(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-29
(45)【発行日】2023-09-06
(54)【発明の名称】ダマスカス模様物品のためのブランク
(51)【国際特許分類】
C22C 33/02 20060101AFI20230830BHJP
B22F 3/15 20060101ALI20230830BHJP
B22F 7/04 20060101ALI20230830BHJP
B22F 8/00 20060101ALI20230830BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20230830BHJP
C22C 38/38 20060101ALI20230830BHJP
B22F 7/00 20060101ALI20230830BHJP
【FI】
C22C33/02 C
B22F3/15 M
B22F7/04 A
B22F8/00
C22C38/00 302Z
C22C38/38
B22F7/00 F
(21)【出願番号】P 2020567071
(86)(22)【出願日】2019-05-17
(86)【国際出願番号】 SE2019050454
(87)【国際公開番号】W WO2019231379
(87)【国際公開日】2019-12-05
【審査請求日】2022-03-17
(32)【優先日】2018-05-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】SE
(73)【特許権者】
【識別番号】520465080
【氏名又は名称】ダーマスティール アクティエボラーグ
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【氏名又は名称】胡田 尚則
(74)【代理人】
【識別番号】100128495
【氏名又は名称】出野 知
(74)【代理人】
【識別番号】100146466
【氏名又は名称】高橋 正俊
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(72)【発明者】
【氏名】ペール ヤーベリウス
【審査官】岡田 隆介
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/080374(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第108034896(CN,A)
【文献】特表2007-515553(JP,A)
【文献】特表平09-507696(JP,A)
【文献】特開2009-161802(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00- 8/00
B22F 10/00- 12/90
B26B 1/00- 11/00
B26B 23/00- 29/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダマスカス模様物品を作製するためのステンレス鋼ブランクであって、前記鋼ブランクが、クロムを11~25重量%含む少なくとも2つの異なる窒素合金ステンレス鋼を有し、前記ステンレス鋼の内の少なくとも1つが0.10~5.0重量%の窒素を含み、且つ前記ステンレス鋼の内の別のステンレス鋼の少なくとも1つが0.01~0.5重量%の窒素を含み、さらに前記ステンレス鋼の内の少なくとも1つが粉末から作製され
、前記ステンレス鋼の全てが0.10重量%超の炭素を含む、ステンレス鋼ブランク。
【請求項2】
前記ステンレス鋼ブランクが、
(1)前記少なくとも2つのステンレス鋼の2つ以上の鋼が、0.10~5.0重量%の窒素を含むこと、
(2)前記少なくとも2つのステンレス鋼の内の少なくとも1つのステンレス鋼が、0.01~0.09重量%又は0.10~0.30重量%の窒素を含むこと、
(3)前記ステンレス鋼が、マルテンサイト系ステンレス鋼、マルテンサイト/オーステナイト系ステンレス鋼、フェライト/オーステナイト系ステンレス鋼及びオーステナイト系ステンレス鋼の群の内の1つ以上から選択されること、
(4)前記ブランク中における全てのステンレス鋼が強磁性であること
、
の内の少なくとも1つを満たす、請求項1に記載のステンレス鋼ブランク。
【請求項3】
前記ステンレス鋼の内の少なくとも2つの窒素含有率の差が、少なくとも0.05重量%である、請求項1又は2に記載のステンレス鋼ブランク。
