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特許7333553生体軟組織用接着材の製造方法、生体内埋入型センサの製造方法、生体軟組織変形補助材の製造方法、生体軟組織穿孔封鎖材の製造方法および生体軟組織補強材の製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-17
(45)【発行日】2023-08-25
(54)【発明の名称】生体軟組織用接着材の製造方法、生体内埋入型センサの製造方法、生体軟組織変形補助材の製造方法、生体軟組織穿孔封鎖材の製造方法および生体軟組織補強材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 31/02 20060101AFI20230818BHJP
   A61L 31/14 20060101ALI20230818BHJP
   A61B 17/03 20060101ALI20230818BHJP
   A61B 5/00 20060101ALI20230818BHJP
【FI】
A61L31/02
A61L31/14
A61B17/03
A61B5/00 102A
A61B5/00 102C
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2019053863
(22)【出願日】2019-03-20
(65)【公開番号】P2020151271
(43)【公開日】2020-09-24
【審査請求日】2021-12-24
(73)【特許権者】
【識別番号】595020012
【氏名又は名称】柳下技研株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(74)【代理人】
【識別番号】100123881
【弁理士】
【氏名又は名称】大澤 豊
(74)【代理人】
【識別番号】100080931
【弁理士】
【氏名又は名称】大澤 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100134625
【弁理士】
【氏名又は名称】大沼 加寿子
(72)【発明者】
【氏名】松本 卓也
(72)【発明者】
【氏名】岡田 正弘
(72)【発明者】
【氏名】柳下 勇
【審査官】渡邉 潤也
(56)【参考文献】
【文献】特表2018-521720(JP,A)
【文献】国際公開第2015/125799(WO,A1)
【文献】特表2010-501212(JP,A)
【文献】Dental Materials,2015年,31,e116-e130
【文献】岡山歯学会雑誌,2018年,37(2),p.85, 演題番号I-10
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン材料から、生体軟組織と1~30秒間接触させることにより前記生体軟組織へ接着するための生体軟組織用接着材を製造する、生体軟組織用接着材の製造方法であって、
前記チタン材料に対して酸処理、アルカリ処理、およびアルカリ処理の後で酸処理を行う処理のうちいずれかの化学処理を行うことにより、前記チタン材料の表面にナノからマイクロメートルサイズの凹凸構造を形成する工程を備えることを特徴とする、生体軟組織用接着材の製造方法
【請求項2】
前記化学処理は、塩酸溶液、硝酸溶液、硫酸溶液、過酸化水素溶液、フッ化水素酸、臭化水素酸又はそれらの混合物による酸処理を含むことを特徴とする、請求項に記載の生体軟組織用接着材の製造方法
【請求項3】
前記化学処理は、塩酸溶液、硫酸溶液又はそれらの混合物である酸溶液に前記チタン材料を浸漬するか、前記酸溶液を前記チタン材料に塗布あるいはスプレーすることによる酸処理を含むことを特徴とする、請求項1又は2に記載の生体軟組織用接着材の製造方法
【請求項4】
前記化学処理の後に60℃以上600℃未満で前記チタン材料を乾燥させる手順を備えることを特徴とする、請求項2又は3に記載の生体軟組織接着材の製造方法
【請求項5】
前記化学処理が前記酸処理であり、
前記化学処理された前記チタン材料の前記表面において、空気中の水接触角が80°以上であることを特徴とする、請求項2乃至4のいずれか一項に記載の生体軟組織用接着材の製造方法
【請求項6】
前記化学処理が前記酸処理であり、
前記化学処理された前記チタン材料の表面に水素化チタンが析出していることを特徴とする、請求項2乃至5のいずれか一項に記載の生体軟組織用接着材の製造方法
【請求項7】
前記化学処理は、水酸化ナトリウム溶液、水酸化カリウム溶液、次亜塩素酸ナトリウム溶液又はそれらの混合物によるアルカリ処理を含むことを特徴とする、請求項1乃至3のいずれか一項に記載の生体軟組織用接着材の製造方法
【請求項8】
前記生体軟組織が、消化管粘膜、上皮系組織、筋肉、結合組織、血管神経、真皮組織又は強膜であることを特徴とする、請求項1乃至7のいずれか一項に記載の生体軟組織用接着材の製造方法
【請求項9】
前記チタン材料が薄膜状であることを特徴とする、請求項1乃至8のいずれか一項に記載の生体軟組織用接着材の製造方法
【請求項10】
チタン材料に対して酸処理、アルカリ処理、およびアルカリ処理の後で酸処理を行う処理のうちいずれかの化学処理を行うことにより、前記チタン材料の表面にナノからマイクロメートルサイズの凹凸構造を形成する工程を含む方法により、前記チタン材料から生体軟組織へ接着される生体軟組織用接着材を作成し
前記生体軟組織用接着材上に、前記表面の少なくとも一部が露出するようにセンサを固定することを特徴とする、生体内埋入型センサの製造方法
【請求項11】
チタン材料に対して酸処理、アルカリ処理、およびアルカリ処理の後で酸処理を行う処理のうちいずれかの化学処理を行うことにより、前記チタン材料の表面にナノからマイクロメートルサイズの凹凸構造を形成する工程を含む方法により、前記チタン材料から生体軟組織へ接着される生体軟組織用接着材を作成する工程を備える
前記生体軟組織用接着材を生体軟組織と接着すべき部分に備える生体軟組織変形補助材の製造方法
【請求項12】
チタン材料に対して酸処理、アルカリ処理、およびアルカリ処理の後で酸処理を行う処理のうちいずれかの化学処理を行うことにより、前記チタン材料の表面にナノからマイクロメートルサイズの凹凸構造を形成する工程を含む方法により、前記チタン材料から生体軟組織へ接着される生体軟組織用接着材を作成する工程を備える
前記生体軟組織用接着材を生体軟組織と接着すべき部分に備える生体軟組織穿孔封鎖材の製造方法
【請求項13】
前記生体軟組織用接着材を、生体軟組織と接着すべき部分に備える、生体軟組織と1~30秒間接触させることにより前記生体軟組織へ接着して前記生体軟組織を補強するための生体軟組織補強材の製造方法であって、
請求項1乃至9のいずれか一項に記載の生体軟組織用接着材の製造方法により前記生体軟組織用接着材を製造する工程を備えることを特徴とする、生体軟組織補強材の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、生体軟組織用接着材の製造方法、生体内埋入型センサの製造方法、生体軟組織変形補助材の製造方法、生体軟組織穿孔封鎖材の製造方法および生体軟組織補強材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体組織は外傷や手術など外的な侵襲により破壊された場合に形態の復元が必要となる。現在のところこの組織復元には、絹や生体吸収性高分子で作られた縫合糸を用いるのが一般的である。一方で、応急的な処置として生体組織接着剤を用いることもある。この生体組織接着剤としては現在、フィブリン糊、シアノアクリレート系接着剤などが用いられている。
