(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-24
(45)【発行日】2023-09-01
(54)【発明の名称】光線治療装置および光線治療装置の光出射方法
(51)【国際特許分類】
A61N 5/06 20060101AFI20230825BHJP
【FI】
A61N5/06 B
(21)【出願番号】P 2018184050
(22)【出願日】2018-09-28
【審査請求日】2021-04-13
【審判番号】
【審判請求日】2022-08-24
(73)【特許権者】
【識別番号】506218664
【氏名又は名称】公立大学法人名古屋市立大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100109380
【氏名又は名称】小西 恵
(74)【代理人】
【識別番号】100109036
【氏名又は名称】永岡 重幸
(72)【発明者】
【氏名】森田 明理
(72)【発明者】
【氏名】益田 秀之
(72)【発明者】
【氏名】木村 誠
【合議体】
【審判長】佐々木 正章
【審判官】井上 哲男
【審判官】安井 寿儀
(56)【参考文献】
【文献】独国特許出願公開第4026022(DE,A1)
【文献】特開2017-158626(JP,A)
【文献】特開2013-165856(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61N 5/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
患部に治療光を照射する光源部を備える光線治療装置であって、
前記光源部は、
波長365±5nmの範囲にピーク波長を有し、波長350nm以下の光を含む光を放射する複数のLED素子と、
前記複数のLED素子の放射光が入射されて前記治療光を放出する光照射窓と
、
透過率が5%となる第一の波長と透過率が72%となる第二の波長との中点の波長が350nm以上365nm以下であり、前記第一の波長と前記第二の波長との間隔が30nm以下となるフィルタ特性を有する
色ガラスフィルタと、を備える
ことを特徴とする光線治療装置。
【請求項2】
前記複数のLED素子は、波長365±5nmの範囲でピーク波長がそれぞれ異なることを特徴とする請求項1に記載の光線治療装置。
【請求項3】
前記色ガラスフィルタは、
前記第一の波長が340nm以下となるフィルタ特性を有することを特徴とする請求項1または2に記載の光線治療装置。
【請求項4】
前記色ガラスフィルタは、
前記第二の波長から波長800nmまでの波長域における透過率の平均値が80%以上となるフィルタ特性を有することを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の光線治療装置。
【請求項5】
前記光照射窓の直下での前記治療光の照度が、33mW/cm
2以上150mW/cm
2以下であることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の光線治療装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紫外線照射によって皮膚疾患を治療する光線治療装置および光線治療装置の光出射方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、皮膚疾患の治療方法としては、患部に対して紫外線を照射する手法が広く利用されている。そして、紫外線によって皮膚疾患治療を行う皮膚疾患用光治療器としては、紫外線光源として放電ランプを備え、波長340~400nmの範囲の紫外線(UVA1)を放射するものが実用化されている(具体的には、例えば「SELLAMED 2000 System Dr.Sellmeier」)。この実用化されている皮膚疾患用光治療器の或る種のものは、メタルハライドランプからの光を、複数(具体的には、例えば3枚)の波長選択フィルタを介して患部に照射する構成を有しており、よって紫外線光源からの光(紫外線)の利用効率が低い、という問題がある。
【0003】
そこで、紫外線によって皮膚疾患治療を行う皮膚疾患用光治療器においては、紫外線光源として、LED素子を用いることが提案されている(例えば、特許文献1および特許文献2参照。)。
特許文献1に係る皮膚疾患用光治療器は、複数のLED素子が、円形状基板上、または凹面を有する筐体の当該凹面上に配列されたものである。また、特許文献2には、波長350~390nmの範囲にピーク波長を有するLED素子が、難治性湿疹、異汗性湿疹、皮膚T細胞リンパ腫、アトピー性皮膚炎、円形脱毛症、ケロイド、瘢痕、皮膚萎縮線状および強皮症の治療に有効である旨の記載がある。
