(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-28
(45)【発行日】2023-09-05
(54)【発明の名称】ウイルス消毒効果判定方法及び該判定方法により選定された抗ウイルス消毒剤
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6851 20180101AFI20230829BHJP
【FI】
C12Q1/6851 Z
(21)【出願番号】P 2018167537
(22)【出願日】2018-09-07
【審査請求日】2021-08-04
(73)【特許権者】
【識別番号】317012639
【氏名又は名称】Kten Bio株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100098671
【氏名又は名称】喜多 俊文
(72)【発明者】
【氏名】西村 直行
(72)【発明者】
【氏名】佐守 秀友
【審査官】鳥居 敬司
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-205234(JP,A)
【文献】国際公開第2014/115860(WO,A1)
【文献】特開2016-085083(JP,A)
【文献】特表2016-505273(JP,A)
【文献】山本 茂貴、野田 衛,平成20年度 ノロウイルスの不活化条件に関する調査,ノロウイルスの不活化条件に関する調査(国立医薬品食品衛生研究所食品衛生管理部),2008年,https//www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/kanren/yobou/pdf/houkokusyo_110613_02.pdf
【文献】Harry Walter and Gote Johansson,Partitioning in Aqueous Two-Phase Systems: An Overview.,Anal. Biochem.,1986年06月,Vol.155, No.2,p.215-242,doi: 10.1016/0003-2697(86)90431-8
【文献】加藤 好雄,APTP(水性二層分配)法 巨大分子の新しい分離・精製法,化学と生物,Vol.8, No.5,1970年05月25日,p.304-312,doi: 10.1271/kagakutoseibutsu1962.8.304
【文献】船越 久司,グリコーゲン添加エタノール沈殿法によるノロウイルスの濃縮分離法,日本食品微生物学会雑誌,2013年09月30日,Vol.30, No.3,p.156-159,https://doi.org/10.5803/jsfm.30.156
【文献】"平成20年度 ノロウイルスの不活性化条件に関する調査", 2008, retrieved on2022.4.25, retrieved from the Internete, URL: https//www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/kanren/yobou/pdf/houkokusyo_110613_02.pdf
【文献】日本食品微生物学会雑誌, 2013, Vol.30, pp.156-159
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00-1/70
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗ウイルス消毒剤で
RNAゲノムを持った標的ウイルスを処理した液に、少なくともポリエチレングリコール及び
