(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-24
(45)【発行日】2023-09-01
(54)【発明の名称】パラメトリックスピーカ、及び、音響信号の出力方法
(51)【国際特許分類】
H04R 3/00 20060101AFI20230825BHJP
【FI】
H04R3/00 310
(21)【出願番号】P 2019092912
(22)【出願日】2019-05-16
【審査請求日】2022-05-13
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 公開の事実1:2019年2月19日の「日本音響学会2019年春季研究発表会論文集」日本音響学会電気音響研究委員会に掲載 公開の事実2:2019年3月5日の「日本音響学会2019年春季研究発表会」(一般社団法人 日本音響学会電気音響研究委員会主催)にて発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 センター・オブ・イノベーションプログラム「運動の生活カルチャー化により活力ある未来をつくるアクティブ・フォー・オール拠点」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】593006630
【氏名又は名称】学校法人立命館
(74)【代理人】
【識別番号】100111567
【氏名又は名称】坂本 寛
(72)【発明者】
【氏名】西浦 敬信
(72)【発明者】
【氏名】中山 雅人
(72)【発明者】
【氏名】中野 友聖
【審査官】冨澤 直樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-304028(JP,A)
【文献】特開2007-235930(JP,A)
【文献】特開2015-159404(JP,A)
【文献】中野 友聖,パラメトリックスピーカにおける両側波帯多重変調方式による音質改善の検討,電子情報通信学会技術研究報告 Vol.117 No.170,日本,一般社団法人電子情報通信学会,2017年08月02日,第117巻,pp.85-90
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04R 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
目的音から、第1の周波数帯域成分を抽出する第1のフィルタと、
前記目的音から、前記第1の周波数帯域よりも高い周波数の第2の周波数帯域成分を抽出する第2のフィルタと、
搬送波の振幅を、前記第1の周波数帯域成分を用いて第1の変調方式で変調し、第1の変調波を生成する第1の変調部と、
前記搬送波の振幅を、前記第2の周波数帯域成分を用いて、前記第1の変調方式とは異なる第2の変調方式で変調し、第2の変調波を生成する第2の変調部と、
前記第1の変調波を放射する第1のスピーカと、
前記第2の変調波を放射する、前記第1のスピーカと異なる第2のスピーカと、を備
え、
前記第1のスピーカは、前記第2のスピーカの両側に配置され、
前記第2のスピーカの両側にある前記第1のスピーカそれぞれの放射方向が、前記第2のスピーカによる放射方向と焦点を結ぶよう構成されている
パラメトリックスピーカ。
【請求項2】
前記第2のスピーカの両側にある前記第1のスピーカそれぞれの放射方向が、前記第2のスピーカによる放射方向と焦点を結ぶように、前記第1のスピーカが前記第2のスピーカに対して傾いて配置されている
請求項1に記載のパラメトリックスピーカ。
【請求項3】
前記第2のスピーカの両側にある前記第1のスピーカそれぞれの放射方向が、前記第2のスピーカによる放射方向と焦点を結ぶように、前記第1のスピーカ及び前記第2のスピーカが位相制御されている
請求項
1に記載のパラメトリックスピーカ。
【請求項4】
前記第1の変調方式は、前記第2の変調方式よりも復調音の音圧レベルが大きくなる変調方式である
請求項1
~請求項3のいずれか一項に記載のパラメトリックスピーカ。
【請求項5】
前記第2の変調方式は、前記第1の変調方式よりも音質劣化を抑える変調方式である
請求項1~請求項
4のいずれか一項に記載のパラメトリックスピーカ。
【請求項6】
前記第1のスピーカの有する超音波発生素子の数は、前記第2のスピーカの有する超音波発生素子の数より多い
請求項1~請求項5のいずれか一項に記載のパラメトリックスピーカ。
【請求項7】
