(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-30
(45)【発行日】2023-09-07
(54)【発明の名称】細胞又は組織にアポトーシスを誘導する方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/00 20060101AFI20230831BHJP
C12N 5/077 20100101ALI20230831BHJP
A61L 27/60 20060101ALI20230831BHJP
A61L 27/36 20060101ALI20230831BHJP
A61L 27/38 20060101ALI20230831BHJP
A61L 27/40 20060101ALI20230831BHJP
【FI】
C12N1/00 B
C12N5/077
A61L27/60
A61L27/36 420
A61L27/38 100
A61L27/40
(21)【出願番号】P 2019154137
(22)【出願日】2019-08-26
【審査請求日】2022-05-13
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、革新的がん医療実用化研究事業「先天性巨大色素性母斑を母地とした悪性黒色腫に対する予防的低侵襲治療方法の開発~First-in-man 臨床研究から先進医療へ」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】500409219
【氏名又は名称】学校法人関西医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(74)【代理人】
【識別番号】100179039
【氏名又は名称】伊藤 洋介
(74)【代理人】
【識別番号】100199923
【氏名又は名称】嶽小原 幸
(72)【発明者】
【氏名】森本 尚樹
(72)【発明者】
【氏名】光井 俊人
(72)【発明者】
【氏名】レ ミン ティン
(72)【発明者】
【氏名】覚道 奈津子
(72)【発明者】
【氏名】楠本 健司
【審査官】鳥居 敬司
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-520780(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0184130(US,A1)
【文献】特表2012-516699(JP,A)
【文献】国際公開第2014/034759(WO,A1)
【文献】特開2016-067711(JP,A)
【文献】特表2012-505924(JP,A)
【文献】International Journal of Molecular Medicine, 2014, Vol.34, pp.451-463
【文献】High Pressure Research, 2013, Vol.33, No.2, pp.351-321
【文献】Ann. Anim. Sci., 2018, Vol.18, No.1, pp.69-85
【文献】Animal Biotechnology, 2018, Vol.29, No.4, pp.283-292
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-1/38
C12N 5/00-5/28
A61L 27/00-27/60
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
採取されたヒト線維芽細胞に30MPa以上50MPa以下の静水圧を48時間加える工程を含む、ヒト線維芽細胞にアポトーシスを誘導する方法。
【請求項2】
ヒトから採取された皮膚に30MPa以上50MPa以下の静水圧を48時間加える工程を含む、前記皮膚に含まれるヒト線維芽細胞にアポトーシスを誘導する方法。
【請求項3】
採取されたヒト線維芽細胞に30MPa以上50MPa以下の静水圧を48時間加える工程を含む、アポトーシスが誘導されたヒト線維芽細胞の製造方法。
【請求項4】
ヒトから採取された皮膚に30MPa以上50MPa以下の静水圧を48時間加える工程を含む、アポトーシスが誘導されたヒト線維芽細胞を含む皮膚の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の方法により得られ
たアポトーシスが誘導されたヒト線維芽細胞を含む皮膚を含む、移植用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞又は組織にアポトーシスを誘導する方法、該方法を用いたアポトーシスが誘導された細胞又は組織の製造方法、該製造方法により製造された細胞又は組織を含む移植用組成物等に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚は表皮と真皮の二層から構成されている。表皮は、外界からの病原体の侵入を防ぎ、体内の水分を保つ役割がある。表皮の構造は表皮細胞が重層化した、ほぼ細胞成分のみから成り立っており、現在の細胞培養技術を用いれば再生可能である。真皮は主に膠原線維等の強靱な結合組織と線維芽細胞等の細胞成分、皮膚付属器(毛等)から成り、皮膚に力学的強度を持たせる、体の中で最大の臓器である。表皮はほぼ再生可能なのに対し、真皮を再生することは現在の技術では極めて困難である。
