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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-29
(45)【発行日】2023-09-06
(54)【発明の名称】凍結保存液
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/076 20100101AFI20230830BHJP
   C12N 5/073 20100101ALI20230830BHJP
【FI】
C12N5/076
C12N5/073
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019080541
(22)【出願日】2019-04-19
(65)【公開番号】P2020130163
(43)【公開日】2020-08-31
【審査請求日】2022-02-15
(31)【優先権主張番号】P 2019026088
(32)【優先日】2019-02-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000158
【氏名又は名称】イビデン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001896
【氏名又は名称】弁理士法人朝日奈特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田畑 泰彦
(72)【発明者】
【氏名】水野 克秀
(72)【発明者】
【氏名】駒田 行哉
【審査官】大久保 智之
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第1992/021234(WO,A1)
【文献】特表2015-503927(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00-28
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水性溶媒中に、3000を超え、60000以下の粘度平均分子量を有するヒアルロン酸またはその塩を1w/v%以上、50w/v%以下の濃度(ただし、1w/v%を除く)で含む生体試料用の凍結保存液。
【請求項2】
前記ヒアルロン酸は、その官能基が修飾されていない請求項記載の凍結保存液。
【請求項3】
前記ヒアルロン酸が、10000以上の粘度平均分子量を有する請求項1または2記載の凍結保存液。
【請求項4】
凍結保存液中の前記ヒアルロン酸の濃度が、5w/v%以上、20w/v%以下である請求項1~のいずれか1項に記載の凍結保存液。
【請求項5】
細胞内非浸透型の凍結保存液である請求項1~のいずれか1項に記載の凍結保存液。
【請求項6】
前記生体試料が、細胞、組織、または、膜もしくは凝集体である組織様物である請求項1~のいずれか1項に記載の凍結保存液。
【請求項7】
前記生体試料が、間葉系幹細胞、血球細胞、内皮細胞、または移植用組織である請求項記載の凍結保存液。
【請求項8】
前記生体試料が、精子、卵子、または受精卵である請求項記載の凍結保存液。
【請求項9】
請求項1~のいずれか1項に記載の凍結保存液により、冷却速度10℃/min以下の緩慢凍結法で冷却および凍結を行う、生体試料の凍結方法。
【請求項10】
請求項1~8のいずれか1項に記載の凍結保存液中に生体試料を含ませる工程と、
前記生体試料を含む前記凍結保存液を凍結に供する工程と、
-70℃以下の温度に前記生体試料を含む前記凍結保存液を保持することで保存を行う工程と
を含む生体試料の凍結保存方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凍結保存液に関する。また、本発明は、凍結保存液を用いた生体試料の凍結保存方法、生体試料を保存する方法および生体試料の凍結保存剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の再生医療研究の飛躍的な発展に伴い、ヒトにのみならず獣医分野においても細胞治療などの再生医療が積極的に行われている。生体から採取した骨髄由来間葉系幹細胞や脂肪由来間葉系幹細胞は、採取の後に大量に増やし、上記のような再生医療や再生医療研究に用いられる。この際、余剰に増やした細胞を凍結保存し、適宜使用することが一般的である。また、このような細胞の安定供給に対する需要も高まっている。
【0003】
細胞の凍結保存メカニズムにおいて、凍結および/または解凍の過程で細胞内に氷結晶が成長すると、細胞膜や細胞内構造が損傷を受けたり、細胞のタンパク質が変性したりして細胞が致命的なダメージを受けてしまうことが知られている。したがって、細胞を凍結保存する際には、細胞内凍結を防ぐことが重要であり、通常、細胞の凍結保存には、メチルスルホキシド(DMSO)、グリセリン、プロピレングリコールなどの低分子化合物が細胞内浸透型の凍結保護試薬として、培養培地などの緩衝液に加えることにより用いられている(特許文献1)。このうち、DMSOが最もよく用いられており、細胞や細胞小器官を保護する効果は良好である。しかしながら、細胞内浸透型の凍結保存液では、細胞内に凍結保護試薬である低分子化合物が浸透するため、凍結保護試薬の細胞への影響が懸念されている(非特許文献1)。
【0004】
そこで、化学物質の代わりに、凍結保護試薬として天然の凍結保護剤を利用する試みも行われている。例えば、二糖、オリゴ糖、または高分子多糖が非浸透型の凍結保護試薬として、培養培地などの緩衝液に加えることが知られている。
【0005】
また、ハイドロゲルを形成する架橋体内に生体成分を保持させる方法も検討されている。特許文献2には、重量平均分子量が5000~400万である原料のヒアルロン酸に、水酸基と反応して架橋構造を形成する置換基を有する側鎖が導入された修飾ヒアルロン酸を原料とした生体成分用保存剤が記載されている。修飾ヒアルロン酸は、ポリビニルアルコールなどの複数の水酸基を有する化合物の水酸基と反応して修飾ヒアルロン酸を架橋した架橋物となり、この寒天状のハイドロゲル中に生体成分が包埋されることにより保存剤として使用されている。特許文献2に記載のハイドロゲルの実際の保存剤としての分子量は数百万以上であると推測される。特許文献2においては、生体成分の保存は約4℃の冷蔵で実施されており保存期間は数日程度である。また、特許文献3では、五員環構造であるフルクタンが細胞保存液の有効成分として開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開昭63-216476号公報
【文献】国際公開第2016/076317号
【文献】特開2012-235728号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】REJUVENATION RESEARCH Volume 18 Number 5,2015 Mary Ann Liebert, Inc.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
細胞内浸透型の凍結保護物質は、細胞の脱水を促進させることにより、細胞内に形成される氷晶の形成速度を遅らせ、氷晶形成を阻害する。特にDMSOは細胞内に浸透しやすく、したがって、哺乳動物細胞などの複雑な構造をもつ細胞の凍結保存に有効であるが、上述の非特許文献1にも記載されているように、DMSOのような化学物質は細胞毒性を有している。凍結保護物質の細胞内への浸透が進み細胞内濃度が上昇すると毒性の影響も高まると考えられる。
【0009】
さらに、DMSOは、HL-60細胞やP19CL6細胞(マウス胎生期癌(embryonal carcinoma)細胞由来)などの分化を誘導すること(PNAS March 27, 2001 98 (7) 3826-3831.およびBiochem Biophys Res Commun. 2004 Sep 24;322(3):759-65.)、また、ES細胞の分化に影響を及ぼすことが報告されている(Cryobiology. 2006 Oct;53(2):194-205.)。したがって、凍結保護試薬としてのDMSOの使用は、幹細胞における未分化性や機能性の維持が必要である場合の細胞保存には適さないことが考えられる。また、DMSOを用いて試料を長期保存する場合、取扱い管理が必要となる液体窒素中または雰囲気下での試料の保存が必要不可欠であり、再生医療や再生医療研究の普及への課題となると考えられる。
【0010】
一方、糖などの天然凍結保護物質は、細胞に親和的であるが、分子サイズが大きく、細胞内に取り込まれにくい。したがって、細胞外から添加するだけでは細胞内凍結を十分に抑制できないと考えられる。
【0011】
特許文献2に記載の生体成分用保存剤では、前述のように、試験された保存期間は数日にすぎず、数か月単位の保存をするためにはより優れた凍結保存技術が必要であると考えられる。また、特許文献2に記載のハイドロゲルを製造するためにはヒアルロン酸への修飾基の導入が必要であり、さらに保存後の生体成分のハイドロゲルからの回収のためにゲルを溶解するための添加物の使用も必要となる。しかしながら、このような添加物を凍結保存方法に導入すると研究試験用としては使用できるものの、不純物の混入リスク等から、実際の医療用には使用しづらい。
【0012】
特許文献3に記載の凍結保存液では、有効成分であるフルクタンの濃度として20%以上の高濃度を必要としており、広範囲な濃度調整ができない。
【0013】
非浸透型の凍結保護試薬を使用する方法も知られているが、このような保存試薬のみでは、細胞への影響は低いものの、十分な保存効果を得ることができない。そこで、細胞内浸透型のDMSO、グリセリン、プロピレングリコールなどの細胞内浸透型の化合物と非浸透型の物質とを組み合わせて、化合物量の低減や置換が行われたものが市販されている。しかしながら、生体構成成分などの天然成分のみで良好な凍結保存効果を示し、かつ実用的であるような凍結保護物質は未だ報告されていない。
【0014】
本発明は、前記問題点に鑑みてなされたもので、生体試料を適切に保存するための凍結保存液を提供する。特には、ジメチルスルホキシド(DMSO)、プロピレングリコール(PG)、エチレングリコール(EG)等の化学物質を基本的には使用せず、また、血清や血清由来タンパク質を基本的に添加せずとも生体試料を安定的に長期間保存可能とする凍結保存液および凍結保存方法、生体試料の凍結保存剤、ならびに、生体試料を安定的に保存する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、溶媒中に、3000を超え、500000以下の粘度平均分子量を有し、主鎖中に六員環構造を含む多糖類またはその塩を含む生体試料用の凍結保存液に関する。多糖類の塩は、金属塩、ハロゲン塩もしくは硫酸塩が望ましい。金属塩としては、アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属の塩が望ましい。アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属としてはナトリウム、カリウム、カルシウムなどが選択される。ハロゲンとしては、塩素、臭素などを使用できる。なお、前記3000を超え、500000以下の粘度平均分子量を有し、主鎖中に六員環構造を含む多糖類またはその塩は、凍結保存液中に主成分として含まれていることが望ましい。本明細書において、主成分とは、溶媒中に溶解している成分の中で、重量比の最も高い成分をいう。主成分以外の構成成分は副成分である。
【0016】
本発明においては、主鎖中に六員環構造を含む多糖類またはその塩の粘度平均分子量は、400000以下、特に200000以下であることが望ましい。粘度を低く調整でき、凍結保存液として取扱いやすいからである。
【0017】
また、本発明においては、デキストランは、主成分としての多糖類からは除かれることが望ましい。また、本発明の細胞凍結保存液においては、主成分ではない、例えば細胞保護剤のような副成分としてデキストランが含まれていてもよい。
【0018】
ペントース、ヘキソースもしくはウロン酸またはそれらの組合せを繰り返し単位として含む多糖類を含む生体試料用の凍結保存液が好ましい。
【0019】
アミノ糖を繰り返し単位として含む多糖類を含む生体試料用の凍結保存液が好ましい。
【0020】
本発明の生体試料用の凍結保存液で使用される多糖類またはその塩の官能基は、修飾されていないことが望ましい。
【0021】
また、生体試料用の凍結保存液に含まれる多糖類としては硫酸化多糖類を使用できる。