複数のスピーカを有するパラメトリックスピーカによる音響信号の出力方法であって、
目的音から、第1の周波数帯域成分と、前記第1の周波数帯域よりも高い周波数の第2の周波数帯域成分と、を抽出し、
搬送波の振幅を、前記第1の周波数帯域成分を用いて第1の変調方式で変調し、第1の変調波を生成し、
前記搬送波の振幅を、前記第2の周波数帯域成分を用いて、前記第1の変調方式とは異なる第2の変調方式で変調し、第2の変調波を生成し、
第1のスピーカによって、前記第1の変調波を放射し、
前記第1のスピーカとは異なる第2のスピーカによって、前記第2の変調波を放射する、ことを備え、
前記第1のスピーカは、前記第2のスピーカの両側に配置され、
前記第2のスピーカの両側にある前記第1のスピーカそれぞれの放射方向が、前記第2のスピーカによる放射方向と焦点を結ぶ
音響信号の出力方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、パラメトリックスピーカ、及び、音響信号の出力方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、超音波を用いて高い指向性を実現するパラメトリックスピーカが知られている。パラメトリックスピーカは、超音波帯域の搬送波(キャリア波)を音響信号(目的音)により変調した変調波を大音圧で放射し、空中の非線形特性により変調波を自己復調して音(復調音)を伝えるものである。パラメトリックスピーカによる可聴領域は、超音波の高い指向性によって直線状に存在する。そのため、直線状の可聴領域に存在する者に音を伝えることが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【0004】
パラメトリックスピーカは広く普及し、特に音楽鑑賞などの場面では高音質が求められる。高音質を目的として、特許文献1は、フィルタを用いて復調した際に人間の耳には聞こえ難い周波数成分を目的音からカットして変調する手法を提案している。
【0005】
しかしながら、復調音の音圧は周波数の二乗に比例するため、超音波を用いるパラメトリックスピーカでは低域の再生が困難であり音質が劣化する、という課題は依然として解消されない。
【0006】
ある実施の形態に従うと、パラメトリックスピーカは、目的音から、第1の周波数帯域成分を抽出する第1のフィルタと、目的音から、第1の周波数帯域よりも高い周波数の第2の周波数帯域成分を抽出する第2のフィルタと、搬送波の振幅を、第1の周波数帯域成分を用いて第1の変調方式で変調し、第1の変調波を生成する第1の変調部と、搬送波の振幅を、第2の周波数帯域成分を用いて、第1の変調方式とは異なる第2の変調方式で変調し、第2の変調波を生成する第2の変調部と、第1の変調波を放射する第1のスピーカと、第2の変調波を放射する、第1のスピーカと異なる第2のスピーカと、を備える。
【0007】
ある実施の形態に従うと、音響信号の出力方法は複数のスピーカを有するパラメトリックスピーカによる音響信号の出力方法であって、目的音を複数の周波数帯域成分に分割するステップと、搬送波の振幅を、複数の周波数帯域成分それぞれを用いて、周波数帯域成分ごとに異なる変調方式で変調して複数の変調波を生成するステップと、複数の変調波を、複数のスピーカのそれぞれ異なるスピーカで出力するステップと、を備える。
【0008】
更なる詳細は、後述の実施形態として説明される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、実施の形態に係るパラメトリックスピーカの概略構成を表したブロック図である。
【
図2】
図2は、
図1のパラメトリックスピーカに含まれる第1スピーカ及び第2のスピーカを構成するユニットの放射面側を示した概略図である。
【
図3】
図3は、
図1のパラメトリックスピーカに含まれる第1スピーカ及び第2のスピーカの配置の一例を示した概略図である。
【
図4】
図4は、
図1のパラメトリックスピーカに含まれる第1スピーカ及び第2のスピーカの配置の他の例を示した概略図である。
【
図5】
図5は、第1スピーカ用の圧電素子の数と、第2のスピーカ用の圧電素子の数との比率を決定するための実験における条件を示した図である。
【
図6】
図6は、
図5の条件での実験において復調する目的音のパワースペクトルである。
【
図7】
図7は、
図5の条件での実験において圧電素子の数ごとにおける復調音の平均音圧を示した図である。
【
図8】
図8は、パワースペクトルの誤差平均Perrを算出するための式(2)である。
【
