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特許7333579アルツハイマー疾患モデル神経細胞及びその製造方法、並びにその神経細胞を用いたアルツハイマー病作用薬物のスクリーニング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-17
(45)【発行日】2023-08-25
(54)【発明の名称】アルツハイマー疾患モデル神経細胞及びその製造方法、並びにその神経細胞を用いたアルツハイマー病作用薬物のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0793 20100101AFI20230818BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20230818BHJP
   C12Q 1/04 20060101ALI20230818BHJP
【FI】
C12N5/0793
C12N5/10
C12Q1/04
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019088602
(22)【出願日】2019-05-08
(65)【公開番号】P2020182423
(43)【公開日】2020-11-12
【審査請求日】2022-05-06
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健次郎
(74)【代理人】
【氏名又は名称】森田 憲一
(72)【発明者】
【氏名】加納 ふみ
(72)【発明者】
【氏名】中津 大貴
(72)【発明者】
【氏名】村田 昌之
【審査官】鳥居 敬司
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-319127(JP,A)
【文献】特開2011-202964(JP,A)
【文献】国際公開第2013/140927(WO,A1)
【文献】国際公開第2011/108766(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00ー5/28
C12Q 1/00ー1/70
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)アルツハイマー病患者由来人工多能性幹細胞(iPS)細胞を、単細胞に分離して、培養開始後48時間以降に100%コンフルエンスになる細胞濃度で播種し、そしてROCK阻害剤の存在下で培養することによって、神経上皮細胞に誘導する工程、
(2)前記神経上皮細胞を、培養することによって、神経ロゼットを形成する工程、及び
(3)前記工程(2)で得られた細胞を、単細胞に分離して播種し、そしてROCK阻害剤の存在下で培養することによって、成熟神経細胞へ誘導する工程、
を含む、アルツハイマー病患者由来iPS細胞からアルツハイマー疾患モデルの神経細胞を製造する方法。
【請求項2】
前記工程(2)において、前記神経上皮細胞を、単細胞に分離して播種する、請求項1に記載の神経細胞製造方法。
【請求項3】
前記工程(2)において、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)存在下、又はPI3-K/AKT経路若しくはRAS/ERK経路を活性化する因子の存在下で培養する、請求項1又は2に記載の神経細胞製造方法。
【請求項4】
(A)請求項1~3のいずれか一項に記載の神経細胞製造方法における、工程(1)、工程(2)、及び工程(3)の1つ以上の工程において、アルツハイマー病に作用する薬剤の候補物質を添加して、細胞を培養する工程、及び
(B)候補物質を添加した細胞と、候補物質を添加しない細胞とを分析し、細胞に作用する候補物質を選択する工程、を含むアルツハイマー病に作用する薬剤のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルツハイマー疾患モデル神経細胞及びその製造方法、並びにその神経細胞を用いたアルツハイマー病作用薬物のスクリーニング方法に関する。本発明によれば、アルツハイマー疾患モデル神経細胞を用いて、アルツハイマー病に影響を与える医薬を開発することができる。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病は、脳が萎縮していく疾患であり、進行性の認知障害の症状を呈する。病変としては、神経細胞の変性消失とそれに伴う大脳萎縮が観察され、特に大脳皮質及び海馬の萎縮が見られる。
海馬では、脳の他の部位と異なり、成人になっても神経細胞の新生が継続している。アルツハイマー病では、海馬における神経細胞新生が阻害され、海馬が委縮していると考えられている(非特許文献1)。しかしながら、アルツハイマー病患者において、神経細胞新生が阻害されている機構は、解明されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】「フロンンティアーズ・イン・ニューロサイエンス(Frontiers in Neuroscience)」(スイス)2016年、第10巻、178
【文献】「ネイチャー・プロトコールズ(NATURE PROTOCOLS)」(英国)2012年、第7巻、p.1836-1846
【文献】「プロス・ワン(PLOS ONE)」(米国)2014年、第9巻、第9号、e106952
【文献】「セル(Cell)」(米国)2006年、第126巻、p.663-676
【文献】「サイエンス(Science)」(米国)2007年、第318巻、p.1917-1920
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
最近、人工多能性幹細胞細胞(以下、iPS細胞と称することがある)から、神経細胞を誘導する方法が報告されている(非特許文献2及び3)。
本発明者らは、アルツハイマー疾患のモデルとなる神経細胞を作製するため、前記の神経細胞誘導方法を用いて、アルツハイマー病患者由来のiPS細胞及び対象として健常人由来のiPS細胞から、神経細胞の誘導を試みた。しかしながら、前記の誘導方法を用いた場合、アルツハイマー病患者由来のiPS細胞からも、健常人由来のiPS細胞からも正常な神経細胞が誘導され、アルツハイマー病患者由来のiPS細胞からアルツハイマー疾患のモデルとなる神経細胞(例えば、新生が阻害された神経細胞)を得ることができなかった。
従って、本発明の目的はアルツハイマー疾患モデル神経細胞及びその製造方法を提供することである。また、そのアルツハイマー疾患モデル神経細胞を用いて、アルツハイマー病に影響を与える医薬をスクリーニングすることである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、アルツハイマー疾患モデル神経細胞の製造方法について、鋭意研究した結果、驚くべきことに、iPS細胞からの神経上皮細胞誘導工程、及び成熟神経細胞誘導工程において、細胞を単細胞に分離して播種することにより、アルツハイマー病患者の神経細胞の特徴を有する成熟神経細胞を製造できることを見いだした。
本発明は、こうした知見に基づくものである。
従って、本発明は、
[1](1)アルツハイマー病患者由来人工多能性幹細胞(iPS)細胞を、単細胞に分離して、培養開始後48時間以降に100%コンフルエンスになる細胞濃度で播種し、そしてROCK阻害剤の存在下で培養することによって、神経上皮細胞に誘導する工程、(2)前記神経上皮細胞を、培養することによって、神経ロゼットを形成する工程、及び(3)前記工程(2)で得られた細胞を、単細胞に分離して播種し、そしてROCK阻害剤の存在下で培養することによって、成熟神経細胞へ誘導する工程、を含む、アルツハイマー病患者由来iPS細胞からアルツハイマー疾患モデルの神経細胞を製造する方法、
[2]前記工程(2)において、前記神経上皮細胞を、単細胞に分離して播種する、[1]に記載の神経細胞製造方法、
[3]前記工程(2)において、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)存在下、又はPI3-K/AKT経路若しくはRAS/ERK経路を活性化する因子の存在下で培養する、[1]又は[2]に記載の神経細胞製造方法、
[4][1]~[3]のいずれかに記載の神経細胞の製造方法によって得られるアルツハイマー疾患モデルの神経細胞、及び
[5](A)[1]~[3]のいずれかに記載の神経細胞製造方法における、工程(1)、工程(2)、及び工程(3)の1つ以上の工程において、アルツハイマー病に作用する薬剤の候補物質を添加して、細胞を培養する工程、及び(B)候補物質を添加した細胞と、候補物質を添加しない細胞とを分析し、細胞に作用する候補物質を選択する工程、を含むアルツハイマー病に作用する薬剤のスクリーニング方法、
に関する。
【発明の効果】
【0006】
本発明のアルツハイマー疾患モデル神経細胞の製造方法によれば、アルツハイマー病患者由来のiPS細胞からアルツハイマー病の特徴を示す神経細胞を製造することができる。更に、神経ロゼット形成工程において、細胞を単細胞に分離して播種することにより、更に優れたアルツハイマー疾患モデル神経細胞を製造することができる。
また、本発明のアルツハイマー疾患モデル神経細胞を用いることにより、アルツハイマー病の発症のメカニズムを研究することができる。特に、前記アルツハイマー疾患モデル神経細胞を用いたアルツハイマー病作用薬物のスクリーニング方法により、アルツハイマー病の治療薬の候補物質を、的確にスクリーニングできる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】比較例1の健常者iPS細胞(HPS0076、HPS0360、P11025)及びアルツハイマーiPS細胞(HPS0254、HPS0255、HPS0256)から誘導された成熟神経細胞のMAP2、TUJ1、及びPAX6の発現を示した写真である。
図2】実施例1の健常人のiPS細胞(HPS0076、HPS0360、P11025)及びアルツハイマーiPS細胞(HPS0254、HPS0255、HPS0256)から誘導された成熟神経細胞のMAP2、TUJ1、及びPAX6の発現を示した写真である。
図3】(A)は、健常者iPS細胞(HPS0076、HPS0360、P11025)及びアルツハイマーiPS細胞(HPS0254、HPS0255、HPS0256)から得られた成熟神経細胞のMAP2、TUJ1、及びPAX6の遺伝子の発現をPCRで解析したグラフである。(B)は、データベースから取得して解析した、健常者とアルツハイマー患者の海馬のMAP2、TUJ1、及びPAX6の遺伝子の発現のグラフである。(C)は、データベースから取得して解析した、健常者とアルツハイマー患者の前頭皮質のMAP2、TUJ1、及びPAX6の遺伝子の発現のグラフである。(D)は、データベースから取得して解析した、健常者とアルツハイマー患者の側頭皮質のMAP2、TUJ1、及びPAX6の遺伝子の発現のグラフである。
図4】工程(1)においてiPS細胞を細胞塊として播種し、工程(2)及び工程(3)においてiPS細胞を単細胞に単離して播種した比較例2の健常人のiPS細胞(HPS0076)及びアルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0256)から誘導された成熟神経細胞のMAP2、TUJ1、及びPAX6の発現を示した写真である。
