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  • 特許-熱延鋼板およびその製造方法 図1
  • 特許-熱延鋼板およびその製造方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-29
(45)【発行日】2023-09-06
(54)【発明の名称】熱延鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230830BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20230830BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20230830BHJP
   B22D 11/00 20060101ALI20230830BHJP
   B22D 11/22 20060101ALI20230830BHJP
   B22D 11/20 20060101ALI20230830BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/38
C21D9/46 T
B22D11/00 A
B22D11/22 A
B22D11/20 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022519925
(86)(22)【出願日】2021-04-21
(86)【国際出願番号】 JP2021016130
(87)【国際公開番号】W WO2021225073
(87)【国際公開日】2021-11-11
【審査請求日】2022-07-12
(31)【優先権主張番号】P 2020082655
(32)【優先日】2020-05-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】桜田 栄作
(72)【発明者】
【氏名】安富 隆
(72)【発明者】
【氏名】虻川 玄紀
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-124410(JP,A)
【文献】国際公開第2014/188966(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/150955(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0041024(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/00- 8/10
C21D 9/46- 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C :0.085~0.190%、
Si:0.40~1.40%、
Mn:1.70~2.75%、
Al:0.01~0.55%、
Nb:0.006~0.050%、
P :0.080%以下、
S :0.010%以下、
N :0.0050%以下、
Ti:0.004~0.180%、
B :0.0004~0.0030%、
Mo:0~0.150%、
V :0~0.300%、
Cr:0~0.500%、および
Ca:0~0.0020%
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
表面から板厚方向に1/4位置および前記表面から板厚方向に1/2位置の金属組織において、体積%で、
残留オーステナイトが3.0~12.0%であり、
ベイナイトが75.0%以上、97.0%未満であり、
フェライトが10.0%以下であり、
マルテンサイトが10.0%以下であり、
パーライトが3.0%以下であり、
前記表面~前記表面から板厚方向に100μm位置の領域の金属組織において、
旧オーステナイト粒の平均粒径が25.0μm以下であり、
一方の面における、前記一方の前記面の法線と前記一方の前記面の前記法線に近傍する(011)極点との回転角が5゜以下である領域の最大深さと、他方の面における、前記他方の前記面の法線と前記他方の前記面の前記法線に近傍する(011)極点との回転角が5゜以下である領域の最大深さとの比が1.00~1.20であり、
引張強さが1150MPa以上であることを特徴とする熱延鋼板。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Mo:0.030~0.150%、
V :0.050~0.300%、
Cr:0.050~0.500%、および
Ca:0.0006~0.0020%
からなる群のうち一種または二種以上含有する
ことを特徴とする請求項1に記載の熱延鋼板。
【請求項3】
請求項1または2に記載の熱延鋼板の製造方法であって、
請求項1に記載の化学組成を有するスラブを連続鋳造するにあたり、メニスカス~前記メニスカスから1.0mの領域における表面温度の平均冷却速度勾配が0.20~15.00℃/sとなるように連続鋳造して前記スラブを得る連続鋳造工程と、
前記スラブを1200℃以上に加熱する加熱工程と、
前記加熱後の前記スラブを粗圧延した後、870~980℃の温度域における合計圧下率が80%以上となり、870~980℃の前記温度域において、圧延スタンド間での経過時間が4.00秒以下となるように仕上げ圧延する熱間圧延工程と、
300~550℃の温度域まで冷却する冷却工程と、
前記冷却後、巻取り温度が300~550℃の前記温度域となるように巻取る巻取り工程と、を備える
ことを特徴とする熱延鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記巻取り工程後、200℃以上、450℃未満の温度域で90~80000秒保持する焼戻し工程を備える
ことを特徴とする請求項3に記載の熱延鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記巻取り工程後の熱延鋼板あるいは前記焼戻し工程後の熱延鋼板に対し、450~495℃の温度域の滞在時間が75秒以下となる熱履歴で溶融亜鉛めっき処理を施すめっき工程を備える
ことを特徴とする請求項3または4に記載の熱延鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱延鋼板およびその製造方法に関する。
本願は、2020年5月08日に、日本に出願された特願2020-082655号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車や各機械部品の軽量化が進められている。部品形状を最適な形状に設計することで剛性を確保することにより、自動車や各機械部品の軽量化が可能である。さらに、プレス成形部品等のブランク成形部品では、部品材料の板厚を減少させることで軽量化が可能となる。しかしながら、板厚を減少させながら静破壊強度および降伏強度などの部品の強度特性を確保しようとした場合、高強度材料を用いることが必要となる。特に、ロアアーム、トレールリンクあるいはナックルなどの自動車足回り部品では780MPa級超の鋼板の適用が検討され始めている。これらの自動車足回り部品は、鋼板にバーリング、伸びフランジおよび曲げ成形等を施すことで製造されるため、これらの自動車足回り部品に適用される鋼板は成形性に優れることが要求される。
【0003】
例えば、特許文献1には、熱間圧延工程において、仕上げ圧延温度および圧下率を所定の範囲内とすることで、旧オーステナイトの結晶粒径およびアスペクト比を制御し、異方性を低減した熱延鋼板が開示されている。
【0004】
特許文献2には、熱間圧延工程において、所定の仕上げ圧延温度範囲において、圧延率および平均ひずみ速度を適正範囲内とすることで、靱性を向上させた冷延鋼板が開示されている。
【0005】
