(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-25
(45)【発行日】2023-09-04
(54)【発明の名称】有機性廃水の処理方法
(51)【国際特許分類】
C02F 3/12 20230101AFI20230828BHJP
C02F 3/34 20230101ALI20230828BHJP
【FI】
C02F3/12 J
C02F3/34 Z
(21)【出願番号】P 2019116882
(22)【出願日】2019-06-25
【審査請求日】2022-06-14
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】500503481
【氏名又は名称】定家 多美子
(74)【代理人】
【識別番号】100078259
【氏名又は名称】西野 茂美
(72)【発明者】
【氏名】定家 多美子
【審査官】河野 隆一朗
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-020050(JP,A)
【文献】特開2018-130649(JP,A)
【文献】特許第4112549(JP,B2)
【文献】特開2008-284428(JP,A)
【文献】特開2008-200637(JP,A)
【文献】特開2007-117790(JP,A)
【文献】特開2007-275846(JP,A)
【文献】特開2002-361279(JP,A)
【文献】特開2004-248618(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C02F 3/00 - 3/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機物を含む廃水原水を、微生物群の呼吸因子が硝酸呼吸主動となるように溶存酸素量1mg/
L以下で曝気する低曝気処理過程と、
前記低曝気処理過程の処理液を固液分離処理することにより生成された沈殿汚泥を前記低曝気処理過程に返送する固液分離処理過程、
を有する有機性廃水物の処理方法において、
前記廃水原水に硝酸塩を含む活性剤を添加し、
前記低曝気処理過程で
は、あらかじめ溶存酸素量3mg/L以上で曝気した後に溶存酸素量1mg/L以下での曝気に移行し、
前記低曝気処理過程の処理液中の全菌種に占める滑走菌の割合が50%以上となるように、前記低曝気処理過程の酸化還元電位を調整することを特徴とする有機性廃水の処理方法。
【請求項2】
前記酸化還元電位を100mV~200mVに調整することを特徴とする請求項1に記載の有機性廃水の処理方法。
【請求項3】
前記低曝気処理過程における前記廃水原水の流入量(W
1)と、前記沈殿汚泥の返送量(W
2)を、W
1:W
2=1:0.5~1の割合となるようにして、前記酸化還元電位を調整することを特徴とする請求項1又は2に記載の有機性廃水の処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、産業廃水、生活廃水、動物糞尿等の有機物を含む廃水を微生物学的に分解処理する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
産業廃水、生活廃水、動物糞尿等の有機物を含む廃水を処理する方法として、従来から活性汚泥処理法が知られている。しかし、この方法は高い溶存酸素量の環境下、好気性微生物による好気呼吸で有機物を酸化分解するものであり、大量の余剰汚泥や下水悪臭などの問題がある。また、嫌気条件下での分解処理方法も知られているが、発酵産物や硫化水素等を多量に発生するため、ひどい悪臭を発生するなどの問題がある。
【0003】