図9】
図9は、
図5の各条件での復調音から得られたパワースペクトルより算出された誤差平均Perrを示す図である。
【
図11】
図11は、
図5の各条件での復調音から得られたパワースペクトルの誤差平均を示す図である。
【
図12】
図12は、
図1のパラメトリックスピーカでの音響信号の出力方法を表したフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[1.パラメトリックスピーカの概要]
【0011】
(1)本実施の形態に含まれるパラメトリックスピーカは、目的音から、第1の周波数帯域成分を抽出する第1のフィルタと、目的音から、第1の周波数帯域よりも高い周波数の第2の周波数帯域成分を抽出する第2のフィルタと、搬送波の振幅を、第1の周波数帯域成分を用いて第1の変調方式で変調し、第1の変調波を生成する第1の変調部と、搬送波の振幅を、第2の周波数帯域成分を用いて、第1の変調方式とは異なる第2の変調方式で変調し、第2の変調波を生成する第2の変調部と、第1の変調波を放射する第1のスピーカと、第2の変調波を放射する、第1のスピーカと異なる第2のスピーカと、を備える。なお、フィルタ、変調部、及び、スピーカは、いずれも、2つに限定されず、3つ以上であってもよい。
【0012】
目的音の周波数帯域ごとに(低域(第1の周波数帯域)成分と高域(第2の周波数帯域)成分と)に分割し、それぞれ異なる変調方式で搬送波の振幅を変調することで、周波数に応じた変調方式を用いて変調波を生成することができる。低域用の超音波と高域用の超音波とでは高域用の超音波の方が高エネルギーのため、同一のスピーカから放射すると低エネルギー側の低域用の超音波の放射が損なわれる。その点、低域用の超音波と高域用の超音波とを異なるスピーカ(第1スピーカ及び第2のスピーカ)で放射することで、それぞれの帯域の超音波を放射することができる。その結果、復調波の特に低域側が確保され、復調音の音質を向上させることができる。
【0013】
(2)好ましくは、第1の変調方式は、第2の変調方式よりも復調音の音圧レベルが大きくなる変調方式である。これにより、復調音の低域(第1の周波数帯域)成分の方が高域(第2の周波数帯域)成分より音圧レベルが高くなる。復調音の音圧は周波数の二乗に比例するため、超音波を用いるパラメトリックスピーカでは低域の再生が困難であり音質が劣化する、という課題があることに対し、第1の変調方式で低域側を変調することによって、復調音の低域の音圧レベルを確保することができる。
【0014】
(3)好ましくは、第1の変調方式は、両側波帯多重(M-DSB:Multiplexed-Double Sideband)変調方式である。M-DSB変調方式は、DSB変調方式とDSB-SC変調方式とを利用する変調方式であって、M-DSB変調波は、DSB変調波とDSB-SC変調波との和で表される。DSB変調方式は、両側波帯とキャリア波との差音を利用した変調方式であって、両側波帯とキャリア波との差音の和が再生音となる。DSB-SC変調方式は、原音の周波数軸を1/2に圧縮してからDSB変調を行い、その変調波からキャリア波の成分を除去する変調方式である。
【0015】
(4)好ましくは、第2の変調方式は、第1の変調方式よりも音質劣化を抑える変調方式である。これにより、復調音の高域(第2の周波数帯域)成分の方が低域(第1の周波数帯域)成分より音質劣化が抑えられ復調音の音質が確保される。
【0016】
(5)好ましくは、第2の変調方式は、単側波帯(SSB:Single Sideband)変調方式ある。SSB変調方式は、キャリア波と単側波帯との差音を利用する変調方式である。第2の変調方式で高域側を変調することによって、復調音の高域の音質を確保することができる。
【0017】
また、低域側では音圧を強調する第1の変調方式、高域側では音質劣化を抑える第2の変調方式で変調することで、同一の変調方式で変調する場合と比較してパワースペクトルを最も平坦、つまり、ノイズを抑え高音質にできることが、発明者の実験によって確認された。
【0018】
(6)第1のスピーカの有する超音波発生素子の数は、第2のスピーカの有する超音波発生素子の数より多い。これにより、復調音の低域側の音圧レベルが高域側よりも大きくなる。
【0019】
(7)第1のスピーカと第2のスピーカとは、所定位置において復調音の到来方向が一致するように配置される。所定位置は、例えば、一方のスピーカからの復調音の到来方向であって、例えば、第2のスピーカからの復調音の到来方向である。
【0020】
