(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-23
(45)【発行日】2023-08-31
(54)【発明の名称】多能性幹細胞凝集抑制剤
(51)【国際特許分類】
C12N 5/10 20060101AFI20230824BHJP
C07K 14/00 20060101ALN20230824BHJP
C07K 7/06 20060101ALN20230824BHJP
C12N 5/0735 20100101ALN20230824BHJP
【FI】
C12N5/10 ZNA
C07K14/00
C07K7/06
C12N5/0735
(21)【出願番号】P 2019562202
(86)(22)【出願日】2018-12-27
(86)【国際出願番号】 JP2018048312
(87)【国際公開番号】W WO2019131940
(87)【国際公開日】2019-07-04
【審査請求日】2021-12-16
(31)【優先権主張番号】P 2017254829
(32)【優先日】2017-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊吹 将人
【審査官】山本 匡子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2013/0171110(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第101037669(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第103555661(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00-28
C12Q
C12P
G01N
MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/CAPLUS/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞周期停止剤を含む培地中で多能性幹細胞を浮遊培養することで、該多能性幹細胞凝集塊の寸法を調節する工程を含む、多能性幹細胞凝集塊の製造方法
であって、
前記細胞周期停止剤が、G1/S期停止剤、G2期停止剤、G2/M期停止剤、及びM期停止剤から選択される少なくとも1つの物質である、
前記方法。
【請求項2】
前記浮遊培養により、多能性幹細胞凝集塊のうち、重量基準で70%以上を40~500μmの寸法に調節する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記培地中における前記細胞周期停止剤の濃度が3ng/mL以上30mg/mL以下である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記細胞周期停止剤が
、サイトカラシンD(Cytochalasin D)、サイトカラシンB(Cytochalasin B)、ドセタキセル(Docetaxel)、ポドフィロトキシン(Podophyllotoxin)、デメコルチン(Demecolcine)、ノコダゾール(Nocodazole)、ジャスプラキノライド(Jasplakinolide)、ビンブラスチン(Vinblastine)、グリセオフルビン(Griseofulvin)、ビノレルビン(Vinorelbine)、ラトランクリンA(Latorunculin A)、及びそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの物質である、
請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記G1/S期停止剤がサイトカラシンD(Cytochalasin D)である、
請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記G2期停止剤がサイトカラシンD(Cytochalasin D)、コルヒチン(Colchicine)、及びドセタキセル(Docetaxel)から選択される少なくとも1つの物質である、
請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記G2/M期停止剤がポドフィロトキシン(Podophyllotoxin)、デメコルチン(Demecolcine)、ラトランクリンA(Latorunculin A)、サイトカラシンB(Cytochalasin B)、及びノコダゾール(Nocodazole)から選択される少なくとも1つの物質である、
請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記M期停止剤がジャスプラキノライド(Jasplakinolide)である、
請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項9】
多能性幹細胞の細胞凝集塊と、培地と、3ng/mL以上30mg/mL以下の濃度の細胞周期停止剤とを含み、該多能性幹細胞凝集塊の寸法を調節するための多能性幹細胞培養組成物
であって、
前記細胞周期停止剤が、G1/S期停止剤、G2期停止剤、G2/M期停止剤、及びM期停止剤から選択される少なくとも1つの物質である、
前記組成物。
【請求項10】
多能性幹細胞凝集塊のうち、重量基準で70%以上を40~500μmの寸法に調節するための、
請求項9に記載の多能性幹細胞培養組成物。
【請求項11】
前記細胞周期停止剤が
、サイトカラシンD(Cytochalasin D)、サイトカラシンB(Cytochalasin B)、ドセタキセル(Docetaxel)、ポドフィロトキシン(Podophyllotoxin)、デメコルチン(Demecolcine)、ノコダゾール(Nocodazole)、ジャスプラキノライド(Jasplakinolide)、ビンブラスチン(Vinblastine)、グリセオフルビン(Griseofulvin)、ビノレルビン(Vinorelbine)、ラトランクリンA(Latorunculin A)、及びそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの物質である、
請求項9又は10に記載の多能性幹細胞培養組成物。
【請求項12】
さらに増殖因子を含む、
請求項9~11のいずれか1項に記載の多能性幹細胞培養組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞凝集抑制剤、及び、多能性幹細胞の凝集を抑制する方法に関する。本発明はまた、多能性幹細胞凝集塊の製造方法、及び、それにより製造された多能性幹細胞凝集塊に関する。本発明はさらに、多能性幹細胞培養組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトES細胞やヒトiPS細胞等のヒト多能性幹細胞の近年の研究により、再生医療の実用化の可能性が高まっている。これらの細胞は、無限に増殖できる能力と、様々な細胞に分化する能力を有していることから、多能性幹細胞を用いた再生医療には、難治性疾患、生活習慣病等に対する治療法を根本的に変革することが期待されている。多能性幹細胞からは、神経細胞、心筋細胞、腎細胞、肝細胞、血液細胞、網膜細胞、それらの前駆細胞などさまざまな種類の体細胞に試験管内で分化誘導することが既に可能になっている。
【0003】
その一方で、多能性幹細胞を用いて各種臓器を再生する再生医療に関する実用化において、生体内臓器又は組織の再生に必要な大量の多能性幹細胞の効率的生産法に対する強い要望がある。例えば肝臓の再生には約2×1011個の細胞が必要であるが、例えばディッシュ表面上での接着培養により前記個数の細胞を培養するには106cm2以上のディッシュが必要であり、これは一般的な10cmディッシュで約20,000枚分に相当する。ディッシュ表面上での接着培養によって得られる細胞数が培養面積に依存するためスケールアップが困難であり、再生医療に必要な十分な量の多能性幹細胞を供給することは困難である。
【0004】
このような状況において、接着培養に替えて浮遊培養等の三次元培養による多能性幹細胞の大量生産技術の研究及び開発が進められている。
【0005】
例えば、非特許文献1には、浮遊培養の細胞培養容器としてスピナーフラスコを用い、強い撹拌力により液体培地を撹拌しながらヒト多能性幹細胞の浮遊培養を行い均一な大きさのスフェロイドを製造する方法が開示されている。
【0006】
非特許文献2には、微小なマイクロウェルが形成された基板を用い、各マイクロウェル中で均一な大きさのスフェロイドを作製する方法が開示されている。
【0007】
非特許文献3には、培地として、粘性や比重が調整された培地を用いて、多能性幹細胞の浮遊状態を保持するとともに細胞同士の衝突を抑制しながら培養を行う方法が開示されている。
【0008】
特許文献1には、細胞を液体培地中で旋回培養しながら培養して、細胞の凝集塊を作製する技術が開示されている。
【0009】
特許文献2には、多能性幹細胞を、細胞塊の平均直径が約200μm以上300μm以下となるまで浮遊培養する方法が開示されている。
【0010】
特許文献3には、リゾホスファチジン酸(LPA)、スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)等のリゾリン脂質を含む培地中で細胞を浮遊培養することにより、細胞の凝集を抑制する技術が開示されている。
【0011】
特許文献4には、網膜細胞又は網膜組織の製造方法において、ヒト多能性幹細胞を浮遊培養し、細胞の凝集塊を形成させる技術が開示されている。
【0012】
特許文献5には、多能性幹細胞などの細胞又は組織を浮遊状態で均一に分散させることが可能である、アニオン性官能基を有する高分子化合物の構造体(脱アシル化ジェランガム)に関する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開2003-304866号公報
【文献】国際公開第2013/077423号
【文献】国際公開第2016/121737号
【文献】国際公開第2016/063986号
【文献】国際公開第2014/017513号
【非特許文献】
【0014】
【文献】Olmer R.et al.,Tissue Engineering:Part C,Volume 18(10):772-784(2012)
【文献】Ungrin MD et al.,PLoS ONE,3(2),e1565(2008)
【文献】Otsuji GT et al.,Stem Cell Reports,Volume 2:734-745(2014)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明者らは、膜タンパク質や細胞膜の細胞間での非特異的な吸着、細胞表面のカドヘリンを介した細胞間の接着が多能性幹細胞等の接着性細胞を浮遊培養するうえで重要な機構であることを見出した。つまり、浮遊培養の技術に求められることは、細胞の膜タンパクや細胞表面のカドヘリンなどの結合に障害を与えることなく、適度な大きさの細胞凝集塊を作製しなければならないという課題が存在する。しかしながら、非特許文献1から3及び特許文献1から2、4から5に開示された浮遊培養技術には、以下の問題がある。
【0016】
非特許文献1の方法では剪断応力により細胞死が生じやすいという問題がある。
非特許文献2の方法では大規模化が困難であることや、培地の交換が困難である等の問題がある。
非特許文献3の方法では培養時の培地の移動が少ないため酸素や栄養成分が細胞凝集塊に供給され難いという問題がある。
特許文献1では細胞塊の大きさを適度な大きさに制御するための手段は開示されていない。
特許文献2では細胞塊同士の接着を防ぐための手段として培地に水溶性高分子を添加して粘性を高めることが記載されている。このため非特許文献3と同様に、酸素や栄養成分が細胞凝集塊に供給され難いという問題がある。
特許文献4では、細胞凝集塊の大きさをコントロールする技術が提供されていない。
特許文献5では、高分子化合物の構造体を培地に添加する必要があるため、培養後に細胞と構造体を分離する必要がある。
【0017】
そこで本発明者らは、上記課題を解決するために、特許文献3においてリゾリン脂質を含む培地中で細胞を浮遊培養することにより、細胞の凝集を抑制し、適度な大きさの凝集塊を細胞に障害を与えることなく生産することが可能な浮遊培養の技術を開発した。
【0018】
ところで、特許文献3では細胞凝集を抑制する成分としてリゾリン脂質のみが開示されている。仮に、リゾリン脂質以外にも、浮遊培養において培地中に存在することにより細胞の凝集を抑制又は促進する成分が提供されれば、細胞凝集塊の大きさを、機械学的/物理学的な手段に依らずに、より適切に制御することが可能になると本発明者らは考えた。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、鋭意研究の結果、細胞周期停止剤が、浮遊培養において培地中に存在することにより細胞の凝集を抑制する作用を奏することを見出し、本発明を完成させた。
したがって、本発明は、以下に列挙する特徴を包含する。
【0020】
(1)細胞周期停止剤を含む、多能性幹細胞の浮遊培養に用いるための多能性幹細胞凝集抑制剤。
(2)上記細胞周期停止剤の濃度が55.0mg/mL以上1.1g/mL以下、又は60mM以上15M以下である、(1)に記載の多能性幹細胞凝集抑制剤。
(3)上記細胞周期停止剤が、培養時に希釈されて培地中における濃度を3ng/mL以上30mg/mL以下、又は3nM以上300mM以下とすることができる濃縮形態である、(1)又は(2)に記載の多能性幹細胞凝集抑制剤。
(4)上記細胞周期停止剤が、G1期停止剤、G1/S期停止剤、G2期停止剤、G2/M期停止剤、及びM期停止剤から選択される少なくとも1つの物質である、上記(1)から(3)のいずれかに記載の多能性幹細胞凝集抑制剤。
(5)上記細胞周期停止剤が、コルヒチン(Colchicine)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、サイトカラシンD(Cytochalasin D)、サイトカラシンB(Cytochalasin B)、ドセタキセル(Docetaxel)、ポドフィロトキシン(Podophyllotoxin)、デメコルチン(Demecolcine)、ノコダゾール(Nocodazole)、ジャスプラキノライド(Jasplakinolide)、ビンブラスチン(Vinblastine)、グリセオフルビン(Griseofulvin)、ビノレルビン(Vinorelbine)、ラトランクリンA(Latorunculin A)、2,3,5-トリヨード安息香酸(2,3,5-Triiodobenzoic acid;TIBA)、アンサミトシンP-3(Ansamitocin P-3)、サイトカラシンA(Cytochalasin A)、サイトカラシンE(Cytochalasin E)、インダノシン(Indanocine)、ラトランクリンB(Latorunculin B)、ウイスコスタチン(Wiskostatin)、及びそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの物質である、上記(1)から(4)のいずれかに記載の多能性幹細胞凝集抑制剤。
(6)上記G1期停止剤がコルヒチン(Colchicine)及びジメチルスルホキシド(DMSO)から選択される少なくとも1つの物質である、上記(4)に記載の多能性幹細胞凝集抑制剤。
(7)上記G1/S期停止剤がサイトカラシンD(Cytochalasin D)である、上記(4)に記載の多能性幹細胞抑制剤。
(8)上記G2期停止剤が、サイトカラシンD(Cytochalasin D)、コルヒチン(Colchicine)、及びドセタキセル(Docetaxel)から選択される少なくとも1つの物質である、上記(4)に記載の多能性幹細胞凝集抑制剤。
(9)上記G2/M期停止剤が、ポドフィロトキシン(Podophyllotoxin)、デメコルチン(Demecolcine)、ラトランクリンA(Latorunculin A)、サイトカラシンB(Cytochalasin B)、及びノコダゾール(Nocodazole)から選択される少なくとも1つの物質である、上記(4)に記載の多能性幹細胞凝集抑制剤。
(10)上記M期停止剤がジャスプラキノライド(Jasplakinolide)である、上記(4)に記載の多能性幹細胞凝集抑制剤。
