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7339525複合材、燃料電池用セパレータ、燃料電池セル、および燃料電池スタック、ならびに複合材の製造方法
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  • -複合材、燃料電池用セパレータ、燃料電池セル、および燃料電池スタック、ならびに複合材の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-29
(45)【発行日】2023-09-06
(54)【発明の名称】複合材、燃料電池用セパレータ、燃料電池セル、および燃料電池スタック、ならびに複合材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 26/00 20060101AFI20230830BHJP
   H01M 8/0213 20160101ALI20230830BHJP
   H01M 8/0228 20160101ALI20230830BHJP
   H01M 8/021 20160101ALI20230830BHJP
   H01M 8/0206 20160101ALI20230830BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20230830BHJP
【FI】
C23C26/00 C
H01M8/0213
H01M8/0228
H01M8/021
H01M8/0206
H01M8/10 101
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019179801
(22)【出願日】2019-09-30
(65)【公開番号】P2021055144
(43)【公開日】2021-04-08
【審査請求日】2022-05-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】能勢 幸一
(72)【発明者】
【氏名】今村 淳子
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 悠
(72)【発明者】
【氏名】上仲 秀哉
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/163851(WO,A1)
【文献】特開2005-093172(JP,A)
【文献】特開2013-222617(JP,A)
【文献】特開2005-280301(JP,A)
【文献】国際公開第2013/005704(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 18/00-20/08
C23C 26/00-30/00
H01M 8/00-8/2495
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製で板状の基材と、
前記基材の主面の少なくとも一方に形成された炭素質層と、
を備える複合材であって、
前記炭素質層についてラマン分光分析により得られるラマンスペクトルにおいて、ID/IGの値が2.5~4.5であり、ID”/IGの値が1.8~2.5であり、
前記ラマン分光分析が、532nmの波長を有するレーザを励起源として用いて行われたものである、複合材。
ただし、
IDは、1300~1400cm-1の波数領域に最大値が現れるピークの強度であり、
ID”は、1450~1570cm-1の波数領域に最大値が現れるピークの強度であり、
IGは、1580~1620cm-1の波数領域に最大値が現れるピークの強度である。
【請求項2】
請求項1に記載の複合材であって、
前記基材が、ステンレス鋼、純チタン、またはチタン合金からなる、複合材。
【請求項3】
請求項1または2に記載の複合材であって、
前記基材の平均厚さが30~200μmである、複合材。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の複合材であって、
前記炭素質層の平均厚さが0.02~2μmである、複合材。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の複合材を備える、燃料電池用セパレータ。
【請求項6】
請求項5に記載のセパレータを備える、燃料電池セル。
【請求項7】
請求項6に記載の燃料電池セルを備える、燃料電池スタック。
【請求項8】
請求項1に記載の複合材を製造する方法であって、
金属製で板状の基材の主面の少なくとも一方に二軸延伸樹脂フィルムが積層された中間体を準備する準備工程と、
前記中間体を、非酸化性雰囲気中で、760~900℃の温度で熱処理し、前記二軸延伸樹脂フィルムを炭化する熱処理工程とを含む、製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複合材、この複合材を備える燃料電池用セパレータ、このセパレータを備える燃料電池セル、およびこの燃料電池セルを備える燃料電池スタックに関する。
【背景技術】
【0002】
導電性を有する材料として、金属系材料は、様々な用途に使用されている。そのような用途のひとつとして、たとえば、燃料電池のセパレータを挙げることができる。燃料電池は、水素と酸素との結合反応の際に発生するエネルギーを利用して発電する。そのため、燃料電池は、省エネルギーおよび環境対策に寄与することが期待されている。
【0003】
燃料電池は、電解質の種類によって、固体酸化物形、溶融炭酸塩形、りん酸形、および固体高分子形等に分類される。固体高分子形燃料電池は、出力密度が高く、小型化が可能である。また、固体高分子形燃料電池は、他のタイプの燃料電池よりも低温で作動し、起動および停止が容易である。このことから、固体高分子形燃料電池は、電気自動車や家庭用の小型コジェネレーションへの利用が期待されている。
【0004】
固体高分子形燃料電池のセパレータに要求される主な機能は、次の通りである。
(1)燃料ガス、または酸化性ガスを、所定の領域に均一に供給する「流路」としての機能
(2)カソード側で生成した水を、反応後の空気、酸素といったキャリアガスとともに、燃料電池から効率的に系外に排出する「流路」としての機能
(3)電極膜と接触して電気の通り道となり、さらに、隣接する2つの燃料電池セル(単セル;以下、単に、「セル」ともいう。)間の電気的「コネクタ」となる機能
(4)隣り合うセル間で、一方のセルのアノード室と隣接するセルのカソード室との「隔壁」としての機能
(5)水冷型燃料電池では、冷却水流路と隣接するセルとの「隔壁」としての機能
【0005】
