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特許7334756非水系二次電池の不活性化剤及び非水系二次電池の不活性化方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-21
(45)【発行日】2023-08-29
(54)【発明の名称】非水系二次電池の不活性化剤及び非水系二次電池の不活性化方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 10/54 20060101AFI20230822BHJP
   H01M 4/525 20100101ALI20230822BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20230822BHJP
【FI】
H01M10/54
H01M4/525
H01M4/505
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021053245
(22)【出願日】2021-03-26
(65)【公開番号】P2022073888
(43)【公開日】2022-05-17
【審査請求日】2023-03-16
(31)【優先権主張番号】P 2020182602
(32)【優先日】2020-10-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000017
【氏名又は名称】弁理士法人アイテック国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴村 彰敏
(72)【発明者】
【氏名】三木田 梨歩
(72)【発明者】
【氏名】近藤 広規
【審査官】佐藤 卓馬
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-114346(JP,A)
【文献】特開2018-137137(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/54
H01M 4/525
H01M 4/505
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非水系二次電池を不活性化する不活性化剤であって、
酸化還元電位がLi基準電位で前記非水系二次電池の負極活物質よりも高く前記非水系二次電池の正極活物質よりも低いフェノチアジン系化合物と、非水系溶媒と、を含む、
非水系二次電池の不活性化剤。
【請求項2】
前記フェノチアジン系化合物を1mmol/L以上含む、
請求項1に記載の非水系二次電池の不活性化剤。
【請求項3】
前記フェノチアジン系化合物を100mmol/L以上含む、
請求項1又は2に記載の非水系二次電池の不活性化剤。
【請求項4】
前記非水系溶媒は、該非水系溶媒のハンセン溶解度パラメータにおける分散力Ds、分極力Ps、水素結合力Hsと、前記フェノチアジン系化合物のハンセン溶解度パラメータにおける分散力Dp、分極力Pp、水素結合力Hpと、を用いて下記の数式(1)で求めた、ハンセン空間上でのフェノチアジン系化合物との距離Rが10.5MPa0.5以下である、
請求項1~3のいずれか1項に記載の非水系二次電池の不活性化剤。
2=4×(Dp-Ds2+(Pp-Ps2+(Hp-Hs2 ・・・数式(1)
【請求項5】
前記非水系溶媒は、25℃での粘度が1.0×10-3Pa・s以下である、
請求項1~4のいずれか1項に記載の非水系二次電池の不活性化剤。
【請求項6】
前記非水系溶媒は、1,2-ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルフォルムアミド、のうちの1以上である、
請求項1~5のいずれか1項に記載の非水系二次電池の不活性化剤。
【請求項7】
前記非水系二次電池の内部に、請求項1~6のいずれか1項に記載の非水系二次電池の不活性化剤を添加する添加工程、を含む、
非水系二次電池の不活性化方法。
【請求項8】
前記添加工程は、正極活物質としてニッケル、マンガン、コバルトのうちの1以上を含む酸化物を有する前記非水系二次電池に対して行う、
請求項7に記載の非水系二次電池の不活性化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、非水系二次電池の不活性化剤及び非水系二次電池の不活性化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、非水系二次電池をリサイクル又は廃棄する際に、回収電池を不活性化させる不活性化処理が行われている。こうした処理として、例えば、回収電池を充放電装置につないで0Vまで放電させる処理が可能であるが、その場合、放電に時間がかかることがあった。また、回収電池が電流遮断機構(CID)作動後の電池である場合には、放電させること自体ができなかった。そこで、回収電池の内部に2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシル(TEMPO)系化合物のようなレドックスシャトル剤を添加することが提案されている(特許文献1参照)。これにより、充放電装置を用いることなく、安全かつ迅速に非水系二次電池の電池電圧を0Vまで下げることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2018-137137号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1では、比較的迅速に非水系二次電池を不活性化させることができるものの、まだ十分ではなく、より迅速に非水系二次電池を不活性化させることが望まれていた。
【0005】
本開示はこのような課題を解決するためになされたものであり、非水系二次電池をより迅速に不活性化させることを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した目的を達成するために鋭意研究したところ、本発明者らは、フェノチアジン系化合物と非水系溶媒とを含む不活性化剤を非水系二次電池の内部に添加すると、非水系二次電池が迅速に不活性化することを見出し、本開示の発明を完成するに至った。
【0007】
即ち、本開示の非水系二次電池の不活性化剤は、
非水系二次電池を不活性化する不活性化剤であって、
酸化還元電位がLi基準電位で前記非水系二次電池の負極活物質よりも高く前記非水系二次電池の正極活物質よりも低いフェノチアジン系化合物と、非水系溶媒と、を含む、
ものである。
【0008】
また、本開示の非水系二次電池の不活性化方法は、
前記非水系二次電池の内部に、上述の非水系二次電池の不活性化剤を添加する添加工程、を含む、
ものである。
【発明の効果】
【0009】
この非水系二次電池の不活性化剤及び非水系二次電池の不活性化方法では、非水系二次電池をより迅速に不活性化させることができる。このような効果が得られる理由は、例えば、正極-負極間でフェノチアジン系化合物がレドックスシャトル剤として機能することにより、電池が不活性化するまで、つまり電池電圧がほぼゼロになるまで電池内で自己放電が速やかに進行するためと推察される。特に、フェノチアジン系化合物の拡散速度や反応速度がTEMPO系化合物よりも速いため、レドックスシャトルが高速で進行し、電池がより迅速に不活性化すると推察される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】非水系二次電池20の構成の概略を表す断面図。