図5】工程(1)においてiPS細胞を単細胞に単離して播種し、工程(2)においてiPS細胞を細胞塊として播種し、工程(3)においてiPS細胞を単細胞に単離して播種した実施例2の健常人のiPS細胞(HPS0076)及びアルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0256)から誘導された成熟神経細胞のMAP2、TUJ1、及びPAX6の発現を示した写真である。
図6】工程(3)においてiPS細胞を細胞塊として播種し、工程(1)及び工程(2)においてiPS細胞を単細胞に単離して播種した比較例3の健常人のiPS細胞(HPS0076)及びアルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0256)から誘導された成熟神経細胞のMAP2、TUJ1、及びPAX6の発現を示した写真である。
図7】工程(1)においてiPS細胞を単細胞に単離して、4.0×10cells/cmの濃度(実施例1の8倍の細胞数)で播種し、工程(2)及び工程(3)においてiPS細胞を単細胞に単離して播種した比較例4の健常人のiPS細胞(HPS0076、HPS0360、P11025)及びアルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0254、HPS0255、HPS0256)から誘導された成熟神経細胞のMAP2、TUJ1、及びPAX6の発現を示した写真及びMAP2、TUJ1、及びPAX6の遺伝子の発現をPCRで解析したグラフである。
図8】工程(1)においてiPS細胞を単細胞に単離して、2.0×10cells/cmの濃度(実施例1の4倍の細胞数)で播種し、工程(2)及び工程(3)においてiPS細胞を単細胞に単離して播種した実施例3の健常人のiPS細胞(HPS0360)及びアルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0256)から誘導された成熟神経細胞のMAP2、TUJ1、及びPAX6の発現を示した写真及びMAP2、TUJ1、及びPAX6の遺伝子の発現をPCRで解析したグラフである。
図9】アルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0256)を用いて、アルツハイマー病に作用する薬剤の候補物質のスクリーニングを行い、TUJ1陽性細胞、MAP2陽性細胞及びcCASP3陽性細胞を解析した写真である。
図10】アルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0254)を用いて、アルツハイマー病に作用する薬剤の候補物質のスクリーニングを行い、TUJ1陽性細胞、MAP2陽性細胞及びcCASP3陽性細胞を解析した写真である。
図11】本発明のスクリーニング方法で、SAG、Isobavachin、及びNeuropashiazolをスクリーニングした場合の、MAP2とTUJ1の遺伝子発現量を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[1]アルツハイマー疾患モデル神経細胞の製造方法
本発明のアルツハイマー疾患モデル神経細胞の製造方法は、(1)アルツハイマー病患者由来人工多能性幹細胞(iPS)細胞を、単細胞に分離して、培養開始後48時間以降に100%コンフルエンスになる細胞濃度で播種し、そしてROCK阻害剤の存在下で培養することによって、神経上皮細胞に誘導する工程、(2)前記神経上皮細胞を、培養することによって、神経ロゼットを形成する工程、及び(3)前記工程(2)で得られた細胞を、単細胞に分離して播種し、そしてROCK阻害剤の存在下で培養することによって、成熟神経細胞へ誘導する工程、を含む。
【0009】
《従来のiPS細胞からの神経細胞の誘導方法》
非特許文献2及び3に記載の従来の健常人iPS細胞からの成熟神経細胞の誘導方法においては、工程(1)~(3)に相当する段階において、細胞密度の高い状態又は細胞塊(細胞凝集体)の状態で、細胞が播種され、そして培養されるか、或いは工程(2)におけるロゼットが形成されたままの状態で、継代を行わずに工程(3)で培養されている。すなわち、非特許文献2及び3においては、細胞と細胞とが接触している状態で培養することによって、iPS細胞から成熟神経細胞を誘導していると考えられる。なお、本明細書において「細胞塊」とは、細胞が培養皿に非接着の状態で多数のiPS細胞が塊になることを意味する。
【0010】
《アルツハイマー病患者由来人工多能性幹細胞(iPS)細胞》
本発明のアルツハイマー疾患モデル神経細胞の製造方法において用いるアルツハイマー病患者由来iPS細胞は、アルツハイマー病患者由来である限りにおいて、特に限定されるものではない。例えば、アルツハイマー病患者由来の線維芽細胞、歯髄細胞、末梢血細胞、臍帯血細胞、間葉系幹細胞、骨格筋芽細胞又は骨膜細胞に、OCT3/4、SOX2、KLF4、及びC-MYCを導入することによって、iPS細胞を得ることができる(非特許文献4)。
また、アルツハイマー病患者由来の線維芽細胞、歯髄細胞、末梢血細胞、臍帯血細胞、間葉系幹細胞、骨格筋芽細胞、又は骨膜細胞に、OCT3/4、SOX2、NANOG、及びLIN28を導入することによって、iPS細胞を得ることができる(非特許文献5)。
具体的には、アルツハイマー病患者由来iPS細胞として、例えば、HPS0254細胞、HPS0255細胞、又はHPS0256細胞(理化学研究所細胞バンクから提供)を挙げることができる。
【0011】
《神経上皮細胞誘導工程(1)》
神経上皮細胞誘導工程(1)においては、アルツハイマー病患者由来人工多能性幹細胞(iPS)細胞を、単細胞に分離して、培養開始後48時間以降に100%コンフルエンスになる細胞濃度で播種し、そしてROCK阻害剤の存在下で培養する。本工程(1)によって、神経上皮細胞シートを得ることができる。
iPS細胞の前培養は、公知の方法によって実施することができる。例えば、mTeSR1培地、MEF培地、Essential 8TM培地、又はTeSR-E8培地を用いて、37℃、5%COで、4~7日、前培養することができる。
【0012】
本工程(1)においては、前培養した細胞を単細胞に分離する。単細胞に分離する方法は特に限定されるものではないが、培養プレートに接着している細胞を、例えばタンパク質分解酵素で、剥離させ、単細胞に分離することができる。タンパク質分解酵素としては、例えば、トリプシン、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、プロナーゼ又はアキュターゼ(accutase)を用いることができる。またトリプシンなどの代替品として、市販の酵素であるTrypLE(Thermo Fisher SCIENTIFIC)、又はGentle Cell Dissociation Reagent(STEMCELL Technologies)を用いることができる。
【0013】
前記細胞は、単細胞に分離した状態で播種される。播種時の細胞濃度は、本発明の効果が得られる限りにおいて、特に限定されるものではないが、培養開始後48時間以降に100%コンフルエンスになる細胞濃度が好ましい。48時間以降に100%コンフルエンスになることにより、培養初期における細胞と細胞との接触を抑制し、アルツハイマー病患者における病態を再現できると考えられる。また、播種した細胞が100%コンフルエンスになる時期は、播種の後、より好ましくは3日(72時間)以降であり、更に好ましくは4日(96時間)以降であり、最も好ましくは5日(120時間)以降である。
【0014】
iPS細胞の増殖速度は、iPS細胞ごとに異なっている。従って、培養開始後48時間以降に100%コンフルエンスとなる播種時の細胞濃度も、使用するiPS細胞ごとに異なる。例えば、培養開始後48時間に100%コンフルエンスとなる播種時の細胞濃度は、異なる細胞濃度で播種して48時間培養し、100%コンフルエンスとなる細胞濃度を決定することができる。また、培養開始後3日(72時間)、4日(96時間)、又は5日(120時間)に100%コンフルエンスとなる播種時の細胞濃度も、同様の方法で決定することができる。基本的には、培養開始後3日(72時間)、4日(96時間)、又は5日(120時間)100%コンフルエンスとなる播種時の細胞濃度は、培養開始後48時間に100%コンフルエンスとなる播種時の細胞濃度より、少ない細胞濃度である。
例えば、実施例で用いた健常人のiPS細胞(HPS0076、HPS0360、P11025)及びアルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0254、HPS0255、HPS0256)は、5.0×10細胞/cmの濃度で播種した場合(実施例1)、5~7日程度で100%コンフルエンスとなる。すなわち、これらの細胞では、5.0×10細胞/cmの培養開始時の播種濃度は、「培養開始後48時間以降に100%コンフルエンスとなる細胞濃度」である。一方、4.0×10細胞/cmの濃度で播種した場合(比較例4)、1日で100%コンフルエンスとなる。すなわち、これらの細胞では、4.0×10細胞/cmの濃度の培養開始時の播種濃度は、「培養開始後48時間以降に100%コンフルエンスとなる細胞濃度」ではない。
【0015】
また、本明細書において「100%コンフルエンス」とは、基本的には、培養容器の底面の細胞間の隙間が無い状態を意味する。しかしながら、細胞の播種のバラツキがあるため、5%未満の底面が細胞に覆われてない状態(95%以上の底面が細胞で覆われている状態)も「100%コンフルエンス」とする。
【0016】
(ROCK阻害剤)
本工程(1)においては、アルツハイマー病患者由来人工多能性幹細胞(iPS)細胞を、ROCK阻害剤の存在下で培養する。
ROCK(Rho-associated coiled-coil forming kinase:Rhoキナーゼ)は、細胞内のリン酸化酵素であり、このリン酸化酵素の働きを阻害することによって、iPS細胞から神経上皮細胞分化を誘導することができる。
ROCK阻害剤としては、限定されるものではないが、Y-27632、N-Boc-Y-27632、CS-0341、チアゾビビン(Thiazovivin)又はリパスジル(Ripasudil)が挙げられる。
ROCK阻害剤の添加濃度は、iPS細胞の細胞死を抑制できる濃度であれば、特に限定されるものではなく、それぞれのROCK阻害剤の活性に応じて適宜決定することができるが、例えば0.1μM~1mMであり、好ましくは1~100μMである。
【0017】
Rock阻害剤は、工程(1)の全工程において添加してもよいが、工程(1)の初期の段階において添加して培養し、後期段階ではROCK阻害剤の非存在下で培養してもよい。工程(1)の初期の段階でRock阻害剤を添加することにより、単細胞に分離した状態で播種されるiPS細胞が死滅しやすいことを防ぐことができるからである。
ROCK阻害剤を添加する初期段階の時間は、特に限定されるものではないが、例えば6~48時間でよいが、好ましくは12~24時間である。
【0018】
培養に用いる培養プレートは、本発明の効果が得られる限りにおいて、特に限定されるものではないが、例えば細胞外マトリックスなどを被覆したプレートを用いてもよく、被覆なしのプレートを用いてもよい。被覆に用いる細胞外マトリックスは、特に限定されるものではないがラミニン、コラーゲン(例えば、IV型コラーゲン)、ヘパリン硫酸プロテオグリカン、ポリ-L-オルニチン、ビトロネクチン又はエンタクチン/ニドゲンが挙げられる。市販されている製品としてマトリゲル(Matrigel(商標))、又はセルスタート(CELLStart)を用いることができる。
