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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-28
(45)【発行日】2023-09-05
(54)【発明の名称】心臓アセチルコリン産生能誘導薬
(51)【国際特許分類】
   C07C 381/00 20060101AFI20230829BHJP
   A61K 31/145 20060101ALI20230829BHJP
   A61P 9/00 20060101ALI20230829BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20230829BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230829BHJP
【FI】
C07C381/00 CSP
A61K31/145
A61P9/00
A61P9/10
A61P43/00 111
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020549467
(86)(22)【出願日】2019-09-27
(86)【国際出願番号】 JP2019038293
(87)【国際公開番号】W WO2020067485
(87)【国際公開日】2020-04-02
【審査請求日】2022-05-23
(31)【優先権主張番号】P 2018185112
(32)【優先日】2018-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】500557048
【氏名又は名称】学校法人日本医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100178847
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 映美
(72)【発明者】
【氏名】柿沼 由彦
(72)【発明者】
【氏名】中村 成夫
【審査官】阿久津 江梨子
(56)【参考文献】
【文献】特開平3-261761(JP,A)
【文献】米国特許第5187305(US,A)
【文献】MANG, Christian F. et al.,Modulation of acetylcholin release in the guinea-pig trachea by the nitric oxide donor, S-nitroso-N-,British Journal of Pharmacology,2000年,Vol. 131, No. 1,p.94-98, ISSN 0007-1188
【文献】MEGSON, I. L. et al.,N-substituted analogues of S-nitroso-N-acetyl-D,L-penicillamine: chemical stability and prolonged ni,British Journal of Pharmacology,1999年,Vol. 126, No. 3,pp. 639-648,ISSN 0007-1188
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
A61K
A61P
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される化合物(ただし、下記式(a)で表される化合物、下記式(b)で表される化合物、下記式(c)で表される化合物、及び下記式(d)で表される化合物を除く。)若しくはその塩又はそれらの溶媒和物。
【化1】
[式(1)中、Rは、いずれも置換されていてもよい、炭素数2~10の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基、1個又は複数個の水素原子がカルボキシ基に置換されている直鎖状又は分岐鎖上の炭素数1~10のアルキル基又は炭素数6~20のアリール基を表す。]
【化2】
【請求項2】
前記式(1)で表される化合物が下記式(2)で表される化合物である、請求項1に記載の化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物。
【化3】
【請求項3】
下記式(1)又は下記式(2)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物からなる、心臓アセチルコリン産生能誘導薬。
【化4】
[式(1)中、R は、いずれも置換されていてもよい、炭素数2~10の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基、1個又は複数個の水素原子がカルボキシ基に置換されている直鎖状又は分岐鎖上の炭素数1~10のアルキル基又は炭素数6~20のアリール基を表す。]
【化5】
【請求項4】
血圧を低下させることなく、又は、心拍数を増加させることなく、心機能を亢進させる、請求項3に記載の心臓アセチルコリン産生能誘導薬。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の心臓アセチルコリン産生能誘導薬と、薬学的に許容される担体とを含む、心臓アセチルコリン産生能誘導用医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心臓アセチルコリン産生能誘導薬に関する。本願は、2018年9月28日に日本に出願された特願2018-185112号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
発明者らは、これまでに、心筋がアセチルコリンを産生して、酸化ストレスによる心筋へのダメージを防ぐ仕組み(非神経性心筋コリン作動系)を発見し、報告してきた(例えば、非特許文献1を参照)。
【0003】
発明者らはまた、心臓からのアセチルコリンの産生が亢進した遺伝子改変マウスにおいて、心筋梗塞後の心筋細胞が死滅する割合が減少し、このマウスの心筋梗塞後生存率が野生型マウスの2倍以上となることを明らかにした(例えば、非特許文献2を参照)。
【0004】
ところで、アセチルコリンは生体内で一酸化窒素(NO)の生成を促進することが知られている。NOは、細胞内で合成された後に体内を循環し、セカンドメッセンジャーとして機能する。NOは細胞内のグアニル酸シクラーゼを活性化して、サイクリックGMP(cGMP)を産生する。ヒトにおいては、cGMPは血管弛緩(血管拡張)を引き起こすことにより、血圧を低下させる等の機能を有することが知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Kakinuma Y et al., Cholinoceptive and cholinergic properties of cardiomyocytes involving an amplification mechanism for vagal efferent effects in sparsely innervated ventricular myocardium., 276(18), 5111-5125, 2009.
