(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-16
(45)【発行日】2023-08-24
(54)【発明の名称】鋼構築物の防食構造とその施工方法
(51)【国際特許分類】
C23F 13/00 20060101AFI20230817BHJP
B32B 15/04 20060101ALI20230817BHJP
B32B 15/14 20060101ALI20230817BHJP
C23F 15/00 20060101ALI20230817BHJP
E01D 19/02 20060101ALI20230817BHJP
E02B 3/06 20060101ALI20230817BHJP
E04B 1/64 20060101ALI20230817BHJP
【FI】
C23F13/00 R
B32B15/04 Z
B32B15/14
C23F15/00
E01D19/02
E02B3/06
E04B1/64 Z
(21)【出願番号】P 2019180047
(22)【出願日】2019-09-30
【審査請求日】2022-07-07
(73)【特許権者】
【識別番号】391019658
【氏名又は名称】株式会社中部プラントサービス
(74)【代理人】
【識別番号】100079980
【氏名又は名称】飯田 伸行
(74)【代理人】
【識別番号】100167139
【氏名又は名称】飯田 和彦
(72)【発明者】
【氏名】小濱 清
【審査官】瀧口 博史
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-197292(JP,A)
【文献】特開2002-060983(JP,A)
【文献】特開2005-002456(JP,A)
【文献】特開2006-207000(JP,A)
【文献】特開2007-077474(JP,A)
【文献】特開2008-231508(JP,A)
【文献】国際公開第2009/112857(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2005/0224247(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00 - 43/00
C23F 11/00 - 17/00
E01D 1/00 - 24/00
E02B 3/04 - 3/14
E04B 1/62 - 1/99
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の鉄鋼材の締結を含む鋼構築物の防食構造であって、
重ね合わせて締結された前記複数の鉄鋼材と、この鉄鋼材の外表面の少なくとも一部に塗布する導電性接着剤と、この導電性接着剤を間に挟んで前記鉄鋼材の少なくとも一方の鉄鋼材に固定的に取り付けたマグネシウム板と、可撓性のあるポリエステル製の繊維状基体と、前記繊維状基体を前記複数の鉄鋼材に固定し且つ前記繊維状基体を覆うように取り囲むためのビチューメン系のカバーとを備えた前記複数の鉄鋼材の締結を含む鋼構築物において、
前記複数の鉄鋼材のそれぞれが、互いに対向して前記締結された対接面を有し、
前記複数の鉄鋼材のそれぞれが、前記対接面に隣接して前記外表面の縁部分に端面を有し、
前記繊維状基体が、前記導電性接着剤と反対側になる前記マグネシウム板の外面を覆い且つ前記マグネシウム板の周囲に在る前記外表面に沿って前記外表面に重畳して設けられて、さらに前記複数の鉄鋼材のそれぞれの前記端面の少なくとも一部を覆って配置してあり、
前記複数の鉄鋼材のそれぞれの前記対接面の間に保水剤を有し、
前記マグネシウム板に由来して生成されたマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を担持且つ供給した前記繊維状基体であって、且つ、前記マグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を前記繊維状基体から前記保水剤に連通して前記対接面に介在させることで、前記繊維状基体で覆った前記外表面及び前記端面並びに前記対接面における前記鉄鋼材の防食電位を維持することを特徴とする防食構造。
【請求項2】
複数の鉄鋼材の締結を含む鋼構築物の防食構造を施工する方法であって、
重ね合わせて締結された前記複数の鉄鋼材と、この鉄鋼材の外表面の少なくとも一部に塗布する導電性接着剤と、この導電性接着剤を間に挟んで前記鉄鋼材の少なくとも一方の鉄鋼材に固定的に取り付けたマグネシウム板と、可撓性のある繊維状基体と、前記繊維状基体を前記複数の鉄鋼材に固定し且つ前記繊維状基体を覆うように取り囲むための防食カバーとを備えた前記複数の鉄鋼材の締結を含む鋼構築物の防食構造を施工する方法において、
前記複数の鉄鋼材のそれぞれで、互いに対向して且つ前記締結される対接面を準備する工程と、
前記複数の鉄鋼材のそれぞれで、前記対接面に隣接して前記外表面の縁部分に端面を準備する工程と、
前記繊維状基体が、前記導電性接着剤と反対側になる前記マグネシウム板の外面を覆い且つ前記マグネシウム板の前記外面の周囲に在る前記外表面に沿って前記外表面を重畳して、さらに前記複数の鉄鋼材のそれぞれの前記端面の少なくとも一部を覆う工程と、
前記複数の鉄鋼材のそれぞれの前記対接面の間に保水剤を塗布する工程と、
前記対接面を前記締結する工程と、
を有し、
前記締結後に、前記繊維状基体が前記マグネシウム板に由来して生成されたマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を担持且つ供給して、前記マグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を前記繊維状基体から前記保水剤に連通して前記対接面に介在させて、前記繊維状基体で覆った前記外表面及び前記端面並びに前記対接面が前記鉄鋼材の防食電位に維持されることを特徴とする防食構造を施工する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄鋼で構築した鋼構造物の防食技術に係る手段およびその工法に関する。特に、鋼構造物の鉄鋼表面を犠牲防食材で防食を行う際の新規な手段に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から海洋鋼構造物、船舶バラスト、沿岸棧橋あるいは河川橋梁脚、地上架空配管あるいは土壌埋設鋼材、鉄筋コンクリート等の地中構造物の防食方法には多くの手段が用いられている。たとえば、パテ材料の塗装、塩化ビニールや熱硬化性樹脂の耐蝕材を被覆するライニング、金属鍍金や溶射を行う防食メッキ等がある。これらの防食手段では鉄鋼構造物の周辺環境および熱伸縮や変位また暴露による被覆劣化が起きるので剥離や割れが避けられない。
【0003】
このような表面に被覆層を設ける手段と異なり、鉄材料の特性を生かして卑金属のイオン化傾向を活用した流電陽極の電気防食法が知られている。この流電陽極の防食方法は、被構造体に合わせて施工できるメンテナンスも容易な方法であり、そして、専用の外部電源設備を備える必要がない安価な技術手段である。特に、この技術は橋梁など地上鋼構築物あるいは港湾鋼構造物に犠牲陽極として広く利用され、大気環境に在る被覆防食の鋼構造物であっても、また干満部や海水に接する箇所においてもこの方法が従来から適用されている。
【0004】
この流電陽極すなわち犠牲陽極を活用した例として、特許文献1(特開2006-207000号公報)で開示された手段が公知である。この例は地上および地中に設けた被防食体の外周形状に合わせたマグネシウム板に沿い吸水織布を密着させて、鉄とマグネシウム材料との電位差によってガルバニック腐食を卑金属に発生させる手段である。この方法は犠牲防食のためのマグネシウム板と被防食体との密着を要するので、複雑形状の鉄鋼材を被対象物にする場合はその形状に応じてマグネシウム材の加工が必要になる。そこで被防食体の形状に応じた陽極体であればより設置自由度が拡がるが、被防食体の形状に一致した犠牲陽極を用いない手段も知られている。
【0005】
被防食体である鋼材は、H鋼のように一般に外形屈曲部があり、そして鋼材接合部にはボルト締結等の凹凸形状がある。このような特異形状部の防食を図るためには、その特異形状と防食材料とを形状的に合わせる必要がある。そのような目的で特許文献2(特許第5947136号)は、鋼材よりも電位の低い卑な金属片を含有するアクリレート繊維シートを被防食鋼材に巻き付け、鋼表面に金属片含有部を配置し、そしてその外側に吸水シート部分を配置する構造の犠牲陽極片含有シートを開示している。このシートは鋼材の形状に応じた特異形状部での取り付けを可能にする。