【請求項4】
前記ブランクのうち、0.10~5.0重量%の窒素を含む部分が、0.5~15体積%の一次VN粒子を含み、前記粒子の少なくとも80%が大きさが3μm以
下である、請求項1~3のいずれか一項に記載のステンレス鋼ブランク。
【請求項5】
前記少なくとも2つのステンレス鋼が、
C :0.1~3.0
重量%、
N :0.1~2.9
重量%、
Si:0.1~1.3
重量%、
Mn:0.1~2.0
重量%、
Cr:12~20
重量%、
Mo:0.1~5.5
重量%、
V :0.1~5.0
重量%、
W :1
重量%以下
Nb:2
重量%以下
であって、
前記ブランクのうち0.10~5.0重量%の窒素を含む部分が、1~10体積%の一次VN粒子を含み、前記粒子の少なくとも90%が大きさが2μm以下であることの内少なくとも1つを満たす、請求項1~4のいずれか一項に記載のステンレス鋼ブランク。
【請求項6】
前記少なくとも2つのステンレス鋼の1つ、2つ又は3つ以上が、
C :0.2~0.7
重量%、
N :0.4~1.9
重量%、
Si:0.2~1.0
重量%、
Mn:0.2~1.0
重量%、
Cr:13~19
重量%、
Mo:1.3~3.5
重量%、
V :0.5~2.5
重量%、
W :0.1
重量%以下
Nb:1.0
重量%以下
であって、
前記ブランクのうち0.10~5.0重量%の窒素を含む部分が、2~9体積%の一次VN粒子を含み、前記粒子の少なくとも90%が大きさが1μm以下であることの内少なくとも1つを満たす、請求項1~5のいずれか一項に記載のステンレス鋼ブランク。
【請求項7】
前記ブランクが、前記ブランクの全厚の10~50%の厚さを有する鋼コアを有し、前記ブランクが、前記コアの側面上に5~100のステンレス鋼層を有し
、請求項1~6のいずれか一項に記載のステンレス鋼ブランク。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載のステンレス鋼ブランクから作製されるダマスカス模様ステンレス鋼ナイフであって、前記ステンレス鋼ナイフが、
(1)端部の少なくとも一部がマイクロ鋸歯状であること、
(2)前記端部が、硬度が少なくとも57HRCであること、
(3)全ての鋼の層が、PRENが20超であること、
(4)少なくとも1つの鋼の層が、PRENが25超であること、
(5)隣接する鋼の層間のPRENの差が1超であること、
の内の少なくとも1つを満たす、ダマスカス模様ステンレス鋼ナイフ。
但し、PREN=%Cr+3.3%Mo+30%N
であり、%Cr、%Mo及び%Nは、マトリックス中に含まれる含有率である。
【請求項9】
請求項1~6のいずれか一項に記載の少なくとも2つの異なる窒素合金ステンレス鋼を含むステンレス鋼ブランクの製造方法であって、
平行又は非平行の細長い層になるように配置された、クロムを11~25重量%含む少なくとも2つのステンレス鋼を有するカプセルを準備するステップと、
ブランクを形成するために、前記カプセルを熱間静水圧加圧し、鍛造及び熱間圧延を行って中間寸法とし、所望により、機械加工によって細長く変形させるステップを有し、
前記ステンレス鋼の内の少なくとも1つが0.10~5.0重量%の窒素を含み、
前記ステンレス鋼の内の少なくとも1つが粉末の形態である、ステンレス鋼ブランクの製造方法。
【請求項10】
用いられる少なくとも2つの前記ステンレス鋼が粉
末である、請求項9に記載のステンレス鋼ブランクの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダマスカス模様物品のためのブランクに関する。特に、本発明は、狩猟用ナイフ、包丁及びダイビングナイフなどのダマスカス模様ステンレス鋼製手持ちナイフのためのブランクに関する。また、本発明は、装飾用金属物体の製造のために使用され得る模様物品のためのブランクの製造方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
明瞭な層状模様を有する混合金属積層体を作製するために、何百年もの間、装飾用金属製造手法が知られてきた。剣及びナイフのブレードのための硬くて可撓性のダマスカス鋼を製造するために、鍛接がシリアにおいて用いられた。日本では、同じ目的のために、木目金と呼ばれる同様の手法が用いられた。このようにして得られたものは、ダマスカス模様とか、時によってはダマシン模様とも称される。
