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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-22
(45)【発行日】2023-08-30
(54)【発明の名称】生物学的試料のマイクロ流体分析
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/447 20060101AFI20230823BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20230823BHJP
【FI】
G01N27/447 331J
G01N27/62 F
G01N27/62 G
G01N27/447 331K
G01N27/447 331G
【請求項の数】 67
(21)【出願番号】P 2019553400
(86)(22)【出願日】2018-03-29
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2020-05-28
(86)【国際出願番号】 US2018025057
(87)【国際公開番号】W WO2018183622
(87)【国際公開日】2018-10-04
【審査請求日】2021-03-29
(31)【優先権主張番号】62/478,689
(32)【優先日】2017-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】515175981
【氏名又は名称】908 デバイセズ インク.
【氏名又は名称原語表記】908 DEVICES INC.
【住所又は居所原語表記】27 Drydock Ave., 8th Floor, Boston, Massachusetts 02210 (US).
(74)【代理人】
【識別番号】100136630
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 祐啓
(74)【代理人】
【識別番号】100201514
【弁理士】
【氏名又は名称】玉井 悦
(72)【発明者】
【氏名】メローズ, ジェイ. スコット
【審査官】小澤 理
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-160706(JP,A)
【文献】国際公開第2013/191908(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/183072(WO,A1)
【文献】特開2008-224662(JP,A)
【文献】特表2013-529780(JP,A)
【文献】国際公開第2009/118775(WO,A1)
【文献】特開2005-300484(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/447
G01N 27/62
G01N 37/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料を処理するための方法であって:
第1電解液内に1つ以上の成分を含む試料を、流体装置の分離チャンネルに導入する段階と;
少なくとも1つの試料成分を前記分離チャンネルの端部に向かって移動させるため、前記試料に電位差を印加する段階と;
第2電解液を含むタンク内の気体圧が、前記分離チャンネルの前記端部に配置された開口部の外部の気体圧より大きくなるように、前記タンク内の前記気体圧及び前記開口部の外部の前記気体圧の少なくとも一方を調節する段階であって、前記タンクはポンピングチャンネルに接続されており、前記ポンピングチャンネルは、前記分離チャンネルの前記端部の近傍で前記分離チャンネルに接続されている、調節する段階と;
前記少なくとも1つの試料成分を前記開口部を介して排出するため、前記気体圧に応答して、前記第2電解液の流れを、前記ポンピングチャンネルを介して前記開口部の外へ向ける段階とを含み、
前記分離チャンネル内の前記少なくとも1つの試料成分の実際の又は期待移動時間に関する情報を取得する段階と;
前記少なくとも1つの試料成分の前記移動の第1部分の間に第1電位差が印加され且つ前記少なくとも1つの試料成分の前記移動の第2部分の間に第2電位差が印加されるように、前記印加される電位差を前記分離チャンネル内の前記少なくとも1つの試料成分の前記実際の又は期待移動時間に関する前記情報に基づいて調節する段階をさらに含み、
前記第1電位差及び前記第2電位差の大きさが異なる、方法。
【請求項2】
前記タンク内の前記気体圧を調節する段階は、気体を前記タンクに導入する段階を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記タンク内の前記気体圧を調節する段階は、気体を前記タンクで圧縮する段階を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記タンク内の前記気体圧を調節する段階は、前記タンクを加熱する段階を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記開口部の外部の前記気体圧を調節する段階は、真空源を前記開口部に近接して作動させる段階を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記タンク内の前記気体圧は、前記開口部の外部の前記気体圧より少なくとも0.5 psi大きい、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記タンク内の前記気体圧は、前記開口部の外部の前記気体圧より少なくとも2.0 psi大きい、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記ポンピングチャンネル内の前記第2電解液の流量が50 nL/分以上である、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記第2電解液の前記流量が200 nL/分以上である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記第1及び第2電解液が共通の成分を備えている、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記第2電解液の組成が、前記第1電解液の組成とは異なる、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
前記第2電解液内の1つ以上の有機修飾剤の濃度が、前記第1電解液内の前記1つ以上の有機修飾剤の濃度より高い、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記電位差の大きさは0 Vと20 kVとの間である、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
前記電位差の大きさは0 Vと10 kVとの間である、請求項1に記載の方法。
【請求項15】
前記少なくとも1つの試料成分が、前記開口部から排出される前に、500 pL以下のデッドボリューム内を移動する、請求項1に記載の方法。
【請求項16】
前記少なくとも1つの試料成分が、前記開口部から排出される前に、100 pL以下のデッドボリューム内を移動する、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記第2電解液を含む流体を、前記開口部を介して排出することによって発生される排出プルームに関する情報を、光学測定や電気的特定の測定によって取得する段階をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項18】
前記排出プルームに関する情報を取得するために、前記排出プルームを透過する光と、前記排出プルームから反射する光と、前記排出プルームによって散乱される光と、前記排出プルームによって吸収される光とのうち1つ以上を測定する段階をさらに含む、請求項17に記載の方法。
【請求項19】
前記排出プルームを調節するため、前記取得された情報に基づいて、前記第2電解液の前記流れの一部を排出チャンネル内に分流させる段階をさらに含む、請求項17に記載の方法。
【請求項20】
第3液を含む補助タンクの気体圧が前記開口部の外部の前記気体圧より大きくなるよう前記補助タンク気体圧を調節する段階であって、前記補助タンクは補助チャンネルに接続されており、前記補助チャンネルは、前記分離チャンネルの前記端部の近傍で前記分離チャンネルに接続されている、調節する段階と、
前記補助タンク内の前記気体圧に応答して、前記第3液の流れを、前記補助チャンネルを介して前記分離チャンネル内に向ける段階とを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項21】
前記第3液は質量分析校正化合物を含み、前記質量分析校正化合物は前記開口部から排出される、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
前記第3液は質量分析カップリング剤を含み、前記質量分析カップリング剤は前記開口部から排出される、請求項20に記載の方法。
【請求項23】
前記第1電位差は10 kVと20 kVとの間である、請求項1に記載の方法。
【請求項24】
前記第2電位差は10 kV未満である、請求項1に記載の方法。
【請求項25】
前記第2電位差は5.0 kV未満である、請求項1に記載の方法。
【請求項26】
前記第2電位差は0 Vである、請求項1に記載の方法。
【請求項27】
前記開口部を介して放出された前記少なくとも1つの試料成分の一部を検出することによって、前記分離チャンネル内の前記少なくとも1つの試料成分の前記実際の又は期待移動時間に関する前記情報を取得する段階をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項28】
質量分析検出システムを用いて、前記少なくとも1つの試料成分の前記一部を検出する段階をさらに含む、請求項27に記載の方法。
【請求項29】
前記少なくとも1つの試料成分に関する参照情報のデータベースから、前記分離チャンネル内の前記少なくとも1つの試料成分の前記実際の又は期待移動時間に関する前記情報を取得する段階をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項30】
前記少なくとも1つの試料成分は多数の試料成分を含み、前記方法は、各試料成分又は各成分グループに関して、当該成分又は当該成分グループの前記移動の異なる部分の間に、異なる電位差が印加されるよう、前記印加される電位差を調節する段階を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項31】
前記印加された電位差が、前記多数の試料成分の移動時に連続的に大きい値と小さい値との間を交互に切り替わる、請求項30に記載の方法。
【請求項32】
流体分析システムであって:
平面基板に形成された流体チップで:
分離チャンネルの第1端部で当該分離チャンネルに接続された試料タンクと;
ポンピングチャンネルに接続されたバックグラウンド電解液タンクであって、前記ポンピングチャンネルは、前記第1端部の反対側で、前記分離チャンネルの第2端部の近傍において前記分離チャンネルに接続されている、バックグラウンド電解液タンクと;
前記第2端部から前記流体チップの外面まで延伸する開口部と;
前記流体チップの外面から前記試料タンク内に延伸する第1電極と;
前記流体チップの外面から前記バックグラウンド電解液タンク内に延伸する第2電極とを含む流体チップと;
前記バックグラウンド電解液タンクに接続された加圧機構と;
前記第1及び第2電極並びに前記加圧機構に接続された電子プロセッサであって、前記流体分析システムの動作時に:
前記分離チャンネル内に入れられた試料の少なくとも1つの試料成分を前記第2端部に向かって移動させるため、前記第1電極と前記第2電極との間に電位差を印加し;
前記バックグラウンド電解液タンク内の気体圧が前記開口部の外部の気体圧より大きくなるように、前記加圧機構を作動して前記バックグラウンド電解液タンク内の前記気体圧を調節し、前記バックグラウンド電解液タンクから前記ポンピングチャンネルを介して前記開口部から出るバックグラウンド電解液の流れを発生させるよう構成された、電子プロセッサとを含み、
前記試料の前記少なくとも1つの試料成分が前記第2端部に到達すると、前記少なくとも1つの試料成分が、前記バックグラウンド電解液の前記流れによって前記開口部を介して放出され、
前記電子プロセッサは、さらに:
前記分離チャンネル内の前記少なくとも1つの試料成分の実際の又は期待移動時間に関する情報を取得し;
前記少なくとも1つの試料成分の前記移動の第1部分の間に第1電位差が印加され且つ前記少なくとも1つの試料成分の前記移動の第2部分の間に第2電位差が印加されるように、前記印加される電位差を前記実際の又は期待移動時間に基づいて調節するように構成されており、
前記第1電位差及び前記第2電位差の大きさが異なる、流体分析システム。
【請求項33】
前記加圧機構は気体源を含む、請求項32に記載のシステム。
【請求項34】
前記加圧機構はピストン及びダイアフラムの少なくとも1つを含む、請求項32に記載のシステム。
【請求項35】
前記加圧機構は加熱装置を含む、請求項32に記載のシステム。
【請求項36】
前記バックグラウンド電解液タンク内の前記気体圧は、前記開口部の外部の前記気体圧より少なくとも0.5 psi大きい、請求項32に記載のシステム。
【請求項37】
前記ポンピングチャンネル内の前記バックグラウンド電解液の流量は50 nL/分以上である、請求項32に記載のシステム。
【請求項38】
前記電位差の大きさは0 Vと20 kVとの間である、請求項32に記載のシステム。
【請求項39】
前記分離チャンネルのデッドボリュームを画定する前記第2端部の近傍で、前記分離チャンネルと前記ポンピングチャンネルとの間に接合部をさらに含み、前記デッドボリュームは500 pL以下である、請求項32に記載のシステム。
【請求項40】
前記デッドボリュームは100 pL以下である、請求項39に記載のシステム。
【請求項41】
前記電子プロセッサに接続された少なくとも1つの検出器であって、前記バックグラウンド電解液を含む流体を、前記開口部を介して排出することによって発生される排出プルームに関する情報を、光学測定や電気的特定の測定によって取得するよう構成された少なくとも1つの検出器をさらに含む、請求項32に記載のシステム。
【請求項42】
前記少なくとも1つの検出器は、前記排出プルームに関する情報を取得するために、前記排出プルームを透過する光と、前記排出プルームから反射する光と、前記排出プルームによって散乱される光と、前記排出プルームによって吸収される光とのうち1つ以上を測定するよう構成されている、請求項41に記載のシステム。
