(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-29
(45)【発行日】2023-09-06
(54)【発明の名称】フォルステライト皮膜を有しない絶縁皮膜密着性に優れる方向性電磁鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230830BHJP
C22C 38/04 20060101ALI20230830BHJP
C23C 22/00 20060101ALI20230830BHJP
H01F 1/147 20060101ALI20230830BHJP
C22C 38/60 20060101ALN20230830BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20230830BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C22C38/04
C23C22/00 B
H01F1/147 183
C22C38/60
C21D9/46 501B
(21)【出願番号】P 2020566462
(86)(22)【出願日】2020-01-16
(86)【国際出願番号】 JP2020001188
(87)【国際公開番号】W WO2020149344
(87)【国際公開日】2020-07-23
【審査請求日】2021-07-13
(31)【優先権主張番号】P 2019005395
(32)【優先日】2019-01-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】安田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】有田 吉宏
(72)【発明者】
【氏名】高橋 克
(72)【発明者】
【氏名】牛神 義行
(72)【発明者】
【氏名】長野 翔二
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-144777(JP,A)
【文献】特開2012-144776(JP,A)
【文献】特開2001-026847(JP,A)
【文献】国際公開第2012/096350(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
H01F 1/147-1/153
C23C 22/00-22/86
C21D 9/46-9/48
C21D 8/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材鋼板と;
前記母材鋼板上に接して配され、酸化ケイ素が主体である中間層と;
前記中間層上に接して配され、リン酸塩とコロイド状シリカとを主体とする絶縁皮膜と;
を備え、
前記母材鋼板は、化学成分として、質量%で、
C:0.085%以下;
Si:0.80~7.00%;
Mn:0.05~1.00%;
酸可溶性Al:0.010~0.065%;
N:0.0040%以下;
S:0.0100%以下;
B:0.0005~0.0080%;
を含有し、
残部Fe及び不純物からなり、
前記中間層の表層に、平均粒径が50~300nmであるBNが存在し、
前記中間層の表層における前記BNの個数密度が2×10
6
個/mm
2
以上であり、
前記母材鋼板と前記中間層との合計厚さをdとし、グロー放電発光分析(GDS)でBの発光強度を測定したとき、スパッタリング深さが前記中間層の最表面からd/100の位置に到達するまでの時間をt(d/100)、前記スパッタリング深さが前記中間層の最表面からd/10の位置に到達するまでの時間をt(d/10)としたとき、
t(d/100)におけるBの発光強度I
B_t(d/100)と、t(d/10)におけるBの発光強度I
B_t(d/10)とが下記式(1)を満たし、
前記BNの長軸と短軸との比率が1.5以下であり、
前記中間層の厚さは、1nm以上1μm以下である
ことを特徴とする方向性電磁鋼板。
I
B_t(d/100)>I
B_t(d/10) ・・・式(1)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フォルステライト皮膜の生成を阻害する条件で製造するか、あるいは、研削や酸洗等の手段によってフォルステライト皮膜を除去するか、もしくは、鏡面光沢を呈するまで表面を平坦化させて調製を行った仕上げ焼鈍済み方向性ケイ素鋼板の表面に、酸化ケイ素主体の中間層を有し、前記中間層の上に、リン酸塩とコロイド状シリカを主体する絶縁皮膜を有する方向性電磁鋼板に関する。特に、強曲げ加工性に優れ、巻鉄心の製造性が優れた方向性電磁鋼板に関する。本願は、2019年1月16日に、日本に出願された特願2019-005395号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、軟磁性材料であり、変圧器(トランス)等の電気機器の鉄心等に用いられる。方向性電磁鋼板は、7質量%以下程度のSiを含有し、結晶粒が、ミラー指数で{110}<001>方位に高度に集積している鋼板である。
【0003】
方向性電磁鋼板の満たすべき特性としては、交流で励磁したときのエネルギー損失、即ち、鉄損が小さいことが挙げられる。また、方向性電磁鋼板を変圧器の鉄芯材料として用いる場合、鋼板の絶縁性を確保することも必須であるので、絶縁皮膜を鋼板表面に形成する。例えば、特許文献1に開示されている、コロイド状シリカとリン酸塩を主体とする塗布液を鋼板表面に塗布し、焼き付けて絶縁皮膜を形成する方法は、絶縁性の確保に有効である。このように、仕上げ焼鈍工程で生じたフォルステライト(Mg2SiO4)系皮膜(以下「グラス皮膜」又は「フォルステライト皮膜」ということがある。)の上に、コロイド状シリカとリン酸塩を主体とする絶縁皮膜を形成することが、一般的な、方向性電磁鋼板であり、その製造方法である。
【0004】
そうした中で、近年、地球温暖化などの世界的な環境問題への意識の高まりにより、方向性電磁鋼板を使用する変圧器の効率規制が実施されつつある。従来、ローグレードの方向性電磁鋼板を使用してきた用途、特に、巻鉄心変圧器において、厳格な効率規制が実施されつつあり、よりハイグレードの方向性電磁鋼板を使用する動きが広がりつつある。このため、方向性電磁鋼板には、さらなる低鉄損化の要請が強まっている。
【0005】
巻鉄心に使用する方向性電磁鋼板に要求される特性は、上述の理由から、(A)低鉄損であることに加えて、(B)強曲げ加工部で絶縁皮膜が剥離しないことである。巻鉄心は、長尺の鋼板をコイル状に巻いて製造されるので、鋼板においては、内周側の曲率半径が小さくなって、強曲げ加工となり、絶縁皮膜が剥離するという課題がある。
【0006】
上記(A)に関して、一般的な方向性電磁鋼板に対して、さらに鉄損を低減するためには、結晶粒の方位制御や磁区の動きを阻害する鋼板表面のグラス皮膜の界面の凹凸によるピン止め効果をなくすこと(以下、「鏡面化」及び「平滑化」ということがある。)が重要である。
【0007】
まず、結晶粒の方位制御には二次再結晶という異常粒成長現象を利用する。二次再結晶を適確に制御するためには、二次再結晶前の一次再結晶で得られる組織(一次再結晶組織)を適確に形成すること、及び、インヒビターという微細析出物又は粒界偏析元素を適切に析出させることが重要である。