グリコーゲンを含む遠心操作でウイルスを濃縮・回収する液を加え、ウイルスを濃縮した後、該濃縮液中の標的ウイルスの遺伝子増幅を行い、消毒剤の消毒効果を判定することを特徴とするウイルス消毒効果判定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、(1)環境(施設やその内の設備、機材、器具などのほか、食品材料、生物材料なども含む)に存在するウイルスを濃縮して検出する、(2)検出された場合には標的とするウイルスとそれが存在する環境に適した消毒剤と消毒方法で消毒する、(3)消毒後、ウイルスが消滅したかどうかの確認検査を行う。これらの一連のシステムを構築するための方法やそれに使用する試薬などを開発、整備することで、ウイルス(特に病原性ウイルス)による環境汚染を防ぎ、これらを介した生物(特にヒト)へのウイルス感染に対する防御力を高めることができる。
【背景技術】
【0002】
生物に病気を引き起こす病原性ウイルスは世の中に多々存在するが、特にヒトに感染し、重篤な病気を引き起こす病原性ウイルスによる主な疾患には、エイズ、痘瘡、ポリオ、ウイルス性肝炎、日本脳炎、麻疹、狂犬病、トラコーマ、鼠径リンパ肉眼腫、インフルエンザ(特に高病原性)などが挙げられる。
【0003】
また、前記の病原性ウイルスに比べると重篤度は低いが、日々の生活(特に食生活)を通じて頻繁に生じるのはウイルスが原因の食中毒である。
【0004】
食中毒を引き起こす病原性ウイルスのなかでも、我が国で冬季から春先に掛けて多発する食中毒の原因となるのがノロウイルス(以下、NV)である。NVは7つの遺伝子群 (GI~GVII)に分類されており、その内、ヒトに感染し胃腸炎を引き起こすのはGI,GIIおよびGIVであるが、近年GII(特にGII.4型)が主要流行株となっている。NVは感染性食中毒原因全体の70%程度を占めていて、毎年1~3万人の感染者が報告されているが、実際にはその100倍程度が感染していると推測されている。
【0005】
NVの感染経路としては、(1)下水→貝類→人、(2)調理従事者→器具・食材→人、(3)人→人、人→施設環境→人が想定されており、従来は(1)経路が大半を占めていたが、近年は (2)、(3)の人を介した汚染による感染事例が大半を占めるようになってきている。
【0006】
このようにNVが蔓延する原因としては、以下のNVが有している特徴が大きく関与していると考えられている。即ち、(1)NVの遺伝子本体がRNAで変異が生じ易く、かつNVに対する免疫防御が腸粘膜を介したものであるため、一度感染したとしても免疫が無効もしくは長続きしない。(2)糞便のみならず嘔吐物中にも大量のウイルスが排出される(患者便中105~109ウイルス/g、患者嘔吐物中103~107ウイルス/g)。(3)感染者は症状消失後も長期に渡ってNVを排出し続ける(成人で3週間、小児では1ヶ月以上排出されたとの報告がある)。(4)症状の出ない感染者(不顕性感染者)が多数存在するが、彼らも人に感染させるに足る量のNVを糞便中に排出している。(5)100~1,000 NVの曝露で半数の人が感染するほど感染力が強い。(6)環境中(特に低温での)生存期間が長い(乾燥状態の4℃保存で2ヶ月、20℃保存で1ヶ月程度と推定されている)。
【0007】
そのような状況から、同一メニューを1回300食以上又は1日750食以上を提供する調理施設(大量調理施設)を対象とした「大量調理施設衛生管理マニュアル」(平成9年3月24日付け衛食第85号別添 最終改正:平成29年6月16日付け食安発0610第1号)の平成20年6月の改訂で、厚生労働省は「NV検便検査」や「NV感染者の調理作業控え」などの推奨を追記した。
【0008】
しかしながら、食中毒発生原因として未だNVは全体の2/3程度を占めている。さらに、
発生施設は、飲食店、仕出し屋、旅館、製造所などの食品を直接取り扱う施設に加えて、事業所、学校、病院、販売所、家庭など多岐に渡っている。
【0009】
従って、NV感染を予防するには、従来のNV検便検査(個別検査)に加えて、食品
取り扱い場所も含めたNV汚染が疑われる場所でのNVの検査さらにはモニタリングなどでの広域(環境)検査が極めて有効と考えられた。
【0010】
