2002-47576号公報
【文献】特開2005-314725号公報
【文献】特開2008-303411号公報
【文献】特開2009-155707号公報
【文献】特表2009-545674号公報
【文献】特開2010-7140号公報
【文献】特開2010-261063号公報
【文献】国際公開第2016/104404号
【文献】国際公開第2016/104405号
【文献】国際公開第2016/104407号
【文献】国際公開第2016/104512号
【文献】特開2016-125141号公報
【文献】特開2016-125142号公報
【文献】特開2016-138333号公報
【文献】国際公開第2016/194520号
【文献】国際公開第2016/136515号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
上述の炭素数2から50のカルボン酸系化合物を用いる技術を適用し、無方向性電磁鋼板上に絶縁皮膜を形成すれば、鋼板切断面においても、ある程度の耐食性を確保することができる。しかしながら、本発明者らが検討を重ねた結果、カルボン酸系化合物等のキレート化合物を用いた場合であっても、鋼板切断面における耐食性が向上し難い場合があることが分かった。
【0019】
加えて、キレート化合物を皮膜形成用塗布液の成分として使用する場合、コストの増加を招くという問題もある。無方向性電磁鋼板の価格競争は激烈であり、絶縁皮膜形成用の塗布液に費やすことができるコストは非常に限られている。したがって、皮膜形成のために採用する原料には、コストが安いことが必然的に望まれていた。
【0020】
こうした課題を背景に、本発明者らは、コストの高いカルボン酸系化合物等を使用せず、かつ、Znが持つ優れた耐食性を「鋼板切断面」に対しても安定的に発揮できる、無方向性電磁鋼板およびその製造方法の開発に取り組んだ。
【0021】
本発明は上述の問題点を解決し、クロム酸塩系化合物という環境負荷物質を用いず、また、カルボン酸系化合物等の高価な有機化合物を用いなくとも、高温多湿環境および塩付着環境において、鋼板切断面の耐食性に優れる無方向性電磁鋼板およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、以下の無方向性電磁鋼板およびその製造方法を要旨とする。
【0023】
(1)本発明の一実施形態に係る無方向性電磁鋼板は、母材鋼板と、前記母材鋼板の表面に形成された、Zn含有リン酸塩と有機樹脂との複合皮膜と、を備え、前記複合皮膜中のZn含有量が、片面当たり10mg/m以上であり、前記母材鋼板中の酸素量と、前記母材鋼板の板厚との積が50ppm・mm以下である。
【0024】
(2)上記(1)に記載の無方向性電磁鋼板では、前記複合皮膜が、さらに、Al、Mg、およびCaからなる群から選択される一種以上を含んでもよい。
【0025】
(3)上記(1)または(2)に記載の無方向性電磁鋼板では、前記有機樹脂が、アクリル樹脂、スチレン樹脂、アクリル-スチレン樹脂、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、およびウレタン樹脂からなる群から選択される一種以上を含んでもよい。
【0026】
(4)本発明の他の実施形態に係る無方向性電磁鋼板の製造方法は、Zn含有リン酸塩と有機樹脂とを含む塗布液を、母材鋼板の表面に塗布する工程と、前記塗布液を酸素濃度30%以下の雰囲気中で、最高到達温度が250~450℃の範囲内であり、前記母材鋼板に付与される引張強さが15~60N/mmとなる条件で焼き付け、Zn含有量が片面当たり10mg/m以上である複合皮膜を形成する工程と、を備える。
【0027】
(5)上記(4)に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法では、前記塗布液が、さらに、Al、Mg、およびCaからなる群から選択される一種以上を含んでもよい。
【0028】