このようなことから、本発明者等は、従来の活性汚泥処理法よりも低い溶存酸素量(1mg/L以下)で廃水原水を曝気し、微生物群の呼吸因子が硝酸呼吸主動となるようにコントロールするとともに、固液分離処理で生成された上澄水を、微生物群の電子受容体液として曝気処理工程に返送するシステム(低曝気処理法)を開発し、余剰汚泥の減容化と全処理工程での無臭化に成功した(引用文献1~3)。しかしながら、実操業においては、特に活性汚泥処理法から低曝気処理法に移行する際の溶存酸素量のコントロールに不安があり、いわゆる嫌気性状態になることへの懸念などから、低曝気処理法がいまだ普及していないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2002―361279号公報
【文献】特開2004―188281号公報
【文献】特開2004―248618号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上述のような現状に鑑みて提案されたものであり、低曝気処理法における微生物群の菌叢解析による知見に基づき、低曝気処理液中の菌叢を整えることにより、安定した低曝気処理法を実現できるようにしたものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前述の課題を解決するため、本発明は、有機物を含む廃水原水を、微生物群の呼吸因子が硝酸呼吸主動となるように溶存酸素量1mg/L以下で曝気する低曝気処理過程と、
前記低曝気処理過程の処理液を固液分離処理することにより生成された沈殿汚泥を前記低曝気処理過程に返送する固液分離処理過程、
を有する有機性廃水物の処理方法において、
前記廃水原水に硝酸塩を含む活性剤を添加し、
前記低曝気処理過程では、あらかじめ溶存酸素量3mg/L以上で曝気した後に溶存酸素量1mg/L以下での曝気に移行し、
前記低曝気処理過程の処理液中の全菌種に占める滑走菌の割合が50%以上となるように、前記低曝気処理過程の酸化還元電位を調整することを特徴とする。
【0007】
また本発明は、前記酸化還元電位を100mV~200mVに調整することを特徴とする。
【0008】
また本発明は、前記低曝気処理過程における前記廃水原水の流入量(W1)と、前記沈殿汚泥の返送量(W2)を、W1:W2=1:0.5~1の割合となるようにして前記酸化還元電位を調整することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明の有機性廃水の処理方法によれば、低曝気処理過程における処理水の滑走菌の出現率を把握することにより、安定した低曝気処理法を実現することができ、固液分離処理過程での上澄水の透明度も高まる。また、新たな設備を追加する必要がなく既存の廃水処理設備を利用できるため、低曝気処理法を低コストで実施することができる、などの効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本発明の有機性廃水の処理方法を実施するシステムの概念図である。
【
図2】
図2は、本発明の反応槽2における処理液の酸化還元電位と滑走菌の出現率の変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
次に、本発明に係る有機性廃水の処理方法の実施形態の一例を説明するが、本発明はこの実施形態にのみ限定されるものではない。
【0012】
図1は、本発明の有機性廃水の処理方法を実現するシステムを単純化して表わした概念図であり、有機物を含む廃水原水が流入する調整槽1と、調整槽1からの流入水を低曝気処理する反応槽2と、反応槽2からの処理液を固液分離処理し、沈殿汚泥を返送配管4を通して反応槽2に返送する装置を備えた沈殿槽3から構成されている。
【0013】
このシステム自体は、従来の活性汚泥処理法の装置と同じである。活性汚泥処理法では、調整槽1から流入した廃水原水を反応槽2において好気曝気処理を行い、沈殿槽3において反応槽2からの流入水を固液分離処理し、上澄水を殺菌処理等を施した後に系外に放流するとともに、沈殿汚泥の一部を反応槽2に返送し、残りの沈殿汚泥を系外に搬送処理を行っていた。以下、この既存の活性汚泥処理システムを利用し、本発明の有機性廃水の処理方法を実施する場合を例にとって説明する。
【0014】
「調整槽」