図2】非水系二次電池が不活性化するメカニズムを示す説明図。
図3】実施例1及び比較例1の実験結果を示すグラフ。
図4】参考例1のサイクリックボルタメトリ法での測定結果。
図5】参考例2のサイクリックボルタメトリ法での測定結果。
図6】参考例3のサイクリックボルタメトリ法での測定結果。
図7】実施例2,5の実験結果を示すグラフ。
図8】実施例2~4の実験結果を示すグラフ。
図9】参考例5のサイクリックボルタメトリ法での測定結果。
図10】参考例6のサイクリックボルタメトリ法での測定結果。
図11】ハンセン空間上でのフェノチアジンとの距離とフェノチアジンの溶解度との関係を示すグラフ。
図12】溶媒の粘度とフェノチアジンの拡散係数との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本開示の非水系二次電池の不活性化剤は、フェノチアジン系化合物と、非水系溶媒と、を含んでおり、非水系二次電池を不活性化するものである。なお、本明細書において、フェノチアジン系化合物とは、フェノチアジン及びフェノチアジンの誘導体を指す。
【0012】
[非水系二次電池]
まず、不活性化の対象となる非水系二次電池について説明する。非水系二次電池は、正極活物質を有する正極と、負極活物質を有する負極と、正極と負極との間に介在しキャリアイオンを伝導する非水系のイオン伝導媒体と、を備えている。キャリアイオンとしては、例えば、第1族元素イオンや第2族元素イオンが挙げられる。第1族元素イオンとしては、例えば、リチウムイオンやナトリウムイオン、カリウムイオンが挙げられる。第2族元素イオンとしては、例えば、マグネシウムイオン、カルシウムイオンが挙げられる。以下では、説明の便宜のため、非水系二次電池がリチウムイオン二次電池である場合について主に説明する。
【0013】
正極は、例えば正極活物質と導電材と結着材とを混合し、適当な溶剤を加えてペースト状の正極合材としたものを、集電体の表面に塗布乾燥し、必要に応じて電極密度を高めるべく圧縮して形成してもよい。正極活物質は、Li基準の酸化還元電位が不活性化剤に含まれるフェノチアジン系化合物よりも高いものであればよいが、酸化還元電位がLi基準電位で3.8V以上のものが好ましく、4.0V以上のものがより好ましく、4.2V以上のものがさらに好ましい。正極活物質としては、遷移金属元素を含む硫化物や、リチウムと遷移金属元素とを含む酸化物などを用いることができる。具体的には、TiS2、TiS3、MoS3、FeS2などの遷移金属硫化物、Li(1-x)MnO2(0<x<1など、以下同じ)、Li(1-x)Mn24などのリチウムマンガン複合酸化物、Li(1-x)CoO2などのリチウムコバルト複合酸化物、Li(1-x)NiO2などのリチウムニッケル複合酸化物、Li(1-x)NiaMnb2(a+b=1)やLi(1-x)NiaMnb4(a+b=2)などのリチウムニッケルマンガン複合酸化物、Li(1-x)NiaCobMnc2(a+b+c=1)などのリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物、LiV23などのリチウムバナジウム複合酸化物、V25などの遷移金属酸化物などを用いることができる。また、Li(1-x)MnPO4などのオリビン型リチウムリン酸マンガン系化合物、Li(1-x)CoPO4などのオリビン型リチウムリン酸コバルト系化合物、Li(1-x)NiPO4などのオリビン型リチウムリン酸ニッケル系化合物などを用いることができる。また、Li(1-x)MnVO4などの逆スピネル型リチウムバナジン酸マンガン系化合物、Li(1-x)CoPO4などの逆スピネル型リチウムバナジン酸コバルト系化合物、Li(1-x)NiPO4などの逆スピネル型リチウムバナジン酸ニッケル系化合物などを用いることができる。正極活物質は、ニッケル、マンガン、コバルトのうちの1以上を含む酸化物であることが好ましく、例えば、LiCoO2、LiNiO2、LiMnO2、LiNi1/3Co1/3Mn1/32などが好ましい。
【0014】
正極の導電材としては、例えば、天然黒鉛(鱗状黒鉛、鱗片状黒鉛)や人造黒鉛などの黒鉛、アセチレンブラック、カーボンブラック、ケッチェンブラック、カーボンウィスカ、ニードルコークス、炭素繊維、金属(銅、ニッケル、アルミニウム、銀、金など)などを用いることができる。結着材としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、フッ素ゴム等の含フッ素樹脂、或いはポリプロピレン、ポリエチレン等の熱可塑性樹脂、エチレンプロピレンジエンゴム(EPDM)、スルホン化EPDMゴム、天然ブチルゴム(NBR)等を用いることができる。また、水系バインダーであるセルロース系やスチレンブタジエンゴム(SBR)の水分散体等を用いることもできる。溶剤としては、例えば、N-メチルピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン、酢酸メチル、アクリル酸メチル、ジエチレントリアミン、N,N-ジメチルアミノプロピルアミン、エチレンオキシド、テトラヒドロフランなどの有機溶剤を用いることができる。また、水に分散剤、増粘剤等を加え、SBRなどのラテックスで活物質をスラリー化してもよい。増粘剤としては、例えば、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロースなどの多糖類を単独で、あるいは2種以上の混合物として用いることができる。塗布方法としては、例えば、アプリケータロールなどのローラコーティング、スクリーンコーティング、ドクターブレイド方式、スピンコーティング、バーコータなどが挙げられ、これらのいずれかを用いて任意の厚さ・形状とすることができる。集電体としては、アルミニウム、チタン、ステンレス鋼、ニッケル、鉄、焼成炭素、導電性高分子、導電性ガラスなどのほか、接着性、導電性及び耐酸化性向上の目的で、アルミニウムや銅などの表面をカーボン、ニッケル、チタンや銀などで処理したものを用いることができる。これらについては、表面を酸化処理することも可能である。集電体の形状については、箔状、フィルム状、シート状、ネット状、パンチ又はエキスパンドされたもの、ラス体、多孔質体、発泡体、繊維群の形成体などが挙げられる。集電体の厚さは、例えば1~500μmのものが用いられる。
【0015】
負極は、例えば、負極活物質と導電材と結着材とを混合し、適当な溶剤を加えてペースト状の負極合材としたものを、集電体の表面に塗布乾燥し、必要に応じて電極密度を高めるべく圧縮して形成してもよいし、負極活物質と集電体とを密着させて形成したものとしてもよい。負極活物質は、Li基準の酸化還元電位が不活性化剤に含まれるフェノチアジン系化合物よりも低いものであればよいが、酸化還元電位がLi基準電位で3.0V以下のものが好ましく、2.0V以下のものがより好ましく、1.0V以下のものがさらに好ましい。負極活物質としては、リチウム、リチウム合金、スズ化合物などの無機化合物、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な炭素質材料、複数の元素を含む複合酸化物、導電性ポリマーなどが挙げられる。炭素質材料は、例えば、コークス類、ガラス状炭素類、グラファイト類、難黒鉛化性炭素類、熱分解炭素類、炭素繊維などが挙げられる。複合酸化物としては、例えば、Li4Ti512などのリチウムチタン複合酸化物やLiV23などのリチウムバナジウム複合酸化物が挙げられる。負極活物質としては、このうち、グラファイト類などの炭素質材料が好ましい。また、負極に用いられる導電材、結着材、溶剤などは、それぞれ正極で例示したものを用いることができる。負極の集電体には、銅、ニッケル、ステンレス鋼、チタン、アルミニウム、焼成炭素、導電性高分子、導電性ガラス、Al-Cd合金などのほか、接着性、導電性及び耐還元性向上の目的で、例えば銅などの表面をカーボン、ニッケル、チタンや銀などで処理したものも用いることができる。これらについては、表面を酸化処理することも可能である。集電体の形状は、正極と同様のものを用いることができる。
