(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-29
(45)【発行日】2023-09-06
(54)【発明の名称】溶接継手およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
B23K 33/00 20060101AFI20230830BHJP
B23K 9/02 20060101ALI20230830BHJP
B23K 31/00 20060101ALI20230830BHJP
B23K 37/06 20060101ALI20230830BHJP
C21D 7/06 20060101ALI20230830BHJP
【FI】
B23K33/00 Z
B23K9/02 S
B23K9/02 Y
B23K31/00 C
B23K37/06 Z
C21D7/06 Z
(21)【出願番号】P 2019147268
(22)【出願日】2019-08-09
【審査請求日】2022-04-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100160543
【氏名又は名称】河野上 正晴
(72)【発明者】
【氏名】島貫 広志
【審査官】山内 隆平
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-039166(JP,A)
【文献】特開2009-034696(JP,A)
【文献】特開2015-229183(JP,A)
【文献】特開2018-171647(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 33/00
B23K 9/00-9/32
B23K 31/00
B23K 37/06
C21D 7/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1金属板と、
表面及び裏面を有し、端部において前記裏面側に張り出した張り出し部を有する第2金属板と、
前記第1金属板の表面と、前記第2金属板の前記張り出し部を含む端面との間に形成された開先と、
前記開先のルート側に配置され、かつ、前記張り出し部の先端と前記第1金属板との間に配置された入れ金と、
前記開先に充填されている溶接金属と、
を備える、溶接継手。
【請求項2】
前記入れ金、前記第1金属板及び前記溶接金属の境界線の交点を第1の三重点とし、
前記入れ金、前記第2金属板及び前記溶接金属の境界線の交点を第2の三重点とし、
前記第1の三重点から前記第2金属板の張り出し部の根元までの距離の、前記第2金属板の材軸方向に平行な成分をX1とし、
前記第2の三重点から前記第2金属板の張り出し部の根元までの距離の、前記第2金属板の材軸方向に平行な成分をX2とし、
前記第2金属板の前記裏面と、前記第1の三重点を含む前記裏面に平行な面と、の距離をY1とし、
前記第2金属板の前記裏面と、前記第2の三重点を含む前記裏面に平行な面と、の距離をY2とするとき、
下記式1:
Y1/X1-(Y2/X2)/4≧0.34 かつ Y2/X2-(Y1/X1)/3≧0.25 (1)
を満たす、請求項1に記載の溶接継手。
【請求項3】
前記第2金属板の前記表面側の溶接トウ部に、深さが0.1mm以上かつ0.5mm以下であり、幅が1.5mm以上の溝状のピーニング処理部を有する、
請求項1または2に記載の溶接継手。
【請求項4】
1つの前記入れ金は、溶接部の長手方向に垂直な断面において、前記第2金属板の板厚方向における一方側が相対的に細く、他方側が相対的に太く、相対的に細い方が前記第2金属板の裏面側に配置される、
請求項1~3のいずれか1項に記載の溶接継手。
【請求項5】
前記入れ金の側面と前記張り出し部とが溶接されず、スリットが形成される、
請求項1~4のいずれか1項に記載の溶接継手。
【請求項6】
表面及び裏面を有し且つ端部において前記裏面側に張り出した張り出し部を有する第2金属板を、第1金属板の表面と前記第2金属板の前記張り出し部を含む端面との間に開先が形成されるように前記第1金属板と突合せる突き合わせ工程と、
前記開先のルート側、かつ、前記張り出し部の先端と前記第1金属板との間に入れ金を配置する配置工程と、
前記開先に溶接金属を充填する溶接工程と、
を備える溶接継手の製造方法。
【請求項7】
前記入れ金、前記第1金属板及び前記溶接金属の境界線の交点を第1の三重点とし、
前記入れ金、前記第2金属板及び前記溶接金属の境界線の交点を第2の三重点とし、
前記第1の三重点から前記第2金属板の張り出し部の根元までの距離の、前記第2金属板の材軸方向に平行な成分をX1とし、
前記第2の三重点から前記第2金属板の張り出し部の根元までの距離の、前記第2金属板の材軸方向に平行な成分をX2とし、
前記第2金属板の前記裏面と、前記第1の三重点を含む前記裏面に平行な面と、の距離をY1、
前記第2金属板の前記裏面と、前記第2の三重点を含む前記裏面に平行な面と、の距離をY2とするとき、
下記式1:
Y1/X1-(Y2/X2)/4≧0.34 かつ Y2/X2-(Y1/X1)/3≧0.25 (1)
を満たす、請求項6に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項8】