【0021】
(11)細胞周期停止剤を含む培地中で多能性幹細胞を浮遊培養する工程を含む、多能性幹細胞凝集塊の製造方法。
(12)上記培地中における上記細胞周期停止剤の濃度が3ng/mL以上30mg/mL以下、又は3nM以上300mM以下である、上記(11)に記載の製造方法。
(13)上記細胞周期停止剤が、G1期停止剤、G1/S期停止剤、G2期停止剤、G2/M期停止剤、及びM期停止剤から選択される少なくとも1つの物質である、上記(11)又は(12)に記載の製造方法。
(14)上記細胞周期停止剤が、コルヒチン(Colchicine)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、サイトカラシンD(Cytochalasin D)、サイトカラシンB(Cytochalasin B)、ドセタキセル(Docetaxel)、ポドフィロトキシン(Podophyllotoxin)、デメコルチン(Demecolcine)、ノコダゾール(Nocodazole)、ジャスプラキノライド(Jasplakinolide)、ビンブラスチン(Vinblastine)、グリセオフルビン(Griseofulvin)、ビノレルビン(Vinorelbine)、ラトランクリンA(Latorunculin A)、2,3,5-トリヨード安息香酸(2,3,5-Triiodobenzoic acid;TIBA)、アンサミトシンP-3(Ansamitocin P-3)、サイトカラシンA(Cytochalasin A)、サイトカラシンE(Cytochalasin E)、インダノシン(Indanocine)、ラトランクリンB(Latorunculin B)、ウイスコスタチン(Wiskostatin)、及びそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの物質である、上記(11)から(13)のいずれかに記載の製造方法。
(15)上記G1期停止剤がコルヒチン(Colchicine)及びジメチルスルホキシド(DMSO)から選択される少なくとも1つの物質である、上記(13)に記載の製造方法。
(16)上記G1/S期停止剤がサイトカラシンD(Cytochalasin D)である、上記(13)に記載の製造方法。
(17)上記G2期停止剤が、サイトカラシンD(Cytochalasin D)、コルヒチン(Colchicine)、及びドセタキセル(Docetaxel)から選択される少なくとも1つの物質である、上記(13)に記載の製造方法。
(18)上記G2/M期停止剤が、ポドフィロトキシン(Podophyllotoxin)、デメコルチン(Demecolcine)、ラトランクリンA(Latorunculin A)、サイトカラシンB(Cytochalasin B)、及びノコダゾール(Nocodazole)から選択される少なくとも1つの物質である、上記(13)に記載の製造方法。
(19)上記M期停止剤がジャスプラキノライド(Jasplakinolide)である、上記(13)に記載の製造方法。
(20)上記(11)から(19)のいずれかに記載の製造方法により得られた多能性幹細胞凝集塊。
【0022】
(21)多能性幹細胞の細胞凝集塊と、培地と、3ng/mL以上30mg/mL以下、又は3nM以上300mM以下の濃度の細胞周期停止剤とを含む、多能性幹細胞培養組成物。
(22)上記細胞周期停止剤が、G1期停止剤、G1/S期停止剤、G2期停止剤、G2/M期停止剤、及びM期停止剤から選択される少なくとも1つの物質である、上記(21)に記載の多能性幹細胞培養組成物。
(23)上記細胞周期停止剤が、コルヒチン(Colchicine)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、サイトカラシンD(Cytochalasin D)、サイトカラシンB(Cytochalasin B)、ドセタキセル(Docetaxel)、ポドフィロトキシン(Podophyllotoxin)、デメコルチン(Demecolcine)、ノコダゾール(Nocodazole)、ジャスプラキノライド(Jasplakinolide)、ビンブラスチン(Vinblastine)、グリセオフルビン(Griseofulvin)、ビノレルビン(Vinorelbine)、ラトランクリンA(Latorunculin A)、2,3,5-トリヨード安息香酸(2,3,5-Triiodobenzoic acid;TIBA)、アンサミトシンP-3(Ansamitocin P-3)、サイトカラシンA(Cytochalasin A)、サイトカラシンE(Cytochalasin E)、インダノシン(Indanocine)、ラトランクリンB(Latorunculin B)、ウイスコスタチン(Wiskostatin)、及びそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの物質である、上記(21)又は(22)に記載の多能性幹細胞培養組成物。
(24)さらに増殖因子を含む、上記(21)から(23)のいずれかに記載の多能性幹細胞培養組成物。
【0023】
(25)細胞周期停止剤を含む培地中で多能性幹細胞を浮遊培養する工程を含む、多能性幹細胞の凝集を抑制する方法。
(26)上記培地中における上記細胞周期停止剤の濃度が3ng/mL以上30mg/mL以下、又は3nM以上300mM以下である、上記(25)に記載の方法。
(27)上記細胞周期停止剤が、G1期停止剤、G1/S期停止剤、G2期停止剤、G2/M期停止剤、及びM期停止剤から選択される少なくとも1つの物質である、上記(25)又は(26)に記載の方法。
(28)上記細胞周期停止剤が、コルヒチン(Colchicine)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、サイトカラシンD(Cytochalasin D)、サイトカラシンB(Cytochalasin B)、ドセタキセル(Docetaxel)、ポドフィロトキシン(Podophyllotoxin)、デメコルチン(Demecolcine)、ノコダゾール(Nocodazole)、ジャスプラキノライド(Jasplakinolide)、ビンブラスチン(Vinblastine)、グリセオフルビン(Griseofulvin)、ビノレルビン(Vinorelbine)、ラトランクリンA(Latorunculin A)、2,3,5-トリヨード安息香酸(2,3,5-Triiodobenzoic acid;TIBA)、アンサミトシンP-3(Ansamitocin P-3)、サイトカラシンA(Cytochalasin A)、サイトカラシンE(Cytochalasin E)、インダノシン(Indanocine)、ラトランクリンB(Latorunculin B)、ウイスコスタチン(Wiskostatin)、及びそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの物質である、上記(25)から(27)のいずれかに記載の方法。
(29)上記G1期停止剤がコルヒチン(Colchicine)及びジメチルスルホキシド(DMSO)から選択される少なくとも1つの物質である、上記(27)に記載の方法。
(30)上記G1/S期停止剤がサイトカラシンD(Cytochalasin D)である、上記(27)に記載の方法。
(31)上記G2期停止剤が、サイトカラシンD(Cytochalasin D)、コルヒチン(Colchicine)、及びドセタキセル(Docetaxel)から選択される少なくとも1つの物質である、上記(27)に記載の方法。
(32)上記G2/M期停止剤が、ポドフィロトキシン(Podophyllotoxin)、デメコルチン(Demecolcine)、ラトランクリンA(Latorunculin A)、サイトカラシンB(Cytochalasin B)、及びノコダゾール(Nocodazole)から選択される少なくとも1つの物質である、上記(27)に記載の方法。
(33)上記M期停止剤がジャスプラキノライド(Jasplakinolide)である、上記(27)に記載の方法。
【0024】
(34)培地と、3ng/mL以上30mg/mL以下、又は3nM以上300mM以下の濃度の細胞周期停止剤を含む、多能性幹細胞培養培地。
(35)上記細胞周期停止剤が、G1期停止剤、G1/S期停止剤、G2期停止剤、G2/M期停止剤、及びM期停止剤から選択される少なくとも1つの物質である、上記(34)に記載の多能性幹細胞培養培地。
(36)上記細胞周期停止剤が、コルヒチン(Colchicine)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、サイトカラシンD(Cytochalasin D)、サイトカラシンB(Cytochalasin B)、ドセタキセル(Docetaxel)、ポドフィロトキシン(Podophyllotoxin)、デメコルチン(Demecolcine)、ノコダゾール(Nocodazole)、ジャスプラキノライド(Jasplakinolide)、ビンブラスチン(Vinblastine)、グリセオフルビン(Griseofulvin)、ビノレルビン(Vinorelbine)、ラトランクリンA(Latorunculin A)、2,3,5-トリヨード安息香酸(2,3,5-Triiodobenzoic acid;TIBA)、アンサミトシンP-3(Ansamitocin P-3)、サイトカラシンA(Cytochalasin A)、サイトカラシンE(Cytochalasin E)、インダノシン(Indanocine)、ラトランクリンB(Latorunculin B)、ウイスコスタチン(Wiskostatin)、及びそれらの塩からなる群から選択される少なくとも1つの物質である、上記(34)又は(35)に記載の多能性幹細胞培養培地。
(37)上記G1期停止剤がコルヒチン(Colchicine)及びジメチルスルホキシド(DMSO)から選択される少なくとも1つの物質である、上記(35)に記載の多能性幹細胞培養培地。
(38)上記G1/S期停止剤がサイトカラシンD(Cytochalasin D)である、上記(35)に記載の多能性幹細胞培養培地。
(39)上記G2期停止剤が、サイトカラシンD(Cytochalasin D)、コルヒチン(Colchicine)、及びドセタキセル(Docetaxel)から選択される少なくとも1つの物質である、上記(35)に記載の多能性幹細胞培養培地。
(40)上記G2/M期停止剤が、ポドフィロトキシン(Podophyllotoxin)、デメコルチン(Demecolcine)、ラトランクリンA(Latorunculin A)、サイトカラシンB(Cytochalasin B)、及びノコダゾール(Nocodazole)から選択される少なくとも1つの物質である、上記(35)に記載の多能性幹細胞培養培地。
(41)上記M期停止剤がジャスプラキノライド(Jasplakinolide)である、上記(35)に記載の多能性幹細胞培養培地。
(42)さらに増殖因子を含む、上記(34)から(41)のいずれかに記載の多能性幹細胞培養培地。
(43)細胞凝集塊を作製するための、上記(34)から(42)のいずれかに記載の多能性幹細胞培養培地。
(44)上記細胞凝集塊の70%以上(重量基準)において、最も細胞凝集塊の幅の広い部分の寸法が500μm以下、好ましくは300μm以下である、上記(11)から(19)のいずれかに記載の製造方法、上記(20)に記載の多能性幹細胞凝集塊、上記(21)から(24)のいずれかに記載の多能性幹細胞培養組成物、又は上記(43)に記載の多能性幹細胞培養培地。
(45)上記細胞凝集塊の70%以上(重量基準)において、最も細胞凝集塊の幅の広い部分の寸法が40μm以上、好ましくは100μm以上である、上記(11)から(19)及び(44)のいずれかに記載の製造方法、上記(20)又は(44)に記載の多能性幹細胞凝集塊、上記(21)から(24)及び(44)のいずれかに記載の多能性幹細胞培養組成物、又は上記(43)又は(44)に記載の多能性幹細胞培養培地。
本明細書は本願の優先権の基礎となる日本国特許出願番号2017-254829号の開示内容を包含する。
【発明の効果】
【0025】
本発明の多能性幹細胞凝集抑制剤(有効成分;少なくとも1種の細胞周期停止剤)の一実施形態は、浮遊培養時の多能性幹細胞の凝集を抑制するために培地中に配合することができる。
本発明の多能性幹細胞の凝集の抑制方法の一実施形態によれば、上記多能性幹細胞凝集抑制剤の存在下での浮遊培養において多能性幹細胞の凝集を抑制することができる。
本発明の細胞凝集塊の製造方法の一実施形態によれば、細胞凝集塊を高収量で製造することができる。
本発明の細胞凝集塊の一実施形態によれば、適度な寸法の細胞凝集塊を有し、生細胞率が高い。
本発明の細胞培養組成物の一実施形態は、細胞凝集塊を高収量で製造するために用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1A】この図は、ヒトiPS細胞を、Y-27632(10μM)の存在下、図に示した濃度の細胞周期停止剤、すなわちコルヒチン(Colchicine)、デメコルシン(Demecolcine)、サイトカラシンD(Cytochalasin D)、ビンブラスチン(Vinblastine)、グリセオフルビン(Griseofulvin)又はジメチルスルホキシド(DMSO)、を含む培地中で浮遊培養したときの培養1日目の位相差顕微鏡による観察像を示す。対照は、ヒトiPS細胞を、Y-27632(10μM)の存在下、上記細胞周期停止剤を含まない培地中で浮遊培養したときの培養1日目の位相差顕微鏡による観察像である。各画像データ上のスケールバーは200μmである。
【
図1B】この図は、ヒトiPS細胞を、Y-27632(10μM)の存在下、図に示した濃度の細胞周期停止剤、すなわちラトランクリンA(Latorunculin A)、ポドフィロトキシン(Podophyllotoxin)、ビノレルビン(Vinorelbine)、ノコダゾール(Nocodazole)、ジャスプラキノライド(Jasplakinolide)又はドセタキセル(Docetaxel)、を含有する培地中で浮遊培養したときの培養1日目の位相差顕微鏡による観察像を示す。対照は、ヒトiPS細胞を、Y-27632(10μM)の存在下、上記細胞周期停止剤を含まない培地中で浮遊培養したときの培養1日目の位相差顕微鏡による観察像である。各画像データ上のスケールバーは200μmである。
【
図1C】この図は、ヒトiPS細胞を、Y-27632(10μM)の存在下、細胞周期停止剤を含有しない培地中(陰性対照)、スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)(0.8μg/mL(2.1μM))を含有する培地中(陽性対照)、あるいはサイトカラシンB(1μM)を含有する培地中で浮遊培養したときの培養1日目の位相差顕微鏡による観察像を示す。各画像データ上のスケールバーは500μmである。
【
図2A】この図は、ヒトiPS細胞を、Y-27632(10μM)を含有する培地中で浮遊培養して細胞凝集塊を作製し、その後継続して浮遊培養したときの、培養1日目から5日目までの位相差顕微鏡による観察像を示す。各画像データ上のスケールバーは200μmである。
【
図2B】この図は、ヒトiPS細胞を、Y-27632(10μM)の存在下、サイトカラシンD(20nM)を含有する培地中で浮遊培養して細胞凝集塊を作製し、その後継続して浮遊培養したときの、培養1日目から5日目までの位相差顕微鏡による観察像を示す。各画像データ上のスケールバーは200μmである。
【
図2C】この図は、ヒトiPS細胞を、Y-27632(10μM)の存在下、ジャスプラキノライド(20nM)を含有する培地中で浮遊培養して細胞凝集塊を作製し、その後継続して浮遊培養したときの、培養1日目から5日目までの位相差顕微鏡による観察像を示す。各画像データ上のスケールバーは200μmである。
【
図2D】この図は、ヒトiPS細胞を、Y-27632(10μM)の存在下、デメコルチン(10ng/mL(26.9nM))を含有する培地中で浮遊培養して細胞凝集塊を作製し、その後継続して浮遊培養したときの、培養1日目から5日目までの位相差顕微鏡による観察像を示す。各画像データ上のスケールバーは200μmである。
【
図2E】この図は、ヒトiPS細胞を、Y-27632(10μM)の存在下、DMSO(1%(0.14M))を含有する培地中で浮遊培養して細胞凝集塊を作製し、その後継続して浮遊培養したときの、培養1日目から5日目までの位相差顕微鏡による観察像を示す。各画像データ上のスケールバーは200μmである。
