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  • 特許-オーステナイト系ステンレス鋼材 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-29
(45)【発行日】2023-09-06
(54)【発明の名称】オーステナイト系ステンレス鋼材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230830BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20230830BHJP
   C21D 8/00 20060101ALN20230830BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/58
C21D8/00 E
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019193110
(22)【出願日】2019-10-24
(65)【公開番号】P2021066928
(43)【公開日】2021-04-30
【審査請求日】2022-06-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】大瀧 奈央
(72)【発明者】
【氏名】吉澤 満
(72)【発明者】
【氏名】露口 聡史
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 悠平
(72)【発明者】
【氏名】小薄 孝裕
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/043565(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/168119(WO,A1)
【文献】国際公開第2004/111285(WO,A1)
【文献】特開昭60-116750(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00
C22C 38/58
C21D 8/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト系ステンレス鋼材であって、
化学組成が、質量%で、
C:0.030%以下、
Si:0.10~1.00%、
Mn:0.2~2.0%、
P:0.01~0.04%、
S:0.0100%以下、
Cr:15.00~25.00%、
Ni:9.00~18.00%、
Mo:1.0~5.0%、
Nb:0.20~2.00%、
N:0.050~0.180%、
sol.Al:0.001~0.080%、
B:0.0005~0.0080%、
Cu:0~2.00%、
V:0~1.00%、
Co:0~1.0%、
Y:0~1.00%、
Zr:0~1.0%、
Hf:0~0.20%、
Ta:0~0.20%、
W:0~5.0%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、及び、
Y以外の希土類元素:0~0.100%を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
結晶粒度番号が4.0~9.0であり、
前記オーステナイト系ステンレス鋼材中のオーステナイト結晶粒界でのB濃度(質量%)を[BGB]と定義し、オーステナイト結晶粒内のB濃度(質量%)を[BBM]と定義したとき、式(1)を満たす、
オーステナイト系ステンレス鋼材。
[BGB]/[BBM]≧500 (1)
【請求項2】
請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材であって、
前記化学組成は、
Cu:0.05~2.00%、
V:0.10~1.00%、
Co:0.1~1.0%、
Y:0.01~1.00%
Zr:0.1~1.0%
Hf:0.01~0.20%、
Ta:0.01~0.20%、及び、
W:0.1~5.0%、からなる群から選択される1元素以上を含有する、
オーステナイト系ステンレス鋼材。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材であって、
前記化学組成は、
Ca:0.0005~0.0100%、
Mg:0.0005~0.0100%、及び、
Y以外の希土類元素:0.001~0.100%からなる群から選択される1元素以上を含有する、
オーステナイト系ステンレス鋼材。
【請求項4】
請求項1~請求項3のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材であって、
前記化学組成はさらに、式(2)を満たす、
オーステナイト系ステンレス鋼材。
0.2×Mo+5×Nb+500×B>2.00 (2)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、鋼材に関し、さらに詳しくは、オーステナイト系ステンレス鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
石油精製プラントや石油化学プラント等の化学プラント設備に用いられる鋼材は、高温強度が求められる。これらの化学プラント設備用途の鋼材として、オーステナイト系ステンレス鋼材が用いられている。
【0003】
化学プラント設備は複数の装置を含む。化学プラント設備の各装置はたとえば、減圧蒸留装置、脱硫装置、接触改質装置等である。これらの装置は、加熱炉管、反応塔、槽、熱交換器、配管等を含む。これらの装置は、鋼材を溶接して形成された溶接構造物である。
【0004】
減圧蒸留装置の加熱炉管等は、一般に300~400℃で操業され、加熱炉管に掛かる圧力はそれほど高くない。しかしながら、加熱中の石油が気化すると、気化した石油による断熱効果が発生する。この断熱効果により、加熱炉管の温度が700℃程度まで高まる場合がある。そのため、化学プラント設備に利用されるオーステナイト系ステンレス鋼材では、300~700℃の高温環境において、高いクリープ強度が求められる。また、上述の高温環境で使用されるオーステナイト系ステンレス鋼材では、稼働中の鋼材の破断を抑制するために、高いクリープ延性も求められる。
【0005】
国際公開第2018/043565号(特許文献1)では、高温域で使用されるオーステナイト系ステンレス鋼材のクリープ強度及びクリープ延性の改善について開示されている。この文献に開示されているオーステナイト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.030%以下、Si:0.10~1.00%、Mn:0.20~2.00%、P:0.040%以下、S:0.010%以下、Cr:16.0~25.0%、Ni:10.0~30.0%、Mo:0.1~5.0%、Nb:0.20~1.00%、N:0.050~0.300%、sol.Al:0.0005~0.100%、B:0.0010~0.0080%、Cu:0~5.0%、W:0~5.0%、Co:0~1.0%、V:0~1.00%、Ta:0~0.2%、Hf:0~0.20%、Ca:0~0.010%、Mg:0~0.010%、及び、希土類元素:0~0.10%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、B+0.004-0.9C+0.017Mo≧0を満たす化学組成を有する。特許文献1に提案されたオーステナイト系ステンレス鋼は、B、Cu及びMo含有量を調整することにより、優れたクリープ強度及びクリープ延性が得られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2018/043565号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、化学プラント設備等の装置によっては、高温環境において、特許文献1で想定されているよりも長時間でのクリープ強度及びクリープ延性の両立が求められる場合がある。特に、試験応力を80MPaとした700℃でのクリープ破断試験において、クリープ破断時間が10000時間以上となり、かつ、クリープ破断絞りが50%以上となる、クリープ強度及びクリープ延性を有するオーステナイト系ステンレス鋼材が求められている。
【0008】
本開示の目的は、高温環境での長時間での使用においても、優れたクリープ強度と優れたクリープ延性との両立が可能なオーステナイト系ステンレス鋼材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示によるオーステナイト系ステンレス鋼材は、
化学組成が、質量%で、
C:0.030%以下、
Si:0.10~1.00%、
Mn:0.2~2.0%、
P:0.01~0.04%、
S:0.0100%以下、
Cr:15.00~25.00%、
Ni:9.00~18.00%、
Mo:1.0~5.0%、
Nb:0.20~2.00%、
N:0.050~0.180%、
sol.Al:0.001~0.080%、
B:0.0005~0.0080%、
Cu:0~2.00%、
V:0~1.00%、
Co:0~1.0%、
Y:0~1.00%、
Zr:0~1.0%、
Hf:0~0.20%、
Ta:0~0.20%、
W:0~5.0%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、及び、
