IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人名古屋大学の特許一覧 ▶ 一丸ファルコス株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-28
(45)【発行日】2023-09-05
(54)【発明の名称】腸管上皮幹細胞増殖促進用組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/737 20060101AFI20230829BHJP
   A61P 1/00 20060101ALI20230829BHJP
【FI】
A61K31/737
A61P1/00
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019175070
(22)【出願日】2019-09-26
(65)【公開番号】P2021050171
(43)【公開日】2021-04-01
【審査請求日】2022-08-05
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100110973
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 洋
(74)【代理人】
【識別番号】110002697
【氏名又は名称】めぶき弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100104709
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 誠剛
(74)【代理人】
【識別番号】100116528
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 俊男
(73)【特許権者】
【識別番号】000119472
【氏名又は名称】一丸ファルコス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110973
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 洋
(74)【代理人】
【識別番号】110002697
【氏名又は名称】めぶき弁理士法人
(74)【代理人】
【識別番号】100116528
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 俊男
(72)【発明者】
【氏名】矢部 富雄
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 賢一
【審査官】田澤 俊樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-190297(JP,A)
【文献】特開2008-247803(JP,A)
【文献】佐藤俊朗,「腸管上皮幹細胞」,生化学,2013年,第85巻第9号,p.743-748
【文献】石橋史明ほか,「腸管上皮オルガノイドを用いた細胞移植療法の展望」,移植,2017年,Vol.52, No.4-5,p.332-338
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-33/44
A61P 1/00-43/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロテオグリカンを含有する、腸管オルガノイド形成のための組成物。
【請求項2】
プロテオグリカンがコンドロイチン硫酸型プロテオグリカンである、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
プロテオグリカンがサケ鼻軟骨由来のプロテオグリカンである、請求項1又は2に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロテオグリカンの腸細胞活性化作用に基づくプロテオグリカンの新規用途(食品等)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
腸バリア機能を維持することは、腸内の環境を維持し、健康を保つために重要である、と考えられている(特許文献1、特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2019-43879
【文献】特開2019-11315
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、ヒト等の動物において、腸機能を改善するための有効な手段がいまだ見いだせていないことがあり、より有効な手段が求められている。
【0005】
そこで、本発明は、ヒト等の動物において、容易に腸機能を改善する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明はかかる課題を解決するためになされたものであり、プロテオグリカンを含有する組成物(剤)を、マウス腸(腸管オルガノイド)の内腔に注入したところ、腸管上皮幹細胞を増殖する可能性を新たに見出した。
【0007】
好ましくは、プロテオグリカンがコンドロイチン硫酸型プロテオグリカンであり、好ましくは、プロテオグリカンがサケ鼻軟骨由来のプロテオグリカンである。
【発明の効果】
【0008】
この組成物を用いることにより、より容易にヒト等の動物の腸機能を改善することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明について説明する。
【0010】
((腸管)上皮幹細胞)