前記溶接工程の後、前記第2金属板の表面側の溶接トウ部に、深さが0.1mm以上かつ0.5mm以下であり、幅が1.5mm以上の溝状のピーニング処理部を形成する、
請求項6又は7に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項9】
前記入れ金は、溶接部の長手方向に垂直な断面において、前記第2金属板の板厚方向における一方側が相対的に細く、他方側が相対的に太く、相対的に細い方が前記第2金属板の裏面側に配置される、
請求項6~8のいずれか1項に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項10】
前記入れ金の側面と前記張り出し部とが溶接されず、スリットが形成される、
請求項6~9のいずれか1項に記載の溶接継手の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接継手およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
突き合わせられた2枚の金属板の片面側(表面側)から突合せ溶接する場合、金属板(主板)の裏面に裏当て金を予め取り付けて溶接することが一般的である。裏当て金を用いて片面溶接を行う場合、応力集中部となる溶接ルート部の裏当て金と主板との間のスリットの先端部位に溶接を施している。しかし、輸送管や建築鉄骨の柱などの様に人が内側に入ることのできない中空部材や容器などでは、溶接施工や疲労き裂発生防止対策を金属板の裏面側(内側)から施すことができない。
【0003】
そこで、例えば下記特許文献1から特許文献4には、突き合わせられる鋼板や鋼管の端部に曲げ加工を施すことで鋼板や鋼管の面外に張り出した開先を形成し、突き合わせ溶接する方法が開示されている。また、下記特許文献5および特許文献6には、開先の一部を鋼板の面外に張り出した形状に成型して溶接する方法が開示されている。これらの技術によれば、主板から裏面側に滑らかに張り出す形で裏当て金となる張り出し部が形成されるため、裏面から溶接を施す必要はない。ところで、特許文献7には縦板を曲げて平板に垂直に突き合せ、隅肉溶接する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平09-164496号公報
【文献】特開2009-740号公報
【文献】特開平11-10383号公報
【文献】特開昭59-92167号公報
【文献】特開2009-34696号公報
【文献】特開昭59-70466号公報
【文献】特開2010-221235号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記特許文献1から特許文献6に記載の技術では、張り出し部の寸法を加味して突き合わせられる鋼板同士の間隔を精密に制御する必要がある。例えば、突き合わせられる鋼板同士の間隔が大きすぎればアークがルート側から抜けてしまうために溶接が難しくなり、当該間隔を小さくしようして鋼板同士を近付け過ぎると互いの張り出し部が邪魔になり、所定の場所に溶接継手を収めることができない場合がある。特許文献7のようなL字状の溶接継手や、その他T字継手、十字継手も同様な問題が生じる場合がある。
【0006】
そこで、本発明は、片面突合せ溶接を行う際に突き合わせられる金属板同士の間隔の施工誤差による溶接施工への影響が軽減され得る溶接継手およびその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、下記の溶接継手およびその製造方法を要旨とする。
【0008】
(1)第1金属板と、
表面及び裏面を有し、端部において前記裏面側に張り出した張り出し部を有する第2金属板と、
前記第1金属板の表面と、前記第2金属板の前記張り出し部を含む端面との間に形成された開先と、
前記開先のルート側に配置された入れ金と、
前記開先に充填されている溶接金属と、
を備える、溶接継手。
(2)前記入れ金、前記第1金属板及び前記溶接金属の境界線の交点を第1の三重点とし、
前記入れ金、前記第2金属板及び前記溶接金属の境界線の交点を第2の三重点とし、
前記第1の三重点から前記第2金属板の張り出し部の根元までの距離の、前記第2金属板の材軸方向に平行な成分をX1とし、
前記第2の三重点から前記第2金属板の張り出し部の根元までの距離の、前記第2金属板の材軸方向に平行な成分をX2とし、
前記第2金属板の前記裏面と、前記第1の三重点を含む前記裏面に平行な面と、の距離をY1とし、
前記第2金属板の前記裏面と、前記第2の三重点を含む前記裏面に平行な面と、の距離をY2とするとき、
下記式1:
Y1/X1-(Y2/X2)/4≧0.34 かつ Y2/X2-(Y1/X1)/3≧0.25 (1)
を満たす、上記(1)に記載の溶接継手。
(3)前記第2金属板の前記表面側の溶接トウ部に、深さが0.1mm以上かつ0.5mm以下であり、幅が1.5mm以上の溝状のピーニング処理部を有する、上記(1)または(2)に記載の溶接継手。
(4)表面及び裏面を有し且つ端部において前記裏面側に張り出した張り出し部を有する第2金属板を、第1金属板の表面と前記第2金属板の前記張り出し部を含む端面との間に開先が形成されるように前記第1金属板と突合せる突き合わせ工程と、
前記開先のルート側に入れ金を配置する配置工程と、
前記開先に溶接金属を充填する溶接工程と、
