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特許7336099建築物の木製構成部構造及びその施工方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-23
(45)【発行日】2023-08-31
(54)【発明の名称】建築物の木製構成部構造及びその施工方法
(51)【国際特許分類】
   E04B 1/94 20060101AFI20230824BHJP
【FI】
E04B1/94 R
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019190771
(22)【出願日】2019-10-18
(65)【公開番号】P2021067007
(43)【公開日】2021-04-30
【審査請求日】2022-07-14
(73)【特許権者】
【識別番号】303057365
【氏名又は名称】株式会社安藤・間
(73)【特許権者】
【識別番号】390024556
【氏名又は名称】株式会社シェルター
(74)【代理人】
【識別番号】100100354
【弁理士】
【氏名又は名称】江藤 聡明
(72)【発明者】
【氏名】青木 貴均
(72)【発明者】
【氏名】渡慶次 明
(72)【発明者】
【氏名】会田 悟史
(72)【発明者】
【氏名】神田 泰伸
(72)【発明者】
【氏名】安達 広幸
(72)【発明者】
【氏名】武田 純一
(72)【発明者】
【氏名】孫田 正樹
【審査官】沖原 有里奈
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-135643(JP,A)
【文献】特開2003-020742(JP,A)
【文献】特開2015-040392(JP,A)
【文献】特開昭62-225640(JP,A)
【文献】特開2003-064805(JP,A)
【文献】特開2012-052325(JP,A)
【文献】特開2016-030896(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04B 1/94
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
築物を構成する木製構成部と、
該木製構成部の表面を覆うようにして水和物系練り材で予め設定された厚さに形成された吸熱層と、
該吸熱層の表面を覆うようにして該吸熱層に含まれる水の外部への蒸発を阻止する水密層と、
を備え
前記吸熱層と前記水密層との直接的な接触を防止するシート層が、該吸熱層を覆って該吸熱層と水密層との間に設けられたことを特徴とする建築物の木製構成部構造。
【請求項2】
前記水密層が、難燃性を付与可能な塗料で形成されることを特徴とする請求項1に記載の建築物の木製構成部構造。
【請求項3】
前記水和物系練り材が、硬化時に水和物を有する結晶を形成する無収縮セメントを含むことを特徴とする請求項1又は2に記載の建築物の木製構成部構造。
【請求項4】
前記水和物系練り材が、珪砂を含むことを特徴とする請求項3に記載の建築物の木製構成部構造。
【請求項5】
前記建築物の木材表面を構成する木製最表層が、前記水密層を覆うようにその表層に設けられたことを特徴とする請求項に記載の建築物の木製構成部構造。
【請求項6】
請求項に記載の建築物の木製構成部構造の施工方法において、
前記木製構成部の表面を覆うように水和物系練り材を予め設定された厚さに塗布又は吹き付け施工して前記吸熱層を形成する吸熱層形成工程と、
前記吸熱層の表面を覆うようにシート材を貼り付けて前記シート層を形成するシート層形成工程と、
前記シート層の表面を覆うように難燃性塗料を塗布又は吹き付け施工して前記水密層を形成する水密層形成工程と、
前記水密層の表面を覆うように木製表層材を施工して前記木製最表層を形成する木製最表層形成工程と、を備えたことを特徴とする建築物の木製構成部構造の施工方法。
【請求項7】
前記シート材が所定の耐熱性を有し且つ加熱時における前記水密層と吸熱層との直接的な接触を回避する機能を有することを特徴とする請求項に記載の建築物の木製構成部構造の施工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築物の木製構成部構造及びその施工方法、特に、耐火性能を有する建築物の木製構成部構造及びその施工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、建築物の構成部、例えば、建築物の荷重を支える梁や柱などの構成部には木材以外では鉄骨や鉄筋コンクリートが採用されるのが一般的であるが、森林の新陳代謝を高めて森の保存を図るという観点から、それらの構成部材料として木材の比率を高めていこうという提案がなされている。