【0004】
一方で、波長320~400nmの長波長紫外線は、照射直後に皮膚を黒化させる即時黒化作用を有することが知られている。非特許文献1には、皮膚に対する作用スペクトルが示されており、波長340nmが即時黒化作用のピークとなる点が開示されている。即時黒化作用は、長波長紫外線の照射直後に皮膚が黒化し、その後、数時間あるいは数日程度で元の状態に戻るものである。しかしながら、継続的に即時黒化を繰り返すと、持続的に長期間の色素沈着が起こる場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平10-190058号公報
【文献】特開2007-151807号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】C.IRWIN, A. BARNES, D.VERES, K.KAIDBEY, “An ultraviolet radiation action spectrum for immediate pigment darkening”, Photochemistry and Photobiology, Vol.57, No.3, pp.504-507, 1993
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、鋭意研究を重ね、強皮症用の光治療器に用いる光源としては、放射光のピーク波長が365nmであるLED素子が最も高い効果が得られることを見出した。したがって、ピーク波長365nmの光を放射するLED素子を光源として用いることで、強皮症に対して効率的に優れた治療効果が得られることになる。
紫外線療法が適用される皮膚疾患は、数十cm2から数百cm2の範囲に及ぶ。そのため、LED光源を用いた光治療器の場合、複数のLED素子を搭載する必要がある。
【0008】
しかしながら、LED光源としてピーク波長365nmを狙って製造された複数のLED素子を用いたとしても、LED素子の製造上のばらつきにより、LED光源から放射される光のピーク波長には±5nm程度のばらつきが生じ得る。その際、ピーク波長が365nmに対して短波長側にシフトすると、340nm付近の光の放射量が増加することから、即時黒化反応を引き起こしやすくなる。例えば強皮症については、対症療法として繰り返し長波長紫外線が照射されることが想定されるため、即時黒化が繰り返され、長期間の色素沈着が起こる可能性が高い。この色素沈着により、表皮での光の吸収が増して標的とする真皮への光の深達性が低下するため、治療効率が低下する。
そこで、本発明は、即時黒化を抑制しつつ、優れた皮膚治療効果を得ることができる光線治療装置およびその光出射方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明に係る光線治療装置の一態様は、患部に治療光を照射する光源部を備える光線治療装置であって、前記光源部は、波長365±5nmの範囲にピーク波長を有し、波長350nm以下の光を含む光を放射する複数のLED素子と、前記複数のLED素子の放射光が入射されて前記治療光を放出する光照射窓と、透過率が5%となる第一の波長と透過率が72%となる第二の波長との中点の波長が350nm以上365nm以下であり、前記第一の波長と前記第二の波長との間隔が30nm以下となるフィルタ特性を有する色ガラスフィルタと、を備える。
【0010】
このように、光源部は、光源として複数のLED素子を具備する。これら複数のLED素子は、強皮症に対して最も高い治療効果が得られる波長365nmを基準として±5nmの範囲にピーク波長を有する光を放射するため、強皮症に対して優れた治療効果が得られる。また、LED素子のピーク波長は、例えば放電ランプにおける輝線スペクトルとは異なり、製造上のばらつき(バンドギャップなどのばらつき)により、±5nm程度のばらつきが起こり得る。しかしながら、複数のLED素子の放射光のうち、波長355nm以下の光を実質的に遮断するフィルタを備えるため、LED素子のピーク波長がばらつきの下限となった場合であっても、即時黒化作用を引き起こす波長340nm付近の光を治療光から実質的に取り除くことができ、即時黒化作用を低減することができる。その結果、即時黒化が繰り返されることによる色素沈着を抑制し、標的とする真皮への光の深達性を維持させることができ、治療効率を維持させることができる。
つまり、即時黒化を抑制しつつ、強皮症に対する優れた皮膚治療効果を得ることができる。
【0011】
とりわけ、複数のLED素子の放射光のうち、波長355nm以下の光を、治療光から実質的に取り除くので、副作用(即時黒化)よりも治療効果が高くなるようにすることができる。
