(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-16
(45)【発行日】2023-08-24
(54)【発明の名称】幹細胞を非凍結で保存または輸送するための方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/0775 20100101AFI20230817BHJP
C12N 1/04 20060101ALI20230817BHJP
【FI】
C12N5/0775
C12N1/04
(21)【出願番号】P 2022573781
(86)(22)【出願日】2022-08-01
(86)【国際出願番号】 JP2022029522
(87)【国際公開番号】W WO2023013596
(87)【国際公開日】2023-02-09
【審査請求日】2022-11-30
(31)【優先権主張番号】P 2021126706
(32)【優先日】2021-08-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】520002597
【氏名又は名称】株式会社RAINBOW
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100078282
【氏名又は名称】山本 秀策
(74)【代理人】
【識別番号】100113413
【氏名又は名称】森下 夏樹
(74)【代理人】
【識別番号】100118371
【氏名又は名称】▲駒▼谷 剛志
(74)【代理人】
【識別番号】100181674
【氏名又は名称】飯田 貴敏
(74)【代理人】
【識別番号】100181641
【氏名又は名称】石川 大輔
(74)【代理人】
【識別番号】230113332
【氏名又は名称】山本 健策
(72)【発明者】
【氏名】川堀 真人
【審査官】山内 達人
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/159797(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/108537(WO,A1)
【文献】特開2021-019719(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
骨髄由来間葉系幹細胞を保存するための方法であって、該方法は、
1)ゲル化温度より高い温度でゲル化剤を含むpHが6.0~7.0である保存液を準備するステップと、
2)該保存液中に該幹細胞を入れた後該ゲル化剤のゲル化温度に下げるステップと、
3)該幹細胞を含む該保存液を該ゲル化剤のゲル維持温度で保存するステップと
を含み、該ゲル化剤が、コラーゲン、変性コラーゲン、コラーゲン様ペプチド、ゼラチンまたはこれらの任意の組み合わせを含み、該ゲル維持温度が、4℃~24℃であり、該保存液がMEMαまたは生理食塩水である、方法。
【請求項2】
前記ゲル化剤がコラーゲン様ペプチドを含み、該コラーゲン様ペプチドが、Gly-X-Yで示される配列の繰り返しを含み、XおよびYはそれぞれ独立して同一または異なるアミノ酸である、請求項
1に記載の方法。
【請求項3】
前記ゲル化剤が、約1%(w/w)以上の濃度で前記保存液中に含まれる、請求項
1に記載の方法。
【請求項4】
前記ゲル化剤が、約2.5%(w/w)~約10%(w/w)の濃度で前記保存液中に含まれる、請求項
3に記載の方法。
【請求項5】
前記ゲル化剤を、約2.5%(w/w)の濃度で前記保存液中に含む、請求項
4に記載の方法。
【請求項6】
前記保存液のpHが、6.4~7.0である、請求項
1に記載の方法。
【請求項7】
前記幹細胞が、細胞注入療法および創薬研究において使用される細胞であって、該細胞注入療法を受ける被験体から得られた細胞である、請求項
1に記載の方法。
【請求項8】
非ゲル化処理するステップをさらに含む、請求項
1に記載の方法。
【請求項9】
前記非ゲル化処理するステップが、ゲル化剤の融点またはそれより高い温度まで温度を上げることを含む、請求項
8に記載の方法。
【請求項10】
前記幹細胞を回収するステップをさらに含む、請求項
1に記載の方法。
【請求項11】
前記幹細胞を回収するステップが、前記保存液を2~20倍に希釈すること、前記幹細胞と前記保存液とを分離することを含む、請求項1
0に記載の方法。
【請求項12】
前記幹細胞が、約1×10
6~約1×10
7個/mlの細胞密度で保存される、請求項
1に記載の方法。
【請求項13】
骨髄由来間葉系幹細胞を保存するためのキットであって、該キットは、
(1)ゲル化剤を含む保存液と、
(2)該保存液のpHを6.0~7.0に調節するための緩衝液と
を含み、該幹細胞が、ゲル維持温度で保存され、該ゲル化剤が、コラーゲン、変性コラーゲン、コラーゲン様ペプチド、ゼラチンまたはこれらの任意の組み合わせを含み、該ゲル維持温度が、4℃~24℃であり、該保存液が、MEMαまたは生理食塩水である、キット。
【請求項14】
ゲル化剤を含む、骨髄由来間葉系幹細胞を保存するための組成物であって、該組成物は、幹細胞を保存する際に、ゲル維持温度およびpH6.0~7.0で使用され、該ゲル化剤が、コラーゲン、変性コラーゲン、コラーゲン様ペプチド、ゼラチンまたはこれらの任意の組み合わせを含み、ゲル維持温度が、4℃~24℃であり、該
ゲル化剤がMEMαまたは生理食塩水
中に含まれる、組成物。
【請求項15】
ゲル化剤と骨髄由来間葉系幹細胞とを含み、pHが6.0~7.0である、製剤であって、該製剤が、ゲル維持温度で保存され、該ゲル化剤が、コラーゲン、変性コラーゲン、コラーゲン様ペプチド、ゼラチンまたはこれらの任意の組み合わせを含み、該ゲル維持温度が、4℃~24℃であり、該
ゲル化剤がMEMαまたは生理食塩水
中に含まれる、製剤。
【請求項16】
Ready-to-Use製剤である、請求項1
5に記載の製剤。
【請求項17】
骨髄由来間葉系幹細胞を運搬するための方法であって、該方法は、
1)ゲル化温度より高い温度でゲル化剤を含むpHが6.0~7.0である保存液を準備するステップと、
2)該保存液中に該幹細胞を入れた後該ゲル化剤のゲル化温度に下げるステップと、
3)該幹細胞を含む該保存液を該ゲル化剤のゲル維持温度で運搬するステップと
を含み、該ゲル化剤が、コラーゲン、変性コラーゲン、コラーゲン様ペプチド、ゼラチンまたはこれらの任意の組み合わせを含み、該ゲル維持温度が、4℃~24℃であり、該保存液がMEMαまたは生理食塩水である、方法。
【請求項18】
骨髄由来間葉系幹細胞を保存するためのゲル化剤であって、該ゲル化剤が、該骨髄由来間葉系幹細胞を保存する際に、pH6.0~7.0で、該ゲル化剤のゲル維持温度で使用され、該ゲル化剤が、コラーゲン、変性コラーゲン、コラーゲン様ペプチド、ゼラチンまたはこれらの任意の組み合わせを含み、該ゲル維持温度が、4℃~24℃であり、該
ゲル化剤がMEMαまたは生理食塩水
中に含まれる、ゲル化剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、幹細胞を保存または輸送する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、日本では複数の幹細胞を用いた再生医療等製品が開発・および一部承認されており、これらは治療法が無かった疾患(重度熱傷・脊髄損傷・頭部外傷・脳梗塞・脳出血・パーキンソン病等)に対して新たな希望をもたらしており、今後も大きな発展が見込まれる。しかし、これらの製品の多くは、超低温(-170℃)で凍結保存された状態で輸送されている。これには(1)細胞品質(細胞生存率・栄養因子分泌力)の低下、(2)輸送コスト(液体窒素コストや超低温輸送機器購入・維持)の問題が存在する。一方、常温で細胞を輸送した場合、細胞代謝が通常通り進行する事から輸送液中の酸素・栄養が枯渇してしまうという問題と、細胞が完全に固定されている状態ではないため振動による物理的ダメージが生じるという問題が存在し、長時間(1日以上)における生存率は非常に低くなる。低温で輸送した場合には代謝が抑えられるものの、振動に対しては改善されていない。細胞の生存率を保った状態で、振動などの輸送条件に耐えうる安価な輸送を可能にする方法が求められている。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0003】