【0003】
一方、近年体内に埋め込むチップの開発などが盛んに進められている。埋入したチップは例えば、体内の物理・化学・生物学的環境変化をモニタリングするために用いられる。このためには、埋入したチップは体内のある一定の場所に長期にわたり保持される必要があるが、このようなチップの体内保持を長期にわたり達成する接着剤は存在しないのが現況である。
【0004】
また、チタンは生体親和性の高い金属材料として、歯科、整形外科領域におけるインプラント材料として広く利用されている。これまでの使用方法としては、デンタルインプラントや人工股関節、骨固定用プレートやスクリュー、骨補填材保定用メッシュなどがある。チタンは加工後すぐに表面が不動態化により酸化チタンとなる。骨内に4週間といった長期間埋入した場合、この酸化チタン表面は骨と直接接合(オッセオインテグレーション)することは知られているが、生体軟組織に対して数秒以内で瞬時の接着性は示さない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特表2018-521720号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Rupp F、他4名、「Surface characteristics of dental implants: A review」、Dental Materials、2018年、第34巻、p.40-57
【文献】Luigi Canullo、他5名、「Soft tissue cell adhesion to titanium abutments after different cleaning procedures: Preliminary results of a randomized clinical trial」, Med Oral Pathol Oral Cir Bucal.、2014年3月1日、第19巻、第2号、e177-e183
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、縫合糸を用いた生体組織接着は、生体組織同士を縫合するという目的のために有効な方法である。しかし、縫合の成功は個人の技術に依存することも多く、また時間の短縮も望まれている。また、金属やガラスでできたセンサなど軟らかくない素材と生体組織とを縫合糸を用いて結合するためには、あらかじめ穴を開けておくなど硬い素材の方に様々な形態付与が必要となる。
【0008】
先にあげたフィブリン糊、シアノアクリレート系接着剤は現在、生体組織接着剤として本邦でも広く使用されている。しかし、フィブリン糊は生体親和性に優れるものの接着力が低く、シアノアクリレート系接着剤は接着力に優れるものの生体親和性が低いといった利点と欠点がある。また、シアノアクリレート系接着剤には、水分が多い場合に硬化不良を起こすことや、接着力が高すぎるがために外力がかかることで組織が破断することや、必要に応じて除去する際に困難であるといった問題もある。
【0009】
また、上記生体組織接着剤は、液体として使用することから、接着を必要としない部位への移動や要求していない部位の接着などをおこしやすいという問題があった。さらに、液体が重合し固化するまでの時間しか操作できず、操作時間が限られているため操作性に劣るという問題があった。
【0010】
これまでにチタン材料の生体内埋入に関しても多くの研究がされているが、その多くは硬組織との接合や結合をみたもので、軟組織との結合を目指したものではない(非特許文献1参照)。軟組織との接合に関する論文のほとんどはタンパク質の吸着とその後に続く細胞の接着の後、軟組織との接合が起こることを示しているのが現状であり(非特許文献2参照)、数秒以内で生体組織同士を接着させる、あるいは生体組織に接着させるといった事象についての報告はない。つまり、「組織の接着」と「細胞の基材への接着」は、同じ「接着」という言葉を使っているだけで意味合いが異なる。非特許文献2に記載のデータは、歯科インプラントアバットメントを軟組織に1週間接触した状態を評価したものである。また一般的に、細胞接着には6時間以上を要すことから、非特許文献2記載の軟組織接着には少なくとも12時間以上は必要である。
【0011】
特許文献1には、チタン又はチタン合金製のボディの表面を、鉱酸を含む第1エッチング液でエッチングした後、フッ化水素酸を含むエッチング液でエッチングして得られる組織分布を、歯科インプラント又は歯科インプラントアバットメントのうち使用中に骨組織又は軟組織とそれぞれ接触させられることを意図する表面に提供することが記載されている。しかし、特許文献1に記載の技術も、4週間といった長期間をかけてのインプラントと骨との結合を目指したものである(特許文献1の段落0142参照)。
【0012】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、短時間で容易に生体軟組織への固形の部材の接着を行えるようにすることを目的とする。合わせて、この接着の様々な有用な用途を提案する。なお、上記のような生体軟組織への接着能力を持つ固形の部材を、不定形の接着剤と区別して、「接着材」と呼ぶことにする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
以上の目的を達成するための本発明の一の態様は、酸処理、アルカリ処理、およびアルカリ酸処理(本明細書では、アルカリ処理の後で酸処理を行う処理を、略して「アルカリ酸処理」と称する)のうちいずれかの化学処理を行うことにより、表面にナノからマイクロメートルサイズの凹凸構造を形成したチタン材料の上記表面と、生体軟組織とを接触させる
ことにより、上記チタン材料と上記生体軟組織とを接着することを特徴とする、チタン材料と生体軟組織との接着方法である。
【0014】
この方法では、チタン材料の表面の少なくとも一部に化学処理を施して、その部分にナノからマイクロメートルサイズ、より具体的には、十ナノメートルから数マイクロメートルサイズの凹凸構造を形成することにより、チタン材料の当該表面に、生体軟組織との接着性を付与することができる。ここで、薄膜状あるいは箔状のチタン(以下、チタン薄膜)を用いることで、柔軟な軟組織の変形に合わせて当該チタン薄膜も変形することが可能となる。このような変形性を与えるために、チタン薄膜の厚さは薄い方が好ましく、具体的には数百ナノメートルから100マイクロメートルの厚さが好ましい。
【0015】
また、上記の化学処理は、酸処理、アルカリ処理、およびアルカリ酸処理のいずれかであり、いずれの場合も、チタン材料の表面が溶解すること、ならびに、溶解したチタンイオンが溶質と反応して析出することにより、上記凹凸構造を形成すると考えられる。接着性を付与されたチタン材料は、わずかな力を加えつつ生体軟組織に接触させることにより、生体軟組織と接着することができる。好ましい実施形態では、1~30秒程度のわずかな時間の接触で、この接着を実現できる。
【0016】
なお、化学処理前のチタン材料は、純チタンだけでなく、化学処理後の生体軟組織への接着性が失われない程度に、純チタンに多少の不純物や添加物が含まれるものであったり、チタン以外の元素を含む合金であったりしてもよい。チタン以外の含む合金として、例えば、チタン-アルミニウム-バナジウム合金、チタン-アルミニウム-モリブデン-バナジウム合金、チタン-アルミニウム-スズ-ジルコニウム-モリブデン合金、ニッケルチタン合金、チタン-ニオブ合金、チタン-ニオブ-タンタル-モリブデン合金、チタン-金-クロム-タンタル合金があげられる。