自動車および各機械部品等の更なる軽量化のために、冷延鋼板を前提とした板厚の鋼板が自動車足回り部品に適用される見込みもある。特許文献1および特許文献2に記載の技術は高強度鋼板を適用した自動車足回り部品を製造するにあたり、有効なものである。特に、これらの技術は、複雑な形状を有する自動車の足回り部品の成形性および衝撃性に関わる効果を得るために重要な知見である。
【0006】
しかし、自動車足回り部品は、常時、自重による振動、旋回、および乗り上げ等による繰返し荷重を受ける。そのため、部品としての耐久性が重要な特性である。前述のように、自動車の足回り部品は様々な成形を受ける。曲げあるいは曲げ曲げ戻し成形を受けたR部の内側近傍の平面部では、金型の接触が弱い箇所が多く存在する。このようなR部の内側近傍の平面部では、成形による表層の凹凸の発達と、弱い荷重での金型接触とにより、比較的鋭い凹部が周期的に形成した表面性状となる(以後、このような表面性状の変化を成形損傷と記す)。
【0007】
例えば、非特許文献1では、このような曲げ内近傍の成形による表層の凹凸の発達を単軸変形で模擬し、金型接触させた鋼板の疲労特性の調査がなされている。これらの鋼板の疲労特性は凹部によって低下するが、金属組織によって、その変化が異なることが調査されている。自動車足回り部品に適用される780MPa級超の鋼板では、強度を発現するために硬質組織の体積率は増えるが、このような強度領域での成形損傷を受けた鋼板の疲労特性を十分に改善する技術はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】日本国特許第5068688号公報
【文献】日本国特許第3858146号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】塑性と加工(日本塑性加工学会誌)第57巻 第666号(2016-7) p660-p666
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明者らは、成形損傷を低減させ、疲労特性を改善するために技術開発を行った。本発明者らは、凹部の深さがある一定の値を超えた場合に、熱延鋼板の疲労特性が顕著に劣化することを新たに知見した。
【0011】
切欠き感受性は、鋼板が高強度となるほど高まる。そのため、780MPa級超の高強度鋼板を自動車足回り部品へ適用するため、成形損傷部の疲労特性の改善が必要である。凹部深さを低減させるには、金型の接触面圧を高めることが一つの手段である。しかし、金型の接触面圧は、成形中の塑性流動量を制御する成形因子である。加えて、高強度鋼板を複雑な形状にプレスする場合においては、所定のプレス荷重で面圧を高めることは困難である。
【0012】
上記実情に鑑み、本発明は、高い強度および優れた成形性を有し、且つ成形損傷部において優れた疲労特性を有する熱延鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、創意検討の結果、成形損傷部の凹部の深さが、成形時における熱延鋼板の表裏面の不均一な変形に由来することに着目し、金型接触後(成形後)の凹部の深さと鋼板表裏面の巨視的な結晶方位分布の特徴とに関係があることを見出した。本発明者らは、高い強度および優れた成形性を得るための適正な化学組成および金属組織とし、さらに表裏面の板厚方向の特定の結晶方位を制御することで、成形損傷部の凹部の深さを低減でき、これにより成形損傷部の疲労特性の低下を抑制できることを知見した。
【0014】
上記知見に基づいてなされた本発明の要旨は以下の通りである。
(1) 本発明の一態様に係る熱延鋼板は、化学組成が、質量%で、
C :0.085~0.190%、
Si:0.40~1.40%、
Mn:1.70~2.75%、
Al:0.01~0.55%、
Nb:0.006~0.050%、
P :0.080%以下、
S :0.010%以下、
N :0.0050%以下、
Ti:0.004~0.180%、
B :0.0004~0.0030%、
Mo:0~0.150%、
V :0~0.300%、
Cr:0~0.500%、および
Ca:0~0.0020%
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
表面から板厚方向に1/4位置および前記表面から板厚方向に1/2位置の金属組織において、体積%で、
残留オーステナイトが3.0~12.0%であり、
ベイナイトが75.0%以上、97.0%未満であり、
フェライトが10.0%以下であり、
マルテンサイトが10.0%以下であり、
パーライトが3.0%以下であり、
前記表面~前記表面から板厚方向に100μm位置の領域の金属組織において、
旧オーステナイト粒の平均粒径が25.0μm以下であり、
一方の面における、前記一方の前記面の法線と前記一方の前記面の前記法線に近傍する(011)極点との回転角が5゜以下である領域の最大深さと、他方の面における、前記他方の前記面の法線と前記他方の前記面の前記法線に近傍する(011)極点との回転角が5゜以下である領域の最大深さとの比が1.00~1.20であり、
引張強さが1150MPa以上である。
(2) 上記(1)に記載の熱延鋼板は、前記化学組成が、質量%で、
Mo:0.030~0.150%、
V :0.050~0.300%、
Cr:0.050~0.500%、および
Ca:0.0006~0.0020%
からなる群のうち一種または二種以上を含有してもよい。
(3) 本発明の別の態様に係る熱延鋼板の製造方法は、上記(1)または(2)に記載の熱延鋼板の製造方法であって、
上記(1)に記載の化学組成を有するスラブを連続鋳造するにあたり、メニスカス~前記メニスカスから1.0mの領域における表面温度の平均冷却速度勾配が0.20~15.00℃/sとなるように連続鋳造して前記スラブを得る連続鋳造工程と、
前記スラブを1200℃以上に加熱する加熱工程と、
前記加熱後の前記スラブを粗圧延した後、870~980℃の温度域における合計圧下率が80%以上となり、870~980℃の前記温度域において、圧延スタンド間での経過時間が4.00秒以下となるように仕上げ圧延する熱間圧延工程と、
300~550℃の温度域まで冷却する冷却工程と、
前記冷却後、巻取り温度が300~550℃の前記温度域となるように巻取る巻取り工程と、を備える。
(4) 上記(3)に記載の熱延鋼板の製造方法は、前記巻取り工程後、200℃以上、450℃未満の温度域で90~80000秒保持する焼戻し工程を備えてもよい。
(5) 上記(3)または(4)に記載の熱延鋼板の製造方法は、前記巻取り工程後の熱延鋼板あるいは前記焼戻し工程後の熱延鋼板に対し、450~495℃の温度域の滞在時間が75秒以下となる熱履歴で溶融亜鉛めっき処理を施すめっき工程を備えてもよい。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る上記態様によれば、高い強度および優れた成形性を有し、且つ成形損傷部において優れた疲労特性を有する熱延鋼板およびその製造方法を提供することができる。本発明に係る上記態様によれば、成形損傷部における疲労特性に優れるため、R部を成形する際に形成されるR部近傍の平面部での凹部の深さを低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】実施例における、成形損傷部における疲労強度と最大深さの比との関係を示す図である。
図2】実施例における、成形損傷部における疲労強度と旧オーステナイト粒の平均粒径との関係を示す図である。
図3】実施例における、メニスカス~メニスカスから1.0mの領域における表面温度の平均冷却速度勾配と最大深さの比との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本実施形態に係る熱延鋼板について、詳細に説明する。ただし、本発明は本実施形態に開示の構成のみに制限されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々の変更が可能である。
