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特許7339838直接電子移動型酸化還元酵素修飾分子認識素子
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-29
(45)【発行日】2023-09-06
(54)【発明の名称】直接電子移動型酸化還元酵素修飾分子認識素子
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/543 20060101AFI20230830BHJP
   G01N 27/327 20060101ALI20230830BHJP
   C12N 9/04 20060101ALN20230830BHJP
   C07K 16/00 20060101ALN20230830BHJP
   C07K 19/00 20060101ALN20230830BHJP
   C12N 15/53 20060101ALN20230830BHJP
   C12N 15/62 20060101ALN20230830BHJP
   C12N 15/13 20060101ALN20230830BHJP
【FI】
G01N33/543 545S
G01N27/327 357
C12N9/04 D ZNA
C07K16/00
C07K19/00
C12N15/53
C12N15/62 Z
C12N15/13
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019182929
(22)【出願日】2019-10-03
(65)【公開番号】P2020076747
(43)【公開日】2020-05-21
【審査請求日】2022-04-20
(31)【優先権主張番号】P 2018188675
(32)【優先日】2018-10-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000141897
【氏名又は名称】アークレイ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】早出 広司
(72)【発明者】
【氏名】高橋 由香
(72)【発明者】
【氏名】奥田 順子
(72)【発明者】
【氏名】塚田 理志
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 陽介
【審査官】草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】特表2018-518168(JP,A)
【文献】特開平09-269325(JP,A)
【文献】Yo MORITA 、他8名,Development of a novel biosensing system based on the structural change of a polymerized guaninequadruplex DNA nanostructure,Biosen sors and Bioelectronics,2006年,Vol.26,Page.4837-4841
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
C12N 9/04
C07K 16/00
C07K 19/00
C12N 15/53
C12N 15/62
C12N 15/13
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的分子認識部位と、該標的分子認識部位に連結された、電子伝達部位又は電子伝達サブユニットを含む直接電子移動型酸化還元酵素とを含む、分子認識素子であって、標的分子が抗原であり、標的分子認識部位が該抗原に対する抗体である、前記分子認識素子
【請求項2】
電子伝達部位がヘム含有ドメインであるか、あるいは、電子伝達サブユニットがヘム含有サブユニットである、請求項に記載の分子認識素子。
【請求項3】
前記電子伝達サブユニットがヘム含有サブユニットであり、ヘム含有サブユニットが配列番号4のアミノ酸配列を有する、請求項2に記載の分子認識素子。
【請求項4】
酸化還元酵素がグルコースデヒドロゲナーゼである、請求項1~のいずれか一項に記載の分子認識素子。
【請求項5】
前記標的分子認識部位と、前記直接電子移動型酸化還元酵素とが架橋剤によって連結された、請求項1~のいずれか一項に記載の分子認識素子。
【請求項6】
前記分子認識素子は、前記標的分子認識部位と、前記直接電子移動型酸化還元酵素との融合タンパク質を含む、請求項1~のいずれか一項に記載の分子認識素子。
【請求項7】
電極と、電極上に固定化された請求項1~のいずれか一項に記載の分子認識素子を含む、センサ。
【請求項8】
分子認識素子は電極上に単分子膜形成分子を介して固定化された、請求項に記載のセンサ。