【0003】
しかしながら、こうした構成部材料として木材を用いる場合、鉄骨等と比べて耐火性能が劣る点が問題となる。下記特許文献1は、耐火性能を向上させた建築物の木製構成部構造を開示する。具体的には、特許文献1の木製構成部構造は、荷重を受ける長尺且つ短矩形の木製の構成部と、その木製構成部の横断面の四方をその全長にわたって被覆する被覆部と、木製構成部と被覆部との間に介在する石膏ボードと、を有する。
【0004】
これによれば、建築物に火災が発生した場合に、石膏ボードに覆われた木製構成部は火炎にさらされず炭化がごく緩やかに進行し、短時間で焼失することがない。しかしながら、更なる耐火性能の向上や製造の困難化を伴わない構造が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第4359275号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、施工の困難化を伴わず、建築物の梁・柱等の木製構成部の耐火性能を向上することが可能な建築物の木製構成部構造及びその施工方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため本発明に係る建築物の木製構成部構造は、
前記建築物を構成する木製構成部と、該木製構成部の表面を覆うようにして水和物系練り材で予め設定された厚さに形成された吸熱層と、該吸熱層の表面を覆うようにして該吸熱層に含まれる水の外部への蒸発を阻止する水密層と、を備えたことを特徴とする。
【0008】
この構成によれば、吸熱層の硬化した水和物系練り材中の結合水の蒸散による吸熱効果により、木製構成部の耐火性能を向上することができると共に、水密層による水の外部への蒸発防止効果により、上記硬化した水和物系練り材の吸熱効果を維持して上記木製構成部の耐火性能を確保することができる。また、水和物系練り材は、例えば、セメントペーストを現場で練り混ぜして木製構成部上に塗布又は吹き付け施工することができ、それらの部材の現場までの運搬もさほど大掛かりなものではないので、上記木製耐火構造を現場で施工する場合でも比較的容易に施工することができる。
【0009】
また、本発明の他の構成は、前記水密層が、難燃性を付与可能な塗料で形成されることを特徴とする。
【0010】
この構成によれば、難燃性を付与可能な塗料が硬化してできた水密層の断熱性や不燃性により、火災発生時の吸熱層や木製構成部に対する熱の影響を緩和することができる。また、難燃性を付与する塗料も現場で塗布又は吹き付け施工することができ、それらの部材の現場までの運搬もさほど大掛かりなものではないので、上記木製耐火構造を現場でも比較的容易に施工することができる。
【0011】
また、本発明の他の構成は、前記水和物系練り材が、硬化時に水和物を有する結晶を形成する無収縮セメントを含むことを特徴とする。
【0012】
この構成によれば、無収縮セメントの硬化物が水和物の形の水と強く結合(結合水)しているため、火災が発生した際にはこの水の蒸発時の吸熱反応で周囲温度が低下し、硬化物の内側に位置する木製構成部の燃焼・炭化を遅延させることができる。また、セメントであることから、現場での練り混ぜも容易で、その粘性から木製構成部の垂直面上への塗布又は吹き付け施工でも液ダレが生じにくく、施工性に優れる。また、無収縮であることから、木製構成部への熱橋となるひびや割れが生じにくく、その分、耐火構造としての性能を確保することが可能となる。
【0013】
また、本発明の他の構成は、前記水和物系練り材が、珪砂を含むことを特徴とする。
【0014】
この構成によれば、珪砂の主成分は二酸化ケイ素であることから、吸熱層として得られた硬化物の不燃性が向上するとともに、二酸化ケイ素により酸素の透過が抑制され、硬化物で覆われた内部の木製構成部の燃焼・炭化も遅延させることができる。
【0015】
また、本発明の他の構成は、前記吸熱層と前記水密層との直接的な接触を防止するシート層が、該吸熱層を覆って該吸熱層と水密層との間に設けられたことを特徴とする。
【0016】
