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  • 特許-電気化学式非標識核酸検出の測定方法 図1
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  • 特許-電気化学式非標識核酸検出の測定方法 図3
  • 特許-電気化学式非標識核酸検出の測定方法 図4
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-18
(45)【発行日】2023-08-28
(54)【発明の名称】電気化学式非標識核酸検出の測定方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/6816 20180101AFI20230821BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20230821BHJP
   C12Q 1/6825 20180101ALI20230821BHJP
【FI】
C12Q1/6816 Z
G01N33/53 M
C12Q1/6825 Z
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018190002
(22)【出願日】2018-10-05
(65)【公開番号】P2020058244
(43)【公開日】2020-04-16
【審査請求日】2021-09-21
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度よりの、国立研究法人科学技術振興機構の研究成果展開事業 センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム COI拠点「フロンテア有機システムイノベーション拠点」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願。
(73)【特許権者】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(74)【代理人】
【識別番号】100101878
【弁理士】
【氏名又は名称】木下 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100187506
【弁理士】
【氏名又は名称】澤田 優子
(72)【発明者】
【氏名】古澤 宏幸
(72)【発明者】
【氏名】吉嶺 浩司
(72)【発明者】
【氏名】時任 静士
【審査官】山本 匡子
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-090815(JP,A)
【文献】特開平06-000099(JP,A)
【文献】特表2007-512810(JP,A)
【文献】特開2004-097173(JP,A)
【文献】特開2002-223755(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q
C12N 15/00-90
G01N
MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/CAPLUS/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
標識物質を用いない核酸検出法であって、
核酸のリン酸アニオンの静電反発を抑えるため検出対象となる核酸よりも大きさの小さい有機多価カチオン分子を使用して、前記核酸と塩基配列既知の核酸とで二本鎖核酸を形成し、
前記塩基配列既知の核酸をセンサ表面に末端で固定するとともに、電位差計を用いる核酸検出の測定方法。
【請求項2】
前記塩基配列既知の核酸をセンサ表面から距離1nm以下に末端で固定する請求項1に記載の核酸検出の測定方法。
【請求項3】
前記核酸が固定されていない部分を水酸基で覆う請求項に記載の核酸検出の測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気的化学的に核酸を検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
核酸と呼ばれるDNAやRNAは、生体の遺伝情報を含むことから遺伝子診断や細菌叢の同定などに利用されている。また最近では、血清や尿、唾液に存在するRNA(マイクロRNA)が、がん診断の指標として利用できる可能性が示され、ヘルスケア用途での在宅で利用できるセンサとして核酸検出技術の実用化が望まれている。
【0003】
これまで核酸を検出する技術としては検出対象となるターゲット核酸と相互作用する捕捉核酸を溶液中で混合、またはターゲット核酸を捕捉核酸を固定した基板上で作用させ、相互作用した二本鎖核酸に特異的に作用する蛍光標識物質または相互作用に伴って蛍光が変化する予め核酸に標識された蛍光物質を光学装置を用いて検出する方法が用いられてきた。検出感度が優れている一方で大型・高価で精密な光学装置を必要とする点で、在宅利用を想定したセンサとしては不向きであった。
【0004】
また、ターゲット核酸と捕捉核酸が相互作用した二本鎖核酸に特異的に作用する電子メディエーター標識物質を電気化学装置で検出する原理のセンサ開発も報告されているが(特許文献1、2を参照のこと)、電気化学式は装置の小型化に有利である一方、核酸特異的試薬や標識が依然として必要という問題点がある。二本鎖核酸に特異的に作用する蛍光および電子メディエーター試薬や標識物質は発がん性を有する潜在的な危険性を否定できず、取り扱いや廃棄も含めて在宅での利用では安全性の確保が問題となる。