を備える溶接継手の製造方法。
(5)前記入れ金、前記第1金属板及び前記溶接金属の境界線の交点を第1の三重点とし、
前記入れ金、前記第2金属板及び前記溶接金属の境界線の交点を第2の三重点とし、
前記第1の三重点から前記第2金属板の張り出し部の根元までの距離の、前記第2金属板の材軸方向に平行な成分をX1とし、
前記第2の三重点から前記第2金属板の張り出し部の根元までの距離の、前記第2金属板の材軸方向に平行な成分をX2とし、
前記第2金属板の前記裏面と、前記第1の三重点を含む前記裏面に平行な面と、の距離をY1、
前記第2金属板の前記裏面と、前記第2の三重点を含む前記裏面に平行な面と、の距離をY2とするとき、
下記式1:
Y1/X1-(Y2/X2)/4≧0.34 かつ Y2/X2-(Y1/X1)/3≧0.25 (1)
を満たす、上記(4)に記載の溶接継手の製造方法。
(6)前記溶接工程の後、前記第2金属板の表面側の溶接トウ部に、深さが0.1mm以上かつ0.5mm以下であり、幅が1.5mm以上の溝状のピーニング処理部を形成する、上記(4)又は(5)に記載の溶接継手の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によって、片面突合せ溶接を行う際に突き合わせられる金属板同士の間隔の施工誤差による溶接施工への影響が軽減され得る溶接継手およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本発明の実施形態に係る溶接継手を模式的に示す側面図である。
【
図2】
図2は、本発明の実施形態に係る溶接継手の溶接部の詳細を示す側面図である。
【
図3】
図3は、張り出し部の形成方法の一例を模式的に示す側面図である。
【
図4】
図4は、裏当て金を用いた場合のルート未溶着部の発生応力を示した図である。
【
図5】
図5は、
図4で解析した従来の裏当て金を用いた場合の溶接継手を模式的に示す側面図である。
【
図6】
図6は、公称応力と第1の三重点の材軸方向応力との関係を示した図である。
【
図7】
図7は、公称応力と第2の三重点の材軸方向応力との関係を示した図である。
【
図8】
図8は、判定指標Wおよび判定指標Bと三重点の応力集中倍率との関係を示した図である。
【
図9】
図9は、本発明の実施形態に係る溶接継手の第2金属板に引張荷重を加えたときの、第1金属板及び第2金属板の応力分布を模式的に示す側面図である。
【
図10】
図10は、
図9の溶接継手の溶接ルート部付近の応力の流線を模式的に示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態に係る溶接継手およびその製造方法について説明する。
【0012】
(溶接継手)
本実施形態に係る溶接継手は、第1金属板と、表面及び裏面を有し、端部において前記裏面側に張り出した張り出し部を有する第2金属板と、前記第1金属板の表面と前記第2金属板の前記張り出し部を含む端面との間に形成された開先と、前記開先のルート側に配置された入れ金と、前記開先に充填されている溶接金属と、を備える。
【0013】
図1は、本発明の実施形態に係る溶接継手を模式的に示す側面図である。
図1に示す溶接継手100は、第1金属板1、第2金属板2、溶接金属部3および入れ金5を主な構成として備えている。
【0014】
第1金属板1および第2金属板2は、それぞれが表面及び裏面を有し、第1金属板1の表面と第2金属板2の端部とで溶接可能な材料であれば特に限定されないが、例えば板状または管状である。本願において、第1金属板1の表面及び裏面は特に区別されない。第2金属板2は、第1金属板1の表面に開先を有するように突き合わせられ、突き合わせられる側の端部において第2金属板2の裏面側に張り出した張り出し部4を有する。
図1において、第2金属板2が溶接金属部3と接する部分が張り出し部4の端部である。第1金属板1および第2金属板2は、第1金属板の表面と第2金属板の張り出し部を含む端面との間に開先を有する。
【0015】
第2金属板2は、張り出し部4を除く部位において所定の厚さを有する。第1金属板1および第2金属板2の厚さは特に限定されないが、例えば3~200mmの厚みを有してもよい。
図1および
図2では、第1金属板1および第2金属板2の厚さが同一である例を示しているが、第1金属板1および第2金属板2の厚さは互いに異なっていてもよい。
【0016】
図1および
図2では、第1金属板1と第2金属板2とが垂直に配置される例を示しているが、第1金属板1の表面に第2金属板2の張り出し部4の端面が突き合わされるように、互いに非平行に配置されていればよい。第1金属板1および第2金属板2の材料は特に限定されないが、それぞれ、例えば、鋼、アルミニウム、ステンレス等からなる。
【0017】
本実施形態の溶接継手によれば、第1金属板1の表面と第2金属板2の張り出し部4の端部とを突き合せる際に、開先の寸法に関して施工誤差があったとしても溶接施工への影響が軽減され得る。そのため、開先の寸法は特に限定されるものではないが、例えば、第1金属板1または第2金属板2の板厚の1~100%としてもよい。開先の寸法は、第2金属板2の材軸方向に平行な方向において最も短い長さである。
【0018】
溶接金属部3は、上記のように突き合わせられる第1金属板1の表面および第2金属板2の端面によって形成される開先に充填された溶接金属からなる。