【請求項9】
標的分子を含む試料を請求項又はに記載のセンサに導入する工程、及び標的分子に基づくシグナルを検出する工程を含む、標的分子の測定方法。
【請求項10】
請求項1~のいずれか一項に記載の分子認識素子を含む、標的分子測定用試薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はイムノセンサなどのバイオセンシング技術に使用可能な新規な分子認識素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の酵素等で標識された抗体を用いたELISAなどのイムノアッセイにおいては、抗原と
抗体を反応させたのち、非特異シグナルを除くため、抗原に結合していない抗体をLateral Flowなどの洗浄操作を行って分離(B/F分離)する必要がある。しかしながら、B/F分離を含む工程は、アッセイにかかる手間や時間を増やし、さらに分離洗浄の効率によってシグナル精度にも影響を与える。
【0003】
抗体の標識に使用される酵素としては、ペルオキシダーゼやアルカリフォスファターゼがよく使用される。また、非特許文献1ではグルコースオキシダーゼ(GOD)を標識した抗
体を用いた電気化学式免疫測定法が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】FEBS LETTERS June 1977 DOI: 10.1016/0014-5793(77)80317-7
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1に開示された方法では、前記GODと基質の反応により生じた電子は過酸化水
素に変換され、過酸化水素が溶液中に拡散し、電極表面にて還元されることでシグナルが発生する。そのため、反応系において、非特異的な吸着などによって電極近傍に存在する抗体-GODが生成するシグナルはノイズとなるため、念入りな洗浄工程を経る必要がある。また、非特異的吸着が強固な場合やターゲット分子である抗原が非特異的に吸着してしまっている場合には非特異シグナルを完全に除去することは困難であり、さらに、抗体に結合したGODと電極間の環境によっても洗浄によるノイズ成分除去には限界がある。
【0006】
本発明は、イムノセンサなどのバイオセンシング技術に使用可能な新規な分子認識素子を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様によれば、標的分子認識部位と、該標的分子認識部位に連結された直接電子移動型酸化還元酵素とを含む、分子認識素子が提供される。
本発明の他の態様によれば、標的分子認識部位が標的分子認識タンパク質を含む、前記分子認識素子が提供される。
本発明の他の態様によれば、標的分子が抗原であり、標的分子認識部位が該抗原に対する抗体である、前記分子認識素子が提供される。
本発明の他の態様によれば、直接電子移動型酸化還元酵素が電子伝達部位又は電子伝達サブユニットを含む酸化還元酵素である、前記分子認識素子が提供される。
本発明の他の態様によれば、電子伝達部位がヘム含有ドメインである、あるいは、電子伝達サブユニットがヘム含有サブユニットである、前記分子認識素子が提供される。
本発明の他の態様によれば、酸化還元酵素がグルコースデヒドロゲナーゼである、前記分子認識素子が提供される。
本発明の他の態様によれば、前記標的分子認識部位と、前記直接電子移動型酸化還元酵素とが架橋剤によって連結された、前記分子認識素子が提供される。
本発明の他の態様によれば、前記分子認識素子は、前記標的分子認識部位と、前記直接電子移動型酸化還元酵素との融合タンパク質を含む、前記分子認識素子が提供される。
本発明の他の態様によれば、電極と、電極上に固定化された前記分子認識素子を含む、センサが提供される。
本発明の他の態様によれば、分子認識素子が電極上に単分子膜形成分子を介して固定化された、前記センサが提供される。
本発明の他の態様によれば、標的分子を含む試料を前記センサに導入する工程、及び標的分子に基づくシグナルを検出する工程を含む、標的分子の測定方法が提供される。
本発明の他の態様によれば、前記分子認識素子を含む、標的分子測定用試薬が提供される。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一態様によれば、抗体のような分子認識素子に直接電子移動型酸化還元酵素を連結することにより、電極に直接電子を伝達可能な分子認識素子の構築が可能となる。
抗原-抗体の結合の有無によって、直接電子移動型酸化還元酵素によって発生する直接電
子伝達シグナルの変化を区別できるので、非特異的結合の影響を受けず、念入りな洗浄操作を必要としない測定系を構築可能となる。