Y以外の希土類元素:0~0.100%を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
結晶粒度番号が4.0~9.0であり、
前記オーステナイト系ステンレス鋼材中のオーステナイト結晶粒界でのB濃度(質量%)を[BGB]と定義し、オーステナイト結晶粒内のB濃度(質量%)を[BBM]と定義したとき、式(1)を満たす。
[BGB]/[BBM]≧500 (1)
【発明の効果】
【0010】
本開示のオーステナイト系ステンレス鋼材は、高温環境での長時間での使用においても、優れたクリープ強度と優れたクリープ延性との両立が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、粒界B偏析度([BGB]/[BBM])の測定方法を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、高温環境において、優れたクリープ強度及び優れたクリープ延性の両立が可能なオーステナイト系ステンレス鋼材について、検討を行った。
【0013】
本発明者らは初めに、鋼材の化学組成について検討を行った。化学プラント設備等に用いられる場合、鋼材には、耐ポリチオン酸SCC性も要求される。耐ポリチオン酸SCC性にはCr、Moが有効であることが知られている。さらに、高温環境での鋼材のクリープ強度を高めるためには、オーステナイトを安定化させることが有効である。オーステナイトの安定化には、Ni、Mn、Nが有効である。さらに、高温環境での粒界強度を高めれば、クリープ強度及びクリープ延性の両方を高めることができる。粒界強度を高めるには、Bが有効である。
【0014】
以上の事項を考慮して、本発明者らは、オーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成を検討した。その結果、化学組成が、質量%で、C:0.030%以下、Si:0.10~1.00%、Mn:0.2~2.0%、P:0.01~0.04%、S:0.0100%以下、Cr:15.00~25.00%、Ni:9.00~18.00%、Mo:1.0~5.0%、Nb:0.20~2.00%、N:0.050~0.180%、sol.Al:0.001~0.080%、B:0.0005~0.0080%、Cu:0~2.00%、V:0~1.00%、Co:0~1.0%、Y:0~1.00%、Zr:0~1.0%、Hf:0~0.20%、Ta:0~0.20%、W:0~5.0%、Ca:0~0.0100%、Mg:0~0.0100%、及び、Y以外の希土類元素:0~0.100%を含有し、残部がFe及び不純物からなるオーステナイト系ステンレス鋼材であれば、高温環境において優れたクリープ強度と優れたクリープ延性とを両立できる可能性があると考えた。
【0015】
本発明者らはさらに、Bの粒界での偏析に注目した。Bは粒界に偏析して粒界強度を高める。粒界強度が高まれば、クリープ強度が高まるだけでなく、クリープ延性も高まる。つまり、粒界でのB偏析度を高めれば、クリープ強度とクリープ延性との両方を高めることができる。そこで、本発明者らは、粒界でのB偏析度を高める方法を検討した。その結果、粒界でのB偏析度は、オーステナイト結晶粒のサイズと関連することを見出した。以下、この点について説明する。
【0016】
オーステナイト結晶粒が微細であれば、粒界面積が増大する。この場合、高温環境において、粒界での変形が助長される。そのため、クリープ強度が低下する。したがって、クリープ強度を考慮すれば、オーステナイト結晶粒は大きい方が好ましい。
【0017】
しかしながら、粒界でのB偏析を考慮した場合、オーステナイト結晶粒が大きくなれば、粒内のBが粒界まで移動するまでの距離が長くなる。この場合、Bが拡散してもBが粒界まで到達しにくくなり、その結果、粒界のB偏析度を高めることができない。したがって、オーステナイト結晶粒は、粒界でのB偏析度が十分に高くなる程度に小さく、かつ、高温環境においてクリープ強度を十分に維持できる程度に大きいサイズである必要がある。
【0018】
そこで、本発明者らは、上述の化学組成のオーステナイト系ステンレス鋼材において、結晶粒度番号の適切な範囲について検討を行った。その結果、結晶粒度番号が4.0~9.0であれば、粒界のB偏析度を十分に高めつつ、高温環境におけるクリープ強度も十分に維持できることを見出した。
【0019】
しかしながら、上述の化学組成を有し、結晶粒度番号が4.0~9.0であるオーステナイト系ステンレス鋼材であっても、高温環境において十分なクリープ強度及び十分なクリープ延性の両立が困難となる場合があった。そこで、本発明者らはさらに検討を行った。上述の通り、粒界のB偏析度を十分に高めれば、クリープ強度及びクリープ延性の両方を高めることができる。そこで、本発明者らは、粒界のB偏析度について検討を行った。その結果、オーステナイト系ステンレス鋼材中のオーステナイト結晶粒界でのB濃度(質量%)を[BGB]と定義し、オーステナイト結晶粒内のB濃度(質量%)を[BBM]と定義したとき、上述の化学組成を有し、結晶粒度番号が4.0~9.0であるオーステナイト系ステンレス鋼材において、さらに式(1)を満たせば、高温環境において優れたクリープ強度と優れたクリープ延性とを両立できることを見出した。
[BGB]/[BBM]≧500 (1)
【0020】
以上の知見に基づいて完成した本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材は、次の構成を有する。
【0021】
[1]
オーステナイト系ステンレス鋼材であって、
化学組成が、質量%で、
C:0.030%以下、
Si:0.10~1.00%、
Mn:0.2~2.0%、
P:0.01~0.04%、
S:0.0100%以下、
Cr:15.00~25.00%、
Ni:9.00~18.00%、
Mo:1.0~5.0%、
Nb:0.20~2.00%、
N:0.050~0.180%、
sol.Al:0.001~0.080%、
B:0.0005~0.0080%、
Cu:0~2.00%、
V:0~1.00%、
Co:0~1.0%、
Y:0~1.00%、
Zr:0~1.0%、
Hf:0~0.20%、
Ta:0~0.20%、
W:0~5.0%、
Ca:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、及び、
Y以外の希土類元素:0~0.100%を含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
結晶粒度番号が4.0~9.0であり、
前記オーステナイト系ステンレス鋼材中のオーステナイト結晶粒界でのB濃度(質量%)を[BGB]と定義し、オーステナイト結晶粒内のB濃度(質量%)を[BBM]と定義したとき、式(1)を満たす、
オーステナイト系ステンレス鋼材。
[BGB]/[BBM]≧500 (1)
【0022】
[2]
[1]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材であって、
前記化学組成は、
Cu:0.05~2.00%、
V:0.10~1.00%、
Co:0.1~1.0%、
Y:0.01~1.00%
Zr:0.1~1.0%
Hf:0.01~0.20%、
Ta:0.01~0.20%、及び、
W:0.1~5.0%、からなる群から選択される1元素以上を含有する、
オーステナイト系ステンレス鋼材。
【0023】
[3]
[1]又は[2]に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材であって、
前記化学組成は、
Ca:0.0005~0.0100%、
Mg:0.0005~0.0100%、及び、
Y以外の希土類元素:0.001~0.100%からなる群から選択される1元素以上を含有する、
オーステナイト系ステンレス鋼材。
【0024】
[4]
[1]~[3]のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼材であって、
前記化学組成はさらに、式(2)を満たす、
オーステナイト系ステンレス鋼材。
0.2×Mo+5×Nb+500×B>2.00 (2)
【0025】
以下、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材について詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
【0026】
[化学組成について]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成は、次の元素を含有する。
【0027】
C:0.030%以下
炭素(C)は不可避に含有される。つまり、C含有量は0%超である。Cは、高温環境でのオーステナイト系ステンレス鋼材の使用中において、粒界にM23型のCr炭化物を生成する。このCr炭化物は、鋼材の耐ポリチオン酸SCC性を低下する。C含有量が0.030%を超えれば、他の元素含有量が本実施の範囲内であっても、鋼材の耐ポリチオン酸SCC性が顕著に低下する。したがって、C含有量は0.030%以下である。C含有量の好ましい上限は0.028%であり、さらに好ましくは0.024%であり、さらに好ましくは0.022%である。C含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、C含有量の過剰な低減は製造コストを高くする。したがって、工業生産上、C含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。
