(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-30
(45)【発行日】2023-09-07
(54)【発明の名称】Ni基熱間鍛造材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22F 1/10 20060101AFI20230831BHJP
B21J 5/00 20060101ALI20230831BHJP
B21J 1/02 20060101ALI20230831BHJP
C22C 19/05 20060101ALN20230831BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20230831BHJP
【FI】
C22F1/10 H
B21J5/00 B
B21J1/02 Z
C22C19/05 L
C22F1/00 604
C22F1/00 630A
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694B
(21)【出願番号】P 2019124069
(22)【出願日】2019-07-02
【審査請求日】2022-05-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001184
【氏名又は名称】弁理士法人むつきパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】大竹 拓至
(72)【発明者】
【氏名】岡島 琢磨
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-237884(JP,A)
【文献】特開2014-161861(JP,A)
【文献】特開2014-051698(JP,A)
【文献】国際公開第2015/151318(WO,A1)
【文献】特開2003-226950(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22F 1/10
B21J 5/00
B21J 1/02
C22C 19/05
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ni
3Nbの準安定相であるγ”相による強化機構を与えるNi-Cr-Fe系合金からなるNi基熱間鍛造材の製造方法であって、
γ”相ソルバス温度以上の温度でNi
3Nbの安定相であるδ相粒子を析出させておき、再結晶温度以上で、熱間鍛造し加熱保持して再結晶化させるにあたって前記δ相粒子で再結晶粒の粒径成長を抑制させる鍛造・再結晶化工程を含み、
前記鍛造・再結晶化工程に先立って、前記γ”相ソルバス温度以下の温度でγ”相粒子を析出させて、前記δ相粒子の析出を制御する析出制御工程を含むことを特徴とするNi基熱間鍛造材の製造方法。
【請求項2】
前記δ相粒子は、前記γ”相粒子を核に
結晶粒内に析出
することを特徴とする請求項1記載のNi基熱間鍛造材の製造方法。
【請求項3】
前記δ相粒子を断面面積率で5%以上としてから熱間鍛造することを特徴とする請求項
1又は2記載のNi基熱間鍛造材の製造方法。
【請求項4】
前記γ”相粒子は100nm以上の平均粒径で与えられることを特徴とする請求項3記載のNi基熱間鍛造材の製造方法。
【請求項5】
前記析出制御工程に先だって、溶体化のための高温熱処理工程を含むことを特徴とする請求項1乃至4のうちの1つに記載のNi基熱間鍛造材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ni3Nbの準安定相であるγ”相による強化機構を与えるNi-Cr-Fe系合金からなるNi基熱間鍛造材の製造方法に関し、特に、微細な再結晶粒を維持し高い機械強度を有するNi基熱間鍛造材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高温での機械強度に優れたNi基合金として、母相であるγ相中に正方晶のNi3Nbの準安定相であるγ”(ガンマダブルプライム)相を析出させ、その界面整合歪みによる強化機構を利用したNi基合金、例えば、インコネル718(商品名)などが知られている。このようなオーステナイト相を母相とするNi基合金では、相変態による結晶粒径の微細化ができない。そこで、再結晶温度以上で熱間鍛造し加熱保持することで再結晶化を促進させる一方、その再結晶粒の成長を抑制させて微細な結晶粒を維持し高い機械強度を得ようとするNi基熱間鍛造材の製造方法が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1では、再結晶化を利用して細粒のNi基熱間鍛造材を製造しようとする方法が開示されている。