【請求項43】
排出弁を介して前記ポンピングチャンネルに接続された排出チャンネルをさらに含み、前記電子プロセッサは、前記排出弁に接続されると共に:
前記少なくとも1つの検出器から前記排出プルームに関する情報を受け取り;
前記受け取られた前記排出プルームに関する情報に基づいて前記排出弁を選択的に作動させて、前記バックグラウンド電解液の前記流れの一部を排出チャンネル内に分流させるよう構成されている、請求項41に記載のシステム。
【請求項44】
前記流体チップは、補助加圧機構に接続された補助タンクと、前記補助タンクに且つ前記第2端部の近傍で前記分離チャンネルに接続された補助チャンネルとをさらに含み;
前記電子プロセッサは、前記補助加圧機構に接続されると共に、前記補助タンク内の気体圧が前記補助タンクの外部の気体圧より大きくなるように、前記補助加圧機構を作動して前記補助タンク内の前記気体圧を調節するよう構成されており、前記補助タンクから前記補助チャンネルを介して前記分離チャンネルに入る補助液の流れを発生させる、請求項32に記載のシステム。
【請求項45】
前記補助液は質量分析校正化合物を含み、前記質量分析校正化合物は前記開口部から排出される、請求項44に記載のシステム。
【請求項46】
前記補助液は質量分析カップリング剤を含み、前記質量分析カップリング剤は前記開口部から排出される、請求項44に記載のシステム。
【請求項47】
前記第1電位差は10 kVと20 kVとの間である、請求項32に記載のシステム。
【請求項48】
前記第2電位差は10 kV未満である、請求項32に記載のシステム。
【請求項49】
前記第2電位差は5.0 kV未満である、請求項48に記載のシステム。
【請求項50】
前記第2電位差は0 Vである、請求項48に記載のシステム。
【請求項51】
前記電子プロセッサは、前記開口部を介して放出された前記少なくとも1つの試料成分の一部を検出するように構成された検出システムから、前記分離チャンネル内の前記少なくとも1つの試料成分の前記実際の又は期待移動時間に関する前記情報を取得するよう構成されている、請求項32に記載のシステム。
【請求項52】
前記電子プロセッサは、質量分析検出システムに接続されると共に、前記少なくとも1つの試料成分に対応する検出情報を前記質量分析検出システムから受け取るよう構成されている、請求項51に記載のシステム。
【請求項53】
前記電子プロセッサは、前記少なくとも1つの試料成分に関する参照情報のデータベースから、前記分離チャンネル内の前記少なくとも1つの試料成分の前記実際の又は期待移動時間に関する前記情報を取得するよう構成されている、請求項51に記載のシステム。
【請求項54】
前記少なくとも1つの試料成分は多数の試料成分を含み、各試料成分又は各成分グループに関して、前記電子プロセッサは、前記成分又は前記成分グループの前記移動の異なる部分の間に、異なる電位差が印加されるよう、前記印加される電位差を調節するよう構成されている、請求項32に記載のシステム。
【請求項55】
前記電子プロセッサは、前記印加された電位差が前記多数の試料成分の移動時に連続的に大きい値と小さい値との間を交互に切り替わるように、前記印加される電位差を調節するよう構成されている、請求項54に記載のシステム。
【請求項56】
流体分析システムであって:
平面基板に形成された流体チップで:
分離チャンネルの第1端部で当該分離チャンネルに接続された試料タンクと;
ポンピングチャンネルに接続されたバックグラウンド電解液タンクであって、前記ポンピングチャンネルは、前記第1端部の反対側で、前記分離チャンネルの第2端部の近傍において前記分離チャンネルに接続されている、バックグラウンド電解液タンクと;
前記第2端部から前記流体チップの外面まで延伸する開口部と;
前記流体チップの外面から前記試料タンク内に延伸する第1電極と;
前記流体チップの外面から前記バックグラウンド電解液タンク内に延伸する第2電極とを含む流体チップと;
前記バックグラウンド電解液タンクに接続された加圧機構と;
前記第1及び第2電極並びに前記加圧機構に接続された電子プロセッサであって、前記流体分析システムの動作時に:
前記分離チャンネル内に入れられた試料の少なくとも1つの成分を前記第2端部に向かって移動させるため、前記第1電極と前記第2電極との間に電位差を印加し;
前記バックグラウンド電解液タンク内の気体圧が前記開口部の外部の気体圧より大きくなるように、前記加圧機構を作動して前記バックグラウンド電解液タンク内の前記気体圧を調節し、前記バックグラウンド電解液タンクから前記ポンピングチャンネルを介して前記開口部から出るバックグラウンド電解液の流れを発生させるよう構成された、電子プロセッサとを含み、
前記試料の前記少なくとも1つの成分が前記第2端部に到達すると、前記少なくとも1つの成分が、前記バックグラウンド電解液の前記流れによって前記開口部を介して放出され、
前記加圧機構は加熱装置を含む、システム。
【請求項57】
前記バックグラウンド電解液タンク内の前記気体圧は、前記開口部の外部の前記気体圧より少なくとも0.5 psi大きい、請求項56に記載のシステム。
【請求項58】
前記ポンピングチャンネル内の前記バックグラウンド電解液の流量は50 nL/分以上である、請求項56に記載のシステム。
【請求項59】
前記電位差の大きさは0 Vと20 kVとの間である、請求項56に記載のシステム。
【請求項60】
前記分離チャンネルのデッドボリュームを画定する前記第2端部の近傍で、前記分離チャンネルと前記ポンピングチャンネルとの間に接合部をさらに含み、前記デッドボリュームは500 pL以下である、請求項56に記載のシステム。
【請求項61】
前記デッドボリュームは100 pL以下である、請求項60に記載のシステム。
【請求項62】
前記電子プロセッサに接続された少なくとも1つの検出器であって、前記バックグラウンド電解液を含む流体を、前記開口部を介して排出することによって発生される排出プルームに関する情報を、光学測定や電気的特定の測定によって取得するよう構成された少なくとも1つの検出器をさらに含む、請求項56に記載のシステム。
【請求項63】
前記少なくとも1つの検出器は、前記排出プルームに関する情報を取得するために、前記排出プルームを透過する光と、前記排出プルームから反射する光と、前記排出プルームによって散乱される光と、前記排出プルームによって吸収される光とのうち1つ以上を測定するよう構成されている、請求項62に記載のシステム。
【請求項64】
排出弁を介して前記ポンピングチャンネルに接続された排出チャンネルをさらに含み、前記電子プロセッサは、前記排出弁に接続されると共に:
前記少なくとも1つの検出器から前記排出プルームに関する情報を受け取り;
前記受け取られた前記排出プルームに関する情報に基づいて前記排出弁を選択的に作動させて、前記バックグラウンド電解液の前記流れの一部を排出チャンネル内に分流させるよう構成されている、請求項62に記載のシステム。
【請求項65】
前記流体チップは、補助加圧機構に接続された補助タンクと、前記補助タンクに且つ前記第2端部の近傍で前記分離チャンネルに接続された補助チャンネルとをさらに含み;
前記電子プロセッサは、前記補助加圧機構に接続されると共に、前記補助タンク内の気体圧が前記補助タンクの外部の気体圧より大きくなるように、前記補助加圧機構を作動して前記補助タンク内の前記気体圧を調節するよう構成されており、前記補助タンクから前記補助チャンネルを介して前記分離チャンネルに入る補助液の流れを発生させる、請求項56に記載のシステム。
【請求項66】
前記補助液は質量分析校正化合物を含み、前記質量分析校正化合物は前記開口部から排出される、請求項65に記載のシステム。
【請求項67】
前記補助液は質量分析カップリング剤を含み、前記質量分析カップリング剤は前記開口部から排出される、請求項65に記載のシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本願は、引用してその全体を本明細書に援用する2017年3月30日付けの米国特許仮出願第62/478,689号の優先権を主張する。
【0002】
技術分野
本開示は、マイクロ流体試料取扱システムを用いて質量スペクトル情報を測定するための質量分析及び方法が開示される。
【背景技術】
【0003】
質量分析計は、化学物質を検出するために広く使われている。典型的な質量分析計においては、分子又は粒子が励起又はイオン化され、これら励起種は、しばしば分解してより小さい質量のイオンを形成し又は他の種と反応して他の特徴的イオンを形成する。このイオン形成パターンはシステムオペレータにより解釈され、この化合物の同一性を推論できる。
【0004】
生物分子は、質量分光法を用いて分析するには時として困難さを伴うことがある。特に、質量分光分析前の、一定の大型の生物分子の輸送及びイオン化が大きな障害となることがある。流体輸送技法を用いてそうした試料を取り扱うことができるが、後に分析可能なイオンを発生するために、電気スプレーイオン化のような特殊な電離法が開発されている。
【発明の概要】
【0005】
特別に設計された流体チップ上での生物学的試料の輸送は、そうした試料を取り扱うための便利で再現可能な方法を提供する。そうしたチップは、そうした試料を効率的に排出し、且つ質量分析装置内に注入できる均質で細かく分散された試料蒸気を形成するための1つ以上の組込型電気スプレー放出器を含むことができる。そうした試料を流体チャンネル内で流動させる従来の技法は、例えば、電位を流動チャンネルの端部に印加してチャンネル内で流体を移動させる電気浸透ポンピングを含む。
【0006】
電気浸透ポンピングを実装する従来のチップでは、流動チャンネル壁の化学環境を注意深く制御して、前記チャンネル内での適切な試料流動を保証する。前記チャンネルの前記端部間に印加される電位差と共に前記チャンネル壁の前記化学環境に対する制御を用いて、前記チャンネル内の検体及び試料マトリックス成分の電気浸透移動度及び電気泳動易動度を調節する。T
【0007】
本開示は、電気浸透ポンピングでなく差圧を用いて試料流動を発生し、マイクロ流体チップ及び他の流体輸送システム内で試料成分の分離を実現するシステム及び方法を特徴とする。差圧を利用することで、こうした差圧が存在しなければ成分を輸送するには小さすぎるはずの印加電位差の下でも、流体チャンネルを通る試料成分の輸送が可能となる。本明細書で開示された方法及びシステムは、流動チャンネルの両端に電位差が印加されていない場合でも試料を輸送できる。
【0008】
前記印加された電位差を前記流体チップ又はシステムを通る試料成分の流量から分離することによって、前記流動チャンネル内の流量は前記チャンネルの両端に印加される電位差とは独立して制御できる。これによって、試料成分の分離が前記流動チャンネルにおいて所望の流量範囲で実行できる。実際において、前記流動チャンネル内の試料成分の前記流量及び分離の程度は別々に変更でき、質量分析システム内での試料分離及び分析がより有意により大きな程度で制御可能になる。
【0009】
概して、第1の局面では、本開示は試料を処理するための方法であって、第1電解液内に1つ以上の成分を特徴的に備えた試料を、流体装置の分離チャンネルに導入する段階と、少なくとも1つの試料成分を前記分離チャンネルの端部に向かって移動させるため、前記試料の両端に電位差を印加する段階と、第2電解液を含むタンク内の気体圧が、前記分離チャンネルの前記端部に配置された開口部の外部の気体圧より大きくなるように、前記タンク内の前記気体圧及び前記開口部の外部の前記気体圧の少なくとも一方を調節する段階であって、前記タンクはポンピングチャンネルに接続されており、前記ポンピングチャンネルは、前記分離チャンネルの前記端部の近傍で前記分離チャンネルに接続されている、調節する段階と、前記少なくとも1つの試料成分を前記開口部を介して排出するため、前記気体圧に応答して、前記第2電解液の流れを、前記ポンピングチャンネルを介して前記開口部の外へ向ける段階とを含む、方法。
【0010】
前記方法の実施形態は、次の特徴の内1つ又は複数を含むことができる。
【0011】
前記タンク内の前記気体圧を調節する段階は、気体を前記タンクに導入する段階と、気体を前記タンク内で圧縮する段階と、前記タンクを加熱する段階との1つ以上を含むことができる。前記開口部の外部の前記気体圧を調節する段階は、真空源を前記開口部に近接して作動させる段階を含むことができる。前記タンク内の前記気体圧は、前記開口部の外部の前記気体圧より少なくとも0.5 psi(例えば2.0 psi)高くすることができる。
【0012】
前記ポンピングチャンネル内の前記電解液の流量が50 nL/分以上(例えば200 nL/分以上)とすることができる。前記第1及び第2電解液は共通の成分を備えることができる。代替的に、前記第2電解液の組成は、前記第1電解液の組成とは異なっていてもよい。前記第2電解液内の1つ以上の有機修飾剤の濃度が、前記第1電解液内の前記1つ以上の有機修飾剤の濃度より高くすることができる。
【0013】
前記電位差の大きさは0 Vと20 kVとの間(例えば0 Vと10 kVとの間)とすることができる。前記少なくとも1つの試料成分が、前記開口部から排出される前に、500 pL以下(例えば100 pL以下)のデッドボリューム内を移動できる。
【0014】
前記方法は、前記第2電解液を含む流体を、前記開口部を介して排出することによって発生される排出プルームに関する情報を取得する段階を含むことができる。前記方法は、前記情報を取得するために、前記排出プルームを透過する光と、前記排出プルームから反射する光と、前記排出プルームによって散乱される光と、前記排出プルームによって吸収される光とのうち1つ以上を測定する段階を含むことができる。前記排出プルームを調節するため、前記取得された情報に基づいて、前記第2電解液の前記流れの一部を排出チャンネル内に分流させる段階を含むことができる。
【0015】
前記方法は、第3液を含む補助タンクの気体圧が前記開口部の外部の前記気体圧より大きくなるよう前記補助タンク気体圧を調節する段階であって、前記補助タンクは補助チャンネルに接続されており、前記補助チャンネルは、前記分離チャンネルの前記端部の近傍で前記分離チャンネルに接続されている、調節する段階と、前記補助タンク内の前記気体圧に応答して、前記第3液の流れを、前記補助チャンネルを介して前記分離チャンネル内に向ける段階とを含むことができる。前記第3液は質量分析校正化合物を含むことができ、前記校正化合物は前記開口部から排出される。前記第3液は質量分析カップリング剤を含むことができ、前記カップリング剤は前記開口部から排出される。
【0016】
前記方法は、前記分離チャンネル内の前記少なくとも1つの試料成分の実際の又は期待移動時間に関する情報を取得し;前記少なくとも1つの試料成分の前記移動の第1部分の間に第1電位差が印加され且つ前記少なくとも1つの試料成分の前記移動の第2部分の間に第2電位差が印加されるように、前記印加される電位差を前記実際の又は期待移動時間に基づいて調節する段階を含むことができ、前記第1電位差及び前記第2電位差の大きさが異なる。前記第1電位差は10 kVと20 kVとの間とすることができる。前記第2電位差は10 kV以下(例えば5.0 kV以下)とすることができる。前記第2電位差は0 Vとすることができる。