さて、環境中のウイルス検査においては、まずは、ウイルス汚染が懸念される場所での設備、機材、器具、食材などをリン酸緩衝液などの緩衝液、生理食塩水、もしくは蒸留水を含浸させた綿棒などを用いて拭き取る。
【0011】
拭き取ったウイルスは、拭き取り治具に包含した緩衝液、生理食塩水や蒸留水に懸濁した後、ポリエチレングリコール (以下、PEG)などを含んだ濃縮液と混合しての遠心、あるいは懸濁液から直接に超遠心などで濃縮される。
【0012】
濃縮物中にウイルスが存在するか否かを確認するには、ウイルスから直接もしくはその遺伝子(核酸:DNAもしくはRNA)を抽出・精製した後、そのウイルス遺伝子がDNAの場合はPCRなどでそのDNAを増幅、RNAの場合は、RNAそのものを増幅、あるいは逆転写(RT)反応でDNAに転換してから増幅する。増幅物の検出や解析はプローブ法などでリアルタイムに、もしくは増幅後、融解温度解析 (Melting Curve Analysis : MCA)やアガロース電気泳動などで行う、いわゆる遺伝子検査が実施されている。
【0013】
しかしながら、従来のPEG沈殿法では、ウイルスを高率かつ安定的に回収することが困難でかつ作業工程が煩雑、工程時間も長く、簡便・迅速かつ高回収率にウイルスを濃縮することができなかった。また、超遠心法は、装置が高価な上に、操作には熟練した技術が必要であり、一度に処理できる検体数も少ないなど、汎用面での問題が大きかった。
【0014】
そこで、我々は、PEG溶液への多糖類添加と添加量の最適化、および添加塩濃度の最適化により、水溶液中のウイルスを簡便・迅速かつ安定的に高回収率で濃縮する方法およびそれに使用する試薬を発明して特許出願を行った(特願2018-126772号)。
【0015】
上記の方法を利用して環境から高率に回収したウイルスは、ダイレクト(核酸の抽出・精製をすることなく)に、検出すべき核酸がDNAの場合はPCRなど、RNAの場合は逆転写(RT)反応でcDNAに転換後PCRなどで増幅・検出することで、環境中に存在するウイルスの検出やモニタリングを高速かつ容易に行えるようになった。
【0016】
さて、検査対象物からウイルスが検出された場合には消毒が必要となる。ウイルスに対する消毒効果を謳う消毒剤は数多く存在しているが、培養が困難なウイルスに対しては、培養が可能な近縁ウイルス(NVに対してはマウスノロウイルスやネコカリシウイルス)を代替えとした培養法で効果判定を行い、実際のターゲットに対する効果を推定して使用されているのが現状である(特許文献1、非特許文献1)。
しかし、この方法では、標的とするウイルスを実際の現場で不活化させうるかどうかは不明である。このことは、ウイルスを含む病原微生物の消毒剤として頻繁に使用されている次亜塩素酸ナトリウムなどの塩素系薬剤のように有機物が存在すると効果が激減する消毒剤を使用する場合においてはなおさらのことである。さらに標的とするウイルスを使用して消毒効果を判定した消毒剤を使用する場合においても、培養では効果判定まで長時間を要し、実現場での消毒効果の確認には向いていない。
【0017】
以上のことなどから、ウイルスによる環境汚染を防ぎ、これらを介した生物へのウイルス感染に対する防御力を高めるには、消毒対象の環境あるいは擬似環境に存在する標的ウイルスでの有効性が証明された消毒剤や消毒法の使用が必須となる。さらに、消毒後は迅速かつ高率なウイルス回収法とダイレクト遺伝子検査のような迅速かつ高感度な検出法を組み合わせて、その消毒効果を迅速かつ高感度に判定することで、さらに防御効果を高めることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【非特許文献】
【0019】
環境感染誌 Vol.31 no.3, 2016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