【0019】
培養の条件は、iPS細胞が培養できる限りにおいて、特に限定されるものではないが、例えば37℃、CO濃度3~15%程度で培養すればよい。培地もiPS細胞用の培地であれば、特に限定されるものではないが、例えばNeural differential basal medium、mTeSR1培地、MEF培地、Essential 8TM培地、又はTeSR-E8培地を用いることができる。
培養期間は、本発明の効果が得られる限りにおいて、特に限定されるものではないが、例えば2~15日であり、より好ましくは3~10日であり、更に好ましくは5~8日である。
【0020】
(TGFβ阻害剤)
神経上皮細胞誘導工程(1)において、iPS細胞は、限定されるものではないが、好ましくはTGFβ阻害剤及び/又はBMP(bone morphogenetic protein)阻害剤の存在下で培養される。TGFβ阻害剤は、特に限定されるものではないが、例えばA83-01、SB-431542、SB-505124、SB-525334、SD-208、LY-36494、SJN-2511、が挙げられる。またBMP阻害剤としては、ノギン(noggin)、コーディン、コーディンドメインを含むコーディン様タンパク質、フォリスタチン、フォリスタチンドメインを含むフォリスタチン関連タンパク質、DAN、DANシステインノットドメインを含むDAN様タンパク質、スクレロスチン/SOST、LDN193189、又はα-2マクログロブリンが挙げられる。
TGFβ阻害剤又はBMP阻害剤の濃度は、特に限定されるものではなく、それぞれのTGFβ阻害剤又はBMP阻害剤の有効濃度に応じて、適宜選択することができる。例えば、SB-431542は、1~100μMで使用することができ、好ましくは5~50μMであり、より好ましくは7~20μMである。また、ノギンは、20ng/mL~2μg/mLで使用することが可能であり、好ましくは50ng/mL~1μg/mLであり、より好ましくは100~500ng/mLである。
【0021】
本工程(1)で得られる神経上皮細胞は、未分化な細胞であり、ニューロン、グリア細胞などに分化することができる。また、神経上皮細胞は生体内においては、お互いに密着結合する性質を有している。神経上皮細胞のマーカーとしては、Nestin、SOX2、Notch1、HES1、HES3、Occludin、E-cadherin、又はSOX10を挙げることができる。
【0022】
《神経ロゼット形成工程(2)》
神経ロゼット形成工程(2)では、前記神経上皮細胞を、培養することによって、神経ロゼットを形成させる。前記神経上皮細胞は、細胞塊の状態で播種してもよいが、好ましくは単細胞に分離して播種する。また、神経ロゼット形成工程(2)では、限定されるものではないが、好ましくは塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)存在下、又はPI3-K/AKT経路若しくはRAS/ERK経路を活性化する因子の存在下で培養される。
【0023】
細胞を細胞塊として播種する方法は、特に限定されるものではないが、例えば以下のように実施することができる。神経上皮細胞シートを、1mg/mLのディスパーゼ(Dispase)で、37℃、3分間処理する。細胞シートを、ゆっくりとピペッティングすることにより、細胞塊を形成させる。また、例えばEDTA(0.5mM)を細胞に作用させて細胞塊を形成させることもできる。更にCollagenaseを用いて細胞塊を形成させることもできる。
細胞塊1つあたりの細胞数は、特に限定されるものではないが、好ましくは10~2000個であり、より好ましくは50~1000個であり、より好ましくは100~500個である。
【0024】
また、細胞を単細胞に分離して播種する方法は、前記「神経上皮細胞誘導工程(1)」の項に記載の方法によって実施することができる。
播種時の細胞濃度は、細胞塊として播種する場合も、単細胞に分離して播種する場合も、本発明の効果が得られる限りにおいて、特に限定されるものではないが、工程(1)で神経上皮細胞に誘導された細胞は、iPS細胞と比較して増殖能が低下しているため、工程(1)の細胞濃度よりも高い濃度で播種することが好ましい。例えば、細胞の濃度は、1.0×10~1.0×10細胞/cmであり、好ましくは5.0×10~5.0×10細胞/cmであり、より好ましくは7.0×10~3.0×10細胞/cmである。また、単細胞に分離して播種する場合は、ROCK阻害剤を用いることが好ましく、工程(1)と同様の条件で用いることができる。
工程(2)においては、細胞塊の播種によっても本発明の効果が得られるが、更に好ましくは、前記の細胞濃度の範囲で播種することにより、細胞と細胞との接触を抑制し、アルツハイマー病患者における病態を再現できると考えられる。
【0025】
(塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF))
神経ロゼット形成工程(2)において、例えば神経上皮細胞は、塩基性線維芽細胞増殖因子(以下、bFGFと称することがある)の存在下で培養されてもよい。bFGFは、FGF2とも称され、ヒトで同定されている22種のFGFのうちの1種である。線維芽細胞増殖因子受容体(FGFR)と結合し、例えば強力な血管新生作用を示す。
bFGFの濃度は、神経ロゼットが形成される限りにおいて特に限定されるものではいが、好ましくは5~300ng/mLであり、より好ましくは10~200ng/mLである。
【0026】
(PI3-K/AKT経路活性化因子)
神経ロゼット形成工程(2)において、神経上皮細胞は、例えばPI3-K/AKT経路活性化因子の存在下で培養されてもよい。
PI3-K/AKT経路とは、ホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)がプロテインキナーゼB(PKB、別名がAKT)をリン酸化して活性化する経路である。そして同経路の活性化は、神経細胞の増加に必要な神経幹細胞の自己複製や神経新生を促進すると報告されている。
PI3-K/AKT経路活性化因子としては、限定されるものではないが、Akt Activator II、SC79(CAS 305834-79-1)、Insulin、740-YP、EGF、又はVEGFが挙げられる。
【0027】
(RAS/ERK経路活性剤活性化因子)
神経ロゼット形成工程(2)において、神経上皮細胞は、例えばRAS/ERK経路活性剤活性化因子の存在下で培養されてもよい。
RAS/ERK経路とは、Rasタンパク質が(RAS)が、RAFタンパク質キナーゼ(RAF)、MAPK/ERK kinase(MEK)を介して、細胞外シグナル調節キナーゼ(ERK)を活性化する経路である。そして、MEK/ERK Pathwayを阻害すると、海馬の細胞の神経新生が阻害されると報告されている。上記より、RAS/ERK経路(より正確には、RAS/RAF/MEK/ERK経路)の活性化は、神経細胞の増加に必要な神経新生を促進すると考えられる。
RAS/ERK経路活性剤活性化因子としては、限定されるものではないが、isoproterenol Hydrochloride、t-Butylhydroquinone、fisetin、ceramide C6、及びKU-0058948が挙げられる。
【0028】
培養に用いる培養プレートは、本発明の効果が得られる限りにおいて、特に限定されるものではなく、前記「神経上皮細胞誘導工程(1)」の項に記載の培養プレートを用いることができるが、ラミニンが被覆された培養プレートを用いることが好ましい。
培養の条件(温度、CO濃度、及び培地等)は、神経ロゼットが形成される限りにおいて特に限定されるものではなく、前記「神経上皮細胞誘導工程(1)」の項に記載の条件を用いることができる。
培養期間は、本発明の効果が得られる限りにおいて、特に限定されるものではないが、例えば2~10日であり、より好ましくは3~7日であり、更に好ましくは4~6日である。
【0029】
神経ロゼット形成工程(2)において形成される神経ロゼットとは、複数の神経幹細胞がロゼット状(放射状)に集まる(配列する)ことを意味する。すなわち、「ロゼット形成」とは、細胞が培養プレートに接着する形の培養において、複数の神経幹細胞がロゼット状(放射状)に集まる(配列する)ことを意味する。
【0030】
《成熟神経細胞誘導工程(3)》
成熟神経細胞誘導工程(3)では、工程(2)で得られた細胞を、単細胞に分離して播種し、そしてROCK阻害剤の存在下で培養する。
【0031】
また、細胞を単細胞に分離して播種する方法は、前記「神経上皮細胞誘導工程(1)」の項に記載の方法によって実施することができる。
播種時の細胞濃度は、本発明の効果が得られる限りにおいて、特に限定されるものではないが、神経ロゼットを形成した細胞は、iPS細胞と比較して増殖能が低下しているため、やや高い濃度で播種することが好ましい。細胞の濃度は、2.0×10~2.0×10細胞/cmであり、好ましくは5.0×10~1.0×10細胞/cmであり、より好ましくは0.8×10~5.0×10細胞/cmである。
【0032】
成熟神経細胞誘導工程(3)で用いるROCK阻害剤は、前記「神経上皮細胞誘導工程(1)」に記載のものを用いることができる。Rock阻害剤は、工程(3)の全工程において添加してもよいが、工程(3)の初期の段階において添加して培養し、後期段階ではROCK阻害剤の濃度を減少させたり、又は非存在下で培養してもよい。工程(3)の初期の段階でRock阻害剤を添加することにより、単細胞に分離した状態で播種される細胞が死滅しやすいことを防ぐことができるからである。ROCK阻害剤を添加する初期段階の時間は、特に限定されるものではないが、例えば6~48時間でよいが、好ましくは12~24時間である。
【0033】
(脳由来神経栄養因子)
成熟神経細胞誘導工程(3)では、限定されるものではないが、例えば脳由来神経栄養因子(以下、BDNFと称することがある)存在下で培養してもよい。BDNFなどを添加することによって、更に効率良く成熟神経細胞を誘導することができる。
BDNFの濃度は、成熟神経細胞が誘導される限りにおいて特に限定されるものではいが、好ましくは1~80ng/mLである。
【0034】
培養に用いる培養プレートは、本発明の効果が得られる限りにおいて、特に限定されるものではなく、前記「神経上皮細胞誘導工程(1)」の項に記載の培養プレートを用いることができるが、ラミニンが被覆された培養プレートを用いることが好ましい。
培養の条件(温度、CO濃度、及び培地等)は、成熟神経細胞が誘導される限りにおいて特に限定されるものではなく、前記「神経上皮細胞誘導工程(1)」の項に記載の条件を用いることができる。
培養期間は、本発明の効果が得られる限りにおいて、特に限定されるものではないが、例えば5~40日であり、より好ましくは10~30日であり、更に好ましくは12~20日である。
【0035】
本工程(3)で得られる成熟神経細胞は、TUJ1及びMAP2等のマーカーを有するものが好ましい。
【0036】
本発明のアルツハイマー疾患モデル神経細胞の製造方法によって、健常人のiPS細胞及びアルツハイマー病患者由来のiPS細胞から成熟神経細胞を誘導した場合、健常人のiPS細胞からは健常人の海馬の特徴を有する神経細胞が誘導され、アルツハイマー病患者由来のiPS細胞からは、アルツハイマー病患者の海馬の特徴を有する神経細胞が誘導される。具体的には、アルツハイマー病患者のiPS細胞から誘導された細胞においては、神経幹細胞(PAX6陽性細胞)の数は減少しないが、未成熟神経細胞(TUJ1陽性細胞)、及び成熟神経細胞(MAP2陽性細胞)の数が抑制されていた。この特徴は、アルツハイマー病患者の海馬の特徴と一致するものである。
