(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-21
(45)【発行日】2023-08-29
(54)【発明の名称】アミロイドβの脳内蓄積状態評価方法及び評価装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20230822BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20230822BHJP
【FI】
G01N27/62 V
G01N33/68
(21)【出願番号】P 2021527329
(86)(22)【出願日】2019-12-18
(86)【国際出願番号】 JP2019049554
(87)【国際公開番号】W WO2020261608
(87)【国際公開日】2020-12-30
【審査請求日】2021-12-21
(31)【優先権主張番号】P 2019120783
(32)【優先日】2019-06-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山田 賢志
(72)【発明者】
【氏名】金子 直樹
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/178398(WO,A1)
【文献】WEIGAND, S. D. et al.,Transforming CSF Aβ42 measures into calculated Pittsburgh Compound B units of brain Aβ amyloid,Alzheimers Dement.,2011年,Vol.7 No.2,Page.133-141
【文献】TOLEDO, J. B. et al.,Nonlinear Association Between Cerebrospinal Fluid and Florbetapir F-18 β-Amyloid Measures Across the Spectrum of Alzheimer Disease,JAMA Neurol.,2015年,Vol.72 No.5,Page.571-581
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
G01N 33/68
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者から得られた血液試料に対し質量分析を利用したアミロイドMSの手法を適用することにより、該被検者の脳内におけるアミロイドβの蓄積状態を評価する方法であって、
複数の参照用被検者からそれぞれ得られた血液試料に対し、アミロイドMSを実施することで得られた複数の
所定のアミロイドβ関連ペプチドの強度の比であるマーカ値と、前記複数の参照用被検者それぞれについてアミロイドPET検査を実施することで得られたSUV値と、のデータセットを取得するデータ収集工程と、
前記データ収集工程で収集された複数のデータセットに基づいて、マーカ値をSUV値に換算する式として、マーカ値を複数に区分し、少なくとも1つの区分においてマーカ値の増加に対しSUV値が単調に増加する区分的多項式であって、マーカ値が所定値以下の範囲において定数であり、マーカ値が該所定値以上の範囲では1次関数である区分的多項式を算出し、該式を構成するデータを求める換算用データ取得工程と、
目的の被検者から得られた血液試料に対しアミロイドMSを実施することでマーカ値を取得する被検者実測工程と、
前記換算用データ取得工程で得られたデータに基づく式を用い、前記被検者実測工程で取得したマーカ値をSUV値に変換する換算工程と、
前記被検者実測工程で取得したマーカ値が、大脳へのアミロイドβの蓄積の有無にそれぞれ対応付けられるマーカ値の範囲である非特異的結合領域又は特異的結合領域のいずれに属するかを判定することにより、前記換算工程で得られたSUV値が
該非特異的結合領域又は
該特異的結合領域のいずれに属するかを
決める判定工程と、
前記換算工程で得られたSUV値及び前記判定工程による判定結果を表示部に表示する表示処理工程と、
を有するアミロイドβの脳内蓄積状態評価方法。
【請求項2】
