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特許7338544スイートスポットの予測方法及びスイートスポット予測装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-28
(45)【発行日】2023-09-05
(54)【発明の名称】スイートスポットの予測方法及びスイートスポット予測装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 49/16 20060101AFI20230829BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20230829BHJP
   H01J 49/04 20060101ALI20230829BHJP
【FI】
H01J49/16 400
G01N27/62 G
H01J49/04 180
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020075270
(22)【出願日】2020-04-21
(65)【公開番号】P2021174596
(43)【公開日】2021-11-01
【審査請求日】2022-07-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】志知 秀治
【審査官】藤本 加代子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/081180(WO,A1)
【文献】特開2019-121283(JP,A)
【文献】特開2014-212068(JP,A)
【文献】特開2014-044110(JP,A)
【文献】特開2019-000156(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0247863(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2006/0284078(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 40/00-49/48
G01N 27/60-27/70
G01N 27/92
G06T 1/00-1/40
G06T 3/00-5/50
G06T 7/00-7/90
G06V 10/00-20/90
G06V 30/418
G06V 40/16
G06V 40/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンプルプレート上における所定サンプルの付着領域を撮影して得られた光学画像と、該所定サンプルの付着領域内におけるスイートスポットの位置を示す情報とを対応付けた学習用データを取得し、
前記学習用データを用いた機械学習によってスイートスポットの位置を予測する予測モデルを生成し、
未知サンプルの付着領域を撮影して得られた光学画像に前記予測モデルを適用することによって、前記未知サンプルの付着領域内におけるスイートスポットの位置予測を行う方法であって、
前記学習用データに含まれる前記スイートスポットの位置を示す情報が、前記所定サンプルの付着領域内に設定された複数の測定点の各々についてMALDI質量分析を実行することによって得られた質量分析データであり、該質量分析データが、前記所定サンプルの付着領域内におけるイオン強度の二次元分布を示すヒートマップ画像であって、
前記未知サンプルの付着領域内におけるスイートスポットの位置予測が、前記未知サンプルの付着領域内におけるイオン強度の二次元分布を示す予測ヒートマップ画像を出力することである、
スイートスポットの予測方法。
【請求項2】
更に、前記予測ヒートマップ画像上で、予め定められた色又は白黒の濃淡が付された領域をスイートスポットの位置であると予測する、請求項1に記載のスイートスポットの予測方法。
【請求項3】
サンプルプレート上における所定サンプルの付着領域を撮影して得られた光学画像と、該所定サンプルの付着領域内におけるスイートスポットの位置を示す情報とを対応付けた学習用データを取得する学習データ取得部と、
前記学習用データを用いた機械学習を実行することにより、スイートスポットの位置を予測する予測モデルを生成する予測モデル生成部と、
未知サンプルの付着領域を撮影して得られた光学画像に前記予測モデルを適用することによって、前記未知サンプルの付着領域内におけるスイートスポットの位置予測を行う予測部と、
を有し、
前記学習用データに含まれる前記スイートスポットの位置を示す情報が、前記所定サンプルの付着領域内に設定された複数の測定点の各々についてMALDI質量分析を実行することによって得られた質量分析データであり、該質量分析データが、前記所定サンプルの付着領域内におけるイオン強度の二次元分布を示すヒートマップ画像であって、