【文献】Kakinuma Y et al., Heart-specific overexpression of choline acetyltransferase gene protects murine heart against ischemia through hypoxia-inducible factor-1α-related defense mechanisms., 2(1), e004887, 2013.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、心臓からのアセチルコリンの産生を促進させる物質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の態様を含む。
[1]下記式(1)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物。
【化1】
[式(1)中、Rは、いずれも置換されていてもよい、炭素数2~10の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基、1個又は複数個の水素原子がカルボキシ基に置換されている直鎖状又は分岐鎖上の炭素数1~10のアルキル基又は炭素数6~20のアリール基を表す。]
[2]前記式(1)で表される化合物が下記式(2)で表される化合物である、請求項1に記載の化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物。
【化2】
[3][1]又は[2]に記載の化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物からなる、心臓アセチルコリン産生能誘導薬。
[4]血圧を低下させることなく、又は、心拍数を増加させることなく、心機能を亢進させる、[3]に記載の心臓アセチルコリン産生能誘導薬。
[5][3]又は[4]に記載の心臓アセチルコリン産生能誘導薬と、薬学的に許容される担体とを含む、心臓アセチルコリン産生能誘導用医薬組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、心臓からのアセチルコリンの産生を促進させる物質を提供することができる。係る物質は、動物実験における循環器系試薬・薬物としての利用価値のほか、係る物質からなる心臓アセチルコリン産生誘導薬は、急性的に血圧を低下させることがなく、患者への負担が少ない、新たな循環器系疾患の治療薬として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】(a)は、HEK293細胞を各SNAP誘導体で刺激し、8時間後に細胞内アセチルコリン濃度を解析した結果である。(b)は、HEK293細胞を各SNAP誘導体で刺激し、16時間後に細胞内アセチルコリン濃度を解析した結果である。
図2】HEK293細胞を各SNAP誘導体で刺激した後、細胞内cGMP濃度を解析した結果である。
図3】HEK293細胞をSNAP又はSNPiPで刺激した後、細胞内アセチルコリン濃度を解析した結果である。
図4】(a)は、HEK293細胞をSNPiPで刺激した後、NOの産生量を解析した結果を示す。(b)は、HEK293細胞をSNAP誘導体で刺激した後、NOの産生量を解析した結果である。
図5】(a)は、HEK293細胞をSNPiPで刺激した後、イムノブロットにより、ChATタンパク質の発現を解析した結果である。(b)は、SNPiPを投与したマウスの骨格筋におけるChATタンパク質を、イムノブロットにより解析した結果である。(c)は、SNPiPを投与したマウスの肝臓におけるChATタンパク質を、イムノブロットにより解析した結果である。(d)は、SNPiPを投与したマウスの心臓におけるChATタンパク質を、イムノブロットにより解析した結果である。
図6】SNPiPを投与したマウスの心臓における、アセチルコリンの産生量を解析した結果である。
図7】(a)は、SNPiP非投与マウスとSNPiP投与マウスの心拍数である。(b)は、SNPiP非投与マウスとSNPiP投与マウスの収縮末期圧である。(c)は、SNPiP非投与マウスとSNPiP投与マウスの拡張末期圧である。(d)は、SNPiP非投与マウスとSNPiP投与マウスの収縮末期容積である。(e)は、SNPiP非投与マウスとSNPiP投与マウスの1回拍出量である。(f)は、SNPiP非投与マウスとSNPiP投与マウスの拡張末期容積である。(g)は、SNPiP非投与マウスとSNPiP投与マウスの心拍出量である。(h)は、SNPiP非投与マウスとSNPiP投与マウスの駆出率である。
図8】(a)は、非投与マウス、腹腔内投与マウス、経静脈的投与マウスの心拍数を示すグラフである。(b)は、非投与マウス、腹腔内投与マウス、経静脈的投与マウスの収縮末期圧を示すグラフである。(c)は、非投与マウス、腹腔内投与マウス、経静脈的投与マウスの拡張末期容積を示すグラフである。(d)は、非投与マウス、腹腔内投与マウス、経静脈的投与マウスの1回拍出量を示すグラフである。(e)は、非投与マウス、腹腔内投与マウス、経静脈的投与マウスの心拍出量を示すグラフである。(f)は、非投与マウス、腹腔内投与マウス、経静脈的投与マウスの駆出率を示すグラフである。
図9】(a)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの、収縮末期圧及び拡張末期圧を示すグラフである。(b)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの、拡張末期容積、収縮末期容積及び1回拍出量を示すグラフである。(c)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの、心拍出量を示すグラフである。(d)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの、駆出率を示すグラフである。