【0008】
インヒビターは、二次再結晶において、一次再結晶組織中の{110}<001>方位以外の結晶粒の成長を抑制し、{110}<001>方位の結晶粒を優先的に成長させる機能を有するので、インヒビターの種類及び量の調整は、特に重要である。
【0009】
インヒビターに関しては、多くの研究結果が開示されている。なかでも、特徴的な技術として、Bをインヒビターとして活用する技術がある。特許文献2及び3には、固溶Bがインヒビターとして機能して、{110}<001>方位の発達に有効であることが開示されている。
【0010】
特許文献4及び5には、Bを添加した材料を冷間圧延以降で窒化処理して形成した微細なBNがインヒビターとして機能して、{110}<001>方位の発達に有効であることが開示されている。
【0011】
特許文献6には、熱間圧延でBNの析出を極力抑制して、その後の焼鈍の昇温過程で析出させた極めて微細なBNが、インヒビター機能を持つことが開示されている。特許文献6及び7には、熱延工程でBの析出形態を制御して、インヒビターとしての機能を発揮させる方法が開示されている。
【0012】
次に、磁区の動きを阻害する鋼板表面のグラス皮膜の界面の凹凸によるピン止め効果をなくすために、例えば、特許文献7~9には、脱炭焼鈍の露点を制御し、脱炭焼鈍時に形成する酸化層において、Fe系酸化物(Fe2SiO4、FeO等)を形成しないこと、及び、焼鈍分離剤としてシリカと反応しないアルミナ等の物質を用いて、仕上げ焼鈍後に表面の平滑化を達成することが開示されている。
【0013】
上記(B)に関して、仕上げ焼鈍工程で生じたグラス皮膜の上に、絶縁皮膜を有する一般的な方向性電磁鋼板は、良好な絶縁皮膜密着性を有するため、絶縁皮膜密着性は課題にならなかった。しかしながら、グラス皮膜を除去した場合、又は、仕上げ焼鈍工程で意図的にグラス皮膜を形成しなかった場合には、良好な絶縁皮膜密着性を得ることが難しいため、絶縁皮膜密着性の向上が課題となる。
【0014】
それ故、グラス皮膜を有しない方向性電磁鋼板における絶縁皮膜密着性を確保するための技術として、絶縁皮膜の形成に先き立ち、仕上げ焼鈍済みの方向性ケイ素鋼板の表面に酸化膜を形成する方法が、例えば、特許文献10~13にて提案された。
【0015】
例えば、特許文献11に開示の技術は、鏡面化した、又は、鏡面に近い状態に調製した仕上げ焼鈍済みの方向性ケイ素鋼板に、温度毎に、特定の雰囲気で焼鈍を施して、鋼板表面に外部酸化型の酸化膜を形成し、この酸化膜により、絶縁皮膜と鋼板との密着性を確保する方法である。
【0016】
特許文献12に開示の技術は、絶縁皮膜が結晶質である場合において、無機鉱物質皮膜のない仕上げ焼鈍済みの方向性ケイ素鋼板の表面に、非晶質酸化物の下地皮膜を形成して、結晶質の絶縁皮膜を形成する際に起きる鋼板酸化を防止する技術である。
【0017】
特許文献13に開示の技術は、特許文献11に開示の技術をさらに発展させ、絶縁皮膜と鋼板の界面において、Al、Mn、Ti、Cr、Siを含む金属酸化膜の膜構造を制御し、絶縁皮膜の密着性を改善する方法である。
【0018】
しかしながら、特許文献10~13にて提案されているフォルステライト皮膜を有しない方向性電磁鋼板も、Al系インヒビターをベースにしたものであり、特許文献2~6に開示のB添加の方向性電磁鋼板における絶縁皮膜密着性の改善に関しては触れられていない。B添加のフォルステライト皮膜を有しない方向性電磁鋼板は、低鉄損であるものの、依然として、巻鉄心に要求される絶縁皮膜密着性においては課題が残っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【文献】日本国特開昭48-039338号公報
【文献】米国特許第3905842号明細書
【文献】米国特許第3905843号明細書
【文献】日本国特開平01-230721号公報
【文献】日本国特開平01-283324号公報
【文献】日本国特開平10-140243号公報
【文献】日本国特開平07-278670号公報
【文献】日本国特開平11-106827号公報
【文献】日本国特開2002-173715号公報
【文献】日本国特開昭60-131976号公報
【文献】日本国特開平06-184762号公報
【文献】日本国特開平07-278833号公報
【文献】日本国特開2002-348643号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0020】
上述した従来技術により、鉄心の材料として、フォルステライト皮膜を有しない低鉄損の方向性電磁鋼板が得られるようになったが、変圧器、特に、巻鉄心変圧器を製造する際、鋼板の内周側の強曲げ加工部で、絶縁皮膜が剥離するという課題があり、該課題は、いまだ解決されていない。上記課題は、高効率の変圧器が求められているなか、高効率の変圧器を工業的に製造するうえで、解決が待たれている。
【0021】
本発明は、従来技術の現状を踏まえ、変圧器、特に、巻鉄心変圧器の鉄心材料として使用する、BNをインヒビターとし、フォルステライト皮膜を有しない低鉄損の方向性電磁鋼板において、鉄心の内周側となる鋼板の強曲げ加工部で生じる絶縁皮膜の剥離を抑制することを課題とし、該課題を解決する、絶縁皮膜密着性に優れ、かつ、低鉄損である方向性電磁鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
BNをインヒビターとし、フォルステライト皮膜を有しない低鉄損の方向性電磁鋼板において、絶縁皮膜密着性を改善するためには、二次再結晶で、{110}<001>方位の結晶粒を高度に集積して、磁束密度を高めるとともに、鋼板中のBの析出形態を制御することが重要である。
【0023】
BNをインヒビターとして用いる場合、仕上げ焼鈍後のBNが、鋼板全厚にわたって析出していると、ヒステリシス損が増大し、低鉄損の方向性電磁鋼板を得ることが難しく、また、絶縁皮膜密着性も劣位となる。
【0024】
本発明者らは、これらのことを踏まえ、上記課題を解決する手法について鋭意検討した。その結果、フォルステライト皮膜を有しない方向性電磁鋼板において、酸化ケイ素を主体とする酸化層を含む鋼板表層にBを微細な球状BNとして析出させると、上記課題を解決できることを見出した。
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
【0025】
(1)母材鋼板と、前記母材鋼板上に接して配され、酸化ケイ素が主体である中間層と、前記中間層上に接して配され、リン酸塩とコロイド状シリカとを主体とする絶縁皮膜と、を備え、前記母材鋼板は、化学成分として、質量%で、C:0.085%以下、Si:0.80~7.00%、Mn:0.05~1.00%、酸可溶性Al:0.010~0.065%、N:0.0040%以下、S:0.0100%以下、B:0.0005~0.0080%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、前記中間層の表層に、平均粒径が50~300nmであるBNが存在し、前記中間層の表層における前記BNの個数密度が2×10
