(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-24
(45)【発行日】2023-09-01
(54)【発明の名称】調質熱処理用鋼材及び部品
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230825BHJP
C22C 38/38 20060101ALI20230825BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20230825BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20230825BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/00 301Z
C22C38/38
C22C38/58
C21D9/46 S
(21)【出願番号】P 2019138221
(22)【出願日】2019-07-26
【審査請求日】2022-03-03
(31)【優先権主張番号】P 2018241317
(32)【優先日】2018-12-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】甲谷 昇一
(72)【発明者】
【氏名】下垣内 真人
(72)【発明者】
【氏名】内田 義臣
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特表2012-518764(JP,A)
【文献】特開平06-287638(JP,A)
【文献】特開2004-285474(JP,A)
【文献】特開2017-190494(JP,A)
【文献】特開2007-291486(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/00 - 8/10
C21D 9/46 - 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.60~1.65質量%と、Mn:0.1~2.0質量%と、Si:1.0質量%以下と、P:0.03質量%以下と、S:0.03質量%以下と、Cr:0.1~2.0質量%と、Nb:1.5~5.0質量%及び/又はTi:0.75~3.0質量%とを含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有し、
840℃で20分間保持した後、60℃の油浴で焼入れし、次いで200℃で60分間焼戻す調質熱処理後に硬さが1100HV以上の硬質粒子が分散した金属組織を有し、断面における円相当径0.5μm以上の前記硬質粒子の面積率が1.0%以上であり、
前記硬質粒子がNb・Ti系炭化物粒子である
調質熱処理用鋼材。
【請求項2】
C:0.60~1.65質量%と、Mn:0.1~2.0質量%と、Si:1.0質量%以下と、P:0.03質量%以下と、S:0.03質量%以下と、Cr:0.1~2.0質量%と、Nb:0.5~5.0質量%と、Ti:0.5~3.0質量%とを含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、且つ1/2Nb+Tiが0.75~3.0質量%を満たす組成を有し、
840℃で20分間保持した後、60℃の油浴で焼入れし、次いで200℃で60分間焼戻す調質熱処理後に硬さが1100HV以上の硬質粒子が分散した金属組織を有し、断面における円相当径0.5μm以上の前記硬質粒子の面積率が1.0%以上であり、
前記硬質粒子がNb・Ti系炭化物粒子である
調質熱処理用鋼材。
【請求項3】
Mo:0.5質量%以下、V:0.5質量%以下、及びNi:2.0質量%以下の1種以上をさらに含む、請求項1又は2に記載の
調質熱処理用鋼材。
【請求項4】
W:4.0質量%以下をさらに含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の
調質熱処理用鋼材。
