(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-29
(45)【発行日】2023-09-06
(54)【発明の名称】改善された硬さを有するta-Cベースのコーティング
(51)【国際特許分類】
B32B 9/00 20060101AFI20230830BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20230830BHJP
C23C 26/00 20060101ALI20230830BHJP
【FI】
B32B9/00 A
C23C14/06 F
C23C14/06 P
C23C26/00 C
(21)【出願番号】P 2021524996
(86)(22)【出願日】2019-11-07
(86)【国際出願番号】 EP2019080615
(87)【国際公開番号】W WO2020094816
(87)【国際公開日】2020-05-14
【審査請求日】2022-09-09
(32)【優先日】2018-11-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】510302157
【氏名又は名称】ナノフィルム テクノロジーズ インターナショナル リミテッド
【氏名又は名称原語表記】Nanofilm Technologies International Limited
【住所又は居所原語表記】28 Ayer Rajah Crescent,#02-02/03,139959 Singapore SINGAPORE
(74)【代理人】
【識別番号】100182084
【氏名又は名称】中道 佳博
(72)【発明者】
【氏名】シ,シュ
(72)【発明者】
【氏名】タン,ジー
【審査官】斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-100294(JP,A)
【文献】特開2010-101185(JP,A)
【文献】国際公開第2018/179708(WO,A1)
【文献】特開2011-064181(JP,A)
【文献】特開2007-327037(JP,A)
【文献】特表2009-504919(JP,A)
【文献】特表2015-525861(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0186834(US,A1)
【文献】特開2016-056435(JP,A)
【文献】H.H. TONG; ET AL,FABRICATION AND CHARACTERISTICS OF TA-C BIOMATERIAL COATINGS ON TI-6AL-4V USING METAL 以下備考,CURRENT APPLIED PHYSICS,2001年06月18日,VOL:1, NR:2-3,PAGE(S):197-201,https://doi.org/10.1016/S1567-1739(01)00016-5,PLASMA IMMERSION ION IMPLANTATION AND DEPOSITION
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00 - 43/00
C23C 14/00 - 14/58
C23C 24/00 - 30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多層コーティングでコーティングされた基材であって、該基材に向かって外側から順に:
2000HVまたはそれ以上の硬さを有するta-Cを含む第1の機能層、
1200HVまたはそれ以上の硬さを有するta-Cを含む第2の機能層、
炭化タングステンを含む第1の中間層、
クロムタングスチドを含む第2の中間層、および
クロムを含み、該基材に隣接するさらなる中間層
を含み、
該ta-Cが、10%未満の水素含有量、および30%未満のsp
2含有量を有し、
該第1の機能層が、該第2の機能層よりも少なくとも
300HV大きい硬さを有し、そして
(1)ヤング率または(2)硬さ、または(3)該ヤング率と該硬さとの両方が独立して同じままであるか、あるいは該第2の中間層から該第1の機能層まで層から層へと増大する、
基材。
【請求項2】
前記コーティングが、前記第2の機能層と前記第1の中間層との間にta-Cを含む1つまたはそれ以上のさらなる機能層を含む、請求項1に記載のコーティングされた基材。
【請求項3】
前記ta-Cが、5%またはそれ以下の水素含有量および20%またはそれ以下のsp
2含有量を有する、
請求項1または2に記載のコーティングされた基材。
【請求項4】
前記ta-Cが、2%またはそれ以下の水素含有量および15%またはそれ以下のsp
2含有量を有する、
請求項1から3のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項5】
前記基材が金属製、金属または合金、例えば鋼である、
請求項1から4のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項6】
前記基材が鋼または種々の鋼(例えば、鋼、ステンレス鋼、HSS、工具鋼、および合金鋼)である、
請求項1から5のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項7】
前記ヤング率が、コーティング内の3つの隣接する層のセットで増大する、
請求項1から6のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項8】
前記ヤング率が、接着層またはシード層から最終的な最上部の機能層まで増大する、
請求項1から7のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項9】
前記ヤング率の前記平均増大が、層あたり10GPaまたはそれ以上である、請求項7または8に記載のコーティングされた基材。
【請求項10】
前記コーティングが、少なくとも2000HVの硬さを有する、
請求項1から9のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項11】
前記コーティングが、少なくとも2500HVの硬さを有する、
請求項1から10のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項12】
前記コーティングが、少なくとも3000HVの硬さを有する、
請求項1から11のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項13】
前記コーティングが、少なくとも4000HVの硬さを有する、