これらの要求に一定のレベルで応えることができる材料として、金属系材料とカーボン系材料とがある。金属系材料としては、ステンレス、チタン、炭素鋼等が挙げられる。金属系材料を用いたセパレータ(金属セパレータ)は、主としてプレス加工により成形される。金属系材料は、優れた加工性を有するため、厚さを薄くすることができ、軽量化が図れる等の利点を有する。
【0006】
一方、金属系材料には、腐食による金属イオンの溶出、および表面の酸化による電気伝導性の低下という問題がある。金属セパレータから金属イオンが溶出すると、発電を生じる化学反応が妨げられる。金属セパレータの表面近傍が、酸化して電気伝導性が低下すると、セル内で、金属セパレータとガス拡散層との接触抵抗が高くなる。したがって、腐食による金属イオンの溶出、および表面の酸化による電気伝導性の低下は、いずれも、燃料電池の発電効率の低下を招く。
【0007】
セパレータが曝される環境は非常に過酷である。燃料電池の作動温度は常温から80℃以上まで変動し、発電時にはセパレータに電位がかかる。その電位の範囲はアノード、カソードのそれぞれで異なるが、SHE(Standard Hydrogen Electrode;標準水素電極)に対して、約0~約1Vに及ぶ。セパレータは、加湿された環境で使用される。このため、セパレータには、そのような環境で、金属イオンの溶出を低減すること、および、孔食等の腐食の発生を抑制することが求められる。そのための手段として、たとえば、セパレータを表面処理すること、および、セパレータを構成する合金の組成を適切に設計することが試みられている。
【0008】
セパレータの表面処理の一例として、特許文献1では、チタン基材上に炭素系導電層を被覆した燃料電池用セパレータが提案されている。この炭素系導電層をラマン分光法によって分析すると、得られるラマンスペクトルには、DバンドのピークとGバンドのピークとが現れる。DバンドとGバンドとのピーク強度比(D/G比)は0.10以上1.0以下であり、Dバンドの半値幅は60cm-1以上である。この燃料電池セパレータは、初期接触抵抗および加速耐久試験後の接触抵抗が低いとされている。また、特許文献1では、基材と炭素系導電層との界面にチタンカーバイドを含む中間層が形成されている場合には、基材と炭素系導電層との密着性が向上するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2013-222617号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
近年、燃料電池の発電効率をさらに高くし、高い発電効率を維持することが求められている。そのためには、燃料電池用セパレータの接触抵抗が低く維持される必要がある。
【0011】
そこで、本発明の目的は、接触抵抗を低く維持することができる複合材、および燃料電池用セパレータを提供することである。
【0012】
本発明の他の目的は、発電効率を高く維持することができる燃料電池セル、および燃料電池スタックを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の実施形態の複合材は、
金属製で板状の基材と、
前記基材の主面の少なくとも一方に形成された炭素質層と、
を備え、
前記炭素質層についてラマン分光分析により得られるラマンスペクトルにおいて、ID/IGの値が2.5~4.5であり、ID”/IGの値が1.8~2.5であり、
前記ラマン分光分析は、532nmの波長を有するレーザを励起源として用いて行われたものである。
ただし、
IDは、1300~1400cm-1の波数領域に最大値が現れるピークの強度であり、
ID”は、1450~1570cm-1の波数領域に最大値が現れるピークの強度であり、
IGは、1580~1620cm-1の波数領域に最大値が現れるピークの強度である。
【0014】
本発明の実施形態の燃料電池用セパレータは、上記複合材を備える。
本発明の実施形態の燃料電池セルは、上記燃料電池用セパレータを備える。
本発明の実施形態の燃料電池スタックは、上記燃料電池セルを備える。
【0015】
本発明の実施形態の製造方法は、上記複合材を製造するための方法であって、
金属製で板状の基材の主面の少なくとも一方に二軸延伸樹脂フィルムが積層された中間体を準備する準備工程と、
前記中間体を、非酸化性雰囲気中で、760~900℃の温度で熱処理し、前記二軸延伸樹脂フィルムを炭化する熱処理工程とを含む。
【発明の効果】
【0016】
本発明の実施形態の複合材および燃料電池用セパレータは、低い接触抵抗を維持できる。
本発明の実施形態の燃料電池セルおよび燃料電池スタックは、高い発電効率を維持できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、本発明の一実施形態に係る複合材の模式断面図である。
図2図2は、ラマンスペクトルの例を示す図である。
図3A図3Aは、本発明の一実施形態に係る固体高分子形燃料電池の斜視図である。
図3B図3Bは、固体高分子形燃料電池のセル(単セル)の分解斜視図である。
図4図4は、複合材の接触抵抗を測定する装置の構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。以下の説明で、特に断りがない限り、化学組成について、「%」は質量%を意味する。
【0019】
[複合材]
図1は、本発明の一実施形態に係る複合材の模式断面図である。複合材10は、板状の基材8と、基材8の主面8a、8bの少なくとも一方に形成された炭素質層9とを備える。図1に示す例では、炭素質層9は、主面8a、8bの一方(主面8a)にのみ形成されている。しかし、炭素質層9は、両方の主面8a、8bに形成されていてもよい。また、炭素質層9は、基材8の主面8a、8bの少なくとも一方に加えて、基材8の端面8cに形成されていてもよい。さらに、炭素質層9は、主面8aの全面に形成されていてもよく、主面8aの一部にのみ形成されていてもよい。後述のように、炭素質層9により、腐食因子(たとえば、酸)等の環境因子から、基材8を保護することができる。炭素質層9は、基材8の主面8a、8bにおいて、必要とされる領域に形成されていれば足りる。
【0020】
〈基材〉
《基材の組成》
基材は、金属製である。基材を構成する金属は、特に限定されず、たとえば、Al、Co、Cr、Cu、Fe、Mn、Mo、Ni、W、Ti、もしくはZr、または、これらの金属の2種以上の合金であってもよい。
【0021】
複合材を、燃料電池のセパレータに用いる場合は、基材は、純チタン、チタン合金、またはステンレス鋼からなることが好ましい。これは、純チタン、チタン合金、およびステンレス鋼が高い導電率と高い耐食性とを兼ね備えているからである。また、純チタン、チタン合金、およびステンレス鋼は、加工性が高い。複合材を燃料電池のセパレータに用いる場合は、複合材は薄い板(箔)状の形状を有する必要がある。純チタン、チタン合金、およびステンレス鋼は、圧延により、容易に薄い板状の基材に加工することができる。さらに、純チタン、チタン合金、およびステンレス鋼は、市場に大量に流通しており、容易に入手できる。
