(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-30
(45)【発行日】2023-09-07
(54)【発明の名称】海生生物及びスライムの付着防止方法、付着防止剤及び付着防止用キット
(51)【国際特許分類】
C02F 1/50 20230101AFI20230831BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20230831BHJP
A01N 33/04 20060101ALI20230831BHJP
A01P 17/00 20060101ALI20230831BHJP
A01N 59/08 20060101ALI20230831BHJP
A01N 41/06 20060101ALI20230831BHJP
A01N 33/12 20060101ALI20230831BHJP
【FI】
C02F1/50 532E
C02F1/50 510C
C02F1/50 520F
C02F1/50 520K
C02F1/50 531L
C02F1/50 531M
C02F1/50 531P
C02F1/50 532D
C02F1/50 532H
C02F1/50 532J
C02F1/50 540B
C02F1/50 550C
C02F1/50 510E
A01P3/00
A01N33/04
A01P17/00
A01N59/08 A
A01N41/06 Z
A01N33/12 101
(21)【出願番号】P 2020532357
(86)(22)【出願日】2019-07-19
(86)【国際出願番号】 JP2019028487
(87)【国際公開番号】W WO2020022217
(87)【国際公開日】2020-01-30
【審査請求日】2022-07-13
(31)【優先権主張番号】P 2018137516
(32)【優先日】2018-07-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000154727
【氏名又は名称】株式会社片山化学工業研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】505112048
【氏名又は名称】ナルコジャパン合同会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】弁理士法人WisePlus
(72)【発明者】
【氏名】太田 文清
【審査官】山崎 直也
(56)【参考文献】
【文献】特開昭54-161592(JP,A)
【文献】特開2003-329389(JP,A)
【文献】特許第2685351(JP,B2)
【文献】特許第3446867(JP,B2)
【文献】特開2012-056874(JP,A)
【文献】特開2012-115720(JP,A)
【文献】特開平10-277560(JP,A)
【文献】特開2003-206205(JP,A)
【文献】特開2016-203155(JP,A)
【文献】特開2017-213549(JP,A)
【文献】特開2004-275970(JP,A)
【文献】特開2003-320968(JP,A)
【文献】特開2015-212248(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C02F 1/50
C02F 1/70- 1/78
A01P 1/00-23/00
A01N 1/00-65/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
海水冷却水系への海生生物及びスライムの付着防止方法であって、
一般式(I)で表される脂肪族
第四級アンモニウム塩及び一般式(II)で表されるN-モノ置換アルキレンジアミンの少なくとも一方を有する第一薬剤と、
塩素剤、臭素剤及び二酸化塩素からなる群より選択される少なくとも一種を有する第二薬剤と、
を前記海水冷却水系の海水に添加する
ものであり、
海水中の第一薬剤の濃度が、0.001~0.3mg/Lとなるように海水冷却水系の海水に第一薬剤を添加する
ことを特徴とする海生生物及びスライムの付着防止方法。
【化1】
(式(I)において、Rは炭素数10~20の飽和又は不飽和の直鎖状脂肪族炭化水素基であり、R
1及びR
3は炭素数1~4のアルキル基、R
2はRと同じか又は炭素数1~4のアルキル基であり、XはCl、Br、I、メチルサルフェート、エチルサルフェート又はパラトルエンスルホネートである。)
R-NH-(CH
2)
nNH
2 (II)
(式(II)において、Rは炭素数10~20の飽和又は不飽和の直鎖状脂肪族炭化水素基であり、nは1~4の整数である。)
【請求項2】
第一薬剤を、1日当たり少なくとも12時間、
海水冷却水系の海水に添加することを含む請求項1に記載の海生生物及びスライムの付着防止方法。
【請求項3】
海水中の第二薬剤の濃度が、0.002~3.0mg/Lとなるように1日当たり少なくとも1時間、海水冷却水系の海水に第二薬剤を添加することを含む請求項1又は2に記載の海生生物及びスライムの付着防止方法。
【請求項4】
第二薬剤における塩素剤又は臭素剤は、
(a)塩素ガス、次亜塩素酸カルシウム、次亜塩素酸ナトリウム、塩素化イソシアヌル酸、ジクロロイソシアヌル酸ナトリウム、ジクロロイソシアヌル酸カリウム、モノクロロイソシアヌル酸ナトリウム、モノクロロイソシアヌル酸カリウム、トリクロロイソシアヌル酸ナトリウム及びトリクロロイソシアヌル酸カリウムの中から選択される一種以上の水中で次亜塩素酸を生成する物質、
(b)次亜臭素酸ナトリウム、臭化ナトリウムと次亜塩素酸ナトリウムとの反応物及び臭素水から選択される一種以上の水中で次亜臭素酸を生成する物質、
(c)海水電解液、又は