【0003】
現今では、ダマスカス模様金属物体は、多くの材料の組み合わせについて多くの異なる方法で製造される。特開2007061944号公報、国際公開第2015076771号、国際公開第2010118820号、中国公開特許第103264129号公報、米国特許第481430号明細書及び米国特許第4399611号明細書には、所望の装飾用模様を得るための異なる積層手法が開示されている。米国特許出願公開第20100227193号明細書及び米国特許第3171195号明細書には、1種の金属が粉末の形態で提供され得る押出法が開示されている。米国特許第5185044号明細書、米国特許出願公開第2007175857号明細書及び国際公開第011031182号には、さらに、ダマスカス模様物体(Damascus pattered objects)を得るための方法が開示されている。
【0004】
国際公開第9519861号には、平行な細長い層内に配置された少なくとも2種のステンレス鋼粉末を含むカプセルを提供し、ブランクを形成するために前記カプセルの熱間静水圧加圧を行い、中間寸法への前記ブランクの鍛造及び熱間圧延を行い、機械加工によって前記細長い構造を変形させた後、最終寸法への前記ブランクの熱間加工を行うステップを含む、ダマスカス模様を有するステンレス複合金属製品の製造が開示されている。前記ブランクは、例えば、彫刻、狩猟、ダイビング又はキッチンの作業のために用いられるダマスカス模様ステンレス鋼手持ちナイフを製造するために用いられてもよい。
【0005】
ドイツ特許出願公開第102011108164(A1)号明細書には、特定の積層手法によってステンレス鋼ダマスカス模様物体の製造方法が開示されている。
【0006】
ナイフブレードのためのステンレス鋼材料の選択は、用途に最適の特性プロファイルを有するナイフ鋼を得るための多くの要件を含む。ナイフ鋼の特性のための重要な因子としては、少なくとも、以下の、多くの場合矛盾する因子、すなわち、硬度、焼入れ性、強度、延性、靭性、端部性能、耐食性、耐摩耗性及び製造容易性が挙げられ、前記端部性能は、鋭さ、端部安定性及び耐摩耗性を含む。前記端部安定性又は端部保持性は、鋼端部がどれくらいその鋭さを保持するかについての測度である。
【0007】
ナイフ鋼性能を考慮すると、多くの場合、以下の特性、すなわち、端部保持性、耐食性、硬度、靭性及び耐摩耗性が最も重要であると考えられる。しかし、最大硬度と、同時に最大靭性とを有する鋼を製造することは可能ではない。また、高耐食性は端部性能の低下をもたらすと考えられる。特定の用途のためのナイフブレードのための鋼の選択は、常に妥協の産物である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、ダマスカス模様物品のための改良ブランク、特に、改善した特性プロファイルを有する鋼ブレードを製造することができるようなダマスカス模様ステンレス鋼ナイフのための改良ブランクを提供することである。また、本発明は、請求項に記載されたブランクから製造されるダマスカス模様ステンレス鋼ナイフと、そのブランクの製造方法とにも関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
これらの目的は、独立請求項に記載の本発明の手段によって達成される。
【0010】
本発明のさらに有利な実施形態は、従属請求項において指定された。
【0011】
本発明は、従来技術の欠点を克服するものである。特に、ダマスカス模様ナイフを作製するためのステンレス鋼ブランクであって、前記鋼ブランクが、クロムを11~25重量%含む少なくとも2つの異なる窒素合金ステンレス鋼を有し、前記鋼の内の少なくとも1つが0.10~5.0重量%の窒素を含み、前記鋼の内の少なくとも1つが0.01~0.5重量%の量の窒素を含む、少なくとも2つの異なる窒素合金ステンレス鋼を含む、ステンレス鋼ブランクを提供することによってである。
【0012】
好ましくは、前記ステンレス鋼ブランクは、以下の条件:
・前記少なくとも2つのステンレス鋼の2つ以上の鋼が、0.10~5.0重量%の窒素を含む、
・前記少なくとも2つのステンレス鋼の内の少なくとも1つの鋼が、0.01~0.09重量%又は0.10~0.30重量%の窒素を含む、
・前記ブランク中における全てのステンレス鋼が強磁性である、