【0016】
イオン伝導媒体としては、支持塩を含む非水系電解液や非水系ゲル電解液などを用いることができる。非水系電解液の溶媒としては、例えば、環状カーボネート化合物(エチレンカーボネートなど)や鎖状カーボネート化合物(ジメチルカーボネートなど)などのカーボネート化合物、環状エステル化合物(γ-ブチロラクトンなど)や鎖状エステル化合物(ギ酸メチルなど)などのエステル化合物、ジメトキシエタンなどのエーテル化合物、アセトニトリルなどのニトリル化合物、テトラヒドロフランなどのフラン化合物、スルホランなどのスルホラン化合物及び1,3-ジオキソランなどのジオキソラン化合物などが挙げられる。これらは単独又は混合して用いることができる。支持塩としては、例えば、LiPF6、LiBF4、LiAsF6、LiClO4 などの無機塩や、LiCF3SO3、LiN(CF3SO22、LiC(CF3SO23、などの有機塩が挙げられ、これらを単独又は組み合わせて用いることができる。支持塩は、電解液中の濃度が0.1mol/L以上5mol/L以下であることが好ましく、0.5mol/L以上2mol/L以下であることがより好ましい。また、イオン伝導媒体としては、液状のイオン伝導媒体の代わりに、イオン伝導性ポリマー、無機固体電解質あるいは有機ポリマー電解質と無機固体電解質の混合材料、若しくは有機バインダーによって結着された無機固体粉末などを利用することができる。
【0017】
セパレータは、非水系二次電池の使用範囲に耐えうる組成であれば特に限定されないが、例えば、ポリプロピレン製不織布などの高分子不織布、ポリエチレンなどのオレフィン系樹脂の薄い微多孔膜が挙げられる。これらは単独で用いてもよいし、複数を混合して用いてもよい。
【0018】
この非水系二次電池の形状は、特に限定されないが、例えばコイン型、ボタン型、シート型、積層型、円筒型、偏平型、角型などが挙げられる。また、電気自動車等に用いる大型のものとしてもよい。非水系二次電池の一例を図1に示す。図1は、コイン型の非水系二次電池20の構成の概略を表す断面図である。図1に示すように、非水系二次電池20は、カップ形状の電池ケース21と、正極活物質を有しこの電池ケース21の下部に設けられた正極22と、負極活物質を有し正極22に対してセパレータ24を介して対向する位置に設けられた負極23と、絶縁材により形成されたガスケット25と、電池ケース21の開口部に配設されガスケット25を介して電池ケース21を密封する封口板26と、を備えている。この非水系二次電池20は、正極22と負極23との間の空間にリチウム塩を溶解したイオン伝導媒体27を備えている。
【0019】
[不活性化剤]
次に、不活性化剤について説明する、不活性化剤は、フェノチアジン系化合物と、非水系溶媒と、を含む。
【0020】
フェノチアジン系化合物は、酸化還元電位がLi基準電位で、不活性化の対象となる非水系二次電池の負極活物質よりも高く、不活性化の対象となる非水系二次電池の正極活物質よりも低いものである。フェノチアジン系化合物は、酸化還元電位がLi基準電位で3.0V以上4.2V以下のものが好ましく、3.0V以上4.0V以下のものがより好ましく、3.0V以上3.8V以下のものがさらに好ましい。フェノチアジン系化合物は、フェノチアジンでもよいし、フェノチアジンの誘導体でもよい。フェノチアジンは、チアジンの両端の各々にベンゼン環が縮環してできた複素環式化合物である。フェノチアジン系化合物は、フェノチアジンに置換基が導入されたものとしてもよい。フェノチアジン系化合物は、例えば、式(1)で表されるものとしてもよい。
【0021】
【化1】
【0022】
式(1)において、R1~R9は、それぞれが独立で、水素、アルキル基、アリール基、アシル基、アルコキシ基、アルキルスルファニル基、ヒドロキシル基、スルホン基、ニトロ基、アミノ基、カルボキシル基、又は、ハロゲンを表す。アルキル基は、炭素数が1以上6以下としてもよく、直鎖でも分岐鎖を含んでいてもよいし、水素の一部または全部がハロゲンで置換されたハロゲン化アルキル基でもよい。アルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、イソプロピル基、tert-ブチル基、トリフルオロメチル基が挙げられる。アリール基は、炭素数が6以上12以下としてもよい。アリール基としては、例えば、フェニル基、トリル基、キシリル基、メシチル基、ナフチル基が挙げられる。アシル基は、炭素数が1以上7以下としてもよい。アシル基としては、例えば、ホルミル基、アセチル基、ベンゾイル基が挙げられる。アルコキシ基は、炭素数が1以上6以下としてもよい。アルコキシ基としては、例えば、メトキシ基、エトキシ基、フェノキシ基が挙げられる。アルキルスルファニル基は、炭素数が1以上6以下としてもよい。アルキルスルファニル基としては、例えば、メチルスルファニル基、エチルスルファニル基が挙げられる。ハロゲンとしては、例えば、フッ素、塩素、臭素が挙げられる。式(1)において、R1~R9は、それぞれが独立で、水素、アルキル基、フェニル基、アセチル基、ハロゲンであるものとしてもよい。また、式(1)において、R1~R9 のうちの6つ以上が水素であるものとしてもよいし、R1~R9 のうちの7つ以上が水素であるものとしてもよい。
【0023】
フェノチアジン系化合物としては、具体的には、フェノチアジン(式(2))、2-トリフルオロメチルフェノチアジン(式(3))、2-メトキシフェノチアジン(式(4))、10-メチルフェノチアジン(式(5))、2-エチルチオフェノチアジン(式(6))、2-メチルチオフェノチアジン(式(7))、2-クロロフェノチアジン(式(8))、2-アセチルフェノチアジン(式(9))、10-エチルフェノチアジン(式(10))、10-イソプロピルフェノチアジン(式(11))、10-tert-ブチルフェノチアジン(式(12))、10-アセチルフェノチアジン(式(13))、10-フェニルフェノチアジン(式(14))、3,7-ジクロロ-10-エチルフェノチアジン(式(15))、3,7-ジブロモ-10-エチルフェノチアジン(式(16))、3,7-ビス(トリフルオロメチル)-10-エチルフェノチアジン(式(17))などが挙げられる。
【0024】
【化2】
【0025】