(6)上記(4)または(5)に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法では、前記有機樹脂が、アクリル樹脂、スチレン樹脂、アクリル-スチレン樹脂、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、およびウレタン樹脂からなる群から選択される一種以上を含んでもよい。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、クロム酸塩系化合物といった環境負荷物質、およびカルボン酸系化合物に代表される高価な有機化合物を皮膜材料として用いなくとも、Znが持つ優れた耐食性を、鋼板切断面においても発揮できる無方向性電磁鋼板を製造できる。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明者らが、鋼板切断面における耐食性を改善する方法について、鋭意検討を行った結果、以下の知見を得るに至った。
【0031】
まず、表面に皮膜を有する無方向性電磁鋼板をせん断機で切断したり、金型を使って打ち抜いたりした時の「鋼板切断面」の状況について検討を行った。
【0032】
せん断機による切断、または金型による打ち抜きの際に、鋼板表面に形成している皮膜等が、鋼板切断面に付着することがある。これを「垂れ込み効果」という。本発明者らは、「垂れ込み効果」と鋼板切断面の耐食性との関係に着目し、さらに研究を行った。
【0033】
鋼板切断面が塩水腐食環境に曝されると、水分および塩分が切断面に接触する。切断面に接触する水分によって、切断面に付着した皮膜等に含まれる成分が溶解し、溶出した成分は何らかの腐食生成物を形成するものと推測される。
【0034】
鋼板の耐食性は、この腐食生成物の有無および良否によって決まると考えられる。すなわち、水分および塩分の透過を抑制するような腐食生成物が鋼板切断面に形成する場合、鋼板自体への水分および塩分の接触/侵入が遮蔽される。そのため、鋼板自体の腐食が抑制され、その結果、塩水噴霧試験においては、錆の発生が抑制されることになる。
【0035】
このような観点で検討を進めた結果、皮膜中に所定量以上のZnを含有する場合、水分または塩分と接触した際に、切断面に付着した皮膜からZnが溶出し、耐食性に優れる腐食生成物が形成し、切断面において赤錆等の発生を抑制することができることを見出した。
【0036】
一方、上記の「垂れ込み効果」が十分に得られない場合、腐食生成物の生成は不十分となる。上述のように、皮膜と母材鋼板との密着性の改善を目的として、皮膜中にキレート化合物を含有させる場合がある。しかしながら、密着性が高すぎると、皮膜の剥離が生じにくくなり、「垂れ込み効果」が得られにくくなることが分かった。
【0037】
また、「垂れ込み効果」が得られたとしても、水分および塩分の透過を抑制する作用の低い腐食生成物が鋼板切断面に生成する場合、鋼板自体へ水分および塩分が次々と接触/侵入してしまう。そのため、鋼板自体の腐食が進展し、その結果、塩水噴霧試験において、地鉄が溶解し、錆の発生が顕著となる。
【0038】
本発明者らの検討の結果、母材鋼板の表面に酸化層が形成している場合、切断面の耐食性が劣化することが分かった。このことから、母材鋼板の表面に酸化層が存在すると、せん断機による切断、または金型による打ち抜きの際に、酸化層が剥離して切断面に付着し、塩水噴霧試験において、水および塩を含む湿潤環境下に置かれた時に、水および塩分が透過しやすい、耐食性に劣る腐食生成物を形成していると推測される。
【0039】
さらに、母材鋼板の表面に酸化層が形成するのを抑制する方法について検討を行った結果、皮膜形成用の塗布液を母材鋼板に塗布して焼き付けを行う際の条件の制御が重要であることを見出した。具体的には、焼き付け炉内で鋼板に付与される張力を所定の範囲とするとともに、炉内の酸素濃度を低下させることが重要である。
【0040】
本発明は上記の知見に基づいてなされたものである。以下に本発明の各要件について説明する。
【0041】
1.無方向性電磁鋼板