この構成によれば、火災発生時に溶融・軟化した水密層が吸熱層の硬化物に直接接触するのを防止することができ、これにより溶融・軟化した上記難燃性塗料との接触による上記硬化物の吸熱効果を示す結晶構造への影響が回避され、その硬化物の吸熱効果を確保することができる。
【0017】
また、本発明の他の構成は、前記建築物の木材表面を構成する木製最表層が、前記水密層を覆うようにその表層に設けられたことを特徴とする。
【0018】
この構成によれば、木製最表層は、火災発生時の燃え代となってしまうものの、例えば荷重を受けるための木製構成部の耐火性能は上記吸熱層や水密層によって確保され、一方で、表層に木材が用いられることで、あたかも耐火構造全体が木製であるかのように感受され、これにより木造建築物としての癒し効果や意匠性などが確保される。
【0019】
また、上記目的を達成するための本発明に係る建築物の木製構成部構造の施工方法は、上記建築物の木製構成部構造の施工方法において、
前記木製構成部の表面を覆うように水和物系練り材を予め設定された厚さに塗布又は吹き付け施工して前記吸熱層を形成する吸熱層形成工程と、前記吸熱層の表面を覆うようにシート材を貼り付けて前記シート層を形成するシート層形成工程と、前記シート層の表面を覆うように難燃性塗料を塗布又は吹き付け施工して前記水密層を形成する水密層形成工程と、前記水密層の表面を覆うように木製表層材を施工して前記木製最表層を形成する木製最表層形成工程と、を備えたことを特徴とする。
【0020】
この構成によれば、大掛かりな装置などを用いることなく施工が可能であり、施工の場所も限定されることなく選択することができる。例えば、セメントペーストを上記水和物系練り材として現場で練り混ぜするなどすれば、全ての工程を施工の現場で行うことも可能であり、完成品の運搬や大きい部材や重い材料の煩雑な運搬作業が解消される。勿論、施工現場だけの実施に限定されるものではなく、工場で製造したものを現場に運ぶことでも実施が可能である。更に、建築物の木材表面として木製表層材が用いられていることにより、良好な耐火性能を維持しながら、上記木造建築物としての癒し効果や意匠性などが得られる。
【0021】
また、本発明の他の構成は、前記シート材が所定の耐熱性を有し且つ加熱時における前記水密層と吸熱層との直接的な接触を回避する機能を有することを特徴とする。
【0022】
この構成によれば、上記水密層の内側に位置するシート層のシート材が、火災発生時にも燃えたり溶けたりしない耐熱性を有することで、上記溶融・軟化した水密層と吸熱層との直接的な接触を回避し続けることができ、これにより上記吸熱層による吸熱効果を維持することができる。
【発明の効果】
【0023】
以上説明したように、本発明によれば、施工の困難化を伴うことなく、荷重を受ける木製構成部の耐火性能を向上することができると共に、施工作業の場が限定されることもなく、必要に応じて、建築施工の現場でも工場でも比較的容易に施工することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の建築物の木製構成部構造及びその施工方法の一実施の形態を示す断面図である。
図2図1の木製構成部構造の耐火性能試験の説明図である。
図3図2の耐火性能試験の結果を示す説明図である。
図4図2の耐火性能試験の結果を示す説明図である。
図5図2の耐火性能試験の結果を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に、本発明の建築物の木製構成部構造及びその施工方法の一実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。図1は、この実施の形態の建築物の木製構成部構造の断面図である。この木製構成部構造1は、主として柱や梁などの建物の荷重を受ける部位であり、特に良好な耐火性能が求められる構成部である。この木製構成部構造1の中央部、コアの部分は、木製柱からなる木製構成部2である。例えば、図1は設置状態における水平方向の断面構造を示しており、木製構成部2は、この実施の形態の木製構成部構造1に作用する荷重を主として受ける。したがって、この木製構成部材には、例えば、建物の自重や積雪、風、地震などの外力などの各種荷重を考慮して必要な強度を有するものが採用される。
【0026】
この木製柱からなる木製構成部材は、建物の骨組みとして用いられる長尺且つ短矩形部材であるが、建物内で水平方向に設けられると梁に適用することが可能であることは勿論である。柱状は特に限定されず、円柱、四角柱、円錐台あるいは倒置された円錐台など、種々の形状のものに適用可能である。また、素材としては、例えば、1本の原木から形成されてもよく、圧縮成形されたものであってもよい。また、所定寸法に切断した木材板やその圧縮材を接着集成してなる集成材であってもよい。