非水系溶媒としては、例えば、カーボネート化合物、エステル化合物、エーテル化合物、ニトリル化合物、アミド化合物、リン酸エステル化合物、フラン化合物、スルホラン化合物及びジオキソラン化合物などが挙げられ、これらを単独又は混合して用いることができる。具体的には、カーボネート化合物としてエチレンカーボネート(EC)やプロピレンカーボネート(PC)、ビニレンカーボネート、ブチレンカーボネート、クロロエチレンカーボネートなどの環状カーボネート化合物や、ジメチルカーボネート(DMC)、エチルメチルカーボネート(EMC)、ジエチルカーボネート(DEC)、エチル-n-ブチルカーボネート、メチル-t-ブチルカーボネート、ジ-i-プロピルカーボネート、t-ブチル-i-プロピルカーボネートなどの鎖状カーボネート化合物などが挙げられる。また、エステル化合物としてγ-ブチロラクトン(GBL)、γ-バレロラクトンなどの環状エステル化合物、ギ酸メチル、酢酸メチル、酢酸エチル、酪酸メチルなどの鎖状エステル化合物などが挙げられる。また、エーテル化合物としてジメトキシエタン(DME)、エトキシメトキシエタン、ジエトキシエタンなどが挙げられ、ニトリル化合物としてアセトニトリル(AN)、ベンゾニトリルなどが挙げられ、アミド化合物としてジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAc)、N-メチルピロリドン(NMP)などが挙げられ、リン酸エステル化合物としては、リン酸トリメチル(TMP)などが挙げられ、フラン化合物としてテトラヒドロフラン(THF)、メチルテトラヒドロフランなどが挙げられ、スルホラン化合物としてスルホラン、テトラメチルスルホランなどが挙げられ、オキソラン化合物として1,3-ジオキソラン、メチルジオキソランなどが挙げられる。このうち、非水系溶媒としては、例えば、DMC-ECや、DEC-EC、DMC-EMC-ECなど、環状カーボネート化合物と鎖状カーボネート化合物との混合液としてもよい。この非水系溶媒は、不活性化の対象となる非水系二次電池のイオン伝導媒体に含まれる溶媒と同じでもよいし、異なってもよい。
【0026】
非水系溶媒は、フェノチアジン系化合物(例えばフェノチアジン)の溶解度が高いものが好ましい。フェノチアジン系化合物の溶解度が高い非水系溶媒を用いれば、フェノチアジン系化合物を高濃度で含む不活性化剤を調製することができるため、不活性化の迅速化及び不活性化剤の使用量の低減を期待できる。電池の高いエネルギー密度化に伴い、不活性化剤を注入可能なスペースが少なくなっていることも多く、不活性化剤の使用量を低減することが望ましい。非水系溶媒に対するフェノチアジン系化合物の溶解度は、例えば0.6mol/L以上としてもよく、0.8mol/L以上としてもよく、1.0mol/L以上としてもよい。非水系溶媒に対するフェノチアジン系化合物の溶解度は、例えば5mol/L以下としてもよく、3mol/L以下としてもよい。なお、本明細書では、溶解度は25℃での溶解度とする。
【0027】
非水系溶媒は、非水系溶媒のハンセン溶解度パラメータにおける分散力Ds、分極力Ps、水素結合力Hsと、フェノチアジン系化合物(例えばフェノチアジン)のハンセン溶解度パラメータにおける分散力Dp、分極力Pp、水素結合力Hpと、を用いて下記の数式(1)で求めた、ハンセン空間上でのフェノチアジン系化合物との距離Rが10.5MPa0.5以下であるものとしてもよい。
2=4×(Dp-Ds2+(Pp-Ps2+(Hp-Hs2 ・・・数式(1)
【0028】
ハンセン溶解度パラメータ(HSPとも称する)は、Charles M Hansen氏により発表され、物質同士の溶解性の指標として知られている。ハンセン溶解度パラメータは、D(原子の分散力)、P(分子の分極力)、H(分子の水素結合力)の3つの数値で構成され、これら3つのパラメータが直交座標系の3次元空間(ハンセン空間)中の座標として表される。物質同士の溶解性は、各物質のHSPを示す座標間の距離により推定され、座標が互いに近いほど溶解しやすく、遠いほど溶解しにくいとされる。このため、非水系溶媒は、ハンセン空間上でのフェノチアジン系化合物との距離Rが小さい方が好ましい。非水系溶媒において上述の距離Rは、例えば10.5MPa0.5以下としてもよく、10MPa0.5以下としてもよく、9.5MPa0.5以下としてもよい。距離Rが10.5MPa0.5以下の非水系溶媒としては例えばγ-ブチロラクトンが挙げられ、距離Rが10MPa0.5以下の非水系溶媒としては例えばリン酸トリメチルが挙げられ、距離Rが9.5MPa0.5以下の非水系溶媒としては例えばジメトキシエタン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、N-メチルピロリドン、テトラヒドロフランが挙げられる。非水系溶媒において、上述の距離Rは、例えば5MPa0.5以上としてもよく、8MPa0.5以上としてもよい。
【0029】
HSPは、例えばHansen氏らにより開発されたソフトウエアHSPiP(Hansen Solubility Parameters in Practice:HSPを効率よく扱うためのWindows〔登録商標〕用ソフト)を用いて成分の化学構造及び組成比から算出することができる。また、HSPiPに付属のデータベースには各溶媒や溶質のHSPが収録されているため、データベースに収録されている化合物であれば溶媒と対象とする化合物のハンセン空間上での距離Rをデータベースより取得できる。汎用溶媒のHSPは例えばhttps://www.hansensolubility.com/contents/HSP_Calculations.xlsxに公開されている。混合溶媒のHSPは混合溶媒中の体積比に応じて定めることができる。なお、ハンセン溶解度パラメータは、25℃での値とする。
【0030】
非水系溶媒は、フェノチアジン系化合物(例えばフェノチアジン)を加えたときの拡散係数が大きいものが好ましい。拡散係数が大きいほど、非水系溶媒中でフェノチアジン系化合物が迅速に移動することを示し、電池のより迅速な不活性化を期待できる。この拡散係数は、以下のように導出できる。まず、非水系溶媒に、フェノチアジン系化合物を5×10-3mol/L、LiTFSIを0.1mol/L溶解させた測定溶液を準備する。この測定溶液について、酸化還元電位近傍で20℃、1mV/secの掃引速度でサイクリックボルタンメトリーを行い、限界電流を測定する。微小電極近似が成り立つ系では、限界電流値IL(A)は、反応に関わる電子数n(個)、ファラデー定数F(C/mol)、電極半径r(m)、フェノチアジンの拡散係数D(m2/sec)、フェノチアジンの沖合濃度C(mol/m3)とすると、下記の数式(2)で表される。
L=4nFrDC ・・・数式(2)
この数式(2)から、非水系溶媒にフェノチアジン系化合物を加えたときの拡散係数Dを算出できる。拡散係数Dは、例えば2.0×10-92/sec以上としてもよく、3.0×10-92/sec以上としてもよく、5.0×10-92/sec以上としてもよい。拡散係数Dは例えば15×10-92/sec以下としてもよい。なお、本明細書では、拡散係数は20℃での拡散係数とする。測定溶液は、例えばLiTFSIに代えてLiTFSI以外の支持電解質を溶解させたものとしてもよい。測定溶液は、支持電解質の溶解度に応じて支持電解質の濃度を調整してもよく、支持電解質の濃度に対してフェノチアジン系化合物の濃度が1/20又はそれ以下になるようにしてもよい。測定溶液は、例えば、フェノチアジン系化合物を5×10-2mol/L、LiPF6を1.0mol/L溶解させたものとしてもよい。
【0031】
非水系溶媒は、粘度が小さいものが好ましい。非水系溶媒の粘度が低いほど、上述の拡散係数が高い傾向があり、不活性化の迅速化を期待できる。非水系溶媒の粘度は、2.0×10-3Pa・s以下としてもよく、1.0×10-3Pa・s以下としてもよく、0.5×10-3Pa・s以下としてもよい。非水系溶媒の粘度は、例えば、Viscosity of Pure Organic Liquids and Binary Liquid Mixtures (Landolt-Boernstein: Numerical Data and Functional Relationships in Science and Technology - New Series) を参考にできる。粘度が1.0×10-3Pa・s以下の非水系溶媒としては例えばジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミドが挙げられ、粘度が0.5×10-3Pa・s以下の非水系溶媒としては例えばテトラヒドロフラン、ジメトキシエタンが挙げられる。なお、本明細書では、粘度は25℃での粘度とする。