【0012】
さらに、上記の光線治療装置において、前記複数のLED素子は、波長365±5nmの範囲でピーク波長がそれぞれ異なっていてもよい。
このように、ピーク波長にばらつきを有する複数のLED素子をそのまま光源として使用することができる。つまり、複数のLED素子のピーク波長を揃えるために、LED素子の選別等をする必要がない。
【0013】
また、上記の光線治療装置において、前記フィルタは、色ガラスフィルタであってもよい。
この場合、例えばフィルタとして誘電体多層膜フィルタを用いた場合と比較して、光の利用効率を向上させることができる。また、誘電体多層膜フィルタは入射角度依存性を有することから、光の利用効率を向上させるためには、コリメートレンズを用いてLEDからの光の角度特性を改善したうえで誘電体多層膜フィルタを用いる必要があり、装置が複雑化し、大型化する。フィルタとして色ガラスフィルタを用いることで、装置構成が単純化し、小型化を図ることができる。
【0014】
さらに、上記の光線治療装置において、前記色ガラスフィルタは、透過率が5%となる第一の波長と透過率が72%となる第二の波長との中点の波長が350nm以上365nm以下であり、前記第一の波長と前記第二の波長との間隔が30nm以下となるフィルタ特性を有していてもよい。この場合、即時黒化のリスクが高くなる波長(不要波長)をカットしつつ、治療効果が高くなる波長(有効波長)を透過するようにすることができる。
また、上記の光線治療装置において、前記色ガラスフィルタは、前記第一の波長が340nm以下となるフィルタ特性を有していてもよい。この場合、上記有効波長を適切に透過させることができる。
さらにまた、上記の光線治療装置において、前記色ガラスフィルタは、前記第二の波長から波長800nmまでの波長域における透過率の平均値が80%以上となるフィルタ特性を有していてもよい。この場合、上記有効波長を効率良く取り出すことができる。
【0015】
また、上記の光線治療装置において、前記光照射窓の直下での前記治療光の照度が、33mW/cm2以上150mW/cm2以下であってもよい。
このように、光照射窓の直下での治療光の照度を33mW/cm2以上とすることで、治療時間を短縮することができる。また、光照射窓の直下での治療光の照度を150mW/cm2以下とすることで、治療中に患者が感じる熱感や熱感による痛みなどを抑制することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、即時黒化を抑制しつつも、優れた皮膚治療効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本実施形態の光線治療装置の一例を示す全体構成図である。
【
図4】繰り返し照射による色素沈着を示す図である。
【
図5】光源、フィルタ特性および即時黒化の作用スペクトルを示す図である。
【
図6】フィルタの透過特性について説明する図である。
【
図7】フィルタ透過後のスペクトルを示す図である。
【
図10】色素沈着が起こった場合の作用を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、本実施形態における光線治療装置10の一例を示す全体構成図である。
この光線治療装置10は、患部に、UVA1領域にスペクトルを有する治療光を照射するUVA1療法を行う、皮膚疾患用の治療装置である。
UVA1療法は、340nm~400nmの紫外線を利用する治療法で、UV-B領域の紫外線を利用する治療法に比べ、皮膚の深部まで届くことが特徴である。そのため、真皮に病因を有する疾患に有効であり、アトピーや痒疹、強皮症に対して効果が高いことが知られている。
【0020】
本実施形態では、光線治療装置10が、強皮症を治療するための治療装置である場合について説明する。
光線治療装置10は、光源部20と、光源部20を制御する制御部30と、を備える。光源部20および制御部30は、支持体11によって支持されている。
支持体11は、床面上において車輪18を介して支持される架台12と、架台12の中央部において上方に伸びる支柱13と、支柱13の上端部において当該支柱13に対して光源部20を揺動自在に支持する作動アーム14と、を備える。支持体11において、光源部20は、作動アーム14の先端部に取り付けられている。また、制御部30は、固定部材(図示省略)によって支柱13の中央部に取り付けられている。
【0021】
光源部20は、例えば直方体状の筐体27と、筐体27の端面に設けられた窓部材28と、を備え、窓部材28から治療光を放射する。この窓部材28は、患者の疾患部位に治療光を照射するための光照射窓である。光源部20には、当該光源部20を手動によって揺動させるための手動レバー19が設けられていてもよい。