【0006】
また、特許文献3(特許第5461093号)では、マグネットと亜鉛板を被防食体の鋼表面側に位置付けたアルミニウム粉末および亜鉛粉末の多孔質焼結体の犠牲陽極パネルを用意して、このパネルと鋼表面との間に吸水性シートを置いて、この吸水性シートを鋼表面に拡げてから、このパネルをマグネットで鋼表面に固定する手段を開示している。この公知例は吸水性を有するシートを犠牲陽極パネルの下側に配置して犠牲陽極から流れ出る金属イオンを鋼表面に供給する構造である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2006-207000号公報
【文献】特許第5947136号
【文献】特許第5461093号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記の特許文献1の技術は卑金属による防食効果を高めるが特異形状の被防食体に対してマグネシウム材に対しても特異形状を必要とする。一方、マグネシウム材は汎用性を持つように単純形状が望ましい。そこで、特許文献2は柔軟な繊維体に犠牲金属片を埋め込んで可撓性を持たせ、特異形状の被防食体に対応する技術になるが、金属含有の特殊シートを必要とする。このような特殊でなく市販されている安価なシートを利用する特許文献3は、マグネットと亜鉛板とを多孔質焼結体で一体にする犠牲パネルが必要であり、広く普及しているマグネシウムバルク材のような犠牲陽極との組み合わせに不向きである。また、既にマグネシウム板を貼り付けてある従来工法を適用した構築物に追加して防食施工をする場合、仮に腐食が僅かで再利用可能なマグネシウム板であっても、それを除去する必要がある。
【0009】
そこで、従来から利用されているマグネシウム板を当然に利用し且つ市販のシートを利用して、被防食鋼材に貼り付ける手段のみならず、複雑形状の被防食体であったとしても、犠牲防食で生成されたマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子の防食効果を鉄鋼材の表面に与えて鉄鋼表面の自然電位を防食電位に維持し、防食効果のある鋼構造物にする安価な技術が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
このような要望にこたえ、従来から利用されているマグネシウムを被防食体に貼り付ける手段に加え、あるいは既に貼り付けられているマグネシウム板を利用できるように、本願発明者が鋭意研究した結果、ガーゼ状網布や不織布を利用することでマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を担持供給し、鋼構造物表面のマグネシウム板を張り付けた範囲外であっても防食効果をより広くし、確実に防食を保持できる手段を見出した。
【0011】
本発明は、マグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を鉄構造物に接触させるかもしくは鉄構造物が腐食する原因となる電解質が通る経路に十分なマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を接触させその電解質のpHを10程度に高め、鉄の自然電位が防食電位に維持できる環境に鉄構造物を置くことを目的としている。また、そのマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子の供給源として従来から施工されてきたマグネシウム板を導電性接着剤で鉄構造物に接触させる手法の腐食生成物を利用する。
【0012】
このため、マグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を鉄および電解質に接触させるように維持できなければならないが、この維持のために格子状に編み込まれた布を利用して保持させるもしくはマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を供給可能に担持する媒体を提供する。
【0013】
本発明の請求項1に記載の手段は、鋼構築物の防食構造であって、
鋼構築物を構成する鉄鋼材と、この鉄鋼材の表面の少なくとも一部に塗布する導電性接着剤と、この導電性接着剤を間に挟んで前記鉄鋼材に固定的に取り付けた単独もしくは複数のマグネシウム板と、可撓性のあるポリエステル製の繊維状基体と、ビチューメン系のカバーとを備えた前記鉄鋼材のための防食構造において、
前記単独の場合、前記繊維状基体はマグネシウム板を覆い且つこのマグネシウム板の表面積よりも広い範囲に亘り前記表面の上に配置してあり、また、
前記複数の場合、前記繊維状基体は複数のマグネシウム板の間を接続して前記表面を覆い且つこれらのマグネシウム板および前記接続する部分全体の表面積よりも広い範囲に亘り前記表面の上に配置してあり、
前記単独の場合の繊維状基体あるいは前記複数の場合の繊維状基体に前記カバーをさらに重ねて配置してあり、
前記単独のマグネシウム板あるいは前記複数のマグネシウム板と前記導電性接着剤とを間に挟んで前記表面の上に設けた前記単独の場合の繊維状基体あるいは前記複数の場合の繊維状基体と、前記カバーとが前記鉄鋼材に固定してあり、
前記単独の場合の繊維状基体あるいは前記複数の場合の繊維状基体が前記マグネシウム板に由来して生成されたマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を担持且つ供給しており、そして、
前記担持且つ供給する前記繊維状基体が前記鉄鋼材の前記表面の少なくとも一部に重畳されており、
前記単独の場合の前記繊維状基体あるいは前記複数の場合の前記繊維状基体によって前記重畳された前記表面の範囲に亘って前記鉄鋼材の自然電位を防食電位に維持して、
温度あるいは外力により変形する前記鋼構築物の箇所、前記鋼構築物を接合する隙間部分の箇所、前記表面のうち前記マグネシウム板を配置できない特異形状表面の箇所のうち、少なくとも1つの箇所を防食することを特徴とする防食構造、である。
【0014】
本発明の請求項2に記載の方法は、鋼構築物の防食構造を施工する方法であって、
鋼構築物を構成する鉄鋼材と、この鉄鋼材の表面の少なくとも一部に塗布する導電性接着剤と、この導電性接着剤を間に挟んで前記鉄鋼材に固定的に取り付けた単独もしくは複数のマグネシウム板と、可撓性のある繊維状基体と、防食カバーとを備えた前記鉄鋼材のための防食構造を施工する方法において、
温度あるいは外力により変形する前記鋼構築物の箇所、前記鋼構築物を接合する隙間部分の箇所、前記表面のうち前記マグネシウム板を配置できない特異形状表面の箇所のうち、少なくとも1つの箇所を防食するために、前記表面の防食範囲に亘って前記鉄鋼材の自然電位を防食電位に維持させる前記マグネシウム板に由来して生成されたマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を担持且つ供給する前記単独の場合のマグネシウム板に対して用意する繊維状基体あるいは前記複数の場合のマグネシウム板に対して用意する繊維状基体があって、この繊維状基体を前記鉄鋼材の前記表面の少なくとも一部に重畳させる工程と、
前記単独の場合、マグネシウム板を覆い且つこのマグネシウム板の表面積よりも広い範囲に亘り前記表面の上に、前記繊維状基体を配置しておく工程と、または、
前記複数の場合、複数のマグネシウム板の間を接続して前記表面を覆い且つこれらのマグネシウム板および前記接続する部分全体の表面積よりも広い範囲に亘り前記表面の上に、前記繊維状基体を配置しておく工程と、
前記単独のマグネシウム板あるいは前記複数のマグネシウム板と前記導電性接着剤とを間に挟んで前記表面の上に設けた前記単独の場合の繊維状基体あるいは前記複数の場合の繊維状基体と前記防食カバーとを、前記鉄鋼材に固定すると共に、前記単独の場合の繊維状基体あるいは前記複数の場合の繊維状基体に前記防食カバーをさらに重ねて配置する工程と
を有することを特徴とする防食構造を施工する方法、である。
【0015】
本発明の請求項3に記載の手段は、複数の鉄鋼材の締結を含む鋼構築物の防食構造であって、
重ね合わせて締結された前記複数の鉄鋼材と、この鉄鋼材の外表面の少なくとも一部に塗布する導電性接着剤と、この導電性接着剤を間に挟んで前記鉄鋼材の少なくとも一方の鉄鋼材に固定的に取り付けたマグネシウム板と、可撓性のあるポリエステル製の繊維状基体と、前記繊維状基体を前記複数の鉄鋼材に固定し且つ前記繊維状基体を覆うように取り囲むためのビチューメン系のカバーとを備えた前記複数の鉄鋼材の締結を含む鋼構築物において、