前記予測部による前記未知サンプルの付着領域内におけるスイートスポットの位置予測が、前記未知サンプルの付着領域内におけるイオン強度の二次元分布を示す予測ヒートマップ画像を出力することであるスイートスポット予測装置。
【請求項4】
前記予測部が、更に、
前記予測ヒートマップ画像上で、予め定められた色又は白黒の濃淡が付された領域をスイートスポットの位置であると予測するものである請求項3に記載のスイートスポット予測装置。
【請求項5】
前記スイートスポットの位置であると予測された領域の中から、所定の基準に基づいて1つ又は2つ以上の領域をMALDI質量分析における分析対象領域として選択する、
請求項4に記載のスイートスポット予測装置。
【請求項6】
更に、
前記予測ヒートマップ画像を表示する表示部と、
該予測ヒートマップ画像上においてMALDI質量分析による分析の対象とする領域を指定する入力をユーザから受け付ける入力部と、
を有する請求項3に記載のスイートスポット予測装置。
【請求項7】
コンピュータを、請求項3~6のいずれかに記載のスイートスポット予測装置の各部として機能させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スイートスポットの予測方法及びスイートスポット予測装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置のイオン化法の一つとしてMALDI(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization:マトリクス支援レーザ脱離イオン化)法がよく知られている。MALDI法は、レーザ光を吸収しにくい試料、又はタンパク質等のレーザ光で損傷を受けやすい試料を分析するために、レーザ光を吸収し易く且つイオン化し易い物質をマトリクスとして試料に予め混合しておき、これにレーザ光を照射することで試料に含まれる化合物をイオン化する手法である。MALDI法による試料のイオン化を行うイオン源を備えた質量分析装置(すなわちMALDI質量分析装置)は、特に、分子量の大きな高分子化合物をあまり開裂させることなく分析することが可能であり、しかも検出感度が高いために微量分析にも好適であることから、近年、生命科学などの分野で広範に利用されている。
【0003】
MALDI法による質量分析(すなわちMALDI質量分析)では、例えば、サンプルプレート(又はターゲットプレート)とよばれる金属製のプレート上に多数形成されているウェルとよばれる浅い椀状の凹部に、目的試料とマトリクスとの混合液を滴下し、それを乾燥させて結晶化させることによってサンプル調製を行う。
【0004】
通常、1個のウェルの形状は上面視円形状であるが、上記により調製されたサンプル(厳密には、目的試料とマトリクスとの混合結晶)が前記ウェル内で占める領域(以下、サンプル領域とよぶ)における目的試料の分布は必ずしも均一ではない。そのため、当該サンプル領域の中で目的試料が多く存在していて測定に最適な部位(以下「スイートスポット」という)が、該サンプル領域の中心からずれていることも多い。
【0005】
MALDI法による質量分析において高感度且つ高精度の分析を行うには、各サンプルのスイートスポットに対してレーザ光を照射し、それにより生成されたイオンを質量分析に供することが好ましい。しかしながら、上記理由により、ウェル毎にスイートスポットの位置のばらつきは大きく、また顕微鏡を通した目視観察によってスイートスポットがどこにあるのかを判別することも難しい。
【0006】
そこで、従来のMALDI質量分析装置には、ラスタ(Raster)測定とよばれる機能が搭載されている。ラスタ測定とは、1個のウェル中のサンプル領域内で互いに異なる位置に予め設定した多数の測定点の各々について、順次、複数回(例えば、数十~数百回)のレーザ光照射を行って測定データを取得し、それら全ての測定データを積算することによって最終測定データを導出する測定手法である。
【0007】
しかしながら、通常、サンプルプレート上には多数のウェルが設けられており、各ウェルに形成されているサンプル領域の全てについてラスタ測定を行うと、かなりの時間を要することになる。そのため、ラスタ測定では分析のスループットを上げることが困難である。
【0008】
そこで、実際の測定データを取得する前に、各ウェル中に上記と同様に設定した多数の測定点の各々に対して予備的に数回のレーザ光照射を行って測定データを取得し、このような予備測定によって得られる信号強度を比較してスイートスポットを探索することも行われている(例えば特許文献1など参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2012-230801号公報([0004])