【0028】
Si:0.10~1.00%
シリコン(Si)は、製鋼工程において、鋼を脱酸する。Siはさらに、高温環境において、鋼材の耐酸化性及び耐水蒸気酸化性を高める。Si含有量が0.10%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Si含有量が1.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、高温環境において、鋼材中にシグマ相(σ相)が生成する。この場合、高温環境での鋼材のクリープ強度が低下する。したがって、Si含有量は0.10~1.00%である。Si含有量の好ましい下限は0.14%であり、さらに好ましくは0.16%であり、さらに好ましくは0.18%である。Si含有量の好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.80%であり、さらに好ましくは0.75%である。
【0029】
Mn:0.2~2.0%
マンガン(Mn)は、オーステナイトを安定化して、高温環境において鋼材のクリープ強度を高める。Mnはさらに、製鋼工程において、鋼を脱酸する。Mn含有量が0.2%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mn含有量が2.0%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、高温環境において、鋼材中にσ相を形成する。この場合、高温環境での鋼材のクリープ強度が低下する。したがって、Mn含有量は0.2~2.0%である。Mn含有量の好ましい下限は0.3%であり、さらに好ましくは0.4%である。Mn含有量の好ましい上限は1.9%であり、さらに好ましくは1.8%であり、さらに好ましくは1.7%である。
【0030】
P:0.01~0.04%
燐(P)は、高温環境において粒界に偏析して、鋼材のクリープ延性を高める。P含有量が0.01%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、P含有量が0.04%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性及び靱性を低下する。したがって、P含有量は0.01~0.04%である。P含有量の好ましい下限は0.02%である。P含有量の好ましい上限は0.03%である。
【0031】
S:0.0100%以下
硫黄(S)は不可避に含有される。つまり、S含有量は0%超である。Sは、鋼材の熱間加工性及び靱性を低下する。S含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、熱間加工性及び靱性が顕著に低下する。したがって、S含有量は0.0100%以下である。S含有量の好ましい上限は0.0080%であり、さらに好ましくは0.0070%であり、さらに好ましくは0.0060%であり、さらに好ましくは0.0050%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。しかしながら、S含有量の過剰な低減は、鋼材の製造コストを引き上げる。したがって、通常の工業生産を考慮すれば、S含有量の好ましい下限は0.0001%であり、さらに好ましくは0.0002%である。
【0032】
Cr:15.00~25.00%
クロム(Cr)は、高温環境で使用する鋼材の耐ポリチオン酸SCC性を高める。Crはさらに、高温環境において、鋼材の耐酸化性及び耐食性を高める。Cr含有量が15.00%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Cr含有量が25.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、オーステナイトの安定性が低下する。この場合、高温環境において鋼材のクリープ強度が低下する。したがって、Cr含有量は15.00~25.00%である。Cr含有量の好ましい下限は15.50%であり、さらに好ましくは15.80%であり、さらに好ましくは16.00%である。Cr含有量の好ましい上限は24.00%であり、さらに好ましくは23.00%であり、さらに好ましくは22.00%であり、さらに好ましくは21.00%である。
【0033】
Ni:9.00~18.00%
ニッケル(Ni)はオーステナイトを安定化して、高温環境での鋼材のクリープ強度を高める。Ni含有量が9.00%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Ni含有量が18.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が飽和し、さらに、製造コストが高くなる。したがって、Ni含有量は9.00~18.00%である。Ni含有量の好ましい下限は、9.50%であり、さらに好ましくは9.80%であり、さらに好ましくは10.00%であり、さらに好ましくは10.20%であり、さらに好ましくは10.40%である。Ni含有量の好ましい上限は17.00%であり、さらに好ましくは16.00%であり、さらに好ましくは15.00%である。
【0034】
Mo:1.0~5.0%
モリブデン(Mo)は、高温環境での鋼材の使用中において、粒界でのM23型のCr炭化物が生成及び成長するのを抑制する。その結果、Moは鋼材の耐ポリチオン酸SCC性を高める。Moはさらに、高温環境での鋼材の使用中において、カイ相(χ相:Fe12Cr36Mo10)を形成して、析出強化により鋼材のクリープ強度を高める。Moはさらに、Bの拡散を促進して、Bの粒界での偏析度を高める。その結果、高温環境での鋼材のクリープ強度及びクリープ延性を高める。Mo含有量が1.0%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Mo含有量が5.0%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、オーステナイトの安定性が低下する。この場合、高温環境での鋼材のクリープ強度がかえって低下する。したがって、Mo含有量は1.0~5.0%である。Mo含有量の好ましい下限は1.1%であり、さらに好ましくは1.3%であり、さらに好ましくは1.5%であり、さらに好ましくは1.8%である。Mo含有量の好ましい上限は4.5%であり、さらに好ましくは4.0%であり、さらに好ましくは3.8%であり、さらに好ましくは3.5%である。
【0035】
Nb:0.20~2.00%
ニオブ(Nb)は、Cと結合してMX型のNb炭窒化物を生成する。Nb炭窒化物を生成してCを固定することにより、鋼材中の固溶C量が低減する。これにより、高温環境での鋼材の耐ポリチオン酸SCC性が高まる。Nb炭窒化物はさらに、高温環境での鋼材のクリープ強度を高める。Nbはさらに、Bの拡散を促進して、Bの粒界での偏析度を高める。その結果、高温環境での鋼材のクリープ強度及びクリープ延性を高める。Nb含有量が0.20%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、Nb含有量が2.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、δフェライトが生成する。この場合、高温環境での鋼材のクリープ強度が低下する。さらに、鋼材の靱性及び溶接性が低下する。したがって、Nb含有量は0.20~2.00%である。Nb含有量の好ましい下限は0.25%であり、さらに好ましくは0.30%であり、さらに好ましくは0.35%であり、さらに好ましくは0.40%である。Nb含有量の好ましい上限は1.80%であり、さらに好ましくは1.60%であり、さらに好ましくは1.40%であり、さらに好ましくは1.20%である。
【0036】
N:0.050~0.180%
窒素(N)はマトリクス(母相)に固溶してオーステナイトを安定化する。これにより、高温環境でのクリープ強度を高める。Nはさらに、高温環境において、粒内に炭窒化物を生成し、クリープ強度を高める。つまり、Nは固溶強化及び析出強化の両方により、高温環境でのクリープ強度を高める。N含有量が0.050%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、N含有量が0.180%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、結晶粒界にCr窒化物(CrN)が生成する。この場合、溶接時において、溶接熱影響部(HAZ)での耐ポリチオン酸SCC性が低下する。N含有量が0.180%を超えればさらに、鋼材の熱間加工性が低下する。したがって、N含有量は0.050~0.180%である。N含有量の好ましい下限は0.060%であり、さらに好ましくは0.070%である。N含有量の好ましい上限は0.160%であり、さらに好ましくは0.150%であり、さらに好ましくは0.130%である。
【0037】
sol.Al:0.001~0.080%