上皮細胞は、上皮組織から取得した分化した上皮細胞及び上皮幹細胞を含む。「上皮幹細胞」とは、長期間の自己複製機能と上皮分化細胞への分化能をもつ細胞をいい、上皮組織に由来する幹細胞をいう。上皮組織としては、例えば、角膜、口腔粘膜、皮膚、結膜、膀胱、尿細管、腎臓、消化器官(食道、胃、十二指腸、小腸(空腸及び回腸を含む)、大腸(結腸を含む))、肝臓、膵臓、乳腺、唾液腺、涙腺、前立腺、毛根、気管、肺等を挙げられる。「オルガノイド」とは、細胞を制御した空間内に高密度に集積させることにより自己組織化した立体的な細胞組織体をいう。
【0011】
(プロテオグリカン)
プロテオグリカンはコアタンパク質にコンドロイチン硫酸、デルマタン硫酸等のグリコサミノグリカン(以下GAGと表す。)と呼ばれる糖鎖が共有結合した糖タンパク質である。プロテオグリカンは、細胞外マトリックスの主要構成成分の一つとして皮膚や軟骨など体内に広く分布している。GAG鎖は分岐を持たない長い直鎖構造を持つ。多数の硫酸基とカルボキシル基を持つため負に荷電しており、GAG鎖はその電気的反発力のために延びた形状をとる。また、プロテオグリカンは、糖の持つ水親和性により、多量の水を保持することができる。プロテオグリカンに含まれる多数のGAG鎖群はスポンジのように水を柔軟に保持しながら、弾性や衝撃への耐性といった軟骨特有の機能を担っている。
【0012】
プロテオグリカンのコアタンパク質はマトリックス中の様々な分子と結合する性質をもつ。軟骨プロテオグリカンの場合、N末端側にヒアルロン酸やリンクタンパク質との結合領域を持ち、これらの物質と結合すること、同一分子間で会合することもある。C末端にはレクチン様領域、EGF様領域などを持ち様々な他の分子と結合する。この性質により、プロテオグリカンはそれぞれの組織にあった構造を築く。
【0013】
プロテオグリカンのうち、コンドロイチン硫酸型プロテオグリカンは、コンドロイチン硫酸がコアタンパク質に共有結合されているプロテオグリカンである。
サケ鼻軟骨由来のプロテオグリカンは、サケの鼻軟骨から抽出して得られたプロテオグリカンである。ここで、サケは、例えばサケ属(Oncorhynchus)に属する魚であるが、好ましくは学名が「Oncorhynchus keta」のサケが選択される。
【0014】
また、本発明に係る組成物に含まれるプロテオグリカンの含有量は、例えば腸管上皮幹細胞の増殖性の観点で、下限は好ましくは5μg/mL以上、より好ましくは50μg/mL以上、更に好ましく500μg/mL(0.5mg/mL)以上であり、例えばプロテオグリカンを含有する組成物(溶液)を作製する際のプロテオグリカンの溶解性の観点で上限は好ましくは5000μg/mL以下、より好ましくは2500μg/mL以下、更に好ましく1000μg/mL(1mg/mL)以下、である。
本発明に係る組成物に含まれるプロテオグリカンは、例えば公報(日本特許第6317053号公報)に記載の方法で作製される。
【0015】
(腸機能の改善など)
「腸機能を改善」は、悪化した腸機能を治療することだけでなく、腸の悪化(疾病など)を未然に防ぐことも含まれ、具体的には、予め疾病の発症機序に作用して疾病の発症を防ぐこと、予め疾病の病変部に対して正常時又は寛解時を上回る機能を獲得させ、疾病の発症後に引き起こされる病変部の損傷を軽減すること等も含まれる。
【0016】
腸の悪化(疾病など)は、腸において発症する疾病などであり、具体的にはクローン病、潰瘍性腸炎等の炎症性腸疾患、ウイルス、細菌等の感染によって誘発される感染性腸炎、食品アレルギーや食中毒、薬物、アルコール等よって誘発される、感染性腸炎等の腸全体に関する炎症を伴う腸疾患;過敏性腸症候群等が挙げられる。好ましくは炎症の発生部位が十二指腸から直腸までの腸疾患であり、さらに好ましくは、小腸または、大腸である腸疾患である。
【0017】
(その他)
本発明の組成物は、医薬品、食品(美容や健康志向の飲食品を含む)、飲料、化粧料等外用剤に用いることができる。飲食品の具体例としては、栄養補給、滋養強壮、疲労回復、体質改善、美白、美肌、美髪、養毛・育毛、痩身、精神安定等の美容・健康志向の加工食品、サプリメント、栄養補助食品やドリンクの他、清涼飲料水等の一般嗜好食品又は飲料が挙げられる。また、本発明の組成物は、さらに必要に応じて、本発明の効果を損ねない範囲でその他の成分を任意に選択・併用して製造することができる。
【実施例
【0018】
[試験で用いるサンプル(プロテオグリカンを含有する組成物など)の作製]
コントロール溶液として以下の組成の液体の組成物(プロテオグリカンは含有しない組成物)を作製し、実施例1として以下の組成のプロテオグリカンを含有する液体の組成物を作製した。
【0019】
(コントロール溶液)
・PBS
【0020】
(実施例1)
・プロテオグリカン:最終濃度1mg/mLとなるように、溶媒としてPBSを用いた溶液。
【0021】
なお、コントロールと実施例1の溶液に含有されている成分は、以下のものを用いた。
・PBS:リン酸緩衝生理食塩水(カルシウムとマグネシウムは含まない)
・プロテオグリカン:プロテオグリカン、サケ鼻軟骨由来(富士フイルム和光純薬会社(商品コード:162-22131、168-22133))
【0022】
