(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-28
(45)【発行日】2023-09-05
(54)【発明の名称】フェノール樹脂組成物および物品
(51)【国際特許分類】
C08G 8/10 20060101AFI20230829BHJP
C08L 61/10 20060101ALI20230829BHJP
C08K 5/17 20060101ALI20230829BHJP
C08J 5/04 20060101ALI20230829BHJP
【FI】
C08G8/10
C08L61/10
C08K5/17
C08J5/04 CEZ
(21)【出願番号】P 2023521416
(86)(22)【出願日】2022-11-11
(86)【国際出願番号】 JP2022042047
【審査請求日】2023-04-06
(31)【優先権主張番号】P 2021190874
(32)【優先日】2021-11-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002141
【氏名又は名称】住友ベークライト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110928
【氏名又は名称】速水 進治
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 裕司
【審査官】西山 義之
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-545829(JP,A)
【文献】特表2013-536311(JP,A)
【文献】国際公開第2022/113549(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G 4/00-16/06
C08J 5/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機繊維基材に含浸または塗布するために用いられる液状のフェノール樹脂組成物であって、
当該フェノール樹脂組成物は、出発物質であるフェノール類とアルデヒド類とを、[アルデヒド類]/[フェノール類]のモル比が0.8以上3.0以下である条件で、塩基性触媒の存在下で反応させてレゾール型フェノール樹脂を得る工程と、
前記レゾール型フェノール樹脂に、前記出発物質であるフェノール類1モルに対して、0.1モル以上1.0モル未満の量のグリシンを添加して、フェノール樹脂組成物を得る工程と、により得られ
、
前記フェノール類は、フェノールであり、前記アルデヒド類は、ホルムアルデヒドである、
フェノール樹脂組成物。
【請求項2】
前記有機繊維基材は、天然繊維基材、または有機合成繊維基材、あるいはこれらの組み合わせである、請求項1に記載のフェノール樹脂組成物。
【請求項3】
有機繊維基材と、前記有機繊維基材に含浸または塗布された請求項1または2に記載のフェノール樹脂組成物と、を含む物品。
【請求項4】
織布基材に含浸または塗布するために用いられる液状のフェノール樹脂組成物であって、
前記織布基材の通気度は、250cm
3/cm
2/s以下であり、
当該フェノール樹脂組成物は、
出発物質であるフェノール類とアルデヒド類とを、[アルデヒド類]/[フェノール類]のモル比が0.8以上2.4以下である条件で、塩基性触媒の存在下で反応させてレゾール型フェノール樹脂を得る工程と、
前記レゾール型フェノール樹脂に、前記出発物質であるフェノール類1モルに対して、0.1モル以上1.0モル未満の量のグリシンを添加して、フェノール樹脂組成物を得る工程と、により得られ
、
前記フェノール類は、フェノールであり、前記アルデヒド類は、ホルムアルデヒドである、フェノール樹脂組成物。
【請求項5】
前記織布基材は、ガラス繊維、金属繊維、またはセラミック繊維である、請求項4に記載のフェノール樹脂組成物。
【請求項6】
織布基材と、前記織布基材に含浸または塗布された請求項4または5に記載のフェノール樹脂組成物と、を含む物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維基材に含浸させて用いるフェノール樹脂組成物、およびこれを用いた物品に関する。
【背景技術】
【0002】