(d)モノクロラミン、ジクロラミン、トリクロラミン、モノブロラミン、ジブロラミン、トリブロラミン、N-クロロスルファマート及びN-ブロモスルファマートから選択される一種以上の結合塩素または結合臭素
である請求項1、2又は3に記載の海生生物及びスライムの付着防止方法。
【請求項5】
請求項1、2、3又は4に記載の海生生物及びスライムの付着防止方法に使用される海生生物及びスライムの付着防止剤であって、
一般式(I)で表される脂肪族
第四級アンモニウム塩及び一般式(II)で表されるN-モノ置換アルキレンジアミンの少なくとも一方と、
塩素剤、臭素剤及び二酸化塩素からなる群から選択される少なくとも一種と、
を有効成分として含有する海生生物及びスライムの付着防止剤。
【化2】
(式(I)において、Rは炭素数10~20の飽和又は不飽和の直鎖状脂肪族炭化水素基であり、R
1及びR
3は炭素数1~4のアルキル基、R
2はRと同じか又は炭素数1~4のアルキル基であり、XはCl、Br、I、メチルサルフェート、エチルサルフェート又はパラトルエンスルホネートである。)
R-NH-(CH
2)
nNH
2 (II)
(式(II)において、Rは炭素数10~20の飽和又は不飽和の直鎖状脂肪族炭化水素基であり、nは1~4の整数である。)
【請求項6】
請求項1、2、3又は4に記載の海生生物及びスライムの付着防止方法に使用される海生生物及びスライムの付着防止用キットであって、
一般式(I)で表される脂肪族
第四級アンモニウム塩及び一般式(II)で表されるN-モノ置換アルキレンジアミンの少なくとも一方を有する第一薬剤と、
塩素剤、臭素剤及び二酸化塩素からなる群より選択される少なくとも一種を有する第二薬剤と、
を含む海生生物及びスライムの付着防止用キット。
【化3】
(式(I)において、Rは炭素数10~20の飽和又は不飽和の直鎖状脂肪族炭化水素基であり、R
1及びR
3は炭素数1~4のアルキル基、R
2はRと同じか又は炭素数1~4のアルキル基であり、XはCl、Br、I、メチルサルフェート、エチルサルフェート又はパラトルエンスルホネートである。)
R-NH-(CH
2)
nNH
2 (II)
(式(II)において、Rは炭素数10~20の飽和又は不飽和の直鎖状脂肪族炭化水素基であり、nは1~4の整数である。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海生生物等の付着防止方法、海生生物等の付着防止剤及び海生生物等の付着防止用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
冷却水として海水を使用する発電所、製鉄所、石油化学プラントなどは、波浪などを避けるために、内海や湾内に面した所に多く建設されている。内海や湾内において海水を取水すると、海水中に生息するムラサキイガイ、フジツボ、コケムシ、ヒドロ虫などの海生生物やスライム等が、海水取水路、配管や導水路、熱交換器や復水器細管などの通水路に付着し、様々な障害を引き起こす。例えば、付着した海生生物等は、成長して熱交換器チューブ等の導水路を閉塞させて海水の通水を阻害し、また乱流を生じさせ、エロージョン腐食等の障害を引き起こす。また、付着した海生生物等が水圧や流速等によりはぎ取られることによっても、熱交換器のチューブやストレーナーの閉塞を引き起こし、海水の通水を阻害し、熱交換器本来の機能の低下を引き起こす。
なお、上記海生生物の通常の付着繁殖期は、4~10月頃と言われているが、海水温が高くなったり、外来種の流入等により冬季でも繁殖して、上述のような障害を引き起こす。
【0003】
上記海生生物種の着生(付着)を防止するために、従来から次亜塩素酸ナトリウム、電解塩素もしくは塩素ガスなどの塩素発生剤(「塩素剤」ともいう)、過酸化水素もしくは過酸化水素発生剤(「過酸化水素剤」ともいう)の添加が行われている(特許文献1及び特許文献2)。
【0004】
また、例えば、特許文献3には、二酸化塩素または二酸化塩素発生剤を有効成分とする水中付着生物防除剤に関する技術が、特許文献4には、淡水または海水を使用する施設に設置された淡水または海水を通す水路に、二酸化塩素水溶液を連続的もしくは比較的高濃度の二酸化塩素水溶液を間欠的に注入することからなる、水路に付着する生物の付着防止または防除方法に関する技術が開示されている。
ここで用いられる二酸化塩素は、殺菌力が強く、トリハロメタンのような化合物を形成しないため、環境への影響が小さいという利点がある。
しかしながら、二酸化塩素は化学物質として極めて不安定であり、海生生物の付着防止効果の持続性に問題がある。
また、本出願人は、二酸化塩素と過酸化水素とを併用する海生生物の付着防止方法およびそれに用いる付着防止剤を提案している(特許文献5)。
【0005】
また、例えば、特許文献6等には、海水淡水化装置等に利用されるRO膜の劣化を引き起こすことなく、バイオファウリング障害を防止することができるスライムコントロール剤として、クロロスルファミン酸ナトリウム等の安定化塩素剤やブロモスルファミン酸ナトリウム等の安定化臭素剤が提案されている。
【0006】
また、安全性の高い海生付着生物の付着防止剤として、第四級アンモニウム化合物や高級脂肪族アミン化合物も提案されている(特許文献7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平11-37666号公報
【文献】特公昭61-2439号公報
【文献】特開平1-275504号公報
【文献】特開平6-153759号公報
【文献】特許第5879596号公報
【文献】特開2006-263510号公報
【文献】特許第2634958号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
海生生物の付着防止において、環境への影響を考慮して塩素剤や臭素剤等のハロゲン系薬剤の使用を避ける動きがある中、現状では旧来のプラント設備を使用するため塩素剤や臭素剤を使用せざるを得ない場合がある。