【0017】
また、薄膜状又は板状のチタン材料を挟むように、その両側でチタン材料と生体軟組織とを接着すれば、複数の生体軟組織あるいは複数の部分に分かれた生体軟組織を、チタン材料を介して相互に接着することができる。従って、上記のチタン材料と生体軟組織との接着方法は、チタン材料を用いた生体軟組織同士の接着方法としても利用できる。
【0018】
また、上記接着方法において、上記化学処理は、塩酸溶液、硝酸溶液、硫酸溶液、過酸化水素溶液、フッ化水素酸、臭化水素酸又はそれらの混合物による酸処理を含むとよい。特に、塩酸溶液、硫酸溶液又はそれらの混合物である酸溶液に上記チタン材料を浸漬するか、上記酸溶液を上記チタン材料に塗布あるいはスプレーすることによる酸処理を含むとよい。
これらの酸処理により、チタン材料の表面に、上記凹凸構造を効果的に形成することができる。もちろん、上記化学処理に用いる酸は、これらに限られない。つまり、純チタンの脱不動化pHは約1であり、同pHを下回る酸を用いればチタン表面の溶解ならびに析出反応によって上記凹凸構造を効果的に形成することができる。
【0019】
さらには、上記酸処理に用いる上記酸溶液が、50重量%以上97重量%以下の硫酸、30重量%以上37重量%以下の塩酸、あるいは、20重量%以上の硫酸ならびに10重量%以上の塩酸を含む混合物溶液であるとよい。
これらの酸溶液を用いた酸処理により、チタン材料の表面に、上記凹凸構造をさらに効果的に形成することができる。
【0020】
また、酸処理時の溶液の温度は、溶液の融点以上であるとよい。さらに好ましくは70℃以上がよい。また、温度の上限は、溶液の沸点である。これらのような高温で酸処理を行うと、10分程度の短時間の処理で、チタン材料の表面に、上記凹凸構造を形成し、生体軟組織への接着力を強化することができる。また、酸処理時の溶液の温度が10℃でも、12時間程度の処理時間をかければ、生体軟組織と接着可能なチタン材料を得ることができる。また、酸溶液にチタン材料を浸漬するだけでなく、酸溶液をチタン材料に塗布したりスプレーしたりしても、酸処理を行うことは可能である。
【0021】
また、上記化学処理を行った後に、上記チタン材料を乾燥させるとよい。この乾燥は、60℃以上600℃未満で行うとよい。
水溶液中で酸処理した直後は水がチタン表面を覆っているため親水性であるが、乾燥させることで疎水性となる。この際、大気圧中において室温で乾燥することができるが、60℃では短時間で乾燥することができる。ただし、600℃以上の温度では水素化チタンが酸化チタンとなるため、疎水性表面が得られないため好ましくない。
【0022】
また、上記酸処理を行う場合に、上記チタン材料の上記表面において、空気中の水接触角が80°以上であるとよい。
酸処理の処理時間に応じて上記チタン材料と生体軟組織との接着力が変化するが、処理時間が異なる複数のサンプルのうち、未処理の状態よりも疎水性が上昇し、空気中の水接触角が概ね80°以上となったチタン材料が、未処理の状態よりも有意に高い接着力を有することを、今回見出した。これは、酸処理の場合、チタン材料の疎水性表面と生体軟組織との間の疎水性相互作用が、相互の接着力向上に寄与しているためと考えられる。従って、上記チタン材料の上記表面において、空気中の水接触角が80°以上となる程度にまで、上記酸処理を行うとよい。
【0023】
また、上記酸処理を行う場合に、上記チタン材料の表面に水素化チタンが析出しているとよい。
酸処理の処理時間に応じて上記チタン材料と生体軟組織との接着力が変化するが、処理時間が異なる複数のサンプルのうち、表面に水素化チタンの析出が確認されたチタン材料が、未処理の状態よりも有意に高い接着力を有することを、今回見出した。従って、上記チタン材料の上記表面に水素化チタンが析出する程度にまで、上記酸処理を行うとよい。
【0024】
また、上記接着方法において、上記化学処理は、水酸化ナトリウム溶液、水酸化カリウム溶液、次亜塩素酸ナトリウム溶液又はそれらの混合物によるアルカリ処理を含むとよい。
これらのアルカリ処理によっても、OH-イオンが十分あれば溶解および析出反応が進行してチタン材料の表面に、上記凹凸構造を効果的に形成することができる。もちろん、上記化学処理に用いるアルカリは、これらに限らず、水溶性の高いアルカリであればよい。
なお、アルカリ処理の場合、チタン材料の表面と生体軟組織との間のイオン的相互作用ならびに接触面積の増加が、相互の接着力向上に寄与していると考えられる。このため、チタン材料の表面の疎水性が高くなくても、接着力の向上は見られる。
【0025】
また、上記接着方法において、上記化学処理の強度を調整することにより、上記チタン材料と上記生体軟組織との間の接着力を調整するとよい。
少なくとも、酸処理の時間を変えることにより、上記チタン材料と生体軟組織との接着力が変化することを今回見出した。接着力を強化するだけでなく、適度な接着力で接着を行うことも、後で接着材を容易に剥がせるようにするためには重要である。接着材の用途に応じて適切な接着力の接着材を得られれば、極めて有用である。なお、酸処理の時間だけでなく、酸濃度によっても強度を調整可能である。また、酸処理だけでなく、アルカリ処理やアルカリ酸処理の場合も、同様に強度を調整可能と考えられる。
【0026】
また、上記接着方法において、上記生体軟組織が、消化管粘膜、血管内皮など上皮系組織、筋肉、臓器周囲線維性組織を含む結合組織、血管又は神経であるとよい。
上記チタン材料と、上皮系組織、結合組織、血管又は神経との接着が実現できれば、生体へのセンサの固定、組織の変形補助、組織の穿孔封鎖、組織の補強といった用途に上記接着方法を活用しやすくなる。ただし、生体へのセンサの固定、組織の変形補助、組織の穿孔封鎖、あるいは組織の補強の対象は、上皮系組織、結合組織、血管及び神経には限られない。
【0027】
また、この発明は、上記のいずれかの接着方法を用いてセンサを生体内に固定する、生体へのセンサの固定方法であって、上記チタン材料に、上記表面の少なくとも一部が露出するように上記センサを固定し、上記チタン材料の上記表面のうち露出している部分と、生体軟組織とを接触させて上記チタン材料と上記生体の生体軟組織とを接着することにより、上記センサを上記生体内に固定する、生体へのセンサの固定方法も提供する。
【0028】
この方法において、センサとチタン材料を予め固定しておくことは、接着剤や固定器具、嵌め込み等の任意の方法により容易に行うことができる。センサがチタン材料に固定された状態で、わずかな力を加えつつチタン材料の表面を生体軟組織に接触させれば、チタン材料が短時間でかつ容易に生体軟組織に接着され、センサも、上記チタン材料を介して生体軟組織に固定される。このように固定されたセンサは、生体が運動しても容易にその位置がずれることはない。この方法を適用するセンサとしては、例えば生体の位置、動き、物理状態など、あるいは、体内における化学、生物情報を計測し、外部の集計装置に無線送信する装置が考えられる。IoT(Internet Of Things)技術の進展に伴い、生体の情報を効率よく収集することの有用性は増していくと考えられる。
【0029】
また、この発明は、上記のいずれかの接着方法を用いて生体軟組織の変形を補助する生体軟組織の変形補助方法であって、上記生体軟組織を所望の形状に変形し、上記変形後の形状に沿って上記生体軟組織に上記チタン材料を接着する、生体軟組織の変形補助方法も提供する。
【0030】