フェノール樹脂は、耐熱性、機械的特性、低価格などの優れた特性を有していることから、フィルター、積層板、摩擦材等の結合剤として使用されている。これらは、フェノール樹脂をメタノールやアセトン等の溶剤で希釈したものを、繊維基材に含浸、常温乾燥、熱硬化させて製造されている。フェノール樹脂としては、環境対応化や作業環境改善のため、アンモニアフリーが要求される用途や、溶剤フリーが必要な場合には、水溶液あるいは乳濁液の形態で使用できる親水性が高いレゾール型フェノール樹脂が用いられている。水溶性レゾール樹脂は、砥粒保持力や耐熱性に優れており、例えば、研磨布紙用のバインダーとして使用されている。
【0003】
しかし、このレゾール型フェノール樹脂は、大気環境保護の観点、および人体環境の保護の観点から望ましくない物質である未反応フェノール類、およびアルデヒド類を含む。ホルムアルデヒドの含有量が低減されたレゾール型フェノール樹脂を得るためには、アルデヒド類に対して過剰量のフェノール類を反応させれば良いが、過剰量のフェノール類を用いて得られるレゾール型フェノール樹脂は、未反応のフェノール類を多く含むため硬化性が悪く、さらに得られる硬化物において、市場が要求する機械的強度を満足するものではなかった。また、アルデヒド類に対して過剰量のフェノール類を用いて得られるレゾール型フェノール樹脂は、未反応のフェノール類を多量に含むため、環境面や労働安全衛生面から使用することは好ましくない。
【0004】
上記問題を解決するための技術として、特許文献1には、ホルムアルデヒドやフェノールといった未反応モノマー量を低減させることができるレゾール樹脂の製造方法、およびこのレゾール樹脂を含む鉱物繊維のサイジング用樹脂組成物が記載されている。特許文献1には、フェノール-ホルムアルデヒド縮合物に、出発フェノール1モルあたり0.1~0.5モルのグリシンを配合することにより、0.5%以下の遊離フェノールレベルを示す液体樹脂を製造する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者は、特許文献1の樹脂組成物は、繊維基材への含浸などの作業においては微細な隙間に含浸されず含浸不良や硬化不良を起こし易く、そのため硬化後の強度が十分に得られない場合があることを見出した。
【0007】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、繊維基材に対して均一に塗布および含浸できるとともに、機械強度に優れた硬化物が得られる樹脂組成物を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によれば、
有機繊維基材に含浸または塗布するために用いられる液状のフェノール樹脂組成物であって、
当該フェノール樹脂組成物は、出発物質であるフェノール類とアルデヒド類とを、[アルデヒド類]/[フェノール類]のモル比が0.8以上3.0以下である条件で、塩基性触媒の存在下で反応させてレゾール型フェノール樹脂を得る工程と、
前記レゾール型フェノール樹脂に、前記出発物質であるフェノール類1モルに対して、0.1モル以上1.0モル未満の量のグリシンを添加して、フェノール樹脂組成物を得る工程と、により得られ、
前記フェノール類は、フェノールであり、前記アルデヒド類は、ホルムアルデヒドである、
フェノール樹脂組成物が提供される。
【0009】
また本発明によれば、有機繊維基材と、前記有機繊維基材に含浸または塗布された上記フェノール樹脂組成物と、を含む物品が提供される。
【0010】
また本発明によれば、
織布基材に含浸または塗布するために用いられる液状のフェノール樹脂組成物であって、
前記織布基材の通気度は、250cm3/cm2/s以下であり、
当該フェノール樹脂組成物は、
出発物質であるフェノール類とアルデヒド類とを、[アルデヒド類]/[フェノール類]のモル比が0.8以上2.4以下である条件で、塩基性触媒の存在下で反応させてレゾール型フェノール樹脂を得る工程と、
前記レゾール型フェノール樹脂に、前記出発物質であるフェノール類1モルに対して、0.1モル以上1.0モル未満の量のグリシンを添加して、フェノール樹脂組成物を得る工程と、により得られ、
前記フェノール類は、フェノールであり、前記アルデヒド類は、ホルムアルデヒドである、フェノール樹脂組成物が提供される。
【0011】