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、予備測定においても多数の測定点についてレーザ照射を行う必要があるため、スイートスポットを見つけ出すまでにある程度時間が掛かる。また、一つの測定点において、数回のレーザ照射では測定されるイオン強度が低くても、レーザ照射を繰り返すうちにイオン強度が上昇してくることがあるが、予備測定ではレーザの照射回数が少ないために、このような測定点をスイートスポットとして見出すことができなかった。また、予備測定の間にも目的試料が消費されるため、その後に実際の測定を行った際に、十分な信号強度が得られない場合もあった。
【0011】
本発明は、上記の点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、MALDI質量分析におけるスイートスポットの位置を容易に予測することのできるスイートスポット予測装置及びスイートスポットの予測方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するためになされた本発明に係るスイートスポットの予測方法は、
サンプルプレート上における所定サンプルの付着領域を撮影して得られた光学画像と、該所定サンプルの付着領域内におけるスイートスポットの位置を示す情報とを対応付けた学習用データを取得し、
前記学習用データを用いた機械学習によってスイートスポットの位置を予測する予測モデルを生成し、
未知サンプルの付着領域を撮影して得られた光学画像に前記予測モデルを適用することによって、前記未知サンプルの付着領域内におけるスイートスポットの位置予測を行うものである。
【0013】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係るスイートスポット予測装置は、
サンプルプレート上における所定サンプルの付着領域を撮影して得られた光学画像と、該所定サンプルの付着領域内におけるスイートスポットの位置を示す情報とを対応付けた学習用データを取得する学習データ取得部と、
前記学習用データを用いた機械学習を実行することにより、スイートスポットの位置を予測する予測モデルを生成する予測モデル生成部と、
未知サンプルの付着領域を撮影して得られた光学画像に前記予測モデルを適用することによって、前記未知サンプルの付着領域内におけるスイートスポットの位置予測を行う予測部と、
を備えている。
【発明の効果】
【0014】
上記本発明に係るスイートスポットの予測方法又はスイートスポット予測装置によれば、MALDI質量分析におけるスイートスポットの位置を容易に予測することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の一実施形態に係るMALDI質量分析システムの概略構成図。
図2】同実施形態における制御/処理部の要部構成を示すブロック図。
図3】同実施形態における予測モデルの生成に関する処理の手順を示すフローチャート。
図4】学習用サンプル画像の一例を示す図。
図5】ヒートマップ画像の一例を示す図。
図6】同実施形態におけるスイートスポット位置の予測及び質量分析の実行に関する処理の手順を示すフローチャート。
図7】スイートスポット位置の予測及び質量分析の実行に関する処理の手順の別の例を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための形態について、図面を参照しつつ説明を行う。図1は、本実施形態に係るスイートスポット予測装置を含んだMALDI質量分析システムの概略構成図である。
【0017】
このMALDI質量分析システムは、質量分析装置10と、制御/処理装置50と、を備えており、この制御/処理装置50が本発明における「スイートスポット予測装置」に相当する。
【0018】
質量分析装置10は、イオンを生成するためのイオン源20と、前記イオンをm/z(質量電荷比)に基づいて分離して検出する質量分析部30と、サンプルの光学像を撮影する撮影部40と、を備えている。
【0019】
イオン源20は、その上面にサンプルプレート21が載置されるサンプルステージ22と、レーザ光を発するレーザ出射部26と、該レーザ光を反射するとともにサンプルプレート21上に形成されたサンプルSに集光する第1反射鏡27と、サンプルステージ22の上方に設けられ、拡散するイオンを遮蔽するアパーチャ板24と、アパーチャ板24に設けられたアパーチャを通過したイオンを質量分析部30へと輸送するイオン輸送光学系25と、を含んでいる。
【0020】
