(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-21
(45)【発行日】2023-08-29
(54)【発明の名称】摺動部材
(51)【国際特許分類】
F16C 33/20 20060101AFI20230822BHJP
F16C 17/22 20060101ALI20230822BHJP
F16C 33/12 20060101ALI20230822BHJP
F16C 33/16 20060101ALI20230822BHJP
C08L 101/00 20060101ALI20230822BHJP
C08K 3/01 20180101ALI20230822BHJP
C08K 7/02 20060101ALI20230822BHJP
【FI】
F16C33/20 A
F16C17/22
F16C33/12 B
F16C33/16
C08L101/00
C08K3/01
C08K7/02
(21)【出願番号】P 2020018617
(22)【出願日】2020-02-06
【審査請求日】2022-11-25
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】弁理士法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中島 秀幸
【審査官】角田 貴章
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-146059(JP,A)
【文献】特開2005-121052(JP,A)
【文献】特開2003-138042(JP,A)
【文献】特開2001-12484(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 17/00- 17/26
33/00- 33/28
C08K 3/00- 13/08
C08L 1/00-101/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
裏金層および該裏金層上の摺動層とからなる、ジャーナル軸受用の摺動部材において、該摺動部材が部分円筒形状を有し、
前記摺動層が、合成樹脂からなり、摺動面を有し、
前記摺動部材の周方向に平行な方向の前記摺動層の線膨張係数をKS、前記摺動部材の中心軸線方向に平行な方向の前記摺動層の線膨張係数をKJ、前記摺動面に垂直な方向の前記摺動層の線膨張係数をKTとするとき、
以下の式(1)および式(2)を満足する、摺動部材。
式(1):1.1≦KS/KJ≦2
式(2):1.3≦KT/{(KS+KJ)/2}≦2.5
【請求項2】
前記摺動層は、以下の式(3)を満足する、請求項1に記載された摺動部材。
式(3):1.1≦KS/KJ≦1.7
【請求項3】
前記合成樹脂が、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリベンゾイミダゾール、ナイロン、フェノール、エポキシ、ポリアセタール、ポリフェニレンサルファイド、ポリエチレン、およびポリエーテルイミドのうちから選ばれる1種以上からなる、請求項1または請求項2に記載された摺動部材。
【請求項4】
前記摺動層が、黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化硼素、およびポリテトラフルオロエチレンのうちから選ばれる1種以上の固体潤滑剤を1~20体積%を更に含む、請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項5】
前記摺動層が、CaF
2、CaCO
3、タルク、マイカ、ムライト、酸化鉄、リン酸カルシウム、チタン酸カリウムおよびMo
2Cのうちから選ばれる1種または2種以上の充填材を1~10体積%を更に含む、請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項6】
前記摺動層が、ガラス繊維粒子、セラミック繊維粒子、炭素繊維粒子、アラミド繊維粒子、アクリル繊維粒子、およびポリビニルアルコール繊維粒子のうちから選ばれる1種以上の繊維状粒子を1~35体積%を更に含む、請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項7】
前記裏金層は、前記摺動層との界面となる表面に多孔質金属部を有する、請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項8】