また本発明によれば、織布基材と、前記織布基材に含浸または塗布された上記フェノール樹脂組成物と、を含む物品が提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、繊維基材に対する含浸性に優れるとともに、その硬化物が高い機械的強度を有するフェノール樹脂組成物、およびこのフェノール樹脂組成物を繊維基材に含浸して得られる物品が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
[フェノール樹脂組成物]
本実施形態のフェノール樹脂組成物は、有機繊維基材または織布基材に含浸させて使用するための、含浸用フェノール樹脂組成物である。本実施形態のフェノール樹脂組成物は、水溶性レゾール型フェノール樹脂と、グリシンとを含む。本実施形態のフェノール樹脂組成物は、出発物質であるフェノール類とアルデヒド類とを、[アルデヒド類]/[フェノール類]のモル比が0.8以上3.0以下である条件で、塩基性触媒の存在下で反応させて水溶性レゾール型フェノール樹脂を得る工程と、
このレゾール型フェノール樹脂に、出発物質であるフェノール類1モルに対して、0.01モル以上1.0モル未満の量のグリシンを添加する工程により得られる。
【0014】
本実施形態のフェノール樹脂組成物は、上記方法により製造されることにより、これに含まれるレゾール型フェノール樹脂の高分子量化が適度に抑制され、これを含むフェノール樹脂組成物は繊維基材に含浸するのに適切な粘度を有する。これにより、フェノール樹脂組成物は、有機繊維基材または織布基材などの繊維基材に対する含浸性および塗布性に優れる。
【0015】
ここで本発明でいう良好な含浸性および塗布性とは、フェノール樹脂組成物が、繊維基材の表面のみにとどまらず、繊維基材を構成する繊維間のほとんどすべてに入り込み(浸透し)、かつフェノール樹脂組成物に含まれるレゾール型フェノール樹脂が繊維の表面に付着してとどまり、繊維基材の厚み方向に対して濃度の偏りがなく均一に存在することをいう。
【0016】
本実施形態のフェノール樹脂組成物は、繊維基材に対して良好な含浸性および塗布性を有するため、繊維基材に含浸したフェノール樹脂組成物を硬化して得られる物品は、高い機械的強度を有する。
【0017】
本実施形態のフェノール樹脂組成物は、上記方法により製造されることにより、水溶性レゾール型フェノール樹脂とグリシンを含む。本実施形態のフェノール樹脂組成物は、グリシンを含むことにより、水溶性レゾール型フェノール樹脂に不可避的に含まれる未反応残存モノマーである遊離アルデヒドおよび遊離フェノールの量が低減される。よって環境負荷および人体への負荷が低減される。グリシンにより遊離アルデヒドおよび遊離フェノールの量が低減される理由は必ずしも明らかではないが、グリシンと、フェノール樹脂組成物中の遊離アルデヒドおよび遊離フェノールとが反応または相互作用することにより、これらの遊離アルデヒドおよび遊離フェノールが不活性化合物として存在するためと考えられる。
【0018】
また本実施形態のフェノール樹脂組成物は、グリシンを含むことにより、このフェノール樹脂組成物の経時安定性が改善される。ここで、樹脂組成物の経時安定性とは、樹脂組成物の特性の経時的変化が小さいことを指す。樹脂組成物の特性の経時的変化としては、樹脂組成物に含まれるフェノール樹脂が高分子量化して、樹脂組成物が高粘度化することを含む。本実施形態のフェノール樹脂組成物は、グリシンの緩衝作用により、そのpHが所定範囲に維持されるため、樹脂組成物に含まれるレゾール型フェノール樹脂の高分子量化や、未反応の遊離ホルムアルデヒド類と遊離フェノールとのさらなる重合反応が阻害されて、フェノール樹脂の高粘度化や、樹脂組成物の性状の変化がほとんどかまたは全く生じない。
【0019】
本実施形態のフェノール樹脂組成物は、水溶性レゾール型フェノール樹脂を含み、この水溶性レゾール型フェノール樹脂は、出発物質であるフェノール類とアルデヒド類とを、[アルデヒド類]/[フェノール類]のモル比が0.8以上3.0以下である条件で、塩基性触媒の存在下で反応させて得られるレゾール型フェノール樹脂である。上記条件で生成するレゾール型フェノール樹脂は、高い水溶性を有し、よってこれを含む樹脂組成物は優れた取扱い性を有する。
【0020】
