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特許7333837合金材加熱用酸化防止剤、及び、それを用いた合金材の加熱方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-17
(45)【発行日】2023-08-25
(54)【発明の名称】合金材加熱用酸化防止剤、及び、それを用いた合金材の加熱方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 1/70 20060101AFI20230818BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20230818BHJP
   C22C 38/18 20060101ALI20230818BHJP
   C22C 38/22 20060101ALI20230818BHJP
   C22C 19/05 20060101ALI20230818BHJP
   C03C 8/16 20060101ALI20230818BHJP
   C09K 15/02 20060101ALI20230818BHJP
   C22C 38/58 20060101ALN20230818BHJP
【FI】
C21D1/70 P
C22C38/00 302Z
C22C38/18
C22C38/22
C22C19/05 Z
C03C8/16
C09K15/02
C22C38/58
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021574096
(86)(22)【出願日】2021-01-28
(86)【国際出願番号】 JP2021002990
(87)【国際公開番号】W WO2021153657
(87)【国際公開日】2021-08-05
【審査請求日】2022-04-26
(31)【優先権主張番号】P 2020015660
(32)【優先日】2020-01-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000108661
【氏名又は名称】タカラスタンダード株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】林 功輔
(72)【発明者】
【氏名】日高 康善
(72)【発明者】
【氏名】近藤 泰光
(72)【発明者】
【氏名】藤田 亜弥
(72)【発明者】
【氏名】宮本 聖司
(72)【発明者】
【氏名】加苅 崇敬
(72)【発明者】
【氏名】野原 渉
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開昭52-080228(JP,A)
【文献】特開2007-314875(JP,A)
【文献】特開平02-209420(JP,A)
【文献】特表2004-507424(JP,A)
【文献】特開昭63-095140(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 1/70
C22C 38/00
C22C 38/18
C22C 38/22
C22C 19/05
C03C 8/16
C09K 15/02
C22C 38/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
合金材加熱用酸化防止剤であって、
酸化物に換算した場合、質量%で、
SiO:40.0~80.0%、
Al:0~30.0%、
MgO:0~5.0%、
NaO:9.0%以下、KO:20.00%以下、及び、CaO:25.0%以下からなる群から選択される1種以上を合計で10.00~50.00%、及び、
:0~0.5%未満、を含有し、
残部が不純物からなり、かつ、式(1)を満たす、
合金材加熱用酸化防止剤。
(2SiO+Al)/(0.1MgO+0.2B+6NaO+1.4KO+2CaO)≦2.50 (1)
ここで、式(1)中の各化学式には、対応する成分の質量%での含有量が代入される。
【請求項2】
請求項1に記載の合金材加熱用酸化防止剤を、合金材の表面に塗布する工程と、
前記合金材加熱用酸化防止剤が塗布された前記合金材を加熱する工程とを備える、
合金材の加熱方法。
【請求項3】
請求項2に記載の合金材の加熱方法であって、
前記合金材の化学組成は、12~50質量%のCrを含有する、
合金材の加熱方法。
【請求項4】
請求項3に記載の合金材の加熱方法であって、
前記合金材の化学組成は、1~15質量%のMoを含有する、
合金材の加熱方法。
【請求項5】
請求項2~4のいずれか1項に記載の合金材の加熱方法であって、
前記加熱する工程では、前記合金材加熱用酸化防止剤が塗布された前記合金材を、1000~1350℃の温度で15~50時間加熱する、
合金材の加熱方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合金材加熱用酸化防止剤、及び、それを用いた合金材の加熱方法に関する。
【背景技術】
【0002】
合金材としてたとえば、Crを含有する合金材が知られている。合金材は、以下の工程で製造される。はじめに、溶鋼を製造する。溶鋼を鋳造し、鋳造材(スラブ、ブルーム、インゴット)を得る。鋳造材を加熱する。加熱した鋳造材を熱間加工する。熱間加工して得られた中間材を、必要に応じて冷間加工等して成形する。
【0003】
上述のとおり、合金材は、熱間加工前に加熱される。合金材は、熱間加工前の加熱時に、表面に不動態被膜を生成する。不動態被膜は主に、クロミア(Cr)を主体とする被膜である。以下、クロミア(Cr)を主体とする被膜を、Cr被膜ともいう。
【0004】
Cr被膜は、合金材の酸化を抑制する。しかしながら、熱間加工前の加熱では、たとえば1000℃以上の高温で合金材が加熱される場合がある。1000℃以上の高温で合金材を加熱する場合、Cr被膜に代わって、Feを主体とするスケールが合金材の表面に生成しやすい。Feを主体とするスケールが合金材の表面に生成すれば、その後の熱間加工によって、合金材の表面に、Feを主体とするスケール起因の疵が発生する場合がある。そのため、熱間加工前に高温で加熱をした場合であっても、合金材の酸化が抑制されることが望まれる。
【0005】
合金材の酸化を抑制する技術がたとえば、特開2007-314875号公報(特許文献1)、特開平2-209420号公報(特許文献2)、特開平3-291325号公報(特許文献3)、特開昭56-026603号公報(特許文献4)、特開平4-072019号公報(特許文献5)、特開平4-072011号公報(特許文献6)、特開平6-158153号公報(特許文献7)、特開平7-062429号公報(特許文献8)及び特開平6-198310号公報(特許文献9)に開示されている。
【0006】
特許文献1~9はいずれも、酸化防止剤を用いて合金材の酸化を抑制する技術を開示する。特許文献1~3では、処理時間が20分~4時間程度の短時間の加熱を想定している。特許文献4では、熱間加工前の加熱時を対象としていない。特許文献5~8では、加工後の合金材を対象とする。
【0007】
具体的には、特許文献1では、処理時間が20分程度の熱処理を想定している。特許文献1の酸化防止剤組成物は、軟化点の異なるガラスフリットを複数含む。これにより、酸化防止剤組成物が異なる温度域に応じて適正な粘度を維持し、酸化防止剤組成物が鋼表面に保持される。その結果、熱処理時において、スケールの生成を抑制する、と特許文献1には記載されている。
【0008】
特許文献2では、処理時間が1時間程度の熱処理を想定している。特許文献2の高温用酸化防止剤は、軟化点が1000℃以下であるガラス成分を含有し、かつ、全体としての1200℃の温度での粘度が10ポイズ以上であるガラス組成物からなる。これにより、高温での熱処理時に、ガラス組成物を鋼表面に維持することができ、スケールの形成を抑制する、と特許文献2には記載されている。
【0009】
特許文献3では、処理時間が4時間程度の熱処理を想定している。特許文献3の金属材の高温酸化防止方法は、金属材を加熱し圧延する際に、加熱に先立って、ガラス成分50~95重量%と骨材5~50重量%とからなる鋼材加熱用酸化防止剤を、厚さ50~500μmに塗布することを特徴とする。これにより、900~1300℃に酸化性雰囲気中で加熱しても表層酸化を防止できる、と特許文献3には記載されている。
【0010】
特許文献4では、鋼片の表面に酸化防止剤を塗布し、その表面の一部又は全部を鋼板で被覆して加熱する。これにより、粒界酸化を抑制する、と特許文献4には記載されている。
【0011】
特許文献5~特許文献8は、熱間圧延及び/又は冷間圧延後の焼鈍処理において、合金加工材に対してスケールを抑制する技術を提案する。特許文献5~特許文献8では、処理時間が1時間程度の熱処理を想定しているものと考えられる。特許文献5~特許文献8では、加工後の鋼材を熱処理の対象とする。