請求項1から請求項7までのいずれか1項に記載された摺動部材を複数個備えた、ジャーナル軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジャーナル軸受用の摺動部材に関するものであり、詳細には、裏金層と、合成樹脂組成物からなる摺動層とを備えた部分円筒形状の摺動部材に係るものである。本発明は、この摺動部材を備えたジャーナル軸受にも関するものである。
【背景技術】
【0002】
排気タービンや大型発電機等の回転軸用のジャーナル軸受として、円弧状の断面を有する軸受パッド形状の摺動部材を、回転軸の周囲に対向して複数個配置したラジアル軸受が用いられている(例えば特許文献1参照)。このようなラジアル軸受の摺動部材として、金属製の裏金層上に樹脂組成物からなる摺動層を被覆したものが知られている(例えば特許文献2参照)。樹脂組成物として、ガラス繊維粒子、炭素繊維粒子、金属間化合物繊維粒子等の繊維状粒子を合成樹脂中に分散させて摺動層の強度を高めるようにしたものが、例えば特許文献3、特許文献4および特許文献5に記載されている。
また、特許文献6には、成形金型内で冷却を行い、引出ロールの引出速度を周期的に変化させる樹脂組成物シートの製造方法が記載されている
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2004-156690号公報
【文献】特開2001-124062号公報
【文献】特開平10-204282号公報
【文献】特開2016-079391号公報
【文献】特開2013-194204号公報
【文献】特開2018-146059号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
排気タービンや大型発電機等は、定常運転時には、軸部材の表面と摺動部材の摺動面との間に油等の流体潤滑膜が形成されるために、軸部材と摺動部材の表面どうしは直接接触することが防がれている。しかし、その起動時等においては、停止した状態から軸の回転が始まるために、軸部材表面と摺動部材の摺動面とが直接接触した状態の摺動が起こる。この状態で摺動が起こると、樹脂組成物は摺動による摩擦熱で温度が高くなり、同時に、軸部材に接する摺動面付近の樹脂組成物は、軸部材に引きずられて、軸部材の回転方向への弾性変形が生じる。
この場合に、摺動層の樹脂組成物が、摺動の摩擦熱により摺動面の面内方向にほぼ等方的に熱膨張する場合は、軸部材にひきずられた際に摺動層の表面に略周方向に延びる割れ等の損傷が起こる虞が大きくなることが判明した。
【0005】
さらに、摺動層の樹脂組成物が、摺動面の面内方向の熱膨張と摺動面垂直方向(厚さ方向)の熱膨張とがほぼ等しい場合、金属製の裏金層と摺動層との界面でせん断が起きやすいという別の問題も生じることが判明した。
【0006】
したがって、本発明の目的は、従来技術の上記欠点を克服して、軸受装置の起動時に摺動層の表面に割れ等の損傷が起き難く、かつ摺動層と裏金層とのせん断が起き難い摺動部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一観点によれば、裏金層および該裏金層上の摺動層とからなり部分円筒形状を有する、ジャーナル軸受用の摺動部材が提供される。この摺動層は、合成樹脂からなり、摺動面を有する。ここで、摺動部材の周方向に平行な方向の摺動層の線膨張係数をKS、摺動部材の中心軸線方向に平行な方向の摺動層の線膨張係数をKJ、摺動面に垂直な方向の摺動層の線膨張係数をKTとするとき、以下の式(1)および式(2)を満足する。
式(1):1.1≦KS/KJ≦2
式(2):1.3≦KT/{(KS+KJ)/2}≦2.5
【0008】
本発明の一具体例では、摺動層は、以下の式(3)を満足することが好ましい。
式(3):1.1≦KS/KJ≦1.7
【0009】
本発明の一具体例では、合成樹脂は、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリベンゾイミダゾール、ナイロン、フェノール、エポキシ、ポリアセタール、ポリフェニレンサルファイド、ポリエチレン、およびポリエーテルイミドのうちから選ばれる1種以上からなることが好ましい。
【0010】
本発明の一具体例では、摺動層は、黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化硼素、およびポリテトラフルオロエチレンのうちから選ばれる1種以上の固体潤滑剤を1~20体積%を更に含むことが好ましい。