アルミニウム(Al)は、製鋼工程において、鋼を脱酸する。sol.Al含有量が0.001%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、sol.Al含有量が0.080%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性及び靱性が低下する。したがって、sol.Al含有量は0.001~0.080%である。sol.Al含有量の好ましい下限は0.005%であり、さらに好ましくは0.007%である。sol.Al含有量の好ましい上限は0.070%であり、さらに好ましくは0.060%であり、さらに好ましくは0.050%である。本実施形態においてsol.Al含有量は、酸可溶Al(sol.Al)の含有量を意味する。
【0038】
B:0.0005~0.0080%
ボロン(B)は、粒界に偏析し、粒界強度を高める。その結果、高温環境での鋼材のクリープ強度及びクリープ延性の両方を高める。B含有量が0.0005%未満であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、上記効果が十分に得られない。一方、B含有量が0.0080%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性及び溶接性が低下する。したがって、B含有量は0.0005~0.0080%である。B含有量の好ましい下限は0.0008%であり、さらに好ましくは、0.0010%であり、さらに好ましくは0.0012%である。B含有量の好ましい上限は0.0070%であり、さらに好ましくは0.0060%であり、さらに好ましくは0.0050%である。
【0039】
本実施形態によるオーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、オーステナイト系ステンレス鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0040】
[任意元素について]
[任意元素第1群]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材はさらに、Feの一部に代えて、Cu、V、Co、Y、Zr、Hf、Ta、及び、W、からなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも、高温環境での鋼材のクリープ強度を高める。
【0041】
Cu:0~2.00%
銅(Cu)は、任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Cu含有量は0%であってもよい。含有される場合、Cuは、高温環境において、粒内にCu相として析出して、析出強化により鋼材のクリープ強度を高める。Cuが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Cu含有量が2.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、Cu相が過剰に析出する。この場合、高温環境において、鋼材のクリープ延性が低下する。したがって、Cu含有量は0~2.00%である。Cu含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.07%であり、さらに好ましくは0.08%である。Cu含有量の好ましい上限は1.80%であり、さらに好ましくは1.60%であり、さらに好ましくは1.40%であり、さらに好ましくは1.20%である。
【0042】
V:0~1.00%
バナジウム(V)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、V含有量は0%であってもよい。含有される場合、Vは、高温環境において、Cと結合してV炭窒化物を生成する。生成したV炭窒化物は、高温環境において、鋼材のクリープ強度を高める。V炭窒化物はさらに、固溶Cを低減して、鋼材の耐ポリチオン酸SCC性を高める。Vが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、V含有量が1.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材中にδフェライトが生成し、鋼材のクリープ強度、靭性、及び溶接性が低下する。したがって、V含有量は0~1.00%である。V含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.12%である。V含有量の好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.80%である。
【0043】
Co:0~1.0%
コバルト(Co)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Co含有量は0%であってもよい。含有される場合、Coはオーステナイトを安定化して、高温環境において、鋼材のクリープ強度を高める。Coが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Co含有量が1.0%を超えれば、原料コストが高くなる。したがって、Co含有量は0~1.0%である。Co含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.1%であり、さらに好ましくは0.2%である。Co含有量の好ましい上限は0.9%であり、さらに好ましくは0.8%である。
【0044】
Y:0~1.00%
イットリウム(Y)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Y含有量は0%であってもよい。含有される場合、YはBの粒界偏析を促進し、高温環境での鋼材のクリープ強度及びクリープ延性を高める。Yが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Y含有量が1.00%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、酸化物等の介在物が多くなり、鋼材の加工性及び溶接性が低下する。したがって、Y含有量は0~1.00%である。Y含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.05%であり、さらに好ましくは0.10%である。Y含有量の好ましい上限は0.90%であり、さらに好ましくは0.85%であり、さらに好ましくは0.80%である。
【0045】
Zr:0~1.0%
ジルコニウム(Zr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Zr含有量は0%であってもよい。含有される場合、Zrは炭素及び窒素と結合してZr炭窒化物を生成する。生成したZr炭窒化物は、高温環境での鋼材のクリープ強度を高める。Zrはさらに、Bの粒界偏析を促進して、高温環境での鋼材のクリープ強度を高める。Zrが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Zr含有量が1.0%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、高温環境での鋼材のクリープ延性が低下する。したがって、Zr含有量は0~1.0%である。Zr含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.1%である。Zr含有量の好ましい上限は0.9%であり、さらに好ましくは0.8%である。
【0046】
Hf:0~0.20%
ハフニウム(Hf)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Hf含有量は0%であってもよい。含有される場合、Hfは炭素及び窒素と結合してHf炭窒化物を生成する。生成したHf炭窒化物は、高温環境での鋼材のクリープ強度を高める。Hf炭窒化物はさらに、固溶Cを低減して、鋼材の耐ポリチオン酸SCC性を高める。Hfが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Hf含有量が0.20%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、δフェライトが生成し、高温環境での鋼材のクリープ強度、靭性、及び、溶接性が低下する。したがって、Hf含有量は0~0.20%である。Hf含有量の好ましい下限は0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%である。Hf含有量の好ましい上限は0.18%であり、さらに好ましくは0.15%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0047】
Ta:0~0.20%
タンタル(Ta)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ta含有量は0%であってもよい。含有される場合、Taは炭素及び窒素と結合してTa炭窒化物を生成する。生成したTa炭窒化物は、高温環境での鋼材のクリープ強度を高める。Ta炭窒化物はさらに、固溶Cを低減して、鋼材の耐ポリチオン酸SCC性を高める。Taが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ta含有量が0.20%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、δフェライトが生成し、高温環境での鋼材のクリープ強度、靭性、及び、溶接性が低下する。したがって、Ta含有量は0~0.20%である。Ta含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.05%である。Ta含有量の好ましい上限は0.18%であり、さらに好ましくは0.15%であり、さらに好ましくは0.10%である。