【0022】
「純チタン」とは、98.8%以上のTiを含有し、残部が不純物からなる金属材を意味する。純チタンとして、たとえば、JIS1種~JIS4種の純チタンを用いることができる。「チタン合金」とは、70%以上のTiを含有し、残部が合金元素と不純物とからなる金属材を意味する。チタン合金として、たとえば、耐食用途のJIS11種、13種、もしくは17種、または高強度用途のJIS60種を用いることができる。
【0023】
「ステンレス鋼」とは、Cr含有量が10.5%以上の鋼をいう。基材を構成するステンレス鋼は、オーステナイト系、マルテンサイト系、フェライト系、またはオーステナイト-フェライト2相系であってもよい。
【0024】
フェライト系のステンレス鋼は、加工性が良好である。オーステナイト系のステンレス鋼は、耐食性が良好である。このため、ステンレス鋼材を燃料電池のセパレータ用に用いる場合は、基材は、フェライト系またはオーステナイト系のステンレス鋼からなることが好ましい。この場合、フェライト系のステンレス鋼として、たとえば、JIS規格のSUS444またはSUS409Dを用いることができる。オーステナイト系のステンレス鋼として、たとえば、JIS規格のSUS316Lを用いることができる。燃料電池のセパレータとして、ステンレス鋼材を用いることにより、チタン材を用いる場合に比して、セパレータのコストを安価にすることができる。
【0025】
《基材の厚さ》
基材の平均厚さは、30~200μmであることが好ましい。基材の平均厚さは、基材の面内方向の10箇所を無作為に選び、各箇所における基材の厚さを測定し、それらの測定値の平均値として求めることができる。炭素質層を形成する前の基材に対しては、各箇所における基材の厚さは、マイクロメーターを用いて測定できる。炭素質層が形成された複合材における基材に対しては、各箇所における基材の厚さは、マイクロメーターを用いて測定した複合材の厚さから、後述の方法で測定した炭素質層の厚さを差し引くことにより求めることができる。
【0026】
基材の平均厚さが薄すぎると、基材の剛性が不十分となり、所定の形状を維持することが困難になる。たとえば、燃料電池のセパレータは、燃料ガスまたは酸化性ガスを流すための溝を有する。複合材を燃料電池のセパレータに用いる場合は、所定の寸法および形状の溝が維持される必要がある。溝の形状が維持されないと、燃料ガスまたは酸化性ガスを所定の領域に均一に供給する流路の機能が損なわれるおそれがある。また、圧延により、極端に薄い基材を得ようとすると、基材にピンホールが生じたり、基材の表面性状が悪化したりすることがある。基材の平均厚さを30μm以上とすることにより、これらの問題を生じ難くすることができる。基材の平均厚さは、50μm以上であることがより好ましい。
【0027】
一方、燃料電池、たとえば、移動体用途に用いる燃料電池には、通常、軽量であることが求められる。また、燃料電池は、狭いスペースに配置されることが多い。この場合、燃料電池は小型であることが求められる。これらの要求を満たすため、基材は、所定の形状を維持できる限り、薄いほど好ましい。基材の平均厚さを200μm以下とすることにより、これらの要求を満たすことができる場合が多い。基材の平均厚さは、120μm以下であることがより好ましい。
【0028】
基材の各部位での厚さは、平均厚さの±10%の範囲内に入ることが好ましい。これについて、複合材を燃料電池用セパレータに用いる場合を例として説明する。燃料電池において、セパレータ同士の接触による導通が必要な場合は、基材の厚さのばらつきが大きいと、セパレータ同士の接触面積が低下して、見かけ上、接触抵抗が上昇する。また、燃料電池において、セパレータはシール部材と接触した状態で用いられる。基材の厚さのばらつきが大きいと、セパレータとシール部材との接触状態が部位により異なり、燃料ガス、酸化性ガス、または水が漏洩しやすくなる。
【0029】
さらに、基材の厚さのばらつきが大きいと、基材をプレス成型する際に、基材の薄い部分に応力が集中し、基材が破断しやすくなる。プレス成型は、たとえば、平板状の基材を、流路が形成されたセパレータ形状を有するように加工する際に行われる。基材の各部位での厚さを平均厚さの±10%の範囲内とすることにより、上記不具合が生じることを抑制できる。
【0030】
〈炭素質層〉
炭素質層について、532nmの波長を有するレーザを励起源として用いたラマン分光分析により得られるラマンスペクトルにおいて、ID/IGの値が2.5~4.5であり、ID”/IGの値が1.8~2.5である。
ID、ID”およびIGは、以下の通りである。
ID:1300~1400cm-1の波数領域に最大値が現れるピークの強度
ID”:1450~1570cm-1の波数領域に最大値が現れるピークの強度
IG:1580~1620cm-1の波数領域に最大値が現れるピークの強度
【0031】
532nmの波長を有するレーザ(レーザ光)は、たとえば、Nd:YAG(NdをドープしたYAG(Yttrium Aluminum Garnet))レーザの第二高調波として得られる。Nd:YAGにより、集光性の高いレーザ光を得やすい。そのため、長さまたは幅が数mmオーダーの微小なサンプルしか得られない場合でも、ラマン分光分析が可能である。
【0032】
上記のラマンスペクトルの要件を満たす炭素質層は、導電性、基材との密着性、柔軟性、および、環境因子(特に、酸等の腐食因子)に対するバリア性が高い。したがって、このような炭素質層により、環境因子から基材を保護することができる。以下、これらの特性とID/IGの値、およびID”/IGの値との関係について、詳細に説明する。
【0033】
《ID/IG》
IGは、黒鉛(グラファイト)に起因するラマンピーク(Gバンドのピーク)の強度である。黒鉛を構成するグラフェン層の面積が大きくなり、グラフェン層の数が増えて、黒鉛化が進むほど、IGは大きくなる。IDは、グラフェン層内の乱れに起因するラマンピーク(Dバンドのピーク)の強度である。黒鉛においてグラフェン層の完全性が低いと、IDは大きい。したがって、ID/IGの値は、黒鉛化度が進行していないことの指標である。
【0034】
ID/IGの値と炭素質層の物性との関係は、以下の通りである。ID/IGの値は、特に、導電性に関わる。ID/IGの値が低すぎる、すなわち、黒鉛化度が高すぎる炭素質層は、脆く、柔軟性、およびバリア性が低い。また、柔軟性が低いことに伴って、密着性も低い。したがって、ID/IGの値は2.5以上とする。ID/IGの値は、2.6以上であることが好ましく、2.7以上であることがより好ましい。一方、ID/IG値が高すぎる、すなわち、黒鉛化度が低すぎる炭素質層は、その導電性が低い。したがって、ID/IGの値は4.5以下とする。ID/IGの値は、4.3以下であることが好ましく、4.0以下であることがより好ましい。以上のように、ID/IGの値は、柔軟性、密着性、およびバリア性と、導電性とを両立できるように選択されている。