【請求項5】
前記硬質粒子の面積率が10%以下である、請求項1~4のいずれか一項に記載の
調質熱処理用鋼材。
【請求項6】
調質熱処理後の硬さが700HV以上である、請求項1~5のいずれか一項に記載の
調質熱処理用鋼材。
【請求項7】
断面における全ての前記硬質粒子の面積率が1.0%以上である、請求項1~6のいずれか一項に記載の
調質熱処理用鋼材。
【請求項8】
断面における前記硬質粒子の最大粒径が、円相当径で6.5μm以上である、請求項1~7のいずれか一項に記載の
調質熱処理用鋼材。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか一項に記載の
調質熱処理用鋼材から形成される部品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材及び部品に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部品、産業機械のチェーン部品、歯車などの動力伝達部品、木材の切断・草刈などに使用する丸鋸、帯鋸などの刃物部品などの各種部品には耐摩耗性が要求されており、これらの部品に使用される素材の耐摩耗性を向上させることが必要とされている。これらの部品は、一般に鋼材を素材としており、鋼材の耐摩耗性は、硬さを高めることによって向上させることができる。そのため、耐摩耗性を重視する部品には、焼入れなどの熱処理を利用して硬質化させた鋼材や、炭素等の合金元素含有量の高い鋼材が多用されている。すなわち、鋼材の硬さと耐摩耗性との間には密接な関係があり、従来、鋼材に耐摩耗性を付与する手法としては、硬さを増大させる手法を採用することが一般的であった。
【0003】
例えば、特許文献1~3には、C含有量が概ね0.2%以下の鋼において、Mo、Wなどの合金元素の含有量を高めに設定し、固溶強化、析出強化などを利用して硬度を高めることによって耐摩耗性を向上させることが記載されている。しかし、近年、耐摩耗性の要求レベルは従来にも増して厳しくなっており、単に硬度を高めただけでは十分満足できる耐摩耗性が得られない場合が多くなってきた。また、特許文献1~3のように合金元素の含有量を高めると、結果的に素材の製造性や加工性が低下し、製造コストが増大するという問題もあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開昭62-142726号公報
【文献】特開昭63-169359号公報
【文献】特開平1-142023号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
果物、穀物、綿花などの農産物を刈り取る丸鋸などの一部の刃物部品では、摩耗が比較的穏やかであることから、鋼材には穏やかな摩耗条件での耐摩耗性が特に要求される。
しかしながら、従来の鋼材には、過酷な摩耗条件での耐摩耗性に優れたものも存在するが、鋼材の耐摩耗性は摩耗条件によって変化するため、この鋼材が穏やかな摩耗条件での耐摩耗性に優れているとは必ずしもいえない。
【0006】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであり、調質熱処理後に耐摩耗性を高いレベルで得ることが可能な鋼材及び部品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋼材の金属組織に着目して鋭意研究を行った結果、マトリックス(鋼素地)中に分散した硬質粒子のうち、粒径が比較的大きい硬質粒子の存在割合が耐摩耗性に大きな影響を与えるという知見に基づき、特定の大きさの硬質粒子の面積率を制御することにより、上記の問題を全て解決し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、C:0.60~1.65質量%と、Mn:0.1~2.0質量%と、Si:1.0質量%以下と、P:0.03質量%以下と、S:0.03質量%以下と、Cr:0.1~2.0質量%と、Nb:1.5~5.0質量%及び/又はTi:0.75~3.0質量%とを含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有し、840℃で20分間保持した後、60℃の油浴で焼入れし、次いで200℃で60分間焼戻す調質熱処理後に硬さが1100HV以上の硬質粒子が分散した金属組織を有し、断面における円相当径0.5μm以上の前記硬質粒子の面積率が1.0%以上であり、前記硬質粒子がNb・Ti系炭化物粒子である調質熱処理用鋼材である。