前記複数の鉄鋼材のそれぞれが、互いに対向して前記締結された対接面を有し、
前記複数の鉄鋼材のそれぞれが、前記対接面に隣接して前記外表面の縁部分に端面を有し、
前記繊維状基体が、前記導電性接着剤と反対側になる前記マグネシウム板の外面を覆い且つ前記マグネシウム板の周囲に在る前記外表面に沿って前記外表面に重畳して設けられて、さらに前記複数の鉄鋼材のそれぞれの前記端面の少なくとも一部を覆って配置してあり、
前記複数の鉄鋼材のそれぞれの前記対接面の間に保水剤を有し、
前記マグネシウム板に由来して生成されたマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を担持且つ供給した前記繊維状基体であって、且つ、前記マグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を前記繊維状基体から前記保水剤に連通して前記対接面に介在させることで、前記繊維状基体で覆った前記外表面及び前記端面並びに前記対接面における前記鉄鋼材の防食電位を維持することを特徴とする防食構造、である。
【0016】
本発明の請求項4に記載の方法は、複数の鉄鋼材の締結を含む鋼構築物の防食構造を施工する方法であって、
重ね合わせて締結された前記複数の鉄鋼材と、この鉄鋼材の外表面の少なくとも一部に塗布する導電性接着剤と、この導電性接着剤を間に挟んで前記鉄鋼材の少なくとも一方の鉄鋼材に固定的に取り付けたマグネシウム板と、可撓性のある繊維状基体と、前記繊維状基体を前記複数の鉄鋼材に固定し且つ前記繊維状基体を覆うように取り囲むための防食カバーとを備えた前記複数の鉄鋼材の締結を含む鋼構築物の防食構造を施工する方法において、
前記複数の鉄鋼材のそれぞれで、互いに対向して且つ前記締結される対接面を準備する工程と、
前記複数の鉄鋼材のそれぞれで、前記対接面に隣接して前記外表面の縁部分に端面を準備する工程と、
前記繊維状基体が、前記導電性接着剤と反対側になる前記マグネシウム板の外面を覆い且つ前記マグネシウム板の前記外面の周囲に在る前記外表面に沿って前記外表面を重畳して、さらに前記複数の鉄鋼材のそれぞれの前記端面の少なくとも一部を覆う工程と、
前記複数の鉄鋼材のそれぞれの前記対接面の間に保水剤を塗布する工程と、
前記対接面を前記締結する工程と、
を有し、
前記締結後に、前記繊維状基体が前記マグネシウム板に由来して生成されたマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を担持且つ供給して、前記マグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を前記繊維状基体から前記保水剤に連通して前記対接面に介在させて、前記繊維状基体で覆った前記外表面及び前記端面並びに前記対接面が前記鉄鋼材の防食電位に維持されることを特徴とする防食構造を施工する方法、である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の第1の請求項に係る手段は、新規に鋼表面に取り付ける場合は当然、あるいは既に貼り付けた既存のマグネシウム板であっても、そして、マグネシウムを犠牲陽極にした単独あるいは複数のマグネシウム板のどちらの利用であっても可能であり、ポリエステル製の平織布帛や不織布あるいは繊維質で構成する吸水紙等の繊維状基体をマグネシウム板よりも広い範囲に亘り鋼表面を覆うことで鋼表面の防食範囲を広げるのみならず、防食電位を明確に保持できる定量的範囲を明確にした防食構造を提供する。ここで、単独あるいは複数のマグネシウム板とマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を担持且つ供給する繊維状基体との組み合わせによれば、マグネシウム板の全表面積よりも大きな面積で鉄鋼表面を防食するのでマグネシウム板の有効活用が図れる。さらにマグネシウム板が平面形状や限定される円弧形状であり、限られた形状のみの鋼材に適用された従来技術に比べて、凹凸のある鋼材の異形状表面に対しても、柔軟なポリエステル繊維の特徴を生かして鋼材表面形状に沿って防食範囲を広げることができる。したがって、マグネシウム板の取り付けが困難な異形鋼材面や複数鋼材の接合面の隙間防食を可能にする。そして、繊維状基体の柔軟性を利用できるので、鋼材の熱変形および外力による変形が起きてもマグネシウム板を小片で鋼材に接着し、その小片間を繊維状基体でつなぎ防食を補完することにより大型のマグネシウム板では不可能であった可撓性を防食材に具備させ、鋼材の変形に対応することが出来る。また、従来適用済みのマグネシウム板をその貼り付け状態を維持したまま、柔軟で可撓性のある繊維布帛をこのマグネシウム板に重ねることで防食範囲を拡張できるので、施工作業も容易な安価な防食構造を提供できる。そしてさらに複数のマグネシウム板を用いる場合には小型のマグネシウム板の利用が可能になり、複雑表面形状の鉄鋼材であっても、例えばボルト締結箇所や異形鋼材であっても防食構造を提供できる。
【0018】
本発明の第2の請求項に係る方法は、前述の本発明の第1の請求項に係る手段で開示した防食構造を提供する施工方法を与えることができる。この方法によって、鋼構築物に本発明手段を適用する際に、被構造体の構造に適した防食構造あるいはユーザの望む施工条件を選定することが可能になる。また、この工法は、既に貼り付けてあるマグネシウム板を利用することも可能になる。
【0019】
本発明の第3の請求項に係る手段は、締結した複数の鉄鋼材の特に縁に当たる端面と対接面の隙間部分に防食効果を与えることができる構造を提供する。例えば、橋梁の添接部では、橋梁主桁の上下フランジ端面および添接板端面を含めてH型鋼断面に沿ってH形に繊維状基体で包み込み、外側を防食カバーで主桁に固定する。そこで、添接板とフランジ面間に保水剤を保持した構成が可能になるので、主桁に貼り付けたマグネシウム板のマグネシウムイオンは添接板まで浸透し、添接部全体の防食効果を得る構造になる。この構造によれば、仮に防食カバーの経年劣化、破損、あるいは、防食カバーによる全体被覆を持たない不完全構造のようにマグネシウムイオン媒体が露出した構造であっても、保水剤の効果が作用して防食効果の長寿命化を図る効果が得られる。
【0020】
本発明の第4の請求項に係る方法は、前述の本発明の第3の請求項に係る方法で開示した防食構造を提供する施工方法を与えることができる。この方法によって、複数の鉄鋼材で構築した鋼構築物の締結鋼材対接面の隙間においても防食を可能にして、防食カバーの経年劣化や破損においても、あるいは防食カバーの一部が不完全被覆であったとしても防食性能を維持する施工を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の防食構造体に適用するための網布体を比較する試験体の写真である。
【
図2】ボルト接合部に適用した本発明実施例の構造概略図である。
【
図3】網布による保持機能の予備実験の実験中の写真である。
【
図4】網布を使用しない場合の腐食を示す予備実験写真である。
【
図5】粗目の網布の場合の試験体の状態を示す予備実験写真である。
【
図6】細目の網布の場合の試験体の状態を示す予備実験写真である。
【
図7】予備実験で使用したマグネシウムを検証したデータである。
【
図8】本発明の作用を説明するプールベ線図である。
【
図9】網布がマグネシウムイオンを担持可能であることの検証実験である。
【
図10】暴露試験のガーゼに付着物を示す写真である。
【
図11】本発明の第1実施例の防食構造体の概略断面図である。
【
図12】本発明の第1実施例の防食構造体の部分断面の概略斜視図である。
【
図13】表2の暴露試験状態および結果を示す実験写真である。
【
図14】暴露試験中の温度および湿度データである。
【
図15】本発明の第2実施例の防食構造体の断面図である。
【
図19】マグネシウムイオンとイオン化に伴う電子伝達媒体の材質と防食範囲の距離との関係を求める実験である。
【
図20】2つのマグネシウム板間の距離と防食電位の関係を示す図である。
【
図21】本発明の
図15に示す防食構造体を応用した第3実施例の防食構造体の断面図である。
【
図22】鋼材合わせ面の隙間部分での防食効果を検証する実験である。
【
図23】鋼材合わせ面の隙間部分での防食作用を確認する実験である。
【
図24】第4実施例として示す鋼材合わせ面の隙間部分での保水剤を塗布する構造図である。
【