・前記ステンレス鋼が、マルテンサイト系ステンレス鋼、マルテンサイト/オーステナイト系ステンレス鋼、フェライト/オーステナイト系ステンレス鋼及びオーステナイト系ステンレス鋼の群の内の1つ以上から選択される、
・前記ブランク中における全てのステンレス鋼が、炭素含有率が0.10重量%超である、
・前記ステンレス鋼の内の少なくとも2つの間の窒素含有率の差が、少なくとも0.05重量%である、
の内の少なくとも1つを満たす。
【0013】
前記マルテンサイト/オーステナイト系ステンレス鋼は、好ましくは、硬化状態の前記鋼の最適靭性を提供するために2~30体積%のオーステナイトを含む。
【0014】
好ましくは、0.10~5.0重量%の窒素を有する前記ステンレス鋼ブランクの部分が、0.5~15体積%の一次VN粒子を含み、前記粒子の少なくとも80%が、大きさが3μm以下、好ましくは1μm以下である。
【0015】
前記少なくとも2つのステンレス鋼は、以下の要件の内の少なくとも1つを満たしてもよい。
C :0.1~3.0
N :0.1~2.9
Si:0.1~1.3
Mn:0.1~2.0
Cr:12~20
Mo:0.1~5.5
V :0.1~5.0
W :1以下
Nb:2以下
であって、
0.10~5.0重量%の量の窒素を有する前記ブランクの部分は、1~10体積%の一次VN粒子を含み、前記粒子の少なくとも90%は、大きさが2μm以下である。
【0016】
前記少なくとも2つのステンレス鋼の2つ又は3つ以上は、以下の要件の内の少なくとも1つを満たしてもよい。
C :0.2~0.7
N :0.4~1.9
Si:0.2~1.0
Mn:0.2~1.0
Cr:13~19
Mo:1.3~3.5
V :0.5~2.5
W :0.1以下
Nb:1.0以下
であって、
0.10~5.0重量%の量の窒素を有するブランクの部分は、2~9体積%の一次VN粒子を含み、前記粒子の少なくとも90%は、大きさが1μm以下である。
【0017】
前記ステンレス鋼ブランクは、前記ブランクの全厚の10~50%の厚さを有する鋼コアを有することが可能であり、前記ブランクは、前記コアの各側面上に5~100のステンレス鋼層をさらに含み、前記鋼コアは、好ましくは0.10~5.0重量%の量の窒素を含む。
【0018】
本発明の前記ステンレス鋼ブランクは、ダマスカス模様ステンレス鋼ナイフを製造するために用いられ、そのナイフは、好ましくは、以下の要件のうち少なくとも一つを満たす:
前記端部の少なくとも一部がマイクロ鋸歯状である、
前記端部の硬度が少なくとも57HRCである、
全ての鋼層が、PRENが20超である、
少なくとも1つの鋼層が、PRENが25超である、
隣接する鋼層間のPRENの差が1超である、
ここで、
PREN=%Cr+3.3%Mo+30%N
であり、%Cr、%Mo及び%Nは、マトリックス中に溶融した各元素の含有率である。前記鋼層の内の1つ以上について、最も低いPRENの値は、21、22、23、24又は25に設定されてもよい。隣接する鋼層間のPRENの差は1超であると考えられ、その場合、耐孔食性の差のために装飾用エッチングを得ることがより容易になる。当該差の最小値は、1.5、2.0、2.5、又は、さらに、3.0に設定されてもよい。
【0019】
本発明は、上記記載の少なくとも2つの異なる窒素合金ステンレス鋼を含む鋼ブランクの製造方法も包含し、その製造方法は、平行又は非平行の細長い層になるように配置された、クロム含有率が11~25重量%である少なくとも2つのステンレス鋼を有するカプセルを準備し、前記鋼の内の少なくとも1つが0.10~5.0重量%の窒素を含むステップと、ブランクを形成するために、前記カプセルの熱間静水圧加圧を行い、鍛造及び熱間圧延を行って中間寸法への前記ブランクとし、所望により、機械加工によって細長く変形させるステップとを含む。
【0020】
鋼ブランクの製造方法は、主に、粉末冶金(PM)鋼が用いられる。しかし、前記ブランクの一部、特に鋼コア部に、に鋼板を用いてもよい。その場合、前記鋼コアがPMによっても製造されることが好ましい。好ましくは、用いられる少なくとも2つの前記ステンレス鋼は粉末であり、好ましくは、最大粒径が500μmであるガスアトマイズ粉末である。
【0021】