これにより、非特異吸着の影響を回避した電気化学式のイムノセンサの構築が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】抗CRPIgGとGDHの架橋手順を示す図。
図2】IgG-GDHとCRPの相互作用を確認するためのポリアクリルアミドゲル電気泳動の結果を示す図(写真)。
図3】IgG-GDH固定化電極を含むセンサによるグルコース酸化電流の測定結果を示す図。
図4-1】抗CRP半抗体(rIgG)の調製手順を示す図。
図4-2】抗CRP半抗体とGDHの架橋手順を示す図。
図5】rIgG-GDHとCRPの相互作用を確認するためのポリアクリルアミドゲル電気泳動の結果を示す図(写真)。
図6】rIgG-GDH固定化電極を含むセンサによるグルコース酸化電流の測定結果を示す図。
図7】抗CRP単鎖抗体とGDHの融合タンパク質(GDH-scFv(GGGGS))の作製手順を示す図。
図8】GDH-scFv(GGGGS)とCRPの相互作用を確認するためのポリアクリルアミドゲル電気泳動の結果を示す図(写真)。
図9】GDH-scFv(GGGGS)固定化電極を含むセンサによるグルコース酸化電流の測定結果を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<分子認識素子>
分子認識素子は、標的分子認識部位と、該標的分子認識部位に連結された直接電子移動型酸化還元酵素とを含む。以下、本発明の分子認識素子ということもある。
【0011】
<標的分子>
標的分子の種類は特に制限されないが、例えば、低分子化合物、ペプチド、タンパク質、ホルモン、糖、毒素、ウイルス粒子、金属などが挙げられる。
【0012】
<標的分子認識部位>
標的分子認識部位は標的分子の種類に応じて選択できるが、例えば、標的分子である抗原
を認識する抗体、標的分子であるホルモンを認識する受容体タンパク質などの標的分子認識タンパク質、標的分子である低分子化合物やペプチドを認識する核酸アプタマー、標的分子である糖を認識するレクチンなどが例示される。標的分子を認識するとは、標的分子に結合することを含む。
【0013】
標的分子認識部位がタンパク質である場合、その長さは50アミノ酸以上であることが好ましく、例えば、100アミノ酸以上、250アミノ酸以上であり、50~500アミノ酸である。
標的分子認識部位が抗体である場合、抗体としては、IgG、IgEまたはIgAでもよいし、半
抗体でもよいし、単鎖抗体(scFv)でもよい。さらには、標的分子認識能を有する限り、これらの抗体の部分断片でもよい。
【0014】
<直接電子移動型酸化還元酵素>
“直接電子移動型酸化還元酵素”とは、酵素と電極間で直接電子授受が行われるタイプの酸化還元酵素を意味する。直接電子移動型酸化還元酵素を用いる場合、酸化還元反応により生じた電子が、酸化還元分子のような人工電子受容体(電子伝達メディエータ)のような酸化還元物質が関与することなく、酵素と電極間で直接授受される。
【0015】
直接電子移動型酸化還元酵素は、電子伝達サブユニット又は電子伝達ドメインを含むことができる。電子伝達サブユニットとしては、例えば、ヘムを含有するサブユニット挙げられ、電子伝達ドメインとしてはヘムを含有するドメインが挙げられる。このヘムを含有するサブユニット又はドメインとしては、ヘムcあるいはヘムbを含むサブユニットやドメインが挙げられ、より具体的には、シトクロムcあるいはシトクロムbなどのシトクロムを含むサブユニットやドメインが挙げられる。
【0016】
ヘムCを含むドメインを有する酸化還元酵素としては、例えば、国際公開WO2005/030807号公報に開示されたような、PQQグルコースデヒドロゲナーゼ(PQQGDH)とシトクロムCとの融合蛋白質を使用することができる。
また、コレステロールオキシダーゼ、キノヘムエタノールデヒドロゲナーゼを使用することもできる。
【0017】
一方、ヘムを含むサブユニットを有する酸化還元酵素は、少なくとも触媒サブユニット及びヘムを含むサブユニットを含むオリゴマー酵素を使用することが好ましい。
ヘムを含むサブユニットを含むオリゴマー型の酸化還元酵素は数多く知られており、例えば、グルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)、ソルビトールデヒドロゲナーゼ(Sorbitol DH)、、D-フルクトースデヒドロゲナーゼ(Fructose DH)、D-グルコシド-3-デヒドロゲナーゼ(Glucoside-3-Dehydrogenase)、セロビオースデヒドロゲナーゼ、乳酸デヒドロゲ
ナーゼが例示される。
【0018】
この中では、グルコースデヒドロゲナーゼ(GDH)が好ましく、GDHの触媒サブユニットはフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)を含むことができる。
【0019】
FADを含んだ触媒サブユニットを持つGDHの一例として、Burkholderia cepacia由来GDHが