制御部30は、例えば直方体状の筐体37と、筐体37の側面に設けられたグラフィック操作パネル39と、を備える。グラフィック操作パネル39は、光線治療装置10の操作者(例えば、医者)が操作することができる。
【0022】
図2は、光源部20の具体的構成を示す図である。
この
図2に示すように、光源部20は、筐体27の内部に形成された収容部27aに配置された光源ユニット21を備える。光源ユニット21は、収容部27aにおいて支持部材(図示省略)によって支持されて、光照射窓28に対向するように配置されている。ここで、光照射窓28は、収容部27aの開口29を閉塞するように配置されている。
【0023】
光源ユニット21は、光源として複数のLED素子24を備える。複数のLED素子24は、例えば矩形平板状の基板23上に配置されている。例えば、複数のLED素子24は、基板23上に、所定の間隔で縦横に並んだ格子状に配置することができる。例えば、LED素子24を64個用いる場合、LED素子24は縦横8×8で格子状に配置することができる。なお、LED素子24の個数や配置は上記に限定されない。
基板23と光照射窓28との間隔は、例えば40mmとすることができる。
また、光源部20は、収容部27aにおいて、光源ユニット21の光照射窓28とは反対側に、光源ユニット21を冷却するためのヒートシンク22aおよび軸流ファン22bを備えていてもよい。
【0024】
さらに、光源部20は、光照射窓28の外側には、収容部27aの開口29を閉塞するように照射アタッチメント25を備えていてもよい。照射アタッチメント25を設けることで、光照射窓28に直接患部が触れることを防ぐことができる。例えば、照射アタッチメント25の厚みを10mmとし、照射アタッチメント25から収容部27a内部に5mmの位置に光照射部28を配置することができる。
さらに、光源部20は、収容部27aの内面に、LED素子24から放射される光を反射する反射部材27bを備えていてもよい。なお、収容部27aの内面に鏡面加工等を施すことで、収容部27aの内面に反射特性を付与するようにしてもよい。
【0025】
複数のLED素子24は、それぞれ波長365±5nmの範囲(以下、「特定波長範囲」ともいう。)にピーク波長を有し、波長350nm以下の光を含む紫外線を放射する。具体的には、複数のLED素子24は、特定波長範囲にピーク波長を有し、波長340nm~400nmの範囲の紫外線(UVA1)を放射する。また、複数のLED素子24の光スペクトルの半値幅(半値全幅)は、5nm~20nmとすることができる。
【0026】
ピーク波長365nmの紫外線は、強皮症の治療光として最も有効な光である。上記の特定波長範囲は、ピーク波長365nmを狙って製造されたLED素子のピーク波長のばらつきを考慮した波長範囲である。
LED素子のピーク波長は、例えば放電ランプにおける輝線スペクトルとは異なり、製造上のばらつき(バンドギャップなどのばらつき)により、±5nm程度のばらつきが起こり得る。特定波長範囲を波長365±5nmとしているのは、光源としてピーク波長365nmを狙って製造された複数のLED素子を用いた場合の各LED素子のピーク波長が、波長365±5nmの範囲でばらつき得ることを見越したものである。
LED素子24としては、例えばAlInGaN系半導体よりなる表面実装型LED素子を用いることができる。
【0027】
光源ユニット21には、当該光源ユニット21が備える複数のLED素子24に電力を供給するためのケーブル(図示省略)が電気的に接続されている。このケーブルにより、光源部20(光源ユニット21)と制御部30とが電気的に接続される。
また、光源部20は、収容部27aにおいて、複数のLED素子24と光照射窓28との間に配置されたフィルタ26を備える。フィルタ26は、複数のLED素子24の放射光のうち、波長350nm以下、好ましくは波長355nm以下の光を実質的にカットする(遮断する)。なお、複数のLED素子24は、UVA1の波長範囲(340nm~400nm)の光を放射するため、フィルタ26は、波長340nm以上350nm以下、好ましくは波長340nm以上355nm以下の光を実質的にカットするものであってもよい。
【0028】
上述したように、強皮症の治療には、波長365nmにピーク波長を有する紫外線照射が最も有効である。つまり、強皮症治療の作用スペクトルは、波長365nmがピークであり、波長365nmから離れるにつれて治療効果は低くなる。一方で、波長320nm~400nmの長波長紫外線は、照射直後に皮膚を黒化させる即時黒化作用を有することが知られている。
ここで、即時黒化の仕組みについて説明する。