このような状況の中で、塩素剤や臭素剤等のハロゲン系薬剤の使用量を低減しつつ、優れた海生生物及びスライムの付着防止効果を発揮し得る海生生物等の付着防止方法の開発が望まれている。
また、第四級アンモニウム塩や高級脂肪族アミン化合物の薬剤は比較的高価であり、高濃度や多量の薬剤の添加は経済的に好ましくなく、安価な方法が望まれている。
【0009】
本発明は、塩素剤や臭素剤等のハロゲン系薬剤と、二酸化塩素の使用量を低減しつつ、また、脂肪族第四級アンモニウム塩及びN-モノ置換アルキレンジアミンの使用量を低減しつつ、両者の効果を長期間持続させ、しかも広範な海生生物種やスライムの付着を防止し得る海生生物等の付着防止方法、及び、それに用いる付着防止剤及び付着防止用キットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の発明者は、脂肪族四級アンモニウム塩及びN-モノ置換アルキレンジアミンの少なくとも一方を有する第一薬剤と、塩素剤、臭素剤及び二酸化塩素からなる群より選択される少なくとも一種を有する第二薬剤と、を併用することにより、ムラサキイガイなどのイガイ類及びフジツボ類を含む広範な海生生物種の付着、及び、スライムの付着を有効に防止し得ること、さらには従来技術の脂肪族四級アンモニウム塩及びN-モノ置換アルキレンジアミンのいずれか一方の単独使用、及び、塩素剤、臭素剤及び二酸化塩素からなる群より選択される少なくとも一種の単独使用と比較して、薬剤添加量を低減させても海生生物やスライムの有効な付着防止効果が充分に得られることを見い出し、本発明を完成するに到った。
【0011】
すなわち、本発明は、海水冷却水系への海生生物及びスライムの付着防止方法であって、一般式(I)で表される脂肪族四級アンモニウム塩及び一般式(II)で表されるN-モノ置換アルキレンジアミンの少なくとも一方を有する第一薬剤と、塩素剤、臭素剤及び二酸化塩素からなる群より選択される少なくとも一種を有する第二薬剤と、を前記海水冷却水系の海水に添加することを特徴とする海生生物
及びスライムの付着防止方法である。
【化1】
(式(I)において、Rは炭素数10~20の飽和又は不飽和の直鎖状脂肪族炭化水素基であり、R
1及びR
3は炭素数1~4のアルキル基、R
2はRと同じか又は炭素数1~4のアルキル基であり、XはCl、Br、I、メチルサルフェート、エチルサルフェート又はパラトルエンスルホネートである。)
R-NH-(CH
2)
nNH
2 (II)
(式(II)において、Rは炭素数10~20の飽和又は不飽和の直鎖状脂肪族炭化水素基であり、nは1~4の整数である。)
また、本発明の海生生物
及びスライムの付着防止方法では、海水中の第一薬剤の濃度が、0.001~0.3mg/Lとなるように1日当たり少なくとも12時間、第一薬剤を海水冷却水系の海水に添加することが好ましい。
また、海水中の第二薬剤の濃度が、0.002~3.0mg/Lとなるように1日当たり少なくとも1時間、第二薬剤を海水冷却水系の海水に添加することが好ましい。
また、上記第二薬剤における塩素剤又は上記臭素剤は、(a)塩素ガス、次亜塩素酸カルシウム、次亜塩素酸ナトリウム、塩素化イソシアヌル酸、ジクロロイソシアヌル酸ナトリウム、ジクロロイソシアヌル酸カリウム、モノクロロイソシアヌル酸ナトリウム、モノクロロイソシアヌル酸カリウム、トリクロロイソシアヌル酸ナトリウム及びトリクロロイソシアヌル酸カリウムの中から選択される一種以上の水中で次亜塩素酸を生成する物質、(b)次亜臭素酸ナトリウム、臭化ナトリウムと次亜塩素酸ナトリウムとの反応物及び臭素水から選択される一種以上の水中で次亜臭素酸を生成する物質、(c)海水電解液、又は、(d)モノクロラミン、ジクロラミン、トリクロラミン、モノブロラミン、ジブロラミン、トリブロラミン、N-クロロスルファマート及びN-ブロモスルファマートから選択される一種以上の結合塩素または結合臭素、であることが好ましい。
【0012】
また、本発明は、上記海生生物及びスライムの付着防止方法に使用される海生生物及びスライムの付着防止剤であって、上記一般式(I)で表される脂肪族四級アンモニウム塩及び上記一般式(II)で表されるN-モノ置換アルキレンジアミンの少なくとも一方と、塩素剤、臭素剤及び二酸化塩素からなる群から選択される少なくとも一種と、を有効成分として含有する海生生物及びスライムの付着防止剤でもある。
【0013】
また、本発明は、上記海生生物及びスライムの付着防止方法に使用される海生生物及びスライムの付着防止用キットであって、上記一般式(I)で表される脂肪族四級アンモニウム塩及び上記一般式(II)で表されるN-モノ置換アルキレンジアミンの少なくとも一方を有する第一薬剤と、塩素剤、臭素剤及び二酸化塩素からなる群より選択される少なくとも一種を有する第二薬剤と、を含有する海生生物及びスライムの付着防止用キットでもある。
【発明の効果】
【0014】
本発明の海生生物等の付着防止方法、及び、この付着防止方法に使用するための海生生物等の付着防止剤及び付着防止用キットによれば、広範な海生生物種(例えば、ムラサキイガイなどのイガイ類やフジツボ類、コケムシ類の海生生物)やスライムの付着を防止することができる。
さらに、本発明の海生生物等の付着防止方法、及び、この付着防止方法に使用するための海生生物等の付着防止剤及び付着防止用キットによれば、上記一般式(I)で表される脂肪族第四級アンモニウム塩及び上記一般式(II)で表されるN-モノ置換アルキレンジアミンの少なくとも一方を有する第一薬剤の使用量、及び、塩素剤や臭素剤等のハロゲン系薬剤及び二酸化塩素からなる群より選択される少なくとも一種を有する第二薬剤の使用量を、それぞれ第一薬剤又は第二薬剤を単独で使用する場合よりも、低減しつつ、第一薬剤及び第二薬剤の両者の効果を持続させることができる。