なお、以下に記載する「~」を挟んで記載される数値限定範囲には、下限値および上限値がその範囲に含まれる。「未満」、「超」と示す数値には、その値が数値範囲に含まれない。化学組成についての「%」は全て「質量%」のことを指す。
【0018】
本実施形態に係る熱延鋼板は、質量%で、C:0.085~0.190%、Si:0.40~1.40%、Mn:1.70~2.75%、Al:0.01~0.55%、Nb:0.006~0.050%、P:0.080%以下、S:0.010%以下、N:0.0050%以下、Ti:0.004~0.180%、B:0.0004~0.0030%、Mo:0~0.150%、V:0~0.300%、Cr:0~0.500%、Ca:0~0.0020%、並びに、残部:Feおよび不純物を含む。以下、各元素について詳細に説明する。
【0019】
C:0.085~0.190%
Cは、熱延鋼板の強度を決めるほか、残留オーステナイト量に影響を及ぼす元素の一つである。C含有量が0.085%未満であると、残留オーステナイトの体積率を3.0%以上とすることができない。そのため、C含有量は0.085%以上とする。好ましくは、0.115%以上である。
一方、C含有量が0.190%超では、残留オーステナイトの体積率が増え、熱延鋼板の穴広げ性が劣化する。そのため、C含有量は0.190%以下とする。好ましくは、0.170%以下である。
【0020】
Si:0.40~1.40%
Siは、固溶強化によって熱延鋼板の強度を向上する元素である。また、Siは、パーライトなどの炭化物の生成を抑制する元素でもある。これらの効果を得るために、Si含有量は0.40%以上とする。好ましくは、0.90%以上である。Si含有量が0.40%未満の場合、残留オーステナイトの体積率が3.0%未満となり、パーライトの体積率が3.0%を超えてしまう。
一方、Si含有量が増すと、残留オーステナイトの体積率が高まるが、1.40%を超えると残留オーステナイトの体積率が12.0%を超え、熱延鋼板の穴広げ性を低下させる。加えて、Siは酸化物形成能が高いため、Si含有量が過剰であると、溶接部において酸化物を形成させたり、部品製造工程で熱延鋼板の化成処理性を劣化させる。そのため、Si含有量は1.40%以下とする。好ましくは、1.30%以下である。
【0021】
Mn:1.70~2.75%
Mnは、熱延鋼板の強度を向上させるために必要な元素である。Mn含有量が、1.70%未満であると、フェライトの体積率が10.0%を超えて、1150MPa以上の引張強さを得ることができない。そのため、Mn含有量は1.70%以上とする。好ましくは、1.80%以上である。
一方、Mn含有量が、2.75%を超えると、鋳造スラブの靱性が劣化し、熱間圧延することができない。そのため、Mn含有量は2.75%以下とする。好ましくは、2.70%以下である。
【0022】
Al:0.01~0.55%
Alは、脱酸剤として作用し、鋼の清浄度を向上させる元素である。この効果を得るために、Al含有量は0.01%以上とする。好ましくは、0.10%以上である。
一方、Al含有量が0.55%超では、鋳造が困難となる。そのため、Al含有量は、0.55%以下とする。Alは酸化性元素であり、連続鋳造性をより向上する効果、およびコスト低減効果を得るためには、Al含有量は0.30%以下が好ましい。
【0023】
Nb:0.006~0.050%
Nbは、熱間圧延工程でのオーステナイト粒の異常粒成長を抑制することで、成形損傷部の凹部の深さを小さくする。この効果を得るために、Nb含有量は0.006%以上とする。Nb含有量を0.025%以上とすれば、上記効果は飽和する。
一方、Nb含有量が0.050%超であると、鋳造スラブの靱性が劣化し、熱間圧延することができない。そのため、Nb含有量0.050%以下とする。好ましくは、0.025%以下である。
【0024】
P:0.080%以下
Pは、熱延鋼板の製造過程で不可避的に混入する不純物元素である。P含有量が多くなる程、熱延鋼板が脆化する。熱延鋼板を自動車足回り部品に適用する場合には、P含有量は0.080%まで許容できる。そのため、P含有量は0.080%以下とする。好ましくは、0.010%以下である。なお、P含有量を0.0005%未満に低減すると、脱Pコストが著しく増加するため、P含有量は0.0005%以上としてもよい。
【0025】
S:0.010%以下
Sが溶鋼中に多量に含まれる場合、MnSを形成し、熱延鋼板の延性および靱性を劣化させる。そのため、S含有量は0.010%以下とする。好ましくは、0.008%以下である。なお、S含有量を0.0001%未満に低減すると、脱Sコストが著しく増加するため、S含有量は0.0001%以上としてもよい。
【0026】
N:0.0050%以下
Nは、熱延鋼板の製造過程で不可避的に混入する不純物元素である。N含有量が0.0050%超となると、熱延鋼板の穴広げ性が劣化する。そのため、N含有量は0.0050%以下とする。好ましくは、0.0040%以下である。なお、N含有量を0.0001%未満に低減すると、製鋼コストが著しく増加するため、N含有量は0.0001%以上としてもよい。
【0027】
Ti:0.004~0.180%
Tiは、窒化物を形成することで、後述するB含有による効果を高める効果がある。この効果を得るために、Ti含有量は0.004%以上とする。好ましくは、0.006%以上である。Tiを含有させて、B含有による効果を高めるためには、Ti含有量は0.013%以上とすればよい。
一方、Tiは、スラブの靱性を劣化させる元素である。Ti含有量が0.180%を超える場合、スラブ割れが頻発する場合、および溶体化でのコストを高める場合がある。そのため、Tiは、0.180%以下とする。好ましくは、0.140%以下、0.100%以下である。
【0028】
B:0.0004~0.0030%
Bは、冷却工程でのフェライトの生成を抑制する元素である。この効果を得るために、B含有量は0.0004%以上とする。好ましくは、0.0011%以上である。
一方、0.0030%を超えてBを含有させても上記効果は飽和するため、B含有量は0.0030%以下とする。好ましくは、0.0020%以下である。
【0029】
本実施形態に係る熱延鋼板の化学組成の残部は、Feおよび不純物であってもよい。本実施形態において、不純物とは、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境等から混入されるものであって、本実施形態に係る熱延鋼板に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0030】
本実施形態に係る熱延鋼板は、Feの一部に代えて、Mo、V、CrおよびCaからなる群のうち、一種または二種以上を任意元素として含んでもよい。上記任意元素を含有させない場合の含有量の下限は0%である。以下、各任意元素について説明する。
【0031】
Mo:0~0.150%
Moは、鋼の焼入れ性を高める元素であり、熱延鋼板の強度を調整する元素として含有させてもよい。上記効果を確実に得るためには、Mo含有量は0.030%以上とすることが好ましい。一方、0.150%を超えてMoを含有させても、上記効果は飽和する。そのため、Mo含有量は0.150%以下とすることが好ましい。
【0032】
V:0~0.300%
Vは、微細な炭化物の形成によって強度を高める効果がある。この効果を確実に得るには、V含有量は0.050%以上とすることが好ましい。しかし、Vを過度に含有させると、鋼中に窒化物を形成することで、スラブ靱性が劣化して通板が困難となる。そのため、V含有量は、0.300%以下とすることが好ましい。