本実施形態に係る無方向性電磁鋼板は、母材鋼板と、母材鋼板の表面に形成された絶縁皮膜とを備える。一般的に、無方向性電磁鋼板の絶縁皮膜を大別すると、全有機皮膜(皮膜全てが有機物で構成されたもの)、無機皮膜(皮膜全てが無機物で構成されたもの)、および複合皮膜(皮膜が有機物および無機物の組み合わせで構成されたものであり、半有機皮膜とも称される)の3種類がある。本実施形態に係る無方向性電磁鋼板の絶縁皮膜は、複合皮膜である。
【0042】
また、複合皮膜中の無機物としては、リン酸塩、コロイダルシリカ、アルミナゾル、ジルコニアゾル等が提案されている。本発明においては、無機物としてリン酸塩のみを含有し、リン酸塩以外のコロイダルシリカ、アルミナゾル、ジルコニアゾル等の無機物は含有しない。本発明においては、上述のように、切断面に付着したZn成分を溶出させることで耐食性を改善させるという技術思想に基づいているため、Zn含有リン酸塩を必須とする。すなわち、本発明において、複合皮膜は、Zn含有リン酸塩と有機樹脂とを含む。
【0043】
2.複合皮膜
本実施形態に係る無方向性電磁鋼板において、複合皮膜中のZn含有量は、片面当たり10mg/m以上である。ここで、片面当たりのZn含有量とは、母材鋼板が有する表面および裏面の両方における複合皮膜の単位面積当たりのZn含有量(mg/m)の平均値を意味する。
【0044】
複合皮膜中のZn含有量が10mg/m未満であると、鋼板切断面に垂れ込んだ皮膜からは、耐食性が良好なZn含有の腐食生成物が生成し難い。その結果、鋼板切断面の耐食性が劣り、赤錆発生が多くなる。一方、複合皮膜中のZn含有量を10mg/m以上とすることで、鋼板切断面に垂れ込んだ皮膜から十分な量のZnが溶出する。それにより、耐食性が良好なZnを含む腐食生成物が形成し、鋼板切断面の耐食性に優れるため、赤錆発生が少なくなる。
【0045】
複合皮膜中のZn含有量は、片面当たり20mg/m以上であるのが好ましく、30mg/m以上であるのがより好ましい。
【0046】
本発明において、複合皮膜中のZn含有量は、次の方法で測定する。まず、複合皮膜を有する無方向性電磁鋼板を、臭素を5質量%含むメタノール溶液中に浸漬する。次に、溶液に浸漬された無方向性電磁鋼板に超音波を照射することにより、母材鋼板を溶解し、複合皮膜成分を残渣として濾過する。
【0047】
得られた残渣を酸溶解-アルカリ融解法により完全溶解し、水溶液とする。次に、この水溶液について、ICP(高周波誘導結合プラズマ)発行分光分析法による分析を行い、これによりZn量を定量する。最後に、定量されたZn量を無方向性電磁鋼板の試料面積(母材鋼板の表裏の合計面積)で除することにより、単位面積当たりの量に換算する。濾過採取した複合皮膜成分のICP分析は、JIS K 0116:2014「発光分光分析通則」を援用できる。
【0048】
また、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板において、母材鋼板の酸素量と、母材鋼板の板厚との積は50ppm・mm以下である。ここで、母材鋼板の酸素量とは、無方向性電磁鋼板の複合皮膜を所定の手段によって取り除いた後の鋼板を分析対象として酸素量を分析することによって得られる値であり、その単位はppmである。また、母材鋼板の板厚とは、無方向性電磁鋼板から複合皮膜を取り除いた後の鋼板の板厚であり、その単位はmmである。
【0049】
上述のように、本発明者らは、母材鋼板の表面に酸化層が形成している場合、切断面の耐食性が劣化すること見出した。特に、塩水噴霧耐食性と、母材鋼板酸素量および板厚の積との間に、良好な相関関係が認められることが分かった。
【0050】
複合皮膜形成用塗布液を塗布し、焼き付ける前の母材鋼板においては、その表面は酸化されていない。なぜなら、処理液を塗布する前の母材鋼板は、酸化性の低い雰囲気で焼鈍されているからである。したがって、母材鋼板の酸素量として計測される酸素は、塗布液を焼き付ける際に、母材鋼板が酸化されることによって生じるものである。
【0051】