【0003】
このため、皮膚欠損創に対する治療では、縫縮(縫い縮めること)できる程度の小さな創以外を治療するには、(1)自家皮膚・皮弁移植(自分の皮膚を他の部位から採取しまたは切り離さずに移植する)、(2)同種皮膚移植(死体から採取し凍結保存した皮膚を移植する)、(3)人工材料を用いた再建、の三つの治療法しかない。近年、自家皮膚移植および同種皮膚移植のために、自家または同種皮膚に含まれる細胞を除去した脱細胞化皮膚の研究開発が進められている。
【0004】
生体組織から脱細胞化する方法は、高張液や低張液を用いる方法、酵素を用いる方法、凍結させる方法、界面活性剤(SDS; Sodium Dodecyl Sulfate)を用いる方法、高静水圧(High Hydrostatic Pressure、HHP)を加える方法等が報告されている。これらの方法を用いて生体組織の細胞を破壊後、細胞成分を除去することにより、脱細胞化された組織が得られる。これらの方法の中でもHHPは、化学試薬を用いずに短時間で細胞又は組織の不活化が可能である新しい脱細胞化法として研究されている。近年、細胞(腫瘍細胞を含む)にHHPを加えると細胞死が生じることが報告されており(非特許文献1~7)、そのメカニズムは主に圧力レベルに依存する。圧力が200MPa前後の場合、細胞はアポトーシスを起こし、圧力が300MPaを超える場合、細胞はネクローシス経路を介した細胞死を起こすことが報告されている(非特許文献1、4)。また、多くの研究において、圧力が約100MPa以下の場合、細胞死は誘導されないことが報告されている(非特許文献1、2、4~6)。
【0005】
本発明者らを含むグループはこれまでに、細胞や皮膚に対するHHPの影響を研究してきた(非特許文献8~11)。また、本発明者を含むグループは、HHPを皮膚に応用し、加圧条件を検討したところ、安価で小型の加圧装置を用いても達成できる200MPa程度のHHPでも不活化、脱細胞化が可能であることを見出した(特許文献1)。さらに、本発明者を含むグループは、移植用皮膚組織片の作製において、200~500MPaのHHPで不活化した皮膚組織に培養表皮が生着することを見出した(特許文献2)。また、HHPが200MPaより低いと、皮膚組織の不活化が不十分となることがあり、一方、HHPが500MPaより高いと、不活化した皮膚組織に培養表皮が十分に生着しないことがあることも見出した。
【0006】
さらに、本発明者を含むグループは、先天性巨大色素性母斑の治療を行うための皮膚再生の研究において、患者より採取した母斑組織に200MPaのHHPを10分間加圧すると、皮膚の主要成分であるコラーゲン等は損傷されず、母斑細胞や線維芽細胞等の細胞は完全に死滅することを見出した。また、加圧処理した母斑組織からは母斑が再発しないこと、加圧処理した母斑組織と培養表皮を組み合わせることにより患者自身の皮膚の再生が可能であることを確認した。
【0007】
上記知見に基づいて本発明者を含むグループは、先天性巨大色素性母斑の患者を対象とした自家培養表皮の臨床研究を行った。具体的には、まず、最初の手術において、患者から母斑組織及び母斑のない部位から皮膚を採取した。次に、採取した母斑組織に200MPaのHHPを10分間加えて母斑細胞や線維芽細胞等の細胞を死滅させた後、元の場所に移植した。また、採取した皮膚については、培養により自家培養表皮を作製した。2回目の手術において、最初の手術で移植した母斑組織上に自家培養表皮を移植した。以上のような工程により、臨床研究を行った。
【0008】
しかしながら上記臨床研究では、最初の手術において、加圧処理(200 MPa、10分間)した母斑組織を元の場所に移植した場合、その生着率は悪く、予後の状態も良好ではないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】WO2014/034759
【文献】特開2016-67711号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】Current Medicinal Chemistry, 15, 2329-2336 (2008)
【文献】Oncoimmunology, VOL.6, NO.1, e1258505 (2017)
【文献】Scientific Reports, 6:21215, DOI:10.1038 (2016)
【文献】Cellular and Molecular Biology, 50(4), 459-467 (2004)
【文献】MICROSCOPY RESEARCH AND TECHNIQUE, 69:65-72 (2006)