本開示者らは、鋭意工夫した結果、幹細胞を高い生存率で保存する方法を見出すに至った。具体的には、本開示者らは、幹細胞をゲル化剤と共に保存することで、凍結させることなく、高い生存率および栄養因子を分泌する能力を維持することを見出した。したがって、本開示による保存方法によれば、治療用の幹細胞を、凍結することなく低温(例えば、4℃)で輸送することを可能にする。
【0004】
したがって、本開示は以下を提供する。
(項目1)
幹細胞を保存するための方法であって、該方法は、
1)ゲル化温度より高い温度でゲル化剤を含むpHが約5.0~約8.0である保存液を準備するステップと、
2)該保存液中に該幹細胞を入れた後該ゲル化剤のゲル化温度に下げるステップと、
3)該幹細胞を含む該保存液を該ゲル化剤のゲル維持温度で保存するステップと
を含む、方法。
(項目1A)
幹細胞を保存するための方法であって、該方法は、
1)ゲル化温度より高い温度でゲル化剤を非ゲル状態で含むpHが約5.0~約8.0である保存液を準備するステップと、
2)該保存液中に該幹細胞を入れた後該ゲル化剤のゲル化温度に下げるステップと、
3)該幹細胞を含む該保存液を該ゲル化剤のゲル維持温度で保存するステップと
を含む、方法。
(項目2)
前記ゲル化剤が、ペプチドを含む、上記項目に記載の方法。
(項目3)
前記ゲル化剤が、コラーゲン、変性コラーゲン、コラーゲン様ペプチド、ゼラチンまたはこれらの任意の組み合わせを含む、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目4)
前記ゲル化剤がコラーゲン様ペプチドを含み、該コラーゲン様ペプチドが、Gly-X-Yで示される配列の繰り返しを含み、XおよびYはそれぞれ独立して同一または異なるアミノ酸である、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目5)
前記ゲル化剤が、約1%(w/w)以上の濃度で前記保存液中に含まれる、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目6)
前記ゲル化剤が、約1%(w/w)~約10%(w/w)の濃度で前記保存液中に含まれる、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目7)
前記ゲル化剤が、約2.5%(w/w)の濃度で前記保存液中に含む、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目8)
前記保存液は、細胞培養液、生理食塩水、または電解質溶液である、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目9)
前記保存液のpHが、約6.0~約7.5である、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目10)
前記保存液のpHが、約6.4~約7.4である、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目11)
前記ゲル維持温度が、約0℃~約37℃である、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目12)
前記ゲル維持温度が、約0℃~約24℃である、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目13)
前記幹細胞が、間葉系幹細胞である、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目14)
前記間葉系幹細胞が、骨髄、脂肪組織、胎盤組織、滑膜組織、臍帯組織(例えば、臍帯血)、歯髄、または羊膜由来の間葉系幹細胞幹細胞、あるいは、ES細胞またはiPS細胞から分化させた間葉系幹細胞である、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目15)
前記間葉系幹細胞が、骨髄由来間葉系幹細胞である、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目16)
前記幹細胞が、細胞注入療法および創薬研究において使用される細胞であって、該細胞注入療法を受ける被験体から得られた細胞である、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目17)
非ゲル化処理するステップをさらに含む、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目18)
前記非ゲル化処理するステップが、ゲル化剤の融点またはそれより高い温度まで温度を上げることを含む、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目19)
前記幹細胞を回収するステップをさらに含む、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目20)
前記幹細胞を回収するステップが、前記保存液を2~20倍に希釈すること、前記幹細胞と前記保存液とを分離することを含む、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目21)
前記幹細胞が、約1×106~約1×107個/mlの細胞密度で保存される、上記項目のいずれかに記載の方法。
(項目22)
幹細胞を保存するためのキットであって、該キットは、
(1)ゲル化剤を含む保存液と、
(2)該保存液のpHを約5.0~約8.0に調節するための緩衝液と
を含み、該幹細胞が、ゲル維持温度で保存される、キット。
(項目23)
ゲル化剤を含む、幹細胞を保存するための組成物。
(項目24)
前記組成物は、幹細胞を保存する際に、pH約5.0~約8.0で使用される、上記項目のいずれかに記載の組成物。
(項目25)
前記組成物は、幹細胞を保存する際に、前記ゲル化剤のゲル化温度で保存されるように使用される、上記項目のいずれかに記載の組成物。
(項目26)
ゲル化剤と幹細胞とを含み、pHが約5.0~約8.0である、製剤。
(項目29)
Ready-to-Use製剤である、上記項目のいずれかに記載の製剤。
(項目30)
組織または臓器を保存するための方法であって、該方法は、
1)ゲル化温度より高い温度でゲル化剤を含むpHが約5.0~約8.0である保存液を準備するステップと、
2)該保存液中に該組織または臓器を入れた後該ゲル化剤のゲル化温度に下げるステップと、
3)該組織または臓器を含む該保存液を該ゲル化剤のゲル維持温度で保存するステップと
を含む、方法。
(項目30A)
組織または臓器を保存するための方法であって、該方法は、
1)ゲル化温度より高い温度でゲル化剤を非ゲル状態で含むpHが約5.0~約8.0である保存液を準備するステップと、
2)該保存液中に該組織または臓器を入れた後該ゲル化剤のゲル化温度に下げるステップと、
3)該組織または臓器を含む該保存液を該ゲル化剤のゲル維持温度で保存するステップと
を含む、方法。
(項目31)
組織または臓器を保存するためのキットであって、該キットは、
(1)ゲル化剤を含む保存液と、
(2)該保存液のpHを約5.0~約8.0に調節するための緩衝液と
を含み、該組織または臓器が、ゲル維持温度で保存される、キット。
(項目32)
ゲル化剤を含む、組織または臓器を保存するための組成物。
(項目33)
前記組成物は、組織または臓器を保存する際に、pH約5.0~約8.0で使用される、上記項目のいずれかに記載の組成物。
(項目34)
幹細胞を運搬するための方法であって、該方法は、
1)ゲル化温度より高い温度でゲル化剤を含むpHが約5.0~約8.0である保存液を準備するステップと、
2)該保存液中に該幹細胞を入れた後該ゲル化剤のゲル化温度に下げるステップと、
3)該幹細胞を含む該保存液を該ゲル化剤のゲル維持温度で運搬するステップと
を含む、方法。
(項目33)
幹細胞を保存するためのゲル化剤であって、該ゲル化剤が、該幹細胞を保存する際に、pH約5.0~約8.0で、該ゲル化剤のゲル維持温度で使用される、ゲル化剤。