サンプルステージ22は、モータ等を含むステージ駆動部23により、図1中のX軸及びY軸の2軸方向(すなわちサンプルプレート21のプレート面の広がり方向)に移動可能である。
【0021】
なお、サンプルプレート21の上面にはウェルとよばれる多数の上面視円形状の凹みが二次元的に形成されており、このウェルの1個1個にサンプル溶液(目的試料とマトリクスとの混合溶液)が滴下され、それが乾燥されることにより固形状のサンプルSが各ウェル中に形成される。
【0022】
サンプルSの観察像は第2反射鏡28を介してCCDカメラ等を備えた撮影部40に導入され、撮影部40で形成されるサンプル画像が、制御/処理装置50に送出される。
【0023】
質量分析部30は、電場の影響なくイオンが自由に飛行する自由飛行空間31と、直流電場の作用によりイオンを折返し飛行させる反射器32とを含むリフレクトロン型のTOFMSであり、その飛行の終端にはイオン検出器33が配設されている。
【0024】
制御/処理装置50は、図2に示すように、分析制御部51と、質量分析データ処理部52と、記憶部53と、学習用データ取得部54と、予測モデル生成部55と、スイートスポット予測部56と、表示制御部57と、を備えている。制御/処理装置50の実体は、CPU、メモリ、及びハードディスク装置等の大容量記憶装置を備えたパーソナルコンピュータ又はそれよりも高性能なコンピュータであり、前記大容量記憶装置から成る記憶部53に予め記憶された制御/処理用のプログラムをCPUで実行することによって分析制御部51、質量分析データ処理部52、学習用データ取得部54、予測モデル生成部55、スイートスポット予測部56、及び表示制御部57の機能が実現される。なお、記憶部53は、質量分析装置10で取得されたデータ、及びスイートスポットの予測に関するデータ等を記憶するデータ記憶部58を備えている。
【0025】
制御/処理装置50には、マウス等のポインティングデバイス及びキーボード等を備えた入力部60と、液晶ディスプレイ等の表示装置から成る表示部70が接続されている。
【0026】
分析制御部51は、前記プログラムに従って、質量分析装置10の各部を制御する。質量分析装置10のイオン検出器33による検出信号は、デジタル値に変換された上で質量分析データ処理部52に入力される。なお、質量分析データ処理部52における処理の詳細、並びにデータ記憶部58、学習用データ取得部54、予測モデル生成部55、スイートスポット予測部56、及び表示制御部57の機能については後述する。
【0027】
以下、本実施形態に係る質量分析システムにおいて、スイートスポットを予測するための予測モデルを生成する際の手順について説明する。なお、ここで「スイートスポット」とは、MALDI質量分析によって得られるイオン強度が予め定められた閾値よりも大きい領域を意味する。なお、前記「イオン強度」は相対値であっても絶対値であってもよい。
【0028】
まず、ユーザ(分析担当者)が、学習用サンプルとマトリクスの混合液をサンプルプレート21の各ウェルに滴下し、これを乾燥させて結晶化させる。なお、サンプルプレート21上でこの学習用サンプルとマトリクスの混合乾燥物が付着している領域が、本発明における「所定サンプルの付着領域」に相当する。ここで、前記学習用サンプルとしては、例えば、後述する未知サンプルにおける分析対象化合物と同種の化合物に関する標準試料を使用する。例えば、前記未知サンプルがペプチドである場合には前記学習用サンプルとしてペプチドの標準試料を使用し、前記未知サンプルが糖である場合には前記学習用サンプルとして糖の標準試料を、前記未知サンプルが糖タンパクである場合には前記学習用サンプルとして糖タンパクの標準試料を使用する。また、前記マトリクスとしては、MALDI法において頻繁に利用され、且つ結晶化の過程で試料成分の局在化が生じやすいものを用いることが望ましい。このようなマトリクスとしては、例えば、DHB(2,5-Dihydroxybenzoic Acid:2,5-ジヒドロキシ安息香酸)、DAN(1,5-Diaminonaphthalene:1,5-ジアミノナフタレン)、又はSA(Sinapinic Acid:シナピン酸)等を用いることができる。
【0029】
続いて、ユーザがサンプルプレート21を質量分析装置10のサンプルステージ22にセットした上で、入力部60を介して所定の操作を行ってサンプル画像の撮影及び質量分析の実行を指示する。
【0030】
これにより、分析制御部51の制御の下にステージ駆動部23がサンプルステージ22を移動させることにより、サンプルプレート上の所定のウェルがアパーチャ板24に設けられたアパーチャの直下(すなわちレーザ光の照射位置)に配置され、更に、撮影部40が該アパーチャを介して前記ウェル中のサンプルS(ここでは前記学習用サンプルと前記マトリクスの混合乾燥物)が付着している領域を撮影する。これによって得られた光学画像(以下、学習用サンプル画像とよぶ)は制御/処理装置50に送られてデータ記憶部58に記憶される。図4に学習用サンプル画像の一例を示す。