【文献】ANTICANCER RESEARCH, 25: 1977-1982 (2005)
【文献】EXPERIMENTAL CELL RESEARCH, 235, 155-160 (1997)
【文献】BioMed Research International, Volume 2014, Article ID 379607 (2014)
【文献】BioMed Research International, Volume 2015, Article ID 587247 (2015)
【文献】PLoS One, 10(7):e0133979 (2015)
【文献】Tissue Engineering Part C: Methods, Vol. 21, No. 11, 1178-87 (2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、移植後の生着率が高い組織を得るための、細胞又は組織に含まれる細胞への適切な加圧条件を提供することにある。また、本発明の課題は、当該加圧条件で処理する工程を含む細胞又は細胞を含む組織の製造方法を提供することにある。さらに、本発明の課題は、上記製造方法により製造された細胞又は細胞を含む移植用組成物及び当該移植用組成物の移植方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、まず、加圧処理(200MPa、10分間)した母斑組織に含まれる細胞がネクローシスを起こしている点に着目した。次に、加圧処理により母斑組織に含まれる細胞にアポトーシスを誘導し、アポトーシス細胞を含む状態で母斑組織を移植すれば、その生着率が上がるのではないかとの着想を得た。かかる着想に基づき、本発明者らは、ヒト皮膚線維芽細胞を用いてアポトーシスを誘導する方法について、鋭意研究を行った。鋭意研究の結果、驚くべきことに、従来(200MPa)よりも低い、50MPa以下の圧力であっても細胞にアポトーシスを誘導することが可能であることを見出した。さらに、皮膚組織に50MPa以下の圧力を加えると当該組織に含まれる細胞でもアポトーシスが誘導されること、及び当該組織を移植すると生着率が高いこと等を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1] 細胞に10MPa以上50MPa以下の静水圧を加える工程を含む、細胞にアポトーシスを誘導する方法。
[2] 哺乳動物由来の組織に10MPa以上50MPa以下の静水圧を加える工程を含む、前記組織に含まれる細胞にアポトーシスを誘導する方法。
[3] 細胞に10MPa以上50MPa以下の静水圧を加える工程を含む、アポトーシスが誘導された細胞の製造方法。
[4] 哺乳動物由来の組織に10MPa以上50MPa以下の静水圧を加える工程を含む、アポトーシスが誘導された細胞を含む組織の製造方法。
[5] 前記組織が、皮膚、血管、神経、心臓弁、心膜、大動脈、硬膜、角膜、羊膜、靭帯、腱、歯、肝臓、心臓、腎臓、膵臓、中皮、筋膜、膀胱、小腸、大腸、食道、喉頭、骨、骨髄、軟骨、気管、子宮、脳及び肺からなる群から選択される、[2]又は[4]に記載の方法。
[6] [4]に記載の方法により得られる組織を含む、移植用組成物。
[7] [6]に記載の組成物を、移植を必要とする対象に移植する工程を含む、組織の移植方法。
[8] 前記組織が、皮膚、血管、神経、心臓弁、心膜、大動脈、硬膜、角膜、羊膜、靭帯、腱、歯、肝臓、心臓、腎臓、膵臓、中皮、筋膜、膀胱、小腸、大腸、食道、喉頭、骨、骨髄、軟骨、気管、子宮、脳及び肺からなる群から選択される、[7]に記載の方法。
[9] 前記組織が皮膚である、[8]に記載の方法。
[10] [4]に記載の方法により得られる皮膚に、表皮細胞又は培養表皮を移植する工程を更に含む、[9]に記載の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、アポトーシスが誘導された細胞、当該細胞を含む組織が提供される。当該組織はネクローシスではなく、アポトーシスが誘導された細胞を含むため、移植後に壊死を起こさず、生着率が高く、予後も良好であるという効果が得られる。また、例えば、先天性巨大色素性母斑等の患者において、本発明の製造方法により得られた皮膚(真皮)の非常に優れた生着率により、最小限の傷(例えば、母斑部分のみ)による治療を達成することができるという効果も有する。さらに、従来の方法では、移植に用いるための脱細胞化された組織を含む組成物の製造を企図した場合、生体組織の細胞を破壊後に細胞成分を除去する工程が必要だが、本発明にかかる方法では、アポトーシスが誘導された細胞を除去する必要は無く、操作が簡便である。さらに、本発明によれば、移植後に壊死を起こさず、生着率が高く予後も良好である移植用組成物、及び移植方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1はヒト皮膚線維芽細胞に対する加圧処理の条件を示す。
【
図2】