図10】(a)は、非投与db/dbマウス及びSNAP投与db/dbマウスの、収縮末期圧及び拡張末期圧を示すグラフである。(b)は、非投与db/dbマウス及びSNAP投与db/dbマウスの、拡張末期容積、収縮末期容積及び1回拍出量を示すグラフである。(c)は、非投与db/dbマウス及びSNAP投与db/dbマウスの、心拍出量を示すグラフである。(d)は、非投与db/dbマウス及びSNAP投与db/dbマウスの、駆出率を示すグラフである。
図11】(a)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの心拍数を示すグラフである。(b)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの収縮末期圧を示すグラフである。(c)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの拡張末期容積を示すグラフである。(d)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの1回拍出量を示すグラフである。(e)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの心拍出量を示すグラフである。(f)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの駆出率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
ニトロソチオールは、NOを自発的に供与する化合物として知られている。ニトロソチオールの中でも、S-ニトロソ-N-アセチルペニシラミン(以下、「SNAP」と呼ぶ場合がある。)は、NO供与体としてよく知られている。
【0011】
SNAPの構造は、下記式(3)で表される。
【化3】
【0012】
[化合物]
1実施形態において、本発明は、下記式(1)で表される化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物を提供する。下記式(1)中、Rは、いずれも置換されていてもよい、炭素数2~10の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基、1個又は複数個の水素原子がカルボキシ基に置換されている直鎖状又は分岐鎖上の炭素数1~10のアルキル基又は炭素数6~20のアリール基であってもよい。Rの置換基としては、例えば、フッ素原子、塩素原子等のハロゲン原子;ヒドロキシ基等が挙げられる。
は、炭素数2~10の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基、1個又は複数個の水素原子がカルボキシ基に置換されている直鎖状又は分岐鎖上の炭素数1~10のアルキル基又は炭素数6~20のアリール基であってもよい。
本明細書において、上記式(3)で表される化合物の誘導体をSNAP誘導体と呼ぶ場合がある。
【化4】
【0013】
ここで、炭素数2~10の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基が直鎖状である場合、アルキル基の炭素数は2~10であってもよい。炭素数2~10の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基が分岐鎖状である場合、アルキル基の炭素数は3~10であってもよい。
炭素数2~10の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基としては、例えば、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、tert-ペンチル基、1-メチルブチル基、n-ヘキシル基、2-メチルペンチル基、3-メチルペンチル基、2,2-ジメチルブチル基、2,3-ジメチルブチル基、n-ヘプチル基、2-メチルヘキシル基、3-メチルヘキシル基、2,2-ジメチルペンチル基、2,3-ジメチルペンチル基、2,4-ジメチルペンチル基、3,3-ジメチルペンチル基、3-エチルペンチル基、2,2,3-トリメチルブチル基、n-オクチル基、イソオクチル基、ノニル基、デシル基等が挙げられる。
上述した直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基の炭素数は、2~8であることが好ましく、2~6であることがより好ましい。
【0014】
1個又は複数個の水素原子がカルボキシ基に置換されている直鎖状又は分岐鎖上の炭素数1~10のアルキル基が直鎖状である場合、アルキル基の炭素数は1~10であってもよい。1個又は複数個の水素原子がカルボキシ基に置換されている直鎖状又は分岐鎖上の炭素数1~10のアルキル基が分岐鎖状である場合、アルキル基の炭素数は3~10であってもよい。
1個又は複数個の水素原子がカルボキシ基に置換されている直鎖状又は分岐鎖上の炭素数1~10のアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、tert-ペンチル基、1-メチルブチル基、n-ヘキシル基、2-メチルペンチル基、3-メチルペンチル基、2,2-ジメチルブチル基、2,3-ジメチルブチル基、n-ヘプチル基、2-メチルヘキシル基、3-メチルヘキシル基、2,2-ジメチルペンチル基、2,3-ジメチルペンチル基、2,4-ジメチルペンチル基、3,3-ジメチルペンチル基、3-エチルペンチル基、2,2,3-トリメチルブチル基、n-オクチル基、イソオクチル基、ノニル基、デシル基等が挙げられる。
上述した1個又は複数個の水素原子がカルボキシ基に置換されている直鎖状又は分岐鎖上のアルキル基の炭素数としては、1~6であることが好ましく、1~3であることがより好ましい。
【0015】
置換されていてもよいアリール基としては、フェニル基、ベンジルフェニル基、ナフチル基、ビフェニル基等が挙げられる。