【0031】
続いて、前記所定のウェルについて質量分析装置10によるラスタ測定が実行される。このラスタ測定では、1個のウェル中に予め設定された複数の測定点の各々について、順次、質量分析が実行される。なお、各測定点における質量分析では、レーザ出射部26によるレーザ光の出射と質量分析部30による分析が、予め定められた回数(例えば数十~数百回)に亘って繰り返し行われる。
【0032】
前記質量分析におけるイオン検出器33からの検出信号はデジタル化された上で、制御/処理装置50の質量分析データ処理部52に送られる。質量分析データ処理部52では、上記のような各測定点における複数回の質量分析で得られた検出信号を積算することによって、該測定点から発生するイオンのm/zと強度との関係を示すマススペクトルデータを生成する。更に、質量分析データ処理部52では、前記各測定点のウェル内における位置を表す二次元座標と、各測定点についての前記マススペクトルデータに基づいて、ユーザにより予め指定された特定のm/z又は特定のm/z範囲(以下、これを「目的m/z」と総称する)における信号強度(すなわちイオン強度)の二次元分布を示す画像が作成される。この画像は、目的m/zのイオンに関する信号強度(すなわちイオン強度)の相違を、色相、彩度、若しくは明度の相違で表したいわゆるヒートマップ(heatmap)である。以下、この画像をヒートマップ画像とよぶ。ヒートマップ画像は、前記信号強度の相違を色の相違で表したカラー画像であってもよく、前記信号強度の相違を白黒の濃淡の相違で表したモノクロ画像であってもよい。図5に、ヒートマップ画像の一例を示す。なお、信号強度と色相、彩度、若しくは明度との対応関係、又は信号強度と白黒の濃淡との対応関係は、予めデータ記憶部58に記憶されている。以上により生成されたヒートマップ画像のデータは、同じウェルに関する前記学習用サンプル画像に対応付けてデータ記憶部58に記憶される。このヒートマップ画像が、本発明における「スイートスポットの位置を示す情報」に相当する。なお、該ヒートマップ画像上で、特定の色(目的m/zのイオン強度が高い領域を示す色として予め定められた色)が付された領域が、スイートスポットに相当する。
【0033】
一つのウェルについて、以上のような学習用サンプル画像の撮影、ラスタ測定、及び該ラスタ測定の結果に基づくヒートマップ画像の生成が完了したら、分析制御部51の制御の下にステージ駆動部23がサンプルステージ22を移動させることにより、サンプルプレート21上の別のウェルがアパーチャ板24に設けられたアパーチャの直下に配置される。そして、予めユーザによって指定されたウェルの全てについて、学習用サンプル画像の撮影とヒートマップ画像の生成が完了するまで上記の工程を繰り返し実行する。以下、前記学習用サンプル画像とそれに対応付けられたヒートマップ画像を学習用データとよぶ。
【0034】
その後、ユーザが入力部60から所定の指示を入力することにより、制御/処理装置50によって、スイートスポットを予測するための予測モデルの生成が実行される。以下、図3のフローチャートを参照しつつ予測モデルの生成処理について説明する。
【0035】
前記指示を受けた制御/処理装置50では、まず、学習用データ取得部54によって、データ記憶部58に記憶されている複数の前記学習用データが読み出される(ステップS11)。続いて、予測モデル生成部55が前記複数の学習用データを用いて、予め定められた機械学習手法による予測モデルを生成し(ステップS12)、該予測モデルをデータ記憶部58に記憶させる(ステップS13)。なお、本実施形態における予測モデルとは、例えば、ウェル中に設けられた未知サンプルの光学画像中の輝度分布から、該未知サンプルに対してMALDI質量分析によるラスタ測定を行った場合に得られると予測されるヒートマップ画像(以下、予測ヒートマップ画像とよぶ)を生成するためのアルゴリズムである。なお、スイートスポットの位置はサンプルの乾固状態(すなわちサンプルとマトリクスの混合結晶粒の形状、大きさ、及び分布等)に依存しており、前記光学画像中の輝度分布は前記乾固状態を反映している。
【0036】
前記予測モデルの生成に用いる機械学習手法は、教師あり学習を行うものであれば特に限定されないが、例えば、ニューラルネットワーク、ディープラーニング、GAN(Generative Adversarial Networks:敵対的生成ネットワーク)、サポートベクターマシン、ランダムフォレストなどを用いることができる。
【0037】
