(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-18
(45)【発行日】2023-08-28
(54)【発明の名称】自動車用鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230821BHJP
C22C 38/16 20060101ALI20230821BHJP
C22C 38/38 20060101ALN20230821BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20230821BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/16
C22C38/38
C21D9/46 S
(21)【出願番号】P 2018217190
(22)【出願日】2018-11-20
【審査請求日】2021-09-15
(73)【特許権者】
【識別番号】592159092
【氏名又は名称】東京製鐵株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102141
【氏名又は名称】的場 基憲
(74)【代理人】
【識別番号】100137316
【氏名又は名称】鈴木 宏
(72)【発明者】
【氏名】中西 栄三郎
(72)【発明者】
【氏名】中西 宣文
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 勝
(72)【発明者】
【氏名】足立 慎太郎
(72)【発明者】
【氏名】早川 正夫
(72)【発明者】
【氏名】長島 伸夫
(72)【発明者】
【氏名】升田 博之
(72)【発明者】
【氏名】長井 寿
(72)【発明者】
【氏名】近藤 憲治
(72)【発明者】
【氏名】天川 琢雄
(72)【発明者】
【氏名】加辺 友文
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-355734(JP,A)
【文献】特開2006-124773(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C23C 2/00-30/00
C23F 1/00-17/00
C21D 9/00-9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄(Fe)を98.30質量%以上99.36質量%以下、
銅(Cu)を0.10質量%以上0.50質量%以下、
残部不可避不純物を含み、
粒径が0.03μm以上の表面の残留スケールの個数が100,800個/mm
2以下であり、
粒径が0.03μm以上の表面に露出した銅化合物粒子が、21,600個/mm
2~120,000個/mm
2であり、その最大粒径が2μm以下であることを特徴とする化成処理用自動車鋼板。
【請求項2】
上記銅化合物粒子が、粒径が0.1μm以下である銅化合物粒子を80個数%以上含むことを特徴とする請求項1に記載の化成処理用自動車鋼板。
【請求項3】
銅化合物粒子の最大粒径が2μm未満であることを特徴とする請求項1又は2に記載の化成処理用自動車鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車量鋼板に係り、更に詳細には、化成処理性に優れた自動車用鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼板を製造する方法としては、天然資源である鉄鉱石を主な原料として高炉で製造する方法と、リサイクル資源である鉄スクラップを主な原料として電炉で製造する方法の二つの方法とがある。
【0003】
高炉で鋼板を製造する場合は、鉄鉱石を溶かすエネルギーに加えて、鉄鉱石中に含まれる酸素を除去するために多くのコークスを使用する必要があり、二酸化炭素の排出量が多い。
【0004】
これに対し、電炉で製造する場合は、鉄スクラップを溶かして鋼板にするため、酸素を除去する必要がなく、高炉での鋼板の製造に比して二酸化炭素の排出量を大幅に削減できる。
【0005】
上記電炉で製造した電炉材は、現在、主に建築土木用として利用されているが、自動車用鋼板にも用途を拡大することにより、国内における資源循環サイクルを可能とし、二酸化炭素の排出量をも削減できる。
