(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-25
(45)【発行日】2023-09-04
(54)【発明の名称】メンタルヘルスリスクの評価・改善方法
(51)【国際特許分類】
G16H 10/20 20180101AFI20230828BHJP
【FI】
G16H10/20
(21)【出願番号】P 2021083372
(22)【出願日】2021-05-17
【審査請求日】2022-04-25
(73)【特許権者】
【識別番号】505457994
【氏名又は名称】学校法人東京医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100139033
【氏名又は名称】日高 賢治
(72)【発明者】
【氏名】志村哲祥
(72)【発明者】
【氏名】赤塚優作
【審査官】三橋 竜太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-003908(JP,A)
【文献】特開2019-096283(JP,A)
【文献】特開2020-067725(JP,A)
【文献】特開2019-003570(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G16H 10/00-80/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータシステム及び情報処理端末を利用したメンタルヘルスリスクの評価・改善方法であって、
前記コンピュータシステムは、
生活習慣と睡眠に関する複数の質問項目を有し、かつ各前記質問項目に予め付与された係数を有する問診票
への回答者による回答結果を記録するデータベース
を有するサーバーと、
前記サーバーに格納され、前記問診票の各前記質問項目を説明変数とし、抑うつ感、不安感、疲労感、易怒焦燥、神経症傾向、アルコールを含む物質乱用、うつ病性障害、不安障害、職業性ストレスにおける心身のストレス反応、希死念慮及び/又は自殺企図、これらの合成変数であるメンタルヘルススコアのうち、少なくともいずれか一つが改善或いは悪化する度合いのリスク値を目的変数として算出する回帰式が記録された
処理プログラムと
、を含み、
前記
処理プログラムは、
前記データベースに記録された前記回答結果に基づいて算出した前記リスク値を、
問診を実施する機関
の前記情報処理端末及び/又は前記問診票に回答した
前記回答者の前記情報処理端末に送信する
処理、又は紙媒体にプリントアウトする
処理を、前記サーバーに実行させるとともに、さらに、
前記
処理プログラムは、
前記データベースに記録された前記回答者による回答の所定期間経過後、学習曲線に従い行動変容が定着されやすくなる時間間隔に従い、
生活習慣の改善方法に係るリマインド情報を、前記問診票に回答した
前記回答者の情報処理端末及び/又は前記問診を実施する機関の前記情報処理端末に送信する
処理、又は紙媒体にプリントアウトする
処理を、前記サーバーに実行させる、
ことを特徴とするメンタルヘルスリスクの評価・改善方法。
【請求項2】
前記
処理プログラムは、前記リスク値を算出する際、メンタルヘルス上望ましい生活習慣を有する状況を合成点数化したライフスタイルレジリエンススコアとして算出する、
ことを特徴とする請求項1に記載のメンタルヘルスリスクの評価・改善方法。
【請求項3】
前記問診票の質問項目は、年齢、性別、家族構成、婚姻状況、居住状況、家計の状況、家族や友人との交流、家族や友人からの実質的サポート、読書習慣、趣味の有無、食事時間の規則性、各食事の摂取有無、間食の有無、野菜・海藻・きのこ類の摂取量、肉・大豆・卵製品の摂取量、魚類の摂取量と頻度、
プロバイオティクスの摂取頻度、鉄分の摂取量、その他のミネラルの摂取状況、塩分摂取量、外食頻度、飲酒頻度、寝酒の頻度、週あたり合計アルコール摂取量、夜間のカフェインの摂取頻度と摂取量、就労の有無、通勤手段、通勤時間、在宅勤務の有無、夜間の電子デバイスの使用状況、インターネットの利用時間、SNSの利用時間、電子的ゲームへの消費時間、テレビの視聴時間、成長期終了後からの体重変化、週あたり高強度・中強度・
低強度の各運動時間とその合計時間、日の出から起床時までに曝露する照度或いは起床時の部屋の照度、日中の合計照度、日没後に過ごす空間の照度、平日の総就床時間、平日の総睡眠時間、平日の睡眠時間帯の中間時刻、平日の睡眠時間帯のばらつき、休日の総就床時間、休日の総睡眠時間、休日の睡眠時間帯の中間時刻、平日と休日の睡眠時間帯の中間時刻の差の絶対値、主観的真夜中の時刻にその者の必要睡眠時間の半分を加算した時刻と実際の起床時刻との乖離、眠くないにも関わらず寝床に入る習慣があるか否か、睡眠障害があるか否か、睡眠薬の使用があるか否か、未治療の睡眠障害ないし睡眠障害の疑いがあるか否か、生活習慣病関連疾患があるか否か、未治療の生活習慣病関連疾患があるか否か、を含む、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載のメンタルヘルスリスクの評価・改善方法。