【
図3】この図は、ヒトiPS細胞を、Y-27632(10μM)の存在下、サイトカラシンD(20nM)、ジャスプラキノライド(20nM)、デメコルチン(10ng/mL(26.9nM))又はDMSO(1%(0.14M))を含有する培地中で浮遊培養して細胞凝集塊を作製し、その後継続して浮遊培養したときの、培養1日目から5日目までのグルコース消費量を示すグラフである。対照は、Y-27632(10μM)を含有する培地中で培養したときのグルコース消費量である。
【
図4】この図は、ヒトiPS細胞(播種細胞数8×10
5細胞/ウェル)を、Y-27632(10μM)の存在下、サイトカラシンD(20nM)、ジャスプラキノライド(20nM)、デメコルチン(10ng/mL(26.9nM))又はDMSO(1%(0.14M))を含有する培地中で浮遊培養して細胞凝集塊を作製し、その後継続して浮遊培養したときの培養5日目の細胞収量を示すグラフである。対照は、Y-27632(10μM)を含有する培地中で培養したときの細胞収量である。
【
図5A】ヒトiPS細胞(播種細胞数8×10
5細胞/ウェル)を、Y-27632(10μM)の存在下、サイトカラシンD(20nM)を含有する培地中で浮遊培養したときの培養5日目の細胞の、未分化マーカー(SOX2、OCT4およびNanog)陽性率の測定結果を示す。
【
図5B】ヒトiPS細胞(播種細胞数8×10
5細胞/ウェル)を、Y-27632(10μM)の存在下、ジャスプラキノライド(20nM)を含有する培地中で浮遊培養したときの培養5日目の細胞の、未分化マーカー(SOX2、OCT4およびNanog)陽性率の測定結果を示す。
【
図5C】ヒトiPS細胞(播種細胞数8×10
5細胞/ウェル)を、Y-27632(10μM)の存在下、デメコルチン(10ng/mL(26.9nM))を含有する培地中で浮遊培養したときの培養5日目の細胞の、未分化マーカー(SOX2、OCT4およびNanog)陽性率の測定結果を示す。
【
図5D】ヒトiPS細胞(播種細胞数8×10
5細胞/ウェル)を、Y-27632(10μM)の存在下、DMSO(1%(0.14M))を含有する培地中で浮遊培養したときの培養5日目の細胞の、未分化マーカー(SOX2、OCT4およびNanog)陽性率の測定結果を示す。
【
図6A】この図は、ヒトiPS細胞を、Y-27632(10μM)の存在下、サイトカラシンD(20nM)を含有する培地中で浮遊培養して細胞凝集塊を作製した際の培養1日目の細胞凝集塊の直径の分布を示したグラフである。
【
図6B】この図は、ヒトiPS細胞を、Y-27632(10μM)の存在下、ジャスプラキノライド(20nM)を含有する培地中で浮遊培養して細胞凝集塊を作製した際の培養1日目の細胞凝集塊の直径の分布を示したグラフである。
【
図6C】この図は、ヒトiPS細胞を、Y-27632(10μM)の存在下、デメコルチン(10ng/mL(26.9nM))を含有する培地中で浮遊培養して細胞凝集塊を作製した際の培養1日目の細胞凝集塊の直径の分布を示したグラフである。
【
図6D】この図は、ヒトiPS細胞を、Y-27632(10μM)の存在下、DMSO(1%(0.14M))を含有する培地中で浮遊培養して細胞凝集塊を作製した際の培養1日目の細胞凝集塊の直径の分布を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明を、好ましい実施形態を用いて詳細に説明する。
<1.多能性幹細胞>
本発明において使用する多能性幹細胞は、培地中で胚様体(embryoid body)又は細胞集体(以下、総称的に「細胞凝集塊」と称する。)を形成する性質を有しており、当該細胞の具体例として、動物由来多能性幹細胞、好ましくは哺乳動物由来多能性幹細胞、より好ましくはヒト由来多能性幹細胞を挙げることができる。
【0028】
本明細書中で使用される「多能性幹細胞」は、多分化能と高い自己複製能を併せもつ細胞を指す。ここで多分化能は、三胚葉(すなわち内胚葉、中胚葉及び外胚葉)の全てに分化する能力であり、また、高い自己複製能は、無限に増殖する能力である。
【0029】
多能性幹細胞の具体例として、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、胎児の始原生殖細胞由来の多能性幹細胞であるEG細胞(Shamblott M.J.et al.,Proc. Natl.Acad.Sci.USA.95:13726-13731(1998))、精巣由来の多能性幹細胞であるGS細胞(Conrad S.,Nature 456:344-349(2008))、体細胞由来の人工多能性幹細胞であるiPS細胞(induced pluripotent stem cells)等を挙げることができるが、これらに限定されない。好ましい多能性幹細胞は、ES細胞及びiPS細胞である。
【0030】
ES細胞は、胚盤胞と呼ばれる初期胚由来の多能性幹細胞である。
iPS細胞は、体細胞に初期化因子を導入することにより体細胞を未分化状態へと初期化することによって多能性が付与された人工的に樹立された多能性幹細胞である。初期化因子として、例えばOCT3/4及びKLF4、SOX2及びc-Myc(もしくはL-Myc)の組み合わせ(Takahashi K,et al.Cell.131:861-872(2007))、OCT3/4、SOX2、LIN28及びNanogの組み合わせ(Yu J,et al.Science.318:1917-1920(2007))などを用いることができる。これらの因子の細胞への導入形態は特に限定されないが、例えば、ウイルスやプラスミドなどのベクターを用いた遺伝子導入、合成RNAの導入、タンパク質の直接導入などが挙げられる。また、microRNAやRNA、低分子化合物等を用いた方法で作製されたiPS細胞を用いてもよい。
【0031】
ES細胞、iPS細胞などの多能性幹細胞は、市販品又は分譲を受けた細胞を用いてもよいし、新たに作製したものを用いてもよい。iPS細胞として、例えば、公知の、253G1株、201B6株、201B7株、409B2株、454E2株、HiPS-RIKEN-1A株、HiPS-RIKEN-2A株、HiPS-RIKEN-12A株、Nips-B2株、TkDN4-M株、TkDA3-1株、TkDA3-2株、TkDA3-4株、TkDA3-5株、TkDA3-9株、TkDA3-20株、hiPSC 38-2株、MSC-iPSC1株、BJ-iPSC1株、RPChiPS771-2株等を使用することができる。ES細胞として、例えば、公知の、KhES-1株、KhES-2株、KhES―3株、KhES-4株、KhES-5株、SEES-1株、SEES-2株、SEES-3株、SEES-4株、SEES-5株、SEES-6株、SEES-7株、HUES8株、CyT49株、H1株、H9株、HS-181株等を使用することができる。新たに作製された臨床グレードのiPS細胞又はES細胞を用いてもよい。iPS細胞を作製する際の細胞の由来は特に限定されないが、例えば、線維芽細胞又はリンパ球等を用いることができる。
【0032】
本発明で用いられる多能性幹細胞は、任意の動物由来のものであってよく、例えば、マウス、ラット、ハムスター等のげっ歯類、ヒト、ゴリラ、チンパンジー等の霊長類、さらにイヌ、ネコ、ウサギ、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ等の家畜又は愛玩動物等の哺乳動物由来のものであってよいが、ヒト由来の細胞が特に好ましい。
【0033】
本発明の浮遊培養に供するために公知の手法による未分化性を保持した状態での接着培養等の培養によって増殖し作製された多能性幹細胞は、細胞が互いに、及び容器に、付着もしくは接着しているため、例えば剥離剤を用いて細胞を容器から分離する、或いは個々の細胞に分離する必要がある。当該分離の方法は特に限定されないが、剥離剤として、例えばトリプシン、コラゲナーゼ等の酵素、当該酵素とEDTA(エチレンジアミン四酢酸)等のキレート剤との混合物等が挙げられる。酵素剥離剤の例は、トリプシン、Accutase(商標登録;サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)、TrypLETM Express Enzyme(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、TrypLETM Select Enzyme(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、ディスパーゼ(商標登録)、コラゲナーゼなどである。分離された多能性幹細胞やその細胞集団は、必要に応じて凍結保存し、本発明による細胞増殖のための浮遊培養に供するときに解凍して所定量を使用することができる。
【0034】
<2.細胞凝集塊>
本明細書における「細胞凝集塊」は、複数の細胞が三次元的に凝集して形成される塊状の細胞集団(「スフェロイド」とも呼ばれる。)である。細胞凝集塊は、典型的には、略球状の形状を有する。同一細胞による凝集は、1つの細胞の増殖によって集塊が形成される場合も含む。細胞凝集の機構としては、限定はしないが、膜タンパク質や細胞膜の細胞間での非特異的な吸着、細胞表面のカドヘリンを介した細胞間の接着等が挙げられる。
【0035】
本発明において、細胞凝集塊を構成する多能性幹細胞は、単一の細胞株であってもよいし、或いは複数の細胞株からなっていてもよく、好ましくは単一の細胞株からなるのがよい。或いは、例えばヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)又はヒト胚性幹細胞(ES細胞)等の多能性幹細胞で構成された細胞凝集塊は、多能性幹細胞マーカーを発現している及び/又は多能性幹細胞マーカーが陽性を呈する細胞を含む。ここで多能性幹細胞マーカーは、iPS細胞とES細胞とで実質的に共通しており、例えば、Alkaline Phosphatase、NANOG、OCT4、SOX2、TRA-1-60、c-Myc、KLF4、LIN28、SSEA-4、SSEA-1等のマーカーを例示することができる。このような多能性幹細胞マーカーを指標にして、当該細胞が未分化状態を維持できていることを確認しながら細胞を増殖し管理することができる。
【0036】
多能性幹細胞マーカーは、当該技術分野において任意の検出方法により検出することができる。細胞マーカーを検出する方法としては、限定はしないが、例えばフローサイトメトリーが挙げられる。フローサイトメトリーにおいて、検出試薬として蛍光標識抗体を用いる場合、ネガティブコントロール(アイソタイプコントロール)と比較してより強い蛍光を発する細胞が検出されたときに、当該細胞は当該マーカーについて「陽性」と判定される。フローサイトメトリーによって解析した蛍光標識抗体について陽性を呈する細胞の比率は、「陽性率」と記載されることがある。また、蛍光標識抗体は、当該技術分野において公知の任意の抗体を使用することができ、例えば、イソチオシアン酸フルオレセイン(FITC)、フィコエリスリン(PE)、アロフィコシアニン(APC)等により標識された抗体が挙げられるが、これらに限定されない。
【0037】
上記検出方法による多能性幹細胞マーカーの陽性率は、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、より好ましくは91%以上、より好ましくは92%以上、より好ましくは93%以上、より好ましくは94%以上、より好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、より好ましくは97%以上、より好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上、より好ましくは100%以下とすることができる。なお、多能性幹細胞マーカーは未分化マーカーと同義であり、両者は置き換えて使用することができる。
【0038】
本発明では、浮遊培養において、培地中に細胞周期停止剤を存在させることによって多能性幹細胞の細胞凝集が抑制される。
【0039】
本明細書において「細胞凝集抑制」、「細胞凝集を抑制する」、「細胞の凝集を抑制する」、又はそれと同等の用語は、細胞凝集を抑制し、それにより細胞凝集塊の形成又は増大を抑制することをいう。本明細書において「細胞凝集抑制剤」とは、細胞凝集を抑制する効果を有する物質もしくは薬剤をいい、本発明においては、細胞周期停止剤、例えば細胞骨格を制御して細胞周期を止める物質もしくは薬剤、を含有する組成物である。
【0040】
本発明の方法により製造される細胞凝集塊の寸法(「サイズ」ともいう)は特に限定されないが、顕微鏡で観察したとき、観察像での最も幅の広い部分の寸法の上限としては、例えば900μm以下、800μm以下、700μm以下、600μm以下、500μm以下、400μm以下、300μm以下である。下限としては例えば40μm以上、50μm以上、60μm以上、70μm以上、80μm以上、90μm以上、100μm以上である。因みにヒトiPS細胞1個が約10μmの寸法である。このような寸法範囲の細胞凝集塊は、その内部の細胞に酸素や栄養成分が供給され易く細胞の増殖環境として好ましい。
【0041】
本発明の方法により製造される細胞凝集塊の集団は、当該集団を構成する細胞凝集塊のうち重量基準で、例えば70%以上、80%以上、90%以上、又は95%以上が上記の範囲の寸法を有するのがよい。
【0042】
<3.培養及び培地>
本明細書において「浮遊培養」とは、細胞培養方法の一つで、培地中で細胞を浮遊状態で増殖させることをいう。本発明の方法による浮遊培養では、細胞周期停止剤を含有する細胞凝集抑制剤を添加した培養液中で形成される多能性幹細胞の細胞凝集塊の寸法が所定寸法となるように抑制的に調節される。
【0043】
「浮遊培養法」は、細胞を浮遊培養する方法であって、この方法での細胞は、培養液中で凝集した細胞塊として存在する。限定はしないが、本明細書では、細胞を三次元的に培養して大量生産するため方法として使用される。浮遊培養法に対する他の培養方法として、接着培養法がある。「接着培養法」は、細胞を接着培養する方法である。「接着培養」とは、細胞を培養容器等の外部マトリクス等に接着させて、原則単層で増殖させることをいう。本発明では、細胞凝集塊を製造し、またその大きさを調節するために、対象となる培養法は、浮遊培養法である。ただし、維持培養段階等の主要工程以外で使用される培養法は、この限りではない。なお、前述の接着性細胞は、通常、接着培養のみならず、浮遊培養での培養も可能である。
【0044】
本明細書において「培地」とは、細胞を培養するために調製された液状又は固形状の物質をいう。原則として、細胞の増殖及び/又は維持に不可欠の成分を必要最小限以上包含する。本明細書の培地は、特に断りがない限り、動物由来細胞の培養に使用する動物細胞用の液体培地が該当する。
【0045】
浮遊培養される多能性幹細胞のシード細胞は、上記の<1.多能性幹細胞>に記載の接着培養などの培養によって得ることができる。例えば所定の細胞株を接着培養によって増殖し、所定細胞数の細胞株を得ることができる。ここで「接着培養」は、通常、細胞を培養容器表面、ポリマー担体上、又はフィーダー細胞(例えば、マウス線維芽細胞)上で培養して、原則単層で増殖させることをいう。浮遊培養による多能性幹細胞の増殖のための培養培地は、培養環境の影響を受けやすく細胞の品質(例えば未分化)を維持するために適したものを選択する必要がある。品質の安定性を保ち病原体等の有害物を排除するために、無血清培養培地を使用することが好ましく、種々の無血清合成培地が市販されている、又は文献等にも記載されているので、そのような培地を本発明の培養において使用することができる(例えば、菅三佳と古江美保,生物工学92巻487-490頁,2014年(日本生物工学会);R.Ian Freshney,Culture of Animal Cells:A Manual of Basic Technique and Specialized Applications(Sixth Ed.),John Wiley&Sons,Inc.,2010)。本発明で用いる培地は多能性幹細胞の浮遊培養に適したものであることが好ましく、典型的には、動物細胞用の基礎培地と添加剤を含む液体培地である。
【0046】