【0019】
入れ金5は、開先のルート側に配置される。入れ金5が開先内のルート側に配置されることにより、溶接の際に溶接金属がルート側から漏れ出ることを抑制することができる。
【0020】
入れ金5を構成する材料は、張り出し部4を含む第1金属板1および第2金属板2と溶接によって接合される材料であれば特に限定されないが、例えば鋼、アルミニウム、ステンレス等であることができ、好ましくは、第1金属板1及び第2金属板2と同種の材料である。
【0021】
入れ金5の形状は、溶接の際に溶接金属がルート側から漏れ出さないように開先内のルート側に配置可能であれば、特に限定されるものではなく、
図1に示すように楔形状若しくは逆三角形の断面形状、または逆台形、四角形、菱形、円形、楕円形等の断面形状を有することができる。本願において、断面とは、第2金属板2の材軸方向及び板厚方向に平行に、溶接継手の中心軸を通るように切断した面をいう。
【0022】
入れ金5の寸法は、溶接の際に溶接金属がルート側から漏れ出さないように第1金属板1の表面と第2金属板2の張り出し部4との間に配置可能であれば、特に限定されるものではないが、入れ金5の第2金属板2の材軸方向に平行な方向の最大長さは、好ましくは、第2金属板2の板厚の5~50%であり、第2金属板2の板厚方向に平行な方向の最大長さが、好ましくは、第2金属板2の板厚の12~125%である。
【0023】
入れ金5は、入れ金5の断面形状において細い部分が第2金属板2の裏面側に配置されるように、開先内に配置され得る。
【0024】
入れ金5は、好ましくは楔形状または略逆台形の断面形状を有する。
図1では、入れ金5の細い側の先端が尖っているが、入れ金5の先端は必ずしも尖っている必要はなく、入れ金5の断面形状は略逆台形でもよい。入れ金5が、楔形状または略逆台形の断面形状を有する場合、入れ金5が、開先の形状、すなわち第1金属板1の表面と第2金属板2の張り出し部4との隙間の形状に整合しやすく、開先を効率的に埋めて固定され得る。
【0025】
図1では、入れ金5の太い側の端面が第2金属板2の表面と平行になっているが、入れ金5の太い側の端面は、第1金属板1および第2金属板2の表面と非平行でもよく、曲面等となっていてもよい。
【0026】
溶接の際に溶接金属がルート側から漏れ出さない程度の隙間が、開先内における入れ金5の側面と第1金属板1および第2金属板2との間に形成されていてもよい。後述する三重点よりも第2金属板2の裏面側において、入れ金5の側面と張り出し部4とが溶接されず、隙間(スリット)が形成されてもよい。
【0027】
入れ金5は、好ましくは、入れ金5の側面が第1金属板1の表面及び第2金属板2の開先角度のうち少なくとも一方と実質的に同等の角度を有する。入れ金5は、より好ましくは、入れ金5の側面が第1金属板1の表面及び第2金属板2の開先角度と実質的に同等の角度を持ち、入れ金5が、第1金属板1の表面と第2金属板2の開先との間に隙間なく配置される形状を有する。入れ金5が、前記好ましい形状を有することにより、入れ金5は、開先をより良好に埋めて固定され得る。
【0028】
入れ金5は、溶接方向において一体物である必要はない。入れ金5は、開先のルート側から溶接アークが吹き抜けない程度に開先内に詰め込むことができれば、溶接方向に分割されていてもよい。施工誤差によってルート部の開口量(第1金属板1および第2金属板2の間隔)が位置によって異なる場合、寸法が互いに異なる入れ金5を複数用意し、それらを開先内に配置することによって、溶接金属部3の全ての部位において溶接金属の十分な溶け込み深さを確保し得る。
【0029】
好ましくは、本実施形態の溶接継手は、前記入れ金、前記第1金属板及び前記溶接金属の境界線の交点を第1の三重点とし、前記入れ金、前記第2金属板及び前記溶接金属の境界線の交点を第2の三重点とし、前記第1の三重点から前記第2金属板の張り出し部の根元までの距離の、前記第2金属板の材軸方向に平行な成分をX1とし、前記第2の三重点から前記第2金属板の張り出し部の根元までの距離の、前記第2金属板の材軸方向に平行な成分をX2とし、前記第2金属板の前記裏面と、前記第1の三重点を含む前記裏面に平行な面と、の距離をY1とし、前記第2金属板の前記裏面と、前記第2の三重点を含む前記裏面に平行な面と、の距離をY2とするとき、
下記式1:
Y1/X1-(Y2/X2)/4≧0.34 かつ Y2/X2-(Y1/X1)/3≧0.25 (1)
を満たす。
【0030】
次に、本実施形態の溶接継手の溶接部の寸法について説明する。
【0031】
図2は、本実施形態の溶接継手の溶接部を示す側面模式図である。
図2には、本実施形態における溶接継手の溶接部の各部の寸法を示している。
【0032】
図2において、P1は、第1金属板1、溶接金属部3および入れ金5の交点である三重点である。P2は、第2金属板2、溶接金属部3および入れ金5の交点である三重点である。
【0033】
X1は、三重点P1から張り出し部4の根元P3までの、第2金属板2の材軸方向距離である。X2は、三重点P2から張り出し部4の根元P3までの、第2金属板2の材軸方向距離である。張り出し部4の根元とは、金属板裏面における屈曲開始位置をいう。
【0034】
θは、溶接前における第2金属板2の開先(