【0035】
《ID”/IG》
ID”は、黒鉛の層間の乱れに起因するラマンピーク(D”バンドのピーク)の強度である。黒鉛の層間の乱れとは、グラフェン層の層間に余分な炭素または不純物が残っていることをいう。したがって、ID”/IG値は、グラフェン層の成長の程度に対する、残存する層間の乱れの割合の指標である。
【0036】
ID”/IGの値が低すぎる炭素質層では、黒鉛化が進みすぎ、黒鉛の層間の乱れが不十分である。このような炭素質層は、柔軟性が低く、それに伴って基材との密着性も不十分である。また、黒鉛の層間の乱れが少ないと、環境因子に対するバリア性が不十分である。したがって、ID”/IGの値は1.8以上とする。ID”/IGの値は、1.85以上であることが好ましく、1.9以上であることがより好ましい。一方、ID”/IGの値が2.5を超える炭素質層を形成するのは困難である。また、ID”/IGの値が2.5の近傍かつ2.5以下である炭素質層は、柔軟性、密着性、バリア性、および導電性が高い。したがって、ID”/IGの値は2.5以下とする。
【0037】
ID”/IGの値が低いとバリア性が低い理由は、以下のメカニズムによると考えられる。ここで、樹脂の炭化により黒鉛が形成される過程を考える。樹脂の分子構造は3次元構造であることにより、樹脂は柔軟性を有する。一方、黒鉛の基本的な結晶構造は、直線的または平面的であるので、黒鉛は変形し難い。樹脂が黒鉛化する途中の段階で、樹脂と黒鉛との構造の差異により、黒鉛化した部分と黒鉛化していない部分(樹脂の構造が残存している部分)との間に欠陥が生じていく。
【0038】
黒鉛の層間の乱れがない状態の炭素質層では、欠陥は大きくなる。これは、層間の乱れがない状態の炭素質層の黒鉛化した部分は、欠陥を埋めるように動くことができないためであると考えられる。欠陥を有する炭素質層は、環境因子(たとえば、腐食環境での腐食因子)が透過しやすい。すなわち、炭素質層では、欠陥が多くなることにより、環境因子に対するバリア性が低下する。
【0039】
一方、黒鉛の層間の乱れがある程度残っている場合、すなわち、黒鉛化が進行してもID”/IG値が1.8以上である場合は、層間に炭素または不純物が存在することにより、黒鉛化した部分がある程度柔軟性を有する。このため、黒鉛化した部分は、樹脂部分との境界で欠陥を解消するように変形することが可能である。その結果、このような炭素質層には、欠陥が少なくなる。さらに、黒鉛化した部分の層間に存在する炭素または不純物は、欠陥に供給され、欠陥を埋める。これにより、欠陥はさらに少なくなる。このような、欠陥の少ない炭素質層では、環境因子の透過が抑制される。すなわち、炭素質層では、欠陥が少なくなることにより、バリア性が向上する。
【0040】
以上のように、ID/IGの値が2.5~4.5であり、ID”/IGの値が1.8~2.5であることにより、炭素質層の導電性、柔軟性、バリア性、および基材との密着性は高い。炭素質層のこれらの特性と、複合材の特性との関係は、以下の通りである。炭素質層の導電性が高いことにより、複合材表面の導電性は高い。炭素質層のバリア性および柔軟性が高く、基材に対する炭素質層の密着性が高いことにより、複合材の耐食性は高い。また、炭素質層の柔軟性および密着性が高いと、複合材の加工性が高くなる。
【0041】
《ID、ID”、およびIGを求める方法》
図2は、ラマンスペクトルの例を示す図である。図2を参照して、ラマンスペクトル(実測値)から、ID、ID”、およびIGを求める方法を説明する。ラマンスペクトルのデータは、900cm-1~1800cm-1の範囲内にあるものを用いる。この範囲のラマンスペクトルが、5個のピークの重ね合わせにより構成されていると仮定し、この重ね合わせによる曲線が実測値に近くなるように、最小二乗法でフィッティングする。
【0042】
具体的には、フィッティングは以下のように行う。フィッティングの初期条件として、ピーク幅を10cm-1とし、ピークの最大値に対応する波数(以下、「ピーク位置」という。)を1100、1200、1350、1500、1590cm-1とする。拘束条件として、ピークシフトを±50cm-1以内とし、ピーク幅を0.01~500cm-1とする。
【0043】
各ピークは、分光学のスペクトル分布関数として一般に用いられるフォークト関数を用いてフィッティングする。フォークト関数は、ガウス関数とローレンツ関数とを畳み込んだ関数である。フォークト関数の一般式は、x=0に最大値を持つ場合、ガウス関数のピーク幅に関わる分散の値σ、ローレンツ関数の幅に関わる値γを用いて、下記式(1)で表される。
【数1】
【0044】
式(1)中のガウス関数は、下記式(2)で表される。
【数2】
【0045】
式(1)中のローレンツ関数は、下記式(3)で表される。
【数3】
【0046】
ピーク位置をxpとし、ピーク強度をIPとすると、各ピークのフォークト関数は、下記式(4)で表される。
【数4】
【0047】
この関数について、xP、γ、σ、およびIPの4個のパラメータをフィッティングする。ピークが5個あるので、計20個のパラメータをフィッティングすることになる。なお、上述の拘束条件の「ピーク幅」とは、式(4)で表されるフォークト関数の半価幅であり、ガウス関数の半価幅(2×σ×(2×ln(2))1/2)と、ローレンツ関数の半価幅(2×γ)とから求められる。
【0048】
数学的には、20点以上の測定データがあれば、20個のパラメータの値が定まる。一般的なラマンスペクトルの測定では、1cm-1あたり1点程度の測定データが得られるので、合計で900点程度の測定データが得られる。これらの測定データをフィッティングに用いることができる。迅速に測定を行うことを重視して、測定点を少なくする場合でも、50点以上の測定データを得て、フィッティングに用いるものとする。
【0049】
上述の20個のパラメータの値が求まると、下記ピーク1~3のそれぞれについて、具体的なフォークト関数Vが決まる。
ピーク1:1300~1400cm-1の波数領域に最大値が現れるピーク
ピーク2:1450~1570cm-1の波数領域に最大値が現れるピーク
ピーク3:1580~1620cm-1の波数領域に最大値が現れるピーク
【0050】
ピーク1についてのIpの値をIDとする。ピーク2についてのIpの値をID”とする。ピーク3についてIpの値をIGとする。
【0051】
実際にフィッティングを行う際は、ラマン分光測定装置に付属するピーク分離・フィッティングソフトを用いて、上述の計算を行うことができる。換言すれば、ID、ID”、およびIGを求めるためには、下記(i)および(ii)の要件を満たすラマン分光測定装置を用いることが好ましい。