【0022】
10000以上の粘度平均分子量を有する多糖類またはその塩を含む生体試料用の凍結保存液が好ましい。
【0023】
ヒアルロン酸またはプルランである多糖類を含む生体試料用の凍結保存液が好ましい。
【0024】
凍結保存液中の前記多糖類またはその塩の濃度が、5w/v%以上、20w/v%以下である生体試料用の凍結保存液が好ましい。
【0025】
細胞内非浸透型の凍結保存液である生体試料用の凍結保存液が好ましい。
【0026】
前記生体試料が、細胞、組織、または、膜もしくは凝集体である組織様物である生体試料用の凍結保存液が好ましい。
【0027】
前記生体試料が、間葉系幹細胞、血球細胞、内皮細胞、または移植用組織である生体試料用の凍結保存液が好ましい。
【0028】
前記生体試料が、精子、卵子、または受精卵である生体試料用の凍結保存液が好ましい。
【0029】
本発明は、また、本発明の凍結保存液により、望ましくは冷却速度10℃/min以下、好ましくは、冷却速度1℃/min以下の緩慢凍結法で冷却および凍結を行う、生体試料の凍結方法に関する。
【0030】
本発明は、また、溶媒中に、3000を超え、500000以下の粘度平均分子量を有し、主鎖中に六員環構造を含む多糖類またはその塩を含む凍結保存液中に生体試料を含ませる工程と、前記生体試料を含む前記凍結保存液を凍結に供する工程と、-27℃以下の温度に前記生体試料を含む前記凍結保存液を保持することで保存を行う工程とを含む生体試料の凍結保存方法に関する。多糖類の塩は、金属塩、ハロゲン塩もしくは硫酸塩が望ましい。金属塩としては、アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属の塩が望ましい。アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属としてはナトリウム、カリウム、カルシウムなどが選択される。ハロゲンとしては、塩素、臭素などを使用できる。
【0031】
本発明の生体試料の凍結保存方法で使用される主鎖中に六員環構造を含む多糖類またはその塩の粘度平均分子量は、400000以下、特に200000以下であることが望ましい。粘度を低く調整でき、凍結保存液として取扱いやすいからである。
【0032】
本発明の生体試料の凍結保存方法における凍結保存温度の範囲としては、-27℃以下であれば限定されるものではないが、上限として、望ましくは、-70℃以下、好ましくは-80℃以下である。また下限として、望ましくは、-196℃以上、好ましくは-150℃以上である。
【0033】
本発明の生体試料の凍結保存方法においては、凍結保存液中の前記多糖類が、デキストランを除く多糖類であることが望ましい。
【0034】
前記凍結保存液中に前記生体試料を含ませる工程が、前記生体試料を冷却する前に行われる生体試料の凍結保存方法が好ましい。
【0035】
前記生体試料が、細胞、組織、または、膜もしくは凝集体である組織様物である生体試料の凍結保存方法が好ましい。
【0036】
前記生体試料が、精子、卵子、または受精卵である生体試料の凍結保存方法が好ましい。
【0037】
本発明は、また、生体試料を保存する方法であって、前記生体試料が3000を超え、500000以下の粘度平均分子量を有し、その主鎖中に六員環構造を含む多糖類またはその塩の存在下で、かつ、-27℃以下で保存され、前記保存が、前記生体試料が前記多糖類またはその塩の存在下で少なくとも5か月の期間保存された場合に、保存直前の前記生体試料の生存率を基準として5%未満の生存率の低下を示す保存であることを特徴とする方法に関する。多糖類の塩は、金属塩、ハロゲン塩もしくは硫酸塩が望ましい。金属塩としては、アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属の塩が望ましい。アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属としてはナトリウム、カリウム、カルシウムなどが選択される。ハロゲンとしては、塩素、臭素などを使用できる。
【0038】
本発明の生体試料を保存する方法で使用される主鎖中に六員環構造を含む多糖類またはその塩の粘度平均分子量は、400000以下、特に200000以下であることが望ましい。粘度を低く調整でき、凍結保存液として取扱いやすいからである。
【0039】
前記保存が、前記生体試料が前記多糖類またはその塩の存在下で少なくとも6か月の期間保存された場合に、保存直前の前記生体試料の生存率を基準として10%未満の生存率の低下を示す保存であることを特徴とする生体試料を保存する方法が好ましい。
【0040】
前記保存が、-27℃以下での凍結保存後に解凍された生体試料を4℃で1日間保存した場合に、解凍直後の前記生体試料の生存率を基準として5%未満の生存率の低下を示すことを特徴とする生体試料を保存する方法が好ましい。
【0041】
本発明の生体試料を保存する方法における凍結保存温度の範囲としては、-27℃以下であれば限定されるものではないが、上限として、望ましくは、-70℃以下、好ましくは-80℃以下である。また下限として、望ましくは、-196℃以上、好ましくは-150℃以上である。
【0042】
前記生体試料が、細胞である生体試料を保存する方法が好ましい。
【0043】
前記生体試料が、哺乳動物細胞である生体試料を保存する方法が好ましい。
【0044】
前記生体試料が、哺乳動物間葉系幹細胞、哺乳動物血球細胞、または哺乳動物内皮細胞である生体試料を保存する方法が好ましい。
【0045】
本発明は、また、-27℃以下の温度で、生体試料を、望ましくはインビトロで、保存するための、3000を超え、500000以下の粘度平均分子量を有し、その主鎖に六員環構造を有する多糖類またはその塩の使用に関する。多糖類の塩は、金属塩、ハロゲン塩もしくは硫酸塩が望ましい。金属塩としては、アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属の塩が望ましい。アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属としてはナトリウム、カリウム、カルシウムなどが選択される。ハロゲンとしては、塩素、臭素などを使用できる。
【0046】
本発明においては、主鎖中に六員環構造を含む多糖類またはその塩の粘度平均分子量は、400000以下、特に200000以下であることが望ましい。粘度を低く調整でき、凍結保存液として取扱いやすいからである。
【0047】
凍結保存温度の範囲としては、-27℃以下であれば限定されるものではないが、上限として、望ましくは、-70℃以下、好ましくは-80℃以下である。また下限として、望ましくは、-196℃以上、好ましくは-150℃以上である。
【0048】
本発明においては、生体試料を保存するために使用される前記多糖類が、デキストランを除く多糖類であることが望ましい。
【0049】
本発明は、また、生体試料を凍結保存するための、3000を超え、500000以下の粘度平均分子量を有し、主鎖に六員環構造を含む多糖類またはその塩の使用に関する。多糖類の塩は、金属塩、ハロゲン塩もしくは硫酸塩が望ましい。金属塩としては、アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属の塩が望ましい。アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属としてはナトリウム、カリウム、カルシウムなどが選択される。ハロゲンとしては、塩素、臭素などを使用できる。
【0050】
本発明においては、主鎖中に六員環構造を含む多糖類またはその塩の粘度平均分子量は、400000以下、特に200000以下であることが望ましい。粘度を低く調整でき、凍結保存液として取扱いやすいからである。
【0051】
本発明においては、生体試料を凍結保存するために使用される前記多糖類が、デキストランを除く多糖類であることが望ましい。
【0052】
また、本発明は、3000を超え、500000以下の粘度平均分子量を有し、その主鎖に六員環構造を有する多糖類またはその塩からなる、生体試料の凍結保存剤に関する。多糖類の塩は、金属塩、ハロゲン塩もしくは硫酸塩が望ましい。金属塩としては、アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属の塩が望ましい。アルカリ金属もしくはアルカリ土類金属としてはナトリウム、カリウム、カルシウムなどが選択される。ハロゲンとしては、塩素、臭素などを使用できる。
【0053】
本発明の生体試料の凍結保存剤における、主鎖中に六員環構造を含む多糖類またはその塩の粘度平均分子量は、400000以下、特に200000以下であることが望ましい。粘度を低く調整でき、凍結保存液として取扱いやすいからである。
【0054】
凍結保存剤の主成分としての前記多糖類が、デキストランを除く多糖類であることが望ましい。
【0055】
ペントース、ヘキソースもしくはウロン酸またはそれらの組合せを繰り返し単位として含む多糖類を含む生体試料の凍結保存剤が好ましい。
【0056】
アミノ糖を繰り返し単位として含む多糖類を含む生体試料の凍結保存剤が好ましい。
【0057】
本発明の生体試料の凍結保存剤で使用される多糖類またはその塩の官能基は、修飾されていないことが望ましい。
【0058】
10000以上の粘度平均分子量を有する多糖類またはその塩を含む生体試料の凍結保存剤が好ましい。
【0059】
ヒアルロン酸またはプルランである多糖類を含む生体試料の凍結保存剤が好ましい。
【0060】
本発明によれば、細胞内浸透型の凍結保護物質であるDMSOやエチレングリコールなどの細胞浸透性で毒性を有する化合物を用いなくても、細胞や組織などの生体試料を適切に保存することができる。さらに、本発明の凍結保存液は細胞内非浸透型であるため、高い凍結保存効果を示すにも関わらず、細胞に対して低毒性である。
【0061】
また、血清および/または血清由来タンパク質を含まないため、細菌やウィルスに汚染されることもない。なお、細菌やウィルスに汚染されていないようなタンパク質を添加することは可能である。また、細胞浸透性で毒性を有する化合物であっても、細胞の機能を損なわない低濃度であれば、使用することは可能である。
【0062】
なお、本発明において使用される多糖類の「粘度平均分子量」とは、以下のような方法と計算式とによって求められる
【0063】
極限粘度測定:
(1)所定量のNaClを30℃のイオン交換水に溶解させ、0.2MのNaCl溶液(標準液)を調製する。
(2)多糖類の試料を30℃の標準液に溶解させ、原液を調製する。
標準液および原液それぞれの粘度を測定し、標準液に対する原液の相対粘度が2.0~2.4となるように調整する。
(3)30℃の原液を、30℃の標準液を用いて5/4、5/3、5/2倍となるようにそれぞれ希釈する。
(4)30℃の標準液、原液および希釈液の粘度をそれぞれ測定する。粘度測定には、E型粘度計を用いる。
(5)原液および希釈液それぞれの粘度を標準液の粘度で割ったものを相対粘度(ηr)とし、下式に基づき還元粘度を導出する。
ここで、ηsp:多糖類の還元粘度[mL/g]、ηr:多糖類の相対粘度[-]、C:多糖類の濃度[g/mL]である。
(6)多糖類の濃度と、多糖類の還元粘度との関係をそれぞれプロットし、近似直線を引く。近似直線の切片(多糖類濃度=0)の値を極限粘度とする。
【0064】
粘度平均分子量:
粘度平均分子量は、極限粘度から算出する。
上記のマークホーイング桜田の式に、測定で導出した極限粘度と、文献等で公開されているKとαの値から粘度平均分子量Mを求める。
【0065】
Kおよびαは高分子の種類によって変動する数値であり、例えば「高分子材料便覧」(社団法人高分子学会編)など多数の公開文献にKとαの値が開示されており、公表されている値を用いて粘度平均分子量の計算を行うことができる。
【0066】
例えば、ヒアルロン酸の場合、K=3.6×10-4およびα=0.78、プルランおよびゼラチンの場合、文献値よりK=9×10-4、α=0.5である。
【0067】