図27】本発明を適用する防食施工方法の工程フロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態に係る防食体構造および本発明の実施例について図面を参照して説明する。発明の詳細な説明では同一の機能を図る構成部には同一の符号および名称を付してある。
【0023】
初めに、市販の繊維状基体材料の適用可能性は予備実験が必要である。そのため、マグネシウムの防食効果を簡易的に確認するために、水酸化マグネシウムを利用して市販されている網目状基体の能力を見極める実験を行う。
【0024】
(網目状基体を用いた水酸化マグネシウムの鋼表面での担持を検証した予備実験)
柔軟性のある網目状基体で鋼材表面を覆い、犠牲剤の水酸化マグネシウム水溶液が鉛直方向で落下せず、網目状基体で支えることの可能性について次の検証を行なった。まず、比較試験のための網布をつけた試験片と網布をつけない試験片を
図1に示す試験体として準備した。以下、詳細に説明する。
被試験体は、JFEスチール(株)製STKR400、サイズ60mm角柱、一般構造用角型鋼管(JISG3466)を用いて、表面の素地調整st3を行った。
水酸化マグネシウムは、45mm×45mmのマグネシウム板を鋼管周囲に4枚を導電性接着剤で接着させ、表面をビチューメンゴムが主成分の保護カバーで覆い、その上から塩分濃度5%(重量パーセント)の塩水を常時流し、マグネシウムから水酸化マグネシウムを生成させ鋼管の被試験体表面に供給した。
網目状基体は2種類用意して作用効果の比較を行う。
第1のサンプルは、材質をポリエステル繊維100%(化学物質名 ポリエチレンテレフタレート)とする粗目網目状ネット(繊維直径1mm、メッシュの大きさ10mm×5mm)を試料番号1に適用する。
第2のサンプルは、材質をポリエステル繊維100%(化学物質名 ポリエチレンテレフタレート)とする細目網目状ガーゼ(繊維直径0.3mm、メッシュの大きさを1mm×1mm)を試料番号2に適用する。
これらの網目状基体はそのサイズを約60mm×60mmの大きさに切断して被試験体に巻付けた。なお比較のために網目状基体を用いない被試験体も準備する。
【0025】
(予備実験での被試験体の概略構造)
図2は被試験体の構成概略図である。被試験体12には導電性接着剤14(株式会社ビション開発製、型式 常温タイプ)でマグネシウム板16(権田金属株式会社製、型式AZ61研磨板、サイズ45mm×45mm×2mm)を貼り付け、その外側を網目状基体18で覆う。この網目状基体18はマグネシウム16の接着範囲24から外側に引き延ばしてあり、被試験体12とボルト32とナット30で接合した第2の被試験体13まで拡げてある。2つの被試験体12、13を接合するボルトナット30、32部はマグネシウム板16が取り付け不可能の特異形状部22になる。そして、この網目状基体18の担持機能を確認するために、第1の被試験体12の端末部分24から第2の被試験体13まで網目状基体18を拡げ、防食範囲26を確認するために作成した。
【0026】
(予備実験での被試験体の試験雰囲気条件)
温度15℃、湿度80%RH環境雰囲気の下で、塩分濃度(質量濃度)が5%の塩水滴下を14日間継続して、その後、さらに14日間に亘り雰囲気温度15℃、相対湿度40%の大気中に放置した。
図3は網布による水酸化マグネシウムの保持機能を検証するための実験写真であり、実際の滴下試験中の状態を示す。
【0027】
(予備実験での試験結果のまとめ表1)
表1は網布が水酸化マグネシウムを担持して防錆効果を現すことを検証した実験結果のまとめである。各行に4種類の試料を対比して並べた。ここで、試料番号1は網目状基体として粗目網布を用いた場合、試料番号2は網目状基体として細目網布を用いた場合、試料番号3と4はそれぞれ比較試料である。また、各列では(1)被試験体へのMgペレットの取り付け有無、(2)被試験体表面への水酸化マグネシウムの供給の有無、(3)被試験体表面に水酸化マグネシウムを保持させる網布の有無、(4)試験環境に放置後の試験体表面の錆の発生状態の観測評価、(5)試験後の表面の状態を表わす写真、そして実際の写真を
図4~
図6に示す。なお、
図4は網布を巻きつけない場合の試験片の状態と水酸化マグネシウムの供給がない場合の試験片の状態を示す実験写真である。
図5は粗目の網布の場合の試験片の状態を示す実験写真である。
図6は細目の網布の場合の試験片の状態を示す実験写真である。
【0028】
【0029】
(予備実験での試験結果)
試料番号4は防錆対策がないので当然ながら激しい腐食が発生している。そして試料番号3は水酸化ナトリウムを供給し且つ犠牲陽極のマグネシウム板を貼り付けてあるにもかかわらず、凹凸のある特異形状部22では腐食が発生しており水酸化マグネシウムの供給だけでは防食効果が不足していることが判る。そして粗い目の網目状基体を用いた試料番号1では、試料番号3のような腐食は見られないので、水酸化マグネシウムの防食効果は認められる。さらに目の細かい試料番号2では、特異形状部22および端末部分24、さらに第2の被試験体13に至るまで全く腐食が認められない。すなわち、試料番号2は試料番号1よりも、防食効果が大きいことが明らかである。
【0030】
(予備実験での試験結果の結論)
試料番号2では被試験体の鋼材表面を被覆する白色物質が
図7に示すX線回折データから水酸化マグネシウムであると同定されて、この白色部分は
図6に示すように水素イオン指数が9~10のアルカリ性であった。このような現象に対して、従来技術に相当する試料番号3ではマグネシウム板の犠牲陽極の効果が特異形状部22まで拡がっていないが、網目状基体を用いることで
図2の防食範囲26まで防食効果範囲が広がっている。すなわち、網目状基体を用いることで、従来以上に防食範囲を広げることができ、実質的にエレクトロコーティングの作用を鋼材表面に提供していることが明らかになった。後述するがこの現象は
図8のプールベ線図からも理解できる。
【0031】
(予備実験での試験結果の考察)
マグネシウム板による犠牲防食で生成された水酸化マグネシウムのアルカリ効果をガーゼ状の布で鉄表面に伝達もしくは保持し、鉄表面に防食効果のある不動態保護被膜を鉄自身に生じさせ、アルカリ効果を布で保持させることで保護被膜を破壊させないことを目的に相当している。通常、犠牲防食は
図8に示す腐食域(A点:自然電位)にある鉄に犠牲防食材を接続することにより不活性の領域(
図8中の1:防食電位)まで電位を下げることを目的としている。この場合は、犠牲防食材が消耗しきると元の腐食域(A点)にもどるため、犠牲防食材は再施工しなければならない。しかしながら、本発明は犠牲陽極の消耗に伴いアルカリ性を示す水酸化マグネシウムが副生成物として残存するため、この副生成物により
図8中のA点から3の点まで移動する。すなわち、
図8中の3に示す点は黒錆もしくは透明で光沢のある皮膜つまり不動態が発生しそれが維持される点であるため防食効果を維持できることになる。
【0032】
(マグネシウム板由来の生成物を担持する網目状基体の担体機能を検証した予備実験の確証実験)
前述の予備実験ではマグネシウムイオンの流動体が鋼表面で維持されていることを確認できたが、静止流体においても同じ効果が得られるか確認する。言い換えると、犠牲陽極であるマグネシウム板は水酸化マグネシウムを生成して鋼表面の不動態化として作用するが、この生成物を鋼表面で安定に担持する網目状基体がこの担体として機能できるかを確認する必要がある。このような網目状基体の網布が水酸化マグネシウムを担持可能であることの検証として次の実施例を示す。
図9は、前述の流動体による予備実験で効果を確認できた表1に示す細目の網目状基体(試料番号2)を、静止流体の条件下で検証する確証実験である。
【0033】
(予備実験の確証実験での被試験体の実験条件)
予備実験の確証実験は、実験経過に従って試験手順(
図9の項1から項5まで)を説明する。
項番1では、鋼板(JFEスチール株式会社製、型式 熱延鋼板SS400 JISG3101 サイズ160mm×120mm×4.5mm)の面に導電性接着剤(株式会社ビジョン開発製、型式 常温タイプ)を用いてマグネシウム板(権田金属工業株式会社製、型式AZ61研磨板、サイズ100mm×70mm×2.0mm)を接着後、表1中の試料番号2に適用した細目網目状基体(ガーゼ)と同質のものを取り付ける。なお、比較のために、網目状基体を使用しないサンプル(A-1)も作成した。
項番2では、その細目網目状基体の上側にビチューメン系カバーを取り付け後、写真に示すようなマトリックス状の切り込みを入れてマグネシウム板を直線状に露出させた後、塩水(質量濃度5%塩水)を浸したトレイ中に浸漬させて、マグネシウム板を反応させる。