【0011】
本発明の一具体例では、摺動層は、CaF2、CaCO3、タルク、マイカ、ムライト、酸化鉄、リン酸カルシウム、チタン酸カリウムおよびMo2Cのうちから選ばれる1種または2種以上の充填材を1~10体積%を更に含むことが好ましい。
【0012】
本発明の一具体例では、摺動層は、ガラス繊維粒子、セラミック繊維粒子、炭素繊維粒子、アラミド繊維粒子、アクリル繊維粒子、およびポリビニルアルコール繊維粒子のうちから選ばれる1種以上の繊維状粒子を1~35体積%を更に含むことが好ましい。
【0013】
本発明の一具体例では、裏金層は、摺動層との界面となる表面に多孔質金属部を有することが好ましい。
【0014】
本発明の他の観点によれば、上記に記載された摺動部材を複数個備えたジャーナル軸受が提供される。
【0015】
本発明の構成及び利点を、添付の概略図面を参照して以下により詳細に述べる。図面はいくつかの例示の目的のための実施例を示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の一例による摺動部材の断面を示す図。
【
図2】本発明の他の例による摺動部材の断面を示す図。
【
図4】樹脂の分子鎖(折曲構造)のイメージを示す模式図。
【
図6】
図5の樹脂シートのVI-VI断面を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図3に本発明に係る部分円筒形状の摺動部材1の一例を模式的に示す。この摺動部材1は、円筒形状をその中心軸線方向(J方向)に沿って分割したうちの一部分からなる形状、すなわち部分円筒形状を有しており、その内面側が、軸受として使用される際に相手軸部材と摺動することになる摺動面30を形成する。そのため、摺動部材1は、裏金層2を外面側に有し、裏金層2の内面側に摺動層3を形成した構成になっている。このように、摺動層3の内面である摺動面30は、凹面を形成しており、摺動面30の曲率は、対向すべき軸部材の曲率に適合するように設計されている。
【0018】
上記円筒形状の円周方向、すなわち部分円筒形状の摺動部材が最大曲率を有する方向を「周方向」(S方向)という。他方、上記円筒形状の中心軸線方向、すなわち部分円筒形状の摺動面上に直線を形成できる方向を「軸線方向」(J方向)という。他方、上記円筒形状の径方向、すなわち部分円筒形状の内面(摺動面30)に垂直方向を「垂直方向」(T方向)という。軸受として用いた場合に軸部材は「周方向」に沿って摺動するために「周方向」が摺動方向となる。
【0019】
図1に、本発明に係る摺動部材1の断面を概略的に示す。摺動部材1は、裏金層2上に、合成樹脂4から構成された摺動層3が設けられている。摺動層3の(裏金層と反対側の)表面は摺動面30として機能する。なお、
図1の断面は、摺動面30に垂直方向での摺動部材1の断面である。
【0020】
合成樹脂4は、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ナイロン、ポリアセタール、ポリフェニレンサルファイド、ポリエチレンおよびポリエーテルイミドから選ばれる1種以上からなることが好ましい。
【0021】
摺動層3は、黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化硼素、ポリテトラフルオロエチレンから選ばれる1種以上の固体潤滑剤を1~20体積%を更に含んでもよい。固体潤滑剤の平均粒径は、0.5~20μmとすることが好ましい。この固体潤滑剤を含有することにより、摺動層の摺動特性を高めることができる。また、摺動層3は、CaF2、CaCO3、タルク、マイカ、ムライト、酸化鉄、リン酸カルシウムおよびMo2C(モリブデンカーバイト)のうちから選ばれる1種または2種以上の充填材を1~10体積%を更に含んでもよい。充填剤の平均粒径は、0.1~10μmとすることが好ましい。この充填材を含有することにより、摺動層の耐摩耗性を高めることが可能となる。
【0022】
摺動層3は、合成樹脂4中に分散した繊維状粒子を1~35体積%を更に含有できる。繊維状粒子は、ガラス繊維粒子、セラミック繊維粒子、炭素繊維粒子、アラミド繊維粒子、アクリル繊維粒子、ポリビニルアルコール繊維粒子から選ばれる1種以上からなることが好ましい。この繊維状粒子を含有することにより、摺動層の強度を高めることができる。
【0023】