図3(a)に示すように、人の皮膚100の構造は、表面に一番近い層が表皮110、その下が真皮120となっており、表皮110に含まれる基底層111中のメラノサイト(色素細胞)がメラニン112を生成する働きをする。紫外線が照射されると、
図3(b)に示すように、すでに産生されているメラニン112が光酸化され黒化する。その後、一定時間(数時間あるいは数日)が経過すると、
図3(c)に示すように、光酸化により黒化したメラニンは還元され、元に戻る。これが即時黒化の仕組みである。
また、紫外線照射が繰り返し行われ、即時黒化が繰り返されると、
図4に示すようにメラニン112の黒化が蓄積し、色素沈着が起こる。
即時黒化作用の作用スペクトルは、
図5の曲線Sに示すように波長340nmがピークであり、波長340nm付近の紫外線照射が最も即時黒化を引き起こしやすい。
【0029】
本実施形態では、光線治療装置10の光源としてLED素子24を使用している。LED素子24の放射光の光スペクトルは、
図5の曲線a~cに示すようにブロード状であり、波長340nm付近の紫外光を含む。つまり、即時黒化のリスクを伴う。なお、
図5において、曲線aは、ピーク波長365nmのLED素子の光スペクトル、曲線bは、ピーク波長370nm(波長365+5nm)のLED素子の光スペクトル、曲線cは、ピーク波長360nm(波長365-5nm)のLED素子の光スペクトルである。
また、上述したように、LED素子24のピーク波長には±5nm程度のばらつきがあり、LED素子24のピーク波長が上記ばらつきの下限(曲線c)である場合には、即時黒化作用の作用スペクトルのピークである波長340nmに近づくため、即時黒化のリスクが高くなる。
【0030】
即時黒化のリスクを軽減しつつ、強皮症に対する治療効果を得るためには、複数のLED素子24の放射光のうち、治療効果のピークである波長365nm付近の光の遮断を抑制しつつ、即時黒化のリスクのピークである波長340nm付近の光を遮断する必要がある。
本実施形態では、治療効果と即時黒化のリスクとのバランスを考慮し、フィルタ26を用いて、複数のLED素子24の放射光のうち、波長350nm以下の光を実質的にカットするようにする。つまり、治療効果よりも即時黒化のリスクの方が大きくなる波長領域の光をカットするようにする。また、複数のLED素子24の放射光のうち、波長355nm以下の光を実質的にカットすることで、即時黒化のリスクよりも確実に治療効果が高くなるようにすることができる。
【0031】
フィルタ26は、色ガラスフィルタとすることができる。この場合、フィルタ26の材料としては、珪酸塩ガラス、リン酸塩ガラスなどを用いることができる。
図6は、色ガラスフィルタの透過特性を示す各パラメータを説明する図である。
本実施形態におけるフィルタ26は、透過限界波長(λT)が350nm以上365nm以下で、波長傾斜幅(Δλ)が30nm以下となるフィルタ特性を有することができる。また、フィルタ26は、高透過域の透過率(TH)が80%以上となるフィルタ特性を有することができる。さらに、フィルタ26は、吸収限界波長(λ5)が340nm以下となるフィルタ特性を有することができる。
【0032】
ここで、透過限界波長(λT)は、
図6に示すように、透過率が5%となる第一の波長(吸収限界波長(λ5))と、透過率が72%となる第二の波長(高透過限界波長(λ72))との中点の波長である。また、波長傾斜幅(Δλ)は、第一の波長(吸収限界波長(λ5))と第二の波長(高透過限界波長(λ72))との間隔である。さらに、高透過域の透過率(TH)は、高透過域(高透過限界波長(λ72)から800nmまでの波長域)における透過率の平均値である。
【0033】
透過限界波長(λT)が短いと、即時黒化のリスクが高くなる波長(不要波長)をカットできず、透過限界波長(λT)が長いと、治療効果が高くなる波長(有効波長)をカットしてしまう。このため、λTは、350nm以上365nm以下とすることが好ましい。また、波長傾斜幅(Δλ)が長すぎると、有効波長と不要波長との分離ができないため、Δλは、30nm以下であることが好ましい。さらに、高透過域の透過率(TH)が低すぎると有効波長を効率良く取り出せないため、THは、80%以上であることが好ましい。また、吸収限界波長(λ5)が長いと、有効波長をカットしてしまうため、λ5は、340nm以下とすることが好ましい。
【0034】
このように、光源部20は、波長365±5nmの範囲にピーク波長を有する光を放射する複数のLED素子24を有し、フィルタ26は、複数のLED素子24からの放射光を入射し、当該放射光のうち、波長350nm以下、好ましくは波長355nm以下の光を実質的にカットし、透過光を治療光として出射する。そして、フィルタ26の透過光である治療光は、光照射窓28から放出される。