図2は各群のフローサイトメトリーの結果を示す。
【
図3】
図3は各群のアポトーシス細胞の割合を示す。
【
図4】
図4上及び下はApopxin-FITC及び7-AADのヒストグラム及び平均蛍光強度(MFI)を示す。
【
図5】
図5はアポトーシス細胞の免疫蛍光イメージングを示す。
【
図7】
図7上(A)はコントロールのTEM像を示す。
図7下(B)は50MPa_36h群(初期のアポトーシス細胞)のTEM像を示す。
【
図8】
図8上は50MPa_36h群(中期のアポトーシス細胞)のTEM像を示す。
図8下は50MPa_36h群(後期のアポトーシス細胞)のTEM像を示す。
【
図9】
図9は50MPa_36h群(最終段階のアポトーシス細胞)のTEM像を示す。
【
図10】
図10上(A)はROS強度のヒストグラムを示す。
図10下(B)はROS強度の比較を示す。
【
図12】
図12上(A)はCytocalcein 450のヒストグラムを示す。
図12下(B)はCytocalcein 450のMFIを示す。
【
図13】
図13は細胞のサイズ(FSC)及び粒度(SSC)の値を用いて、2つの集団の差を同定したフローサイトメトリーの結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1. 細胞にアポトーシスを誘導する方法
本発明は、細胞にアポトーシスを誘導する方法を提供する(以下、「本発明のアポトーシス誘導方法1」と称する場合がある。)。具体的には、当該方法は、細胞に10MPa以上50MPa以下の静水圧を加える工程を含む。
【0017】
本発明のアポトーシス誘導方法1において、細胞は特に限定されず、例えば、哺乳動物由来の細胞が挙げられる。哺乳動物としては、例えば、ヒト、ブタ、ウシ、サル、マウス、ラット、イヌ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、ウサギ、ハムスター、モルモット等が挙げられ、好ましくはヒト、ブタ、ウシであり、より好ましくはヒトである。
【0018】
細胞は、生体から用時に採取した細胞であってもよく、樹立した細胞株等であってもよい。細胞としては、以下に限定されるものではなく、例えば、分化した細胞及びそれらの前駆細胞、並びに組織幹細胞(体性幹細胞)、あるいは多能性幹細胞(pluripotent stem cell)等が挙げられる。分化した細胞としては、例えば、皮膚細胞(例えば、線維芽細胞、表皮細胞(例えば、顆粒細胞、有棘細胞、基底細胞等)、ランゲルハンス細胞等)、色素細胞、血液細胞(例えば、赤血球、血小板、好中球、好酸球、好塩基球、単球、リンパ球(例えば、T細胞、B細胞、NK細胞)、末梢血細胞、臍帯血細胞等)、上皮細胞、内皮細胞、筋肉細胞、毛細胞、肝細胞、胃粘膜細胞、腸細胞、脾細胞、膵細胞(例えば、膵外分泌細胞等)、脳細胞、肺細胞、腎細胞、脂肪細胞、骨細胞、骨芽細胞、破骨細胞、軟骨細胞、軟骨芽細胞、骨髄細胞、滑膜細胞等が挙げられる。好ましくは皮膚細胞、より好ましくは表皮細胞、線維芽細胞である。
組織幹細胞(体性幹細胞)としては、例えば、間葉系幹細胞、骨髄幹細胞、脂肪幹細胞、神経幹細胞、造血幹細胞、歯髄幹細胞、肝幹細胞、膵幹細胞、筋幹細胞、生殖幹細胞、腸幹細胞、癌幹細胞、皮膚幹細胞、毛包幹細胞、色素細胞幹細胞、神経冠幹細胞、嗅粘膜幹細胞、内皮幹細胞、神経前駆細胞、筋幹細胞、生殖幹細胞等が挙げられる。上記組織幹細胞は、本明細書において、複数の限定的な数の系統の細胞へと分化できる能力を有する幹細胞である多能性幹細胞(multipotent stem cell)を意味してもよい。好ましくは間葉系幹細胞である。
本明細書において、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)とは、生体の種々の異なった形態や機能を持つ組織や細胞に分化でき、三胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)のどの系統の細胞にも分化し得る能力を有する幹細胞を指す。多能性幹細胞としては、特に限定されないが、例えば、人工多能性幹細胞(本明細書中、「iPS細胞」と称する場合がある。)、胚性幹細胞(ES細胞)、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹細胞(nuclear transfer Embryonic stem cell:ntES細胞)、多能性生殖幹細胞、胚性生殖幹細胞(EG細胞)などが挙げられる。好ましい多能性幹細胞(pluripotent stem cell)は、ES細胞及びiPS細胞である。上記多能性幹細胞がES細胞又はヒト胚に由来する任意の細胞である場合、その細胞は胚を破壊して作製された細胞であっても、胚を破壊することなく作製された細胞であってもよいが、好ましくは、胚を破壊することなく作製された細胞である。上記幹細胞は哺乳動物(例:マウス、ラット、ハムスター、モルモット、イヌ、サル、オランウータン、チンパンジー、ヒト)由来であることが好ましく、ヒト由来であることがより好ましい。