【0027】
この木製構成部2の外側には、水和物系練り材で予め設定された厚さに形成された吸熱層3が、木製構成部2の表面を覆うようにして設けられている。この実施の形態では、木製構成部2の表面(外周面)が隙間なく吸熱層3で覆われている。この吸熱層3を構成する水和物系練り材は、本実施の形態では、主としてセメントペーストからなる。このセメントペーストの詳細については後述するが、すなわち、セメントと水を含み、本実施の形態では、繊維材も含む。また、後述するように、セメントペーストが珪砂を含むことも望ましい。このセメントペーストは、セメント、水、繊維材、珪砂などを現場で練り混ぜ、それを木製構成部2の表面に隙間なく塗布又は吹き付け施工して硬化させる。
【0028】
上記吸熱層3の外側には、吸熱層3と後述する水密層5との直接的な接触を防止するためのシート層4が吸熱層3の表面(外周面)を覆うようにして設けられている。このシート層4は、上記吸熱層3の表面をシート材で覆うように貼り付けて形成される。このシート層4は、火災発生時に溶融・軟化した水密層5が吸熱層3に直接接触しないようにするためのものであるので、このシート層4に用いられるシート材には、火災発生時に、燃えたり溶けたりしない耐火性が要求され、その結果、火災発生時でも水密層5が吸熱層3と直接接触しない機能を維持し続ける必要がある。こうしたシート材として、例えば紙製のシート材は、耐熱温度が200℃程度であるので適用可能であるが、例えばビニール製のシート材は、それよりも低い温度で溶けてしまうので不適である。なお、火災発生時に水密層5が上記吸熱層3の吸熱効果に影響を及ぼさない場合には、このシート層4はなくともよい。
【0029】
上記シート層4の外側には、主として上記吸熱層3に難燃性を付与する水密層5がシート層4の表面(外周面)を覆うようにして設けられ、或いは、シート層4がない場合には吸熱層3の表面(外周面)を覆うようにして設けられている。本実施の形態では、シート層4及び吸熱層3は、水密層5で隙間なく覆われている。この水密層5は、難燃性を付与可能な難燃性塗料を塗布又は吹き付け施工して形成される。このような難燃性塗料には、ケイ酸含有塗料や、リンやホウ素を含有する塗料などが挙げられる。このうち、ケイ酸含有塗料は、ガラスとして用いられる二酸化ケイ素を有するケイ酸を含有して構成されているので、化学的に断熱性や不燃性が高く、特に空気(酸素)の透過を抑制することから、上記木製構成部材の燃焼を遅延させることができる。こうしたケイ酸含有塗料は、一般に「ガラス塗料」呼ばれる材料であり、例えば市販品としては、ナノクリアス(TNC有限会社製)、セラグリーン(株式会社グリーンドゥ製)、クリスタルプロセス(株式会社クリスタルプロセス製)が挙げられる。
【0030】
一方、リンやホウ素を含有する塗料は、周知のように、加熱時に不活性ガスを発生し、この不活性ガスが断熱層として作用することから断熱性に優れる。市販品としては、例えば、リン含有塗料としてモーエンアクア(キャピタルペイント株式会社製)、ホウ素含有塗料としてSOUFA(株式会社SOUFA製)が挙げられる。また、上記ケイ酸含有塗料、リンやホウ素を含有する塗料は、非発泡性防火塗料と呼ばれるものであるが、難燃性塗料はこれらに限られず、発泡性防火塗料も含む。発泡性防火塗料は、平常時には普通の塗膜を維持するが、火災時には熱を受けた塗面がもとの塗膜の数十倍~100倍超に発泡して被塗面と火源との間にスポンジ状の炭化層を形成し、基材への熱伝導を防ぎ、同時に不燃性ガスを発生して可燃性基材の燃焼を著しく遅らせることができる塗料である。市販品としては、例えば、臭素系としてフレームカット110R(東ソー株式会社製)が挙げられる。
【0031】
これらの難燃性塗料で構成される水密層5は、特にその断熱性で上記吸熱層3を断熱することで、後述する吸熱層3の吸熱効果を維持する機能を有する。一方で、溶融・軟化した難燃性塗料が吸熱層3に直接接触すると、吸熱層3の内部の吸熱効果を発揮する結晶構造に影響を与えるおそれがあるので、両者の間に上記シート層4を介装する。
【0032】