環境中の検査対象物に存在するウイルスに消毒効果をもたらす薬剤の種類や濃度、その使用法などを、標的ウイルスとそれが存在する環境に合わせて設定する。その上で、(1)検査対象物に存在する標的ウイルスの濃縮・検出を迅速に行う。(2)(1)でウイルスが検出された場合もしくはウイルスによる汚染の可能性が高い場合には、当該ウイルスとそれが存在する環境に適した消毒剤と消毒方法で消毒する。(3)消毒効果の確認検査を迅速に行う。これらの一連のシステムを構築するための方法やそれに使用する試薬、器具や装置類を整備することで、ウイルス(特に病原性ウイルス)による環境汚染を防ぎ、これらを介した生物(特にヒト)へのウイルス感染に対する防御力を高めることができる。
【課題を解決するための手段】
【0021】
我々は、先に発明したウイルス濃縮法(特願2018-126772号)のようなウイルスを高率かつ安定的に濃縮して回収する方法が、環境中のウイルス汚染の検査やモニタリング以外に、実際の標的ウイルスとそれが存在する環境に適した消毒剤やその使用法の開発や選択、さらには消毒後の効果確認検査に使用できるのではないかと考え、NVを材料に鋭意検討を重ねてきた。
即ち、本発明は、抗ウイルス消毒剤候補で標的ウイルスを処理した液もしくは該薬剤がRNA増幅反応もしくは逆転写(RT)反応またはPCRなどのDNA増幅反応に影響を及ぼさない範囲まで希釈するか中和した液に、特願2018-126772号で示すポリエチレングリコール(PEG)と多糖類などを含む濃縮液のようなウイルスを高率かつ安定的に濃縮できる液を加え、遠心操作などでウイルスを濃縮する。その後、該濃縮液中の標的ウイルスの遺伝子増幅を行い、消毒剤候補の消毒効果を判定することを特徴とするウイルス消毒効果判定方法である。
希釈液としては、蒸留水や各種緩衝液などが、中和液としては、酸やアルカリなどによるpH中和液の他、チオ硫酸ナトリウムなどによる塩素中和液なども挙げられる。
PEG溶液に添加する多糖類としては、PEG溶液中で懸濁状態になるものであれば使用できる可能性が高い。例として、グルコース由来のアミロペクチン、カードラン、グリコーゲン、セルロース、α-セルロース、デキストリン、N-アセチルグルコサミン由来のキチン、フルクトース由来のイヌリンが挙げられるがこれらに限定されるものではなく、またこれらを混合して使用することも可能である。上記多糖類の内、グリコーゲン、デキストリン、イヌリンが推奨されるが、最も推奨されるのはグリコーゲンである。
【0022】
さらに具体的には、各種消毒剤候補でNVを処理した後、当該消毒剤がNV遺伝子に影響を与えない(RT-PCRの結果に影響を与えない)濃度以下になるように蒸留水で希釈し、直ちに前記のウイルス濃縮法でウイルスを濃縮した。遠心後の沈渣に検体処理液を加えて加熱後、RNAを精製することなく直接RT-PCR(以下、direct RT-PCR)を行い、蛍光標識probeでリアルタイムに検出する系(以下、消毒効果判定系)で各種消毒剤のNVに対する消毒効果を判定した。
抗ウイルス消毒剤候補としては、細菌やウイルスに対する消毒剤の効果を検討した文献類などを参考に、アルコール系消毒剤、塩素系消毒剤、塩化ベンザルコニウム、グルタルアルデヒド、ペルオキシー硫酸カリウム、メタケイ酸ナトリウム、リン酸三ナトリウム、過酸化水素、加熱などを試してみたが、特に本消毒効果判定系で効果が確認できたのは、塩素系消毒剤とメタケイ酸ナトリウムであった。なお、本評価系が核酸の存在を直接確認する方法を使用していること、加熱処理(85℃ 3分間)したNV懸濁液からは無処理のものからと同量のNV由来RT-PCR産物が得られたこと(data not shown)などから、これらの薬剤はウイルス内部に浸透してRNAを分解、もしくはウイルス殻を壊して内のRNAを放出など、ウイルス内部の核酸に直接もしくは間接的に作用しているものと推定している。また、その推定される作用機序や塩素系薬剤が消毒を目的に広く使用されていることなどから、本消毒効果判定系で見出された薬剤はウイルス全般(特にRNAゲノムを持った)に対する消毒、さらには細菌や真菌などのウイルス以外の微生物をも含めての消毒など、汎用的な消毒剤としての使用も可能と考えている。