(i) 20cm-1以下の波数間隔でデータをデジタルで取得可能である。
(ii) フォークト関数に基づく5つ以上のピークを同時にフィッティング可能な解析ソフトを備えている。
【0052】
データの取得精度を考慮して、20cm-1の波数間隔でデータを取得する場合に比して、尤度を10倍にするためには、ラマン分光測定装置は、2cm-1以下の波数間隔で測定データを取得できることが好ましい。このようなラマン分光測定装置として、堀場製作所社製のラマン分光分析装置「LabRAM HR Evolution」を挙げることができる。この装置は、上記(ii)の要件を満たす解析ソフトとして、「Labspec_6_4_4」を備えている。
【0053】
測定データ(実測値)に基づくラマンスペクトルの大まかな形状は、主にDバンドのピークに起因するピークと、主にGバンドのピークに起因するピークとの2つのピークからなる(図2参照)。この2本のピークの間の谷の部分に、D”バンドのピークが隠れている。前述の方法で、測定データを5つのピークでフィッティングすることにより、この隠れたD”に起因するピークの大きさおよび形状を求めることができる。
【0054】
なお、測定データに基づくラマンスペクトルの形状が、
0.55≦Hmin/((HD+HG)/2) (A)
を満たすことを、炭素質層のID”/IGが1.8以上であることの目安とすることができる。ここで、HD、HG、およびHminは、以下の通りである。
HD:測定値において、主にDバンドのピークに起因するピークの最大強度。
HG:測定値において、主にGバンドのピークに起因するピークの最大強度。
Hmin:測定値において、主にDピークに起因するピークと、主にGピークに起因するピークの間の極小の強度。
【0055】
これは、ID”/IGが1.8以上であるか否かを簡便に見積もるための方法であって、式(A)を満たせば、必ず、ID”/IGが1.8以上であるわけではない。ID”/IGが1.8以上であるか否かは、フィッティングを用いた上述の方法によりID”およびIGの値を求めて決定するものとする。
【0056】
《炭素質層の厚さ》
炭素質層の平均厚さは、0.02~2μmであることが好ましい。炭素質層の平均厚さは、複合材の表面で無作為に10箇所を選び、各箇所の炭素質層の厚さを測定し、それらの測定値の平均値として求めることができる。炭素質層の厚さは、複合材の表面(炭素質層が形成されている面)から深さ方向に、グロー放電発光分光分析(GD-OES;Glow Discharge-Optical Emission Spectroscopy)を行い、C(炭素)含有量が、最大値に対して1/10になる深さをいうものとする。
【0057】
炭素質層は、薄すぎると、バリア性が不十分となる。このため、炭素質層の平均厚さは、0.02μm以上であることが好ましく、0.04μm以上であることがより好ましい。
【0058】
炭素質層は、厚すぎると、十分に高い柔軟性が得られなくなり、亀裂が生じるおそれがある。亀裂が生じた炭素質層のバリア性は低い。また、炭素質層が厚すぎると、十分な導電性が得られない。したがって、炭素質層の平均厚さは、2μm以下であることが好ましく、1.5μm以下であることがより好ましい。
【0059】
炭素質層の各部位における厚さは、炭素質層の平均厚さの±30%の範囲内であることが好ましい。これについて、この炭素質層を含む複合材を燃料電池用セパレータに用いる場合を例として説明する。燃料電池において、セパレータ同士の接触による導通が必要な場合は、炭素質層の厚さのばらつきが大きいと、セパレータ同士の接触面積が低下して、見かけ上、接触抵抗が上昇する。また、燃料電池において、セパレータはシール部材と接触した状態で用いられる。炭素質層の厚さのばらつきが大きいと、セパレータとシール部材との接触状態が部位により異なり、燃料ガス、酸化性ガス、または水が漏洩しやすくなる。炭素質層の各部位における厚さは、炭素質層の平均厚さの20%の範囲内であることがより好ましい。
【0060】
基材と炭素質層との界面近傍には、基材を構成する金属の炭化物、炭窒化物等が形成されていてもよい。たとえば、基材が純チタン、チタン合金等、Tiを含む金属材料からなる場合は、基材と炭素質層との界面近傍に炭窒化チタン(TiC1-xx(0≦x≦0.8))が形成されていてもよい。
【0061】
[複合材の製造方法]
以下、複合材を製造する方法の一例について説明する。この製造方法は、準備工程と、熱処理工程とを含む。
【0062】
〈準備工程〉
この工程では、金属製で板状の基材の主面の少なくとも一方に二軸延伸樹脂フィルムが積層された中間体を準備する。後述のように、熱処理工程で、二軸延伸樹脂フィルムから炭素質層が得られる。
【0063】
基材の主面への二軸延伸樹脂フィルムの積層(ラミネート)は、接着剤を用いて行うことが好ましい。接着剤は、ナイロン系接着剤、不飽和ポリオレフィン系接着剤、またはポリエステル系接着剤を用いることが好ましい。接着剤を用いた場合は、二軸延伸樹脂フィルムおよび接着剤から炭素質層が得られる。したがって、二軸延伸樹脂フィルムのみならず、接着剤も黒鉛化する必要がある。ナイロン系接着剤、不飽和ポリオレフィン系接着剤、およびポリエステル系接着剤は、低温(たとえば、650~800℃)で炭化しやすいため、炭素質層を形成しやすい。
【0064】
二軸延伸樹脂フィルムは、たとえば、ポリオレフィン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、およびポリイミド樹脂からなるものを用いることができる。ポリオレフィン樹脂としては、たとえば、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、およびポリメチルペンテン(PMP)を挙げることができる。ポリエステル樹脂としては、たとえば、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、およびポリエチレンナフタレート(PEN)を挙げることができる。ポリアミド樹脂としては、たとえば、ナイロンを挙げることができる。ポリイミド(PI)樹脂としては、たとえば、カプトン(登録商標)を挙げることができる。
【0065】
二軸延伸樹脂フィルムを構成する樹脂は、分子構造に芳香環を持つことが好ましい。このような樹脂は、炭化時に黒鉛化しやすいためである。そのような樹脂として、たとえば、PET、PBT、PEN、および芳香族PIを挙げることができる。これらのうち、コスト、および普及性の観点で、PETからなる二軸延伸樹脂フィルムを用いることが最も好ましい。
【0066】