繊維状粒子の平均粒径は、0.1~25μmとすることができる(繊維状粒子の粒径は断面観察した繊維状粒子の面積に相当する真円の直径、すなわち「円相当径」である)。ただし、摺動層が高負荷を受ける仕様の軸受受装置に摺動部材が用いられる場合、繊維状粒子の平均粒径が0.1μm以上5μm未満であり、繊維状粒子の長軸長さが15μm以下であるものを用いることが好ましい。これは、摺動層は長軸長さが15μmを超える繊維状粒子を含む場合、摺動面に露出する長軸長さが15μmを超える大きな繊維状粒子に割れが生じ、摺動面と軸部材の表面との間の隙間に脱落し、摺動面を傷つける損傷が起こる場合があるからである。他方、長軸長さが15μm以下である繊維状粒子は、摺動面に露出していても割れが生じ難い。
【0024】
裏金層2は、亜共析鋼やステンレス鋼等のFe合金やCu合金を用いることができる。
【0025】
摺動層3の厚さ(すなわち、摺動面30から摺動層3と裏金層2との界面7までの間の、摺動面30に垂直方向の距離)は、0.5~6mmとすることが好ましい。
【0026】
摺動層3の摺動部材1の「周方向」(S方向)の線膨張係数をKS、摺動層3の摺動部材1の「軸線方向」(J方向)の線膨張係数をKJ、摺動層3の摺動面30に「垂直方向」(T方向)の線膨張係数をKTとしたとき、摺動層3は、下記の式(1)、式(2)を満足するようになっている。
式(1):1.1≦KS/KJ≦2
式(2):1.3≦KT/{(KS+KJ)/2}≦2.5
換言すれば、摺動層は、摺動部材の「周方向」(S方向)の線膨張係数KSが、摺動部材の「軸線方向」(J方向)の線膨張係数KJの1.1~2倍になっており、且つ、摺動面に「垂直方向」(T方向)の線膨張係数KTが、摺動部材の「周方向」(S方向)の線膨張係数KSと「軸線方向」(J方向)の線膨張係数KJとの平均値の1.3~2.5倍になっている。
なお、摺動層3の線膨張係数KS、KJおよびKTは、いずれも、温度が23℃~100℃における平均の線膨張係数である。
【0027】
摺動部材の「周方向」(S方向)の線膨張係数KSは、摺動部材の「軸線方向」(J方向)の線膨張係数KJの1.1~1.7倍になっている(すなわち、1.1≦KS/KJ≦1.7)ことが好ましい。
【0028】
合成樹脂は熱膨張量が大きいことが知られている。合成樹脂は、多くの樹脂分子が連なった多数の分子鎖(高分子)によって構成されるところ、樹脂の分子鎖どうしは、単にファンデルワールス力でつながっていて結合が弱いため、温度が上昇すると分子鎖どうしの間の隙間(距離)が大きく増加するためである。他方、共有結合によりつながっている樹脂分子鎖の長手方向の熱膨張量は小さい。合成樹脂が外力を受けて破断が起こる場合、破断は、主に結合が弱い樹脂の分子鎖どうしの間でおこり、分子鎖自身の破断は起きにくい。
【0029】
軸受装置の起動時、摺動部材1の摺動層3は、その表面が軸部材の表面と直接接触するので、摺動による摩擦により摺動層3の摺動面付近の温度が上昇し、同時に軸部材から摺動層に外力(負荷)が加わる。その際、軸部材に接する摺動面30は回転する軸部材に引きずられて、軸部材の回転方向(部分円筒形状の摺動部材1の周方向S)への弾性変形が生じる。このとき、摺動層1の合成樹脂4が部分円筒形状の摺動部材1の軸線方向Jへの熱膨張量が多いと、合成樹脂の分子鎖(直線状部42)どうしの間の隙間が大きくなり、軸部材からの外力で破断が起こりやすくなり、この破断部が起点となって摺動層の表面に略周方向に延びる割れ等の損傷が起こる虞がある。
【0030】
本発明の摺動部材1の摺動層3は、摺動部材の「周方向」(S方向)の線膨張係数KSが、摺動部材1の「軸線方向」(J方向)の線膨張係数KJの1.1~2倍になっており、且つ、摺動面30に「垂直方向」(T方向)の線膨張係数KTが、摺動部材の「周方向」(S方向)の線膨張係数KSと「軸線方向」(J方向)の線膨張係数KJとの平均値の1.3~2.5倍になっている。そのため摺動層3は、周方向(S方向)および垂直方向(T方向)への熱膨張が大きくなり軸線方向(J方向)への熱膨張が抑制されるために摺動面30が軸部材からの周方向(S方向)への外力を受けても摺動面30に略周方向に延びる割れが生じ難い。
【0031】
また、摺動層3は、摺動面30の面内方向(周方向Sおよび軸線方向J)の熱膨張量が多いと、金属製の裏金層2との界面に熱膨張量の差によるせん断応力が発生し、摺動層3との裏金層2のせん断が起こる虞がある。