【0017】
前記方法は、前記開口部を介して放出された前記少なくとも1つの試料成分の一部を検出することによって、前記少なくとも1つの試料成分の前記実際の移動時間に関する前記情報を取得する段階を含むことができる。前記方法は、質量分析検出システムを用いて、前記少なくとも1つの試料成分の前記一部を検出する段階を含むことができる。
【0018】
前記方法は、前記少なくとも1つの試料成分に関する参照情報のデータベースから、前記少なくとも1つの試料成分の前記期待移動時間に関する前記情報を取得する段階を含むことができる。前記少なくとも1つの試料成分は多数の試料成分を含むことができ、前記方法は、各試料成分又は各成分グループに関して、当該成分又は当該成分グループの前記移動の異なる部分の間に、前記異なる電位差が印加されるよう、前記印加される電位差を調節する段階を含むことができる。前記印加された電位差が、前記多数の試料成分の移動時に連続的に大きい値と小さい値との間を交互に切り替わることができる。
【0019】
前記方法の実施形態は、異なる実施形態との関連で開示された特徴を含んだ、本明細書で開示された任意の他の特徴を、そうしないことが明示的に述べられていない限り、任意の組合せで含むことができる。
【0020】
別の局面では、本開示は、流体分析システムであって:平面基板に形成された流体チップで、分離チャンネルの第1端部で当該分離チャンネルに接続された試料タンクと、ポンピングチャンネルに接続されたバックグラウンド電解液タンクであって、前記ポンピングチャンネルは、前記第1端部の反対側で、前記分離チャンネルの第2端部の近傍において前記分離チャンネルに接続されている、バックグラウンド電解液タンクと、前記第2端部から前記チップの外面まで延伸する開口部と、前記チップの外面から前記試料タンク内に延伸する第1電極と、前記チップの外面から前記バックグラウンド電解液タンク内に延伸する第2電極とを含む流体チップと;前記バックグラウンド電解液タンクに接続された加圧機構と;前記第1及び第2電極並びに前記加圧機構に接続された電子プロセッサであって、前記システムの動作時に:前記分離チャンネル内に入れられた試料の少なくとも1つの成分を前記第2端部に向かって移動させるため、前記第1電極と前記第2電極との間に電位差を印加し、前記バックグラウンド電解液タンク内の気体圧が前記開口部の外部の気体圧より大きくなるように、前記加圧機構を作動して前記バックグラウンド電解液タンク内の前記気体圧を調節し、前記バックグラウンド電解液タンクから前記ポンピングチャンネルを介して前記開口部から出るバックグラウンド電解液の流れを発生させるよう構成された、電子プロセッサとを含み、前記試料の前記少なくとも1つの成分が前記第2端部に到達すると、前記少なくとも1つの成分が、前記バックグラウンド電解液の前記流れによって前記開口部を介して放出される、流体分析システムを特徴とする。
【0021】
前記システムの実施形態は、次の特徴の内1つ又は複数を含むことができる。
【0022】
前記加圧機構はピストン、ダイアフラム、及び加熱装置の少なくとも1つを含むことができる。前記バックグラウンド電解液タンク内の前記気体圧は、前記開口部の外部の前記気体圧より少なくとも0.5 psi高くすることができる。前記ポンピングチャンネル内の前記バックグラウンド電解液の流量は50 nL/分以上とすることができる。前記電位差の大きさは0 Vと20 kVとの間とすることができる。
【0023】
前記システムは、前記分離チャンネルのデッドボリュームを画定する前記第2端部の近傍で、前記分離チャンネルと前記ポンピングチャンネルとの間に接合部を含むことができ、前記デッドボリュームは500 pL以下(例えば100 pL以下)とすることができる。
【0024】
前記システムは、前記電子プロセッサに接続された少なくとも1つの検出器であって、前記バックグラウンド電解液を含む流体を、前記開口部を介して排出することによって発生される排出プルームに関する情報を取得する少なくとも1つの検出器を含むことができる。前記少なくとも1つの検出器は、前記情報を取得するために、前記排出プルームを透過する光と、前記排出プルームから反射する光と、前記排出プルームによって散乱される光と、前記排出プルームによって吸収される光とのうち1つ以上を測定するよう構成できる。
【0025】
前記システムは、排出弁を介して前記ポンピングチャンネルに接続された排出チャンネルを含むことができ、前記電子プロセッサは、前記排出弁に接続されると共に、前記少なくとも1つの検出器から前記情報を受け取り、前記受け取られた情報に基づいて前記排出弁を選択的に作動させて、前記バックグラウンド電解液の前記流れの一部を排出チャンネル内に分流させるよう構成されている。
【0026】
前記流体チップは、補助加圧機構に接続された補助タンクと、前記補助タンクに且つ前記第2端部の近傍で前記分離チャンネルに接続された補助チャンネルと含むことができ、前記電子プロセッサは、前記補助加圧機構に接続されると共に、前記補助タンク内の気体圧が前記タンクの外部の気体圧より大きくなるように、前記補助加圧機構を作動して前記補助タンク内の前記気体圧を調節するよう構成でき、前記補助タンクから前記補助チャンネルを介して前記分離チャンネルに入る補助液の流れを発生させる。前記補助液は質量分析校正化合物を含むことができ、前記校正化合物は前記開口部から排出される。前記補助液は質量分析カップリング剤を含むことができ、前記カップリング剤は前記開口部から排出される。
【0027】
前記電子プロセッサは、さらに前記分離チャンネル内の前記少なくとも1つの試料成分の実際の又は期待移動時間に関する情報を取得し、前記少なくとも1つの試料成分の前記移動の第1部分の間に第1電位差が印加され且つ前記少なくとも1つの試料成分の前記移動の第2部分の間に第2電位差が印加されるように、前記印加される電位差を前記実際の又は期待移動時間に基づいて調節するように構成でき、前記第1電位差及び前記第2電位差の大きさが異なる。前記第1電位差は10 kVと20 kVとの間とすることができる。前記第2電位差は10 kV以下(例えば5.0 kV以下)とすることができる。前記第2電位差は0 Vとすることができる。
【0028】
前記電子プロセッサは、前記開口部を介して放出された前記少なくとも1つの試料成分の一部を検出するように構成された検出システムから、前記少なくとも1つの試料成分の前記実際の移動時間に関する前記情報を取得するよう構成できる。前記電子プロセッサは、質量分析検出システムに接続されると共に、前記少なくとも1つの試料成分に対応する検出情報を前記質量分析検出システムから受け取るよう構成できる。前記電子プロセッサは、前記少なくとも1つの試料成分に関する参照情報のデータベースから、前記少なくとも1つの試料成分の前記期待移動時間に関する前記情報を取得するよう構成できる。
【0029】
前記少なくとも1つの試料成分は多数の試料成分を含むことができ、各試料成分又は各成分グループに関して、前記電子プロセッサは、前記成分又は前記成分グループの前記移動の異なる部分の間に、前記異なる電位差が印加されるよう、前記印加される電位差を調節するよう構成できる。前記電子プロセッサは、前記印加された電位差が前記多数の試料成分の移動時に連続的に大きい値と小さい値との間を交互に切り替わるように、前記印加される電位差を調節するよう構成できる。
【0030】
前記システムの実施形態は、異なる実施形態との関連で開示された特徴を含んだ、本明細書で開示された任意の他の特徴を、そうしないことが明示的に述べられていない限り、任意の組合せで含むことができる。
【0031】
他に特に定義しない限り、本明細書で用いる科学技術用語は、本開示が属する分野の通常の技能を備えた当業者が一般に理解する意味と同一である。本明細書に記載したものと類似又は同等の方法及び材料を、本明細書の主題の実施又は試験に用いることができるが、適切な方法及び材料は後述する。本明細書で言及された全ての刊行物、特許出願、特許、及び他の引用文献は、その全体を引用して援用する。矛盾が生じた場合は、定義も含めて本明細書が優先する。さらに、これら材料、方法、及び例は、例示的なものであって限定する意図はない。
【0032】
1つ以上の実施形態の詳細が、添付の図面及び以下の説明に記載されている。他の特徴及び利点は、詳細な説明、図面、及び特許請求の範囲から明らかとなるはずである。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】キャピラリー電気泳動システムの概略図である。
図2】バックグラウンド電解液の圧力に基づいた輸送を用いるキャピラリー電気泳動システムの概略図である。
図3】流体チップの概略図である。
図4】分離チャンネルの一部分を示す概略図である。
図5図3の流体チップの一部分を示す概略図である。
図6図3の流体チップの別の部分を示す概略図である。
図7】電子プロセッサに接続された流体チップの概略図である。
図8】別の流体チップの概略図である。
図9】さらなる流体チップの概略図である。
図10】流体チップ内で試料成分を分離するための一連の段階を示すフローチャートである。
図11】流体チップからの放出の概略図である。
図12】流体チップから放出されるプルームの概略図である。
図13】質量分析検出システムに結合された流体チップの概略図である。
図14】流体タンクに接続された変位機構を含む流体チップの概略図である。
図15】放出器の近傍に真空源を含む流体チップの概略図である。
【0034】
これら様々な図面中の類似の参照記号は、類似の構成要素を示す。
【発明を実施するための形態】
【0035】
生物分子及び試料成分の分析は、こうした分子及び成分の複雑な性質、幾つかの場合でのそれらの相対的な脆弱性、並びにそうした分子及び試料が存在する環境によって困難となることがある。しばしば、例えばタンパク質、核酸、脂質、及び炭水化物などの対象とする生物学的検体は、対象としていない様々な他の種(一括して「マトリックス」又は「マトリックス成分」という)と共に試料中に存在する。
【0036】
これら分子及び成分が定量分析技法に供される前に少なくとも部分的にマトリックスから分離されている場合は、これら分子及び成分の正確性及び再現性は有意に向上しうる。これにより、対象とする検体に由来する信号を不明瞭にしがちなマトリックスに由来する分析信号の交絡効果が確実に低減又は除去されることになる。
【0037】
幾つかの技法を用いて1つの生物学的試料を、対象とする検体と分析が意図されていないマトリックス成分とに分離できる。広範囲の試料への一般的な適用性及び全体量が比較的少ない試料に関しても、対象とする検体の高品質な分離を達成することが可能であるため、これらの技法の中でもキャピラリー電気泳動は特に有用である。キャピラリー電気泳動は、検体の生化学的及び立体化学的特性の保存に非常に適した比較的穏やかな(mild)技法でもある。
【0038】
次の項目では、電気泳動技法を介した流体取扱及び試料分離の幾つかの一般的特徴を説明し、その後、圧力駆動流を介して試料の輸送及び電気スプレーイオン化を実行する方法及びシステムを説明する。
【0039】
I. 流体試料の取扱及び輸送
キャピラリー電気泳動とは、試料の成分が、電界の存在下でのそれらの移動の差に基づいて分離カラム又はチャンネルの長さに沿って互いから分離する技法である。試料の電気泳動易動度μEPは、電界Eにおけるその電気泳動速度μEPを次の通りに定める。
【0040】
【数1】
【0041】
成分が移動する合計速度(total velocity)は、電気浸透移動度μEOに依存する電気浸透流VEOにも依存する。キャピラリー電気泳動システムでは次の通り。
【0042】
【数2】
【0043】
成分の電気浸透移動度は、これら成分と、これら成分が(ゼータ電位を介して)移動するチャンネルとの相互作用及び緩衝液の相対誘電率に依存する。チャンネル内のこれら成分の全体的移動速度は、チャンネル内での緩衝液の電気浸透流にも依存する。
【0044】
緩衝液の電気浸透流が負に荷電したカソードに向かう電気泳動システムでは、正に荷電した試料成分はカソードに向かって移動し、同じ方向及び電気浸透流で移動する。対照的に、負に荷電した試料成分は、電気浸透流と反対の方向に、正に荷電したアノードに向かって移動する傾向にある。電気浸透流の速度の大きさが電気泳動速度の大きさより大きい場合、すべての試料成分は電気浸透流と同じ方向に移動する。
【0045】
従来のキャピラリー電気泳動システムでは、試料成分の分離は、分離チャンネル内での成分の移動が発生する。チャンネルに印加された電界が、チャンネル内での成分の電気泳動速度及び電気浸透流の速度を調節する。さらに、チャンネル壁の表面化学を制御して各成分の電気浸透移動度を調節でき、使用されている緩衝液の選択によって電気浸透流の方向を制御できる。これらの因子それぞれを適切に選択することで、対象とする試料成分(すなわち検体)はマトリックス成分から分離でき、検体は分析のため互いから分離できる。
【0046】
図1は、試料タンク102と、分離チャンネル104と、バックグラウンド電解液タンク106と、ポンピングチャンネル108と、放出器110とを含むキャピラリー電気泳動システム100の概略図である。放出器110は、分離チャンネル104及びポンピングチャンネル108の交差点の近くの小型オリフィスとして典型的には実現され、試料成分を含む蒸気を発生するための電気スプレー放出器として機能する。
【0047】
システム100の動作時に、電位V1が、電極116を介して、対象とする試料も含む試料タンク102内のバックグラウンド電解液112に印加される。電位V2が、電極118を介して、バックグラウンド電解液タンク106内のバックグラウンド電解液114に印加される。タンク102内のバックグラウンド電解液112と、タンク106内のバックグラウンド電解液114との間の電位差ΔVsep = V1-V2が、タンク102と106との間に電界を発生させる。この電界は、分離チャンネル104とポンピングチャンネル108とが交差する接合部120内を延びる。
【0048】
数式1及び2に関連して上述したように、イオン及び双極試料成分は、分離チャンネル104に発生された電界に応答して異なる速度で移動する。従って、異なる試料成分が異なる時間に接合部120に到着する。これら異なる試料成分は、一旦この方法で分離されると、質量分析法などの技法を用いて分析できる。試料成分の質量分析を開始するため、成分はまず放出器110を介して分離チャンネル104から射出され、次に、質量分析システム内に導入される。
【0049】