【0023】
本消毒効果判定系で効果が見出された消毒剤の内、塩素系の消毒剤については、水溶液中に有機物が存在すると、ウイルス(RNA)減少効果(消毒効果)が激減することが本系においても認められた。例えば、次亜塩素酸ナトリウムは、蒸留水中では0.025%(終濃度)でもNVに対する十分な消毒効果を発揮するものの、有機物として添加したウシ血清アルブミン(BSA)の量が増加するに従いその効果は減弱し、5%BSA(終濃度)存在下では0.1%(終濃度)の次亜塩素酸ナトリウムでもその効果は全く認められなかった。
【0024】
他方、メタケイ酸ナトリウムの場合は、0.5%(終濃度)程度からNVに対して消毒効果を示すが、BSA添加の有無によってその消毒効果は影響を受けなかった。さらに、塩素系消毒剤をメタケイ酸ナトリウムとの組み合わせで使用することで、塩素系消毒剤の有機物存在下での消毒効果減弱を補填するのに有効であることも見出した。
これより、本発明は、本発明の判定系により選定された抗ウイルス消毒剤をも提供する。ここで、抗ウイルス消毒剤はアルカリ金属ケイ酸塩を包含することを特徴とする。
アルカリ金属ケイ酸塩は、一般式M2O・xSiO2・yH2O(M:アルカリ金属)で表わされ、ナトリウム、カリウム、リチウムのケイ酸塩を用いることができるが、メタケイ酸ナトリウムが好ましい。メタケイ酸ナトリウムの添加する濃度は、終濃度で0.5%以上、好ましくは3.5%以上、さらに好ましくは11%以上である。
【0025】
さらに、今回の発明である標的とするウイルスとそれが存在する環境に適した消毒剤と消毒方法、ウイルス濃縮法とdirect (RT)-PCR法などのウイルスから直接核酸を増幅・検出する最新の方法などを組み合わせることで、ウイルスによる環境汚染を防御するシステムの構築が可能となった。即ち、(1)迅速かつ高率的なウイルス濃縮法と迅速かつ高感度の核酸増幅・検出法を使用して検査対象物に標的とするウイルスが汚染していないかを検査する、(2)(1)でウイルスが検出された場合もしくはウイルスによる汚染の可能性が高い場合には、当該ウイルスとそれが存在する環境に適した消毒剤と消毒方法で消毒する、(3)消毒後の検査対象物に(1)の検査法を適応させてウイルス確認検査を行うことで消毒効果を見極める、からなる一連のウイルス清浄化システムを構築し運用することで、ウイルスによる環境汚染を防御して環境を介して生じるウイルス感染の危険性を大幅に削減することが可能となり、防疫に大きく貢献できるようになった。
【発明の効果】
【0026】
先に本件出願人が特許出願したウイルス濃縮法(特願2018-126772号)のようなウイルスを高率かつ安定的に濃縮して回収する方法が、標的とするウイルスとそれが存在する環境に適した消毒剤と消毒方法を評価するのに有効であることを見出し、それを使用して、効果が期待できる消毒剤と使用法を見出した。さらに、ここで見出した消毒剤と消毒法と先に記述したウイルス濃縮法と濃縮したウイルス核酸を直接(核酸の抽出・精製なしに)増幅して検出する方法とを組み合わせることで、ウイルスの存在確認から消毒、さらには消毒後の効果判定に至るシステムを構築できた。このシステムを定期的もしくは汚染が疑われる箇所で随時に実施することで、ウイルスによる環境汚染の機会を減らして、これらを介した生物(特にヒト)へのウイルス感染に対する防御力を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】検査対象物からの迅速かつ高率なウイルス濃縮法と迅速かつ高感度にウイルス中の核酸を増幅・検出する方法を組み合わせたウイルス汚染の検査やモニタリング、標的となるウイルスとそれが存在する環境に適した消毒剤と消毒方法の実施、消毒後の迅速効果判定法を組み合わせた、ウイルスによる環境汚染を防ぐためのシステムの一例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0028】