本発明の摺動部材1の摺動層3は、摺動面30に「垂直方向」(T方向)の線膨張係数KTが、摺動部材の「周方向」(S方向)の線膨張係数KSと「軸線方向」(J方向)の線膨張係数KJとの平均値の1.3~2.5倍になっている。摺動層3は、「垂直方向」(T方向)へ多く熱膨張するようになり摺動面(30)に平行方向への熱膨張が抑制されるために、摺動層3と裏金層2のせん断が起き難い。
【0032】
摺動層3のこの熱膨張の異方性は、樹脂分子の分子鎖の配向によると考える。摺動層3の合成樹脂4内における樹脂分子の分子鎖41は
図4に示すように複数の直線状部42を有しながら折り曲がった構造(折れ曲がり結晶)となっており、直線状部42の長手方向L1方向へは熱膨張が起き難く、直線状部42の長手方向に直交する方向L2へは、直線状部42どうしの隙間が形成されるので熱膨張が起き易い。本発明の摺動部材1の摺動層3の上記の熱膨張の異方性は、摺動層3中の樹脂の分子鎖41の直線状部42の長手方向L1の向く割合が、「軸線方向」(J方向)側および「周方向」側(S方向)および「垂直方向」側(T方向)で異なるようになっていることによると考える。この摺動層3の熱膨張の異方性は、後述する樹脂組成物脂シートの製造時に形成される。
【0033】
以上の本発明の構成とは異なると以下の問題が生じる。
摺動層の「周方向」(S方向)の線膨張係数KSが、「軸線方向」(J方向)の線膨張係数KJよりも大きいものの、その1.1倍未満である場合、摺動層の「軸線方向」(J方向)への熱膨張を抑制する効果が不十分となり、摺動面に割れを生じ易くなる。
また、摺動層の「周方向」(S方向)の線膨張係数KSが、「軸線方向」(J方向)の線膨張係数KJの2倍を超えて大きくなっている場合、摺動層の「周方向」(S方向)への熱膨張量が大きくなりすぎて、摺動面に略軸線方向に延びる割れを生じることがある。
【0034】
また、摺動面に「垂直方向」(T方向)の線膨張係数KTが、摺動部材の「周方向」(S方向)の線膨張係数KSと「軸線方向」(J方向)の線膨張係数KJとの平均値よりも大きいものの、その1.3倍未満である場合、摺動層の摺動面に平行方向への熱膨張を抑制する効果が不十分となり、摺動面に割れを生じ易くなり、さらに、摺動層3と裏金層2とのせん断が起きやすくなる。また、摺動層3が、摺動面に「垂直方向」(T方向)の線膨張係数KTが、摺動部材の「周方向」(S方向)の線膨張係数KSと「軸線方向」(J方向)の線膨張係数KJとの平均値の2.5倍を超えて大きくなっている場合、摺動層の「垂直方向」(T方向)への熱膨張量が大きくなりすぎて、摺動層の内部に割れを生じる場合がある。
【0035】
また、本発明の構成とは異なり、摺動層全体を通じて等方的に熱膨張する摺動部材の場合、軸受装置の運転開始直後に摺動部材の摺動面と相手軸部材とが直接接触するような状況では、軸部材に接する摺動層表面付近の樹脂組成物は、周方向(摺動方向)へ熱膨張し、軸部材の表面に引きずられて摺動層の樹脂の分子鎖どうしの間に割れが発生し、摺動層の表面に割れ等の損傷が起こりやすくなり、また、摺動層と裏金層の熱膨張量の差によりこれらの界面にせん断等の損傷が起きやすい。
【0036】
なお、裏金層2は、摺動層3との界面となる表面に多孔質金属部6を有してもよい。多孔質金属部6を有する裏金層2を用いた摺動部材1の一例の周方向断面を
図2に概略的に示す。裏金層2の表面に多孔質金属部6を設けることにより、摺動層と裏金層の接合強度を高めることができる。多孔質金属部の空孔部に摺動層を構成する組成物が含浸されることによるアンカー効果により、裏金層と摺動層との接合力の強化が可能になるからである。
多孔質金属部は、Cu、Cu合金、Fe、Fe合金等の金属粉末を金属板や条等の表面上に焼結することにより形成することができる。多孔質金属部の空孔率は20~60%程度であればよい。多孔質金属部の厚さは50~500μm程度とすればよい。この場合、多孔質金属部の表面上に被覆される摺動層の厚さは0.5~6mm程度となるようにすればよい。ただし、ここで記載した寸法は一例であり、本発明がこの値の限定されるものではなく、異なる寸法に変更するも可能である。
【0037】
上記摺動部材1は、例えばジャーナル軸受(ラジアル軸受)に使用できる。例えば、この軸受は、円柱状の内部空洞を形成するハウジング(1つ又は2つ又は3以上のハウジング要素からなる)を有する。ハウジングは、1つ又は複数、通常は2つのハウジング要素からなる。内部空洞の内周面に、上記摺動部材を周方向に複数個配置し、これらの摺動部材により相手軸である軸部材を支承するようになっている。上記摺動部材の部分円筒形状(曲率、寸法等)は、内部空洞および軸部材に適合するように設計される。しかし、上記摺動部材は、他の形態の軸受或いはその他の摺動用途にも利用可能である。