6
個/mm
2
以上であり、前記母材鋼板と前記中間層との合計厚さをdとし、グロー放電発光分析(GDS)でBの発光強度を測定したとき、スパッタリング深さが前記中間層の最表面からd/100の位置に到達するまでの時間をt(d/100)、前記スパッタリング深さが前記中間層の最表面からd/10の位置に到達するまでの時間をt(d/10)としたとき、t(d/100)におけるBの発光強度IB_t(d/100)と、t(d/10)におけるBの発光強度IB_t(d/10)とが、下記式(1)を満たし、前記BNの長軸と短軸との比率が1.5以下であり、前記中間層の厚さは、1nm以上1μm以下であることを特徴とする方向性電磁鋼板。
IB_t(d/100)>IB_t(d/10) ・・・式(1)
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、BNをインヒビターとする方向性電磁鋼板において、鉄心の内周側となる鋼板の強曲げ加工部で生じる絶縁皮膜の剥離を抑制することができ、絶縁皮膜密着性に優れ、かつ、低鉄損で、巻鉄心としての製造性に優れる方向性電磁鋼板を安定して提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の絶縁皮膜密着性に優れるフォルステライト皮膜を有しない方向性電磁鋼板(以下「本発明電磁鋼板」ということがある。)は、母材鋼板と、前記母材鋼板上に接して形成され、酸化ケイ素が主体である中間層と、前記中間層上に接して形成され、リン酸塩とコロイド状シリカを主体する絶縁皮膜と、を備え、前記母材鋼板は、化学成分として、質量%で、C:0.085%以下、Si:0.80~7.00%、Mn:0.05~1.00%、酸可溶性Al:0.010~0.065%、N:0.0040%以下、S:0.0100%以下、B:0.0005~0.0080%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、前記中間層の表層に、平均粒径が50~300nmであるBNが存在し、前記母材鋼板と前記中間層との合計厚さをdとし、グロー放電発光分析(GDS)でBの発光強度を測定したとき、スパッタリング深さが前記中間層の最表面からd/100の位置に到達するまでの時間をt(d/100)、スパッタリング深さが前記中間層の最表面からd/10の位置に到達するまでの時間をt(d/10)としたとき、t(d/100)におけるBの発光強度IB_t(d/100)と、t(d/10)におけるBの発光強度IB_t(d/10)とが下記式(1)を満たし、前記中間層の表層における前記BNの長軸と短軸との比率が1.5以下である。
IB_t(d/100)>IB_t(d/10) ・・・式(1)
【0029】
また、本発明電磁鋼板は、前記中間層の表層における前記BNの個数密度が、2×106個/mm2以上であることを特徴とする。
【0030】
まず、本発明電磁鋼板において、母材鋼板の化学成分を限定した理由について説明する。以下、「%」は特に断りが無ければ「質量%」を意味する。
【0031】
<母材鋼板の成分組成(化学成分)>
C:0.085%以下
Cは、一次再結晶組織の制御に有効な元素であるが、磁気特性に悪影響を及ぼすので、仕上げ焼鈍前に脱炭焼鈍で除去する元素である。最終製品で0.085%を超えると、時効析出し、ヒステリシス損が増大するので、Cは0.085%以下とする。Cは、好ましくは0.070%以下、より好ましくは0.050%以下である。
【0032】
下限は0%を含むが、Cを0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。なお、方向性電磁鋼板において、Cは、脱炭焼鈍で、通常、0.001%程度以下に低減する。
【0033】
Si:0.80~7.00%
Siは、鋼板の電気抵抗を高めて、鉄損特性を改善する元素である。0.80%未満では、仕上げ焼鈍時にγ変態が生じ、鋼板の結晶方位が損なわれるので、Siは0.80%以上とする。Siは、好ましくは1.50%以上、より好ましくは2.50%以上である。
【0034】
一方、Siが7.00%を超えると、加工性が低下し、圧延時に割れが発生するので、Siは7.00%以下とする。好ましくは5.50%以下、より好ましくは4.50%以下である。
【0035】
Mn:0.05~1.00%
Mnは、熱間圧延時の割れを防止するとともに、Sと結合して、インヒビターとして機能するMnSを形成する元素である。Mnが0.05%未満では、添加効果が十分に発現しないので、Mnは0.05%以上とする。好ましくは0.07%以上、より好ましくは0.09%以上である。
【0036】
一方、Mnが1.00%を超えると、MnSの析出分散が不均一になり、所要の二次再結晶組織が得られず、磁束密度が低下するので、Mnは1.00%以下とする。Mnは、好ましくは0.80%以下、より好ましくは0.60%以下である。
【0037】
酸可溶性Al:0.010~0.065%
酸可溶性Alは、Nと結合して、インヒビターとして機能する(Al、Si)Nを生成する元素である。酸可溶性Alが0.010%未満では、添加効果が十分に発現せず、二次再結晶が十分に進行しないので、酸可溶性Alは0.010%以上とする。酸可溶性Alは、好ましくは0.015%以上、より好ましくは0.020%以上である。
【0038】
一方、酸可溶性Alが0.065%を超えると、(Al、Si)Nの析出分散が不均一になり、所要の二次再結晶組織が得られず、磁束密度が低下するので、酸可溶性Alは0.065%以下とする。酸可溶性Alは、好ましくは0.050%以下、より好ましくは0.040%以下である。
【0039】
N:0.0040%以下
Nは、Alと結合して、インヒビターとして機能するAlNを形成する元素であるが、最終製品で0.0040%以上であると、鋼板中にAlNとして析出し、ヒステリシス損を劣化させるので、0.0040%以下とする。下限は0%を含むが、Nを0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。なお、方向性電磁鋼板において、仕上げ焼鈍で、通常、Nは0.0001%程度以下に低減する。
【0040】
S:0.0100%以下
Sは、Mnと結合して、インヒビターとして機能するが、最終製品においてSが、0.0100%超であると、鋼板中にMnSとして析出し、ヒステリシス損を増大させるので、0.0100%以下とする。下限は0%を含むが、Sを0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。なお、方向性電磁鋼板において、仕上げ焼鈍で、通常、Sは0.005%程度以下に低減する。
【0041】
B:0.0005~0.0080%
Bは、Nと結合し、MnSと複合析出して、インヒビターとして機能するBNを形成する元素である。
【0042】
0.0005%未満では、添加効果が十分に発現しないので、Bは0.0005%以上とする。Bは、好ましくは0.0010%以上、より好ましくは0.0015%以上である。一方、0.0080%を超えると、BNの析出分散が不均一になり、所要の二次再結晶組織が得られず、磁束密度が低下するので、Bは0.0080%以下とする。好ましくは0.0060%以下、より好ましくは0.0040%以下である。