[実施例1]
GI & GII遺伝子タイプのNVを添加した蒸留水もしくはBSA水溶液(1% and/or 10%)の2μlに同量の塩素系消毒剤の希釈液を添加して5分間静置した後、蒸留水で100倍希釈した。希釈液に同量のグリコーゲン添加PEG溶液を加えて10分間静置後、20℃、5分間の遠心(14,000G)を行った。上清を吸引、廃棄後、残った沈渣に8μlの検体処理液を加えて懸濁し、85℃で3分間の熱処理を行った。熱処理サンプルを氷冷後、11μlの反応液を添加し、ダイレクトにreal time RT-PCRを行い、増幅に伴って蛍光標識probeが分解して生じる蛍光を計測した。結果は蛍光の立上りのサイクル数(Ct値)を2重で測定して、その平均値で示している。なお、Ct値が大きくなるほどウイルス由来の核酸量が少なくなっていて(消毒効果が出ていて)、数値が3.3大きくなるとウイルス由来の核酸量が1/10程度になったと解釈できる。
表1には消毒剤として次亜塩素酸ナトリウムを使用した結果を示している。BSA無添加では次亜塩素酸ナトリウム0.05%添加(終濃度0.025%)でNV由来RNAの増幅は認められず、強い消毒効果があることを示している。対して、BSA 1%添加(終濃度0.5%)では、次亜塩素酸ナトリウム0.2%添加(終濃度0.1%)で8~9以上サイクル分のNV由来RNA量の減少が認められるが、0.1%添加(終濃度0.05%)ではNV RNAの減少はほとんど認められず、その消毒効果はほぼ消失している。BSA 10%添加(終濃度5%)に至っては、強い消毒効果を付加するには0.8%(終濃度0.4%)の次亜塩素酸ナトリウムの添加が必要で、0.2%添加(終濃度0.1%)ではその効果が完全に消失しているなど、次亜塩素酸ナトリウムの消毒効果がBSA添加により大きく減弱することを、NVを実際に用いて(代替ウイルスではなく)検証している。
[表1]次亜塩素酸ナトリウムの消毒効果に及ぼすBSA添加の影響 [real time RT-PCRにおけるCt値(duplicateでの平均値)の比較]
なお、表中の濃度表示は「添加量」を示しており、文中の添加と同じ(以下の表同様)。
表2では、同じ評価系で、二酸化塩素のNVに対する消毒効果を示している。BSA非存在下では、0.2%添加(終濃度0.1%)の二酸化塩素で、NVに対して8もしくはそれ以上サイクル分のNV RNAの減少効果を示しているが、終濃度5% BSA存在下(BSA 10%添加)では、0.4%添加(終濃度0.2%)でもその効果はほぼ消失しているなど、次亜塩素酸ナトリウムと同様にBSA添加による消毒効果の減弱が認められる。
[表2]二酸化塩素の消毒効果に及ぼすBSA添加の影響 [real time RT-PCR(duplicateでの平均値)におけるCt値の比較]
表3では、同じ評価系でのクロラミンTのNVに対する消毒効果を示している。前2者に比べると、BSA添加の影響は少ないようであるが、それでもクロラミンTの2.6%添加(終濃度1.3%)において、BSA非存在下では消毒効果が認められたものの、BSA 終濃度5%存在下(BSA 10%添加)ではその効果が完全に消失しているなど、BSAの添加が消毒効果を減弱していることは明らかである。
[表3]クロラミンTの消毒効果に及ぼすBSA添加の影響 [real time RT-PCRにおけるCt値(duplicateでの平均値)の比較]
【0029】
[実施例2]
実施例1と同様の評価系で、メタケイ酸ナトリウムのNVに対する消毒効果を検討した結果を表4に示す。本実施例では、BSA添加の有無に関わらず、メタケイ酸ナトリウム2.2%添加(終濃度1.1%)で5~9以上サイクル分のNV RNAの減少効果が、7%濃度添加(終濃度3.5%)で9もしくはそれ以上サイクル分のRNA減少効果が認められ、22%濃度添加(終濃度11%)ではGI,GII何れのRNAも全く検出されなかった。
[表4]メタケイ酸ナトリウムの消毒効果に及ぼすBSA添加の影響 [real time RT-PCRにおけるCt値(duplicateでの平均値)の比較]