【0032】
非水系溶媒は、1,2-ジメトキシエタン、テトラヒドロフラン、N,N-ジメチルアセトアミド、N,N-ジメチルフォルムアミド、のうちの1以上であるものとしてもよい。これらは、上述した距離Rが10.5MPa0.5以下であり、かつ、25℃での粘度が1.0×10-3Pa・s以下である。
【0033】
不活性化剤は、フェノチアジン系化合物を1mmol/L以上の濃度で含むことが好ましく、50mmol/L以上の濃度で含むことがより好ましく、100mmol/L以上の濃度で含むことがさらに好ましい。不活性化剤は、フェノチアジン系化合物を200mmol/L以上の濃度で含むことが一層好ましく、500mmol/L以上の濃度で含むことがより一層好ましく、1000mmol/L以上の濃度で含むことがさらに一層好ましい。不活性化剤は、フェノチアジン系化合物を、溶解度以下の量で含むものとしてもよい。
【0034】
不活性化剤は、レドックスシャトル剤として機能するフェノチアジン系化合物以外には溶質(例えば支持塩)を含まないことが好ましく、フェノチアジン系化合物以外の溶質を含むとしても、0.1mmol/L未満や0.01mmol/L未満であることが好ましい。不活性化剤において、レドックスシャトル剤として機能する物質以外の溶質が少ないほど、粘度が低い傾向にあるため、不活性化がより迅速に進行するからである。こうした観点から、不活性化剤は、支持塩を含まないことが好ましいが、支持塩を含んでいてもよい。支持塩としては、例えば、LiPF6、LiBF4、LiAsF6、LiClO4などの無機塩、及びLiCF3SO3、LiN(CF3SO22、LiC(CF3SO23などの有機塩などが挙げられる。支持塩は、不活性化の対象となる非水系二次電池のイオン伝導媒体に含まれる支持塩と同じでもよいし、異なってもよい。
【0035】
[不活性化方法]
続いて、上述した不活性化剤を用いて上述した非水系二次電池を不活性化する方法について説明する。この不活性化方法は、非水系二次電池の内部に不活性化剤を添加する添加工程を含む。
【0036】
添加工程では、非水系二次電池の内部に不活性化剤を添加する。具体的には、非水系二次電池の正極及び負極と不活性化剤とが接触するように、不活性化剤を添加する。不活性化剤の添加方法は、特に限定されないが、注射器によって注入してもよい。
【0037】
不活性化剤の添加量は、例えば、0.1mL以上10mL未満としてもよく、0.5mL以上5.0mL以下としてもよい。フェノチアジン系化合物を0.5mol/L以上などの高濃度で含む不活性化剤を用いる場合、不活性化剤の添加量は、例えば0.5mL未満とすることが好ましく、0.25mL以下としてもよい。不活性化剤の添加量は、例えば、不活性化の対象となる非水系二次電池に含まれるイオン伝導媒体の体積[mL]に対して、0.1%以上500%以下としてもよく、10%以上300%以下としてもよい。不活性化剤の添加によって非水系二次電池に添加されるフェノチアジン系化合物の量(以下フェノチアジン系化合物の添加量とも称する)は、例えば、不活性化の対象となる非水系二次電池の満充電時の電池容量[Ah]あたり、0.0001mol/Ah以上0.1mol/Ah以下としてもよく、0.001mol/Ah以上0.01mol/Ah以下としてもよい。
【0038】
この不活性化方法で非水系二次電池が不活性化するメカニズムは、以下のように推察される。図2は、非水系二次電池が不活性化するメカニズムを示す説明図である。図2では、一例として、フェノチアジン系化合物がフェノチアジンである場合について説明する。また、図2では、非水系二次電池として、正極合材、セパレータ及び負極合材が密着していて、不活性化剤が合材間には浸透しにくいと考えられるものを用いた場合について説明する。不活性化剤に含まれるフェノチアジンは、電解液(非水系二次電池のイオン伝導媒体+不活性化剤の非水系溶媒)中で中性分子もしくはカチオンラジカルとして存在し、正極-負極間の電子のやり取りにてラジカルと中性を行き来するレドックスシャトル剤として機能する。
【0039】
具体的には、非水系二次電池に不活性化剤が添加されると、中性分子として存在するフェノチアジンが、正極に電子を与え、カチオンラジカルとなり(図2(1))、電解液に含まれる支持塩に由来するアニオン(PF6 -等)と安定化する(図2(2))。電子が負極よりカチオンラジカルに供給されるとフェノチアジンは中性分子となる(図2(3))。電子と同時に負極からLiイオンが抜け、Liイオンがセパレータ内を通り正極に移る(図2(4))。上記の工程が繰り返されることにより最終的に正負極間の電位差が無くなり、電池電圧は0Vに近づき、不活性化が完了する。
【0040】
以上説明した不活性化剤及び不活性化方法では、非水系二次電池をより迅速に不活性化させることができる。このような効果が得られる理由は、例えば、上述の通り正極-負極間でフェノチアジン系化合物がレドックスシャトル剤として機能することにより、電池が不活性化するまで、つまり電池電圧がほぼゼロになるまで電池内で自己放電が速やかに進行するためと推察される。特に、フェノチアジン系化合物の拡散速度や反応速度がTEMPO系化合物よりも速いため、レドックスシャトルが高速で進行し、電池がより迅速に不活性化すると推察される。
【0041】
なお、本開示は、上述した実施形態に何ら限定されることはなく、本開示の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【実施例
【0042】
1.非水系二次電池の不活性化
[実施例1]
(1)非水系二次電池
非水系二次電池として、4.1Vの電圧及び17mAhの容量を有するリチウム二次電池を以下のように用意した。LiNi1/3Co1/3Mn1/32(満充電時の酸化還元電位はLi基準電位で4.2V)、アセチレンブラック及びポリフッ化ビニリデン(PVdF)を重量比で93:4:3で混合した正極合材をアルミニウム集電箔に塗工して乾燥し、正極を得た。また、黒鉛(満充電時の酸化還元電位はLi基準電位で0.1V)、鱗状黒鉛(満充電時の酸化還元電位はLi基準電位で0.1V)、カルボキシメチルセルロース(CMC)及びスチレンブタジエンゴム(SBR)を重量比で93.1:4.9:1:1で混合した負極合材を銅集電箔に塗工して乾燥し、負極を得た。エチレンカーボネート(EC)、ジメチルカーボネート(DMC)及びエチルメチルカーボネート(EMC)を約3:4:3の体積比で混合し、リチウム塩としてLiPF6を1mol/Lとなるように加
えてイオン伝導媒体を調製した。得られた正極と負極の間に、ポリエチレン製セパレータを間に挟み、イオン伝導媒体0.45mLをセパレータにしみこませたのち、ラミネートパックに封入した。そして、電池電圧が4.1Vとなるまで初期充電を行い、初期充電状態のリチウム二次電池を用意した。
【0043】
(2)不活性化剤
DMC、EMC及びECを4:3:3の体積比で混合した非水系溶媒に、フェノチアジンを0.1mol/Lの濃度となるように溶解して不活性化剤を調製した。
【0044】
(3)不活性化工程