【0019】
「人工多能性幹細胞」とは、哺乳動物体細胞又は未分化幹細胞に、特定の因子(核初期化因子)を導入して再プログラミングすることにより得られる細胞を指す。現在、「人工多能性幹細胞」には様々なものがあり、山中らにより、マウス線維芽細胞にOct3/4・Sox2・Klf4・c-Mycの4因子を導入することにより、樹立されたiPS細胞(Takahashi K, Yamanaka S., Cell, (2006) 126: 663-676)のほか、同様の4因子をヒト線維芽細胞に導入して樹立されたヒト細胞由来のiPS細胞(Takahashi K, Yamanaka S., et al. Cell, (2007) 131: 861-872.)、上記4因子導入後、Nanogの発現を指標として選別し、樹立したNanog-iPS細胞(Okita, K., Ichisaka, T., and Yamanaka, S. (2007). Nature 448, 313-317.)、c-Mycを含まない方法で作製されたiPS細胞(Nakagawa M, Yamanaka S., et al. Nature Biotechnology, (2008) 26, 101 - 106)、ウイルスフリー法で6因子を導入して樹立されたiPS細胞(Okita K et al. Nat. Methods 2011 May;8(5):409-12, Okita K et al. Stem Cells. 31(3):458-66.)も用いることができる。また、Thomsonらにより作製されたOCT3/4・SOX2・NANOG・LIN28の4因子を導入して樹立された人工多能性幹細胞(Yu J., Thomson JA. et al., Science (2007) 318: 1917-1920.)、Daleyらにより作製された人工多能性幹細胞(Park IH, Daley GQ. et al., Nature (2007) 451: 141-146)、桜田らにより作製された人工多能性幹細胞(特開2008-307007号)等も用いることができる。
この他、公開されている全ての論文(例えば、Shi Y., Ding S., et al., Cell Stem Cell, (2008) Vol3, Issue 5,568-574;、Kim JB., Scholer HR., et al., Nature, (2008) 454, 646-650;Huangfu D., Melton, DA., et al., Nature Biotechnology, (2008) 26, No 7, 795-797)、あるいは特許(例えば、特開2008-307007号、特開2008-283972号、US2008-2336610、US2009-047263、WO2007-069666、WO2008-118220、WO2008-124133、WO2008-151058、WO2009-006930、WO2009-006997、WO2009-007852)に記載されている当該分野で公知の人工多能性幹細胞のいずれも用いることができる。人工多能性細胞株としては、NIH、理研、京都大学等が樹立した各種iPS細胞株が利用可能である。例えば、ヒトiPS細胞株であれば、理研のHiPS-RIKEN-1A株、HiPS-RIKEN-2A株、HiPS-RIKEN-12A株、Nips-B2株、京都大学の253G1株、201B7株、409B2株、454E2株、606A1株、610B1株、648A1株等が挙げられる。
【0020】
ES細胞は、ヒトやマウスなどの哺乳動物の初期胚(例えば、胚盤胞)の内部細胞塊から樹立された、多能性と自己複製による増殖能を有する幹細胞である。ES細胞は、マウスで1981年に発見され(M.J. Evans and M.H. Kaufman(1981), Nature 292:154-156)、その後、ヒト、サルなどの霊長類でもES細胞株が樹立された(J.A. Thomson et al.(1998), Science 282:1145-1147; J.A. Thomson et al.(1995), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92:7844-7848; J.A. Thomson et al.(1996), Biol. Reprod., 55:254-259; J.A. Thomson and V.S. Marshall(1998), Curr. Top. Dev. Biol., 38:133-165)。ES細胞は、対象動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。ヒト及びサルのES細胞の樹立と維持の方法については、例えば、USP5,843,780; Thomson JA, et al.(1995), Proc Natl. Acad. Sci. U S A. 92:7844-7848;Thomson JA, et al.