【請求項4】
前記問診票の質問項目は、
前記回答者ごとに任意に取捨選択可能であり、前記
処理プログラムは質問項目数の変化に応じて係数を自動調整し、最適な回帰式を採用する、
ことを特徴とする請求項3に記載のメンタルヘルスリスクの評価・改善方法。
【請求項5】
前記問診票は、紙媒体又は電子媒体であり、電子媒体の
場合、前記
処理プログラム
は、前記サーバーに対し、前記回答者の前記情報処理端末に
前記問診票を送信する処理を実行させる、
ことを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載のメンタルヘルスリスクの評価・改善方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メンタルヘルスの不調リスクを自動的に算出し、本人或いは医療従事者や管理者にその結果と予防・改善方法を知らせることで、精神疾患の予防と改善を行う技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ストレス等に伴うメンタルヘルス問題は非常に大きな社会的コストとなりつつあり、日本においてうつ病性障害や不安障害への対応だけでその直接コスト、間接コストの合計は5.4兆円にも上り、アメリカではうつ病性障害に対応するため、少なくとも831億ドルの社会的コストを要している。
【0003】
さらに、メンタルヘルス問題の帰結としての自殺問題も依然として深刻な状況にある。精神疾患の予防は極めて重要であり、認知行動療法を中心とする心理的アプローチによるうつ病の予防も試みられているが、効果が限定的であり、さらに専門家しかアプローチができない、などの問題がある。
【0004】
また職域におけるストレス対策として、従業員が精神的な健康度について受けるセルフチェックも複数存在する。特に日本では2015年からストレスチェック制度が開始されたものの、職務環境がただちに改善されることは困難であり、また従業員が自らのストレスが高い状態にあることを知ったとしても、どのような対策を講じればよいのかについての手がかりに乏しいのが現状である。
【0005】
このようにメンタルヘルス問題は、社会的に大きな問題となりつつありながら、その対策に係る研究は十分とは言えないのが実態であり、特に生活習慣や睡眠の問題が生活習慣とメンタルヘルス不調、精神疾患、職業性ストレスの増大、そして自殺に与える影響は見過ごされている。例えば、食事と精神的健康、運動と精神的健康、睡眠と精神的健康など、単独の因子について調査した研究は散見されるものの、精神的健康に対して複数の生活習慣や睡眠の問題との関連を同時に検討した研究は少なく、喫煙・飲酒・野菜と果実・BMIと精神的健康との関連を検討し、そのリスク個数で分析をしているものや、BMIと運動、文化的活動、飲酒、喫煙、菜食主義、リズムの乱れといった限定的な項目とうつ・不安との関連を調査したものにとどまっている。
【0006】
さらに、多数の生活習慣を睡眠の問題と絡めて包括的に分析したものや、それが様々なメンタルヘルスのコンポーネントに与える影響の重要度の大小の比較をした研究は存在せず、メンタルヘルスの改善に役立てるための生活習慣と睡眠の問診票や問診システムも存在しない。
【0007】
本発明者らは、これまで収集したデータを分析した結果、生活習慣と睡眠の問題がメンタルヘルスの不調、精神疾患、職業性ストレスの増大、そして希死念慮、自殺企図の各リスクに与える影響と、その重要度に大きな差が存在することを明らかにした。
【0008】
すなわち、生活習慣及び睡眠の問診システムを用いることで、メンタルヘルスの不調を予防し、精神疾患リスクを低減し、職業性ストレスを軽減させ、更には自殺リスクを低下させるために、受検者が改善する必要のある生活習慣や睡眠の問題を抽出することができる。
【0009】
また、改善すべき生活習慣がある場合、単発の情報提供を行うのみでは行動変容に至る効果が弱く、適切なタイミングでフォローアップを行うことも重要な要素であることも明らかになった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【文献】佐渡充洋、稲垣中、吉村公雄。「精神疾患の社会的コストの推計 平成22年度厚生労働省障害者福祉総合推進事業補助金事業実績報告書」
【文献】Greenberg PE、Kessler RC、Birnbaum HG、Leong SA、Lowe SW、Berglund PA、Corey-Lisle PK.The economic burden of depression in the United States:how did it change between 1990 and 2000.J Clin Psychiatry.2003 Dec:64(12):1465-75.doi:10.4088/jcp.v64n1211.PMID:14728109.