また、本発明は、C:0.60~1.65質量%と、Mn:0.1~2.0質量%と、Si:1.0質量%以下と、P:0.03質量%以下と、S:0.03質量%以下と、Cr:0.1~2.0質量%と、Nb:0.5~5.0質量%と、Ti:0.5~3.0質量%とを含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、且つ1/2Nb+Tiが0.75~3.0質量%を満たす組成を有し、840℃で20分間保持した後、60℃の油浴で焼入れし、次いで200℃で60分間焼戻す調質熱処理後に硬さが1100HV以上の硬質粒子が分散した金属組織を有し、断面における円相当径0.5μm以上の前記硬質粒子の面積率が1.0%以上であり、前記硬質粒子がNb・Ti系炭化物粒子である調質熱処理用鋼材である。
【0009】
また、本発明は、前記鋼材から形成される部品である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、調質熱処理後に耐摩耗性を高いレベルで得ることが可能な鋼材及び部品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の鋼材は、調質熱処理後に硬さが1100HV以上の硬質粒子が分散した金属組織を有し、断面における円相当径0.5μm以上の硬質粒子の面積率が1.0%以上である。
硬質粒子の硬さは、鋼材の耐摩耗性に影響を与える。そのため、本発明では、鋼材の耐摩耗性を向上させる観点から、硬質粒子の硬さを1100HV以上とする。ここで、本明細書における「硬質粒子の硬さ」とは、断面、例えば、鋼材が鋼板である場合は圧延方向及び板厚方向に平行な断面(L断面)において、ナノインデーション法を用いて測定される硬質粒子の硬さを意味する。
【0012】
また、粒径が比較的大きい硬質粒子の存在割合が耐摩耗性に大きな影響を与える。そのため、本発明では、鋼材の耐摩耗性を向上させる観点から、断面における円相当径0.5μm以上の硬質粒子の面積率を1.0%以上に制御している。
断面における円相当径0.5μm以上の硬質粒子の面積率は、次のようにして求めることができる。まず、鋼材の断面を研磨した後、エッチングした観察面を共焦点レーザー顕微鏡(オリンパス株式会社製LEXT OLS3000)によって観察する。ここで、硬質粒子の面積率を測定する断面は、鋼材が鋼板である場合、圧延方向及び板厚方向に平行な断面(L断面)であることが好ましい。次に、観察画像上で、円相当径0.5μm以上の硬質粒子の面積(mm2)を測定し、下記の算出式によって面積率を求める。
円相当径0.5μm以上の硬質粒子の面積率(%)=円相当径0.5μm以上である硬質粒子の面積(mm2)/観察総面積(mm2)×100
なお、観察面積は、128μm×128μm×27視野とする。また、ある硬質粒子の円相当径は、観察画像上における当該硬質粒子の面積と等しい円の直径である。硬質粒子の面積は観察画像を画像処理ソフトウェアで処理することにより測定することができる。
【0013】
以下、本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施形態に対し変更、改良などが適宜加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
【0014】
(実施形態1)
[組成]