【0006】
しかし、上記電炉材は、鉄スクラップ材をその原料として用いるため、銅(Cu)、ニッケル(Ni)、スズ(Sn)などのトランプエレメントやクロム(Cr)などのスクラップ由来の元素を多く含有し、自動車用鋼板としては利用し難い。
【0007】
すなわち、上記トランプエレメントは、自動車用鋼板に要求される、強度や成形性などの機械的特性の他、耐食性などの化学的安定性を低下させ、特に、鋼板の表面に存在する銅化合物は、耐食性を向上させるための化成処理性を低下させる。
【0008】
鋼板の化成処理は、鋼板表面に形成される局部電池のアノード点から鉄を溶解させ、上記アノード点で発生した電子がカソード点で酸化剤を還元する反応によって、化成処理膜となる化合物を析出させて被膜を形成する処理であり、アノード点からの鉄の溶解反応が化成処理反応の駆動力となる。
【0009】
しかし、銅化合物を含む鋼片では、製造時の加熱処理によって表面の鉄が選択的に酸化されて酸化鉄となり、銅化合物は上記酸化物に溶け込めず排出されるため、酸化鉄の生成と共に銅化合物が濃縮されて粗大化して鋼板の表面が銅化合物で覆われてしまう。
したがって、銅化合物を含む鋼片は、化成処理の反応を駆動するアノ-ド点が減少し、鉄の溶解反応が進まないため、化成処理性が低下する。
【0010】
特許文献1の特開平8-225888号公報には、化成処理性を向上させる硫黄とリンの含有量と、耐食性を向上させる銅化合物の含有量とを所望の関係にすることで耐食性と化成処理性とを両立できる旨が記載されている。
【0011】
また、特許文献2の特開2015-98620号公報には、銅の含有量を0.05%未満にすることで化成処理性を向上させた自動車用鋼板が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特開平8-225888号公報
【文献】特開2015-98620号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、硫黄の含有量が多い鋼板はスポット溶接が困難であり、特許文献1に記載の鋼板は自動車用鋼板には適さない。また、特許文献2に記載の鋼板は、銅の含有量を少なくすることが必須であるため、上記鉄スクラップ材を原料とする電炉材は使用できない。
【0014】
本発明は、このような従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、電炉材を利用可能な化成処理性に優れる自動車用鋼板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意検討を重ねた結果、化成処理反応においてカソード点なって化成処理膜の生成サイトとなる、鋼板表面に露出した銅化合物粒子の粒径を小さくすると共に、残留スケールを所定量以下にすることにより、上記目的が達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
即ち、上記課題は、本発明の下記(1)~(3)により解決される。
(1)鉄(Fe)を98.30質量%以上99.36質量%以下、
銅(Cu)を0.10質量%以上0.50質量%以下、
残部不可避不純物を含み、
粒径が0.03μm以上の表面の残留スケールの個数が100,800個/mm2以下であり、
粒径が0.03μm以上の表面に露出した銅化合物粒子が、21,600個/mm2~120,000個/mm2であり、その最大粒径が2μm以下であることを特徴とする化成処理用自動車鋼板。
(2)上記銅化合物粒子が、粒径が0.1μm以下である銅化合物粒子を80個数%以上含むことを特徴とする上記第(1)項に記載の化成処理用自動車用鋼板。
(3)銅化合物粒子の最大粒径が2μm未満であることを特徴とする上記第(1)項又は上記第(2)項に記載の化成処理用自動車用鋼板。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、化成処理においてカソード点となる鋼板表面に露出した銅化合物粒子の粒径を2μm以下にすると共に、残留スケールを所定量以下にしたため、化成処理性に優れた鋼板を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図2】粗圧延工程での銅化合物脆化温度による影響を説明する図である。