(項目34)
組織または臓器を保存するためのゲル化剤であって、該ゲル化剤が、該組織または臓器を保存する際に、pH約5.0~約8.0で、該ゲル化剤のゲル維持温度で使用される、ゲル化剤。
【0005】
本開示において、上記1または複数の特徴は、明示された組み合わせに加え、さらに組み合わせて提供されうることが意図される。本開示のなおさらなる実施形態および利点は、必要に応じて以下の詳細な説明を読んで理解すれば、当業者に認識される。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【
図1】
図1は、RCP存在下または非存在下における保存72時間後および再播種72時間後の細胞生存率のグラフを示す。
【
図2】
図2は、異なる濃度のRCP存在下での保存における保存72時間後および再播種72時間後の細胞生存率のグラフを示す。
【
図3】
図3は、RCPを含む異なる保存液における保存72時間後および再播種72時間後の細胞生存率のグラフを示す。
【
図4】
図4は、異なる温度での保存における保存72時間後および再播種72時間後の細胞生存率のグラフを示す。
【
図5】
図5は、異なる保存日数の保存における保存72時間後および再播種72時間後の細胞生存率のグラフを示す。
【
図6】
図6は、異なるゲル化剤を含む保存液における保存72時間後および再播種72時間後の細胞生存率のグラフを示す。
【
図7】
図7は、異なるpHでの保存における保存72時間後および再播種72時間後の細胞生存率のグラフを示す。
【
図8】
図8は、細胞を輸送した後の細胞生存率および静置して保存した後の細胞生存率のグラフを示す。
【
図9】
図9は、保存後の細胞を保存液で1倍希釈および5倍希釈した場合の細胞生存率のグラフを示す。
【発明を実施するための形態】
【0007】
以下、本開示を説明する。本明細書の全体にわたり、単数形の表現は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。従って、単数形の冠詞(例えば、英語の場合は「a」、「an」、「the」など)は、特に言及しない限り、その複数形の概念をも含むことが理解されるべきである。また、本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。したがって、他に定義されない限り、本明細書中で使用されるすべての専門用語および科学技術用語は、本開示の属する分野の当業者によって一般的に理解されるのと同じ意味を有する。矛盾する場合、本明細書(定義を含めて)が優先する。
【0008】
(定義)
本明細書において、「約」とは、後に続く値の±10%を意味する。
【0009】
本明細書において「幹細胞」とは、自己複製能及び分化・増殖能を有する未熟な細胞を意味する。幹細胞には、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem ce11)、複能性幹細胞(multipotent stem ce11)、単能性幹細胞(unipotent stem ce11)等の亜集団が含まれる。多能性幹細胞とは、それ自体では個体になることができないが、生体を構成する全ての組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。複能性幹細胞とは、全ての種類ではないが、複数種の組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。単能性幹細胞とは、特定の組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。
【0010】
本明細書において「間葉系幹細胞」とは、間葉系間質細胞ともいい、骨芽細胞、脂肪細胞、筋細胞、軟骨細胞など、間葉系に属する細胞への分化能をもつ幹細胞を指す。間葉系幹細胞は、骨髄、脂肪組織、胎盤組織、滑膜組織、臍帯組織(例えば、臍帯血)、歯髄、または羊膜由来の間葉系幹細胞幹細胞、あるいは、ES細胞またはiPS細胞から分化させた間葉系幹細胞を包含し得る。
【0011】
本明細書において、「組織」とは、卵巣組織、精巣組織、臍帯組織、胎盤組織、結合組織、心臓組織、角膜組織、筋肉、軟骨または骨由来の組織、内分泌組織および神経組織などの任意の種類の細胞型およびその組合せを含む任意の組織型を指す。
【0012】
本明細書において、「臓器」とは、肺、肝臓、腎臓、心臓、卵巣、膵臓および臍帯を指す。臓器は、ヒトの臓器であってもよいし、非ヒト動物の臓器であってもよい。また、非ヒト動物は、マウスおよびラットを含む齧歯類、ブタ、ヤギ、およびヒツジを含む有蹄類、チンパンジーを含む非ヒト霊長類、その他の非ヒトほ乳動物であってもよいし、ほ乳動物以外の動物であってもよい。
【0013】
本明細書において「保存」とは、任意の目的(例えば、細胞注入療法、組織または臓器移植またはそのための輸送)のために容器中に一定期間保管することを意味し、細胞を増殖させることを目的とせず、細胞、組織または臓器の機能を維持しつつ容器中に維持することを指す。保存は、細胞を増殖させることを目的とする「培養」とは異なる。また、細胞の保存は、投与直前に細胞をシリンジ等の容器に移し入れて一時的の保持することも、投与前に用時調製するために容器内に一時的に保持することも意味しない。
【0014】
本明細書において「保存液」とは、細胞を一定期間維持するための溶液を指し、細胞が生存できる程度の生理的な浸透圧と電解質を有する溶液を指す。
【0015】
本明細書において「ゲル化剤」とは、保存液をゲル化させるための薬剤を指す。本明細書で使用されるゲル化剤としては、通常の環境で(例えば、ゲル化温度より高い温度(例えば、ゲル化温度が24℃以下の場合、37℃などであり得る)、保存液に含まれている場合においてゲルでない状態をとり、ゲル化温度にしたときに、ゲル化される性質を持つものが有利に使用され得る。
【0016】
本明細書において「ゲル化温度」とは、非ゲル化状態からゲル状態に変化する際の温度を指す。
【0017】
本明細書において、「ゲル維持温度」とは、ゲル化した後、融解せずにゲルが維持される温度を指す。
【0018】
本明細書において「非ゲル化」とは、加温する、または溶媒で希釈することにより、あるいはこれらの組み合わせにより、ゲル状態を解除することを指す。また、ゲル状態が解除されている状態を「非ゲル状態」ともいう。「ゲル化解除温度」ゲル化状態から非ゲル化状態に変化する際の温度を指す。ゲル化解除温度は通常ゲル化温度よりも高い。
【0019】
本明細書において「コラーゲン」とは、アミノ酸からなる三本のポリペプチド鎖が三重らせん構造をとった動物由来のタンパク質であり、ヒトでは確認されているコラーゲンは28種類あり、これら以外にも存在する。コラーゲンを加熱すると、熱変性しポリペプチド鎖が解けてゼラチンになる。コラーゲンには「変性」と「非変性」の2つのタイプがあり、本明細書では単に「コラーゲン」と称した場合特に言及しない限り「非変性」コラーゲンをさすが、文脈に応じて「変性」および「非変性」の両方を包含する。「変性」は熱を加えたもので、体内に吸収された時にコラーゲンと認識されなくなるのに対して、「非変性」は、熱を加えずに抽出したため、体内でコラーゲンとして認識され、そのまま吸収されてコラーゲンとして体内で利用される。コラーゲンはゲル化剤の一種である。
【0020】
本明細書において「変性コラーゲン」とは、コラーゲンが熱変性、化学変性(例えば、コラゲナーゼによる変性)または機械的損傷による変性によってできたものであり、一部がコラーゲンの構造を維持するものも指す。変性コラーゲンは、コラーゲンが完全に変性しゼラチンに変化したものは包含しない。変性コラーゲンはゲル化剤の一種である。
【0021】
本明細書において、「ゼラチン」とは、コラーゲンが完全に熱変性し、コラーゲン特有の三重らせん構造を持たないものを指す。ゼラチンはゲル化剤の一種である。
【0022】
本明細書において「コラーゲン様ペプチド」とは、コラーゲン分子を特徴づけている特異な三重らせん構造を模倣するようにデザインされた化学合成ペプチドを指す。コラーゲン様ペプチドはゲル化剤の一種である。
【0023】