挙げられる。当該触媒サブユニット(αサブユニット)のアミノ酸配列の一例は、配列番号3で示される。当該触媒サブユニットは置換、欠失、挿入などの変異を有していてもよく、Burkholderia cepacia由来FAD依存GDHの触媒サブユニットの変異体としては、472位及び475位のアミノ酸残基が置換された変異体(WO 2005/103248)、326位、365位及び472位のアミノ酸残基が置換された変異体(特開2012-090563)、365位と
326、472、475、及び529位等が置換された変異体(WO 2006/137283)などが挙げられる。ただし、変異体はこれらに限定されず、他の位置に変異を含むものでもよい。GDHは実施例に記載されたように触媒サブユニットの463位にアミノ酸置換(システイン
への置換)を有していてもよい。GDHの触媒サブユニットはその活性が阻害されない限り
、配列番号3のアミノ酸配列において、1~10個、例えば、1、2、3、4、または5個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加を有してもよい。
【0020】
ヘムを含むサブユニットの種類は特に制限されないが、例えば、Burkholderia cepacia由来GDHのシトクロム含有サブユニット(βサブユニット)が挙げられ、そのアミノ酸配列
の一例は配列番号4で示される。シトクロム含有サブユニットは置換、欠失、挿入などの変異を有していてもよい。GDHのシトクロム含有サブユニットはその機能が阻害されない
限り、配列番号4のアミノ酸配列において、1~10個、例えば、1、2、3、4、または5個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加を有してもよい。
【0021】
GDHは上記触媒サブユニットとシトクロム含有サブユニットからなるオリゴマーでもよい
が、上記触媒サブユニットとシトクロム含有サブユニットに加え、調節サブユニットを含んでもよい。Burkholderia cepacia由来GDHの調節サブユニット(γサブユニット)のア
ミノ酸配列の一例は配列番号2で示される。ただし、γサブユニットは置換、欠失、挿入などの変異を有していてもよい。GDHの調節サブユニットはその活性が阻害されない限り
、配列番号2のアミノ酸配列において、1~10個、例えば、1、2、3、4、または5個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、または付加を有してもよい。
【0022】
なお、一例として、Burkholderia cepaciaKS1株のGDH γサブユニット遺伝子、α
サブユニット遺伝子、及びβサブユニット遺伝子を含む染色体DNA断片の塩基配列を配列番号1に示す。この塩基配列には3つのオープンリーディングフレーム(ORF)が存在し、5’末端側から、1番目のORF(塩基番号258-761)はγサブユニット(配列番号2)をコードし、2番目のORF(塩基番号764-2380)はαサブユニット(配列番号3)をコードし、3番目のORF(塩基番号2386-3660)はβサブユニット(配列番号4)をコードしている。
【0023】
<標的分子認識部位と直接電子移動型酸化還元酵素の連結>
標的分子認識部位と直接電子移動型酸化還元酵素の連結の仕方は、標的分子認識部位の標的分子認識能及び直接電子移動型酸化還元酵素の酵素活性を著しく阻害しない方法であれば特に制限されないが、標的分子認識部位及び直接電子移動型酸化還元酵素は共有結合で連結されていることが好ましく、一態様においては、標的分子認識部位と、直接電子移動型酸化還元酵素とが架橋剤によって連結される。
【0024】
例えば、標的分子認識部位に架橋剤(架橋性反応基)を導入し、直接電子移動型酸化還元酵素が有するチオール基やアミノ基やカルボキシル基などの反応性官能基と架橋剤を反応させて両者を架橋することにより、標的分子認識部位と、直接電子移動型酸化還元酵素とを連結することができる。
【0025】
また、例えば、直接電子移動型酸化還元酵素に架橋剤により架橋性反応基を導入し、標的分子認識部位が有するチオール基やアミノ基やカルボキシル基などの反応性官能基と架橋剤を反応させて両者を架橋することにより、標的分子認識部位と、直接電子移動型酸化還元酵素とを連結することができる。
【0026】
上記の反応性官能基は、標的分子認識部位や直接電子移動型酸化還元酵素がもともと有している官能基でもよいし、アミノ酸置換やアミノ酸導入などにより、人為的に導入された官能基でもよい。また、上記の反応性官能基は、タンパク質に存在するアミノ基のように複数の特定されない官能基でもよいし、タンパク質に存在するチオール基のような1~数個程度の特定された官能基でもよい。
【0027】