チタン材料が生体軟組織に接着された箇所は、チタン材料によって生体軟組織の変形が制約される。例えば、チタン材料は、伸縮性には乏しい。このため、血管や腸管がヘルニアを起こした場合に、断裂部からヘルニア部を管内に押し込んだ上で断裂部を閉じて、断裂部の外側からチタン材料を接着すれば、断裂部の伸縮を阻止し、このことにより断裂部が開いてヘルニア部が突出してくることを防止できる。また、断裂部が閉じた状態を維持できるため、断裂部が自然治癒により閉じる効果も期待できる。これは、生体軟組織の、断裂部が閉じるような変形を補助したことに該当する。
【0031】
また、チタン材料が一定の剛性を有する場合、チタン材料を接着した箇所の生体軟組織の形状を、チタン材料の形状に合わせて変形させることも可能である。初めは形状の相違により生体軟組織がチタン材料に接着されない個所が残ったとしても、組織の動きに応じて一度又は何度かチタン材料に接触するうちに、チタン材料に接着され、柔軟な生体軟組織側が変形してチタン材料の形状に沿うためである。この性質を利用して、例えば、眼球の裏側に、好ましい矯正後の形状を持つチタン材料を接着することにより、近視の治療のために眼球の形状を矯正することが考えられる。
【0032】
また、この発明は、上記のいずれかの接着方法を用いて生体軟組織の穿孔を封鎖する生体軟組織の穿孔封鎖方法であって、上記生体軟組織の上記穿孔が形成された箇所を覆うように、上記生体軟組織に上記チタン材料を接着する、生体軟組織の穿孔封鎖方法も提供する。
生体軟組織に接着されたチタン材料は生体軟組織と密着することから、例えば血管や腸管等の組織に穿孔が生じた場合に、その個所の外側から穿孔が形成された箇所を覆うようにチタン材料を接着することにより、穿孔を塞ぐことができる。この接着は、管の外部から行ってもよいし、内視鏡とステント等を用いて管の内部から行ってもよい。
【0033】
また、この発明は、上記のいずれかの接着方法を用いて生体軟組織を補強する生体軟組織の補強方法であって、上記生体軟組織のうち補強すべき部分に上記チタン材料を接着する、生体軟組織の補強方法も提供する。
組織に穿孔等の傷害が生じる前であっても、血管等において組織が弱っている部分にチタン材料を接着することにより、組織を補強し、傷害の発生を未然に防止することができる。
【0034】
また、この発明は、酸処理、アルカリ処理、およびアルカリ酸処理のうちいずれかの化学処理を行うことにより、表面にナノからマイクロメートルサイズの凹凸構造を形成したチタン材料であり、生体軟組織へ接着される、生体軟組織用接着材も提供する。
この生体軟組織用接着材は、今回、酸処理、アルカリ処理、およびアルカリ酸処理のうちいずれかの化学処理を行うことにより、表面にナノからマイクロメートルサイズの凹凸構造を形成したチタン材料に関し、生体軟組織への強い接着力を有し、また、わずかな力を加えつつ生体軟組織に接触させることにより、短時間で生体軟組織と接着することができるという新規な特性を見出したことに基づき、生体軟組織へ接着される生体軟組織用接着材という、新規な用途を提案するものである。
【0035】
チタン材料と生体軟組織との接着方法について上述した、上記化学処理に関する説明、上記乾燥に関する説明、チタン材料の特性に関する説明、および生体軟組織に関する説明は、この生体軟組織用接着材についても同様に当てはまる。
【0036】
この発明は、上記の生体軟組織用接着材の上記チタン材料に、上記表面の少なくとも一部が露出するようにセンサを固定した生体内埋入型センサも提供する。
このような生体内埋入型センサは、生体へのセンサの固定方法に関して上述したものと同様な原理により、容易に生体内に固定することができる。
【0037】
また、この発明は、上記の生体軟組織用接着材を、生体軟組織と接着すべき部分に備える、生体軟組織変形補助材、生体軟組織穿孔封鎖材、および生体軟組織補強材も提供する。
これらの生体軟組織変形補助材、生体軟組織穿孔封鎖材、および生体軟組織補強材は、これに限られるものではないが、それぞれ生体軟組織の変形補助方法、生体軟組織の穿孔封鎖方法、および生体軟組織の補強方法の実施に利用可能である。すなわち、生体軟組織用接着材について上述したようにチタン材料に新規な特性を見出したことに基づき、生体軟組織変形補助、生体軟組織穿孔封鎖、および生体軟組織補強という新規な用途を提案するものである。
【0038】
また、この発明は、上記の生体軟組織用接着材を、生体軟組織と接着すべき部分に備えるインプラントも提案する。このインプラントは、歯科用インプラントであって、上記生体軟組織用接着材を、フィクスチャー部及び/又はアバットメント部に備えるとよい。あるいは、このインプラントは、形成外科用又は心臓血管外科用インプラントであるとよい。形成外科用インプラントは、例えば義耳介を頭骨に固定するためのインプラントである。心臓血管外科用インプラントは、例えば、組織貫通型インプラント、超音波エコー用位置確認材、心尖部に穿通する管、あるいは内視鏡用のパッチおよびステントである。また、この発明は、上記の生体軟組織用接着材を、生体軟組織と接着すべき部分に備える歯科矯正用アンカースクリューも提案する。
【0039】
これらのいずれも、生体へ固定して用いるものであるが、上記の生体軟組織用接着材を、生体軟組織と接着すべき部分に備えることにより、生体軟組織に対して容易に固定可能である。特に、歯科用インプラントのアバットメント部は、歯肉粘膜上皮と接触する部位であるので、この部分に上記の生体軟組織用接着材を設けることにより、インプラントと歯肉粘膜上皮を容易に接着し、インプラントの安定性を高めると共に、フィクスチャー部への細菌等の侵入を防止できる。フィクスチャー部も、アバットメント部に近い側は歯肉粘膜上皮と接触するため、同様に生体軟組織用接着材を設けることが有用である。
【0040】
以上に述べた構成及び以下の実施形態及び実施例において説明する構成は、相互に矛盾しない限り、任意に組み合わせて実施可能であるし、一部のみを取り出して実施することも可能である。また、以上に述べた構成は、この発明の一例であり、この発明が以上に述べた構成に限定されることはない。
【発明の効果】
【0041】
以上のような本発明の構成によれば、短時間で容易に生体軟組織への固形の部材の接着を行うことができる。また、この接着を様々な有用な用途に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0042】
図1】第1実施例のチタン薄膜の電子顕微鏡写真である。
図2】第1実施例のチタン薄膜のX線回折パターンである。
図3】第1実施例のチタン薄膜の表面の水のFT-IRスペクトルである。
図4】第1実施例のチタン薄膜のマウス真皮に対する接着強さを示すグラフである。
図5】第2実施例のチタン薄膜の電子顕微鏡写真である。
図6】第2実施例のチタン薄膜のX線回折パターンである。
図7】第2実施例のチタン薄膜の水接触角を示すグラフである。
図8】第2実施例のチタン薄膜の表面の水のFT-IRスペクトルである。
図9】第2実施例のチタン薄膜のマウス真皮に対する接着強さを示すグラフである。
図10】第2実施例のマウス真皮に対する接着状態を示す電子顕微鏡写真である。
図11】第2実施例のチタン薄膜のウサギ強膜に対する接着強さを示すグラフである。
図12】第2実施例のチタン薄膜と、ブタ大動脈との接着実験の様子を示す写真である。
図13】第2実施例のチタン薄膜をマウス皮下の真皮側に接着させて3日後の状態を示す写真である。
図14】第3実施例のチタン薄膜のX線回折パターンである。
図15】第4実施例のチタン薄膜の電子顕微鏡写真である。