【0016】
本実施形態の化合物は、下記式(2)、(4)、(5)のいずれかで表される化合物であってもよい。下記式(2)で表される化合物は、S-ニトロソ-ピバロイル-D-ペニシラミン(以下、「SNPiP」と呼ぶ場合がある。)である。
【化5】
【0017】
下記式(4)で表される化合物は、S-ニトロソ-N-ベンゾイル-D-ペニシラミン(以下、「SNBP」という場合がある。)である。
【化6】
【0018】
下記式(5)で表される化合物は、S-ニトロソ-N-スクシノイル-D-ペニシラミン(以下、「SNSP」という場合がある。)である。
【化7】
【0019】
本実施形態の化合物は、ラセミ体であってもよく、純粋なエナンチオマーであってもよい。
【0020】
本実施形態の化合物は塩であってもよい。塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、アルミニウム塩、亜鉛塩、マグネシウム塩、コリン塩等が挙げられるが、これに限定されず、当業者に知られている塩であれば、どのような塩であってもよい。
【0021】
溶媒和物としては、薬学的に許容される溶媒和物であれば特に制限されず、例えば、水和物、有機溶媒和物等が挙げられる。
【0022】
上述の化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物は、医薬であってもよいし、研究用試薬であってもよい。
【0023】
[心臓アセチルコリン産生能誘導薬]
NO供与体であるSNAP誘導体を細胞に接触させることにより、細胞内でNOが産生され、アセチルコリンを合成する酵素であるcholine acetyltransferase(ChATタンパク質)の発現量を上昇させることができる。SNAP誘導体を投与すると、心臓において、ChATタンパク質の発現量が上昇することにより、アセチルコリンの産生が亢進し、心機能を亢進させることができる。
【0024】
1実施形態において、本発明は、上記式(1)に記載の化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物からなる、心臓アセチルコリン産生能誘導薬を提供する。本実施形態の心臓アセチルコリン産生能誘導薬において、上記の化合物は、上記式(2)~(5)のいずれかに記載の化合物、又は下記式(6)、(7)に記載の化合物であってもよい。
【0025】
下記式(6)で表される化合物は、S-ニトロソ-N-ヘプタノイル-D-ペニシラミン(以下、「SNHP」という場合がある。)である。
【化8】
【0026】
下記式(7)で表される化合物は、S-ニトロソ-N-バレリル-D-ペニシラミン(以下、「SNVP」という場合がある。)である。
【化9】
【0027】
本実施形態の心臓アセチルコリン産生能誘導薬は、非神経性心筋コリン作動系の活性化剤であるということもできる。非神経性心筋コリン作動系とは、発明者らが見出した、心筋がアセチルコリンを産生して、心筋が酸化ストレスによってダメージを受けることを防ぐ仕組みである。本実施形態の心臓アセチルコリン産生能誘導薬を生体に投与すると、心臓においてアセチルコリンの産生が亢進し、非神経性コリン作動系が活性化する。
【0028】
実施例において後述するように、発明者らは、本実施形態の心臓アセチルコリン産生能誘導薬を生体又は培養細胞に投与すると、ChATタンパク質の発現及びアセチルコリンの産生量が亢進することを見出した。
【0029】
本実施形態の心臓アセチルコリン産生能誘導薬は、ChATタンパク質の発現及びアセチルコリンの産生量を亢進させることを目的として、培養細胞、生体から分離した組織、生物個体に接触させてもよい。
【0030】
生物個体の種類、培養細胞と生体から分離した組織が由来する生物種としては、アセチルコリンを合成することができる生物種であれば、どのような生物種の個体であってもよい。培養細胞としては、例えば、初代培養細胞、株化された細胞等が挙げられる。生体から分離した組織としては、神経、心臓、筋肉等が挙げられるが、これに限定されない。
【0031】
実施例において後述するように、本実施形態の心臓アセチルコリン産生能誘導薬は、血圧を低下させることなく、又は、心拍数を増加させることなく、心機能を亢進させることができる。
【0032】
発明者らは、これまでに、心臓においてChATタンパク質が高発現し、心臓においてアセチルコリンの産生が亢進したトランスジェニックマウスを作製した。非特許文献2に記載されているように、このマウスは、野生型のマウスに比べて、冠動脈の結紮による心筋梗塞が引き起こされた後の生存率が上昇する。
【0033】
本実施形態の心臓アセチルコリン産生能誘導薬は、ChATタンパク質の発現量を上昇させ、アセチルコリンの産生を促進することができる。すなわち、本実施形態の心臓アセチルコリン産生能誘導薬は、循環器系疾患の治療薬として利用することができる。循環器系疾患としては、例えば、虚血性心疾患、狭心症、心筋梗塞等が挙げられる。
【0034】
レプチン受容体を欠損するdb/dbマウスは、加齢と共に糖尿病様の症状を示し、野生型マウスよりも心機能が低下する(例えば、Asaum E et al., Diabetes, vol. 52, 434-441, 2003)。実施例において後述するように、db/dbマウスに対し、本実施形態の心臓アセチルコリン産生能誘導薬を投与すると、db/dbマウスは心機能が亢進する。したがって、本実施形態の心臓アセチルコリン産生能誘導薬は、糖尿病患者にも安全に投与することのできる循環器系疾患の治療薬として利用することができる。
【0035】
上述した心臓アセチルコリン産生能誘導薬は、薬学的に許容される担体と共に、医薬組成物として製剤化されていてもよい。
【0036】
本実施形態の医薬組成物は、非経口的に投与されてもよい。非経口的に投与する場合、医薬組成物の剤型としては、例えば、注射剤、吸入剤、坐剤、貼付剤等が挙げられる。投与方法に応じて、剤型は、当業者に知られている形態を選択することができる。