【0048】
W:0~5.0%
タングステン(W)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、W含有量は0%であってもよい。含有される場合、Wは鋼材に固溶して、高温環境において鋼材のクリープ強度を高める。Wが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、W含有量が5.0%を超えれば、原料コストが高くなる。したがって、W含有量は0~5.0%である。W含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.1%であり、さらに好ましくは0.2%であり、さらに好ましくは0.3%である。W含有量の好ましい上限は4.5%であり、さらに好ましくは4.0%であり、さらに好ましくは3.5%である。
【0049】
[任意元素第2群]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材はさらに、Feの一部に代えて、Ca、Mg、及び、Y以外の希土類元素(REM)からなる群から選択される1元素以上を含有してもよい。これらの元素は任意元素であり、いずれも、高温環境での鋼材のクリープ延性を高める。
【0050】
Ca:0~0.0100%、
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Ca含有量は0%であってもよい。含有される場合、Caは、O(酸素)及びS(硫黄)を介在物として固定し、鋼材の熱間加工性及び高温環境でのクリープ延性を高める。Caが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Ca含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性及びクリープ延性が低下する。したがって、Ca含有量は0~0.0100%である。Ca含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0090%であり、さらに好ましくは0.0080%であり、さらに好ましくは0.0060%である。
【0051】
Mg:0~0.0100%
マグネシウム(Mg)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Mg含有量は0%であってもよい。含有される場合、Mgは、O(酸素)及びS(硫黄)を介在物として固定し、鋼材の熱間加工性及び高温環境でのクリープ延性を高める。Mgが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Mg含有量が0.0100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性及びクリープ延性が低下する。したがって、Mg含有量は0~0.0100%である。Mg含有量の好ましい下限は0%超であり、さらに好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0005%であり、さらに好ましくは0.0010%である。Mg含有量の好ましい上限は0.0090%であり、さらに好ましくは0.0080%であり、さらに好ましくは0.0060%である。
【0052】
Y以外の希土類元素(REM):0~0.100%
Y以外の希土類元素(REM)は任意元素であり、含有されなくてもよい。つまり、Y以外のREM含有量は0%であってもよい。含有される場合、Y以外のREMは、O(酸素)及びS(硫黄)を介在物として固定し、鋼の熱間加工性及び高温環境でのクリープ延性を高める。REMが少しでも含有されれば、上記効果がある程度得られる。しかしながら、Y以外のREM含有量が0.100%を超えれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であっても、鋼材の熱間加工性及びクリープ延性が低下する。したがって、Y以外REM含有量は0~0.100%である。Y以外のREM含有量の好ましい下限は0.001%であり、さらに好ましくは0.002%である。Y以外のREM含有量の好ましい上限は0.080%であり、さらに好ましくは0.060%である。
【0053】
なお、本明細書におけるREMとは、原子番号21番のスカンジウム(Sc)、原子番号39番のイットリウム(Y)、及び、ランタノイドである原子番号57番のランタン(La)~原子番号71番のルテチウム(Lu)からなる群から選択される1種以上の元素である。また、本明細書におけるY以外のREM含有量とは、Yを除いた上述の元素の合計含有量を意味する。
【0054】
[オーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成分析方法]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成は、周知の成分分析法により求めることができる。具体的には、オーステナイト系ステンレス鋼材が鋼管である場合、ドリルを用いて、肉厚中央位置で穿孔加工して切粉を生成し、その切粉を採取する。オーステナイト系ステンレス鋼材が板厚THmmの鋼板である場合、ドリルを用いて、表面から板厚方向にTH/4深さ位置で穿孔加工して切粉を生成し、その切粉を採取する。オーステナイト系ステンレス鋼材が棒鋼である場合、ドリルを用いて、R/2位置で穿孔加工して切粉を生成し、その切粉を採取する。ここで、R/2位置とは、棒鋼の長手方向に垂直な断面における、半径Rの中央位置を意味する。
【0055】
採取された切粉を酸に溶解させて溶液を得る。溶液に対して、ICP-OES(Inductively Coupled Plasma Optical Emission Spectrometry)を実施して、化学組成の元素分析を実施する。C含有量及びS含有量については、周知の高周波燃焼法により求める。具体的には、上記溶液を酸素気流中で高周波加熱により燃焼して、発生した二酸化炭素、二酸化硫黄を検出して、C含有量及びS含有量を求める。N含有量については、周知の不活性ガス溶融-熱伝導度法を用いて求める。以上の分析法により、オーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成を求めることができる。
【0056】
[結晶粒度番号について]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材ではさらに、結晶粒度番号が4.0~9.0である。
【0057】
結晶粒度番号が小さいほど、つまり、オーステナイト結晶粒が大きいほど、鋼材中の粒界の総面積が小さくなる。この場合、粒界の総面積が大きい場合と比較して、粒界での変形が抑制される。そのため、クリープ強度は高くなる。しかしながら、オーステナイト結晶粒が大きくなれば、粒内のBが粒界まで移動するまでの距離が長くなる。この場合、Bが拡散しても粒界まで到達しにくくなり、その結果、粒界のB偏析度を高めることができない。結晶粒度番号が4.0未満であれば、粒界でのB偏析度が低くなり、具体的には、後述の粒界B偏析度([BGB]/[BBM])が500未満となる。一方、結晶粒度番号が大きいほど、つまり、オーステナイト結晶粒が小さいほど、鋼材中の粒界の総面積が大きくなる。この場合、粒界での変形が助長されるため、クリープ強度が低下する。結晶粒度番号が9.0を超えれば、高温環境でのクリープ強度が低くなる。したがって、結晶粒度番号は4.0~9.0である。結晶粒度番号の好ましい下限は4.1であり、さらに好ましくは4.2であり、さらに好ましくは4.4であり、さらに好ましくは、4.6である。結晶粒度番号の好ましい上限は8.8であり、さらに好ましくは8.6であり、さらに好ましくは8.4である。
【0058】
[結晶粒度番号の測定方法]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の結晶粒度番号は、次の方法で求めることができる。オーステナイト系ステンレス鋼材の厚さ中央位置から1個のサンプルを採取する。オーステナイト系ステンレス鋼材が鋼管である場合、肉厚中央位置からサンプルを採取する。オーステナイト系ステンレス鋼材が鋼板である場合、板幅中央位置であって、かつ、板厚中央位置から、サンプルを採取する。オーステナイト系ステンレス鋼材が棒鋼である場合、長手方向に垂直な断面の中心位置からサンプルを採取する。
【0059】
採取したサンプルの表面のうち、オーステナイト系ステンレス鋼材の長手方向に垂直な断面を、観察面とする。観察面を鏡面研磨する。鏡面研磨後の観察面を、10%シュウ酸を用いて腐食して、オーステナイトの結晶粒界を現出させる。腐食した観察面の任意の3視野を観察して、JIS G 0551(2013)に準拠した切断法に基づいて、結晶粒度番号を求める。各視野の面積は0.75mmとする。視野の結晶粒度番号の算術平均値を、結晶粒度番号と定義する。
【0060】
[粒界B偏析度について]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材ではさらに、オーステナイト結晶粒界でのB濃度(質量%)を[BGB]と定義し、オーステナイト結晶粒内のB濃度(質量%)を[BBM]と定義したとき、式(1)を満たす。
[BGB]/[BBM]≧500 (1)
【0061】