【0012】
特許文献9の継目無ステンレス鋼管の製管方法は、12wt%以上のクロムを含有する鉄基合金製の素材を所定温度に加熱し、後続する圧延機に送給して所定の圧延を施す継目無ステンレス鋼管の製管方法において、加熱の前に素材の外表面に酸化防止剤を塗布し、酸化防止剤を圧延機による圧延開始前に除去することを特徴とする。これにより、高温酸化物としてのスケールの生成を防ぐ、と特許文献9には記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開2007-314875号公報
【文献】特開平2-209420号公報
【文献】特開平3-291325号公報
【文献】特開昭56-026603号公報
【文献】特開平4-072019号公報
【文献】特開平4-072011号公報
【文献】特開平6-158153号公報
【文献】特開平7-062429号公報
【文献】特開平6-198310号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
ところで、合金材を加熱する際、バッチ式の加熱炉が用いられる場合がある。バッチ式の加熱炉内において、合金材は上下に積み重ねられた状態で加熱される。加熱終了後、合金材は、クレーン等の搬送手段により加熱炉から1つずつ抽出される。具体的には、加熱炉の天井が開かれる。そして、加熱炉内に積層された複数の合金材のうち、最上位に配置された合金材をクレーン等の搬送手段により把持し、把持した合金材を加熱炉から引き上げて、加熱炉から抽出する。抽出された合金材を、圧延装置等の熱間加工装置につながる搬送路上に配置する。
【0015】
バッチ式の加熱炉内で複数の合金が上下に積み重ねられた状態で高温環境下に曝されれば、表面の酸化防止剤により上下に積み重ねられた合金材同士が粘着する場合がある。合金材同士が粘着すれば、合金材を単体で加熱炉から抽出するのが困難になる場合がある。本明細書において、加熱炉から単体で抽出することが困難なほどに合金材同士が粘着することをブロッキングという。ブロッキングが生じると、加熱炉からの合金材の抽出作業が著しく煩雑となり、作業性が著しく低下する。そのため、酸化防止剤には、優れた耐ブロッキング性が求められる。
【0016】
しかしながら、特許文献1~特許文献9では、合金材同士の粘着について記載はない。つまり、特許文献1~特許文献9では、ブロッキングについて検討すらされていない。
【0017】
また一方で、合金材は合金元素を多量に含む。そのため、合金材では偏析が起きやすい。高温で長時間加熱を実施すれば、合金元素の拡散が進み、偏析が低減する。そのため、合金材では、高温で長時間加熱を実施する場合がある。具体的には、熱間加工前において、1000~1350℃の温度で15時間~50時間、特に、25時間以上の均熱が実施される場合がある。
【0018】
しかしながら、1000~1350℃の温度で15時間~50時間の均熱のような、高温長時間の均熱を実施する場合、合金材表面にスケールが過剰に生成する。過剰なスケールは、合金材の歩留まりを低下する。したがって、合金材に対して高温長時間の均熱を実施する場合であっても、スケールの生成が抑制されることが好ましい。そのため、酸化防止剤には、高温長時間加熱する場合であっても、優れた耐酸化性が求められる。
【0019】
特許文献1~特許文献9では、合金材の偏析低減を目的とした高温長時間加熱(均熱)を主たる目的としていない。そのため、特許文献1~特許文献9に開示されている酸化防止剤を、上述の合金材の高温長時間加熱(均熱)に適用した場合、スケールの生成を十分に抑制できない場合がある。
【0020】
本発明の目的は、耐ブロッキング性に優れ、さらに、高温長時間加熱する場合であっても耐酸化性に優れる合金材加熱用酸化防止剤、及び、ブロッキングを抑制可能であり、さらに、高温長時間加熱する場合であっても合金材の酸化を抑制できる合金材の加熱方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本開示の合金材加熱用酸化防止剤は、
酸化物に換算した場合、質量%で、
SiO:40.0~80.0%、
Al:0~30.0%、
MgO:0~5.0%、
NaO:10.0%以下、KO:20.00%以下、及び、CaO:25.0%以下からなる群から選択される1種以上を合計で10.00~50.00%、及び、
:0~0.5%未満、を含有し、
残部が不純物からなり、かつ、式(1)を満たす。
(2SiO+Al)/(0.1MgO+0.2B+6NaO+1.4KO+2CaO)≦2.50 (1)
ここで、式(1)中の各化学式には、対応する成分の質量%での含有量が代入される。
【0022】
本開示の合金材の加熱方法は、
上記の合金材加熱用酸化防止剤を、合金材の表面に塗布する工程と、
前記合金材加熱用酸化防止剤が塗布された前記合金材を加熱する工程とを備える。
【発明の効果】
【0023】
本開示の合金材加熱用酸化防止剤は、耐ブロッキング性に優れ、さらに、高温長時間加熱する場合であっても耐酸化性に優れる。また、本開示の合金材の加熱方法は、ブロッキングを抑制可能であり、さらに、高温長時間加熱する場合であっても合金材の酸化を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1図1は、実施例中の試験番号1-1の板状試験片の平面図である。
図2図2は、実施例中の試験番号1-2の板状試験片の平面図である。
図3図3は、実施例中の試験番号1-3の板状試験片の平面図である。
図4図4は、実施例中の試験番号1-1の走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)による断面観察図である。
図5図5は、実施例中の試験番号1-2のSEMによる断面観察図である。
図6図6は、実施例中の試験番号1-3のSEMによる断面観察図である。
図7図7は、実施例中の試験番号1-1の板状試験片の断面を電子線マイクロアナライザ(Electron Probe Micro Analyzer:EPMA)で分析して得られた図である。
図8図8は、実施例中の試験番号1-2の板状試験片の断面をEPMAで分析して得られた図である。
図9図9は、実施例中の試験番号1-3の板状試験片の断面をEPMAで分析して得られた図である。
図10図10は、実施例中の試験番号1-1及び試験番号1-2の合金材加熱用酸化防止剤を用いた場合の、煤塵発生量(mg/m)のグラフである。
図11図11は、耐ブロッキング性を評価するための装置の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明者らは、耐ブロッキング性に優れ、さらに、高温長時間加熱する場合であっても耐酸化性に優れる合金材加熱用酸化防止剤について、種々の調査及び検討を行った。以降の説明において、1000~1350℃の温度で15~50時間加熱する処理を「高温長時間加熱」という。
【0026】
本発明者らははじめに、上述の特許文献1~特許文献9に開示された酸化防止剤を用いても、高温長時間加熱を行った場合には十分な耐酸化性が得られない場合がある原因を調査した。
【0027】
上記のとおり、合金材に対して高温長時間加熱を実施した場合、Cr被膜に代わって、Feを主体とするスケールが生成しやすくなる。特に、15時間以上の長時間の加熱では、短時間での加熱と比較して、加熱中における合金材表面への酸素の供給量の総量が多くなる。この場合、Cr被膜の維持及び生成に必要なCr量に対し、合金材の内部から合金材表面へのCr供給量が不足する。合金材表面へのCr供給量が不足すると、合金材表面において、CrよりもFeが優先して酸化し、FeOを形成する。形成されたFeOはさらに、Cr被膜に対して、FeO+Cr=FeCrの反応を起こす。この反応により、Crが消費され、Cr被膜は破れる。Cr被膜が破れた部分では、合金材の酸化がさらに加速する。その結果、合金材の表面に、FeO及びFeCrを主体とするスケールが生成する。FeO及びFeCrを主体とするスケールの生成を異常酸化という。異常酸化が発生した場合、歩留まりが低下する場合がある。したがって、高温長時間加熱において、異常酸化の発生を抑制できることが好ましい。
【0028】
そこで、本発明者らは、異常酸化を抑制できる酸化防止剤を検討した。本発明者らは初めに、従来の酸化防止剤が表面に塗布された合金材に対して、高温長時間加熱を実施した。その結果、従来の酸化防止剤では、高温長時間加熱を実施している最中に、合金材の表面から酸化防止剤が下方へ流れ落ちたり、垂れ落ちたりすることが判明した。加熱される対象となる合金材は、水平面に対して平行な平面だけで構成されておらず、上面、下面、側面等を有する立体的な形状である。高温長時間加熱の場合、長時間の加熱中に酸化防止剤が軟化し、合金材の表面から垂れ落ちてしまう。特に、在炉中の合金材の側面や下面に塗布された酸化防止剤は、長時間の加熱の途中で下方に垂れ落ちやすい。合金材の表面のうち、合金材加熱用酸化防止剤が垂れ落ちた部分では、Cr被膜が破れやすくなり、異常酸化が発生しやすい。