続いて、以上により生成された予測モデルを用いて、ウェル上に形成された未知サンプルにおけるスイートスポットを予測する方法について、図6のフローチャートを参照しつつ説明する。
【0038】
まず、ユーザが、未知サンプルとマトリクスの混合液をサンプルプレート21の所定のウェルに滴下し、これを乾燥させて結晶化させる。このとき、サンプルプレート21としては、前記学習用サンプルの質量分析時(すなわち前記学習用データの収集時)に使用したサンプルプレート21と同一又は同種のものを用いることが望ましい。また、前記マトリクスとしては、前記学習用サンプルの質量分析時に使用したものと同種のマトリクスを使用する。
【0039】
続いて、ユーザがサンプルプレート21を質量分析装置10のサンプルステージ22にセットした上で、入力部60で所定の操作を行ってスイートスポット予測の実行を指示する。これにより、分析制御部51の制御の下にステージ駆動部23がサンプルステージ22を移動させて、前記所定のウェルをアパーチャ板24に設けられたアパーチャの直下に位置させ、更に、撮影部40が前記所定のウェル中のサンプルS(ここでは前記未知サンプルと前記マトリクスの混合乾燥物)が付着している領域を撮影する。これによって得られた光学画像(以下、未知サンプル画像とよぶ)は、制御/処理装置50に送られ、一旦、データ記憶部58に記憶される。
【0040】
続いて、スイートスポット予測部56が、データ記憶部58から前記未知サンプル画像と上述の予測モデルとを読み出し(ステップS21)、該予測モデルに該未知サンプル画像を入力することによって該未知サンプルについての予測ヒートマップ画像を生成する(ステップS22)。この予測ヒートマップ画像上で特定の色(信号強度が高い領域を示す色として予め定められた色)が付された領域が、スイートスポットとして予測された位置(以下、予測スイートスポット位置とよぶ)である。すなわち、ステップS22が、本発明における「スイートスポットの位置予測」に相当する。
【0041】
表示制御部57は、以上により生成された予測ヒートマップ画像を表示部70の画面上に表示し(ステップS23)、ユーザに分析対象とする領域(以下、分析対象領域)を該予測ヒートマップ画像上で指定させる(ステップS24)。このとき、ユーザは、前記予測ヒートマップ画像で前記特定の色が付された領域の中から適当な領域を、例えばマウス等のポインティングデバイスでクリック又はタップすることによって、分析対象領域として指定する。なお、表示部70には、前記予測ヒートマップ画像を単独で表示してもよいが、予測ヒートマップ画像を未知サンプル画像と並べて表示したり、予測ヒートマップ画像を未知サンプル画像に重畳して表示したりしてもよい。
【0042】
以上により分析対象領域が指定されると、分析制御部51が質量分析装置10の各部を制御することによって、前記分析対象領域に対するレーザ照射と質量分析を複数回(例えば数十回~数百回)実行させる(ステップS25)。そして、この複数回の質量分析時の各々においてイオン検出器33から出力された検出信号を質量分析データ処理部52にて積算することによってマススペクトルデータが生成され、該マススペクトルデータが、前記未知サンプルに関する最終的な質量分析結果としてデータ記憶部58に記憶される。
【0043】
このように、本実施形態に係るMALDI質量分析システムによれば、予め学習用サンプルを質量分析することによって収集された学習用データを用いて予測モデルを生成し、該予測モデルに未知サンプル画像を適用することによって、未知サンプルの付着領域内におけるスイートスポットの位置を予測することができる。そのため、従来のように、未知サンプルについてラスタ測定を行ったり、予め予備測定によって未知サンプルの付着領域内におけるスイートスポットを特定した上で実測定(最終的な質量分析結果を得るための測定)を行ったりする必要がなくなり、分析のスループットを向上させることができる。また、上記のように、学習用サンプルについてMALDI質量分析を行う際に、未知サンプルの実測定時と同程度の回数(すなわち数十~数百回)のレーザ照射を行うことにより、レーザ照射回数の少ない予備測定では見出すことができなかった、レーザ照射を繰り返すうちにイオン強度が上昇してくるような測定点についても、スイートスポットとして見出す(すなわち該測定点をスイートスポットであると予測する)ことができる。
【0044】
以上、本発明を実施するための形態について説明を行ったが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨の範囲で適宜変更が許容される。
【0045】