また、本発明の凍結保存液を調製するために使用される溶媒としては、水のような水性溶媒を用いることが望ましい。特に体液や細胞液の浸透圧とほぼ同じになるようにナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン等によって塩濃度や糖濃度等を調整した等張液であることが好ましい。具体的には、例えば、水、生理食塩水、緩衝効果のある生理食塩水であるリン酸緩衝生理食塩水(phosphate buffered saline;PBS)、ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水、トリス緩衝生理食塩水(Tris Buffered Saline;TBS)、HEPES緩衝生理食塩水等、ハンクス平衡塩溶液などの平衡塩溶液、リンゲル液、乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液、または、D-MEM、E-MEM、αMEM、RPMI-1640培地、Ham’s F-12、Ham’s F-10、M-199などの動物細胞培養用基礎培地、他の市販の培地などを挙げることができる。
【発明の効果】
【0068】
本発明の生体試料用の凍結保存液は、凍結保護剤として粘度平均分子量が3000を超え、500000以下であり、その主鎖に六員環構造を含む多糖類またはその塩を含み、冷却により溶媒部分を非晶質のガラス状に凍結させることができる。これにより、氷晶形成による細胞の破裂が抑制され、また水の体積膨張もないため細胞および細胞膜への障害を抑制することができる。多糖類の粘度平均分子量が3000以下でも、500000を超えても生体試料の凍結後の生存率が低くなってしまう。また、多糖類はその主鎖に六員環構造を含むことが必要である。六員環構造を主鎖に持つ多糖類は、水素結合を介して、細胞の周囲に高分子のネットワーク構造を形成し易く、低濃度でも溶媒部分のガラス化を実現できると考えられるからである。このため、多糖類の濃度が低くても十分な細胞の凍結保存効果を得ることができる。これに対して、五員環構造を持つ多糖類、例えばフルクタンなどの場合は、このような高分子のネットワーク構造が安定して形成されにくく、その結果、多糖類の濃度を高くしなければならないと推定される。
【0069】
本発明においては、主鎖中に六員環構造を含む多糖類またはその塩の粘度平均分子量は、400000以下、特に200000以下であることが望ましい。粘度を低く調整でき、凍結保存液として取扱いやすいからである。
【0070】
なお、本発明においては、多糖類としてデキストランを含まないことが望ましい。
【0071】
さらに、多糖類は、生体構成成分であるため、低毒性であることに加え、本発明の多糖類を含む、生体試料用の凍結保存液は、細胞内非浸透型の凍結保存液であるにも関わらず従来技術では得ることのできなかった高い凍結保存効果を示すものであるため、生体試料へのダメージおよび生体試料の性質変化を顕著に軽減することができる。
【0072】
また、本発明の生体試料用の凍結保存液は、DMSOやエチレングリコールなどの細胞内浸透型の化学物質を含まないため、細胞毒性や、また、DMSOに関して報告されているような細胞の性状への悪影響の恐れがないと考えられる。したがって、凍結保存中および凍結保存後の生体試料における生体試料の性状を維持することができる。なお、DMSOやエチレングリコールなどの細胞毒性を有する化学物質を細胞の機能を損なわない低濃度で加えることは可能である。
【0073】
また、血清、血清由来タンパク質を含まないため、細菌やウィルスに汚染されることもない。なお、細菌やウィルスに汚染されていないようなタンパク質を添加することは可能である。
【0074】
また、本発明の生体試料用の凍結保存液は、-23℃±4付近でガラス転移点を有するため、本発明の生体試料の凍結方法、生体試料の凍結保存方法および生体試料を保存する方法によれば、DMSOなどの細胞毒性を有する化学物質や血清などのタンパク質を用いずに、細胞や組織などの生体試料を-27℃以下の温度ですなわちディープフリーザー中などで適切に長期間安定に保存することができる。なお、細菌やウィルスに汚染されていないようなタンパク質を添加することは可能である。また、DMSOやエチレングリコールなどの細胞毒性を有する化学物質を細胞の機能を損なわない低濃度で加えることは可能である。
【0075】
凍結保存温度の範囲としては、-27℃以下であれば限定されるものではないが、上限として、望ましくは、-70℃以下、好ましくは-80℃以下である。また下限として、望ましくは、-196℃以上、好ましくは-150℃以上である。
【図面の簡単な説明】
【0076】
図1】本発明の試験用凍結保存液を用いた凍結保存における初代ヒト間葉系幹細胞の細胞生存率を示す図である。
図2A】示差走査熱量分析による凍結保存液の分析結果を示す図である。
図2B】示差走査熱量分析による凍結保存液の分析結果を示す拡大図である。
図3A】示差走査熱量分析による超純水を含む凍結保存液の分析結果を示す図である。
図3B】示差走査熱量分析によるDMSOを含む凍結保存液の分析結果を示す図である。
図3C】示差走査熱量分析による実施例1の試験用試料を含む凍結保存液の分析結果を示す図である。
図4A】本発明の試験用凍結保存液を用いた凍結保存における初代ヒト間葉系幹細胞の長期保存効果を示す図である。
図4B】本発明の試験用凍結保存液を用いた冷蔵保存における初代ヒト間葉系幹細胞の長期保存効果を示す図である。
図5A】本発明の試験用凍結保存液を用いた凍結保存後の初代ヒト間葉系幹細胞におけるHGFの産生量を示す図である。
図5B】本発明の試験用凍結保存液を用いた凍結保存後の初代ヒト間葉系幹細胞におけるIL-10の産生量を示す図である。
図6】本発明の試験用凍結保存液を用いた凍結保存後の初代ヒト間葉系幹細胞における未分化バイオマーカーの発現量を示す図である。
図7】初代イヌ間葉系幹細胞における本発明の各種多糖類を含む凍結保存液の保存効果を示す図である。
図8】各種断片の添加効果を示す図である。
図9A】対照試験における凍結後の細胞内ガラス化状態を示す図である。
図9B】比較例1の試験用凍結保存液を用いた凍結後の細胞内ガラス化状態を示す図である。
図9C】実施例1の試験用凍結保存液を用いた細胞内ガラス化状態を示す図である。
図10A】細胞内ガラス化状態の明度差を示す図である。
図10B】細胞内ガラス化状態の明度差をマンセル明暗度(0~10)に従い数値化し、溶媒と細胞内の明度差を求めた図である。
図11】凍結された初代イヌ間葉系幹細胞の凍結保存液中の細胞面積を示す図である。
図12】本発明の試験用凍結保存液を用いた凍結保存における種々の細胞に対する凍結保護効果を示す図である。
図13】本発明の糖類を用いた凍結保存における初代イヌ間葉系幹細胞の細胞生存率を示す図である。
図14A】各種製造例による試験用試料のHPLC分析結果を示す図である。
図14B】各種製造例による試験用試料のHPLC分析結果を示す図である。
図14C】各種製造例による試験用試料のHPLC分析結果を示す図である。
図14D】所定の糖の数を有する糖類の検量線用HPLC分析結果を示す図である。
図15】本発明の高分子鎖を有する試験用試料のHPLC分析結果を示す図である。
図16】多糖類構造をもたない試験用試料による細胞生存率を示す図である。
図17】試験用試料としてフルクタンを用いた場合の細胞生存率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0077】
本発明の生体試料用の凍結保存液(以下、本発明の凍結保存液ともいう)は、溶媒中に、3000を超え、500000以下の粘度平均分子量を有し、その主鎖に六員環構造を含む多糖類またはその塩を含む生体試料用の凍結保存液である。
【0078】
本発明においては、主鎖中に六員環構造を含む多糖類またはその塩の粘度平均分子量は、400000以下、特に200000以下であることが望ましい。粘度を低く調整でき、凍結保存液として取扱いやすいからである。
【0079】
上記多糖類としては、主鎖に多糖類骨格を有するものであって、その主鎖中に六員環構造が含まれているものであれば、特に限定されず、単糖を繰り返し単位としてグリコシド結合により結合したものおよびこれらの誘導体が含まれる。例えば、単糖としては、炭素数3~7の単糖、または、単糖のヒドロキシル基および/またはヒドロキシメチル基が置換された単糖、例えば、ヒドロキシル基および/またはヒドロキシメチル基が、カルボキシル基、アミノ基、N-アセチルアミノ基、スルホオキシ基、メトキシカルボニル基およびカルボキシメチル基からなる群より選ばれる少なくとも1種の置換基で置換された単糖などが挙げられる。ただし、本発明においては、多糖類としては、デキストランは除かれることが望ましい。
【0080】
炭素数3~7の単糖としては、トリオース、テトロース、ペントース、ヘキソースおよびヘプトース等が挙げられ、このうち、ペントースまたはヘキソースが好ましい。ペントースとしては、リボース、アラビノース、キシロース、リキソース、キシルロース、リブロース、デオキシリボースなどを挙げることができる。ヘキソースとしては、グルコース、マンノース、ガラクトース、フルクトース、ソルボース、タガトース、フコース、フクロース、ラムノースなどを挙げることができる。
【0081】
置換された単糖としては、単糖の1つ以上のヒドロキシメチル基がカルボキシル基、メトキシカルボニル基またはカルボキシメチル基で置換された単糖、単糖の1つ以上のヒドロキシル基がアミノ基またはN-アセチルアミノ基で置換された単糖、単糖の1つ以上のヒドロキシル基がスルホオキシ基で置換された単糖などが挙げられる。また、置換された単糖は、単糖のヒドロキシメチル基およびヒドロキシル基のうちの複数の基が、上述されたような官能基またはそれらの組み合わせで置換されている置換された単糖であってもよい。
【0082】
例えば、カルボキシル基で置換された単糖としては、ウロン酸などが例示され得る。ウロン酸としては、例えば、グルクロン酸、イズロン酸、マンヌロン酸およびガラクツロン酸などが挙げられる。アミノ基で置換された単糖としては、アミノ糖などが例示され得る。アミノ糖としては、例えば、グルコサミン、ガラクトサミン、マンノサミンおよびムラミン酸などが挙げられる。N-アセチルアミノ基で置換された単糖としては、例えば、N-アセチルグルコサミン、N-アセチルマンノサミン、N-アセチルガラクトサミンおよびN-アセチルムラミン酸などが挙げられる。スルホオキシ基で置換された単糖としては、ガラクトース-3-硫酸などが例示され得る。また複数の置換基をもつ単糖としては、例えば、N-アセチルグルコサミン-4-硫酸、イズロン酸-2-硫酸、グルクロン酸-2-硫酸、N-アセチルガラクトサミン-4-硫酸、ノイラミン酸およびN-アセチルノイラミン酸などが挙げられる。
【0083】
本発明で使用される多糖類としては、例えば上述したような単糖類を繰り返し単位として含む重合体である。本発明で使用される多糖類は、ゲル化しない範囲で、その化学構造が、さらに、部分的に、適宜、修飾ないし置換されていてもよい。例えば、本発明で使用される多糖類は、1つ以上のヒドロキシル基がスルホオキシ基で置換された、コンドロイチン硫酸などの硫酸化多糖類であってもよい。しかしながら、本発明で使用される多糖類としては、官能基が修飾されていない、すなわち、糖鎖に置換基が導入されていないことが最も望ましい。多糖類の官能基、特にOH基、NH2基、COOH基などの親水性基が生体試料の保護および溶媒のガラス化に寄与していると推定されるため、これらの官能基が修飾されていない方が生体試料の生存率向上に有利だからである。
【0084】
また、本発明で使用される多糖類の塩は、多糖類の金属塩、ハロゲン塩または硫酸塩であってもよい。金属塩としては、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の塩が望ましい。アルカリ金属またはアルカリ土類金属としてはナトリウム、カリウム、カルシウムなどが選択される。ハロゲンとしては、塩素、臭素などを使用できる。多糖類の塩類は、溶媒の凝固点を降下させ、これにより溶媒のガラス化に寄与するものと考えられる。
【0085】
本発明で使用される多糖類は、例えば、ペントース、ヘキソースもしくはウロン酸またはそれらの組合せを繰り返し単位として含む多糖類であり得る。また、多糖類は、アミノ糖を繰り返し単位として含む多糖類であってもよい。例えば、多糖類としては、ヒアルロン酸、プルラン、コンドロイチン硫酸、メチルセルロース、またはヒドロキシエチルスターチの修飾された糖などが挙げられる。好ましくは、多糖類は、ヒアルロン酸またはプルランであり得る。
【0086】
なお、本発明では、多糖類としてデキストランを除く多糖類が使用されることが望ましい。
【0087】
多糖類は、天然由来のものであってもよく、また、化学的に合成したものを用いてもよい。市販の多糖類をそのまま使用してもよい。また、多糖類骨格を形成する単糖も、天然由来のものであってもよく、天然由来の単糖を修飾・置換して用いてもよく、また、化学合成されたものでもよい。例えば、好ましくは、多糖類骨格を形成する単糖は生体構成成分である。しかしながら、単糖はこれに限定される訳ではない。多糖類骨格を形成する単糖は、ヒドロキシル基やカルボキシル基などの親水性基を含んでいることが好ましい。特には、本発明で使用される多糖類はその構造内にエクアトリアル位のヒドロキシル基を有していることが好ましい。これによって、溶媒の水を凍結時により良好に高分子鎖で形成されるマトリックス内にトラップすることができると考えられる。