放出器110を介した電気スプレー放出は、他の方法では質量分析システムに導入が困難となりうる生物学的試料の成分に特に適した技法である。多くの生物学的試料の成分は、蒸発状態を気相に導くのにあまり適していないタンパク質、ペプチド、及び核酸などの大型分子を含む。反対に、そうした成分を蒸発させるのに必要な熱量は、タンパク質の変性などの望ましくない副作用をもたらすことがあり、そうした成分の分析を不正確で無効にしてしまう。電気スプレー放出によって、多くの生物学的試料成分が、比較的穏やかな条件下で気相に変換されるので、これら成分の構造の望ましくない変性を回避できる。
【0050】
図1では、分離された試料成分の放出器110を介した電気スプレーは、バックグラウンド電解液タンク106からの放出器110を介したバックグラウンド電解液114の電気浸透ポンピングによって実現される。電圧V1及びV2が上述のように電極116及び118を介して印加されるときに、バックグラウンド電解液タンク106からのポンピングチャンネル108及び接合部120を介したバックグラウンド電解液114の電気浸透流が発生する。バックグラウンド電解液114の電気浸透流を補助するため、ポンピングチャンネル108の内部表面は、電気浸透流を駆動するためにバックグラウンド電解液114と相互作用する表面塗料を含むことができる。
【0051】
バックグラウンド電解液114が接合部120を通過するときに、互いから分離し且つ分離チャンネル104を介して伝播した試料成分は、バックグラウンド電解液114の電気浸透流によって押し流され、放出器110を介して排出される。この方法で、各成分の細かな気相空間分布が、その後の分析のために例えば質量分光法を用いて発生される。
【0052】
ポンピングチャンネル108内の電気浸透流の発生及び流速並びに放出器110を介したその後の電気スプレーは、電極116と118との間に印加される電位差に依存し、ポンピングチャンネル108の内部表面化学による。一般に、ポンピングチャンネル108の内部表面が帯電し、電位差ΔVsep = V1-V2が印加されて電極116が陽極になり(すなわち正に電荷され)、電極118が陰極になる(すなわち負に電荷され)と、バックグラウンド電解液114内の陽イオン部分(cationic moieties)は電極118に向かって移動する傾向を示す一方で、陰イオン部分は電極116に向かって移動する傾向を示す。チャンネルの内壁に陰イオン電荷が蓄積されている場合、バックグラウンド電解液の正に電荷した部分は、内側チャンネル壁の2つの陽イオン層(「拡散二重層」又は「電気二重層」)を形成する。チャンネル壁に最も近い第1層は、「可動層」と呼ぶ第2層よりも固く結合している。電位差ΔVsepが印加されたときに、陰イオンカソード(すなわち電極118)の方向に引かれるのは可動層である。可動層を構成する陽イオン部分はバックグラウンド電解液内で溶媒和され、バックグラウンド電解液のバルク輸送が電極118の反対方向に発生する。すなわち、バックグラウンド電解液114内の陽イオン及び陰イオン部分は、両方とも電気浸透流の過程を介して電極118の方向に輸送される。
【0053】
従って、放出器110を介した電気スプレーの排出量及び他の物理的属性は、ポンピングチャンネル108及び接合部120を通る電気浸透流の流量によって強く影響を受ける。すると、電気浸透流の流量は、印加電位差ΔVsep及びポンピングチャンネル108の内壁の表面化学を調節することによって制御できる。一般に、印加電位差ΔVsepが大きくなると、電気浸透流の流量が大きくなる。
【0054】
チャンネル108の内壁の表面化学の処理はより複雑である。上述の例では、チャンネル108の壁を形成するための適切な材料(又はチャンネル108の壁を機能化するために使用される材料)を選択することで、チャンネル壁上に陰イオン電荷を発生できる。利用可能な陰イオン電荷の数は、幾つかの実施形態では、適切なpHの溶液をチャンネル108内を流動させることによって調節できる(例えば、脱プロトン化を介してチャンネル壁に陰イオン官能基を発生するため)。
【0055】
従って、ポンピングチャンネル108及び接合部120内の電気浸透流の流量を制御するための方法は、ポンピングチャンネル108の内壁の表面化学を調節することを含む。上述の例では、強い陰イオン基がチャンネル108の壁を機能化しており、電気浸透流が比較的強く発生可能であり、それが、ポンピングチャンネル108及び接合部120を介したバックグラウンド電解液114のバルク輸送の比較的大流量と、放出器110を介した比較的大量の放出とに至る。反対に、チャンネル108、接合部120、及び放出器110内の電気浸透流を減少させるために、チャンネル108の内壁は、様々なポリマー及び/又は界面活性剤などの材料で被覆でき、これが壁表面上に電荷を帯びた官能基が形成されることを防ぎ、従って電気浸透流の流量を減少させる。そうした状況では、バックグラウンド電解液114のバルク輸送の流量は十分に遅くなり、電解液114内の陰イオン部分は、接合部120に向かう(すなわち、陰極電極116に向かう)自然移動に復帰できる。
【0056】
ポンピングチャンネル108及び接合部120内を通り放出器110を出るバックグラウンド電解液114の流量は、電気スプレーの流体排出量のみならず、試料成分が分離チャンネル104内を移動する割合にも影響する。バックグラウンド電解液114は、接合部120を通過する際に、分離チャンネル104からのバックグラウンド電解液112と混合する。これら液の混合物は放出器110から排出される。よって、バックグラウンド電解液114の電気浸透流の流量が増大すると、分離チャンネル104内でバックグラウンド電解液112が移動される割合も増加する。すると、試料成分は分離チャンネル104内をより速い速度で移動する。
【0057】
要約すれば、バックグラウンド電解液114の電気浸透流をポンピングチャンネル108内に実現することによる電気浸透ポンピングを利用すると、分離チャンネル104内で互いから分離された試料成分の、放出器110を介した制御電気スプレーが可能となする。ポンピングチャンネル108内の電気浸透流の流量を制御することで、電気スプレー放出の流体量及びチャンネル104を介した個別の試料成分の移動時間を調節できる。
【0058】
電極116及び118にそれぞれ印加される電位V1及びV2は、分離チャンネル104内の電気浸透流の流量にも影響する。試料タンク102及び分離チャンネル104内に存在するバックグラウンド電解質112は、印加された電位差ΔVsep = V1-V2に応答して移動する。分離チャンネル104内のバックグラウンド電解質112の電気浸透流の流量も分離チャンネル104の内壁の表面化学により強く影響を受ける。内壁の機能化の性質によっては、分離チャンネル104内のバックグラウンド電解質112の電気浸透流は、試料タンク102又は接合部120に向かう方向に発生しうる。
【0059】
上述の記載から、ポンピングチャンネル108及び分離チャンネル104内の電気浸透流の流量の調節には幾つかの要因を注意深く釣り合わせることが含まれるのは明らかである。例えば、ポンピングチャンネル108及び分離チャンネル104内の電気浸透流の流量は電位差ΔVsepに依存する一方で、これは電極116及び118に印加される電位V1及びV2に依存する。しかし、分離チャンネル104内の個別の試料成分の電気泳動易動度も電位差ΔVsepに依存する。よって、分離チャンネル104及びポンピングチャンネル108内の電気浸透流の流量の調節は、少なくとも部分的には、分離チャンネル104内の試料成分の電気泳動易動度の調節に結び付けられている。
【0060】
チャンネル104及び108内の電気浸透流の流量も、これらチャンネルの内壁の表面化学にも依存しており、原理的に、これら流量は、チャンネル内の表面化学を操作することで調節できる。しかし、実際的には、小径のチャンネルに均一な被覆を施すのは製造上の困難な問題である。さらに、溶液をチャンネル104及び/又は108内に流動させることで表面化学をその場で変更することは、チャンネル壁の表面化学によっては、実現が容易でない場合もある。従って、バックグラウンド電解質112及び114の性質次第では、チャンネル104及び108の表面化学を、所望しているほど制御可能に調節するのは常に可能とは限らない。
【0061】
II. 圧力駆動流を介した試料輸送及び電気スプレー排出
上述の記載に基づけば、分離チャンネル104内の試料成分の移動速度及び放出器110を介した流体放出量をより大きく制御するには、分離チャンネル104内で起こるバックグラウンド電解液の電気浸透流及び試料成分の電気泳動移動から分離されているポンピングチャンネル108における代替的な流体輸送方法を用いればよいことは明らかである。
【0062】
上述の電気浸透流に基づくポンピングシステムの代替物として、図2は、ポンピングチャンネル内のバックグラウンド電解液の、圧力に基づく輸送を用いる電気泳動に基づく分離システム200の概略図を示す。システム200は、試料タンク202と、分離チャンネル204と、バックグラウンド電解液タンク206と、ポンピングチャンネル208とを含む。バックグラウンド電解液212と試料の混合物は試料タンク202内に収容され、バックグラウンド電解液214はバックグラウンド電解液タンク206に収容されている。電極216及び218は、それぞれ試料タンク202及び電解液タンク206内に延伸している。
【0063】
動作時に、上述したように、電位V1及びV2が電極216及び218にそれぞれ印加され、これら電極間に、差ΔVsep = V1-V2に大きさが比例する電界を形成する。この電界は電気泳動速度を試料の複数の成分に与え、これらはタンク202から接合部220まで分離チャンネル204に沿って異なる速度で移動する。同時に、ポンピングチャンネル208内壁の表面化学によって、ポンピングチャンネル208内のバックグラウンド電解液214の電気浸透移動度は比較的小さいか、ゼロである。すなわち、図1に示したポンピング方式とは対照的に、ポンピングチャンネル208内のバックグラウンド電解液214の電気浸透流が、電極216と218との間の電位差の結果として発生することはない。
【0064】
その代わり、図2では、バックグラウンド電解液タンク206は、ポンピングチャンネル208に接続されていることに加え、気体源230にも管路232を介して接続されている。気体源230は、気体234をタンク206内のバックグラウンド電解液214上のヘッドスペースに供給する。こうした方法で、気体源230は、タンク206内に含まれている体積を加圧するよう構成されている。適切な圧力をタンク206内のヘッドスペース(すなわち気体充満部分)に印加することによって、気体源230は、タンク206からのポンピングチャンネル208及び接合部220を介したバックグラウンド電解液214の輸送を駆動する。バックグラウンド電解液214は、分離チャンネル204からのバックグラウンド電解液212及び試料成分に混合され、この混合物は放出器210から排出される。
【0065】
図1に関連して上述したように、接合部220を通るバックグラウンド電解液214の流量は、放出器210を通る流体排出量と、分離チャンネル204からの流体と混合することで分離チャンネル204を通るタンク206からの試料成分の移動速度と、に影響する。バックグラウンド電解液214の流量が増大するにつれ、分離チャンネル204内の試料成分の移動速度も増大し、各試料成分の分離チャンネル204を通過する移動時間が減少することになる。バックグラウンド電解質214の流量は、タンク206のヘッドスペース内の気体圧を変更することで制御可能な様態で調節できる。一般的に、タンク206内の気体圧を増加させるとタンク206と放出器210との間の圧力勾配が増大し、ポンピングチャンネル208、接合部220、及び放出器210を通過するバックグラウンド電解液214の流量を増加させる。上述のように、バックグラウンド電解液214の流量を増加させると、分離チャンネル204を通る試料成分の移動速度も増大させる。
【0066】
バックグラウンド電解液214の流量の効果に加え、分離チャンネル204を通過する試料成分の移動速度は、電極216及び218で印加される電圧が発生する電界による各試料成分に与えられる電気泳動速度によっても決定される。従って、ポンピングチャンネル208内で圧力に基づく流体輸送を利用することで、分離チャンネル204を通る試料成分の全体的な移動速度に寄与する2つの側面を個別に制御できる。すなわち、試料成分の電気泳動易動度(電位差ΔVsepの調節を介した)、及び放出器210を介した流体放出量に起因する各試料成分の速度の成分(バックグラウンド電解液214の流量の調節を介した)である。これらの側面は個別に調節できるので、分離チャンネル204内の試料成分の移動に対して且つ放出器210から排出される電気スプレープルームの特性に対して、図1に示した電気浸透ポンピング方式を用いて可能となるより大きな度合いで制御できる。
【0067】
バックグラウンド電解液214の流量に対して圧力に基づく制御を用いることの重要な利点は、電気浸透流を発生するためにポンピングチャンネル208の内壁の表面化学を調節する必要がないことである。図1に関連して上述したように、幾つかの実施形態では、電気浸透流の流動は、流動が発生するチャンネル壁の表面化学を調節することによって制御され又は影響を受ける。この表面化学は、試料成分の適切な移動時間を達成するための、固有のバックグラウンド電解液及び/又は試料成分に典型的には適合している。異なる試料を取り扱うために電気泳動システムを適合させるには、例えば、強塩基性又は強酸性溶液をチャンネルに導入して、壁に結合した表面官能基のイオン状態を変更することによって、チャンネル壁の表面化学を変更しなければならないこともあり得る。チャンネルの製作時には、特にチャンネル径が数ミクロンしかない場合は、薄く均一な被覆をチャンネル壁の表面に設けるのは容易でないことがある。
【0068】
バックグラウンド電解液214の流量に対する圧力に基づく制御は、上述の製作上の困難さを取り除く。流体の流れは電気浸透よりも圧力勾配に基づいて発生するので、一般的に、チャンネル壁の表面化学の調節は作製時にも試料変更時にも必要ではない。特定の性質のバックグラウンド電解液は、ポンピングチャンネル208の表面化学に「適合」していないので、多種多様な異なるバックグラウンド電解液をポンピングに使用できる。結果的に、電気泳動分離システムをより容易に作製でき、異なる分析条件及び対象とする試料に容易に適応できる。
【0069】
本明細書で開示されている電気泳動試料分析システムは、典型的には、少なくとも部分的には流体チップ上に実装される。図3は、試料タンク302と、分離チャンネル304と、バックグラウンド電解液タンク306と、ポンピングチャンネル308と、電極316及び318とを含む流体チップ300を示す概略図である。分離チャンネル304及びポンピングチャンネル308は接合部320で交差する。放出器310は接合部320の近傍に位置している。流体チップの上述の構成要素は、図2の対応する構成要素と概して同様に動作する。分離チャンネル304及びポンピングチャンネル308からのバックグラウンド電解液と、オプションで1つ以上の試料成分とを含む気相電気スプレープルーム340が、動作時に放出器310から排出される。