例えば、上記実施形態では、予測モデルによる予測結果(すなわち予測ヒートマップ画像)を表示部70の画面上に表示し、該予測結果に基づいて分析対象領域をユーザに指定させる構成としたが、これに限らず、前記予測結果に基づいて、制御/処理装置50が自動的に分析対象領域を決定して当該分析対象領域に対するMALDI質量分析を行う構成としてもよい。この場合の、制御/処理装置50における処理の流れを図7のフローチャートに示す。なお、この場合も、未知サンプル画像をデータ記憶部から読み出してから予測ヒートマップ画像を生成するまでの処理(すなわち図7のステップS31~S32)は、既に説明した図6におけるステップS21~S22と同様であるため、ここでは説明を省略する。この例において、予測ヒートマップ画像が生成された後は、制御/処理装置50が該予測ヒートマップ画像上における予測スイートスポット位置の中から所定の基準に基づいて1つ又は2つ以上の位置を分析対象領域として選択する(ステップS33)。その後、分析制御部51が該分析対象領域に対するMALDI質量分析を質量分析装置10に実行させる(ステップS34)。
【0046】
また、上記実施形態では、予測モデルによるスイートスポット位置の予測結果として、予測ヒートマップ画像を出力するものとしたが、本発明における予測モデルは、これに限定されるものではなく、例えば、スイートスポット位置の予測結果として、未知サンプル画像(又は未知サンプル画像から生成されたサンプル領域の輪郭を示す図形、若しくはウェルの輪郭を示す図形)上に、目的m/zの信号強度が予め定められた閾値以上になると予測される位置を示す印を付した画像を出力するものとしてもよい。あるいは、本発明における予測モデルは、スイートスポット位置の予測結果として、目的m/zの信号強度が予め定められた閾値以上になると予測される位置の二次元座標(すなわち、上述のX軸及びY軸によって表される平面における座標)を出力するものとしてもよい。
【0047】
更に、上記実施形態では、学習用サンプルの光学画像と、該学習用サンプルをラスタ測定して得られたヒートマップ画像のセットを学習用データとして機械学習を行うものとしたが、本発明における学習用データはこれに限定されるものではない。例えば、学習用サンプルの光学画像と、該学習用サンプルのラスタ測定によって得られた各測定点のマススペクトルデータの組み合わせを学習用データとして用いるようにしてもよい。あるいは、学習用サンプルの光学画像と、該学習用サンプルのラスタ測定において、目的m/zの信号強度(相対値又は絶対値)が予め定められた閾値以上であった位置(すなわちスイートスポットの位置)を表すデータの組み合わせを学習用データとして用いるようにしてもよい。なお、前記目的m/zの信号強度が予め定められた閾値以上であった位置を表すデータとしては、例えば、学習用サンプル画像(又は学習用サンプル画像から生成されたサンプル領域の輪郭を示す図形、若しくはウェルの輪郭を示す図形)上に、目的m/zの信号強度が予め定められた閾値以上であった位置を表す印を付したものを用いることができる。あるいは、前記目的m/zの信号強度が予め定められた閾値以上であった位置を表すデータとして、当該位置の二次元座標を用いることもできる。
【0048】
また、上記実施形態では、予測モデルの生成のために新たに学習用サンプルのMALDI質量分析を行って学習用サンプル画像とヒートマップ画像を収集するものとしたが、これに代えて、データ記憶部58に記憶されている過去のMALDI質量分析装置で撮影されたサンプルの光学画像と該サンプルのラスタ測定結果の組み合わせを学習用データとして用いるようにしてもよい。
【0049】
また、熟練した分析担当者であれば、サンプル画像中の結晶粒の形状、大きさ、又は分布等に基づいて、スイートスポットを比較的高い確度で特定することができるため、過去のMALDI質量分析の際に撮影されたサンプル画像と、そのMALDI質量分析の際にユーザが分析対象領域として指定した位置(すなわち、当該ユーザがスイートスポットであると判断した位置)の情報とを対応付けたものを、本発明における学習用データとして用いることもできる。また、サンプルの光学画像を複数用意して、熟練した分析担当者に各光学画像中でスイートスポットと考えられる位置を選択させ、各光学画像と該光学画像についてスイートスポットと判断された位置の情報とを対応付けたものを、本発明における学習用データとして用いることもできる。
【0050】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0051】
(第1項)一態様に係るスイートスポットの予測方法は、
サンプルプレート上における所定サンプルの付着領域を撮影して得られた光学画像と、該所定サンプルの付着領域内におけるスイートスポットの位置を示す情報とを対応付けた学習用データを取得し、
前記学習用データを用いた機械学習によってスイートスポットの位置を予測する予測モデルを生成し、