これにより、所定位置では、第1のスピーカからの復調音と第2のスピーカからの復調音とが同じ方向から到来する。その結果、所定位置にいる受聴者は、復調音の音源が1つのように感じ、自然な音の出力となる。
【0021】
(8)本実施の形態に含まれる音響信号の出力方法は複数のスピーカを有するパラメトリックスピーカによる音響信号の出力方法であって、目的音を複数の周波数帯域成分に分割し、搬送波の振幅を、複数の周波数帯域成分それぞれを用いて、周波数帯域成分ごとに異なる変調方式で変調して複数の変調波を生成し、複数の変調波を、複数のスピーカのそれぞれ異なるスピーカで出力する、ことを備える。
【0022】
[2.パラメトリックスピーカの例]
【0023】
<パラメトリックスピーカの構造>
【0024】
本実施の形態に係るパラメトリックアレイスピーカ(以下、パラメトリックスピーカとも言う)1は、超音波発生素子が複数並んだスピーカであって、超音波を搬送波(キャリア)とし、目的音である可聴帯域の音響信号で振幅変調された変調波を、非線形が生じる大きな振幅で音響空間に放射する。変調波は、音響空間に存在する空気(大気)を伝播する過程で、当該媒質の非線形性により歪みを生じ、この歪みによって可聴音である音響信号(復調音)が自己復調し、指向性の高い音場が形成される。
【0025】
図1に示されるように、パラメトリックスピーカ1は、フィルタ部10を備える。フィルタ部10は、低域用フィルタ(第1フィルタ)11と、高域用フィルタ(第2フィルタ)12と、を含む。
【0026】
フィルタ部10は、音響信号生成装置5に接続され、音響信号生成装置5から目的音(可聴音)の音響信号Sの入力を受け付ける。フィルタ部10は、複数の帯域用のフィルタを含み、音響信号Sを複数の帯域成分に分割する。複数の帯域用のフィルタは、例えば、低域用フィルタ11及び高域用フィルタ12である。
【0027】
フィルタ部10は、低域用フィルタ11及び高域用フィルタ12を用いて、それぞれ、音響信号Sを低域成分(第1の周波数帯域成分)SLと、高域成分(第2の周波数帯域成分)SHと、に分割する。低域用フィルタ11はローパスフィルタ、及び、高域用フィルタ12はハイパスフィルタである.
【0028】
パラメトリックスピーカ1は、信号処理部20を備える。また、パラメトリックスピーカ1は、スピーカ部30を備える。信号処理部20は、スピーカ部30から放射される超音波を生成するための信号処理を実行する。
【0029】
信号処理部20は、搬送波生成部25を有する。搬送波生成部25は、所定の周波数の搬送波Cを生成する。搬送波生成部25は、例えば水晶振動子等を用いた高周波発振器を含んで構成されている。
【0030】
信号処理部20は、音響信号Sから分割された複数の帯域成分に対して、それぞれ異なる変調方法で変調する、複数の変調部を有する。複数の変調部は、例えば、第1変調部21及び第2変調部23である。
【0031】
第1変調部21及び第2変調部23は、それぞれ、搬送波生成部25から搬送波Cの入力を受け付ける。また、第1変調部21は、低域用フィルタ11を用いて音響信号Sから抽出された低域成分SLの入力を受け付ける。また、第2変調部23は、高域用フィルタ12を用いて音響信号Sから抽出された高域成分SHの入力を受け付ける。
【0032】
第1変調部21は、第1の変調方式によって、搬送波Cの振幅を音響信号Sの低域成分SLで変調し、変調波vp1を生成する。第2変調部23は、第1の変調方式と異なる第2の変調方式によって、搬送波Cの振幅を音響信号Sの高域成分SHで変調し、変調波vp2を生成する。
【0033】
搬送波生成部25、第1変調部21、及び、第2変調部23は、例えば、デジタル回路によって構成されていてもよいし、アナログ回路によって構成されていてもよい。デジタル回路は、例えばCPU等のプロセッサやメモリを備えたコンピュータから構成されている。そして、プロセッサがメモリに記憶されているコンピュータプログラムを実行することにより、搬送波生成部25、第1変調部21、及び、第2変調部23が実現されている。
【0034】
複数の変調部でそれぞれ異なる変調方法で変調された変調波は、それぞれ増幅部で増幅され、異なるスピーカから出力される。すなわち、第1変調部21は第1増幅部22に接続される。第1増幅部22は第1変調部21から変調波vp1の入力を受け付ける。第1増幅部22は変調波vp1を増幅し、増幅した変調波H1をスピーカ部30に入力する。また、第2変調部23は第2増幅部24に接続される。第2増幅部24は第2変調部23から変調波vp2の入力を受け付ける。第2増幅部24は変調波vp2を増幅し、増幅した変調波H2をスピーカ部30に入力する。第1増幅部22及び第2増幅部24は、例えば超音波帯域の増幅特性が良好なオペアンプ等を用いて構成されている。