二軸延伸樹脂フィルムは、二軸延伸により、すなわち、2方向に引き伸ばしながら製造された樹脂フィルムである。このようにして製造されたことにより、二軸延伸樹脂フィルムでは、2方向に分子の配向性を有する。二軸延伸は、同時延伸、すなわち、2方向に同時に延伸されたものであってもよく、逐次延伸、すなわち、まず、1方向に延伸された後、他の1方向に延伸されたものであってもよい。二軸延伸の延伸倍率(延伸度)が小さいと、ID”が大きくならず、ID”/IGの値を1.8以上にすることが困難である。このため、延伸倍率は、2倍以上であることが好ましい。
【0067】
樹脂フィルムが二軸延伸されたものであるか否かは、以下のようにして判定することができる。すなわち、まず、樹脂フィルム内の1点にX線を当て、透過X線回折線を二次元検出器により検出する。これにより得た二次元回折パターンが、下記(i)~(iii)の要件のすべてを満たす場合に、当該樹脂フィルムは二軸延伸されたものであると判定できる。延伸倍率が2倍以上の2軸延伸フィルムであるか否かは、この方法により判定可能である。
(i) 回折環が観察される。
(ii) 回折環上の回折線強度が、回折環の中心に対して4回対称の強弱パターンを示す。
(iii) 回折環上の回折線強度で、最弱強度に対する最強強度の比が5以上である。
【0068】
一軸延伸樹脂フィルム、すなわち、1方向にのみ引き伸ばしながら製造された樹脂フィルムを、二軸延伸樹脂フィルムの代わりに用いることはできない。一軸延伸樹脂フィルムでは、繊維に類似する一方向の分子配向を示すため、炭素化後もその方向性が残存して、特定の方向に関して柔軟性が乏しい炭素質層が得られる可能性が高いからである。炭素質層の柔軟性に方向性があると、プレス加工により複合材に溝を形成する際等に、炭素質層に割れが生じる可能性がある。
【0069】
二軸延伸樹脂フィルムの厚さは、3~30μmであることが好ましい。
二軸延伸樹脂フィルムの厚さが3μm未満であると、熱処理工程での炭化により得られる炭素質層が、十分に基材を被覆しないおそれがある。すなわち、二軸延伸樹脂フィルムが薄すぎると、二軸延伸樹脂フィルムから得られる炭素質層において、基材を覆わない部分が生じる可能性がある。また、上述のように、炭素質層の厚さは0.02μm以上であることが好ましい。二軸延伸樹脂フィルムの厚さが3μm未満であると、炭素質層の厚さが0.02μm未満と薄くなり、バリア性が低くなる。以上の問題を回避するため、二軸延伸樹脂フィルムの厚さは3μm以上であることが好ましく、5μm以上であることがより好ましい。
【0070】
上述のように、炭素質層の厚さは2μm以下であることが好ましい。二軸延伸樹脂フィルムの厚さが30μmを超えると、二軸延伸樹脂フィルムから得られる炭素質層の厚さが2μmを超えて厚くなる。この場合、複合材の接触抵抗が高くなり、また、炭素質層の柔軟性が低くなることに関する上述の問題が生じ得る。これらの問題を回避するため、二軸延伸樹脂フィルムの厚さは、30μm以下であることが好ましく、15μm以下であることがより好ましい。
【0071】
〈熱処理工程〉
この工程では、準備工程で準備された中間体を、非酸化性雰囲気中で、760~900℃の温度で熱処理し、二軸延伸樹脂フィルムを炭化する。この工程により、二軸延伸樹脂フィルムから、炭素質層が得られる。基材の主面へ接着剤を介して二軸延伸樹脂フィルムが積層した場合は、熱処理工程で、接着剤も炭化し、炭素質層の一部となる。
【0072】
非酸化性雰囲気とは、酸素分圧が0.1Pa以下の雰囲気をいう。露点が、-50℃以下(好ましくは、-70℃以下)であれば、酸素分圧は0.1Pa以下であると考えられる。熱処理を酸化性雰囲気中で行えば、樹脂フィルムが炭化した際に、酸化(燃焼)も生じ、樹脂フィルムを起源とする炭素が、COまたはCO2となって散逸してしまう。このような酸化が生じないようにするために、熱処理は、非酸化性雰囲気、すなわち、酸素分圧が0.1Pa以下の雰囲気中で行う。非酸化性雰囲気は、たとえば、アルゴンガス雰囲気であってもよく、ヘリウムガス雰囲気であってもよく、真空(減圧)雰囲気であってもよい。
【0073】
熱処理温度が高すぎると、黒鉛化が進行しすぎ、得られる炭素質層のID”が小さくなる。この場合、炭素質層のID”/IGが1.8未満になるおそれがある。ID”/IGを1.8以上にするために、熱処理温度は、900℃以下とする。熱処理温度は、870℃以下であることが好ましく、850℃以下であることがより好ましい。
【0074】
熱処理温度が低すぎると、黒鉛化の進行が遅くなりすぎ、IDが大きくなる。この場合、炭素質層のID/IGが4.5を超えるおそれがある。ID/IGを4.5以下にするために、熱処理温度は、760℃以上とする。熱処理温度は、780℃以上であることが好ましく、790℃以上であることがより好ましい。
【0075】
準備工程で準備する中間体に二軸延伸樹脂フィルムを用い、熱処理工程において、非酸化性雰囲気中で、760~900℃の温度で熱処理することにより、ID”/IGが1.8~2.5で、ID”/IGが2.5~4.5である炭素質層を容易に得ることができる。そのメカニズムは必ずしも明らかではないが、延伸による分子の配向構造が炭化に対して何らかの抵抗となり、層間の乱れを残しながら適度に黒鉛化する可能性がある。
【0076】
熱処理時間は、特に限定されない。得られる炭素質層のラマンスペクトルについて、ID/IGが2.5~4.5で、ID”/IGが1.8~2.5となるように、熱処理温度との関係で、適切な熱処理時間を選択することができる。ただし、熱処理時間が長すぎると、黒鉛化が進み過ぎるおそれがあるので、熱処理時間は、600秒以下とすることが好ましく、300秒以下とすることがより好ましく、250秒以下とすることがさらに好ましい。また、熱処理時間が短すぎると、黒鉛化不足となるおそれがあるので、熱処理時間は、5秒以上であることが好ましく、10秒以上であることがより好ましく、20秒以上であることがさらに好ましい。
【0077】
[セパレータ、セル、および固体高分子形燃料電池]
図3Aは、本発明の実施形態に係る固体高分子形燃料電池の斜視図である。図3Bは、固体高分子形燃料電池のセル(単セル、すなわち、単一の燃料電池セル)の分解斜視図である。図3Aおよび図3Bに示すように、固体高分子形燃料電池1(以下、単に、「燃料電池1」という。)は単セルの集合体である。燃料電池1において、複数のセルが積層され直列に接続されている。
【0078】
図3Bに示すように、単セルでは、固体高分子電解質膜2の一面および他面に、それぞれ、燃料電極膜(アノード)3、および酸化剤電極膜(カソード)4が積層されている。そして、この積層体の両面にセパレータ5a、5bが重ねられている。セパレータ5a、5bは、上記複合材を備える。
【0079】