【0088】
本発明の多糖類を含む凍結保存液は、ジメチルスルホキシド(DMSO)を含まないことが望ましい。また、本発明の多糖類を含む凍結保存液では、エチレングリコールなどの細胞に浸透性の細胞毒性を持つ化合物を含まないことが望ましい。また、本発明の多糖類を含む凍結保存液では、多糖類の高分子糖鎖の作用により、溶媒の水の分子運動を制限して、水を結晶化せずにガラス化状態で固化および/または凍結することができる。通常のガラス化法と呼ばれる凍結方法は、解凍後の生存率が特に低い細胞に適用されている方法であり、溶液が凍結する際に溶質(凍害を防止するための凍結保護剤)が結晶から排除されることにより残存溶液中の塩濃度が上昇し、細胞内外で浸透圧差が生じることにより細胞内を脱水し細胞内部をガラス化するという方法である。したがって、このような方法では、溶質(凍結保護剤)の濃度を高めることおよび冷却速度を大きくすることによって水をガラス化しやすくするということが行われる。しかしながら、浸透圧差を大きくすると細胞へのダメージも大きくなってしまう問題や、溶解時に再結晶化が起こり細胞がダメージを受けてしまうという問題が知られてきた。また、手技的にも困難が伴う。
【0089】
また、本発明の多糖類を含む凍結保存液は、血清、血清由来タンパク質を含まないため、細菌やウィルスに汚染されることもない。なお、細菌やウィルスに汚染されていないようなタンパク質を添加することは可能である。
【0090】
本発明の多糖類またはその塩を含む凍結保存液によれば、冷却過程で高分子鎖により形成されるマトリックス内に溶媒分子をトラップすることができる。これにより細胞内が脱水されてガラス化されるので、細胞内での氷晶の形成が抑制され、さらに、従来のガラス化法での問題である凍結時の細胞における浸透圧ショックを弱めることができる。凍結保護剤が多糖類であるため、そもそもの細胞毒性が低いことに加え、水の分子運動を制限するために溶質の濃度を高める必要がないので、本発明の凍結保存液による細胞へのダメージは低いと考えられる。また、本発明の凍結保存液は、従来のガラス化法と異なり、浸透圧ショックを軽減するための大きな冷却速度も冷却時に必要としない。したがって、本発明の凍結保存液によれば、生体試料を毒性が軽減された簡便な方法で効率よく凍結保存することができる。
【0091】
本発明の凍結保存液に含有される凍結保存剤としての多糖類またはその塩としては、粘度平均分子量が、3000を超え、500000以下程度のものを用いることが好ましい。また、本発明においては、主鎖中に六員環構造を含む多糖類またはその塩の粘度平均分子量は、400000以下、特に200000以下であることが望ましい。粘度を低く調整でき、凍結保存液として取扱いやすいからである。
【0092】
なお、本発明において使用される多糖類の「粘度平均分子量」とは、以下のような方法と計算式とから算出される値を意味する。
【0093】
以下に極限粘度の測定方法および極限粘度を用いた粘度平均分子量の計算方法を記載する。
極限粘度測定:
(1)所定量のNaClを30℃のイオン交換水に溶解させ、0.2MのNaCl溶液(標準液)を調製する。
(2)多糖類の試料を30℃の標準液に溶解させ、原液を調製する。多糖類の試料が溶液で入手される場合は、溶液から溶媒を除去した固形分を多糖類の試料とする。複数の多糖類を含む混合試料の場合は、それぞれの多糖類について分離、分画した後、各物質から溶媒を除去したものを各水溶性高分子の試料とする。多糖類が未知の場合は、HPLC、LC-MSやLC-IR等で物質を同定する。また、未知の多糖類を複数含む場合は、各成分を分離、分画し、それぞれの多糖類についてHPLC、LC-MSやLC-IR等で物質を同定し、後述するように粘度平均分子量を計算する。多糖類に不純物が混じった混合物であっても、粘度に影響がなければ(例えば、金属塩のような不純物)、混合物を多糖類の試料とする。また、粘度平均分子量の計算に影響がある不純物を含む場合は、不純物を除去するか、多糖類を分画した後測定する。この際、標準液および原液それぞれの粘度を測定し、標準液に対する原液の相対粘度が2.0~2.4となるように調整する。
(3)30℃の原液を、30℃の標準液を用いて5/4、5/3、5/2倍となるようにそれぞれ希釈する。
(4)30℃の標準液、原液および希釈液の粘度をそれぞれ測定する。粘度測定には、E型粘度計を用いる。
(5)原液および希釈液それぞれの粘度を標準液の粘度で割ったものを相対粘度(ηr)とし、下式に基づき還元粘度を導出する。
ここで、ηsp:多糖類の還元粘度[mL/g]、ηr:多糖類の相対粘度[-]、C:多糖類濃度[g/mL]である。
(6)多糖類濃度と多糖類の還元粘度との関係をプロットし、近似直線を引く。近似直線の切片(多糖類濃度=0)の値を極限粘度とする。
粘度平均分子量:
粘度平均分子量は、極限粘度から算出する。
上記のマークホーイング桜田の式に、測定で導出した極限粘度と、文献等で公開されているKとαの値から粘度平均分子量Mを求める。ヒアルロン酸の場合は、K=3.6×10-4およびα=0.78を代入して、粘度平均分子量Mを求める。実施例で用いられているプルランおよびゼラチンには、文献値よりK=9×10-4、α=0.5を、また、デキストランには、K=6.3×10-8、α=1.4、フルクタンには、K=1.6×10-3、α=0.45を用いる。
【0094】
Kおよびαは、高分子の種類によって変動する数値であり、例えば「高分子材料便覧」(社団法人高分子学会編)等多数の公開文献にKとαの値が開示されており、公表されている値を用いて粘度平均分子量の計算を行う。
【0095】
前述のように使用する多糖類が未知の場合は、HPLC、LC-MS、LC-IRなどで多糖類を同定した後、Kおよびαを決定する。
【0096】
本発明では、この方法で算定された分子量を粘度平均分子量とする。
【0097】
多糖類またはその塩の粘度平均分子量を上述の範囲にすることにより、多糖類またはその塩を溶媒中に含む本発明の凍結保存液が冷却された場合に、凍結状態での非晶質であるガラス状態が安定化される。冷却および凍結により細胞にダメージを引き起こさないため、細胞が安定に効率よく凍結保存される。したがって、凍結保存後の生体試料を解凍した後の、生体試料における細胞の生存率が高い。多糖類の粘度平均分子量が3000以下では、ガラス化が良好に起こりにくい。また、多糖類の粘度平均分子量が500000より大きいと、粘度が著しく上昇し、また、溶解度が低下したり、調製した溶液が泡立ってハンドリング性が悪化するという問題が生じ得る。したがって、天然由来の高分子多糖類や市販の高分子糖鎖を用いる場合、加水分解や酵素処理、亜臨界処理等の処理を行って、分子量の調整を行うことが好ましい。前記粘度平均分子量は10000以上が特に好ましい。また、400000以下の粘度平均分子量である多糖類が好ましく、さらに200000以下が好ましく、150000以下が特に好ましい。粘度を低く調整でき、凍結保存液として取扱いやすいからである。
【0098】
本発明の凍結保存液は、3000を超え、500000以下程度の粘度平均分子量を有し、その主鎖に六員環構造を含む多糖類またはその塩を用いることにより、ヒト、ウシ由来の血清や血清由来成分(例えばアルブミンなど)のタンパク質成分の添加を必要とせずに、高い細胞保護効果を示す。したがって、感染症などの心配がなく、また、生物製剤によるロット間格差などの影響も受けないと考えられる。なお、感染症の心配の無いようなタンパク質を添加することは可能である。また、本発明の凍結保存液は、細胞毒性が低いため、解凍後の細胞は高い生存率を示す。示差走査熱量分析(DSC)による本発明の凍結保存液の熱分析の結果によれば、本発明の凍結保存液は、-23℃±4℃近辺にガラス転移温度をもつ。さらに、本発明の凍結保存液では、冷却過程において氷晶形成が抑制されるだけでなく、その後の昇温過程での、すなわち融解時の水の再結晶化も抑制することができる。すなわち、本発明の多糖類を用いることによる凍結保存では、生体試料の凍結状態でのガラス状態が安定化されていると考えられる。
【0099】
なお、前記主鎖中に六員環構造を含む多糖類またはその塩の粘度平均分子量は、400000以下、特に200000以下であることが望ましい。粘度を低く調整でき、凍結保存液として取扱いやすいからである。
【0100】
本発明の凍結保存液を用いた凍結保存方法では、上述のように、冷却時に細胞保護のための大きな冷却速度を必要としないため、生体試料に本発明の凍結保存液を添加した後、本発明の凍結保存液のガラス転移点温度である-27℃以下に冷却する、例えば生体試料を含む本発明の凍結保存液を凍結処理容器等に入れて-80℃のディープフリーザー中に放置するだけで、保存に付される細胞や組織などを安定的に凍結、そして保存することができる。通常の細胞などの凍結保存時に必要とされる-150℃といった低温度は必ずしも必要でないため、液体窒素凍結保存のための特別な容器や液体窒素の準備などを不要とすることができる。このため、生体試料の凍結保存に関わる操作が顕著に簡便化され得る。また、本発明の凍結保存液では、融解時の水の再結晶化も抑制することができるので、本発明の凍結保存液を用いれば、生体試料の凍結、保存、および解凍の一連の工程が、特別な手技を必要とすることなく、容易に効率よく行うことができる。勿論、本発明の凍結保存液を用い、液体窒素を用いて生体試料を凍結保存することも可能である。
【0101】
さらに、本発明の凍結保存液は、非浸透型の凍結保護試薬であるため、細胞毒性は低いと考えられる。また、本発明の凍結保存液の凍結保存剤は多糖類であるため、細胞の性状を変化させないと考えられる。したがって、細胞の特性を維持しつつ生体試料を凍結保存できると考えられる。
【0102】
本発明の凍結保存液は、本発明の多糖類またはその塩を1w/v%以上、50w/v%以下程度の濃度で含む。5w/v%よりも低い濃度であると、溶媒部分を良好にガラス化することができない場合がある。また、20w/v%より高い濃度では、粘度が高くなりすぎて、ハンドリング性が悪化するおそれがある。例えば、多糖類またはその塩の濃度は、5w/v%以上が好ましく、10w/v%以上が特に好ましい。また、多糖類またはその塩の濃度は、50w/v%以下であることが好ましく、20w/v%以下が特に好ましい。好ましくは、多糖類またはその塩の濃度は、5w/v%以上、20w/v%以下である。
【0103】
本発明の凍結保存液はさらに、細胞保護成分を含んでいてもよい。そのような細胞保護成分としては例えば、粘度平均分子量が3000を超え、500000以下の多糖類よりも小さい粘度平均分子量を有する化合物が挙げられる。このような化合物が凍結保存液中に存在すると、細胞膜付近の水分子が細胞保護成分により置換されて、細胞膜付近の氷晶形成および成長を抑制し、その結果、さらに細胞膜障害が抑制され得る。
【0104】
具体的には、例えば、細胞保護成分は、本発明の多糖類の構成成分である糖類または本発明の多糖類の断片などである。例えば、粘度平均分子量が3000未満、好ましくは2000以下、さらに好ましくは1000以下である単糖類、二糖類、またはオリゴ糖などが例示される。なお、単糖や二糖、単分子と考えられる化合物の場合は、構造式から分子量が明確に特定されるため、本発明においては、構造式から特定される分子量を粘度平均分子量として擬制して扱う。
【0105】
本発明で用いられ得る細胞保護成分は、本発明の効果を損なわない限り特に限定されないが、特に好適な例としては、多糖類例えばグリコサミノグリカンの切断生成物(断片)等を挙げることができる。グリコサミノグリカンの切断生成物は、グリコサミノグリカンを構成している単糖、その二糖、またはそのオリゴ糖であり得る。
【0106】
好ましくは、グリコサミノグリカンの切断生成物は、ヒアルロン酸の切断生成物である。したがって、好ましくは、グリコサミノグリカンの切断生成物は、グルクロン酸もしくはN-アセチルグルコサミン、または、それらからなる二糖もしくはオリゴ糖である。より好ましくは、グルクロン酸、または、その二糖もしくはオリゴ糖であり得る。
【0107】