【0005】
非標識で核酸を検出する技術としてインピーダンスを測定(特許文献3、4)やFETの伝達特性変化を測定(非特許文献1)する方法がある。しかしインピーダンス測定やFETの伝達特性変化の測定には電流と電圧を同時に制御かつ測定が高精度に可能な大型な装置が必要であり、在宅での利用を想定した小型の装置化は困難である。
【0006】
これまで在宅で利用できる核酸センサが実現しないのは、上記の問題点があったためである。
【0007】
核酸はリン酸基に負電荷イオンを持っており、その負電荷を電気化学的に測定することができれば標識物質を用いることなく核酸の検出が可能である。しかしターゲット核酸をセンサ基板上の捕捉核酸と相互作用させて二本鎖核酸として検出する場合には、核酸のリン酸基の負電荷イオンによる核酸同士の静電反発を抑えて結合させるために一般的には生理食塩水と同程度の100から200mMの濃度の塩化ナトリウム(NaCl)の存在下で実施する必要がある。
【0008】
電気化学においてイオン溶液中で電極の溶液界面での電荷密度変化を測定する場合には溶液内のイオンが動いて電場を遮蔽するデバイ遮蔽が生じ、遮蔽が有効となる電極からの距離であるデバイ長は溶液中のイオン強度に依存する。デバイ長は数式1で表される。δがデバイ長、εは比誘電率、εは真空の誘電率、kはボルツマン定数、Tは絶対温度、qは電荷、Iはイオン強度である。
【数1】
【0009】
センサ基板からの距離について、バイオセンサで一般的に生体分子を基板に固定化する方法であるアビジン-ビオチン結合法で、センサ基板1の表面にアビジンタンパク質2を介して捕捉核酸として10塩基ビオチン化核酸3を固定しターゲット核酸として10塩基核酸4を作用させた場合のそれぞれの分子の大きさとデバイ長δとのおおよその関係を図1に示す。
【0010】
アビジンタンパク質はおよそ6nm×3nmの楕円状球体であり二本鎖核酸の10塩基当たりの長さは3.4nmである。測定にはセンサ基板から6.4nmあるいは9.4nmの範囲内での検出が必要である。それに対して100から200mMの濃度の塩化ナトリウム(NaCl)溶液中でのデバイ長δは数式1より0.7nmから1nmと算出される。二本の核酸の相互作用はデバイ遮蔽の外側で起こっていて二本鎖形成に伴う核酸のリン酸基の負電荷イオンの増加を電荷密度の増加として検出することはできない。また捕捉核酸として10塩基核酸5をセンサ基板上に直接固定できたとしても3分の2以上はデバイ遮蔽の外に出るため正しく測定することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2000-125865号公報
【文献】特許第4018672号公報
【文献】国際公開第2003/024954号
【文献】国際公開第2018/075085号
【非特許文献】
【0012】
【文献】「バイオセンサーの先端科学技術と応用」、213-226ページ、CMC出版
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記のように、核酸を検出する方法として二本鎖核酸形成を検出する場合、核酸同士の負電荷による静電反発を緩和するため高濃度の塩化ナトリウム(NaCl)溶液中で相互作用させる必要があるが、電気化学的には電荷を検出できる電極からの距離、デバイ長が分子サイズ以下に短くなってしまい、核酸本来のリン酸基の負電荷に基づく電荷密度の変化として核酸を検出することができない二律背反の問題が生じる。
【0014】
本発明の目的は、核酸同士の静電反発を抑えて二本鎖核酸を形成させつつ核酸が検出可能なデバイ長を確保できる方法を提供することで、電気化学式において核酸特異的標識試薬を用いることなく汎用的な電位差測定で核酸を検出可能にすることである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明における核酸の二本鎖形成を検出する測定方法は、核酸が本来持つリン酸基の負電荷イオンを使って電荷密度の変化として核酸を標識試薬を用いることなく測定する方法であって、核酸同士の静電反発を抑えるために塩化ナトリウムの代わりに生体由来の有機多価カチオン分子、例えば、スペルミジンを用いたこと、電極からの距離を短くするために捕捉核酸を電極から約1nmの距離で直接固定したことである。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、生体由来の有機多価カチオン分子を用いることで1mM程度の低濃度の陽電荷イオンであっても多点相互作用により核酸のリン酸アニオンと作用し核酸のリン酸アニオンの静電反発を抑制し、かつ、溶液中のイオン強度を低下させてデバイ長を分子サイズと同程度にまで確保したことと合わせて捕捉核酸を電極から約1nMの距離で直接固定したことで、ターゲット核酸の結合を標識試薬を用いずに核酸本来の負電荷イオンに基づく電極上の電荷密度変化として汎用的な電位差計で経時的に測定できるようになった。
【0017】
また用いる試薬の安全性が高いため、研究・開発の現場だけでなく、病院や一般家庭での日常診断用の核酸センサ用途として用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】アビジン-ビオチン結合法を使ってDNAを電極に固定しそれに相互作用するDNAの結合を観察する際の各分子の大きさとデバイ長δの関係を示す図。