【0029】
そこで、本発明者らは、高温長時間加熱中において、合金材表面から垂れ落ちにくい酸化防止材、つまり、高温長時間加熱中であっても、合金材表面に残存しやすい酸化防止材を検討した。検討の結果、本発明者らは、合金酸化防止剤を合金材表面に残存させるために、合金酸化防止剤の軟化点を高めることを考えた。本発明者らが種々の検討を重ねた結果、合金材加熱用酸化防止剤の軟化点が800℃以上であれば、高温長時間加熱を実施しても、合金材加熱用酸化防止剤が合金材の表面から垂れ落ちにくく、合金材加熱用酸化防止剤が合金材の表面に残存しやすいと考えた。そこで本発明者らは、軟化点を800℃以上にできる、合金材加熱用酸化防止剤の組成を検討し、軟化点が800℃以上になる合金材加熱用酸化防止剤を得た。
【0030】
しかしながら、軟化点が800℃以上の合金材加熱用酸化防止剤を用いても、依然として異常酸化が発生する場合があった。そこで、本発明者らは、さらなる調査及び検討を実施した。その結果、軟化点が高くても、合金材加熱用酸化防止剤が、Cr被膜と反応する成分を含有する場合、異常酸化が発生することが分かった。合金材加熱用酸化防止剤が、Cr被膜と反応する成分を含有すれば、合金材加熱用酸化防止剤がCr被膜と反応して、Cr被膜が溶解する。したがって、合金材の表面の異常酸化を抑制するためには、合金材加熱用酸化防止剤を、Cr被膜と反応しにくい化合物で構成することが有効である。
【0031】
合金材加熱用酸化防止剤として、ガラスフリットが一般的に使用される。ガラスフリットとは、ガラスを適度な大きさに粉砕したフレーク状、粒状、又は粉末状のガラスを意味する。ガラスフリットとして、通常、Bが利用される。しかしながら、BはCr被膜と反応してCr被膜を溶解する。したがって、本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤では、Bの含有量をできるだけ低減する方が好ましい。
【0032】
また、合金材加熱用酸化防止剤のガラスフリットとして、NaOも通常利用される。しかしながら、NaOもBと同様に、Cr被膜と反応してCr被膜を溶解する。したがって、本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤では、NaOの含有量もできるだけ低減する方が好ましい。
【0033】
そこで本発明者らは、高温長時間加熱時においてCr被膜と反応しやすいB及びNaOの含有量を抑えつつ、軟化点が800℃以上となる酸化防止剤の成分を検討した。その結果、酸化物に換算した場合、質量%で、SiO2:40.0~80.0%、Al:0~30.0%、MgO:0~5.0%を含有し、さらに、NaO:10.0%以下、KO:20.00%以下、及び、CaO:25.0%以下からなる群から選択される1種以上を合計で10.00~50.00%含有し、さらに、B:0~0.5%未満を含有する合金材加熱用酸化防止剤であれば、高温長時間加熱中においても合金材表面から垂れ落ちにくく、合金材表面に残存しやすく、かつ、Crとの反応に起因した異常酸化の発生も抑制できることを見出した。上記組成及び軟化点を有する合金材加熱用酸化防止剤を用いて、合金材を高温長時間加熱した場合、合金材の酸化を十分に抑制できた。
【0034】
しかしながら、上記組成及び軟化点を有する合金材加熱用酸化防止剤では、高温長時間加熱における合金材の酸化を抑制できても、上述のブロッキングを抑制できない場合があった。本発明者らは、この原因を詳細に調査した。その結果、以下の知見を得た。
【0035】
合金材加熱用酸化防止剤は、加熱前はたとえば、フレーク状、粒状、又は粉末状である。加熱されることにより、合金材加熱用酸化防止剤は溶融する。溶融した合金材加熱用酸化防止剤中には、網目構造が形成される。網目構造は、溶融した合金材加熱用酸化防止剤中に網状に広がる構造で、互いに連結できる。溶融した合金材加熱用酸化防止剤は、網目構造が互いに連結することで、曳糸性が高まる。曳糸性とは、糸状に伸びる性質をいう。合金材加熱用酸化防止剤の曳糸性が高ければ、合金材加熱用酸化防止剤が糸状に伸びやすい。
【0036】
上述のとおり、合金材を加熱する加熱炉として、バッチ式の加熱炉が利用される場合がある。バッチ式加熱炉で合金材を加熱する場合、バッチ式加熱炉内で合金材は積層された状態で加熱される。加熱炉内で、合金材は、表面に酸化防止剤が付着した状態で、他の合金材と積み重ねられる。そのため、積層した合金材の間には、酸化防止剤が介在している。酸化防止剤の曳糸性が高ければ、高温環境下において、互いに積層した合金材が、酸化防止剤を介して粘着してしまう。互いに積層した合金材が過度に粘着すれば、加熱炉から単体で抽出することが困難になる。本明細書において、加熱炉から単体で抽出することが困難なほどに合金材同士が粘着することをブロッキングという。一方、合金材加熱用酸化防止剤の曳糸性が低ければ、合金材同士が粘着しにくくなる。この場合、ブロッキングが抑制される。
【0037】
そこで、本発明者らは、Crと反応しにくい組成であって、かつ、軟化点が800℃以上であり、さらに、ブロッキングを抑制可能な酸化防止剤について、組成の観点からさらに検討を行った。その結果、本発明者らはさらに、次の知見を得た。
【0038】
被膜中で網目構造を形成する成分は、SiO及びAlである。一方、網目構造を切断する成分は、MgO、B、NaO、KO及びCaOである。網目構造を形成する成分により、合金材加熱用酸化防止剤の曳糸性が高まる。一方、網目構造を切断する成分は、合金材加熱用酸化防止剤の曳糸性を低下させる。そこで、本発明者らは、網目構造を形成する成分と、網目構造を切断する成分とのバランスを適切に調整することにより、合金材加熱用酸化防止剤の曳糸性を低くできると考えた。
【0039】
具体的には、合金材加熱用酸化防止剤が式(1)を満たせば、曳糸性を低くできる。
(2SiO+Al)/(0.1MgO+0.2B+6NaO+1.4KO+2CaO)≦2.50 (1)
ここで、式(1)中の各化学式には、対応する成分の質量%での含有量が代入される。
【0040】
(2SiO+Al)/(0.1MgO+0.2B+6NaO+1.4KO+2CaO)=F1と定義する。F1は、合金材加熱用酸化防止剤の曳糸性を示す指標として用いることができる。F1≦2.50であれば、網目構造を形成する成分に対して、網目構造を切断する成分が十分に含まれる。この場合、合金材加熱用酸化防止剤の曳糸性が低くなる。その結果、ブロッキングを抑制できる。
【0041】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤及び合金材の加熱方法は以下の構成を有する。
【0042】
[1]
合金材加熱用酸化防止剤であって、
酸化物に換算した場合、質量%で、
SiO:40.0~80.0%、
Al:0~30.0%、
MgO:0~5.0%、
NaO:10.0%以下、KO:20.00%以下、及び、CaO:25.0%以下からなる群から選択される1種以上を合計で10.00~50.00%、及び、
:0~0.5%未満、を含有し、
残部が不純物からなり、かつ、式(1)を満たす、
合金材加熱用酸化防止剤。
(2SiO+Al)/(0.1MgO+0.2B+6NaO+1.4KO+2CaO)≦2.50 (1)
ここで、式(1)中の各化学式には、対応する成分の質量%での含有量が代入される。
【0043】
[2]
[1]に記載の合金材加熱用酸化防止剤を、合金材の表面に塗布する工程と、
前記合金材加熱用酸化防止剤が塗布された前記合金材を加熱する工程とを備える、
合金材の加熱方法。
【0044】
[3]
[2]に記載の合金材の加熱方法であって、
前記合金材の化学組成は、12~50質量%のCrを含有する、
合金材の加熱方法。
【0045】
[4]
[3]に記載の合金材の加熱方法であって、
前記合金材の化学組成は、1~15質量%のMoを含有する、
合金材の加熱方法。
【0046】
[5]
[2]~[4]のいずれか1項に記載の合金材の加熱方法であって、
前記加熱する工程では、前記合金材加熱用酸化防止剤が塗布された前記合金材を、1000~1350℃の温度で15~50時間加熱する、
合金材の加熱方法。
【0047】
本実施形態による合金材加熱用酸化防止剤は、Cr被膜を生成する合金材を1000~1350℃の温度で15~50時間加熱する場合に適しており、特に、1300℃以上の高温かつ25時間以上で加熱する場合に好適である。
【0048】
本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤を用いると、Cr被膜を生成する合金材において、1000~1350℃の温度で15~50時間保持する長時間の加熱を実施しても耐酸化性に優れる。本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤はさらに、耐ブロッキング性に優れる。