本発明は、請求項において示される。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明者は、鋼ブランクが、鋼の内の少なくとも1つが0.10~5.0重量%窒素を含み、鋼の内の少なくとも1つが0.01~0.5重量%窒素を含む少なくとも2つの異なる窒素合金ステンレス鋼から作製される場合、ナイフなどのダマスカス模様物体を作製するための最適化された特性プロファイルを有するステンレス鋼ブランクを非常に簡単に製造できることを見出した。好ましくは、前記鋼の少なくとも2つは、0.10~5.0重量%の量の窒素を含む。
【0023】
向上した特性プロファイルは、良好な耐食性と高硬度及び高延性とを同時に組み合わせる。特に鋼が粉末冶金(PM)によって製造される場合、特性の向上幅は大きなく、窒素合金ステンレス鋼を使用する結果であり、特に鋼が粉末冶金(PM)によって製造される場合はなおさらである。鋼が、特に0.5~7重量%、より好ましくは0.9~5重量%、最も好ましくは1~4重量%の量のバナジウムも含む場合、特に良好な結果が達成され得る。バナジウムは、鋼のマトリックス中においてM(N,C)の型の均一に分布した一次析出炭化物、窒化物及び/又は炭窒化物を形成する。この鋼において、Mは主にバナジウムであるが、Cr及び他の元素が化合物中に存在してもよい。この相は、MXで表されてもよく、Xは、C、N及び/又はBである。しかし、以下で、この相は、単にVNとして称される。
【0024】
N及びVが組み合わされたときの利益は、第1に、M7C3-炭化物(約1700HV)の異方性相が、小さい、均一に分布した硬質相VN(約2800HV)の非常に硬質で且つ安定した相で部分的又は完全に置換されるということである。それによって、耐摩耗性は、硬質相が同じ体積分率であっても向上する。第2に、より少ないクロムが硬質相中で結合され、且つ、M23C6及びM7C3の型の炭化物が窒素に対するいかなる溶融度も有しないので、焼入温度における固溶体中のCr、Mo及びNの量は非常に増加する。それによって、より多くのクロムが固溶体中に残り、クロムが多く含まれる薄い不動態表面膜が強固になり、それによって全面腐食及び孔食に対する耐性が増大する。
【0025】
孔食は、通常、マルテンサイト系ステンレス鋼における最も関連性のある腐食機構であるので、耐孔食指数(PREN)は、多くの場合、ステンレス鋼の耐孔食性を定量するために用いられる。値がより高くなることは、孔食に対する耐性がより高くなることを示す。高窒素マルテンサイト系ステンレス鋼について、以下の式を用いてもよい。
PREN=%Cr+3.3%Mo+30%N
式中、%Cr、%Mo及び%Nは、マトリックス中に溶融した含有率である。前記含有率は、オーステナイト化温度(TA)におけるマトリックス中に溶融した算出平衡含有率であると考えることができる。溶融した含有率は、実際のオーステナイト化温度(TA)について、Thermo-Calc(登録商標)によって算出することもできる。PREN値が高いほど、腐食に対する耐性は高くなる。したがって、板上水や他の環境において塩化物イオンを含有する場合は、算出されたPREN値は、非常に重要であり、好ましくは少なくとも25であるべきである。ブランクの1つ以上の層についての下限は、21、22、23、24、25 26、27、28、29又は30に設定されてもよい。好ましくは、完成製品(例えば、ナイフ)の全ての層は、PREN値が少なくとも25であるべきである。
【0026】
一次VN硬質相粒子の大きさは、顕微鏡画像分析によって決定されてもよい。このようにして得られた大きさは、粒子と同じ投影面積を有する円の直径に相当する直径(円相当径(ECD))であり、
ECD=2√A/π
であり、式中、Aは、測定断面での粒子の面積である。
【0027】
本発明のステンレス鋼ブランクは、好ましくは粉末冶金(PM)によって作製される。粉末冶金によって製造された鋼において、全ての一次硬質相粒子の分布は微細で均一である。VN粒子の大きさは5μm以下であり、前記粒子の少なくとも80体積%は、大きさが3μm以下、好ましくは1μm以下である。0.10~5.0重量%の量の窒素を有するブランクの部分は、0.5~15体積%一次VN粒子を含む。PM材料のための好ましい手順は、窒素ガスアトマイジングの後、熱間静水圧加圧(HIP)を行うことである。
【0028】