【0037】
[2]アルツハイマー疾患モデル神経細胞
本発明のアルツハイマー疾患モデル神経細胞は、前記アルツハイマー疾患モデル神経細胞の製造方法によって得ることができる。前記アルツハイマー疾患モデル神経細胞においては、未成熟神経細胞(TUJ1陽性細胞)、及び成熟神経細胞(MAP2陽性細胞)の数が減少している。
本発明のアルツハイマー疾患モデル神経細胞を用いることによって、アルツハイマー病の病態に影響を与える薬物をスクリーニングできる。
【0038】
[3]アルツハイマー病作用薬剤のスクリーニング方法
本発明のアルツハイマー病作用薬物のスクリーニング方法は、(A)前記アルツハイマー疾患モデル神経細胞の製造方法における、工程(1)、工程(2)、及び工程(3)の1つ以上の工程において、アルツハイマー病に作用する薬剤の候補物質を添加して、細胞を培養する工程、及び(B)候補物質を添加した細胞と、候補物質を添加しない細胞とを分析し、細胞に作用する候補物質を選択する工程、を含む。
【0039】
《工程(A)》
工程(A)においては、前記アルツハイマー疾患モデル神経細胞の製造方法における、工程(1)、工程(2)、及び工程(3)の1つ以上の工程において、アルツハイマー病に作用する薬剤の候補物質を添加して、細胞を培養する。すなわち、神経上皮細胞誘導工程(1)、神経ロゼットを形成する工程(2)、及び成熟神経細胞誘導工程(3)のいずれか1つ以上の工程において細胞に候補物質を接触させ、候補物質が接触していない細胞と比較することによって、アルツハイマー疾患モデル神経細胞への候補物質の作用を解析することができる。
候補物質を添加する工程は、特に限定されるものではない。例えば、生体でアルツハイマーに直接効果のある薬剤をスクリーニングするためには、工程(2)又は工程(3)において候補物質を添加するとよいと考えられる。また、iPS細胞をアルツハイマー病の治療に用いる場合において、生体内におけるiPS細胞の神経細胞への誘導を補助する薬剤をスクリーニングするためには、工程(1)において候補物質を添加するとよいと考えられる。しかしながら、これらの説明により、本発明のスクリーニング方法は限定されるものではない。
【0040】
前記工程(1)、工程(2)、及び工程(3)は、候補物質を添加することを除いては、前記「[1]アルツハイマー疾患モデル神経細胞の製造方法」の項に記載のように実施することができる。
【0041】
(候補物質)
本発明のスクリーニング方法にかけることのできる候補物質としては、特に限定されるものではないが、例えば、ケミカルファイルに登録されている種々の公知化合物(ペプチドを含む)、コンビナトリアル・ケミストリー技術(Terrett,N.K.ら,Tetrahedron,51,8135-8137,1995)によって得られた化合物群、あるいは、ファージ・ディスプレイ法(Felici,F.ら,J.Mol.Biol.,222,301-310,1991)などを応用して作成されたランダム・ペプチド群を用いることができる。また、微生物の培養上清、植物若しくは海洋生物由来の天然成分、又は動物組織抽出物などもスクリーニングの候補物質として用いることができる。更には、本発明のスクリーニング方法により選択された化合物(ペプチドを含む)を、化学的又は生物学的に修飾した化合物(ペプチドを含む)を用いることができる。
添加する候補物質の濃度は、特に限定されるものではないが、化合物によって、作用する濃度にばらつきがある可能性が高いため、いくつかの濃度で候補物質を添加することが好ましい。
【0042】
《工程(B)》
工程(B)においては、候補物質を添加した細胞と、候補物質を添加しない細胞とを分析し、細胞に作用する候補物質を選択する。
細胞の分析方法は、候補物質を添加した細胞と、候補物質を添加しない細胞との差異が認識できる方法である限りにおいて、特に限定されるものではない。例えば、候補物質が神経細胞の細胞数に影響を与えるならば、細胞数を測定することによって、その候補物質の作用を分析することができる。候補物質を添加しない細胞と比較して、候補物質を添加した細胞の細胞数が増加した場合、細胞の新生に促進作用があると判断することができる。逆に、細胞数が減少した場合、細胞の新生に抑制作用があると判断することができる。また、細胞数のみでなく、細胞の外観を目視することのよって、細胞への作用を判断することもできる。
更に、未成熟神経細胞のマーカーであるTUJ1、又は成熟神経細胞のマーカーであるMAP2の発現量を、PCRなどで測定することによってその候補物質の作用を分析することができる。例えば候補物質を添加しない細胞と比較して、候補物質を添加した細胞のTUJ1又はMAP2が増加した場合、アルツハイマー病の改善に促進作用があると判断することができる。逆に、TUJ1又はMAP2が減少した場合、アルツハイマー病の改善に抑制作用があると判断することができる。
【0043】
《作用》
本発明のアルツハイマー疾患モデル神経細胞の製造方法において、アルツハイマー病患者由来のiPS細胞から製造した神経細胞が、アルツハイマー病患者の海馬の神経細胞の特徴を有する細胞に誘導できた理由は、詳細に解析されているわけではないが、以下のように推定することができる。
アルツハイマー病患者由来のiPS細胞と、健常人由来のiPS細胞とは、本質的に違いがあるものと考えられる。ここでiPS細胞から成熟神経細胞を誘導する場合、iPS細胞同士の接触が神経細胞の誘導に効果があるものと推定される。非特許文献2及び3の成熟神経細胞の誘導方法においては、高密度状態にしたiPS細胞に対して成熟神経細胞への誘導を開始している。これらの非特許文献2及び3の成熟神経細胞の誘導方法を用いると、アルツハイマー病患者由来のiPS細胞であっても、過剰な細胞の接触により、健常人と同程度の成熟神経細胞生成能力を持つ神経幹細胞が誘導されると考えられる。
すなわち、高密度のiPS細胞に対して、成熟神経誘導を開始すると(比較例1、比較例4)、健常人と同程度の成熟神経細胞生成能力を持つ神経幹細胞が誘導される。また、神経幹細胞を細胞塊で播き込む(比較例3)と、健常人と同程度の成熟神経細胞が生成された。このことは、実際のアルツハイマー病患者の海馬では、神経幹細胞の接触は起こっていないと推定される。本発明のアルツハイマー疾患モデル神経細胞の製造方法においては、iPS細胞を単離して、低密度で播種及び培養することにより、アルツハイマー病海馬に存在すると考えられる、成熟神経細胞生成能力が低い神経幹細胞が生成できた。また、上記の幹細胞を単離して、播種及び培養することにより、アルツハイマー病患者の海馬の特徴を有する成熟神経細胞が製造できた。
なお、健常人由来のiPS細胞からは、健常人の海馬の特徴を有する成熟神経細胞が誘導されており、このことからも本発明のアルツハイマー疾患モデル神経細胞の製造方法は、生体内の海馬における細胞同士の接触に近い状態を再現できているものと考えられる。
【実施例
【0044】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0045】
《比較例1》
本比較例では、工程(1)で高密度でiPS細胞を播種した。工程(2)では、細胞を細胞塊で播種し、工程(3)では、細胞を単細胞で播種した。3人の健常人のiPS細胞(HPS0076、HPS0360、P11025)及び3人のアルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0254、HPS0255、HPS0256)から成熟神経細胞を製造した。
【0046】
iPS細胞の前培養は、以下の通り行った。
理化学研究所から譲渡された健常者由来iPS細胞2株(HPS0076,HPS0360)、アルツハイマー患者由来iPS細胞3株(HPS0254,HPS0255,HPS0256)を使用した。また、タカラバイオより購入した健常者由来iPS細胞1株(P11025)も併せて使用した。前記iPS細胞6株は、使用時まで凍結溶液と共にバイアル中で保存した。保存は液体窒素にバイアルを浸す形で実施した。
iPS細胞は以下の流れで凍結状態から融解して使用した。細胞を保存しているバイアルを液体窒素から取り出して、37℃の温水で満たした恒温層に浸して溶解した。常温に戻したmTeSRTM1(cGMP, feeder-free maintenance medium for human ES and iPS Cells, STEMCELL Technologies;mTeSR1)とROCK阻害剤(Y27632,富士フイルム和光純薬株式会社)を混和した溶液(Y27632の濃度は10μM;以下、mTeSR1-Y)を調製し、細胞(1mL)及びmTeSR1-Y(6-8mL)を、15mLチューブ中で混和した。遠心(290G,25℃,5分)後に上清を取り除き、mTeSRTM1-Y(2mL/well)と混和して、Matrigel溶液でコートしている6well plate(NuncTM Cell-Culture Treated Multidishes)に播き込んだ。Matrigel溶液及びMatrigel溶液コートは、以下の通り調製した。
Matrigel溶液:DMEM/F-12(Thermo Fisher Scientific)とCorning(登録商標)マトリゲル 基底膜マトリックス(Corning)を61:1で混和した。
Matrigel溶液コート:1mL/wellのMatrigel溶液を6well plateに加えて4℃で12時間以上静置し、Matrigel溶液を除去して使用した。
以後、特記がなければ、細胞は全て37℃のCOインキュベーターで培養した。
【0047】
iPS細胞は以下の流れで前培養を行った。前記iPS細胞を、60-90%程度コンフルエンスになるまで培養した。培養では、細胞を6well plateに播き込んだ翌日又は翌々日から毎日培地交換を行った。培地交換は、新規のmTeSRTM1(2mL/well)にすることで行った。60-90%程度コンフルエンスになったらiPS細胞を継代した。継代では、はじめに、DPBS(Thermo Fisher Scientific)で1回洗浄した後、EDTA in DPBS(UltraPureTM 0.5M EDTA, pH 8.0, InvitrogenTMとDPBSを1:1000で混和したもの。以後、EDTA in DPBSと表記する。)で5-15min処理した。処理終了後、EDTA in DPBSを除去して、mTeSRTM1を吹き付けることで、iPS細胞を細胞塊の形で6well plateから剥離した。続いて、iPS細胞の細胞塊とmTeSRTM1の混和液を、新しいMatrigel溶液でコートされた6well plateに播き込んだ(播き込む細胞量は、1wellの1/2-1/6量、播き込む溶液量は2-3mL/well)。播き込み後、60-90%程度コンフルエンスになるまで再度培養した。
【0048】
工程(1)は、以下の通り行った。
前培養で、60-90%程度コンフルエンスになったiPS細胞を、PBS(-)で1回洗浄した後、Trp-Y(TrypLETM Select(1X),no Phenol Red,Gibcoに10μMのY27632含有;以下、Trp-Y)で5-15min処理した。処理終了後、Trp-Yを吹き付けることで、iPS細胞を単細胞の形で6well plateから剥離した。剥離後、単細胞にしたiPS細胞とmTeSR1-Yを混和して遠心(290G.常温,5min)し、上清を取り除いた。その後、新しいmTeSR1-Yと混和し、Lipidure溶液コートした低吸着96well plate(SC U-bottom plate、Greiner)に播き込んだ。(1.8×10細胞/200μL/well)。最後に、播き込んだ低吸着96well plateを遠心(200G.常温,3min)した。遠心して、Uボトムプレートの底に細胞を集めることにより、iPS細胞を高密度で細胞塊とし、且つ浮遊状態で培養した。Lipidure溶液及びLipidure溶液コートは、以下の通り調製した。