本発明の実施形態1に係る鋼材は、C:0.60~1.65質量%と、Mn:0.1~2.0質量%と、Si:1.0質量%以下と、P:0.03質量%以下と、S:0.03質量%以下と、Cr:0.1~2.0質量%と、Nb:1.5~5.0質量%及び/又はTi:0.75~3.0質量%とを含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる組成を有する。また、本実施形態に係る鋼材は、Mo:0.5質量%以下、V:0.5質量%以下、及びNi:2.0質量%以下の1種以上をさらに含んでもよい。さらに、本実施形態に係る鋼材は、W:4.0質量%以下をさらに含んでもよい。
なお、本明細書において「不可避的不純物」とは、O、Nなどの除去することが難しい成分のことを意味する。この成分は、原料を溶製する段階で不可避的に混入する。
【0015】
Cは、調質熱処理後の硬さの確保、炭化物生成のために必要な元素である。調質熱処理後の硬さを高めて耐摩耗性を向上させる観点からは、C含有量を0.60質量%以上、好ましくは0.70質量%以上、より好ましくは0.80質量%以上、特に好ましくは0.90質量%以上とする。一方、C含有量が多すぎると製造性が低下するため、C含有量を1.65質量%以下、好ましくは1.60質量%以下、より好ましくは1.55質量%以下、特に好ましくは1.50質量%以下とする。
【0016】
Mnは、焼入れ性などを向上させる元素である。Mnによる効果を確保するためには、Mn含有量を0.1質量%以上、好ましくは0.3質量%以上とする。一方、Mn含有量が多すぎると製造性が低下するため、Mn含有量を2.0質量%以下、好ましくは1.2質量%以下とする。
【0017】
Siは、溶鋼の脱酸に有効な元素であるが、Si含有量が多すぎると靭性が低下する。そのため、Si含有量は、1.0質量%以下、好ましくは0.5質量%以下とする。一方、Si含有量の下限は特に限定されないが、Siによる効果を確保する観点からは、好ましくは0.01質量%以上、より好ましくは0.05質量%以上とする。
【0018】
P及びSは、靭性を低下させる原因となるため、これらの含有量は少ないことが好ましい。そのため、P含有量は0.03質量%以下、好ましくは0.025質量%以下とする。また、S含有量は0.03質量%以下、好ましくは0.02質量%以下とする。
【0019】
Crは、Mnと同様に焼入れ性の向上に有効な元素である。また、Crは、靭性を向上させるのに有効な元素でもある。Crによる効果を確保するためには、Cr含有量を0.1質量%以上、好ましくは0.2質量%以上、より好ましくは0.3質量%以上とする。一方、Cr含有量が多すぎると靭性が低下するため、Cr含有量を2.0質量%以下、好ましくは1.5質量%以下、より好ましくは1.3質量%以下とする。
【0020】
Nb及びTiは、鋳造後の冷却過程で鋼中にNb・Ti系炭化物粒子を析出させることで耐摩耗性を向上させる元素である。本実施形態に係る鋼材は、Nb及びTiのいずれか1つを含有していても、Nb及びTiの両方を含有していてもよい。
Nbによる上記効果を確保するためには、Nb含有量を1.5質量%以上、好ましくは1.55質量%以上とする。一方、Nb含有量が多すぎると靭性が低下するため、Nb含有量を5.0質量%以下、好ましくは4.95質量%以下とする。
また、Tiによる上記効果を確保するためには、Ti含有量を0.75質量%以上、好ましくは0.78質量%以上とする。一方、Ti含有量が多すぎると靭性が低下するため、Ti含有量を3.0質量%以下、好ましくは2.96質量%以下とする。
【0021】
Mo、V及びNiはいずれも靭性の向上に有効な元素である。そのため、本実施形態に係る鋼材は、必要に応じて、Mo、V及びNiの1種以上をさらに含むことができる。ただし、Mo、V及びNiは高価な元素であるため、含有量が多すぎるとコストが増大し、コストに見合った靭性の向上効果も得られない。
本実施形態に係る鋼材がMoを含有する場合、上記の理由から、Mo含有量を0.5質量%以下、好ましくは0.4質量%以下とする。また、Moによる効果を確保するために、Mo含有量を好ましくは0.1質量%以上とする。