図2中の破線)の、第1金属板1の表面(
図2中の破線)に対する鋭角の角度である。
【0035】
Y1は、第2金属板2の裏面と、三重点P1を含む第2金属板2の裏面に平行な面と、の距離である。Y2は、第2金属板2の裏面と、三重点P2を含む第2金属板2の裏面に平行な面と、の距離である。すなわち、Y1およびY2は、溶接金属の溶け込み深さである。
【0036】
三重点近傍P1、P2近傍においては、応力集中しやすく、疲労亀裂、延性亀裂、または脆性亀裂が発生しやすい。疲労亀裂、延性亀裂、または脆性亀裂の発生を抑制するために、三重点への応力流入を小さくすることが必要である。
【0037】
三重点への応力流入を小さくするためには、溶接金属部3において溶接金属の溶け込みをルート側で可能な限り深くすることが好ましい。溶接金属の溶け込みが深いほど、三重点がルート側で深くなり応力が三重点に流れにくくなる(回り込みにくくなる)。
【0038】
溶接金属の溶け込みがルート側で可能な限り深くなるように、溶接金属の溶け込み深さY1及びY2を、入れ金5の挿入深さでコントロールすることが好ましい。入れ金5の挿入深さをコントロールしやすくする観点から、溶接の開先角度θは15°以上が好ましい。また、下記に説明する寸法X1及びX2を小さくするために、溶接の開先角度θは45°以下であることが好ましく、30°以下であることがより好ましい。
【0039】
三重点への応力流入を小さくするために、張り出し部4の肉厚は必要最小限に薄くすることが好ましい。すなわち、寸法X1及びX2はできるだけ小さいことが好ましい。寸法X1及びX2が小さいほど、三重点に応力が流れにくくなる。ただし、寸法X1及びX2は、溶接によって溶け落ちない程度の厚みを確保されることが好ましい。
【0040】
上記のように、三重点への応力流入を小さくするためには、溶接金属の溶け込み深さY1及びY2は大きいほど好ましく、寸法X1及びX2は小さいほど好ましい。
【0041】
図9に、本発明の実施形態に係る溶接継手の第2金属板に引張荷重を加えたときの、第1金属板及び第2金属板の応力分布を模式的に示す側面図を示す。
図10に、
図9の溶接継手の溶接ルート部付近の応力の流線を模式的に示す側面図を示す。
【0042】
図10(a)を基準として、
図10(b)は三重点P1を金属板の表面側に移動させた場合を示し、
図10(c)は、三重点P2を第2金属板の表面側に移動させた場合を示す。
【0043】
図10(b)においては、P1側の応力の流線がP1付近で密になり応力集中が高まっている。
図10(c)においては、P2付近の応力の流線が密になっている。このことが、式1の第1項目の二次的な効果と関連する。
【0044】
また、
図10(b)では、P1側に応力が流れることでP2側の応力の流線が粗になり、P2の位置が第2金属板の裏面側にあるほどP2側の応力の流線が粗になり、多くの流線がP1側に向かう。
図10(c)では、P2側に応力が流れることでこの陰になるP1側では応力の流線が粗になり、P1の位置が第2金属板の裏面側にあるほどP2の陰に隠れる形となり、P2側の応力の流線が密になる。このことが、式1の第2項目の二次的な効果と関連する。
【0045】
Y1、Y2、X1、及びX2の寸法を変更しながら、公称応力に対する三重点の材軸方向応力を有限要素法(FEM)を用いて解析し、公称応力に対する三重点における応力の倍率を三重点応力倍率として算出することができる。Y1、Y2、X1、及びX2の寸法を変更したときの三重点応力倍率1~2の範囲に対して、Yで正規化したY1/X1及びY2/X2をパラメーターとして変化する関数W及び関数Bを求めることができる。
【0046】
関数W及び関数Bは、三重点のスリットの先端(亀裂先端)に流入する応力と関連する比率Y1/X1と比率Y2/X2とをパラメーターとする関数であり、下記式1:
Y1/X1-(Y2/X2)/4≧0.34 かつ Y2/X2-(Y1/X1)/3≧0.25 (1)
を満たすことが好ましいことを知見した。
【0047】
上記式を満たすようにY1、Y2、X1、及びX2を調整して溶接継手100が形成されることにより、三重点P1、P2近傍への応力流入を小さくすることができ、三重点P1、P2近傍での疲労亀裂、延性亀裂、及び脆性亀裂の発生を抑制することができる。すなわち、溶接継手100の疲労強度及び破壊強度が高められ得る。Y1、Y2、X1、及びX2は、下記式2:
Y1/X1-(Y2/X2)/4>0.40 かつ Y2/X2-(Y1/X1)/3>0.35 (2)
を満たすことがより好ましい。
【0048】
上記式1及び上記式2は、Y1、Y2、X1、及びX2の寸法と、公称応力に対する三重点の材軸方向応力との関係について行ったFEM解析結果に基づいて導出した。式1を満たす場合は、三重点応力倍率は2以下となる。式2を満たす場合は、三重点応力倍率が1以下となる。
【0049】
第1金属板1および第2金属板2の板厚については、溶接ルート部の応力分布にほとんど影響しないことから影響因子に含めない。
【0050】
開先角度θについては、三重点応力倍率が2を超える領域での関数W及び関数Bにより得られる値(以下、それぞれW値、B値、または判定指標W、判定指標Bとも言う)と三重点応力倍率との直線関係に対するばらつきに多少影響があるだけで、実際の溶接で用いられる開先角度の範囲では全体的な傾向に影響しないため、影響因子に含めない。