上記水密層5の外側には、建築物の木材表面、例えば木造建築物としての表しを構成する木製最表層6が、原則として上記水密層5の表面(外周面)を覆うようにして設けられている。この木製最表層6には、例えば木製の板材などの木製表層材が用いられる。この木製表層材からなる木製最表層6が木材表面となっているので、例えば、この実施の形態の木製構成部構造1を見た人は、あたかも構造全体が1つの木材で構築されているように感受する。木材表面は、見た目や香りなどの癒しの効果を有すると共に、木目そのものが意匠性を有しているので、木製最表層6を設けることで商品価値が向上する場合もある。上記木製板材の水密層5上への施工は、例えば耐熱性能が高く、不燃性を有する金具や拘束具(例えばシリカ繊維を有するテープなど)による留め付けによって行うことができる。なお、木製最表層6は、いわば見栄えを意図するものでもあるので、火災発生時には燃え代となってしまうことと合わせて、例えば、見えない箇所には設けなくともよい。
【0033】
したがって、この木製構成部構造1は、建物の骨組みを上記木製柱からなる木製構成部材で構築して木製構成部2を施工した後、この木製構成部2の表面を覆うようにして水和物系練り材を予め設定された厚さに塗布又は吹き付けて上記吸熱層3を形成し、その吸熱層3の表面を覆うようにしてシート材を貼り付けて上記シート層4を形成し、そのシート層4の表面を覆うようにして難燃性塗料を塗布又は吹き付けて上記水密層5を形成し、その水密層5の表面を覆うようにして木製表層材を施工して木製最表層6を形成することで構築される。
【0034】
上記セメントペーストに用いるセメントは、水で練ったときに硬化性を示す無機質接合材であり、この実施の形態においては、水硬性セメントを用いる。水硬性セメントとしては、ポルトランドセメント、水硬性石灰、ローマンセメント、天然セメントなどの単味セメントを用いてもよく、石灰混合セメント、混合ポルトランドセメントなどの混合セメントを用いてもよい。
【0035】
なかでも、セメントが、硬化時にセメント水和物の結晶を形成する無収縮セメントであることが好ましい。この実施の形態において、無収縮セメントとは、ポルトランドセメント等のわずかに収縮性を示すセメントの収縮を相殺し得る程度に膨張する膨張性セメントのことをいうものとする。
【0036】
セメント水和物の結晶としては、アルミン酸カルシウム水和物、ケイ酸カルシウム水和物、セメントバチルス系などが挙げられるが、多量の結晶水を有するセメントバチルス系が特に好ましい。セメントペーストの硬化物が多量の水和物を内包することで、火災時のこの水の蒸散による吸熱効果をより高めることができるからである。セメントバチルス系としては、例えば、3CaO・Al・3CaSO・(30~32)HO(エトリンガイト)、3CaO・Al・CaSO・12HO、3CaO・Fe・3CaSO・32HO、3CaO・Al・3CaSiO・12HO、3CaO・Al・3CaSiO・32HO、3CaO・Al・CaCl・10HO、3CaO・Al・CaCO・nHOが挙げられる。
【0037】
硬化時にセメント水和物の結晶を形成するためには、セメント中に膨張材を添加することが挙げられ、膨張材としては、エトリンガイトを生成させるカルシウムサルホアルミネート系膨張剤が挙げられる。カルシウムサルホアルミネート系膨張剤としては、アルミン酸三カルシウム(C3A)と石膏との組み合わせ、遊離石灰とアウインと無水石膏との組み合わせ、などが挙げられる。膨張剤の市販品としては、石灰系膨張剤の太平洋ハイパーエクスパン(太平洋マテリアル社製)、エトリンガイト-石灰複合系のスーパーサクス(住友大阪セメント社製)、同じくエトリンガイト-石灰複合系のデンカパワーCSA(デンカ社製)が挙げられる。
【0038】
硬化時にセメント水和物の結晶を形成する無収縮セメントの市販品としては、エスセイバー(日鉄住金セメント社製)、MG-15Mスーパー(三菱マテリアル社製)、グラウトミックスF(トクヤマ社製)、ノンシュリンクグラウト(シンコー社製)などが挙げられる。
【0039】
上記繊維材は、主にセメントペーストに粘性及び凝集性を付与する目的で添加される。繊維材は、セメントペーストに粘性及び凝集性を付与し得るものであればどのようなものであってもよく、植物繊維、ガラス繊維、金属繊維、カーボン繊維、高分子材料繊維など、種々のものから選択することができる。また、繊維材はセメントペーストの硬化物の強度向上にも寄与する。
【0040】
繊維材としては、ペースト内での分散性の観点からは比重がセメントペーストに近いものが好ましく、具体的には、ガラス繊維、カーボン繊維、高分子材料繊維であることが好ましく、さらにコストと強度の兼ね合いから、高分子材料繊維を用いることが最も好ましい。
【0041】