【0049】
以下、本実施形態による合金材加熱用酸化防止剤について詳述する。各成分に関する「%」は、特に断りがない限り、合金材加熱用酸化防止剤の化合物の組成の合計量を100%とした場合の質量%を意味する。
【0050】
本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤は、次の化合物を含有する。合金材加熱用酸化防止剤が次の化合物で構成されれば、合金材加熱用酸化防止剤の軟化点を、800℃以上にすることができる。なお、合金材感熱用酸化防止剤はフレーク状、粒状、又は粉末状のガラスフリットであり、各化合物の含有量は、ガラスフリットの1粒が平均的に含有する含有量である。
【0051】
SiO:40.0~80.0%
シリカ(SiO)は、高温長時間加熱中に、他の成分と共に合金材表面に保護被膜を形成する。SiOは、保護被膜のマトリクスになる。保護被膜は、合金材表面への酸素の供給を抑制する。SiOはさらに、1600℃以上の高い軟化点を有する。合金材加熱用酸化防止剤がSiOを含有すれば、合金材加熱用酸化防止剤の軟化点が高まる。そのため、高温長時間加熱中でも、合金材加熱用酸化防止剤が合金材表面から垂れ落ちにくく、合金材表面に残存しやすい。合金材加熱用酸化防止剤は、SiO含有量が40.0%以上であれば、高温長時間加熱中においても、合金材表面を被覆し、合金材表面に酸素が供給されるのを抑制できる。その結果、耐酸化性が高まる。耐酸化性が高まればさらに、Moを含む合金材を用いた場合、MoO由来の煤塵が抑制できる。すなわち、防塵性が高まる。SiO含有量が40.0%未満の場合、高温長時間加熱中において、合金材加熱用酸化防止剤の粘度が低くなり、垂れ落ちやすくなる。その結果、上記の効果が十分に得られない。一方、SiO含有量が80.0%を超えると、合金材加熱用酸化防止剤の軟化点が高くなりすぎる。この場合、合金材加熱用酸化防止剤が濡れ広がりにくくなる。その結果、合金材加熱用酸化防止剤で合金材表面全体を均一に被覆することが困難となり、耐酸化性が低下する。耐酸化性が低下すれば、Moを含む合金材を用いた場合、防塵性も低下する。SiO含有量が80.0%を超えるとさらに、合金材加熱用酸化防止剤の軟化点が高くなる。そのため、混合された成分が溶融しにくくなって、合金材加熱用酸化防止剤の製造自体が困難になる。したがって、SiO含有量は、40.0~80.0%である。SiO含有量の好ましい下限は45.0%であり、さらに好ましくは50.0%である。SiO含有量の好ましい上限は75.0%であり、さらに好ましくは70.0%である。
【0052】
Al:0~30.0%
アルミナ(Al)は、含有されなくてもよい。つまりAl含有量は、0%でもよい。含有される場合、Alは、SiO同様、高温長時間加熱中に、合金材表面に保護被膜を形成する。Alはさらに、合金材加熱用酸化防止剤の軟化点を高める。そのため、高温長時間加熱中において、合金材加熱用酸化防止剤が垂れ落ちにくく、合金材表面に残存しやすい。その結果、合金材の耐酸化性が高まる。合金材の耐酸化性が高まると、Moを含む合金材を用いた場合、防塵性も高まる。しかしながら、Al含有量が30.0%を超えると、SiOの含有比率が低下するため、保護被膜がSiO主体のマトリクスとならない。その結果、合金材加熱用酸化防止剤の粘度が低くなり、高温長時間加熱中に垂れ落ちる。したがって、Al含有量は、0~30.0%である。Al含有量の好ましい下限は1.0%であり、さらに好ましくは5.0%であり、さらに好ましくは10.0%である。Al含有量の好ましい上限は28.0%であり、さらに好ましくは25.0%である。
【0053】
MgO:0~5.0%
マグネシア(MgO)は含有されなくてもよい。つまり、MgO含有量は、0%でもよい。含有される場合、MgOは、SiO及びAl同様、高温長時間加熱中に、合金材表面に保護被膜を形成する。MgOはさらに、合金材加熱用酸化防止剤の軟化点を下げる。そのため、高温長時間加熱中において、合金材加熱用酸化防止剤が濡れ広がり、合金材表面を均一に被覆する。しかしながら、MgO含有量が5.0%を超えると、MgOが保護被膜であるCr被膜を溶解するため、Cr被膜が十分に形成されない。その結果、耐酸化性が低下する。そして、Moを含む合金材を用いた場合、防塵性も低下する。したがって、MgO含有量は、0~5.0%である。MgO含有量の好ましい下限は0.1%であり、さらに好ましくは0.2%である。MgO含有量の好ましい上限は4.0%であり、さらに好ましくは3.0%である。
【0054】
NaO:10.0%以下、KO:20.00%以下、及び、CaO:25.0%以下からなる群から選択される1種以上:合計で10.00~50.00%
NaOは0%超であり、KOは0%超であり、CaOは0%超である。NaO:10.0%以下、KO:20.00%以下、及び、CaO:25.0%以下からなる群から選択される1種以上の合計含有量が10.00%未満である場合、合金材加熱用酸化防止剤の高温時における流動性が低下する。一方、NaO:10.0%以下、KO:20.00%以下、及び、CaO:25.0%以下からなる群から選択される1種以上の合計含有量が50.00%を超える場合、合金材加熱用酸化防止剤の軟化点が過剰に低下する。合金材加熱用酸化防止剤の軟化点が低下すれば、高温長時間加熱中に、合金材加熱用酸化防止剤が合金材表面から垂れ落ちる。したがって、NaO:10.0%以下、KO:20.00%以下、及び、CaO:25.0%以下からなる群から選択される1種以上の合計含有量は、10.00~50.00%である。
【0055】
NaO:10.0%以下、KO:20.00%以下、及び、CaO:25.0%以下からなる群から選択される1種以上の合計含有量の好ましい下限は15.00%であり、さらに好ましくは20.00%である。NaO:10.0%以下、KO:20.00%以下、及び、CaO:25.0%以下からなる群から選択される1種以上の合計含有量の好ましい上限は45.00%であり、さらに好ましくは40.00%である。
【0056】
NaO:10.0%以下
酸化ナトリウム(NaO)は、SiOを主とする合金材加熱用酸化防止剤に不可避的に含有される。NaOは、合金材加熱用酸化防止剤の高温時における流動性を高める。しかしながら、NaOは、Cr被膜と反応してCr被膜が破れやすくなる。特に、合金材のCr含有量が20.0質量%未満の場合、Cr被膜が破れやすくなる。さらに、NaO含有量が10.0%を超えれば、合金材加熱用酸化防止剤の軟化点が過剰に低下する。したがって、NaO含有量は、10.0%以下であり、より具体的には、NaO含有量は0%超~10.0%である。NaOの好ましい下限は、0.1%であり、さらに好ましくは0.2%である。NaO含有量の好ましい上限は9.0%であり、さらに好ましくは7.0%、さらに好ましくは6.0%、さらに好ましくは5.0%、さらに好ましくは4.0%、さらに好ましくは3.0%、さらに好ましくは2.0%である。
【0057】
O:20.00%以下
酸化カリウム(KO)は、SiOを主とする合金材加熱用酸化防止剤に不可避的に含有される。KOは、合金材加熱用酸化防止剤の軟化点を下げる。軟化点が下がれば、高温での流動性が高まり、合金材表面へ濡れ広がりやすくなる。その結果、合金材表面を合金材加熱用酸化防止剤で均一に被覆しやすくなる。しかしながら、KO含有量が20.00%を超えると、合金材加熱用酸化防止剤の軟化点が過剰に低下する。この場合、高温長時間加熱中に、合金材加熱用酸化防止剤が合金材表面から垂れ落ち、異常酸化が発生しやすくなる。合金材加熱用酸化防止剤が合金材表面から垂れ落ちれば、Moを含有する合金材を用いた場合、MoO由来の煤塵が発生しやすくなる。したがって、KO含有量は20.00%以下であり、より具体的には、KO含有量は0%超~20.00%である。KO含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。KO含有量の好ましい上限は19.50%であり、さらに好ましくは19.00%である。
【0058】
CaO:25.0%以下
酸化カルシウム(CaO)は、SiOを主とする合金材加熱用酸化防止剤に不可避的に含有される。CaOは、KOと同様に、合金材加熱用酸化防止剤の軟化点を下げる。軟化点が下がれば、高温での流動性が高まり、合金材表面へ濡れ広がりやすくなる。その結果、合金材表面を合金材加熱用酸化防止剤で均一に被覆しやすくなる。しかしながら、CaO含有量が25.0%を超えると、合金材加熱用酸化防止剤の軟化点が過剰に低下する。合金材加熱用酸化防止剤の軟化点が低下すれば、高温長時間加熱中に、合金材加熱用酸化防止剤が合金材の表面から垂れ落ち、異常酸化が発生しやすくなる。合金材加熱用酸化防止剤が合金材表面から垂れ落ちれば、Moを含有する合金材を用いた場合、MoO由来の煤塵が発生しやすくなる。したがって、CaO含有量は25.0%以下であり、より具体的には、CaO含有量は0%超~25.0%である。CaO含有量の好ましい下限は0.6%であり、さらに好ましくは0.8%であり、さらに好ましくは10.0%であり、さらに好ましくは11.0%であり、さらに好ましくは12.0%である。CaO含有量の好ましい上限は24.5%であり、さらに好ましくは24.0%である。