項番3では、3日間の浸漬で水素ガスとマグネシウムイオンを発生させる。網目状基体のないA-1サンプルは水素ガスとマグネシウムイオンが流出しているが、網目状基体も用いたA-2サンプルは腐食生成物の水素ガスがガーゼ網目から通り抜けて、水酸化マグネシウムがガーゼ内に残っていることが観察される。前述の第1実施例では試料番号2の1mm角メッシュを基体とする効果を確認しているが、ガス抜き機能を考慮すると、この実験からも第1実施例での細目基体(試料番号2)の有意性は確認できる。
項番4で、網目状基体をマグネシウム板から外してみると、網目状基体のないA-1サンプルは水酸化マグネシウムが担持されていないが、網目状基体も用いたA-2サンプルは水酸化マグネシウム塊が観察される。
項番5では、実験トレイの水溶液をビーカーに移してコロイド状に白濁沈殿した水酸化マグネシウム水和物の量を目視で比較すると、網目状基体のないA-1サンプルは水酸化マグネシウムが多く流出し、網目状基体も用いたA-2サンプルは水酸化マグネシウムの流出は少ないことが観察された。
【0034】
(予備実験の確証実験で得られた白濁流出物が水酸化マグネシウムである確認)
図9の実験で得られたコロイド白濁沈殿物はX線回折による分析を行った。その結果、この物質は
図7に示すように塩分を含む水酸化マグネシウムであることを同定した。すなわち、細目網目状基体はマグネシウム板由来のマグネシウムイオンを担持し且つ供給していることになる。
【0035】
(予備実験の確証実験での試験結果の考察)
図9に示した実験で得られた水酸化マグネシウムは、後述の網目状基体が担持する生成物の確認実験として、予備実験の確証実験のガーゼに付着した水酸化マグネシウムの塊とPHを示す
図10のAを見ても分かる通り、細目の網目状基体(ガーゼ)は水酸化マグネシウムの流出を阻害して十分なアルカリ供給源となっていることがわかる。またその際に
図10のBに示すように、生成物(水酸化マグネシウム)のpHは10.5となっており、不動態域にとどまるのに十分なアルカリ度を示している。この確証実験から、実験に使用した網目状基体は、マグネシウムのアノード反応と鋼表面のカソード反応が作用して、その作用に寄与するマグネシウムイオン伝導部と電子伝導部とを有するマグネシウムイオン電子伝導媒体として機能することが検証できた。
【0036】
以上の知見を適用して、網目状基体を応用した鋼構造物の防食構造体が得られる。
図11および
図12はその構造体であり第1実施例として示す。
図11は防食構造体の横断面を示し、
図12は一部を破断して示す斜視図である。ここで用いる網目状基体は柔軟性を有するポリエステル繊維であり環境温度や外力で鋼構造体が変形しても追従できる。
【0037】
(鋼材に適用した防食構造体の説明)
図11、12は、被防食体になる被防食鋼材12の外面に導電性接着剤14を塗布し、さらにマグネシウム板16を貼り付け、その廻りでマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を担持する網目状基体18を備えるために、その板の外側を細目の網目状基体18で覆う。この網目状基体18は被防食鋼材12の外面に届くまで延ばして、さらに被防食鋼材の防食効果を得る範囲まで広げてもよい。少なくとも
図11、12中に示す符号19に示すように鋼材表面上に沿って裾状に拡げることができる。そして、さらに網目状基体18の外側には、前述の確証実験での適用カバーであるビチューメン系カバーを防食カバー20として設ける。この防食カバー20の取り付け範囲は、網目状基体18を十分に覆うように取り付ける。この防食カバー20の内部にある網目状基体18を設けた空間には、電解質溶液として外部から浸透する使用環境で捕捉し得る親水性溶媒を充填する。この網目状基体18および防食カバー20の被防食鋼材への固定は、この網目状基体18の上面を除いて防食範囲を囲む状態で専用プライマーを用い接着する。この防食範囲を囲む専用プライマーの接着によって防食範囲での防食効果を得ることができる。なお、ここで用いるマグネシウム板はマグネシウム板にこだわるものではなく、犠牲陽極材として広く市販されている流電陽極用標準品であれば適用可能である。
【0038】
(本発明の第1実施例の構造体での暴露試験)
本発明の構造体が被防食構造として有効であることを確認するために暴露試験を行った。
被試験試料は一般構造用鋼管(JFEスチール社製STK4002B/JISG3444、長さ約350mm、外形直径約60mm)を用いて、表面の素地調整st3を行なった。
試験試料1~3は、本発明の
図11に示す構造を鋼管の中央部に設け、ガーゼ状網目状基体の下端側の一部を防食カバーから露出させて鋼管に巻き付けてある。
試験試料4~5は、比較試料として亜鉛を犠牲陽極材とした亜鉛テープ(亜鉛粉末を添加したアクリル系粘着剤の薄手テープ(亜鉛ベースシートタイプ)で厚み0.1mm、幅25mm)を2回巻き付け、試験試料1~3と同じく鋼管の中央部に設けた。
試験試料6は、鋼管地肌のままで、黒皮のみとした。
試験条件は、上記の試験試料1~6は鋼管の中央部から上部を地表に出し、反対の下部を地中に埋設する。なおこの試験には、日本国内に広く分布する弱酸性の褐色森林土を試験土壌として使用した。
【0039】
(暴露試験の試験状態)
図13は暴露試験に使用した試験試料と暴露試験後の試料の状態を写真で示すものである。この中で
図13のEは試験前の試料1~6、
図13のDは暴露試験中の状態であり、試料の下側を試験土壌に約5カ月間埋設し、
図13のFは試験後の試料1~6を土壌から引き出した状態を示している。試験試料の特徴と試験結果は表2にまとめ、暴露試験中の大気環境の温度・湿度を
図14に示す。この試験中の大気雰囲気は、凡そ温度が変化幅約15℃程度/1日、湿度は約50%RHである。
【0040】
【0041】
(暴露試験の試験結果)
図13のA、B、Cはそれぞれ本発明の構造体、亜鉛テープ使用体、鋼材地肌のままで土壌放置の暴露試験を行った鋼管外周面と内周面の状態を写真で示す。これらの写真から、亜鉛テープを巻き付けた例(
図13のB)は地肌(
図13のC)のままに比べて防食効果が認められるが、本発明構造を適用した鋼管が最も腐食程度が軽く、概ね鋼管初期の表面状態を維持している。この暴露実験で本発明の防食効果が従来技術である亜鉛テープ巻き付け手段に比べて優れた防食効果を得ることが確認できる。より詳しく説明すると、防食未施工の鋼管は管の左側の土中(3%塩水含む)で赤錆が、外、内面を問わず全面的に発生し、内面の錆は土と一体化して水洗後も残存した(
図13のC)。本発明構造の施工をした鋼管はその構造のおおよそ半分程度に損耗しているが、土中の配管(表面処理無しの黒皮状態)に目立った錆は発生していない(
図13のA)。比較として使用した亜鉛テープ巻き施工をした鋼管は、防食未施工の鋼管よりも少ないものの外面、内面共に赤錆の発生が見られ、また、亜鉛テープの一部が溶損した(
図13のB)。
【0042】
(暴露試験の考察)
この暴露試験では
図10に示す傍証も行い、防食効果の定性的考察を試みる。
図10において防食効果が確認された理由は
図8のプールベ線図から次のように理解できる。被試験体の鋼管に接合した本発明構造はマグネシウム板を犠牲電極として、鋼管が不活性領域となり保護される(A→1)。そして、
図10-Aに示す水酸化マグネシウムが生成されることで周囲のpHをアルカリ化させる(A→3)。
図10-Bに示すアルカリ化した土壌中では鋼管が不動態領域となり保護される。この試験では、マグネシウム面に布を貼り、布の一端が外部と接続されているため、水酸化マグネシウムが土壌中に浸透して土壌がアルカリ化した。アルカリ化による防食効果範囲は、同じ容器内にある他の非防食管が十分腐食しているため、防食を施した鋼管の周囲に留まると考えられる。一方、亜鉛めっきテープは、塩水の存在する箇所での効果が期待できず、本発明構造よりも発錆の多い結果となった。そして、
図10-Aを見て分かる通り、ガーゼ状網目状基体により水酸化マグネシウムの流出が阻害され十分なアルカリ供給源となっていることがわかる。また、水酸化マグネシウムである生成物のpHは10.5となっており、不動態域にとどまるのに十分なアルカリ度と言える。また、ガーゼ状網目状基体は別の意味で
図8に示す符号1の不活性域でも効果を発揮し、マグネシウムの隙間部に施工することによって、その部分の電位を下げる効果があることが判り、ガーゼ状網目状基体の副次的な効果が認められた。
【0043】
(マグネシウム板由来の生成物を担持する網目状基体や繊維状基体の担体機能を応用した本発明の第2実施例の構造)