また、表5ではさらに低濃度でのメタケイ酸ナトリウムのNVに対する消毒効果を検討し、1%添加(終濃度0.5%)でも弱いながらも効果が持続していることを示している。即ち、メタケイ酸ナトリウムなどのアルカリケイ酸塩は、ウイルスが存在している環境の有機物的な汚れに影響されることなく消毒効果を発揮する可能性が高く、極めて使い勝手の良い消毒剤になると判断できる。
[表5]メタケイ酸ナトリウムの消毒効果に及ぼすBSA添加の影響-2 [real time RT-PCRにおけるCt値(duplicateでの平均値)の比較]
【0030】
[実施例3]
実施例1と同様の評価系で、蒸留水中のNVに対しては顕著な消毒効果が認められるものの、5%BSA存在下(BSA 10%添加)でその効果が全く認められなかった濃度の次亜塩素酸ナトリウムと明らかな効果が認められる比較的低濃度のメタケイ酸ナトリウムとの併用効果を示したのが表6である。
[表6]次亜塩素酸ナトリウムとメタケイ酸ナトリウムの消毒相乗効果 [real time RT-PCRにおけるCt値(duplicateでの平均値)の比較]
次亜塩素酸ナトリウムの0.2%添加(終濃度0.1%)ではBSA無添加の場合には強い消毒効果が認められるものの、BSAの添加量が増えるに従いその消毒効果が減弱し、5%BSA存在下(BSA 10%添加)では消毒効果が完全に消失している。そこに、2%(終濃度1%)のメタケイ酸ナトリウムを併用することで、BSA非存在下もしくは低濃度存在下ではメタケイ酸ナトリウム単独使用に比べて高い消毒効果を、高濃度BSA存在下では次亜塩素酸ナトリウムの消毒効果消失を防いでいることを示している。このことから、ウイルスへの消毒効果は顕著ながら有機物の存在でその効果が大きく減弱する塩素系消毒剤とアルカリ金属ケイ酸塩の併用は極めて有用性が高いことは明らかである。
【0031】
[実施例4]
(1)検査対象物からの迅速かつ高率的なウイルス濃縮法、(2)迅速かつ高感度にウイルス中の遺伝子を増幅・検出する方法、(3)標的とするウイルスとそれが存在する環境に適した消毒剤と消毒方法、(4)消毒後の効果判定法((1)(2)の組み合わせでの)を組み合わせて、ウイルスによる環境汚染を防ぎ、これらを介した生物(特にヒト)へのウイルス感染に対する防御力を高めるシステムの一例として、NVによる食中毒の防御システムを
図1に示す。
1.拭取冶具の用意
拭取り冶具は、公知の拭取り検査用の綿棒などを使用できる。
2.拭取り冶具を用いた便座裏などの拭取りによる検体採取
定期的(例えば冬季は週一回、その他の時期は月一回)もしくは随時(汚染が疑われる時など)、汚染の危険度が高い箇所(例えばトイレの便座裏)を拭き取り検体採取する。
3.上記検体の遺伝子検査など
2で拭き取り採取した検体のNVによる汚染状況を確認する。
[結果判定]4.消毒
汚染が見つかった場合(NV陽性判定)には、汚染箇所(便座裏及び周辺箇所)を中心として施設内の設備、備品、器具などを、対象物の汚れ具合に合わせて選択した消毒剤と消毒方法で消毒する。前記の作業に加えて、注意喚起と共にNV汚染が確認された施設を利用した人を中心に検便検査を実施し、陽性者が出た場合は、陰性化するまで当該者の調理作業などを控えさせるなどで、食を介したNV感染の拡大を防御する。
NV陰性判定の場合は、現在の環境に問題がある可能性は少ないため、現状維持とする。
5.消毒後の拭取り冶具を用いた便座裏などの拭取りによる検体採取
6.上記検体の遺伝子検査など
消毒後の拭き取り検査でNVが検出限界以下である(以下、消滅)を確認する。
[結果判定]再消毒と再検査が必要
NVが消滅していなかった場合(NV陽性判定)には、上記4へ戻り、消毒方法を変えて(消毒剤の濃度を高める、2度拭きの実施など)再度消毒し、消毒後にNVが消滅していることを確認する。
消毒後NV陰性判定の場合には、注意喚起と並行して経時観察などを行い、NV感染を完全に防御する。