本実施形態に係る鋼材がVを含有する場合、上記の理由から、V含有量を0.5質量%以下、好ましくは0.4質量%以下とする。また、Vによる効果を確保するために、V含有量を好ましくは0.1質量%以上とする。
本実施形態に係る鋼材がNiを含有する場合、上記の理由から、Ni含有量を2.0質量%以下、好ましくは1.5質量%以下とする。また、Niによる効果を確保するために、Ni含有量を好ましくは0.1質量%以上とする。
【0022】
Wは、耐摩耗性の向上に有効な元素である。そのため、本実施形態に係る鋼材は、必要に応じて、Wをさらに含むことができる。ただし、W含有量が多すぎるとコストが増大し、コストに見合った耐摩耗性の向上効果も得られない。したがって、本実施形態に係る鋼材がWを含有する場合、W含有量を4.0質量%以下、好ましくは3.8質量%以下とする。また、Wによる効果を確保するために、W含有量を好ましくは0.5質量%以上とする。
【0023】
[金属組織]
本実施形態に係る鋼材は、調質熱処理後に硬さが1100HV以上の硬質粒子であるNb・Ti系炭化物粒子が分散した金属組織を有する。
ここで、本明細書において「Nb・Ti系炭化物粒子」とは、金属元素としてNb及び/又はTiを含有する炭化物の粒子を意味する。Nb・Ti系炭化物粒子の種類としては、NbCを主体とする炭化物粒子、TiCを主体とする炭化物粒子、及び(Nb,Ti)Cを主体とする炭化物粒子が挙げられる。具体的には、本実施形態に係る鋼材がTiを含まない場合、Nb・Ti系炭化物粒子は、NbCを主体とする炭化物粒子であり、本実施形態に係る鋼材がNbを含まない場合、Nb・Ti系炭化物粒子は、TiCを主体とする炭化物粒子である。また、本実施形態に係る鋼材がNb及びTiの両方を含む場合、Nb・Ti系炭化物粒子は、(Nb,Ti)Cを主体とする炭化物粒子である。
なお、硬質粒子がNb・Ti系炭化物であるかどうかは、EDX(エネルギー分散型蛍光X線分析法)などの分析手法を用いて確認することができる。
【0024】
本実施形態に係る鋼材における金属組織のマトリックス(鋼素地)は、調質熱処理の種類によって異なるため特に限定されないが、焼入れ焼戻し処理材では、マルテンサイト組織又はマルテンサイト+フェライト組織、オーステンパー処理材ではベイナイト組織又はベイナイト+フェライト組織である。
【0025】
マトリックス中に分散したNb・Ti系炭化物粒子は、鋼材の耐摩耗性に影響を与える。その中でも、粒径が比較的大きいNb・Ti系炭化物粒子の存在割合が耐摩耗性に大きな影響を与える。そこで、本実施形態に係る鋼材では、鋼材の耐摩耗性を向上させる観点から、断面における円相当径0.5μm以上のNb・Ti系炭化物粒子の面積率を1.0%以上に制御している。このNb・Ti系炭化物粒子の面積率は、鋼材の耐摩耗性の向上効果を安定して得る観点から、好ましくは1.2%以上、より好ましくは1.4%以上、さらに好ましくは1.5%以上である。一方、このNb・Ti系炭化物粒子の面積率の上限は、特に限定されないが、一般に10%、好ましくは8%、より好ましくは7%である。
【0026】
マトリックス中に分散した全てのNb・Ti系炭化物粒子の面積率(全ての粒径のNb・Ti系炭化物粒子)は、特に限定されないが、断面における全てのNb・Ti系炭化物粒子の面積率が、好ましくは1.0%以上、より好ましくは1.5%以上、さらに好ましくは2.0%以上である。この全てのNb・Ti系炭化物粒子の面積率を当該範囲に制御することにより、鋼材の耐摩耗性を安定して向上させることができる。一方、この全てのNb・Ti系炭化物粒子の面積率の上限は、特に限定されないが、一般に15%、好ましくは10%、より好ましくは8%である。
なお、この全てのNb・Ti系炭化物粒子の面積率は、上記と同様にして共焦点レーザー顕微鏡による観察を行い、下記の算出式によって求めることができる。
全てのNb・Ti系炭化物粒子の面積率(%)=全てのNb・Ti系炭化物粒子の面積(mm2)/観察総面積(mm2)×100