ここで留意すべきは、母材鋼板の酸素量は、母材鋼板の全量に対する試料中の酸素の質量割合(すなわち、試料中の平均酸素含有量)となる点にある。無方向性電磁鋼板の母材鋼板の表面には、焼き付けの際の表面酸化に起因して酸素が含まれるが、母材鋼板の内部には、ほとんど酸素が含まれない。したがって、同じ条件の焼き付けに供された(すなわち、表面の酸化の度合いがほとんど等しい)薄い母材鋼板および厚い母材鋼板の酸素量を、上述の方法で測定した場合、板厚が薄い母材鋼板の酸素量の方が、板厚が薄い母材鋼板の酸素量よりも多く算出されるのである。
【0052】
そこで、本発明者らは、母材鋼板の酸素量に、母材鋼板の板厚(mm)を乗じて得られる値を、母材鋼板の表面の酸化の度合いを評価する指標として用いることにした。測定された酸素量に板厚を乗じることにより、母材鋼板の板厚が母材鋼板の酸素量の測定値に与える影響を補正することができる。
【0053】
母材鋼板の酸素量と、母材鋼板の板厚との積を50ppm・mm以下とすることで、酸化層の切断面への垂れ込みを抑制し、耐食性が良好なZnを含む腐食生成物の形成を促進することが可能となる。母材鋼板の酸素量と、母材鋼板の板厚との積は40ppm・mm以下であるのが好ましく、30ppm・mm以下であるのがより好ましい。
【0054】
本発明において、母材鋼板の酸素量は、次の方法で測定する。まず、無方向性電磁鋼板を、濃度50%の水酸化ナトリウム水溶液中で30分間煮沸することで、複合皮膜を母材鋼板から除去する。次に、残った鋼板の酸素量を、JIS G 1239:2014「鉄および鋼-酸素定量方法-不活性ガス融解-赤外線吸収法」により測定する。
【0055】
なお、本発明において、母材鋼板の酸素量と、母材鋼板の板厚との積を算出した際には、酸素量の測定精度を考慮し、二捨三入し、5の倍数として結果を表示するものとする。
【0056】
複合皮膜中には、Zn以外にも、例えば、Al、Mg、およびCaからなる群から選択される一種以上を含んでもよい。これらの元素は、Znと同様に、リン酸塩として含有されることが望まれる。なお、環境負荷を考慮すると、複合皮膜はクロム酸系化合物、およびこれに由来する物質を含むことは好ましくない。クロム酸系化合物、およびこれに由来する物質の含有量は、環境基準に適合するように可能な限り低減すべきであり、好ましくは0質量%である。
【0057】
また、有機樹脂としては特に制限はないが、アクリル樹脂、スチレン樹脂、アクリル-スチレン樹脂、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、およびウレタン樹脂からなる群から選択される一種以上が例示される。
【0058】
その他の成分についても特に制限はない。しかしながら、上述のように、ホスホン酸系化合物、カルボン酸系化合物等のキレート化合物を含むと、皮膜と母材鋼板との密着性が向上し、皮膜の剥離が生じにくくなり、「垂れ込み効果」が得られにくくなる場合がある。そのため、本発明の複合皮膜中には、キレート化合物は含まないこととする。
【0059】
3.母材鋼板
本実施形態に係る無方向性電磁鋼板の母材鋼板は特に限定されない。本実施形態に係る無方向性電磁鋼板の課題である耐食性向上は、絶縁皮膜の上記特徴によって達成されるからである。母材鋼板は、無方向性電磁鋼板の母材鋼板として用いられる通常の鋼板から適宜選択することができる。
【0060】
4.製造方法
本実施形態に係る無方向性電磁鋼板は、塗布液を母材鋼板の表面に塗布する工程と、その後、塗布液を焼き付けることにより母材鋼板上に複合皮膜を形成する工程とを備える製造方法により製造することができる。
【0061】
4-1.塗布液
母材鋼板の表面に塗布する塗布液は、リン酸塩水溶液と有機樹脂水分散液とを含む。また、リン酸塩水溶液における金属成分にはZn成分を含有させる。焼き付け後に、Zn含有量が片面当たり10mg/m以上となるように、塗布液の成分を調製する必要がある。Zn以外に、例えば、Al、Mg、およびCaからなる群から選択される一種以上をさらに含んでもよいが、これに限定されない。
【0062】
有機樹脂の種類は特に限定されない。リン酸塩水溶液と混合した時に粗大な凝集物を形成しないものであれば、種類を問わず、使用することができる。好ましい有機樹脂としては、アクリル樹脂、スチレン樹脂、アクリル-スチレン樹脂、エポキシ樹脂、ポリエステル樹脂、フェノール樹脂、およびウレタン樹脂等からなる群から選択される一種以上が挙げられる。