図16図15の一部の条件についてより拡大率を上げた電子顕微鏡写真である。
図17】第4実施例の別のチタン薄膜の電子顕微鏡写真である。
図18】第4実施例のチタン薄膜のX線回折パターンである。
図19】第4実施例のチタン薄膜の水接触角を示すグラフである。
図20】第4実施例のチタン薄膜のマウス真皮に対する接着強さを示すグラフである。
図21】第5実施例のチタン合金薄膜の電子顕微鏡写真である。
図22】第5実施例のチタン合金薄膜のX線回折パターンである。
図23】第5実施例のチタン合金薄膜の水接触角を示すグラフである。
図24】第5実施例のチタン合金薄膜のマウス真皮に対する接着強さを示すグラフである。
図25】生体内埋入型センサの実施形態の構成を示す図である。
図26図25のセンサをマウス体内に埋入する様子を示す写真である。
図27図26の埋植箇所の様子を示す写真である。
図28図26の埋植箇所を切開してセンサを露出させた状態及びそのセンサに力を加えた状態を示す写真である。
図29】接着材の生体軟組織変形補助用途について説明するための図である。
図30】接着材の生体軟組織穿孔封鎖用途について説明するための図である。
図31】接着材を有する歯科用インプラントの構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0043】
以下、本発明を実施するための形態及び実施例について説明する。
本発明は、チタン材料に生体軟組織接着性を付与するための化学的表面修飾に関する方法、生体軟組織接着性を付与されたチタン材料と生体軟組織との接着方法、生体軟組織接着性を付与されたチタン材料により構成される生体軟組織用接着材、及びいくつかの用途におけるそれらの応用等に関する。
【0044】
チタン材料に生体組織接着性を付与する方法としては、材料表面の化学的修飾方法を採用している。化学的修飾方法は、材料表面に官能基やイオン、分子などを導入することで被着物との親和性、親水・疎水における相互作用やイオン結合、共有結合、ファンデルワールス力などを高めることにつながる。本発明におけるチタン表面修飾では化学的修飾方法を接着力の調節に利用する。
【0045】
〔第1実施例:図1乃至図4
まず、本発明の第1実施例について説明する。
本実施例では、チタン材料として純チタン(JIS(日本工業規格)1種TR270C)の薄膜(厚さ15μm×幅5mm×長さ15mm)を準備し、この純チタン薄膜に、1)未処理、2)加熱処理、3)アルカリ処理、4)アルカリ加熱処理、5)アルカリ酸処理、6)アルカリ酸加熱処理を施したサンプルをそれぞれ用意した。これらのうち1)、2)は、酸処理もアルカリ処理も行わないコントロールである。
【0046】
各処理は、以下のように行った。
1)未処理:
アセトンで脱脂後に純水で洗浄し、60℃で1時間乾燥した。
2)加熱処理:
1)の試料を600℃にて1時間大気雰囲気下での加熱を行った。この加熱により乾燥もなされる。
3)アルカリ処理:
1)の試料を2.5mol/L水酸化ナトリウム溶液中に60℃にて24時間浸漬し、その後純水で洗浄し、60℃で1時間乾燥した。
4)アルカリ加熱処理:
3)の試料を600℃にて1時間大気雰囲気下での加熱を行った。この加熱により乾燥もなされる。
5)アルカリ酸処理:
3)の試料を50mmol/L塩酸溶液中に37℃において48時間浸漬し、その後純水で洗浄し、60℃で1時間乾燥した。
6)アルカリ酸加熱処理:
5)の試料を600℃にて1時間大気雰囲気下での加熱を行った。この加熱により乾燥もなされる。
【0047】
上記各処理を行ったチタン薄膜のSEM(走査型電子顕微鏡)による表面観察を行った。SEMは、Neoc-Pro(Meiwafosis Co.Ltd.,Tokyo,Japan)を用いてオスミウムコーティングを行ったのち、JSM-6701F microscope(JEOL Ltd.,Tokyo,Japan)を用いて観察した。この際、加速電圧は5kV、ワーキングディスタンスは8mmとして観察した。
【0048】
図1に、各サンプルの電子顕微鏡写真を示す。200nm(ナノメートル)に対応するスケールを図中に示している。これらの写真からわかるように、アルカリ処理を行った3)~6)のサンプルでは、表面に、ナノからマイクロメートルサイズの凹凸構造として、ナノファイバー状の構造物が確認された。1)及び2)のサンプルには、このようなナノからマイクロメートルサイズの凹凸構造は確認できなかった。
【0049】
また、上記各処理を行ったチタン薄膜の表面結晶構造を、X線回折(XRD)パターンの測定により分析した。XRDパターンは、RINT2500HF(Rigaku Corp.,Tokyo,Japan)を用いて測定した。この際、管電圧40kV、管電流200mAの条件で発生したCuKα線をX線源として用い、走査速度は2°/minとして室温で測定を行った。
【0050】
図2に各サンプルの測定結果を示す。
1)~6)のうち加熱処理を行っていないサンプル、すなわち、1)未処理、3)アルカリ処理、5)アルカリ酸処理のサンプルでは、薄膜母材であるチタンのみが結晶相として検出された。また、加熱処理を行ったサンプルのうち、2)加熱処理と6)アルカリ酸加熱処理のサンプルでは、酸化チタン相が検出された。4)アルカリ加熱処理のサンプルでは、酸化チタン相に加えてチタン酸ナトリウム相が検出された。
【0051】
また、上記各処理を行ったチタン薄膜の表面における水の濡れ性を、高さ10mmからサンプル上に滴下した超純水(3μL)の接触角をθ/2法から求めることで評価した。
表1に、処理毎にチタン薄膜の5つのサンプルについて測定した結果(N=5)の平均値と標準偏差を示す。
【0052】
【表1】
【0053】
表1からわかるように、1)未処理)および2)加熱処理については水滴が形成され、ある程度の疎水性を示した。3)アルカリ処理~6)アルカリ酸加熱処理については水滴がサンプル表面で濡れ拡がり、水滴接触角は検出限界である1°以下であり、これらのサンプルは高い親水性を示した。
【0054】
また、各サンプル表面における水の、FT-IR(フーリエ変換赤外分光法)スペクトル分析を行った。FT-IRスペクトルは、IRAffinity-1S(Shimadzu Corp.,Kyoto,Japan)を用いて測定した。この際、分解能は4cm-1とし、積算回数は16回として室温で測定を行った。
【0055】
図3に1)~6)の各サンプルの測定結果を示す。
これらの比較から、処理条件にともないチタン表層の水の状態が変化することが確認できた。ここで、3000cm-1以下の吸収は水素結合ネットワークが発達した水、3300~3000cm-1の吸収は中間水、3500~3300cm-1の吸収は自由水、3500cm-1以上の吸収は結合水に由来するものと考えられる。このなかで、水素結合ネットワークが発達した水ならびに中間水は、生体成分と材料との相互作用に対して抑制的に働くため、軟組織との接着にはこれらの量を減少させることが重要となる。1)未処理および2)加熱処理の場合、水素結合ネットワークが発達した水ならびに中間水に由来する吸収が認められ、1)未処理にもっとも低波数側の吸収が認められた。3)アルカリ処理により水素結合ネットワークが発達した水ならびに中間水量の減少が認められ、4)アルカリ加熱処理あるいは6)アルカリ酸加熱処理によって中間水量が若干増加した。5)アルカリ酸処理の場合に自由水のピークがもっともシャープに認められた。
【0056】