【0027】
マトリックス中に分散したNb・Ti系炭化物粒子の最大粒径は、特に限定されないが、断面における円相当径で、好ましくは6.5μm以上、より好ましくは10μm以上、さらに好ましくは12μm以上、特に好ましくは15μm以上である。このような最大粒径に制御することにより、鋼材の耐摩耗性を安定して向上させることができる。一方、このNb・Ti系炭化物粒子の最大粒径の上限は、特に限定されないが、一般に50μm、好ましくは40μm、より好ましくは30μmである。
なお、Nb・Ti系炭化物粒子の最大粒径は、上記と同様にして共焦点レーザー顕微鏡による観察を行い、観察画像上でNb・Ti系炭化物粒子の円相当径の最大値を測定することによって得ることができる。また、Nb・Ti系炭化物粒子の最大粒径を測定する断面は、鋼材が鋼板である場合、圧延方向及び板厚方向に平行な断面(L断面)であることが好ましい。
【0028】
[製造方法]
本実施形態に係る鋼材は、上記組成の鋼を溶製し、鋳造、熱間加工及び調質熱処理を順次行うことによって製造することができる。熱間加工としては、熱間圧延や熱間鍛造が挙げられる。熱延鋼板を素材とする場合、例えば「鋳造→熱間圧延→仕上焼鈍→成形加工→調質熱処理」を行えばよい。また、冷延鋼板を素材とする場合、例えば「鋳造→熱間圧延→焼鈍→冷間圧延→仕上焼鈍→成形加工→調質熱処理」を行えばよい。なお、各工程の条件は、特に限定されず、当該技術分野において公知の条件を適用することができる。
【0029】
本実施形態に係る鋼材は、調質熱処理後の硬さが、好ましくは700HV以上、より好ましくは710HV以上、さらに好ましくは720HV以上である。この調質熱処理後の硬さは、従来の鋼材よりも高いため、鋼材の耐摩耗性が高くなる。調質熱処理後の硬さの上限は、特に限定されないが、一般に900HV、好ましくは850HV、より好ましくは800HVである。
ここで、本明細書において「調質熱処理後の硬さ」とは、断面、例えば、鋼材が鋼板である場合は圧延方向及び板厚方向に平行な断面(L断面)において、ビッカース硬さ試験機を用いて測定されるビッカース硬さのことを意味する。
【0030】
本実施形態に係る鋼材は、調質熱処理後に耐摩耗性を高いレベルで得ることができる。そのため、この鋼材は、耐摩耗性が要求される部品(耐摩耗性部品)の素材として用いることができる。
また、本実施形態に係る鋼材は、調質熱処理後に耐衝撃性(靭性)も良好である。特に、この鋼材は、JIS G4403:2015に規定される高速度工具鋼鋼材(SKH51など)よりも高い耐衝撃性を有し、JIS G4404:2015に規定される合金工具鋼鋼材(SKS3、SKD11など)と同等又はそれ以上の耐衝撃性を有する。そのため、この鋼材は、耐衝撃性が要求される部品(耐衝撃性部品)の素材としても用いることができる。
耐摩耗性や耐衝撃性が要求される部品としては、特に限定されないが、自動車部品、産業機械のチェーン部品、歯車などの動力伝達部品や、丸鋸、帯鋸などの刃物部品などが挙げられる。その中でも、本実施形態に係る鋼材は、穏やかな摩耗条件での耐摩耗性に特に優れているため、果物、穀物、綿花などの農産物を刈り取る丸鋸などの一部の刃物部品に用いるのに適している。
【0031】
(実施形態2)
本発明の実施形態2に係る鋼材は、実施形態1に係る鋼材に対して組成が異なり、それ以外の金属組成などの特徴は同じである。したがって、以下では、実施形態1に係る鋼材と同一の部分については説明を省略し、異なる部分について説明する。
本発明の実施形態2に係る鋼材は、C:0.60~1.65質量%と、Mn:0.1~2.0質量%と、Si:1.0質量%以下と、P:0.03質量%以下と、S:0.03質量%以下と、Cr:0.1~2.0質量%と、Nb:0.5~5.0質量%と、Ti:0.5~3.0質量%とを含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、且つ1/2Nb+Tiが0.75~3.0質量%を満たす組成を有する。また、本実施形態に係る鋼材は、Mo:0.5質量%以下、V:0.5質量%以下、及びNi:2.0質量%以下の1種以上をさらに含んでもよい。さらに、本実施形態に係る鋼材は、W:4.0質量%以下をさらに含んでもよい。