本実施形態のフェノール樹脂組成物において、グリシンは、レゾール型フェノール樹脂の製造に用いられた出発物質であるフェノール類1モルに対して、0.01モル以上1.0モル未満の量で使用される。用いられるグリシンの量の下限値は、レゾール型フェノール樹脂の製造に用いられた出発物質であるフェノール類1モルに対して、好ましくは、0.05モル以上であり、より好ましくは、0.08モル以上である。用いられるグリシンの量の上限値は、レゾール型フェノール樹脂の製造に用いられた出発物質であるフェノール類1モルに対して、好ましくは、0.98モル以下であり、より好ましくは、0.95モル以下であり、さらに好ましくは、0.9モル以下であり、さらにより好ましくは、0.8モル以下であり、なおさらに好ましくは、0.7モル以下であり、なおさらにより好ましくは、0.6モル以下であり、特に好ましくは、0.5モル以下であり、特に好ましくは、0.4モル以下である。
本実施形態のフェノール樹脂組成物は、上記範囲内の量でグリシンを使用することにより、遊離フェノールおよび遊離アルデヒドの含有量が低減される。よって、本実施形態のフェノール樹脂組成物は、製造コストが低減されるため、安価である。
【0021】
(フェノール樹脂組成物の製造方法)
本実施形態の、水溶性レゾール型フェノール樹脂とグリシンとを含むフェノール樹脂組成物は、以下の(工程I)および(工程II)により得られる。
(工程I)出発物質であるフェノール類とアルデヒド類とを、[アルデヒド類]/[フェノール類]のモル比が0.8以上3.0以下である条件で、塩基性触媒の存在下で反応させて水溶性レゾール型フェノール樹脂を得る工程。
(工程II)(工程I)で得られたレゾール型フェノール樹脂を含む反応混合物に、工程Iで使用した出発物質であるフェノール類1モルに対して、0.01モル以上1.0モル未満の量のグリシンを添加する工程。
【0022】
(工程I)における水溶性レゾール型フェノール樹脂の合成のために使用される出発物質としてのフェノール類としては、フェノール;o-クレゾール、m-クレゾール、p-クレゾール等のクレゾール類;o-エチルフェノール、m-エチルフェノール、p-エチルフェノール等のエチルフェノール類;イソプロピルフェノール、ブチルフェノール、p-tert-ブチルフェノール等のブチルフェノール類;p-tert-アミルフェノール、p-オクチルフェノール、p-ノニルフェノール、p-クミルフェノール等のアルキルフェノール類;フルオロフェノール、クロロフェノール、ブロモフェノール、ヨードフェノール等のハロゲン化フェノール類;p-フェニルフェノール、アミノフェノール、ニトロフェノール、ジニトロフェノール、トリニトロフェノール等の1価フェノール置換体:及び、1-ナフトール、2-ナフトール等の1価のフェノール類;レゾルシン、アルキルレゾルシン、ピロガロール、カテコール、アルキルカテコール、ハイドロキノン、アルキルハイドロキノン、フロログルシン、ビスフェノールA、ビスフェノールF、ビスフェノールS、ジヒドロキシナフタリン等の多価フェノール類などが挙げられる。これらを単独あるいは2種以上を混合して使用してもよい。
【0023】
(工程I)における水溶性レゾール型フェノール樹脂の合成のために使用される出発物質としてのアルデヒド類としては、ホルムアルデヒド、パラホルムアルデヒド、トリオキサン、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、ポリオキシメチレン、クロラール、ヘキサメチレンテトラミン、フルフラール、グリオキザール、n-ブチルアルデヒド、カプロアルデヒド、アリルアルデヒド、ベンズアルデヒド、クロトンアルデヒド、アクロレイン、テトラオキシメチレン、フェニルアセトアルデヒド、o-トルアルデヒド、サリチルアルデヒド等が挙げられる。これらは、単独で使用してもよいし、2種類以上組み合わせて使用してもよい。また、これらアルデヒド類の前駆体あるいはこれらのアルデヒド類の溶液を使用することも可能である。中でも、製造コストの観点から、ホルムアルデヒド水溶液を使用することが好ましい。
【0024】
(工程I)における水溶性レゾール型フェノール樹脂の合成のために使用される塩基性触媒としては、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム等のアルカリ金属もしくはアルカリ土類金属の水酸化物;炭酸ナトリウム、炭酸カルシウム等の炭酸塩;石灰等の酸化物;亜硫酸ナトリウム等の亜硫酸塩;リン酸ナトリウム等のリン酸塩;アンモニア、トリメチルアミン、トリエチルアミン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ヘキサメチレンテトラミン、ピリジン等のアミン類等が挙げられる。
【0025】