請求項1から12のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項14】
前記硬さが、前記コーティング内の3つの隣接する層の任意のセットにわたって増大する、
請求項1から13のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項15】
硬さの前記平均増大が、層あたり少なくとも300HVである、請求項13または14に記載のコーティングされた基材。
【請求項16】
硬さの前記平均増大が、層あたり少なくとも400HVである、請求項13または14に記載のコーティングされた基材。
【請求項17】
前記第1の中間層に隣接する前記機能層の前記硬さが1600HVまたはそれ以上である、
請求項1から16のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項18】
前記コーティングが、5ミクロンまたはそれ以下の全厚さを有する、
請求項1から17のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項19】
前記コーティングが、3ミクロンまたはそれ以下の全厚さを有する、
請求項1から18のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項20】
前記コーティングが、2ミクロンまたはそれ以下の全厚さを有する、
請求項1から19のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項21】
前記コーティングの各層が、1ミクロンまたはそれ以下の全厚さを有する、
請求項1から20のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項22】
前記コーティングの各層が、0.7ミクロンまたはそれ以下の全厚さを有する、
請求項1から21のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項23】
前記基材が、工具、切削工具、工具一式、工業用機械およびそれらの部品から選択される、
請求項1から22のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項24】
前記基材がエンジン部品である、
請求項1から23のいずれかに記載のコーティングされた基材。
【請求項25】
前記基材が、ピストンリング、ピストンピン、カムシャフト、タペット、リフトバルブおよび噴射ノズルから選択される、請求項24に記載のコーティングされた基材。
【請求項26】
請求項1から25のいずれかに記載のコーティングされた基材を作製する方法であって、
該基材を提供する工程、および該基材上に、順に
クロムを含むさらなる中間層、
クロムタングスチドを含む第2の中間層、
炭化タングステンを含む第1の中間層、
1200HVまたはそれ以上の硬さを有するta-Cを含む第2の機能層、
2000HVまたはそれ以上の硬さを有するta-Cを含む第1の機能層、
をコーティングする工程を含み、
該ta-Cが10%未満の水素含有量、および30%未満のsp
2含有量を有し、
該第1の機能層が、該第2の機能層よりも少なくとも
300HV大きい硬さを有し、
(1)前記ヤング率または(2)前記硬さ、または(3)該ヤング率と該硬さとの両方が独立して同じままであるか、あるいは該第2の中間層から該第1の機能層まで層から層へと増大する、
方法。
【請求項27】
前記中間層がスパッタリングによって析出される、請求項26に記載の方法。
【請求項28】
前記機能層が、PVD、例えば、スパッタリングまたはCVAにより析出される、請求項26または27に記載の方法。
【請求項29】
前記機能層がFCVAにより析出される、請求項28に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、改善された硬さおよび耐摩耗性を有する炭素コーティングならびにこのようなコーティングを作製するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
多種多様な析出技術が基材をコーティングするために使用される。代表的に、蒸着技術が、マイクロエレクトロニクスアプリケーションおよびヘビーデューティアプリケーションを含むさまざまなタイプのアプリケーションで薄膜析出層を形成するために使用される。析出技術は、2つの主要なカテゴリに分類できる。最初のものは化学蒸着(CVD)として知られている。CVDは一般に、化学反応によって生じる析出プロセスを指す。CVDプロセスの一般的な例には、半導体Si層析出、エピタキシー、熱酸化などがある。
【0003】
析出の2番目のカテゴリは、一般に物理蒸着(PVD)として知られている。PVDは一般に、物理的プロセスの結果として生じる固形物質の析出を指す。PVDプロセスの根底にある主な概念は、析出された材料が直接物質移動を介して基材表面に物理的に移動することである。代表的には、化学反応はプロセス中に発生せず、析出層の厚さは、CVDプロセスとは対照的に化学反応速度に依存しない。
【0004】
スパッタリングは、基材上に化合物を析出させるための既知の物理蒸着技術であり、原子、イオン、または分子は、粒子衝撃によってターゲット材料(スパッタターゲットとも呼ばれる)から放出され、放出された原子または分子は、薄膜として基材表面に蓄積する。
【0005】
別の既知の物理蒸着技術は、陰極アーク蒸着法である。この方法では、電気アークを使用して、カソードターゲットから材料を蒸発させる。その結果、得られる気化した材料が基材上で凝縮し、コーティングの薄膜を形成する。
【0006】
アモルファスカーボンは、結晶形を持たない遊離の反応性形態の炭素である。非晶質炭素膜の様々な形態が存在し、これらは、通常、当該膜の水素含有量および当該膜内の炭素原子のsp2:sp3比によって分類される。
【0007】
この分野における文献の例では、アモルファスカーボン膜は7つのカテゴリに分類される(Fraunhofer Institut Schich- und Oberflachentechnikの「Name Index of Carbon Coatings」から抜粋した以下の表を参照)。
【0008】
【0009】
四面体水素非含有アモルファスカーボン(ta-C)は、水素をほとんどまたはまったく含まず(5%mol未満、代表的には2%mol未満)、sp3混成炭素原子を多く含む(代表的には、炭素原子の80%より多くがsp3状態にある)という特徴がある。
【0010】