1mm×1mm細目メッシュのガーゼ状網目状基体を利用した本発明の第2実施例の構造について説明する。本発明の第2実施例の構造は2つのマグネシウム板の間にその網目状基体を配置し、マグネシウム板を置かない領域においても防食効果を得る構造を提供する。これは前述の
図11を応用した構造であり
図15にその防食構造体の断面図を示す。すなわち、
図15は予備実験から導き出された第1実施例の構造体を応用する第2実施例の構造体である。この構造は被防食鋼材12の表面に前述例と同じく導電性接着剤14を介して2つのマグネシウム板16を55mmの中間部30を設け、両板の中間を開けて夫々に貼る。そして、この2枚のマグネシウム板の間を含めマグネシウム板を網目状基体18、さらに防食カバー20で覆い、マグネシウム板の範囲24のみならず、ガーゼ18のみの中間域30を含め防食範囲26での防錆を得る構造である。
【0044】
(第2実施例の構造での被試験体の実験準備)
本発明の第2実施例の構造は、試験準備の手順(
図16の項1から項3まで)を初めに説明する。
順番1において、
項番(1-4)では鋼板(JFEスチール株式会社製、型式 熱延鋼板SS400 JISG3101 サイズ160mm×120mm×4.5mm)を準備する。
項番(1-1)、(1-2)では、鋼板の面に導電性接着剤(株式会社ビジョン開発製、型式 常温タイプ)を用いて2枚のマグネシウム板(権田金属工業株式会社製、型式AZ61研磨板、サイズ20mm×70mm×2.0mm)を接着する。
項番(1-3)では、導電性接着剤を延長して塗布しバツ印を付け鉄材を露出させる。
順番2において、
項番(2-1)では表1中の試料番号2に適用した細目網目状基体(ガーゼ)と同質のものを取り付けたサンプル(B-1)を作成する。なお、比較のためにガーゼを付けない試験片も作成(写真省略)(B-2)する。
順番3において、
項番(3-1)ではビチューメン系の外装材を貼り付け鉄材の露出に合わせバツ印の切り欠きを付ける。
【0045】
(本発明の第2実施例の構造での被試験体の実験経過)
実験は塩水を使用して行うが、経過手順(
図17の項4から項6まで)に従って説明する。
順番4において、
項番(4-1)では5%の塩水を噴霧し、2日経過させる。
項番(4-2)ではリトマス試験紙を接触させるとガーゼのある試験片(B-1)は、pH10程度となる。
項番(4-3)ではリトマス試験紙を接触させるとガーゼのない試験片(B-2)は、pH7程度となる。
順番5において、
項番(5-1)ではガーゼのある試験片の自然電位を測定すると、バツ印の中心で完全防食電位(-1.159V)になっていることを確認した。
順番6において、
項番(6-1)では防食カバー(
図15の符号20)外装材をめくるとバツ印に噴霧した塩水がマグネシウム板(
図15の符号16)に到達し生成物である水酸化マグネシウムが全体に均等に行き届いていることがわかる。
【0046】
(本発明の第2実施例の構造での被試験体の実験結果)
図15に示す構造の実証実験を行った結果、
図18に示すように、マグネシウム板(7-1)の端部から100mm程度まで5%塩水含浸のガーゼ(7-3)の下側では鉄板(7-2)の表面に錆の発生がない(7-4)ことを確認した。
【0047】
(本発明の第2実施例の構造の検証実験の考察)
図16~
図18の実験結果から、項番(7-1)で確認できたようにマグネシウム板を全面に貼らなくても200mm~概ね400mm程度の隙間までならば、そして少なくとも100mmの間隙であれば、その間を複数のマグネシウム板の間にして、細目網目状基体(ガーゼ)を貼付することにより防食効果を発揮出来ることがわかる。この理由はガーゼに担持されているイオン化傾向の強いマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子が齎す効果といえる。
図16~
図18の実験では網目状基体のガーゼを使用しているが、繊維分散の細かい不織布あるいはフィルターで用いる吸水蒸発紙のような繊維状基体を用いる場合には、マグネシウムイオンとイオン化に伴う電子の供給に有利な均一分散の繊維構造になっている。例えば厚さ0.45mmの吸水蒸発紙を用いて実験すると、上記の隙間距離であっても十分にマイナス1000mVの防食電位を確保することを確認している。そこで、防食対象の鋼表面が広い場合は複数のマグネシウム板の間にマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を供給する繊維状基体を鋼表面に沿わせて置くことでマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子の防食効果を発揮できる。これによりマグネシウム板の削減が可能となりコストダウンが可能になる。さらに、マグネシウム板を取り付けるために素地調整程度St3程度の錆取りを行う必要があるとしても、ガーゼすなわち繊維状基体の裏面部は錆取りなどの作業を省略して低コスト化を図ることが可能である。
【0048】
(各種の繊維状基体におけるマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子の浸透性の違い)
本発明の第2実施例の構造では網目状基体を主として検討しているが、前述したように第2実施例の構造の追加実験において、吸水蒸発紙を用いるとさらに優れた効果が明らかになった。そこで各種の繊維状基体とマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子の浸透性との関係を調べることで、本発明をより有効にする繊維状基体が明らかになる。
実験方法は、鉄板(SS材 厚さ3.2mm)の端部にマグネシウム板を接着して、マグネシウムイオンとイオン化に伴う電子の伝達媒体である繊維状基体の各種材質ごとに、マグネシウム板端部から離れた位置で表面電位を測定する。そこで、マグネシウム板からの距離と電位との関係が明らかになる。そして、マグネシウムイオンとイオン化に伴う電子の浸透性について材質依存性を把握し、本発明にとってより有効な媒体が明らかになる。初めに、
図19の実験1に示すように鉄鋼試験片の自然電位(マイナス530mV)を確認してから、各種材料でマグネシウム板端部からの距離毎に電位計測する(
図19の実験2)。実験試料は(1)ポリエステル吸水蒸発紙、(2)綿100%の脱脂綿、(3)パルプ100%のティッシュペーパー、(4)上質紙で厚み0.089mmで坪量約64g/平米のコピー用紙、(5)ポリエステル100%で1mm厚さのメッシュガーゼ、(6)綿とポリエステルとの混合包帯、である。
実験結果は表3に示す。表中の数値は表面電位であり単位はマイナスmVである。ここで防食電位とは自然電位に対し0.2V程度の陰分極を加えた電位(金属防触技術便覧7.1.3陰極防食の基準)なので、鉄の自然電位マイナス530mVにその電位を加えたマイナス730mVが防食範囲として判断できる。この防食範囲は表3の中の太破線で囲む範囲内になる。この表3のデータから、ポリエステル製の吸水蒸発紙および主成分をセルロースとする脱脂綿は同等の伝達性を持っていることが判る。この結果は、これらの媒体がガーゼに比べて約3倍の浸透距離を持ち、吸水蒸発紙および綿糸のいずれも同等にマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子の浸透性に優れているといえる。これらの素材の主成分はポリエステルとセルロースとの違いはあるものの、いずれも繊維状構造である。したがって、実施例1から実施例3の説明で用いた網目状基体も含め、繊維状基体は本発明に有効なマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を浸透する素材になり得る。
【0049】
【0050】
表3に示すデータは1つのマグネシウム板であるが、同じマグンネシウム板を対称に並べると少なくとも
図20に示す実線44、46の防食電位となり得る。この図は表3に示す吸水蒸発紙の測定値に基づくものであり、マグネシウム板が
図15に示すように左右対称とした場合の想定値を示す。この
図20で、左縦軸は第1のマグネシウム板の右縁、右縦軸は第2のマグネシウム板の左縁、横軸は第1と第2のマグネシウム板間の距離、丸印は表3に記載の鉄が防食状態にある電位の実側値を左右対称としてプロット、点線は表3に記載の鉄が腐食状態にある電位の実側値を左右対称としてプロットしてある。そして、この図中、一点鎖線は左右のマグネシウム板で同時に作用を受けた場合の防食電位の推定状態を示している。この
図20は、左右2つのマグネシウム板を設ける