また、繊維材は高アルカリ性のセメントペースト中に添加され、硬化後にも存在し続けることとなることから、硬化後の強度維持の観点からアルカリ耐性のものが好ましい。
【0042】
具体的には、液温50℃±1℃の1.0重量%濃度のNaOH水溶液に3600時間浸漬後の引張強さが前記浸漬前の引張強さと比較して70%以上の繊維材が用いられることが好ましい。
【0043】
上記引張強さの測定と、高アルカリ性水溶液への浸漬試験は、混合補強土の技術開発に関する共同研究報告書第168号10~13頁(建設省土木研究所著、1997年3月出版)の記載を参考にして実施することができる。
【0044】
また、引張強さは、例えば、JIS L1013:2010に準拠した方法にて測定されるものとする。
【0045】
液温50℃±1℃の1.0重量%濃度のNaOH水溶液に3600時間浸漬後の引張強さが前記浸漬前の引張強さと比較して70%以上の高分子材料の繊維材としては、ビニロン繊維、ポリプロピレン繊維、ポリエチレン繊維が挙げられるが、これに限られるものではない。
【0046】
なお、繊維材の長さとしては、セメントペーストの塗布厚さ以下であればどのようなものであってもよいが、好ましくは、1μm以上3mm以下であり、より好ましくは10μm以上1mm以下である。
【0047】
さらに、本発明のセメントペーストは珪砂を含むことが好ましい。珪砂の主成分は二酸化ケイ素であることから、得られた硬化物の不燃性が向上するとともに、二酸化ケイ素により空気(酸素)の透過が抑制されることから、硬化物で木製構成部2が覆われた場合には、内包される木製構成部材の燃焼を遅延させることができる。
【0048】
珪砂は市販のものを使用することができ、2号から8号までの大きさのものを用いることができ、好ましくは4号から6号のものが用いられる。
【0049】
セメントペーストは、珪砂を含まない場合、好ましくはセメント100質量部に対して10質量部以上20質量部以下、特に、13質量部以上18質量部以下の水を含み、繊維材をセメントペーストの全質量に対して0.2質量%以上1.0質量%以下、特に、0.2質量%以上0.6質量%以下の割合で含む。
【0050】
一方、珪砂を含む場合、セメントペーストは、セメント100質量部に対して好ましくは5質量部以上20質量部以下、特に、10質量部以上20質量部以下の水と、セメント100質量部に対して55質量部以上70質量部以下、特に、57質量部以上65質量部以下の珪砂と、を含み、繊維材をセメントペーストの全質量に対して0.05質量%以上1.8質量%以下、特に、0.1質量部以上1.0質量部以下の割合で含む。
【0051】
この実施の形態のセメントペーストは、上記セメント、水、繊維材、珪砂、膨張剤以外に、他の成分を含んでいてもよい。この実施の形態のセメントペーストが含有することができる他の成分としては、増粘剤(セルロース系増粘剤、タンパク質系増粘剤等)、消泡剤(シリコーン系消泡剤、鉱物油系消泡剤等)、凝結遅延剤など、公知慣用の添加剤を挙げることができる。
【0052】
このセメントペーストによる吸熱層3の施工厚さは、任意に設定することができるものの、耐火性向上の観点からは1cm以上であることが望ましく、2cm以上であることがより好ましい。一方で、硬化後の吸熱層3の比重は、木製構成部2の比重よりも大きいので、例えば、木造建築物としての重量が大きくなりすぎないように吸熱層3の厚さを設定することも必要である。
【0053】
このセメントペーストの練り混ぜ工程は、粉体混合工程と、第1混練工程と、第2混練工程と、を含む。
【0054】
粉体混合工程は、セメント及び珪砂を含む粉体(但し、繊維材を除く)を混合し、粉体混合物を得る工程である。本工程には、本技術分野において周知のハンドミキサー、パン型ミキサーなどを用いることができ、条件としては材料に水を加えない空練り条件にて、約30秒~2分間の空練りを行うことにより実施される。
【0055】
第1混練工程は、粉体混合工程で得られた粉体混合物に水を添加して混練し、混練物を得る工程である。混練には、上記ハンドミキサー、パン型ミキサーなどをそのまま用いることができ、混練速度、混練時間については、各ミキサーに好適とされる条件を適宜に選択することができる。一例としては、水を加えてさらに約30秒~2分の混練を行うことができる。
【0056】
第2混練工程は、第1混練工程で得られた混練物に繊維材を添加してさらに混練し、セメントペーストを得る工程である。第2混練工程は、第1混練工程で用いたミキサーを用いてそのまま実施することができる。