「ダイヤモンドライクカーボン」(DLC)という用語は、すべての形態のアモルファスカーボン材料を指すために使用されることがあるが、本明細書で使用される用語は、ta-C以外のアモルファスカーボン材料を指す。DLC製造の一般的な方法では、炭化水素(アセチレンなど)を使用するため、膜に水素を導入する(その原料が代表的には水素非含有高純度グラファイトである、ta-C膜とは対照的である)。
【0011】
言い換えれば、DLCは、代表的には、50%より多くのsp2炭素含有量および/または20%molおよびそれを上回る水素含有量を有する。DLCは、ドープされていないか、あるいは金属または非金属でドープされたものであり得る(上記の表を参照)。
【0012】
従来のDLCコーティングは、最大約2000HV(ビッカース硬さ)の硬さの値と約3μmまたはそれ以上の厚さを有し得る。例えば、DLCでコーティングされた自動車(エンジンなど)の部品は、Oerlikon Balzers、HEF USA、およびIHI Ionbond AGから得られ得る。しかし、それらの硬さは限られており、これらのコーティングの厚さはそれらのアプリケーションを制限し、一部の精密デバイスでは禁止されている。
【0013】
同様に、DLCは、切削工具やその他の用途に許容できる硬さと摩擦係数とを有し得る。現在工具用に上市されているDLCコーティングの硬さは、約3ミクロンの厚さで約2000HVビッカース硬さである。しかし、一部の精密デバイスでは、この厚さはそのアプリケーションを制限する。したがって、市場では、より薄くても同様に耐摩耗性のあるダイヤモンド状膜を開発する必要がある。
【0014】
US2004/0038033A1は、金属/シリコン接着層、金属炭化物/炭化ケイ素遷移層、およびDLC層で基材をコーティングすることを説明している。この文書の例では、接着層の金属としてクロムが選択されている。
【0015】
WO2007/020138は、基材、中間層、および四面体炭素層を含むコーティングされた基材であって、四面体炭素層のヤング率が中間層のヤング率よりも大きくなければならない基材を言及している。
【0016】
US2015/240944は、炭化物または窒化物層とそれに続くさらなるDLC層を含む多層コーティングを開示している。
【0017】
US2010/186834は、チタンを含む第1の材料および炭素を含む第2の材料でコーティングされたアルミナを含む基材であって、炭素の少なくとも40%が四面体結合している、基材を開示している。
【0018】
DLCの代わりにta-Cを使用すると、より大きい硬さの値を得ることができるが、これらの層はしばしば脆く、基材から容易に剥離する。なお良好な接着性を有する、より薄いがより硬いコーティングを、現在のところ作ることができない。より薄いが同等またはそれ以上の耐摩耗性のカーボンコーティングが必要である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
本発明の目的は、既存の炭素含有コーティングの代替物を提供することであり、好ましくは改善されたコーティングを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本願発明者は、ta-Cを基材に接着するための適切な中間層を選択することにより、耐摩耗性があり、容易に剥離しない、硬さが増大したコーティングを得ることができることを見出した。そのようなコーティングは、DLCを利用する従来のコーティングと比較して、増大した硬さおよび減少した厚さを有し得る。
【0021】
したがって、本発明は、多層コーティングでコーティングされた基材を提供し、当該基材は、順に:
(i)ta-Cを含む第1の機能層、
(ii)ta-Cを含む第2の機能層、
(iii)(a)ta-Cを含む第3の機能層および第1の元素の炭化物を含む第1の中間層、または(b)第1の元素の炭化物を含む第1の中間層、および当該第1の元素を含む第2の中間層、
を含み、
ta-Cは、10%未満の水素含有量および30%未満のsp2含有量を有し、
(i)ヤング率または(ii)硬さ、または(iii)ヤング率と硬さとの両方が独立して同じままであるか、あるいは(iii)(a)第1の中間層から第1の機能層まで、または(iii)(b)の第2の中間層から第1の機能層まで層から層へと増大する。
【0022】
したがって、特定の実施形態では、本発明は、多層コーティングでコーティングされた基材を提供し、順に、
ta-Cを含む第1の機能層、
ta-Cを含む第2の機能層、
必要に応じて、ta-Cを含む1つまたはそれ以上のさらなる機能層、
第1の元素の炭化物を含む第1の中間層、
第1の要素を含む第2の中間層、
必要に応じて、1つまたはそれ以上のさらなる中間層、および
基材、
を含み、
(i)ヤング率または(ii)硬さ、または(iii)ヤング率と硬さとの両方が独立して同じままであるか、あるいは第2の中間層から第1の機能層まで層から層へと増大する。
【0023】
特定の実施形態においてさらに提供されるのは、基材用のコーティングであり、順に:
ta-Cを含む第1の機能層、
ta-Cを含む第2の機能層、
必要に応じて、ta-Cを含む1つまたはそれ以上のさらなる機能層、
第1の元素の炭化物を含む第1の中間層、
第1の元素を含む第2の中間層、および
必要に応じて、1つまたはそれ以上の中間層、
を含み、
(i)ヤング率または(ii)硬さ、または(iii)ヤング率と硬さとの両方が独立して同じままであるか、あるいは第2の中間層から第1の機能層まで層から層へと増大する。
【0024】
基材をコーティングする方法もまた提供され、この方法は、基材上に、順に:
(i)(a)第1の元素の炭化物を含む第1の中間層およびta-Cを含む第3の機能層、または(b)第1の元素を含む第2の中間層、および第1の元素の炭化物を含む第1の中間層、
(ii)ta-Cを含む第2の機能層
(iii)ta-Cを含む第1の機能層
を含むコーティングを析出させることを含み、
ta-Cは、10%未満の水素含有量、および30%未満のsp2含有量を有し、
(i)ヤング率または(ii)硬さ、または(iii)ヤング率と硬さとの両方が独立して同じままであるか、あるいは(iii)(a)第1の中間層から第1の機能層まで、または(iii)(b)の第2の中間層から第1の機能層まで層から層へと増大する。
【0025】
また、特定の実施形態では、基材をコーティングする方法が提供され、この方法は、基材上に、順に:
必要に応じて、1つまたはそれ以上の中間層、
第1の元素を含む第2の中間層、
第1の元素の炭化物を含む第1の中間層、
必要に応じて、ta-Cを含む1つまたはそれ以上のさらなる機能層、
ta-Cを含む第2の機能層、および
ta-Cを含む第1の機能層、
を含むコーティングを析出させる工程を含み、
(i)ヤング率または(ii)硬さ、または(iii)ヤング率と硬さとの両方が独立して同じままであるか、あるいは第2の中間層から第1の機能層まで層から層へと増大する。