【0043】
母材鋼板の成分において、上記元素を除く残部は、Fe及び不純物である。不純物は、鋼原料から及び/又は製鋼過程で不可避的に混入する元素を含み、本発明電磁鋼板の特性を阻害しない範囲で許容される元素である。
【0044】
また、母材鋼板は、磁気特性を阻害せず、他の特性を高め得る範囲で、Feの一部に代えて、Cr:0.30%以下、Cu:0.40%以下、P:0.50%以下、Ni:1.00%以下、Sn:0.30%以下、Sb:0.30%以下、及び、Bi:0.01%以下の1種又は2種以上を含有してもよい。
【0045】
上記した母材鋼板の化学成分は、鋼の一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、化学成分は、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。なお、酸可溶性Alは、試料を酸で加熱分解した後の濾液を用いてICP-AESによって測定すればよい。また、C及びSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用いて測定すればよい。
【0046】
<中間層>
本発明電磁鋼板は、前記母材鋼板上に接して形成され、酸化ケイ素が主体である中間層を備える。本発明電磁鋼板において、中間層は母材鋼板と絶縁皮膜とを密着させる機能を有する。
【0047】
中間層の主体をなす酸化ケイ素は、SiOα(α=1.0~2.0)が好ましい。α=1.5~2.0であれば、酸化ケイ素がより安定するので、より好ましい。鋼板表面に酸化ケイ素を形成する酸化焼鈍を十分に行えば、α≒2.0のSiO2を形成することができる。
【0048】
中間層の厚さ(板厚方向の長さ)は、特段制限されず、例えば、1nm以上1μm以下とすることができる。中間層の厚さは、好ましくは、10nm以上500nm以下である。
【0049】
中間層の表層(中間層と絶縁皮膜との界面近傍)とは、中間層の厚さAnmとしたとき、中間層の最表面からA×1/4nmまでを言う。
【0050】
<絶縁皮膜>
本発明電磁鋼板は、前記中間層上に接して形成され、リン酸塩とコロイド状シリカとを主体とする絶縁皮膜を備える。本発明電磁鋼板が絶縁皮膜を備えることにより、本発明電磁鋼板に高い面張力を付与することができる。
【0051】
<BNの存在形態>
中間層の表層(以下では、中間層の表層を、単に、中間層表層と呼称することがある。)に存在するBNの平均粒径:50nm以上300nm以下
中間層表層(中間層と絶縁皮膜との界面近傍)に、平均粒径(長軸の長さ)が50nm以上300nm以下であるBNが存在すると、絶縁皮膜密着性(母材鋼板と絶縁皮膜との密着性)が向上する。この理由は明確でないが、仕上げ焼鈍後に存在する酸化層(中間層)、又は、中間層形成熱処理で形成する酸化層(中間層)に上記平均粒径を有するBNが存在することで、酸化層のアンカーとして機能し、絶縁皮膜密着性が向上すると考えられる。
【0052】
BNは、固溶後の再析出であるので、表面エネルギーを低減するため、形態が球状となる場合が多い。それ故、BNの形態は球状であることが好ましい。なお、本実施形態において「球状BN」とは、長軸/短軸の比率が1.5以下のBNを表す。
【0053】
BNの平均粒径は、50nm以上300nm以下である。平均粒径はBN析出物の長軸で定義し、BNの平均粒径が50nm未満であると、BNの析出頻度が高くなり、鉄損が増大するので、BNの平均粒径は50nm以上である。BNの平均粒径は、好ましくは80nm以上である。
【0054】
BNの平均粒径が300nmを超えると、BNの析出頻度が低下し、絶縁皮膜密着性の向上効果が十分に得られないので、BNの平均粒径は300nm以下である。BNの平均粒径は、好ましくは280nm以下である。
【0055】
平均粒径は、SEM(Scanning Electron Microscope)又はTEM(Transmission Electron Microscope)に取り付けられたEDS(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)を用いて、板幅方向4μm×板厚方向2μmの視野を10視野観察し、BNであることをEDSにて同定した観察視野中の析出物の長軸の長さを測定し、その平均値を平均粒径とする。
【0056】
BNの個数密度:2×106個/mm2以上
平均粒径50nm以上300nm以下のBNの個数密度は2×106個/mm2以上であることが好ましい。BNの個数密度が2×106個/mm2未満であると、アンカーとして機能するBNの分散が不十分となり、絶縁皮膜密着性の向上効果が十分に得られない。そのため、BNの個数密度は2×106個/mm2以上が好ましい。BNの個数密度は、より好ましくは3×106個/mm2以上である。BNの個数密度は、鋼板のB量により変動するので、特に上限は設けない。
【0057】
BNの個数密度は、方向性電磁鋼板(製品)を水酸化ナトリウムで洗浄し、鋼板表面の絶縁皮膜を除去し、鋼板面(つまり、中間層表層)をFE-SEM(Field Emission Scanning Electron Microscope)で観察して計測する。鋼板の圧延方向に垂直な断面における中間層表層ついて、FE-SEMに取り付けられたEDSを用いて、板幅方向4μm×板厚方向2μmの視野を10視野撮影し、EDSにて同定されたBNの個数を数えることで個数密度を計測できる。
【0058】
鋼板の厚さ方向のBの分布において、仕上げ焼鈍後の鋼板の母材鋼板上に接して存在する酸化層(中間層)、又は、熱酸化で形成する酸化層(中間層)を含む鋼板表層のB濃度(強度)が、鋼板内部の地鉄(母材鋼板)のB濃度(強度)より低い場合、鋼板表層に、BNが析出していないか、又は、析出していても少量であり、絶縁皮膜密着性が劣位となる。なお、鋼板表層とは、中間層の最表面から、地鉄表面と中間層の界面から地鉄厚さの1/100の位置までの部分を言う。よって、鋼板表層は、中間層と、母材鋼板の一部と、を含む。
【0059】
IB_t(d/100)>IB_t(d/10)
本実施形態に係る方向性電磁鋼板では、絶縁皮膜を除く板厚をdとしたとき、グロー放電発光分析(GDS)で測定し、スパッタリング深さが絶縁皮膜を除く前記鋼板の最表層(中間層の最表面)からd/100の位置に到達するまでのスパッタ時間をt(d/100)とし、スパッタリング深さが中間層の最表面からd/10の位置に到達するスパッタ時間をt(d/10)としたとき、Bの発光強度IBが下記式(1)を満たしている。中間層の最表面からd/100の位置は、鋼板表層に位置し、中間層の最表面からd/10の位置は、鋼板表層よりも母材鋼板側に位置する。よって、Bの発光強度IBが下記式(1)を満たせば、鋼板表層に、BNが十分な量析出していることになるので、鉄損は劣化せず、絶縁皮膜密着性がより向上する。
【0060】
IB_t(d/100)>IB_t(d/10) ・・・式(1)
IB_t(d/100):t(d/100)におけるBの発光強度
IB_t(d/10):t(d/10)におけるBの発光強度
【0061】