ここで、光照射窓28としては、上記治療光に対する光透過性を有すると共に、高い機械的強度を有するものを用いることが好ましい。光照射窓28の材質の具体例としては、例えば石英ガラスなどが挙げられる。光照射窓28の材質を石英ガラスとすることで、高い機械的強度を備えることができ、衝撃による破損等を防ぐことができる。また、光照射窓28に汚れが付着した際に、アルコール等で容易に清掃することが可能である。
【0035】
制御部30は、筐体37の内部に、LED駆動用電源ユニットやPLC(programmable logic controller)などの制御ユニットが配設され、光源部20が備える複数のLED素子24を駆動制御し、光源部20が放射する光の放射照度や放射時間などを制御することができる。
【0036】
光照射窓28の直下での放射照度は、33mW/cm2以上150mW/cm2以下とすることが好ましい。光照射窓28の直下は、光照射窓28から例えば3cm未満の範囲をいう。
ここで、放射照度33mW/cm2は、30分間の治療時間(照射時間)で強皮症の治療に必要とされる60J/cm2の紫外線照射量(積算照射量)を得るために必要な放射照度である。一般に、皮膚疾患の治療器では、30分以内で治療を終えられることが要求されている。一方で、放射照度を上げすぎると、治療中に患者が熱や痛みを感じるおそれがある。放射照度150mW/cm2は、治療中に患者が感じる熱感や熱感による痛みを抑制可能な放射照度である。
【0037】
なお、制御部30は、複数のLED素子24を個別に駆動制御可能であってもよい。この場合、制御部30は、患部の大きさおよび患部の形状に応じて、複数のLED素子24の一部を選択的に点灯することができる。
【0038】
光線治療装置10を使用する際には、操作者が手動レバー19を握り、光源部20を、光照射窓28が患者の疾患部位と対向する位置に配置する。光線治療装置10は、放射照度の安定的な確保の観点から、疾患部位と光源部20(光照射窓28)とが接触した状態、もしくは近接した状態(例えば3cm程度離間した状態)で使用されることが好ましい。そして、操作者が、制御部30のグラフィック操作パネル39を操作することで、光源部20においては、制御部30から電力が供給されたLED素子24が点灯され、患者の疾患部位に対して、治療光が照射(面照射)される。
【0039】
本実施形態における光線治療装置10においては、光源部20から放射される治療光が、上記特定波長範囲にピーク波長を有する光となる。そのため、当該治療光を患部に照射することにより、強皮症の皮膚硬化の原因となっているコラーゲンを分解、断片化する酵素であるコラーゲナーゼ(MMP1)を、有意差をもって発現させることができる。したがって、強皮症に対する優れた治療効果が得られる。
また、本実施形態における光線治療装置10においては、光源部20から放射される治療光が、波長350nm以下の光が実質的にカットされた光となる。そのため、当該治療光を患部に照射した場合であっても、即時黒化を抑制することができる。以下、この点について、実験例をもとに説明する。
【0040】
(実験例1)
先ず、35mmディッシュ等の容器に、Normal Human Epidermal Melanocytes-Neonatal(HEMn、ヒトメラニン形成細胞/新生児)1×105cellsを播種し、恒湿培養器を用いて、温度37℃、培養器内雰囲気における二酸化炭素(CO2)濃度5%の条件で24時間かけて培養した。その後、培養液を除去し、生理食塩水(Phosphate buffered saline:PBS)を1ml加えた。
そして、波長365±5nmの範囲にピーク波長を有する光を照射するLED照射器を用い、照射量(積算照射量)が15J/cm2となるように、下記の表1に示す照射条件をもとに光照射を行った。
光照射は、次の4群を用いて実施した。(1)非照射(control)、(2)フィルタ無し、(3)Aフィルタ搭載、(4)Bフィルタ搭載である。
【0041】
【0042】
ここで、Aフィルタは、実施例としてのフィルタであり、Bフィルタは、比較例としてのフィルタである。
AフィルタおよびBフィルタのフィルタ特性を、
図5の曲線AおよびBで示す。また、AフィルタおよびBフィルタの各特性値を表2に示す。Aフィルタは、入射光のうち波長340nm付近の光を実質的にカットするが、Bフィルタは、入射光のうち波長340nm付近の光をある程度(35%前後)透過させる特性を有する。
【0043】
【0044】
LED照射器から放射される波長365±5nmの範囲にピーク波長を有する光は、Aフィルタを透過した後、波長350nm以下の光が実質的にカットされた光となる。以下、この点について説明する。