【0026】
基材に隣接する層から最上部の機能層への遷移におけるヤング率および硬さの段階的な増大により、基材にしっかりと接着された硬質コーティングが提供される。遷移は通常、少なくとも4層にまたがり、さらに多くの数の層にまたがる場合がある。実施例では、少なくとも5層または6層が本発明の特定のコーティングを構成する。
【0027】
したがって、本発明は、以下により詳細に記載される本発明の実施形態の試験によって示されるように、良好な硬さおよび耐摩耗性を示す薄くて硬いコーティングで基材をコーティングすることを可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】
図1は、比較コーティング1の構造を示す概略図である(縮尺通りでない)。
【
図2】
図2は、比較コーティング2の構造を示す概略図である(縮尺通りでない)。
【
図3】
図3は、比較コーティング3の構造を示す概略図である(縮尺通りでない)。
【
図4】
図4は、比較コーティング4の構造を示す概略図である(縮尺通りでない)。
【
図5】
図5は、本発明のコーティングAの構造を示す概略図である(縮尺通りでない)。
【
図6】
図6は、本発明のコーティングBの構造を示す概略図である(縮尺通りでない)。
【発明を実施するための形態】
【0029】
上記のように、本明細書で使用される「四面体アモルファスカーボン」(ta-CまたはTAC)という用語は、低水素含有量および低sp2炭素含有量を有するアモルファスカーボンを指す。
【0030】
ta-Cは、不規則なダイヤモンドに存在するものと同様に、強い結合によって連結された不規則sp3で構成されていると記載されている高密度アモルファス材料である(Neuville S,「New application perspective for tetrahedral amorphous carbon coatings」,QScience Connect 2014:8,http://dx.doi.org/10.5339/connect.2014.8を参照)。ta-Cは、ダイヤモンドと構造的に類似しているため、硬さの値が30GPaよりも大きいことが多い非常に硬い材料である。
【0031】
例えば、ta-Cは、10%未満、代表的には5%またはそれ以下、好ましくは2%またはそれ以下(例えば、1%またはそれ以下)の水素含有量を有し得る。ここで提供される水素のパーセンテージ含有量は、(質量による水素のパーセンテージではなく)モルパーセントを指す。ta-Cは、30%未満、代表的には20%またはそれ以下、好ましくは15%またはそれ以下のsp2炭素含有量を有し得る。好ましくは、ta-Cは、2%またはそれ以下の水素含有量および15%またはそれ以下のsp2炭素含有量を有し得る。ta-Cは、他の材料(金属または非金属のいずれも)でドープされていないことが好ましい。
【0032】
対照的に、本明細書で使用される「ダイヤモンドライクカーボン」(DLC)という用語は、ta-C以外のアモルファスカーボンを指す。したがって、DLCは、ta-Cよりも、より大きな水素含有量およびより大きなsp2炭素含有量を有する。例えば、DLCは、20%またはそれ以上、代表的には25%またはそれ以上、例えば30%またはそれ以上の水素含有量を有し得る。ここで提供される水素のパーセンテージ含有量は、(質量による水素のパーセンテージではなく)モルパーセントを指す。DLCは、50%またはそれ以上、代表的には60%またはそれ以上のsp2炭素含有量を有し得る。代表的には、DLCは、20%より大きい水素含有量および50%より大きいsp2炭素含有量を有し得る。DLCは、ドープされていないか、または金属および/または非金属でドープされていてもよい。
【0033】
本発明は、厚くはないが硬く、高い耐摩耗性を有する析出したta-Cコーティングを有利に提供する。
【0034】
本発明によれば、多層コーティングでコーティングされた基材は、順に:
(i)ta-Cを含む第1の機能層、
(ii)ta-Cを含む第2の機能層、
(iii)(a)ta-Cを含む第3の機能層および第1の元素の炭化物を含む第1の中間層、または(b)第1の元素の炭化物を含む第1の中間層、および当該第1の元素を含む第2の中間層
を含み、
ta-Cは、10%未満の水素含有量、および30%未満のsp2含有量を有し、
(i)ヤング率または(ii)硬さ、または(iii)ヤング率と硬さとの両方が独立して同じままであるか、あるいは(iii)(a)第1の中間層から第1の機能層まで、または(iii)(b)の第2の中間層から第1の機能層まで層から層へと増大する。
【0035】
(iii)(a)において、コーティングは、第1の中間層と基材との間に1つまたはそれ以上のさらなる中間層を適切に含む。
【0036】
(iii)(b)において、コーティングは、第2の機能層と第1の中間層との間にta-Cを含む1つまたはそれ以上のさらなる機能層を適切に含む。
【0037】
(iii)(b)において、コーティングは、第2の中間層と基材との間に1つまたはそれ以上のさらなる中間層を適切に含む。
【0038】
好ましい実施形態は、上記のオプション(iii)(b)にしたがって、すなわち、本発明による、多層コーティングでコーティングされた基材は、順に:
ta-Cを含む第1の機能層、
ta-Cを含む第2の機能層、
必要に応じて、ta-Cを含む1つまたはそれ以上のさらなる機能層、
第1の元素の炭化物を含む第1の中間層、
第1の元素を含む第2の中間層、
必要に応じて、1つまたはそれ以上のさらなる中間層、および
基材、
を含む。
【0039】
さらに好ましい実施形態は、オプション(iii)(a)にしたがって、すなわち、多層コーティングでコーティングされた基材は、順に:
ta-Cを含む第1の機能層、
ta-Cを含む第2の機能層、
ta-Cを含む第3の機能層、
第1の元素の炭化物を含む第1の中間層、または(b)第1の元素の炭化物を含む第1の中間層、および第1の元素を含む第2の中間層、ならびに
基材、
を含む。
【0040】
機能層は、ta-Cを含み、好ましくは、ta-Cからなる。ヤング率および/または硬さが同じままであるか、あるいは層から層へと増大して最上部の機能層(通常はコーティングされた基材の外側に露出している層)の特性でピークに達するか、最高潮に達する、そのようないくつかの機能層が存在し得る。例えば、(例えば、実施例で以下に報告されているように)コーティングされた基材のコーティング硬さの試験はこの最終製品で行われるが、個々の層のヤング率と硬さも試験され得るか、またはその他の方法で(例えば、理論的に、または追加または最終層の付与/析出の前に未完成の製品を試験することにより)決定され得る。ta-Cを含む機能層の全厚さは、代表的には3μmまたはそれ以下、好ましくは2μmまたはそれ以下、例えば1μmまたはそれ以下である。