【0033】
Cr:0~0.500%
Crは、Mnと類似した効果を発現する元素である。熱延鋼板の強度向上効果を確実に得るためには、Cr含有量は0.050%以上とすることが好ましい。一方、0.500%を超えてCrを含有させても、上記効果は飽和する。そのため、Cr含有量は0.500%以下とすることが好ましい。
【0034】
Ca:0~0.0020%
Caは、微細なCaSを形成することで、局部延性が向上し、穴広げ性が向上する。しかしながら、Ca含有量が0.0020%超であると、連続鋳造時のノズルでの酸化物形成によって、製造性を劣化させ、また、これらの酸化物の巻き込みによって成形性が劣化する。そのため、Ca含有量は0.0020%以下とすることが好ましい。なお、上記効果を得るためには、Ca含有量は0.0006%以上とすることが好ましい。
【0035】
上述した熱延鋼板の化学組成は、スパーク放電発光分光分析装置などを用いて、分析すればよい。なお、CおよびSはガス成分分析装置などを用いて、酸素気流中で燃焼させ、赤外線吸収法によって測定することで同定された値を採用する。また、Nは、熱延鋼板から採取した試験片をヘリウム気流中で融解させ、熱伝導度法によって測定することで同定された値を採用する。
【0036】
次に、本実施形態に係る熱延鋼板の金属組織について説明する。金属組織の特徴は、熱延鋼板の強度および成形性を向上する効果に加え、成形損傷部における疲労特性を向上できる範囲に限定される。
【0037】
本実施形態に係る熱延鋼板は、表面から板厚方向に1/4位置および前記表面から板厚方向に1/2位置の金属組織において、体積%で、残留オーステナイトが3.0~12.0%であり、ベイナイトが75.0%以上、97.0%未満であり、フェライトが10.0%以下であり、マルテンサイトが10.0%以下であり、パーライトが3.0%以下であり、前記表面~前記表面から板厚方向に100μm位置の領域の金属組織において、旧オーステナイト粒の平均粒径が25.0μm以下であり、一方の面における、前記一方の前記面の法線と前記一方の前記面の前記法線に近傍する(011)極点との回転角が5゜以下である領域の最大深さと、他方の面における、前記他方の前記面の法線と前記他方の前記面の前記法線に近傍する(011)極点との回転角が5゜以下である領域の最大深さとの比が1.00~1.20である。
以下、各規程について説明する。
【0038】
残留オーステナイト:3.0~12.0%
残留オーステナイトは、熱延鋼板の延性を高めるために、体積率で3.0%以上とする必要がある。熱延鋼板の疲労特性を向上させるため、残留オーステナイトの体積率は、6.0%以上とすることが好ましい。
一方、残留オーステナイトの体積率が12.0%超の場合、熱延鋼板の穴広げ性が劣化する。そのため、残留オーステナイトの体積率は12.0%以下とする。好ましくは、10.0%以下、または9.0%以下である。
【0039】
ベイナイト:75.0%以上、97.0%未満
ベイナイトは所定の強度を有しながら、延性および穴広げ性のバランスに優れた組織である。まず、全伸びを13.0%以上とするためには、残留オーステナイトの体積率を3.0%以上とし、且つベイナイトの体積率を97.0%未満とする必要がある。そのため、ベイナイトの体積率は97.0%未満とする。好ましくは、95.0%以下である。
一方、ベイナイトの体積率が75.0%未満である場合、組織の均質性が失われ、穴広げ性が劣化する。そのため、ベイナイトの体積率は、75.0%以上とする。好ましくは80.0%以上である。
【0040】
フェライト:10.0%以下
フェライトは変形能が高く、熱延鋼板の延性を向上させるために有効な組織であるが、体積率が多すぎると熱延鋼板の強度が低下する。フェライトの体積率が10.0%を超えると、熱延鋼板の強度が低下し、引張強さが1150MPa未満となる。そのため、フェライトの体積率は10.0%以下とする。好ましくは6.0%以下である。フェライトの体積率の下限は特に限定しないが、0%としてもよい。
【0041】
マルテンサイト:10.0%以下
マルテンサイトは強度を高める効果があるが、局部変形能が低く、体積率が高まることで熱延鋼板の局部伸びおよび穴広げ性が低下する。マルテンサイトの体積率が10.0%を超えると、熱延鋼板の穴広げ率が35.0%未満となる。そのため、マルテンサイトの体積率は10.0%以下とする。好ましくは6.0%以下である。マルテンサイトの体積率の下限は特に限定しないが、0%としてもよい。
【0042】
パーライト:3.0%以下
パーライトは熱延鋼板の穴広げ性を劣化させる組織である。パーライトの体積率が3.0%を超えると、熱延鋼板の穴広げ率が35.0%未満となる。そのため、パーライトの体積率は3.0%以下とする。好ましくは、1.5%以下である。パーライトの体積率の下限は特に限定しないが、0%としてもよい。
【0043】
残留オーステナイトの体積率の測定方法
残留オーステナイトの体積率は、EBSPによって測定する。EBSPによる解析は、熱延鋼板の表面から板厚方向で1/4位置(表面から板厚方向に1/8深さ~表面から板厚方向に3/8深さの領域)、および表面から板厚方向に1/2位置(表面から板厚方向に3/8深さ~表面から板厚方向に5/8深さの領域)について行う。サンプルは、#600から#1000の炭化珪素ペーパーを使用して研磨した後、粒度1~6μmのダイヤモンドパウダーをアルコール等の希釈液や純水に分散させた液体を使用して鏡面に仕上げた後、測定断面のひずみを十分に除去することを目的に電解研磨によって仕上げられたものとする。電解研磨は過塩素酸エタノールの混合液を用いて、液温を-80℃として行う。ここで、電解研磨での電圧は、表層の研磨層厚が一定となるよう、また、ピット等の研磨による欠陥が発生しないように調整すればよい。
【0044】
EBSPでの測定は、加速電圧を15~25kVとし、少なくとも0.25μm以下の間隔で測定し、板厚方向に150μm以上、圧延方向に250μm以上の範囲における各々の測定点の結晶方位情報を得る。得られた結晶構造のうち、EBSP解析装置に付属のソフトウェア「OIM Analysis(登録商標)」に搭載された「Phase Map」機能を用いて、結晶構造がfccであるものを残留オーステナイトと判定する。残留オーステナイトと判定された測定点の比率を求めることで、残留オーステナイトの面積率を得る。得られた残留オーステナイトの面積率を、残留オーステナイトの体積率とみなす。
【0045】
ここで、測定点数は多いほど好ましいため、測定間隔は狭く、また、測定範囲は広い方が良い。しかし、測定間隔が0.01μm未満の場合、隣接点が電子線の広がり巾に干渉する。そのため、測定間隔は0.01μm以上とする。また、測定範囲は最大でも板厚方向に200μm、圧延方向に400μmとすればよい。また、測定には、サーマル電界放射型走査電子顕微鏡(JEOL製JSM-7001F)とEBSD検出器(TSL製DVC5型検出器)とで構成された装置を用いる。この際、装置内の真空度は9.6×10-5Pa以下、照射電流レベルは13、電子線の照射レベルは62とする。
【0046】
フェライトの体積率の測定方法
フェライトの体積率は、金属組織写真を組織観察することで求められた、鉄系炭化物が生成していない結晶粒の面積率とする。加えて、フェライトは結晶粒内において、亜粒界や変態によって生成した界面が存在しないことが特徴であり、前記鉄系炭化物が存在せず、結晶粒内に界面の存在しない結晶粒をフェライト粒と定義する。熱延鋼板の圧延方向と直行する板厚断面が観察できるようにサンプルを採取し、エタノールと3~5%の濃度に調整されたナイタール腐食液とを用いて、10~15秒間断面を腐食してフェライトを現出させる。熱延鋼板の表面から板厚方向に1/4位置(表面から板厚方向に1/8深さ~表面から板厚方向に3/8深さの領域)および表面から板厚方向に1/2位置(表面から板厚方向に3/8深さ~表面から板厚方向に5/8深さの領域)を500~1000倍の倍率でそれぞれ撮影した金属組織写真を用いて組織観察を行う。組織写真の撮影には、光学顕微鏡を用いる。金属組織写真は、表面から板厚方向に1/4位置、および表面から板厚方向に1/2位置のそれぞれで3視野以上を準備する。各金属組織写真において観察されるフェライト粒の面積率を求め、これらの平均値を算出することで、フェライトの面積率の平均値を得る。この平均値を、フェライトの体積率とみなす。