前記所定値、前記定数、及び前記1次関数の係数は、複数のデータセットを用いた最小二乗法により推定される、請求項1に記載のアミロイドβの脳内蓄積状態評価方法。
【請求項3】
前記複数の所定のアミロイドβ関連ペプチドは、Aβ
1-39
、Aβ
1-40
、Aβ
1-42
、APP
669-711
、を含む、請求項1に記載のアミロイドβの脳内蓄積状態評価方法。
【請求項4】
質量分析部と、
目的の被検者から得られた血液試料に対して前記質量分析部により得られる質量分析結果に基づき、複数の
所定のアミロイドβ関連ペプチドの強度の比を、アミロイドMSにおけるマーカ値として求めるマーカ値算出部と、
アミロイドMSにおけるマーカ値をアミロイドPET検査におけるSUV値に換算する式として、マーカ値を複数に区分し、少なくとも1つの区分においてマーカ値の増加に対しSUV値が単調に増加する区分的多項式であって、マーカ値が所定値以下の範囲において定数であり、マーカ値が該所定値以上の範囲では1次関数である区分的多項式を構成するデータが格納された換算用データ記憶部と、
前記換算用データ記憶部に格納されているデータに基づく式を用い、前記マーカ値算出部で得られたマーカ値をSUV値に変換する換算処理部と、
前記マーカ値算出部で求まったマーカ値が、大脳へのアミロイドβの蓄積の有無にそれぞれ対応付けられるマーカ値の範囲である非特異的結合領域又は特異的結合領域のいずれに属するかを判定することにより、前記換算処理部で得られたSUV値が
該非特異的結合領域又は
該特異的結合領域のいずれに属するかを判定する判定処理部と、
前記換算処理部で得られたSUV値及び前記判定処理部による判定結果を表示部に表示する表示処理部と、
を備えるアミロイドβの脳内蓄積状態評価装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析を利用して、脳内におけるアミロイドβペプチドの蓄積状態を評価する方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
認知症の主要な原因の一つはアルツハイマー病(Alzheimer's disease、以下「AD」と略すことがある)である。このADの発症にはアミロイドβ(Amyloid β、以下「Aβ」と略すことがある)が深く関わっていると考えられている。Aβは、生体細胞に一般に含まれるアミロイド前駆タンパク質(Amyloid Precursor Protein:以下「APP」と略すことがある)がβセクレターゼ及びγセクレターゼによって分解されることで産生されるペプチドであり、Aβが脳全体に蓄積すると健全な神経細胞が変化したり脱落したりして脳萎縮を進行させる、と言われている。
【0003】
近年の研究では、ADの臨床症状が発現するよりもかなり早い時期に、脳内にAβが蓄積され始めることが明らかになっている。そのため、脳内におけるAβの蓄積状態を正確に判定することは、ADの早期診断を行ううえで重要である。脳内におけるAβの蓄積の有無を判定する従来の一般的な方法としては、脳脊髄液(CFS)検査やアミロイドPET(Positron Emission Tomography)検査が知られている。しかしながら、CFS検査では、腰椎穿刺法、後頭下穿刺法、脳室穿刺法などにより脳脊髄液を採取する必要があり、侵襲性が高い。一方、アミロイドPET検査では、非常に高価であるPET装置を必要とするうえに、放射線被曝という侵襲性がある。また、いずれの方法でも検査に時間が掛かり、被検者の拘束時間が長くなる。そのため、こうした従来の方法はADの早期診断のスクリーニングには適さない。
【0004】
これに対し、近年、比較的低コストで且つ低侵襲で採取できる血液サンプルをマトリクス支援レーザ脱離イオン化質量分析装置(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization Mass Spectrometer)で測定し、その測定により求まるマススペクトル上のAβ関連ペプチドのピーク強度から脳内におけるAβの蓄積の有無を判定する手法が開発されている。
【0005】