また、発電所などでは、海水生物の付着防止効果を得るために、取水した海水に塩素剤または臭素剤を添加しているが、排水の残留塩素の濃度規制により、充分な塩素剤または臭素剤の添加ができず、熱交換器(復水器)で必要な塩素または臭素濃度を残留させることができず、充分な海水生物の付着防止効果が得られないことがある。そこで、本発明によれば、このような海水系に上記脂肪族四級アンモニウム塩及びN-モノ置換アルキレンジアミンの少なくとも一方を含む第一薬剤を添加することで、上記の残留塩素の濃度規制内においても充分な海水生物の付着防止効果を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(海生生物等の付着防止方法)
本発明の海生生物等の付着防止方法は、上記一般式(I)で表される脂肪族第四級アンモニウム塩及び上記一般式(II)で表されるN-モノ置換アルキレンジアミンの少なくとも一方を有する第一薬剤と、塩素剤、臭素剤及び二酸化塩素からなる群より選択される少なくとも一種を有する第二薬剤と、を海水冷却水系の海水に添加することを特徴とする。
なお、上記第一薬剤及び第二薬剤は、海水冷却水系の海水中で海生生物の付着防止及びスライム付着防止が両立する濃度となるように添加されることが好ましい。また、上記第一薬剤及び第二薬剤は、同じ時間帯又は別の時間帯に、同一場所又は異なる場所に添加することができる。
【0016】
本明細書において使用される「海水冷却水系」は、一又は複数の実施形態において、例えば、取水系設備、復水器や熱交換器等の冷却対象となる設備、及び、放水系設備等からなる。取水系設備は、導水路、海水中の異物を除去するスクリーン、循環水ポンプ(取水ポンプ)および循環水管(取水管)等からなる。
また、本明細書において使用される「海水冷却水系の海水」とは、例えば、復水器や熱交換器等の冷却対象となる設備において冷却水として使用される海水をいう。
【0017】
海水冷却水系に添加される上記脂肪族第四級アンモニウム塩及び上記N-モノ置換アルキレンジアミンの少なくとも一方を有する第一薬剤は、イガイやフジツボ等の大型海生生物に対しては充分な付着防止効果を示すが、スライム等による汚れに対しては充分な付着防止効果を示さない場合がある。一方、塩素剤、臭素剤及び二酸化塩素からなる群より選択される少なくとも一種を有する第二薬剤は、スライム等による汚れに対しては充分な付着防止効果を示すが、イガイやフジツボ等の大型海生生物に対しては充分な付着防止効果を示さない場合がある。第一薬剤は、第二薬剤よりも安全性が高く、上述したような付着防止効果を示す海生生物等に対する選択性が表れやすい傾向にある。
本発明における海生生物等の付着防止方法では、第一薬剤と第二薬剤とを用いることで、上記第一薬剤と第二薬剤とがお互いの欠点をカバーし合い両者の効果を長時間持続させ、広範な海生生物種やスライムの付着を防止することができるものと考えられる。特に、海水中の第一薬剤及び第二薬剤の濃度を特定の範囲内とすることで、いずれか一方の薬剤又は両薬剤の使用過多を招くことなく、両薬剤の効果を長時間持続させ、広範な海生生物種やスライムの付着を防止することができるものと考えられる。
すなわち、第一薬剤と第二薬剤とを用いることで、海生生物付着防止及びスライムの付着防止に対して相乗的な効果を得ることができるものと考えられる。
【0018】
なお、本発明の属する技術分野において、付着海生生物等に対する選択性が異なる複数の薬剤の併用により、それぞれの薬剤の優れた効果のみが発揮されるという経験則は明らかではなく、現実に確認してみなければわからないものである。実際に、付着海生生物等に対し選択性を有する薬剤を海水に添加すると、対象生物以外の付着海生生物種が増加し優勢となる場合も多い。そのため、本発明の技術分野においては、単純に、複数の薬剤を組合せることでそれら薬剤の有する優れた効果の組合せが得られるものではなく、現実に確認しなければどのような結果が得られるのかわからないものである。
【0019】
(第一薬剤)
[脂肪族第四級アンモニウム塩]
本発明の海生生物等の付着防止方法、付着防止剤及び付着防止キットに使用される脂肪族第四級アンモニウム塩は、一又は複数の実施形態において下記一般式(I)で表されるものである。
【化2】
【0020】
式(I)において、Rは炭素数10~20の飽和又は不飽和の直鎖状脂肪族炭化水素基であり、R1およびR3は炭素数1~4のアルキル基、R2はRと同じかまたは炭素数1~4のアルキル基であり、XはCl、Br、I、メチルサルフェート、エチルサルフェートまたはパラトルエンスルホネートである。
【0021】
一般式(I)において、炭素数10~20の飽和又は不飽和の直鎖状脂肪族炭化水素基としては、デシル、ドデシル、トリデシル、テトラデシル、ペンタデシル、ヘキサデシル、ヘプタデシル、オクタデシル、ノナデシル、イコシル、ヘニコシル、ドコシル、トリコシル、テトラコシル、ペンタコシル、ヘキサコシル、ヘプタコシル、オクタコシル等の直鎖状飽和脂肪族炭化水素基;デセニル、ドデセニル、トリデセニル、テトラデセニル、ペンタデセニル、ヘキサデセニル、ヘプタデセニル、オクタデセニル、ノナデセニル、イコセニル、エイコセニル等の直鎖状不飽和脂肪族炭化水素基、牛脂アルキル基、硬化牛脂アルキル基、ヤシアルキル基等の天然物由来の飽和もしくは不飽和の直鎖状脂肪族炭化水素基が挙げられる。
【0022】
「牛脂アルキル基」、「硬化牛脂アルキル基」は主に炭素数16~18、「ヤシアルキル基」は主に炭素数12~16の範囲の飽和又は不飽和の直鎖状脂肪族炭化水素基を意味する。この「牛脂アルキル基」、「硬化牛脂アルキル基」または「ヤシアルキル基」を有する化合物は、公知の手段により牛脂またはヤシ油もしくはヤシ脂肪から製造される混合脂肪族第四級アンモニウム塩である。
【0023】