なお、鉄系炭化物は円相当直径1μm以下の黒い粒状のコントラストとして認められ、結晶粒内で観察されるものである。
【0047】
マルテンサイトの体積率の測定方法
マルテンサイトの体積率は、金属組織写真から同定されたマルテンサイトの面積率とする。熱延鋼板の圧延方向と直行する板厚断面が観察できるようにサンプルを採取し、熱延鋼板の表面から板厚方向に1/4位置(表面から板厚方向に1/8深さ~表面から板厚方向に3/8深さの領域)および表面から板厚方向に1/2位置(表面から板厚方向に3/8深さ~表面から板厚方向に5/8深さの領域)を500~1000倍の倍率でそれぞれ撮影した金属組織写真を用いて組織観察を行う。金属組織は、ピクリン酸、二亜硫酸ナトリウムおよびエタノールを混合したレペラ腐食液を用いて、液温60~80℃で30~60秒間腐食することで現出させる。撮影された組織写真において、白のコントラストで観察される塊状の組織がマルテンサイトおよび残留オーステナイトの混合組織である。このマルテンサイトおよび残留オーステナイトの混合組織の面積率をマルテンサイトおよび残留オーステナイトの合計の体積率とする。このマルテンサイトおよび残留オーステナイトの合計の体積率から、前記の方法で測定された残留オーステナイトの体積率を差し引いた値をマルテンサイトの体積率とする。
【0048】
パーライトの体積率の測定方法
パーライトの体積率は、金属組織写真を組織観察することで求められた、ラメラ状の組織の面積率とする。金属組織写真は前記フェライトの体積率を測定する際に用いた同一の写真を用いてよい。この金属組織写真から同定されたパーライトの面積率を、パーライトの体積率とする。
【0049】
ベイナイトの体積率の測定方法
ベイナイトの体積率は、前記の方法で測定された、残留オーステナイト、フェライト、マルテンサイトおよびパーライトの体積率の合計を100%から差し引いた値とする。
【0050】
旧オーステナイト粒の平均粒径:25.0μm以下
成形損傷部の凹部の深さは、前記の通り、曲げあるいは曲げ曲げ戻し変形を受けた際の、鋼板表面の塑性隆起の凹凸の発達と金型接触とによって生ずる。これらのうち、鋼板表面の塑性隆起の程度は、鋼板表層の有効結晶粒径の大きさに依存する。前記の金属組織の構成において、有効結晶粒径は旧オーステナイト粒の平均粒径に対応し、旧オーステナイト粒界が最も大きな変形の単位となる。旧オーステナイト粒の平均粒径が25.0μmを超える場合、成形損傷部の凹部の深さが深くなり、熱延鋼板の成形損傷部における疲労特性が劣化する。そのため、表層領域(表面~表面から板厚方向に100μm位置の領域)における旧オーステナイト粒の平均粒径は25.0μm以下とする。好ましくは、20.0μm以下、または15.0μm以下である。
なお、旧オーステナイト粒の平均粒径は小さい方が好ましいが、3.0μm未満とするためには極めて高い圧延負荷が必要となるため、3.0μm以上としてもよい。
【0051】
旧オーステナイト粒の平均粒径の測定方法
旧オーステナイト粒の平均粒径を測定するためには、熱延鋼板の圧延方向と直行する板厚断面が観察できるようにサンプルを採取し、ピクリン酸飽和水溶液およびドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム腐食液によって板厚断面の組織を現出させたサンプルを用いる。このサンプルの表層領域(表面~表面から板厚方向に100μm位置の領域)において、走査型電子顕微鏡を用いて500倍の倍率で撮影した組織写真を用いて、旧オーステナイト粒の円相当直径を測定する。なお、走査型電子顕微鏡は、2電子検出器を装備しているものとする。組織写真の撮影は、9.6×10-5Pa以下の真空において、加速電圧15kV、照射電流レベル13にて試料に電子線を照射し、表層領域(熱延鋼板の表面~表面から板厚方向に100μm位置の領域)の二次電子像を撮影する。撮影視野数は10視野以上とする。撮影した二次電子像においては、旧オーステナイト粒界が明るいコントラストとして撮像される。観察視野に含まれる旧オーステナイト粒の1つについて、円相当直径を算出する。撮影視野の端部等、結晶粒の全体が撮影視野に含まれていない旧オーステナイト粒を除き、観察視野に含まれる全ての旧オーステナイト粒について上記操作を行い、当該撮影視野における全ての旧オーステナイト粒の円相当直径を求める。各撮影視野において得られた旧オーステナイト粒の円相当直径の平均値を算出することで、旧オーステナイト粒の平均粒径を得る。
【0052】
一方の面における、前記一方の前記面の法線と前記一方の前記面の前記法線に近傍する(011)極点との回転角が5゜以下である領域の最大深さと、他方の面における、前記他方の前記面の法線と前記他方の前記面の前記法線に近傍する(011)極点との回転角が5゜以下である領域の最大深さとの比:1.00~1.20
成形損傷部の凹部は、成形時の鋼板表層の塑性変形による凹凸の発達と金型接触とによって形成される。このことから、発明者らは、凹部の深さは鋼板表層の変形の単位に依存し、高強度鋼においては旧オーステナイト粒径によって低減できることを見出した。しかしながら、旧オーステナイト粒径の制御のみでは、成形損傷部において所望の疲労特性が得られない。部品の疲労損傷は、最も剛性の高い箇所に高い応力が発生するため、縦壁およびR部の平面部で最も進行する。このR部では、ハット成形のような曲げあるいは曲げ曲げ戻し変形を受ける。発明者らの創意検討の結果、表面の法線と、前記表面の前記法線に近傍する(011)極点との回転角が5゜以下である領域の最大深さが、鋼板の表裏面で異なっており、鋼板の表裏面における前記領域の最大深さの比で凹部深さが決められること、およびその比を1.00~1.20とすることで、成形損傷部でも所望の疲労特性が得られることを見出した。したがって、鋼板の一方の面の法線と前記一方の前記面の前記法線に近傍する(011)極点との回転角が5゜以下である領域の最大深さと、他方の面における、前記他方の前記面の法線と前記他方の前記面の前記法線に近傍する(011)極点との回転角が5゜以下である領域の最大深さとの比(以下、単に最大深さの比と記載する場合がある)は1.00~1.20とする。最大深さの比は、1.15以下、または1.10以下とすることが好ましい。
【0053】
以下に、一方の面の法線と前記一方の前記面の前記法線に近傍する(011)極点との所定の回転角を有する領域の最大深さの測定方法について説明する。
前述の旧オーステナイト粒の体積率を測定したサンプルと同様の方法で断面を鏡面仕上げしたサンプルを用いて、EBSPによって測定する。サンプルは、測定断面のひずみを十分に除去することを目的に電解研磨によって仕上げられたものとする。
EBSPでの測定は、加速電圧を15~25kVとして、測定範囲を板厚全厚とし、圧延方向に1000μm以上の範囲を測定範囲とすればよい。また、結晶方位の平均的な特徴を測定することが目的であるため、測定間隔は5μm以上でよい。測定されない結晶粒が多くなることを避けるため、測定間隔は25μm以下とする。なお、結晶方位データは測定座標系と合わせて記録されたものとする。得られた結晶方位データから、鋼板の一方の面の法線とその法線に近傍する(011)極点との回転角は、以下の方法により測定する。
【0054】