本発明の「切断生成物」とは、多糖類に対して加水分解や酵素処理、亜臨界処理等の処理を行った際に得られると考えられる、本発明にて用いられる粘度平均分子量が3000を超え、500000以下の多糖類よりも小さな粘度平均分子量をもつ化合物を意味する。したがって、切断生成物は、対応する多糖類の構成成分である単糖および/または単糖の種々の重合度の重合体および/またはそれらの混合物であり得る。本明細書において、「亜臨界処理」とは、所定の温度および所定の圧力の条件下で亜臨界状態にした抽出溶媒としての亜臨界流体と、抽出対象の原料すなわち高分子多糖類とを接触させることを意味する。例えば、水は、圧力22.12MPa以上および温度374.15℃以上まで上げると液体でも気体でもない状態を示す。この点を水の臨界点といい、臨界点より低い近傍の温度および圧力の熱水を亜臨界水という。この亜臨界水の加水分解作用を用いて、抽出対象の原料から所望の成分を得ることができる。高分子多糖類を亜臨界処理する場合の条件としては、例えば、150℃以上、350℃以下の温度であり、亜臨界処理圧力は、各温度の飽和蒸気圧以上とすることができ、例えば、0.5MPa以上、25MPa以下とすることができる。亜臨界処理後、所定の分子量以下である成分が分離回収され、本発明における切断生成物として使用され得る。また、加水分解や酵素処理としても、特に限定されず、通常用いられるような試薬および処理方法が問題なく用いられ得る。
【0108】
本発明において使用される細胞保護成分は、1w/v%以上、10w/v%以下程度の濃度で凍結保存液中に含まれ得る。すなわち、細胞保護成分を追加で使用する場合、多糖類と細胞保護成分との割合が約10:1程度であることが好ましい。細胞保護成分の濃度が1w/v%未満であると細胞保護成分としての細胞保護の効果が十分得られない場合がある。また、細胞保護成分を10w/v%以上の濃度となるように添加しても、細胞保護成分としてのさらなる効果は得られにくい。
【0109】
本発明の凍結保存液は、非浸透型の凍結保護試薬であるため、本発明の凍結保存液を用いて凍結保存に付される生体試料は特に限定されない。種々の種類の細胞の凍結保存に使用することができる。また、細胞の由来種も特に問わない。本発明の凍結保存液は、凍結および融解時の氷晶形成および再結晶を効果的に抑制することができるため、複雑な構造をもつ哺乳動物細胞等にも良好に使用され得る。したがって様々な種類の動物種、マウス、イヌ、ヒトなどの種の細胞の凍結保存に適用できる。さらに、本発明の凍結保存液は、一般の培養用細胞と比較して凍結時の障害が大きいことが知られており、いわゆる従来の緩慢凍結法では生存率の顕著な低下が避けられないような幹細胞、初期胚や卵子、精子、受精卵等の生殖細胞の凍結保存に特に好適に使用できる。また、本発明の凍結保存液は、分化因子として働き得るDMSOのような細胞浸透性で細胞毒性を有する化学物質を含まないため、未分化維持が必要な細胞の保存に使用することができ、例えば、再生医療用途の幹細胞も、分化のリスクを伴うことなしに凍結保存できる。なお、DMSOやエチレングリコールのような化学物質を上記リスクが問題とならない低濃度で加えることは可能である。
【0110】
また、血清や血清由来タンパク質を添加しないため、細菌やウィルスによる汚染もない。なお、感染症の心配の無いようなタンパク質を添加することは可能である。
【0111】
また、本発明の凍結保存液は、凍結状態でのガラス状態を安定化する効果に優れているため、保存が困難であることが知られている細胞のサイズが大きい卵子等の細胞や受精卵、および、組織化された細胞構造体、組織や組織様物、例えば再生医療で得られた組織などの凍結保存にも使用することができる。
【0112】
すなわち、本発明の凍結保存液は、細胞、組織、または、膜もしくは凝集体である組織様物などから選択される生体試料に使用されて、高い生存率を実現することができる。特には、本発明の凍結保存液は、初代細胞あるいは樹立細胞に関係なく、間葉系幹細胞;造血系幹細胞;神経系幹細胞;骨髄幹細胞、生殖幹細胞等の体性幹細胞;血球細胞;内皮細胞;等の凍結保存、とりわけ、マウスよりも凍結耐性が低いとされている霊長類の幹細胞の凍結保存、移植用組織の凍結保存、および、生殖医療における生殖細胞の凍結保存において有利に使用され得る。
【0113】
また、本発明において使用される多糖類として、生体構成成分である多糖類を使用することにより、凍結保存された生体試料を融解して、そのまま細胞投与用溶液として用いることも可能である。さらに、組織または組織様物の場合には、組織化の段階で多糖類を添加しておき、そのまま凍結保存することも可能である。これにより、移植後の問題が軽減すると考えられる。このような場合、本発明の凍結保存液のための好ましい多糖類は、ヒアルロン酸である。特に、粘度平均分子量が3000より大きく、より望ましくは5000より大きく、そして、60000以下、より望ましくは20000以下であるヒアルロン酸である。
【0114】
本発明の凍結保存液は、緩慢凍結法用の凍結保存液である。すなわち、本発明の凍結保存液を用いた凍結方法では、冷却速度が10℃/min以下であることが好ましく、さらに好ましくは、冷却速度は、1℃/min以下程度である。この程度の冷却速度であれば、細胞内が適度に脱水されていって細胞内液のガラス化が良好に起こり、そして高い細胞凍結保護効果が得られると考えられる。
【0115】
本発明の凍結保存方法は、溶媒中に、3000を超え、500000以下の粘度平均分子量を有し、主鎖に六員環構造を含む多糖類またはその塩を含む凍結保存液中に生体試料を含ませることと生体試料を含む凍結保存液を凍結に供することと、-27℃以下の温度に生体試料を含む凍結保存液を保持することで保存を行うこととを含んでいる。多糖類の塩は、多糖類の金属塩、ハロゲン塩または硫酸塩であってもよい。金属塩としては、アルカリ金属またはアルカリ土類金属の塩が望ましい。アルカリ金属またはアルカリ土類金属としてはナトリウム、カリウム、カルシウムなどが選択される。ハロゲンとしては、塩素、臭素などを使用できる。-80℃のディープフリーザー中で、生体試料を含む凍結保存液を冷却速度10℃/min以下、好ましくは、冷却速度1℃/min程度で凍結しそのまま保存することにより凍結保存が行えるため、従来のガラス化法で求められる急速冷却のための迅速な操作が求められることはない。したがって、操作性が向上すると同時に、安定した保存効果を得ることができると考えられる。
【0116】
なお、主鎖中に六員環構造を含む多糖類またはその塩の粘度平均分子量は、400000以下、特に200000以下であることが望ましい。粘度を低く調整でき、凍結保存液として取扱いやすいからである。
【0117】
凍結保存温度の範囲としては、-27℃以下であれば限定されるものではないが、上限として、望ましくは、-70℃以下、好ましくは-80℃以下である。また下限として、望ましくは、-196℃以上、好ましくは-150℃以上である。
【0118】
本発明の凍結保存液のための溶媒としては、水のような水性溶媒を用いることが望ましい。特に体液や細胞液の浸透圧とほぼ同じになるようにナトリウムイオン、カリウムイオン、カルシウムイオン等によって塩濃度や糖濃度等を調整した等張液であることが好ましい。具体的には、例えば、水、生理食塩水、緩衝効果のある生理食塩水であるリン酸緩衝生理食塩水(phosphate buffered saline;PBS)、ダルベッコリン酸緩衝生理食塩水、トリス緩衝生理食塩水(Tris Buffered Saline;TBS)、HEPES緩衝生理食塩水等、ハンクス平衡塩溶液などの平衡塩溶液、リンゲル液、乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液などが例示されるがこれらに限定される訳ではない。また、本発明の効果を損なわない限り溶媒は、例えば等張剤やキレート剤、溶解補助剤などの他の任意成分を含んでいてもよい。本明細書において、「任意成分」とは、含んでもよいし含まなくてもよい成分のことを意味している。例えば溶媒は、5%グルコース水溶液などであってもよい。また、本発明の凍結保存液のための溶媒として、細胞培養用の培地が用いられてもよい。培養培地としては特に限定される訳ではなく、例えば市販の培地やD-MEM、E-MEM、αMEM、RPMI-1640培地、Ham’s F-12、Ham’s F-10、M-199などの動物細胞培養用基礎培地、各種の細胞または組織用の一般的な培養液が例示され得る。したがって、本発明の凍結保存液は、細胞培養後の培養液または細胞懸濁液に、凍結保存剤が所望の濃度となるように添加されてもよい。
【0119】
また、本発明の凍結保存液は、必要に応じて、pH調整され得る。例えば、カルボン酸基などを有する多糖類が本発明の多糖類として使用される場合、凍結保存液が酸性を呈することがある。このような場合、pH調整を行うことによって凍結保存液を中性溶液とすることで、凍結保存される細胞の生存により適した溶液となり得、細胞の生存率が向上すると考えられる。pH調整のために用いられる塩としては限定されず、水溶液のpH調整に通常使用されるものを使用することができる。
【0120】
本発明の凍結保存液を用いた生体試料の凍結保存方法では、ガラス化状態が安定化されており、毒性も低いため、生体試料を長期間安定的に保存することができる。本明細書において、長期間安定的な保存とは、例えば、本発明の凍結保存液を用いた場合の解凍後の生体試料例えば細胞の生存率が、保存直前の細胞の生存率を基準として、5か月後に、10%未満程度、好ましくは5%未満程度の低下、または、6か月後に、20%未満程度、好ましくは10%未満程度の低下、または、12か月後に、15%未満程度、好ましくは30%未満程度の低下しかみられないことを意味する。また、本明細書において、長期間安定的な保存とは、例えば、細胞を凍結して-80℃で長期間保存した後、解凍し、続いて4℃で細胞を保存した場合に、解凍後の24時間後でも、解凍直後の細胞生存率を基準として5%未満の生存率の低下しかみられないことを意味する。本発明の凍結保存液では、DMSO溶液と比べ、細胞をストレスの少ない条件で凍結保存することができると考えられる。したがって、本発明の凍結保存液では、10%のDMSO溶液などの従来の凍結保存液を用いた凍結保存と比較して、解凍後の非常に高い細胞生存率を得ることができる。さらに、解凍直後のみならず、解凍後に冷蔵保存された細胞も高い細胞生存率を示し得る。本発明の凍結保存液によれば、細胞の性状を変化させることなしに、安定的に長期間、細胞を凍結保存できる。
【実施例
【0121】
本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。また、以下において、lifecore biomedical社製のヒアルロン酸は、ヒアルロン酸ナトリウムであるが、簡単化のため、「ヒアルロン酸」と記載している。
【0122】
凍結保存剤および凍結保存液
<試験用試料および試料溶液の調製>
・実施例1
容積2Lの耐圧容器に平均分子量100万である高分子ヒアルロン酸(Shanghai Easier Industrial Development社製)と水とを20:100で混合し、処理温度175℃、処理圧力0.89MPa、および処理時間3分で亜臨界処理を行った。その後、亜臨界処理物を凍結乾燥またはスプレードライ法で乾燥した。これにより、粘度平均分子量が約1万のヒアルロン酸である試験用試料、すなわち本発明の凍結保存剤を得た。極限粘度は、0.49dL/gであった。
【0123】
この試験用凍結保存剤1gをαMEM培地(Gibco製、品番C1257-1500BT、溶媒は水である)10mLに溶解させることにより、実施例1の試験用凍結保存液を得た(すなわち、試験用凍結保存液中のヒアルロン酸試料の濃度が10w/v%)。なおこの実施例1を含めて、本発明の実施例、製造例および比較例では、αMEM培地を溶媒としているが、αMEM培地に代えて、超純水を溶媒として用いてもよい。また、後述するDSCの測定では、溶媒をαMEMに代えて超純水としている。なお、以下の例により得られる各試験用試料は、凍結保存液の凍結保存剤として、後述の各評価のための試験において、それぞれ適切な溶媒を用いて所定の濃度となるように調製されて使用された。
【0124】
・製造例1
処理時間7分で亜臨界処理を行った以外は、実施例1と同様な操作を行い、粘度平均分子量が1000のヒアルロン酸断片である試験用試料を得た。極限粘度は、0.08dL/gであった。
【0125】
・製造例2
処理時間5分で亜臨界処理を行った以外は、実施例1と同様な操作を行い、粘度平均分子量が2000のヒアルロン酸断片である試験用試料を得た。極限粘度は、0.14dL/gであった。
【0126】
・製造例3
処理時間4分で亜臨界処理を行った以外は、実施例1と同様な操作を行い、粘度平均分子量が3000のヒアルロン酸断片である試験用試料を得た。極限粘度は、0.19dL/gであった。