中心波長のばらつきの下限(中心波長:360nm)のLED素子について、AフィルタおよびBフィルタをそれぞれ透過した後のスペクトルを
図7に示す。
図7において、実線cは、中心波長360nmのLED素子のスペクトル、一点鎖線Aは、Aフィルタの分光透過率、二点鎖線Bは、Bフィルタの分光透過率、破線caは、Aフィルタ透過後のLED素子のスペクトル、点線cbは、Bフィルタ透過後のLED素子のスペクトルである。なお、各スペクトルは、ピーク値を1として規格化している。
LED素子のピークの強度を1とした場合の波長350nmの光の強度比、Aフィルタ透過後のLED素子のピークの強度を1とした場合の波長350nmの光の強度比、Bフィルタ透過後のLED素子のピークの強度を1とした場合の波長350nmの光の強度比を表3に示す。
【0045】
【0046】
LED素子のピーク波長に対する波長350nmの光の強度比が10%であるのに対し、Aフィルタ透過後の光のピーク波長に対する波長350nmの光の強度比は3%であり、Aフィルタによって波長350nmの光が実質的にカットされている。一方で、Bフィルタ透過後の光のピーク波長に対する波長350nmの光の強度比は8%であり、Bフィルタ透過後の光には波長350nmの光が含まれている。
このように、LED照射器にAフィルタを搭載し、波長350nm以下の光を実質的にカットした光照射と、LED照射器にBフィルタを搭載し、波長350nm以下の光をカットしない光照射とを行った。
【0047】
次いで、各々、PBSを吸引除去して培養液を加え、恒湿培養器を用いて、温度37℃、培養器内雰囲気におけるCO
2濃度5%の条件で8日間かけて培養した。
その後、細胞を回収し、プレートリーダー(SpectraMax 340/Molecular Devices)にて405nmの吸光度を測定した。つまり、即時黒化反応について観察した。その結果を
図8に示す。
【0048】
図8においては、各測定結果を、非照射(control)のときの測定結果を1としたときの相対値で示している。この
図8に示すように、光照射を行うことで、吸光度が高くなる、すなわち、メラニンの黒化が促進されることがわかる。また、当該黒化は、フィルタ無しの場合に最も促進され、フィルタを搭載することで黒化が抑制されることが確認できた。そして、Aフィルタを搭載した場合には、Bフィルタを搭載した場合と比較して、黒化が抑制されることも確認できた。
【0049】
(実験2)
先ず、35mmディッシュ等の容器に、Normal Human Epidermal Melanocytes-Neonatal(HEMn、ヒトメラニン形成細胞/新生児)1×105cellsを播種し、恒湿培養器を用いて、温度37℃、培養器内雰囲気における二酸化炭素(CO2)濃度5%の条件で24時間かけて培養した。その後、培養液を除去し、生理食塩水(Phosphate buffered saline:PBS)を1ml加えた。
そして、波長365±5nmの範囲にピーク波長を有する光を照射するLED照射器を用い、照射量(積算照射量)が15J/cm2となるように、上記の表1に示す照射条件をもとに光照射を行った。
光照射は、次の4群を用いて実施した。(1)非照射(control)、(2)フィルタなし、(3)Aフィルタ搭載、(4)Bフィルタ搭載である。ここで、AフィルタおよびBフィルタのフィルタ特性は、実験例1と同様である。
【0050】
次いで、各々、PBSを吸引除去して培養液を加え、恒湿培養器を用いて、温度37℃、培養器内雰囲気におけるCO
2濃度5%の条件で24時間かけて培養した。
その後、細胞を回収し、リアルタイムPCRにてチロシナーゼのmRNAの発現を測定した。つまり、遅延黒化反応について観察した。その結果を
図9に示す。
【0051】
図9においては、各測定結果を、非照射(control)のときの測定結果を1としたときの相対値で示している。この
図9に示すように、光照射を行うことで、チロシナーゼのmRNAの発現が促進されていることがわかる。そして、Aフィルタを搭載した場合には、フィルタ無しの場合と比較して、チロシナーゼのmRNAの発現が抑制されることも確認できた。
【0052】
以上の実験により、表2に示すフィルタ特性を有するAフィルタを搭載することで、波長365±5nmの範囲にピーク波長を有する光を照射した場合の光照射による即時黒化反応を効果的に抑制できることが確認できた。つまり、当該Aフィルタを用いて、LED照射器からの放射光のうち波長340nm付近の光を実質的に遮断することで、光照射による副作用(即時黒化)を抑制しつつ、良好な治療効果が得られることが確認できた。
【0053】