【0057】
繊維材は、予め好適な量を決定し、その量を添加して混練することとしてもよいが、繊維材を少量ずつ添加して一定時間混練し、所望の粘度が得られた時に繊維材の添加と、混練と停止することとしてもよい。一例としては、繊維材添加後、約1分~3分の混練を行うことができる。
【実施例
【0058】
以下に、この実施の形態の実施例並びにその比較例について具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。ここでは、これら実施例及び比較例に対し、図2に示す電気炉10内での加熱による燃焼・耐火試験を実施した。
【0059】
<試験方法>
1)上記木製構成部2を構成する木製構成部材として5cm角の木製試験片を用意する。試験片には、できるだけキズや割れの少ないものを用いる。
【0060】
2)木製試験片の一面の中央部に、熱電対11を入れるための穴を開ける。
【0061】
3)下記表1の配合(理論量は約450mL)に従ってセメントペースト、すなわち水和物系練り材の練り混ぜを行う。水は水道水を、無収縮セメントには上記エスセイバーを、珪砂には5号を、繊維材にはZL 59dtex×6mm(ダイワボウ社製)をそれぞれ用いた。練り混ぜは、エスセイバーと珪砂5号を30秒間、それに水道水を添加して1分間、更に繊維材を添加して1分間行った。
【0062】
【表1】
【0063】
4)練り混ぜを行った水和物系練り材を木製試験片の全周にほぼ同じ厚さで塗布し、硬化させて吸熱層2を形成する。塗り厚さは1cmとする。
【0064】
5)水和物系練り材を塗布した試験体を室温環境下で1週間程度静置した後で熱電対11を設置する。
【0065】
6)水和物系練り材を塗布した試験体の1つの全周にガラス塗料である上記ナノクリアスを塗布し、硬化させて水密層5を形成する。なお、ナノクリアスは、加熱時でも、エスセイバーからなる吸熱層3の吸熱効果を発生する結晶構造に影響を与えないので、ナノクリアスからなる水密層5とエスセイバーからなる吸熱層3との間にシート層4を介装していない。
【0066】
7)水和物系練り材を塗布しない試験体(木製試験片のまま)を比較例1、水和物系練り材のみを塗布した試験体を比較例2、水和物系練り材及びガラス塗料を塗布した試験体を実施例とし、電気炉10内で加熱による燃焼試験を行う。
【0067】
8)試験終了後に温度変動データを整理して、各試験体の耐火性能を評価する。
【0068】
<電気炉試験条件>
・商品名:KDF-3100(デンケン・ハイデンタル株式会社製)
・燃焼条件:ISO834の温度曲線に準じて実施(30分後に842℃に到達する設定)
・記録時間:30分間
・試験体数:1回の試験につき1体
・温度記録:1秒間に1回(データロガー GL240(グラフテック株式会社製)を使用)
【0069】
耐熱試験の概略を図2に示す。図は、実施例の試験体を示すが、上記比較例1、比較例2も同様に電気炉10内に置き、上記試験条件に従って電気炉10内を加熱し、木製構成部2の内部温度及び電気炉10内の温度をそれぞれ熱電対11で検出して温度計12で表示し、上記データロガー13に記録する。比較例1の試験体の試験温度結果を図3に、比較例2の試験温度結果を図4に、実施例の試験温度結果を図5にそれぞれ示す。図3から明らかなように、水和物系練り材からなる吸熱層3を持たない比較例1では、電気炉10内の温度にやや遅れて木製構成部(木製試験片)2の内部温度が上昇し、木材発火点を超えて燃焼した。一方、水和物系練り材からなる吸熱層3のみを有する比較例2では、図4から明らかなように、少なくとも30分間の試験時間で木製構成部2の内部温度は木材引火点に達しなかった。しかしながら、特に試験時間の終盤に、木製構成部2の内部温度がやや急速に上昇する傾向がみられた。これらに対し、水和物系練り材からなる吸熱層3の表層にガラス塗料からなる水密層5が設けられた実施例では、図5から明らかなように、30分間の試験時間で木製構成部2の内部温度が木材引火点に達することもなく、また試験終盤での木材構造部2の内部温度の急上昇もみられなかった。以上より、実施例の木製建築物構造1は優れた耐火性能を有する。
【0070】