本明細書において「基礎培地」とは、様々な動物細胞用培地の基礎となる培地をいう。単体でも培養は可能であり、また様々な培養添加物を加えて、目的に応じた各種細胞に特異的な培地に調製することもできる。本明細書で使用する基礎培地としては、BME培地、BGJb培地、CMRL1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地(Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium)、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)、ハムF10培地、ハムF12培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、及びこれらの混合培地(例えば、DMEM/F12培地(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium/Nutrient Mixture F-12 Ham))等の培地を使用することができるが、特に限定されない。DMEM/F12培地としては特に、DMEM培地とハムF12培地とを好ましくは60/40から40/60までの重量比、より好ましくは55/45から45/55までの重量比、最も好ましくは等量(50/50の重量比)で混合した培地を用いる。
【0047】
本発明で用いる培地は、好ましくは血清を含まない培地(無血清培地)であるか又は血清代替品(Serum Replacement)を含む培地である。血清代替品の例としては、KnockOutTM Serum Replacement(KSR)(Gibco)を挙げることができる。
【0048】
本発明で用いる培地中の添加剤は、限定されるものではないが、例えば以下に列挙する成分を含むことができる。
【0049】
当該添加剤として、より好ましくは、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウムから選択される少なくとも1つを含み、より好ましくはこれらの全部を含む。L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、及び炭酸水素ナトリウムは、溶液、誘導体、塩又は混合試薬等の形態で培地に添加することができる。例えば、L-アスコルビン酸は、2-リン酸アスコルビン酸マグネシウムなどの誘導体の形態で培地に添加してもよい。セレンは亜セレン酸塩(亜セレン酸ナトリウムなど)の形態で培地に添加してもよい。インスリン及びトランスフェリンは、動物(好ましくは、ヒト、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ヤギ等)の組織又は血清等から分離した天然由来のものであってもよいし、遺伝子工学的に作製した組換えタンパク質であってもよい。インスリン、トランスフェリン、及びセレンは、試薬ITS(インスリン-トランスフェリン-セレン)の形態で培地に添加してもよい。ITSは、インスリン、トランスフェリン、及び亜セレン酸ナトリウムを含む、細胞増殖促進用の添加剤である。
【0050】
上記の添加剤を含む培地として、例えば、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウムから選択される少なくとも1つを含む市販の培地を使用することができる。インスリン及びトランスフェリンを添加した市販の培地としては、CHO-S-SFM II(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、Hybridoma-SFM(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、eRDF Dry Powdered Media(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、UltraCULTURETM(BioWhittaker社)、UltraDOMATM(BioWhittaker社)、UltraCHOTM(BioWhittaker社)、UltraMDCKTM(BioWhittaker社)等を用いることができる。STEMPROTMhESC SFM(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、mTeSR1(Veritas社)、TeSR2(Veritas社)なども好適に用いることができる。その他、ヒトiPS細胞やヒトES細胞の培養に使用されている培地も好適に使用することができる。
【0051】
本発明で用いる培地にはさらに、好ましくは少なくとも1つの増殖因子を含む。増殖因子としては、限定するものではないが、FGF2(Basic fibroblast growth factor-2)、TGF-β1(Transforming growth factor-β1)、Activin A、IGF-1、MCP-1、IL-6、PAI、PEDF、IGFBP-2、LIF(Leukemia Inhibitory Factor)、及びIGFBP-7からなる群から選択される1つ以上を含むことが好ましい。LIFは、分化抑制作用があるため、その所定量を培地に添加することが好ましい。また、好ましい増殖因子は、FGF2及び/又はTGF-β1である。
【0052】
本発明で用いる培地として最も好ましいものは、後述する細胞周期停止剤以外の成分として、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウム、並びに、少なくとも1つの上記増殖因子を含む無血清培地であり、特に好ましくは、L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン及び炭酸水素ナトリウム、並びに、少なくとも1つの増殖因子(例えばLIF、FGF2及びTGF-β1)を含み、血清を含まないDMEM/F12培地である。このような培地としては、限定されるものではないが、ROCK阻害剤(<5.Rho-キナーゼ阻害剤>参照)を添加した、Essential 8TM培地(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)が好適に使用できる。Essential 8TM培地は、ライフテクノロジーズジャパン株式会社から市販されている、DMEM/F12培地であるDMEM/F-12(HAM)1:1と、Essential 8TMサプリメント(L-アスコルビン酸、インスリン、トランスフェリン、セレン、炭酸水素ナトリウム、FGF2及びTGF-β1を含む)とを混合して調製することができる。ROCK阻害剤は、多能性幹細胞の細胞死を抑制する効果を有するため、その所定量を培地に添加することが好ましい。
【0053】
本発明で用いる培地はさらに、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、抗生物質等の更なる成分を含有してもよい。抗生物質としては、ペニシリン、ストレプトマイシン、アンホテリシンB等を使用することができる。
【0054】
<4.細胞周期停止剤>
本発明によれば、多能性幹細胞を浮遊培養するとき、当該幹細胞の細胞凝集を抑制するために少なくとも1つの任意の細胞周期停止剤、例えば細胞骨格を制御して細胞周期を止める物質もしくは薬剤、を培地に添加することが特徴である。細胞凝集によって凝集塊寸法が大きくなりすぎると、凝集塊内部に酸素や栄養成分等が十分に供給されない状態となり、その結果、細胞の増殖が著しく抑制される。このため、細胞増殖が実質的に阻害されない又は阻害されにくい凝集塊寸法になるように培養条件を制御することが重要である。本発明では、そのような細胞凝集を抑制するために細胞周期停止剤を培地に所定量添加することが有効である。
【0055】
細胞周期は、一般的に知られるように、4つの段階、すなわちDNA複製前の準備期であるG1期、DNA複製期であるS期、細胞分裂前の準備期であるG2期、及び細胞分裂期であるM期からなる。本発明によれば、細胞周期を停止させることが可能である物質もしくは薬剤は、多能性幹細胞の凝集を抑制することができる。
【0056】
細胞周期停止剤には、浮遊培養において多能性幹細胞の凝集を抑制することが可能であるすべての細胞骨格制御剤、言い換えれば細胞骨格を制御して細胞周期を止める物質もしくは薬剤、が含まれ、アクチン重合阻害剤、アクチン線維の脱重合阻害剤、チューブリン重合阻害剤、チューブリン線維の脱重合阻害剤などが非限定的な例として挙げられる。これらの停止剤として、種々の物質(もしくは薬剤)が知られており、それらが作用する細胞周期停止時期(G1期、G2期、G1/S期、G2/M期、M期等)は物質(もしくは薬剤)に依存的である。したがって、本発明の一実施形態によれば、細胞周期停止剤は、G1期停止剤、G1/S期停止剤、G2期停止剤、G2/M期停止剤、及びM期停止剤から選択される少なくとも1つ(すなわち、1以上)の物質(もしくは薬剤)である。
【0057】
本発明で使用可能な細胞周期停止剤を非限定的な例として以下に列挙する。
コルヒチン(Colchicine)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、サイトカラシンD(Cytochalasin D)、サイトカラシンB(Cytochalasin B)、ドセタキセル(Docetaxel)、ポドフィロトキシン(Podophyllotoxin)、デメコルチン(Demecolcine)、ノコダゾール(Nocodazole)、ジャスプラキノライド(Jasplakinolide)、ビンブラスチン(Vinblastine)、グリセオフルビン(Griseofulvin)、ビノレルビン(Vinorelbine)、ラトランクリンA(Latorunculin A)、2,3,5-トリヨード安息香酸(2,3,5-Triiodobenzoic acid;TIBA)、アンサミトシンP-3(Ansamitocin P-3)、サイトカラシンA(Cytochalasin A)、サイトカラシンE(Cytochalasin E)、インダノシン(Indanocine)、ラトランクリンB(Latorunculin B)、ウイスコスタチン(Wiskostatin)、カルペプチン(Calpain阻害剤;G1/S)、カルパイン阻害剤I(Calpain inhibitor I;G1/S)、アシクロビル(Acyclovir)、アフィジコリン(Aphidicolin)、カンプトテシン(Camptothecin)、5,6-ジクロロ-1-β-D-リボフラノシルベンズイミダゾール(5,6-Dichloro-1-β-D-ribofuranosylbenzimidazole)、エメチン(Emetine)、エトポシド(Etoposide)、5-フルオロウラシル(5-Fluorouracil)、インドール-3-カルビノール(Indole-3-carbinol)、KN-93、L-ミモシン(L-Mimosine)、オカダ酸(Okadaic Acid)、ビンクリスチン(Vincristine)、サイクリン依存性キナーゼ阻害剤(Cdk Inhibitor)(例えば、ケンパウロン(Kenpaullone)、NSC625987、ファスカプリシン(Fascaplysin)、エチル-(6-ヒドロキシ-4-フェニルベンゾ[4,5]フロ[2,3-b])ピリジン-3-カルボキシレート(Ethyl-(6-hydroxy-4-phenylbenzo[4,5]furo[2,3-b])pyridine-3-carboxylate))、c-Myc阻害剤(c-Myc Inhibitor)(例えば、10058-F4;(Z,E)-5-(4-エチルベンジリジン)-2-チオキソチアゾリジン-4-オン((Z,E)-5-(4-Ethylbenzylidine)-2-thioxothiazolidin-4-one))、シクロホスファミド・一水和物(Cyclophosphamide Monohydrate)、MDM2アンタゴニスト(MDM2 Antagonist)(例えば、ナトリン-3(Nutlin-3)、NSC66811、2-ベンジル-3-(4-クロロフェニル)-3-(3-ヒドロキシプロポキシ)-2,3-ジヒドロイソインドール-1-オン(2-Benzyl-3-(4-chlorophenyl)-3-(3-hydroxypropoxy)-2,3-dihydroisoindol-1-one))、p21活性化キナーゼ阻害剤(p21-Activated Kinase Inhibitor)(例えば、PAK阻害剤(PAK Inhibitor)、PAK18(Zhao,L.et al.,Nat.Neurosci.2006;9:234-242;H2N-RKKRRQRRR-G-PPVIAPRPEHTKSVYTRS-CO2H(配列番号1))、Ras/Racトランスフォメーションブロッカー(Ras/Rac Transformation Blocker)(例えば、SCH51344;6-メトキシ-4-(2-((2-ヒドロキシエトキシル)-エチル)アミノ)-3-メチル-1H-ピラゾロ [3,4-b]キノリン(6-Methoxy-4-(2-((2-hydroxyethoxyl)-ethyl)amino)-3-methyl-1H-pyrazolo[3,4-b]quinoline))、4-フェニル酪酸ナトリウム(Sodium 4-Phenylbutyrate)、STAT3阻害剤(STAT3 Inhibitor)(例えば、Ac-PpYLKTK-OH(配列番号2)、PpYLKTK-mts(配列番号3、Turkson,J.et al.,J.Biol.Chem.2001;276:45443-45455)、P3-AHNP-STAT3BP(H-YGRKKRRQR-G-FCDGFYACYKDV-PpYL-OH,サイクリック(Cyclic)(配列番号4)、Tan,M.et al.Cancer Research 2006:66(7):3764-3771)、6-ニトロベンゾ[b]チオフェン-1,1-ジオキシド;STAT3阻害性化合物(6-Nitrobenzo[b]thiophene-1,1-dioxide;Stat three inhibitory compound))、サイクリンD1阻害剤、或いは、それらの塩またはそれらの誘導体。
本明細書における「塩」は、多能性幹細胞の凝集抑制効果を示す塩であって酸又は塩基(無機酸もしくは無機塩基、又は有機酸もしくは有機塩基を含む)から形成される塩であり、上記の物質もしくは化合物が塩基性である場合、無機酸もしくは有機酸から塩を形成することができるし、或いは、上記物質もしくは化合物が酸性である場合、無機塩基もしくは有機塩基から塩を形成することができる。無機酸及び有機酸の例には、非限定的に、塩酸、リン酸、硫酸、ホウ酸、炭酸等の無機酸、酢酸、コハク酸、アスパラギン酸、グルタミン酸、メタンスルホン酸、酒石酸、マレイン酸等の有機酸などが含まれる。また、無機塩基及び有機塩基の例には、非限定的に、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属、ジエタノールアミン、エチレンジアミン等のアミン、リジン、アルギニン等のアミノ酸などが含まれる。
【0058】
上記細胞周期停止剤のうち、G1期停止剤、G1/S期停止剤、G2期停止剤、G2/M期停止剤及びM期停止剤の非限定的な例を以下に示す。
G1期停止剤は、例えばコルヒチン(Colchicine)又はジメチルスルホキシド(DMSO)を含む。
G1/S期停止剤は、例えばサイトカラシンD(Cytochalasin D)を含む。
G2期停止剤は、例えばサイトカラシンD(Cytochalasin D)、コルヒチン(Colchicine)、又はドセタキセル(Docetaxel)を含む。
G2/M期停止剤は、例えばポドフィロトキシン(Podophyllotoxin)、デメコルチン(Demecolcine)、ラトランクリンA(Latorunculin A、サイトカラシンB(Cytochalasin B)、又はノコダゾール(Nocodazole)を含む。
M期停止剤は、例えばジャスプラキノライド(Jasplakinolide)を含む。
【0059】
<5.Rho-キナーゼ阻害剤>
Rho-キナーゼ(ROCK,Rho-associated protein kinase)のキナーゼ活性を阻害する物質(「ROCK阻害剤」と称する。)は、多能性幹細胞の浮遊培養において当該細胞の細胞死を抑制する目的で培地中に添加されることが好ましい。
【0060】