本発明は、このような複数の上記摺動部材を備えたジャーナル軸受も包含している。
【0038】
上記に説明した摺動部材について、製造工程に沿って以下に詳細に説明する。
(1)合成樹脂原材料粒の準備
合成樹脂の原材料としてはポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ナイロン、ポリアセタール、ポリフェニレンサルファイド、ポリエチレンおよびポリエーテルイミドのうちから選ばれる1種以上からなるものを用いることができる。任意で、合成樹脂に繊維状粒子、固体潤滑剤、充填材等を分散できる。
【0039】
(2)合成樹脂シートの製造
合成樹脂シートは、上記原材料等から、溶融混練機、供給金型、シート成形金型および引出ロールを用いて作製する。
【0040】
「溶融混練機」
溶融混練機により、合成樹脂原材料粒およびその他の任意材料(繊維状粒子、固体潤滑剤、充填材等)の原材料を230℃~390℃の温度で加熱しながら混合し、溶融状態の樹脂組成物を作製する。なお、合成樹脂原材料粒は、分子鎖が複数の直線状部を有するように折り曲がった構造を有する複数の樹脂分子が絡み合った状態にあるが、この溶融混錬により樹脂分子の絡み合いがほぐされる。この樹脂組成物は、溶融混練機から一定の圧力で押し出される。
【0041】
「供給金型」
溶融混練機から押し出された樹脂組成物は、供給用金型を介してシート成形金型に常に一定量を供給される。供給金型は、加熱用ヒータを有し、供給金型内を通る樹脂組成物を385℃~400℃の温度に加熱して溶融状態に維持する。
【0042】
「シート成形金型」
樹脂組成物はシート成形金型によりシート形状に形成される。供給金型からシート成形金型に供給された溶融状態の樹脂組成物は、シート形状に成形され、シート成形金型内を出口側へ移動しながら徐々に自然冷却され、半溶融状態のシートとなる。
【0043】
「冷却ロール」
半溶融状態の樹脂組成物シートは冷却ロールにて連続的に接触して、冷却されながら「シート成形金型」から引き出される。冷却ロールは、樹脂組成物シートを上面と下面の両側から押えて移動させる少なくとも1対のロール(上側ロールおよび下側ロール)からなる。半溶融状態の樹脂組成物シートは、冷却ロールから引き出された後に完全に固体状態のシートになる。なお、冷却ロールは、ロール内に組み込まれた電動ヒータにより温度制御が可能となっており、かつ電動モータにより制御可能に回転駆動できるようになっている。樹脂組成物シートの厚さの寸法の一例としては1~7mmである。固体状態になった樹脂組成物シートは、後述する被覆工程に用いられる裏金の寸法に適合する大きさに切断される。
【0044】
(4)裏金
裏金層としては、亜共析鋼やステンレス鋼等のFe合金、Cu、Cu合金等の金属板を用いることができる。裏金層表面、すなわち摺動層との界面となる側に多孔質金属部を形成してもよいが、多孔質金属部は裏金層と同じ組成を有することも、異なる組成または材料を用いることも可能である。
【0045】
(5)被覆及び成形工程
樹脂組成物シートを裏金層の一方の表面、あるいは裏金の多孔質金属部上に接合する。その際、シート成形工程における樹脂組成物シートの引出方向が、部分円筒形状の軸線方向になるようにする。その後、使用形状、例えば、部分円筒形状に加圧プレスにて成形した後、組成物の厚さを均一とするため、摺動層及び裏金を加工または切削する。
【0046】
次に、線膨張係数の異方性の制御方法について説明する。線膨張係数の異方性は、上記の樹脂組成物シートの製造工程において、冷却ロールの回転速度を制御することにより行う。具体的には、半溶融状態のシートがシート成形金型から押し出される速度(V1)と、冷却ロールから引き出されて完全に固化した状態のシートの速度(V2)との比(V2/V1)が0.8~0.9となるように冷却ロールの回転速度を設定する。この比0.8~0.9は、供給金型からの圧力によりシート成形金型から押し出されて冷却ロールへ供給される樹脂組成物シートの単位時間毎の体積v1と冷却ロールから出る樹脂組成物シートの単位時間毎の体積v2との比になる(v2/v1=V2/V1=0.8~0.9)。冷却ロールへ供給される樹脂組成物シート体積v1と冷却ロールから出る樹脂組成物シート体積v2の差により、上側冷却ロールの入り口に、半溶融樹脂組成物の樹脂溜り15が形成される。
【0047】