まず、Nbを含有するNi基合金からなる熱間鍛造材に、900℃以上の所定温度で熱処理を行ってNi3Nbからなるδ相を母相に析出させておく。その後、900℃よりも低い温度で所定の鍛錬比以上で仕上げ鍛造を行ってδ相の切断片を母相に分散させる。そして、固溶化処理で仕上げ鍛造の加工歪みを除去しつつ再結晶化による再結晶粒を得るとともに、その成長はδ相でピン止めされる。これによれば、ASTM E112で規定する結晶粒度が平均値で#7以上であり、かつ最大値が#4以上のNi基合金材を製造できるとしている。
【0004】
また、特許文献2でも、δ相による再結晶粒の成長のピン止め効果を利用した細粒のNi基合金材を製造する方法を開示している。予めδ相を針状に析出させるδ相析出処理を行った後、920~1025℃未満で1~36hr加熱して、析出した針状δ相の分断を伴って部分的に固溶させδ相の形状及び析出量を調整する。その後、再結晶温度以上で所定量の打撃を加える自由鍛造、及び再加熱を繰り返すとしている。ここでは、δ相の形状及び析出量を調整し、δ相を球状化し且つ微細化することで、再結晶粒の成長のピン止め効果をより高めることができ、結晶粒度を平均値で#8以上にできるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2003-226950号公報
【文献】特開2014-161861号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
微細な結晶粒を維持するために、針状のδ相を球状化し且つ微細化する調整熱処理の工程は時間を要し、結果として、製造コストを上昇させる。また、調整熱処理によるδ相の形状によっては、特に、板状になってしまうと、破壊靱性が低下してしまう。更に、強化相としてのγ”相も正方晶のNi3Nbの準安定相であるから、δ相が過剰に残留するとγ”相を十分に析出させることができなくなって、機械強度を高めることができない。
【0007】
本発明は、以上のような状況に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、Ni3Nbからなるγ”相による強化機構を利用し、微細な再結晶粒を維持し高い機械強度を有するNi基熱間鍛造材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によるNi基熱間鍛造材の製造方法は、Ni3Nbの準安定相であるγ”相による強化機構を与えるNi-Cr-Fe系合金からなるNi基熱間鍛造材の製造方法であって、γ”相ソルバス温度以上の温度でNi3Nbの安定相であるδ相粒子を析出させておき、再結晶温度以上で、熱間鍛造し加熱保持して再結晶化させるにあたって前記δ相粒子で再結晶粒の粒径成長を抑制させる鍛造・再結晶化工程を含み、前記鍛造・再結晶化工程に先立って、前記γ”相ソルバス温度以下の温度でγ”相粒子を析出させて、前記δ相粒子の析出を制御する析出制御工程を含むことを特徴とする。
【0009】
かかる発明によれば、鍛造・再結晶化工程に先立つ析出制御工程でγ”相粒子を析出させることでδ相粒子の析出を制御し得て再結晶粒の成長を効果的に抑制して微細な結晶粒を維持できる。この微細な再結晶粒によって、その後のγ”相による強化機構を利用することで高い機械強度を付与できる。
【0010】
上記した発明において、前記δ相粒子は、前記γ”相粒子を核に析出し、主として結晶粒内に与えられることを特徴としてもよい。かかる発明によれば、δ相粒子を微細に分散析出させ得て、容易に微細な再結晶を維持できる。
【0011】
上記した発明において、前記δ相粒子を断面面積率で5%以上としてから熱間鍛造することを特徴としてもよい。かかる発明によれば、微細な再結晶粒の維持を容易にする。
【0012】
上記した発明において、前記γ”相粒子は100nm以上の平均粒径で与えられることを特徴としてもよい。かかる発明によれば、δ相粒子の析出の制御を容易とし得る。
【0013】
上記した発明において、前記析出制御工程に先だって、溶体化のための高温熱処理工程を含むことを特徴としてもよい。かかる発明によれば、制御工程におけるγ”相粒子の性出を容易に制御でき、結果として微細な再結晶粒を維持できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明によるNi基熱間鍛造材の製造方法の一実施例を示すフロー図である。