初期充電状態のリチウム二次電池に対し、常温25℃にて、注射により不活性化剤1.2mLを一度に全量を注入し、不活性雰囲気内で注射孔を封じ、正極合材、セパレータ及び負極合材が密着した状態を保ったままでリチウム二次電池を静置した。
【0045】
[比較例1]
フェノチアジン0.1mol/Lに代えて4-メトキシ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン1-オキシル(MeO-TEMPO)を0.1mmol/L含む不活性化剤を用いた以外は、実施例1と同様に非水系二次電池の不活性化を行った。
【0046】
2.サイクリックボルタメトリ
[参考例1]
DMC、EMC及びECを4:3:3の体積比で混合した非水系溶媒にフェノチアジンを50mmol/L、LiPF6を1000mmol/Lの濃度となるように溶解した溶液を用意し、H型セルを用いて掃引速度を変えてサイクリックボルタメトリ法で電流の測定を行った。作用極としてグラッシーカーボン、対極としてリチウム金属、参照電極としてニッケル線にリチウム金属を圧着したものを用いた。測定温度は20℃とし、電位はリチウム金属の析出電位に対して2.8V~4.0Vの間往復し、掃引速度は0.167mV/secから50mV/secで測定を実施した。
【0047】
[参考例2]
フェノチアジン50mmol/Lに代えてMeO-TEMPOを50mmol/L含む溶液を用い、電位の掃引範囲を2.5~4.3Vに変更した以外は、参考例1と同様の測定を実施した。
【0048】
[参考例3]
フェノチアジン50mmol/Lに代えてヨウ化リチウムを50mmol/L含む溶液を用い、電位の掃引範囲を1.0~4.3Vに変更した以外は、参考例1と同様の測定を実施した。
【0049】
3.酸化還元電位
[参考例4]
フェノチアジン系化合物に対して、密度汎関数法により中性分子とカチオンラジカルの酸化還元電位を計算した。Gaussian09 Revision Eパッケージで汎関数t及び基底関数にB3LYP及び6-311++G(d,p)を用い、連続分極モデルにより誘電率を29.11として溶媒和効果を取り入れた。計算したフェノチアジン系化合物はフェノチアジン、2-トリフルオロメチルフェノチアジン、2-メトキシフェノチアジン、10-メチルフェノチアジン、2-エチルチオフェノチアジン、2-メチルチオフェノチアジン、2-クロロフェノチアジン、2-アセチルフェノチアジンである。
【0050】
4.結果と考察
図3に、実施例1及び比較例1の実験結果を示す。図3は、不活性化剤を添加してからの時間と電池電圧との関係を示すグラフである。図3に示すように、不活性化剤として100mmol/Lのフェノチアジンを含む溶液を用いた実施例1では、注液完了から50時間程度で100mV以下まで電池電圧を低下させることができた。一方、不活性化剤として0.1mmol/LのMeO-TEMPOを含む溶液を用いた比較例1では、注液から100時間経過した状態でも電圧低下は0.3V以下であり、実施例1で同等の電圧低下に要した時間の1000倍程度であった。
【0051】
なお、比較例1では特許文献1に記載の不活性化時間とは異なり30分以内には不活性化処理が完了しなかった。これは特許文献1と試験条件が異なるためであると推測された。具体的には、本明細書の実施例1及び比較例1では、実セルを模擬した条件、すなわち図2で説明した場合と同様にレドックスシャトル剤が電極の塗工部間に入り込みにくく、大部分が電極端部の集電箔表面に存在していた条件で試験を行った。特許文献1では、詳細は不明であるが、レドックスシャトル剤が極間に入り込みやすい条件で試験を行ったものと推察された。本明細書の比較例1では、レドックスシャトル剤がシャトルできる空間が制限されたため、特許文献1と同等の試験溶液を用いても放電速度が遅くなったと解釈できる。これに対して、本明細書の実施例1では、レドックスシャトル剤がシャトルできる空間が制限された厳しい条件でも、放電速度が速かったと解釈できる。
【0052】
図4図5及び図6に、参考例1、参考例2及び参考例3のサイクリックボルタメトリ法での測定結果を示す。図4図5及び図6より、フェノチアジン、MeO-TEMPO及びヨウ化リチウムのいずれの場合も酸化ピークと還元ピークが表れ、またピーク電流の掃引速度依存性を示した。各掃引速度でのピーク電流の表れる電位を比べると、フェノチアジンの方がMeO-TEMPOよりも掃引速度増加に伴う電流ピークの電位シフトが小さかった。これは電極表面での反応速度がMeO-TEMPOよりもフェノチアジンの方が大きいことを示している。またフェノチアジンとMeO-TEMPOのピーク電流の大きさを同じ掃引速度で比較すると、ピーク電流が確認できる全ての掃引速度でMeO-TEMPOよりフェノチアジンの方がピーク電流が大きかった。これは溶液中の拡散速度がMeO-TEMPOよりもフェノチアジンの方が大きいことを示している。一方、ヨウ化リチウムは2つの酸化還元ピークが見えるが、ピーク電流の値がフェノチアジンやMeO-TEMPOと比較して3桁小さかった。このことから、ヨウ化リチウムの溶液中の拡散速度はMeO-TEMPOやフェノチアジンと比較して著しく小さいと推察された。
【0053】
上述のサイクリックボルタメトリ法での測定結果から、特許文献1に記載されたMeO-TEMPOよりも本開示のフェノチアジンの方が拡散係数も大きく、電極表面での反応速度が大きかった。これは、不活性化処理時間の律速段階と推定される電池表面での電気化学反応及び電解液中でのレドックスシャトル剤の拡散速度のどちらもMeO-TEMPOと比較してフェノチアジンの方が優れていることを示していると考えられる。以上に加え、MeO-TEMPOよりもフェノチアジンの方が非水系溶媒に対する溶解度が高いため、レドックスシャトル剤の高濃度化が可能である。こうした効果により、実施例1では不活性化処理時間が短縮できたと推察された。
【0054】
ところで、フェノチアジン系化合物が不活性化の機能を発揮するには、フェノチアジン系化合物の酸化還元電位がLi基準電位で正極活物質の酸化還元電位と負極活物質の酸化還元電位との間にある必要がある。フェノチアジン以外のフェノチアジン系化合物でも不活性化の機能を発揮することを確認するため、参考例4では、フェノチアジン系化合物の酸化還元電位を検討した。
【0055】
表1に、参考例4で計算したフェノチアジン系化合物の酸化還元電位を示す。表中のR2、R9は、上述した式(1)のR2、R9を示す。表1に示すように、参考例4で計算したフェノチアジン系化合物の酸化還元電位は、いずれも、Li基準電位で3.0V以上3.8V以下であった。図4によれば、フェノチアジンの酸化還元電位がLi基準電位で約3.45Vであるのに対して、参考例4で計算したフェノチアジンの酸化還元電位はLi基準電位で3.602Vとなった。密度汎関数法による酸化還元電位は系統的に高く出やすいため、表1に記載の他のフェノチアジン系化合物の酸化還元電位も0.15V程度高く見積もられていると推測された。そのため、表1に記載のフェノチアジン系化合物は、いずれも、Li基準電位で3.0V以上3.65V以下の酸化還元電位を持つと推測された。
【0056】
【表1】
【0057】
参考として、表2に、Phys. Chem. Chem. Phys., 2015, 17, 6905-6912のTable 1に示されたフェノチアジン系化合物のLi基準の酸化還元電位を示す。表中のR3、R6、R9は、上述した式(1)のR3、R6、R9を示す。なお、この文献では、フェノチアジン系化合物を過充電防止剤として検討しており、正極活物質に酸化還元電位がLi基準電位で3.4VのLiFePO4を用いているため、フェノチアジン系化合物の酸化還元電位が正極活物質の酸化還元電位より高く、本開示のような不活性化の効果は期待できない。