ROCK阻害剤としては、例えば、Y-27632(4-[(1R)-1-アミノエチル]-N-ピリジン-4-イルシクロヘキサン-1-カルボキサミド又はその塩(例えば2塩酸塩))(例えば、Ishizaki et al.,Mol.Pharmacol.57:976-983(2000);Narumiya et al.,Methods Enzymol.325:273-284(2000)参照)、H-1152((S)-(+)-2-メチル-1-[(4-メチル-5-イソキノリニル)スルホニル]-ヘキサヒドロ-1H-1,4-ジアゼピン又はその塩(例えば2塩酸塩))(例えば、Sasaki et al.,Pharmacol.Ther.93:225-232(2002)参照)、Fasudil/HA1077(1-(5-イソキノリンスルホニル)ホモピペラジン又はその塩(例えば2塩酸塩))(例えば、Uenata et al.,Nature 389:990-994(1997)参照)、Wf-536((+)-(R)-4-(1-アミノエチル)-N-(4-ピリジル)ベンズアミド1塩酸塩)(例えば、Nakajima et al.,CancerChemother.Pharmacol.52(4):319-324(2003)参照)及びそれらの誘導体、並びにROCKに対するアンチセンス核酸、RNA干渉誘導性核酸(例えば、siRNA)、ドミナントネガティブ変異体、及びそれらの発現ベクターが挙げられる。また、ROCK阻害剤としては他の低分子化合物も知られており、本発明においてはこのような化合物又はそれらの誘導体もROCK阻害剤として使用できる(例えば、米国特許出願公開第2005/0209261号、同第2005/0192304号、同第2004/0014755号、同第2004/0002508号、同第2004/0002507号、同第2003/0125344号、同第2003/0087919号、及び国際公開第2003/062227号、同第2003/059913号、同第2003/062225号、同第2002/076976号、同第2004/039796号参照)。ROCK阻害剤としては、1種又は2種以上のROCK阻害剤を使用することができる。
【0061】
ROCK阻害剤は、特に好ましくは、Y-27632及びH-1152から選択される1以上であり、最も好ましくは、Y-27632である。Y-27632及びH-1152は、それぞれ、二塩酸塩の形態で用いられてもよい。
【0062】
上記の、Y-27632、すなわち4-[(1R)-1-アミノエチル]-N-ピリジン-4-イルシクロヘキサン-1-カルボキサミドの構造式は以下の通りである。
【0063】
【0064】
上記のH-1152、すなわち(S)-(+)-2-メチル-1-[(4-メチル-5-イソキノリニル)スルホニル]-ヘキサヒドロ-1H-1,4-ジアゼピンの構造式は以下の通りである。
【0065】
【0066】
<6.多能性幹細胞の凝集を抑制する方法>
本発明の別の態様は、細胞周期停止剤を含む培地中で多能性幹細胞を浮遊培養する工程を含む、多能性幹細胞の凝集を抑制する方法である。
【0067】
以下では、細胞周期停止剤を含む培地中で細胞を浮遊培養する工程の具体的な実施形態について説明する。以下の操作は、コンタミネーションを防ぐために、無菌的な環境や、滅菌された装置、器具等を使用して行う必要がある。
【0068】
浮遊培養を実施する前に、所定細胞数(例えば104~106個)の多能性幹細胞を用意する必要がある。そのために、浮遊培養に用いる多能性幹細胞は、予め常法により、未分化性を保持したまま維持培養することによって所定細胞数とすることができる。本明細書における上記維持培養の工程は、浮遊培養の工程前の細胞集団、又は浮遊培養工程後、若しくはその後の回収工程後に得られる細胞凝集塊を、未分化性を維持した状態で細胞を増殖させるために培養する工程である。
【0069】
維持培養としては、細胞を培養容器表面、ポリマー担体等の培養基材に接着させながら培養する接着培養を用いることができる。維持培養しておいた細胞は、例えば既知の剥離剤(例えば、トリプシン、コラゲナーゼ、パパイン、AcutaseTM等)で培養基材から剥離又は細胞同士を剥離させ、十分に分散させてから浮遊培養に用いる。細胞を分散させるためにストレーナーを通過させて単細胞にまで分散させることができる。
【0070】
上記の維持培養によって集められた所定数の多能性幹細胞は、以下のとおり本発明の浮遊培養工程、及び、必要であれば当該細胞の回収工程にかける。
【0071】
細胞周期停止剤、培地及び細胞の具体的な実施形態は既述の通りである。
上記工程での培地中の細胞周期停止剤の濃度は、細胞の凝集を抑制することができるように、細胞の種類、細胞数、培地の種類等の諸条件に応じて適宜調整することができる。上記工程での培地中の細胞周期停止剤の濃度は当該阻害剤の種類によって異なり、浮遊培養において多能性幹細胞の凝集が抑制される濃度範囲を適宜選択することができる。この濃度は、限定されるものではないが、下限が、例えば3ng/mL以上、5ng/mL以上、7ng/mL以上、10ng/mL以上、20ng/mL以上、30ng/mL以上、40ng/mL以上、50ng/mL以上、100ng/mL以上、200ng/mL以上、300ng/mL以上、500ng/mL以上、1μg/mL以上、5μg/mL以上、10μg/mL以上、15μg/mL以上、20μg/mL以上、50μg/mL以上、70μg/mL以上、100μg/mL以上などであり、及び、上限が、例えば50mg/mL以下、40mg/mL以下、35mg/mL以下、30mg/mL以下、25mg/mL以下、20mg/mL以下、15mg/mL以下、10mg/mL以下などとすることができ、例えば3ng/mL以上30mg/mL以下の範囲とすることができる。或いは、下限が、例えば3nM以上、5nM以上、10nM以上、15nM以上、20nM以上、25nM以上、30nM以上、40nM以上、50nM以上、80nM以上、100nM以上、300nM以上、500nM以上、1μM以上、2μM以上、3μM以上、4μM以上、5μM以上、10μM以上、20μM以上、30μM以上、50μM以上、60μM以上、70μM以上、80μM以上、100μM以上などであり、及び、上限が、例えば800mM以下、600mM以下、400mM以下、200mM以下、150mM以下、100mM以下、70mM以下、50mM以下、40mM以下などとすることができ、例えば3nM以上300mM以下とすることができる。
【0072】
上記工程での培地には、多能性幹細胞の細胞死を抑制するために、上記のROCK阻害剤を添加することが好ましい。培地中のROCK阻害剤の濃度は、多能性幹細胞の凝集抑制に影響を与えないレベルであることが望ましく、下限としては、限定されるものではないが、例えば3.3ng/mL以上、33ng/mL以上、330ng/mL以上、800ng/mL以上、1μg/mL以上、2μg/mL以上、3μg/mL以上、4μg/mL以上、5μg/mL以上、6μg/mL以上、7μg/mL以上、8μg/mL以上、9μg/mL以上、又は10μg/mL以上であり、一方、上限としては、細胞が死滅しない濃度であれば限定されるものではないが、例えば3.4mg/mL以下、340μg/mL以下、34μg/mL以下、14μg/mL以下などである。或いは、前記濃度の下限は、限定されるものではないが、例えば10nM以上、100nM以上、1μM以上、2.5μM以上、3μM以上、4μM以上、5μM以上、6μM以上、7μM以上、8μM以上、9μM以上、10μM以上、11μM以上、12μM以上などであり、上限としては、限定されるものではないが、例えば10mM以下、1mM以下、100μM以下、50μM以下、40μM以下などである。或いは、ROCK阻害剤がY-27632・二塩酸塩、H-1152・二塩酸塩、HA10777・二塩酸塩及びWf-536・一塩酸塩のいずれかであるとき、下限が、例えば270ng/mL以上400ng/mL以下の範囲、1.3μg/mL以上2.0μg/mL以下の範囲、2.2μg/mL以上3.2μg/mL以下の範囲などであり、及び、上限が、例えば2.8μg/mL以上4.0μg/mL以下の範囲、3.4μg/mL以上4.7μg/mL以下の範囲、4.2μg/mL以上5.9μg/mL以下の範囲、14μg/mL以上20μg/mL以下の範囲などとすることができる。
【0073】
このため、本発明において多能性幹細胞の凝集が抑制されたと判定する基準として、細胞周期停止剤を含まず且つROCK阻害剤を含むことを除いて他の成分を同じくする培地での浮遊培養における細胞凝集の程度(例えば顕微鏡観察による。)を比較対照とすることができる。
【0074】
上記工程に用いる培養容器は、好ましくは容器内面への細胞の接着性が低い容器が好ましい。このような細胞接着性が低い容器を得るために、容器の内表面を例えば生体適合性物質、ポリマー物質等で親水性表面処理されてもよい。例えば、NunclonTMSphera(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)を培養容器として使用できるが特に限定はされない。
【0075】
培養容器の形状は特に限定されないが、例えば、ウェル状、ディッシュ状、フラスコ状(例えばスピナーフラスコ)、ボトル状(例えばローラーボトル)、多層状(例えばセルファクトリー)等の形状の培養容器、ラジアルフロー型リアクター、中空糸型リアクター(素材の例、エチレン・ビニルアルコール共重合体をコートしたポリエチレン、セルロース・アセテート等)、プラスチックバック型リアクター(例えば、エチレン酢酸ビニルを材料としたCultiLifeTM Spinバッグ(TAKARA)、TFE-HFP共重合体(FEP)を材料としたVueLife FEP Bag 32-C(American Fluoroseal Corporation)、カルチャーバッグA-1000NL(ニプロ)等)などのバイオリアクター、好ましくは大量培養に適するバイオリアクター、などが挙げられる。いずれのバイオリアクター又は容器であっても多能性幹細胞へのせん断応力をできる限り低減もしくは抑制し、細胞死をできる限り低減する方式が好ましい。
【0076】
浮遊培養は静置培養であってもよいし、培地が流動する条件での培養であってもよいが、好ましくは培地が流動する条件での培養である。培地が流動する条件での培養としては、細胞の凝集を抑制するように培地が流動する条件での培養が好ましい。細胞の凝集を抑制するように培地が流動する条件での培養としては、例えば、旋回流、揺動流等の流れによる応力(遠心力、求心力)により細胞が一点に集まるように培地が流動する条件での培養や、直線的な往復運動により培地が流動する条件での培養が挙げられ、旋回流及び/又は揺動流を利用した培養が特に好ましい。
【0077】
旋回培養は、培地と細胞と細胞周期停止剤を含む細胞培養組成物を収容した培養容器を概ね水平面に沿って円、楕円、扁平した円、扁平した楕円、8の字等の閉じた軌道を描くように旋回させることにより、或いは旋回と搖動、または旋回と振盪を組み合わせることにより行うことができる。旋回速度は特に限定されないが、上限は、好ましくは200rpm以下、例えば150rpm以下、120rpm以下、115rpm以下、110rpm以下、105rpm以下、100rpm以下、95rpm以下、は90rpm以下などとすることができる。下限は好ましくは1rpm以上、例えば10rpm以上、50rpm以上、60rpm以上、70rpm以上、80rpm以上、90rpm以上などとすることができる。旋回培養の際の旋回幅は特に限定されないが、下限は、例えば1mm以上、10mm以上、20mm以上、25mm以上などとすることができる。また、旋回培養の際の旋回幅は特に限定されないが、旋回幅の上限は、例えば200mm以下、100mm以下、50mm以下、30mm以下、25mm以下などとすることができる。さらにまた、旋回培養の際の回転半径もまた特に限定されないが、好ましくは旋回幅が上記の範囲となるように設定される。回転半径の下限は例えば5mm以上、10mm以上などであり、及び、上限は例えば100mm以下、50mm以下などとすることができる。旋回培養の条件をこの範囲とすることで、適切な寸法の細胞凝集塊を製造することができる。
【0078】
揺動培養は、揺動(ロッキング)撹拌により液体培地を流動させながら行う培養である。揺動培養は、培地と細胞と細胞周期停止剤とを含む細胞培養組成物を収容した培養容器を概ね水平面に垂直な平面内で揺動させることにより行う。揺動速度は特に限定されないが、例えば1往復を1回とした場合、下限は1分間に、例えば2回以上、4回以上、6回以上、8回以上、又は10回以上であり、一方、上限は1分間に、例えば15回以下、20回以下、25回以下、又は50回以下で揺動すればよい。揺動の際、垂直面に対して若干の角度、すなわち誘導角度を培養容器につけることが好ましい。揺動角度は特に限定されないが、下限は、例えば0°以上、1°以上、2°以上、4°以上、6°以上、8°以上など、一方、上限は、例えば10°以下、12°以下、15°以下、18°以下、20°以下などとすることができる。揺動培養の条件をこの範囲とすることで、適切な寸法の細胞凝集塊を製造することが可能となるため好ましい。
【0079】
更に、上記のような旋回と揺動とを組み合わせた運動により撹拌しながら培養することもできる。
【0080】
スピナーフラスコ状の培養容器を用いた培養は、培養容器の中に攪拌翼を使用して、液体培地を攪拌しながら行う培養である。回転数や培地量は特に限定されない。市販のスピナーフラスコ状の培養容器であれば、細胞培養組成物の量として、メーカー推奨の量を好適に使用することができる。回転数は例えば10rpm以上100rpm以下とすることができるが、特に限定されない。
【0081】
バイオリアクターは、振盪、搖動、回転などの攪拌システムを装備したタンク、カラム、バックなどの形状の容器を含み、さらに培地供給・排除システム、酸素/二酸化炭素供給システム、温度、培地成分、ガス成分等の計測センサーを含む監視システム、細胞回収システムなどを含み、全体が自動化されていることが好ましい。また、培養の様式は、バッチ式、半連続式又は連続式のいずれでもよい。
【0082】
浮遊培養における細胞の培地中での播種密度(浮遊培養の開始時の細胞密度)は適宜調整することが可能であり、以下のものに限定されないが、下限として、例えば0.01×105個細胞/mL以上、0.1×105個細胞/mL以上、1×105個細胞/mL以上などである。播種密度の上限としては、例えば20×105個細胞/mL以下、10×105個細胞/mL以下などである。播種密度がこの範囲であるとき、適切な大きさの細胞凝集塊が形成され易い。例えば、0.1×105個細胞/mL、0.2×105個細胞/mL、0.3×105個細胞/mL、0.4×105個細胞/mL、0.5×105個細胞/mL、0.6×105個細胞/mL、0.7×105個細胞/mL、0.8×105個細胞/mL、0.9×105個細胞/mL、1×105個細胞/mL、1.5×105個細胞/mL、2×105個細胞/mL、3×105個細胞/mL、4×105個細胞/mL、5×105個細胞/mL、6×105個細胞/mL、7×105個細胞/mL、8×105個細胞/mL、9×105個細胞/mL、10×106個細胞/mLでもよい。
【0083】