本明細書において「RCP」とは、組換えコラーゲン様ペプチド(recombinantcollagen peptide)の略称であり、組換え発現されたコラーゲン様ペプチドを指す。RCPは、コラーゲン様ペプチドと構造は同一であり、組換え発現されたものを指す。RCPはゲル化剤の一種である。
【0024】
本明細書において「細胞注入療法」とは、疾患(例えば、脳梗塞)の治療のために細胞(例えば、幹細胞)を注入する治療方法を指す。
【0025】
本明細書において「Ready-to-Use製剤」とは、保存後の治療用細胞をさらに培養することなくそのまま使用可能な製剤を指す。
【0026】
(好ましい実施形態)
以下に好ましい実施形態の説明を記載するが、この実施形態は本開示の例示であり、本開示の範囲はそのような好ましい実施形態に限定されないことが理解されるべきである。当業者はまた、以下のような好ましい実施例を参考にして、本開示の範囲内にある改変、変更などを容易に行うことができることが理解されるべきである。これらの実施形態について、当業者は適宜、任意の実施形態を組み合わせ得る。
【0027】
(幹細胞保存方法)
1つの態様において、本開示は、幹細胞を保存するための方法であって、該方法は、1)ゲル化温度より高い温度でゲル化剤を非ゲル状態で含むpHが約5.0~約8.0である保存液を準備するステップと、2)該保存液中に該幹細胞を入れた後該ゲル化剤のゲル化温度に下げるステップと、3)該幹細胞を含む該保存液を該ゲル化剤のゲル維持温度で保存するステップとを含む、方法を提供する。本開示の保存方法によれば、高い生存率および栄養因子を分泌する能力を維持しつつ、幹細胞を保存することができる。保存時の振動によって、生存率が低下しないことが見出され、本開示の保存方法により、振動が生じ得る輸送にも応用可能である。
【0028】
いくつかの実施形態において、保存は、運搬を伴うものであってもよい。
【0029】
いくつかの実施形態において、ゲル化剤は保存液をゲル化させる任意の物質であり、例えば、ペプチド、コラーゲン、変性コラーゲン、コラーゲン様ペプチド、ゼラチン、フィブリン、シリコーン、グリコサミノグリカン、VitroGelTM3D、VitroGelTM3D-RGB(TheWell BIOSIENCE社)、BDマトリゲルTMマトリクス(BD Bioscience社)、カルボキシビニルポリマー類、アクリルコポリマー類(例えばアクリラート/アクリル酸アルキルのコポリマー類)、ポリアクリルアミド類、多糖類、天然ガム類、脂肪酸の金属塩、疎水性シリカ、ポリエチレン、架橋アクリル酸重合体(例えばカルボマー、カルボキシポリアルキレン、カルボポール(登録商標))、ポリエチレンオキシド、ポリオキシエチレン-ポリオキシプロピレン共重合体、ポリビニルアルコール、セルロース系重合体(例えばヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、フタル酸ヒドロキシプロピルメチルセルロース及びメチルセルロース)、ゴム類(例えばトラガカントゴム及びキサンタンガム)、アルギン酸ナトリウム、ジェランガム、寒天、カラギーナン、ペクチン、ファーセレラン、アルギン酸またはその塩、グルコマンナン、タラガム、ローカストビーンガム、タマリンド、プルラン、グアーガム、デンプンリン酸塩、ポリアクリル酸塩、アラビアガム、カードラン、ガティガム、アエロモナスガム、タマリンド種子多糖などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0030】
特定の実施形態において、ゲル化剤は、コラーゲン、変性コラーゲン、コラーゲン様ペプチド、ゼラチンからなる群から選択される少なくとも1つであり得る。
【0031】
特定の実施形態において、ゲル化剤は、コラーゲン様ペプチドであり得る。コラーゲン様ペプチドは、市販のもの、例えば、新田ゼラチン(beMATRIX(登録商標)Collagen)または富士フイルム(リコンビナントペプチド(RCP))により提供されるものを使用してもよい。コラーゲン様ペプチドは、Gly-X-Yで示される配列の繰り返しを含み、XおよびYはそれぞれ独立して同一のアミノ酸であってもよく、異なるアミノ酸であってもよい。
【0032】
さらなる実施形態において、ゲル化剤は、組換えコラーゲン様ペプチド(RCP)であり得る。特定の実施形態において、RCPは、配列番号1に記載のアミノ酸配列、またはこれと少なくとも約80%、約85%、約90%、約95%、約96%、約97%、約98%、または約99%の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり得る、または含み得る。RCPは、国際公開第2018/159797号に従って適宜作製するか、または購入することが可能である(富士フイルム)。
【0033】
組換えコラーゲン様ペプチドの分子量は、特に限定されないが、好ましくは2000以上100000以下(2kDa(キロダルトン)以上100kDa以下)であり、より好ましくは2500以上95000以下(2.5kDa以上95kDa以下)であり、さらに好ましくは5000以上90000以下(5kDa以上90kDa以下)であり、最も好ましくは10000以上90000以下(10kDa以上90kDa以下)である。
【0034】
組換えコラーゲン様ペプチドは、コラーゲンに特徴的なGly-X-Yで示される配列の繰り返しを有することが好ましい。ここで、複数個のGly-X-Yはそれぞれ同一でも異なっていてもよい。Gly-X-Yにおいて、Glyはグリシンを表し、XおよびYは、任意のアミノ酸(好ましくは、グリシン以外の任意のアミノ酸)を表す。コラーゲンに特徴的なGly-X-Yで示される配列とは、ゼラチン・コラーゲンのアミノ酸組成および配列における、他のタンパク質と比較して非常に特異的な部分構造である。この部分においてはグリシンが全体の約3分の1を占め、アミノ酸配列では3個に1個の繰り返塊なっている。グリシンは最も簡単なアミノ酸であり、分子鎖の配置への束縛も少なく、ゲル化に際してのヘリックス構造の再生に大きく寄与している。XおよびYで表されるアミノ酸はイミノ酸(プロリン、オキシプロリン)が多く含まれ、全体の10%~45%を占めることが好ましい。好ましくは、組換えコラーゲン様ペプチドの配列の80%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上のアミノ酸が、Gly-X-Yの繰り返し構造である。
【0035】
一般的なゼラチンは、極性アミノ酸のうち電荷を持つものと無電荷のものが1:1で存在する。ここで、極性アミノ酸とは具体的にシステイン、アスパラギン酸、グルタミン酸、ヒスチジン、リジン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシンおよびアルギニンを指し、このうち極性無電荷アミノ酸とはシステイン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニンおよびチロシンを指す。本開示で用いる組換えコラーゲン様ペプチドにおいては、構成する全アミノ酸のうち、極性アミノ酸の割合が10~40%であり、好ましくは20~30%である。且つ上記極性アミノ酸中の無電荷アミノ酸の割合が好ましくは5%以上20%未満であり、より好ましくは5%以上10%未満である。さらに、セリン、スレオニン、アスパラギン、チロシンおよびシステインのうちいずれか1アミノ酸、好ましくは2以上のアミノ酸を配列上に含まないことが好ましい。
【0036】
一般にポリペプチドにおいて、細胞接着シグナルとして働く最小アミノ酸配列が知られている(例えば、株式会社永井出版発行「病態生理」Vol.9、No.7(1990年)527頁)。本開示で用いる組換えコラーゲン様ペプチドは、これらの細胞接着シグナルを一分子中に2以上有するものでもよい。具体的な配列としては、接着する細胞の種類が多いという点で、アミノ酸一文字表記で表される、RGD配列、LDV配列、REDV配列、YIGSR配列、PDSGR配列、RYVVLPR配列、LGTIPG配列、RNIAEIIKDI配列、IKVAV配列、LRE配列、DGEA配列、およびHAV配列の配列が好ましい(配列番号2~9)。さらに好ましくはRGD配列、YIGSR配列、PDSGR配列、LGTIPG配列、IKVAV配列およびHAV配列、特に好ましくはRGD配列である。RGD配列のうち、好ましくはERGD配列である。