(工程I)における水溶性レゾール型フェノール樹脂の合成のために使用される反応溶媒としては、水が用いられる。(工程I)の反応を水溶媒中で行うことにより、続く(工程II)において、水溶性のグリシンの添加が容易となる。
【0026】
(工程I)は、フェノール類(P)とアルデヒド類(F)とが、配合モル比(F/P)が0.8以上、好ましくは、0.8以上3.0以下、より好ましくは、1.0以上2.8以下、さらにより好ましくは、1.2以上2.5以下となるような比率で、反応がまに仕込み、さらに重合化触媒としての上述の塩基性触媒を添加して、適当な時間(例えば、3~6時間)還流を行うことにより実施される。フェノール類(P)とアルデヒド類(F)との配合モル比(F/P)が、0.8未満である場合には、生成する水溶性レゾール型フェノール樹脂の重量平均分子量が小さく、繊維基材に対する塗布性が不十分であるか、所望の機械強度や耐熱性等の特性を有さない場合がある。またフェノール類(P)とアルデヒド類(F)との配合モル比(F/P)が、3.0を超える場合は、反応中に樹脂のゲル化が進行し易くなるため、反応効率が低下し、また水不溶性の高分子量のレゾール型フェノール樹脂が生成するため好ましくない。反応温度は、例えば、40℃~120℃であり、好ましくは60℃~100℃である。これにより、ゲル化を抑制して、目的の分子量の水溶性レゾール型フェノール樹脂を得ることができる。水溶性レゾール型フェノール樹脂の重量平均分子量は、好ましくは、250~3000であり、より好ましくは、300~2000である。上記範囲の分子量を有するレゾール型フェノール樹脂は、水溶解性を有するとともに、繊維基材に対する含浸性および塗布性に優れる。
【0027】
(工程1)において使用される塩基性触媒は、出発物質のフェノール類に対して、例えば、1~10質量%、好ましくは、1~8質量%、より好ましくは、2~5質量%の量で使用される。上記範囲の量で塩基性触媒を用いることにより、フェノール類とアルデヒド類との反応効率を向上することができ、よって未反応物として残存するフェノール類およびアルデヒド類の量を低減することができる。
【0028】
次いで、(工程I)に続いて(工程II)を実施する。(工程II)では(工程I)で得られたレゾール型フェノール樹脂を含む反応混合物に、(工程I)で使用した出発物質であるフェノール類1モルに対して、0.01モル以上1.0モル未満の量のグリシンが添加される。グリシンの添加量の下限値は、(工程I)で使用された出発物質のフェノール類1モルに対して、好ましくは、0.05モル以上であり、より好ましくは、0.08モル以上である。グリシンの添加量の上限値は、(工程I)で使用された出発物質のフェノール類1モルに対して、好ましくは、0.98モル以下であり、より好ましくは、0.95モル以下であり、さらに好ましくは、0.9モル以下であり、さらにより好ましくは、0.8モル以下であり、なおさらに好ましくは、0.7モル以下であり、なおさらにより好ましくは、0.6モル以下であり、特に好ましくは、0.5モル以下であり、特に好ましくは、0.4モル以下である。
上記範囲の量でグリシンを添加することにより、得られるレゾール型フェノール樹脂組成物の繊維基材に対する含浸性および塗布性を適度な範囲とすることができる。また、上記範囲の量でグリシンを添加することにより、(工程I)で反応せずに残存した遊離アルデヒド類および遊離フェノール類が低減され得る。
【0029】
(工程II)において、グリシンの添加は、(工程I)で得られた反応混合物に、所定の時間かけて、所定量ずつ徐々に添加することが好ましい。グリシンの添加は、60℃~75℃の温度下で、好ましくは、60℃~65℃の温度下で、1分間あたり、グリシン総量の0.5~20質量%、好ましくは、1~10質量%、より好ましくは2.8質量%~4質量%を添加する速度で実施することが好ましい。ここで、グリシンは、水溶液の形態として使用してもよい。あるいはグリシンは、ナトリウム塩等の金属塩の形態で使用してもよい。
【0030】
グリシンの添加後、温度を、さらに10~180分間、好ましくは、30~100分間一定に保ち、未反応の遊離アルデヒド類および遊離フェノール類をさらに低減することが好ましい。その後、反応混合物の温度を室温程度まで徐冷することにより、本実施形態のフェノール樹脂組成物が得られる。
【0031】
上記工程を経て得られたフェノール樹脂組成物は、未反応の遊離フェノール類の含有量が、フェノール樹脂組成物全体に対して、1質量%以下、好ましくは、0.8質量%以下、より好ましくは、0.6質量%以下まで低減されている。