半溶融状態の樹脂シートは、冷却ロールに接触して冷却されながら固化するが、半溶融状態の樹脂組成物が金型から押し出される速度に対し、冷却ロールの速度を遅く設定しているために、固化しきれない半溶融状態の樹脂組成物が、上側冷却ロールの入り口で溜りやすくなる(以後、「樹脂溜り」という)。
図5にこの様子を模式的に示す。樹脂組成物シート20は、紙面の右側から左側に向かう方向に押し出される(押出方向10)。半溶融樹脂組成物の流れを矢印11に示す。シート成形金型12から(紙面の右側から)流れてきた半溶融樹脂組成物11は、上側冷却ロール13の入口側で一定量の樹脂溜り15を形成する。この樹脂溜り15を形成している半溶融状態の樹脂組成物11(以後、「半溶融樹脂組成物」という)は、押出方向と同方向に回転して滞留しながら樹脂組成物シートの内部に押し込まれる。押し込まれた半溶融樹脂組成物11の一部は、樹脂組成物シートの幅方向両端部に向かって広がり流れて固化が開始される(
図6)。溶融した樹脂が流動する際、樹脂の分子鎖の直線状部の長手方向が、流動方向を向きやすいことが判明した。そのために、樹脂分子鎖の直線状部の長手方向が樹脂組成物シートの幅方向(押出方向10に垂直な方向)にも配向しやすくなる。
【0048】
従来技術では、半溶融状態が金型から押し出される速度に対し、冷却ロールの速度を同じに設定しているが、この場合には、シート成形金型から流れてきた半溶融樹脂組成物は冷却ロール入口側で樹脂溜りを形成することなく出口側へ向かって常に一方向に流れるため、樹脂分子鎖の直線状部の長手方向が主に樹脂組成物シートの押出方向に配向し、幅方向に配向し難くなる。
また、特許文献6には、成形金型内で冷却を行い、かつ引出ロールの引出速度を周期的に変化させて樹脂組成物シートを製造することが記載されているが、このように樹脂組成物シートを製造した場合、樹脂分子鎖の直線状部の長手方向が主に樹脂組成物シートの厚さ方向に配向しやすくなる。
【0049】
次に摺動層の線膨張係数の測定方法について説明する。摺動層の周方向に平行な方向の線膨張係数がKSおよび摺動層の中心軸線方向に平行な方向の線膨張係数KJは、摺動層から4mm×5mm(測定方向)×10mmの直方体の試験片を、摺動層の摺動面に垂直な方向の線膨張係数KTは、摺動層から5mm×5mm×4mm(測定方向)の直方体の試験片を作製し、熱膨張測定装置(TMA/SS7100:SII製)を用いて、表1に示す条件において測定することができる。これら線膨張係数は、試験温度範囲での平均の線膨張係数である。
【0050】
【実施例】
【0051】
本発明による裏金層および摺動層を有する摺動部材の実施例1~6および比較例11~14を以下に示すとおり作製した。実施例および比較例の各摺動部材の摺動層の組成は、表2に示すとおりである。
【0052】
【0053】
実施例1~6および比較例11~14は、合成樹脂の原材料としてPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)粒子又はPEK(ポリエーテルケトン)粒子を用いた。実施例6、比較例13はセラミック繊維を含有させた。セラミック繊維として、平均粒径が約5μmのチタン酸カリウムの繊維状粒子を用いた。実施例5および比較例14は、炭素繊維を含有させた。炭素繊維として、平均粒径が5μmの繊維状粒子を用いた。
実施例5および6、比較例13および14には固体潤滑剤(黒鉛、PTFE)を含有させ、その原材料粒子は、平均粒径が10μmである粒子を用い、実施例6、比較例13の充填材(CaF2)の原材料粒子は、平均粒径が10μmの粒子を用いた。
【0054】
上記の原材料を表2に示す組成比率で秤量し、この組成物を予めペレット化した。このペレットを加熱温度350~390℃に設定した溶融混練機に投入し、順に供給金型、シート成形金型、冷却ロールを通して、樹脂組成物シートを作製した。半溶融状態のシートがシート成形金型から押し出される速度(V1)と、冷却ロールから引き出された完全に固化状態のシートの速度(V2)の比V2/V1が、実施例1では0.90となるように、実施例2および4~6では0.85となるように、実施例3では0.80となるように冷却ロールの回転速度を設定し、樹脂組成物シートを作製した。比較例11は、V2/V1が1となるように、比較例12ではV2/V1が0.75となるように、比較例13ではV2/V1が0.85となるように、冷却ロールの回転速度を設定し樹脂組成物シートを作製した。比較例14は、特許文献6に記載された手法にしたがって樹脂組成物シートを作製した。
【0055】