【0035】
<スピーカ部の構成>
【0036】
スピーカ部30は、音響信号Sが分割された複数の帯域に応じた、複数のスピーカを有する。複数のスピーカは、例えば、第1スピーカ(スピーカ本体)31及び第2のスピーカ(スピーカ本体)32である。第1スピーカは低域用のスピーカであり、第2スピーカ32は高域用のスピーカである。第1増幅部22で増幅された変調波H1は第1スピーカ31に入力され、第1スピーカ31の圧電素子33から(低域用の)超音波として放射される。第2増幅部24で増幅された変調波H2は第2スピーカ32に入力され、第2スピーカ32の圧電素子33から(高域用の)超音波として放射される。
【0037】
低域用の超音波と高域用の超音波とでは高域用の超音波の方が高エネルギーのため、同一のスピーカから放射すると低エネルギー側の低域用の超音波の放射が損なわれる。その点、本実施の形態に係るパラメトリックスピーカ1では、低域用の超音波と高域用の超音波とをそれぞれ第1スピーカ31及び第2スピーカ32と異なるスピーカで放射することで、それぞれの帯域の超音波を放射することができる。その結果、復調波の特に低域側が確保され、復調音(復調された目的音)の音質を向上させることができる。
【0038】
図2に示されるように、第1スピーカ31及び第2スピーカ32のそれぞれを構成するユニットは、超音波を放射する複数の超音波発生素子(以下、圧電素子)33を備える。各ユニットは、一例として、長尺矩形形状の放射面33Aを有する。各ユニットには、放射される超音波の進行方向が放射面33Aの法線方向と一致するように複数の圧電素子33がアレイ状に配置されている。複数の圧電素子33は、放射面33A表面に、長手方向に直交する方向(
図2の縦方向)に4または5個、長手方向(
図2の横方向)に22個、配置される。
【0039】
パラメトリックスピーカ1では、第1スピーカ31に配置されている圧電素子33の数は、第2のスピーカに配置されている圧電素子33の数より多い。すなわち、第1スピーカ31を構成するユニット(
図2)の数が、第2スピーカ32を構成するユニットの数より多い。一例として、パラメトリックスピーカ1は、第1スピーカ31を構成する6つの第1ユニット31A~31F、及び、第2スピーカ32を構成する1つの第2ユニット32Aを有する。
【0040】
なお、パラメトリックスピーカ1における、第1スピーカ31用の圧電素子33の数と、第2スピーカ32用の圧電素子33の数との比率は、復調音の低域と高域とのバランスに応じて決定されてもよい。その決定は、例えば、実験等に基づいてなされてもよい。具体的に実験結果から最適な比率を求める例については後述する。
図3、
図4の例では、上記比率の一例が示されている。
【0041】
第1スピーカ31と第2スピーカ32とは、所定位置において復調音の到来方向が一致するように配置される。一例として、
図3に示されたように、第2ユニット32Aを中心に配置し、その両側に対照的に、第1ユニット31A~31Cと、第1ユニット31D~31Fとが配置される。両側は、例えば、上下方向の両側であってもよいし、左右方向の両側であってもよい。また、上下左右両方向、つまり、第2ユニット32Aを中心として複数の第1ユニット31A~31Fをパラボラ状に配置してもよい。
【0042】
このとき、第1スピーカ31からの復調音の進行方向V1は、第1ユニット31A~31Cからの復調波の放射方向V1-1と、第1ユニット31D~31Fからの復調波の放射方向V1-2との合成方向となる。第2ユニット32Aは、復調波の放射方向V2が進行方向V1と一致するように配置される。これにより、復調波の放射方向V1-1,V1-2,V2が1点Fで交差している。言い替えると、複数の第1ユニット31A~31C及び第2ユニット32Aは、復調波の放射方向が1つの焦点Fを構築するように隣接させて配置される。
【0043】
第2ユニット32Aの調波の放射方向V2は、第2スピーカ32からの復調音の進行方向と一致する。そのため、
図3のように配置されることによって、第1スピーカ31からの復調音の進行方向V1と第2スピーカ32からの復調音の進行方向の進行方向Vとが一致する。これにより、所定位置では、第1のスピーカからの復調音と第2のスピーカからの復調音とが同じ方向から到来する。
【0044】