【文献】Clarke、Katherine、et al.「Can non-pharmacological interventions prevent relapse in adults who have recovered from depression? A systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials.」Clinical psychology review 39 (2015):58-70.
【文献】Harrington、 Janas、 et al.「Living longer and feeling better: healthy lifestyle、 self-rated health、 obesity and depression in Ireland.」 European Journal of Public Health 20.1 (2010): 91-95.
【文献】Velten、Julia、et al.「Lifestyle choices and mental health: a longitudinal survey with German and Chinese students.」 BMC Public Health 18.1 (2018): 1-15.
【文献】Kroenke、Kurt、Robert L.Spitzer、and Janet BW Williams.「The PHQ‐9: validity of a brief depression severity measure.」 Journal of general internal medicine 16.9 (2001): 606-613.
【文献】Marteau、Theresa M.、and Hilary Bekker.「The development of a six‐item short‐form of the state scale of the Spielberger State—Trait Anxiety Inventory (STAI).」 British journal of clinical Psychology 31.3 (1992): 301-306.
【文献】Bush、Kristen、et al.「The AUDIT alcohol consumption questions (AUDIT-C): an effective brief screening test for problem drinking.」 Archives of internal medicine 158.16 (1998): 1789-1795.
【文献】Chalder、Trudie、et al.「Development of a fatigue scale.」Journal of psychosomatic research 37.2 (1993): 147-153.
【文献】Spielberger、C.D.、et al.「Assessment of anger: The state-trait anger scale.」 Advances in personality assessment 2 (1983): 161-189.
【文献】Eysenck、Sybil BG、Paul T.Barrett、and Donald H.Saklofske.「The Junior Eysenck Personality Questionnaire.」 Personality and Individual Differences (2020): 109974.
【文献】American Psychiatric Association: Diagnostic and statistical manual of mental disorders、5th ed. Washington DC.2013 (高橋三郎、大野裕監訳、染矢俊幸、神庭重信、尾崎紀夫、三村將、村井俊哉訳:DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル.東京医学書院 2014).
【文献】下光輝一「職業性ストレス簡易調査票」産業精神保健 12 (2004): 25-36.