次に、上記各処理を行ったチタン薄膜と、生体軟組織との接着強さの測定を行った。ここでは、生体軟組織の被着体として、マウス真皮組織を用いた。接着強さは、チタン薄膜と被着体を5mm×2mmの面積で重ね合わせ、重ね合わせ部分に100gの分銅を10秒間静置することで圧着した後、万能試験機(Ez-test; Shimadzu Corp.,Kyoto,Japan)にて150mm/minの引張速度でせん断力を加えた際の最大力から算出した。使用したマウス真皮組織は、Slc:ICRマウス(6週齢;♀;体重25~27g)の背部から採取した真皮組織である。なお、ここでは10秒間の接触によりチタン薄膜と被着体とを接着しているが、接着自体は、より短い時間、例えば1~3秒程度の接触でも可能である。
【0057】
処理毎にチタン薄膜の5つのサンプルについて接着強さの測定を行い(N=5)、統計解析に一元配置分散分析を行い、その後Tukey法による多重比較検定(有意水準5%未満)を行って、1)~6)の各処理を行ったチタン薄膜に関し、生体軟組織との接着強さに有意差があるか否かを分析した。
【0058】
図4に、1)~6)の各サンプルについて求めた接着強さの平均値と標準偏差を示す。1)~6)の各項目と対応するバーが平均値を、その上端を中心とするラインが標準偏差を示す。バーの上にあるアルファベットは、異なる文字を付されたサンプル間では接着強さに統計学的有意差があることを示す。また、表2に、各サンプルについて求めた接着強さの平均値と標準偏差の数値データを示す。
【0059】
【表2】
【0060】
図4及び表2からわかるように、各サンプルの接着強さは、高い順に、5)アルカリ酸処理>6)アルカリ酸加熱処理>3)アルカリ処理>2)加熱処理=4)アルカリ加熱処理>1)未処理、の順であった。
この結果から、アルカリ処理により、未処理の場合と比べて有意に接着強さを向上させ、生体軟組織用接着材として使用可能な接着強度が得られること、アルカリ処理だけでなく酸処理によって接着強さは増加すること、および、加熱処理はアルカリ処理やアルカリ酸処理によって得られた接着強さを低下させることがわかる。
【0061】
なお、第1実施例において、アルカリ処理のみで得られる接着強度はさほど大きくはないが、軟組織に接着して容易に動かないという点では十分である。例えば、1gのセンサを1mmの面積で接着させた際に少なくとも自重では移動しない接着強度は約10kPaであり、アルカリ処理のみで得られる接着強度で十分である。また、接着後に比較的容易に剥がせることが重要である場合には、強い接着強度より比較的弱い接着強度の方が好ましい場合もある。
【0062】
なお、図4及び表2の接着強さのデータを図3の測定結果と比較すると、3)アルカリ処理では、水素結合ネットワークが発達した水ならびに中間水量の減少により接着強さが向上し、5)アルカリ酸処理では、自由水の増加によりさらに接着強さが向上していると考えることができる。また、4)アルカリ加熱処理あるいは6)アルカリ酸加熱処理では、それぞれ3)アルカリ処理及び5)アルカリ酸処理と比べ、中間水の量が増加したことで接着強さが低下していると考えられる。
【0063】
〔第2実施例:図5乃至図13
次に、本発明の第2実施例について説明する。
本実施例では、チタン材料として、第1実施例の場合と同じ純チタンの薄膜を準備し、この純チタン薄膜を、70℃に保った45wt%HSO/15wt%HClに浸漬することにより酸処理を行った(以下の実施例では重量%を「wt%」と表記する)。この際、処理時間を5分~40分まで5分刻みで変化させた。酸処理後に純水で洗浄し、60℃にて1時間乾燥した。
【0064】
その結果、処理時間が5分~20分まではチタン薄膜が形状を保っていたが、25分以上の処理ではチタン薄膜の形状が保たれず、30分以上でほぼ完全に溶解してしまった。そこで、(a)未処理、(b)処理時間5分、(c)処理時間10分、(d)処理時間15分、(e)処理時間20分のサンプルについて、第1実施例の場合と同様な測定法により、SEMによる表面観察、XRDパターン測定による表面結晶構造の分析、表面の濡れ性の測定、表面における水のFT-IRスペクトル分析、および生体軟組織との接着強さの測定を行った。(a)はコントロールである。
【0065】
図5に、SEMによる表面観察で得た各サンプルの電子顕微鏡写真を示す。10μm(マイクロメートル)に対応するスケールを図中に示している。
これらの写真からわかるように、処理時間が長くなるにつれて表面の溶解ならびに析出物が観察される面積が大きくなる傾向を示し、処理時間10分でほぼ全面に析出物が観察され、ナノからマイクロメートルサイズの凹凸構造が形成されていた。析出物の下地には母材結晶粒が観察された。処理時間がさらに長い15分では析出物の増加が確認され、20分では析出物の再溶解あるいは母材の溶解によって析出物の間隙が拡がることで凹凸が大きくなった。
【0066】
図6に、各サンプルのXRDパターンを示す。
これらのパターンからわかるように、処理時間が10分以上で水素化チタン相の析出が明確に確認された。また、処理時間が長くなるにつれ、母材であるTi相のピーク強度が減少した。
【0067】
図7に、表面の濡れ性の測定結果を示す。(a)~(e)の各処理時間と対応するバーが各処理時間の5つのサンプルの平均値を、その上端を中心とするラインが標準偏差を示す。バーの上にあるアルファベットは、異なる文字を付されたサンプル間では濡れ性に統計学的有意差があることを示す。有意差の有無は、一元配置分散分析の後Tukey法による多重比較検定(有意水準5%未満)を行って分析した。
【0068】
表3に、図7の測定結果の数値データを示す。
【表3】
【0069】
これらの結果からわかるように、処理時間が10分以上で水接触角が有意に増加し、90°以上の高い疎水性を示した。
【0070】
図8に、サンプル表面における水のFT-IRスペクトルを示す。
未処理と比較して処理時間5分では大きな変化が認められず、水素結合ネットワークが発達した水および中間水が多く観測された。処理時間が10分以上では中間水に由来するピークが減少したが、処理時間10分では2900cm-1の、水素結合ネットワークが発達した水のピークが大きく観察された。処理時間が15分以上で水素結合ネットワークが発達した水の吸収が減少し、ほぼ結合水のみが観察された。
【0071】
図9に、各サンプルについて求めた接着強さの平均値と標準偏差を示す。表記法は図4と同様である。また、表4に、各サンプルについて求めた接着強さの平均値と標準偏差の数値データを示す。
【0072】
【表4】
【0073】
図9及び表4からわかるように、未処理のサンプルと比較して処理時間5分のサンプルでは接着強さに有意な差が認められなかったが、処理時間が10分以上のサンプルでは有意な差が認められ、処理時間が長いほど高い接着強さを示した。また、処理時間が10分以上のサンプルは、生体軟組織用接着材として使用可能な接着強さを有する。
このデータを、図5のSEM写真、図6のXRDパターン、および図7の接触角のデータと比較すると、ナノからマイクロメートルサイズの凹凸構造が形成され(図5)、水素化チタン(TiH;x=1.5~2)相の析出が起こり(図6)、空気中の水接触角が概ね90°以上の疎水性を示す程度まで(この例では10分以上)酸処理を行うことにより、チタン材料と生体軟組織との接着強度を、未処理の場合と比べて大幅に強化できることがわかる。
【0074】
また、(c)~(e)のデータの比較により、処理時間を延ばすことにより酸処理の強度を高めると、その処理強度に応じて接着強度を強化できることもわかる。従って、酸処理の強度を調整することにより、接着強度を調整し、所望の接着強度を有するチタン材料を容易に作成することができる。