【0127】
・実施例2
粘度平均分子量50000であるヒアルロン酸(lifecore biomedical社製;粉末)を本発明の凍結保存剤としての試験用試料とした。この試験用試料1gを溶媒であるαMEM培地(Gibco製、品番C1257-1500BT、溶媒は水である)10mLに溶解させることにより、実施例2の試験用凍結保存液を得た(すなわち、試験用凍結保存液中の試験用試料であるヒアルロン酸濃度が10w/v%)。極限粘度は、1.67dL/gであった。
【0128】
・実施例3
粘度平均分子量15000であるヒアルロン酸(lifecore biomedical社製;粉末)1gを溶媒であるαMEM培地(Gibco製、品番C1257-1500BT、溶媒は水である)10mLに溶解させたヒアルロン酸濃度10w/v%の試験用試料溶液に、製造例1の試験用試料(粘度平均分子量が1000のヒアルロン酸断片試料)を終濃度1w/v%の量で添加して、実施例3の試験用凍結保存液を得た。極限粘度は、0.65dL/gであった。
【0129】
・実施例4
実施例3の試験用凍結保存液(粘度平均分子量15000であるヒアルロン酸(lifecore biomedical社製)および製造例1の試験用試料を含む)のpHを10mM Tris-HClを用いて中性に調整することにより、実施例4の試験用凍結保存液とした。極限粘度は、0.65dL/gであった。
【0130】
・実施例5
粘度平均分子量373000であるプルラン(東京化成工業(株)製)1gを溶媒であるαMEM培地(Gibco製、品番C1257-1500BT、溶媒は水である)10mLに溶解させることにより、実施例5の試験用凍結保存液を得た(すなわち、試験用凍結保存液中の試験用試料であるプルラン濃度が10w/v%)。極限粘度は、0.55dL/gであった。
【0131】
・実施例6
実施例5の試験用凍結保存液(粘度平均分子量373000のプルランを含む)に、製造例1の試験用試料(粘度平均分子量が1000のヒアルロン酸断片試料)を終濃度1w/v%の量で添加して実施例6の試験用凍結保存液を得た。極限粘度は、0.55dL/gであった。
【0132】
・実施例7
実施例6の試験用凍結保存液(粘度平均分子量373000のプルランおよび製造例1の試験用試料を含む)のpHを10mM Tris-HClを用いて中性に調整することにより、実施例7の試験用凍結保存液とした。
【0133】
・実施例8
実施例5の試験用凍結保存液(粘度平均分子量373000のプルランを含む)に、製造例1の試験用試料(粘度平均分子量が1000のヒアルロン酸断片試料)を終濃度5w/v%の量で添加して試験用凍結保存液とした。極限粘度は、0.55dL/gであった。
【0134】
・実施例9
実施例8の試験用凍結保存液(粘度平均分子量373000のプルランをおよび製造例1の試験用試料を含む)のpHを10mM Tris-HClを用いて中性に調整することにより、実施例9の試験用凍結保存液とした。極限粘度は、0.55dL/gであった。
【0135】
・実施例10
粘度平均分子量15000であるヒアルロン酸(lifecore biomedical社製;粉末)1gを溶媒であるαMEM培地(Gibco製、品番C1257-1500BT、溶媒は水である)10mLに溶解させたヒアルロン酸濃度10w/v%の試験用試料溶液に、スクロース(ナカライテスク(株)製)を終濃度1w/v%の量で添加して実施例10の試験用凍結保存液とした。極限粘度は、0.65dL/gであった。
【0136】
・実施例11
粘度平均分子量15000であるヒアルロン酸(lifecore biomedical社製;粉末)1gを溶媒であるαMEM培地(Gibco製、品番C1257-1500BT、溶媒は水である)10mLに溶解させたヒアルロン酸濃度10w/v%の試験用試料溶液に、グルクロン酸(富士フイルム和光純薬(株)製)を終濃度1w/v%の量で添加して実施例11の試験用凍結保存液とした。極限粘度は、0.65dL/gであった。
【0137】
・比較例1
DMSO(ナカライテスク(株)製、細胞培養グレード)を試験用試料とした。この試験用試料1mLを溶媒であるαMEM培地(Gibco製、品番C1257-1500BT、溶媒は水である)10mLに溶解させることにより、比較例1の試験用凍結保存液を得た(すなわち、試験用凍結保存液中の試験用試料のDMSO濃度が10w/v%)。
【0138】
・比較例2
溶媒として使用したαMEM培地(Gibco製、品番C1257-1500BT、溶媒は水である)を試験用試料とした。
【0139】
・比較例3
ゼラチン(粘度平均分子量315000 新田ゼラチン(株)製)1gを溶媒としてのαMEM培地(Gibco製、品番C1257-1500BT、溶媒は水である)10mLに溶解させることにより、比較例3の試験用凍結保存液を得た(すなわち、試験用凍結保存液中の試験用試料のゼラチン濃度が10w/v%)。極限粘度は、0.50dL/gであった。
【0140】
・比較例4
粘度平均分子量1000000である高分子量ヒアルロン酸(Shanghai Easier Industrial Development社製)1gを溶媒としてのαMEM培地(Gibco製、品番C1257-1500BT、溶媒は水である)100mLに溶解させることにより、比較例4の試験用凍結保存液を得た(すなわち、試験用凍結保存液中の試験用試料であるヒアルロン酸濃度が1w/v%)。なお、比較例4の試験用凍結保存液は、ハンドリング性の問題により培地中10w/v%の濃度が得られなかったため、1w/v%のヒアルロン酸濃度となるように調製した。極限粘度は、17.2dL/gであった。
【0141】
・実験例1
粘度平均分子量42500のデキストラン(MP社製;粉末)1gを溶媒としてのαMEM培地10mLに溶解させることにより、実験例1の試験用試料溶液を得た(すなわち、試験用試料溶液中の試験用試料のデキストラン濃度が10w/v%)。極限粘度は、0.19dL/gであった。
【0142】
・比較例6
特開2012-235728号公報の例2に準じて、ラッキョウ由来のフルクタンを得る。
【0143】
原料としての乾燥ラッキョウ約1kgを、粉砕し、15gの水酸化カルシウムを懸濁させた抽出用の水に混合し、1時間、常温抽出を行った後、1時間、95℃で加熱抽出し、その後、一晩、60℃で加熱抽出した。抽出物に活性炭を添加して脱臭処理を行い、その後、珪藻土で濾過し、残渣と活性炭を除去した。
【0144】
得られた抽出液を、限外濾過膜に通液させて、フルクタンの精製を行った。
【0145】
得られた精製液は、一端加熱殺菌した後、活性炭を添加して再度脱色処理を行った。この精製液を、85℃で1時間加熱することにより殺菌し、凍結乾燥させて、粉末化を行うことにより、精製フルクタン粉末400gを得た。
【0146】
得られた精製フルクタン粉末について、粘度平均分子量を測定したところ、12000であった。極限粘度は、0.11dL/gであった。
【0147】
このフラクタン粉末1gを溶媒としてのαMEM培地10mLに溶解させることにより、比較例6の試験用試料溶液を得た(すなわち、試験用試料溶液中の試験用試料のフルクタン濃度が10w/v%)。
【0148】
<試験例1:初代ヒト間葉系幹細胞の試験用凍結保存液を用いた凍結保存およびその保存効果の評価>
培養した初代ヒト間葉系幹細胞(Lonza PT2501)を、1×106個/mLの濃度で、実施例1および2ならびに比較例1、2および4の試験用凍結保存液(血清非含有)に懸濁した。
【0149】
その後、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を、緩慢細胞凍結器(Nalgene(登録商標)ミスターフロスティー)中で、-80℃冷凍庫内で凍結した。7日間、凍結した各試験用試料を含む細胞懸濁液を-80℃で保存した後、37℃の温浴中で急速解凍した。解凍後の各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液は、解凍直後に細胞生存率をトリパンブルー染色により評価した。結果を図1に示す。
【0150】
図1は、凍結保存液未添加の培地中、すなわち比較例2の試験用凍結保存液中、または、実施例1および2ならびに比較例1および4の試験用凍結保存液中で凍結保存した細胞の、解凍後の細胞生存率を示している。図1から、実施例1および2の試験用凍結保存液では、良好な保存効果が得られたことがわかる。特に、ヒアルロン酸の亜臨界処理により得られた粘度平均分子量が約1万のヒアルロン酸試料が凍結保存液中の凍結保存剤である実施例1の試験用凍結保存液の場合、90%を超える高い保存効果が得られた。この保存効果は一般的によく用いられている凍結保存剤であるDMSOを凍結保存剤として含む比較例1よりも、さらに高い効果であった。本発明の凍結保存液が細胞毒性の低い優れた凍結保存液であることがわかる。また、粘度平均分子量が1000000と大きい高分子量ヒアルロン酸を試験用試料として含む比較例4では、細胞保護効果はほとんど認められなかった。なお、凍結保存剤を含まない比較例2では、細胞生存率はほぼ0%であった。この結果より、200000以下程度の粘度平均分子量を有する多糖類が凍結保護剤として効果的であることが確認された。また、本発明の凍結保存剤は、溶媒としてαMEM培地などの培養液を使用して凍結保存液として調製しても、高い細胞保存効果を示すことから、本発明の凍結保存剤をそのまま細胞の培養液に加えて細胞を懸濁後、凍結させて保存することができる。保存する細胞を遠心分離する必要もなく、より高い細胞生存率および細胞の性状の維持が可能であると考えられる。
【0151】
<試験例2:示差走査熱量分析による凍結保存液の分析の評価>
実施例1および2ならびに比較例2の試験用試料をαMEM培地に代えて超純水を用いて終濃度10%に調製し、示差走査熱量分析用のサンプルとした。各サンプルを、次に示すように示差走査熱量分析装置(DSC)で走査した。
(1)20℃で1分間保持後、速度フリーで-80℃まで降温。
(2)-80℃で1分間保持後、10℃/minの昇温速度で20℃まで昇温。
【0152】
結果を図2Aおよび2Bに示す。試験用試料が超純水である比較例2(すなわち超純水であるサンプル)では、図2Aに示されるように自由水の氷晶融解ピークのみが観察された。試験用試料が粘度平均分子量50000のヒアルロン酸である実施例2では、比較例2と比較して氷晶融解ピークのシフトおよび凝固点降下が見られ、また、-20℃付近にガラス転移が確認された(図2B)。実施例1では、氷晶融解のピークは極めて小さく、ほぼ認められず、さらに、図2Bに示されるように、-23℃±4℃付近にガラス転移が確認された。
【0153】
次いで、実施例1ならびに比較例1および2の試験用試料をαMEM培地に代えて超純水を用いて終濃度10%に調製し、示差走査熱量分析用のサンプルとした。各サンプルを、次に示すように示差走査熱量分析装置(DSC)で走査した。
(1)20℃で1分間保持後、5℃/minの降温速度で-80℃まで降温。
(2)-80℃で1分間保持後、10℃/minの昇温速度で20℃まで昇温。
【0154】
結果を図3A(比較例2)、図3B(比較例1)、図3C(実施例1)にそれぞれ示す。
【0155】
試験用試料が超純水である比較例2では、図3Aに示されるように、降温過程において、氷晶形成に伴う非常に大きな発熱ピークが見られた。また、昇温過程においても、氷晶融解に伴う大きな融解熱量が観察された。試験用試料がDMSOである比較例1では、図3Bに示されるように、小さな氷晶形成に伴うピークしか見られず、氷晶融解に伴うピークはほとんど見られなかった。これは、比較例1の試験用試料(DMSO)を含む凍結保存液は凍結状態においてガラス化状態に近いことを示している。実施例1の試験用試料を凍結保存剤として含む凍結保存液では、図3Cに示されるように、融解ピークはほとんど見られず、また、氷晶形成に伴うピークも比較例1で観察されたピークよりもはるかに小さいものであった。したがって、実施例1の試験用試料を含む凍結保存液では、氷晶はほぼ形成されず、極めて良好なガラス化状態にあると考えられる。
【0156】
<試験例3:初代ヒト間葉系幹細胞の試験用凍結保存液を用いた凍結保存における長期保存効果の評価>