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2011-238215号公報
【文献】特開2016-004507号公報
【文献】特開2017-196314号公報
【文献】特開2018-082765号公報
【文献】特開2019-133231号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本願発明は、生活習慣及び睡眠に係る問診システムを用いることで、メンタルヘルス不調を未然に防止し、精神疾患リスクを低減し、職業性ストレスを軽減させ、更には自殺リスクを低下させるために受検者が改善する必要のある生活習慣や睡眠の問題を抽出し、改善すべき生活習慣がある場合、適切なタイミングでフォローアップを行うことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本願発明は、上記目的を達成するため、コンピュータシステム及び情報処理端末を利用したメンタルヘルスリスクの評価・改善方法であって、
前記コンピュータシステムは、生活習慣と睡眠に関する複数の質問項目を有し、かつ各前記質問項目に予め付与された係数を有する問診票への回答者による回答結果を記録するデータベースを有するサーバーと、前記サーバーに格納され、前記問診票の各前記質問項目を説明変数とし、抑うつ感、不安感、疲労感、易怒焦燥、神経症傾向、アルコールを含む物質乱用、うつ病性障害、不安障害、職業性ストレスにおける心身のストレス反応、希死念慮及び/又は自殺企図、これらの合成変数であるメンタルヘルススコアのうち、少なくともいずれか一つが改善或いは悪化する度合いのリスク値を目的変数として算出する回帰式が記録された処理プログラムと、を含み、
前記処理プログラムは、前記データベースに記録された回答結果に基づいて算出した前記リスク値を、問診を実施する機関の前記情報処理端末及び/又は前記問診票に回答した前記回答者の前記情報処理端末に送信する処理、又は紙媒体にプリントアウトする処理を前記サーバーに実行させるとともに、さらに、
前記処理プログラムは、前記データベースに記録された前記回答者による回答の所定期間経過後、学習曲線に従い行動変容が定着されやすくなる時間間隔に従い、生活習慣の改善方法に係るリマインド情報を、前記問診票に回答した前記回答者の情報処理端末及び/又は前記問診を実施する機関の前記情報処理端末に送信する処理、又は紙媒体にプリントアウトする処理を、前記サーバーに実行させる、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
上記構成を有する本願発明によれば、メンタルヘルス不調を未然に防止し、精神疾患リスクを低減し、職業性ストレスを軽減させ、更には自殺リスクを低下させるために受検者が改善する必要のある生活習慣や睡眠の問題を抽出し、改善すべき生活習慣や睡眠問題がある場合、適切なタイミングでフォローアップを行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】抑うつ感を目的変数とし、生活習慣・睡眠のパラメータを説明変数とした時の、多変量解析(重回帰分析)の結果を示す図。
【
図2】説明変数に任意の変数を選択した際のそれぞれの結果を示す図。
【
図3】抑うつ感、うつ病性障害、不安感、不安障害、疲労感、易怒焦燥、神経症傾向、職業性ストレスにおける心身のストレス反応、希死念慮・自殺企図、アルコールなどの物質乱用の各変数を主成分分析により合成した際の成分行列の結果を示す図。
【
図4】メンタルヘルススコアを目的変数、各種生活習慣を説明変数とした重回帰分析の結果を示す図。
【
図5】ライフスタイルレジリエンススコアと心身のストレス反応の関連を締めす図。
【
図6】「希死念慮」を有するか否かをライフスタイルレジリエンススコアで予測した際のROC曲線を示す図。
【
図7】管理者による質問項目の指定画面の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本願発明の実施形態について、各図面を参照しながら説明する。
前述のとおり、本発明者らはこれまで収集した数多くのデータから、メンタルヘルスの不調として、抑うつ感、不安感、アルコールなどの物質乱用、疲労感、易怒焦燥、神経症傾向、精神疾患としてのうつ病性障害と不安障害、職業性ストレスにおける心身のストレス反応、希死念慮・自殺企図が、生活習慣及び睡眠と関連していることを明らかにした。
