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特許7337686着氷雪防止剤およびそれを被覆した構造物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-25
(45)【発行日】2023-09-04
(54)【発明の名称】着氷雪防止剤およびそれを被覆した構造物
(51)【国際特許分類】
   C09D 133/14 20060101AFI20230828BHJP
   C09D 5/00 20060101ALI20230828BHJP
   C09K 3/18 20060101ALI20230828BHJP
   E04D 3/35 20060101ALN20230828BHJP
【FI】
C09D133/14
C09D5/00 Z
C09K3/18
E04D3/35 T
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019233908
(22)【出願日】2019-12-25
(65)【公開番号】P2021102682
(43)【公開日】2021-07-15
【審査請求日】2022-09-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000195029
【氏名又は名称】星和電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000947
【氏名又は名称】弁理士法人あーく事務所
(72)【発明者】
【氏名】須田 修平
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 順司
(72)【発明者】
【氏名】森山 昇斗
【審査官】福山 駿
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-128980(JP,A)
【文献】特開2003-220537(JP,A)
【文献】特開2020-094169(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 1/00-201/10
C09K 3/18
E04D 3/35
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
構造物の表面に塗布して被膜を形成することで、当該表面への着氷雪を防止する着氷雪防止剤であって、
式1で示される第一のポリマーと、
【化1】
式2で示される第二のポリマーと、を含有することを特徴とする着氷雪防止剤。
【化2】
【請求項2】
第一のポリマーと、第二のポリマーとは、第一のポリマーに対して第二のポリマーが30重量%以下(0重量%は除く)の割合となるように混合されてなる請求項1に記載の着氷雪防止剤。
【請求項3】
基材の表面に塗布することによって被膜を形成し、当該被膜に湿度80%rh未満の雰囲気下で3.0μlの水滴を滴下し、滴下直後の被膜と水滴との接触角が50度以上で、その60秒後の接触角が40度以下となる請求項1または2に記載の着氷雪防止剤。
【請求項4】
請求項1ないし3の何れか一に記載の着氷雪防止剤による被膜が表面に形成されてなることを特徴とする構造物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造物への着氷雪を防止することができる着氷雪防止剤と、それを被覆した構造物とに関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、構造物への着氷雪は、様々な分野において課題となっている。特に、信号機や道路標識などの交通インフラに関わる構造物の場合、着氷雪が巨大化して落下するようなことが起こると、安全性を損なうこととなり、交通インフラへの影響が大きくなってしまう。
【0003】
そこで、従来より、構造物への着氷雪を防止するための対策として、人力による雪の除去作業が行われていた。また、その他の方法では、ヒータによる融雪が行われていた。さらに、構造物の表面に撥水性の被膜を形成したり(特許文献1)、構造物の表面に親水性のコーティングにより親水性を付与したり(特許文献2)することで、構造物への着氷雪を防止していた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2004-68430号公報
【文献】特開2014-105475号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、人力による雪の除去作業では、作業が煩わしく、ヒータによる融雪作業では、電力消費が大きくなり、何れも管理者の負担が大きくなるといった不都合を生じることとなる。