例えば特許文献1、2、及び、非特許文献1、2には、マススペクトルにおいて観測される内部標準物質由来のピークの強度と着目するAβ関連ペプチドに対応するマーカピークの強度との比をマーカ値として求め、そのマーカ値が予め定めた閾値(Cut-off値)を超えるか否かを判定することにより、Aβ蓄積の有無を判別する技術が開示されている。以下、この手法を「アミロイドMS」と呼ぶ。
【0006】
上述したアミロイドMSによれば、被検者に大きな負担を掛けることなくAβ蓄積の有無を判別することが可能であるという大きな利点があり、今後の普及が期待されている。しかしながら、従来のアミロイドMSには次のような課題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第6410810号公報
【文献】特開2019-53063号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】中村(A. Nakamura)、ほか19名、「ハイ・パフォーマンス・プラズマ・アミロイド-ベータ・バイオマーカズ・フォー・アルツハイマーズ・ディジーズ(High performance plasma amyloid-β biomarkers for Alzheimer's disease)」、ネイチャー(Nature)、2018年、Vol. 554、pp. 249?254
【文献】金子(N. Kaneko)、ほか12名、「ノベル・プラズマ・バイオマーカ・サロゲーティング・セレブラル・アミロイド・デポジション(Novel plasma biomarker surrogating cerebral amyloid deposition)」、プロシーディングス・オブ・ザ・ジャパン・アカデミー・シリーズ・B・フィジカル・アンド・バイオロジカル・サイエンシズ(Proceedings of the Japan Academy Series B Physical and Biological Sciences)、2014年、Vol. 90(9)、pp.353-364
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、ADの診断や治療の現場ではアミロイドPETの利用が広まりつつあり、臨床現場の医師や検査技師等にとってはアミロイドPETのほうが馴染みがある。一般に、PETでは、生体内の特定の部位に特異的に集積する放射性薬剤(以下、慣用に従って「プローブ」ということがある)を体内に投与し、放射性薬剤から放出される放射線量の分布を画像化する。薬剤の投与量や放射性元素の崩壊に伴う減衰の影響を除外するため、PET画像値は、特異的な集積がない部位での画像値で以て規格化したSUV(Standard Uptake Value)値と呼ばれる指標値を用いて評価される。
【0010】
アミロイドPET検査では、Aβに特異的に結合するPIB(Pittsburg Compound B)等をプローブとして使用し、大脳部位のPET画像値を、プローブの特異的結合がないとされる小脳部位におけるPET画像値で以て規格化することによりSUV値が求められる。そのため、大脳へのAβの蓄積がない又は殆どない場合、プローブの特異的結合は生じず、SUV値はほぼ1となる。一方、大脳へのAβの蓄積があると、SUV値は1よりも大きな値を示す。通常、生体内にプローブを排除するメカニズムが存在しない限り、統計的な揺らぎを除いて、SUV値が1を下回ることはない。
【0011】
従来のアミロイドMSでは、マススペクトルから算出されたマーカ値やこのマーカ値に基づいてAβの蓄積の有無を判定するための閾値をユーザに提示することができる。しかしながら、上述したように、ユーザの多くはすでに利用が広がりつつあるアミロイドPETによって得られるSUV値に馴染んでいるため、アミロイドMSにおけるマーカ値や判定閾値がSUV値ではどの程度であるのかを知りたいという要望が強い。また、アミロイドMSにおけるマーカ値が、アミロイドPETにおいてプローブの特異的結合が生じるようなレベルであるのか、或いは、そうでないのかを簡便に把握したいという要望も強い。従来のアミロイドMSではこうした要望に応えることができない。