培養した初代ヒト間葉系幹細胞(Lonza PT2501)を、1×106個/mLの濃度で、実施例1および比較例1の試験用凍結保存液(血清非含有)に懸濁した。その後、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を、緩慢細胞凍結器(Nalgene(登録商標)ミスターフロスティー)中で、-80℃冷凍庫内で凍結した。凍結した各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を-80℃で最長12か月まで保存した後、所定の保管期間で、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を取り出し、37℃の温浴中で急速解凍した。解凍後の各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液の細胞生存率を解凍直後にトリパンブルー染色により評価した。結果を図4Aに示す。また、3か月間-80℃で凍結保存した細胞懸濁液を解凍し、続いて4℃で、一日あるいは1週間保存した。4℃で保存後の細胞懸濁液の細胞生存率をトリパンブルー染色により評価した。なお、4℃での保存後の細胞生存率は、解凍直後(すなわち保存直前)の細胞生存率を100%として算出した。結果を図4Bに示す。
【0157】
図4Aに示されている結果から、本発明の凍結保存液は、5か月の保存後でもほぼ変わらない、95%以上の高い細胞生存率を示していることがわかる。一方、比較例1の試験用試料(DMSO)を含む凍結保存液では、凍結保存2か月後に既に細胞生存率の低下が見られた。そして、3か月後には、比較例1での凍結保存における細胞生存率は50%をきっていることが分かる。この結果は、3か月後でも依然として高い細胞生存率が維持されている本発明の凍結保存液とは対照的であった。凍結保存6か月後においては、本発明の凍結保存液では10%未満の生存率の低下しかみられない一方、比較例1の凍結保存液では、細胞生存率は25%ほどに低下していた。さらに、本発明の凍結保存液での凍結保存では、凍結保存12か月後においても、依然として高い細胞生存率が維持されており、細胞生存率の低下は15%未満にすぎなかった。
【0158】
したがって、本発明の凍結保存液によれば、細胞を長期間安定に、高い細胞生存率で凍結保存することができることがわかる。
【0159】
また、-80℃で長期間保存した細胞を解凍後にそのまま4℃で保存した場合において、本発明の凍結保存液では、4℃で1日保存した後の細胞生存率が保存直前の細胞生存率のほぼ100%に近かった一方、比較例1では60%程度に低下していた。4℃での一週間の保存後でさえも、本発明の凍結保存液では未だ40%以上の細胞生存率が見られた。これは、本発明の凍結保存液において、解凍後に生存していた細胞が、実質正常に増殖に向かう細胞であったこと、および、保存中に凍結保存液が細胞にダメージを与えていないことを示しており、これにより、本発明の凍結保存液が非常に優れた細胞保存効果を有していることが確認された。
【0160】
<試験例4:初代ヒト間葉系幹細胞の試験用試料を用いた凍結保存後の性状の評価>
培養した初代ヒト間葉系幹細胞(Lonza PT2501)を、1×106個/mLの濃度で、実施例1および比較例1の試験用凍結保存液(血清非含有)に懸濁した。その後、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を、緩慢細胞凍結器(Nalgene(登録商標)ミスターフロスティー)中で、-80℃冷凍庫内で凍結した。凍結した各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を-80℃で6か月間、凍結保存した。6か月後に、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を37℃の温浴中で急速解凍し、αMEMで洗浄したのち、6ウェルプレートに2.5×104個ずつ播種し、4日後、培養培地中のHGFおよびIL-10濃度を定量した。HGFおよびIL-10の定量には、それぞれ、専用のキット(Quantikine(登録商標) ELISA Human HGF、カタログ番号DHG00、R&D社製)、Quantikine(登録商標) ELISA Human IL-10、カタログ番号D100B、R&D社製)を用い、キット添付の手順書の順序に準じて行った。結果を図5Aおよび5Bに示す。
【0161】
図5Aに示されるように、凍結保存剤としてのDMSOを含む比較例1の凍結保存液の存在下の凍結保存では、解凍後の細胞におけるHGF産生が高かった。一方、ヒアルロン酸の切断生成物を含む粘度平均分子量10000のヒアルロン酸を凍結保存剤として含む本発明の凍結保存液を用いた凍結保存では、解凍後の細胞におけるHGF産生量は低く、比較例1の1/3以下であった。DMSO存在下での結果は、DMSO存在下での保存では細胞がストレス状態にあったことを示している。本発明の凍結保存剤存在下での細胞保存ではこのような高いHGF産生は観察されないことから、本発明の凍結保存液では細胞は安定に保護されていることがわかる。
【0162】
図5Bに示されるように、IL-10産生量は、実施例1の凍結保存液を用いて凍結保存された細胞で高く、比較例1の凍結保存液を用いて凍結保存された細胞では非常に低かった。この結果から、本発明の凍結保存液は、細胞の機能を維持しつつ良好に細胞を凍結保存できることがわかる。
【0163】
本発明の凍結保存液はDMSOおよびエチレングリコールなどの細胞毒性を有する化合物を含まないので、本発明の凍結保存液は、従来の凍結保存液とは異なり、生体試料をストレス状態にさらすことなく、その性状を維持したままで凍結保存することが可能であるという顕著な効果を有する。なお、DMSOやエチレングリコールなどの細胞毒性を有する化学物質を細胞の機能を損なわない低濃度で加えることは可能である。
【0164】
また、血清や血清由来タンパク質を添加しないため、細菌やウィルスによる汚染もない。なお、細胞の機能を損なわない低濃度で細胞毒性を有する化合物を加えることは可能である。また、感染症の心配の無いようなタンパク質を添加することも可能である。
【0165】
<試験例5:初代ヒト間葉系幹細胞の試験用試料を用いた凍結保存後の性状(未分化性)の評価>
培養した初代ヒト間葉系幹細胞(Lonza PT2501)を、1×106個/mLの濃度で、実施例1および比較例1の試験用凍結保存液(血清非含有)に懸濁した。その後、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を、緩慢細胞凍結器(Nalgene(登録商標)ミスターフロスティー)中で、-80℃冷凍庫内で凍結した。凍結した各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を-80℃で6か月間、凍結保存した。6か月後に、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を取り出し、37℃の温浴中で急速解凍した。解凍後の各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液において、CD90、CD44およびCD105の発現強度をフローサイトメトリーにより解析した。結果を図6に示す。
【0166】
CD90、CD44およびCD105は、未分化状態の間葉系幹細胞に発現する代表的な表面タンパク質であり、間葉系幹細胞の未分化性マーカーとして用いられるものである。図6に示されるように、CD90、CD44およびCD105の、全ての未分化性バイオマーカーの発現は、実施例1の凍結保存液で凍結保存した細胞において比較例1の凍結保存液で凍結保存した細胞よりも高かった。したがって、実施例1の凍結保存液で凍結保存した細胞が未分化マーカーの発現を維持していることがわかる。すなわち、実施例1の凍結保存液で凍結保存した細胞は未分化状態を保持することができる。本発明の凍結保存によれば、比較例1の凍結保存液で保存した場合に見られるような分化状態への影響を低減することができることがわかる。
【0167】
この結果より、本発明の凍結保存液を用いた凍結保存方法が、未分化状態で凍結保存することが重要である幹細胞の凍結保存にも好適に適用可能であることがわかる。
【0168】
<試験例6:各種多糖類を含む凍結保存液の評価>
培養した初代イヌ間葉系幹細胞(cyagen C160)を、1×106個/mLの濃度で、実施例1、3~9および実験例1の試験用凍結保存液(血清非含有)に懸濁した(ただし、実施例1の試験用凍結保存液中のヒアルロン酸試料の濃度は20w/v%とした)。その後、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を、緩慢細胞凍結器(Nalgene(登録商標)ミスターフロスティー)中で、-80℃冷凍庫内で凍結した。1日間の凍結保存後、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を取り出し、37℃の温浴中で急速解凍した。解凍後の各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液の細胞生存率をトリパンブルー染色により評価した。結果を図7に示す。
【0169】
図7より、ヒアルロン酸に限定されずプルランなど他の多糖類であっても多糖類の種類に関わらず、所定の分子量を有する多糖類であれば、凍結保存液中の凍結保護剤として、良好な細胞保護効果を示すことがわかる。なお、デキストランは凍結保存剤としては低い細胞保護効果しか示さなかった。また、多糖類と多糖類の切断生成物である断片とを組み合わせて使用することにより、細胞保存効果はさらに向上した。断片が添加される場合は、調製された凍結保存液が酸性を呈している場合があるがこのような場合は、pH調整により凍結保存液を中性にすることで、より高い細胞保護効果が得られた。pH調整により細胞の生存に、より適切な条件となったと考えられる。また、断片を添加する場合には、多糖類である試験用試料に対して1~5w/v%の量で添加することが、細胞保護効果のさらなる向上のためには好ましかった。添加する断片の量を、試験用試料に対して10w/v%より多くしても、細胞生存率の向上効果にさらなる影響は見られなかった。
【0170】
また、図7に示されている結果より、本発明の凍結保存液が、ヒトだけでなく、イヌ間葉系幹細胞に対しても、良好な凍結保護効果を示すことがわかった。
【0171】
<試験例7:各種断片の添加効果の評価>
培養した初代イヌ間葉系幹細胞(cyagen C160)を、1×106個/mLの濃度で、実施例10および11の試験用凍結保存液(血清非含有)に懸濁した。その後、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を、緩慢細胞凍結器(Nalgene(登録商標)ミスターフロスティー)中で、-80℃冷凍庫内で凍結した。1日間の凍結保存後、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を取り出し、37℃の温浴中で急速解凍した。解凍後の各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液の細胞生存率を解凍直後にトリパンブルー染色により評価した。結果を図8に示す。
【0172】
図8に示されるように、保水性の点から好ましいとされている従来凍結保存液に添加されることのあるスクロースよりも、グルクロン酸および亜臨界処理によって得られた粘度平均分子量1000の製造例1のヒアルロン酸断片試料を添加した場合に、より高い細胞保護効果が観察された。この結果から、追加の添加成分としては、グリコサミノグリカンの切断生成物である断片、特には、ヒアルロン酸の切断生成物である断片やヒアルロン酸の構成単糖であるグルクロン酸が好ましいこと考えられる。
【0173】
<試験例8:凍結された凍結保存液中の細胞の評価(細胞内ガラス化状態の評価)>
培養した初代イヌ間葉系幹細胞(cyagen C160)を、1×106個/mLの濃度で、実施例1および比較例1の試験用凍結保存液(血清非含有)に懸濁した。対照として、凍結保存剤を含まないαMEM培地からなる比較例2の試験用試料溶液に細胞を懸濁させた対照懸濁液を同様に調製した。その後、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液および対照懸濁液を、硬質硝子製試料置板(16φ×0.12mm)に5μL添加し、硬質硝子製カバーガラス(12φ×0.12mm)でカバーし、linKam社製顕微鏡用冷却ステージ(THMS600)で、5℃/minで-80℃まで降温し、透過光顕微鏡(Olympus BX53)で-80℃にて画像を撮影した。結果を図9A~Cに示す。
【0174】