【0037】
患者への投与は、例えば、髄腔内注射、動脈内注射、静脈内注射、皮下注射等の注射による投与であってもよい。又は、患者への投与は、鼻腔内的、経気管支的、経皮的投与等であってもよい。
【0038】
心臓アセチルコリン産生能誘導薬の投与量は、患者の体重や年齢、患者の症状、投与方法等により変動するが、当業者であれば適当な投与量を適宜選択することができる。非経口的に投与する場合、その投与量は、心臓アセチルコリン産生能誘導薬の種類、患者の症状、投与部位、投与方法等により変動するが、全身投与を行う場合は、一般的に成人(体重60kgとして)においては、1日あたり約0.1~500mg、例えば約1.0~250mg、例えば約1.0~100mg程度を、1日1回、又は数回に分けて投与することができる。局所投与を行う場合は、一般的に成人(体重60kgとして)においては、1日あたり約0.001~10mg、例えば約0.01~5mg、例えば約0.02~2mg程度を、1日1回、又は数回に分けて投与することができる。
【0039】
[その他の実施形態]
1実施形態において、本発明は、上記式(1)又は(2)に記載の化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物からなる心臓アセチルコリン産生能誘導薬の有効量を、治療を必要とする患者に投与することを含む、循環器系疾患の治療方法を提供する。
【0040】
1実施形態において、本発明は、循環器系疾患を治療するための、上記式(1)又は(2)に記載の化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物を提供する。
【0041】
1実施形態において、本発明は、循環器系疾患の治療薬を製造するための、上記式(1)又は(2)に記載の化合物若しくはその塩又はそれらの溶媒和物の使用を提供する。
【実施例
【0042】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0043】
[実験例1]
<化合物の合成>
(合成例1)S-ニトロソ-N-ピバロイル-D-ペニシラミン(SNPiP)の合成
【化10】
【0044】
《ステップ1》N-ピバロイル-D-ペニシラミンの合成
D-ペニシラミン(1.00g,6.7mmol)、トリエチルアミン(1.36g,13.4mmol)をテトラヒドロフラン:水=4:1(20mL)に溶解し、0℃にて塩化ピバロイル(0.81g,6.7mmol)を少量ずつ加え、30分間撹拌した。反応液を室温まで上昇させながら更に12時間撹拌した。減圧下にて反応液のテトラヒドロフランを留去し、1mol/L塩酸(20mL)を加えた。生じた結晶を濾取し、酢酸エチルから再結晶することにより、白色針状晶のN-ピバロイル-D-ペニシラミン(621mg)を得た。
【0045】
《ステップ2》S-ニトロソ-N-ピバロイル-D-ペニシラミンの合成
N-ピバロイル-D-ペニシラミン(583mg,2.5mmol)をメタノール(5mL)及び1mol/L塩酸(3.5mL)に溶解し、室温にて亜硝酸ナトリウム(345mg,5.0mmol)を水(5.0mL)に溶解したものを20分間かけて滴下した。更に15分間攪拌したのち、生じた沈殿物を濾取し、沈殿物を少量の水で洗浄し、緑色粉末のS-ニトロソ-N-ピバロイル-D-ペニシラミン(237mg)を得た。
【0046】
S-ニトロソ化合物は不安定であること、またNMRスペクトルがほぼ目的のS-ニトロソ-N-ピバロイル-D-ペニシラミンのピークのみであったことから、さらなる精製は行わなかった。
【0047】
H-NMR (CDCl, 400 MHz): δ 1.17 (s, 9H, -C(CH),2.01 (s, 3H, -S-C(CH-), 2.09 (s, 3H, -S-C(CH-), 5.29 (d, 1H, J=9.0 Hz, -CH-NH-), 6.55 (d, J=9.0 Hz, -NH-)
【0048】
(合成例2)S-ニトロソ-N-ベンゾイル-D-ペニシラミン(SNBP)の合成
【化11】
【0049】
《ステップ1》N-ベンゾイル-D-ペニシラミンの合成
D-ペニシラミン(1.00g,6.7mmol)、トリエチルアミン(1.36g,13.4mmol)をテトラヒドロフラン:水=4:1(20mL)に溶解し、0℃にて塩化ベンゾイル(0.94g,6.7mmol)を少量ずつ加え、30分間撹拌した。反応液を室温まで上昇させながら更に12時間撹拌した。減圧下にて反応液のテトラヒドロフランを留去し、1mol/L塩酸(20mL)を加えた。酢酸エチル(30mL×3)で抽出し、硫酸ナトリウムで乾燥したのち溶媒を留去することにより、無色油状のN-ベンゾイル-D-ペニシラミン(1.07g)を得た。
【0050】
《ステップ2》S-ニトロソ-N-ベンゾイル-D-ペニシラミンの合成
N-ベンゾイル-D-ペニシラミン(633mg,2.5mmol)をメタノール(5mL)及び1mol/L塩酸(3.5mL)に溶解し、室温にて亜硝酸ナトリウム(345mg,5.0mmol)を水(5.0mL)に溶解したものを20分間かけて滴下した。更に15分間攪拌した。酢酸エチル(30mL×3)で抽出し、硫酸ナトリウムで乾燥したのち溶媒を留去することにより、緑色粉末のS-ニトロソ-N-ベンゾイル-D-ペニシラミン(583mg)を得た。
【0051】
S-ニトロソ化合物は不安定であること、またNMRスペクトルがほぼ目的のS-ニトロソ-N-ベンゾイル-D-ペニシラミンのピークのみであったことから、さらなる精製は行わなかった。
【0052】
H-NMR (CDCl, 400 MHz): δ 2.01 (s, 3H, -S-C(CH-), 2.06 (s, 3H, -S-C(CH-), 5.37 (d, 1H, J=8.6 Hz, -CH-NH-), 7.05 (d, J=8.6 Hz, -NH-), 7.29~7.72 (m, 5H, -Ar)
【0053】