【0063】
リン酸塩水溶液と有機樹脂水分散液との比率は任意に選択することができる。有機樹脂水分散液を含有しない塗布液を用いて絶縁皮膜を形成した無方向性電磁鋼板は、その打ち抜き性が劣る傾向にある。そのため、有機樹脂水分散液を塗布液に含有させた方がよい。リン酸塩水溶液と有機樹脂水分散液の配合比率は、それぞれの固形分濃度を考慮し、決めればよい。上述のZn含有量が所定範囲内となるように配合比率が制御されている限り、配合比率に関わらず、絶縁皮膜には切断面の耐食性確保のために十分な量のZnが含まれることとなる。
【0064】
なお、環境負荷軽減の観点からは、塗布液にクロム酸塩系化合物を含めることは好ましくない。
【0065】
4-2.焼き付け条件
上述のように、塗布液を焼き付ける際に、母材鋼板の表面に酸化層が形成するのを抑制する必要がある。そのため、本発明においては、焼き付け条件の制御が重要となる。
【0066】
通常、塗布液の焼き付けは、連続ラインによって行われる。この際、酸化層の形成を抑制するためには、鋼板に付与される張力を適正範囲に調整する必要があり、具体的には、母材鋼板に付与される引張強さを15~60N/mmとする。上記引張強さは20N/mm以上であるのが好ましく、50N/mm以下であるのが好ましい。
【0067】
そのメカニズムについては明らかになっていないが、鋼板に付与される引張強さが低すぎると鋼板が蛇行し、焼き付け炉内で設備等との接触を起こすおそれがあるだけでなく、塗布液が均一に塗布されなくなるため、酸化されやすい部分生じるものと推測される。一方、引張強さが過剰であっても、粒界が拡がることで酸化されやすくなると考えられる。
【0068】
また、母材鋼板に付与される張力が上記範囲内であったとしても、炉内雰囲気中の酸素濃度が高すぎる場合には、酸化層の形成を抑制することが困難である。そのため、焼き付け炉内の雰囲気中の酸素濃度は30%以下とする。酸素濃度は20%以下であるのが好ましい。
【0069】
さらに、焼き付け時の最高到達温度が低すぎると焼き付けが不十分となり、べとつきが発生する。一方、最高到達温度が高すぎる場合、酸化層の形成を抑制することが困難になり、切断面の耐食性が劣化する。そのため、焼き付け時の最高到達温度は250~450℃の範囲内とする。
【0070】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0071】
(実施例1)焼き付け時の張力
複合皮膜を形成する前であって、焼鈍済みの板厚0.5mmの無方向性電磁鋼板(すなわち母材鋼板)を用意した。焼鈍は酸化性の低い雰囲気で行ったため、これらの母材鋼板の表面は酸化していなかった。この母材鋼板に対し、リン酸Alおよびリン酸Znの混合物でZnモル比率を20%に調整した、固形分濃度が50%のリン酸塩水溶液100gと、濃度が40%のアクリル/スチレン樹脂水分散液20gとの混合液を塗布した。そして、雰囲気酸素濃度を20%、最高到達温度を340℃として、種々の張力を付与しながら複合皮膜を形成した。
【0072】
複合皮膜量は片面当たり1.5g/mになるようにした。また、複合皮膜は母材鋼板の両面に設け、複合皮膜量および成分は両面において実質的に同一とした。そして、複合皮膜の片面当たりのZn含有量を上述の「臭素/メタノール液中溶解-酸/アルカリ融解調製-ICP分析法」により求めた。その結果、複合皮膜のZn含有量はいずれも片面当たり10mg/mであった。
【0073】
また、複合皮膜が形成された無方向性電磁鋼板を濃度50%の水酸化ナトリウム水溶液中で30分間煮沸することで、複合皮膜を除去した無方向性電磁鋼板について、JIS G 1239:2014「鉄および鋼-酸素定量方法-不活性ガス融解-赤外線吸収法」により、含有酸素量を測定した。そして、測定値に板厚を乗ずることにより、母材鋼板の酸素量と、母材鋼板の板厚との積(ppm・mm)を求めた。
【0074】