固体高分子電解質膜2を構成する代表的な材料として、水素イオン(プロトン)交換基を有するふっ素系イオン交換樹脂膜がある。燃料電極膜3および酸化剤電極膜4は、カーボンシートからなる拡散層と、拡散層の表面に接するように設けられた触媒層とを備えている。カーボンシートは、カーボン繊維から構成される。カーボンシートとしては、カーボンペーパ、またはカーボンクロスが用いられる。触媒層は、粒子状の白金触媒と、触媒担持用カーボンと、水素イオン(プロトン)交換基を有するふっ素樹脂とを有する。固体高分子電解質膜2、燃料電極膜3、および酸化剤電極膜4として、MEA(Membrane Electrode Assembly)が用いられることもある。MEAは、固体高分子電解質膜2に、燃料電極膜3、および酸化剤電極膜4が貼り合わされた一体的な構成部材である。
【0080】
セパレータ5aに形成された溝である流路6aには、燃料ガス(水素または水素含有ガス)G1が流される。これにより、燃料電極膜3に燃料ガスG1が供給される。燃料電極膜3では、燃料ガスG1は拡散層を透過して触媒層に至る。また、セパレータ5bに形成された溝である流路6bには、空気等の酸化性ガスG2が流される。これにより、酸化剤電極膜4に酸化性ガスG2が供給される。酸化剤電極膜4では、酸化性ガスG2は拡散層を透過して触媒層に至る。これらのガスG1、G2の供給により、電気化学反応が生じて、燃料電極膜3と酸化剤電極膜4との間に、直流電圧が発生する。
【0081】
セパレータ5a、5bは、上記複合材を備えることにより、電極膜3、4との初期の接触抵抗は低い。また、複合材のバリア性が高いことにより、燃料電池1のセパレータ環境で、セパレータ5a、5bの低い接触抵抗は維持される。
【0082】
流路(溝)6a、6bが形成された形状のセパレータ5a、5bは、平板状の複合材をプレス成形して得ることができる。また、平板状の基材を、セパレータ5a、5bの形状に成形してから、この状態の基材に二軸延伸樹脂フィルムを積層して中間体としてもよい。この場合、この中間体に熱処理工程を実施することにより、炭素質層を形成してもよい。この場合も、基材と、基材の主面の少なくとも一方に形成された炭素質層とを含む複合材を備えるセパレータ5a、5bを得ることができる。
【0083】
これらのセルおよび燃料電池1では、セパレータ5a、5bと電極膜3、4との低い接触抵抗が維持される。これにより、これらのセルおよび燃料電池1は、高い発電効率を維持することができる。
【0084】
本発明の燃料電池は、固体高分子形燃料電池に限られず、たとえば、溶融炭酸塩形燃料電池、またはリン酸形燃料電池であってもよい。また、本発明の複合材は、燃料電池のセパレータ以外に、電気化学式水素圧縮機の電極にも用いることができる。
【実施例
【0085】
本発明の効果を確認するため、各種の複合材を作製して評価した。
表1に、複合材の製造条件、および評価結果を示す。
【0086】
【表1】
【0087】
[準備工程]
基材として、平均厚さが0.1mmの金属板(箔)を用いた。基材には、チタン系の金属材料として、JIS1種純チタン材(CP(commercially pure)-Ti1種)、JIS2種純チタン材(CP-Ti2種)、およびJIS17種チタン合金材(Ti-Pd)を用い、ステンレス系の金属材料として、SUS316L、SUS304、およびSUS430を用いた。いずれの基材も、光輝焼鈍を施したものであった。光輝焼鈍後、基材の表面には、特に処理をしなかった。
【0088】
樹脂フィルムとして、以下のものを用いた。すなわち、二軸延伸PET(BO(Biaxial Orientation)-PET(Polyethylene Terephthalate))フィルムとして、東レ株式会社製のルミラー(登録商標)を用いた。二軸延伸ナイロン(ONy(Oriented Nylon))フィルムとして、ユニチカ株式会社製のエンブレム(登録商標)を用いた。比較のため、接着性の無延伸PP(CPP)フィルムとして、三井化学東セロ株式会社製のアドマー(登録商標)QE-060Cを用いた。二軸延伸PP(OPP(Oriented Polypropylene))フィルムとして、フタムラ化学株式会社製のラミネートグレードFORを用いた。
【0089】
接着剤として、ダイセル・デグザ株式会社製のベスタメルト(登録商標)Hylinkを用いた。この接着剤は、ナイロン系の接着剤であった。この接着剤を、クレゾールとキシレンとが質量比で70:30の混合溶剤に、15質量%の濃度で溶解し、基材の一方の主面に塗布した。その後、この基材を乾燥した。接着剤の塗布量は、乾燥後の接着剤の膜厚が1μmとなるように調整した。接着剤を塗布した基材の上に、樹脂フィルムを積層し、厚さが50μmのナフィオンフィルムで挟んで、ホットプレスにより熱圧着した。熱圧着の条件は、圧力が1MPaで、温度が180℃で、保持時間が1分とした。ナフィオンフィルムは、ホットプレス時に樹脂フィルムを保護するために用いた。このため、ホットプレスが終了した後、ナフィオンフィルムは、樹脂フィルムから剥がして回収した。
【0090】
ただし、本発明例11および比較例5では、接着剤は用いなかった。これらの試料の作製は、基材の上に直接樹脂フィルムを積層した以外は、上述の製造方法に従った。また、比較例6では、樹脂フィルムは用いず、基材の両方の主面に、ポリイミド樹脂を溶解した溶剤を塗布して乾燥させた。ポリイミド樹脂として、熱硬化性ポリイミド樹脂である粒状のビスアリルナジイミド(丸善石油化学社製BANI-M)を用いた。溶剤として、N-メチル-2-ピロリドンを用いた。溶解後のポリイミド樹脂の濃度は、25質量%とした。ポリイミド樹脂溶剤の塗布量は、乾燥後のポリイミド樹脂の膜厚が7μmになるように調整した。ポリイミド樹脂が塗布された基材を250℃で1時間熱処理することにより、ポリイミド樹脂に対しての熱硬化処理を施し、ポリイミドの樹脂膜を得た。したがって、この樹脂膜は、無延伸の膜であった。
【0091】
[熱処理工程]
準備工程で作製した中間体を、雰囲気熱処理炉に入れ、炉内の雰囲気をArで置換し、その露点を-50℃以下にした。このときの炉内の酸素分圧は、0.1Pa以下であった。その後、昇温し、炉内を、表1に示す温度および保持時間で加熱し、その後、降温した。昇温速度は30℃/分とした。降温は、炉冷、すなわち、炉の電源を切り、自然放冷とした。
【0092】
[炭素質層の平均厚さ]
上述のGD-OESを用いる方法により、炭素質層の平均厚さ(表1には、単に、「厚さ」と記す。)を測定した。いずれの試料でも、C含有量の深さ方向分布において、最表層近傍で、C含有量は最大となった。
【0093】
[ラマンスペクトル]
得られた複合材の試料について、ラマンスペクトルを測定した。ラマンスペクトルの測定は、堀場製作所社製のラマン分光分析装置LabRAM HR Evolutionを用いて、室温で行った。測定条件は、次の通りとした。
励起源:Nd:YAGレーザの第二高調波
励起レーザ波長:532nm
回折格子:600本/mm
対物レンズ倍率:×100
測定温度:25℃
減光フィルターの減光率:3.2%
【0094】