粒界B偏析度を[BGB]/[BBM]と定義する。粒界B偏析度は、粒界でのBの偏析度を示す。粒内B濃度に対する粒界B濃度の比が高くなるほど、つまり、粒径でのB偏析量が大きくなるほど、Bにより粒界強度が顕著に高まる。その結果、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材では、上述の化学組成を有し、かつ、結晶粒度番号が4.0~9.0であることを前提として、高温環境における鋼材のクリープ強度及びクリープ延性の両方が高まる。具体的には、上述の化学組成を有し、かつ、結晶粒度番号が4.0~9.0であり、さらに、粒界B偏析度(=[BGB]/[BBM])が500以上であれば、高温環境でのクリープ強度が十分に高まり、かつ、クリープ延性が十分に高まる。
【0062】
粒界B偏析度の好ましい下限は550であり、さらに好ましくは580であり、さらに好ましくは600であり、さらに好ましくは620であり、さらに好ましくは650である。粒界B偏析度の上限は特に限定されない。しかしながら、粒界B偏析度を過剰に高くすれば、鋼材の製造工程時の製造条件(操業条件)の調整が過度に煩雑になる。したがって、工業生産性を考慮した場合、粒界B偏析度の好ましい上限は6000であり、さらに好ましくは5000であり、さらに好ましくは4500であり、さらに好ましくは3500であり、さらに好ましくは3000であり、さらに好ましくは2500であり、さらに好ましくは2000である。
【0063】
[粒界B偏析度の測定方法]
粒界B偏析度は、電子エネルギー損失分光(Electron Energy Loss Spectroscopy:EELS)を用いて求めることができる。具体的には、オーステナイト系ステンレス鋼材の厚さ中央位置から1個のサンプルを採取する。オーステナイト系ステンレス鋼材が鋼管である場合、肉厚中央位置からサンプルを採取する。オーステナイト系ステンレス鋼材が鋼板である場合、板幅中央位置であって、かつ、板厚中央位置から、サンプルを採取する。オーステナイト系ステンレス鋼材が棒鋼である場合、長手方向に垂直な断面の中心位置からサンプルを採取する。
【0064】
採取したサンプル表面のうち、オーステナイト系ステンレス鋼材の長手方向に垂直な断面を、観察面とする。サンプルの観察面を鏡面研磨する。鏡面研磨した観察面に対して、SEM-EBSD(Scanning Electron Microscope - Electron Back Scattering Diffraction)を用いて粒界を特定する。粒界を特定後、粒界を含む10μm×10μm×30nmの薄膜試料を、収束イオンビーム(FIB)又はアルゴンイオンミリングにより作製する。薄膜試料は、異なる5つの粒界から1つずつ作製する(つまり、合計5個の薄膜試料を作製する)。
【0065】
透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)に付属の電子エネルギー損失分光(EELS)検出器を用いて、薄膜試料に対して、EELSを実施する。具体的には、図1に示す通り、結晶粒10同士の界面である任意の結晶粒界GBと垂直な方向に10nmの線分析を実施する。このとき加速電圧は300kVとする。線分析を実施する範囲Lの中央位置に結晶粒界GBが位置するように、線分析の範囲Lを決定する。範囲Lの長さは10nmとする。EELSを実施して、範囲Lの各位置でのB濃度(質量%)を求める。範囲LでのB濃度分析結果では、図1に示す通り、結晶粒界GB位置でBの濃度がピークを示す。そこで、線分析結果において、結晶粒界GB位置でのピークの頂上位置P1でのB濃度を、粒界B濃度(質量%)と定義する。一方、線分析結果のうち、粒内部分の任意の4点(P2~P4)でのB濃度の算術平均値を、粒内B濃度(質量%)と定義する。5視野における粒界B濃度の算術平均値を、粒界B濃度[BGB](質量%)と定義する。そして、5視野における粒内B濃度の算術平均値を、粒内B濃度[BBM](質量%)と定義する。得られた粒界B濃度[BGB]及び粒内B濃度[BBM]を用いて、[BGB]/[BBM]を求める。
【0066】
[好ましい条件:式(2)について]
好ましくは、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成はさらに、式(2)を満たす。
0.2×Mo+5×Nb+500×B>2.00 (2)
【0067】
F2=0.2×Mo+5×Nb+500×Bと定義する。F2は、粒界でのB偏析度合いを示す指標である。Nb及びMoは、Bの拡散を促進する。そのため、Nb及びMoは、Bの粒界偏析を促進する。その結果、粒界B偏析度を高め、高温環境での鋼材のクリープ強度及びクリープ延性をさらに高める。
【0068】
F2が2.00よりも高ければ、粒界へのB偏析がさらに促進される。その結果、粒界B偏析度がさらに高まる。その結果、高温環境での鋼材のクリープ強度及びクリープ延性がさらに高まる。F2の好ましい下限は2.40であり、さらに好ましくは2.60であり、さらに好ましくは2.80であり、さらに好ましくは3.00であり、さらに好ましくは3.10である。F2の上限は特に限定されないが、上述の化学組成の場合のF2の上限は15.00である。
【0069】
[本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の形状]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の形状は特に限定されない。本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材は、鋼管であってもよいし、鋼板であってもよいし、棒鋼であってもよい。また、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材は、鍛造品であってもよい。
【0070】
[本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の用途について]
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材は、高温環境で長期間使用される装置用途に適する。本明細書でいう高温環境は、平均の操業温度が300~700℃の温度域の環境を意味する。操業温度は700℃を超える場合があってもよい。このような高温環境の装置はたとえば、石油精製や石油化学に代表される化学プラント設備の装置である。
【0071】
なお、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材は、化学プラント設備以外の他の設備にも当然に使用可能である。化学プラント設備以外の他の設備はたとえば、化学プラント設備と同様に平均の操業温度が300~700℃の高温環境での使用が想定される、火力発電ボイラ設備(たとえばボイラチューブ等)等である。
【0072】
以上の通り、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材は、上述の化学組成を有し、結晶粒度番号が4.0~9.0であり、粒界B偏析度([BGB]/[BBM])が500以上である。そのため、高温環境で長時間使用される鋼材のクリープ強度及びクリープ延性の両方を十分に高めることができる。
【0073】
[本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法]
以下、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法を説明する。以降に説明するオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法は、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法の一例である。したがって、上述の構成を有するオーステナイト系ステンレス鋼材は、以降に説明する製造方法以外の他の製造方法により製造されてもよい。しかしながら、以降に説明する製造方法は、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法の好ましい一例である。
【0074】
本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法は、素材を準備する工程(準備工程)と、素材に対して熱間加工を実施して中間鋼材を製造する工程(熱間加工工程)と、必要に応じて、熱間加工工程後の中間鋼材に対して冷間加工を実施する工程(冷間加工工程)と、熱間加工工程後又は冷間加工工程後の中間鋼材に対して、溶体化処理を実施する工程(溶体化処理工程)とを含む。以下、各工程について説明する。
【0075】
[準備工程]
準備工程では、上述の化学組成を有する素材を準備する。素材は第三者から供給されてもよいし、製造してもよい。素材はインゴットであってもよいし、スラブ、ブルーム、ビレットであってもよい。素材を製造する場合、次の方法により、素材を製造する。上述の化学組成を有する溶鋼を製造する。製造された溶鋼を用いて、造塊法によりインゴットを製造する。製造された溶鋼を用いて、連続鋳造法によりスラブ、ブルーム、ビレット(円柱素材)を製造してもよい。製造されたインゴット、スラブ、ブルームに対して熱間加工を実施して、ビレットを製造してもよい。たとえば、インゴットに対して熱間鍛造を実施して、円柱状のビレットを製造し、このビレットを素材(円柱素材)としてもよい。この場合、熱間鍛造開始直前の素材の温度は特に限定されないが、たとえば、1000~1300℃である。熱間鍛造後の素材の冷却方法は特に限定されない。