【0032】
また上記工程を用いて得られたフェノール樹脂組成物は、未反応の遊離アルデヒド類の含有量が、フェノール樹脂組成物全体に対して、1質量%以下、好ましくは、0.8質量%以下、より好ましくは、0.6質量%以下まで低減されている。
【0033】
上記工程を用いて得られたフェノール樹脂組成物のpHは、中性に近く、例えば、6~8であり、好ましくは、6.5~7.8であり、より好ましくは、6.8~7.5である。このようなpHは、樹脂組成物中にグリシンが存在することにより達成される。本実施形態のフェノール樹脂組成物は、上記範囲のpHを有することにより、経時安定性に優れる。
【0034】
[物品]
本実施形態の物品は、上述のフェノール樹脂組成物を繊維基材に含浸させ、硬化することにより得られる。繊維基材としては、有機繊維基材または織布基材が使用される。有機繊維基材としては、例えば、木材パルプ、リンターパルプ、コットンリンター、紙、ケナフ、シュート、竹等の天然繊維基材、およびアラミド繊維、ポリエステル繊維、ポリ便座ゾール繊維、アクリル繊維、アクリロニトリル繊維、ポリイミド繊維、ポリアミド繊維等の有機合成繊維等が挙げられる。これらの有機繊維基材は、1種を単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。
【0035】
また織布基材としては、通気度が250cm3/cm2/s以下、好ましくは220cm3/cm2/s以下の織布が使用される。織布基材としては、具体的には、ガラス繊維、金属繊維、またはセラミック繊維が使用される。
【0036】
繊維基材と上述の本発明のフェノール樹脂組成物の使用割合は、質量基準で、[フェノール樹脂組成物の固形分]/[繊維基材]=10/100~50/100であることが好ましい。
【0037】
また、繊維基材には、添加剤を含有させてもよい。添加剤としては、強化材や充填剤として一般に知られているウオラストナイト、ケイソウ土、シリカ、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、酸化珪素、カシューダスト、グラファイト等が挙げられる。これらの強化材や充填剤は特に限定するものではなく、2種類以上の混合での使用も可能である。
【0038】
本実施形態の物品は、例えば、摩擦材として使用することができる。
【0039】
以上、本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することもできる。
以下、実施形態の例を付記する。
1. 有機繊維基材に含浸または塗布するために用いられる液状のフェノール樹脂組成物であって、
当該フェノール樹脂組成物は、
出発物質であるフェノール類とアルデヒド類とを、[アルデヒド類]/[フェノール類]のモル比が0.8以上3.0以下である条件で、塩基性触媒の存在下で反応させてレゾール型フェノール樹脂を得る工程と、
前記レゾール型フェノール樹脂に、前記出発物質であるフェノール類1モルに対して、0.01モル以上1.0モル未満の量のグリシンを添加して、フェノール樹脂組成物を得る工程と、により得られる、フェノール樹脂組成物。
2. 前記有機繊維基材は、天然繊維基材、または有機合成繊維基材、あるいはこれらの組み合わせである、1.に記載のフェノール樹脂組成物。
3. 有機繊維基材と、前記有機繊維基材に含浸または塗布された1.または2.に記載のフェノール樹脂組成物と、を含む物品。
4. 織布基材に含浸または塗布するために用いられる液状のフェノール樹脂組成物であって、
前記織布基材の通気度は、250cm
3
/cm
2
/s以下であり、
当該フェノール樹脂組成物は、
出発物質であるフェノール類とアルデヒド類とを、[アルデヒド類]/[フェノール類]のモル比が0.8以上3.0以下である条件で、塩基性触媒の存在下で反応させてレゾール型フェノール樹脂を得る工程と、
前記レゾール型フェノール樹脂に、前記出発物質であるフェノール類1モルに対して、0.01モル以上1.0モル未満の量のグリシンを添加して、フェノール樹脂組成物を得る工程と、により得られる、フェノール樹脂組成物。
5. 前記織布基材は、ガラス繊維、金属繊維、またはセラミック繊維である、4.に記載のフェノール樹脂組成物。
6. 織布基材と、前記織布基材に含浸または塗布された4.または5.に記載のフェノール樹脂組成物と、を含む物品。
【実施例】