一般式(I)において、炭素数1~4のアルキル基としては、メチル、エチル、n-プロピル、iso-プロピル、n-ブチル、iso-ブチル、sec-ブチル、tert-ブチルが挙げられる。
【0024】
本発明の海生生物等の付着防止方法、付着防止剤及び付着防止用キットに用いることができる一般式(I)で表される脂肪族第四級アンモニウム塩としては、一又は複数の実施形態において、デシルトリメチルアンモニウム塩、ドデシルトリエチルアンモニウム塩、テトラデシルトリメチルアンモニウム塩、テトラデシルトリエチルアンモニウム塩、ヘキサデシルトリメチルアンモニウム塩、ヘキサデシルトリエチルアンモニウム塩、オクタデシルトリメチルアンモニウム塩、オクタデシルトリエチルアンモニウム塩、ヤシアルキルトリメチルアンモニウム塩、ヤシアルキルトリエチルアンモニウム塩、牛脂アルキルトリメチルアンモニウム塩、牛脂アルキルトリエチルアンモニウム塩;ジデシルジメチルアンモニウム塩、ジドデシルジメチルアンモニウム塩、ジヘキサデシルジメチルアンモニウム塩、ジオクタデシルジメチルアンモニウム塩、ジヤシアルキルジメチルアンモニウム塩、ジ牛脂アルキルジメチルアンモニウム塩が挙げられる。
【0025】
[脂肪族第四級アンモニウム塩の添加方法]
本発明における海生生物等の付着防止方法、付着防止剤及び付着防止用キットに用いることができる一般式(I)で表される脂肪族第四級アンモニウム塩は、水に溶解させた水製剤、エチルアルコールやイソプロピルアルコールなどの親水性有機溶媒と水に溶解させた水性製剤として用いるのが作業性、輸送性、取扱性、経済性および効果の点で好ましい。なお、脂肪族第四級アンモニウム塩としてヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロミド、ヘキサデシルトリメチルアンモニウム・パラトルエンスルホネート、ヘキサデシルトリメチルアンモニウム・メチルサルフェートおよびオクタデシルトリメチルアンモニウム・メチルサルフェートを用いる場合は、これらの脂肪族第四級アンモニウム塩が水難溶性であるので、海水に添加する際には水性製剤として用いるのが作業性、輸送性、取扱性および効果の点で好ましい。この水性製剤としては、特許第5621119号公報に記載の水性製剤を用いるのが好ましい。
【0026】
[N-モノ置換アルキレンジアミン]
本発明の海生生物等の付着防止方法、付着防止剤及び付着防止用キットに使用されるN-モノ置換アルキレンジアミンは、一又は複数の実施形態において下記一般式(II)で表されるものである。
R-NH-(CH2)nNH2 (II)
【0027】
式(II)において、Rは炭素数10~20の飽和又は不飽和の直鎖状脂肪族炭化水素基である。炭素数10~20の飽和または不飽和の直鎖状脂肪族炭化水素基としては、式(I)と同様のものが挙げられる。
式(II)において、nは、1~4の整数である。
【0028】
本発明の海生生物等の付着防止方法、付着防止剤及び付着防止用キットに用いることができるN-モノ置換アルキレンジアミンとしては、一又は複数の実施形態において、N-ヤシアルキルエチレンジアミン、N-牛脂アルキルエチレンジアミン、N-硬化牛脂アルキルエチレンジアミンなどのN-モノ置換エチレンジアミン;N-ヤシアルキルプロピレンジアミン、N-牛脂アルキルプロピレンジアミン、N-硬化牛脂アルキルプロピレンジアミンなどのN-モノ置換プロピレンジアミン;N-ヤシアルキルブチレンジアミン、N-牛脂アルキルブチレンジアミン、N-硬化牛脂アルキルブチレンジアミンなどのN-モノ置換トリメチレンジアミンが挙げられる。
【0029】
N-モノ置換アルキレンジアミンは、一又は複数の実施形態において、それらの酸付加塩であってもよい。その酸としては、塩酸、臭化水素酸などの無機酸;蟻酸、酢酸、乳酸、メタクリル酸、アミノ酸などの有機酸が挙げられる。アミノ酸としては、例えば、L-アスパラギン酸、L-グルタミン酸などが挙げられる。これらの中でも、銅合金配管の海生生物の付着の防止と銅合金配管の防食の点で、N-牛脂アルキルプロピレンジアミン酢酸塩が好ましい。
【0030】
[N-モノ置換アルキレンジアミンの添加方法]
本発明の海生生物等の付着防止方法、付着防止剤及び付着防止用キットに用いることができる一般式(II)で表されるN-モノ置換アルキレンジアミンは、水に溶解させた水製剤、エチルアルコールやイソプロピルアルコールなどの親水性有機溶媒と水に溶解させた水性製剤として用いるのが作業性、輸送性、取扱性、経済性および効果の点で好ましい。
【0031】
本発明の海生生物等の付着防止方法、付着防止剤及び付着防止用キットにおいて、上記脂肪族第四級アンモニウム塩及び上記N-モノ置換アルキレンジアミンの少なくとも一方を有する第一薬剤が用いられる。すなわち、上記脂肪族第四級アンモニウム塩と上記N-モノ置換アルキレンジアミンとをそれぞれ単独で使用してもよいし、併用してもよい。
【0032】
また、本発明の海生生物等の付着防止方法においては、第一薬剤として用いられる上記脂肪族第四級アンモニウム塩及び上記N-モノ置換アルキレンジアミンの少なくとも一方を、海生生物等の付着状況や季節に応じて適宜選択することができる。
【0033】
上記脂肪族第四級アンモニウム塩及びN-モノ置換アルキレンジアミンの少なくとも一方を含む第一薬剤の添加濃度は、一又は複数の実施形態において、海水冷却水系の海水中の上記第一薬剤の濃度を参照して適宜調節することができる。上記第一薬剤の海水中での濃度としては、海水冷却水系への海生生物の付着防止効果の点から0.001~0.3mg/リットルが好ましく、より好ましくは0.005~0.1mg/リットル、さらに好ましくは0.01~0.03mg/リットルである。
【0034】