第1ユニット31A~31Cと第1ユニット31D~31Fと(第1スピーカ31)は、それぞれ、放射方向V1-1及び放射方向V1-2に沿って直線状に復調領域R1-1,R1-2が広がる。第2ユニット32A(第2スピーカ32)は、放射方向V2に沿って直線状に復調領域R2が広がる。復調領域は、放射された変調波が自己復調され、復調音が伝えられる範囲を指す。
【0045】
復調領域R1-1,R1-2は、低域の復調音が伝えられる範囲である。復調領域R2が、高域の復調音が伝えられる範囲である。従って、これらが重なる、
図3においてハッチングで示した対象エリアRには、高域と低域との両方の復調音が、概ね同一の方向から届けられる。そのため、上記所定位置は、少なくとも対象エリアR内の位置である。好ましくは、所定位置は、焦点F以遠の第2ユニット32Aの正面の進行方向V1,V2上の位置である。
【0046】
第1スピーカ31及び第2スピーカ32がこのように配置されることによって、所定位置にいる受聴者は、復調音の音源が1つのように感じる。
図3の場合、復調音の音源は第2ユニット32Aの位置に感じられる。これにより、同一の目的音を帯域成分ごとに異なるスピーカから出力しても、自然に復調音が出力される。
【0047】
なお、所定位置において復調音の到来方向が一致するような第1スピーカ31及び第2スピーカ32の配置は
図3の配置に限定されない。他の配置として、
図4に示されたように、第1スピーカ31と第2スピーカ32とを、それぞれの放射方向(すなわち、復調音の進行方向)V1,V2に対して重ねて配置してもよい。
【0048】
すなわち、
図4を参照して、パラメトリックスピーカ1が第1スピーカ31を構成する2つの第1ユニット31A,31B、及び、第2スピーカ32を構成する1つの第2ユニット32Aを有する場合、2つの第1ユニット31A,31B、及び、1つの第2ユニット32Aは、放射面33Aが同じ方向を向き、かつ、それぞれの放射方向V1-1,V1-2,V2が一致するように配置される。また、第2スピーカ32の復調領域R2が第1ユニット31A,31Bの復調領域R1に重なるように第1ユニット31A,31B及び第2ユニット32Aは配置される。これにより、復調領域R1と復調領域R2とが重なる、
図4においてハッチングで示した対象エリアRには、目的音の高域と低域との両方の復調音が同じ方向から届けられる。好ましくは、
図4に示されたように、第2ユニット32Aの復調領域R2が第1ユニット31A,31Bの復調領域R1に含まれるように第1ユニット31A,31B及び第2ユニット32Aは配置される。これにより、対象エリアRを広くできる。
【0049】
なお、所定位置において復調音の到来方向が一致するような第1スピーカ31及び第2スピーカ32の配置は、
図3、
図4に示されたような位置的な配置に限定されず、両スピーカ31,32からの復調波の位相を一致させるような位相制御を含んでもよい。
【0050】
<変調方式>
【0051】
第2変調部23は、第2の変調方式によって、搬送波Cの振幅を音響信号Sの高域成分SHで変調する。第2の変調方式は、音質劣化を抑える変調方式である。第2の変調方式は、一例として、単側波帯(SSB:Single Sideband)変調方式である。SSB変調方式は、キャリア波と単側波帯との差音を利用する変調方式である。
【0052】
第1変調部21は、第1の変調方式で搬送波Cの振幅を音響信号Sの低域成分SLで変調する。第1の変調方式は、音圧を強調する変調方式である。第1の変調方式は、一例として、両側波帯多重(M-DSB:Multiplexed-Double Sideband)変調方式である。
【0053】
M-DSB変調方式は、DSB変調方式とDSB-SC変調方式とを利用して目的音を強調する変調方式であって、M-DSB変調波は、DSB変調波とDSB-SC変調波との和で表される。DSB変調方式は、両側波帯とキャリア波との差音を利用した変調方式であって、両側波帯とキャリア波との差音の和が再生音となる。DSB-SC変調方式は、DSB変調波からキャリア波の成分を除去する変調方式である。
【0054】
目的波の周波数をfL、キャリア波の周波数をfCとすると、M-DSB変調方式では、キャリア波とDSB変調波における両側波帯との差音|fC-(fC±fL)|、及び、DSB-SC変調波における上側波帯と下側波帯との差音|(fC+fL/2)-(fC-fL/2)|が、目的音として復調される。
【0055】