【0076】
[熱間加工工程]
熱間加工工程では、準備工程において準備された素材に対して熱間加工を実施して、中間鋼材を製造する。中間鋼材はたとえば鋼管であってもよいし、鋼板であってもよいし、棒鋼であってもよい。
【0077】
中間鋼材が鋼管である場合、熱間加工工程では、次の加工を実施する。初めに、円柱素材を準備する。機械加工により、円柱素材の中心軸に沿った貫通孔を形成する。貫通孔が形成された円柱素材に対して、ユジーンセジュルネ法に代表される熱間押出を実施して、中間鋼材(鋼管)を製造する。熱間押出直前の素材の温度は特に限定されない。熱間押出直前の素材の温度はたとえば、1000~1300℃である。熱間押出法に代えて、熱間押抜き製管法を実施してもよい。
【0078】
熱間押出に代えて、マンネスマン法による穿孔圧延を実施して、鋼管を製造してもよい。この場合、穿孔機により丸ビレットを穿孔圧延する。穿孔圧延する場合、穿孔比は特に限定されないが、たとえば、1.0~4.0である。穿孔圧延された丸ビレットをさらに、マンドレルミル、レデューサ、サイジングミル等により熱間圧延して素管にする。熱間加工工程での累積の減面率は特に限定されないが、たとえば、20~80%である。熱間加工により鋼管を製造した場合、熱間加工が完了した直後の鋼管温度(仕上げ温度)は、900℃以上であるのが好ましい。
【0079】
中間鋼材が鋼板である場合、熱間加工工程はたとえば、一対のワークロールを備える1又は複数の圧延機を用いる。スラブ等の素材に対して圧延機を用いて熱間圧延を実施して、鋼板を製造する。熱間圧延前に素材を加熱する。加熱後の素材に対して熱間圧延を実施する。熱間圧延直前の素材の温度はたとえば、1000~1300℃である。
【0080】
中間鋼材が棒鋼である場合、熱間加工工程はたとえば、粗圧延工程と、仕上げ圧延工程とを含む。粗圧延工程では、素材を熱間加工してビレットを製造する。粗圧延工程はたとえば、分塊圧延機を用いる。分塊圧延機の下流に連続圧延機が設置されている場合、分塊圧延後のビレットに対してさらに、連続圧延機を用いて熱間圧延を実施して、さらにサイズの小さいビレットを製造してもよい。連続圧延機では、たとえば、一対の水平ロールを有する水平スタンドと、一対の垂直ロールを有する垂直スタンドとが交互に一列に配列される。粗圧延工程では、ブルーム等の素材をビレットに製造する。粗圧延工程直前の素材温度は特に限定されないが、たとえば、1000~1300℃である。仕上げ圧延工程では、初めにビレットを加熱する。加熱後のビレットに対して、連続圧延機を用いて熱間圧延を実施して、棒鋼を製造する。仕上げ圧延工程での加熱炉での加熱温度は特に限定されないが、たとえば、1000~1300℃である。
【0081】
[冷間加工工程]
冷間加工工程は必要に応じて実施する。つまり、冷間加工工程は実施しなくてもよい。実施する場合、中間鋼材に対して、酸洗処理を実施した後、冷間加工を実施する。中間鋼材が鋼管又は棒鋼である場合、冷間加工はたとえば、冷間抽伸である。中間鋼材が鋼板である場合、冷間加工はたとえば、冷間圧延である。冷間加工工程を実施することにより、溶体化処理工程前に、中間鋼材に歪を付与する。これにより、溶体化処理工程時において再結晶の発現及び整粒化を行うことができる。冷間加工工程における減面率は特に限定されないが、たとえば、10~90%である。
【0082】
[溶体化処理工程]
溶体化処理工程では、熱間加工工程後又は冷間加工工程後の中間鋼材に対して、溶体化処理を実施する。溶体化処理工程では、結晶粒が粗大化するのを抑制しつつ、粒界B偏析度を高める。溶体化処理では、中間鋼材を溶体化処理温度まで昇温する工程(昇温工程)と、昇温工程後、溶体化処理温度で保持する工程(保持工程)と、保持工程後、溶体化処理温度から常温まで冷却する工程(冷却工程)とを含む。昇温工程での昇温速度RR、保持工程での溶体化処理温度Tと溶体化処理温度Tでの保持時間t、冷却工程での平均冷却速度CR900-500は、それぞれ次の条件とする。
1000℃までの昇温速度RR:0.5℃/秒以上
溶体化処理温度T:1000~1250℃
溶体化処理温度Tでの保持時間t:2~60分
900℃~500℃までの平均冷却速度CR900-500:10~500℃/秒
【0083】
[昇温速度RRについて]
昇温速度RRが0.5℃/秒未満であれば、結晶粒が粗大化する。その結果、結晶粒度番号が4.0未満となる。昇温速度RRが0.5℃/秒以上であれば、結晶粒の粗大化を抑制できる。昇温速度RRの好ましい下限は0.7℃/秒であり、さらに好ましくは0.9℃/秒である。昇温速度RRの好ましい上限は10℃/秒である。
【0084】
[溶体化処理温度Tについて]
溶体化処理温度Tが1000℃未満であれば、Nb炭窒化物等の析出物が十分に固溶しない。この場合、結晶粒が過剰に微細化される。そのため、高温環境でのクリープ強度が低下する。一方、溶体化処理温度Tが1250℃を超えれば、結晶粒が粗大化して、結晶粒度番号が4.0未満となる。そのため、高温環境でのクリープ延性が低下する。溶体化処理温度Tが1000~1250℃であれば、析出物を十分に固溶でき、結晶粒度番号を4.0~9.0とすることができる。
【0085】
[溶体化処理温度Tでの保持時間tについて]
溶体化処理温度Tでの保持時間tが60分を超えれば、結晶粒が粗大化して、結晶粒度番号が4.0未満となる。溶体化処理温度Tでの保持時間tが2~60分であれば、析出物を十分に固溶でき、結晶粒度番号を4.0以上に維持できる。なお、溶体化処理温度Tでの保持時間tは通常、2分以上実施する。
【0086】
[平均冷却速度CR900-500について]
900℃~500℃までの温度域では、結晶粒度番号が4.0~9.0であることを前提として、Bが粒界に偏析しやすい温度域である。そこで、この温度域での平均冷却速度CR900-500を10~500℃/秒とする。平均冷却速度CR900-500が10℃/秒未満であれば、Bが拡散しすぎるため、Bが粒界にとどまりにくくなる。そのため、粒界B偏析度[BGB]/[BBM]が500未満となる。一方、平均冷却速度CR900-500が500℃/秒を超えると、Bの拡散距離が短すぎて、Bが粒界まで拡散できない。この場合も、粒界B偏析度[BGB]/[BBM]が500未満となる。
【0087】
平均冷却速度CR900-500を10~500℃/秒であれば、Bの拡散が適切であり、Bが粒界に偏析しやすくなる。その結果、粒界B偏析度[BGB]/[BBM]が500以上となる。なお、溶体化処理温度Tから900℃までの平均冷却速度は、平均冷却速度CR900-500よりも遅い。また、500℃から常温までの平均冷却速度は、平均冷却速度CR900-500よりも遅い。
【0088】
以上の工程により、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材を製造できる。上述の製造方法は、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法の一例である。したがって、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の製造方法は、上述の製造方法に限定されない。上述の化学組成を有し、結晶粒度番号が4.0~9.0であり、粒界B偏析度([BGB]/[BBM])が500以上であれば、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材は、上述の製造方法に限定されない。
【0089】
以上の通り、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材は、上述の化学組成を有し、結晶粒度番号が4.0~9.0であり、粒界B偏析度([BGB]/[BBM])が500以上である。そのため、高温環境において長時間使用しても、十分なクリープ強度及び十分なクリープ延性を有する。
【実施例
【0090】
以下、実施例により本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の効果をさらに具体的に説明する。以下の実施例での条件は、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例である。したがって、本実施形態のオーステナイト系ステンレス鋼材はこの一条件例に限定されない。
【0091】
[オーステナイト系ステンレス鋼材の製造]
表1の化学組成を有する溶鋼を製造した。
【0092】
【表1】
【0093】
表1中の「その他」欄には、含有された任意元素の含有量を示す。たとえば、試験番号1の場合、任意元素であるCuが0.08%含有されていたことを意味する。試験番号8の場合、任意元素であるVが0.15%含有され、Yが0.11%含有され、Mgが0.0020%含有されていたことを意味する。
【0094】
溶鋼を用いて、外径120mm、30kgのインゴットを製造した。インゴットに対して熱間鍛造を実施して、厚さ40mmの素材(鋼板)とした。熱間鍛造前のインゴットの温度は1050℃以上であった。さらに、素材に対して熱間圧延を実施して、厚さ15mmの中間鋼材(鋼板)を製造した。熱間加工(熱間圧延)前の素材温度は、1050℃以上であった。
【0095】