【0070】
タンク306は、バックグラウンド電解液314と、気体を充満した密封ヘッドスペース領域350とを含む。タンク306は、管路332と気密インターフェース336とを介して、気体をタンク306の密封ヘッドスペースに供給する気体源330に結合されている。
【0071】
タンク302は、チップ300上で成分に分離される対象とする試料360を含む。分離チャンネル304内の試料360の成分の電気泳動分離には、タンク302は、バックグラウンド電解液312も含むことができる。
【0072】
電極316及び318並びに気体源330は、制御線391、392、及び393を介して電子プロセッサ390に接続できる。動作時には、電子プロセッサ390は、それが存在すれば、適切な電圧を電極316及び318に印加して、試料成分のタンク302からの分離チャンネル304を通って接合部320に向かう電気泳動移動を開始し、且つ、気体源330を作動させて気体をタンク306のヘッドスペースに送出し、バックグラウンド電解液314をタンク306からポンピングチャンネル308及び接合部320を介して輸送し、バックグラウンド電解液314を放出器310を介して排出させる。
【0073】
幾つかの実施形態では、チップ300は、試料を分離チャンネル304に導電学的に注入するよう構成してもよい。チップ300は、オプションで、「注入交差」376を形成するために分離チャンネル304の対向する側に配置されたバックグラウンド電解液タンク370及び廃液タンク372を含むことができる。オプションの電極374は、制御線390を介して電子プロセッサ390に結合されており、電子プロセッサ390が電位をタンク370内のバックグラウンド電解液312に印加できるようにする。タンク302及び370からの複数量の流体を分離チャンネル304に交互に送出する(且つ廃液をタンク372内に向ける)ことにより、分離チャンネル304内での後の電気泳動分離のために、試料「プラグ」を分離チャンネル304に導入できる。動電学的試料注入の付加的な側面は、例えば、米国特許公開出願第2013/0327936号、PCT特許公開出願第WO 2013/191908号、及び米国特許出願第15/079,541号に開示されており、それらの内容全体を本明細書に引用して援用する。
【文献】米国特許公開出願第2013/0327936号公報
【文献】PCT特許公開出願第WO 2013/191908号公報
【文献】米国特許出願第15/079,541号公報
【0074】
分離チャンネル304の一部の概略図は図4に示されている。流体チップ300は、x及びy次元に延伸し且つz次元方向(すなわち図4の平面に垂直な方向)に厚みを備えた平面構造体として実装されている。分離チャンネル304は、x-y平面において軸方向に延伸し、軸方向を画定する中心軸402により画定されている。軸402は線形でもよいし、又は非線形(例えば湾曲した)経路を辿ってもよい。分離チャンネル304の幅wは、x-y平面において軸402に垂直な方向で測定される。幅wは、試料移動時の、試料及びバックグラウンド電解液が分離チャンネル304内を流動する所望の流量や、試料360と分離チャンネル304の壁との間の所望の相互作用などの要因に基づいて概して選択される。典型的には、wは概ね1ミクロン以上(例えば、5ミクロン以上、10ミクロン以上、20ミクロン以上、30ミクロン以上、40ミクロン以上、50ミクロン以上、60ミクロン以上、70ミクロン以上、80ミクロン以上、90ミクロン以上、100ミクロン以上、120ミクロン以上、150ミクロン以上、200ミクロン以上、300ミクロン以上、500ミクロン以上、750ミクロン以上、1ミリ以上)である。
【0075】
分離チャンネル304の深さは、x-y平面に直交するz方向で測定され、試料分離及び分析時に、分離チャンネル304が取り扱い可能な試料及びバックグラウンド電解液の量を制御するためチップ300の厚さに基づいて所望に選択すればよい。分離チャンネル304の深さは、チャンネル内のジュール加熱を制御し、チャンネルの水力学的流動抵抗を調節し、且つチャンネル内の流体の全体的な流量を制御するために選択してもよい。典型的には、分離チャンネル304は、約10ミクロンの深さを備えている。より一般的には、分離チャンネル304の深さは1ミクロン以上(例えば、5ミクロン以上、10ミクロン以上、20ミクロン以上、30ミクロン以上、40ミクロン以上、50ミクロン以上、75ミクロン以上、100ミクロン以上)でよい。
【0076】
図3を再び参照すると、分離チャンネル304の全長は、放出器310に到着する前に、試料の異なる成分が分離するのに十分な流路を提供できるよう所望に選択すればよい。分離チャンネル304の適切な長さの選択によって、分離チャンネル304内の試料成分の移動時間を制御できる。さらに、分離チャンネル304の端部における試料成分のピーク幅(すなわち試料成分が排出されるときの)が制御可能である。全長は、タンク302と接合部310との間で分離チャンネル304の軸402により画定される経路長に対応し、1.0 cm以上(例えば、5.0 cm以上、10 cm以上、20 cm以上、30 cm以上、40 cm以上、50 cm以上、75 cm以上、100 cm以上)でよい。
【0077】
一般的に、ポンピングチャンネル308の横断寸法は分離チャンネル304の横断寸法と類似している。ポンピングチャンネル308は、x-y平面に延伸する幅及びx-y平面に直交するz方向で測定される厚さを備える。ポンピングチャンネル308の幅及び深さは、分離チャンネル304に関して上述した幅及び深さのうち任意のものと同じでよい。幾つかの実施形態では、ポンピングチャンネル308の幅及び/又は深さは、分離チャンネル304と同じでよい。しかし、より一般的には、ポンピングチャンネル308は、分離チャンネル304の幅及び/又は深さとは異なる幅及び/又は深さを備えていてもよい。
【0078】
中心軸が、分離チャンネル304の軸402と同じようにポンピングチャンネル308の長さに沿って延伸しており、ポンピングチャンネル308が延伸する経路を画定する。ポンピングチャンネル308の長さは、その中心軸によって画定される経路長に対応する。概して、ポンピングチャンネル308の長さは、所望量のバックグラウンド電解液314を収容するために所望に選択すればよい。幾つかの実施形態では、分離チャンネル304の長さより有意に短いポンピングチャンネル長を用いることが有利となる場合もある。試料成分の分離はポンピングチャンネル308内では起こらないので、この長さは試料成分の分離を考慮する必要はない。さらに、ポンピングチャンネル308の長さを短くすることで、ポンピングチャンネル308内の空間圧力勾配を増大させることができ、これがポンピングチャンネル内のバックグラウンド電解液の各体積単位に印加される駆動力を増大させる。幾つかの実施形態では、ポンピングチャンネルの長さは0.5 cm以上(例えば1.0 cm以上、1.5 cm以上、2.0 cm以上、2.5 cm以上、3.0 cm以上、4.0 cm以上、5.0 cm以上、7.0 cm以上)である。
【0079】
タンク306のヘッドスペースに圧力が掛けられていない状態では、バックグラウンド電解液314は、ポンピングチャンネル308及び放出器310を介して輸送されない。バックグラウンド電解液314の流れが、分離チャンネル304からの分離された試料成分を接合部310を介して輸送するのは、成分が放出器310を通過した後なので、タンク306のヘッドスペース内の印加された気体圧の欠如は、試料成分が放出器310を介して排出されないことを保証する。
【0080】
「圧力」という用語は、本明細書でタンク306のヘッドスペース内の気体圧を記述するために使用される場合は、チップ300が動作する大気圧又は周囲圧力、すなわち放出器310における圧力に対するものである。タンク306に印加される気体圧がない場合であっても、バックグラウンド電解液314は大気又は周囲気体圧を受ける。しかし、タンク306と放出器310との間には圧力勾配は存在しない。
【0081】
タンク306のヘッドスペースへの気体圧印加によって、タンク306と放出器310との間に、ポンピングチャンネル308を介した流体輸送を実現する圧力勾配が発生する。従って、タンク306のヘッドスペース内の「気体圧」は、タンク306内の絶対圧と放出器310における周囲圧力との間の圧力差をいう。
【0082】
一般に、タンク306と放出器310との間でバックグラウンド電解液314の輸送を開始し維持するには、印加される気体圧は、バックグラウンド電解液の所望の流量に基づいて選択される。幾つかの実施形態では、印加される気体圧は約2 psiである。幾つかの実施形態では、印加される気体圧は少なくとも0.5 psi (例えば、少なくとも1.0 psi、少なくとも1.5 psi、少なくとも2.0 psi、少なくとも2.5 psi、少なくとも3.0 psi、少なくとも5.0 psi、少なくとも7.0 psi、少なくとも10.0 psi、少なくとも12.0 psi、少なくとも15.0 psi、少なくとも20.0 psi)である。
【0083】
幾つかの実施形態では、放出器310の外部で且つ近接した気体圧は、大気圧とは異なることがある。タンク306と放出器との間でバックグラウンド電解液314の輸送を開始し維持するには、タンク306内の気体圧と放出器310の外部の気体圧との圧力差は、少なくとも0.5 psi (例えば、少なくとも1.0 psi、少なくとも1.5 psi、少なくとも2.0 psi、少なくとも2.5 psi、少なくとも3.0 psi、少なくとも5.0 psi、少なくとも7.0 psi、少なくとも10.0 psi、少なくとも12.0 psi、少なくとも15.0 psi、少なくとも20.0 psi)である。
【0084】
動作時には、ポンピングチャンネル308内のバックグラウンド電解液314の流量は、放出器310からの流体の放出率を制御するように選択される。電気スプレープルーム340における単位時間での所望の流体量によって、様々な異なる流量を選択してよい。幾つかの実施形態では、ポンピングチャンネル308内のバックグラウンド電解液314の流量は、例えば、1 nL/分以上(例えば、10 nL/分以上、20 nL/分以上、50 nL/分以上、100 nL/分以上、150 nL/分以上、200 nL/分以上、300 nL /分以上、500 nL/分以上、750 nL/分以上、1.0 μL/分以上、2.0 μL/分以上、5.0 μL/分以上、7.5 μL/分以上、10 μL/分以上)である。
【0085】
幾つかの実施形態では、バックグラウンド電解液314の比較的低い流量において一定の条件で、試料成分のイオン化を向上できることが実験的に観察されている。よって、例えば、一定の実施形態では、バックグラウンド電解液314の流量が50 nL/分と500 nL/分との間(例えば、100 nL/分と250 nL/分との間)である場合に、より効率的な成分のイオン化が起こりうる。
【0086】
様々な異なるバックグラウンド電解液をチップ300で使用できる。幾つかの実施形態では、バックグラウンド電解液312及びバックグラウンド電解液314は同一の組成を備えている。より一般的には、バックグラウンド電解液312及び314は異なる組成を備えていてもよい。チップ300で使用されるバックグラウンド電解液は概して水性であり、試料成分の分離及び/又は電気スプレープルームの発生を補助する1つ以上の付加的な成分(すなわち水の他に)を含む。例えば、バックグラウンド電解液は、これら限定されるわけではないがメタノール及びアセトニトリルなどの有機修飾剤として作用する1つ以上の化合物を含むことができる。バックグラウンド電解液は、これに限定されるわけではないが蟻酸などの1つ以上の弱酸を含むことができる。
【0087】
幾つかの実施形態では、バックグラウンド電解液は、バックグラウンド電解液312よりも高濃度の1つ以上の有機修飾剤及び/又はバックグラウンド電解液312より低濃度の塩類を確実に含むことが有利となりうること、が実験的に観察されている。一般に、例えば溶解塩濃度が100 mM未満(例えば、80 mM未満、60 mM未満、40 mM未満、20 mM未満、10 mM未満)である場合の比較的低いイオン強度のバックグラウンド電解液314を使用すれば、電気スプレープルームの効率的な発生の助けとなる。さらに、1つ以上の有機修飾剤はバックグラウンド電解液314の表面張力を弱めて液体粒子の形成を促進するため、1つ以上の有機修飾剤の濃度がバックグラウンド電解液312に対して増加しているバックグラウンド電解液314を使用すれば、電気スプレープルームの効率的な発生の助けとなりうる。
【0088】
さらに、幾つかの実施形態では、個別の試料成分がチャンネル内を移動する際にそれらの分離を向上させるため、バックグラウンド電解液312は、分離チャンネル304の壁上で有利な表面化学を促進するように適合された組成を備えることができる。異なる試料が分析のためチップ300に導入される際には、バックグラウンド電解液312の組成は変更してよい。
【0089】
上述したように、バックグラウンド電解液314は、バックグラウンド電解液312と同じ又は異なる組成を備えることができる。接合部320の領域で行われる混合及び希釈のため、チャンネル304内での高品質な分離を促進するよう設計されたバックグラウンド電解液は、高品質の電気スプレー排出を促進するようには必ずしも最適化されていない。バックグラウンド電解液312の組成に対するバックグラウンド電解液314の組成を変更することで(例えば、1つ以上の有機修飾剤及び/又は1つ以上の酸の濃度を調節することで)、高品質の試料成分の分離及び分離された試料成分の高品質の電気スプレー排出の両方が達成できる。
【0090】
チップ300の動作時に、電極318に印加される電位V2は、概して所望するように選択すればよい。幾つかの実施形態では、V2は、外部の大地電圧(これは公称ゼロ、すなわち大地電圧を表す)に比べると比較的大きい。電極318で比較的大きい電圧を維持することによって、分離した試料成分のイオン化が起こるのは、これら成分が分離チャンネル304を出て、放出器310から排出されるときである。こうした様態で、電気スプレープルーム340は、分離チャンネル304内で隔離された各試料成分の一群のイオン化された分子を含む。これらのイオン化された分子は、次に、分析のため質量分析器に直接的に結合できる。
【0091】
典型的には、電位V2は、外部の大地電圧に対して正符号を備えている。しかし、より一般的には、試料成分の性質によっては、電位V2は外部の大地電圧に対して負でもよい。電位V2は典型的には3.5 kVであるが、分析される試料成分によって変更できる。幾つかの実施形態では、例えば、V2の大きさは0.1 kV以上(例えば、0.2 kV以上、0.5 kV以上、0.8 kV以上、1.0 kV以上、2.0 kV以上、2.5 kV以上、3.0 kV以上、3.5 kV以上、4.0 kV以上、4.5 kV以上、5.0 kV以上、6.0 kV以上、7.0 kV以上、8.0 kV以上)とすることができる。