なお、前述したように、BNの粒径、析出頻度、存在位置を適確に制御するためには、仕上げ焼鈍後の降温速度を適切に制御する必要がある。
【0062】
<方向性電磁鋼板を構成する層の特定>
本電磁鋼板の断面構造中の各層を特定するために、SEM又はTEMに取り付けられたEDSを用いて、板厚方向に沿って線分析を行い、各層の化学成分の定量分析を行う。定量分析する元素は、Fe、P、Si、O、Mg、Alの6元素とする。
【0063】
板厚方向で最も深い位置に存在している層状の領域であり、且つ測定ノイズを除いてFe含有量が80原子%以上及びO含有量が30原子%未満となる領域を母材鋼板であると判断する。
【0064】
上記で特定した母材鋼板を除く領域に関して、測定ノイズを除いて、Fe含有量が80原子%未満、P含有量が5原子%以上、O含有量が30原子%以上となる領域を絶縁皮膜であると判断する。
【0065】
上記で特定したケイ素鋼板及び絶縁皮膜を除く領域を中間層であると判断する。中間層は、全体の平均として、Fe含有量が平均で80原子%未満、P含有量が平均で5原子%未満、Si含有量が平均で20原子%以上、O含有量が平均で30原子%以上を満足すればよい。また、本実施形態では、中間層がフォルステライト被膜ではなく酸化ケイ素を主体とする酸化膜であるので、中間層では、Mg含有量が平均で20原子%未満を満足すればよい。
【0066】
本発明電磁鋼板を製造する製造方法について説明する。
【0067】
<ケイ素鋼スラブ成分>
本発明電磁鋼板の材料であるケイ素鋼スラブは、化学成分として、質量%で、C:0.085%以下、Si:0.80~7.00%、Mn:0.05~1.00%、酸可溶性Al:0.010~0.065%、N:0.0040~0.0120%、S:0.0100%以下、B:0.0005~0.0080%を含有する。
【0068】
C:0.085%以下
Cは、一次再結晶組織の制御に有効な元素であるが、磁気特性に悪影響を及ぼすので、仕上げ焼鈍前に脱炭焼鈍で除去する元素である。0.085%を超えると、脱炭焼鈍時間が長くなり、生産性が低下するので、Cは0.085%以下とする。Cは、好ましくは0.070%以下、より好ましくは0.050%以下である。
【0069】
下限は0%を含むが、Cを0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇するので、実用鋼板上、0.0001%が実質的な下限である。なお、方向性電磁鋼板において、Cは、脱炭焼鈍で、通常、0.001%程度以下に低減する。
【0070】
Si:0.80~7.00%
Siは、鋼板の電気抵抗を高めて、鉄損特性を改善する元素である。0.80%未満では、仕上げ焼鈍時にγ変態が生じ、鋼板の結晶方位が損なわれるので、Siは0.80%以上とする。Siは、好ましくは1.50%以上、より好ましくは2.50%以上である。
【0071】
一方、7.00%を超えると、加工性が低下し、圧延時に割れが発生するので、Siは7.00%以下とする。Siは、好ましくは5.50%以下、より好ましくは4.50%以下である。
【0072】
Mn:0.05~1.00%
Mnは、熱間圧延時の割れを防止するとともに、S及び/又はSeと結合して、インヒビターとして機能するMnSを形成する元素である。0.05%未満では、添加効果が十分に発現しないので、Mnは0.05%以上とする。Mnは、好ましくは0.07%以上、より好ましくは0.09%以上である。
【0073】
一方、1.00%を超えると、MnSの析出分散が不均一になり、所要の二次再結晶組織が得られず、磁束密度が低下するので、Mnは1.00%以下とする。Mnは、好ましくは0.80%以下、より好ましくは0.60%以下である。
【0074】
酸可溶性Al:0.010~0.065%
酸可溶性Alは、Nと結合して、インヒビターとして機能する(Al、Si)Nを生成する元素である。0.010%未満では、添加効果が十分に発現せず、二次再結晶が十分に進行しないので、酸可溶性Alは0.010%以上とする。酸可溶性Alは、好ましくは0.015%以上、より好ましくは0.020%以上である。
【0075】
一方、0.065%を超えると、(Al、Si)Nの析出分散が不均一になり、所要の二次再結晶組織が得られず、磁束密度が低下するので、酸可溶性Alは0.065%以下とする。酸可溶性Alは、好ましくは0.050%以下、より好ましくは0.040%以下である。
【0076】
N:0.0040~0.0120%
Nは、Alと結合して、インヒビターとして機能するAlNを形成する元素であるが、一方で、冷間圧延時、鋼板中にブリスター(空孔)を形成する元素でもある。0.004%未満では、AlNの形成が不十分となるので、Nは0.004%以上とする。Nは、好ましくは0.006%以上、より好ましくは0.007%以上である。
【0077】
一方、0.012%を超えると、冷間圧延時、鋼板中にブリスター(空孔)が生成する懸念があるので、Nは0.012%以下とする。Nは、好ましくは0.010%以下、より好ましくは0.009%以下である。
【0078】
S:0.0100%以下
Sは、Mnと結合して、インヒビターとして機能するMnSを形成する元素である。
【0079】
Sが0.0100%以上であると、純化後にMnSの析出分散が不均一となり、所望の二次再結晶組織が得られず、磁束密度が低下し、ヒシテリシス損が増大したり、純化後にMnSが残存し、ヒステリシス損が増大する。
下限は特に設けないが、好ましくは0.0030%以上とする。より好ましくは0.0070%以上である。
【0080】
B:0.0005~0.0080%
Bは、Nと結合し、MnSと複合析出して、インヒビターとして機能するBNを形成する元素である。
【0081】
0.0005%未満では、添加効果が十分に発現しないので、Bは0.0005%以上とする。Bは、好ましくは0.0010%以上、より好ましくは0.0015%以上である。一方、0.0080%を超えると、BNの析出分散が不均一になり、所要の二次再結晶組織が得られず、磁束密度が低下するので、Bは0.0080%以下とする。Bは、好ましくは0.0060%以下、より好ましくは0.0040%以下である。
【0082】
ケイ素鋼スラブにおいて、上記元素を除く残部は、Fe及び不純物である。不純物は、鋼原料から及び/又は製鋼過程で不可避的に混入する元素を含み、本発明電磁鋼板の特性を阻害しない範囲で許容される元素である。
【0083】
また、ケイ素鋼スラブは、本発明電磁鋼板の磁気特性を阻害せず、他の特性を高め得る範囲で、Feの一部に代えて、Cr:0.30%以下、Cu:0.40%以下、P:0.50%以下、Ni:1.00%以下、Sn:0.30%以下、Sb:0.30%以下、及び、Bi:0.01%以下の1種又は2種以上を含有してもよい。
【0084】
<ケイ素鋼スラブの製造>
転炉又は電気炉等で溶製し、必要に応じ、真空脱ガス処理を施した、所要の成分組成の溶鋼を、連続鋳造又は造塊後分塊圧延してケイ素鋼スラブを得る。ケイ素鋼スラブは、通常、150~350mm、好ましくは220~280mmの厚さの鋳片であるが、30~70mmの薄スラブでもよい。薄スラブの場合、熱延板を製造する際、中間厚みに粗加工を行う必要がないという利点がある。
【0085】
<ケイ素鋼スラブの加熱温度>