Lipidure溶液:エタノール(富士フイルム和光純薬株式会社)とLipidure(日油株式会社)をLipidureが0.5wt%になるように混和した。
Lipidure溶液コート:100μL/wellのLipidure溶液を低吸着96well plateに加えて常温で12時間以上静置して、Lipidure溶液のエタノールを蒸発させた。
【0049】
48時間後に、細胞の培地を交換した。
低吸着96well plateから、培地を全量除去した。細胞の塊(Embryoid body;以後、EB)を壊さないように、先の部分3mmを切除した1000μLチップを使って培地を除去した。DFK5%DS溶液を低吸着96well plateのwellに加えた(200μL/well)。
【0050】
【表1】
【0051】
工程(2)は以下の通り行った。
工程(1)の神経誘導から10日後(Day10)に、48個のEBを培地ごと15mLチューブに移した後、常温に5-7min静置して、その後、上清を取り除いた。上清を取り除いた後、DFN2B_5%KSR溶液を4mL加えて、DFN2Bプレートに播き込んだ。1wellあたり、48個のEBと4mLのDFK5%DS溶液を目安とした。
DFN2B_5%KSR溶液は、下記の表の溶液を混和して作成した。
【0052】
【表2】
【0053】
DFN2B溶液は、下記の表の溶液を混和して作成した。
【0054】
【表3】
【0055】
DFN2Bプレートは、以下の通り作成した。
1mL/wellの混和液(DFN2B溶液とCorning(登録商標)マトリゲル 基底膜マトリックスを19:1で混和)を、6well plateに加えて4℃で12時間以上静置した。混和液を除去して、DFN2Bプレートとして使用した。
工程(2)の4日後(Day14)、8日後(Day18)、12日後(Day22)に培地交換を行った。DFN2Bプレートのwellから、培地を除去した(2mL/well)。DFN2B溶液をDFN2Bプレートのwellに加えた(2mL/well)。
【0056】
工程(3)は以下の通り行った。
工程(2)の16日後(Day26)に、神経誘導中のiPS細胞を、PBS(-)で1回洗浄した後、Trp-Yで5-15min処理した。処理終了後、Trp-Yを吹き付けることで、iPS細胞を単細胞の形で6well plateから剥離した。続いて、単細胞にしたiPS細胞とNDBM+BD+Yを混和して遠心(290G.常温,5min)し上清を取り除いた。その後、新しいNDBM+BD+Yと混和し、ポリ-L-オルニチン/ラミニン溶液コートしている96well plateに播き込んだ(1×10細胞/200μL/well)。
なお、前記NDBM+BD+Yは、Neural differential basal medium、脳由来神経栄養因子(BDNF、100μg/mL;富士フイルム和光純薬)、及びY27632(10mM)を5000:1:5で混合した。
【0057】
工程(3)の2日目(Day27)に培地交換を行った。
Neural differential basal medium(常温)とBDNFを、5000:1の割合で混和した(以後、NDBM+BD)。96well palteの培地を50μL/well除いた後、NDBM+BDを96well palteのwellに加えた(100μL/well)。
工程(3)の4日目及び7日目(Day29及びDay32)に培地交換を行った。
96well palteの培地を100μL/well除いた後、NDBM+BDを96well palteのwellに加えた(100μL/well)。
工程(3)の10日目、13日目、及び16日目(Day35、Day38、Day41)に培地交換を行った。
96well palteの培地を全量除いた後、NDBM+BDを96well palteのwellに加えた(200μL/well)。
【0058】
【表4】
【0059】
得られた神経細胞のMAP2、TUJ1、及びPAX6の発現を蛍光抗体染色によって確認した。培地を100μL/well残した96ウエルプレートの細胞に、4%PFA in PBS(4%のパラホルムアルデヒドを含むPBS)を250μL/well加え、常温で10分間処理した。処理液を全量捨てた後、350μL/wellの4%PFA in PBSで15分間処理した。処理終了後、処理液を全量捨て、PBSで3回洗浄した。次に、100μL/wellのTX in PBS(0.2%のTriton-Xを含むPBS)を加え、15分間処理し、その後PBSで4回洗浄した。100μLの3%BSA in PBS(3%のBSAを含むPBS)を添加し、30分間ブロッキングを行った。ブロッキング終了後、ブロッキング液を全量捨て、anti-chick MAP2抗体溶液(Abcam,5000倍)、anti-mouse TUJ1抗体溶液(Abcam,1000倍)、及びanti-rabbit PAX6抗体(sigma,100倍)液を含む3%BSA in PBSを50μL添加し、4℃で12時間から24時間静置した。PBSで4回洗浄し、anti-chick Alexa488抗体溶液(Jackson ImmunoResearch,500倍)、anti-mouse Alexa546抗体溶液(ThermoFisher,500倍)、及びanti-rabbit Alexa647抗体溶液(ThermoFisher,500倍)を含む3%BSA in PBSを50μL加え、室温で1時間静置した。PBSで4回洗浄し、顕微鏡(A1システム、ニコン)で、MAP2、TUJ1、PAX6の蛍光染色像を撮影した。図1に蛍光顕微鏡像を示す。
なお、2次抗体の添加時に、細胞を探索のためにDAPIを添加した。
【0060】
図1に示すように、健常者iPS細胞(HPS0076,HPS0360,P11025)とアルツハイマーiPS細胞(HPS0254,HPS0255,HPS0256)で、神経細胞(MAP2陽性細胞又はTUJ1陽性細胞)及び神経幹細胞(PAX6陽性細胞)の数の差は見られなかった。個々の細胞株間の差は見られたが、健常者iPS細胞グループと、アルツハイマーiPS細胞グループとの間で差は見られなかった。
【0061】
《実施例1》
本実施例では、工程(1)、工程(2)、及び工程(3)において、iPS細胞を単細胞に単離して播種し、3人の健常人のiPS細胞(HPS0076、HPS0360、P11025)及び3人のアルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0254、HPS0255、HPS0256)から成熟神経細胞を製造した。
【0062】
iPS細胞の前培養は、比較例1の操作を繰り返した。
工程(1)は、以下の通り行った。
60-90%程度コンフルエンスになったiPS細胞を、DPBSで1回洗浄した後、Trp-Yで5-15min処理した。処理終了後、Trp-Yを吹き付けることで、iPS細胞を単細胞の形で6well plateから剥離した。剥離後、単細胞にしたiPS細胞とmTeSR1-Yを混和して遠心(290G.常温,5min)し、上清を取り除いた。その後、新しいmTeSR1-Yと混和し、新しいMatrigel溶液コートしている6well plateに播き込んだ(4.8×10細胞/2mL/well)。
【0063】
2日目から6日目まで、毎日以下の操作を行った。
Neural differential basal medium(常温)とノギン(富士フイルム和光純薬,20μg/mL)とSB431542(富士フイルム和光純薬,10mM)を、1000:10:1の割合で混和した(以後、NDBM+SN)。6well palteの培地を全量除いた後、NDBM+SNを6well palteのwellに加えた(2mL/well)。iPS細胞は、Day4~7で100%コンフルエンスとなった。
【0064】
工程(2)は以下の通り行った
工程(1)の7日目に神経誘導中のiPS細胞を、DPBSで1回洗浄した後、Trp-Yで5-15min処理した。処理終了後、Trp-Yを吹き付けることで、細胞を単細胞の形で6well plateから剥離した。剥離後、単細胞にした細胞とNDBM+F+Yを混和して遠心(290G.常温,5min)し、上清を取り除いた。その後、新しいNDBM+F+Yと混和し、ポリ-L-オルニチン/ラミニン溶液コートしている24well plate(Thermo,以後表記がない限り同プレートを使用する)に播き込んだ(2×10細胞/1mL/well)。
NDBM+F+Yは以下の通り、作製した。Neural differential basal medium、線維芽細胞成長因子(塩基性)(富士フイルム和光純薬,100μg/mL)、及びY27632(10mM)を5000:1:5で混和した(以後、NDBM+F+Y)。
ポリ-L-オルニチン/ラミニン溶液コートは、以下の通り行った。
ポリ-L-オルニチン溶液(ポリ-L-オルニチン(sigma、P3655-10MG)を100mLの滅菌水に溶解)を、300μL/wellで24well plateに加えて4℃で12時間以上静置した。滅菌水(1mL/well)で3回洗浄した。ラミニン溶液(iMatrix-511溶液(ニッピ、892-012)と滅菌水を1:133で混和)を、300μL/wellで24well plateに加えて4℃で12時間以上静置した。静置後、ラミニン溶液を除去して使用した。
翌日(Day7-11)以後、細胞の培地交換を行った。Neural differential basal medium(常温)とFGFを、5000:1の割合で混和した(以後、NDBM+F)。24well palteの培地を全量除いた後、NDBM+Fを24well palteのwellに加えた(1mL/well)。
【0065】
工程(3)は以下の通り行った。
工程(2)の6日目(Day12)に、神経誘導中のiPS細胞を、DPBSで1回洗浄した後、Trp-Yで5-15min処理した。処理終了後、Trp-Yを吹き付けることで、細胞を単細胞の形で24well plateから剥離した。続いて、単細胞にした細胞とNDBM+BD+Yを混和して遠心(290G.常温,5min)し、上清を取り除いた。その後、新しいNDBM+BD+Yと混和し、ポリ-L-オルニチン/ラミニン溶液コートしている24well plateに播き込んだ(4×10細胞/1mL/well)。同様にポリ-L-オルニチン/ラミニン溶液コート(コート法は下に記述)している96well plate(Thermo,164588,以後表記がない限り同プレートを使用する)に播き込んだ(播き込む細胞量は1×10細胞/well、播き込む溶液量は200μL/well)。
96well plateのポリ-L-オルニチン/ラミニン溶液コートは、96well plateを用いて以外は、工程(2)と同様に行った。
【0066】
工程(3)の2日目(Day13)に培地交換を行った。
24well palteの培地を500μL/well除いた後、NDBM+BDを24well palteのwellに加えた(1mL/well)。96well palteの培地を50μL/well除いた後、NDBM+BDを96well palteのwellに加えた(100μL/well)。