図9Aは、対照懸濁液の結果を示しており、培地のみでは、細胞内に氷晶が発生して光が乱反射するために細胞が暗転していることがわかる。図9Bは、DMSOが試験用試料である比較例1の結果を示している。図9Bにおいても、細胞は暗転しており、微小氷晶が形成されていることがわかる。図9Cは、実施例1の試験用試料を含む凍結保存液の結果である。細胞が明転しており、細胞内が非晶状態にガラス化していることがわかる。
【0175】
この結果は、本発明の凍結保存液が細胞内をガラス化状態にして凍結させていることを示している。
【0176】
<試験例9:明度差を用いた細胞内ガラス化状態の評価>
培養した初代イヌ間葉系幹細胞(cyagen C160)を、1×106個/mLの濃度で、実施例1および比較例1の試験用凍結保存液(血清非含有)に懸濁した。対照として、凍結保存剤を含まないαMEM培地からなる比較例2の試験用試料溶液に細胞を懸濁させた対照懸濁液を同様に調製した。その後、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液および対照懸濁液を、硬質硝子製試料置板(16φ×0.12mm)に5μL添加し、硬質硝子製カバーガラス(12φ×0.12mm)でカバーしlinKam社製顕微鏡用冷却ステージ(THMS600)で、5℃/minで-80℃まで降温し、透過光顕微鏡(Olympus BX53)で-80℃にて画像を撮影した。結果を図10Aおよび10Bに示す。
【0177】
図10Aに示されている観察像の細胞内と細胞外の明暗の差(絶対値)を画像解析ソフトImageJ(https://imagej.nih.gov/ij/)を用いて解析した。それぞれの画像において、溶媒領域の明度および細胞内部の明度と、マンセル明度とを同条件で読み込み、溶媒領域の明度および細胞内部の明度のそれぞれの読み込みデータと各マンセル明度の読み込みデータとを比較して、最も近い読み込みデータのマンセル明度を、溶媒領域の明度および細胞内部の明度として採用して、溶媒の明度および細胞内部の明度を数値化(マンセル値化)した。なお、画像解析ソフトで読み込んだ細胞内領域または溶媒領域の明度の読み込み値が、マンセル明度の最も暗い値0の読み込み値よりもさらに暗い値である場合は、便宜上細胞内領域または溶媒領域のマンセル値を0とし、画像解析ソフトで読み込んだ細胞内領域または溶媒領域の明度の読み込み値が、マンセル明度の最も明るい値10の読み込み値よりもさらに明るい値である場合は、便宜上細胞内領域または溶媒領域のマンセル明度の値を10とする。
【0178】
測定の結果、対照懸濁液(比較例2)では、溶媒領域のマンセル明度は5、細胞内領域のマンセル明度は0であり、溶媒領域と細胞内部領域のマンセル明度の差は5であった。比較例1では溶媒領域の明度は4、細胞内領域のマンセル明度は0、マンセル明度差は4であった。これに対し、実施例1では、溶媒領域のマンセル明度が4、細胞内領域のマンセル値が2で、マンセル明度差は2であった(図10B)。
【0179】
すなわち、実施例1では、細胞内領域の明度と溶媒領域の明度とが近い。この結果は、実施例1の試験用試料を含む凍結保存液では、凍結した細胞が明転しており、すなわち細胞内がガラス化されていることを示している。細胞内領域と溶媒領域の明度差は3以下であることが望ましい。また、細胞内領域の明度の値に比べて、溶媒領域の明度の値の方が大きいか同じであることが望ましい。
【0180】
<試験例10:凍結された凍結保存液中の細胞面積の評価>
培養した初代イヌ間葉系幹細胞(cyagen C160)を、1×106個/mLの濃度で、実施例1および比較例1の試験用凍結保存液(血清非含有)に懸濁した。対照として、凍結保存剤を含まないαMEM培地からなる比較例2の試験用試料溶液を添加した培地(すなわち培地のみ)に細胞を懸濁させた対照懸濁液を同様に調製した。その後、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液および対照懸濁液を、linKam社製顕微鏡用冷却ステージ(THMS600)で、5℃/minで-80℃まで降温した後、-50℃/minで急速融解させた。冷却前および融解後に、視野中に存在する細胞10個の面積を画像解析ソフトImageJで算出した。結果を図11に示す。
【0181】
図11に示されるように、培地のみである比較例2およびDMSOが試験用試料である比較例1では、凍結後に細胞の面積が増大していた一方、本発明の凍結保存液を用いて凍結した後では、細胞は約1/3に縮小していた。凍結時に細胞内が良好に脱水されていることが確認された。細胞は、培地中の正射影面積の1/1未満、1/3.5以上に縮小していることが望ましい。
【0182】
<試験例11:種々の細胞に対する凍結保護の評価>
培養したマウス由来マクロファージ様細胞株(RAW264)、ヒト結腸癌由来細胞(Caco-2)および初代ヒト肺微小血管内皮細胞(HMVEC)のそれぞれを、1×106個/mLの濃度で、実施例1および比較例1の試験用凍結保存液(血清非含有)に懸濁した。その後、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を、緩慢細胞凍結器(Nalgene(登録商標)ミスターフロスティー)中で、-80℃冷凍庫内で凍結した。7日間の凍結保存後、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を取り出し、37℃の温浴中で急速解凍した。解凍後の各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液の細胞生存率をトリパンブルー染色により評価した。結果を図12に示す。
【0183】
図12に示されるように、本発明の凍結保存液を用いて凍結保存した場合、全ての細胞において、DMSOが試験用試料である比較例1とほぼ同等、またはそれ以上の高い細胞生存率が得られた。この結果から、本発明の凍結保存液が、初代細胞あるいは樹立細胞に関係なく、また、細胞の由来種も問わず、様々な種類の細胞を高い細胞生存率で凍結保存することができることが確認された。
【0184】
<試験例12:分子量の小さい糖類を用いた凍結保存における凍結保護効果の評価>
培養した初代イヌ間葉系幹細胞(cyagen C160)を、1×106個/mLの濃度で、製造例1~3の各試験用試料を濃度が10w/v%となるようにαMEM培地に溶解させた各試験用凍結保存液に懸濁した。その後、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を、緩慢細胞凍結器(Nalgene(登録商標)ミスターフロスティー)中で、-80℃冷凍庫内で凍結した。7日間の凍結保存後、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を取り出し、37℃の温浴中で急速解凍した。解凍後の各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液の細胞生存率をトリパンブルー染色により評価した。結果を図13に示す。
【0185】
図13に示されるように、高分子より分子量の小さい糖類だけでは、細胞生存効果を得ることはできない。製造例3では、約10%の細胞生存率が観察されたが、これは、製造例3の試験用試料中に含まれ得る3000より分子量の大きなヒアルロン酸によるものであると推測される。
【0186】
<試験例13:亜臨界処理ヒアルロン酸試料のHPLC分析>
製造例1~3の試験用試料の1wt%水溶液を作製し、0.45μmのメンブレンフィルター(ミリポア社製)でフィルターろ過した後、各試験用試料の成分をHPLCにより分析した。移動相として、A液:16mM NaH2PO4水溶液、B液:800mM NaH2PO4水溶液を用い、ZORBAX NH2(アジレント・テクノロジー(株)製、カラムサイズφ4.6×250mm、粒子径5μm)順相HPLCカラムを用いて、流速1.0mL/min、カラム温度40℃、検出波長210nmで、成分を分離した。グラジエント条件は、移動相B濃度0%(0分)→移動相B濃度100%(60分)とした。結果を図14A~Cに示す。また、標品として、0.2wt%の濃度で、二糖であるHA02、四糖であるHA04、六糖であるHA06、八糖であるHA08および十糖であるHA10(全てイズロン社製)のヒアルロン酸のオリゴ糖をそれぞれ含む水溶液を調製し同様にHPLC分析を行った。この結果が図14Dに示されている。
【0187】
本HPLC分析条件では、単糖は保持時間3.5分、また、図14Dに示されているように、二糖は保持時間9分付近に確認される。図14Aは、製造例1のヒアルロン酸の切断生成物を含む粘度平均分子量が1000である試験用試料の分析結果を示すものであるが、保持時間3.5分付近に単糖に対応するピーク、保持時間9分付近の二糖に対応するピークが観察される。すなわち、製造例1の試験用試料には、このような単糖や二糖の成分が含まれており、細胞生存率の向上効果に寄与していると考えられる。
【0188】
<試験例14:実施例1の試験用試料のHPLC分析>
実施例1の試験用試料(亜臨界処理により得られた粘度平均分子量が約1万のヒアルロン酸試料)について、上述の製造例1~3の試験用試料のHPLC分析と同じ条件を用いて、HPLC分析した。結果を図15に示す。
【0189】
同様に図14Dと比較すると、実施例1の試験用試料にも、保持時間3.5分付近および9分付近にそれぞれ単糖や二糖に対応するピークが観察されることがわかる。すなわち、実施例1の試験用試料にも、このような単糖や二糖の成分が含まれており、これにより、高い細胞生存率効果が得られていると考えられる。
【0190】
<試験例15:多糖類構造をもたない試験用試料による細胞生存率の評価>
本発明の多糖類の代わりに、比較例3のゼラチンを含む試験用凍結保存液を用いて凍結保存後の細胞生存率を評価した。培養した初代イヌ間葉系幹細胞(cyagen C160)を、1×106個/mLの濃度で、比較例1および3の試験用凍結保存液(血清非含有)に懸濁した。その後、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を、緩慢細胞凍結器(Nalgene(登録商標)ミスターフロスティー)中で、-80℃冷凍庫内で凍結した。1日間の凍結保存後、各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液を取り出し、37℃の温浴中で急速解凍した。解凍後の各試験用凍結保存液を含む細胞懸濁液の細胞生存率をトリパンブルー染色により評価した。結果を図16に示す。
【0191】
図16に示されるように、凍結保存剤としてゼラチンを用いた場合は、DMSOが凍結保存剤である比較例1と比較して、顕著に低い細胞生存率しか得られなかった。したがって、本発明の凍結保存液は、本発明の多糖類を含有することにより、高い細胞生存率効果を示していることがわかる。
【0192】
<試験例16:フルクタンとの比較評価>
試験例1と同様の条件で、実施例1の粘度平均分子量約10000のヒアルロン酸を凍結保存剤とする試験用凍結保存液を用いた場合、および、比較例6の粘度平均分子量12000のフルクタンを凍結保存剤とする試験用凍結保存液を用いた場合において、細胞の生存率を測定した。実施例1の凍結保存液を用いた場合は、細胞の生存率は92%であったが、比較例6の凍結保存液では40%であった。
【0193】
凍結保存液中の凍結保存剤として同じ濃度(10w/v%)で比較すると、フルクタンよりも六員環構造を有するヒアルロン酸の方が細胞保存効果に優れていることが分かる。図17には、特開2012-235728号公報の表5をグラフ化したもの(横軸の濃度はw/v%)を記載しているが、フルクタンの濃度が20%~60%の領域で細胞の生存率が高くなっており、五員環構造のフルクタンの場合は、高い濃度でなければ、凍結保存液としては十分な機能を奏するとは言えない。
【0194】
上記の結果より、本発明の多糖類を含む生体試料用の凍結保存液は、細胞内を安定にガラス化することにより、DMSOやエチレングリコールなどの細胞浸透性で細胞毒性のある化合物、および/または、血清や血清由来のタンパク質などの添加を基本的に必要とすることなく、高い細胞生存率で生体試料を凍結保存することができるという顕著な効果を有していることがわかる。細胞は良好に保護され、その性状も維持される。また、本発明の生体試料用の凍結保存液がさらに多糖類の断片成分を含む場合、さらに細胞のガラス化状態は安定され、より高い細胞生存率が得られ得る。
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図3C
図4A
図4B
図5A
図5B
図6
図7
図8
図9A
図9B
図9C
図10A
図10B
図11
図12
図13
図14A
図14B
図14C
図14D
図15
図16
図17