【0075】
次に、図10に、第2実施例の(e)のチタン薄膜とマウス真皮との接着部の電子顕微鏡写真を示す。1μmに対応するスケールを図中に示している。拡大率を除き、撮影条件は、図1及び図5の場合と同様である。図の左側にチタン薄膜が、右側にマウス真皮が写っている。この写真から、真皮組織を構成するコラーゲン線維がチタン表面と結合している状態が認められる。
【0076】
図11に、第2実施例の(d)のチタン薄膜とウサギ眼球強膜との間の接着強さの測定結果を示す。測定法は、使用した被着体がJW/CSKウサギ(♂;体重2.6~3.0kg)の眼球である点以外は、図4及び図9の場合と同様である。図の表記法も、図4及び図9の場合と同様である。
図11において、「処理」のサンプルが第2実施例の(d)のチタン薄膜であり、「未処理」は(a)のチタン薄膜である。また、「処理後滅菌物」は、(d)のチタン薄膜に対し121℃で20分間高圧蒸気滅菌したサンプルである。また、表5に、図11に示した測定結果の数値データを示す。
【0077】
【表5】
【0078】
図11及び表5からわかるように、接着対象がウサギ眼球強膜である場合も、15分の酸処理によって、未処理のチタン薄膜の場合と比べて有意に高い接着強度を得ることができる。また、高圧蒸気滅菌の有無で接着強度に有意差はなく、高圧蒸気滅菌を行っても接着強度を維持できることがわかる。
【0079】
次に、図12に、第2実施例の(e)のチタン薄膜とブタ大動脈との接着実験の様子を示す。ブタ大動脈は、生体軟組織であり、生体外に取り出して洗浄したものである。
図12の(A)は、チタン薄膜110を、ブタ大動脈120に接触させて接着している様子を示す。この程度の、ピンセットでチタン薄膜110をつまんでブタ大動脈120に接触させる程度の押圧力で、チタン薄膜110をブタ大動脈120に接着することができる。その後、器具や指等でチタン薄膜110をブタ大動脈120に対してさらに押圧することにより、接着強度をより高めることができる。
【0080】
(B)は、チタン薄膜110が接着されたブタ大動脈120を折り曲げた状態を示す。一旦接着されたチタン薄膜110は、接着先の組織がこのように大きく変形されても、組織の変形に応じて変形し、組織から剥離することはない。
(C)は、チタン薄膜110をピンセットでつまみ、強い力を加えて無理にブタ大動脈120から引きはがした状態である。(e)のサンプルでは、チタン薄膜110とブタ大動脈120との間の接着力が強いため、無理に剥がそうとすると、チタン薄膜110と共に組織基質もはがれてしまう。
【0081】
次に、図13に、第2実施例の(e)のチタン薄膜を、マウス皮下の真皮側に接着させて3日後の状態を示す。この例では、処理後のチタン薄膜を小さく切断して、切開したマウス皮下の真皮側に同チタン薄膜を接触させて接着した状態で皮膚を縫合して3日間マウスを飼育した後、皮膚を切開してチタン薄膜の接着位置を露出させたものである。図13に符号Aで示すように、3日後にも、チタン薄膜は脱落することなく皮下の真皮側に存在し、その位置も、初めの接着時と変わらなかった。このことから、(e)のチタン薄膜は、マウスが自由に運動することで真皮と筋膜の間でせん断応力が3日間加わった状態でも生体内で移動しないよう、強固に生体軟組織に接着できることがわかる。
【0082】
〔第3実施例:図14
次に、本発明の第3実施例について説明する。
本実施例では、チタン材料として、第1実施例の場合と同じ純チタンの薄膜を準備し、この純チタン薄膜に対し、種々の濃度のHSO又はHClにより酸処理を行った後、純水で洗浄し、60℃にて1時間乾燥した。酸処理は、常温にて、チタン薄膜を酸溶液に24時間浸漬することにより行った。また、用いた酸溶液は、HSOが10wt%、20wt%、40wt%、70wt%の4種類、HClが15wt%と30wt%の2種類である。
【0083】
図14に、この各条件での酸処理後のチタン薄膜のXRDパターンを示す。測定条件及び測定方法は、第1実施例の場合と同じである。
図14からわかるように、硫酸と塩酸のいずれを用いた場合も、濃度が上がるにつれてより多くの水素化チタンの析出が認められた。硫酸では20wt%以上の濃度で水素化チタンが認められ、塩酸では15wt%以上の濃度で水素化チタンが認められた。少なくとも水素化チタンの析出が認められるサンプルについては、未処理のサンプルと比べて、生体軟組織に対する接着力が強化され、生体軟組織用接着材として使用可能であると考えられる。
【0084】
〔第4実施例:図15乃至図20
次に、本発明の第4実施例について説明する。
本実施例では、チタン材料として、第1実施例の場合と同じ純チタンの薄膜を準備し、この純チタン薄膜に対し、種々の濃度のHSO又はHClにより酸処理を行った後、純水で洗浄し、60℃にて1時間乾燥した。酸処理は、常温にて、チタン薄膜を酸溶液に12時間浸漬することにより行った。また、用いた酸溶液は、HSOが45wt%、50wt%、60wt%、70wt%、80wt%、90wt%、97wt%の7種類、HClが10wt%、15wt%、20wt%、30wt%、37wt%の5種類である。
【0085】
図15乃至図17に、この各条件での酸処理後のチタン薄膜を、SEMにより表面観察して得た電子顕微鏡写真を示す。図16に示すのは、70wt%及び90wt%の条件について図15の写真よりもより拡大率を上げた電子顕微鏡写真である。測定条件及び測定方法は、第1実施例の場合と同じである。
図15及び図16からわかるように、硫酸を用いた場合では50wt%以上の濃度で表面の溶解および析出物が確認された。また、図17からわかるように、塩酸を用いた場合では、20wt%以上の濃度で表面の溶解および析出物が確認された。
【0086】
図18に、この各条件での酸処理後のチタン薄膜のXRDパターンを示す。測定条件及び測定方法は、第1実施例の場合と同じである。
図18(a)からわかるように、硫酸を用いた場合では50wt%以上の濃度で水素化チタンが観察された。また、(b)からわかるように、塩酸を用いた場合では、20wt%以上の濃度で水素化チタンが観察された。
【0087】
図19に、この各条件での酸処理後のチタン薄膜における表面の濡れ性を、空気中の水接触角により示す。表6に、その数値データを示す。測定条件及び測定方法は、第1実施例の場合と同じである。
【表6】
【0088】
図19及び表6からわかるように、硫酸と塩酸のいずれを用いた場合も、濃度が上がるにつれてより接触角の増加が認められた。硫酸では50wt%以上の濃度で、塩酸では20wt%以上97wt%未満の濃度で接触角が80°以上となった。
【0089】
図20に、この各条件での酸処理後のチタン薄膜とマウス真皮組織の接着強さを示す。表7に、その数値データを示す。測定条件及び測定方法は、第1実施例の場合と同じである。
【表7】
【0090】
図20及び表7からわかるように、硫酸では50wt%以上97wt%以下の濃度で、塩酸では20重量%以上36wt%以下の濃度で接着強さが10kPa以上となり、生体軟組織用接着材として十分な接着強度が得られた。
【0091】
〔第5実施例:図21乃至図24
次に、本発明の第5実施例について説明する。
本実施例では、チタン材料として、チタン-6アルミニウム-4バナジウムの薄膜を準備し、このチタン合金薄膜を、70℃に保った45wt%HSO/15wt%HClに浸漬することにより酸処理を行った。この際、処理時間を20分とした。
【0092】
図21に、この条件での酸処理後のチタン合金薄膜と、第1実施例の「未処理」と同様な処理を行ったチタン合金薄膜とをそれぞれSEMにより表面観察して得た電子顕微鏡写真を示す。測定条件及び測定方法は、第1実施例の場合と同じである。