工程(3)の4日目及び7日目(Day15及びDay18)に培地交換を行った。
24well palteの培地を1mL/well除いた後、NDBM+BDを24well palteのwellに加えた(1mL/well)。96well palteの培地を100μL/well除いた後、NDBM+BDを96well palteのwellに加えた(100μL/well)。
工程(3)の10日目、13日目、及び16日目(Day21、Day24、Day27)に培地交換を行った。
24well palteの培地を全量除いた後、NDBM+BDを24well palteのwellに加えた(1mL/well)。96well palteの培地を全量除いた後、NDBM+BDを96well palteのwellに加えた(200μL/well)。
【0067】
MAP2、TUJ1、及びPAX6の発現は、比較例1と同じ蛍光抗体染色によって確認した。
図2に示すように、健常者iPS細胞(HPS0076、HPS0360、P11025)とアルツハイマーiPS細胞(HPS0254、HPS0255、HPS0256)とで、神経幹細胞(PAX6陽性細胞)の新生は大きく変化しなかったが、未熟神経細胞(TUJ1陽性細胞)と成熟神経細胞(MAP2陽性細胞)の数が、アルツハイマーiPS細胞において、抑制された。すなわち、本発明の製造方法においては、アルツハイマーiPS細胞からの成熟神経細胞の誘導は、アルツハイマー患者の海馬の特徴を反映していた。
【0068】
《解析例》
実施例1で、健常者iPS細胞(HPS0076、HPS0360、P11025)及びアルツハイマーiPS細胞(HPS0254、HPS0255、HPS0256)から得られた成熟神経細胞のMAP2、TUJ1、及びPAX6の遺伝子の発現を、以下のように解析した。
工程(1)の播種から28日目の細胞をDPBSで1回洗浄した後、Buffer RLT溶液(RNeasy Mini Kit(QIAGEN)に含まれるBuffer RLTに、2-メルカプトエタノール(99%;富士フイルム和光純薬)を100:1の割合で混和)を350μL/well穏やかに加えた。RNeasy Mini Kitのプロトコールに従って、RNAを抽出した。抽出したRNAを用いて、ReverTra Ace(登録商標) qPCR RT Master Mix(TOYOBO)のプロトコールに基づいて、cDNAを合成した。cDNAの測定は、Fast SYBRTM Green Master Mix(Thermo Fisher Scientific)を用い、RT-PCR法で行った。RT-PCR反応は、StepOnePlus Real-Time PCR System(Applied Biosystems)を用いて、プロトコールに従って実施した。MAP2、TUJ1、及びPAX6のプライマーは、以下のとおりである。
MAP2 forward primer: CCGTGTGGACCATGGGGCTG
MAP2 Reverse primer: GTCGTCGGGGTGATGCCACG
TUJ1 forward primer: CCTGGAACCCGGAACCAT
TUJ1 Reverse primer: AGGCCTGAAGAGATGTCCAAAG
PAX6 forward primer: TTACGAGACTGGCTCCATCA
PAX6 Reverse primer: CCGCTTATACTGGGCTATTT
GAPDH forward primer: GTCAACGGATTTGGTCGTATTG
GAPDH Reverse primer: CATGGGTGGAATCATATTGGAA
測定されたcDNA量をmRNA量に対応するとしてMAP2、TUJ1、PAX6のmRNA量を計算した。HPS0076、HPS0360、P11025、HPS0254、HPS0255、HPS0256の、MAP2、TUJ1、PAX6のmRNA量は、GAPDHのmRNA量で補正した。HPS0076、HPS0360、P11025、HPS0254、HPS0255、HPS0256のmRNA量は、4サンプルの平均値と標準誤差で表記した。HPS0076、HPS0360、P11025、HPS0254、HPS0255、HPS0256の有意差検定は、4サンプルの値に基づいて、行った。有意差検定では、welchのT検定を使用した。
【0069】
図3の上から1段目の図に示したように、健常者細胞群(健常者由来iPS細胞(HPS0076(図では076と表記)、HPS0360(図では360と表記)、P11025を、実施例の方法でDay28まで神経誘導した細胞群)と、疾患細胞群(アルツハイマー患者由来iPS細胞(HPS0254(図では254と表記)、HPS0255(図では255と表記)、HPS0256(図では256と表記)を、実施例の方法でDay28まで神経誘導した細胞群)のMAP2、TUJ1及びPAX6のmRNA量(遺伝子発現量)を比較した。MAP2、TUJ1、PAX6のmRNA量は実施例の方法で測定・正規化(GAPDHのmRNA量で補正した)した。[1]HPS0254、HPS0255又はHPS0256の、MAP2、TUJ1又はPAX6のmRNA量が、HPS0076、HPS0360、P11025の対応するmRNAの全てに対して、有意差水準5%で有意であること、及び[2]HPS0254、HPS0255又はHPS0256の、MAP2、TUJ1又はPAX6のmRNA量が、HPS0076、HPS0360、P11025の対応するmRNAの全てに対して共通で増加又は減少していること、の2点を満たす場合、HPS0254、HPS0255、HPS0256の棒グラフの上に*を記述した。まとめると、HPS0076、HPS0360、P11025の全ての測定値に対して有意に増加又は減少している場合、*を記述した。データはHPS0076の平均値を1として平均±標準誤差で表記した。有意差の検定は、welchのT検定を使用した。データの正規性や等分散の有無に関わらず、高い確度と信頼性で有意差を検出できることを採用の理由とした。各サンプルは4ずつとした。図3の上から2段目の図に示したように、健常者の海馬と、アルツハイマー患者の海馬のMAP2、TUJ1及びPAX6のmRNA量を比較した。健常者の海馬と、アルツハイマー患者の海馬のMAP2、TUJ1及びPAX6のmRNA量のデータは、公開データベースであるGene Expression Omnibusから取得した(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSE36980)。健常者の海馬は10サンプル、アルツハイマー患者の海馬は7サンプルのデータを比較した。データの測定・正規化(各サンプル間のmRNA量の補正)は、データベース登録時に行われているため、申請者らは実施しなかった。アルツハイマー患者の海馬のMAP2、TUJ1又はPAX6のmRNA量が、健常者の海馬の対応するmRNAに対して、有意に増加又は減少した場合、グラフの上に*を記述した。データは健常者の海馬の平均値を1として平均±標準誤差で表記した。有意差の検定は、前述と同様の理由で、welchのT検定を使用した。図3の上から3段目の図に示したように、健常者の前頭皮質と、アルツハイマー患者の前頭皮質のMAP2、TUJ1及びPAX6のmRNA量を比較した。健常者の前頭皮質と、アルツハイマー患者の前頭皮質のMAP2、TUJ1及びPAX6のmRNA量のデータは、公開データベースであるGene Expression Omnibusから取得した(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSE36980)。健常者の前頭皮質は18サンプル、アルツハイマー患者の前頭皮質は15サンプルのデータを比較した。データの測定・正規化(各サンプル間のmRNA量の補正)は、データベース登録時に行われているため、申請者らは実施しなかった。アルツハイマー患者の前頭皮質のMAP2、TUJ1又はPAX6のmRNA量が、健常者の前頭皮質の対応するmRNAに対して、有意に増加又は減少した場合、グラフの上に*を記述した。データは健常者の前頭皮質の平均値を1として平均±標準誤差で表記した。有意差の検定は、前述と同様の理由で、welchのT検定を使用した。図3の上から4段目の図に示したように、健常者の側頭皮質と、アルツハイマー患者の側頭皮質のMAP2、TUJ1及びPAX6のmRNA量を比較した。健常者の側頭皮質と、アルツハイマー患者の側頭皮質のMAP2、TUJ1及びPAX6のmRNA量のデータは、公開データベースであるGene Expression Omnibusから取得した(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSE36980)。健常者の側頭皮質は19サンプル、アルツハイマー患者の側頭皮質は10サンプルのデータを比較した。データの測定・正規化(各サンプル間のmRNA量の補正)は、データベース登録時に行われているため、申請者らは実施しなかった。アルツハイマー患者の側頭皮質のMAP2、TUJ1又はPAX6のmRNA量が、健常者の側頭皮質の対応するmRNAに対して、有意に増加又は減少した場合、グラフの上に*を記述した。データは健常者の側頭皮質の平均値を1として平均±標準誤差で表記した。有意差の検定は、前述と同様の理由で、welchのT検定を使用した。
【0070】
健常者の海馬データは以下から取得した。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907861
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907862
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907863
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907864
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907865
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907866
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907867
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907868
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907869
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907870
アルツハイマー患者の海馬データは以下から取得した。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907854
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907855
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907856
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907857
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907858
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907859