例えば、標的分子認識部位が抗体(IgG)の場合、抗体(IgG)を還元して生じる半抗体(rIgG)のチオール基などが例示され、直接電子移動型酸化還元酵素については直接電子移動型酸化還元酵素のアミノ酸配列中に存在するシステイン残基のチオール基などが例示される。
【0028】
架橋剤としては、公知の架橋剤を使用することができ、例えば、チオール基と反応する架橋剤としては、マレイミド化合物、ハロ酢酸化合物、ピリジルジスルフィド化合物、チオスルフォン化合物、ビニルスルホン化合物などが挙げられる。また、アミノ基と反応する架橋剤としては、NHSエステル化合物、イミドエステル化合物、ペンタフルオロフェニル
エステル化合物、ヒドロキシメチルホスフィン化合物などが挙げられる。また、カルボキシル基と反応する架橋剤としては、オキサゾリン化合物などが挙げられる。
【0029】
他の態様においては、標的分子認識部位と、直接電子移動型酸化還元酵素とを融合タンパク質とすることにより、両者が連結される。
【0030】
融合タンパク質は、例えば、直接電子移動型酸化還元酵素をコードする塩基配列に、標的分子認識部位をコードする塩基配列を、両者がコドンの読み枠を合わせて翻訳され、標的分子認識部位と、直接電子移動型酸化還元酵素との融合タンパク質として発現されるように連結した遺伝子構築物を作製し、当該遺伝子構築物を適当な宿主において発現させることによって得ることができる。標的分子認識部位と、直接電子移動型酸化還元酵素とは、いずれが融合タンパク質のN末側に配置されてもよい。また、両者は適当なペプチドリン
カーを介して連結されてもよい。さらに、融合タンパク質は、検出用又は精製用のタグ配列などが付加されてもよい。
【0031】
直接電子移動型酸化還元酵素をコードする塩基配列は、直接電子移動型酸化還元酵素の種類に応じて適宜選択され、公知の配列が使用できるが、例えば、上記Burkholderia cepacia由来GDHをコードする塩基配列が挙げられる。
また、標的分子認識部位をコードする塩基配列は、標的分子認識部位の種類に応じて適宜選択され、抗体をコードする塩基配列など、公知の配列が使用できるが、例えば、抗CRP
単鎖抗体をコードする塩基配列として、Journal of Bioscience and Bioengineering Volume 105, Issue 3, March 2008, Pages 261-272に記載の配列が挙げられる。
【0032】
融合タンパク質をコードするDNAの作製、宿主での発現、精製等は、公知の遺伝子組み換
え技術によって行うことができる。
【0033】
<センサ>
本発明の一態様にかかるセンサは、電極と、電極上に固定化された分子認識素子を含む。直接電子移動型酸化還元酵素を使用するため、上記のような電子伝達メディエータは含まない構成とすることができる。
電極としては、公知の電極材料で構成された電極が挙げられ、例えば、金電極、白金電極、カーボン電極が挙げられる。
センサは、本発明の分子認識素子が固定化された電極を作用極として含むが、さらに、対極(白金等)及び/又は参照極(Ag/AgCl等)を含むことができる。
センサはさらに、被検試料を入れる恒温セル、作用極に電圧を印加する電源、電流計、記録計等を含んでもよい。
このような酵素センサの構造は、当該技術分野においてよく知られており、例えばBiosensors-Fundamental and Applications-Anthony P.F.Turner,Isao Karube and Geroge S.Wilson,Oxford University Press 1987に記載されている。
【0034】
本発明の分子認識素子の電極への固定化においては、分子認識素子に含まれる酸化還元酵
素が直接電子移動型酸化還元酵素として機能し得るよう、酸化還元酵素が電極に近接して配置されるような状態で分子認識素子を電極に固定化する必要がある。なお、生理学的反応系において直接電子移動が起こる限界距離は1~2nmと云われている。したがって、酸化還元酵素から電極への電子移動が損なわれないように酸化還元酵素分子と電極との距離が1~2nm以下となるように配置することが好ましい。
【0035】
そのための方法としては、特に制限されないが、例えば、酸化還元酵素を含む分子認識素子を電極に架橋剤などで化学的に固定化する方法、酸化還元酵素を含む分子認識素子をバインダーなどを用いて電極に間接的に固定化する方法、酸化還元酵素を含む分子認識素子を電極に物理的に吸着させる方法などが挙げられる。
【0036】
酸化還元酵素を含む分子認識素子を電極に架橋剤などで化学的に固定化する方法としては、電極上に酵素を含む分子認識素子を直接固定化する方法でもよいが、特開2017-211383
に開示されたような方法が例示される。すなわち、電極上に、単分子膜(SAM)形成分子
を固定化し、該SAM形成分子を介して酵素を含む分子認識素子を固定化する方法である。