調整槽1では、工場等から送られてくる廃水原水の流入量を、システム全体の処理能力に応じて調整するとともに、廃水原水に含まれる異物の除去を行っている。廃水原水は、通常長い配管を通ってくるため、微生物群は十分な呼吸条件が整っていない嫌気状態となっており、悪臭の原因にもなっている。このため、硝酸塩を含む活性剤を添加して微生物群に硝酸呼吸を促し、減臭させることが望ましい。活性剤としては、低曝気処理法の固液分離処理工程で生成された上澄水(硝酸塩を多く含み微生物の電子受容体液となる)や、硝酸カルシウム、硝酸ナトリウムなどの薬剤を使用することができる。添加量としては、調整槽1の流入BODなどの条件にもよるが、2mg/L~10mg/Lであれば十分である。
【0015】
「反応槽」
反応槽2には調整槽1から廃水原水が流入し、後述する沈殿槽3の沈殿汚泥も所定の割合で返送されてくる(立ち上げ時には、既存の活性汚泥処理法における沈殿槽の沈殿汚泥を返送しても良い)。反応槽2では、始めに処理液を溶存酸素量(DO)3mg/L~5mg/Lで高曝気処理を行い、後述する滑走菌の出現を促している。この目的のためにはDO値が3mg/Lであれば十分であるが、5mg/L以上になるとサプロスピラなど硫酸呼吸の菌種が増殖する。高曝気処理でも前述の活性剤を必要に応じて添加し(2mg/L~10mg/L程度)、微生物群の硝酸呼吸を促すようにしても良い。このような高曝気処理をしばらく続けて反応槽2のDO値を安定させ、続く反応槽2における低曝気処理の馴らし運転を行う。
【0016】
前述の高曝気処理を続けた後、徐々にDO値を下げ、DO値1mg/L以下、好ましくはDO値0~0.2mg/Lで低曝気処理を行う。DO値0は微生物群が呼吸因子としての酸素を消費尽くしている状態であり、酸素を供給しない嫌気処理とは区別される。低曝気処理における微生物群は、呼吸因子として、先ず酸化還元順位の高い酸素を消費するが、酸素が極度に少ない状態では、酸化還元電位の順位が次に高い硝酸塩を主要な呼吸因子として消費し(硝酸呼吸主動)、反応槽2内の処理液に含まれる有機物を分解する。
【0017】
低曝気処理においても、前述した硝酸塩を含む活性剤を添加してもよいが、低曝気処理が安定して運転されていると(DO値や後述のORP値等が所定範囲に維持されていると)、反応槽2に生息する多種多様な微生物によって硝酸塩が生成されるため(汚泥の自己消化で生じたアンモニアの硝化反応で生成される)、あえて活性剤を添加しなくとも良い。
【0018】
反応槽2の処理液の酸化還元電位(ORP)は、100mV~200mVが望ましい。ORP値は滑走菌の出現頻度にも影響を及ぼす。ORP値を100mV~200mV前後に維持すると、滑走菌の出現頻度が高くなり、反応槽2の処理液中の全菌種に占める滑走菌の割合は50%以上となる。実際には70%以上に増加する。ORP値が100mV以下又は200mV以上になると、一部の滑走菌の出現率が高くなることがあっても、全体として滑走菌が50%以上にはならない。好ましくはORP値を100mV前後に維持することである。
【0019】
主要な滑走菌には、フラボバクテリア(Flavobacteriacese)、キチノファーガ(Chitinophagaceae)、コウレオスリックス(Kouleothrixacea)、サプロス
ビラ(Saprospiraceae)、フレキシバクテリア(Flexibacteriaceae)、アネロリナ(Anaerolinaceae)、ハリアンギア(Haliangiaceae)、ポリアンギア(Polyangiaceae)などが含まれる。菌叢解析は、微生物群のゲノムを抽出し、16SリボソーマルRNA領域の一部配列をPCRにて増幅し、次世代シークエンサーにて解析する、次世代シーケンサー菌叢解析により行うことができる。
【0020】