【0006】
また、構造物の表面に撥水性の被膜を形成した場合、着氷はある程度は抑えられるが、一旦着氷すると落ちにくくなるといった不都合を生じることとなる。
【0007】
一方、構造物の表面にコーティングにより親水性を付与した場合、落雪に関しては撥水性の被膜を形成した構造物の表面よりも優位性を示すが、撥水性の被膜を形成した構造物の表面よりも着雪量が多くなってしまうといった不都合を生じることとなる。
【0008】
本発明は、係る実情に鑑みてなされたものであって、撥水性を有する構造物の表面を、水との接触によって親水性に変化させることで落雪および着氷を防止することができる着氷雪防止剤と、それを被覆した構造物とを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための本発明に係る着氷雪防止剤は、構造物の表面に塗布して被膜を形成することで、当該表面への着氷雪を防止する着氷雪防止剤であって、式1で示される第一のポリマーと、式2で示される第二のポリマーと、を含有するものである。
【化1】
【化2】
【0011】
上記着氷雪防止剤は、第一のポリマーと、第二のポリマーとは、第一のポリマー:第二のポリマー=100:0~50:50の割合で混合してなるものであってもよい。
【0012】
上記着氷雪防止剤は、基材の表面に塗布することによって被膜を形成し、当該被膜に湿度80%未満の雰囲気下で2.0μlの水滴を滴下し、滴下直後の被膜と水滴との接触角が50度以上で、その60秒後の接触角が滴下直後の接触角と比較して10度以上低い40度以下となるものであってもよい。
【0013】
上記課題を解決するための本発明の構造物は、上記着氷雪防止剤による被膜が表面に形成されてなるものである。
【0014】
第一のポリマーは、式3のモノマーを重合したホモポリマーによって構成されている。
【化3】
【0015】
この第一のポリマーにおいて、Rとしては、このR自身または、このRと結合した主鎖との部分が、外部環境変化によって乾燥雰囲気になると撥水性を呈することができるようになされたものであれば、特に限定されるものではなく、例えば、H、CHが挙げられる。
【0016】
なお、乾燥雰囲気とは、エアコン等の空調で管理された環境において相対湿度80%rh未満の雰囲気で、かつ、周囲に液体としての水分が存在していない状態を言う。
【0017】
また、撥水性とは、水平に設置した基材面に滴下した水滴と、当該基材面との静的接触角度が50度以上の場合を言う。
【0018】
この第一のポリマーにおいて、Rとしては、このRの部分が、外部環境変化によって湿潤雰囲気になると偏析し、親水性を呈することができるようになされたものであれば、特に限定されるものではなく、例えば、CHCHOCHが挙げられる。
【0019】
なお、湿潤雰囲気とは、相対湿度80%rh以上の雰囲気もしくは水と接触している状態を言う。
【0020】
また、親水性とは、水平に設置した基材面に滴下した水滴と、当該基材面との静的接触角度が40度以下の場合を言う。
【0021】
この第一のポリマーにおいて、nとしては、数平均分子量が1000~100000程度となるように選択される。
【0022】
この第一のポリマーの重合方法としては、特に限定されるものではなく、目的とするポリマーを重合することができる任意の方法を採用することができる。
【0023】
この第一のポリマーは、所望の溶媒に溶解して着氷雪防止剤として調製される。この際、溶媒としては、テトラヒドロフラン、トルエン、キシレン、メチルシクロヘキサン、メタノール、クロロホルムなどを用いることができる。この着氷雪防止剤における第一のポリマーの濃度としては、塗布乾燥して被膜を形成することができる濃度であれば、特に限定されるものではなく、所望の濃度に希釈して使用することができる。
【0024】
このようにして構成される第一のポリマーを含有する着氷雪防止剤は、所望の構造物の表面に塗布し、当該構造物の表面に被膜を形成するようにして使用する。この際、被膜の厚みとしては、被膜を構成する第一のポリマーの重合体が環境変化に応じて偏析することができる厚みがあれば特に限定されるものではなく、5nm以上の所望の厚みに塗布して使用することができる。構造物としては、降雪に曝される構造物、例えば、看板、道路標識、街灯、信号機、視線誘導標、電柱、鉄塔、橋梁、建物外壁、塀、屋根、太陽光発電パネル、監視カメラ、電線などを挙げることができる。また、冷凍室、冷凍倉庫、冷凍車等の庫内であってもよく、自動運転用の車載カメラやドライブレコーダーを搭載した自動車のガラス表面であってもよい。
【0025】