【0041】
第1の中間層は、それがta-C層と基材との間の中間の層または層の1つであるという点で「中間」として説明される。コーティングされた基材では、第1の元素は、W、Si、Cr、Ni、またはTi、またはこれらの元素の2つまたはそれ以上の混合物であり得る。したがって、第1の中間層は、1つまたはそれ以上の元素を含み、通常、第1の元素の炭化物を含むか、またはそれからなる。第1の元素は金属であり得、したがって、第1の中間層は、第1の金属炭化物を含むか、またはそれからなり得る。本明細書の実施例で使用されるように、好ましい第1の金属はWである。実施形態に記載されているように、別の好ましい金属はTiである。第1の元素は非金属であってもよい。さらに好ましい第1の元素は、他の実施形態に記載されているSiである。得られる層のヤング率と硬さとがコーティング内の各層間のステップであるという要件を満たしていれば、他の元素もまた適している。第1の中間層の全厚さは、代表的には1μmまたはそれ以下、好ましくは0.5μmまたはそれ以下、例えば0.2μmまたはそれ以下である。
【0042】
第2の中間層は、第1の元素、例えば、第1の金属を含む。第1の元素は、第1の中間層と第2の中間層との両方に、第1においては炭化物として、通常は第2においては非炭化物化合物として含まれる。その結果、これらの層間には連続性があり、これは、一般に、ヤング率および硬さがより容易に一致され得、層間に良好な接着性があることを意味する。したがって、一般にコーティングにおいてはまた、第2の中間層は、第1の元素とは異なる第2の元素をさらに含む。最も一般的には、第2の中間層は、第1および第2の元素を含む化合物からなり、必要に応じて第1および第2の元素、および必要に応じて第3の元素を有する化合物として、例えば、ガス、例えば窒素または酸素からなる。第2の元素はW、Si、Cr、NiまたはTiであり得、好ましくは、Cr、TiまたはSi、またはこれらの元素の2つまたはそれ以上の化合物である。以下の実施例では、Crを使用した。第2の中間層の全厚さは、典型的には1μmまたはそれ以下、好ましくは0.7μmまたはそれ以下、例えば0.5μmまたはそれ以下である。
【0043】
第2の中間層(または、存在する場合、任意の、例えば、第3またはさらなる中間層の1つ)は、(例えば、接着またはシード層として)基材に適用される層であり得る。基材への良好な接着が望ましく、シード層の特性が基材の特性により適して近いのであれば、良好な基材接着性を有する層は、しばしば最も硬い層やヤング率が最も高い層ではないことが分かる。本発明は、さらなる層を提供して2つの特性を徐々に増大させ、良好な接着性を維持しながら、完成したコーティングに全体的に改善されたそのような特性を与えることによってこれに対処する。
【0044】
第2の中間層は、基材の表面上に析出し得るが、コーティングされた基材は、代表的には、基材と第2の中間層との間に少なくとも第3の中間層を含み、第3の中間層は、元素、例えば、金属を含む。層間の上記のような連続性が好ましいので、第3の中間層は第2の元素を含むことが好ましい。第2の元素は、W、Si、Cr、Ni、またはTiであり得る。第3の中間層は、さらなる(異なる)元素(例えば、N、W、Si、Cr、NiまたはTi)と複合することができる。第3の中間層は、代替的に、第2の元素を含むか、より好ましくは第2の元素からなり得る。第3の中間層の全厚さは、代表的には、1μmまたはそれ以下、好ましくは0.5μmまたはそれ以下、例えば0.3μmまたはそれ以下である。
【0045】
基材が金属(例えば鋼)である場合、金属基材と中間層との間に金属-金属結合を提供して接着を促進するために、基材に隣接する中間層も金属であるか、または金属元素を含むことが好ましい。
【0046】
本発明の実施形態では、ヤング率は、同じままであるか、または第2の中間層と第1の機能層との間で層から層へと増大する。さらに、ヤング率は、コーティング内の3つの隣接する層の任意のセットで増大することが好ましく、接着層またはシード層から最終的な最上部の機能層まで増大することがより好ましい。適切には、ヤング率の平均増大は、層あたり10GPaまたはそれ以上、または層あたり15GPaまたはそれ以上、または層あたり20GPaまたはそれ以上である。以下の実施例では、平均増大は層ごとにそれぞれ約15、18、22、32、41GPaであった(例えば、第1の層の上に3つの追加層があるため、4層での45GPaの増大は平均15GPaである)。
【0047】
本発明の目的は、工具、エンジン部品などを含む多くのアプリケーションに硬質コーティングを提供することである。本発明のコーティングされた基材は、好ましくは少なくとも2000HV、より好ましくは2500HVまたはそれ以上、3000HVまたはそれ以上、3500HVまたはそれ以上、あるいは4000HVまたはそれ以上の硬さを有するコーティングを有する。硬さが約5000HVのコーティングを含め、これらの範囲内の広範な測定された硬さの値を有するコーティングが作製された(以下の実施例を参照)。さまざまな最終アプリケーションでは、ユーザーの選択に応じて、さまざまな硬さが適切であり得る。5000HVの硬さが達成可能であるが、一部の用途(例えば、硬さよりも耐摩耗性が重要な用途)では、わずかに厚くても硬くないコーティングが好ましいこともあり得る。最終硬さを達成するために、記載されているように、コーティングを通して硬さが増大する。一般に、第1の中間層に隣接する機能層のta-C層(ta-C層は、基材に最も近いとも呼ばれ得る)は、より軟質であるta-C層であり、硬さがシード/中間体から遷移することが可能となり、この最初のta-C層を介して、最上部の外側のta-C層まで層状になる。この最も近いta-C層は、1000HVまたはそれ以上の硬さを有し得る。これは、上方の機能層までさらに硬さを増大させるためのベースを提供する。硬さの増大は、(例えば、基材バイアスを調整してFCVAを使用する場合)ta-C析出パラメータの変化によって適切に達成される。第1の中間層に隣接するta-C層(機能層)も、1200HVまたはそれ以上、好ましくは1600HVまたはそれ以上、好ましくは2000HVまたはそれ以上、あるいは2300HVまたはそれ以上の硬さを有していてもよい。
【0048】