窒素は、本発明における重要な元素である。固溶体中の窒素は、耐食性を大きく向上させ、いくつかの合金元素、特にV、Nb、Ti及びTa(それらの内でVが最も用いられる)と共に非常に硬質の窒化物を形成する。窒素は、M7C3に含まれ得ないが、ゆえに、そのように所望される場合、M7C3炭化物の析出を回避するための炭素含有率よりも高い含有率で使用され得る。硬質相の所望の型及び量を得るために、窒素含有率は、強力な炭化物形成体(特にバナジウム)の含有率に対してバランスが保たれる。したがって、窒素含有率は、本発明において用いられる少なくとも2つの異なる鋼の所望の特性を調整するために用いられ得る。また、VNなどの硬質相中に溶融した窒素は、オーステナイト化の間に少なくとも部分的に溶融され得、それによって耐孔食性を大きく向上させる。ゆえに、窒素含有率は、用いられるステンレス鋼の少なくとも1つにおいて0.10~5%に限定される。この鋼中の窒素についての下限は、0.15、0.20、0.25、0.30、0.35、0.40、0.45、0.50、0.60、0.79、0.80、0.90、1.0、1.1、1.2又は1.1%に設定されてもよい。上限は、4.5、4.0、3.0、2.5、2.2、2.0、1.9、1.8又は1.7%に設定されてもよい。
【0029】
0.01~0.50%の範囲のより低い含有率で用いられる場合、窒素は、わずかな窒化物を形成することによって粒成長を回避するために役立つ。下限は、0.011、0.012、0.015、0.02、0.03、0.04又は0.05に設定されてもよい。上限は、0.4、0.3、0.2、0.1、0.09、0.08、0.07、0.06又は0.05%に制限されてもよい。
【0030】
クロムは、ステンレス鋼において最も重要な元素である。Crが少なくとも11%の含有量で存在する場合、クロムは、鋼表面上における不動態膜の形成をもたらす。しかし、Crは、炭化物形成体でもある。ゆえに、鋼に良好な焼入れ性並びに良好な耐酸化性及び耐食性を付与するために、クロムは、11から25%の間の量で鋼中に存在するものとする。耐孔食性が主に重要である場合、好ましくは、Crは、16%超の量で存在する。しかし、Crは、強力なフェライト形成体であり、焼入れ後のフェライトを回避するために、量を制御する必要がある。実用的な理由のために、上限は20%であってもよい。
【0031】
良好な焼入れ性を提供するために、且つ/又は、炭化物を形成するために、相当量の炭素を用いてもよい。それによって、良好な耐摩耗性を得ることができる。炭素についての適切な範囲は、0.1~3.0重量%である。下限は、0.2、0.3、0.4、0.5、0.6、0.7、0.8、0.9又は1.0重量%であってもよい。上限は、2.4、2.2、2.0、1.8、1.6、1.4、1.2 1.0、0.8又は0.6重量%であってもよい。
【0032】
用いられるステンレス鋼は、好ましくは強磁性であるべきであり、最も好ましくはマルテンサイト鋼であるべきである。マルテンサイト系ステンレス鋼は、特に窒素含有率が低い場合、少なくとも0.2重量%の炭素含有率を有してもよい。
【0033】
高硬度を確保するために、炭素及び窒素の合わせた含有率は、少なくとも0.5重量%、好ましくは0.6重量%超であることが好ましい。下限は、0.7、0.8、0.9、1.0、1.1、1.2、1.3、1.4、1.5、1.6 1.7又は1.8重量%であってもよい。好ましくは、窒素及び炭素の量は、高窒素鋼の耐孔食性を最適化するために比C/Nが0.19~0.48の範囲内にあるようにバランスが保たれる。
【0034】
脱酸のためにケイ素を用いてもよい。Siは、強力なフェライト形成体でもある。ゆえに、Siは、好ましくは1.3重量%に限定される。所望の程度の脱酸を得るために、下限は0.1重量%であってもよい。好ましい範囲は、0.2~1.0重量%である。
【0035】
マンガンは、鋼の焼入れ性を向上させることに寄与する。含有率があまりに低い場合、焼入れ性があまりに低くなる可能性がある。ゆえに、マンガンは、0.10%、好ましくは少なくとも0.15、0.20、0.25又は0.30重量%の最小含有率で存在してもよい。鋼は、最高2.0重量%のMnを含んでもよい。好ましい範囲は、0.2~1.0重量%である。
【0036】
モリブデンは、焼入れ性に対して非常に好ましい影響を及ぼすことが知られている。それは、耐孔食性を向上させることも知られている。ゆえに、最小含有率は、0.1重量%に設定されてもよい。モリブデンは、強力な炭化物形成元素であり、強力なフェライト形成体でもある。ゆえに、モリブデンの最大含有率は、5.5重量%に設定されてもよい。好ましくは、Moは、3.5重量%に限定される。
【0037】