【0017】
図1は、抑うつ感を目的変数とし、生活習慣・睡眠のパラメータを説明変数とした時の、多変量解析(重回帰分析)の結果を示している。また
図2は、説明変数に全変数ではなく任意の変数を選択した際のそれぞれの結果を示している。
【0018】
図1、2に示すとおり、それぞれの生活習慣がメンタルヘルスに与える影響は、標準化係数で見た場合に明らかな差があることがわかる。標準化係数が大きいものほど、その生活習慣の改善によって目的変数のスコアを改善できる度合いが大きい。
【0019】
図3は、抑うつ感・うつ病性障害、不安感・不安障害、疲労感、易怒焦燥、神経症傾向、職業性ストレスにおける心身のストレス反応、希死念慮・自殺企図、アルコールなどの物質乱用の各変数を主成分分析により合成した際の成分行列の結果を示している。物質乱用以外は共通のベクトル成分を多く持つことが分かる。本明細書では、この変数合成によって得られた得点を、各種メンタルヘルスの状態を統合したものとして「メンタルヘルススコア」と定義する。
【0020】
図4は、前記メンタルヘルススコアを目的変数、各種生活習慣を説明変数とした重回帰分析の結果を示している。標準化係数が大きいものほど、その生活習慣の状態の改善による、メンタルヘルスの状態の改善度合いが大きいことが分かる。
【0021】
ここで、
図1、2、4に示されているようなそれぞれの目的変数に対応した生活習慣・睡眠の項目の回答値に回帰係数を乗じることで、それぞれの項目の重要度が可視化できる。当該数値の絶対値が大きいものほど、各種メンタルヘルスの状態に大きな影響を与える項目である。
【0022】
生活習慣・睡眠の項目の回答値に回帰係数を乗じたものを加算することにより、メンタルヘルスの状態に対して影響する生活習慣・睡眠の状況を線形に可視化することができる。これを「ライフスタイルレジリエンススコア」と定義する。
【0023】
また、回帰係数に一律の係数を乗じ、年齢や通勤時間等の上限値が定義できない回答項目はカテゴリー化して処理することで、ライフスタイルレジリエンススコアについて満点が100点となるような処理をすることも可能である。
【0024】
図5は横軸に得点が0~100点の間に分布し、点数が高いほどメンタルヘルス上良好な生活習慣を有していることを表すように係数を設定したライフスタイルレジリエンススコアを、縦軸に職業性ストレスにおける「心身のストレス反応」を表したグラフである。図示の通り両者は極めてよく相関し、自由度調整済み決定係数(Adjusted R2)は0.4245と高い。
【0025】
図6は「希死念慮」を有することがあるか否かをライフスタイルレジリエンススコアで予測した際のROC曲線である。スコア37.17点をカットオフとした際には、感度77.3%、特異度74.8%、AUC=0.836と、ライフスタイルレジリエンスは希死念慮の存在を極めてよく予測することができる。
【0026】
抑うつ感、不安感、アルコールなどの物質乱用、疲労感、易怒焦燥、神経症傾向、うつ病性障害、不安障害、職業性ストレスにおける心身のストレス反応、希死念慮・自殺企図について、回帰モデルを利用すると、その確率(或いは程度)は、下記式で示すことができる。ただし、p=上記問題が生じる確率、或いは上記問題の程度・スコア、bn=各生活習慣・睡眠項目における各種回帰係数、Xn=各生活習慣・睡眠項目の回答結果とする。
1.線形回帰モデルを使用した場合
p=定数項+b1X1+b2X2+b3X3+b4X4…bnXn
2.ロジットモデルを使用した場合
logit値=定数項+b1X1+b2X2+b3X3+b4X4…bnXn
とすると、
p=e
logit/1+e
logit=1/(1+e
-logit)※
【0027】
受検者がより簡便に少ない時間で回答することを可能にするため、問診票の各質問項目は管理者が適宜に取捨選択することができる。管理者がいくつかの質問項目を削除する指定を行った場合には、本システムに係るプログラムは、残された(除外されなかった)項目を説明変数とし、データベースに存在する回答データを対象に、上記各種メンタルヘルスの問題、或いはメンタルヘルススコアを目的変数とした回帰分析を自動的に行う。これにより、前掲の回帰係数を新たに算出することで、その項目を含まない場合のメンタルヘルスに与えるリスク係数を新たに自動的に算定することができる。