【0092】
V2のように、電位V1は、分析される試料成分の性質によっては、外部の大地電圧に対して正又は負符号を備えることができる。電位V1の大きさも分析される試料によって変更できる。一定の実施形態では、例えば、V1の大きさは0.1 kV以上(例えば、0.5 kV以上、1.0 kV以上、2.0 kV以上、3.0 kV以上、5.0 kV以上、7.0 kV以上、10.0 kV以上、12.0 kV以上、15.0 kV以上、17.0 kV以上、20.0 kV以上、25.0 kV以上、30.0 kV以上)とすることができる。
【0093】
電位差ΔVsep = V1-V2は、一般に、分離チャンネル304内の試料成分の電気泳動易動度を制御するための任意の値に調節すればよい。一般に、ΔVsepが大きくなれば、各試料成分の電気泳動易動度がより大きくなり、各成分が分離チャンネル304内をより速く移動する。ΔVsep = 0である場合、試料成分には電気泳動駆動力が印加されないが、分離チャンネル304内のバルク流体輸送によって一定量の移動はなお発生する。ΔVsepがゼロでない場合は、分析する試料の性質に基づいて、所望に応じて、ΔVsepの符号は正(すなわちV1-V2 > 0)でもよいし、ΔVsepの符号は負(すなわちV1-V2 < 0)でもよい。
【0094】
一般に、ΔVsepの大きさは0 V以上(例えば、100 V以上、200 V以上、300 V以上、500 V以上、750 V以上、1.0 kV以上、2.0 kV以上、3.0 kV以上、5.0 kV以上、7.0 kV以上、10.0 kV以上、12.0 kV以上、15.0 kV以上、17.0 kV以上、18.0 kV以上)でよい。上述のように、ΔVsepがゼロより大きい場合は、分離チャンネル304内の電荷を帯びた又は双極試料成分のそれぞれの電気泳動速度はゼロより大きく、試料成分は分離チャンネル304の長さに沿って移動する傾向がある。
【0095】
図5は、放出器310の領域における流体チップ300の一部の概略図を示す。特に、図5は、接合部320における分離チャンネル304とポンピングチャンネル308との交差を示す。分離チャンネルとポンピングチャンネルとの間の接合部は多種多様な幾何学的形状を用いて実現できるが、図5は、説明を目的とした1つの可能な幾何学的形状を示している。チャンネル304及び308は内点386で交差する。内点386からは2本の想像線382及び384が延伸している。線382は、x-y平面においてチャンネル304の中心軸に直角な方向に延伸し、チャンネル304の端部を示す。同様に、線384は、x-y平面においてチャンネル308の中心軸に直角な方向に延伸し、チャンネル308の端部を示す。図5の領域380は、線382及び384により、放出器310により、且つチャンネル304及び308の壁の部分により境界を定められており、流体チップ300の「デッドボリューム」に対応し、これは分離した試料成分が、分離チャンネル304を出た後で放出器310から排出される前に、それを通って輸送される容積領域である。
【0096】
本明細書に記載された圧力に基づいた流体輸送方法の重要な利点は、チップ300のデッドボリュームが比較的小さくなることである。小さなデッドボリュームを維持することによって、分離された試料成分の拡散(すなわち、空間的広がり)を抑えることができ、電気スプレープルーム340内の各成分の濃度が、バックグラウンド電解液314によって有意に希釈されないことを保証する。一定の実施形態では、例えば、デッドボリューム380は、500 pL以下(例えば、400 pL以下、300 pL以下、200 pL以下、100 pL以下、50 pL以下、30 pL以下、20 pL以下、10 pL以下、3 pL以下、1 pL以下)でよい。
【0097】
図6は、分離チャンネル304、ポンピングチャンネル308、及び接合部310を含む流体チップ300の一部の概略図を示す。タンク306は、放出器310の反対側のポンピングチャンネル308端部に位置し、インターフェース336を介して導管332に接続されている。一般に、インターフェース336は、様々な方法で実装可能な気密インターフェースである。例えば、幾つかの実施形態では、インターフェース336は、管路332をタンク306に接続するOリングなどの1つ以上の密封部材を含む。
【0098】
管路332は気体源330に弁335を介して接続され、これは通信線395を介して電子プロセッサ390に接続されている。チップ300の動作時に、電子プロセッサ390は、タンク306内の気体圧を調整でき、従って、弁335を開閉することで、ポンピングチャンネル308を通るバックグラウンド電解液314の流量を調整できる。幾つかの実施形態では、圧力検出器337が、タンク306内に配置され又はタンクに結合され、さらに通信線396を介して電子プロセッサ390に接続されている。圧力検出器337は、タンク306の封止されたヘッドスペース内の気体圧に関する情報を含む測定信号をプロセッサ390に送信できる。するとプロセッサ390は、この測定情報に基づいて、弁335を開閉することによってタンク306内の気体圧を調節できる。
【0099】
幾つかの実施形態では、チップ300は、タンク306の封止されたヘッドスペースに接続され且つ通信線397を介して電子プロセッサ390にも接続されている別の弁341を含む。プロセッサ390は、タンク306内の気体圧を減少させることで、ポンピングチャンネル308内のバックグラウンド電解液314の流量を減少させることができる。気体圧減少は、弁341を開いてタンク306から余分な気体を逃がすことで達成できる。例えば、圧力検出器337からの気体圧測定に基づいて、電子プロセッサ390は、気体源330からより多くの気体を入れるため(例えば、タンク306内の気体圧を増大させる)ために弁335を開くことによって、又は、タンクから過剰な気体圧を抜くため(例えば、タンク内の気体圧を減少させる)ために弁341を開くことによって、タンク306内の気体圧を調整できる。よって、電子プロセッサ390は、チップ300上のバックグラウンド電解液314の流量に対する完全な制御を実行できる。バックグラウンド電解液314の流れは、電気スプレープルームの空間的範囲及び流体量を概ね決定するので、電子プロセッサ390は、弁335及び341の作動を介してプルームの特性を調節できる。
【0100】
幾つかの実施形態では、電気スプレープルームをさらに制御するため、チップ300は、流体排出チャンネル345からポンピングチャンネル308を分離するための弁343を含むことができる。弁343は、通信線398を介して電子プロセッサ390に接続されている。バックグラウンド電解液314の流量は大きいことが望ましいが、電気スプレープルームを発生する流体流の全体的な量が比較的小さいことが望ましい一定の応用例では、電子プロセッサ390は弁343を開いて一定量のバックグラウンド電解液314をポンピングチャンネル308から流体排出チャンネル345内に分流できる。こうした様態で、単位時間毎に放出器310に到達するバックグラウンド電解液の量は減少させるが、ポンピングチャンネル308内の(放出器310を通過する)バックグラウンド電解液314の流速は維持される。
【0101】
図7は、上述した特徴のうち多くを含む流体チップ300の概略図を示す。図7には、通信線705を介して電子プロセッサ390に接続された検出器704も示されている。動作時には、検出器704を用いて電気スプレープルーム340の1つ以上の特性を測定し、電気スプレープルームに関する情報を含む測定信号を電子プロセッサ390に送信できる。この情報に基づいて、電子プロセッサ390は、上述したようにポンピングチャンネル308内の流量及び/若しくは流体量、並びに/又はそれぞれ電極316及び318に印加される電圧V1及び/若しくはV2を調節できる。
【0102】
例えば、幾つかの実施形態では、検出器704は、CCDチップ又はCMOSに基づく検出器などのイメージング検出器である。検出器704によって取得された電気スプレープルームの1つ以上の画像から得られた情報(例えば、プルームの空間分布、プルームの形状、プルームの色に関する情報)は、チップ300の動作を調節するために電子プロセッサ390が利用できる。幾つかの実施形態では、検出器704は、光度検出器(例えばフォトダイオード)及び/又はスペクトル検出器(例えば格子又は他の分散に基づく分光計)などの非イメージング検出器である。プルームを透過する光、プルームから反射する光、プルームによる光散乱、プルームによる波長差分吸収及び/又はプルームによる光の屈折/回折のうち1つ以上を含む測定情報は、チップ300の動作を調節するために電子プロセッサ390が利用できる。
【0103】
幾つかの実施形態では、検出器704は、電気スプレープルームの電圧、電流、及び/又は別の電気特性を測定するよう構成された検出装置を含むことができる。プルームの電気特性の測定から得られた情報は電子プロセッサ390が使用して、チップ300の動作を調節し、例えば安定したプルームを実現して、試料成分を質量分析検出システム内に排出させることができる。
【0104】
よって、光学及び非光学測定の両方を用いてチップ300の動作を調節できる。一例として、幾つかの実施形態では、検出器704を用いて、チップ300の画像、特に放出器310及びこの放出器から排出される電気スプレープルーム340の画像を取得できる。次に、電子プロセッサ390はこの画像を分析して、電気スプレープルームに関する情報を求め、この情報に基づいてチップ300の動作を調節できる。
【0105】
図11は、検出器704によって取得されたチップ300の代表的な画像1100を示す概略図である。この画像では、電気スプレープルーム340を形成する複数の液体粒子1104が見えている。放出器310上に形成された液体粒子1102も見えている。電子プロセッサ390は、液体粒子1104の最大寸法(すなわち最大断面又は直径)を測定するために画像1110を分析するよう構成されている。電子プロセッサ390は、次に最大寸法情報を使用してチップ300の動作を調節できる。
【0106】
例えば、電子プロセッサ390は液体粒子1104の平均最大寸法を求め、この平均最大寸法を平均最大寸法の閾値と比較できる。液体粒子1104が大きくなりすぎる(すなわち平均最大寸法が閾値を超過する)ときは、電気スプレープルームをイオン化するためにプロセッサ390によって印加される電圧が低くなりすぎる場合があることが観察されている。代替的に又は付加的に、液体粒子1104が大きくなりすぎると、排出された試料成分及びバックグラウンド電解液の放出器310を介した流量が大きくなりすぎることがある。
【0107】
よって、幾つかの実施形態では、電子プロセッサ390は、電気スプレープルームをイオン化するため印加される電圧の大きさを増大するよう構成されている。代替的に又は付加的に、幾つかの実施形態では、電子プロセッサ390は、タンク306とチップ300外部の周囲圧力との間の圧力勾配が減少されるようにタンク306のヘッドスペースに印加される圧力を調節することで、すなわちヘッドスペースに印加される圧力を減少することで、放出器310を通るバックグラウンド電解液及び試料成分の流量を減少させるよう構成されている。
【0108】
電子プロセッサ390は、上述のようにチップ300の動作を調整した後でチップ300及び電気スプレープルーム340の1つ以上の追加画像を取得するよう構成することもできる。プロセッサ390は、1つ以上の追加画像を分析してこうした画像のプルーム液体粒子を特定し、特定されたプルーム液体粒子それぞれの最大寸法の算出を繰り返し、これら液体粒子の新たな平均最大寸法を算出し、次に、電気スプレーイオン化電圧及び/又は放出器310を通る流量がさらに調節されるべきかを判断するために、新たな平均最大寸法を閾値と比較する。電気スプレープルーム340を形成する液体粒子の最大寸法がプロセッサ390によって閾値を下回ったことが判断されるまで、この過程は繰り返される。
【0109】
電気スプレーイオン化電圧が非常に低い場合は、電気スプレープルーム340は画像1100から完全に消えることがある(すなわち液体粒子1104が画像1100において可視でなく、プロセッサ390により特定できない)。液体粒子が画像1110で可視でないと電子プロセッサ390が判断した場合は(又はより一般的には、特定された液体粒子の数が液体粒子の期待数よりも閾値パーセンテージで少ない場合であって、例えば、50%少ない、60%少ない、70%少ない、80%少ない、90%少ない、又はさらに少ない場合)、電子プロセッサ390は、印加される電気スプレーイオン化電圧を増大するよう構成できる。電子プロセッサ390は、低い電気スプレーイオン化電圧がプルーム340の不存在の理由であることを認識するので、この変更は、放出器310を通る流量を概ね一定に維持しつつ実行できる。
【0110】
非常に低い電気スプレーイオン化電圧は、図11に示したように、チップ300の端部に液体粒子1102が現れる原因となりうる。電子プロセッサ390が画像1110を分析し、放出器310近くのチップ300部分に重なっている液体粒子1102の存在を検出すると、電子プロセッサ390は、印加される電気スプレーイオン化電圧の大きさを増大させるように構成できる。電子プロセッサ390は、低い電気スプレーイオン化電圧がチップ300端部における液体粒子1102の存在の理由であることを認識するので、この変更は、放出器310を通る流量を概ね一定に維持しつつ実行できる。
【0111】
電気スプレーイオン化電圧が高すぎる場合は、電気スプレープルーム340が「攣縮」し、又は時間の関数として、放出器310内の異なる点に現れることがあることが観察されている。幾つかの実施形態では、電子プロセッサ390は、電気スプレープルーム340の空間的位置の移動を特定し、この移動に基づいてチップ300の動作を調節できる。
【0112】
図12は、検出器704によって取得された代表的な画像1200を示す概略図であって、電気スプレープルーム340がチップ300の放出器310から出現するところを示している。電子プロセッサ390は、プルーム340が時間の関数として異なる空間位置から出現するか否かを判断するために、画像1200を分析するよう構成されている。例えば、プロセッサ390は、第1時間t1に検出器704を使ってプルーム340の第1画像を取得し、第1画像を分析してその画像内でプルーム340を囲む境界領域1202及びプルーム340の起点1206を特定できる。プロセッサ390は、後の第2時間t2に検出器704を介してプルーム340の第2画像を取得し、第2画像を分析してその画像内でプルーム340を囲む境第2界領域1204及びプルーム340の第2起点1208を特定できる。
【0113】