反応槽2での滑走菌は集団となってバイオフィルムを形成しており、反応槽2の処理液中に広く分布する硝酸イオンをバイオフィルムの内部に取り入れて硝酸呼吸を行っている。活性汚泥処理法のようなDO値が高い状況下では、バイオフィルムを破壊して酸素を求める糸状菌などの散在浮遊菌が発生しやすくなり、後述する沈殿槽3の上澄水が濁ってくる。これに対し、低曝気処理をして硝酸呼吸主動にすると、バイオフィルムが強固に形成され、散在浮遊菌の発生が抑制されるため、沈殿槽3の上澄水が澄んでくる。また、硝酸呼吸主動では硫黄を還元できずH2Sが生成しないため臭気も発生しない。反応槽2でのバイオフィルムの形成状況を観察することは、低曝気処理が安定して行われているかどうかの目安となる。
【0021】
「沈殿槽」
沈殿槽3では、反応槽2からの流入水を静置して固液分離処理を行い、下層の沈殿汚泥と上層の上澄液に分離する。沈殿汚泥の全部又は一部は、返送配管4を通して反応槽2に返送されるが、このとき、反応槽2における調整槽1からの廃水原水の流入水量(W1)に対し返送沈殿汚泥量(W2)が、W1:W2=1:1~0.5、好ましくは1:1の割合となるように返送する。
【0022】
反応槽2において低曝気処理を行なった場合、廃水原水の流入量(W1)に対して返送沈殿汚泥量(W2)が少ないと、有機物分解に必要なMLSSが薄まることがある。また、沈殿槽3では曝気を行わないため、沈殿汚泥は嫌気状態となっており、沈殿槽3での滞留時間が長くなると、ORP値が0mV以下のマイナス方向に低下し続けることになる。そこで、沈殿槽3の沈殿汚泥を長時間滞留させることなく(たとえば滞留時間8時間~12時間程度で)、前述の割合で沈殿汚泥を返送することにより、反応槽2のORP値を滑走菌の出現に適した100mV~200mVの範囲内に調整し、この状態を安定維持することができる。また、沈殿槽3に沈殿汚泥を長期間滞留させないようにすることで、散在浮遊菌の少ない透明度の高い上澄液が得られる。沈殿汚泥は面状に沈殿した状態が好ましい。
【0023】
前述した実施態様の変形例として、たとえば返送配管4の途中に曝気槽を設け、その曝気槽で返送汚泥をDO値1mg/L以下で曝気することにより、返送汚泥のORP値の低下を抑制することができる。また、沈殿槽3の後に汚泥消化槽を設け、沈殿槽3の沈殿汚泥の一部を汚泥消化槽でDO値1mg/L以下で曝気し続けることにより、反応槽2の菌相が変化したときの種汚泥として使用することもできる。
【実施例1】
【0024】
調味料工場廃水を実験室レベルで本発明の低曝気処理法の実験を行なった。実験では調整槽1を省略した。工場からの廃水原水のBODは4000~5000mg/Lであった(2か月間)。この廃水原水をBOD=400mg/Lに薄めて反応槽2に10L/day投入し、10日間、DO>3mg/Lで高曝気処理し、硝酸塩を含む活性剤を2~10mg/L添加した。その後、DO値を徐々に下げ、40日間、1mg/L>DO>0の低曝気処理を行った。次に、反応槽2の処理水を沈殿槽3に移して静置し、固液分離処理した後の沈殿汚泥を、前述のW1:W2を1:1にして反応槽2に返送し、ORP値が100mV前後となるように調整した。
【0025】
反応槽2の高曝気処理過程、低曝気処理過程での処理液を次世代菌叢解析し、各過程で出現した全菌種を表1に示す。また、表1の出現菌の上位10種類の菌種を表2に示す。これらの表において「好気」はDO>1、「微好気」は1>DO>0である。「嫌気」は途中で一時的に曝気を止めDO=0(OPR値―290mV)とした。
図2は、ORP値と主要滑走菌の全菌種に占める割合(出現率)の変化を示すグラフである。なお、滑走菌の出現率はORP値から1~2週間ほど遅れて現れる。
【表1】
【0026】
【0027】
表1、2及び
図2に示すように、始めの好気曝気過程では、一部のサプロスビラ、フラボバクテリアの出現率は高くなっているが、全菌種に対する主要滑走菌の割合は約44%にとどまっている。続く低曝気(微好気)過程に移行すると、主要滑走菌の出現率は次第に高くなり、全菌種の50%以上を占めるようになる。ピーク時には70%以上まで達している。ちなみに嫌気状態での滑走菌の出現率は約30~40%である。このことから、滑走菌の全菌種に占める割合を50%以上にすれば、低曝気処理が安定して行われることが分かる。
【符号の説明】
【0028】
1 調整槽
2 反応槽
3 沈殿槽
4 沈殿汚泥の返送配管