【0012】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、アミロイドMSにより得られたデータやそれに基づく判定結果などをアミロイドPETに馴染んでいるユーザに対して分かり易く提示することができる、アミロイドβの脳内蓄積状態評価方法及び評価装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために成された本発明の一態様のアミロイドβの脳内蓄積状態評価方法は、被検者から得られた血液試料に対し質量分析を利用したアミロイドMSの手法を適用することにより、該被検者の脳内におけるアミロイドβの蓄積状態を評価する方法であって、
複数の参照用被検者からそれぞれ得られた血液試料に対し、アミロイドMSを実施することで得られた複数の所定のアミロイドβ関連ペプチドの強度の比であるマーカ値と、前記複数の参照用被検者それぞれについてアミロイドPET検査を実施することで得られたSUV値と、のデータセットを取得するデータ収集工程と、
前記データ収集工程で収集された複数のデータセットに基づいて、マーカ値をSUV値に換算する式として、マーカ値を複数に区分し、少なくとも1つの区分においてマーカ値の増加に対しSUV値が単調に増加する区分的多項式であって、マーカ値が所定値以下の範囲において定数であり、マーカ値が該所定値以上の範囲では1次関数である区分的多項式を算出し、該式を構成するデータを求める換算用データ取得工程と、
目的の被検者から得られた血液試料に対しアミロイドMSを実施することでマーカ値を取得する被検者実測工程と、
前記換算用データ取得工程で得られたデータに基づく式を用い、前記被検者実測工程で取得したマーカ値をSUV値に変換する換算工程と、
前記被検者実測工程で取得したマーカ値が、大脳へのアミロイドβの蓄積の有無にそれぞれ対応付けられるマーカ値の範囲である非特異的結合領域又は特異的結合領域のいずれに属するかを判定することにより、前記換算工程で得られたSUV値が前記非特異的結合領域又は前記特異的結合領域のいずれに属するかを決める判定工程と、
前記換算工程で得られたSUV値及び前記判定工程による判定結果を表示部に表示する表示処理工程と、
を有するものである。
【0014】
また上記課題を解決するために成された本発明の一態様のアミロイドβの脳内蓄積状態評価装置は、
質量分析部と、
目的の被検者から得られた血液試料に対して前記質量分析部により得られる質量分析結果に基づき、複数の所定のアミロイドβ関連ペプチドの強度の比を、アミロイドMSにおけるマーカ値として求めるマーカ値算出部と、
アミロイドMSにおけるマーカ値をアミロイドPET検査におけるSUV値に換算する式として、マーカ値を複数に区分し、少なくとも1つの区分においてマーカ値の増加に対しSUV値が単調に増加する区分的多項式であって、マーカ値が所定値以下の範囲において定数であり、マーカ値が該所定値以上の範囲では1次関数である区分的多項式を構成するデータが格納された換算用データ記憶部と、
前記換算用データ記憶部に格納されているデータに基づく式を用い、前記マーカ値算出部で得られたマーカ値をSUV値に変換する換算処理部と、
前記マーカ値算出部で求まったマーカ値が、大脳へのアミロイドβの蓄積の有無にそれぞれ対応付けられるマーカ値の範囲である非特異的結合領域又は特異的結合領域のいずれに属するかを判定することにより、前記換算処理部で得られたSUV値が前記非特異的結合領域又は前記特異的結合領域のいずれに属するかを判定する判定処理部と、
前記換算処理部で得られたSUV値及び前記判定処理部による判定結果を表示部に表示する表示処理部と、
を備えるものである。
【0015】
ここでいう「アミロイドMS」とは、例えば特許文献1、非特許文献1、2等に開示されている検査手法であり、血液試料などの生体試料に対し質量分析を行うことで得られたマススペクトルにおいて観測される、アミロイドβに関連するペプチドに由来する特定の質量電荷比を有する複数のピークの強度比に基づいてマーカ値を算出する方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明の一態様であるアミロイドβの脳内蓄積状態評価方法及び評価装置によれば、アミロイドPETに比較して簡便で且つ被検者への負担も小さいアミロイドMSによる測定結果を、アミロイドPETで得られる検査結果と同様の形式で医療関係者等のユーザに提示することができる。これにより、アミロイドPET検査に慣れているユーザが、アミロイドMSの検査結果に基づくアミロイドβの蓄積の有無の判定を、容易に且つ的確に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の一実施形態によるAβ脳内蓄積状態評価装置の概略構成図。