この結果について考察すると、水和物系練り材が硬化してなる吸熱層3は、外部からの熱によってエトリンガイトの水解離反応(80~100℃程度)が起こり、これにより結合水の蒸散が生じて吸熱反応が引き起こされ、内部の木製構成部2の耐火性能が向上する。一方、この吸熱層3の表層にガラス塗料からなる水密層5がないと、吸熱層3中の水分が外部に蒸発し、吸熱層3の内部のひび割れが大きくなって熱橋となる可能性が考えられる。例えば、上記耐火試験後、2時間経過した比較例2の試験体では、吸熱層3のひび割れが伸長して熱橋となり、熱が木製構成部2の内部に流入した形跡がみられた。これに対し、ガラス塗料からなる水密層5を有する実施例では、吸熱層3のひび割れがみられず、これにより比較例2よりも高い耐火性能が発揮されたものと考えられる。一方、試験後、解体した実施例の木製構成部2が燃焼していたことから、熱電対11(の信号線)を介した熱流入が考えられ、したがって熱電対11がなく、木製構成部2が吸熱層3及び水密層5で緊密に覆われた実際の木製建築物構造1では、試験よりも高い耐火性能が得られる可能性もある。
【0071】
なお、電気炉内温度と木製構成部2の内部温度との温度差と、試験時間(燃焼時間)との積値で比較した場合、実施例は勿論、比較例2の試験体でも、既存の準不燃木材より高い耐火性能が確認された。
【0072】
このように、この実施の形態の建築物の木製構成部構造及びその施工方法では、吸熱層3の硬化したセメントペースト(水和物系練り材)中の結合水の蒸散による吸熱効果により、木製構成部2の耐火性能を向上することができると共に、難燃性塗料からなる水密層5の断熱性や不燃性といった難燃性と吸熱層3に含まれる水の外部への蒸発阻止効果により、上記吸熱効果を維持して木製構成部2の耐火性能を確保することができる。また、水和物系練り材は、セメントペーストを現場で練り混ぜして木製構成部2上に塗布又は吹き付け施工することができるし、難燃性を付与する塗料も吸熱層3上に現場で塗布又は吹き付け施工することができ、それらの部材の現場までの運搬もさほど大掛かりなものではないので、木製耐火構造を現場で比較的容易に施工することができる。
【0073】
また、無収縮セメントの硬化物が水和物の形の水と強く結合(結合水)しているため、火災発生時にはこの水の蒸発時の吸熱反応で周囲温度が低下し、木製構成部2の燃焼・炭化を遅延させることができる。また、セメントであることから、現場での練り混ぜも容易で、その粘性から木製構成部2の垂直面上への塗布又は吹き付け施工でも液ダレが生じにくく、施工性に優れる。また、無収縮であることから、木製構成部2への熱橋となるひびや割れが生じにくく、その分、耐火構造としての性能を確保することが可能となる。
【0074】
また、水和物系練り材に珪砂を含むことにより、珪砂の主成分は二酸化ケイ素であることから、吸熱層3として得られた硬化物の不燃性が向上するとともに、二酸化ケイ素により酸素の透過が抑制され、硬化物で覆われた内部の木製構成部2の燃焼・炭化も遅延させることができる。
【0075】
また、吸熱層3と水密層5との間にシート層4が介装されることにより、火災発生時に溶融・軟化した水密層5が吸熱層3の硬化物に直接接触するのを防止することができ、これにより溶融・軟化した上記難燃性塗料との接触による上記硬化物の吸熱効果を示す結晶構造への影響が回避され、その硬化物の吸熱効果を確保することができる。
【0076】
また、建築物の木材表面を構成する木製最表層6を、水密層5の表層に設けることにより、木製最表層6は、火災発生時の燃え代となってしまうものの、荷重を受ける木製構成部2の耐火性能は上記吸熱層3や水密層5によって確保され、一方で、建築物の表面に木材が用いられることで、あたかも耐火構造全体が木製であるかのように感受され、これにより木造建築物としての癒し効果や意匠性などが確保される。
【0077】
また、水密層5の内側に位置するシート層4のシート材が、火災発生時にも燃えたり溶けたりしない耐熱性を有することで、上記溶融・軟化した水密層5と吸熱層3との直接的な接触を回避し続けることができ、これにより上記吸熱層3による吸熱効果を維持することができる。
【0078】
以上、実施の形態に係る木製建築物構造及びその施工方法について説明したが、本件発明は、上記実施の形態で述べた構成に限定されるものではなく、本件発明の要旨の範囲内で種々変更が可能である。例えば、上記実施例では、ガラス塗料(ケイ酸含有塗料)を水密層5に用いた例のみを記載しているが、前述のように、リンやホウ素を含有する塗料も吸熱層3やシート層4に難燃性を付与する効果がある。また、ケイ酸と合わせて、リンやホウ素を含有する塗料も有用である。
【符号の説明】
【0079】
1 木製構成部構造
2 木製構成部
3 吸熱層
4 シート層
5 水密層
6 木製最表層
図1
図2
図3
図4
図5