得られたラマンスペクトルのデータから、上述の方法により、ID、ID”、およびIGの値を求めた。その際、上述のラマン分光分析装置に付属のソフト「Labspec_6_4_4」を用いた。
【0095】
[密着性]
基材に対する炭素質層の密着性を、JIS K 5600-5-6(1999)に準拠した碁盤目剥離試験(クロスカット法)により評価した。すなわち、炭素質層に、互いに平行な11本の直線状の切り込みを形成し、さらに、これらの切り込みに直交する方向に、互いに平行な11本の直線状の切り込みを形成した。互いに平行な切り込みは、いずれも、2mm間隔とした。切り込みは、基材に到達する深さを有するように形成した。したがって、切り込みにより、炭素質層を100個の領域に分断した。各領域は、一辺が2mmの正方形の形状を有していた。
【0096】
次に、炭素質層の表面で、これらの100個の領域を含む範囲にテープを貼り付けた後、テープを剥離した。その後、炭素質層において、100個の領域に占める、剥離しなかった領域の割合を求めた。表1で、「密着性」の欄の記載の意味は、以下の通りである。
優良:剥離しなかった領域の割合が、95%以上であった。
良好:剥離しなかった領域の割合が、80%以上、95%未満であった。
可:剥離しなかった領域の割合が、60%以上、80%未満であった。
不可:剥離しなかった領域の割合が、60%未満であった。
【0097】
[接触抵抗]
各試料について、以下の方法により、4回荷重後の接触抵抗(CR4)を求めた。図4は、複合材の接触抵抗を測定する装置の構成を示す図である。図4を参照して、まず、作製した試料11を、燃料電池用のガス拡散層として使用される1対のカーボンペーパ(東レ株式会社製 TGP-H-90)12で挟み込み、これを金めっきした1対の電極13で挟んだ。各カーボンペーパ12の面積は、1cm2であった。
【0098】
次に、この1対の金めっき電極13の間に、10kgf/cm2(9.81×106 Pa)の荷重を加えた。図4に、荷重を加えた方向を白抜き矢印で示す。この状態で、1対の金めっき電極13間に一定の電流を流し、このとき生じるカーボンペーパ12と試料11との間の電圧降下を測定した。この結果に基づいて抵抗値を求めた。得られた抵抗値は、試料11の両面の接触抵抗を合算した値となるため、これを2で除して、試料11の片面あたりの接触抵抗値とした。
【0099】
次に、この1対の金めっき電極13の間に加える荷重を、5kgf/cm2(4.90×105Pa)と20kgf/cm2(19.6×105Pa)との間で繰り返し4回変化させた。その後圧力を10kgf/cm2(9.81×106Pa)として、同様に、接触抵抗を測定した。このようにして測定した接触抵抗を、4回加重後の接触抵抗(CR4)とした。
【0100】
表1で、接触抵抗の「評価」の欄の記載の意味は、以下の通りである。
優良:CR4の値が、5mΩ・cm2以下であった。
良好:CR4の値が、5mΩ・cm2を超え10mΩ・cm2以下であった。
可:CR4の値が、10mΩ・cm2を超え20mΩ・cm2以下であった。
不可:CR4の値が、20mΩ・cm2を超えた。
【0101】
[バリア性]
以下の方法により、耐久試験後の接触抵抗(CRV4)を求めた。まず、F濃度が0.1ppmであるNaF水溶液を、H2SO4を用いてpH3に調整した。この溶液の温度を80℃とし、この溶液に試料を浸漬した。この状態で、銀塩化銀参照電極に対する試料の電位差を0.6Vに保持し、24時間維持した。この処理を、耐久試験とした。その後、CR4の測定と同様の方法により、試料の接触抵抗(CRV4)を測定した。
【0102】
次に、CRV4/CR4を求め、炭素質層のバリア性を評価した。腐食因子である酸に対する炭素質層のバリア性が高い場合は、上述のNaF水溶液環境(腐食環境)下での接触抵抗値の増加は小さい。したがって、CRV4/CR4は1に近くなる。一方、酸に対する炭素質層のバリア性が低い場合は、NaF水溶液環境下での接触抵抗値の増加は大きくなる。したがって、CRV4/CR4は大きくなる。
【0103】
表1で、バリア性(耐食性)の「評価」の欄の記載の意味は、以下の通りである。
優良:CRV4/CR4の値が、1.2以下であった。
良好:CRV4/CR4の値が、1.2を超え1.4以下であった。
可:CRV4/CR4の値が、1.4を超え1.5以下であった。
不可:CRV4/CR4の値が、1.5を超えた。
腐食環境下で複合材の接触抵抗が低く維持されるためには、接触抵抗(CR4)の評価結果が優良または良好で、かつ、バリア性(CRV4/CR4)の評価結果が優良または良好である必要がある。
【0104】
[評価結果]
比較例1、2、5および6の複合材では、いずれも、炭素質層の密着性およびバリア性が低かった。これらの複合材では、ID”/IGが1.8未満であり、さらに、比較例1および2の複合材では、ID/IGが2.5未満であった。これらにより、炭素質層の柔軟性が低かったために、密着性が低かったと考えられる。これらの複合材のバリア性が低かったのは、炭素質層自体に欠陥が多く含まれていたとともに、密着性が低かったことにより、基材と炭素質層との間に空隙が生じていたためであると考えられる。
【0105】
比較例3および4では、接触抵抗(CR4)が高かった。これは、黒鉛化度が低いことによりID/IGが4.5を超え、炭素質層の導電性が低かったためであると考えられる。
【0106】
これに対して、本発明の要件を満たす複合材(本発明例1~13)は、炭素質層の密着性およびバリア性が高く、接触抵抗(CR4)が低かった。すなわち、腐食環境下で、これらの複合材の接触抵抗は低く維持された。
【0107】
また、本発明の製造方法により、本発明の複合材を製造できることがわかる。比較例2では、熱処理工程での加熱温度が900℃を超えていた。これにより、黒鉛化が進みすぎ、ID”/IGが1.8以上である炭素質層が得られなかったと考えられる。比較例3では、熱処理工程での加熱温度が760℃未満であった。これにより、黒鉛化が進まなかった。このため、IGは大きくならず、また、黒鉛の層間の不純物および欠陥に起因するID”も大きくならず、結果としてID”/IGが1.8以上である炭素質層が得られなかったと考えられる。
【0108】
比較例5および6では、樹脂フィルムとして、二軸延伸樹脂フィルムを用いなかった。これにより、黒鉛化が進みすぎ、ID”/IGが1.8以上である炭素質層が得られなかったと考えられる。
【0109】
以上、本開示の実施の形態を説明した。しかし、上述した実施の形態は本開示を実施するための例示に過ぎない。したがって、本開示は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0110】
1:固体高分子形燃料電池
5a、5b:セパレータ
8:基材
8a:主面
9:炭素質層
10:複合材
図1
図2
図3A
図3B
図4