【0051】
溶接金属の溶け込み深さY1は、好ましくは第2金属板2の板厚の10~30%の深さである。Y1が前記好ましい範囲にあることにより、溶接金属の体積を大きくしすぎずに施工することができる。
【0052】
溶接金属の溶け込み深さY2は、好ましくは第2金属板2の板厚の5~20%の深さである。Y2が前記好ましい範囲にあることにより、溶接金属の体積を大きくしすぎずに施工することができる。
【0053】
寸法X1は、好ましくは第2金属板2の板厚の15~100%である。寸法X1が前記好ましい範囲にあることにより、入れ金5が完全に溶け落ちず、張り出し部の寸法を確保することができる。
【0054】
寸法X2は、好ましくは第2金属板2の板厚の5~50%である。寸法X2が前記好ましい範囲にあることにより、張り出し部4が溶け落ちずに溶接施工をすることができる。
【0055】
図1にはT字型継手の例を示したが、第1金属板1の上端が第2金属板2の表面の位置と同程度であるL字型溶接継手や、
図1の第1金属板1の裏面、すなわち第2金属板2と反対側に第2金属板2と同様な溶接がなされている十字継手であってもよい。第1金属板1の裏面(反対側)においては、裏当て金を用いる方法またはK開先として溶接を行う方法で十字継手にしてもよい。
【0056】
好ましくは、本実施形態の溶接継手100は、第2金属板2の表面側の溶接トウ部に、ピーニング処理部6を有する。ピーニング処理部6は、例えば、溶接金属部3の表面側の溶接トウ部にピーニング処理を施すことによって形成される。
【0057】
ピーニング処理部6は、好ましくは、0.1mm以上0.5mmの深さ及び1.5mm以上の幅を有する溝形状を有する。
【0058】
ピーニング処理部6に替えて、グラインダー等の研削工具によって溶接止端部の平坦化処理部が形成されてもよい。溶接金属部3の表面側止端部において、グラインダー等によって曲率加工を施して応力集中を低減させたり、ピーニング処理部6を形成して圧縮残留応力を導入したりすれば、溶接継手としてより良い疲労強度が得られる。
【0059】
第2金属板2の裏面側のP3で指す張り出し部の根元及びその近傍は応力集中部となりやすいため、好ましくは、グラインダー処理部またはピーニング処理部を有する。裏面側の張り出し部の根元及びその近傍へのグラインダー処理またはピーニング処理は、溶接前に行うことができる。
【0060】
Y1、Y2、X1、X2、及びθ、並びにピーニング処理部の寸法は、マクロ組織観察(JIS G 0553:2008)によって確認することができる。具体的には、溶接継手から試料を採取し、観察面を機械研磨、バフ研磨で鏡面に仕上げ、エッチングを施し、溶接金属と母材(熱影響部を含む)との境界を現出させて、肉眼または拡大鏡による観察を行う。三重点P1及び三重点P2は、それぞれ、第1金属板及び第2金属板と、入れ金とが溶融して一体化している部分(溶接された部分)と溶接されていない部分との境界であり、断面形状から特定することができる。したがって、必ずしも、マクロ組織観察を行って熱影響部(HAZ)や溶接金属の境界を特定する必要はない。
【0061】
(溶接継手の製造方法)
次に、本実施形態に係る溶接継手の製造方法について説明する。
【0062】
本実施形態に係る溶接継手の製造方法は、表面及び裏面を有し且つ端部において前記裏面側に張り出した張り出し部を有する第2金属板を、第1金属板の表面と前記第2金属板の前記張り出し部を含む端面との間に開先が形成されるように前記第1金属板と突合せる突き合わせ工程と、前記開先のルート側に入れ金を配置する配置工程と、前記開先に溶接金属を充填する溶接工程と、を備える。
【0063】
本実施形態の溶接継手の製造方法は、突き合わせ工程、配置工程、及び溶接工程を有する。以下、これらの工程について説明する。
【0064】
突き合わせ工程に先立って、まず、第2金属板2の突き合わせられる側の先端を裏面側に張り出させて張り出し部4を形成する。
図3は、第2金属板の張り出し部4の形成方法の一例を示す側面模式図である。張り出し部4の形成方法としては、例えば、
図3に示す様に、第2金属板2の開先の機械加工時に、第2金属板2の裏面側の一部を第2金属板2の裏面と平行に伸ばした形状の開先を作製し、この伸ばした部分を塑性変形させて裏面側に曲げる方法が考えられる。この様にして張り出し部4を形成する方法は、第2金属板2の全厚を曲げ加工する必要がないため、第2金属板2が極厚部材であっても適用し得る。
【0065】
また、張り出し部4の形成する他の方法として、張り出し部4となる金属板を第2金属板2の裏面側端部に溶接する方法も考えられる。
【0066】
突き合わせ工程においては、上記のように端部において裏面側に張り出した張り出し部4を有する第2金属板2を、第1金属板1の表面に、第1金属板1の表面と第2金属板2の張り出し部4を含む端面との間に開先が形成されるように突合わせる。
【0067】
配置工程においては、第1金属板1の表面と第2金属板2の張り出し部4を含む端面との間に形成された開先のルート側に入れ金5を配置する。好ましくは、第2金属板2の表面側から入れ金5を挿入し、開先のルート側に配置する。このようにして、溶接の際に溶接金属がルート側から漏れ出さないように、開先の少なくとも一部が入れ金5によって埋められる。入れ金5を配置することにより、開先の寸法、すなわち突き合わせられる第1金属板1の表面と第2金属板2張り出し部4を含む端面との間隔に多少の施工誤差があったとしても、溶接の際に溶接金属がルート側から漏れ出さないように開先の少なくとも一部を埋めることができる。