図21からわかるように、チタン合金を用いた場合でも酸処理によって表面の溶解および析出物が確認された。
【0093】
図22に、同じ「酸処理」及び「未処理」のチタン合金薄膜のXRDパターンを示す。測定条件及び測定方法は、第1実施例の場合と同じである。
図22からわかるように、チタン合金を用いた場合でも酸処理によって水素化チタンが観察された。
【0094】
図23に、同じ「酸処理」及び「未処理」のチタン合金薄膜における表面の濡れ性を、空気中の水接触角により示す。表8に、その数値データを示す。測定条件及び測定方法は、第1実施例の場合と同じである。
【表8】
【0095】
図23からわかるように、チタン合金を用いた場合でも酸処理によって接触角の増加が認められ、酸処理後に接触角が80°以上となった。
【0096】
図24に、同じ「酸処理」及び「未処理」のチタン合金薄膜とマウス真皮組織の接着強さを示す。表9に、その数値データを示す。測定条件及び測定方法は、第1実施例の場合と同じである。
【表9】
【0097】
図24及び表9からわかるように、チタン合金を用いた場合でも酸処理によって接着強さは増加し、接着強さは10kPa以上となり、生体軟組織用接着材として十分な接着強度が得られた。
【0098】
〔生体内埋入型センサの実施形態:図25乃至図28
次に、生体内埋入型センサの実施形態について説明する。
図25に示すように、センサユニット220を、第1乃至第5実施例で説明したような、化学処理により生体軟組織への接着力が強化されたチタン材料210上に固定することにより、生体内埋入型のセンサ200を構成することができる。この固定は、接着剤などの化学的手段を用いてもよいし、嵌め込みなどの機械的手段を用いて行ってもよい。いずれにせよ、この工程は生体の外部で行うことができるので、容易に実行可能である。
【0099】
図26に示すように、このセンサ200は、センサユニット220と反対側の接着面212を、固定先の生体軟組織(図26の例ではマウスの皮下組織)に接触させることにより、チタン材料210と生体軟組織との接着が生じ、生体軟組織に固定することができる。また、センサユニット220側に生体軟組織が位置する場合でも、センサユニット120に覆われずに露出している接着面211を生体軟組織に接触させることにより、チタン材料210と生体軟組織との接着が生じ、生体軟組織に固定することができる。もちろん、接着面211,212の双方を生体軟組織に接着してもよい。
【0100】
このような構成によれば、センサユニット220を、簡単な操作で確実に生体内に埋め込み固定することができる。
一例として、第2実施例の(e)のチタン薄膜をチタン材料210として用いて、図26に示すように切開したマウス皮下の筋肉側にセンサ200を接触させて接着した状態で皮膚を縫合して10日間マウスを飼育した。図27に、1日目から10日目までの埋植位置の外観を示す。埋植から10日後に埋植位置を切開してセンサ200の状態を確認したところ、センサ200は、図28(a)に示すように、体内での位置が埋植時点と変わらず、周囲の皮下組織に強固に固定されていた。また、皮膚を切開してセンサ200を露出させてピンセットで引っ張り強い力を加えた場合でも、筋肉に接着しており、10日後においても強い接着を保っていることが確認できた(図28(b)参照)。
【0101】
〔生体軟組織変形補助材の実施形態:図29
次に、生体軟組織変形補助材の実施形態について説明する。
この実施形態は、図29に示すように、生体軟組織である腸管310にできたヘルニア311を、第1乃至第5実施例で説明したような、化学処理により生体軟組織への接着力が強化されたチタン材料320によって解消するものである。
腸管310の断裂部から外部に突出しているヘルニア311を腸管310内に押し込んだ上で断裂部を閉じて、断裂部の外側から十分な接着強度を持つチタン材料320を接着すれば、断裂部を塞ぎ、断裂部が開いてヘルニア部が突出してくることを阻止できる。また、断裂部が閉じた状態を維持できるため、断裂部が自然治癒により閉じる効果も期待できる。
これは、生体軟組織の、断裂部が閉じるような変形を補助したことに該当する。すなわち、チタン材料320は、生体軟組織変形補助材として機能する。
【0102】
〔生体軟組織穿孔封止材の実施形態:図30
次に、生体軟組織穿孔封止材の実施形態について説明する。
この実施形態は、図30に示すように、生体軟組織である腸管310にできた穿孔312を、第1乃至第5実施例で説明したような、化学処理により生体軟組織への接着力が強化されたチタン材料330によって解消するものである。
穿孔312を覆うように腸管310の外側から十分な接着強度を持つチタン材料330を接着すれば、穿孔312を封止し、腸管310を修復できる。また、穿孔312断裂部が閉じた状態を維持できるため、穿孔312が自然治癒により閉じる効果も期待できる。
【0103】
これは、生体軟組織の穿孔を封止したことに該当する。すなわち、チタン材料330は、生体軟組織穿孔封止材として機能する。このような穿孔封止効果は、例えば内視鏡手術の際に誤って腸管に開けてしまった穿孔を封止するために活用することができる。チタン材料330の接着を、腸管310の内側から行っても同様な効果を発揮できる。
また、穿孔312が生じる前に、組織が弱っている部分にチタン材料330を接着すれば、チタン材料330は、腸管310を補強して腸管310の破損を未然に防止する、生体軟組織補強材として機能する。
【0104】
〔歯科用インプラントの実施形態:図31
次に、歯科用インプラントの実施形態について説明する。
この実施形態は、図31に示すような、歯槽骨510に埋め込んで人工歯410を固定するための歯科用インプラント400の、アバットメント部420及び/又はフィクスチャー部430の少なくとも表面に、第1乃至第3実施例で説明したような、化学処理により生体軟組織への接着力が強化されたチタン材料(生体軟組織用接着材)を設けるものである。アバットメント部420及び/又はフィクスチャー部430自体を、このようなチタン材料で形成してもよい。
【0105】
このようにすれば、アバットメント部420は、生体軟組織である歯肉粘膜上皮520と接触した際に歯肉粘膜上皮520と接着し、歯科用インプラント400の安定性を高めると共に、フィクスチャー部430への細菌等の侵入を防止できる。フィクスチャー部430も、アバットメント部420に近い側は歯肉粘膜上皮520と接触するため、同様に生体軟組織用接着材を設けることが有用である。
【0106】
ここでは歯科用インプラントを例としたが、形成外科用又は心臓血管外科用など、他のインプラントでも、生体軟組織と接触し、これと接着すべき部分に同様に生体軟組織用接着材を設けることにより、インプラントと生体軟組織とを用意かつ強力に接着し、インプラントの安定性を高めると共に、インプラントと埋め込み先組織との間に間隙が生じることを防止できる。
歯科矯正用アンカースクリューに関しても同様である。
【符号の説明】
【0107】
110…チタン薄膜、120…ブタ大動脈、200…センサ、210…チタン材料、211,212…接触面、220…センサユニット、310…腸管、311…ヘルニア、312…穿孔、320,330…チタン材料、400…歯科用インプラント、410…人工歯、420…アバットメント部、430…フィクスチャー部、510…歯槽骨、520…歯肉粘膜上皮
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