M-DSB変調方式がDSB変調方式とDSB-SC変調方式とを利用するものであるため、キャリア波とDSB-SC変調波における両側波帯との差音|fC-(fC±fL/2)|、及び、DSB変調波における両側波帯とDSB-SC変調波における両側波帯の差音|(fC+fL)-(fC±fL/2)|が、1/2倍音歪として発生する。この1/2倍音歪の二次高調波歪は元の目的音の周波数と一致する。そのため、復調された目的音において低域側が強調される。
【0056】
M-DSB変調方式は両側波帯を利用する変調方式であるため、単側波帯を利用するSSB変調方式よりも、復調音の音圧が大きい。M-DSB変調方式を目的波の低域に、SSB変調方式を目的波の高域に利用してキャリア波を変調することで、復調された目的音において低域側の音圧を高域側の音圧よりも大きくできる。さらに、上記のように、低域側の変調波を放射する圧電素子33の数が、高域側の変調波を放射する圧電素子33の数よりも大きい。それにより、低域の音圧が小さいというパラメトリックスピーカの問題を抑えることができる。
【0057】
また、SSB変調方式は音質重視の変調方式であるため、復調された目的音において高域側の音質を確保できる。以上により、第1変調部21及び第2変調部23が、それぞれ、第1変調方式及び第2変調方式を用いて低域側及び高域側を変調することで、復調される目的波の音質を向上させることができる。
【0058】
<音響信号の出力方法>
【0059】
本実施の形態に係るパラメトリックスピーカ1では、
図12のフローチャートに示された方法で音響信号が出力される。すなわち、
図12を参照して、パラメトリックスピーカ1は、音響信号生成装置5から目的音の音響信号Sの入力を受け付けて、音響信号Sを受け取る(ステップS101)。
【0060】
パラメトリックスピーカ1では、音響信号を、所定の周波数帯域成分に分割する(ステップS103)。例えば、低域用フィルタ11及び高域用フィルタ12を用いて、それぞれ、音響信号を低域成分と、高域成分と、に分割する。
【0061】
次に、パラメトリックスピーカ1では、超音波の搬送波を、音響信号の分割された複数の周波数帯域成分それぞれを用いて、それぞれ異なる変調方法で変調する(ステップS105)。例えば、M-DSB変調方式などである第1の変調方式によって、搬送波の振幅を音響信号の低域成分で変調する。また、SSB変調方式などである第2の変調方式によって、搬送波の振幅を音響信号の高域成分で変調する。そして、パラメトリックスピーカ1では、ステップS105で生成した複数の変調波を、それぞれ異なるスピーカから出力する(ステップS107)。
【0062】
このような出力方法によってパラメトリックスピーカ1から音響信号が出力されることによって、目的音の周波数帯域成分ごとに適切な変調方法で変調され、異なるスピーカから出力される。これにより、復調音における各周波数帯域成分のバランスをよくできる。その結果、復調音の音質を向上させることができる。
【0063】
<実験>
【0064】
図5に示される条件で、第1スピーカ31用の圧電素子33の数と、第2スピーカ32用の圧電素子33の数との比率を決定するための実験を行った。実験は、
図2に示された、1ユニット当たり圧電素子33が100個配列されたスピーカを用い、圧電素子33の数によっては、このユニットの長辺を隣接させて用いた。
【0065】
実験では、まず復調する目的音のパワースペクトルを求め、
図6のパワースペクトルを得た。
図6において、横軸は周波数を表し、縦軸は音圧レベル(SPL:Pressure Level)を表している。目的音のパワースペクトルを得るために、
図2のユニットを2つ連結させ、SSB変調波を放射した。変調波は最大振幅(2
15-1)で正規化し、スピーカの最大許容電圧(16V)で放射した。
【0066】
図6のパワースペクトルにおける低域の平均パワーPLと高域の平均パワーPHから、低域用の圧電素子33の、高域用の圧電素子33に対する比率(nL/nH)を、以下の式(1)により算出した。
nL=√(PH/PL)×nH …(1)
【0067】
図6の結果より、1kHz以下の周波数帯域では、2~3kHzの周波数帯域よりも復調音の音圧が極めて小さい。そこで、クロスオーバー周波数Ωを1kHzとして低域を強調する。低域(0~1kHz)における平均パワーが約51.4dB、高域(1~8kHz)における平均パワーが約67.5dBであり、低域の平均パワーPLは高域の平均パワーPHより小さい。この値を式(1)に適用することで、低域用の圧電素子33の、高域用の圧電素子33に対する比率(nL/nH)が6.4と得られた。