【0037】
単分子膜形成分子は電極に結合し、かつ、酵素分子を含む分子認識素子を結合させることのできる化合物であり、電極表面に一定方向で複数結合することにより単分子膜を形成できる化合物である。単分子膜形成分子を用いることにより、電極と酵素分子間の距離を制御することができる。
単分子膜形成分子は、好ましくは、電極に親和性を有する第一の官能基と、スペーサー部位と、酵素分子を含む分子認識素子の有する官能基と反応しうる第二の官能基を有する。より好ましくは、スペーサー部位の第一の端に電極に親和性を有する第一の官能基が結合し、スペーサー部位の第二の端に酵素分子の有する官能基と反応しうる第二の官能基が結合した構造を有する。ここで、電極に親和性を有する第一の官能基としては、電極が金属の場合、チオール基又はジチオール基が挙げられ、電極がカーボンの場合、ピレン、ポルフィリンが挙げられる。
【0038】
酵素分子の有する官能基と反応しうる第二の官能基としては、例えば、酵素分子を含む分子認識素子が有するアミノ基(末端アミノ基及び側鎖アミノ基を含む)と反応させる場合はサクシンイミド基が挙げられ、酵素分子を含む分子認識素子が有するカルボキシル基(末端カルボキシル基及び側鎖カルボキシル基を含む)と反応させる場合はオキサゾリン基が挙げられる。
【0039】
例えば、チオール基又はジチオール基を有する単分子膜形成分子としては、以下のような構造を有する化合物が例示される。
なお、Lはスペーサーであり、Xは酵素分子の有する官能基と反応しうる官能基、例えば、スクシンイミドやチオールである。スペーサーの種類としては、例えば、炭素数1~20(例えば3~7)のアルキレン、炭素数1~20(例えば3~7)のアルケニレン、炭素数1~20(例えば3~7)のアルキニレン、重合度2~50のポリエチレングリコール、アミノ酸残基1~20のオリゴペプチドなどが挙げられる。炭素数1~20のアルキレン、炭素数1~20のアルケニレン、炭素数1~20のアルキニレンにおける-CH-のいくつかは-O-に置き換えられてもよい。
SH-L-X・・・(1)
X-L-S-S-L-X・・・(2)
【0040】
このような化合物としては、以下のDSHなどが例示される。
【化1】
【0041】
例えば、ピレン又はポルフィリンを有する単分子膜形成分子としては、以下のような構造を有する化合物が例示される。
なお、Pyはピレン、Poはポルフィリン、Lはスペーサーであり、Xは酵素分子の有する官能基と反応しうる官能基である。スペーサーの種類としては、例えば、炭素数1~20のアルキレン、炭素数1~20のアルケニレン、炭素数1~20のアルキニレン、重合度2~50のポリエチレングリコール、アミノ酸残基1~20のオリゴペプチドなどが挙げられる。
Py-L-X・・・(3)
Po-L-X・・・(3’)
【0042】
例えば、ピレンを有する単分子層形成分子としては、以下のような構造を有する化合物が例示される。
【化2】

【化3】
【0043】
<標的分子の測定方法>
本発明の一態様にかかる標的分子の測定方法は、標的分子を含む試料をセンサに導入する工程、及び標的分子に基づくシグナルを検出する工程を含む。
【0044】
試料は標的分子を含む試料であれば特に制限されないが、生体由来試料が好ましく、血液から得られる試料、尿から得られる試料、細胞抽出試料、細胞培養液などが挙げられる。
【0045】
試料をセンサに導入する工程は特に制限されないが、例えば、試料液をセンサ上に添加する工程や試料液にセンサを浸漬する工程などが挙げられる。
【0046】
本発明の分子認識素子は、標的分子認識部位に標的分子が結合する前後において、電極近傍で酵素反応を起こした時の基質の酸化還元反応によって生じた直接電子移動反応に伴う電流値、電圧シグナル値(Open circuit potential:OCP)、抵抗値(インピーダンス)等が大きく変化する。したがって、この電流値、電圧シグナル値(Open circuit potential:OCP)、または抵抗値(インピーダンス)等の変化をシグナルとして検出することにより標的分子を検出・定量することができる。
【0047】
例えば、本発明の分子認識素子が抗体とCyGDHの複合体であり、この複合体が電極上に固
定化されたセンサを使用する場合、センサに抗原を含む試料を添加すると、抗原が抗体に結合し、それにより、CyGDHの直接電子移動能力が変動する。そこに、CyGDHの基質であるグルコースを添加すると、酵素反応が起こり、それによって生じた電子がヘムを介して電極に伝達され、抗原の量に応じた電流が流れるので、この電流値を測定することで、抗原の量を測定することができる。
【0048】
本発明の測定方法では、直接電子移動に基づく電流値によって標的分子の濃度を検出するため、非特異的なシグナルが抑制でき、洗浄工程のようなB/F分離が省略できるという利
点を有する。
【0049】
<標的分子測定用試薬>