このように着氷雪防止剤による第一のポリマーの被膜を形成した構造物は、氷点付近または氷点よりも低い乾燥雰囲気、または相対湿度80%rh未満の雰囲気で、かつ、周囲に液体としての水分が存在していない乾燥雰囲気になると、重合体の主鎖の部分や主鎖に結合しているメチル基の部分が撥水性を示し、氷点よりも高く相対湿度80%rh以上の湿潤雰囲気、または水と接触している湿潤雰囲気になると、重合体のRの部分が表面に偏析することで親水性を示すこととなる。したがって、寒暖差により氷点を上下する温度が反復されて着氷雪が大きくなるような状況であっても、乾燥雰囲気下では、この着氷雪防止剤を塗布した構造物の表面に着氷雪が付着するのを防止でき、湿潤雰囲気下では、着氷雪が溶融して生じた水が、構造物の表面全体に濡れ広がって着氷雪全体が大きくなる前に落下させるので、構造物の表面で着氷雪が大きくなるのを防止できる。
【0026】
なお、上記着氷雪防止剤は、乾燥雰囲気における撥水性を、第一のポリマーの重合体の主鎖の部分や主鎖に結合しているメチル基の部分によって得ようとしているが、湿潤雰囲気における親水性を阻害することなく、この乾燥雰囲気におけるさらなる撥水性を増加させるために、この第一のポリマーに、第二のポリマーを含有させてもよい。
【0027】
第二のポリマーは、式4のモノマーを重合したホモポリマーによって構成されている。
【化4】
【0028】
この第二のポリマーにおいて、Rとしては、このR自身または、このRと結合した主鎖との部分が、外部環境変化によって乾燥雰囲気になることで、撥水性を呈することができるようにすることができるものであれば、特に限定されるものではなく、例えば、H、CHが挙げられる。
【0029】
この第二のポリマーにおいて、Rとしては、このRの部分が、外部環境変化によって乾燥雰囲気になると偏析し、さらなる撥水性を呈することができるようにすることができるものであれば、特に限定されるものではなく、例えば、CHCF、CHCH(CHCH)(CHCHが挙げられる。このうち、CHCFは、撥水・撥油性があり、より高い効果が得られる。
【0030】
なお、撥水・撥油性とは、水および油をはじく性質を言う。具体的には、水平に設置した基材面に滴下した水滴と、当該基材面との静的接触角度が50度以上の場合を撥水性と言い、水平に設置した基材面に滴下した油滴と、当該基材面との静的接触角度が30度以上の場合を撥油性という。
【0031】
この第二のポリマーにおいて、nとしては、数平均分子量が1000~100000程度となるように選択される。
【0032】
この第二のポリマーの重合方法としては、特に限定されるものではなく、目的とするポリマーを重合することができる任意の方法を採用することができる。
【0033】
この第二のポリマーは、所望の溶媒に溶解して調製した後、同じく所望の溶媒に溶解して調製された第一のポリマーと所望の混合割合で混合されて着氷雪防止剤として調製される。この際、溶媒としては、テトラヒドロフラン、トルエン、キシレン、メチルシクロヘキサン、クロロホルムなどを用いることができる。この着氷雪防止剤における第一のポリマーおよび第二のポリマーの濃度としては、塗布乾燥して被膜を形成することができる濃度であれば、特に限定されるものではなく、所望の濃度に希釈して使用することができる。
【0034】
また、第一のポリマーと第二のポリマーとの混合割合としては、乾燥雰囲気で撥水性を示し、湿潤雰囲気で親水性を示すものであれば、特に限定されるものではなく、例えば、第一のポリマー:第二のポリマー=100:0~50:50の範囲で混合するのが好適であり、100:0~70:30の範囲で混合するのがより好適である。上記の範囲よりも第二のポリマーを混合する割合が増えてしまうと、湿潤雰囲気になった際に充分な親水性が得られなくなり、所望の効果を発揮できなくなってしまう。
【0035】
このようにして第二のポリマーを混合した着氷雪防止剤を構造物は、氷点付近または氷点よりも低い乾燥雰囲気、または相対湿度80%rh未満の雰囲気で、かつ、周囲に液体としての水分が存在していない乾燥雰囲気になると、撥水性を発揮する第一のポリマーに加えて、第二のポリマーの撥水性の効果が得られ、氷点よりも高く相対湿度80%rh以上の湿潤雰囲気、または水と接触している湿潤雰囲気になると、第一のポリマーの親水性の効果が得られることとなる。したがって、上記した第一のポリマーを含有する着氷雪防止剤と同様に、寒暖差により氷点を上下する温度が反復されて着氷雪が大きくなるような状況であっても、氷点付近または氷点より下の乾燥雰囲気、または相対湿度80%rh未満の雰囲気で、かつ、周囲に液体としての水分が存在していない乾燥雰囲気では、この着氷雪防止剤を塗布した構造物の表面に着氷雪が付着するのを防止でき、氷点よりも高く相対湿度80%rh以上の湿潤雰囲気、または水と接触している湿潤雰囲気では、着氷雪が溶融して生じた水が、構造物の表面全体に広がって着氷雪全体が大きくなる前に落下させるので、構造物の表面で着氷雪が大きくなるのを防止できる。特に、この着氷雪防止剤の場合は、第二のポリマーを含有させているので、氷点付近または氷点より低い乾燥雰囲気での着氷雪の付着をより一層効果的に防止できることとなる。