【0037】
本開示で用いる組換えコラーゲン様ペプチドにおけるRGD配列の配置としては、RGD間のアミノ酸数が0~100の間、好ましくは25~60の間で均一でないことが好ましい。
【0038】
この最小アミノ酸配列の含有量は、タンパク質1分子中3~50個が好ましく、さらに好ましくは4~30個、特に好ましくは5~20個である。最も好ましくは12個である。
【0039】
本開示で用いる組換えコラーゲン様ペプチドにおいて、アミノ酸総数に対するRGDモチーフの割合は少なくとも0.4%であることが好ましい。リコンビナントゼラチンが350以上のアミノ酸を含む場合、350のアミノ酸の各ストレッチが少なくとも1つのRGDモチーフを含むことが好ましい。アミノ酸総数に対するRGDモチーフの割合は、より好ましくは少なくとも0.6%であり、さらに好ましくは少なくとも0.8%であり、さらに一層好ましくは少なくとも1.0%であり、特に好ましくは少なくとも1.2%であり、最も好ましくは少なくとも1.5%である。リコンビナントペプチド内のRGDモチーフの数は、250のアミノ酸あたり、好ましくは少なくとも4、より好ましくは6、さらに好ましくは8、特に好ましくは12以上16以下である。RGDモチーフの0.4%という割合は、250のアミノ酸あたり、少なくとも1つのRGD配列に対応する。RGDモチーフの数は整数であるので、0.4%の特徴を満たすには、251のアミノ酸からなるゼラチンは、少なくとも2つのRGD配列を含まなければならない。好ましくは、本発明のリコンビナントゼラチンは、250のアミノ酸あたり、少なくとも2つのRGD配列を含み、より好ましくは250のアミノ酸あたり、少なくとも3つのRGD配列を含み、さらに好ましくは250のアミノ酸あたり、少なくとも4つのRGD配列を含む。本発明のリコンビナントゼラチンのさらなる態様としては、少なくとも4つのRGDモチーフ、好ましくは6つ、より好ましくは8つ、さらに好ましくは12以上16以下のRGDモチーフを含む。
【0040】
組換えコラーゲン様ペプチドは部分的に加水分解されていてもよい。
【0041】
より好ましくは、本開示で用いるポリペプチドは、下記式2で示される。
Gly-Ala-Pro-[(Gly-X-Y)63]3-Gly
式中、63個のXはそれぞれ独立にアミノ酸の何れかを示し、63個のYはそれぞれ独立にアミノ酸の何れかを示す。なお、63個のGly-X-Yはそれぞれ同一でも異なっていてもよい。
【0042】
繰り返し単位には天然に存在するコラーゲンの配列単位を複数結合することが好ましい。ここで言う天然に存在するコラーゲンとは天然に存在するものであればいずれでも構わないが、好ましくはI型、II型、III型、IV型、またはV型コラーゲンである。より好ましくは、I型、II型、またはIII型コラーゲンである。別の形態によると、上記コラーゲンの由来は好ましくは、ヒト、ウシ、ブタ、マウスまたはラットであり、より好ましくはヒトである。
【0043】
本開示で用いる組換えコラーゲン様ペプチドの等電点は、好ましくは5~10であり、より好ましくは6~10であり、さらに好ましくは7~9.5である。リコンビナントゼラチンの等電点の測定は、等電点電気泳動法(Maxey,C.R.(1976;Phitogr.Gelatin2,EditorCox,P.J.Academic,London,Engl.参照)に記載されたように、1質量%ペプチド溶液をカチオンおよびアニオン交換樹脂の混晶カラムに通したあとのpHを測定することで実施することができる。
【0044】
好ましくは、組換えコラーゲン様ペプチドは脱アミン化されていない。
【0045】
好ましくは、組換えコラーゲン様ペプチドはテロペプタイドを有さない。
【0046】
好ましくは、組換えコラーゲン様ペプチドは、アミノ酸配列をコードする核酸により調製された実質的に純粋なポリペプチドである。
【0047】
組換えコラーゲン様ペプチドは、特に好ましくは、
(1)配列番号1に記載のアミノ酸配列;または
(2)配列番号1に記載のアミノ酸配列と80%以上(好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、特に好ましくは98%以上)の配列同一性を有し、生体親和性を有するアミノ酸配列:
を有する。
【0048】
本明細書おいて、配列同一性は、以下の式で計算される値を指す。
%配列同一性=[(同一残基数)/(アラインメント長)]×100
2つのアミノ酸配列における配列同一性は当業者に公知の任意の方法で決定することができ、BLAST((Basic Local Alignment SearchTool))プログラム(J.Mol.Biol.215:403-410,1990)等を使用して決定することができる。
【0049】
組換えコラーゲン様ペプチドは、配列番号1に記載のアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ生体親和性を有するアミノ酸配列を有するものでもよい。
【0050】
「1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列」における「1若しくは数個」とは、好ましくは1~20個、より好ましくは1~10個、さらに好ましくは1~5個、特に好ましくは1~3個を意味する。
【0051】
組換えコラーゲン様ペプチドは、当業者に公知の遺伝子組み換え技術によって製造することができ、例えばEP1014176A2号公報、米国特許第6992172号公報、国際公開WO2004/85473号、国際公開WO2008/103041号等に記載の方法に準じて製造することができる。具体的には、所定の組換えコラーゲン様ペプチドのアミノ酸配列をコードする遺伝子を取得し、これを発現ベクターに組み込んで、組み換え発現ベクターを作製し、これを適当な宿主に導入して形質転換体を作製する。得られた形質転換体を適当な培地で培養することにより、組換えコラーゲン様ペプチドが産生されるので、培養物から産生された組換えコラーゲン様ペプチドを回収することにより、本発明で用いる組換えコラーゲン様ペプチドを調製することができる。
【0052】
いくつかの実施形態において、ゲル化剤が、約1%(w/w)以上、例えば、約1%(w/w)~約10%(w/w)、約2%(w/w)~約10%(w/w)、約1%(w/w)~約9%(w/w)、約2%(w/w)~約9%(w/w)、約1%(w/w)~約8%(w/w)、約2%(w/w)~約8%(w/w)、約1%(w/w)~約7%(w/w)、約2%(w/w)~約7%(w/w)、約1%(w/w)~約6%(w/w)、約2%(w/w)~約6%(w/w)、約1%(w/w)~約5%(w/w)、約2%(w/w)~約5%(w/w)、約1%(w/w)~約4%(w/w)、約2%(w/w)~約4%(w/w)、約1%(w/w)~約3%(w/w)、または約2%(w/w)~約3%(w/w)の濃度で保存液中に含み得る。いくつかの実施形態において、ゲル化剤が、約2.5%(w/w)の濃度で保存液中に含み得る。さらなる実施形態において、ゲル化剤が、2.5±1.5%(w/w)、2.5±1%(w/w)、2.5±0.5%(w/w)の濃度で保存液中に含み得る。
【0053】
いくつかの実施形態において、保存液は、細胞培養液、生理食塩水、または電解質溶液であり得る。いくつかの実施形態において、保存液のpHは、約5.0~約8.0、約6.0~約8.0、約6.0~約7.5、約6.1~約7.4、約6.2~約7.4、約6.3~約7.4、約6.4~約7.4、約6.4~約7.3、約6.4~約7.2、約6.4~約7.1、約6.4~約7.0、約6.4~約6.9、約6.4~約6.8、約6.4~約6.7、約6.4~約6.6、または約6.4~約6.5であり得る。特定の実施形態において、保存液のpHは、約6.4~約7.4であり得る。
【0054】