本発明の標的分子測定用試薬は、本発明の分子認識素子を含む。
【0050】
標的分子測定用試薬は、さらに、反応基質や反応緩衝液などを含んでもよい。
また、サンドイッチ法抗原などの標的分子を解析する場合は、本発明の分子認識素子に含まれる標的分子結合部位とは異なる、標的分子結合物質を含んでもよい。
【0051】
例えば、標的分子(抗原)に結合する抗体を用意し、これを電極上に固定化する。
この抗体が固定化された電極に対し、標的分子を含有する試料を添加し、電極上の抗体(第一抗体)に標的分子を結合させる。
そこに、該抗原に対する抗体(第二抗体)と直接電子移動型酸化還元酵素を連結した本発明の標的分子を添加することにより、電極上に、第一抗体-抗原-第二抗体-酸化還元酵素の複合体が形成される。すなわち、抗原の存在量に応じて、電極近傍に、酸化還元酵素がリクルートされる。そこに、酸化還元酵素の基質を反応させることにより、酸化還元反応が起こり、それによって生じた電子が酸化還元酵素の電子伝達部位又は電子伝達サブユニットと電極間で伝達され、抗原の存在量に応じた電流が流れる。
したがって、この電流の値、または電圧シグナル値(Open circuit potential:OCP)、抵抗値(インピーダンス)等を測定することにより標的分子を検出・定量することができる。すなわち、従来知られている酵素を標識剤として用いている免疫計測に比べ、直接電子移動反応にもとづく計測が検出の原理となっていることから、抗原と結合せずに溶液中に遊離している当該分子は電極近傍に存在しないために、信号を与えず、抗原と結合した当該分子だけが信号をあたえる。したがって、従来法と比較して洗浄操作などの非特異的吸着を排除する処理が大幅に低減できる。
【0052】
[実施例]
次に、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0053】
シトクロムC含有サブユニットを含むGDHとしては、B. cepacia由来のCyGDHを用いた。B. cepacia由来のCyGDHはγ、α、βの3つのサブユニットからなるオリゴマー酵素であるが、配列番号1の塩基配列を有する遺伝子上にこれら3つのサブユニットがコードされている。
本実施例においては、IgGとの結合に利用するため、αサブユニットの463位のアミノ酸残基をシステイン残基に置換した変異体を用いた。具体的には、特開2012-090563に記載のGDH発現用プラスミドpTrc99Aγαβにおいて、αサブユニットに変異を導入したpTrc99Aγα(463C)βを使用し、変異型GDHを発現させて以下の実験に使用した。
【0054】
抗ヒトCRP(C Reactive Protein)モノクローナル抗体(マウスCRP-MCA (オリエンタル酵母)、以下、IgG)のNH2基と、上記で作製したシトクロムC含有GDHのαサブユニットに導入されたシステイン残基のSH基とを、架橋剤GMBS(同仁化学)を用いて架橋することによ
り、IgG-GDH複合体を作製した。具体的手順を図1に示す。
【0055】
得られたIgG-GDH複合体について、CRP結合能をポリアクリルアミドゲル電気泳動及び活性染色によって確認した。結果を図2に示す。lane7(CRPなし)とlane8(CRP添加)の比較
でlane8の800KDa付近のバンドが薄くなった。これは、CRPがIgGに結合したことによってIgG-GDH複合体の分子量が大分子量側にシフトしたことによると考えられ、IgG-GDH複合体
がCRPを結合できることが確認できた。
【0056】
次に、上記IgG-GDH複合体を、表面にSAM形成分子(DSH)を修飾した金ワイヤ電極に固定
した。
手順は以下の通り。
【0057】
【表1】
【0058】
得られたIgG-GDH複合体固定化電極を用い、メディエータを含まない溶液中でグルコース
を添加して反応させることにより、IgG-GDH複合体におけるGDHのグルコース酸化反応により、GDHのシトクロムC含有サブユニットから電極への直接電子移動が生じるかを検討した。
実験手順は以下の通り。
【0059】
【表2】
【0060】
結果を図3に示す。
IgG-GDH固定化電極は対照としたIgG未標識のGDH(463Cys) 固定化電極と同レベルのグル
コース濃度依存性酸化電流を示した(右)。
これにより、電極近傍にリクルートされたIgG-GDH複合体はGDHの触媒活性によって生じた電子を電極に伝達できることが示唆された。
【実施例2】
【0061】
シトクロムC含有サブユニットを含むGDHとしてB. cepacia由来の野生型GDHを用いた。特
開2012-090563に記載のGDH発現用プラスミドpTrc99Aγαβを使用し、野生型GDHを発現させて以下の実験に使用した。
【0062】
抗ヒトCRPモノクローナル抗体(マウスCRP-MCA (オリエンタル酵母))を還元処理して得