【
図2】本実施形態のAβ脳内蓄積状態評価装置において使用される換算式の作成手順を示すフローチャート。
【
図3】本実施形態のAβ脳内蓄積状態評価装置において使用される換算式と該換算式作成時のデータセットの一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係るAβ脳内蓄積状態評価方法及び評価装置の一実施形態について、添付図面を参照して説明する。
【0019】
図1は本実施形態によるAβ脳内蓄積状態評価装置の概略構成図である。
この装置は、サンプルに対して質量分析を実行してマススペクトルデータを取得するMALDI-TOFMS(マトリスク支援レーザ脱離イオン化-飛行時間型質量分析装置)1と、マススペクトルデータを用いた解析処理を実行するデータ解析部2と、ユーザインタフェイスである入力部3及び表示部4と、を備える。データ解析部2は機能ブロックとして、マススペクトルデータ収集部20と、ピーク検出部21、マーカ値算出部22と、SUV値換算データ記憶部23と、SUV値換算部24と、Aβ蓄積判定部25と、表示処理部26と、を含む。
【0020】
データ解析部2の実体はパーソナルコンピュータ又はそれよりも高性能なコンピュータであり、該コンピュータに予めインストールされた専用のデータ解析ソフトウェアをコンピュータ上で動作させることで、それぞれの機能を実現させるようにすることができる。
【0021】
SUV値換算データ記憶部23には、予備的な測定の結果に基づいて予め作成された、アミロイドMSにおけるマーカ値をアミロイドPETにおけるSUV値に変換するための換算式を構成するデータが格納される。この予備的な測定や換算式の作成は、一般的には、本実施形態のAβ脳内蓄積状態評価装置を提供するメーカや該装置に使用されるデータ解析ソフトウェアを提供するメーカなどにおいて行われるものとすることができるが、換算式を作成して保存する機能を本実施形態の装置に持たせるようにしてもよい。
図2はこの換算式の作成手順を示すフローチャートである。
図2を参照して、この換算式の作成方法とその手順について説明する。
【0022】
換算式を作成するには、参照用の被検者に対する実測により得られた多数のデータセットを予め用意する必要がある。一つのデータセットは、一人の参照用の被検者に対してアミロイドPET検査を行うことで求められたSUV値と、同じ被検者に対してアミロイドPET検査とほぼ同時期に実施されたアミロイドMSにおいて求まったマーカ値と、を含む。
【0023】
既に述べたように、アミロイドMSは、特許文献1、2、及び非特許文献1、2等に記載されている既知の手法である。典型的には、被検者から採取した、全血、血漿、血清などの血液試料をMALDI-TOFMSで質量分析し、所定の質量電荷比範囲のマススペクトルを取得する。質量分析の際には所定の内標物質を試料に添加することができる。そして、得られたマススペクトルにおいてアミロイドβに関連する複数の特定の質量電荷比のピーク強度を求め、そのピーク強度比などに基づきマーカ値を計算する。
【0024】
例えば、特許文献1に記載の方法では、生体試料中のAPP由来のAβ及びAβ様ペプチド(Aβ派生型ペプチド)についての3つのピーク強度比Aβ1-39/Aβ1-42、Aβ1-40/Aβ1-42、APP669-711/Aβ1-42のうちの2以上の比を数学的手法で組み合わせた数値をマーカ値としている。また、特許文献2に記載の方法では、さらに別のAβ派生型ペプチドのピーク強度比がマーカ値として利用されている。本実施形態のAβの脳内蓄積状態評価方法では、こうした質量分析の結果から算出されるいずれかのマーカ値をデータセットのデータとして利用することができる。一方、アミロイドPET検査では、被検者から得られたPET画像に基づいてSUV値を算出することができる。したがって、同一の被検者に対し、アミロイドMSとアミロイドPET検査とをほぼ同時期に実施することで、参照用データセットを求めることができる(ステップS11)。当然のことながら、換算式の精度を高めるうえではデータセットの数は多いほうがよい。