未知サンプルの付着領域を撮影して得られた光学画像に前記予測モデルを適用することによって、前記未知サンプルの付着領域内におけるスイートスポットの位置予測を行うものである。
【0052】
(第2項)第1項に記載のスイートスポットの予測方法は、
前記学習用データに含まれる前記スイートスポットの位置を示す情報が、前記所定サンプルの付着領域内に設定された複数の測定点の各々についてMALDI質量分析を実行することによって得られた質量分析データであってもよい。
【0053】
(第3項)第2項に記載のスイートスポットの予測方法は、
前記質量分析データが、前記所定サンプルの付着領域内におけるイオン強度の二次元分布を示すヒートマップ画像であってもよい。
【0054】
(第4項)第1項に記載のスイートスポットの予測方法は、
前記学習用データに含まれる前記光学画像が、過去のMALDI質量分析の際に撮影された光学画像であって、
該光学画像に対応付けられた前記スイートスポットの位置を示す情報が、前記過去のMALDI質量分析の際に分析担当者によって指定された分析対象位置の情報であってもよい。
【0055】
(第5項)一態様に係るスイートスポット予測装置は、
サンプルプレート上における所定サンプルの付着領域を撮影して得られた光学画像と、該所定サンプルの付着領域内におけるスイートスポットの位置を示す情報とを対応付けた学習用データを取得する学習データ取得部と、
前記学習用データを用いた機械学習を実行することにより、スイートスポットの位置を予測する予測モデルを生成する予測モデル生成部と、
未知サンプルの付着領域を撮影して得られた光学画像に前記予測モデルを適用することによって、前記未知サンプルの付着領域内におけるスイートスポットの位置予測を行う予測部と、
を有するものである。
【0056】
(第6項)第5項に記載のスイートスポット予測装置は、
前記学習用データに含まれる前記スイートスポットの位置を示す情報が、前記所定サンプルの付着領域内に設定された複数の測定点の各々についてMALDI質量分析を実行することによって得られた質量分析データであってもよい。
【0057】
(第7項)第6項に記載のスイートスポット予測装置は、
前記質量分析データが、前記所定サンプルの付着領域内におけるイオン強度の二次元分布を示すヒートマップ画像であってもよい。
【0058】
(第8項)第5項に記載のスイートスポット予測装置は、
前記学習用データに含まれる前記光学画像が、過去のMALDI質量分析の際に撮影された光学画像であって、
該光学画像に対応付けられた前記スイートスポットの位置を示す情報が、前記過去のMALDI質量分析の際に分析担当者によって指定された分析対象位置の情報であってもよい。
【0059】
(第9項)一態様に係るプログラムは、コンピュータを、第5項~第8項のいずれかに記載のスイートスポット予測装置の各部として機能させるものである。
【0060】
(第10項)一態様に係る非一時的なコンピュータ可読媒体は、第9項に記載のプログラムを記憶したものである。
【0061】
第1項に記載のスイートスポットの予測方法、第5項に記載のスイートスポット予測装置、第9項に記載のプログラム、又は第10項に記載のコンピュータ可読媒体によれば、MALDI質量分析におけるスイートスポットの位置を容易に予測することが可能となる。
【0062】
また、第2項に記載のスイートスポットの予測方法又は第6項に記載のスイートスポット予測装置によれば、実際にMALDI質量分析を実行することによって得られた質量分析データを学習用データに用いることにより、高い確度でスイートスポットを予測することができる。
【0063】
また、第3項に記載のスイートスポットの予測方法又は第7項に記載のスイートスポット予測装置によれば、前記質量分析結果としてヒートマップ画像を用いることにより、例えば、前記質量分析結果として各測定点におけるマススペクトルデータのセットを用いる場合などに比べて、予測モデルの生成におけるコンピュータの負荷を抑えることができる。
【0064】
また、第4項に記載のスイートスポットの予測方法又は第8項に記載のスイートスポット予測装置によれば、予測モデルの生成のために新たにMALDI質量分析を行う必要がないため、予測モデルの生成に係るユーザの作業負担を抑えることができる。
【符号の説明】
【0065】
10…質量分析装置
20…イオン源
26…レーザ出射部
30…質量分析部
33…イオン検出器
40…撮影部
50…制御/処理装置
51…分析制御部
52…質量分析データ処理部
54…学習用データ取得部
55…予測モデル生成部
56…スイートスポット予測部
57…表示制御部
58…データ記憶部
60…入力部
70…表示部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7