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907860
健常者の前頭皮質データは以下から取得した。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907807
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907808
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907809
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907810
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907811
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907812
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https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907821
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907822
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907823
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907824
アルツハイマー患者の前頭皮質データは以下から取得した。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907792
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907793
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907794
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907795
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907796
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907797
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907798
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907799
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907800
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907801
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907802
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https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907805
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907806
健常者の側頭皮質データは以下から取得した。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907825
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907826
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907827
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907828
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907829
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907830
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907831
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907832
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907833
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907834
アルツハイマー患者の側頭皮質データは以下から取得した。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907835
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907836
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907837
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907838
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907839
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907840
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907841
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907842
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907843
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907844
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907845
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907846
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907847
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907848
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907849
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907850
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907851
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907852
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/geo/query/acc.cgi?acc=GSM907853

データの基になる論文のURLは下記に示す。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4128707/
図3の結果は、アルツハイマー患者細胞群では、健常者細胞群と比較して、MAP2及びTUJ1のmRNA量が有意に低下すること、及びPAX6のmRNA量に有意差がないことを示した(図3A)。この特徴は、アルツハイマーと健常者のヒトの海馬のmRNA量を比較した場合でも確認された(図3B)。一方、アルツハイマーと健常者の前頭皮質及び側頭皮質のmRNA量を比較してもこの特徴は確認されなかった(図3C図3D)。これらの結果は、アルツハイマー患者由来iPS細胞から誘導された細胞群が、アルツハイマー患者の海馬で確認される神経細胞数減少の特徴(Padurariu et al,2012)を模倣していることを示唆した。
【0071】
《比較例2》
本比較例では、工程(1)においてiPS細胞を細胞塊として播種し、工程(2)及び工程(3)においてiPS細胞を単細胞に単離して播種した。iPS細胞として、健常人のiPS細胞(HPS0076)及びアルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0256)を用いた。
【0072】
工程(1)においてiPS細胞を細胞塊として播種した以外は、実施例1の操作を繰り返した。工程(1)は、以下の通り行った。
60-90%程度コンフルエンスになったiPS細胞を、DPBSで1回洗浄した後、EDTA in DPBSで5-15min処理した。処理終了後、EDTA in DPBSを除去し、mTeSR1-Yを吹き付けることで、iPS細胞を細胞塊の形で6well plateから剥離した。剥離後、細胞塊にしたiPS細胞とmTeSR1-Yの混和物を遠心(290G.常温,5min)し、上清を取り除いた。その後、新しいmTeSR1-Yと混和し、新しいMatrigel溶液コートしている6well plateに細胞塊を維持したまま播き込んだ(4.8×10細胞/2mL/well)。
図4に示すように、アルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0256)と、健常人のiPS細胞(HPS0076)の、MAP2陽性細胞、TUJ1陽性細胞、及びPAX6陽性細胞の細胞数の差が見られなかった。
従って、工程(1)において、iPS細胞を細胞塊として播種した場合、アルツハイマー患者の海馬の特徴を反映できないと考えられた。
【0073】
《実施例2》
本実施例では、工程(1)においてiPS細胞を単細胞に単離して播種し、工程(2)においてiPS細胞を細胞塊として播種し、工程(3)においてiPS細胞を単細胞に単離して播種した。iPS細胞として、健常人のiPS細胞(HPS0076)及びアルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0256)を用いた。
【0074】
工程(2)においてiPS細胞を細胞塊として播種した以外は、実施例1の操作を繰り返した。工程(2)は、以下の通り行った。
工程(1)の7日目に神経誘導中のiPS細胞を、DPBSで1回洗浄した後、EDTA in DPBSで5-25min処理した。処理終了後、EDTA in DPBSを除去し、NDBM+F+Yを吹き付けることで、細胞を細胞塊の形で6well plateから剥離した。剥離後、細胞塊にした細胞とNDBM+F+Yを混和して遠心(290G.常温,5min)し、上清を取り除いた。その後、新しいNDBM+F+Yと混和し、ポリ-L-オルニチン/ラミニン溶液コートしている24well plateに細胞塊を維持したまま播き込んだ(2×10細胞/1mL/well)。