られる半抗体(以下、rIgG)のSH基と、上記野生型GDHの各サブユニットタンパク質に含まれるアミノ基を架橋剤GMBS(同仁化学)で架橋し、CRP半抗体-GDH複合体(rIgG-GDH)を作
製した。
半抗体作製手順を図4-1に、半抗体-GDH複合体作製手順を図4-2に、それぞれ示す
【0063】
得られたrIgG-GDH複合体について、CRP結合能をポリアクリルアミドゲル電気泳動及び活
性染色によって確認した。結果を図5に示す。lane18(CRPなし)とlane21(CRP添加)の
比較でlane18の800KDa付近のバンドが薄くなった。これは、CRPが半抗体に結合したこと
によってrIgG-GDH複合体の分子量が大分子量側にシフトしたことによると考えられ、rIgG-GDH複合体がCRPを結合できることが確認できた。
【0064】
rIgG-GDHのCRPに対する親和性をFortebio社のタンパク間相互作用解析装置Blitzを用いて調べた。その結果、表に示すように、rIgG-GDHはCRPに対しCRP-MCAと同等の親和性を有することが確認された。
【0065】
【表3】
【0066】
次に、上記rIgG-GDH複合体を、表面にSAM形成分子1-Pyrenebutyric acid N-hydroxysuccinimide ester (PyNHS)を修飾したカーボン印刷電極(DEP Chip)に固定した。
手順は以下の通り。
【0067】
【表4】
【0068】
得られたrIgG-GDH複合体固定化電極を用い、メディエータを含まない溶液中でグルコースを添加して反応させることにより、rIgG-GDH複合体におけるGDHのグルコース酸化反応に
より、GDHのシトクロムC含有サブユニットから電極への直接電子移動が生じるかを検討した。
なお、対照としてrIgGとGDHの等量混合液(非複合体)をキャストしたセンサを作製して
用いた。実験はそれぞれn=2で行った。
実験手順は以下の通り。
【0069】
【表5】
【0070】
結果を図6に示す。
rIgG-GDH固定化電極は、rIgGとGDHを架橋せずに固定化した電極と比べて電流値は低いも
のの、グルコース濃度依存性酸化電流を示した。これにより、電極近傍にリクルートされたrIgG-GDH複合体はGDHの触媒活性によって生じた電子を電極に伝達できることが示唆さ
れた。
【実施例3】
【0071】
ヒトCRPと親和性を有するscFv(先行技術文献2)をB. cepacia由来野生型GDHの電子伝達
サブユニット(βサブユニット)のC末端に導入した融合タンパク質(GDH-scFv)を作製し
た。図7に、GDH-scFv融合タンパク質の作製手順を示す。GDHのβサブユニットとscFvはGGGGSリンカー(配列番号5)で連結されており、GDH-scFv融合タンパク質をGDH-scFv(GGGGS)と表記する。
【0072】
得られたGDH-scFv(GGGGS)について、CRP結合能をポリアクリルアミドゲル電気泳動及び活性染色によって確認した。結果を図8に示す。lane15(CRPなし)とlane16(CRP添加)
の比較でlane18のGDH-scFvのバンドが+100kDaほど大分子量側に移動した(バンドが複数あるのはマルチマー形成のためと考えられる)。これは、CRPがscFvに結合したことによ
ってGDH-scFv(GGGGS)の分子量が大分子量側にシフトしたことによると考えられ、GDH-scFv融合タンパク質がCRPを結合できることが確認できた。
【0073】
次に、上記GDH-scFv(GGGGS)を、表面にSAM形成分子1-Pyrenebutyric acid N-hydroxysuccinimide ester (PyNHS)を修飾したカーボン電極(SPCE)に固定した。
手順は以下の通り。
【0074】
【表6】
【0075】
得られたGDH-scFv(GGGGS)固定化電極を用い、メディエータを含まない溶液中でグルコ
ース及びCRP(0、0.1、0.5又は2mg/ml)を添加して反応させることにより、GDH-scFv(GGGGS)におけるGDHのグルコース酸化反応により、GDHのシトクロムC含有サブユニットから電極への直接電子移動が生じるかを検討した。
実験手順は以下の通り。
【0076】
【表7】
【0077】
結果を図9に示す。
GDH-scFv(GGGGS)固定化電極は、グルコース濃度依存性酸化電流を示した。これにより
、電極近傍にリクルートされたGDH-scFv(GGGGS)はGDHの触媒活性によって生じた電子を電極に伝達できることが示唆された。ただし、CRP濃度依存性は見られなかった。
図1
図2
図3
図4-1】
図4-2】
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
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