【
図4】実施例2の鋼板に形成した化成処理膜のSEM像である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<自動車用鋼板>
本発明の自動車用鋼板について詳細に説明する。
上記鋼板は、その表面に露出した銅化合物粒子の最大粒径が2μm以下であり、かつ表面の残留スケールの個数が160,000個/mm2以下である。
【0020】
上記銅化合物粒子は、鋼板中の鉄(Fe)よりも電位が高く、鋼板表面に露出する微細な銅化合物粒子は、化成処理においてカソード点となって化成処理性を向上させる。
【0021】
ここで、化成処理の反応について説明する。
化成処理反応は、鋼板の表面に形成される局部電池により駆動される。
すなわち、
図1に示すように、鋼板の表面のアノード点では、下地のFeの溶解反応が起こることで電子が発生し、カソード点では、上記アノード点で発生した電子により酸化剤の還元反応が起こる。そして、化成処理液が酸性溶液である場合は、水素イオンが還元されて鋼板表面近傍のpHが上昇し、これに伴って表面に化成処理膜を形成する化合物が析出する。
【0022】
粗大な銅化合物粒子が鋼板の表面を広く覆うと、アノード点で発生した電子が粗大な銅化合物粒子の中央部まで行きわたらず、カソード点となる銅化合物粒子とアノード点との境界近傍でしか上記還元反応が起こらないため、銅化合物粒子の周縁しか化成処理膜で覆うことができず、化成処理性が低下してしまう。
【0023】
本発明の鋼板は、鋼板表面に露出した銅化合物粒子の最大粒径が2μm以下であり、鋼板の表面に微細なカソード点を有する。上記銅化合物粒子の最大粒径は、2μm未満であることが好ましく、さらに1.5μm以下であることが好ましく、1.0μm以下であることがより好ましい。
【0024】
銅化合物粒子が微細であることで、従来、化成処理性を低下させるとされていた銅化合物を含んでいても、鉄(Fe)よりも電位が高いので、銅化合物粒子と該銅化合物粒子に隣接するアノード点とで微細な局部電池を形成して鋼板全体を覆う緻密な化成処理膜を形成できる。
上記銅化合物としては、銅硫化物や銅ニッケル合金を挙げることができる。
【0025】
また、本発明の鋼板は、残留スケールの個数が160,000個/mm2以下である。
残留スケールの個数が上記範囲であることで、化成処理膜の密着性が向上すると共に化成処理性が向上する。
【0026】
残留スケールは、地鉄との界面で剥離し易く、残留スケールが多くなるとスケール上に形成された化成処理膜の密着性が低下してしまう。
【0027】
残留スケールの個数が160,000個/mm2以下であることで、化成処理反応が速やかに進み、緻密な化成処理膜が形成される。
【0028】
上記銅化合物粒子やスケールの粒径は、鋼板表面のSEM像から、特性X線をエネルギーで分光して鋼板表面を構成する元素を同定し、上記SEM像を2値化して測定できる。
本発明においては、5μm×5μmの視野を50視野観察して各視野の粒径0.03μm以上の銅化合物粒子及び粒径0.03μm以上のスケール粒子の個数を求めた。
【0029】
また、本発明において粒径とは、粒子の長径と短径の平均値((長径+短径)/2)をいい、銅化合物粒子については1つのカソード点を形成一塊の銅化合物粒子群を粒子径とした。
上記銅化合物粒子群は単一の粒子で形成されていてもよく、微細な粒子が凝集して一塊となった粒子群であってもよい。
【0030】
上記鋼板は表面に露出した銅化合物粒子の最大粒径が2μm以下であり、上記銅化合物粒子のうち、粒径が0.1μm以下の銅化合物粒子を80個数%以上含むことが好ましい。
銅化合物粒子の粒径が小さいことで、均一かつ緻密な化成処理膜を形成できる。
【0031】
また、上記鋼板は、銅化合物粒子を、800個/mm2以上200,000個/mm2以下有することが好ましい。単位面積当たりの銅化合物粒子の数が上記範囲内であることで、化成処理性が向上する。
【0032】
銅化合物粒子が800個/mm2未満では、化成処理膜を形成する化合物の析出点が少なく、化成処理性が低下することがあり、200,000個/mm2を超えるとアノード点が少なく、化成処理性が低下することがある。
【0033】