次いで、複合皮膜を有する無方向性電磁鋼板を、せん断機で、20mm×50mm寸法に切断した。切断済みの無方向性電磁鋼板を20枚積層し、切断面の合計高さがおよそ10mmになるようにした。この積層体の10mm×50mmの切断積層面1面について、塩水噴霧法による耐食性評価を行った。塩水噴霧法耐食性試験は「JIS Z 2371」に準じて行った。試験用の塩水溶液のNaCl濃度は5質量%とした。噴霧室内の試験片保持器付近の温度は35℃とした。耐食性の良否は、噴霧時間が8時間となった時点における各無方向性電磁鋼板の切断積層面の赤錆面積比率でもって判定し、次のとおり、水準分けした。判定がAまたはBの場合を合格とした。
【0075】
(塩水噴霧法による耐食性評価の判定基準)
・赤錆面積率が10%未満の場合 : A
・赤錆面積率が10%以上、20%未満の場合 : B
・赤錆面積率が20%以上、30%未満の場合 : C
・赤錆面積率が30%以上、40%未満の場合 : D
・赤錆面積率が40%以上の場合 : E
【0076】
以上の結果を表1に示す。
【0077】
【表1】
【0078】
表1から、焼き付け時に鋼板に付与される引張強さを15~60N/mmの範囲内とすることで、酸化層の生成が抑制され、鋼板切断面における塩水噴霧耐食性が良好であることが分かる。
【0079】
(実施例2)Zn含有量および酸素濃度
複合皮膜を形成する前であって、焼鈍済みの板厚0.5mmの無方向性電磁鋼板(すなわち母材鋼板)を用意した。焼鈍は酸化性の低い雰囲気で行ったため、これらの母材鋼板の表面は酸化していなかった。これらの母材鋼板に対し、リン酸Alもしくはリン酸Znまたはこれらの混合物でZnモル比率を0~100%の範囲で調整した、固形分濃度が50%のリン酸塩水溶液100gと、濃度が40%のアクリル-スチレン系有機樹脂水分散液15gとの混合液を塗布した。そして、種々の雰囲気酸素濃度で、最高到達温度を340℃として、複合皮膜を形成した。
【0080】
焼き付け時に鋼板に付与される引張強さは22N/mmとした。複合皮膜量は片面当たり1g/mになるようにした。また、複合皮膜は母材鋼板の両面に設け、複合皮膜量および成分は両面において実質的に同一とした。各種の分析および評価は実施例1と同じ基準で行った。結果を表2および3に示す。
【0081】
【表2】
【0082】
【表3】
【0083】
表2および3から、複合皮膜のZn含有量が片面当たり10mg/m以上であり、かつ、母材鋼板の酸素量と板厚との積が50ppm・mmとすることで、鋼板切断面における塩水噴霧耐食性が良好であることが分かる。
【0084】
(実施例3)リン酸Zn/Mg
複合皮膜を形成する前であって、焼鈍済みの板厚0.5mmの無方向性電磁鋼板(すなわち母材鋼板)を用意した。焼鈍は酸化性の低い雰囲気で行ったため、これらの母材鋼板の表面は酸化していなかった。この母材鋼板に対し、リン酸Mgもしくはリン酸Znまたはこれらの混合物でZnモル比率を0~100%の範囲で調整した、固形分濃度が50%のリン酸塩水溶液100gと、濃度が40%のアクリル-スチレン系有機樹脂水分散液10gとの混合液を塗布した。そして、雰囲気酸素濃度を20%、最高到達温度を340℃として、複合皮膜を形成した。
【0085】
焼き付け時に鋼板に付与される引張強さは22N/mmとした。複合皮膜量は片面当たり1g/mになるようにした。また、複合皮膜は母材鋼板の両面に設け、複合皮膜量および成分は両面において実質的に同一とした。各種の分析および評価は実施例1と同じ基準で行った。結果を表4に示す。
【0086】
【表4】
【0087】
表4から、複合皮膜のZn含有量が片面当たり10mg/m以上であり、かつ、母材鋼板の酸素量と板厚との積が50ppm・mmであれば、リン酸塩の金属成分がZn/Mg系であっても、鋼板切断面における塩水噴霧耐食性が良好であることが分かる。
【0088】
(実施例4)リン酸Zn/Ca
複合皮膜を形成する前であって、焼鈍済みの板厚0.35mmの無方向性電磁鋼板(すなわち母材鋼板)を用意した。焼鈍は酸化性の低い雰囲気で行ったため、これらの母材鋼板の表面は酸化していなかった。これらの母材鋼板に対し、リン酸Caもしくはリン酸Znまたはこれらの混合物でZnモル比率を0~100%の範囲で調整した、固形分濃度が50%のリン酸塩水溶液100gと、濃度が40%のアクリル-スチレン系有機樹脂水分散液20gとの混合液を塗布した。そして、雰囲気酸素濃度を30%、最高到達温度を340℃として、複合皮膜を形成した。