熱延鋼板の一方の面(表面あるいは裏面)の法線と、この法線に近傍する(011)極点との回転角は、EBSP測定により得られた結晶方位データを正極点図上にプロットして計測される値である。正極点図上に結晶方位をプロットする際、正極点図の座標系は、法線(原点ND)は熱延鋼板の板面の法線、水平軸TDを板幅方向とし、水平軸に直交する軸RDが圧延方向となるように、(011)方位の極点を表示する。上述のように結晶方位は、圧延方向に1000μm以上、測定範囲を板厚全厚の範囲を所定の間隔で測定した点群である。この点群を板厚方向に20分割し、(011)極点図を描く。このようにして描いた熱延鋼板の一方の面からそれぞれの深さ方向位置における(011)極点図において、原点ND(熱延鋼板の一方の面の法線)と最も近接する(011)極点との角度を測定する。この測定値を、一方の面の法線とその法線に近傍する(011)極点との回転角と定義する。それぞれの深さ方向位置において、回転角が5°以下となる領域の最大深さを求める。
【0055】
上述の操作を熱延鋼板の表面および裏面で行うことで、熱延鋼板の両面における、表面の法線と前記表面の前記法線に近傍する(011)極点との所定の回転角を有する領域の最大深さを得る。表裏面の内、最大深さがより大きい方の面の値を、もう一方の面の値で除した値を算出することで、一方の面における、前記一方の前記面の法線と前記一方の前記面の前記法線に近傍する(011)極点との回転角が5゜以下である領域の最大深さと、他方の面における、前記他方の前記面の法線と前記他方の前記面の前記法線に近傍する(011)極点との回転角が5゜以下である領域の最大深さとの比を得る。
【0056】
引張強さ:1150MPa以上
本実施形態に係る熱延鋼板は、引張強さが1150MPa以上である。引張強さが1150MPa未満であると、適用できる自動車足回り部品が限定されてしまう。そもそも、引張強さが1150MPa未満の場合には、成形損傷部における疲労特性の向上は課題とされない。引張強さは、1200MPa以上、または1300MPa以上としてもよい。引張強さは高い程好ましいが、熱延鋼板の高強度化による部品の軽量化効果の観点から1500MPa以下としてもよい。
【0057】
引張強さは、JIS Z 2241:2011の5号試験片を用いて、JIS Z 2241:2011に準拠して引張試験を行うことで、測定する。引張試験片の採取位置は、板幅方向中央位置とし、圧延方向に垂直な方向を長手方向とする。
【0058】
全伸び:13.0%以上
全伸びは、自動車足回り部品のフランジ部および張出部などの成形時にネッキングあるいは破断が生じないようにするために、13.0%以上とする必要がある。そのため、全伸びは13.0%以上としてもよい。好ましくは、14.0%以上である。
なお、全伸びとは、前記引張強さを測定する引張試験における、破断時の伸びのことである。
【0059】
穴広げ率:35.0%以上
本実施形態に係る熱延鋼板は、穴広げ率を35.0%以上としてもよい。穴広げ率が35.0%未満では、円筒バーリング部端部で成形破断が生じるため、自動車足回り部品に適用することができない場合がある。円筒バーリング部の成形高さをより高めるために、穴広げ率は、50.0%以上としてもよい。
穴拡げ率は、穴拡げ試験をJIS Z 2256:2010準拠して行うことで、測定する。
【0060】
成形損傷部の疲労強度:350MPa以上
現在適用されている780MPa級の鋼板では、成形損傷部の凹部による疲労強度は課題とされておらず、疲労限度比は0.45以上となる。本実施形態に係る熱延鋼板では、成形損傷部の凹部があっても、780MPa級の鋼板と同等の疲労強度を得る必要があるため、成形損傷部の疲労強度が350MPa以上であることが好ましい。成形損傷部の疲労強度が350MPa以上であれば、成形損傷部における疲労強度に優れるとみなすことができる。
なお、疲労限度比は疲労強度を引張強さで除した値(疲労強度/引張強さ)のことである。
【0061】
成形損傷部の凹部の疲労特性は、短冊状の熱延鋼板をハット成形し、成形後の熱延鋼板から作製した平面曲げ疲労試験片を用いて疲労強度を測定することにより評価する。ハット成形では縦壁が形成される際に、曲げ曲げ戻し変形を受けながらポンチに接触するため、足回り部品の縦壁部近傍のフラット-R部に形成する凹部を再現できる。ハット成形に用いる短冊状の熱延鋼板は、長手方向をL方向として、幅35mm、長さ400mmのサイズとする。この短冊状の熱延鋼板をR6程度の角頭ポンチを用いてハット成形する。成形試験には、ERICHSEN社製、型式145-100を用いる。成形後のハット試験片の縦壁から、JIS Z 2275:1978に準拠した形状の試験片を作製し、疲労試験を実施する。疲労試験条件は、室温下で、応力比R=-1、周波数25Hzとし、10回まで繰返し負荷を与え、破断繰り返し数を測定する。10回までに破断しない応力を疲労強度とする。
【0062】
上述した化学組成および金属組織を有する本実施形態に係る熱延鋼板は、表面に耐食性の向上等を目的としてめっき層を備えさせて表面処理鋼板としてもよい。めっき層は電気めっき層であってもよく溶融めっき層であってもよい。電気めっき層としては、電気亜鉛めっき、電気Zn-Ni合金めっき等が例示される。溶融めっき層としては、溶融亜鉛めっき、合金化溶融亜鉛めっき、溶融アルミニウムめっき、溶融Zn-Al合金めっき、溶融Zn-Al-Mg合金めっき、溶融Zn-Al-Mg-Si合金めっき等が例示される。めっき付着量は特に制限されず、従来と同様としてよい。また、めっき後に適当な化成処理(例えば、シリケート系のクロムフリー化成処理液の塗布と乾燥)を施して、耐食性をさらに高めることも可能である。
【0063】
次に、本実施形態に係る熱延鋼板の好ましい製造方法について説明する。以下に説明する鋳造工程および熱間圧延工程は、成形損傷部の凹部の深さを低減するために必要な要件であり、板厚方向の結晶方位および旧オーステナイト粒の平均粒径を制御する重要な工程である。
【0064】
本実施形態に係る熱延鋼板の好ましい製造方法は、以下の工程を備える。
所定の化学組成を有するスラブを連続鋳造するにあたり、メニスカス~前記メニスカスから1.0mの領域における表面温度の平均冷却速度勾配が0.20~15.00℃/sとなるように連続鋳造して前記スラブを得る連続鋳造工程、
前記スラブを1200℃以上に加熱する加熱工程、
前記加熱後の前記スラブを粗圧延した後、870~980℃の温度域における合計圧下率が80%以上となり、870~980℃の前記温度域において、圧延スタンド間での経過時間が4.00秒以下となるように仕上げ圧延する熱間圧延工程、
300~550℃の温度域まで冷却する冷却工程、
前記冷却後、巻取り温度が300~550℃の前記温度域となるように巻取る巻取り工程。
以下、各工程について説明する。
【0065】
連続鋳造工程
上述の化学組成を有するスラブを連続鋳造するにあたり、メニスカス~メニスカスから1.0mの領域における表面温度の平均冷却速度勾配は0.20~15.00℃/sとする。なお、本実施形態において、表面温度の平均冷却速度勾配とは、メニスカスから1.0m範囲内においての冷却速度の時間変化のことである。この平均冷却速度勾配は、メニスカスからの距離が0.1mの位置、0.5mの位置および1.0mの位置で鋳型銅板に埋設した温度計により得られる温度データに基づいて計算することができる。ある時間における、メニスカスからの距離が0.1mの位置、0.5mおよび1.0mの位置の測温値をT0.1、T0.5およびT1.0とする。凝固シェルがメニスカスから0.1mの位置にある時間をt0.1とした場合、その凝固シェルがメニスカスから0.5m位置を通過するのは、鋳造速度をV(m/sec)とすると、t0.5=(t0.1+0.4/V)となる。同様に、上記凝固シェルがメニスカスから1.0mの位置を通過するのは、t1.0=(t0.1+0.9/V)となる。以上の関係を持つt0.1、t0.5、t1.0と、それぞれの位置における測温値T0.1、T0.5およびT1.0とを用いて、メニスカスから1.0m範囲内における冷却速度勾配を表すと、(4/9)×V×T1.0+(5/9)×V×T0.1-(1.62/1.25)×V×T0.5となる。