【0059】
:0~0.5%未満
ホウ酸(B)は、不純物である。つまり、B含有量は0%であっても良い。Bは、酸化防止剤として周知の化合物である。しかしながら、BはCr被膜と反応して、高温長時間加熱中において、Cr被膜を溶解する。この場合、異常酸化が発生しやすくなる。Cr被膜を溶解すればさらに、Moを含む合金材を用いる場合、MoO由来の煤塵が発生しやすくなる。したがって、B含有量は0~0.5%未満である。B含有量はなるべく低いほうが好ましい。B含有量の好ましい上限は0.4%であり、さらに好ましくは0.3%であり、さらに好ましくは0%である。
【0060】
本発明の実施形態による合金材加熱用酸化防止剤の化合物の組成の残部は、不純物からなる。ここで、不純物とは合金材加熱用酸化防止剤を工業的に製造する際に、原料としての無機材料、又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0061】
[式(1)]
合金材加熱用酸化防止剤は、式(1)を満たす。
(2SiO+Al)/(0.1MgO+0.2B+6NaO+1.4KO+2CaO)≦2.50 (1)
ここで、式(1)中の各化学式には、対応する成分の質量%での含有量が代入される。
【0062】
(2SiO+Al)/(0.1MgO+0.2B+6NaO+1.4KO+2CaO)=F1と定義する。F1が2.50を超えれば、合金材加熱用酸化防止剤の成分中に、網目構造を形成する成分が、網目構造を切断する成分に対して過剰に含まれている。そのため、合金材加熱用酸化防止剤の曳糸性が高まる。その結果、高温長時間加熱後に、合金材同士が粘着し、ブロッキングが生じる。したがって、F1≦2.50である。F1の好ましい上限は2.45であり、さらに好ましくは2.40であり、さらに好ましくは2.30である。F1の下限は特に限定されないが、たとえば0.62である。
【0063】
[軟化点]
合金材加熱用酸化防止剤の軟化点は、800℃以上である。合金材加熱用酸化防止剤の軟化点が800℃以上であれば、高温長時間加熱を実施した場合に、合金材加熱用酸化防止剤は合金材表面全体に濡れ広がり、表面を覆う。その結果、合金材表面の酸化が抑制される。合金材加熱用酸化防止剤の軟化点が800℃未満の場合、高温長時間加熱を実施した場合に、合金材加熱用酸化防止剤が合金材表面から垂れ落ち、合金材表面が部分的に露出する。露出された部分では、合金材表面への酸素の供給を抑制することができない。その結果、合金材表面に異常酸化が発生する。さらに、合金材表面への酸素の供給を抑制することができないため、Moを含む合金材を用いる場合、MoO由来の煤塵が発生しやすくなる。したがって、合金材加熱用酸化防止剤の軟化点は800℃以上である。合金材加熱用酸化防止剤の軟化点の好ましい下限は820℃であり、さらに好ましくは840℃であり、さらに好ましくは860℃である。合金材加熱用酸化防止剤の軟化点の上限は特に限定されないが、たとえば、1100℃である。
【0064】
合金材加熱用酸化防止剤の軟化点は、合金材加熱用酸化防止剤の化合物の組成により決まる。本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤の化合物の組成であれば、軟化点は800℃以上となる。
【0065】
[軟化点の測定方法]
合金材加熱用酸化防止剤の軟化点は、熱重量-示差熱同時測定装置(TG-DTA)を用いて測定する。具体的には次のとおりである。10mgの合金材加熱用酸化防止剤をTG-DTAの試料ホルダに設置する。1300℃まで10℃/分の昇温速度で、合金材加熱用酸化防止剤を加熱する。加熱中の雰囲気は大気とする。このときの示差熱を測定し、DTA(示差熱)チャートの第4変曲点を合金材加熱用酸化防止剤の軟化点とする。
【0066】
上述の合金材加熱用酸化防止剤は、耐ブロッキング性に優れ、さらに、高温長時間加熱する場合であっても耐酸化性に優れる。本発明者らはさらに、Moを含有する合金材に塗布する場合、上述の合金材加熱用酸化防止剤が、優れた防塵性を示すことを知見した。
【0067】
従来のSiO及び10.0%を超えるNaOを含む合金材加熱用酸化防止剤を用いた場合、上述のとおり、NaOが合金材のCr被膜を過剰に溶解する。Cr被膜が溶解すれば、合金材内部のMoが空気中の酸素と反応し、MoOが生成する。MoOは沸点が低い。そのため、高温長時間加熱時及び熱間加工時にMoO由来の白い煤塵が発生する。煤塵はオペレータの視認性を低下させる。したがって、MoO由来の煤塵の発生を抑制できる方が好ましい。
【0068】
本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤を用いた場合、Cr被膜が溶解されにくい。そのため、合金材内部のMoが酸化反応しにくく、MoOが生成しにくい。その結果、高温長時間加熱時及び熱間加工時にMoO由来の白い煤塵の発生を抑制できる。
【0069】
[合金材加熱用酸化防止剤の形態]
合金材加熱用酸化防止剤はガラスフリットである。ガラスフリットとは、上記各成分の粉末を溶かし、凝固させた後、粉砕したガラスである。合金材加熱用酸化防止剤はたとえば、フレーク状、粒状、又は粉末状である。
【0070】
合金材加熱用酸化防止剤が粉末状である場合、好ましい粒径は25μm以下である。ここでいう粒径は、体積平均粒径(メジアン径)D50である。体積平均粒径D50は以下の方法で求められる。粒度分布測定装置により、ガラスフリットの体積粒度分布を求める。得られた体積粒度分布を用いて、累積体積分布における小粒径側から累積体積が50%になる粒径を、体積平均粒径D50と定義する。粒径が25μm以下であれば、常温において、合金材加熱用酸化防止剤が溶液(水)に分散しやすくなり、スラリーを生成しやすい。
【0071】
[合金材加熱用酸化防止剤の製造方法]
本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤は、以下の方法で製造される。合金材加熱用酸化防止剤を構成する上記の成分を混合する。混合された成分を溶融し、水中又は空気中で急冷してガラス化する。溶融温度は、たとえば、1400~1600℃である。溶融後急冷し、粉砕を行う。本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤の粒度はたとえば、1μm~25μmである。これにより、本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤の軟化点に調整することができる。本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤は、以上の工程により製造される。
【0072】
本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤は、合金材の製造に用いることができる。本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤はたとえば、Cr含有量が12~50質量%である合金材に対して、1000~1350℃の温度で15~50時間の加熱(高温長時間加熱)を実施する時に適用できる。本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤は特に、1300℃以上で25時間以上の加熱に好適である。1000~1350℃の温度で15時間未満の短時間の加熱を実施する場合でも、優れた耐酸化性を有する。以下、この点を説明する。
【0073】
[合金材]
本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤を用いる対象としての合金材とは、Crを含有するFe基又はNi基の合金材である。Fe基の合金材とは、Fe含有量が50質量%以上の合金材である。Ni基の合金材とは、Ni含有量が50質量%以上の合金材である。合金材中のCr含有量は質量%で12~50%であってもよい。合金材中のCr含有量は質量%で20~40%であってもよい。Crを含む合金材とはたとえば、Si:0~5%、Mn:0~20%、Cr:12~50%、Mo:0~15%、W:0~10%、Cu:0~5%、Ti:0~3%、V:0~1%、Al:0~5%、を含有し、上記元素及び、Fe及び/又はNiの合計含有量が99%以上である合金材であってもよい。合金材のCr含有量が20質量%以上であれば、Cr被膜をより長時間維持しやすい。