次に、試験で用いるマウス腸管オルガノイドを作製した。あらかじめ、Cultrex(登録商標)HA-R-Spondin1-Fc 293T細胞(TREVIGEN、Gaithersburg、MD、USA)を培養し、R-Spondin1が培地中に分泌された溶液を回収してR-spondin-1馴化培地とした。マウス腸管オルガノイドは、以下のとおり作成した。すなわち、マウスの近位小腸15cm(十二指腸と空腸を含む)を解剖して取り出したのちに縦に開き、氷冷したPBSで数回洗浄した。小片に切断した後、組織断片を氷冷した5mM EDTAを含むPBS中で40分間インキュベートした。EDTA溶液の除去後、組織断片を氷冷PBSでピペッティングすることにより激しく粉砕し、上清を捨てた。氷冷PBSでさらに粉砕した後、陰窩に富む上清を、70μmのセルストレーナーによるろ過で回収した。ろ液を100×gで1分間遠心分離し、沈殿した陰窩をオルガノイド基礎培地(OBM:Advanced DMEM/F12を含む2mM L-グルタミン、1mM N-アセチル-L-システイン、100unit/mLペニシリン、100μg/mLストレプトマイシン、10mM HEPES、pH7.0)に再懸濁した。マトリゲルを陰窩懸濁液と1:1で混合し、20μLの混合物を48ウェル培養プレートに播種した。37℃でマトリゲルを固化させた後、0.25mLのオルガノイド増殖培地(OGM:12.5ng/mL EGF、25ng/mL Noggin、5%FBS、20% R-spondin-1馴化培地を補充したOBM)を各ウェルに添加して、5%CO濃度にて37℃で培養して、マウス腸管オルガノイドを作製した。
【0023】
1ドームに20個程度のオルガノイドが育つようにマトリゲルに懸濁し、35mmディッシュに1ドームを分注して、COインキュベーターに5分程度入れてマトリゲルを固めた。5%FBS成長培地を含む40%R-spondin-1馴化培地をディッシュ当たり2mL加え、24時間培養したのち、腸管オルガノイドの内腔にマイクロインジェクションを行った。マイクロインジェクションに用いるマイクロピペット(ニードル)は、外径10μm以下のものを使用した。マイクロインジェクションにおける腸管オルガノイドへの注入量は5nLとし、1nL/秒の注入速度で行った。
【0024】
上述の実施例1の溶液とPBSへ溶かしたフェノールレッド溶液0.7mg/mLとを1:1で混合した溶液のうち、5nLを腸管オルガノイドの内腔へ注入した(プロテオグリカンの最終濃度は500μg/mL、腸管オルガノイド1個当たり2.5ngプロテオグリカンを注入した)。
【0025】
また、コントロール(プロテオグリカンを含有しない組成物)として、上述のコントロール溶液とPBSへ溶かしたフェノールレッド溶液0.7mg/mLとを1:1で混合した溶液のうち、5nLを腸管オルガノイドの内腔へ注入した群も作製した。
【0026】
インジェクション後は、培地を、5%FBS成長培地を含む5%R-spondin-1馴化培地に交換し、5%CO濃度にて37℃で24、48、72時間の培養を行った。顕微鏡によりオルガノイドを観察し、デジタル画像を撮影した。得られた画像をImage J(NIH、Bethesda、MD、USA)にて解析した。クリプト数増加量は、特定のオルガノイドを経時的に観察し続け、各測定時点でのクリプト数/オルガノイドから、培養開始時におけるクリプト数/オルガノイドを差し引いて、クリプト数増加量/オルガノイドを求めた。断面積増加量は、特定のオルガノイドを経時的に観察し続け、各測定時点でのオルガノイド断面積から、培養開始時における断面積を差し引いて、断面積増加量/オルガノイドを求めた。断面積増加率は、特定のオルガノイドを経時的に観察し続け、各測定時点でのオルガノイド断面積を培養開始時における断面積に対する比で表して、断面積増加率/オルガノイド(%)を求めた。
【0027】
[クリプト数の増加量の測定結果]
腸管オルガノイドの内腔へ試料を注入して培養後24時間で、コントロールの平均クリプト数増加量/オルガノイドが1.89±1.45だったのに対し、実施例1の溶液(プロテオグリカン含有の組成物)を注入した場合は、4.67±3.45と有意な増加が見られた。また、注入して培養後72時間においても、コントロールの平均クリプト数増加量/オルガノイドが4.11±2.62だったのに対し、実施例1の溶液(プロテオグリカン含有の組成物)を注入した場合は、8.83±5.94と有意な増加が見られた。
【0028】
[オルガノイドの断面積の測定結果]
腸管オルガノイドの内腔へ試料を注入して培養後24時間で、コントロールの平均断面積増加量/オルガノイドが2379.3±854.1pixelだったのに対し、実施例1(プロテオグリカン含有の組成物)を注入した場合は、4597.7±2583.3と有意な増加が見られた。また、注入して培養後72時間においても、コントロールの平均断面積増加量/オルガノイドが5487.6±1794.2だったのに対し、実施例1(プロテオグリカン含有の組成物)を注入した場合は、10252.7±5023.5と有意な増加が見られた。また、断面積増加率についても、腸管オルガノイドの内腔へ試料を注入して培養後24時間で、コントロール(PBS)が158.5±21.1pixelだったのに対し、実施例1(プロテオグリカン含有の組成物)を注入した場合は、192.7±41.4と有意な増加が見られた。また、注入して培養後72時間においても、コントロールの平均断面積増加率/オルガノイドが234.3±36.6だったのに対し、実施例1(プロテオグリカン含有の組成物)を注入した場合は、302.6±54.8と有意な増加が見られた。
【0029】
よって、プロテオグリカンを含有することにより、腸管幹細胞に作用して、腸管上皮幹細胞の増殖活性を高めると考えられる。腸管上皮幹細胞が増殖することは、腸の新陳代謝に寄与すると考えられる。
【0030】
以上、本発明の実施の形態(実施例も含め)について、図面も参照して説明してきたが、本発明の具体的構成は、これに限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、設計変更等があっても、本発明に含まれるものである。