上記で与えられた合金元素の含有率の精度は、特定の桁数(概して1又は2)で与えられたが、全ての合金含有率は、1桁又は2桁高い精度で表され得ることが明示的に示される。ゆえに、0.1%の炭素含有率は、0.10%又は0.100%の炭素含有率として表されてもよい。0.01~0.10%の範囲内の窒素含有率をSUS304及びSUS304Lのオーステナイト系ステンレス鋼は、本発明から除外されてもよい。
【実施例】
【0038】
実施例1
ダマスカス模様鋼を作製するためのステンレス鋼ブランクを2つのマルテンサイト系ステンレス鋼粉末から製造した。
【0039】
前記粉末の組成は、以下の通りである。
【0040】
鋼A 鋼B
C :0.2、 1.7
N :1.9、 0.03
Si:0.3、 0.8
Mn:0.3、 0.3
Cr:20 、 18
Mo:2.5、 1.0
V :2.85、 3.0
Fe:残部 、 残部
【0041】
直径が250mmである容器内に前記粉末を充填し、国際公開第95/19861号に記載されているものと同じ方法で、第1ブランクを形成するためにカプセルの熱間静水圧加圧を行い、中間寸法への前記ブランクの鍛造及び熱間圧延を行い、機械加工によって前記細長い構造を変形させた後、最終寸法への前記ブランクの熱間加工を行うことによって、ステンレス鋼ブランクを製造した。
【0042】
試料に対して、30分間、1080℃におけるオーステナイト化を行った後、液体窒素中における深冷処理を行うことによって従来の焼入れを行った。180~260℃の温度で2時間の焼き戻しを2回行うことによって(2×2時間)、固溶体中における大量のクロムのため、硬度57~60HRCを、良好な耐食性と組み合わせて容易に達成することができる。200℃における焼き戻し(2×2時間)によって、59HRCの均一硬度が得られる。高窒素合金鋼Aのマイクロ構造は、マルテンサイトマトリックス中に埋設された大きさが1μm未満の約9体積%のVN粒子からなった。鋼Bは同様の構造を有するが、硬質相は、2体積%のVCと約16体積%のM7C3とからなった。この鋼ブランクから作製されたナイフは、非常に高い端部保持性、靭性及び非常に良好な耐食性を有することになる。鋼Aは、固溶体中に約18%のCrを有し、ゆえに、固溶体中に約12%のCrを有する鋼Bよりも耐食性が高く、それによって、ダマスカス模様を強調するために完成製品にエッチングすることが容易になる。
【0043】
実施例2
ダマスカス模様鋼を作製するためのステンレス鋼ブランクを、1つの粉末(鋼A)と、9体積%の粗M7C3炭化物を含む耐食性がより低い鋼(鋼C)の板とを利用して2つのマルテンサイト系ステンレス鋼から製造した。
【0044】
前記鋼の組成は、以下の通りである。
【0045】
鋼A 鋼C
C :0.2、 1.1
N :1.9、 0.03
Si:0.3、 0.7
Mn:0.3、 0.6
Cr:20 、 17
Mo:2.5、 0.5
V :2.85、 0.05
Fe:残部 、 残部
【0046】
直径が250mmである容器内に前記材料を充填し、国際公開第95/19861号に記載されているものと同じ方法で、ブランクを形成するためにカプセルの熱間静水圧加圧を行い、中間寸法への前記ブランクの鍛造及び熱間圧延を行い、機械加工によって前記細長い構造を変形させた後、最終寸法への前記ブランクの熱間加工を行うことによって、ステンレス鋼ブランクを製造した。
【0047】
試料に対して、30分間、1080℃におけるオーステナイト化を行った後、液体窒素中における深冷処理を行うことによって従来の焼入れを行った後、200℃で焼き戻し(2×2時間)を行った。マイクロ構造鋼Aは、実施例1の通りであった。一方で、鋼Cは、マルテンサイトマトリックス中に分散させた9体積%の粗M7C3炭化物と、固溶体中に約12.5%のCrとを有した。
【0048】
この鋼ブランクから作製されるナイフは粗粒炭化物を有する鋼層を有しており、この炭化物が端部から脱落し、端部の対応部分をマイクロ鋸歯状にする。端部は、微細な窒化物を有する鋼からなっており、その鋭さを保持することになる。ゆえに、2つの異なる層の望ましい配向性を選択することによって、鋭い端部と組み合わせて元の位置に形成されたマイクロ鋸歯状端部を有するナイフブレードを製造することが可能である。そのようなナイフは、耐摩耗性が所望される用途において特に有用であり得る。
【0049】
粗粒炭化物を有する鋼板を用いる代わりに、炭化物又は窒化物などの粗粒硬質相粒子を含むステンレス鋼粉末を用いることができる。例えば、混合粉末を用いてもよい。