【0066】
対象鋼の連続鋳造の開始から終了までに、任意のある時間についてスラブの表裏面について冷却速度勾配を求め、その平均値を、その時間の冷却速度勾配とする。少なくとも、このある時間の冷却速度勾配を20点以上計測し、その平均値をメニスカス~メニスカスから1.0mの領域における表面温度の平均冷却速度勾配とする。なお、測定は最大で100点とすればよい。
【0067】
表面温度の冷却速度は、凝固初期の柱状晶の成長に影響を及ぼし、その勾配が表層の柱状晶コロニーの生成頻度に影響する。メニスカス~メニスカスから1.0mの領域における表面温度の平均冷却速度勾配が15.00℃/s超では、最大深さの比が1.20を超える。上記領域における平均冷却速度勾配は、小さい方が好ましいが、0.20℃/s未満では、冷却制御が極めて困難となるため、0.20℃/s以上が好ましい。
【0068】
連続鋳造工程での平均鋳造速度は、一般的な範囲でよく、0.8m/min以上でも、1.2m/min以上でもよい。コスト削減の観点からは1.2m/min以上とすることが好ましい。一方、平均鋳造速度が2.5m/min超では、凝固過程でのスラブの欠陥が生じ易くなる。そのため、平均鋳造速度は2.5m/min以下が好ましい。
また、平均鋳造速度が0.6m/min未満では、スラブ厚さ方向での冷却温度勾配は下がるが経済性を著しく損ねる。したがって、平均鋳造速度は0.6~2.5m/minが好ましい。なお、ここでいう冷却温度勾配と、上述の平均冷却速度勾配とは異なるものである。
【0069】
加熱工程
連続鋳造により得られたスラブを、表面温度が1200℃以上となるように加熱して、溶体化する。スラブがTiを含有する場合、Tiをより確実に固溶させるために、加熱温度は1230℃以上とすることが好ましい。また、加熱前のスラブ温度は、室温まで冷却されたスラブでもよく、熱応力等による割れが懸念される場合、連続鋳造後の高温のままとしてもよい。加熱工程における加熱は、所定の温度に制御された炉内へ装入することで行うが、スラブ表面温度が1200℃以上となる時間(保持時間)を30分以上とすれば十分である。また、スラブがTiを含有する場合、加熱温度が1230℃以上となる時間(保持時間)を30分以上とすれば十分である。保持時間の上限は、300分以下とすればよい。炉内では、無機物のスキッド上にスラブが配置されるが、この際に無機物と鉄との反応によって加熱されたスラブが溶解しない温度以下で加熱して溶体化すればよい。例えば、加熱温度は1400℃以下とすればよい。
【0070】
熱間圧延工程
スラブを加熱した後は、粗圧延を施し、その後、以下に説明する範囲で仕上げ圧延を行う。仕上げ圧延は、870~980℃の温度域における合計圧下率が80%以上となるように行う。仕上げ圧延温度が980℃超では、圧延スタンドでの合計圧下率に関わらず、オーステナイト粒の平均粒径が大きくなり、成形損傷部の凹部の深さを低減できず、成形損傷部において優れた疲労特性を得ることができない。
【0071】
870~980℃の温度域における合計圧下率が80%未満の場合、旧オーステナイト粒の平均粒径が25.0μmを超える。ここでいう合計圧下率とは、噛込み温度が870~980℃となる圧延スタンドのそれぞれの圧下率を足し合わせた値である。870~980℃の温度域における合計圧下率の上限は、95%以下としてもよい。
【0072】
また、熱間圧延工程において、粗圧延後の板厚tと仕上げ圧延後の製品板厚tとの比である総板減率((1-t/t)×100)が80%未満では、どのように圧延温度を制御しても、870~980℃の温度域における合計圧下率を80%以上とすることができないため、総板減率は80%以上に制限される。この総板減率が高いほど歩留りが高まるため好ましいが、98%を超える場合、圧延機への負荷が高まり、ロール交換等のコストが高まる。この総板減率は、ロールへの負荷を考慮すると、95%以下がより望ましい。したがって、粗圧延後の板厚と仕上げ圧延後の製品板厚との比である総板減率は80%以上に制限される。また、総板減率は98%以下が望ましい。
【0073】
全圧延スタンド数は特に制限されないが、圧延機の耐荷重あるいはトルクなどの能力に応じて決めてよい。一般的に、噛込み温度が870~980℃となる圧延スタンドの数は2スタンド以上となる。870~980℃の温度域における仕上げ圧延において、圧延スタンド間での経過時間が4.00秒を超える場合、その区間でオーステナイト粒が成長し、旧オーステナイト粒の平均粒径が25.0μm超となるため、好ましくない。したがって、噛込み温度が870~980℃となる圧延スタンドの数が2スタンドを超える場合、圧延スタンド間での経過時間は4.00秒以下とする。圧延スタンド間での経過時間が0.30秒未満である場合、圧延ロールへの負荷が高まるため、上記経過時間は0.30秒以上としてもよい。
なお、噛込み温度は、各スタンドに設置された放射温度計などの温度計にて計測された鋼板表面温度で求めればよい。
【0074】
冷却工程
仕上げ圧延後は、350~550℃の温度域まで冷却する。仕上げ圧延後の冷却停止温度が330~550℃の温度域外であると、後述の巻取りを所望の温度域で行うことができない。
【0075】
巻取り工程
冷却後は、熱延鋼板の強度を1150MPa以上とするため、巻取り温度が350~550℃の温度域となるように巻取る。巻取り温度が350℃未満であると、マルテンサイトの体積率が増える。そのため、巻き取り温度は350℃以上とする。好ましくは380℃以上である。一方、巻取り温度が550℃超では、ベイナイトの体積率が減少し、さらに、570℃以上ではフェライトの体積率が増える。そのため、巻き取り温度は550℃以下とする。好ましくは480℃以下である。
【0076】
巻取り温度は、冷却後、冷却装置から巻取り機までの区間に設置された温度計でコイル全長にわたって測定された、コイル全長にわたる鋼板表面温度の平均値を用いればよい。コイル全長にわたる鋼板表面温度の平均値は、コイル状に巻取られた後のコイル温度と同等であるためである。なお、コイル内での材質ばらつきを低減させるためには、コイルの任意のポイントでの巻取り温度は、最大でも480℃以下とすることが好ましい。すなわち、コイル全長にわたって、鋼板表面温度は480℃以下とすることが好ましい。
【0077】
本実施形態では、冷却工程における冷却開始から、巻取り工程における巻取り開始までの経過時間を30秒以下とすることが好ましい。ここでいう経過時間とは、仕上げ圧延完了から巻取り開始までの時間である。本実施形態に係る熱延鋼板の化学組成においては、冷却時間は特に制限されないが、冷却時間が長い場合、冷却帯での空冷帯長が長くなり、表層のスケール厚さが厚くなることで、酸洗工程でのコストが増加する。したがって、冷却時間は30秒以下が好ましい。なお、冷却工程において、冷却開始から巻取り開始までの経過時間の調整は、冷却工程における冷却の平均冷却速度を調整することで行えばよい。仕上げ圧延後の冷却方法は、ランアウトテーブル上で水冷または空冷等、所望の冷却時間になるように冷却方法を選択すればよい。
【0078】
以上の方法で製造された熱延鋼板は、室温になるまで放冷されても、コイル状に巻取られた後に水冷されてもよい。室温まで冷却された場合は、再度巻き開いて、酸洗されてもよく、残留応力や形状を整えるためのスキンパス圧延が施されてもよい。
【0079】
焼戻し工程
本実施形態に係る熱延鋼板の好ましい製造方法は、上述の工程によって製造した熱延鋼板に対して、延性をより向上させるために、焼戻しを施す焼戻し工程を更に備えてもよい。