第一薬剤の添加時間は、添加濃度と反比例する傾向があるが、上記の添加濃度範囲であれば、1日あたり、海生生物の付着防止の点から12時間以上が好ましく、16時間以上がより好ましく、18時間以上が更に好ましい。そして添加時間は、1日24時間あたり、24時間以下、22時間以下、20時間以下が挙げられる。添加は、連続添加でもよく、間欠添加でもよい。
【0035】
第一薬剤の添加場所は、特に制限されず、一又は複数の実施形態において、取水した海水がポンプ等によって海水冷却水系配管に送液される前の任意の場所が挙げられる。海生生物の付着による障害防止効果の点で、例えば、取水ポンプの取水口近傍、熱交換器又は復水器の入口が好ましい。
【0036】
なお、海水中での上記第一薬剤の濃度は、例えば、復水器や熱交換器等の冷却対象となる設備における海水中の濃度を、一般的な測定方法を用いて測定することにより得ることができる。
【0037】
(第二薬剤)
[塩素剤または臭素剤]
本発明の海生生物等の付着防止方法、付着防止剤及び付着防止用キットに用いることができる塩素剤または臭素剤としては、公知の塩素剤または臭素剤が挙げられ、例えば、
(a)塩素ガス、次亜塩素酸塩(次亜塩素酸カルシウム、次亜塩素酸ナトリウムなど)、塩素化イソシアヌル酸、ジクロロイソシアヌル酸塩(ジクロロイソシアヌル酸ナトリウム、ジクロロイソシアヌル酸カリウムなど)、モノクロロイソシアヌル酸塩(モノクロロイソシアヌル酸ナトリウム、モノクロロイソシアヌル酸カリウムなど)、トリクロロイソシアヌル酸塩(トリクロロイソシアヌル酸ナトリウム、トリクロロイソシアヌル酸カリウムなど)などの水中で次亜塩素酸を生成する物質、
(b)次亜臭素酸ナトリウム、臭化ナトリウムと次亜塩素酸ナトリウムとの反応物および臭素水などの水中で次亜臭素酸を生成する物質、
(c)海水電解液(海水を電解槽で電解することによって得られる次亜塩素酸を含む電解液)、ならびに
(d)モノクロラミン、ジクロラミン、トリクロラミン、モノブロラミン、ジブロラミン、トリブロラミン、N-クロロスルファマートおよびN-ブロモスルファマートなどの結合塩素(安定化塩素)または結合臭素(安定化臭素)
が挙げられる。これらの中でも、海生生物の付着防止効果、経済性、取扱い性などの実用的な観点から、(a)、(b)および(c)が好ましく、工業的な入手しやすさの観点から次亜塩素酸ナトリウム、次亜塩素酸カリウムが特に好ましい。(d)の中では、海生生物の付着防止効果の観点から、モノクロラミン、モノブロラミンが好ましく、次に、N-クロロスルフォマート、N-ブロモスルフォマートが好ましい。
なお、本明細書における「塩素剤」は、本発明の技術分野に属する技術常識に基づき使用される公知の「塩素剤」を意味し、二酸化塩素は含まれない。
【0038】
N-クロロスルファマートおよびN-ブロモスルファマートは、公知の方法、例えば、特表2003-503323号公報、特開2006-022097号公報、特表平11-506139号公報、特表2001-501869号公報、特表2003-507326号公報、特開2014-101251号および特開2017-159276号公報などに記載の方法により調製することができる。
本発明では、スルファミン酸と、次亜塩素酸および/または次亜臭素酸との反応生成物を好適に用いることができる。
モノクロラミンなどの結合塩素は、特許第4914146号公報、特開2017-119245号公報および特開2017-53054号公報などに記載の方法により調製することができる。
【0039】
上記の塩素剤および臭素剤は、添加に際して所望の濃度になるように海水や淡水で希釈または溶解して用いてもよい。
なお、(a)水中で次亜塩素酸を生成する物質や(c)海水電解液を海水に添加した場合、次亜塩素酸は海水中に存在する臭化物イオンと反応し、速やかに塩素と臭素が置換する。例えば、次亜塩素酸ナトリウムを海水に添加すると、速やかに次亜臭素酸ナトリウムになる。よって、(a)、(b)および(c)のいずれを用いても海生生物に対する付着防止効果は同等である。
【0040】
[二酸化塩素]
本発明の海生生物等の付着防止方法、付着防止剤及び付着防止用キットに用いることができる二酸化塩素は、極めて不安定な化学物質であるため、その貯蔵や輸送は非常に困難である。したがって、その場で公知の方法により二酸化塩素を製造(生成)し、添加濃度に調整して用いるのが好ましい。
例えば、次のような反応により二酸化塩素を製造することができ、市販の二酸化塩素発生器(装置)を用いることもできる。
(1)次亜塩素酸ナトリウムと塩酸と亜塩素酸ナトリウムとの反応
NaOCl+2HCl+2NaClO2 → 2ClO2+3NaCl+H2O
(2)亜塩素酸ナトリウムと塩酸との反応
5NaClO2+4HCl → 4ClO2+5NaCl+2H2O
(3)塩素酸ナトリウム、過酸化水素および硫酸との反応
2NaClO3+H2O2+H2SO4 → 2ClO2+Na2SO4+O2+2H2O
【0041】
本発明の海生生物等の付着防止方法、付着防止剤及び付着防止用キットに用いることができる上記第二薬剤は、添加する海水の状態等により適宜設定すればよいが、塩素剤、臭素剤及び二酸化塩素からなる群より選択される少なくとも1種を海水中に対して0.002~3.0mg/Lの濃度になるように添加するのが好ましい。
なお、第二薬剤の海水に対する濃度は、第二薬剤が、塩素剤及び/又は臭素剤である場合は、「有効塩素濃度」を意味する。
第二薬剤の濃度が0.002mg/L未満では、海生生物及びスライムの付着防止効果が充分に得られないことがある。一方、第二薬剤の濃度が3.0mg/Lを超えると、それ以上の効果が期待できず、経済的な面から好ましくない。
より好ましい第二薬剤の濃度は、0.01~1.0mg/L、さらに好ましくは0.01~0.3mg/Lである。
【0042】
第二薬剤の添加時間は、併用する第一薬剤の添加濃度、添加する海水の状態などにより適宜設定すればよいが、通常、1日当たり1時間以上20時間以下である。