浮遊培養の際の細胞培養組成物の量は、使用する培養容器又はバイオリアクターの内容量によって適宜調整することができるが、非限定的に、例えば1mL以上100L以下である。或いは、ウェルプレート、三角フラスコ及び培養バッグの場合、非限定的に、例えば12ウェルプレート(1ウェルあたりの平面視でのウェル底面の面積が3.5cm2)を使用する場合は、例えば0.5ml/ウェル以上、1.5ml/ウェル以下とすることができ、例えば1.3ml/ウェルとすることができる。例えば6ウェルプレート(1ウェルあたりの平面視でのウェル底面の面積が9.6cm2)を使用する場合は、例えば1.5mL/ウェル以上、2mL/ウェル以上、3mL/ウェル以上などとすることができ、例えば6.0mL/ウェル以下、5mL/ウェル以下、4mL/ウェル以下などとすることができる。例えば125mL三角フラスコ(容量が125mLの三角フラスコ)を使用する場合は、例えば10mL/容器以上、15mL/容器以上、20mL/容器以上、25mL/容器以上、20mL/容器以上、25mL/容器以上、30mL/容器以上などとすることができ、例えば50mL/容器以下、45mL/容器以下、40mL/容器以下などとすることができる。例えば500mL三角フラスコ(容量が500mLの三角フラスコ)を使用する場合は、例えば100mL/容器以上、105mL/容器以上、110mL/容器以上、115mL/容器以上、120mL/容器以上などとすることができ、例えば150mL/容器以下、145mL/容器以下、140mL/容器以下、135mL/容器以下、130mL/容器以下、125mL/容器以下などとすることができる。例えば1000mL三角フラスコ(容量が1000mLの三角フラスコ)を使用する場合は、例えば250mL/容器以上、260mL/容器以上、270mL/容器以上、280mL/容器以上、290mL/容器以上などとすることができ、例えば350mL/容器以下、340mL/容器以下、330mL/容器以下、320mL/容器以下、310mL/容器以下などとすることができる。例えば2000mL三角フラスコ(容量が2000mLの三角フラスコ)の場合は、例えば500mL/容器以上、550mL/容器以上、600mL/容器以上などとすることができ、例えば1000mL/容器以下、900mL/容器以下、800mL/容器以下、700mL/容器以下などとすることができる。例えば3000mL三角フラスコ(容量が3000mLの三角フラスコ)の場合は、例えば1000mL/容器以上、1100mL/容器以上、1200mL/容器以上、1300mL/容器以上、1400mL/容器以上、1500mL/容器以上などとすることができ、例えば2000mL/容器以下、1900mL/容器以下、1800mL/容器以下、1700mL/容器以下、1600mL/容器以下などとすることができる。例えば2L培養バッグ(容量が2Lのディスポーザブル培養バッグ)の場合は、例えば100mL/バッグ以上、200mL/バッグ以上、300mL/バッグ以上、400mL/バッグ以上、500mL/バッグ以上、600mL/バッグ以上、700mL/バッグ以上、800mL/バッグ以上、900mL/バッグ以上、1000mL/バッグ以上などとすることができ、例えば2000mL/バッグ以下、1900mL/バッグ以下、1800mL/バッグ以下、1700mL/バッグ以下、1600mL/バッグ以下、1500mL/バッグ以下、1400mL/バッグ以下、1300mL/バッグ以下、1200mL/バッグ以下、1100mL/バッグ以下などとすることができる。例えば10L培養バッグ(容量が10Lのディスポーザブル培養バッグ)の場合は、例えば500mL/バッグ以上、1L/バッグ以上、2L/バッグ以上、3L/バッグ以上、4L/バッグ以上、5L/バッグ以上などとすることができ、例えば10L/バッグ以下、9L/バッグ以下、8L/バッグ以下、7L/バッグ以下、6L/バッグ以下などとすることができる。例えば20L培養バッグ(容量が20Lのディスポーザブル培養バッグ)の場合は、例えば1L/バッグ以上、2L/バッグ以上、3L/バッグ以上、4L/バッグ以上、5L/バッグ以上、6L/バッグ以上、7L/バッグ以上、8L/バッグ以上、9L/バッグ以上、10L/バッグ以上などとすることができ、例えば20L/バッグ以下、19L/バッグ以下、18L/バッグ以下、17L/バッグ以下、16L/バッグ以下、15L/バッグ以下、14L/バッグ以下、13L/バッグ以下、12L/バッグ以下、11L/バッグ以下などとすることができる。例えば50L培養バッグ(容量が50Lのディスポーザブル培養バッグ)の場合は、例えば1L/バッグ以上、2L/バッグ以上、5L/バッグ以上、10L/バッグ以上、15L/バッグ以上、20L/バッグ以上、25L/バッグ以上などとすることができ、例えば50L/バッグ以下、45L/バッグ以下、40L/バッグ以下、35L/バッグ以下、30L/バッグ以下などとすることができる。細胞培養組成物の量がこの範囲であるとき、適切な大きさの細胞凝集塊が形成され易い。或いは、別のより大きな容量のバイオリアクターを使用する場合には、上に例示した上限の細胞培養組成物の量より多いものとすることができ、その大きさはバイオリアクターの容量によって変化しうる。
【0084】
使用する培養容器の容量は適宜選択することができ特に限定されないが、例えば2mL以上200L以下であり、或いは、液体培地を収容する部分の底面を平面視したときの面積として、下限が、例えば0.32cm2以上、0.65cm2以上、0.65cm2以上、1.9cm2以上、3.0cm2以上、3.5cm2以上、9.0cm2以上、9.6cm2以上などの培養容器を用いることができ、上限としては、例えば1000cm2以下、500cm2以下、300cm2以下、150cm2以下、75cm2以下、55cm2以下、25cm2以下、21cm2以下、9.6cm2以下、3.5cm2以下などの培養容器を用いることができる。或いは、別のより大きな容量のバイオリアクターを使用する場合には、上に例示した上限の底面積より大きいものとすることができ、その大きさはバイオリアクターの形状によって変化しうる。
【0085】
上記脂質の存在下での細胞の浮遊培養の温度、時間、CO2濃度等の条件は特に限定されない。培養温度は、限定されるものではないが、下限としては、例えば20℃以上、25℃以上、30℃以上、35℃以上などであり、また上限としては、例えば45℃以下、40℃以下などであり、好ましくは37℃である。培養時間は、限定されるものではないが、下限としては、例えば0.5時間以上、12時間以上、1日以上、2日以上などであり、また上限としては、例えば7日以下、6日以下、5日以下、4日以下、3日以下などである。培養時のCO2濃度は、限定されるものではないが、下限としては、例えば4%以上、4.3%以上、又は4.5%以上であり、また上限としては、例えば10%以下、8%以下、7%以下、又は6%以下であり、好ましくは5%である。浮遊培養は継代を伴ってもよい。培養条件がこの範囲であるとき、適切な大きさの細胞凝集塊が形成され易い。培養条件がこの範囲であるとき、適切な大きさの細胞凝集塊が形成され易い。
【0086】
また、適当な頻度で培地交換を行うことができる。培地交換の頻度は培養する細胞種によって異なるが、例えば、5日に1回以上、4日に1回以上、3日に1回以上、2日に1回以上、又は1日に1回以上で行えばよい。培地交換の好ましい頻度は、例えば1日に1回以上である。培地交換は、後述する回収工程と同様の方法で細胞を回収した後、新鮮な培地を添加し、穏やかに細胞凝集塊を分散させた後、再度培養すればよい。浮遊培養工程で細胞の数をどこまで増やすか、また細胞の状態をどこに合わせるかについては、培養する細胞の種類、細胞凝集の目的、培地の種類や培養条件に応じて適宜定めればよい。或いは培地を流動させる培養装置を用いるときには連続的にもしくは定期的に、培地交換を行うことができる。この頻度の培地交換は、多能性幹細胞の細胞凝集塊を培養する際に特に好適である。培地交換の方法は特に限定されないが、細胞と培地とを多孔質膜を介して分離し、新鮮培地を補充する方法、培地を流動させる場合には循環系から古い培地を排出し、新鮮培地を連続的又は一定時間間隔で補充する方法などである。遠心分離によって細胞と培地を分離する方法もあるが、細胞死を抑制する必要がある。
【0087】
浮遊培養工程に用いる細胞は、予め維持培養工程により培養され、回収工程により回収され、必要に応じて単細胞化された細胞であることが好ましい。維持培養工程、回収工程、単細胞化については、後述する通りである。
【0088】
浮遊培養工程後は、常法により培養液を廃棄し、細胞を回収する。この時、細胞は、剥離又は分散処理によって単一の細胞として回収することが好ましい。具体的な方法については、後述の回収工程で詳述する。回収した細胞は、そのまま、又は必要に応じてバッファ(PBSバッファを含む)、生食、又は培地(次の工程で使用する培地か基礎培地が好ましい)で洗浄後、次の工程に供すればよい。
【0089】
(維持培養工程)
「維持培養工程」は、浮遊培養工程前の細胞集団、又は浮遊培養工程後、若しくはその後の回収工程後に得られる細胞凝集塊を、未分化性を維持した状態で細胞を増殖させるために培養する工程である。維持培養は、細胞を容器、担体等培養基材に接着させながら培養する接着培養であってもよいし、細胞を培地中で浮遊させながら培養する浮遊培養であってもよい。
【0090】
維持培養工程では、当該分野で既知の動物細胞培養法により、対象となる細胞を培養すればよい。接着培養又は浮遊培養を問わない。
【0091】
維持培養工程で使用する培地、細胞の具体的な実施形態は既述の通りである。
維持培養工程で使用する培養容器、細胞の播種密度、培養条件は、浮遊培養工程に関して既述の通りである。
維持培養工程における、培地の流動状態は問わない。静置培養でもよいし、流動培養でもよい。
【0092】
「静置培養」とは、培養容器内で培地を静置した状態で培養することをいう。接着培養では、通常、この静置培養が採用される。
【0093】
「流動培養」とは、培地を流動させる条件下で培養することをいう。流動培養の具体的な実施形態は、浮遊培養工程に関して既述の通りである。
【0094】
維持培養工程で細胞の数をどこまで増やすか、また細胞の状態をどこに合わせるかについては、培養する細胞の種類、細胞凝集の目的、培地の種類や培養条件に応じて適宜定めればよい。
【0095】
維持培養工程の好適な一態様は、上記細胞周期停止剤を含有する細胞凝集抑制剤の存在下での浮遊培養工程により形成された細胞凝集塊を更に培養する維持培養工程である。この態様の維持培養工程での培養方法は特に限定されないが、例えば上記細胞周期停止剤を含有する細胞凝集抑制剤を含まない培地中で細胞凝集塊を浮遊培養する工程が挙げられる。この維持培養に用いる培地としては、上記細胞周期停止剤を含有する細胞凝集抑制剤を含まない以外は上記と同様の培地を用いることができ、培養の条件としては浮遊培養工程と同様の条件を用いることができる。この態様の維持培養工程では、適当な頻度で培地交換を行うことが好ましい。培地交換の頻度は細胞種により異なるが、例えば5日に1回以上、4日に1回以上、3日に1回以上、2日に1回以上、又は1日に1回以上の頻度で、好ましくは1日に1回以上の頻度で、培地交換作業を含むことができる。この頻度の培地交換は、幹細胞の細胞凝集塊を培養する際に特に好適である。培地交換の方法は特に限定されないが、例えば細胞凝集塊を含む細胞培養組成物を遠沈管に全量回収し、遠心分離又は静置状態5分程度置き、沈降した細胞凝集塊を残して上清を除去し、その後、新鮮な培地を添加し、穏やかに細胞凝集塊を分散させた後、再度プレート等の培養容器に細胞凝集塊分散培地を戻すことで細胞凝集塊を継続して培養することができる。この態様の維持培養工程の培養期間は特に限定されないが、例えば3日以上7日以下の期間である。細胞凝集塊に対して上記細胞周期停止剤を含有する細胞凝集抑制剤を含まない培地中で上記の条件において更に浮遊培養することにより、適切な寸法の細胞凝集塊を得ることができる。
【0096】
維持培養工程後は、常法により培養液を廃棄し、細胞を回収する。この時、細胞は、剥離又は分散処理によって単一の細胞として回収することが好ましい。具体的な方法については、後述の回収工程で詳述する。回収した細胞は、そのまま、又は必要に応じてバッファ(例えばPBSバッファなど)、生食、又は培地(次の工程で使用する培地か基礎培地が好ましい)で洗浄後、次の工程に供すればよい。
【0097】
(回収工程)
「回収工程」は、維持培養工程又は浮遊培養工程後の培養液から培養した細胞を回収する工程であり、本発明の方法における目的の細胞凝集塊を回収する工程である。
本明細書において「細胞の回収」又は単に「回収」とは、培養液と細胞とを分離して細胞を取得することをいう。細胞の回収方法は、当該分野の細胞培養法で使用される常法に従えばよく、特に限定はしない。細胞培養方法は、一般に浮遊培養方法と接着培養方法に大別できる。以下、それぞれの培養方法後の細胞の回収方法について説明をする。
【0098】
(浮遊培養方法後の回収方法)
細胞を浮遊培養法で培養した場合、細胞は培養液中に浮遊した状態で存在する。したがって、細胞の回収は、静置状態又は遠心分離により上清の液体成分を除去することによって達成できる。また、細胞の回収方法としてはフィルターや中空糸分離膜等の使用を選択することもできる。
【0099】
静置状態で液体成分を除去する場合、培養液の入った容器を静置状態で5分程度置き、沈降した細胞や細胞凝集塊を残して上清を除去すればよい。また遠心分離は、遠心力によって細胞がダメージを受けない回転速度と処理時間で行えばよい。例えば、回転速度の下限は、細胞を沈降できれば特に限定はされないが、例えば500rpm以上、800rpm以上、又は1000rpm以上であればよい。一方、上限は細胞が遠心力によるダメージを受けない、又は受けにくい速度であればよく、例えば1400rpm以下、1500rpm以下、又は1600rpm以下であればよい。また処理時間の下限は、上記回転速度により細胞を沈降できる時間であれば特に限定はされないが、例えば30秒以上、1分以上、3分以上、又は5分以上であればよい。また、上限は、上記回転により細胞がダメージを受けない、又は受けにくい時間であればよく、例えば6分以下、8分以下、又は10分以下であればよい。回収した細胞は、必要に応じて洗浄することができる。洗浄方法は、限定しない。例えば前述の維持培養工程における工程後の洗浄方法と同様に行えばよい。洗浄液には、バッファ(例えばPBSバッファなど)、生食、又は培地(例えば基礎培地)を使用すればよい。
【0100】
(接着培養後の回収方法)
接着培養法で細胞を培養した場合、培養後、多くの細胞は培養容器や培養担体等の外部マトリクスに接着した状態で存在する。したがって、培養容器から培養液を除去するには、培養後の容器を静かに傾けて液体成分を流し出せばよい。外部マトリクスに接着した細胞が培養容器内に残るため、培養液と細胞を容易に分離することができる。
【0101】
その後、必要に応じて外部マトリクスに接着した細胞表面を洗浄することもできる。洗浄液には、バッファ(例えばPBSバッファなど)、生食、又は培地(例えば基礎培地)を使用すればよい。ただし、これらに限定はされない。洗浄後の洗浄液は、培養液と同様の操作で除去すればよい。この洗浄工程は、複数回繰り返してもよい。
【0102】
続いて、外部マトリクスに接着した細胞集団を外部マトリクスから剥離する。剥離方法は、当該分野で公知の方法で行えばよい。通常は、スクレ―ピング、タンパク質分解酵素を有効成分とする剥離剤、EDTA等のキレート剤、又は剥離剤とキレート剤の混合物等が使用される。
【0103】
スクレ―ピングは、スクレーパー等を用いて外部マトリクスに付着した細胞を機械的手段によって剥ぎ取る方法である。ただし機械的操作により細胞が損傷を受けやすいため、回収後の細胞をさらなる培養に供する場合には、外部マトリクスに固着している細胞の足場部分を化学的に破壊又は分解し、外部マトリクスとの接着を解除する剥離方法が好ましい。
【0104】
剥離方法では、剥離剤及び/又はキレート剤を使用する。剥離剤は限定しないが、例えば、トリプシン、コラゲナーゼ、プロナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼの他、市販のAccutase(商標登録)、TrypLETMExpress Enzyme(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、TrypLETM Select Enzyme(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)、ディスパーゼ(商標登録)等を利用することができる。各剥離剤の濃度及び処理時間は、細胞の剥離又は分散で用いられる常法の範囲で使用すればよい。例えば、トリプシンの場合、溶液中の濃度の下限は、細胞を剥離できる濃度であれば特に限定はされないが、例えば0.01%以上、0.02%以上、0.03%以上、0.04%以上、0.05%以上、0.08%以上、又は0.10%以上であればよい。一方、溶液中の濃度の上限は、トリプシンの作用によって細胞そのものが溶解される等の影響を受けない濃度であれば特に限定はされないが、例えば0.15%以下、0.20%以下、0.25%以下、又は0.30%以下であればよい。また処理時間は、トリプシンの濃度によって左右されるものの、その下限はトリプシンの作用によって外部マトリクスから細胞が十分に剥離される時間であれば特に限定はされず、例えば1分以上、2分以上、3分以上、4分以上又は5分以上であればよい。一方、処理時間の上限は、トリプシンの作用によって細胞そのものが溶解される等の影響を受けない時間であれば特に限定はされず、例えば8分以下、10分以下、12分以下、15分以下、18分以下、又は20分以下であればよい。他の剥離剤又はキレート剤の場合も、概ね同様に行えばよい。なお、市販の剥離剤を使用する場合には、添付のプロトコルに記載の濃度及び処理時間で行うことができる。
【0105】
外部マトリクスから剥離した細胞は、遠心分離により剥離剤を含む上清を除去する。遠心条件は、上記「浮遊培養方法後の回収方法」と同様でよい。回収した細胞は、必要に応じて洗浄することができる。洗浄方法も上記「浮遊培養方法後の回収方法」と同様に行えばよい。