図15の構造で中間部を繊維状基体で接続すると、その中間の鋼表面は連続して防食電位を保持していることが判る。この
図20では左右マグネシウム間の距離が300mmで防食を維持できることを示しているが、一点鎖線で示す防食電位を考慮すると300mm以上、凡そ400mmの間では防食状態にあると推定できる。ところで、
図15の構造では2つのマグネシウム板を表示してあるが、例えば円筒管や後述の
図21に示す構造に適用する繊維状基体では、マグネシウム板が1つであったとしても
図20に示す効果を与え得る。
【0051】
(本発明の応用例1)
また、橋梁の添接板のように鋼板を重ね合わせた構造の場合、経年的な隙間腐食が発生する場合は塗装では防食が不可能であるが、マグネシウム板を添接板の平面に導電性接着剤で接着し、そこから添接板の側面にマグネシウム板からガーゼを展張させることで隙間部への電解質の経路入口を覆い、隙間部の防食電位を維持させることが可能となる。
【0052】
(本発明の応用例2)
また、防食のためのマグネシウム板の接着は被防食体に導電性接着剤で防食範囲全体に密着させる必要があるが、被防食体が外的要因(気温など)により変形した場合はマグネシウム板が防食対象物から剥離する可能性は否めない。このため、マグネシウム板を変形の影響が軽減できる小片として作成し、そのマグネシウム板の間をガーゼで補完することにより防食構造に可撓性を持たせることが可能となる。
【0053】
(鋼板重ね部に焦点を当てた第3実施例の構造)
前述で説明した本発明の応用例として別の第3の実施例として
図21が挙げられる。
図21は重ね合わせた2つの被防食鋼材12、13がボルト32・ナット30で互いに接合してある。被防食鋼材12の外面に導電性接着剤14を塗布し、さらにマグネシウム板16を貼り付ける。この例ではマグネシウム板16は片方の鋼材12に接合してあるが、両鋼材の夫々に配置することもできる。例えば腐食の激しい湾岸の飛沫干満帯等では複数の犠牲陽極材を使用して、より防食効果を高めることができる。このマグネシウム板16を含みその廻りには生成されたマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子の担持や供給を行う網目状基体あるいは繊維状基体18を備えるように、その板の外側を
図16で適用した細目の網目状基体あるいは繊維状基体18で覆う。そして、さらに網目状基体あるいは繊維状基体18の外側には
図11、12と同様に防食カバー20を設けている。ここで用いるガーゼ状の網目状基体あるいは繊維状基体18はポリエステル繊維であり、防食カバー20は加水分解抵抗性および紫外線抵抗性を持つビチューメン系の防食カバーである。この
図21に示す重ね合わせ鋼板の端面35は、犠牲防食の弱点になる隙間構造であるが、
図21の構造ではマグネシウム板で生成するマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子のガーゼによる端面部分への浸透と柔軟な網目状基体あるいは繊維状基体18および防食カバー20で鋼材断面のみならず締結ボルトあるいは端部の鋼材異形部の特異形状表面であっても、あるいは山形鋼や溝形鋼や凹凸のある異形鋼材であっても、これら基体の防食電位伝達補完効果(前述本発明の構造での被試験体の実験経過を説明した段落に記載の項番5-1でその効果を確認)と、その形状に合わせて網目状基体あるいは繊維状基体18がマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を担持や供給する担体として作用するので防食効果を上げることができる。なお、この
図21ではマグネシウム板を1枚で示してあるが
図15に示すような複数のマグネシウム板を利用することもできる。また、既存のマグネシウム板が在って犠牲状態が僅かであれば、その既存マグネシウム板も利用してもよい。なお、この
図21では繊維状基体が2つの鋼材を包み込むように閉じたループ構造で図示してあるが、これにこだわるものではなく、鋼材の防食電位を維持できる範囲で開いたループ構造で繊維状基体を設けてもよい。すなわち、繊維状基体が鋼材を不完全に包む構造であっても、本発明で得られた効果を否定しない。
【0054】
(第3実施例の検証実験)
鋼構築物の中で隙間部分は防食難易度の高い箇所になるが、本発明がこの隙間構造に対しても有効であることを検証する。
図22、
図23は鋼板の面合わせで接合する隙間部分での検証結果である。使用した鋼材は前述の本発明の構造と同じSS鋼であり、この平板(1.6mm×100mm×50mm)を重ね合わせて隙間部分を作る。そして、全体をガーゼで覆った上から防食カバーで包み込み、5ccの3%塩水を隙間部に向けて注入して経過観察を行った。なお、比較基準としてマグネシウム板を用いないサンプルAを同様に準備する(
図22の上段、対比写真1)。なお、検証対象のサンプルBは前述の本発明の構造と同じ型式でサイズを約50mm×50mmとしたマグネシウム板を用いて3セット準備し、第1セットを1週間後に分解、第2セットを2週間後に分解、第3セットを1カ月後に分解して隙間面の腐食状態を観察した。この結果、3セットともに
図22の対比写真2に示すように隙間面の腐食は視認されなかった。この実験の過程で得られた事実は、
図23の上欄に示すように電位測定器の計測から隙間部分の防食電位が保たれていることと、
図23の中欄に示すように分解した隙間面がアルカリ性になっていることと、使用したマグネシウム板が
図23の下欄に示すように犠牲材になっていることが明らかである。すなわち、
図22、
図23に示す実験結果は、マグネシウムイオンとイオン化に伴う電子が隙間部へ浸透して防食の作用効果を得ることを表している。
【0055】
(隙間構造部分を改良した第4実施例の構造)
前述した第3実施例は、重ね合わせ端面35を含めて鋼板を繊維状基体18および防食カバー20で覆い、対向する合わせ面の隙間はマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子の移動媒体が表面張力で浸透する効果を利用している。ところで、この防食カバーの経年劣化や不慮の破損が起きた場合、さらに現場の状況により、防食カバーを用いて全体を閉じた状態で覆うことができない場合、この構造では溶媒漏洩や乾燥に伴って移動媒体の隙間浸透に不足を生ずる可能性がある。すなわち、防食カバー20の劣化および破損や部分施工を考慮すると、さらに実用に適する信頼性の高い構造を提供することが望ましい。そのような観点から、前述の
図22で試験した構造を前提にして、マグネシウムイオン電子伝導効果に優れた吸水蒸発紙の利用に加えて、新たな構造を検討した。
図24に示す新たな構造は、マグネシウムイオンとイオン化に伴う電子の移動媒体の保全に着目し、吸水蒸発紙と液状保水剤とを併用する。この構造は、マグネシウム板16を導電性接着剤14で貼り付けた後、締結した複数の鋼板(13、14)の端面35を含め、その鋼板の周囲を繊維状基体18で覆ってから外側を防食カバー20で被覆する際に、締結した鋼板(13、14)の対接面37には液状の保水剤39を塗布しておく。
図25は
図24の他断面を示す図である。この構造での保水剤39は鋼板(13、14)に挟まれ、端面35側で周囲を繊維状基体18で包まれている。そこで、液状の保水剤39は親水性の繊維状基体18にも浸透する。そして、繊維状基体18に担持されているマグネシウムイオン電子伝導媒体とこの保水剤は混合し、鋼板の対接隙間に浸透している保水剤がイオンを担持し、マグネシウムイオン電子伝導媒体として機能する構造になる。
【0056】
(第4実施例の検証実験)
試験サンプルは、サンプル1として
図23と同様にマグネシウム板を鉄材に取り付け吸水蒸発紙で隙間部を覆ってからさらに防食カバーで覆ったのちに、防食シートの破損や部分施工を意図して、重ね合わせ鋼板の端面を部分的に防食シートが覆わないように1端面のみをオープンにした構造、サンプル2としてサンプル1にさらにマグネシウム板と鋼材合わせ面に液状の保水剤を塗布し防食カバーで覆ったのちに1端面のみをオープンにした構造、そして、参考サンプルとして鉄材のみを組み合わせ防食カバーで覆い1端面のみをオープンにした構造の3種類を用意した。このように一端面をオープンにすることは実質的に防食カバーが破れたことや部分施工に等価である。そして、試験効果を確認する手段としては、日本工業規格JISK5600-7-9サイクルDに定めるサイクル腐食試験方法とし、付属書1の規定に従うサイクル試験を行った。この方法は塩水噴霧30℃で0.5時間、湿潤95%RHの30℃で1.5時間、熱風乾燥50℃で2時間、温風乾燥30℃で2時間であり、3種類の試験サンプルを1週間、28サイクルで実験した。なお、ここで使用した液状の保水剤はポリアクリル酸ソーダを主成分とする農業および緑化用として周知の市販品(東洋紡株式会社製、エスペックL)を用いている。