いくつかの実施形態において、保存液は細胞培養液であってもよい。保存液は、増殖因子を含んでいてもよく、含まなくてもよい。本開示の方法では、細胞は低温で保存されるため、増殖因子の有無にかかわらず細胞増殖は生じない。保存液としては、MEMα、生理食塩水、PBS、DMEM、CELSIOR(登録商標)COLD STORAGE SOLUTION(セルシオ液)(WATERS MEDICAL SYSTEMS)、臓器組織保存液ETK(登録商標)(ETK液)(大塚製薬株式会社)、およびベルザーUW(登録商標)冷保存液(UW液)(アステラル製薬株式会社)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0055】
いくつかの実施形態において、ゲル維持温度は、約0℃~約37℃、約0℃~約30℃、約0℃~約24℃、約0℃~約20℃、約0℃~約15℃、または約0℃~約10℃であり得る。さらなる実施形態において、ゲル維持温度は、約4℃であり得る。特定の実施形態において、ゲル維持温度は、4±2.0℃、4±1.5℃、4±1.0℃、または4±0.5℃であり得る。
【0056】
いくつかの実施形態において、ゲル化温度とゲル維持温度は同一であっても、異なってもよい。
【0057】
いくつかの実施形態において、保存される細胞は、任意の起源(例えば、骨髄、脂肪組織、胎盤組織、滑膜組織、臍帯組織(例えば、臍帯血)、歯髄、または羊膜由来)の間葉系幹細胞、あるいはES細胞またはiPS細胞から分化させた間葉系幹細胞であり得る。特定の実施形態において、間葉系幹細胞は骨髄由来間葉系幹細胞であり得る。さらなる実施形態において、幹細胞は、細胞注入療法および創薬研究において使用される細胞であり得る。さらなる実施形態において、細胞注入療法を受ける被験体から得られた細胞であり得る。
【0058】
本開示の保存方法は、保存液を非ゲル化処理するステップをさらに含んでもよい。非ゲル化処理するステップは、ゲル化剤の融点またはそれより高い温度まで保存液の温度を上げることを含む。ゲル化剤の融点は、ゲル化剤の濃度、pH等によって変わり得るが、ゲル化剤の融点は37℃以下であり得る。非ゲル化処理する際の温度は、ゲル化剤の融点または融点以上であり、適宜決定することができる。特定の実施形態において、ゲル化剤は、組換えコラーゲン様ペプチドであり、非ゲル化処理するステップにおける保存液の温度は、約10℃~約30℃、約15℃~25℃、または約20℃であり得る。
【0059】
本開示の保存方法は、幹細胞を回収するステップをさらに含んでもよい。いくつかの実施形態において、幹細胞を回収するステップが、保存後の前記保存液を2~20倍、例えば、約2倍、約3倍、約4倍、約5倍、約6倍、約7倍、約8倍、約9倍、約10倍、約11倍、約12倍、約13倍、約14倍、約15倍、約16倍、約17倍、約18倍、約19倍、または約20倍希釈することを含み得る。好ましい実施形態において、保存後の前記保存液を約5倍以上、最大約20倍希釈し得る。いくつかの実施形態において、幹細胞を回収するステップが、幹細胞と保存液とを分離(例えば、遠心分離)することを含み得る。理論に束縛されることは望まないが、保存液を融点またはそれ以上に温度を上げて非ゲル化状態にした場合、保存液の粘度が高く、細胞の回収率が低くなるため、保存液を希釈することが好ましく、典型的には5倍以上で希釈することで細胞の回収率が高くなる。希釈するための溶液は、ゲル化剤を含まない保存液であり得る。
【0060】
いくつかの実施形態において、幹細胞は、約1×105~約1×108個/ml、好ましくは約5×105~約5×106個/ml、より好ましくは、約1×106~約1×107個/mlの細胞密度で保存され得る。
【0061】
(幹細胞保存剤)
別の態様において、本開示は、ゲル化剤を含む、幹細胞を保存するための組成物(例えば、保存液)を提供する。本開示の組成物(例えば、保存液)は、幹細胞を保存する際に、pH約5.0~約8.0で使用され得る。本開示の組成物(例えば、保存液)は、幹細胞を保存する際に、前記ゲル化剤のゲル維持温度で保存されるように使用され得る。本開示の組成物は、上記実施形態における1または複数の特徴を有し得る。
【0062】
(幹細胞保存キット)
さらなる態様において、本開示は、幹細胞を保存するためのキットであって、該キットは、(1)ゲル化剤を含む保存液と、(2)該保存液のpHを約5.0~約8.0に調節するための緩衝液とを含み、該幹細胞が、ゲル維持温度で保存される、キットを提供する。本開示のキットは、上記実施形態における1または複数の特徴を有し得る。
【0063】
(細胞製剤)
さらなる態様において、本開示は、ゲル化剤と幹細胞とを含み、pHが約5.0~約8.0である、製剤を提供し得る。製剤は、幹細胞を保存する際に、前記ゲル化剤のゲル維持温度で保存されるように使用され得る。製剤はゲル化されたものであり得る。本開示の製剤は、Ready-to-Use製剤であり得る。
【0064】
(組織または臓器の保存)
さらなる態様において、本開示は、組織または臓器を保存するための方法であって、該方法は、1)ゲル化温度より高い温度でゲル化剤を非ゲル状態で含むpHが約5.0~約8.0である保存液を準備するステップと、2)該保存液中に該組織または臓器を入れた後該ゲル化剤のゲル化温度に下げるステップと、3)該組織または臓器を含む該保存液を該ゲル化剤のゲル維持温度で保存するステップとを含む、方法を提供する。
【0065】
さらに別の態様において、本開示は、組織または臓器を保存するためのキットであって、該キットは、(1)ゲル化剤を含む保存液と、(2)該保存液のpHを約5.0~約8.0に調節するための緩衝液とを含み、該組織または臓器が、ゲル維持温度で保存される、キットを提供する。組織および臓器は、細胞の集合体であり、本明細書に記載されるように、細胞の保存が本開示の技術によって達成されることから、その集合体である組織および臓器は、同様の条件によって、本開示の技術を適用することで、保存することができる。その際、当業者は、各種組織および/または臓器の各々の特性に応じて、本明細書の開示に照らし、適宜最適な条件を調整することができることが理解される。
【0066】
さらに別の態様において、本開示は、ゲル化剤を含む、組織または臓器を保存するための組成物を提供する。組織または臓器の保存においては、保存液として組織または臓器用の保存液を使用し得る。組織または臓器用の保存液としては、臓器組織保存液ETK(登録商標)(ETK液)(大塚製薬株式会社)、およびベルザーUW(登録商標)冷保存液(UW液)(アステラル製薬株式会社)、セルシオ液が挙げられるが、これらに限定されない。この保存液にゲル化剤を溶解し使用され得る。
【0067】
いくつかの実施形態において、ETK液は、グルコン酸ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸ニカリウム、ヒドロキシエチルデンプン、トレハロース水和物、および水酸化カリウムを含み得る。特定の実施形態において、ETK液は、1000mL中、グルコン酸ナトリウム21.814g、リン酸二水素カリウム0.885g、リン酸ニカリウム3.222g、ヒドロキシエチルデンプン、30.0g、トレハロース水和物45.3g、および水酸化カリウム適量を含み得る。
【0068】
いくつかの実施形態において、UW液は、ペンタフラクション、ラクトビオン酸(ラクトンとして)、リン酸二水素カリウム、硫酸マグネシウム七水和物、ラフィノース五水和物、アデノシン、アロプリノール、総グルタチオン、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム/塩酸(pH調製用)、および注射用水を含み得る。特定の実施形態において、UW液は、ペンタフラクション50g/L、ラクトビオン酸(ラクトンとして)35.83g/L、リン酸二水素カリウム3.4g/L、硫酸マグネシウム七水和物1.23g/L、ラフィノース五水和物17.83g/L、アデノシン1.34g/L、アロプリノール0.136g/L、総グルタチオン0.922g/L、水酸化カリウム5.61g/L、水酸化ナトリウム/塩酸(pH7.4に調製)、および注射用水適量を含み得る。
【0069】