【0032】
本実施形態に係る鋼材は、Nb及びTiの両方を必須成分として含有する。
Nb及びTiは、Nb・Ti系炭化物粒子を析出することで耐摩耗性を向上させる元素であるが、含有量が多すぎると靭性が低下してしまう。そのため、本実施形態に係る鋼材では、Nb及びTiそれぞれの含有量と、Nb及びTiの合計含有量とを適切な範囲に制御している。
Nb含有量は、耐摩耗性を高める観点から、0.5~5.0質量%、好ましくは0.55~4.0質量%、より好ましくは0.6~3.0質量%に制御される。また、Ti含有量は、上記と同様の理由により、0.5~3.0質量%、好ましくは0.55~2.5質量%、より好ましくは0.6~2.0質量%に制御される。さらに、Nb及びTiの合計含有量(1/2Nb+Ti)は、上記と同様の理由により、0.75~3.0質量%、好ましくは0.8~2.5質量%、より好ましくは0.85~2.0質量%に制御される。
【0033】
本実施形態に係る鋼材は、実施形態1に係る鋼材と同じ方法によって製造することができる。
このようにして製造される本実施形態に係る鋼材は、調質熱処理後に耐摩耗性を高いレベルで得ることができるため、耐摩耗性部品の素材として用いることができる。また、本実施形態に係る鋼材は、調質熱処理後に耐衝撃性も良好であるため、耐衝撃性部品の素材としても用いることができる。
【実施例】
【0034】
以下に、実施例を挙げて本発明の内容を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定して解釈されるものではない。
【0035】
(鋼種A~Q)
表1に示す組成の鋼を溶製してスラブに鋳造した後、該スラブを板厚4.0mmまで熱間圧延した。次に、得られた熱延材を両面研削して板厚2.0mmに調整した。次に、得られた熱延材を840℃で20分間保持した後、60℃の油浴で焼入れし、次いで200℃で60分間焼戻すことによって鋼材(鋼板)を得た。
【0036】
(鋼種R:高速度工具鋼鋼材SKH51に相当)
表1に示す組成の鋼を溶製してスラブに鋳造した後、該スラブを板厚4.0mmまで熱間圧延した。次に、得られた熱延材を両面研削して板厚2.0mmに調整した。次に、得られた熱延材を1200℃で90秒保持した後、60℃の油浴で焼入れし、次いで550℃で60分間の焼戻しを2回行うことによって鋼材(鋼板)を得た。
【0037】
(鋼種S:合金工具鋼鋼材SKS3に相当)
表1に示す組成の鋼を溶製してスラブに鋳造した後、該スラブを板厚4.0mmまで熱間圧延した。次に、得られた熱延材を両面研削して板厚2.0mmに調整した。次に、得られた熱延材を830℃で20分保持した後、60℃の油浴で焼入れし、次いで150℃で120分間焼戻すことによって鋼材(鋼板)を得た。
【0038】
(鋼種T:合金工具鋼鋼材SKD11に相当)
表1に示す組成の鋼を溶製してスラブに鋳造した後、該スラブを板厚4.0mmまで熱間圧延した。次に、得られた熱延材を両面研削して板厚2.0mmに調整した。次に、得られた熱延材を1030℃で20分保持した後、60℃の油浴で焼入れし、次いで200℃で60分間の焼戻しを2回行うことによって鋼材(鋼板)を得た。
【0039】
【0040】
上記で得られた鋼材について、以下の評価を行った。
【0041】
[金属組織の評価]
上記で得られた鋼材の圧延方向及び板厚方向に平行な断面(L断面)について金属組織の確認を行った。その結果、いずれの鋼材も金属素地(マトリックス)がマルテンサイト組織であり、金属素地中にNb・Ti系炭化物粒子が分散していることを確認した。
また、鋼材の圧延方向及び板厚方向に平行な断面(L断面)を研磨した後、エッチングした観察面を共焦点レーザー顕微鏡(オリンパス株式会社製LEXT OLS3000)によって観察し、上記した方法に従って、円相当径0.5μm以上のNb・Ti系炭化物粒子の面積率(%)、全てのNb・Ti系炭化物粒子の面積率(%)、及びNb・Ti系炭化物粒子の最大粒径を求めた。