(合成例3)S-ニトロソ-N-スクシノイル-D-ペニシラミン(SNSP)の合成
【化12】
【0054】
《ステップ1》N-スクシノイル-D-ペニシラミンの合成
D-ペニシラミン(1.00g,6.7mmol)、トリエチルアミン(1.36g,13.4mmol)をテトラヒドロフラン:水=4:1(20mL)に溶解し、0℃にて無水コハク酸(0.67g,6.7mmol)を少量ずつ加え、30分間撹拌した。反応液を室温まで上昇させながら更に12時間撹拌した。減圧下にて反応液のテトラヒドロフランを留去し、1mol/L塩酸(20mL)を加えた。酢酸エチル(30mL×3)で抽出し、硫酸ナトリウムで乾燥したのち溶媒を留去することにより、無色油状のN-スクシノイル-D-ペニシラミン(972mg)を得た。
【0055】
《ステップ2》S-ニトロソ-N-スクシノイル-D-ペニシラミンの合成
N-スクシノイル-D-ペニシラミン(623mg,2.5mmol)をメタノール(5mL)及び1mol/L塩酸(3.5mL)に溶解し、室温にて亜硝酸ナトリウム(345mg,5.0mmol)を水(5.0mL)に溶解したものを20分間かけて滴下した。更に15分間攪拌した。酢酸エチル(30mL×3)で抽出し、硫酸ナトリウムで乾燥したのち溶媒を留去することにより、緑色粘稠固体のS-ニトロソ-N-スクシノイル-D-ペニシラミン(389mg)を得た。
【0056】
S-ニトロソ化合物は不安定であること、またNMRスペクトルがほぼ目的のS-ニトロソ-N-スクシノイル-D-ペニシラミンのピークのみであったことから、さらなる精製は行わなかった。
【0057】
H-NMR (CDCl, 400 MHz): δ 2.01 (s, 3H, -S-C(CH-), 2.09 (s, 3H, -S-C(CH-), 2.35~2.42 (m, 1H, -CH-CH-COOH), 2.46~2.52 (m, 1H, -CH-CH-COOH), 2.52~2.61 (m, 1H, -CH-CH-COOH), 2.85~2.95 (m, 1H, -CH-CH-COOH), 5.22 (d, 1H, J=9.2 Hz, -CH-NH-), 6.60 (d, J=9.2 Hz, -NH-)
【0058】
[実験例2]
(SNAP誘導体によるアセチルコリン産生)
HEK293細胞を、1μMの濃度のSNAP誘導体で刺激し、8時間又は16時間経過後の、アセチルコリンの産生を解析した。SNAP誘導体としては、SNPiP、SNAP、SNBP,SNSP、SNHP、SNVPを用いた。図1(a)は、HEK293細胞を各SNAP誘導体で刺激し、8時間後に細胞内アセチルコリン濃度を解析した結果である。図1(b)は、HEK293細胞を各SNAP誘導体で刺激し、16時間後に細胞内アセチルコリン濃度を解析した結果である。
【0059】
その結果、SNAP誘導体で刺激して8時間後には、SNBPに接触させた細胞が最も多くアセチルコリンを産生した。また、SNPiPで刺激して8時間後の細胞はアセチルコリンの産生が亢進しなかった。これに対し、SNPiPで刺激して16時間後の細胞はアセチルコリンの産生が亢進した。すなわち、SNPiPは緩やかにアセチルコリンの産生を亢進させる。
【0060】
[実験例3]
(SNAP誘導体によるcGMP産生)
HEK293細胞を、1μMの濃度の各SNAP誘導体で刺激し、各経過時間後の、細胞内cGMP濃度を解析した。図2は、HEK293細胞を各SNAP誘導体で刺激後、細胞内cGMP濃度を解析した結果である。
【0061】
各SNAP誘導体をHEK293細胞に接触後、SNBPは1分後、SNHPは2分後、SNAPは3分後、SNPiPは5分後以降に、cGMPの濃度がピークに達した。この結果から、他のSNAP誘導体で刺激した場合と比較して、SNPiP刺激による細胞内cGMPの産生は、緩徐に起こることが明らかになった。
【0062】
cGMPは、血管を弛緩させ、血圧を降下させることが知られている。SNPiPは緩徐にcGMPを産生させるため、急激に血圧を降下させないことが推定される。
【0063】
[実験例4]
(SNAP誘導体によるアセチルコリン産生)
HEK293細胞を、1μMの濃度のSNAP又はSNPiPで刺激し、各経過時間後の、細胞内アセチルコリン濃度を経時的に解析した。図3は、HEK293細胞をSNAP又はSNPiPで刺激した後、細胞内アセチルコリン濃度を解析した結果である。図3中、グラフの縦軸の値は、SNAP又はSNPiPで刺激していないHEK293細胞内のアセチルコリンの値を100とした場合の値を示す。
【0064】
その結果、SNAPで刺激した場合と比較して、SNPiP刺激によるアセチルコリンの産生は緩徐であり、48時間後~72時間後に起こることが明らかになった。
【0065】
[実験例5]
(SNAP誘導体による一酸化窒素の産生)
HEK293細胞を、1μMの濃度のSNAP又はSNPiPで刺激し、各経過時間後の、NOの産生量を解析した。図4(a)は、HEK293細胞をSNPiPで刺激した後、NOの産生量を解析した結果である。図4(b)は、HEK293細胞をSNAP誘導体で刺激した後、NOの産生量を解析した結果である。
【0066】
その結果、SNAPで刺激した場合には、刺激から20分後にNOの産生量がピークに達したが、SNPiPで刺激した場合には、刺激から60分後にNOの産生量がピークに達した。
【0067】
この結果から、SNAPで刺激した場合と比較して、SNPiP刺激によるNO産生のピークは遅れることが明らかになった。
【0068】
[実験例6]
(SNPiP刺激によるChATタンパク質の発現誘導)
HEK293細胞を、1μMの濃度のSNPiPで刺激し、各経過時間後のChATタンパク質の発現量を解析した。図5(a)は、HEK293細胞をSNPiPで刺激した後、イムノブロットにより、ChATタンパク質の発現を解析した結果である。
【0069】
その結果、HEK293細胞をSNPiPで刺激して32時間後に、ChATタンパク質の発現量が上昇することが明らかになった。
【0070】