いくつかの実施形態において、セルシオ液は、マンニトール、ラクトビオン酸、グルタミン酸、ヒスチジン、塩化カルシウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、水酸化ナトリウム、還元型グルタチオン、および注射用水を含み得る。特定の実施形態において、セルシオ液は、マンニトール10.930g/L、ラクトビオン酸28.664g/L、グルタミン酸2.942g/L、ヒスチジン4.650g/L、塩化カルシウム0.037g/L、塩化カリウム1.118g/L、塩化マグネシウム2.642g/L、水酸化ナトリウム4.000g/L、還元型グルタチオン0.921g/L、および注射用水適量を含み得る。
【0070】
上記の細胞の保存に関して記載される1または複数の実施形態は、適切な場合、組織または臓器の保存の態様における実施形態として採用される。
【0071】
(運搬方法)
さらなる態様において、本開示は、幹細胞を運搬するための方法であって、該方法は、1)ゲル化温度より高い温度でゲル化剤を非ゲル状態で含むpHが約5.0~約8.0である保存液を準備するステップと、2)該保存液中に該幹細胞を入れた後該ゲル化剤のゲル化温度に下げるステップと、3)該幹細胞を含む該保存液を該ゲル化剤のゲル維持温度で運搬するステップとを含む、方法を提供する。本開示の方法によれば、凍結することなく、細胞の生存率を保った状態で、振動などの運搬条件に耐えうる運搬を可能にする。運搬は、陸上輸送、海上輸送、航空輸送、またはこれらの組み合わせの輸送を含み得る。
【0072】
(細胞)
さらなる態様において、本開示は、上記方法に従って保存された幹細胞、あるいは上記方法にしたがって運搬された幹細胞を含む、被験体における疾患、障害または症状を治療または予防するための組成物を提供する。いくつかの実施形態において、幹細胞を用いた再生医療に治療され得るもの、例えば、重度熱傷、脊髄損傷、頭部外傷、脳梗塞、脳出血、パーキンソン病が挙げらえるがこられに限定されない。
【0073】
(シリンジ製剤)
さらなる態様において、本開示は、幹細胞の懸濁液と、シリンジとを含む、上記方法による該幹細胞の保存または運搬後、さらなる処理を必要とすることなく被験体に投与可能なシリンジ製剤を提供する。
【0074】
(治療方法)
さらなる態様において、本開示は、被験体における疾患、障害または症状を治療または予防する方法であって、該方法は、上記方法に従って幹細胞を保存または運搬する工程と、該保存または運搬された幹細胞を、それを必要とする該被験体に投与する工程とを含む、方法を提供する。
【0075】
(使用)
さらなる態様において、本開示は、被験体における疾患、障害または症状を治療または予防するための医薬(例えば、上記シリンジ製剤)の製造における、上記方法に従って保存または運搬された幹細胞の使用を提供する。
【0076】
以上、本開示を、理解の容易のために好ましい実施形態を示して説明してきた。以下に、実施例に基づいて本開示を説明するが、上述の説明および以下の実施例は、例示の目的のみに提供され、本開示を限定する目的で提供したのではない。従って、本開示の範囲は、本明細書に具体的に記載された実施形態にも実施例にも限定されず、特許請求の範囲によってのみ限定される。
【実施例】
【0077】
以下、実施例に基づいて本開示をより具体的に説明する。
【0078】
(測定方法)
以下の実施例において、細胞数の測定は保存後と再播種後の2回行っており、保存後の細胞生存率は、「保存後細胞生存率=保存後細胞数÷保存前細胞数」により算出され、再播種後の細胞生存率は、保存後、前細胞をフラスコに播種し、培養液(MEMα+PL(血小板溶解物))を入れて72時間培養を行い、「再播種後細胞生存率=再播種後細胞数÷保存前細胞数」により算出される。
【0079】
細胞数の測定は、LunaAutomated Cell counter (https://logosbio.com/automated-cell-counters/brightfield/luna)を用いて蛍光的に生細胞と死細胞を測定した。
【0080】
(実施例1:RCPタンパク質存在下で4℃で72時間の振動を行っても、凍結保存と同等もしくはそれ以上の生存が可能)
(材料および方法)
・材料
以下の市販の試薬または細胞を用いた。
【0081】
RCP(組換えコラーゲン様ペプチド):富士フイルム社製試薬(https://www.fujifilm.com/jp/ja/business/materials/rm/rcp)
ヒト骨髄幹細胞・PL(血小板溶解物):北海道大学において健康ボランティアより採取・倫理委員会認定・同意書獲得済
MEMα:カタログ番号:Invitrogen, 32571-036, USA
MEMαPL液:PLは健康ボランティアより採取した血小板液より自家作成
凍結保存液バンバンカー(登録商標)カタログ番号:CS-02-001(日本ジェネティクス)
・方法
健康ボランティアから入手した骨髄液より分離培養したヒト骨髄幹細胞50万個を、それぞれ、(1)MEMα中に希釈しpH7.0前後に調整し、(2)MEMαPL液にRCP(最終濃度2.5%)を溶解しpH7.0前後に調整し、(3)凍結保存液バンバンカー(登録商標)(日本ジェネティクス)に希釈した。その後、(1)と(2)を4℃冷蔵庫内でボルテックスマシーン(Heathrow Scientific社 HS120318 3000rpm)で72時間振動を加えながら保存した。(3)は-80℃の実験用冷凍庫)内に静置保存した。
【0082】
(結果)
結果を
図1に示す。RCP非存在下では、4℃で振動を加えた細胞の生存率はほぼ0%で、再播種後も増殖が認められなかった。一方RCPによりゲル化した保存液中の細胞は95%の生存率で再播種後も1.6倍近くまで増殖することが出来、これは凍結保存と同等の成績であった。
【0083】
(実施例2:保存液中のRCP濃度の検討)
(材料および方法)
健康ボランティアから入手した骨髄液より分離培養したから入手したヒト骨髄幹細胞50万個を0,0.5,1.0,2.5,5.0,10.0%の濃度のRCP溶液に溶解してpH7.0前後に調整し、この溶液を4℃冷蔵庫内でボルテックスマシーン(Heathrow Scientific社 HS120318 3000rpm)で72時間振動を加えながら保存した。72時間後に20℃で液体化し、細胞数を測定した。液体化は以下のとおり行った。
【0084】
20℃のインキュベータ内に静置することで、ゲルを液体に戻した。その後5倍量の培地(MEMα)を入れることで希釈して、遠心して細胞をペレットにして遠心管の下に集めた。上清を全て吸引して、ゲルの成分のRCPを除去し、培地(MEMα)を少量(1ml)入れて攪拌した状態で細胞数を数えた。20℃に静置して液体化し、そのまま遠心して細胞をペレットとして下に落した場合、一部の細胞が上清の中に残ってしまい、回収率が悪くなる。
【0085】
(結果)
結果を
図2に示す。保存後の生存率はRCPの濃度に依存して上昇したが、再播種後の生存率は2.5%で最も高かった。
【0086】
(実施例3:RCPを溶解する媒体の検討)
(材料および方法)
健康ボランティアから入手した骨髄液より分離培養したから入手したヒト骨髄幹細胞50万個を保存するため2.5%のRCPを希釈する媒体をMEMαPL、生理食塩水、ベルザーUW冷保存液(臓器保存液、アステラス製薬)、Hypothermosol-FRS(低温細胞保存試薬、Sigma-Aldrich)、リン酸化食塩水(PBS;市販品)、または5%ブドウ糖液(市販品)に溶解してpH7.0前後に調整後、4℃冷蔵庫内でボルテックスマシーンで72時間振動を加えながら保存した。72時間後に20℃で液体化し、細胞数を測定した。
【0087】
(結果)
結果を
図3に示す。いずれの溶媒も保存後の生存率に悪影響はないと考えられる。PBSおよびブドウ糖は、播種後の生存率が低かった。したがって、保存液の種類によっては、保存後再播種を行わないことが望ましい。いずれにしても、いずれの保存液を用いた場合でも、高い生存率を維持したため、目的の細胞数が達成される限り、再播種は行わなくてもよい。
【0088】
(実施例4:保存時の温度の検討)
(材料および方法)
健康ボランティアから入手した骨髄液より分離培養したから入手したヒト骨髄幹細胞50万個を2.5%のRCPを溶解したMEMαPL(pH7.0)において、-20℃、4℃、24℃または37℃で72時間保存した。72時間後に20℃で液体化し、細胞数を測定した。その後、全ての細胞をフラスコに播種し、培養液(MEMαPL)中で72時間培養を行い、増殖能を確認した。