ケイ素鋼スラブを、好ましくは1250℃以下に加熱して、熱間圧延に供する。加熱温度が1250℃を超えると、溶融スケール量が増加するとともに、MnS及び/又はMnSeが完全に固溶し、その後の工程で微細に析出して、所望の一次再結晶粒径を得るための脱炭焼鈍温度を900℃以上とする必要がある。そのため、加熱温度は1250℃以下が好ましい。加熱温度は、より好ましくは1200℃以下である。
【0086】
加熱温度の下限は、特に限定されないが、ケイ素鋼スラブの加工性を確保する点で、加熱温度は1100℃以上が好ましい。
【0087】
<熱間圧延、熱延板焼鈍>
1250℃以下に加熱したケイ素鋼スラブを熱間圧延に供して熱延板とする。熱延板焼鈍は、熱延板を1000~1150℃(一段目温度)に加熱して再結晶させた後、続いて、一段目温度より低い850~1100℃(二段目温度)に加熱して焼鈍し、熱間圧延時に生じた不均一組織を均一化する。熱延板焼鈍は、熱延板を最終冷間圧延に供する前に熱間圧延での履歴を均一化するため、1回以上行うことが好ましい。
【0088】
熱延板焼鈍において、一段目温度は、その後の工程でのインヒビターの析出に大きく影響する。一段目温度が1150℃を超えると、その後の工程でインヒビターが微細に析出し、所望の一次再結晶粒径を得るための脱炭焼鈍温度を900℃以上にする必要がある。そのため、一段目温度は1150℃以下が好ましい。一段目温度は、より好ましくは1120℃以下である。
【0089】
一方、一段目温度が1000℃未満であると、再結晶が不十分となり、熱延板組織の均一化が達成されないので、一段目温度は1000℃以上が好ましい。一段目温度は、より好ましくは1030℃以上である。
【0090】
二段目温度が1100℃を超えると、一段目温度の場合と同様に、その後の工程でインヒビターが微細に析出するので、二段目温度は1100℃以下が好ましい。二段目温度は、より好ましくは1070℃以下である。一方、二段目温度が850℃未満であると、γ相が生成せず、熱延板組織の均一化が達成されないので、二段目温度は850℃以上が好ましい。二段目温度は、より好ましくは880℃以上である。
【0091】
<冷間圧延>
熱延板焼鈍を施した鋼板に、1回の冷間圧延又は中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して、最終板厚の鋼板とする。冷間圧延は、常温(10~30℃)で行ってもよいし、常温より高い温度、例えば、200℃程度に鋼板を加熱して温間圧延してもよい。
【0092】
<脱炭焼鈍>
最終板厚の鋼板に、鋼板中のCの除去と、一次再結晶粒径を所望の粒径に制御することを目的とし、酸化度が0.15未満の湿潤雰囲気中で、脱炭焼鈍を施す。例えば、770~950℃の温度で、一次再結晶粒径が15μm以上となるような時間、脱炭焼鈍を行うことが好ましい。ここで、酸化度とは、雰囲気ガス中のH2Oガスの分圧(PH2O)をH2ガスの分圧(PH2)で割ったもの、すなわち、PH2O/PH2である。
【0093】
脱炭焼鈍温度が770℃未満であると、所望の結晶粒径が得られないので、脱炭焼鈍温度は770℃以上が好ましい。脱炭焼鈍温度は、より好ましくは800℃以上である。一方、脱炭焼鈍温度が950℃を超えると、結晶粒径が所望の結晶粒径を超えてしまうので、脱炭焼鈍温度は950℃以下が好ましい。脱炭焼鈍温度はより好ましくは920℃以下である。
【0094】
<窒化処理>
脱炭焼鈍を施した鋼板に、仕上げ焼鈍を施す前に、鋼板のN量が40~1000ppmとなるように、窒化処理を施す。窒化処理方法は、特段制限されず、例えば、脱炭焼鈍を施した鋼板に対して、アンモニアガスにより窒化処理を施すことができる。窒化処理後の鋼板のN量が40ppm未満であると、AlNが十分に析出せず、AlNがインヒビターとして機能しないので、窒化処理後の鋼板のN量は40ppm以上が好ましい。窒化処理後の鋼板のN量は、より好ましくは80ppm以上である。
【0095】
一方、鋼板のN量が1000ppmを超えると、次の仕上げ焼鈍において、二次再結晶完了後も過剰にAlNが存在し、鉄損が増大するので、N量は1000ppm以下が好ましい。窒化処理後の鋼板のN量は、より好ましくは970ppm以下である。
【0096】
<焼鈍分離剤の塗布>
続いて、窒化処理を施した鋼板にマグネシアを主成分とする焼鈍分離剤を塗布して、仕上げ焼鈍に供する。仕上げ焼鈍により鋼板表面にはフォルステライトからなるグラス皮膜が形成されるが、該皮膜は、酸洗、研削等の手段で除去される。グラス皮膜除去後、好ましくは、鋼板表面を化学研磨又は電界研磨で平滑に仕上げる。
【0097】
あるいは、焼鈍分離剤としてマグネシアの代わりにアルミナを主成分とする焼鈍分離剤を用いることができ、これを窒化処理を施した鋼板に塗布して乾燥し、乾燥後、コイル状に巻き取って、仕上げ焼鈍(二次再結晶及び/又は純化焼鈍)に供する。仕上げ焼鈍により、フォルステライト等の無機鉱物質の皮膜の生成を抑制して方向性電磁鋼板を作製することができる。作製後、好ましくは、鋼板表面を化学研磨又は電界研磨で平滑に仕上げる。
【0098】
<仕上げ焼鈍>
[二次再結晶焼鈍]
仕上げ焼鈍のうち、二次再結晶焼鈍では、BNのインヒビター機能により{110}<001>方位の結晶粒が優先的に成長する。二次再結晶焼鈍は、純化焼鈍温度までの昇温過程において、1000~1100℃の温度域の加熱速度を15℃/時間以下で、焼鈍分離剤が塗布された鋼板を焼鈍する処理である。加熱1000~1100℃の温度域の速度は、より好ましくは10℃/時間以下である。二次再結晶焼鈍では、加熱速度の制御に替えて、焼鈍分離剤が塗布された鋼板を1000~1100℃の温度域に10時間以上保持してもよい。
【0099】
[純化焼鈍]
二次再結晶焼鈍を施した鋼板に、二次再結晶焼鈍に引き続いて、純化焼鈍を施してもよい。二次再結晶完了後の鋼板に純化焼鈍を施すと、インヒビターとして利用した析出物が無害化されて、最終磁気特性におけるヒステリシス損が低減する。純化焼鈍は、例えば、水素雰囲気で、1200℃で10~30時間保定して行うことが好ましい。
【0100】
BNの平均粒径を50~300nmに制御するため、1200~1000℃の温度域の降温速度は50℃/時間未満とする。さらに、1000~600℃の温度域の降温速度は30℃/時間未満とする。
【0101】
このような降温速度とする理由は、以下のとおりである。
BNは、高温域で固溶Bと固溶Nとなり、降温中、固溶できないNは大気中に放出されるが、降温中、固溶できないBは大気中に放出されず、酸化ケイ素主体の中間層を含む鋼板表層又は鋼板内部に、B化合物、例えば、BN、Fe2B、Fe3Bとして析出する。鋼板内部に、固溶Nが十分に存在しない場合には、BNは析出せず、Fe2B又はFe3Bが析出する。
【0102】
高温域からの降温中、降温速度が適切であれば、固溶Nは系外に放出され、鋼板内部にFe2B又はFe3Bが析出し、さらに、析出したFe2B又はFe3Bが、オストワルド成長して粗大化する。鋼板表層の固溶Bは、雰囲気中のNと結合し、表層に存在する酸化層又は鋼板最表層で微細なBNとして析出する。
【0103】