【0058】
【表2】
【0059】
表1及び表2より、式(1)のR9がアセチル基である10-アセチルフェノチアジンでは、酸化還元電位がやや高いものの、それ以外のフェノチアジン系化合物では、Li基準電位で3.0V以上4.0V以下の範囲に酸化還元電位を持ち、不活性化剤に好適なことがわかった。
【0060】
以下では、不活性化剤の溶媒の種類及びフェノチアジン濃度について検討した。
【0061】
1.非水系二次電池の不活性化
[実施例2~5]
実施例2では、不活性化剤の非水系溶媒を1,2-ジメトキシエタン(DME)に変更した以外は、実施例1と同様に非水系二次電池の不活性化を行った。実施例3では、不活性化剤のフェノチアジンの濃度を0.5mol/Lに変更し、不活性化剤の注入量を0.24mLに変更した以外は、実施例2と同様に非水系二次電池の不活性化を行った。実験例4では、不活性化剤のフェノチアジンの濃度を1.0mol/Lに変更し、不活性化剤の注入量を0.12mLに変更した以外は実施例2と同様に非水系二次電池の不活性化を行った。実施例5では、不活性化剤の非水系溶媒をEC:DMC:EMCを3:4:3の体積比で混合した溶媒に変更した以外は実施例2と同様に非水系二次電池の不活性化を行った。なお、実施例2では2試料、実施例3では4試料、実施例4では3試料、実施例5では2試料について不活性化(無害化)を行った。
【0062】
2.サイクリックボルタンメトリー
[参考例5]
フェノチアジンを5mmol/L、リチウムビス(トリフルオロメチルスルフォニル)イミド(LiTFSI)を100mmol/LとなるようにDME溶媒に溶解させた溶液を用意して、H型セルを用いて電位の掃引速度を変えてサイクリックボルタメトリ法で電流の測定を行った。作用極としてグラッシーカーボン(電極面積0.070cm2)、対極としてリチウム金属、参照電極としてニッケル線にリチウム金属を圧着したものを用いた。測定温度は20℃とし、電位はリチウム金属の析出電位に対して3.0V~4.3Vの間往復し、掃引速度は1mV/secから50mV/secで測定を実施した。
【0063】
[参考例6]
フェノチアジンを50mmol/L、LiPF6を1000mmol/Lとなるように、カーボネート溶媒(EC:DMC:EMCを3:4:3の体積比で混合した溶媒)に溶解させた溶液を用意して、H型セルを用いて電位の掃引速度を変えてサイクリックボルタメトリ法で電流の測定を行った。作用極としてグラッシーカーボン(電極面積0.0070cm2)、対極としてリチウム金属、参照電極としてニッケル線にリチウム金属を圧着したものを用いた。測定温度は20℃とし、電位はリチウム金属の析出電位に対して2.8V~4.0Vの間往復し、掃引速度は1mV/secからから50mV/secで測定を実施した。
【0064】
3.溶解度
各種溶媒について、溶媒へのフェノチアジンの25℃での溶解度を調べた。まず、メスシリンダーにマグネチックスターラーを入れて、フェノチアジンを0.2~2.4gの間の適量用意し、フェノチアジンの溶け残りがなくなるまで溶媒を滴下した。滴下完了時の溶液体積と、フェノチアジンの含有量から、飽和溶解度を算出した。飽和溶解度を算出した溶媒は、炭酸プロピレン(PC)、1,2-ジメトキシエタン(DME)、γ-ブチロラクトン(GBL)、アセトニトリル(AN)、N,N-ジメチルフォルムアミド(DMF)、N,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)、N-メチルピロリディノン(NMP)、リン酸トリメチル(TMP)、テトラヒドロフラン(THF)及びEC:DMC:EMCの混合溶媒(EC:DMC:EMC=3:4:3(体積比))とした。
【0065】
水(H2O)、エタノール(EtOH)及びプロピレングリコール(PG)の各溶媒について、溶媒へのフェノチアジンの25℃での溶解度は、Journal of Chemical & Engineering Data, 2011, 56, 4352-4355から引用した。
【0066】
フェノチアジンの自身への25℃での溶解度は固体の密度(1296g/L)を分子量(199.27g/mol)で除した値とした。
【0067】
4.ハンセン空間上での距離
まず、フェノチアジンのHSP(Dp、Pp、Hp)、及び、溶解度を調べた上記各溶媒のHSP(Ds、Ps、Hs)を求めた。HSPは、HSPiP(Hansen Solubility Parameters in Practice)を用いて算出し、あるいは、HSPiPに付属のデータベースより取得した。HSPは25℃での値とした。混合溶媒のハンセン溶解度パラメータは混合溶媒中の体積比に応じてHSPを定めた。得られたHSPを用いて、下記数式(1)より、ハンセン空間上での各溶媒とフェノチアジンとの距離Rを算出した。
2=4×(Dp-Ds2+(Pp-Ps2+(Hp-Hs2 ・・・数式(1)
【0068】
5.拡散係数
フェノチアジンを5mmol/L、リチウムビストリメチルスルフォニルイミド(LiTFSI)を100mmol/L、の両方を各種溶媒に溶解させた測定溶液を用意した。溶媒は、ジメトキシエタン(DME)、炭酸プロピレン(PC)、N,N-ジメチルフォルムアミド(DMF)、リン酸トリメチル(TMP)、N,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)とした。サイクリックボルタンメトリーと同様のH型セルを用いて、酸化還元電位近傍で20℃、1mV/secでCV測定を行い、限界電流を測定した。測定した限界電流値IL(A)、反応に関わる電子数n(個)、ファラデー定数F(C/mol)、電極半径r(m)、フェノチアジンの拡散係数D(m2/sec)、フェノチアジンの沖合濃度C(mol/m3)を用いて、下記数式(2)より、各溶媒におけるフェノチアジンの拡散係数D(m2/sec)を算出した。
L=4nFrDC ・・・数式(2)
なお、DMFはCV測定結果より反応電子数nを2として計算した。
【0069】
6.粘度
Viscosity of Pure Organic Liquids and Binary Liquid Mixtures (Landolt-Boernstein: Numerical Data and Functional Relationships in Science and Technology - New Series) より、ジメトキシエタン(DME)、炭酸プロピレン(PC)、N,N-ジメチルフォルムアミド(DMF)、リン酸トリメチル(TMP)、N,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)、テトラヒドロフラン(THF)、EC:DMCの混合溶媒(EC:DMC=3:7(体積比))の25℃での粘度を調べた。
【0070】
7.結果と考察
図7に、実施例2と実施例5の実験結果を示す。図7は、不活性化剤の溶媒を変えた場合について、不活性化剤を添加してからの時間と電池電圧との関係を示すグラフである。図7に示すように、実施例2(DME溶媒)及び実施例5(カーボネート溶媒)のいずれでも電池が不活性化したが、電圧が0.2Vまで低下するのに要する時間は実施例2では23時間、25時間、31時間で平均26時間、実施例5では49時間、57時間で平均53時間となり、実施例2では実施例5よりも不活性化時間が2分の1以下であった。このことから、DME溶媒を用いた方がカーボネート溶媒を用いた場合よりもより迅速に電池を不活性化できることがわかった。