【発明の効果】
【0036】
以上述べたように、本発明によると、乾燥雰囲気の場合は撥水性を示し、湿潤雰囲気の場合は親水性を示す表面膜となるので、寒暖差により氷点を上下する温度が反復されて着氷雪が大きくなるような状況であっても、氷点付近または氷点より下の乾燥雰囲気では、この着氷雪防止剤を塗布した構造物の表面に着氷雪が付着するのを防止でき、氷点より上の湿潤雰囲気では、着氷雪が溶融して生じた水が、構造物の表面全体に広がって着氷雪全体が大きくなる前に落下させて、構造物の表面で着氷雪が大きくなるのを防止できる。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明に係る実施の形態について説明する。
【0038】
(実施例1-10、比較例1-2)
[第一のポリマー]
2-メトキシエチルアクリレート(MEA)のモノマーを、ラジカル開始剤の存在下でフリーラジカル重合を行い、下記に示すMEAのホモポリマー(PMEA)を調製した。このホモポリマーをテトラヒドロフランに溶かして0.2wt%の濃度の着氷雪防止剤を得た。
【化5】
【0039】
[第二のポリマー]
トリフルオロエチルメタクリレート(TFMA)のモノマーを、ラジカル開始剤の存在下でフリーラジカル重合を行い、下記に示すTFMAのホモポリマー(PTFMA)を調製した。このホモポリマーをテトラヒドロフランに溶かして0.2wt%の濃度の撥水性ポリマーを得た。
【化6】
【0040】
この撥水性ポリマー中のホモポリマー(PTFMA)と、上記実施例1の着氷雪防止剤中のホモポリマー(PMEA)との混合割合が、表1に示す各種混合割合となるように、両者を混合して、撥水性ポリマーが混合された各種着氷雪防止剤を得た。
【0041】
[第二のポリマー]
2-エチルヘキシルメタクリレート(EHMA)のモノマーを、ラジカル開始剤の存在下でフリーラジカル重合を行い、下記に示すEHMAのホモポリマー(PEHMA)を調製した。このホモポリマーをテトラヒドロフランに溶かして0.2wt%の濃度の撥水性ポリマーを得た。
【化7】
【0042】
この撥水性ポリマー中のホモポリマー(PEHMA)と、上記実施例1の着氷雪防止剤中のホモポリマー(PMEA)との混合割合が、表1に示す各種混合割合となるように、両者を混合して、撥水性ポリマーが混合された各種着氷雪防止剤を得た。
【0043】
[試験片]
ポリエチレンテレフタレート(PET)製の直径13mmの基板を、表1に示す各着氷雪防止剤20μLをスピンコート法によりコートした。スピンコートは500rpmで30秒間行った。このスピンコートにより各着氷雪防止剤を構成する重合体の膜が形成された試験片とした。
【0044】
[静的接触角測定による濡れ性評価]
上記各試験片の表面に、水滴を落とし、試験片と水滴との接触角の時間変化を測定した。
測定は、接触角計DM-700(協和界面科学株式会社製)を用いて、室温下で、3.0μlの水の滴下量で、滴下の1秒後から5秒置きに61秒まで測定した。測定は、各試験片につき3回行い平均値を算出した。結果を表1に示す。
【0045】
【表1】
【0046】
表1の結果から、本発明に係る各実施例の着氷雪防止剤は、試験片に水滴を滴下直後の乾燥雰囲気では、試験片と水滴との接触角が約50度以上の撥水性を示しているが、水滴が付着した湿潤雰囲気になってからは、約60秒で、接触角が約40度以下の親水性を示すことが確認できた。
【0047】
特に、第一のポリマーだけでなく、第二のポリマーを混合した場合、試験片と水滴との接触角は、乾燥雰囲気での接触角とその60秒後の接触角との差が、実施例2で20度以上、実施例3-5では30度以上、実施例6-7では40度以上、実施例8-10では50度以上とすることができ、第二ポリマーを混合した方が、より接触角の変化が得られることが確認できた。特に第二ポリマーの混合量を30重量%以下とした場合には、約60秒後の接触角についても、低く保つことができるので、より効果的となることが確認できる。
【0048】
なお、本発明は、その精神または主要な特徴から逸脱することなく、他のいろいろな形で実施することができる。そのため、上述の実施例はあらゆる点で単なる例示に過ぎず、限定的に解釈してはならない。本発明の範囲は特許請求の範囲によって示すものであって、明細書本文には、なんら拘束されない。さらに、特許請求の範囲に属する変形や変更は、全て本発明の範囲内のものである。