【
図2】δ相粒子及びγ”相粒子の結晶中に析出する様子を示す図である。
【
図3】(a)従来法による熱処理線図及び(b)本実施例における製造方法による熱処理線図である。
【
図4】製造試験において3時間保持してδ相粒子を析出させた断面組織の(a)比較例及び(b)実施例のSEM写真である。
【
図5】製造試験において10時間保持してδ相粒子を析出させた断面組織の(a)比較例及び(b)実施例のSEM写真である。
【
図6】製造試験において36時間保持してδ相粒子を析出させた断面組織の(a)比較例及び(b)実施例のSEM写真である。
【
図7】δ相粒子の断面面積率の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明による1つの実施例としてのNi-Cr-Fe系合金からなるNi基熱間鍛造材の製造方法について、
図1に沿って
図2及び
図3を参照しつつ説明する。
【0016】
ここで対象とするNi-Cr-Fe系合金は、少なくともNbを含み、主として、Ni3Nbからなるγ”相を強化相とする強化機構を与えられる成分組成を有する合金である。例えば、最終的な製品形状に加工された後に時効熱処理によってγ”相粒子を析出させることで、部材として要求される機械強度を確保する。このようなNi-Cr-Fe系合金としては、例えば、Alloy718、Alloy718plus、Alloy706、Alloy625、FX550などが挙げられる。
【0017】
Alloy718について、その成分組成について例示すると、以下の通りである。すなわち、質量%で、Ni:50~55%、Cr:17~21%、Al:0.2~0.8%、Ti:0.6~1.2%、Nb:4.7~5.6%、Mo:2.8~3.3%、Co:1.0%以下、残部Fe、且つ、元素Mの含有量を[M]質量%として、[C]+[Si]+[Mn]+[P]+[S]+[Cu]+[B]+[Mg]を1.1%以下とする成分組成である。
【0018】
図1に示すように、まず、上記したNi-Cr-Fe系合金を用いた合金塊を準備する(S1)。例えば、真空アーク溶解炉で合金を溶製し、その鋳塊を分塊鍛造するなどして所定の寸法を有する合金塊を得る。
【0019】
次いで、必要に応じて、高温熱処理をする(S2)。高温熱処理では、合金塊を溶体化させて金属間化合物を固溶させるなどするとともに、分塊鍛造で生じた歪みの除去や結晶粒の整細粒化などが行われる。なお、高温化熱処理する場合はその後の冷却速度に制限はなく、冷却により到達させる温度にも制限はなく、適宜設定し得る。つまり、室温まで冷却であっても、後続の工程の保持温度までの冷却であってもよい。
【0020】
次いで、必要に応じて合金塊の粗鍛造を行う(S3)。後続の工程において結晶粒を微細化するため、この工程の終了後には、結晶粒度番号が-2以上であることが好ましい。例えば、この段階で結晶粒度番号が5以下であれば、本実施例によって結晶粒を微細化させ得る。
【0021】
ところで、上記したγ”相を強化相とする強化機構を用いる製造方法において、δ相粒子を析出させておいて、熱間鍛造し、再結晶粒の粒径成長を抑制させる方法が知られている。このような方法の場合は、次にδ相粒子を析出させる工程とすることが一般的である。
【0022】
これに対して、本実施例では、δ相粒子析出(S5a)工程に先立ってγ”相粒子を析出させる析出制御工程を設けた(S4)。ここでは、γ”相ソルバス温度以下の温度でNi3Nbの準安定相であるγ”相粒子を析出させる(S4a)。例えば、同温度は800~900℃の範囲で適宜設定され得る。後述するように、後のδ相粒子析出工程(S5a)工程におけるδ相粒子の析出は、本工程で析出したγ”相粒子によって制御される。
【0023】
次いで、δ相粒子析出(S5a)工程を含む鍛造・再結晶化(S5)工程を進める。まず、δ相粒子析出(S5a)工程では、γ”相ソルバス温度以上且つδ相ソルバス温度以下の温度に加熱し、Ni3Nbの安定相であるδ相粒子を析出させる。例えば、900~1100℃の範囲で適宜設定され得る。そして、熱間鍛造(S5b)の工程では、再結晶温度以上で仕上鍛造を行って、析出したδ相粒子を分断し微細化させるとともに、合金塊に加工歪みを蓄積させる。そして、再結晶(S5c)工程では、再結晶温度で加熱保持する。すると、熱間鍛造(S5b)で蓄積された加工歪みによって再結晶が促され結晶粒を微細化させ得る。このとき、δ相粒子で再結晶粒の粒径成長を抑制させて、得られるNi基熱間鍛造材の結晶粒を微細に維持する。
【0024】
ここで、