【0025】
次に、参照用データセットを用いてマーカ値からSUV値への換算式を作成する(ステップS12)。上述したようにSUV値は、大脳へのAβの蓄積がない又は殆どない場合には1であり、大脳へのAβの蓄積があると1よりも大きな値を示す。特殊な場合を除き、SUV値が1を下回ることはない。そこで、ここではマーカ値MからSUV値Sへの換算式として次のような区分的多項式を考える。
S=1, M<M0,
S=1+A(M-M0), M≧M0, …(1)
即ち、(1)式は、マーカ値Mが定数M0未満である範囲ではSUV値Sは定数1であり、マーカ値Mが定数M0以上である範囲ではSUV値Sとマーカ値Mとの関係は1次関数になるという、単調増加の区分的多項式を表している。(1)式の定数M0及び係数Aは、参照用データセットを用いた最小二乗法等によるパラメータ推定によって求めればよい。
【0026】
図3は、実測値(参照用データセット)とこれから最小二乗法によって推定した換算式を示す図である。図に示すように、定数M
0は特異的結合領域と非特異的結合領域とを分ける境界値であり、マーカ値MがM
0未満又はM
0以上のいずれであるのかによって、そのマーカ値に対応するSUV値が特異的結合領域と非特異的結合領域のいずれであるのかを判別することができる。
【0027】
上記のように区分的多項式が求まったならば、その式の係数A及び定数M0をSUV値換算データとして取得し(ステップS13)、これをSUV値換算データ記憶部23に保存する。なお、換算式を算出する際には、最小二乗法以外のアルゴリズムを用いてもよい。また、M≧M0の多項式は1次関数に限らず、より高次の関数を用いてもよい。
【0028】
次に、本実施形態のAβ脳内蓄積状態評価装置における評価実行時の動作を説明する。
被検者から採取された血液試料(未知サンプル)に対し、MALDI-TOFMS1を用いて測定を実行し、マススペクトルデータ収集部20は所定の質量電荷比範囲に亘るマススペクトルデータを収集する。ピーク検出部21は取得されたマススペクトルに対しピーク検出を行い、マーカ値算出部22はアミロイドβに関連する所定の質量電荷比におけるピーク強度の比からマーカ値を算出する。このマーカ値がアミロイドMSにおけるマーカ値である。
【0029】
SUV値換算部24は、SUV値換算データ記憶部23に格納されている係数及び定数を用いて構成される換算式に上記算出されたマーカ値を代入しSUV値を求める。また、Aβ蓄積判定部25は、算出されたSUV値が特異的結合領域、非特異的結合領域のいずれに属するのかを判定する。そして、表示処理部26は、被検者についてのAβ脳内蓄積状態評価結果として、アミロイドMSにおけるマーカ値、アミロイドPETにおけるSUV値(換算値)、及び、SUV値が特異的結合領域、非特異的結合領域のいずれに属するのか、を表示部4の画面上に表示する。このときの表示の態様は特に問わない。
【0030】
これにより、ユーザは、アミロイドMSにおけるマーカ値に対応するSUV値を容易に把握することができる。また、SUV値が特異的結合領域、非特異的結合領域のいずれに属するのか、つまりはAβが脳内に蓄積している可能性があるのか否かも把握することができる。
【0031】
なお、上記実施形態はあくまでも本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変形、修正、追加等を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【0032】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0033】
(第1項)本発明に係るアミロイドβの脳内蓄積状態評価方法の一態様は、被検者から得られた血液試料に対し質量分析を利用したアミロイドMSの手法を適用することにより、該被検者の脳内におけるアミロイドβの蓄積状態を評価する方法であって、
複数の参照用被検者からそれぞれ得られた血液試料に対し、アミロイドMSを実施することで得られた複数のアミロイドβ関連ペプチドの強度の比であるマーカ値と、前記複数の参照用被検者それぞれについてアミロイドPET検査を実施することで得られたSUV値と、のデータセットを取得するデータ収集工程と、