【0089】
(結果)
結果を
図4に示す。4℃では、100%以上の72時間保存後および再播種後72時間後の細胞生存率を維持した。-20℃では、72時間保存後の細胞生存率が約70%であったが、再播種後72時間後にはほとんど細胞が生存していなかった。これは、保存直後は細胞が生存しているが、何らかの損傷を受けていたことが示唆される。本開示の保存方法においては、凍結せずに保存することが好ましいことが示唆される。また、24℃での保存は、72時間保存後の細胞生存率は約20%と低かったが、再播種後の細胞生存率は約100%であった。37℃では、72時間保存後および再播種後72時間後の細胞生存率は50%以下であった。以上より、保存時の温度は、凍結しない温度(例えば0℃以上)であり、37℃未満(例えば24℃以下)であることが好ましく、4℃が最適であった。
【0090】
(実施例5:保存日数の検討)
(材料および方法)
健康ボランティアから入手した骨髄液より分離培養したから入手したヒト骨髄幹細胞50万個を2.5%のRCPを溶解したMEMαPL(pH7.0)において、1日間、3日間、5日間、7日間、または14日間4℃で振動を加えながら保存した。既定の日数後に20℃で液体化し、細胞数を測定した。
【0091】
(結果)
結果を
図5に示す。いずれの日数においても保存後の生存率は概ね同様であるが、再播種後の生存率は1~3日で特に良く、以後は時間が経過するにつれて低下したが、14日でも約80%の生存率は維持される。
【0092】
(実施例6:ゲル化剤の種類の検討)
(材料および方法)
健康ボランティアから入手した骨髄液より分離培養したから入手したヒト骨髄幹細胞50万個を保存するために、MEMαPLに2.5,5%,10%のビーマトリックスゼラチン(新田ゼラチン、LS-250)、クックゼラチン(森永製菓)、ゼライスゼラチンパウダー(マルハニチロ)、RCPを溶解し、約pH7.0に調整した。ビーマトリックスとRCPについては4℃で振動を加えながら保存し、クックゼラチンとゼライスゼラチンパウダーは静置保存し、その後細胞数を測定した。
【0093】
(結果)
結果を
図6にしめす。ビーマトリックスゼラチン・クックゼラチン・ゼライス全てのゼラチンで細胞保存が可能であった。したがって、保存液はゲル化することが重要と考えられる。
【0094】
(実施例7:保存時のpHの検討)
(材料および方法)
健康ボランティアから入手した骨髄液より分離培養したから入手したヒト骨髄幹細胞50万個を保存するためMEMαPLに2.5%RCP、クックゼラチン、ライスゼラチンパウダーを溶解した保存液を使用した。pH4.4~8.4に調整し4℃で振動もしくは静置保存し、その後細胞数を測定した。
【0095】
(結果)
結果を
図7に示す。pH無調整(約9)では細胞はほとんど生存できなかった。また、pH5.4~8.4では高い生存率を示したが、pH4.4では細胞はほとんど生存できなかった。播種後は、pH6.4および7.4で生存率が高かった。
【0096】
(実施例8:組織および臓器の保存)
(材料および方法)
・材料
組織臓器保存液ETK(登録商標)(ETK液):大塚製薬株式会社、または
ベルザーUW(登録商標)冷保存液(UW液):アステラル製薬株式会社
RCP(組換えコラーゲン様ペプチド):富士フイルム社製試薬(https://www.fujifilm.com/jp/ja/business/materials/rm/rcp)
・方法
RCP(最終濃度2~10%)をETK液またはUW液に溶解し、pH7前後に調整する。ETK液またはUW液が入った容器に組織(例えば、角膜組織、皮膚組織等)あるいは臓器(例えば、肺、腎臓、肝臓、膵臓等)を入れ無菌的に密閉し、組織あるいは臓器を入れた容器を冷却する。
【0097】
(実施例9:細胞の運搬)
本実施例では、実際に飛行機で運搬し、輸送後の生存率を測定した。
【0098】
(材料および方法)
・材料
MEMα+2.5%RCP
50mlファルコンチューブまたは100ml滅菌瓶
骨髄幹細胞
規格定温輸送パッケージTACPack0208F(玉井化成株式会社)
【0099】
・方法
RCP2.5%(最終濃度)をMEMαに溶解し、pH6.05に調整し、保存液とした。細胞密度が1.0×106個/mlとなるように細胞を保存液が入った容器(50mlファルコンチューブ)に入れ、 内部を5%CO2(O2 20% N2 75%)の空気に置換した後、無菌的に密閉し、4℃に容器を冷却した。容器を横置きで規格定温輸送パッケージTACPack0208F(玉井化成株式会社)に収容し、4℃に維持しながら輸送を実施した。札幌から細胞を発送し、2日後に和歌山に到着し、1日4℃で保存された後、3日後に和歌山から細胞を発送し、5日後に札幌に到着した。本輸送は、陸上輸送および航空輸送を経た。コントロールとして、静置して細胞を保存した。
【0100】
(結果)
結果を
図8に示す。示されるように、輸送した細胞は静置して保存された細胞と同等の細胞生存率を示した。また、保存後の細胞は、脂肪、骨、および軟骨へ正常に分化したことが確認された。したがって、本発明の保存液により、凍結することなく、細胞の生存率を保った状態で、振動などの輸送条件に耐えうる輸送を可能にする。
【0101】
(実施例10:細胞回収時の保存液の希釈による生存率の変化)
本実施例では、細胞を回収する際に保存液を希釈することにより細胞生存率が変化するかどうかを確認した。
【0102】
(材料および方法)
・材料
MEMα+2.5%RCP
50mlファルコンチューブまたはフローズバッグ(登録商標)(Nipro)
ヒト骨髄幹細胞
【0103】
・方法
RCP2.5%(最終濃度)をMEMαに溶解し、pH7.4~8.0に調整し、保存液とした。細胞密度が1.0×106個/mlとなるように細胞を保存液が入った容器(50mlファルコンチューブまたはフローズバッグ(登録商標))に入れ、無菌的に密閉し、4℃に容器を冷却し、4℃で72時間静置して保存した。融解は37℃で10分~3時間かけて実施した。
【0104】
保存後、MEMαを入れることで希釈して(1倍もしくは5倍希釈)、遠心して細胞をペレットにして遠心管の下に集めた。上清を全て吸引して、ゲルの成分のRCPを除去し、培地(MEMα)を少量(1ml)入れて攪拌した状態で細胞数を数えた。
【0105】
(結果)
結果を
図9に示す。示されるように、細胞を回収する際に保存液を5倍に希釈することにより、1倍希釈と比較して、細胞生存率が上昇した。理論に束縛されることを望まないが、5倍希釈による細胞生存率の上昇は、ゲル化剤の粘性によるものと考えられる。遠心分離を行ったとしても高い粘性を有する状態の液体では十分に細胞を沈殿させることが出来ず、回収率が下がる事が想定される。5倍以上希釈する事によって、粘性が下がり、通常用いられる遠心方法(1000G)を用いてほぼ全ての細胞を沈殿・回収する事が可能になると考えられる。
【0106】
以上のように、本開示の好ましい実施形態を用いて本開示を例示してきたが、本開示は、特許請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願および文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。
【0107】
本出願は、令和3年8月2日に出願された特願2021-126706の優先権の利益を請求し、その全体が参照によって本明細書に組み込まれる。
【産業上の利用可能性】
【0108】
高い生存率で細胞を維持することができる保存方法が提供される。保存された細胞は細胞注入療法に使用されるため、製薬等の分野において利用可能である。
【配列表フリーテキスト】
【0109】
配列番号1:組換えコラーゲン様ペプチド(RCP)のアミノ酸配列
配列番号2:細胞接着シグナル配列(REDV)
配列番号3:細胞接着シグナル配列(YIGSR)
配列番号4:細胞接着シグナル配列(PDSGR)
配列番号5:細胞接着シグナル配列(RYVVLPR)
配列番号6:細胞接着シグナル配列(LGTIPG)
配列番号7:細胞接着シグナル配列(RNIAEIIKDI)
配列番号8:細胞接着シグナル配列(IKVAV)
配列番号9:細胞接着シグナル配列(DGEA)
【配列表】