本発明の実施形態では、硬さは同じままであるか、または第2の中間層から第1の機能層まで層から層へと増大する。さらに、硬さは、好ましくは、コーティング内の3つの隣接する層の任意のセットにわたって増大し、接着層またはシード層から最終的な最上部の機能層まで増大する。適切には、硬さの平均増大は、層あたり少なくとも200HV、通常、層あたり少なくとも300HV、例えば、層あたり少なくとも350HVまたは層あたり少なくとも400HVである。1200HVを超えるta-C層全体の全体的な硬さの増大を伴う実施形態では、硬さは、層あたり少なくとも600HVを増大させ得る。平均増大量は、層の総数と上層の最終硬さによって異なる。これまでの実施例では、平均硬さの増大は、層あたり416、362、350、569、および813HVであった。
【0049】
本発明の好ましい実施形態(そのいくつかが実施例に示されている)では、ヤング率および硬さの両方が同じままであるか、または第2の中間層から第1の機能層まで層から層へと増大する。より好ましくは、ヤング率と硬さとの両方が、第2の中間層から第1の機能層へと増大する。
【0050】
本発明のコーティングされた基材の例として、特定の実施形態はA~Cである:
【0051】
(A)
多層コーティングでコーティングされた基材であって、コーティングは以下を順に含む:
ta-Cを含む第1の機能層、
ta-Cを含む第2の機能層、
必要に応じて、ta-Cを含む1つまたはそれ以上のさらなる機能層、
炭化タングステンを含む第1の中間層、
タングステンを含む第2の中間層、および
必要に応じて、1つまたはそれ以上のさらなる中間層。
【0052】
(B)
多層コーティングでコーティングされた基材であって、コーティングは以下を順に含む:
ta-Cを含む第1の機能層、
ta-Cを含む第2の機能層、
必要に応じて、ta-Cを含む1つまたはそれ以上のさらなる機能層、
炭化チタンを含む第1の中間層、
チタンを含む第2の中間層、および
必要に応じて、1つまたはそれ以上のさらなる中間層。
【0053】
(C)
多層コーティングでコーティングされた基材であって、コーティングは以下を順に含む:
ta-Cを含む第1の機能層、
ta-Cを含む第2の機能層、
必要に応じて、ta-Cを含む1つまたはそれ以上のさらなる機能層、
炭化ケイ素を含む第1の中間層、
ケイ素を含む第2の中間層、および
必要に応じて、1つまたはそれ以上のさらなる中間層。
【0054】
全体を通して説明されているように、(i)ヤング率または(ii)硬さ、または(iii)ヤング率と硬さとの両方が独立して同じままであるか、第2の中間層から第1の機能層まで層から層へと増大する。
【0055】
本発明によるさらに特定のコーティングされた基材は、以下を順に含む:
硬さ3000~6000Hvのta-C含有層、
硬さ2000~2999Hvのta-C含有層、
硬さ1340~1832HVの炭化タングステンを含む第1の中間層、
硬さ900~1280HVのクロムタングスチド(chromium tungstide)(CrWC)を含む第2の中間層、および
硬さ750~950Hvのクロムを含み、基材に隣接するさらなる中間層。
【0056】
本発明によるなおさらに特定のコーティングされた基材は、以下を順に含む:
硬さ3200~3800HVのta-C含有層、
硬さ2901~3199HVのta-C含有層、
硬さ2700~2900HVのta-C含有層、および
硬さ500~900HVの炭化ケイ素を含み、基材に隣接する中間層。
【0057】
本発明の特定の実施形態は、WCを含む第1の中間層、CrWを含む第2の中間層、およびCrを含む第3の中間(またはシード)層を含む。
【0058】
本発明による特定のコーティングされた基材は、以下を順に含む:
硬さ2000HVまたはそれ以上のta-C含有層、
硬さ1200HVまたはそれ以上のta-C含有層、
炭化タングステンを含む第1の中間層、
クロムタングスチドを含む第2の中間層、および
クロムを含み、基材に隣接するさらなる中間層であって、第1の機能層が、第2の機能層よりも少なくとも300HV高い硬さを有する、中間層。
【0059】
本発明のさらなる特定の実施形態は、SiCを含む第1の中間層、Si3N4を含む第2の中間層、CrSiを含む第3の中間層、およびCrを含む第4の中間(またはシード)層を含む。
【0060】
本発明のコーティングは、有用な厚さで作製することができ、公知のDLCベースのコーティングと同じかそれより薄いが、硬さが改善されている。総コーティング厚さは、<=5ミクロン、<=3ミクロン、または<=2ミクロンであり得る。いくつかの好ましい硬質コーティングは、1.5ミクロンまたはそれ以下の高い硬さおよび厚さを有する。コーティング内で、各層は、独立して、一般に2ミクロンまたはそれ以下の厚さ、好ましくは1.5ミクロンまたはそれ以下の厚さ、より代表的には1ミクロンまたはそれ以下の厚さ、適切には0.7ミクロンまたはそれ以下、あるいは0.5ミクロンまたはそれ以下または0.3ミクロンまたはそれ以下であり得、全体の厚さが減少した本発明のコーティングのためにより薄くてもよい。コーティング内で、各層はまた、独立して、一般に少なくとも0.02ミクロンまたはそれ以上の厚さ、適切には0.05ミクロンまたはそれ以上の厚さ、あるいは0.1ミクロンまたはそれ以上の厚さ、あるいは0.2ミクロンまたはそれ以上の厚さであり、コーティング全体の厚さに応じてより厚くてもよい。層の厚さは通常、中間/シード層のそれぞれの間でかなり類似しており、ヤング率および/または硬さが増大するにつれて、それぞれのta-C含有層の間で別々にかなり類似している。
【0061】
また、本発明によって提供されるのは、基材をコーティングするための方法である。したがって、本発明は、基材上にコーティングを析出させることを含む、基材をコーティングする方法を提供し、ここで、コーティングは、順に:
ta-Cを含む第1の機能層、
ta-Cを含む第2の機能層、
必要に応じて、ta-Cを含む1つまたはそれ以上のさらなる機能層、
第1の元素の炭化物を含む第1の中間層、
第1の元素を含む第2の中間層、
必要に応じて、1つまたはそれ以上のさらなる中間層、および
基材、
を含み、
(i)ヤング率または(ii)硬さ、または(iii)ヤング率と硬さとの両方が独立して同じままであるか、あるいは第2の中間層から第1の機能層まで層から層へと増大する。
【0062】
理解されるように、本発明の方法は、任意の1つまたはそれ以上のさらなる中間層(存在する場合)は第2の中間層は第1の元素を含む第2の中間層、第1の元素の炭化物を含む第1の中間層、次いで機能性ta-C含有層を析出させることを含む。この方法は、本発明のコーティングに関して本明細書の他の場所に記載されているように、任意の好ましい特徴を備えたコーティングを析出させる。
【0063】
基材材料の選択肢は幅広く、幅広い材料で作られた多くの基材をコーティングすることができる。基材は通常金属製であり、一般に金属または合金であるか、またはそれらを含む。鋼は、適切な基材(例えば、鋼、ステンレス鋼、HSS、工具鋼および合金鋼)である。Tiまたはその合金、Alまたはその合金、Al2O3、ZrO2、Si3N4、SiCなどのセラミック、およびPEEK、POM、LCP、ABS、PCなどのプラスチック。物品は一般に基材で作製されており、次に本発明のコーティングが付与/析出されている。