図2(a)を併せて参照すると、上記した析出制御(S4)工程のない従来法の場合、まず、所定の温度に加熱保持して粒界1を有する結晶粒a1にδ相粒子を析出させると、結晶粒a2のように粒界1に沿ってδ相粒子3が析出して、粒界1から粒内に向けて伸びてゆく。結晶粒a3のように粒内までδ相粒子3を伸ばすにはそれなりの保持時間を必要とする。
【0025】
一方、析出制御(S4)工程のある本実施例の方法の場合、メカニズムについては定かではないものの、本発明者が以下のように推測した。すなわち、
図2(b)に示すように、まず粒界1を有する結晶粒b1にγ”相ソルバス温度以下の温度に加熱保持してγ”相粒子を析出させると、結晶粒b2のように粒内にγ”相粒子2が分散析出する。さらに、γ”相ソルバス温度以上の温度に加熱保持してδ相粒子を析出させると、結晶粒b3のようにδ相粒子3が粒内から析出する。これは、γ”相粒子2を析出核としてδ相粒子3が析出するためであると考えられる。
【0026】
このように、本実施例による結晶粒b3では、結晶粒b2の粒内からδ相粒子を析出させるため、小さなδ相粒子3であっても結晶粒b3の粒内の全域に分散される。そのため、本実施例によれば、従来法による結晶粒a3に比べて小さなδ相粒子3を得られればよく、小さなδ相粒子3を得るためのδ相粒子析出(S5a)工程では短時間の処理とし得る。
【0027】
例えば、
図3(a)に示すように、従来法であれば、δ相粒子を析出させる処理において、γ”相ソルバス温度以上の温度T2で時間H2の保持によってδ相粒子を析出させて、δ相粒子を粒内まで成長させていた。例えば、Alloy718を用いた場合、温度T2を915℃としたとき、粒内まで十分δ相粒子を成長させるためには時間H2を36時間とする必要があった。
【0028】
これに対して、
図3(b)に示すように、本実施例の方法では、γ”相粒子析出(S4a)工程においてはγ”相ソルバス温度以下の温度T1で時間H1の保持によってγ”相粒子を析出させる。δ相粒子析出(S5a)工程では、γ”相ソルバス温度以上の温度T2で時間H2’の保持によってδ相粒子を析出させる。同様に、例えば、Alloy718を用いた場合、温度T1を870℃、温度T2を915℃として、時間H1を10時間、時間H2’を10時間とし得る。つまり、少なくとも保持時間の合計では従来法よりも短時間とし得る。
【0029】
また、δ相粒子3を比較的小さくすることで、熱間鍛造(S5b)工程では、δ相粒子をより小さな粒子に分断できて、より細かくて均一な分散とさせ得る。その結果、再結晶(S5c)工程では、δ相粒子のピン止め効果を効率よく得て、再結晶粒子の成長をより強く抑制し得る。
【0030】
以上のようにして、本実施例におけるNi基熱間鍛造材を得ることができる。
【0031】
なお、Ni基熱間鍛造材は、この後、必要に応じて機械加工され、時効処理によってγ”相を析出されて強化されることになるが、これについては公知であるため詳述しない。
【0032】
また、析出制御(S4)工程において析出させるδγ”相粒子は100nm以上の平均粒径を有することが好ましく、これによって、δ相粒子析出(S5a)工程においてδ相粒子を結晶粒内で析出させ易くし得る。
【0033】
また、鍛造・再結晶化(S5)工程の熱間鍛造(S5b)工程前において、δ相粒子は断面面積率で5%以上であることが好ましく、8%以上がより好ましく、15%以上が一層好ましい。これによって再結晶(S5c)工程で再結晶粒の成長を抑制するピン止め効果をより高くして結晶粒を細かく維持し得る。
【0034】
[製造試験]
次に、上記した製造方法によってNi基熱間鍛造材の製造試験を行った結果について、
図1、
図4~
図6を用いて説明する。
【0035】
本試験においては、Ni-Cr-Fe系合金としてAlloy718を用いた。用いた合金の成分組成は、質量%で、Ni:53.6%、Cr:18.18%、Nb:5.48%、Mo:2.92%、Ti:0.98%、Al:0.41%、C:0.02%、B:0.0007%、Mg:0.0006%(残部Fe)であった。
【0036】
図1を参照すると、かかる合金を用いて、合金塊準備(S1)、高温熱処理(S2)、及び、粗鍛造(S3)の各工程を経て得た合金塊から10mm×10mm×5mmの寸法を有する複数の試験片を切り出した。そして、複数の試験片のうち、一部を実施例として析出制御(S4)工程によってγ”相粒子を析出させ、残りの一部については比較例としてそのまま次の工程へ進めた。なお、高温熱処理(S2)工程では1050℃で4時間保持し、析出制御(S4)工程では870℃で10時間保持した。
【0037】