【0089】
焼き付け時に鋼板に付与される引張強さは22N/mmとした。複合皮膜量は片面当たり1g/mになるようにした。また、複合皮膜は母材鋼板の両面に設け、複合皮膜量および成分は両面において実質的に同一とした。各種の分析および評価は実施例1と同じ基準で行った。結果を表5に示す。
【0090】
【表5】
【0091】
表5から、複合皮膜のZn含有量が片面当たり10mg/m以上であり、かつ、母材鋼板の酸素量と板厚との積が50ppm・mm以下であれば、リン酸塩の金属成分がZn/Ca系であっても、鋼板切断面における塩水噴霧耐食性が良好であることが分かる。
【0092】
(実施例5)有機樹脂
複合皮膜を形成する前であって、焼鈍済みの板厚0.5mmの無方向性電磁鋼板(すなわち母材鋼板)を用意した。焼鈍は酸化性の低い雰囲気で行ったため、これらの母材鋼板の表面は酸化していなかった。これらの母材鋼板に対し、リン酸Alおよびリン酸Znの混合物でZnモル比率を70%に調整した、固形分濃度が50%のリン酸塩水溶液100gと、濃度が40%で種類の異なる有機樹脂水分散液15gとの混合液を塗布した。そして、雰囲気酸素濃度を5%、最高到達温度を340℃として、複合皮膜を形成した。
【0093】
焼き付け時に鋼板に付与される引張強さは22N/mmとした。複合皮膜量は片面当たり0.8g/mになるようにした。また、複合皮膜は母材鋼板の両面に設け、複合皮膜量および成分は両面において実質的に同一とした。各種の分析および評価は実施例1と同じ基準で行った。結果を表6に示す。なお、複合皮膜の片面当たりZn含有量はいずれも15mg/mであった。
【0094】
【表6】
【0095】
表6から、複合皮膜のZn含有量が片面当たり10mg/m以上であり、かつ、板厚1mm換算の母材鋼板酸素量が50ppm・mm以下であれば、いずれの有機樹脂を用いていても、鋼板切断面における塩水噴霧耐食性が良好であることが分かる。
【0096】
(実施例6)焼き付け温度
複合皮膜を形成する前であって、焼鈍済みの板厚0.5mmの無方向性電磁鋼板(すなわち母材鋼板)を用意した。焼鈍は酸化性の低い雰囲気で行ったため、これらの母材鋼板の表面は酸化していなかった。この母材鋼板に対し、リン酸Alおよびリン酸Znの混合物でZnモル比率を20%に調整した、固形分濃度が50%のリン酸塩水溶液100gと、濃度が40%のアクリル/スチレン樹脂水分散液20gとの混合液を塗布した。そして、雰囲気酸素濃度を1%として、種々の最高到達温度において、複合皮膜を形成した。
【0097】
焼き付け時に鋼板に付与される引張強さは22N/mmとした。複合皮膜量は片面当たり1.5g/mになるようにした。また、複合皮膜は母材鋼板の両面に設け、複合皮膜量および成分は両面において実質的に同一とした。各種の分析および評価は実施例1と同じ基準で行った。結果を表7に示す。なお、複合皮膜のZn含有量はいずれも片面当たり10mg/mであった。
【0098】
【表7】
【0099】
表7から、最高到達温度が250℃から450℃であれば、鋼板切断面における塩水噴霧耐食性が良好であることが分かる。
【0100】
最高到達温度が200℃条件で作製した複合皮膜は母材鋼板への焼き付けが不十分でべとつきが発生し、切断面の耐食性が評価できなかった。最高到達温度が510℃条件では、酸化層の生成に起因して、錆面積率が35%で耐食性は不良であった。
【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明によれば、クロム酸塩系化合物といった環境負荷物質、およびカルボン酸系化合物に代表される高価な有機化合物を皮膜材料として用いなくとも、Znが持つ優れた耐食性を、鋼板切断面においても発揮できる無方向性電磁鋼板を製造できる。そのため、本発明に係る無方向性電磁鋼板は、海洋性塩が飛来する様な過酷な環境に曝された時でも、鋼板切断面における赤錆発生を抑制できる。