境界領域1202及び1204並びに/又は起源1206及び1208に基づいて、プロセッサ390は次にプルーム340が時間の関数として「攣縮(twitch)」したか否かを判断できる。例えば、境界領域1202及び1204がこれら2つの(重ね合わせた)画像で互いから閾値を上回る量で変位している場合、図12に概略的に示したように、プロセッサ390はプルーム340が時間の関数として攣縮していると判断できる。代替的には又は付加的には、起点1206及び1208がこれら2つの画像で互いから閾値を上回る量で変位している場合、図12に概略的に示したように、プロセッサ390はプルーム340が時間の関数として攣縮していると判断できる。プロセッサ390はプルーム340が攣縮したと判断すると、後に詳述するように、プロセッサ390は、試料成分を放出器310から質量分析検出システム内に排出するため印加される電気スプレー電圧を低下させることによって動作を調節するよう構成できる。
【0114】
幾つかの実施形態では、放出器310から排出される試料成分を受け取るよう配向された質量分析検出システムは、プルーム340の1つ以上の特性を測定でき、プロセッサ390がこれら測定された特性を用いてチップ300の動作を調節できる。例えば、質量分析検出システムを使用して、この質量分析検出システムに粒子が導入される際にこれらを検出することでプルーム340内の粒子の流量を特定できる。流量は閾値よりも小さい場合、プロセッサ390は放出器310を通る流量を増大するよう構成できる。例えば、プロセッサ390は、タンク306のヘッドスペース350に気体源330を介して増大した圧力を印加することができ、これが放出器310を介して流体が排出される割合を増加させる。
【0115】
幾つかの実施形態では、検出器704は、チップ300の動作を調節することを目的としてプルーム340の1つ以上の電気的特性を測定する電気検出器でよい。例えば、検出器704はプルーム340の電流を測定し、プロセッサ390が、その電流測定を使用してプルーム340の流量を推定できる。プロセッサ390は、さらに、電流の変化率及び/又は電流の変動を時間の関数として算出できる。電流の変化率又は変動率が大きすぎる場合、プロセッサ390は、電気スプレー電圧を増大する(プルーム340がスパッターする場合)又は電気スプレー電圧を減少する(プルーム340が攣縮する場合)ことによって動作を調整できる。
【0116】
上記から明らかなように、電子プロセッサ390は多数の測定値を用いてチップ300の動作を調節できる。例えば、検出器704は、カメラ及び電気検出器などのイメージング検出器を含むことができ、これら検出器のそれぞれは上述した測定のいずれも実行できる。さらに、プルーム340は、電子プロセッサ390と通信する質量分析検出システムの導入口に向けることができる。電子プロセッサ390は、次に、上述した測定値の任意の組合せに基づいてチップ300の様々な動作パラメータを調節できる。
【0117】
オプションでは、光源702を設けて、通信線703を介して電子プロセッサ390に接続してもよい。動作時には、光源702は、電気スプレープルーム340と相互作用する照明放射を与えることができる。電気スプレープルーム340からの様々な処理のいずれかから透過、反射、散乱、又は他の様態で放射される光は、検出器704により検出され、この検出器内で測定信号を生成する。光源702は、レーザに基づく源、ダイオード源、白熱源、及び他の発光要素を含む、様々な異なる源のうち任意ものを概して含むことができる。光源702が設けられていなければ、検出器704によって測定される信号は、チップ300の環境での環境光と電気スプレープルーム340との相互作用から得られる。
【0118】
幾つかの実施形態では、図2に関連して説明した分離システム200の少なくとも幾つかの構成要素は、既存の質量分析検出システムと接続するモジュラーハウジング内に実装できる。図7では、電子プロセッサ390、気体源330、弁335、光源702、及び検出器704のうちの1つ以上が、モジュラーハウジング710内に配置できる。様々な電気及び流体接続をチップ300とハウジング内の構成要素との間に設けられるように、ハウジング710は、チップ300を固定するための支持構造体(図7に示されていない)も含むことができる。さらに、ハウジング710は、通信線707を介して電子プロセッサ390に接続された通信インターフェース712であって、質量分析検出システムに接続され且つインターフェース結合する通信インターフェースを含むことができる。動作時には、電子プロセッサ390は、インターフェース712を介して質量分析システムの構成要素と情報を交換でき、質量分析システムからの検出信号に基づく様々な適応分析及び処理方法が可能となる。
【0119】
図8は、上述した特徴のうち多くを含む流体チップ300の概略図を示す。概して、チップ300は、様々な他の試料及び流体取扱及び輸送要素を含むこともできる。例えば、タンク302、分離チャンネル304、タンク306、及び/又はポンピングチャンネル308内に実装されたものであっても、又はそれに接続されたものであっても、チップ300は、1つ以上の弁、導管、ゲート、液体タンク、気体タンク、電極及び他の構成要素を含むことができる。バルブ、ゲート、及び電極などの作動可能な要素を、電子プロセッサ390に通信線を介して接続できる。オプションで電子プロセッサ390にも接続されている気体源は、気体タンクに接続でき、上述の方法で気体タンク内の密封ヘッドスペースを加圧することによって流体を輸送する。
【0120】
幾つかの実施形態では、図8に示したように、付加的なチャンネル及びタンクをポンピングチャンネル308に結合でき、放出器310を介して排出される付加的な化合物を流体の混合物(例えば、1つ以上のバックグラウンド電解液及び試料成分)に送出できる。図8において、補助タンク802はチャンネル804を介してポンピングチャンネル308に接続されており、補助タンク806はチャンネル808を介してポンピングチャンネル304に接続されている。一般的に、任意の数の補助タンク及びチャンネルをポンピングチャンネル308に結合してもよい。
【0121】
タンク802及び/又は806からのそれぞれチャンネル804及び808を介した流体輸送を様々な方法を用いて開始できる。幾つかの実施形態では、例えば、タンク802及び/又は806並びにチャンネル804及び/又は808は、電子プロセッサ390に接続された電極を含むことができる。プロセッサ390は電圧を電極に印加し、チャンネル804及び/又は808内に発生した電界が、チャンネル内で流体を輸送させる。幾つかの実施形態では、上述したように、タンク802及び/又は806は気体源に接続でき、電子プロセッサ390は、これらタンク及び/又はチャンネルに結合された弁を開閉することでチャンネル内の流体輸送を調整する。
【0122】
補助タンク及びチャンネルを使って様々な作用物質(agents)をポンピングチャンネル308内のバックグラウンド電解液314内に送出できる。ポンピングチャンネル308は放出器310に近接して分離チャンネル304に交差するので、分離された試料成分とこれら作用物質とが相互作用するのは成分が電気スプレープルーム内に排出される直前であり、付加された作用物質が、質量分析システム内で成分の後の分析に悪影響を及ぼすような方法で試料成分を変更しないことを保証する。さらに、作用物質は放出器310を介した排出の直前に導入されるので、作用物質は放出器310から離れる方向で分離チャンネル304内を上方に移動しない。
【0123】
様々な異なる作用物質は、ポンピングチャンネル308に結合された補助タンク及びチャンネルを介して導入できる。幾つかの実施形態では、例えば、1つ以上のカップリング剤をバックグラウンド電解液314に添加できる。これらカップリング剤は、その後の質量分析特性決定の正確性を改善できる。適切なカップリング剤は、例えば、次の刊行物Remsburg et al., J. Am. Soc. Mass Spectrom 19: 261 (2008);及びSoukup-Hein et al., Anal. Chem. 80: 2612 (2008)に開示されており、それぞれの内容全体は本明細書に引用して援用する。
【文献】Remsburg et al., J. Am. Soc. Mass Spectrom 19: 261 (2008);及びSoukup-Hein et al., Anal. Chem. 80: 2612 (2008)
【0124】
幾つかの実施形態では、1つ以上の校正化合物(calibration compound)を補助タンク及びチャンネルを介して導入できる。これら校正化合物はバックグラウンド電解液314に付加され、電気スプレープルーム内に放出され、質量分析システムに導入できる。校正化合物は、試料成分の質量分析を校正するための標準マーカとなる。多種多様の校正化合物を使用できる。そうした一例は、校正ペプチド分析に有用なグル-フィブリノペプチドである。
【0125】
幾つかの実施形態では、流体チップは、試料成分が排出される多数の放出器を含むことができる。図9は、放出器310a-cでそれぞれ終端する3つの分離チャンネル304a-cに接続された3つの試料タンク302a-cを含むチップ300を示す概略図である。チップ300は、それぞれが放出器310a-cの何れかで終端する3つのポンピングチャンネル308a-cに接続された3つのバックグラウンド電解液タンク306a-cも含んでいる。動作時には、電圧差ΔVsepを1つ以上の分離チャンネル304a-cに印加できる。概して、各チャンネルに印加される電圧分離は同じでも異なっていてもよい。バックグラウンド電解液の流動を、タンク306a-cの1つから、対応するチャンネル308a-cの1つを介して選択的に向けて駆動して放出器310aの1つから排出することによって、電気スプレープルームを放出器の1つから選択的に発生できる。よって、電子プロセッサ390の制御下で、任意の分離チャンネル304a-cからの試料成分はチップ300から選択的に排出できる。
【0126】
図9に示した多数の放出器の構成は、例えば、分離電圧ΔVsepが多数の分離チャンネルに同時に印加できるので有利となりうる。よって、例えば、試料は、分離電圧を常に印加して分析できる。試料タンク及び分離チャンネルそれぞれ内の共通の試料については、異なる処理条件(例えば、分離電圧、バックグラウンド電解液)を試料タンク及び分離チャンネルの各組合せで使用でき、単一の試料を異なる条件の組合せの下で分析できる。異なる試料がこれら試料タンクのうちの少なくとも幾つかに入っている場合は、有意な異なる分離条件及び/又は時間を備えることもある、これら異なる試料の分析を多重化するため、図9の多重チャンネル構成を使用できる。例えば、対応する分離チャンネル内部を分離し比較的速く移動する試料の成分は、それぞれの放出器からまず排出される一方で、分離して比較的低速で移動する試料の成分は、それより後で、対応する分離チャンネルの端部に到着すると放出できる。こうした様態で、多数の試料を分析するのに要する合計時間は、単一の分離チャンネルを備えたチップ内でのこれら試料の順次分析に比べて短縮できる。
【0127】
図9に示したチップ300は、3つの試料タンク、3つの分離チャンネル、3つのバックグラウンド電解液タンク、及び3つのポンピングチャンネルを備えているが、より一般的には、チップ300は、これら構成部品を2つ以上(例えば、3つ以上、4つ以上、5つ以上、6つ以上、7つ以上、8つ以上、又はそれより多く)を含んでいてもよい。
【0128】
図10は、分離された試料成分の圧力に基づいた電気スプレー及び/又は注入を行うための一連の段階を示すフローチャート1000である。第1段階1002では、分離され且つ/又は分析される成分を備えた試料が試料タンク302に導入される。タンクに結合されたポートを介して、タンクと連通した流体チャンネルを介して、又は様々な他の方法の何れかによって注入することで導入できる。典型的には、試料は、バックグラウンド電解液すなわち部分的又は完全に溶媒和形態で導入される。
【0129】
次に、段階1004では、電子プロセッサ390は、電極316及び318を介して試料タンク302と分離チャンネル304の端部の間に電位差を印加する。典型的には、例えば、電子プロセッサ390は、電位差を印加するために1つ以上の電源(図面には示されていない)を作動する。電位差の印加によって、試料の成分が試料タンク302から分離チャンネル304内を放出器310に向かって電気泳動的に移動するが、個別の成分の移動速度は個別の電気泳動易動度によって異なり、幾つかの実施形態では、分離チャンネル304の壁と相互作用によって異なる。
【0130】
段階1006では、電子プロセッサ390は、バックグラウンド電解液タンク306のヘッドスペース領域を加圧して、タンク306からポンピングチャンネル308を通って放出器310の外へ流動させる。典型的には、例えば、電子プロセッサ335は、気体が気体源330から供給された状態で、弁335を開閉してヘッドスペース領域内の気体圧を制御する。
【0131】
タンク306からポンピングチャンネル308を通って放出器310の外に出るバックグラウンド電解液の圧力駆動流により、段階1008において、分離チャンネル304を通る電気泳動移動時に成分が互いから分離された後に、試料成分が放出器310から個別に排出されることになる。試料成分の異なる電気泳動易動度によって、個別の成分は異なる時間に放出器310から排出される。その後、段階1010において、成分が質量分析システム内に(又は別の種類の分析システム内に)注入又は取り込まれる場合、これらは異なる時間に導入されるので、成分の取扱及び分析が簡素化される。この過程は段階1012で終了する。
【0132】
幾つかの実施形態では、段階1004及び1006において、バックグラウンド電解液のポンピングチャンネル308を通る放出器310の外への流動が、試料タンク302と分離チャンネル304の端部との間の電位差の印加と同時に又はほぼ同時に開始されることを保証すると有利となることがある。バックグラウンド電解液の流動開始と電位差の印加が互いから短時間内に行われない場合、放出器310から高品質の電気スプレープルームを発生するのが困難となりうることが、実験的に発見されている。よって、幾つかの実施形態では、バックグラウンド電解液の流動開始と電位差印加との間の時間差(どちらが最初に行われても良い)は、25 ms以下(例えば、15 ms以下、10 ms以下、5 ms以下、2 ms以下、1 ms以下、500 ミリ秒以下、200ミリ秒以下、100ミリ秒以下)でよい。
【0133】
上述のように、バックグラウンド電解液の圧力駆動流を利用して放出器310から試料成分を排出させることによって、電気スプレープルームを発生する過程は、分離チャンネル内で試料成分を分離する過程から切り離すことができる。適切な電気スプレープルームの発生は、バックグラウンド電解液の圧力駆動流により制御される。分離された試料成分からのイオン発生は、放出器310における電位と、チップ300の外部の大地すなわち基準電位との差によって制御される。
【0134】