【0071】
図8に、実施例2~4の実験結果を示す。実施例2~4では、いずれもDME溶媒を用いた。図8は、不活性化剤のフェノチアジン濃度を変えつつ、添加するフェノチアジン量が一定となるように不活性化剤の添加量を変えた場合について、不活性化剤を添加してからの時間と電池電圧との関係を示すグラフである。図8に示すように、フェノチアジン濃度を変えても、電池は良好に不活性化し、電圧が0.2Vまで低下するのに要する時間は実施例2では上述の通り平均26時間、実施例3では16時間、26時間、31時間、40時間で平均28時間、実施例4では25時間、31時間で平均28時間となり、実施例2~4の不活性化時間は同等であった。このことから、フェノチアジンを高濃度化しても迅速に電池を不活性化でき、フェノチアジンを高濃度化することで不活性化剤の添加量を少なくしても迅速に電池を不活性化できることがわかった。
【0072】
図7,8より、電池に不活性化剤を添加すると、電池電圧はいくつかの段階を経て0Vまで低下すると推察された。例えば、3.3V以上などの高電圧領域では主に拡散が律速となっていると推察された。実施例5のカーボネート溶媒の粘度は、EC:DMC=3:7の混合溶媒の粘度から0.983×10-3Pa・s程度と推測されたのに対して、実施例2~4のDME溶媒の粘度は0.41×10-3Pa・sとカーボネート溶媒の約半分であった。後述の通り、溶媒の粘度とフェノチアジンの拡散係数との間には負の相関があったことから、実施例2~4で不活性化時間が短縮された要因の1つは、フェノチアジンの拡散速度が速い溶媒を用いたことである推察された。また、3.3V未満などの低電圧領域では、負極及び正極表面でのフェノチアジンの電気化学反応が律速となっていると推察された。この領域ではレドックスシャトル剤と各電極との電位差が反応の駆動力となり、その反応速度は各電極の表面にできた被膜などに依存すると推察された。実施例2~4で不活性化時間が短縮された要因の1つは、DME溶媒を含む不活性化剤を電池に注入することで、電極に形成されていた被膜が変性し、電気化学反応が促進されたためと推察された。ところで、レドックスシャトル剤による不活性化は、レドックスシャトル剤が多いほど速くなると期待されるが、高濃度化による不活性化剤の粘度上昇によりレドックスシャトル剤の拡散速度の低下も生じると推察された。DME溶媒を用いた実施例2~4では、注入する不活性化剤の量及びレドックスシャトル剤であるフェノチアジンの濃度が異なるが、フェノチアジンの高濃度化に伴って、電気化学反応の促進と、レドックスシャトル剤の拡散速度の低下の両方が生じたため、不活性化時間が同程度になったと推察された。
【0073】
各溶媒中でのフェノチアジンの拡散係数は、図9及び図10のようなサイクリックボルタンメトリー測定の実験結果から算出された。図9及び図10の結果から、フェノチアジンは、実施例2~4に相当するLiTFSI共存下のDME溶媒中でも、実施例5の不活性化液に相当するLiPF6共存下のカーボネート溶媒中でも、酸化ピークと還元ピークが表れ、またピーク電流の大きさは掃引速度依存性を示すことが確認された。これは、DME溶媒中でもカーボネート溶媒中でもフェノチアジンの良好な酸化還元反応が生じることを示していると推察され、例えばLiPF6共存下のカーボネート溶媒中にフェノチアジンを含むDME溶液を滴下しても良好な酸化還元反応が生じると推察された。図9において、掃引速度1mV/secのときに3.8~4.0V vs.Li+/Liに見られるプラトーは限界電流を表しており、限界電流と反応電子数、溶質(ここではフェノチアジン)の濃度及び電極半径から溶質の拡散係数を算出した。図10では、掃引速度1mV/secのときに3.6~4.0V vs.Li+/Liに現れているプラトーが限界電流に相当し、図9の場合と同様に溶質の拡散係数を算出した。PC中及びDMF中でもDMEと同等の条件で実施したCV測定結果からフェノチアジンの拡散係数を算出した。
【0074】
DME溶媒を用いた実施例2~4では、フェノチアジンを高濃度化することで、不活性化剤の添加量を少なくしても迅速に電池を不活性化できることがわかった。このことから、溶媒がDMEでなくても、フェノチアジンを高濃度化できれば、不活性化剤の添加量を少なくしても迅速に電池を不活性化できると推察された。表3に、各種溶媒について、25℃でのフェノチアジンの溶解度及びハンセン空間上でのフェノチアジンとの距離をまとめた。表3に示すように、DMEは、フェノチアジンの溶解度が1.25mol/Lで、ハンセン空間上でのフェノチアジンとの距離Rが9.3MPa0.5であった。一方で、実施例5で用いたカーボネート溶媒と同様カーボネート系溶媒であるPCでは、フェノチアジンの溶解度が0.5mol/Lで、ハンセン空間上でのフェノチアジンとの距離Rが11.1MPa0.5であった。以上から、フェノチアジンの25℃での溶解度が例えば1.0mol/L以上や、ハンセン空間上でのフェノチアジンとの距離が例えば11以下の非水系溶媒を用いれば、実施例2~4のようにフェノチアジンを高濃度化でき、不活性化剤の添加量を少なくしても迅速に電池を不活性化できると推察された。図11には、ハンセン空間上でのフェノチアジンとの距離とフェノチアジンの溶解度との関係をまとめた。図11に示すように、ハンセン空間上でのフェノチアジンとの距離とフェノチアジンの溶解度との間には相関があり、ハンセン空間上でのフェノチアジンとの距離が11以下であれば、フェノチアジンの溶解度が1.0mol/L以上になり、フェノチアジンをより高濃度化できると推察された。
【0075】
【表3】
【0076】
DME溶媒を用いた実施例2~4では、カーボネート溶媒を用いた実施例5よりも迅速に電池を不活性化できた。これは、DME溶媒の方がカーボネート溶媒よりも、溶媒中でのフェノチアジンの拡散係数が大きく、フェノチアジンが迅速に移動するためと推察された。表4に、各種溶媒について、溶媒の粘度とフェノチアジンの拡散係数をまとめた。表4に示すように、DMEは、粘度が0.41×10-3Pa・sで、フェノチアジンの拡散係数が9.0×10-92/secであった。一方で、実施例5で用いたカーボネート溶媒と同様カーボネート系溶媒であるPCでは、粘度が2.5×10-3Pa・sで、フェノチアジンの拡散係数が1.4×10-92/secであった。以上から、溶媒の25℃での粘度が例えば1.0×10-3Pa・s以上や、フェノチアジンの20℃での拡散係数が例えば5.0×10-92/sec以上の非水系溶媒を用いれば、実施例2~4のようにより迅速に電池を不活性化できると推察された。図12には、溶媒の粘度とフェノチアジンの拡散係数との関係をまとめた。図12に示すように、フェノチアジンの拡散係数は、溶媒の粘度と相関があり、溶媒の粘度が1.0×10-3Pa・s以上であれば、フェノチアジンの拡散係数が5.0×10-92/sec以上になり、より迅速に電池を不活性化できると推察された。
【0077】
【表4】
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明は、電池産業の分野に利用可能である。
【符号の説明】
【0079】
20 非水系二次電池、21 ケース、22 正極、23 負極、24 セパレータ、25 ガスケット、26 封口板、27 イオン伝導媒体。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12