上記化成処理としては、リン酸被膜処理や、メッキなど鋼板の耐食性を向上させる処理を挙げることができる。
【0034】
上記鋼板は、上記カソード点を形成する銅や銅化合物の他、炭素(C)、ケイ素(Si)マンガン(Mn)クロム(Cr)などを含むことができる。
【0035】
これら元素の含有量は、それぞれ、炭素(C)が0.005質量%~0.25質量%、ケイ素(Si)が0.01質量%~1.60質量%、マンガン(Mn)が0.01質量%~1.60質量%、クロム(Cr)が0.01質量%~1.60質量%、銅が0.10質量%~0.50質量%であることが好ましい。
【0036】
上記元素は、上記元素はスクラップ材から混入し易い元素であり、上記元素を化成処理におけるカソード点とすることで、スクラップ材を用いた電炉材の化成処理性を向上させることが可能である。
【0037】
<自動車用鋼板の製造方法>
本発明の自動車用鋼板は、加熱した鋼片を大気に所定時間曝し、粗圧延前にデスケーリングを行い、銅化合物脆化現象を避けた温度で圧延することで作製できる。
【0038】
加熱した鋼片を大気に曝すと鋼片の表面が酸化してスケールが生じる。
このとき、鋼片中の銅化合物は上記スケール中に溶け込めないため、スケールから排斥されて地鉄とスケールとの間に液相の層を形成する。そして、上記液相の層が生成することで、スケールと地鉄との密着性が低下し、後述するデスケーリング工程においてスケールが剥がれ易くなり、残留スケールの個数が160,000個/mm2以下にすることができる。
【0039】
上記鋼片を大気に曝す時間は、1~5分であることが好ましい。
1分未満では、上記銅を含む液相の層が充分形成されずスケールの剥離性が低下してスケールが残り易くなり、5分を超えると鋼片が冷えて粗圧延が困難になることがある。
【0040】
そして、上記液相の層を生成させた後、粗圧延工程前にデスケーリングを行う。粗圧延工程前にデスケーリングを行うことで、銅化合物を含む液相と共にスケールを除去することができ、粗圧延工程において上記銅化合物を含む液相が地鉄表面に引き伸ばされて粗大化することが防止される。
【0041】
その後、鋼片の銅化合物脆化現象を避けた温度、具体的には、粗圧延出側の温度が960℃以上1000℃以下で圧延する。
デスケーリング工程において残存した銅化合物が液相の状態のまま圧延を行うと、
図2に示すように、液相の銅化合物が鋼片のオーステナイト粒界に押し込まれて粗大化するが、上記温度範囲で粗圧延を行うことで、地鉄表面に残存する銅化合物粒子が微細化されて、鋼板表面に露出する銅化合物粒子の最大粒径を2μm以下にすることができる。
【0042】
上記デスケーリング工程と粗圧延工程とは、交互に複数回行うことが好ましい。粗圧延工程中に生じたスケールを逐次除去することで、上記スケールから排斥された銅化合物が地鉄のオーステナイト粒界に押し込まれて粗大化することを防止できる。
【実施例】
【0043】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0044】
下記表1に示す鋼片を加熱し、表2に示す条件で圧延して自動車用鋼板を作製した。
【0045】
作製した鋼板の表面SEM像を画像解析し、銅化合物粒子の最大粒径、0.2μm以下の銅化合物粒子の割合及び0.1μm以下の銅化合物粒子の割合を計測した。
【0046】
また、調整直後の化成処理液(標準条件)と、繰り返し使用して劣化した交換直前の化成処理液(劣化条件)とを用いて化成処理を行い、形成された被膜を観察した。
評価結果を鋼板の製造条件と共に表2に示す。
◎: 劣化条件の化成処理液でも結晶サイズが5.5μm未満。
○: 劣化条件の化成処理液での結晶サイズが5.5μm以上9μm以下。
△: 劣化条件の化成処理液での結晶サイズが9μmを超える。
×: 標準条件の化成処理液での結晶サイズが9μmを超える。
【0047】
【0048】
【0049】
実施例2の鋼板の表面SEM像を
図3、該鋼板に形成した化成処理膜の表面SEM像を
図4に示す。銅化合物粒子の最大粒径が2μm以下の実施例2は、緻密な化成処理膜を形成でき、自動車用鋼板として利用できることが確認された。
また、比較例3の鋼板の表面SEM像を
図5に示す。比較例3は鋼板表面に
図5中、まるで囲んだ箇所に膜状の銅化合物が残存しており、化成処理性が低下した。