【0068】
上記のように入れ金5を配置した後、溶接工程において、第1金属板1の表面と第2金属板2の突き合わせられる側の端面とによって形成される開先に溶接金属を充填し、溶接金属部3を形成する。
【0069】
溶接金属部3は、第2金属板2の表面側から開先のルート側に配置された入れ金上に溶接材料を溶融させて溶接を行うことにより形成する。溶接方法は特に限定されず、例えば、アーク溶接を採用することができる。また、溶接金属は、第2金属板2の表面側と裏面側とにおいて、面外位置まで張り出すように盛り付けられることが好ましい。すなわち、溶接金属は、第2金属板2の表面を含む平面と第2金属板2の裏面を含む平面とで挟まれる領域の外側まで張り出すように盛り付けられることが好ましい。
【0070】
好ましくは、本実施形態の溶接継手の製造方法は、前記入れ金、前記第1金属板及び前記溶接金属の境界線の交点を第1の三重点とし、前記入れ金、前記第2金属板及び前記溶接金属の境界線の交点を第2の三重点とし、前記第1の三重点から前記第2金属板の張り出し部の根元までの距離の、前記第2金属板の材軸方向に平行な成分をX1とし、前記第2の三重点から前記第2金属板の張り出し部の根元までの距離の、前記第2金属板の材軸方向に平行な成分をX2とし、前記第2金属板の前記裏面と、前記第1の三重点を含む前記裏面に平行な面と、の距離をY1、前記第2金属板の前記裏面と、前記第2の三重点を含む前記裏面に平行な面と、の距離をY2とするとき、
下記式:
Y1/X1-(Y2/X2)/4≧0.34 かつ Y2/X2-(Y1/X1)/3≧0.25
を満たす。
【0071】
好ましくは、本実施形態の溶接継手の製造方法は、前記溶接工程の後、前記第2金属板の表面側の溶接トウ部に、深さが0.1mm以上かつ0.5mm以下であり、幅が1.5mm以上の溝状のピーニング処理部を形成することを含む。
【0072】
ピーニング処理工程は、溶接工程の後に上記ピーニング処理部6を形成する工程である。ピーニング処理工程は必須の工程ではない。また、ピーニング処理工程に替えて、上記のようにグラインダー等の研削工具によって溶接止端部に平坦化処理が施されてもよい。
【0073】
(本実施形態の効果)
本実施形態に係る溶接継手100によれば、入れ金5が用いられることによって、片面突合せ溶接を行う際に突き合わせられる第1金属板1および第2金属板2の間隔の施工誤差による溶接施工への影響が軽減され得る。
【0074】
また、本実施形態に係る溶接継手100の好ましい実施形態によれば、上記式1を満たす入れ金5及び張り出し部4を有する金属板を用いることによって、溶接金属の溶け込み不良欠陥がより抑制され、疲労強度や破壊強度がより高い溶接継手とされ得る。
【実施例】
【0075】
本発明の溶接継手における疲労亀裂や延脆性破壊に対する効果を検討するに当たり、様々な寸法の溶接継手についてFEM解析を行い三重点の応力を評価した。
【0076】
図4に、一般的に行われている裏当て金を用いたT字溶接継手の溶接ルート部の未溶着部先端の応力をFEM解析により算定した比較例の結果を示す。この解析例は、452MPaの降伏応力を有する強度590MPa級の板厚が20mmの鋼材11及び鋼材12を用いた場合において、
図5に示すように、鋼板1の表面に鋼板2の端部を突合わせて形成したレ形開先を裏当て金を用いて溶接接合したときの、端部を溶接した鋼板2の材軸方向に引張荷重を与えた場合の解析結果である。
【0077】
図4は、鋼板1、溶接金属部3および裏当て金の交点を三重点P1’とし、鋼板2、溶接金属部3および裏当て金の交点を三重点P2’として、公称応力と溶接ルートの未溶着部先端である三重点P1’、P2’の材軸方向応力との関係を示している。
【0078】
一般に溶接構造物の疲労設計で考慮する応力最大レベルである200MPaを公称応力として鋼板2の材軸方向に与えた場合、三重点P1’、P2’の材軸方向応力は、鋼板2に与えた公称応力の3倍から4倍を示し、極めて高い応力集中が起こっている。
【0079】
本発明の効果を確認するため、452MPaの降伏応力を有する強度590MPa級の板厚が20mmの鋼材1及び鋼材2を用いた場合において、溶け込み深さY1、Y2、張り出し部の根元からの第1の三重点P1、第2の三重点P2までの距離であるX1、X2をパラメーターとして変化させたときの部材公称応力と三重点P1、P2における溶接ルート先端の材軸方向応力との関係を、二次元平面ひずみ弾塑性FEM解析により求めた。
【0080】
図6に、部材公称応力と第1の三重点P1における溶接ルート先端の材軸方向応力との関係を示す。
図7に、部材公称応力と第2の三重点P2における溶接ルート先端の材軸方向応力との関係を示す。溶接ルート先端の材軸方向応力は、溶接ルート先端に最も近いFEMの要素(未溶着部の先端の要素)の積分点(三重点に最も近い積分点)応力とした。
【0081】
図6及び
図7中の記号は、評価した溶接継手の各部寸法を表しており、Mに続く数字2桁は、溶け込み深さY2のレベル(04が浅く44が深い)を示し、下2桁は、溶け込み深さY1のレベル(+5が浅く25が深い)を示している。