【0042】
[調質熱処理後の硬さ]
上記で得られた鋼材の圧延方向及び板厚方向に平行な断面(L断面)において、ビッカース硬さ試験機を用いてビッカース硬さを測定した。ビッカース硬さは、試験荷重を10kgfとし、3箇所の測定値の平均を結果とした。
また、L断面における硬質粒子の硬さについてナノインデンターを用いて測定した。この測定は、試験荷重を5gfとし、粒子径1μm以上の硬質粒子3個について測定を行い、その平均値を結果とした。
【0043】
[耐摩耗性]
穏やかな摩耗条件を模擬した耐摩耗性の評価を次のようにして行った。まず、上記で得られた鋼材を板厚1.0mmまで両面研削した後、板厚1.0mm×幅方向長さ25mm×圧延方向長さ50mmの試験片を切り出し、特開2018-48993号公報に記載の連続式摩擦・摩耗試験機を用いて摩耗試験を行った。具体的には、粒度が#600又は#2000、硬さが1850HVのWA(アルミナ)砥粒を表面に付着させた帯状の摩擦材を試験片の表面(圧延方向断面)に10Nの荷重Fで押し付けて接触させ、帯状の摩擦材を一方向(試験片の板厚方向)に移動させることで摩耗試験を行った。このとき、摩擦材の移動速度(摩擦速度)を5m/秒、移動距離(摩擦距離L)を45mに設定した。試験前後の試料片の厚みの差から摩耗によって消失した材料の体積を算出し、これを摩耗減量W(mm3)とした。そして、下記の式によって比摩耗量C(mm3/Nm)を求めた。
比摩耗量C=摩耗減量W/(荷重F×摩擦距離L)
粒度が#600のWA砥粒を表面に付着させた帯状の摩擦材を用いた場合の比摩耗量Cは、60×10-4mm3/Nm以下であれば、耐摩耗性に優れると評価することができる。
また、粒度が#2000のWA砥粒を表面に付着させた帯状の摩擦材を用いた場合の比摩耗量Cは、30×10-4mm3/Nm以下であれば、耐摩耗性に優れると評価することができる。
【0044】
[耐衝撃性]
JIS Z2242:2018に規定される方法に準拠し、上記で得られた鋼材からVノッチ試験片及びUノッチ試験片を作製して、室温(23℃)にてシャルピー衝撃値を測定した。各試験片は、長さLを55mm、幅Wを10mm、厚さBを2mmとした。Vノッチは、ノッチ角度を45°、ノッチ深さを2mm、ノッチ底半径を0.25mmとした。Uノッチは、ノッチ深さを2mm、ノッチ底半径を1mmとした。
シャルピー衝撃値は、耐衝撃性(靭性)が良好であるとして知られている高速度工具鋼鋼材SKH51(鋼種R)を基準とし、この鋼材のシャルピー衝撃値よりも大きければ耐衝撃性が良好であると評価することができる。特に、Vノッチ試験片を用いた場合のシャルピー衝撃値が3.5J/cm2以上、Uノッチ試験片を用いた場合のシャルピー衝撃値が5.0J/cm2以上であると、耐衝撃性に優れると評価することができる。
上記の各評価結果を表2に示す。
【0045】
【0046】
表2に示されるように、実施例1~12の鋼材は、円相当径0.5μm以上の硬質粒子(Nb・Ti系炭化物粒子)の面積率が1.0%以上であり、比摩耗量が少なかった。また、実施例1~12の鋼材は、高速度工具鋼鋼材SKH51(比較例6)よりも高いシャルピー衝撃値を示し、合金工具鋼鋼材SKS3(比較例7)やSKD11(比較例8)と同等又はそれ以上のレベルの耐衝撃性(靭性)を有していた。特に、実施例1~8の鋼材は、高価な元素(Mo、V、Ni、W、Co)を含んでいないにもかかわらず、耐衝撃性に優れており、耐摩耗性だけでなく耐衝撃性にも優れる鋼材を低コストで得ることができた。
これに対して比較例1~5の鋼材は、円相当径0.5μm以上の硬質粒子(Nb・Ti系炭化物粒子)の面積率が1.0%未満であり、比摩耗量が多くなった。
【0047】
以上の結果からわかるように、本発明によれば、調質熱処理後に耐摩耗性を高いレベルで得ることが可能な鋼材及び部品を提供することができる。