添加時間が1日当たり1時間未満では、第一薬剤との併用による海生生物及びスライムの付着防止効果が充分に得られないことがある。
より好ましい第二薬剤の添加時間は、1日当たり1時間以上8時間以下、さらに好ましくは、1日当たり1時間以上4時間以下である。
【0043】
第二薬剤の添加場所は、特に制限されず、一又は複数の実施形態において、取水した海水がポンプ等によって海水冷却水系配管に送液される前の任意の場所が挙げられる。海生生物の付着による障害防止効果の点で、例えば、取水ポンプの取水口近傍、熱交換器又は復水器の入口が好ましい。
【0044】
なお、海水中での上記第二薬剤の濃度は、例えば、復水器や熱交換器等の冷却対象となる設備における海水中の濃度を、一般的な測定方法を用いて測定することにより得ることができる。
【0045】
(他の添加剤)
本発明の海生生物の付着防止方法では、本発明の効果を阻害しない限りにおいて、当該技術分野で公知の他の添加剤を併用してもよい。
例えば、ジアルキルジチオカルバミン酸塩等の海生生物付着防止剤、鉄系金属腐食防止剤、消泡剤などが挙げられる。
【0046】
(添加方法)
各薬剤の添加方法としては、注入ポンプや散気管、噴霧器などを用いた方法が挙げられる。本発明において微量の薬剤を海水冷却水系中に、迅速にかつ実質的に均一に拡散させるためには、従来の物理的手段を用いることができる。具体的には、該水系中への拡散器、攪拌装置や邪魔板などの設置が挙げられる。また、これらに該当する設備は海水冷却水系に付設されているので、これを転用してもよい。
【実施例】
【0047】
本発明を以下の試験例により具体的に説明するが、本発明はこれらにより限定されるものではない。
【0048】
[試験例1]
第一薬剤としてN-モノ置換アルキレンジアミンと、第二薬剤として塩素剤、臭素剤又は二酸化塩素とを併用し、海生生物の付着防止効果とスライムの洗浄効果を確認した。
太平洋に面した和歌山県沿岸の某所に水路試験装置を設け、試験を行った。
水中ポンプを用いて揚水した未濾過の海水(pH8)を、17系統に分岐させた水路(試験区)に、ポンプを用いて流量1m3/hで70日間、一過式に通水し、各水路に下記のように調製した添加薬剤を表1に示す薬剤濃度となるように、表1に示す1日当たりの添加時間で添加した。
なお、薬剤濃度は下記の付着防止効果確認用のアクリル製カラム内での設定濃度であり、塩素剤として用いた次亜塩素酸塩の濃度は有効塩素濃度である。
また、薬剤濃度が同じ試験区の薬剤添加量は同量である。例えば、実施例2と比較例3の塩素の添加量は同じであり、実施例6と比較例5の二酸化塩素の添加量は同じである。
【0049】
また、各水路内には、付着防止効果確認用のアクリル製カラム(内径64mm×長さ300mm×厚さ2mm、表面積602.88cm2)を挿入し、さらに、該アクリル製カラムのすぐ下流にスライム洗浄効果確認用のチタン管(内径23.4mm、長さ1000mm、肉厚10mm)を挿入した。通水終了後にカラムに付着した付着生物量及びチタン管内面に付着したスライムの湿体積を計量することで薬剤効果を評価した。
なお、ブランクとして薬剤無添加についても試験した。
得られた結果を、各薬剤濃度及びそれらの添加時間と共に表1に示す。
【0050】
(添加薬剤)
N-モノ置換アルキレンジアミンとしてN-牛脂アルキルプロピレンジアミン(薬剤:A)、塩素剤として次亜塩素酸ナトリウム(薬剤:B)とN-クロロスルファマート(薬剤:D)、臭素剤としてN-ブロモスルファマート(薬剤:E)、二酸化塩素として亜塩素酸ナトリウムおよび塩酸の混合により発生する二酸化塩素(薬剤:C)を添加薬剤とした。
具体的には、N-牛脂アルキルプロピレンジアミンは適宜純水で希釈することで海水に添加する薬剤濃度に調整し、付着防止効果確認用アクリル製カラムの手前から定量ポンプを用いて添加した。
次亜塩素酸ナトリウムは、有効塩素濃度として12%の次亜塩素酸ナトリウム水溶液を適宜純水で希釈することで海水に添加する薬剤濃度に調整し、同様に付着防止効果確認用アクリル製カラムの手前から定量ポンプを用いて添加した。
二酸化塩素は、表1に示す二酸化塩素濃度が得られるように、亜塩素酸ナトリウムおよび塩酸をそれぞれ適宜純水で希釈した水溶液を、薬剤添加ポイント前のチューブ内で混合し、1時間の滞留時間を持たせることで発生した二酸化塩素水溶液を付着防止効果確認用アクリル製カラムの手前から添加した。なお二酸化塩素の発生については、予備試験において発生を確かめるとともに亜塩素酸ナトリウムが効果に影響を及ぼす濃度で残留しないことを確認している。
N-クロロスルファマートとN-ブロモスルファマートは公知の方法(例えば特開2017-159276号公報に記載の方法)によって、それぞれ生成させた後、適宜純水で希釈することで海水に添加する薬剤濃度に調整し、付着防止効果確認用アクリル製カラムの手前から定量ポンプを用いて添加した。
【0051】
(海生生物付着防止効果の確認)
試験後、水路から取り外したカラムの質量W1(g)を測定した。予め試験前に測定しておいた乾燥時のカラムの質量W0と共に、次式により付着生物量(g)を算出した。
付着生物量(g)=W1-W0
ブランクでの付着生物は、主としてムラサキイガイなどのイガイ類やフジツボ類、コケムシ類等の海生付着生物に由来する。また付着生物やスライムの排泄物や死骸、細胞外分泌物等の有機質を多く含むデトリタス様物質、海水中に含まれる粘度粒子や浮遊物も付着したが、これらも付着生物量に含める。
なお、ブランクでの海生生物付着状況から、本試験例では付着生物量が15g以下の場合に充分な海生生物の付着防止効果があると判断できる。
(スライム洗浄効果の確認)
試験後、水路から取り外したチタン管の内面に付着したスライムを掻き取り、10~100mlのメスシリンダーに回収し、4時間静置後の湿体積を計量することで洗浄効果を評価した。