図2】本発明の実施の形態のDNAセンサの表面設計を示す模式図。
図3】本発明の測定方法で使用した実験装置の接続を示す図。
図4】本発明の測定方法によるDNAの検出および1塩基ミスマッチを有するDNAの検出をそれぞれ実施した際に観察された結果を比較した図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
図2は、電極6上に捕捉核酸として任意の配列をもつ10塩基DNA7を固定した核酸センサの表面設計を示す模式図である。電極の表面素材には金を使用する。DNA7は5’末端にアミノ基をもつものを用いてDNA7をアミド結合を介して炭素鎖長2の末端にカルボキシル基を持つアルキルチオール8で金電極6の表面に固定する。金とアルキルチオールは金-チオール吸着で固定される。アルキルチオールと捕捉DNAのアミド結合は水溶性の縮合剤を用いたアミンカップリング反応により生成させた。DNA7が固定されていない金電極の隙間は炭素鎖長2の末端に水酸基を持つアルキルチオール9を固定する。電極表面からDNAの末端までの距離はおよそ4.4nmほどである。
【0020】
図3に電気化学測定を行うための実験装置の模式図を示す。汎用的な電位差計10に捕捉DNAを固定したセンサ電極11およびガラス参照電極12を接続する。水溶液を満たしたビーカー13にセンサ電極11およびガラス参照電極12を浸し水溶液は撹拌子14で撹拌する。水溶液としてターゲットDNAの検出実験では塩化ナトリウムの代わりに有機多価カチオン分子としてスペルミジン200μMを含む溶液中において実施する。
【0021】
捕捉DNAと配列が相補的なターゲットDNAまたは1塩基のみ相補的でないミスマッチDNAとの相互作用による電荷密度の変化をそれぞれ参照電極との電位差変化として電位差計で測定する。それぞれの測定結果の比較において核酸中の1塩基のミスマッチに起因する結合挙動の差異から配列の違いを検出する。
【0022】
[実施例1]
以下、本発明の測定法を用いた非標識核酸検出の方法の実施例を示す。
核酸には以下の配列の10塩基のDNA(ユーロフィンジェノミクス社製)を使用した。
捕捉DNA NH-5’-AGCTTGGGAA-3’
ターゲットDNA 3’-TCGAACCCTT-5’
ミスマッチDNA 3’-TCGACCCTT-5’
【0023】
金電極の表面の洗浄のためにPiranha溶液(硫酸:過酸化水素水=3:1)を滴下して5分間放置した後に超純水で洗い流した。さらにこの操作を2回繰り返した。4mMの3,3’-Dithiodipropionic acidと40mMのBis(2-hydroxyethyl)disulfideを含む混合水溶液を調製し、混合水溶液を洗浄した金電極に滴下して30分間室温で放置した。その後、金電極を超純水で洗浄した。0.52Mの(1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩水溶液と0.87MのN-ヒドロキシスクシンイミド水溶液を等量混合し、混合溶液を金表面に滴下し30分間室温で放置した。反応後、超純水で洗浄した。1μMの捕捉DNAを含む10mMのHEPES-NaOH(pH8.0)緩衝液を滴下し60分間のアミンカップリング反応を行った。その反応溶液に反応後5mMのエタノールアミンを含む10mMのHEPES-NaOH(pH8.0)緩衝液を等量添加し10分間放置した。超純水でセンサ表面を洗浄後、参照電極(BAS社製、RE-1B)とともに電位差計(Agilent社製34405A)にセットした。ビーカーには200μMのスペルミジンを含む水溶液を5mL入れた。水溶液の温度を20℃に調節して、終濃度(f.c.)が50nMになるようにターゲットDNAを測定ビーカーへ添加した。測定後、金電極を超純水で洗浄し、再びビーカー13に200μMのスペルミジンを含む水溶液に入れ換えて、ミスマッチDNAを添加した。
【0024】
測定結果を図4に示す。
ターゲットDNAを添加した場合には結合に伴う負電荷密度の増加による電極電位の減少15が観察された。一方、ミスマッチDNAの添加では電極電位が変化しない様子16が観察された。従って検出対象である核酸を標識物質を用いることなく汎用的な電位差測定装置で経時的に捕捉DNAに結合する様子を測定でき、一塩基のみ配列が異なる核酸を識別できる核酸センサとなることが示された。
以上、説明した電気化学的に非標識で核酸を検出することのできる核酸センサは、潜在的に発がん性を有する危険な標識物質を用いることなく汎用的な安価でシンプルな電位差系で核酸の一塩基ミスマッチの違いを検出できることから、安全、小型で安価な核酸センサが実現でき、専用の施設での利用に限らず在宅でのヘルスケア用途向けの核酸センサの手法として用いることができる。
【符号の説明】
【0025】
1 センサ基板
2 アビジンタンパク質
3 捕捉用10塩基ビオチン化核酸
4 ターゲット10塩基核酸
5 捕捉用10塩基核酸
6 金電極
7 10塩基核酸
8 アミンカップリングでDNAと結合した炭素鎖長2のアルキルチオール
9 末端が水酸基の炭素鎖長2のアルキルチオール
10 電位差計
11 センサ電極
12 ガラス参照電極
13 ビーカー
14 撹拌子
15 捕捉用DNAへのターゲットDNA添加による電位差応答
16 捕捉用DNAへの一塩基ミスマッチDNA添加による電位差応答
図1
図2
図3
図4