次に、野生型マウス(C57BL6/J)にSNPiPを投与した後、骨格筋、肝臓、心臓におけるChATタンパク質の発現を解析した。図5(b)は、SNPiPを投与したマウスの骨格筋におけるChATタンパク質を、イムノブロットにより解析した結果である。図5(c)は、SNPiPを投与したマウスの肝臓におけるChATタンパク質を、イムノブロットにより解析した結果である。図5(d)は、SNPiPを投与したマウスの心臓におけるChATタンパク質を、イムノブロットにより解析した結果である。
【0071】
その結果、SNPiPを投与したマウスの心臓においてChATタンパク質の発現量は顕著に上昇するが、SNPiPを投与した骨格筋、肝臓においては、ChATタンパク質の発現量は上昇しないことが明らかになった。
【0072】
[実験例7]
(SNPiP投与によるアセチルコリンの産生)
野生型マウス(C57BL6/J)にSNPiPを腹腔内投与し、心臓におけるアセチルコリンの産生量を解析した。図6は、SNPiPを投与したマウスの心臓における、アセチルコリンの産生量を解析した結果である。
【0073】
その結果、SNPiPを投与した72時間後のマウスの心臓において、アセチルコリンの産生量が投与前と比較して約3.5倍に増加した。この結果から、SNPiPの投与により、マウスの心臓においてアセチルコリンの産生が促進されることが明らかになった。
【0074】
[実験例8]
(SNPiP投与による心機能の向上)
SNPiPを腹腔内投与したマウスの心臓の機能を解析した。
【0075】
SNPiPを野生型マウスに投与し、心機能への影響を解析した。図7(a)は、SNPiP非投与マウスとSNPiP投与マウスの心拍数(図中、「HR」と示す。)である。図7(b)は、SNPiP非投与マウスとSNPiP投与マウスの収縮末期圧(図中、「ESP」と示す。)である。図7(c)は、SNPiP非投与マウスとSNPiP投与マウスの拡張末期圧(図中、「EDP」と示す。)である。図7(d)は、SNPiP非投与マウスとSNPiP投与マウスの収縮末期容積(図中、「ESV」と示す。)である。図7(e)は、SNPiP非投与マウスとSNPiP投与マウスの1回拍出量(図中、「SV」と示す。)である。図7(f)は、SNPiP非投与マウスとSNPiP投与マウスの拡張末期容積(図中、「EDV」と示す。)である。図7(g)は、SNPiP非投与マウスとSNPiP投与マウスの心拍出量(図中、「CO」と示す。)である。図7(h)は、SNPiP非投与マウスとSNPiP投与マウスの駆出率(図中、「EF」と示す。)である。
【0076】
心拍数(HR)は1分間当たりの心臓の拍動数である。収縮末期圧(ESP)は心室収縮末期における心室内圧力である。拡張末期圧(EDP)は心室拡張末期の心室内圧力である。収縮末期容積(ESV)は心室収縮末期における心室容積である。1回拍出量(SV)は1回の心臓の収縮で拍出される血液量である。拡張末期容積(EDV)は心室拡張末期における心室容積である。心拍出量(CO)は1分間当たりの心臓から送り出される血液量である。駆出率(EF)は拡張末期容積に対する一回拍出量の割合である。
【0077】
その結果、SNPiP投与マウスは、SNPiP非投与マウスに比較して、拡張末期容積、1回拍出量、心拍出量、駆出率が優位に上昇していた。SNPiP投与マウスの心拍数は、SNPiP非投与マウスの心拍数に比べて、有意な差がなかった。この結果から、SNPiPを投与すると、心機能が上昇することが明らかになった。また、収縮末期圧、拡張末期圧が低下しなかったことから、SNPiPの投与により血圧が低下しないことが明らかになった。
【0078】
[実験例9]
(SNPiPの単回投与による心機能の向上)
野生型マウス(C57BL6/J)に対し、1nmolのSNPiPを、野生型マウスの腹腔内又は静脈内に単回投与し、投与72時間後のマウスの心臓の機能を解析した。野生型マウスに1nmolのSNPiPを投与した場合、投与量は8.7μg/kgとなる。
【0079】
図8(a)は、非投与マウス、腹腔内投与マウス、経静脈的投与マウスの心拍数を示すグラフである。図8(b)は、非投与マウス、腹腔内投与マウス、経静脈的投与マウスの収縮末期圧を示すグラフである。図8(c)は、非投与マウス、腹腔内投与マウス、経静脈的投与マウスの拡張末期容積を示すグラフである。図8(d)は、非投与マウス、腹腔内投与マウス、経静脈的投与マウスの1回拍出量を示すグラフである。図8(e)は、非投与マウス、腹腔内投与マウス、経静脈的投与マウスの心拍出量を示すグラフである。図8(f)は、非投与マウス、腹腔内投与マウス、経静脈的投与マウスの駆出率を示すグラフである。図8中、IPは腹腔内投与を示し、Ivは経静脈的投与を示す。
【0080】
その結果、腹腔内投与マウス及び経静脈的投与マウスの心拍数は、非投与マウスの心拍数と比較して、有意な差が見られなかった。また、腹腔内投与マウス及び経静脈的投与マウスの収縮末期圧は、非投与マウスの収縮末期圧と比較して、上昇する傾向が認められた。また、腹腔内投与マウス及び経静脈的投与マウスの拡張末期容積、一回拍出量及び心拍出量は、非投与マウスの拡張末期容積、一回拍出量及び心拍出量と比較して、有意に上昇していた。経静脈的投与マウスの拡張末期容積、一回拍出量及び心拍出量は、腹腔内投与マウスの拡張末期容積、一回拍出量及び心拍出量よりも、高い数値を示した。また、腹腔内投与マウスの駆出率は、非投与マウスの駆出率と比較して、有意に上昇した。これらの結果から、SNPiPを単回経静脈的投与することにより、マウスの心機能を亢進できることが明らかになった。
【0081】
[実験例10]
(SNPiP投与による糖尿病モデルマウスの心機能の改善)
レプチン受容体を欠損するdb/dbマウスに対し、1nmolのSNPiP又はSNAPを、1日あたり1回、5日間にわたり、腹腔内投与し、投与後の心機能を解析した。db/dbマウスは、加齢と共に、肥満、血糖値の上昇等の糖尿病様の症状を示すことが知られている。また、db/dbマウスは、加齢に伴って、心機能が低下する(例えば、Asaum E et al., Diabetes, vol. 52, 434-441, 2003)。