ブランクから掻き取ったスライムはおもにチタン管に付着した微生物に由来する。カラムでの付着防止効果の確認と同様に、チタン管の内面に付着したスライムにもデトリタス様物質が含まれるが、チタン管径はカラム径の約1/3であり、チタン管内の海水冷却水の流速は速く、ムラサキイガイなどのイガイ類やフジツボ類、コケムシ類などの海生付着生物の付着はないことを確認している。
なお、ブランクでのスライム付着状況から、本試験例ではスライム体積が10mL以下の場合に充分なスライムの洗浄効果があると判断できる。
【0052】
【0053】
上記表1の結果から、次のことが確認された。
(1)第一薬剤としてN-モノ置換アルキルジアミンを単独で使用した比較例1、2においては、薬剤を添加していないブランク(参考例1)と比較すると、ある程度の海生生物付着防止効果は確認されたが、充分な海生生物付着防止効果は得られなかった。また、スライム洗浄効果に至っては、ほとんど確認できなかった。
(2)一方、比較例1、2と同様にN-モノ置換アルキレンジアミンを添加濃度0.02mg/L又は、0.03mg/Lで18時間添加し、さらに、第二薬剤も添加した実施例2、3、4、8及び9については、充分な海生生物付着防止効果、及び、充分なスライム洗浄効果が確認できた。
(3)また、第二薬剤を単独で施用した比較例3~7においては、充分なスライム洗浄効果が確認できたものの、海生生物付着防止については充分な効果を得ることができなかった。なお、比較例3及び比較例4の結果から、第二薬剤は、低濃度で長時間添加することよりも、ある程度の濃度で短時間添加することの方が海生生物付着防止効果及びスライム洗浄効果が得られることが確認された。
(4)また、実施例1~9の結果から、第一薬剤と第二薬剤とが併用される場合は、第一薬剤の添加濃度が0.01~0.03mg/Lで18~24時間/日添加、第二薬剤の濃度が0.01~0.3mg/Lで2~18時間/日添加されることにより、充分な海生生物付着防止効果及び充分なスライム洗浄効果を得られることが確認された。
上記実施例及び比較例より、第一薬剤としてN-モノ置換アルキレンジアミン(N-牛脂アルキルプロピレンジアミン)と、第二薬剤として次亜塩素酸ナトリウム、N-クロロスルファマート、N-ブロモスルファマート又は二酸化塩素と、を併用することにより、上記第一薬剤及び第二薬剤をそれぞれ単独で用いる場合と比べ、広範な海生生物種、(例えば、ムラサキイガイなどのイガイ類やフジツボ類、コケムシ類の海生生物)やスライムの付着を防止できることが確認できた。
また、上記第一薬剤及び第二薬剤を併用することにより、両者の使用量を増加させることなく70日間にわたって持続的な海生生物及びスライムの付着防止効果が充分に得られることが確認できた。
【0054】
[試験例2]
第一薬剤及び第二薬剤として下記添加薬剤を用い、試験期間を55日間とした以外は試験例1と同様にして、海生生物の付着防止効果とスライムの洗浄効果を確認した。
得られた結果を、各薬剤濃度およびそれらの添加時間と共に表2に示す。
【0055】
(添加薬剤)
脂肪族第四級アンモニウム塩としてヘキサデシルトリメチルアンモニウムクロライド(薬剤:a)、塩素剤として次亜塩素酸ナトリウム(薬剤:b)とモノクロラミン(薬剤:d)、臭素剤としてモノブロラミン(薬剤:e)、二酸化塩素として亜塩素酸ナトリウムおよび塩酸の混合により発生する二酸化塩素(薬剤:c)を添加薬剤とした。
具体的には、ヘキサデシルトリメチルアンモニウムクロライドは適宜純水で希釈することで海水に添加する薬剤濃度に調整し、付着防止効果確認用アクリル製カラムの手前から定量ポンプを用いて添加した。
モノクロラミンとモノブロラミンは公知の方法(例えば特開2017-53054号公報に記載の方法)によって、それぞれ生成させた後、適宜純水で希釈することで海水に添加する薬剤濃度に調整し、付着防止効果確認用アクリル製カラムの手前から定量ポンプを用いて添加した。
次亜塩素酸ナトリウムおよび二酸化塩素は、試験例1と同様に調整し添加した。
【0056】
【0057】
上記表2の結果から次のことが確認された。
(1)第一薬剤として脂肪族第四級アンモニウム塩を単独で使用した比較例11及び12においては、薬剤を添加していないブランク(参考例2)と比較すると、ある程度の海生生物付着防止効果は確認されたが、充分な海生生物付着防止効果は得られなかった。また、スライム洗浄効果に至っては、ほとんど確認できなかった。
(2)また、第二薬剤を単独で施用した比較例13~17においては、充分なスライム洗浄効果が確認できたものの、海生生物付着防止については充分な効果を得ることができなかった。なお、比較例13及び比較例14の結果から、第二薬剤は、低濃度で長時間添加することよりも、ある程度の濃度で短時間添加することの方が海生生物付着防止効果及びスライム洗浄効果が得られることが確認された。
(3)一方、実施例11~19の結果から、第一薬剤と第二薬剤とが併用される場合は、第一薬剤の添加濃度が0.01~0.03mg/Lで18~24時間/日添加、第二薬剤の濃度が0.01~0.3mg/Lで2~20時間/日添加されることにより、充分な海生生物付着防止効果及び充分なスライム洗浄効果が得られることが確認された。
上記実施例及び比較例より、第一薬剤として脂肪族第四級アンモニウム塩(ヘキサデシルトリメチルアンモニウムクロライド)と、第二薬剤として次亜塩素酸ナトリウム、モノクロラミン、モノブロラミン又は二酸化塩素と、を併用することにより、上記第一薬剤及び第二薬剤をそれぞれ単独で用いる場合と比べ、広範な海生生物種、(例えば、ムラサキイガイなどのイガイ類やフジツボ類、コケムシ類の海生生物)やスライムの付着を防止できることが確認できた。
また、上記第一薬剤及び第二薬剤を併用することにより、両者の使用量を増加させることなく55日間にわたって持続的な海生生物及びスライムの付着防止効果が充分に得られることが確認できた。