前記データ収集工程で収集された複数のデータセットに基づいて、マーカ値をSUV値に換算する式として、マーカ値を複数に区分し、少なくとも1つの区分においてマーカ値の増加に対しSUV値が単調に増加する区分的多項式であって、マーカ値が所定値以下の範囲において定数であり、マーカ値が該所定値以上の範囲では1次関数である区分的多項式を算出し、該式を構成するデータを求める換算用データ取得工程と、
目的の被検者から得られた血液試料に対しアミロイドMSを実施することでマーカ値を取得する被検者実測工程と、
前記換算用データ取得工程で得られたデータに基づく式を用い、前記被検者実測工程で取得したマーカ値をSUV値に変換する換算工程と、
前記換算工程で得られたSUV値が、大脳へのアミロイドβの蓄積の有無に対応付けられる非特異的結合領域又は特異的結合領域のいずれに属するかを判定する判定工程と、
前記換算工程で得られたSUV値及び前記判定工程による判定結果を表示部に表示する表示処理工程と、
を有するものである。
【0034】
(第3項)また本発明に係るアミロイドβの脳内蓄積状態評価装置の一態様は、
質量分析部と、
目的の被検者から得られた血液試料に対して前記質量分析部により得られる質量分析結果に基づき、複数のアミロイドβ関連ペプチドの強度の比を、アミロイドMSにおけるマーカ値として求めるマーカ値算出部と、
アミロイドMSにおけるマーカ値をアミロイドPET検査におけるSUV値に換算する式として、マーカ値を複数に区分し、少なくとも1つの区分においてマーカ値の増加に対しSUV値が単調に増加する区分的多項式であって、マーカ値が所定値以下の範囲において定数であり、マーカ値が該所定値以上の範囲では1次関数である区分的多項式を構成するデータが格納された換算用データ記憶部と、
前記換算用データ記憶部に格納されているデータに基づく式を用い、前記マーカ値算出部で得られたマーカ値をSUV値に変換する換算処理部と、
前記換算処理部で得られたSUV値が、大脳へのアミロイドβの蓄積の有無に対応付けられる非特異的結合領域又は特異的結合領域のいずれに属するかを判定する判定処理部と、
前記換算処理部で得られたSUV値及び前記判定処理部による判定結果を表示部に表示する表示処理部と、
を備えるものである。
【0035】
第1項に記載のアミロイドβの脳内蓄積状態評価方法及び第3項に記載のアミロイドβの脳内蓄積状態評価装置によれば、アミロイドPETに比較して簡便で、被検者への負担も小さく、さらにはコスト的に有利であるアミロイドMSによる測定結果を、アミロイドPETで得られる検査結果と同様の形式で医療関係者等のユーザに提示することができる。これにより、アミロイドPET検査に慣れているユーザが、アミロイドMSの検査結果に基づくアミロイドβの蓄積の有無の判定を容易に且つ的確に行うことができる。
【0037】
上述したように、大脳へのAβの蓄積がない又は殆どない場合、つまりはプローブが特異的に結合しない場合、SUV値はほぼ1となる。第1項に記載の評価方法によれば、区分的多項式により、SUV値がほぼ1となる領域とそうでない領域とを区分することで、SUV値が1とならない領域でより的確な多項式を求めることができる。それにより、アミロイドMSにおけるマーカ値からSUV値への換算の正確性が向上する。
【0039】
また第1項に記載の評価方法によれば、比較的簡単な区分的多項式で以て、アミロイドMSにおけるマーカ値からSUV値への精度の高い換算を行うことができる。
【0040】
(第2項)第1項に記載のアミロイドβの脳内蓄積状態評価方法において、前記所定値、前記定数、及び前記1次関数の係数は、複数のデータセットを用いた最小二乗法により推定されるものとすることができる。
【0041】
第2項に記載の評価方法によれば、比較的簡単な演算処理によって、アミロイドMSにおけるマーカ値からSUV値への精度の高い換算を行える換算式を求めることができる。
【符号の説明】
【0042】
1…MALDI-TOFMS
2…データ解析部
20…マススペクトルデータ収集部
21…ピーク検出部
22…マーカ値算出部
23…SUV値換算データ記憶部
24…SUV値換算部
25…Aβ蓄積判定部
26…表示処理部
3…入力部
4…表示部