【0082】
表1に、上記記号、試験体各部の寸法、及び解析結果を示す。
【0083】
【0084】
表1の上記解析結果とは、試験体各部の寸法に基づくW値及びB値と三重点応力倍率との関係である。以下に、三重点応力倍率の基準並びにW値及びB値の算出方法について説明する。
【0085】
局所的に塑性変形が開始すると応力が低下するので、最も厳しい公称応力200MPaの場合の結果から三重点応力倍率(三重点応力/公称応力)を求めた。
図4に示した、従来の裏当て金を用いた場合の継手のルート部の応力は、公称応力の3~4倍程度を示していることから、これと比較し、応力集中が2.0以下になる条件が好ましいと考えた。また、たとえば日本鋼構造協会の鋼構造物の疲労設計指針において200万回繰り返し負荷を許容する応力範囲は、溶接のない機械仕上げされた鋼板でも190MPaである。したがって、継ぎ手の疲労設計では、鋼材強度によらず応力範囲が200MPaを超えるような設計は行わないのが一般的である。
【0086】
図6及び
図7の解析結果は、452MPaの降伏応力を有する強度590MPa級の鋼材についての結果であることから、公称応力200MPaの2倍で降伏応力よりやや低い400MPa、すなわち三重点応力倍率が2以下を効果の目安として設定した。さらに望ましい条件として、三重点応力が公称応力の200MPaの1.5倍程度以下になる条件とした。
【0087】
この解析結果をもとに、三重点P1、P2の応力と公称応力との関係に及ぼす影響因子として、溶け込み深さY1、Y2と寸法X1、X2との関係に着目して検討し、三重点P1の応力倍率が1.5~2.0の範囲において、Y1、Y2で正規化したY1/X1及びY2/X2をパラメーターとして簡単な式の形で変化する関数W:
W=Y1/X1-(Y2/X2)/4
と、三重点P2の応力倍率が1.5~2.0の範囲において、Y1、Y2で正規化したY1/X1及びY2/X2をパラメーターとして簡単な式の形で変化する関数B:
B=Y2/X2-(Y1/X1)/3
とを算出し、関数W及び関数Bで得られるW値及びB値(判定指標W及び判定指標B)によって、三重点P1、P2の応力レベルを判定できることを見出した。
【0088】
関数W及び関数Bは、溶接ルート部に未溶着部がある場合に、第2金属板2に作用している応力が未溶着部先端に集中しにくくなるための必要な形状条件を表す。この判定方法によれば、三重点P1の判定式として関数Wが用いられ、三重点P2の判定式として関数Bが用いられる。
【0089】
図8に示すように、W≧0.34では三重点P1およびP2の公称応力に対する応力集中倍率は2.0以下となり、W≧0.40では応力集中倍率は1.5以下となる。すなわち、関数Wは下記式:
W=Y1/X1-(Y2/X2)/4≧0.34(W≧0.40がより望ましい。)
を満たす。B≧0.25では、三重点P1およびP2の公称応力に対する応力集中倍率は2.0以下となり、B≧0.35では応力集中倍率は1.5以下となる。すなわち、関数Bは下記式:
B=Y2/X2-(Y1/X1)/3≧0.25(B≧0.35がより望ましい。)
を満たす。溶接ルート部の破壊は三重点P1、P2のいずれかから発生するため、関数W及び関数Bは、上記式の両方の条件を満足することが必要である。したがって、前述の疲労に有効な条件応力400MPaと破壊しない条件200MPaとして、下記式:
Y1/X1-(Y2/X2)/4≧0.34、かつ
Y2/X2-(Y1/X1)/3≧0.25
を満たすことが好ましい。
【0090】
より好ましくは、
Y1/X1-(Y2/X2)/4≧0.40、かつ
Y2/X2-(Y1/X1)/3≧0.35
を満たす。
【0091】
なお、第1金属板1および第2金属板2の板厚については、ほとんど影響しないことから影響因子に含めなかった。溶接開先の角度θについては、
図8の三重点応力倍率が2.0を超える領域でのW値及びB値と三重点応力倍率との直線関係に対するバラつきに多少影響が見られただけで、実際の溶接で用いられる開先角度の範囲では全体的な傾向に影響しなかった。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明によれば、各種鋼構造物の現場突合せ溶接など、ルートギャップの施工誤差が大きく、片面からしか溶接できない場合でも、疲労強度や破壊強度の高い片面突合せ溶接部を容易に施工できるようになる。
【符号の説明】
【0093】
1 第1金属板
2 第2金属板
3 溶接金属部
4 張り出し部
5 入れ金
6 ピーニング処理部
P1 第1の三重点(入れ金、第1金属板、及び溶接金属の境界線の交点)
P2 第2の三重点(入れ金、第2金属板(張り出し部は金属板の一部)、及び溶接金属の境界線の交点)
P3 張り出し部の根元(第2金属板)
P1' 第1金属板、溶接金属部および裏当て金の三重点
P2' 第2金属板、溶接金属部および裏当て金の三重点
X1 第1の三重点から張り出し部の根元P3までの第2金属板材軸方向距離
X2 第2の三重点から張り出し部の根元P3までの第2金属板材軸方向距離
Y1 溶け込み深さ(第2金属板の裏面と、第1の三重点を含む前記裏面に平行な面と、の距離)
Y2 溶け込み深さ(第2金属板の裏面と、第2の三重点を含む前記裏面に平行な面と、の距離)
θ 開先角度
100 溶接継手