【0082】
図9(a)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの、収縮末期圧及び拡張末期圧を示すグラフである。図9(b)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの、拡張末期容積、収縮末期容積及び1回拍出量を示すグラフである。図9(c)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの、心拍出量を示すグラフである。図9(d)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの、駆出率を示すグラフである。
【0083】
図10(a)は、非投与db/dbマウス及びSNAP投与db/dbマウスの、収縮末期圧及び拡張末期圧を示すグラフである。図10(b)は、非投与db/dbマウス及びSNAP投与db/dbマウスの、拡張末期容積、収縮末期容積及び1回拍出量を示すグラフである。図10(c)は、非投与db/dbマウス及びSNAP投与db/dbマウスの、心拍出量を示すグラフである。図10(d)は、非投与db/dbマウス及びSNAP投与db/dbマウスの、駆出率を示すグラフである。
【0084】
その結果、db/dbマウスに対し、1nmolのSNPiPを、1日あたり1回、5日間にわたり、腹腔内投与することにより、収縮末期圧、拡張末期容積、1回拍出量、心拍出量、駆出率が改善することが明らかになった。すなわち、SNPiPの投与により、加齢とともに低下したdb/dbマウスの心機能を回復できることが明らかになった。また、SNAPを投与した場合よりもSNPiPを投与した場合に、db/dbマウスの心機能をより顕著に回復できることが明らかになった。
【0085】
[実験例11]
(SNPiPの単回静脈投与による糖尿病モデルマウスの心機能の改善)
db/dbマウスに対し、1nmolのSNPiPを、尾静脈に単回投与し、投与72時間後の心機能を解析した。
【0086】
図11(a)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの心拍数を示すグラフである。図11(b)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの収縮末期圧を示すグラフである。図11(c)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの拡張末期容積を示すグラフである。図11(d)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの1回拍出量を示すグラフである。図11(e)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの心拍出量を示すグラフである。図11(f)は、非投与db/dbマウス及びSNPiP投与db/dbマウスの駆出率を示すグラフである。
【0087】
その結果、db/dbマウスに対し、SNPiPを尾静脈に単回投与することにより、心拍数を変えることなく、収縮末期圧、拡張末期容積、1回拍出量、心拍出量、駆出率が改善することが明らかになった。すなわち、SNPiPの単回静脈投与により、加齢とともに低下したdb/dbマウスの心機能を回復できることが明らかになった。
【0088】
[実験例12]
(SNPiP投与による副作用の評価)
野生型マウス(C57BL6/J)に対し、1nmolのSNPiPを、1日あたり1回、5日間にわたり、経静脈的投与し、投与後の血液を検査し、副作用の有無を解析した。具体的には、投与マウス及び非投与マウスについて、血中総タンパク、アルブミン、尿素窒素、クレアチニン、ALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)、LDH(乳酸脱水素酵素)、アミラーゼ、Cl(クロライド)、P(リン)について測定した。測定結果を表1に示す。
【0089】
【表1】
【0090】
その結果、投与マウスにおいて、各検査項目の異常値は見られなかった。さらに、上述の投与マウス及び非投与マウスについて、脂質(総コレステロール、中性脂肪、HDL-C)、総ビリルビン、血糖を測定した。その結果、投与マウスの測定値は、非投与マウスの測定値と比較して、有意な差は認められなかった。
【0091】
また、1nmolのSNPiPを単回経静脈的投与したマウスに対して上述の項目の検査を実施したところ、異常は見られず、肝臓、腎臓の機能に異常がないことが明らかになった。
【0092】
また、SNPiPの溶媒であるDMSOのみを、1日あたり1回、5日間にわたり、経静脈的投与したマウスに対して、上述の項目の検査を実施したところ、異常は見られず、肝臓、腎臓の機能に異常がないことが明らかになった。
【0093】
また、10nmolのSNPiPを、1日あたり1回、5日間にわたり、経静脈的投与したマウスに対して、上述の項目の検査を実施したところ、異常は見られず、肝臓、腎臓の機能に異常がないことが明らかになった。
【0094】
以上の結果から、マウスにSNPiPを投与しても、肝臓、腎臓、膵臓、脂質代謝には異常は認められないことが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明によれば、心臓からのアセチルコリンの産生を促進させる物質を提供することができる。係る物質は、動物実験における循環器系試薬・薬物としての利用価値のほか、係る物質からなる心臓アセチルコリン産生誘導薬は、急性的に血圧を低下させることがなく、患者への負担が少ない、新たな循環器系疾患の治療薬として利用できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11