図7は、管理者による質問項目の指定画面の一例である。
【0028】
さらに、統計学的に有意な差を見出すことのできる充分なデータ量があれば、組織ごと、業種ごと、職種ごと、性別ごと、人種ごと等の各種セグメント別における当該リスクを特異的に同定し、これを質問票の質問項目に採用し、それに対応した係数を算出することも可能である。
【0029】
十分なデータ量がある自治体等が本問診票を用いる際には、当該地域に限定したデータで解析することで、その地域における個別のライフスタイルに関連するメンタルヘルスのリスクをより精密に算定することができる。
【0030】
なお、一部の質問項目を削除した問診票について、その回帰係数を全て予め計算することは、約1京通り以上の演算を予め行う必要があるため技術的に不可能である。また、地域、組織、業種、職種も無数に存在するため、予め用意することができないが、本技術によりその不可能性を克服することができる。
【0031】
オンラインで問診票を提供する際には、全ての質問項目をデータベースに格納した上で、任意の項目のみを呼び出し、その項目に対してのみ計算を行うことで、この問診票を利用する自治体や企業、学校の担当者、或いは研究者等が質問項目を自由に取捨選択することができ、回答所要時間の短縮を図ることができる。また、紙媒体で回答を行う場合には、上記で得られた質問項目および前記回帰係数の情報を印刷機に送信し問診票を印刷することによって、紙媒体よる問診票を作成する。
【0032】
本問診票においては、メンタルヘルスの各種アウトカムに対するリスクや影響度の係数が大きいほど、影響の大きい項目であることを意味するので、当該項目が陽性回答されていた場合は、その大きさに準じて、別途当該項目を改善させるよう促す文面を本人に提示することで、各種メンタルヘルス疾患や不調が生じるリスクを低減させることができる。
【0033】
また、当該項目を改善させるよう指導することを促す文面を医療従事者や指導を担当する者へ提示することで、当該リスクを低減させるための生活習慣指導を行わせることも可能となる。
【0034】
上記において指導の対象となる項目は、家計の状況、家族や友人との交流、読書習慣、趣味の有無、食事時間の規則性、各食事の摂取有無、間食の有無、野菜・海藻・きのこ類の摂取量、肉・大豆・卵製品の摂取量、魚類の摂取量と頻度、発酵食品や乳酸菌等のプロバイオティクスの摂取頻度、鉄分の摂取量、その他のミネラルの摂取状況、塩分摂取量、外食頻度、飲酒頻度、寝酒の頻度、週あたり合計アルコール摂取量、夜間のカフェインの摂取頻度と摂取量、通勤手段、通勤時間、在宅勤務の有無、夜間の電子デバイスの使用状況、インターネットの利用時間、SNSの利用時間、電子的ゲームへの消費時間、テレビの視聴時間、週あたり高強度・中強度・歩行等の低強度の各運動時間とその合計時間、日の出から起床時までに曝露する照度或いは起床時の部屋の照度、日中の合計照度、日没後に過ごす空間の照度、平日の総就床時間、平日の総睡眠時間、平日の睡眠時間帯の中間時刻、平日の睡眠時間帯のばらつき、休日の総就床時間、休日の総睡眠時間、休日の睡眠時間帯の中間時刻、平日と休日の睡眠時間帯の中間時刻の差の絶対値、主観的真夜中の時刻にその者の必要睡眠時間の半分を加算した時刻(optimal wakeup time)と実際の起床時刻との乖離、眠くないにも関わらず寝床に入る習慣があること、睡眠薬の使用があること、未治療の睡眠障害ないし睡眠障害の疑いがあること、未治療の生活習慣病関連疾患があること、などである。
【0035】
オンラインで問診票に回答した場合のデータ、或いは紙媒体の問診票に回答されたデータがOCRで読み取られるなどして得られたデータは、サーバーのデータベースへ逐次格納される。さらに、回答者のその後の任意の時点での各種メンタルヘルスの状態のアウトカムのデータが得られればそれを追加することで、リスクの係数はさらに正確なものとすることができる。
【0036】