焼戻しを施す場合は、200℃以上、450℃未満の温度域で90~80000秒保持する条件で行うことが好ましい。焼戻し温度が200℃未満では、材質の変化はほとんど認められず、工程が増えることによって製造コストが高まるため好ましくない。また、焼戻し温度が450℃以上では、パーライト分率が3.0%を超えることで穴広げ性が低下する。焼戻し工程における平均昇温速度は特に制限されるものではないが、熱処理効率を下げないため、0.01℃/秒以上であればよい。また、焼き戻し中の雰囲気は酸化雰囲気でもよく、Nなどで置換された雰囲気でもよい。焼き戻しはコイル状の熱延鋼板に対して行ってもよいが、この場合はコイル内でのばらつきを低減させるため、保持時間は1000秒以上とすることが好ましい。
焼き戻しを施した熱延鋼板は、室温まで冷却した後、必要に応じて、熱間圧延あるいは熱処理で生成したスケールを除去するための酸洗を施してもよい。
【0080】
めっき工程
本実施形態に係る熱延鋼板の好ましい製造方法は、上述の方法によって製造した熱延鋼板または焼戻し工程後の熱延鋼板に対し、溶融亜鉛めっき処理を施す、めっき工程を更に備えてもよい。
溶融亜鉛めっき処理を施す場合、最高温度を450~495℃の温度域とし、且つこの温度域での滞在時間を75秒以下とすることが好ましい。450℃未満における滞在時間は、上記焼戻し工程と同様に、200℃以上、450℃未満の温度域で90~80000秒の滞在時間とすればよい。最高温度が495℃超であれば、滞在時間によらず、残留オーステナイトの体積率が3.0%未満となり、めっき付与後の熱延鋼板の延性が低下する。最高温度が450℃未満では、めっき層中に欠陥が発生するため好ましくない。その他の条件は、上記温度履歴の範囲にある場合、めっきの付与方法は特に限定されない。めっき付着量は特に制限されず、従来と同様としてよい。また、めっき後に適当な化成処理(例えば、シリケート系のクロムフリー化成処理液の塗布および乾燥)を施して、耐食性をさらに高めることも可能である。
【実施例
【0081】
表1に示す化学組成を有するスラブを連続鋳造により製造した。連続鋳造の条件は表2-1および表2-2に記載の条件とした。連続鋳造では、試験No.4、5、10、13および19の、メニスカス~メニスカスから1.0mの領域における表面温度の平均冷却速度勾配が15.00℃/secを超えた。
【0082】
得られたスラブを表2-1および表2-2に示す条件により、板厚2.6mmの熱延鋼板を製造した。必要に応じて、表2-1および表2-2に示す条件で、焼戻しおよびめっき処理を施した。なお、熱間圧延後の冷却では、表2-1および表2-2に記載の巻取り温度まで冷却した。また、冷却工程における冷却開始から、巻取り工程における巻取り開始までの経過時間は30秒以下であった。
【0083】
【表1】
【0084】
【表2-1】
【0085】
【表2-2】
【0086】
【表3-1】
【0087】
【表3-2】
【0088】
試験No.17~20、23および25では熱圧延後、コイルを巻開き、所定の特性評価が可能なサイズとなるように鋼板を切断し、箱型炉での熱処理(焼戻し)を実施した。なお、試験番号27および28では、表2-2に示した条件でめっき処理を施すことで、溶融亜鉛系めっき層を付与した。
【0089】
引張試験は、JIS Z 2241:2011の5号試験片を用いて、JIS Z 2241:2011に準拠して実施した。最大荷重を示した点から引張強さを求め、破断時の変位から全伸びを求めた。引張試験片の採取位置は、板幅方向中央位置とし、圧延方向に垂直な方向を長手方向とした。
【0090】
引張強さが1150MPa以上であった場合、優れた強度を有するとして合格と判定し、引張強さが1150MPa未満であった場合、優れた強度を有さないとして不合格と判定した。
【0091】
穴拡げ率は、JIS Z 2256:2010準拠して穴拡げ試験を行うことで、測定した。全伸びが13.0%以上、且つ穴拡げ率が35.0%以上であった場合、優れた成形性を有するとして合格と判定した。一方、いずれか一方でも満足しなかった場合、優れた成形性を有さないとして不合格と判定した。
【0092】
成形損傷部の疲労特性は、得られた熱延鋼板をハット成形し、成形後の熱延鋼板について、疲労試験を行うことで得られる疲労強度により評価した。疲労試験の条件は、上述の通りとした。
【0093】
疲労強度が350MPa以上であった場合、成形損傷部における疲労特性に優れるとして合格と判定し、疲労強度が350MPa未満であった場合、成形損傷部における疲労特性に優れないとして不合格と判定した。
【0094】
C含有量が低い試験No.29では、残留オーステナイト量が少なく、全伸びが13.0%未満であった。
C含有量およびSi含有量が高い試験No.30、およびSi含有量が高い試験No.31では、残留オーステナイトの体積率が高く、穴広げ率が低かった。
【0095】
Mn含有量が低い試験No.32、およびB含有量が低い試験No.36では、引張強さが1150MPa未満となった。
Si含有量が低い試験No.37は、残留オーステナイトの体積率が低く、全伸びが低かった。Nb含有量が低い試験No.38では、旧オーステナイト粒が粗大となり、成形損傷部の疲労強度が低かった。
なお、試験No.33~35では、鋳造でのノズル詰り、およびコーナー部での微割れから熱間圧延を実施できなかったため、熱延鋼板を製造することができなかった。
【0096】
化学組成が本発明の範囲内であっても、870~980℃の温度域における合計圧下率が80%未満であった試験No.9、また、870~980℃の温度域における圧延スタンド間の最大経過時間が4.00秒を超えた試験No.12は、旧オーステナイト粒が粗大となり、成形損傷部の疲労強度が低かった。
【0097】
巻取り温度が低い試験No.7は、穴広げ率が低かった。
巻取り温度が高い試験No.16は、ベイナイトの体積率が低く、穴広げ率が低かった。
巻取り温度が高い試験No.15は、フェライトの体積率が高く、引張強さが1150MPa未満となり、且つ穴拡げ率が低かった。
【0098】
熱間圧延後に焼戻しを施した、試験No.17~20、23および25のうち、焼戻し温度が450℃を超えた試験No.18のパーライトの体積率が高く、穴広げ率が低下した。
めっき処理を施した試験No.27および28のうち、試験No.28では、最高温度が495℃を超えたため、パーライトの体積率が増えることで穴広げ率が低下した。
【0099】
成形損傷部おける疲労強度は、引張強さ、全伸びおよび穴広げ率を支配する組織因子とは異なっており、図1および図2に示す通り、旧オーステナイト粒の平均粒径および最大深さの比(一方の面における、前記一方の前記面の法線と前記一方の前記面の前記法線に近傍する(011)極点との回転角が5゜以下である領域の最大深さと、他方の面における、前記他方の前記面の法線と前記他方の前記面の法線に近傍する(011)極点との回転角が5゜以下である領域の最大深さとの比)に支配されることが分かった。また、図3に示す通り、最大深さの比は、特に、メニスカス~メニスカスから1.0mの領域における表面温度の平均冷却速度勾配に支配されることが分かる。図3に示す通り、0.20~15.00℃/secの範囲で、最大深さの比が1.20以下となり、成形損傷部における疲労強度が350MPa以上となることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0100】
本発明に係る上記態様によれば、高い強度および優れた成形性を有し、且つ成形損傷部において優れた疲労特性を有する熱延鋼板およびその製造方法を提供することができる。本発明に係る上記態様によれば、成形損傷部における疲労特性に優れるため、R部を成形する際に形成されるR部近傍の平面部での凹部の深さを低減できる、熱延鋼板およびその製造方法を提供することができる。
図1
図2
図3