降温速度が速いと、固溶Nが系外に放出されず、鋼板内部でBNが微細に析出したり、Fe2B又はFe3Bがオストワルド成長せずに、微細に析出してしまう。鋼板内部に微細に析出したBNは、ヒステリシス損を増大させ、最終製品の鉄損増大の原因となる。
【0104】
降温速度の下限は特に限定されないが、降温速度が10℃/時間未満であると、生産性への影響が大きいので、降温速度は10℃/時間以上が好ましい。それ故、1200~1000℃の温度域の降温速度は10~50℃/時間が好ましく、1000~600℃の温度域の降温速度は10~30℃/時間が好ましい。
【0105】
<中間層形成熱処理>
フォルステライト等の無機鉱物質の皮膜(フォルステライト皮膜)を除去した方向性電磁鋼板、又は、フォルステライト等の無機鉱物質の皮膜の生成を抑制した方向性電磁鋼板に焼鈍を施して、母材鋼板表面に酸化ケイ素を主体とする中間層を形成する。
【0106】
焼鈍雰囲気は、鋼板の内部が酸化しないように、還元性の雰囲気が好ましく、特に、水素を混合した窒素雰囲気が好ましい。例えば、水素:窒素が75体積%:25体積%で、露点が-20~0℃の雰囲気が好ましい。
【0107】
フォルステライト等の無機鉱物質の皮膜を除去した方向性電磁鋼板、又は、フォルステライト等の無機鉱物質の皮膜の生成を抑制した方向性電磁鋼板に対して、該中間層の形成熱処理工程を省略しても構わない。
【0108】
<絶縁皮膜の形成>
酸化ケイ素主体の中間層にリン酸塩とコロイド状シリカを主体とした水系塗布溶液(絶縁皮膜形成液)を中間層を有する鋼板に塗布した後、当該絶縁皮膜形成液を焼き付けて、絶縁皮膜を形成する。
リン酸塩として、例えば、Ca、Al、Sr等のリン酸塩が好ましいが、中でも、リン酸アルミニウム塩がより好ましい。コロイダルシリカの種類は、特に限定されず、その粒子サイズ(平均粒径)も、適宜選択できるが、200nmを超えると、処理液中で沈降する場合があるので、コロイダルシリカの粒子サイズ(個数基準の平均粒径)は、200nm以下が好ましい。コロイダルシリカの粒子サイズは、より好ましくは170nmである。
【0109】
コロイダルシリカの粒子サイズが100nm未満でも、分散に問題はないが、製造コストが上昇するので、経済性の点で、100nm以上が好ましい。コロイダルシリカの粒子サイズは、より好ましくは150nm以上である。
【0110】
絶縁皮膜形成液の塗布方法は、特段制限されず、例えば、ロールコーター等による湿式塗布方法で行うことができる。
【0111】
焼き付け雰囲気は、例えば、空気中、800~900℃で、10~60秒焼き付けて形成することができるが、焼き付け雰囲気は、特段制限されない。
【0112】
<磁区制御>
絶縁皮膜を形成した方向性電磁鋼板に、鉄損を低減するため、磁区制御を施す。磁区制御方法は特定の方法に限定されないが、例えば、レーザー照射、電子ビーム照射、エッチング、歯車による溝形成法にて、磁区制御を施すことができる。これにより、より低鉄損の方向性電磁鋼板が得られる。磁区制御処理は、冷間圧延後の鋼板に対して施してもよい。
【実施例】
【0113】
<実施例1>
表1-1に示す成分組成の鋼スラブA1~A15を、1150℃に加熱して熱間圧延に供し、板厚2.6mmの熱延鋼板とし、該熱延鋼板に、1100℃で焼鈍し、引続き900℃で焼鈍する熱延板焼鈍を施した後、30℃で一回の冷間圧延又は中間焼鈍を挟む複数回の冷間圧延を施して、最終板厚0.22mmの冷延鋼板とした。
表1-1に示す成分組成の鋼スラブa1~a13を、1150℃に加熱して熱間圧延に供し、板厚2.6mmの熱延鋼板とし、該熱延鋼板に、1100℃で焼鈍し、引続き900℃で焼鈍する熱延板焼鈍を施した後、30℃で一回の冷間圧延又は中間焼鈍を挟む複数回の冷間圧延を施して、最終板厚0.22mmの冷延鋼板とした。
【0114】
【0115】
表2に示すNo.B1~B15の方向性電磁鋼板は、以下のようにして製造した。最終板厚0.22mmの冷延鋼板に、酸化度0.10の湿潤雰囲気中で、860℃で均熱処理を施す脱炭焼鈍を施し、その後、アンモニアガスにより窒化処理(鋼板の窒素量を増加する焼鈍)を施した。続いて、窒化処理後の鋼板にアルミナを主成分とする焼鈍分離剤を塗布して、1200℃の温度で20時間、水素ガス雰囲気中で仕上げ焼鈍を施した。仕上げ焼鈍における昇温の際、1000~1100℃の範囲の加熱速度は、5℃/時間とした。また、1200℃に20時間保持した後、1200~1000℃の範囲の降温速度は、45℃/時間とし、1000~600℃の範囲の降温速度は、25℃/時間とした。仕上げ焼鈍後、鋼板から余剰のアルミナを除去し、水素:窒素が75体積%:25体積%、露点が-5℃の雰囲気で、余剰のアルミナが除去された鋼板に中間層形成熱処理を施した。中間層形成熱処理後の鋼板上にコロイダルシリカとリン酸塩を主体とする水系塗布溶液を塗布し、水素:窒素が75体積%:25体積%の雰囲気下で、-5℃の温度で30秒焼き付けて絶縁皮膜を形成し、製品とした。使用した水系塗布溶液のコロイダルシリカの個数基準の平均粒径は、100nmであった。
製品中の母材鋼板に含まれる化学成分を表1-2に記載した。母材鋼板の成分は、ICP-AESを用いて測定した。酸可溶性Alは、試料を酸で加熱分解した後の濾液を用いてICP-AESによって測定した。また、C及びSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用いて測定した。
【0116】
表1-2に示すNo.b1~b13の方向性電磁鋼板は、以下のようにして製造した。最終板厚0.22mmの冷延鋼板に、酸化度0.10の湿潤雰囲気中で、860℃で均熱処理を施す脱炭焼鈍を施し、その後、アンモニアガスにより窒化処理(鋼板の窒素量を増加する焼鈍)を施した。続いて、窒化処理後の鋼板にアルミナを主成分とする焼鈍分離剤を塗布して、1200℃の温度で20時間、水素ガス雰囲気中で仕上げ焼鈍を施した。仕上げ焼鈍における昇温の際、1000~1100℃の範囲の加熱速度は、5℃/時間とした。また、1200℃に20時間保持した後、1200~1000℃の範囲の降温速度は、100℃/時間とし、1000~600℃の範囲の降温速度は、100℃/時間とした。仕上げ焼鈍後、鋼板から余剰のアルミナを除去し、水素:窒素が75体積%:25体積%、露点が-5℃の雰囲気で、余剰のアルミナが除去された鋼板に中間層形成熱処理を施した。中間層形成熱処理後の鋼板上にコロイダルシリカとリン酸塩を主体とする水系塗布溶液を塗布し、水素:窒素が75体積%:25体積%の雰囲気下で、-5℃の温度で30秒焼き付けて絶縁皮膜を形成し、製品とした。使用した水系塗布溶液のコロイダルシリカの個数基準の平均粒径は、100nmであった。
製品中の母材鋼板に含まれる化学成分を表1-2に記載した。母材鋼板の成分は、鋼No.B1~B15と同様の方法で測定した。
【0117】