【0074】
本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤は、鋳造材の合金材に特に適する。合金材はたとえばステンレス鋼材であって、たとえば、マルテンサイト系ステンレス鋼材、フェライト系ステンレス鋼材、オーステナイト系ステンレス鋼材、析出硬化系ステンレス鋼材、及び、二相ステンレス鋼材である。本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤は、鋳造材の合金材に特に適する。しかしながら、本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤は鋳造材に限定されず、鋳造材に対して熱間加工を実施した加工材に適用してもよい。要するに、本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤は、合金材(鋳造材、加工材)に広く適用可能である。
【0075】
さらに、本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤は、上記合金材であって、Mo含有量が0%超である合金材を用いた場合、優れた防塵性を有する。上述のとおり、高温長時間加熱時には、Cr被膜が溶解しやすい。Moを含有する合金材のCr被膜が溶解すると、MoOが生成する。その結果、MoO由来の煤塵が発生する。しかしながら、本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤を用いる場合、Cr被膜をより長時間維持することができるため、MoOの生成を抑制することができる。
【0076】
[本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤を用いた合金材の加熱方法]
本実施形態の合金材の加熱方法は、合金材加熱用酸化防止剤を、合金材の表面に塗布する工程と、合金材加熱用酸化防止剤が塗布された合金材を加熱する工程とを備える。
【0077】
[塗布工程]
塗布工程ではまず、合金材加熱用酸化防止剤を準備する。準備した合金材加熱用酸化防止剤をたとえば、スラリーにする。スラリーはたとえば、合金材加熱用酸化防止剤に、水を混合して製造する。加熱前の合金材の表面(上面、下面、及び、側面)に対して、スラリーを塗布する。スラリーとして合金材加熱用酸化防止剤を塗布することにより、加熱前の合金材表面に合金材加熱用酸化防止剤をほぼ均一に塗布しやすい。
【0078】
スラリー内において、合金材加熱用酸化防止剤100質量部に対して、水の好ましい含有率は70~100質量部である。水の含有率が少なすぎたり、多すぎたりすれば、合金材加熱用酸化防止剤は塗布されにくい。水の含有率を調整すれば、常温において、合金材の表面にほぼ均一に塗布可能な程度に、スラリーの粘度を調整できる。
【0079】
スラリーにはさらに、懸濁剤及び分散剤を含有してもよい。
【0080】
懸濁剤は、合金材加熱用酸化防止剤等を溶液(水)中にほぼ均一に分散する。懸濁剤はたとえば、蛙目粘土と、ベントナイト及び/又はセピオライトとを含有する。本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤が、蛙目粘土と、ベントナイト及び/又はセピオライトと共に合金材の表面に塗布されれば、合金材の表面において合金材加熱用酸化防止剤が垂れにくく、かつ、乾燥して固形化したときに、合金材の表面から合金材加熱用酸化防止剤が剥離しにくい。
【0081】
蛙目粘土は、カオリン質の粘土と、複数の石英粒子とを含有する。より具体的には、蛙目粘土は、カオリナイト、ハロサイト、石英を含有する。
【0082】
蛙目粘土は、液状の合金材加熱用酸化防止剤の耐垂れ性を向上する。蛙目粘土を含有したスラリーは、常温において合金材の表面に塗布された後、垂れ落ちにくい。そのため、蛙目粘土を含有すれば、合金材加熱用酸化防止剤は、常温において、合金材の表面全体を覆いやすい。
【0083】
スラリーが蛙目粘土を含有する場合、スラリー内において、合金材加熱用酸化防止剤100質量部に対して、好ましい蛙目粘土の含有率は、4質量部以上である。この場合、常温における合金材加熱用酸化防止剤が垂れ落ちにくい。さらに好ましい蛙目粘土の含有率は、5質量部以上であり、さらに好ましくは、6質量部以上である。スラリーが蛙目粘土を過剰に含有すれば、スラリー内の合金材加熱用酸化防止剤が合金材の表面に均一に分散されにくくなり、耐酸化性が低下する。したがって、好ましい蛙目粘土の含有率の上限は、30質量部である。
【0084】
ただし、蛙目粘土の含有率が4質量部未満であっても、合金材加熱用酸化防止剤の常温における垂れ落ちは、ある程度抑制できる。
【0085】
ベントナイトは、モンモリロナイトを主成分とする粘土である。ベントナイトはさらに、石英及びオパール等の珪酸鉱物や、長石及びゼオライト等の珪酸塩鉱物、ドロマイト等の炭酸塩鉱物や硫酸塩鉱物、パイライト等の硫化鉱物等を含有してもよい。
【0086】
セピオライトは、含水マグネシウム珪酸塩であり、たとえば、MgSi1230(OH)(OH・8HOの化学式で示される。
【0087】
ベントナイト及びセピオライトは、いずれも、合金材加熱用酸化防止剤が剥離するのを抑制する。具体的には、液状のスラリーは、合金材の表面に塗布される。そして、加熱又は乾燥により、合金材に塗布されたスラリーの水分が蒸発し、合金材加熱用酸化防止剤が固形化する。スラリーがベントナイト及び/又はセピオライトを含有する場合、ベントナイト及びセピオライトは、固形化した合金材加熱用酸化防止剤が、合金材の表面から剥離するのを抑制する。ベントナイト及び/又はセピオライトを含有するスラリーは、外力を受けた場合であっても剥離しにくい。スラリーがベントナイト及び/又はセピオライトを含有する場合、スラリーは、ベントナイト及びセピオライトのいずれか1種以上を含有すればよい。
【0088】
スラリーがベントナイト及び/又はセピオライトを含有する場合、スラリー内において、合金材加熱用酸化防止剤100質量部に対して、好ましいベントナイト及び/又はセピオライトの含有率の下限は、4質量部以上である。ベントナイト及び/又はセピオライトの含有率が4質量部以上であれば、合金材加熱用酸化防止剤の耐剥離性がさらに向上する。スラリーが、ベントナイト及びセピオライトを含有する場合、ベントナイト含有率及びセピオライトの含有率の合計値の下限は、好ましくは5質量部以上である。
【0089】
また、スラリーがベントナイト及び/又はセピオライトを含有する場合、合金材加熱用酸化防止剤100質量部に対して、好ましいベントナイト及び/又はセピオライトの含有率の上限は、9質量部未満である。ベントナイト及び/又はセピオライトの含有率が9質量部を超えると、液状のスラリー内で、合金材加熱用酸化防止剤が分散されにくくなる。つまり、合金材加熱用酸化防止剤がスラリー化しにくくなる。スラリーがベントナイト及びセピオライトを含有する場合、ベントナイトの含有率とセピオライトの含有率との合計値の上限は、好ましくは8質量部未満である。
【0090】
ただし、ベントナイト及び/又はセピオライトの含有率が上述の範囲を超えた場合であっても、合金材加熱用酸化防止剤の剥離を抑制する効果はある程度得られる。
【0091】
懸濁剤は、上述の蛙目粘土、ベントナイト及びセピオライト以外の他の粘土類を含んでもよい。粘土類はたとえば、酸化鉄(Fe)を含有する。
【0092】
本発明の実施形態において、スラリーは分散剤を含有しなくてもよい。しかしながら、合金材加熱用酸化防止剤全体の分散性を高め、施工性を高める観点から、スラリーは分散剤を含有することが好ましい。スラリーが分散剤を含有すればさらに、合金材加熱用酸化防止剤を分散させる水の量を低減でき、結果として付着性が高まる。分散剤はたとえば、トリポリリン酸ソーダ、ヘキサメタリン酸ソーダ、ウルトラポリリン酸ソーダ、酸性ヘキサメタリン酸ソーダ、ホウ酸ソーダ、炭酸ソーダ、ポリメタリン酸などの無機塩、クエン酸ソーダ、酒石酸ソーダ、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸ソーダ、スルホン酸ソーダ、ポリカルボン酸塩、β-ナフタレンスルホン酸塩類、メラニンスルホン酸塩類、及び、ナフタレンスルホン酸からなる群から選択される1種以上である。スラリー内において、合金材加熱用酸化防止剤100質量部に対して、好ましい分散剤の含有量は、合計で4.5質量部未満である。
【0093】
スラリーにした合金材加熱用酸化防止剤を、加熱前の合金材の表面に塗布する。つまり、スラリーにした合金材加熱用酸化防止剤を、常温の合金材の表面に塗布する。
【0094】