【0040】
以下、本発明を実施例および比較例により説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0041】
(実施例1)
撹拌装置、還流冷却器及び温度計を備えた反応装置に、フェノール1000重量部、37%ホルマリン水溶液2070重量部(F/Pモル比=2.4)、水酸化ナトリウム30重量部を添加し、90℃で70分間反応させた。これに水500重量部を加えた後、60℃でグリシン80g(フェノール1モルに対して0.1モル)を添加し、溶解させて樹脂組成物を得た。得られた樹脂組成物は透明であり、固形分含有量が50%であり、25℃で2000%を超える水希釈性であった。
この樹脂組成物は、ガスクロマトグラフィーを用いて測定した未反応(遊離)フェノール量が0.6質量%であり、未反応(遊離)ホルムアルデヒド量が0.8質量%であった。
【0042】
(実施例2)
フェノール1000重量部に対して、37%ホルマリン水溶液を1876重量部(F/Pモル比=2.175)使用した以外は、実施例1と同様にして樹脂組成物を得た。
【0043】
(実施例3)
フェノール1000重量部に対して、37%ホルマリン水溶液を1898重量部(F/Pモル比=2.4)使用し、グリシンを240g(フェノールに対して0.3モル)使用した以外は、実施例1と同様にして樹脂組成物を得た。
【0044】
(実施例4)
フェノール1000重量部に対して、37%ホルマリン水溶液を2156重量部(F/Pモル比=2.5)使用し、グリシンを240g(フェノールに対して0.3モル)使用した以外は、実施例1と同様にして樹脂組成物を得た。
【0045】
(実施例5)
グリシンを640g(フェノールに対して0.8モル)使用した以外は、実施例1と同様にして樹脂組成物を得た。
【0046】
(実施例6)
フェノール1000重量部に対して、37%ホルマリン水溶液を1898重量部(F/Pモル比=2.4)使用し、グリシンを40g(フェノールに対して0.05モル)使用した以外は、実施例1と同様にして樹脂組成物を得た。
【0047】
(比較例1)
フェノール1000重量部に対して、37%ホルマリン水溶液を1888重量部(F/Pモル比=2.19)使用し、グリシンを使用しなかったことした以外は、実施例1と同様にして樹脂組成物を得た。
【0048】
(比較例2)
比較例1で得られた樹脂組成物に、4000mlの水を添加して、樹脂組成物を得た。
【0049】
フェノール1000重量部に対して、37%ホルマリン水溶液を1121重量部(F/Pモル比=1.3)使用し、グリシンを使用しなかったことした以外は、実施例1と同様にして樹脂組成物を得た。
【0050】
各実施例および比較例で得られた樹脂組成物の、固形分含有量(不揮発分)(%)、遊離フェノール量、遊離ホルムアルデヒド量、水希釈性を表1に示す。
【0051】
(樹脂組成物の粘度の測定)
上述の樹脂組成物の調製直後の粘度を測定した。粘度の測定は、JIS-K-6910「フェノール樹脂試験方法」の5.3.2粘度B法に準じて行った。結果を表1に示す。
【0052】
(樹脂複合体の物性評価)
(含浸紙樹脂付着量)
得られた樹脂組成物を、含浸紙(120mm×10mm×厚さ1mmのセルロース濾紙基材)に含浸し、200℃のオーブンで30分間乾燥硬化して、複合体を得た。
樹脂付着量は、下記の式に従い算出した。
樹脂付着量(%)=[(複合体の重量-基材の重量)/基材の重量]×100
(含浸紙の強度)
含浸紙の強度は、JIS P 8113に準拠した方法で、精密万能試験機AG-IS 5kN(島津製作所社製)を用いて、常温常圧下、1mm/minの試験速度で測定した。
【0053】
【0054】
この出願は、2021年11月25日に出願された日本出願特願2021-190874号を基礎とする優先権を主張し、その開示の全てをここに取り込む。
【要約】
有機繊維基材に含浸または塗布するために用いられる液状のフェノール樹脂組成物であって、当該フェノール樹脂組成物は、出発物質であるフェノール類とアルデヒド類とを、[アルデヒド類]/[フェノール類]のモル比が0.8以上3.0以下である条件で、塩基性触媒の存在下で反応させてレゾール型フェノール樹脂を得る工程と、前記レゾール型フェノール樹脂に、前記出発物質であるフェノール類1モルに対して、0.01モル以上1.0モル未満の量のグリシンを添加して、フェノール樹脂組成物を得る工程と、により得られる、フェノール樹脂組成物。