【0064】
従来のCVDおよびPVD法、特にCVAおよびFCVAプロセスは公知であり、広範囲の基材に使用されており、そして本発明の方法は、同様に広範囲の基材のコーティングに適している。導電性と非導電性の両方の固体が一般的に適切であり、シード層と接着層を使用して、コーティングの接着性と強度とを改善し、表面をコーティングし易くすることができる。金属、合金、セラミック、およびそれらの混合物で作製された基材がコーティングされ得る。金属および複合基材、特に鋼および鋼の種類、ならびにそれらで作られたパーツ、工具、部品などがコーティングされ得る。好ましい基材の特定の例としては、工具、切削工具、工具一式、工業用機械およびそれらの部品が挙げられる。基材がエンジン部品(例えば、ピストンリング、ピストンピン、カムシャフト、タペット、リフトバルブ、噴射ノズルまたは別の部品)であることがさらにかつ別個に好ましい。
【0065】
本発明のコーティングは多層であり、それぞれの層は、CVD、PVD、マグネトロンスパッタリングおよびマルチアークイオンプレーティングを含む一連の公知および従来の析出技術を使用して独立して析出され得る。スパッタリングは、特に中間層(シード層を含む)に適した方法の1つである。PVDは、機能層に適切に使用される(例えば、スパッタリング)。実施例では、CVAが使用されている。CVAプロセスは、代表的には、フィルタード陰極真空アーク(FCVA)プロセスであり、例えば、以下に説明する通りである。FCVAコーティングのための装置および方法は公知であり、本発明の方法の一部として使用することができる。FCVAコーティング装置は、代表的には、真空チャンバー、アノード、ターゲットからプラズマを発生させるためのカソードアセンブリ、および基材を所与の電圧にバイアスするための電源を含む。FCVAの性質は従来のものであり、本発明の一部ではない。
【0066】
ヤング率は、固体材料の剛性を測定する、従来から使用されかつ理解されている機械的特性である。これは、一軸変形の線形弾性領域における材料の応力(単位面積あたりの力)とひずみ(比例変形)との間の関係を定義する。これは、標準的な方法および装置を使用して、従来はナノインデンテーションによって測定される(例えば、D. Tabor:The Hardness of Metals(Oxford University Press、Oxford,UK,2000およびTribol Lett(2017)65:23 DOI 10.1007/s11249-016-0805-5を参照)。
【0067】
硬さは、ビッカース硬さ試験(1921年にビッカース社のRobert L. SmithおよびGeorge E. Sandlandによって開発された;標準試験についてはASTM E384-17も参照)を使用して適切に測定される。ビッカース硬さ試験は、すべての金属に使用でき、硬さ試験の中で最も広いスケールの1つを有する。試験により得られる硬さの単位はビッカースピラミッド数(HV)として知られており、パスカルの単位(GPa)に変換され得る。硬さの数値は、試験で使用されたくぼみの表面積全体にわたる荷重によって決定される。例として、マルテンサイト(硬い形の鋼)は約1000のHVを有し、ダイヤモンドは約10,000HV(約98GPa)のHVを有し得る。ダイヤモンドの硬さは、正確な結晶構造および配向にしたがって異なり得るが、約90から100GPaを超える硬さが一般的である。
【0068】
本発明を説明する際に、硬さおよび/またはヤング率の値が、値または値の範囲として、または代表的な値の範囲として与えられる。値は、完成したコーティング基材上で直接測定されたものである場合がある。これは文脈から明らかである。多層コーティング内の個々の層の硬さおよび/またはヤング率は、一般に、その層が鋼基材上の単一層として所定の析出条件を使用して析出したときの値を示す。基材へのコーティングの接着性が低い場合、硬さおよび/またはヤング率は、一般に、基材上に析出したシード層(代表的にはクロム)上に析出したその層の硬さおよび/またはヤング率を示す。与えられた値は、多層コーティングの個々の層内の硬さおよび/またはヤング率を正確に反映している。
【0069】
本発明は、有利には、高い硬さおよび耐摩耗性のta-Cベースのコーティングを提供する。市場における公知のDLCコーティングと比較して、同等の硬さ、さらには増大した硬さのために厚さを減らすことができ、かなりの硬さおよび/または耐摩耗性を達成することができる。許容可能なコーティングの厚さを例えば2ミクロン未満およびより薄くまで減少させることができ、および/または耐摩耗性を維持するために硬さを増大させることができる(例えば、約2500HVおよびそれ以上、または約4000HVおよびそれ以上)。
【0070】
本発明を、以下の添付の図面を参照して説明する。
【実施例】
【0071】
(比較例)
比較例として、以下に示す構造を有するすべて市販されている4つの従来技術のコーティング(比較コーティング1から4と名付けた)を使用した。
【0072】
(比較コーティング1)
以下の特性(
図1を参照)を有するコーティングされたピストン(10)を市販業者から入手した。
【0073】
【0074】
(比較コーティング2)
以下の特性(
図2を参照)を有するコーティングされたプランジャ(20)を市販業者から入手した。
【0075】
【0076】
(比較コーティング3)
以下の特性(
図3を参照)を有するコーティングされたタペット(30)を市販業者から入手した。
【0077】
【0078】
(比較コーティング4)
以下の特性(
図4を参照)を有する第2のコーティングされたタペット(40)を、市販業者から入手した。
【0079】
【0080】
(実施例)
本発明の2つのコーティングを、以下に記載されるように調製した:
【0081】
【0082】
【0083】
より詳細には、SUS304 HSS基材上に、上記の表中の厚さでCrのシード層をスパッタリングし、その後CrW、次にWCの順に続く層をスパッタリングした。次いで、これらの中間層上に、FCVA装置を使用して多層機能性ta-Cコーティング(A用に4つ、B用に3つ)を析出させた。層の析出パラメータおよびヤング率および硬さは以下の通りであった:
【0084】
【0085】
【0086】
実施例1-硬さ
本発明のコーティングおよび比較コーティングの硬さを、最大負荷8mN、負荷/除荷速度16mN/分および30秒の休止を伴うナノインデンター(CSM NHT2)を使用して決定した。くぼみに対する力を示す荷重/除荷曲線から、各コーティングのビッカース硬さの値(HV)を決定した。これらの値を以下に示す。