よって、電極316と318との間の電位差は、分離チャンネル304内の試料成分の電気泳動分離のみを制御するために使用される。この「分離」は、電極316と318との間のゼロボルト電位差でも行うことができる。試料の成分はこれらの条件では大きく移動しないが、放出器310からの排出は発生し(バックグラウンド電解液の形態で)、上述したように、これにより1つ以上の動作パラメータの調節を介して電気スプレープルームの特性の測定、確認、及び調節が可能となる。
【0135】
より一般的には、電子プロセッサ390は、試料成分の分離及び分析性能を向上させるため、印加される電位差の調節を含む様々な適応処理技法を実現するよう構成される。例えば、幾つかの実施形態では、電子プロセッサ390は、電極316と318との間に印加される電位差を変更することによって、分離チャンネル304を通る試料成分の移動速度を調節するよう構成されている。放出器310からの排出は、バックグラウンド電解液の圧力駆動流を介して行われるので、印加される電位差は、一般に、成分排出に悪影響を与えることなく成分移動時間を所望に従って調節できる。
【0136】
例えば、電子プロセッサ390は、分離された試料成分が最初に分離チャンネル304の端部に到達する前に、電極316と318との間に比較的高い第1電位差を印加できる。放出器310からの排出は、質量分析システム内に結合又は導入され、これがこの排出を分析して排出中に対象とする成分が存在するかを判断する。対象とする成分の存在又は不存在に関する情報は、プロセッサ390によって特定又受信される。対象とする成分が検出されない間は、電子プロセッサ390は、分離チャンネル304を通る試料成分の移動時間を短くするために、電極316と318との間に比較的高い第1電位差を維持する。
【0137】
対象とする1つ以上の成分が電気スプレープルームで検出されると、電子プロセッサ390は、印加される電位差をより低い第2電位差まで減少させることができ、分離チャンネル304を通る試料成分の移動速度を効果的に減少させる。すると、個別の成分がチャンネル304の端部に到着して放出器310から排出されると、これらは個別に時間的順序で分析できる。こうした方法で印加される電位差を変更すると、分析のため質量分析システムに到着する試料成分間の時間的順序が効果的に変更される。
【0138】
多くの対象とする成分を備えた複雑な試料については、電子プロセッサ390は、分離チャンネル304内の成分の流量を調節するため高い印加電位差と低い印加電位差との間を複数回繰り返すよう構成できる。プロセッサ390は、2つの印加電位差の間のみを交互に切り換えるようには制限されていない。すなわち、より一般的には、任意時点で、プロセッサ390は、電極316と318との間に印加する任意の電位差を選択して、分離チャンネル304内の試料成分の移動時間を制御できる。
【0139】
幾つかの実施形態では、電子プロセッサ390は、試料内の1つ以上の特定の成分を確認するよう構成するための分析プログラムを実行するよう構成できる。すなわち、このプロセッサは、試料内の他の成分の存在又は不存在に関わりなく、その特定の成分の存在又は不存在を特に探すよう構成されている。電子プロセッサ390は、その特定の成分の移動時間に関する構成情報を受信できる(例えば、プログラムの一部として、又はデータベース又はシステムユーザなどの別のソースから)。特定の試料の全体的な分析時間を短くするため、電子プロセッサ390は、構成情報に基づいて特定の成分の第1のものが分離チャンネル304の端部に到着すると期待される直前までは、電極316と318との間に比較的高い電位差を印加できる。次に、第1の特定成分が試料内に存在し、放出器310から排出された場合は、それが正確に検出されるように、電子プロセッサ390は印加された電位差を下げる。
【0140】
次に、電子プロセッサ390は、構成情報に基づいて特定成分の次のものが分離チャンネル304の端部に到着すると期待される直前まで、印加された電位差を増加させ、その後、第2の特定成分がサンプルに存在すればその検出を促進するために、印加された電位差はプロセッサ390によって再び減少される。代替的には、プロセッサ390は印加された電位差をこうした方法で増減して、試料の全体的な分析時間を減少させる一方で、同時に、対象とする特定の成分が検出のため時間的に十分離間されていることを保証する。
【0141】
分離チャンネル304内での印加された電位差の調節は、特定の試料を分析するため時間枠に限りがある状況でも有利となりうる。例えば、プロトン交換質量分析では、試料は、ラベリング目的で一定の水素原子を重水素原子と交換するために処理できる。試料の温浸(digestion)に続き、構造体中の重水素でラベリングしたタンパク質の位置を発見するため、重水素がラベリングしたタンパク質が分析される。
【0142】
しかし、重水素原子は試料タンパク質内で比較的不安定な状態を維持しており、通常の水素原子と再び交換が起こる傾向がある。よって、重水素でラベリングしたタンパク質の分析は、この再交換がより広い範囲で発生する前に比較的に迅速に実行される。重水素でラベリングしたタンパク質などの、時間制限付き寿命又は時間的分析枠がある試料成分を分析するには、電子プロセッサ390は、上述のように試料の分析時間全体を引き下げるため、電極316と318との間に印加される電位差を調節できる。具体的には、プロセッサ390は、対象とする成分がチャンネル304内を流動する間に比較的大きい電位差を維持でき、チャンネル全長を移動する際にかかる時間を短縮する。対象とする成分がチャンネル304の端部に到着する(又はそれらが放出器310から排出されるときに検出され始める)ことが期待されるときに、電子プロセッサ390は、各試料成分が分析されるように電極316と318との間の電位差を減少させる。特定の成分が排出された後、対象とする次の成分がチャンネル304の端部に到着するか又は放出器310からの放出内で検出されるまで、プロセッサ390は再び電位差を増大させる。こうした方法で、電子プロセッサ390は、プロトン交換質量分析などの、時間制限試料の分析に適した様々なプログラム/シーケンスを実装できる。
【0143】
上述した実施形態では、バックグラウンド電解液の圧力駆動流はプロセッサ390の制御下に発生し、プロセッサが気体源330に指令して、気体をタンク306のヘッドスペース350に供給させる。圧力駆動流は、気体のタンクへの供給と共に又はその代わりに他の方法で行ってもよい。例えば、幾つかの実施形態では、タンク306内の気体圧の制御は、ダイアフラム又はピストンなどの変位機構を用いて達成できる。
【0144】
図14は、バックグラウンド電解液314を含むタンク306を備えた流体チップ300の一部の概略図である。ヘッドスペース350はバックグラウンド電解液314の上方に位置している。タンク306内の圧力(従って及びクグラウンド電解液314に印加される圧力も)を制御するため、ピストン380はタンク306の上壁の一部を形成する。ピストン380は、制御線382を介して電子プロセッサ390に結合される。
【0145】
プロセッサ390は、ピストン380を(圧力を増大させるため)タンク306内に前進させたり、そこから(圧力を低下させるため)ピストン380を後退させたりすることで、ヘッドスペース350内の圧力を調節できる。このよう方法で、プロセッサ390は放出器310から試料成分を排出でき、上述のように、プルーム340の測定されたパラメータに基づいてチップ300の動作を調節できる。
【0146】
タンク306内の圧力調整は、ヘッドスペース内の温度を調整することでも制御できる。温度調整は様々な方法で実施できる。例えば、図14において、加熱素子384はタンク306の壁に沿って配置されており、制御線386を介してプロセッサ390に接続されている。タンク306(及びバックグラウンド電解液314)を加熱素子384を介して加熱することによって、電子プロセッサ390はタンク306内の気体圧を増加させる。反対に、タンク306を冷却することで(例えば、図14に示されていない冷却素子を介して、又は加熱素子384の温度を下げることによって)、電子プロセッサ390はタンク306内の気体圧を減少させることができる。
【0147】
バックグラウンド電解液314の圧力駆動流が発生するのは、タンク306内の電解液と、放出器310における又はそれに近接した流体と、の間に圧力勾配が存在するからである。従って、幾つかの実施形態では、バックグラウンド電解液314の圧力駆動流は、放出器310に近接した位置でバックグラウンド電解液314に印加された圧力を減少させることで発生させることができる。図15は、ハウジング300の一部の概略図を示す。チップ300の幾つかの特徴は明確性のため省略されているが、概して、チップ300は様々な流体チップに関連して説明した任意の特徴を含むことができる。
【0148】
図15では、真空源394は放出器310に近接して配置されている。真空源394は、通信線396を介して電子プロセッサ390に接続されている。動作時に、真空源394を、ポンピングチャンネル308との流体連通に対して選択的に接続及び切断することで、例えば真空源394内の弁を開く又は閉じることで、プロセッサ390は、放出器310で又はそれに近接した位置でバックグラウンド電解液314に印加される圧力を調整できる。概して、真空ポンプ、真空容積(evacuated volume)、及びピストン及びダイアフラムなどの変位機構を含むがそれらには限定されない多種多様な真空源を使用できる。
【0149】
概して、上述のうち任意の方法は単独で又は上述の流体チップと組み合わせて使用でき、電子プロセッサ390は、タンク306内の圧力を調節することによって、放出器310での又はそれに近接した位置の圧力を調節することによって、又はその両方によって、ポンピングチャンネル308内のバックグラウンド電解液314で圧力勾配を制御できる。
【0150】
III. 質量分析検出システムとの接続
上述したように、幾つかの実施形態では、放出器310からの排出は質量分析システムの導入口に直接的に接続でき、分離した試料成分が排出される際にそれらの分析を促進する。幾つかの実施形態では、放出器310からの排出は、質量分析システムの導入口が位置している空間的領域で行われることができ、このシステムは導入口を介した排出物の標本を採り、分析のためその一部を取り入れることができる。本明細書で開示された流体チップと共に使用可能な適切な質量分析システムの付加的な特徴は、米国特許第9,502,226号として発行されている米国特許公開出願第2015/0200083号及び米国特許公開出願第2016/0099137号に開示されており、それぞれの内容全体はここに引用して援用する。
【文献】米国特許公開出願第2015/0200083号公報
【文献】米国特許公開出願第2016/0099137号公報
【0151】
概してチップ300の放出器310と質量分析検出システムの導入口とは様々な方法で結合できるが、そうした一方法は、放出器310からイオン化電気スプレーを発生することが含まれ、放出器は導入口に直接的に差し向けられている。図13は、質量分析検出システム1310に結合された流体チップ300を示す概略図である。図13では、チップ300の幾つかの特徴は明確性のため省略されている。しかし、図13のチップ300は、概して様々な流体チップに関連して本明細書で開示した任意の特徴を含むことができる。
【0152】
図13では、試料成分は電極1302及び1304を介して放出器310から排出され、これら電極は制御線1305及び1307を介して電子プロセッサ390に結合されている。動作時に、プロセッサ390は、電位を電極1302及び1304に印加し、上述のように電気スプレーイオン化電圧と呼ぶ電位差をこれら電極間に発生させる。上述したように、プロセッサ390は、検出器704及び/又は質量分析検出システム1310からの測定値に基づいてこの電圧を調節できる。
【0153】
電極1304は検出システム1310への導入口1318の一部を形成し、これはオプションのイオン源1312、イオントラップ1314、及びイオン検出器1316も含む。検出システム1310の構成要素は、制御線1309を介してプロセッサ390に接続されている。プロセッサ390は、図13に示したように検出システム1310から分離してもよいし、代替的には、検出システム1310内部に組み込んでもよい。プロセッサ390は、概して、チップ300及び検出システム1310の一方又は両方の様々な構成要素を制御し、それらと共に機能を実行できる。
【0154】
プロセッサ390が電極1302と1304との間に電気スプレーイオン化電圧を印加すると、電気スプレープルーム340が発生し、導入口1318に入る。試料成分は、分離チャンネル304内で分離されると放出器310から排出され、電極1302と1304との間でイオン化され、導入口1318内へ結合される。一旦イオントラップ1314に入れば、イオン化された試料成分はオプションでイオン源1312内でさらにイオン化され、その後、トラップされ且つ検出器1314による検出のためイオントラップ1314から選択的に射出される。質量スペクトル情報は、検出されたイオンの質量電荷比を含み、制御線1309を介してプロセッサ390に伝えられる。
【0155】
IV. 付加的なシステムハードウェア及びソフトウェア構成要素
本明細書に開示された任意の方法ステップ、特徴、及び/又は属性は、電子プロセッサ390及び/又は標準的なプログラミング技法に基づいてプログラムを実行する1つ又以上の付加的な電子プロセッサ(コンピュータ又はプログラム済み集積回路などの)により実行できる。こうしたプログラムは、プロセッサ、データ格納システム(メモリ及び/又は記憶素子を含む)、少なくとも1つの入力装置、及び表示装置又はプリンタなどの少なくとも1つの出力装置をそれぞれが含んだ、プログラム可能計算装置又は特別に設計された集積回路上で実行できるように設計される。プログラムコードは入力データに適用して、関数を実行し且つ1つ以上の出力装置に適用される出力情報を生成する。そうした各コンピュータプログラムは、高レベル手続き言語若しくはオブジェクト指向プログラミング言語又はアセンブリ若しくは機械言語で実現できる。さらに、こうした言語はコンパイル済み言語でもインタプリタ型言語でもよい。こうした各コンピュータプログラムは、コンピュータ、プロセッサ、又は電子回路に読み出されると、当該コンピュータ、プロセッサ、又は電子回路に本明細書で記載された分析と制御機能を実行させる、コンピュータ可読可能記憶媒体(例えば、CD-ROM若しくはDVDなどの光学記憶媒体、磁気記憶媒体及び/又は持続性固体記憶媒体)上に格納できる。
【0156】
他の実施形態
幾つかの実施形態を説明してきた。しかしながら、本開示の趣旨及び範囲から逸脱することなく多くの修正が可能なことは理解されるであろう。従って、これ以外の実施形態も次の特許請求の範囲に入る。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15