【0068】
図5に示された条件で、低域用の圧電素子33の数nLと高域用の圧電素子33の数nHとを様々に変化させて、圧電素子33の数ごとにおける復調音の平均音圧を測定した。その結果、
図7に示された、圧電素子33の数ごとにおける復調音の平均音圧が得られた。
【0069】
図7の結果より、低域用の圧電素子33の数nLと高域用の圧電素子33の数nHとの組み合わせ(nL,nH)が(500,100)又は(1200,200)の場合に、低域の平均音圧と高域の平均音圧とが同程度になることがわかった。そこで、復調音の音圧を大きくするために、低域用の圧電素子33の数nLと高域用の圧電素子33の数nHとの組み合わせ(nL,nH)として、(1200,200)を採用した。
【0070】
次に、復調音のパワースペクトルが平坦であるかを評価する評価実験を実施した。評価実験では、焦点Fの位置で収録した復調音からパワースペクトルを算出し、
図8に示された式(2)を用いてパワースペクトルの誤差平均Perrを算出した。誤差平均Perrは小さいほど復調音のパワースペクトルが平坦であることを示している。
【0071】
条件1は、低域用の圧電素子33の数nLと高域用の圧電素子33の数nHとの組み合わせ(nL,nH)に(1200,200)を採用したパラメトリックスピーカを用い、低域ではM-DSB変調方式、高域ではSSB変調方式で変調を行った。条件2は、合計1400個の圧電素子33が搭載されたスピーカを有するパラメトリックスピーカを使用し、周波数帯域を分割せずにSSB変調方式で変調を行ない、条件3はDSB変調方式で変調を行い、条件4はM-DSB変調方式で変調を行った。その他の条件については
図5に示された条件と同じである。
【0072】
図9に示された各条件での復調音から得られたパワースペクトルより算出された誤差平均Perrにおいて、復調音の低域を比較すると、条件1,4では、M-DSB変調方式で変調することによって、条件3のDSB変調方式で復調するよりも復調音の音圧が大きいことがわかる。
【0073】
また、
図10に示された各条件における高域側及び低域側の平均パワーより、高域は約2.0dB強調されているのに対し、低域は約1.5dBしか強調されていない。つまり、低域では強調効果が小さい。これは、復調音の音圧が小さい低域では高調波歪の音圧も小さいため、M-DSB変調方式による強調効果が小さくなったと考えられる。
【0074】
一方で、条件1では、M-DSB変調方式によって、強調が困難であった低域がさらに約4.6dB強調されている。これは、低域用の第1スピーカ31を用いることで低域成分を大きな音圧で放射可能であったため、復調音の音圧が増幅したと考えられる。
【0075】
図11に示された各条件での復調音から得られたパワースペクトルから算出された誤差平均Perrを比較すると、DSB変調方式で変調した条件3より、M-DSB変調方式とSSB変調方式とを組み合わせた条件1の方が、誤差平均Perrが約1.4dB小さい。
【0076】
以上より、条件1で採用した、M-DSB変調方式とSSB変調方式とを組み合わせた変調方式によって、復調音において低域が強調され、他の条件での変調方式と比較して最も平坦なパワースペクトルが実現される、すなわち、復調音が最も高品質となることが検証された。
【0077】
[3.付記]
本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、様々な変形が可能である。
【符号の説明】
【0078】
1 :パラメトリックスピーカ
5 :音響信号生成装置
10 :フィルタ部
11 :低域用フィルタ
12 :高域用フィルタ
20 :信号処理部
21 :第1変調部
22 :第1増幅部
23 :第2変調部
24 :第2増幅部
25 :搬送波生成部
30 :スピーカ部
31 :第1スピーカ
31A :第1ユニット
31B :第1ユニット
31C :第1ユニット
31D :第1ユニット
31E :第1ユニット
31F :第1ユニット
32 :第2スピーカ
32A :第2ユニット
33 :圧電素子
33A :放射面
C :搬送波
F :焦点
H1 :変調波
H2 :変調波
PH :平均パワー
PL :平均パワー
Perr :誤差平均
R :対象エリア
R1 :復調領域
R1-1 :復調領域
R2 :復調領域
S :音響信号
SH :高域成分
SL :低域成分
V1 :進行方向
V1-1 :放射方向
V1-2 :放射方向
V2 :進行方向
vp1 :変調波
vp2 :変調波
Ω :クロスオーバー周波数