図5に示すように、アルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0256)では、神経幹細胞(PAX6陽性細胞)の新生は大きく変化しなかったが、未熟神経細胞(TUJ1陽性細胞)と成熟神経細胞(MAP2陽性細胞)の数が抑制された。従って、工程(2)において、iPS細胞を細胞塊として播種した場合でも、アルツハイマー患者の海馬の特徴を反映できると考えられた。
【0075】
《比較例3》
本比較例では、工程(3)においてiPS細胞を細胞塊として播種し、工程(1)及び工程(2)においてiPS細胞を単細胞に単離して播種した。iPS細胞として、健常人のiPS細胞(HPS0076)及びアルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0256)を用いた。
【0076】
工程(3)においてiPS細胞を細胞塊として播種した以外は、実施例1の操作を繰り返した。工程(3)は、以下の通り行った。
工程(2)の6日目(Day12)に、神経誘導中のiPS細胞を、DPBSで1回洗浄した後、EDTA in DPBSで5-25min処理した。処理終了後、EDTA in DPBSを除去し、NDBM+BD+Yを吹き付けることで、細胞を細胞塊の形で24well plateから剥離した。剥離後、細胞塊にした細胞とNDBM+BD+Yを混和して遠心(290G.常温,5min)し、上清を取り除いた。その後、新しいNDBM+BD+Yと混和し、細胞塊を維持したままポリ-L-オルニチン/ラミニン溶液コート(コート法は下に記述)している96well plateに播き込んだ(播き込む細胞量は1×10細胞/well、播き込む溶液量は200μL/well)。
図6に示すように、アルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0256)と、健常人のiPS細胞(HPS0076)の、MAP2陽性細胞、TUJ1陽性細胞、及びPAX6陽性細胞の細胞数の差が見られなかった。
従って、工程(3)において、iPS細胞を細胞塊として播種した場合、アルツハイマー患者の海馬の特徴を反映できないと考えられた。
【0077】
《比較例4》
本比較例では、工程(1)においてiPS細胞を単細胞に単離して、4.0×10細胞/cmの濃度(実施例1の8倍の細胞数)で播種し、工程(2)及び工程(3)においてiPS細胞を単細胞に単離して播種した。iPS細胞として、3人の健常人のiPS細胞(HPS0076、HPS0360、P11025)及び3人のアルツハイマー病患者由来のiPS細胞(PS0254、HPS0255、HPS0256)を用いた。
工程(1)において、播種する細胞濃度を5.0×10細胞/cmに代えて4.0×10細胞/cmとしてことを除いては、実施例1の操作を繰り返した。iPS細胞は、Day1で100%コンフルエンスとなった。また、MAP2、TUJ1、及びPAX6の遺伝子の発現をPCRで解析した。
図7の上から1段目に示すように、健常者iPS細胞(HPS0076,HPS0360,P11025)とアルツハイマーiPS細胞(HPS0254,HPS0255,HPS0256)で、神経細胞(MAP2陽性細胞又はTUJ1陽性細胞)及び神経幹細胞(PAX6陽性細胞)の数の差は見られなかった。また、図7の上から2段目に示すように、MAP2、TUJ1、及びPAX6遺伝子の発現も、健常者iPS細胞とアルツハイマーiPS細胞のグループで共通する、有意差は見られなかった。データはHPS0076の平均値を1として平均±標準誤差で表記した。有意差の検定は、前述と同様の理由で、welchのT検定を使用した。
【0078】
《実施例3》
本比較例では、工程(1)においてiPS細胞を単細胞に単離して、2.0×10細胞/cmの濃度(実施例1の4倍の細胞数)で播種し、工程(2)及び工程(3)においてiPS細胞を単細胞に単離して播種した。iPS細胞として、健常人のiPS細胞(HPS0360)及びアルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0256)を用いた。
工程(1)において、播種する細胞濃度を5.0×10細胞/cmに代えて2.0×10細胞/cmとしたことを除いては、実施例1の操作を繰り返した。iPS細胞は、Day3で100%コンフルエンスとなった。また、MAP2、TUJ1、及びPAX6の遺伝子の発現をPCRで解析した。
図8に示すように、健常者iPS細胞(HPS0360)とアルツハイマーiPS細胞(HPS0256)とで、神経幹細胞(PAX6陽性細胞)の新生は大きく変化しなかったが、未熟神経細胞(TUJ1陽性細胞)と成熟神経細胞(MAP2陽性細胞)の数又はmRNAの発現が、アルツハイマーiPS細胞において、抑制された。図8下のmRNAの発現データはHPS0360の平均値を1として平均±標準誤差で表記した。HPS0256のMAP2、TUJ1又はPAX6のmRNA量が、HPS0360の対応するmRNAに対して、有意に増加又は減少した場合、グラフの上に*を記述した。有意差の検定は、前述と同様の理由で、welchのT検定を使用した。すなわち、本発明の製造方法においては、アルツハイマーiPS細胞からの成熟神経細胞の誘導は、アルツハイマー患者の海馬の特徴を反映していた。
【0079】
《実施例4》
本実施例では、アルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0256)を用いて、アルツハイマー病に作用する薬剤の候補物質のスクリーニングを行った。
実施例1の操作を繰り返し、神経誘導時のDay8-Day11とDay13-Day28の培養において、候補物質SAG(1μM)、Isobavachin(100nM)、及びNeuropashiazol(10μM)を添加して、培養した。
【0080】
MAP2陽性細胞、及びTUJ1陽性細胞の染色は、比較例1の方法に従って行った。また、細胞死を解析するために、cCASP3陽性細胞を以下のように染色した。
1次抗体として、anti-rabbit PAX6抗体(Sigma,100倍)の変わりに、anti-rabbit Cleaved CASP3(cCASP3)抗体(Cell signaling,100倍)を用いたことを除いては、比較例1の「蛍光抗体染色」の操作を繰り返して、cCASP3陽性の細胞を染色した。
図9(A)に示すように、SAGを添加することによって、未熟神経細胞(TUJ1陽性細胞)と成熟神経細胞(MAP2陽性細胞)の数が回復した。また、細胞死(cCASP3陽性細胞)が増加したが、これは、SAG添加による、アルツハイマー患者iPS由来細胞の、未熟神経細胞数及び成熟神経細胞数の回復が、アポトーシスなどによる細胞死の抑制ではなく、神経細胞新生不全の改善によることを意味している。また、図9(B)に示すように、健常者iPS細胞(HPS0076、HPS0360、P11025)では、アルツハイマー由来iPS細胞(HPS0256)と比較して、細胞死(cCASP3陽性細胞)が増加した。これらの結果は、(1)SAG添加による、アルツハイマー患者iPS由来細胞の、未熟神経細胞数及び成熟神経細胞数の回復が、神経細胞死抑制でなく、神経新生促進によること、及び(2)アルツハイマー由来iPS細胞(HPS0256)では、神経細胞死の増加でなく、神経新生の阻害により、未熟神経細胞数及び成熟神経細胞数の減少が起きていること、の2点を指し示した。
図9(B)に健常者iPS細胞(HPS0076、HPS0360、P11025)と、アルツハイマー由来iPS細胞(HPS0256)をSAGで処理した場合の比較写真を示す(HPS0256は、無処理、水を添加したもの、及びDMSOを添加したものも示す)。
SAGを添加することにより、HPS0256の細胞は、健常者のiPS細胞と同様の特徴を示した。従って、SAGが神経細胞死抑制ではなく、神経新生の促進を介して、アルツハイマー患者iPS細胞(HPS0256)の神経ネットワークを回復していると考えられる。
以上の通り、本発明のスクリーニング方法により、アルツハイマー病に作用する薬剤がスクリーニングできることが示された。
【0081】
《実施例5》
本実施例では、アルツハイマー病患者由来のiPS細胞(HPS0254)を用いて、アルツハイマー病に作用する薬剤の候補物質のスクリーニングを行った。
iPS細胞として、HPS0256に代えて、HPS0254を用いたことを除いては、実施例4の操作を繰り返した。
【0082】
図10(A)に示すように、SAGを添加することによって、未熟神経細胞(TUJ1陽性細胞)と成熟神経細胞(MAP2陽性細胞)の数が回復した。また、細胞死(cCASP3陽性細胞)が増加した。
図10(B)に健常者iPS細胞(HPS0076、HPS0360、P11025)と、アルツハイマー由来iPS細胞(HPS0254)をSAGで処理した場合の比較写真を示す。
SAGを添加することにより、HPS0254の細胞は、健常者のiPS細胞と同様の特徴を示した。従って、SAGが神経細胞死抑制ではなく、神経新生の促進を介して、アルツハイマー患者iPS細胞(HPS0254)の神経ネットワークを回復していると考えられる。
以上の通り、本発明のスクリーニング方法により、アルツハイマー病に作用する薬剤がスクリーニングできることが示された。
【0083】
《実施例6》
アルツハイマー患者由来iPS細胞(HPS0254とHPS0256)を実施例1と同様の方法で神経誘導した。また、神経誘導時のDay8-Day11とDay13-Day28にSAG、Isobavachin、及びNeuropashiazol又は薬剤のネガティブコントロールとなる溶液(DMSO又は滅菌水)を添加した細胞も作成した。添加時の薬剤の濃度は、実施例4の培養液添加時の試薬の最終濃度”とした。DMSOの添加量は培養液の150分の1量とした。滅菌水の添加量は培養液の200分の1量とした。そして、実施例と同様の方法で成熟神経マーカー(MAP2)と未熟神経マーカー(TUJ1)のmRNA量(遺伝子発現量)を測定した。その結果、健常者由来iPS細胞と同様に、神経新生が確認された、SAG処理したHPS0254由来細胞群(図中の黒色の丸)とHPS0256由来細胞群(図中の濃い灰色の丸)では、下記の傾向が確認された。(1)神経新生が低調な、無処理、Isobavachin、Neuropashiazol、DMSO、滅菌水で処理された、HPS0254由来細胞群(図中の薄い灰色の丸)やHPS0256由来細胞群(図中の白色の丸)と比較すると、MAP2とTUJ1の遺伝子発現量が増加する傾向が確認された。これらの結果は、SAG処理が、アルツハイマー患者由来iPS細胞(HPS0254とHPS0256)の神経新生を回復させ、健常者由来iPS細胞と同様の神経新生を持たせたことを数値的にも裏付けた。これは、SAG処理が、アルツハイマー患者の脳の海馬の神経新生を誘導することで、アルツハイマー由来の認知機能障害の原因となる海馬の神経細胞減少を、回復させる可能性を示した。MAP2とTUJ1の遺伝子発現量は無処理を1として正規化した。遺伝子発現量は各サンプル共に、3-4回の測定の平均値を使用した。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明のアルツハイマー疾患モデル神経細胞の製造方法により、アルツハイマー病のメカニズムを探索することのできるアルツハイマー疾患モデル神経細胞を得ることができる。また、本発明のアルツハイマー疾患モデル神経細胞を用いたアルツハイマー病作用薬物のスクリーニング方法により、アルツハイマー病の治療薬などを探索することが可能である。
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