【0106】
本工程後に得られた細胞は、単層細胞片や細胞凝集塊等の細胞集合体を一部に包含し得る。一方、回収した細胞は、必要に応じて単一細胞化することもできる。
【0107】
(単一細胞化)
本明細書において「単一細胞化」とは、単層細胞片や細胞凝集塊等のように複数の細胞が互いに接着又は凝集した細胞集合体を分散させて、単一の遊離した細胞状態にすることをいう。
【0108】
単一細胞化は、上記の剥離方法で使用する剥離剤及び/又はキレート剤の濃度を高めにする、及び/又は剥離剤及び/又はキレート剤での処理時間を長くすればよい。例えば、トリプシンの場合、溶液中の濃度の下限は、細胞集合体を分散できる濃度であれば特に限定はされないが、例えば0.15%以上、0.18%以上、0.20%以上、又は0.24%以上であればよい。一方、溶液中の濃度の上限は、細胞そのものが溶解される等の影響を受けない濃度であれば特に限定はされないが、例えば0.25%以下、0.28%以下、又は0.30%以下であればよい。また処理時間は、トリプシンの濃度によって左右されるものの、その下限は、トリプシンの作用によって細胞集合体が十分に分散される時間であれば特に限定はされず、例えば5分以上、8分以上、10分以上、12分以上、又は15分以上であればよい。一方、処理時間の上限は、トリプシンの作用によって細胞そのものが溶解される等の影響を受けない時間であれば特に限定はされず、例えば18分以下、20分以下、22分以下、25分以下、28分以下、又は30分以下であればよい。なお、市販の剥離剤を使用する場合には、添付のプロトコルに記載の、細胞を分散させて単一状態にできる濃度で使用すればよい。前記剥離剤及び/又はキレート剤による処理後に物理的に軽く処理することで、単一細胞化を促進できる。この物理的処理は限定しないが、例えば、細胞を溶液ごと複数回ピペッティングする方法が挙げられる。さらに、必要に応じて、細胞をストレーナーやメッシュに通過させてもよい。
【0109】
単一細胞化した細胞は、静置又は遠心分離により剥離剤を含む上清を除去して回収することができる。回収した細胞は、必要に応じて洗浄してもよい。遠心分離の条件や洗浄方法については上記「浮遊培養方法後の回収方法」と同様に行えばよい。
【0110】
<7.多能性幹細胞凝集抑制剤>
本発明の他の一態様は、細胞周期停止剤を含む、多能性幹細胞の浮遊培養に用いるための多能性幹細胞凝集抑制剤である。
【0111】
本発明の多能性幹細胞凝集抑制剤は、浮遊培養系において細胞の凝集を適度に抑制し、略均一な大きさの細胞凝集塊を形成するために用いることができる。本発明の多能性幹細胞凝集抑制剤を用いた幹細胞の浮遊培養では、幹細胞の未分化性を維持することができる。
【0112】
本発明における多能性幹細胞凝集抑制剤の形態は特に限定されず、細胞周期停止剤自体であってもよいし、細胞周期停止剤と他の成分とを組み合わせた組成物であってもよい。
【0113】
他の成分の種類は特に限定はしないが、例えば溶媒、賦形剤、及び/又は他の薬理効果や作用効果を有する化合物などが挙げられる。これらは天然物、又は非天然物を問わない。また、前記組み合わせの結果得られる組成物は、自然界に存在する天然組成物であってもよいし、人工組成物であってもよい。人工組成物は、構成成分のうち少なくとも1つが非天然物であればよい。非天然物の例として合成化合物が挙げられる。細胞凝集抑制剤に含まれ得る合成化合物の具体例としては、後述の実施例で細胞死抑制用に使用したROCK阻害剤(例えばY-27632等)などが挙げられる。
【0114】
上記組成物の形態は特に限定されない。上記組成物は例えば浮遊培養に用いる培地の形態であってもよいし、培地の調製時に配合される添加用組成物の形態であってもよい。
【0115】
本発明における多能性幹細胞凝集抑制剤の好ましい実施形態は、細胞周期停止剤を含有する培地又はリン酸緩衝液等の緩衝液である。培地中の細胞周期停止剤の濃度としては、<6.多能性幹細胞の凝集を抑制する方法>の欄にて浮遊培養に関して記載の培地中の細胞周期停止剤の濃度が例示できる。
【0116】
本発明における多能性幹細胞凝集抑制剤の別の実施形態は、細胞周期停止剤を液状又は固形状媒体中に含有する液状又は固形状組成物である。上記液状又は固形状組成物は、浮遊培養用の培地を調製する際に添加される添加物である。この実施形態の多能性幹細胞凝集抑制剤は、調製される培地中での細胞周期停止剤の最終濃度が、<6.多能性幹細胞の凝集を抑制する方法>の欄にて浮遊培養に関して記載の培地中の細胞周期停止剤の濃度となるように濃縮(もしくは濃厚)形態に調製されていることが好ましい。この実施形態の多能性幹細胞凝集抑制剤中での細胞周期停止剤の濃度は特に限定されないが、例えば、細胞周期停止剤の、浮遊培養時の培地中での好ましい濃度として挙げた上記濃度の、例えば1倍以上、2倍以上、10倍以上、100倍以上、1000倍以上、10000倍以上などであり、多能性幹細胞凝集抑制剤を溶解するための溶媒(例えばDMSO、EtOH、バッファ等)に対する溶解度に依存するが、非限定的に、例えば55.0mg/mL以上1.1g/mL以下が例示できる。一つの実施形態における上記細胞周期停止剤の濃度の下限は、細胞凝集抑制効果が得られる濃度であれば特に限定されないが、例えば60mg/mL以上、70mg/mL以上、80mg/mL以上、100mg/mL以上、110mg/mL以上、130mg/mL以上、140mg/mL以上、150mg/mL以上、160mg/mL以上、180mg/mL以上、200mg/mL以上、300mg/mL以上、500mg/mL以上などであり、及び、上限が、例えば600mg/mL以下、700mg/mL以下、800mg/mL以下、900mg/mL以下、1g/mL以下などとすることができる。或いは、例えば60mM以上、70mM以上、80mM以上、100mM以上、110mM以上、130mM以上、140mM以上、150mM以上、160mM以上、180mM以上、200mM以上、300mM以上、500mM以上、700mM以上などであり、及び、上限として、細胞が死滅しない濃度であれば特に限定されないが、例えば15M以下、10M以下、5M以下、1M以下などとすることができ、例えば60mM以上15M以下の範囲とすることができる。
【0117】
多能性幹細胞凝集抑制剤は、細胞周期停止剤に加えて、添加剤として、抗生剤、緩衝剤、増粘剤、着色剤、安定化剤、界面活性剤、乳化剤、防腐剤、保存剤、抗酸化剤等も含有していてもよい。抗生剤は特に限定されないが、例えばペニシリン、ストレプトマイシン、アンホテリシンB等を使用することができる。緩衝剤としては、リン酸緩衝液、トリス塩酸緩衝液、グリシン緩衝液などが挙げられる。増粘剤としては、ゼラチン、多糖類などが挙げられる。着色剤としては、フェノールレッドなどが挙げられる。安定化剤としては、アルブミン、デキストラン、メチルセルロース、ゼラチンなどが挙げられる。界面活性剤としては、コレステロール、アルキルグリコシド、アルキルポリグルコシド、アルキルモノグリセリルエーテル、グルコシド、マルトシド、ネオペンチルグリコール系、ポリオキシエチレングリコール系、チオグルコシド、チオマルトシド、ペプチド、サポニン、リン脂質、脂肪酸ソルビタンエステル、脂肪酸ジエタノールアミドなどが挙げられる。乳化剤としては、グリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルなどが挙がられる。防腐剤としては、アミノエチルスルホン酸、安息香酸、安息香酸ナトリウム、エタノール、エデト酸ナトリウム、カンテン、dl-カンフル、クエン酸、クエン酸ナトリウム、サリチル酸、サリチル酸ナトリウム、サリチル酸フェニル、ジブチルヒドロキシトルエン、ソルビン酸、ソルビン酸カリウム、窒素、デヒドロ酢酸、デヒドロ酢酸ナトリウム、2-ナフトール、白糖、ハチミツ、パラオキシ安息香酸イソブチル、パラオキシ安息香酸イソプロピル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸ブチル、パラオキシ安息香酸プロピル、パラオキシ安息香酸メチル、l-メントール、ユーカリ油などが挙げられる。保存剤としては、安息香酸、安息香酸ナトリウム、エタノール、エデト酸ナトリウム、乾燥亜硫酸ナトリウム、クエン酸、グリセリン、サリチル酸、サリチル酸ナトリウム、ジブチルヒドロキシトルエン、D-ソルビトール、ソルビン酸、ソルビン酸カリウム、デヒドロ酢酸ナトリウム、パラオキシ安息香酸イソブチル、パラオキシ安息香酸イソプロピル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸ブチル、パラオキシ安息香酸プロピル、パラオキシ安息香酸メチル、プロピレングリコール、リン酸などが挙げられる。抗酸化剤としては、クエン酸、クエン酸誘導体、ビタミンCおよびその誘導体、リコペン、ビタミンA、カロテノイド類、ビタミンBおよびその誘導体、フラボノイド類、ポリフェノール類、グルタチオン、セレン、チオ硫酸ナトリウム、ビタミンEおよびその誘導体、αリポ酸およびその誘導体、ピクノジェノール、フラバンジェノール、スーパーオキサイドディスムターゼ(SOD)、グルタチオンペルオキシダーゼ、グルタチオン-S-トランスフェラーゼ、グルタチオン還元酵素、カタラーゼ、アスコルビン酸ペルオキシダーゼ、およびこれらの混合物などが挙げられる。
【0118】
多能性幹細胞凝集抑制剤は、増殖因子を含有してもよく、例えばFGF2及びTGF-β1の1種以上の増殖因子を含有してもよい。
【0119】
<8.細胞凝集塊の製造方法、及び、それにより製造された細胞凝集塊>
本発明の他の一態様は、限定されないが、例えば以下に示す濃度の細胞周期停止剤を含む培地中で多能性幹細胞を浮遊培養する工程を含む、細胞凝集塊の製造方法である。
【0120】
上記培地中の細胞周期停止剤の濃度は、下限が、例えば3ng/mL以上、5ng/mL以上、7ng/mL以上、10ng/mL以上、20ng/mL以上、30ng/mL以上、40ng/mL以上、50ng/mL以上、100ng/mL以上、200ng/mL以上、300ng/mL以上、500ng/mL以上、1μg/mL以上、5μg/mL以上、10μg/mL以上、15μg/mL以上、20μg/mL以上、50μg/mL以上、70μg/mL以上、又は100μg/mL以上であり、及び、上限が、例えば50mg/mL以下、40mg/mL以下、35mg/mL以下、30mg/mL以下、25mg/mL以下、20mg/mL以下、15mg/mL以下、又は10mg/mL以下とすることができ、例えば3ng/mL以上30mg/mL以下の範囲とすることができる。或いは、下限が、例えば3nM以上、5nM以上、10nM以上、15nM以上、20nM以上、25nM以上、30nM以上、40nM以上、50nM以上、80nM以上、100nM以上、300nM以上、500nM以上、1μM以上、2μM以上、3μM以上、4μM以上、5μM以上、10μM以上、20μM以上、30μM以上、50μM以上、60μM以上、70μM以上、80μM以上、又は100μM以上であり、及び、上限が、例えば800mM以下、600mM以下、400mM以下、200mM以下、150mM以下、100mM以下、70mM以下、50mM以下、又は40mM以下とすることができ、例えば3nM以上300mM以下とすることができる。
【0121】
本発明の方法によれば、適度な寸法の細胞凝集塊を、幹細胞の未分化性を維持したまま高収量で製造することができる。具体的には、後述の実施例のウェル内での製造実験では、細胞周期停止剤を含まない対照培地中での培養と比べて本発明の製造方法ではグルコース消費量が培養5日目で約1.3倍以上高くなり(
図3参照)、また、細胞収量も播種細胞数の5倍以上増加する(
図4参照)。
【0122】
細胞周期停止剤、培地及び細胞、並びに上記工程での培地中の細胞周期停止剤の濃度の具体的な実施形態は上述の通りである。
【0123】
上記工程の具体的な実施形態は、<6.多能性幹細胞の凝集を抑制する方法>の欄で説明した、多能性幹細胞の凝集を抑制する方法における「細胞周期停止剤を含む培地中で細胞を浮遊培養する工程」の具体的な実施形態と同様である。
【0124】
本発明のさらに別の態様は、上記の細胞凝集塊の製造方法により得られた細胞凝集塊である。
【0125】
本発明のこの態様に係る細胞凝集塊は適度な寸法を有し、生細胞率が高い(
図1Aから1C及び
図2Bから2E参照)。本発明の方法によって作製可能な多能性幹細胞の細胞凝集塊の寸法範囲は、顕微鏡で観察したとき、観察像での最も幅の広い部分の寸法の上限の範囲は、例えば400μm以上500μm以下、300μm以上400μm以下、又は200μm以上300μm以下である。最も幅の狭い部分の下限の範囲は、例えば50μm以上70μm以下、70μm以上100μm以下、100μm以上150μm以下、又は100μm以上200μm未満である。本発明の方法によって作製可能な多能性幹細胞の細胞凝集塊の好ましい寸法範囲は、例えば約100μm以上約300μm以下である。このような寸法範囲の細胞凝集塊は、その内部の細胞に酸素や栄養成分が供給され易く細胞の増殖環境として好ましい。さらにまた、細胞凝集塊を構成する細胞が未分化性を維持している。
【0126】
本発明のこの態様に係る細胞凝集塊は、細胞周期停止剤を含む培地中で浮遊培養により作製されたものであるという特徴とともに、好ましくは、<2.細胞凝集塊>の欄に記載の特徴を備える。
【0127】
<9.細胞培養組成物>
本発明の他の一態様は、多能性幹細胞の細胞凝集塊と、培地と、限定されないが、例えば以下に示す濃度の細胞周期停止剤とを含む、細胞培養組成物である。
【0128】
上記培地中の細胞周期停止剤の濃度は、下限が、例えば3ng/mL以上、5ng/mL以上、7ng/mL以上、10ng/mL以上、20ng/mL以上、30ng/mL以上、40ng/mL以上、50ng/mL以上、100ng/mL以上、200ng/mL以上、300ng/mL以上、500ng/mL以上、1μg/mL以上、5μg/mL以上、10μg/mL以上、15μg/mL以上、20μg/mL以上、50μg/mL以上、70μg/mL以上、又は100μg/mL以上であり、及び、上限が、例えば50mg/mL以下、40mg/mL以下、35mg/mL以下、30mg/mL以下、25mg/mL以下、20mg/mL以下、15mg/mL以下、又は10mg/mL以下とすることができ、例えば3ng/mL以上30mg/mL以下の範囲とすることができる。或いは、下限が、例えば3nM以上、5nM以上、10nM以上、15nM以上、20nM以上、25nM以上、30nM以上、40nM以上、50nM以上、80nM以上、100nM以上、300nM以上、500nM以上、1μM以上、2μM以上、3μM以上、4μM以上、5μM以上、10μM以上、20μM以上、30μM以上、50μM以上、60μM以上、70μM以上、80μM以上、又は100μM以上であり、及び、上限が、例えば800mM以下、600mM以下、400mM以下、200mM以下、150mM以下、100mM以下、70mM以下、50mM以下、又は40mM以下とすることができ、例えば3nM以上300mM以下とすることができる。
【0129】
本発明のこの態様に係る細胞培養組成物は、多能性幹細胞の細胞凝集塊を高収量で製造するために用いることができる。また、当該細胞培養組成物を使用することによって、幹細胞の未分化性が維持された且つ上記の適度な寸法の細胞凝集塊を製造するために用いることができる。
細胞周期停止剤、培地及び多能性幹細胞の具体的な実施形態は既述の通りである。
【0130】
上記細胞培養組成物から多能性幹細胞の細胞凝集塊を製造する工程は、上記細胞培養組成物中で多能性幹細胞を浮遊培養する工程を含む。この工程の具体的な実施形態は、<6.多能性幹細胞の凝集を抑制する方法>の欄で説明した、細胞の凝集を抑制する方法における「多能性幹細胞周期停止剤を含む培地中で多能性幹細胞を浮遊培養する工程」の具体的な実施形態と同様である。
【0131】
上記細胞培養組成物は、細胞周期停止剤を培地に添加した後に多能性幹細胞を添加することにより調製してもよいし、多能性幹細胞を培地に混合した後に細胞周期停止剤を添加することにより調製してもよいが、好ましくは細胞周期停止剤を培地に添加した後に多能性幹細胞を添加することにより調製する。細胞周期停止剤を培地に添加する際、安定化剤を添加することもできる。当該安定化剤は、細胞周期停止剤の液体培地中での安定化、活性維持、培養容器等への吸着防止等に寄与する物質であって、且つ、多能性幹細胞凝集抑制を妨害しない物質であれば特に限定されない。また、上記細胞培養組成物は、細胞周期停止剤を含む培地(上記安定化剤を更に含んでいてもよい)を凍結して保存し、その後に解凍してから多能性幹細胞を添加することにより調製してもよい。