熱間圧延後の中間鋼材に対して、冷間圧延を実施して、厚さ10.5mm、幅50mm、長手100mmの鋼板を製造した。冷間圧延後の鋼板に対して、溶体化処理を実施した。溶体化処理での昇温速度RR(℃/秒)、溶体化処理温度T(℃)、溶体化処理温度Tでの保持時間t(分)、900~500℃の温度域での平均冷却速度CR900-500(℃/秒)はそれぞれ、表2に示す通りであった。以上の工程により、各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼材(鋼板)を製造した。
【0096】
【表2】
【0097】
[評価試験]
各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼材に対して、次の評価試験を実施した。
【0098】
[化学組成測定試験]
各試験番号の鋼板の板厚をTH(mm)として、ドリルを用いて、表面からTH/4深さ位置で穿孔加工して切粉を生成し、その切粉を採取した。採取された切粉を酸に溶解させて溶液を得た。溶液に対して、ICP-OESを実施して、化学組成の元素分析を実施した。C含有量及びS含有量については、周知の高周波燃焼法により求めた。N含有量については、周知の不活性ガス溶融-熱伝導度法を用いて求めた。以上の分析法により、各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成を求めた。その結果、各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼材の化学組成は、表1と一致した。
【0099】
[結晶粒度番号測定試験]
各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼材の結晶粒度番号を次の方法で求めた。オーステナイト系ステンレス鋼材の板幅中央位置であって、かつ、板厚中央位置から、サンプルを採取した。採取したサンプルの表面のうち、オーステナイト系ステンレス鋼材の長手方向に垂直な断面を、観察面とした。観察面を鏡面研磨した。鏡面研磨後の観察面を、10%シュウ酸を用いて腐食して、オーステナイトの結晶粒界を現出させた。腐食した観察面の任意の3視野を観察して、JIS G 0551(2013)に準拠した切断法に基づいて、結晶粒度番号を求めた。各視野の面積は0.75mmとした。視野の結晶粒度番号の算術平均値を、結晶粒度番号と定義した。得られた結晶粒度番号を、表2の「結晶粒度番号」欄に示す。
【0100】
[粒界B偏析度測定試験]
次の方法により、粒界B濃度[BGB](質量%)、粒内B濃度[BBM](質量%)を求め、さらに、粒界B偏析度(=[BGB]/[BBM])を求めた。オーステナイト系ステンレス鋼材の板幅中央位置であって、かつ、板厚中央位置から、サンプルを採取した。採取したサンプル表面のうち、オーステナイト系ステンレス鋼材の長手方向に垂直な断面を、観察面とした。サンプルの観察面を鏡面研磨した。鏡面研磨した観察面に対して、SEM-EBSDを用いて粒界を特定した。粒界を特定後、粒界を含む10μm×10μm×30nmの薄膜試料を、収束イオンビーム(FIB)を実施して作製した。薄膜試料は、異なる5つの粒界から1つずつ作製した(つまり、合計5個の薄膜試料を作製した)。
【0101】
透過型電子顕微鏡(TEM)に付属の電子エネルギー損失分光(EELS)検出器を用いて、薄膜試料に対して、EELSを実施した。具体的には、図1に示す通り、結晶粒10同士の界面である任意の結晶粒界GBと垂直な方向に10nmの線分析を実施した。このとき加速電圧は300kVとした。線分析を実施する範囲Lの中央位置に結晶粒界GBが位置するように、線分析の範囲Lを決定した。範囲Lの長さは10nmとした。EELSを実施して、範囲LのB濃度(質量%)を求めた。範囲LでのB濃度分析結果では、図1に示す通り、結晶粒界GB位置でBの濃度がピークを示す。そこで、線分析結果において、結晶粒界GB位置でのピークの頂上位置P1でのB濃度を、粒界B濃度(質量%)と定義した。一方、線分析結果のうち、粒内部分の任意の4点(P2~P4)でのB濃度の算術平均値を、粒内B濃度(質量%)と定義した。5視野における粒界B濃度の算術平均値を、粒界B濃度[BGB](質量%)と定義した。そして、5視野における粒内B濃度の算術平均値を、粒内B濃度[BBM](質量%)と定義した。得られた粒界B濃度[BGB]及び粒内B濃度[BBM]を用いて、[BGB]/[BBM]を求めた。粒界B偏析度(=[BGB]/[BBM])を、表2に示す。
【0102】
[クリープ強度及びクリープ延性評価試験(クリープ破断試験)]
各試験番号のオーステナイト系ステンレス鋼材から、JIS Z2271(2010)に準拠したクリープ破断試験片を作製した。各試験番号の鋼板の板厚中央位置、かつ、板幅中央位置から、クリープ破断試験片を作製した。クリープ破断試験片の軸方向に垂直な断面は円形であり、クリープ破断試験片の外径は6mmであり、平行部は30mmであった。平行部は、鋼板の長手方向(圧延方向)に平行であった。
【0103】
作製されたクリープ破断試験片を用いて、JIS Z2271(2010)に準拠したクリープ破断試験を実施した。具体的には、クリープ破断試験片を700℃で加熱した後、クリープ破断試験を実施した。試験応力は80MPaとし、クリープ破断時間(時間)及び、クリープ破断絞り(%)を求めた。
【0104】
クリープ強度に関して、クリープ破断時間が15000時間以上である場合、高温環境においてクリープ強度が顕著に優れると判断した(表2中の「クリープ強度」欄で「E(EXCELLENT)」で表記)。クリープ破断時間が10000時間~15000時間未満である場合、高温環境においてクリープ強度が良好であると判断した(表2中の「クリープ強度」欄で「G(GOOD)」で表記)。クリープ破断時間が10000時間未満である場合、高温環境においてクリープ強度が低いと判断した(表2中の「クリープ強度」欄で「B(BAD)」で表記)。クリープ破断時間が「E」又は「G」である場合、高温環境での長時間クリープ強度に優れると判断した。
【0105】
クリープ延性に関して、クリープ破断絞りが70%を超えれば、クリープ延性が顕著に優れると判断した(表2中の「クリープ延性」欄で「E(EXCELLENT)」で表記)。クリープ破断絞りが50~70%である場合、高温環境においてクリープ延性が良好であると判断した(表2中の「クリープ延性」欄で「G(GOOD)」で表記)。クリープ破断絞りが50%未満である場合、高温環境においてクリープ延性が低いと判断した(表2中の「クリープ延性」欄で「B(BAD)」で表記)。クリープ破断絞りが「E」又は「G」である場合、高温環境でのクリープ延性に優れると判断した。
【0106】
[評価結果]
評価結果を表2に示す。
【0107】
表1及び表2を参照して、試験番号1~11では、化学組成中の各元素含有量が適切であり、結晶粒度番号が4.0~9.0であり、粒界B偏析度([BGB]/[BBM])が500以上であり、式(1)を満たした。そのため、高温環境でのクリープ強度に優れ、かつ、クリープ延性に優れた。具体的には、試験応力を80MPaとした700℃でのクリープ破断試験において、クリープ破断時間が10000時間以上となり、かつ、クリープ破断絞りが50%以上となった。
【0108】
試験番号1~6、8~11はさらに、F2が2.0を超え、式(2)を満たした。そのため、試験番号1~6、8~11では、試験番号7と比較して、粒界B偏析度([BGB]/[BBM])が高く、650以上であった。その結果、クリープ破断時間が15000時間以上であり、かつ、クリープ破断絞りが70%を超えた。
【0109】
一方、試験番号12では、溶体化処理工程での900~500℃の温度域での平均冷却速度CR900-500が速すぎた。そのため、粒界B偏析度([BGB]/[BBM])が500未満であった。その結果、クリープ強度及びクリープ延性がいずれも低かった。
【0110】
試験番号13では、昇温速度RRが遅すぎた。そのため、結晶粒度番号が4.0未満であった。その結果、クリープ強度は優れていたものの、クリープ延性が低かった。
【0111】
試験番号14では、溶体化処理温度Tが低すぎた。そのため、結晶粒度番号が9.0を超えた。その結果、クリープ延性は優れていたものの、クリープ強度が低かった。
【0112】
試験番号15では、溶体化処理工程での昇温速度RRが遅すぎた。そのため、結晶粒度番号が4.0未満であった。その結果、クリープ強度は優れていたものの、クリープ延性が低かった。
【0113】
試験番号16では、溶体化処理工程での溶体化処理温度Tが高すぎた。そのため、結晶粒度番号が4.0未満であった。その結果、クリープ強度は優れていたものの、クリープ延性が低かった。
【0114】
試験番号17では、溶体化処理工程での溶体化処理温度Tでの保持時間tが長すぎた。そのため、結晶粒度番号が4.0未満であった。その結果、クリープ強度は優れていたものの、クリープ延性が低かった。
【0115】
試験番号18では、溶体化処理工程での900~500℃の温度域での平均冷却速度CR900-500が遅すぎた。そのため、粒界B偏析度([BGB]/[BBM])が500未満であった。その結果、クリープ強度及びクリープ延性がいずれも低かった。
【0116】
試験番号19では、溶体化処理工程での900~500℃の温度域での平均冷却速度CR900-500が速すぎた。そのため、粒界B偏析度([BGB]/[BBM])が500未満であった。その結果、クリープ強度及びクリープ延性がいずれも低かった。
【0117】
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
図1