スラリーにした合金材加熱用酸化防止剤の塗布方法は特に限定されない。作業者がはけを用いて合金材の表面に、スラリーにした合金材加熱用酸化防止剤を塗布してもよい。また、スプレー等によりスラリーにした合金材加熱用酸化防止剤を合金材の表面に塗布してもよい。スラリーにした合金材加熱用酸化防止剤が貯められた浴槽を準備し、その浴槽に合金材を浸漬してもよい(いわゆる「どぶ漬け」)。これらの塗布方法により、合金材加熱用酸化防止剤が合金材の表面に塗布される。合金材加熱用酸化防止剤を合金材の表面に塗布した後、合金材加熱用酸化防止剤を乾燥してもよい。
【0095】
[加熱工程]
続いて、合金材加熱用酸化防止剤が塗布された合金材を加熱する(加熱工程)。加熱工程では、合金材加熱用酸化防止剤が塗布された合金材に対して、たとえば、1000~1350℃の温度で15~50時間加熱する。
【0096】
本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤は、上述の化合物を含有する。上述の化合物は合金材表面のCr被膜と反応しにくい。そのため、高温長時間加熱中において、Cr被膜が破れるのを抑制する。さらに、Moを含有する合金材に対して用いた場合、MoO由来の煤塵を抑制することができる。本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤はさらに、軟化点が800℃以上である。そのため、高温長時間加熱中においても、合金材加熱用酸化防止剤は合金材表面から垂れ落ちにくく、合金材表面に残存する。その結果、異常酸化の発生を抑制でき、高温長時間加熱であっても、合金材の酸化を抑制できる。本実施形態の合金加熱用酸化防止剤はさらに、式(1)を満たす。そのため、合金材加熱用酸化防止剤の曳糸性は低い。その結果、合金材同士の粘着を抑制でき、ブロッキングを抑制できる。
【実施例1】
【0097】
以下、実施例により本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤の効果をさらに具体的に説明する。以下の実施例での条件は、本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例である。したがって、本実施形態の合金材加熱用酸化防止剤はこの一条件例に限定されない。
【0098】
化合物の組成が異なる複数の合金材加熱用酸化防止剤を準備した。準備された複数の合金材加熱用酸化防止剤を用いて、耐酸化性の評価として、酸化確認試験と酸化減量測定試験とを実施した。
【0099】
[酸化確認試験]
表1に示す合金材加熱用酸化防止剤を準備した。試験番号1-1及び試験番号1-4は、表1に記載の組成であり、残部は不純物であった。合金材加熱用酸化防止剤の組成は、合金材加熱用酸化防止剤を製造後、乾燥し、高周波誘導結合プラズマ(ICP:Inductively Coupled Plasma)分析を行うことにより、得た。具体的には、ICPにより得られたSi、Al、Mg、Na、K、Ca及びBの含有量を、それぞれ、SiO、Al、MgO、NaO、KO、CaO及びBの含有量に換算して、各成分の含有量を求めた。試験番号1-2は、東罐マテリアル・テクノロジー社製、製品名アクナス(軟化点:700℃)を使用した。製品名アクナスの化合物の組成は不明であった。
【0100】
【表1】
【0101】
各試験番号の合金材加熱用酸化防止剤の軟化点を、熱重量-示差熱同時測定装置(TG-DTA)を用いて測定した。具体的には次のとおりとした。10mgの合金材加熱用酸化防止剤をTG-DTAの試料ホルダに設置した。1300℃まで10℃/分の昇温速度で、合金材加熱用酸化防止剤を加熱した。加熱中の雰囲気は大気とした。このときの潜熱を測定し、DTA(示差熱)チャートの第4変曲点を合金材加熱用酸化防止剤の軟化点とした。結果を表1に示す。
【0102】
合金材を模擬した板状試験片を準備した。板状試験片はASTMで規定されるA240 UNS S39274に相当する二相ステンレス鋼材を用いた。板状試験片のサイズは、厚さ13mm、縦40mm、及び、横100mmであった。
【0103】
スラリーは、合金材加熱用酸化防止剤100質量部に対し、蛙目粘土を6質量部、ベントナイトを5質量部、水を70~100質量部混合して生成した。得られたスラリーを、はけを用いて板状試験片の上面である40mm×100mmの面に塗布後、乾燥した。
【0104】
合金材加熱用酸化防止剤を塗布後の板状試験片を1300℃で25時間加熱した。雰囲気は、LNG燃焼を模擬した。具体的には、雰囲気ガスの組成が2~3%O、8~10%CO、15~20%HO及び残部がNとなるように、雰囲気ガスを調整した。
【0105】
加熱後の板状試験片に異常酸化が発生しているか否かを次の方法で確認した。加熱後の板状試験片に対して、上面である40mm×100mmの面を目視で観察した。さらに、40mm×100mmの面に対して垂直な断面のうち、板状試験片の表層部分(40mm×100mmの面近傍)を、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)で観察した。SEMの観察条件は、倍率40倍、視野面積2000μm×2000μmとした。異常酸化の有無は、目視で確認した。目視評価により、板状試験片の40mm×100mmの面、及び/又は、40mm×100mmの面に対して垂直な断面において、異常酸化がある場合を不合格とした(表1の「酸化確認試験」「合否」欄において、「不合格」で示す)。異常酸化がない場合を合格とした(表1の「酸化確認試験」「合否」欄において、「合格」で示す)。
【0106】
図1は試験番号1-1の板状試験片の平面図である。図2は試験番号1-2の板状試験片の平面図である。図3は試験番号1-3の板状試験片の平面図である。板状試験片の40mm×100mmの上面において、明瞭に異常酸化した領域が観察される場合(たとえば、図2中の符号1、及び、図3の全面)、異常酸化が発生したと判断した。一方、図1のように、試験片の40mm×100mmの面において、異常酸化が観察されない場合、異常酸化が発生しなかったと判断した。
【0107】
さらに、40mm×100mmの面に対して垂直な断面のSEM観察により、母材への影響も調査した。図4は、試験番号1-1のSEMによる断面観察図である。図5は試験番号1-2のSEMによる断面観察図である。図6は試験番号1-3のSEMによる断面観察図である。図4のように、異常酸化が観察されない場合、異常酸化が発生しなかったと判断した。一方、40mm×100mmの面に対して垂直な断面において、明瞭に異常酸化した領域が観察される場合(たとえば図5の符号3、及び、図6の符号4のようなスケールが発生し、母材が減肉した状態が観察される場合)、異常酸化が発生したと判断した。
【0108】
さらに、板状試験片の40mm×100mmの面に対して垂直な断面について、電子線マイクロアナライザ(Electron Probe Micro Analyzer:EPMA)を用いて、元素マッピングによる元素分析を実施した。元素分析により、スケール状態を分析した。結果を図7図9に示す。図7は、試験番号1-1の元素マッピング分析結果を示す図である。図8は、試験番号1-2の元素マッピング分析結果を示す図である。図9は、試験番号1-3の元素マッピング分析結果を示す図である。
【0109】
[試験結果]
表1を参照して、試験番号1-1では、化合物の組成が適切であったため、合金材加熱用酸化防止剤の軟化点が800℃以上であった。そのため、図1及び図7を参照して、板状試験片の表面に、均一な厚さのCr被膜2が形成されており、正常酸化が観察された。図4を参照して、試験番号1-1ではさらに、母材10の減肉はなかった。つまり、試験番号1-1の合金材加熱用酸化防止剤を用いることで、合金材の耐酸化性は向上した。
【0110】
試験番号1-4も、化合物の組成が適切であったため、合金材加熱用酸化防止剤の軟化点が800℃以上であった。その結果、板状試験片の表面に、均一な厚さのCr被膜が形成されており、正常酸化が観察された。試験番号1-4ではさらに、母材の減肉はなかった。つまり、試験番号1-4の合金材加熱用酸化防止剤を用いることで、合金材の耐酸化性は向上した。
【0111】
一方、試験番号1-2は、合金材加熱用酸化防止剤の軟化点が800℃未満であった。軟化点が800℃未満であったため、試験番号1-2では、化合物の組成も適切ではなかったと考えられる。そのため、図2を参照して、異常酸化1が発生した。試験番号1-2ではさらに、図5を参照して、母材20に深さ約1.5mmの凹みが生成した。試験番号1-2ではさらに、図8を参照して、Feを主体とするスケール3が形成された。試験番号1-2の合金材加熱用酸化防止剤を用いることで、合金材の耐酸化性は向上しなかった。
【0112】
試験番号1-3では、合金材加熱用酸化防止剤を用いなかった。そのため、図3を参照して、板状試験片の表面全体が激しく酸化していた。試験番号1-3ではさらに、図6を参照して、母材30の表面全体が約0.8mm減肉し、スケール4が形成された。試験番号1-3ではさらに、図9を参照して、Fe及びCrを主体とするスケール4が形成された。