【0057】
(第4実施例の実験結果)
図26に実験結果をまとめて示す。まず参考サンプルはマグネシウム板がないので防食機能もなく、塩水噴霧に伴う腐食の発生は当然に起きた。ところで、隙間部分は第3実施例で述べたように防食効果を期待できるはずである。しかしながら、防食シートが破損した場合や部分施工の場合に準じたサンプル1では隙間部分の鋼面に腐食が発生している。この第3実施例に基づく構造で防食できなかった原因としては、30分間の塩水噴霧の後に湿潤、乾燥工程が5時間30分あり、その間にマグネシウム板との水分によるイオン電子回路が水分蒸発により途切れ、防食効果が働かなくなったものと推定される。この証拠としてpHを測定したところpH7(中性)であり、マグネシウムイオン(生成物である水酸化マグネシウムはアルカリ性を示す)の存在は確認できなかった。一方、サンプル2は液状保水剤を鋼材合わせ面に塗布してあり、湿潤、乾燥工程の間も水分によるイオン電子回路が維持されてpH9のアルカリ性で防食されていた。なお、液状保水剤そのもののpHは中性であり、アルカリを中和する傾向のものであるが、アルカリが維持されていることから十分なイオン電子回路を形成されていたものと考えられる。この結果から、サンプル2の構造はマグネシウムイオンを金属表面に供給できるので、仮に防食シートのシール機能が不十分であっても、保水剤の存在によってイオン電子回路を維持したと言える。したがって、隙間腐食をより効果的に防ぐためには、第4実施例のような液状の保水剤の併用により防食の信頼性を上げることが可能である。さらに
図26の実験結果から、防食シートが部分的に覆っていない場合であっても隙間部分の防食が図れることを見出した。すなわち、本発明の防食構造はシートが完全に覆えないような不完全被覆構造であったとしても、優れた防食効果を提供できる。特に、複雑構造の鋼構築物においては完全被覆構造の施工が困難であり、本発明の優れた防食効果を活用することが望ましい。
【0058】
(推奨する網目状基体あるいは繊維状基体)
本発明に適用する網目状基体は、ポリエチレンテレフタレート系の親水性ポリエステル繊維を用いる。その繊維には、凹凸表面や中空繊維等の形状吸水タイプ、あるいはヒドロキシ基やカルボキシ基等の反応基を付加した分子構造にするものもあるが、本発明にはいずれの構造でも適用可能である。また、推薦する繊維状基体としては、ポリエステル繊維を用いたフィルター紙等の製造と同様に均一な繊維分散をさせた湿式不織布の製作と同様な製法の吸水蒸発紙が挙げられる。さらに述べると、すでに表3で示したようにマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子の伝達媒体としては各種の繊維状基体が利用できる。すなわちポリエステル繊維のみならずセルロース繊維においても優れた防食効果を有している。しかしながら、本発明は橋梁や港湾設備に設ける鋼構築物を対象とするものであり、機械的強度や耐暴露性等の考慮も必要である。したがって、本発明の実施例で示した繊維状基体としてはポリエステル素材が推奨できるが、その他の高分子あるいは無機繊維であるとしてもマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子の担持および供給を可能とする親水性の有る材質であれば本発明の適用を否定するものではない。
【0059】
(繊維状基体と組み合わせのために推奨する保水剤)
前述第4実施例では繊維状基体を吸水蒸発紙とし、保水剤として農業・緑化用のポリアクリル酸ソーダを利用した実験である。この液状保水剤を鋼板接合面に塗布した構造は、隙間構造の防食向上に優れた効果を与えることは前述のとおりである。この検証結果から保水剤がポリエステルの繊維状基体および鋼材の接合隙間に浸透して、鋼板接合面にマグネシウムイオンを伝達する効果を与えることが明らかになった。ところで、この第4実施例の実験では広く市販されているポリアクリル酸ナトリウムを主成分とする液状の保水剤を使用したが、保水剤としてはこれにこだわるものではない。たとえば、カルボキシ基を含むアクリル酸系ポリマーより、マグネシウムのような金属イオンを含む溶媒に対しては吸水能力の高いスルホ基を含むアクリルアミド系吸水ポリマーを利用してもよい。そして、繊維状基体に適する液状保水剤としては、耐久性に乏しい天然物質や凝集傾向の強い素材を避けて、導電性を有する親水性ポリマーや親水コーティング剤であれば利用できる。また、鋼構築物の設置箇所が港湾や河川のような飛沫を受け易い立地条件であって、施工が容易であれば顆粒状あるいは粉状の保水剤を利用してもよく、必ずしも液状にこだわるものではない。
【0060】
(本発明構造を被防食体に実施するための作業手段)
鋼構造物のための防食構造として
図11、
図15、
図21を説明したが、本発明の構造概念を適用可能な構造は、上記の構造に限られるものではない。すなわち、防食を目的とする鉄鋼構造の表面において、生成されたマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子を担持・供給する網目構造基体あるいは繊維状基体を鋼表面の防食範囲全面に亘って拡げて、それを添わせる作業を行う。そしてそれに続き、その基体を防食カバーで覆い、鋼構造物に固定できる作業が可能である限り、凹凸のある複雑形状の鋼材あるいは鋼材接合の隙間に対しても適用作業が可能な作業工法にもなる。
【0061】
(本発明を適用する施工方法の選択)
図27は本発明の各種防食構造の選定工程を従来の施工方法と対比して説明する工程フローである。この図で四角枠は作業工程を、菱枠は防食に係わる条件を決めるために点線枠で囲む選択工程を意味し、矢印で示す
図27中のフロー線(51、53、55、57、59)は工程順のステップ流れ(S1~S15)を示す。初めに、防食対象構築物の確認(S1)後、添接板等の複数鋼材の防食を図るかを判断し(S2)、複数鋼材の接合面の非防食やマグネシウム板の取り付け範囲のみの防食(S3)であればフロー線51に従い素地調整(S4)、マグネシウム貼り付け部のサイズを決めて導電性ポリマーを塗布(S5)し、マグネシウム板の貼り付け(S6)と加圧(S7)後、プライマー塗布(S10)、防食カバー(S11)、中塗り(S12)、上塗り(S13)の順序で従来工法を実施する。しかし、マグネシウム板の貼り付け面積より広い範囲に生成するマグネシウムイオンとイオン化に伴う電子の作用範囲を広げるフロー線53を選択(S3)した場合は、マグネシウム板を被防食鋼材に貼り付け固定後(S7)、網状織布基体あるいは繊維状基体でマグネシウム板を覆いながら(
図27中のフロー線(55)でマグネシウム板よりも広範囲で鋼表面を覆い(S8、S9)、防食範囲の周囲にプライマー塗布後(S10)、従来工程と同様に仕上げを行ない
図11に示す防食構造を得ることができる。そして、マグネシウム板の節約を図り小さなマグネシウム板を利用するフロー線57を選択(S8)した場合には、複数のマグネシウム板の間を網状織布基体あるいは繊維状基体で覆い(S15)、防食範囲の周囲にプライマー塗布後(S10)、フロー線57に従い、仕上げ工程(S11,S12,S13)を行って
図15に示す防食構造を得ることになる。ところで、工程S2で締結する複数鋼材の防食を意図する場合には、工程S3で複数鋼材の接合面の防食工程(フロー線52)を選択し、接合面も含めた素地調整(S4)を必要に応じて行い、保水剤を接合面に塗布(S14)あるいはコーティングすなわち膜形成し、隙間部分が介在する鋼材端面も含めて繊維状基体で覆い(S15)、フロー線57と同様の工程(フロー線59)に従い
図24、
図25に示す防食構造を得るものである。なお、フロー線57、59は複数マグネシウム板を利用した場合を示しているが、例えば本発明の第3実施例で示す
図21の構造の場合は、単独のマグネシウム板の両端を複数のマグネシウム板として見做すことで
図27の施工方法が適用できる。すなわち、複数のマグネシウム板の利用は一つのマグネシウム板の両側縁部を利用することに置き換えることでも施工が可能である。
【符号の説明】
【0062】
12、13・・・被防食鋼材
14・・・導電性接着剤
16・・・マグネシウム板
18・・・網目状基体、繊維状基体
20・・・防食カバー、
24・・・マグネシウム板を貼る範囲
26・・・被防食体の防食範囲
37・・・鋼材の対接締結面
39・・・保水剤