【0050】
実施例3
高硬度及び端部保持性を有する耐食性ナイフを作製するために使用され得る鋼ブランクを得るための2つのマルテンサイト系ステンレス鋼粉末から、ダマスカス模様鋼を作製するためのステンレス鋼ブランクを製造した。
【0051】
前記粉末の組成は、以下の通りである。
【0052】
鋼D 鋼E
C :0.54、 0.62
N :0.2 、 0.11
Si:0.45、 0.2
Mn:0.4 、 0.6
Cr:17.3、 14
Mo:1.1 、 -
V :0.1 、 -
Fe:残部 、 残部
【0053】
直径250mmの容器内に前記粉末を充填し、国際公開第95/19861号に記載されているものと同じ方法で、ブランクを形成するためにカプセルの熱間静水圧加圧を行い、前記ブランクの鍛造及び熱間圧延を行い、機械加工によって前記細長く変形させた後、4mmの最終寸法への前記ブランクの熱間加工を行うことによって、ステンレス鋼ブランクを製造した。
【0054】
この材料に対して、15分間、1050℃におけるオーステナイト化を行った後、油中で急冷を行うことによって従来の焼入れを行い、焼入れの直後に200℃で焼き戻し(2×2時間)を行うことが可能である。この鋼ブランクから作製されたナイフは、優れた端部性能、非常に良好な耐食性及び高硬度を有する。
【0055】
実施例4
高硬度及び端部保持性を有する耐食性ナイフを作製するために使用され得る鋼ブランクを得るための2つのマルテンサイト系ステンレス鋼粉末から、ダマスカス模様鋼を作製するためのステンレス鋼ブランクを製造した。
【0056】
前記粉末の組成は、以下の通りである。
【0057】
鋼F 鋼G
C :0.36、 1.06
N :1.54、 0.046
Si:0.32、 0.41
Mn:0.33、 0.31
Cr:18.3、 14.3
Mo:1.1 、 3.9
V :3.5 、 0.21
Fe:残部 、 残部
【0058】
直径250mmの容器内に前記粉末を充填し、国際公開第95/19861号に記載されているものと同じ方法で、ブランクを形成するためにカプセルの熱間静水圧加圧を行い、中間寸法への前記ブランクの鍛造及び熱間圧延を行い、機械加工によって前記細長く変形させた後、4mmの最終寸法への前記ブランクの熱間加工を行うことによって、ステンレス鋼ブランクを製造した。
【0059】
この材料に対して、15分間、1050℃におけるオーステナイト化を行った後、油中で急冷を行うことによって従来の焼入れを行い、焼入れの直後に200℃で焼き戻し(2×2時間)を行うことが可能である。この鋼ブランクから作製されたナイフは、優れた端部性能、非常に良好な耐食性及び高硬度を有する。
【0060】
実施例5
非常に高い硬度及び端部保持性を有する端部を有する切断鋼コアを有する耐食性ナイフを作製するために使用され得る鋼ブランクを得るための3つのマルテンサイト系ステンレス鋼粉末から、ダマスカス模様鋼を作製するためのステンレス鋼ブランクを製造した。具体的には、3つの厚さが等しい層を有するように前記ブランクを製造した。コアを高窒素合金鋼Fで作製し、コアの各側面上に、鋼G及び鋼Hの18の交互層を提供した。
【0061】
前記粉末の組成は、以下の通りである。
【0062】
鋼F 鋼G 鋼H
C :0.36、 1.06 、 0.61
N :1.54、 0.046、 042
Si:0.32、 0.41 、 0.44
Mn:0.33、 0.31 、 0.34
Cr:18.3、 14.3 、 13.3
Mo:1.1 、 3.9 、 0.15
V :3.5 、 0.21 、 0.10
Fe:残部 、 残部 、 残部
【0063】
直径250mmの容器内に前記粉末を充填し、国際公開第95/19861号に記載されているものと同じ方法で、ブランクを形成するためにカプセルの熱間静水圧加圧を行い、中間寸法への前記ブランクの鍛造及び熱間圧延を行い、機械加工によって前記細長く変形させた後、4mmの最終寸法への前記ブランクの熱間加工を行うことによって、ステンレス鋼ブランクを製造した。
【0064】
この材料に対して、30分間、1080℃におけるオーステナイト化を行った後、真空炉内で急冷を行った後、液体窒素中で深冷処理を行うことによって従来の焼入れを行い、200℃で焼き戻し(2×2時間)を行うことが可能である。この鋼ブランクから作製されたナイフは、非常に良好な耐食性と、高硬度と、並み外れた端部性能とを有する。