次いで、実施例及び比較例の試験片それぞれについて、δ相粒子析出(S5a)工程によってδ相粒子を析出させた。δ相粒子析出(S5a)工程では、保持温度を915℃とし、実施例及び比較例の両者に対して1時間、3時間、10時間、29時間、36時間、100時間の6通りの保持時間とした。各試験片については、断面を研磨し電解エッチングして、SEM(走査型電子顕微鏡)によって観察し組織写真を撮影した。また、断面を研磨し化学エッチングして撮影したSEM観察写真について画像解析してδ相粒子の断面面積率を測定した。また、併せてビッカース硬さも測定した。なお、実施例及び比較例に用いたものと同一の成分組成で同一の処理をした試験片のそれぞれについて、加熱保持前のδ相粒子の断面面積率も測定し、0時間の保持時間として記録した。
【0038】
図4に示すように、保持時間を3時間とした場合、比較例(a)ではδ相粒子が粒界のみで析出し、粒界から粒内に向けて針状に成長し始めている様子が観察された。δ相粒子の成長は部分的であり、成長するδ相粒子の到達していない部分が粒内に多く観察された。これに対して、実施例(b)では、粒界にδ相粒子の析出が観察される一方、粒内にもδ相粒子の析出が観察された。δ相粒子の断面面積率は、比較例で4%、実施例で9%であった。硬さについては、比較例では178HVであり、実施例ではこれより硬く187HVであった。つまり、δ相粒子の晶出及び成長は実施例の方が速いと言える。なお、実施例については、析出制御(S4)工程でのγ”相粒子の析出によって一旦は硬くなるが、δ相粒子析出(S5a)工程でγ”相ソルバス温度以上の温度で1時間も保持すればγ”相粒子を全て固溶させる。よって、実施例の硬さについて、γ”相粒子の残存によるものとは考えられない。
【0039】
図5に示すように、保持時間を10時間とした場合、比較例(a)ではδ相粒子の成長による粒内への到達は未だ部分的であり、δ相粒子の到達していない部分が粒内に多く観察された。これに対して実施例(b)では、δ相粒子が成長して粒内のほぼ全域に到達した様子が観察された。δ相粒子の断面面積率は、比較例で5%、実施例で19%であった。硬さについては、比較例では183HVで、実施例では225HVとさらに硬かった。
【0040】
図6に示すように、保持時間を36時間とした場合、比較例(b)では、δ相粒子が成長して粒内のほぼ全域に到達した様子が観察された。実施例(b)では、δ相粒子の成長が過剰であるように観察された。δ相粒子の断面面積率は、比較例で19%と保持時間を10時間とした実施例と同等であり、実施例では22%であった。硬さについては、比較例では229HVで、実施例では234HVとさらに硬かった。
【0041】
図7に示すように、保持時間を0~100時間まで変えたときのδ相粒子の断面面積率は、実施例及び比較例の両者ともに短時間側で急速に増加し、その後の緩やかに増加した。比較例では20時間までδ相粒子の断面面積率を10%未満としたのに対し、実施例では10時間で15%を超えた。
【0042】
以上のように、析出制御(S4)工程によってγ”相粒子を予め析出させてからδ相粒子を析出させた実施例によれば、従来法による比較例に対して、短い時間でδ相粒子を十分成長させ得ることが判った。なお、従来法ではδ相粒子の析出のための加熱保持において、保持時間を36時間必要とした。これに対し、上記した実施例によれば、δ相粒子析出(S5a)工程における保持時間は10時間で足り、熱間鍛造(S5b)工程、再結晶(S5c)工程を経て得られるNi基熱間鍛造材の結晶粒を微細に維持するために十分であると判断された。
【0043】
なお、Ni3Nbの準安定相であるγ”相による強化機構を与えるNi-Cr-Fe系合金であれば、Ni3Nbの安定相であるδ相粒子を析出させ得るから、本実施例と同様に鍛造・再結晶化(S5)工程のδ相粒子析出(S5a)工程に先立って析出制御(S4)工程でγ”相粒子を析出させて、同様にNi基熱間鍛造材を得ることができる。つまり、上記したAlloy718以外のγ”相による強化機構を与えるNi-Cr-Fe系合金、例えば、Alloy718plus、Alloy706、Alloy625、FX550などの合金であっても本実施例と同様である。
【0044】
以上、本発明の代表的な実施例を説明したが、本発明は必ずしもこれらに限定されるものではなく、当業者であれば、本発明の主旨又は添付した特許請求の範囲を逸脱することなく、種々の代替実施例及び改変例を見出すことができるであろう。
【符号の説明】
【0045】
1 結晶粒
2 γ”相粒子
3 δ相粒子
S4 析出制御(工程)
S5 鍛造・再結晶化(工程)