次に樹脂組成物シートをFe合金製の裏金層の一方の表面に被覆させた後、部分円筒形状に加工し、その後に、裏金層上の組成物が所定の厚さとなるように切削加工した。なお、実施例1~5および比較例11~14の裏金層はFe合金を用いたが、実施例6はFe合金の表面にCu合金の多孔質焼結部を有するものを用いた。また、実施例1~6および比較例11~12、14の摺動部材は、樹脂組成物シートの成形工程での押出方向が部分円筒形状の軸線方向に平行となるようにした。比較例13は、樹脂組成物シートの成形工程での押出方向が部分円筒形状の軸線方向に垂直となるようにした。
作製した実施例1~6および比較例11~14の摺動部材の摺動層の厚さは5mmであり、裏金層の厚さは10mmであった。
【0056】
作製した実施例および比較例は、上記に説明した測定方法により、摺動層の周方向の線膨張係数KS、軸線方向の線膨張係数KJ及び垂直方向の線膨張係数KTを測定した。これら線膨張係数は、23℃~100℃の平均の線膨張係数である。各実施例および比較例の摺動層の周方向の線膨張係数KSの測定結果は表2の「KS」欄に、軸線方向の線膨張係数KJは「KJ」欄に、摺動層の垂直方向の線膨張係数KTは「KT」欄に示す。
また、実施例および比較例の摺動層の周方向の線膨張係数KSと軸線方向の線膨張係数KJとの比(KS/KJ)を表1の「KS/KJ」欄に、摺動層の垂直方向の線膨張係数KTと、軸線方向の線膨張係数KJと周方向の線膨張係数KSとの平均値との比(KT/(KS+KJ)/2)を表2の「KT/((KS/KJ)/2)」欄に示す。
【0057】
部分円筒形状に成形した摺動部材を複数個組み合わせて円筒形状にし、表3に示す2条件で摺動試験を行った。条件2は条件1よりも負荷を大きくした。これらの条件は、軸受装置の運転の停止時に、油の供給が不十分となり軸部材が一定時間回転する摺動状態を再現したものである。また、各実施例および各比較例は、摺動試験後の摺動層の表面の複数箇所を粗さ測定器により測定して傷の発生の有無を評価した。表2の「割れの発生有無」欄に、摺動層の表面に深さが5μm以上の傷が測定された場合には「有」、測定されなかった場合には「無」と示した。また、摺動試験後の試験片を摺動部材の周方向に平行、且つ、摺動面に対して垂直に切断し、摺動層と裏金との界面の「せん断」の発生の有無を光学顕微鏡で確認した。表2の「界面のせん断の有無」欄に、界面の「せん断」が確認された場合には「有」、確認されなかった場合は「無」と示した。
【0058】
【0059】
表2に示す結果から分かるとおり、実施例では、条件1の摺動試験後の摺動層の表面に割れの発生および界面のせん断の発生がなかったが、これは上記に説明したとおり、摺動層の周方向と軸線方向と垂直方向とで上記式(1)および式(2)を満足する熱膨張の異方性を有することによる作用と考えられる。さらに、上記式(3)の熱膨張の異方性を満足する実施例2~6においては、摺動層により高い負荷が加わる条件2においても摺動試験後の摺動層の表面に割れの発生はなかった。
【0060】
これに対し、比較例11は、摺動層の周方向の線膨張係数KSと軸線方向の線膨張係数KJとの比(KS/KJ)が2を超えるため、周方向への熱膨張量が大きくなりすぎて、摺動面に割れが発生したと考えられる。
【0061】
他方、比較例12は、摺動層の周方向の線膨張係数KSと軸線方向の線膨張係数KJとの比(KS/KJ)が1.1未満であるため、摺動層の軸線方向への熱膨張を抑制する効果が不十分となり、摺動面に割れが発生したと考えられる。なお、比較例12は、摺動層の垂直方向の線膨張係数KTと、軸方向の線膨張係数KJと周方向の線膨張係数KSとの平均値との比(KT/(KS+KJ)/2)が2.5倍を超えるため、摺動層の内部にも割れを生じていた。
【0062】
比較例13は、摺動層の周方向の線膨張係数KSと軸線方向の線膨張係数KJとの比(KS/KJ)が1.1未満であるため、摺動面に割れが発生したと考えられる。
【0063】
比較例14は、摺動層の周方向の線膨張係数KSと軸線方向の線膨張係数KJとの比(KS/KJ)が1.1未満であるため、摺動面に割れが発生した。さらに、摺動層の垂直方向の線膨張係数KTと、軸方向の線膨張係数KJと周方向の線膨張係数KSの平均との比(KT/(KS+KJ)/2)が1.3未満であるため、摺動面と平行方向への熱膨張を抑制させる効果も不十分となり、摺動層と裏金との界面でのせん断が発生したと考えられる。
【符号の説明】
【0064】
1:摺動部材、 2:裏金層、 3:摺動層、 4:合成樹脂、 5:多孔質金属部、30:摺動面