【0132】
<10.多能性幹細胞培養培地>
本発明の他の一態様は、培地と、限定されないが、例えば以下に示す濃度の細胞周期停止剤とを含む、多能性幹細胞培養培地である。
【0133】
上記培地中の細胞周期停止剤の濃度は、下限が、例えば3ng/mL以上、5ng/mL以上、7ng/mL以上、10ng/mL以上、20ng/mL以上、30ng/mL以上、40ng/mL以上、50ng/mL以上、100ng/mL以上、200ng/mL以上、300ng/mL以上、500ng/mL以上L、1μg/mL以上、5μg/mL以上、10μg/mL以上、15μg/mL以上、20μg/mL以上、50μg/mL以上、70μg/mL以上、又は100μg/mL以上であり、及び、上限が、例えば50mg/mL以下、40mg/mL以下、35mg/mL以下、30mg/mL以下、25mg/mL以下、20mg/mL以下、15mg/mL以下、又は10mg/mL以下とすることができ、例えば3ng/mL以上30mg/mL以下の範囲とすることができる。或いは、下限が、例えば3nM以上、5nM以上、10nM以上、15nM以上、20nM以上、25nM以上、30nM以上、40nM以上、50nM以上、80nM以上、100nM以上、300nM以上、500nM以上、1μM以上、2μM以上、3μM以上、4μM以上、5μM以上、10μM以上、20μM以上、30μM以上、50μM以上、60μM以上、70μM以上、80μM以上、又は100μM以上であり、及び、上限が、例えば800mM以下、600mM以下、400mM以下、200mM以下、150mM以下、100mM以下、70mM以下、50mM以下、又は40mM以下とすることができ、例えば3nM以上300mM以下とすることができる。
【0134】
本発明のこの態様に係る多能性幹細胞培養培地は、浮遊培養により多能性幹細胞から細胞凝集塊を高収量で製造するための培地として用いることができる。また、当該細胞培養培地を使用することによって、幹細胞の未分化性が維持された且つ上記の適度な寸法の細胞凝集塊を製造するために用いることができる。
細胞周期停止剤、培地及び多能性幹細胞の具体的な実施形態は既述の通りである。
【0135】
上記多能性幹細胞培養培地から多能性幹細胞の細胞凝集塊を製造する工程としては、上記多能性幹細胞培養培地中で多能性幹細胞を浮遊培養する工程が挙げられる。この工程の具体的な実施形態は、<6.多能性幹細胞の凝集を抑制する方法>の欄で説明した、多能性幹細胞の凝集を抑制する方法における「細胞周期停止剤を含む培地中で多能性幹細胞を浮遊培養する工程」の具体的な実施形態と同様である。
【0136】
上記多能性幹細胞培養培地は、一実施形態において、使用前まで凍結して保存し、使用時に解凍(融解)して使用することができる。
【実施例】
【0137】
以下の実施例を参照しながら、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明の範囲は、当該実施例に制限されないものとする。
【0138】
[実施例1]ヒトiPS細胞の維持培養
ヒトiPS細胞は、TkDN4-M株(東京大学医科学研究所、東京、日本)を使用した。Vitronectin(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)をコートした細胞培養用ディッシュ上にヒトiPS細胞を播種し、培地はEssential 8TM(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)を使用して維持培養した。継代時の細胞剥離剤としては、AccutaseTM(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社)を用いた。また、細胞播種時のみ、Y-27632(和光純薬工業株式会社、日本)を10μMの濃度になるように培地に添加した。培地交換は毎日実施した。実験には継代数50回までのヒトiPS細胞を使用した。
【0139】
[実施例2]細胞凝集アッセイによる凝集抑制効果の確認
細胞周期停止剤添加による細胞の凝集抑制効果について検討した。
<方法>
実施例1の手順で培養したヒトiPS細胞をAccutaseTMで3~5分間処理して剥離し、単細胞まで分散した。この細胞を最終濃度5mg/mLのBSA(和光純薬工業株式会社)を含むEssential 8TM培地に懸濁し、その一部をトリパンブルー染色して細胞数を調べた。1mLあたり2×105個の細胞を含むように調製した。この細胞懸濁液に、最終濃度10μMとなるようにY27632(和光純薬工業株式会社)を添加するか、あるいは最終濃度10μMのY27632を加える。別途Colchicine(和光純薬工業株式会社、039-03851)を最終濃度10mg/mL(25mM)、またはDemecolcine(和光純薬工業株式会社、049-16961)を最終濃度10mg/mL(26.9mM)、またはCytochalasin D(和光純薬工業株式会社、037-17561)を最終濃度0.51mg/mL(1mM)、またはCytochalasin B(和光純薬工業株式会社、030-17551)を最終濃度2.40mg/mL(5mM)、またはVinblastine(和光純薬工業株式会社、037-17561)を最終濃度4.55mg/mL(5mM)、またはGriseofulvin(和光純薬工業株式会社、037-17561)を最終濃度17.6mg/mL(50mM)、またはDMSO(和光純薬工業株式会社、041-29351)は原液の濃度、またはLatrunculin A(和光純薬工業株式会社、125-04363)を最終濃度0.42mg/mL(1mM)、またはPodophyllotoxin(和光純薬工業株式会社、161-20901)を最終濃度20.7mg/mL(50mM)、またはVinorelbine(和光純薬工業株式会社、222-01641)を最終濃度5.4mg/mL(5mM)、またはNocodazole(和光純薬工業株式会社、140-08531)を最終濃度5mg/mL(16.7mM)、またはJasplakinolide(Cayman、11705)を最終濃度0.14mg/mL(0.2mM)、またはDocetaxel(和光純薬工業株式会社、047-31281)を最終濃度4.04mg/mL(5mM)になるように細胞凝集抑制剤の濃度を調整し、前記調整した細胞凝集抑制剤を前記細胞懸濁液にColchicineの最終濃度が10ng/mL、またはDemecolcineの最終濃度が10ng/mL、またはCytochalasin Dの最終濃度が20nM、またはCytochalasin Bの最終濃度が1μM、またはVinblastineの最終濃度が2μM、またはGriseofulvinの最終濃度が50μM、またはDMSOの最終濃度が0.3%(v/v)、またはLatrunculin Aの最終濃度が80nM、またはPodophyllotoxinの最終濃度が80nM、またはVinorelbineの最終濃度が80nM、またはNocodazoleの最終濃度が40ng/mL、またはJasplakinolideの最終濃度が16nM、またはDocetaxelの最終濃度が80nMとなるように添加した上で、浮遊培養用12ウェルプレート(住友ベークライト株式会社)に1.3ml/ウェルの割合で播種した。細胞を播種したプレートは、ロータリーシェーカー(株式会社オプティマ)上で90rpmのスピードで水平面に沿って旋回幅(直径)が25mmの円を描くように旋回培養し、5%CO2、37℃の環境下で浮遊培養を行った。培養を開始して翌日(培養1日目)に位相差顕微鏡にて画像を取得した。
【0140】
<結果>
上記浮遊培養後(培養1日目)の顕微鏡観察像を
図1A、
図1Bおよび
図1Cに示す。観察の結果、Y27632のみを添加した条件(対照)では1mm以上の大きな細胞凝集塊が形成されたのに対して、細胞周期停止剤を添加した条件では直径500μm以下の細胞凝集塊が形成された。
【0141】
[実施例3]細胞周期停止剤存在条件での凝集塊形成後の細胞増殖能、並びに未分化能への影響
ヒトiPS細胞の浮遊培養を行いグルコース消費量、細胞収量及び未分化マーカーの陽性率を測定し、細胞周期停止剤が与える細胞への影響を解析した。
【0142】
<方法>
実施例2と同様に細胞懸濁液を調製し、別途Demecolcine(同上)を最終濃度10mg/mL(26.9mM)、またはCytochalasin D(同上)を最終濃度0.51mg/mL(1mM)、またはDMSO(同上)は原液の濃度、またはJasplakinolide(Cayman、11705)を最終濃度0.14mg/mL(0.2mM)になるように細胞凝集抑制剤の濃度を調整し、前記調整した細胞凝集抑制剤を前記細胞懸濁液にDemecolcineの最終濃度が10ng/mL、またはCytochalasin Dの最終濃度が20nM、またはDMSOの最終濃度が1%(v/v)、またはJasplakinolideの最終濃度が20nMとなるように添加した上で、浮遊培養用6ウェルプレート(住友ベークライト株式会社、日本)に4ml/ウェルの割合で播種した。細胞を播種したプレートは、ロータリーシェーカー(株式会社オプティマ、日本)上で90rpmのスピードで水平面に沿って旋回幅(直径)が25mmの円を描くように旋回培養し、5%CO2、37℃の環境下で浮遊培養を行った。培養翌日(培養1日目)以降、毎日新鮮な培地(最終濃度5mg/mLのBSA(和光純薬工業株式会社)を含むEssential 8TM培地)に培地交換し、培養5日後まで培養を続けた。培養中、毎日位相差顕微鏡により画像を取得とした。培養1日目に取得した画像中の182~252個の細胞凝集塊を観察し、顕微鏡写真のスケールと比較して各細胞凝集塊の最も広い部分の幅(「φ」とする)を求め、その分布を調べ、平均値±標準偏差を算出した。培地交換時に回収した培養上清に含まれるグルコースの濃度を、バイオセンサーBF-5iD(王子計測機器株式会社)で測定し、グルコース消費量を計算した。
【0143】
また、培養5日目に細胞凝集塊を回収し、AccutaseTMにより分散後、5mg/mLのBSAを含むEssential 8TM培地に懸濁した。この細胞懸濁液の一部をトリパンブルー染色して細胞数を調べた。上記細胞懸濁液を300gで3分間遠心分離後、上清を取り除き、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)で細胞を洗浄した。その後、4%パラホルムアルデヒド(和光純薬工業株式会社)により室温で20分間固定後、PBSで3回洗浄し、300μLのPBSで細胞を再懸濁後、ボルテックスで攪拌しながら冷メタノール3mLを添加し、-20℃で一晩以上透過処理を行った。3%FBS(ウシ胎仔血清)/PBSで3回洗浄後、3%FBS(ウシ胎仔血清)/PBSにより細胞を再懸濁して室温で30分から1時間ブロッキングした。さらにその後、蛍光標識済抗SOX2抗体(Cat.No.656110、Biolegend社)及び蛍光標識抗OCT4抗体(Cat.No.653703、Biolegend社)及び蛍光標識抗Nanog抗体(Cat.No.674010、Biolegend社)により4℃で30分から1時間染色した。3%FBS(ウシ胎仔血清)/PBSで1回洗浄後、セルストレーナーに通過させた細胞をFACSVerseTMフローサイトメーター(BD Biosciences)にて解析した。
【0144】
さらにまた、培養5日目に細胞収量を測定した。細胞収量の測定は次の手順で行った。すなわち、形成した細胞凝集塊をAccutaseTMで5分~10分処理し、ブルーチップでのピペッティングによって細胞を単分散させ、トリパンブルー染色した後、血球計算盤を用いて細胞数を係数し、細胞収量を測定した。
【0145】
<結果>
図2Aから2Eは、培養1日目から5日目までに観察した顕微鏡写真である。
図2A(対照)と比べて、
図2Bから2Eでは、播種後から培養1日目にかけて細胞凝集塊が形成されており、培養を継続することで徐々に細胞が増殖し、細胞凝集塊が大きくなり、ほぼ均一で適度な寸法になった。
図6A~Dは、培養1日目の細胞凝集塊サイズ(細胞凝集塊の直径、もしくは最も細胞凝集塊の幅の広い部分のサイズ)の分布図である。また表1~表4には培養1日目のある一定サイズ別の細胞凝集塊の個数およびその割合を示す。各培養条件における培養1日目の凝集塊サイズの平均値±標準偏差を算出した結果、Cytochalasin D添加では132.5±34.8μm、Jasplakinolide添加では162.7±37.2μm、Demecolcine添加では184.9±44.9μm、DMSO添加では164.8±31.8μmであった。
【0146】
【表1】
Cytochalasin D添加では、細胞凝集塊全個数に対する、細胞凝集塊サイズ(直径)が40μm以上300μm以下となる細胞凝集塊の割合は100%であった。また、前記細胞凝集塊サイズ(直径)が60μm以上300μm以下となる細胞凝集塊の割合は96%であった。また、前記細胞凝集塊サイズ(直径)が80μm以上300μm以下となる細胞凝集塊の割合は88.1%であった。また、前記細胞凝集塊サイズ(直径)が100μm以上300μm以下となる細胞凝集塊の割合は80.6%であった。
【0147】
【表2】
Jasplakinolide添加では、細胞凝集塊全個数に対する、細胞凝集塊サイズ(直径)が40μm以上300μm以下となる細胞凝集塊の割合は100%であった。また、前記細胞凝集塊サイズ(直径)が60μm以上300μm以下となる細胞凝集塊の割合は98.1%であった。また、前記細胞凝集塊サイズ(直径)が80μm以上300μm以下となる細胞凝集塊の割合は96.2%であった。また、前記細胞凝集塊サイズ(直径)が100μm以上300μm以下となる細胞凝集塊の割合は95.7%であった。
【0148】
【表3】
Demecolcine添加では、細胞凝集塊全個数に対して、細胞凝集塊サイズ(直径)が40μm以上300μm以下となる細胞凝集塊の割合は100%であった。また、前記細胞凝集塊サイズ(直径)が60μm以上300μm以下となる細胞凝集塊の割合は97.3%であった。また、前記細胞凝集塊のサイズ(直径)が80μm以上300μm以下となる細胞凝集塊の割合は93.5%であった。また、前記細胞凝集塊サイズ(直径)が100μm以上300μm以下となる細胞凝集塊の割合は92.4%であった。
【0149】
【表4】
DMSO添加では、細胞凝集塊全個数に対して、細胞凝集塊のサイズ(直径)が40μm以上300μm以下となる細胞凝集塊の割合は100%であった。また、前記細胞凝集塊のサイズ(直径)が60μm以上300μm以下となる細胞凝集塊の割合は100%であった。また、前記細胞凝集塊のサイズ(直径)が80μm以上300μm以下となる細胞凝集塊の割合は98.5%であった。また、前記細胞凝集塊サイズ(直径)が100μm以上300μm以下となる細胞凝集塊の割合は96.0%であった。
【0150】
グルコース消費量を
図3に、培養5日目の細胞収量を
図4にそれぞれ示す。グルコース消費量は細胞周期停止剤を添加した条件では添加していない条件に比べて消費量がより多く、細胞が増殖していることが示唆された。実際に培養5日目には播種細胞数の5倍以上に増殖していることが明らかになった。
【0151】
未分化マーカーの陽性率の測定結果を
図5Aから5Dに示す。各条件で細胞凝集塊を作製し、その後も浮遊培養にて増殖した細胞において、マーカーであるSOX2陽性細胞が99%以上、OCT4陽性細胞が97%以上、Nanog陽性細胞が99%以上であり、細胞周期停止剤添加によって形成されたヒトiPS細胞の凝集塊は未分化性を維持していることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0152】
本発明により、多能性幹細胞の浮遊培養において未分化性を保ち、1000μm(1mm)を超える寸法の細胞凝集塊の形成を抑制し、細胞生存率の高い、及び適度な寸法(500μm以下)の細胞凝集塊を収率よく製造することが可能である。ES細胞、iPS細胞などの多能性幹細胞は、これらの細胞を種々の生体細胞に分化誘導することができるため、再生医療のために供給することを可能にする。
【配列表フリーテキスト】
【0153】
配列番号1:合成ペプチド
配列番号2:合成ペプチド
配列番号3:合成ペプチド
配列番号4:合成ペプチド
本明細書で引用した全ての刊行物、特許及び特許出願はそのまま引用により本明細書に組み入れられるものとする。
【配列表】