電子的方法で行う場合、質問項目は電子的方法で表示され、或いは読み上げられ、回答者はその質問項目に対して回答を行う。コンピュータープログラムで問診票に回答させる場合には、各質問項目の設定状況と、目的とするメンタルヘルスのアウトカムに応じた回帰係数を加算し、或いはオッズ比を乗じ、回帰モデルに従って確率を算出することで、目的とするメンタルヘルス不調のリスクを自動的に算出し、本人或いは医療従事者や管理者等の本問診票による受験をさせた者へこの結果を情報処理端末に送信し、表示することができる。なお、結果は、紙媒体にプリントアウトして、受験者本人に郵送(或いは手渡し)するようにしても良い。
【0037】
具体的に結果を算出し表示する方法は、ロジットモデルを利用した場合には、回帰式に準じて、定数項に加えて各質問項目への回答状況に応じて回帰係数を加算していき(回答のない項目についてはその係数をゼロとし)、ロジット値(logit)を算出する。1/1+exp(-logit値)がその者のメンタルヘルス不調、たとえばうつの発症や、希死念慮を生じるようなリスクであり、これを表示する。
【0038】
結果については直接確率で表示する他、標準集団に対してのリスク比(オッズ比)で表すこともできる。この場合、母集団のメンタルヘルス不調リスクが明らかでなくとも、リスクを提示することができる。ロジットモデルにおける各質問項目の回帰係数をbnとしたときにexp(bn)を乗じていくことで標準集団に対して何倍の不調を有するかを表示できる。※
※exp(b1)*exp(b2)*exp(b3)*…=リスク比(オッズ比)
【0039】
この時、回答内容が陽性となっている項目の回帰係数(bn)の値が大きいものほど、メンタルヘルス不調に強い影響を与えていることを意味するため、この係数が大きいものから順に生活習慣・睡眠の改善を促す表示を行う。
【0040】
紙媒体などの非デジタル媒体にて問診票を作成した場合には、以下のような方法で採点をしてリスクを算出することができる。例えば、各質問項目に対応する回帰係数を記しておき、回答者本人或いは採点者が回答終了後にその数値を全て加算して、上記回帰式にあてはめ、リスクを算出する方法である。この時、小数点が含まれると計算が煩雑となるため、任意の係数を乗じて小数点以下を四捨五入することで、結果の精度は低下するが、本人による加算の計算を容易にすることができる。
【0041】
さらに、負の係数が含まれると計算が煩雑となるため、任意の数値を加算して数値を用意し、最後の集計の際にその任意の数値の合計を減じる処理をすることで、本人による加算の計算を容易にすることができる。
【0042】
最終的な合計点からリスクを算出する際に、ロジットモデルの計算式を当てはめて計算すると煩雑となるため、得られた合計点と、メンタルヘルス不調が生じるリスクとの対照表をつけることで、リスクの結果値の算出が簡便になる。
この時、本人に直接確率を伝えることで心理的悪影響が発生するのを防ぐため、A、B、C、D、Eなどのランク評価に代えることもできる。
【0043】
紙媒体などの非デジタル媒体にて回答する際には、その紙媒体を複写式にすることで本人に結果をそのまま持ち帰らせることができ、改善に役立てるための資料とすることができる。また、本問診票を実施させた者も過去の記録を紙媒体として保管することができる。
【0044】
改善を要する生活習慣・睡眠の問題が明らかとなり、回答者本人に対してシステム、或いはシステムを利用した管理者から通知された場合でも、結果が出た際の一回のみ(単発)で通知しただけでは行動改善に結びつきにくい。
【0045】
このため本システムでは、回答者本人にどの生活習慣・睡眠の問題を改善するかのコミットメント(宣言)を求めるとともに、その改善方法を情報処理端末に送信するとともに、サーバーのデータ領域に格納する。この時、改善すべき項目は前記係数に従って重要度順に優先順位をつけて提示される。
【0046】
本システムは、本人あるいは医療従事者や管理者等の情報処理端末に対し、メッセージ機能やチャット機能を用いて、当該宣言を行った項目の改善を促すためのリマインド情報を発信する。このリマインド情報の間隔は学習曲線に従い、宣言から1~2日後、3~4日後、約1週後、約2週後等、おおむね2倍の期間を空けて、3回以上行われる。これにより生活習慣の改善の定着を促すことができる。
【0047】
以上のとおり、本願発明によればメンタルヘルス不調を未然に防止し、精神疾患リスクを低減し、職業性ストレスを軽減させ、更には自殺リスクを低下させるために受検者が改善する必要のある生活習慣や睡眠の問題を抽出し、改善すべき生活習慣や睡眠問題がある場合、適切なタイミングでフォローアップを行うことができる。