表1-2に示す鋼No.b14の方向性電磁鋼板は、以下のようにして製造した。最終板厚0.22mmの冷延鋼板に、酸化度0.10の湿潤雰囲気中で、850℃で均熱処理を施す脱炭焼鈍を施し、その後、アンモニアガスにより窒化処理(鋼板の窒素量を増加する焼鈍)を施した。続いて、窒化処理後の鋼板にアルミナを主成分とする焼鈍分離剤を塗布して、1200℃の温度で20時間、水素ガス雰囲気中で仕上げ焼鈍を施した。仕上げ焼鈍における昇温の際、1000~1100℃の範囲の加熱速度は、5℃/時間とした。また、1200℃に20時間保持した後、1200~1000℃の範囲の降温速度は、200℃/時間とし、1000~600℃の範囲の降温速度は、100℃/時間とした。仕上げ焼鈍後、鋼板から余剰のアルミナを除去し、水素:窒素が75体積%:25体積%、露点が-5℃の雰囲気で、余剰のアルミナが除去された鋼板に中間層形成熱処理を施した。中間層形成熱処理後の鋼板上にコロイダルシリカとリン酸塩を主体とする水系塗布溶液を塗布し、水素:窒素が75体積%:25体積%の雰囲気下で、800℃の温度で30秒焼き付けて絶縁皮膜を形成し、製品とした。使用した水系塗布溶液のコロイダルシリカの個数基準の平均粒径は、100nmであった。
【0118】
表1-2に示す鋼No.b15の方向性電磁鋼板は、以下のようにして製造した。最終板厚0.22mmの冷延鋼板に、酸化度0.10の湿潤雰囲気中で、860℃で均熱処理を施す脱炭焼鈍を施し、その後、アンモニアガスにより窒化処理(鋼板の窒素量を増加する焼鈍)を施した。続いて、窒化処理後の鋼板にアルミナを主成分とする焼鈍分離剤を塗布して、1200℃の温度で20時間、水素ガス雰囲気中で仕上げ焼鈍を施した。仕上げ焼鈍における昇温の際、1000~1100℃の範囲の加熱速度は、5℃/時間とした。また、1200℃に20時間保持した後、1200~1000℃の範囲の降温速度は、30℃/時間とし、1000℃にて1時間以上保持し、1000~600℃の範囲の降温速度は、50℃/時間とした。仕上げ焼鈍後、鋼板から余剰のアルミナを除去し、水素:窒素が75体積%:25体積%、露点が-5℃の雰囲気で、余剰のアルミナが除去された鋼板に中間層形成熱処理を施した。中間層形成熱処理後の鋼板上にコロイダルシリカとリン酸塩を主体とする水系塗布溶液を塗布し、水素:窒素が75体積%:25体積%の雰囲気下で、800℃の温度で30秒焼き付けて絶縁皮膜を形成し、製品とした。使用した水系塗布溶液のコロイダルシリカの個数基準の平均粒径は、100nmであった。
【0119】
【0120】
<磁区制御>
絶縁皮膜を形成した製品に、機械的手法やレーザー、電子ビームを用いて磁区制御を行った。一部の製品には、冷延板に、エッチングやレーザー照射で溝加工を行い磁区制御を行った。
【0121】
<析出物>
析出物については、鋼板の圧延方向に垂直面の中間層の最表面から5μmまでに観察されるB化合物をSEM-EDSで分析し、BNの粒径と組成を同定した。なお、表2の「BN析出の有無」の項目が○とは球状BN(長軸と短軸との比率が1.5以下のBN)が観察視野中に1個以上存在したことを表し、当該項目が×とは球状BNが観察視野中に0個であったことを表す。
【0122】
<B発光強度>
グロー放電発光分析(GDS)でBの発光強度IBを測定した。スパッタリング深さが絶縁皮膜を除く鋼板の最表面からd/100の位置に到達するまでのスパッタ時間をt(d/100)とし、スパッタリング深さが絶縁皮膜を除く鋼板の最表面からd/10の位置に到達するまでのスパッタ時間をt(d/10)としたときの、t(d/100)におけるBの発光強度であるIB_t(d/100)と、t(d/10)におけるBの発光強度であるIB_t(d/10)とを求め、それらの比率であるIB_t(d/100)/IB_t(d/10)を表に記入した。
【0123】
<皮膜密着性>
皮膜密着性は、仕上げ焼鈍後に鋼板上に絶縁皮膜を形成した後、直径の異なる(20mm、10mm、5mm)丸棒に鋼板を巻き付け、各直径における剥離面積率で評価した。剥離面積率は、実際に剥離した面積を、加工部面積(鋼板が丸棒に接する面積で試験幅×丸棒直径×πに相当)で除した比率である。強曲げ加工で絶縁皮膜が剥離しても、その剥離が進展せず、剥離面積率が小さければ、トランス特性の劣化は小さいと評価することができる。
【0124】
皮膜密着性は、剥離面積率0%をA、0%超20%未満をB、20%以上40%未満をC、40%以上60%未満をD、60%以上80%未満をE、80%以上100%未満をF、100%をGとし、A~Gの7段階で評価した。評価B以上を、皮膜密着性が良好と評価した。
【0125】
<磁気特性>
<磁束密度B8>
上述の製法で得られた方向性電磁鋼板に対して、単板磁気測定(SST)により磁束密度B8(800A/mで磁化した際の磁束密度)を測定した。
【0126】
<鉄損W17/50>
磁区制御前及び磁区制御後の方向性電磁鋼板から試験片(例えば、100mm×500mmの試験片)を作製し、磁束密度1.7T、周波数50Hzでの励磁条件下で測定された単位重量当たりのエネルギー損失である鉄損W17/50(単位はW/kg)を測定した。
【0127】
方向性電磁鋼板(製品)のBNの析出状態及びGDSの結果と皮膜密着性の評価、及び、磁気特性を表2に示す。本発明の範囲内の発明例C1~C15では、皮膜密着性に優れ、かつ、磁気特性に優れた方向性電磁鋼板が得られている。本発明の範囲外の比較例c1~c15では、皮膜密着性又は磁気特性のいずれかが劣位である。
【0128】
【0129】
<実施例2>
まず、実施例1と同じ方法で方向性電磁鋼板(製品)を作製した。次に、製品に対して、機械的手法やレーザー、電子ビームを用いて磁区制御を行った。
【0130】
BNの個数密度を測定する際は、上述の製法で得られた方向性電磁鋼板に対して、水酸化ナトリウムを用いて絶縁皮膜を除去した。次に、鋼板の圧延方向に垂直な断面の中間層の最表面から5μmまでを、SEMを用いて、板幅方向4μm×板厚方向2μmの視野で、10視野観察し、粒径50nm以上300nm以下のBNの個数を計数した。
また、平均粒径はSEM-EDSを用いて、板幅方向4μm×板厚方向2μmの視野10視野観察し、BNであることをEDSにて同定した観察視野中の析出物の長軸の長さを測定し、その平均値を平均粒径とした。
さらに、上述と同様の方法でIB_t(d/100)/IB_t(d/10)を測定した。
【0131】
方向性電磁鋼板(製品)のBNの析出状態及びGDSの結果と皮膜密着性の評価、及び、磁気特性を表3に示す。本発明の範囲内の発明例D1~D5では、より皮膜密着性に優れ、かつ、磁気特性に優れていた。
【0132】
【0133】
<実施例3>
実施例1及び2と同じ方法で方向性電磁鋼板(製品)を作製した。次に、製品に対して、機械的手法やレーザー、電子ビームを用いて磁区制御を行った。
【0134】
方向性電磁鋼板(製品)について、BNの析出態様、IB_t(d/100)/IB_t(d/10)、皮膜密着性、及び、磁気特性を測定した。この結果を表4に示す。
【0135】
【0136】
鋼板中心(鋼板表層よりも母材鋼板側)のBの発光強度に対する鋼板表層のBの発光強度の比IB
_
t(d/100)/IB
_
t(d/10)が上記式(1)を満たす発明例E1~E5では、皮膜密着性と磁気特性がより優れていた。
【産業上の利用可能性】
【0137】
前述したように、本発明によれば、BNをインヒビターとする方向性電磁鋼板において、鉄心の内周側となる鋼板の強曲げ加工部で生じる絶縁皮膜の剥離を抑制することができ、絶縁密着性に優れ、かつ、低鉄損で、巻鉄心としての製造性に優れる方向性電磁鋼板を安定して提供することができる。よって、本発明は、電磁鋼板製造及び利用産業において利用可能性が高いものである。