【0087】
【0088】
示すように、本発明のコーティングは、比較の従来技術のコーティングと比較して優れた硬さの値を有していた。
【0089】
(実施例2-テーバー摩耗試験)
コーティングの耐摩耗性の指標として、以下の条件で、各コーティングに対してテーバー摩耗試験を実施した。
・機器:テーバーリニアアブレイザーTLA 5700
・アブラダント:CS-17Wearaser(登録商標)
・テスト荷重:1.5kg重
・サイクル速度:60サイクル/分
・ストローク長:15mm
【0090】
各コーティングが供されたサイクル数と、示されたサイクル数の終了時のコーティングの状態(許容可能または許容不可能)を以下に示す。
【0091】
【0092】
比較コーティング2および3の品質は、20,000サイクル未満の後では許容できなかった。比較コーティング1のコーティング状態は許容できるものとして記録されたが、このコーティングは50,000サイクルまで供されたのみであった。対照的に、本発明のコーティング(AおよびB)および比較コーティング4は、70,000サイクル後であっても、すべて許容可能であると見なされた。
【0093】
(実施例3-ボールクレーター摩耗試験)
コーティングの耐摩耗性のさらなる試験として、以下に説明するように、各コーティングをボールクレーターマシンを使用して摩耗試験に供した。
・機器:ボールクレーターマシン(CAT2)
・摩耗時間:400秒
・ボールの回転速度:300rpm
・ボール径:30mm
・サンプルの傾斜角25°
【0094】
試験の結果は次の通りであった:
【0095】
【0096】
(実施例4-ラマン分光法)
ラマン分光法を使用して、アモルファスカーボンコーティングのsp2とsp3との炭素原子の比率を示すことができる。測定されたラマン分光曲線を、100%sp3炭素含有量のサンプルのシミュレーション曲線と比較し得る。したがって、ID/IG比は、観測されたスペクトルと100%sp3炭素を含むコーティングについて予想されるスペクトルとの間の差異を示す。ID/IG比が高いほど、sp2炭素含有量が多いことを示す。
【0097】
【0098】
本発明のコーティングのゼロのID/IG比は、観察された曲線と100%のsp3炭素含有量を有するコーティングについてシミュレーションされた曲線との間の一致と相関している。したがって、本発明のコーティングにおいて、この方法を使用してsp3炭素は検出されなかった。対照的に、比較コーティングでは、ID/IG比が高いほど、DLCコーティングの特徴であるコーティングのsp2含有量が高くなることを示している。
【0099】
(実施例5-スクラッチ試験)
力を加えてコーティング表面に沿って付与されたスクラッチに対するそれらの耐性を決定するために、スクラッチ試験を各コーティングに対して行った。スクラッチ試験を、以下のパラメータで移動するダイヤモンド圧子/スタイラスを使用して行った。
・スタイラス材料:ダイヤモンド
・球形スタイラスチップ半径:200μm
・スタイラス形状:角度120°のロックウェルCジオメトリ
・最大負荷:60N
・負荷速度:40N/分
【0100】
各コーティングの臨界荷重(つまり、重大なコーティングの変形が最初に観察された荷重)を以下の表に示す。
【0101】
【0102】
表からわかるように、最大の臨界荷重をコーティングAで観察した。コーティングBの臨界荷重は、比較コーティング2および3と同等であったが、コーティングBの厚さは比較コーティングよりもはるかに薄いことが留意される。
【0103】
したがって、これらの知見に基づいて、本発明のコーティングは、同様の厚さの従来のコーティングと比較して、スクラッチに対する耐性が改善されることが期待される。
【0104】
(実施例6-Tribo試験)
繰り返される強力な振動運動下でのコーティングの耐摩耗性を決定するために、Bruker TriboLab Systemを使用してTribo試験を行った。Tribo試験は、相互の「ピンオンディスク」スライド試験であり、自動車エンジン内で発生し得る振動摩耗を模倣している。Tribo試験を、次のパラメータを使用して行った。
・相互スライド周波数:2Hz
・負荷力:500~1600N
・ピン(固定ボール)サイズ:直径1/4インチ(6.35mm)
【0105】
各コーティングが供された最大荷重と、得られる摩耗痕の寸法(幅と深さ)を以下に示す。
【0106】
【0107】
コーティングAは、最大荷重(1600N)で(幅と深さの両方の点で)最低の摩耗痕を示した。コーティングBの摩耗痕はコーティングAよりも少なかったものの、1600Nの荷重でも良好な耐摩耗性が示されている。比較コーティングは、1600N未満の最大負荷でかなりの摩耗痕があった。
【0108】
(実施例7-摩耗およびスカッフ試験)
コーティングの耐久性を、ミニベンチドリルを使用してドリルビットの代わりに短いパイプに対して試験した。
【0109】
摩耗試験では、パイプは外径6mm、内径4.5mmのSUS304ステンレス鋼のパイプであった。コーティングの層間剥離を記録した。
【0110】
スカッフ試験では、パイプは外径5mm、内径4mmのアルミパイプであった。コーティングの層間剥離またはコーティングへのアルミニウムのインサージョンを記録した。
【0111】
ドリルを2500rpmの速度でパイプを回転させるように設定した。負荷と掘削時間を変化させ、試験中の夕刻5分間にオイルを追加した。観察結果を以下の表に詳述する。
【0112】
【0113】
上記の実施例に示すように、本発明のコーティングは、比較コーティングと比較して、硬さ、臨界荷重、耐摩耗性、および耐スカッフ性を増大させることができる。
【0114】
(実施例8)
本発明のさらなるコーティングを、以下に記載のように調製した:
【0115】
【0116】
【0117】
コーティングCを試験したところ、高い硬さを示し、我々の内部サンドペーパー試験に合格した。500℃への2時間曝露の前後の両方ともに層間剥離がなかった。
【0118】
(実施例9)
本発明のさらなるコーティングを、以下に記載のように調製した:
【0119】
【0120】
【0121】
コーティングDを試験し、500℃への2時間曝露の前後の両方ともで我々の内部ハッチ試験に合格した。コーティングDをまた、1kg、60rpmおよび17mmに設定されたテーバーアブレイザーセットを用いたテーバー試験に供した。コーティングは、500℃への2時間曝露の前後の両方ともスクラッチがなく、この試験に合格した。
【0122】
したがって、本発明は、基材上の硬質コーティングおよびそれを調製するための方法を提供する。