以上説明したように、本実施形態における光線治療装置10の光源部20は、波長365±5nmの範囲にピーク波長を有する光を放射する複数のLED素子24と、複数のLED素子4の放射光が入射されて治療光を放出する光照射窓28と、複数のLED素子24と光照射窓28との間に配置され、複数のLED素子24の放射光のうち、波長350nm以下、の光を実質的に遮断するフィルタ26と、を備える。
このように、複数のLED素子24を光源として使用した光線治療装置10において、ピーク波長が±5nm程度ばらつくことを見越し、副作用(即時黒化)を軽減するために、短波長カットフィルタであるフィルタ26を搭載する。
【0054】
これにより、光源部20から照射される治療光は、波長365±5nmの特定波長範囲にピーク波長を有し、波長350nm以下の光が実質的に遮断された光となる。つまり、強皮症に対して優れた治療効果が得られる365nm付近の光を含み、即時黒化作用を引き起こす波長340nm付近の光を実質的に含まない光を治療光として照射することができる。したがって、即時黒化を抑制しつつ、強皮症に対する優れた皮膚治療効果を得ることができる。
強皮症については、繰り返し治療が行われることが想定される。治療のたびに即時黒化が繰り返されて長期間の色素沈着が起こると、表皮での光の吸収が増して標的とする真皮への光の深達性が低下するため、治療効率が低下してしまう。
【0055】
色素沈着が無い場合、
図10(a)に示すように、表皮110での光の吸収は少ない。そのため、皮膚100に照射された光(治療光)UVは、標的細胞のある真皮120まで到達可能である。一方、
図10(b)に示すように色素沈着が起きていると、黒化したメラニン112により光が吸収され、治療光UVが真皮120まで十分に届かない。そのため、色素沈着が無い場合と比較して治療効果が低下してしまう。
本実施形態では、上述したように即時黒化を抑制することができるため、色素沈着を抑制し、真皮への光の深達性を維持させて治療効率を維持させることができる。
また、複数のLED素子24のピーク波長にばらつきが生じている場合であっても、これらのLED素子をそのまま光源として使用することができる。つまり、複数のLED素子24のピーク波長を揃えるために、LED素子の選別等をする必要がない。
【0056】
さらに、フィルタ26として色ガラスフィルタを用いることで、例えばフィルタ26として誘電体多層膜フィルタを用いた場合と比較して、光の利用効率を向上させることができる。また、誘電体多層膜フィルタは入射角度依存性を有することから、光の利用効率を向上させるためには、コリメートレンズを用いてLEDからの光の角度特性を改善したうえで誘電体多層膜フィルタを用いる必要があり、装置が複雑化し、大型化する。これに対して、フィルタ26として色ガラスフィルタを用いることで、装置構成を単純化することができ、装置の小型化を図ることができる。
なお、本実施形態において、フィルタ26は、複数のLED素子24の放射光のうち、波長350nm以下、好ましくは波長355nmの光を実質的に遮断することができるフィルタであればよく、例えば誘電体多層膜フィルタであってもよい。ただし、上記の光の利用効率等の観点より、色ガラスフィルタを用いることが好ましい。
【0057】
また、光線治療装置10において、光照射窓28の直下での治療光の照度は、33mW/cm2以上150mW/cm2以下とすることができる。このように、光照射窓の直下での治療光の照度を33mW/cm2以上とすることで、治療時間を短縮することができる。また、光照射窓の直下での治療光の照度を150mW/cm2以下とすることで、治療中に患者が感じる熱感や熱感による痛みなどを抑制することができる。
【0058】
(変形例)
本実施形態においては、フィルタ26は、複数のLED素子24と光照射窓28との間に配置されている場合について説明した。しかしながら、フィルタ26が光照射窓28の役割を兼ねていてもよい。つまり、
図11に示すように、
図2に示す光照射窓28の位置に、光照射窓としてのフィルタ26が配置されていてもよい。この場合、光照射窓(石英窓)を配置する必要がないため、その分のコストを削減することができる。
また、本実施形態においては、光線治療装置10は、光源部20と制御部30とを備えたものであればよい。つまり、光源部20の構成および制御部30の構成は、
図1および
図2に示す構成に限定されるものではなく、また、光源部20および制御部30以外の構成部としては種々のものを用いることができる。例えば、光線治療装置10は、治療に際して、片手で取っ手などを握り、光源部20を移動して所期の位置に配置するハンディタイプの治療器であってもよい。
【符号の説明】
【0059】
10…光線治療装置、20…光源部、21…光源ユニット、24…LED素子、26…フィルタ、28…窓部材(光照射窓)、30…制御部