【0113】
[酸化減量測定試験]
表2に示す合金材加熱用酸化防止剤を準備した。試験番号2-2~2-4は、表2に記載の組成であった。試験番号2-2は、表2に記載の各成分の合計量が100質量%であった。試験番号2-3及び試験番号2-4は、表2に記載の各成分の合計量が100質量%未満であり、残部は不純物であった。合金材加熱用酸化防止剤の組成は、合金材加熱用酸化防止剤を製造後、乾燥し、ICP分析を行うことにより、得た。具体的には、ICPにより得られたSi、Al、Mg、Na、K、Ca及びBの含有量を、それぞれ、SiO、Al、MgO、NaO、KO、CaO及びBの含有量に換算して、各成分の含有量を求めた。
【0114】
【表2】
【0115】
合金材を模擬した板状試験片を準備した。板状試験片は、質量%で、Feを87%、及び、Crを13%含有するステンレス鋼材であった。板状試験片のサイズは、厚さ10mm、縦20mm、及び、横20mmであった。スラリー塗布前の板状試験片の質量(g)を測定し、試験前質量(g)とした。
【0116】
スラリーは、合金材加熱用酸化防止剤100質量部に対し、蛙目粘土を6質量部、ベントナイトを5質量部、水を70~100質量部混合して生成した。得られたスラリーを、はけを用いて板状試験片の全表面(上面、下面、及び、4つの側面)に塗布後、乾燥させた。
【0117】
加熱工程を模擬して、板状試験片を1200℃で2時間加熱した。雰囲気は、LNG燃焼を模擬した。具体的には、雰囲気ガスの組成が2~3%O、8~10%CO、15~20%HO及び残部がNとなるように、雰囲気ガスを調整した。加熱により板状試験片に付着したスケールを、アルカリ水溶液に浸漬後、さらにクエン酸水溶液に浸漬することで、除去した。スケール除去後の板状試験片の質量(g)を測定し、試験後質量(g)とした。
【0118】
加熱前の板状試験片の質量(g)と加熱後の板状試験片の質量(g)との差を、板状試験片の表面(上面、及び、4つの側面)の表面積(1200mm)で除した値を、酸化減量とした。酸化減量が0.200g/mm以下のものを、耐酸化性に優れると判断した。
【0119】
[試験結果]
試験番号2-2は、化合物の組成が適切であったため、合金材加熱用酸化防止剤の軟化点が800℃以上であった。その結果、試験番号2-2の合金材加熱用酸化防止剤は酸化減量が0.200g/mm以下であり、耐酸化性に優れていた。
【0120】
一方、試験番号2-1では、合金材加熱用酸化防止剤を用いなかった。そのため、酸化減量が0.200g/mmより高く、耐酸化性が劣っていた。
【0121】
試験番号2-3では、NaO、KO及びCaOの合計含有量が低かった。そのため、軟化点が800℃未満であった。そのため、合金材加熱用酸化防止剤の流動性が低かった。その結果、酸化減量が0.200g/mmより高く、耐酸化性が劣っていた。
【0122】
試験番号2-4では、NaOの含有量が高かった。そのため、保護被膜であるCr被膜が溶解した。その結果、酸化減量が0.200g/mmより高く、耐酸化性が劣っていた。
【0123】
[耐ブロッキング性評価試験]
表3に示す合金材加熱用酸化防止剤を準備した。試験番号3-1~3-5は、表3に記載の組成であった。試験番号3-3は、表3に記載の各成分の合計量が100質量%であった。試験番号3-1、3-2、3-4及び3-5は、表3に記載の各成分の合計量が100質量%未満であり、残部は不純物であった。合金材加熱用酸化防止剤の組成は、合金材加熱用酸化防止剤を製造後、乾燥し、ICP分析を行うことにより、得た。具体的には、ICPにより得られたSi、Al、Mg、Na、K、Ca及びBの含有量を、それぞれ、SiO、Al、MgO、NaO、KO、CaO及びBの含有量に換算して、各成分の含有量を求めた。なお、試験番号3-1は、試験番号1-1と同じである。試験番号3-2は、試験番号1-4と同じである。試験番号3-3は、試験番号2-2と同じである。
【0124】
【表3】
【0125】
合金材を模擬した板状試験片を準備した。板状試験片はASTMで規定されるA240 UNS S39274に相当する二相ステンレス鋼材を用いた。板状試験片のサイズは、厚さ4mm、縦25mm、及び、横80mmであった。スラリーは、合金材加熱用酸化防止剤100質量部に対し、蛙目粘土を6質量部、ベントナイトを5質量部、水を70~100質量部混合して生成した。得られたスラリーを、はけを用いて板状試験片の上面である25mm×80mmの面のうち,端部の25mm×20mm面に塗布後、乾燥した。2枚の板状試験片を、スラリー塗布面同士が全面接するように重ねた。
【0126】
合金材加熱用酸化防止剤を塗布後の板状試験片を1300℃で2時間加熱した。雰囲気は、大気雰囲気下とした。
【0127】
加熱後の2枚の板状試験片が粘着しているか否かを評価した。図11は、耐ブロッキング性を評価するための装置の模式図である。2枚の板状試験片が粘着しているか否かは、図11に示す装置を用いて評価した。具体的には、図11を参照して、2枚の板状試験片のうち、片方の板状試験片Aの端部に予め金属棒100を溶接により固定した。金属棒100が溶接された板状試験片Aと、もう一枚の板状試験片Bとを、スラリー塗布面同士が全面接するように重ねた。板状試験片Bを、固定具120を介して管状炉110内に固定した。金属棒100を水平方向に引っ張り、2枚の板状試験片を25mm×80mmの面に対して水平な方向に引きはがす際の粘着力F(kg)を測定した。粘着力の測定には、トラスコ中山株式会社製デジタル吊りばかりTDTB-25を用いた。測定時の試験片加熱温度は1300℃、測定環境は大気雰囲気、引張速度は10~20cm/秒であった。結果を表3中、「粘着力(kg)」の欄に示す。
【0128】
[試験結果]
表3を参照して、試験番号3-1~3-3及び3-5の合金材加熱用酸化防止剤は、各成分の含有量が適切であり、かつ、式(1)を満たした。そのため、2枚の板状試験片を引きはがす際の粘着力が2.60kg以下であった。試験番号3-1~3-3及び3-5の合金材加熱用酸化防止剤は、耐ブロッキング性に優れた。
【0129】
一方、試験番号3-4の合金材加熱用酸化防止剤は、各成分の含有量が適切であったものの、式(1)を満たさなかった。そのため、2枚の板状試験片を引きはがす際の粘着力が2.84kgであった。試験番号3-4の合金材加熱用酸化防止剤は、耐ブロッキング性に優れなかった。
【実施例2】
【0130】
[防塵性評価試験]
表1の試験番号1-1及び表1の試験番号1-2の合金材加熱用酸化防止剤を準備した。試験片はJIS SUS312Lの鋼材を準備した。
【0131】
表1の試験番号1-1の合金材加熱用酸化防止剤のスラリーを鋼材に塗布した。合金材加熱用酸化防止剤のスラリーは、合金材加熱用酸化防止剤100質量部に対し、蛙目粘土を6質量部、ベントナイトを5質量部、水を70~100質量部混合して生成した。得られたスラリーを、鋼材の表面(上面、下面、及び、4つの側面)に塗布後、乾燥させ、均熱処理を施した。均熱処理は、1270℃で50時間実施した。均熱処理中、1時間毎に均熱炉の煙突から排出ガスを回収した。回収した排出ガス量を排出ガス測定装置で測定した。さらに、回収した排出ガス内の白色固形物を煤塵として、重量測定を行った。排出ガス体積当たりに対する煤塵(白色固形物)の重量を煤塵発生量(mg/m)として算出した。均熱処理中1時間毎に合計50回、上記の試験を行い、得られた煤塵発生量(mg/m)の最大値を試験番号1-1の煤塵発生量(mg/m)とした。表1の試験番号1-2の合金材加熱用酸化防止剤について、表1の試験番号1-1の合金材加熱用酸化防止剤と同様の方法で、防塵性評価試験を行った。試験番号1-2の加熱用酸化防止剤も、試験番号1-1と同じ割合で生成したスラリーを、鋼材の表面(上面、下面、及び、4つの側面)に塗布した。試験番号1-2の合金材加熱用酸化防止剤を塗布した鋼材に対して、試験番号1-1と同様に均熱処理を実施した。試験番号1-2の合金材加熱用酸化防止剤について、試験番号1-1の合金材加熱用酸化防止剤を用いた場合と同様に、均熱処理中の煤塵発生量を求めた。結果を図10に示す。
【0132】
試験番号1-1の合金材加熱用酸化防止剤は、試験番号1-2の合金材加熱用酸化防止剤よりも煤塵発生量が顕著に少なく、防塵性に優れていた。
【0133】
以上、本発明の実施形態を説明した。しかしながら、上述した実施形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施形態を適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0134】
1 異常酸化
2 Cr被膜
3 Feを主体とするスケール
4 Fe及びCrを主体とするスケール
10 母材
20 母材
30 母材
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11