(1998), Science. 282:1145-1147; Suemori H. et al.(2006), Biochem. Biophys. Res. Commun., 345:926-932; Ueno M. et al.(2006), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103:9554-9559;Suemori H. et al.(2001), Dev. Dyn., 222:273-279; Kawasaki H. et al.(2002), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99:1580-1585;Klimanskaya I. et al.(2006), Nature. 444:481-485などに記載されている。あるいは、ES細胞は、胚盤胞期以前の卵割期の胚の単一割球のみを用いて樹立することもできるし(Chung Y. et al. (2008), Cell Stem Cell 2: 113-117)、発生停止した胚を用いて樹立することもできる(Zhang X. et al. (2006), Stem Cells 24: 2669-2676.)。「ES細胞」としては、マウスES細胞であれば、inGenious targeting laboratory社、理研(理化学研究所)等が樹立した各種マウスES細胞株が利用可能であり、ヒトES細胞であれば、ウィスコンシン大学、NIH、理研、京都大学、国立成育医療研究センター及びCellartis社などが樹立した各種ヒトES細胞株が利用可能である。例えば、ヒトES細胞株としては、ESI Bio社が分譲するCHB-1~CHB-12株、RUES1株、RUES2株、HUES1~HUES28株等、WiCell Researchが分譲するH1株、H9株等、理研が分譲するKhES-1株、KhES-2株、KhES-3株、KhES-4株、KhES-5株、SSES1株、SSES2株、SSES3株等を利用することができる。
【0021】
nt ES細胞は、核移植技術によって作製されたクローン胚由来のES細胞であり、受精卵由来のES細胞とほぼ同じ特性を有している(Wakayama T. et al.(2001), Science, 292:740-743; S. Wakayama et al.(2005), Biol. Reprod., 72:932-936; Byrne J. et al.(2007), Nature, 450:497-502)。すなわち、未受精卵の核を体細胞の核と置換することによって得られたクローン胚由来の胚盤胞の内部細胞塊から樹立されたES細胞がnt ES(nuclear transfer ES)細胞である。nt ES細胞の作製のためには、核移植技術(Cibelli J.B. et al.(1998), Nature Biotechnol., 16:642-646)とES細胞作製技術(上記)との組み合わせが利用される(若山清香ら(2008), 実験医学, 26巻, 5号(増刊), 47~52頁)。核移植においては、哺乳動物の除核した未受精卵に、体細胞の核を注入し、数時間培養することで初期化することができる。
【0022】
多能性生殖幹細胞は、生殖幹細胞(GS細胞)由来の多能性幹細胞である。この細胞は、ES細胞と同様に、種々の系列の細胞に分化誘導可能であり、例えば、マウス胚盤胞に移植するとキメラマウスを作出できるなどの性質をもつ(Kanatsu-Shinohara M. et al.(2003)Biol. Reprod., 69:612-616; Shinohara K. et al.(2004), Cell, 119:1001-1012)。神経膠細胞系由来神経栄養因子(glial cell line-derived neurotrophic factor(GDNF))を含む培養液で自己複製可能であるし、またES細胞と同様の培養条件下で継代を繰り返すことによって、生殖幹細胞を得ることができる(竹林正則ら(2008), 実験医学, 26巻, 5号(増刊), 41~46頁, 羊土社(東京、日本))。
【0023】
EG細胞は、胎生期の始原生殖細胞から樹立される、ES細胞と同様な多能性をもつ細胞である。LIF、bFGF、幹細胞因子(stem cell factor)などの物質の存在下で始原生殖細胞を培養することによって樹立し得る(Matsui Y. et al.(1992), Cell, 70:841-847; J.L. Resnick et al.(1992), Nature, 359:550-551)。
【0024】
また、細胞は癌細胞又は腫瘍細胞であってもよい。癌細胞又は腫瘍細胞としては、以下に限定されるものではなく、例えば、皮膚の癌及び腫瘍(例えば、母斑(例えば、色素性母斑等)、慢性骨髄増殖性疾患、黒色腫、有棘細胞癌、基底細胞癌及び菌状息肉症等)、脳腫瘍(例えば、星細胞腫、悪性の髄芽腫、胚細胞腫瘍、頭蓋咽頭腫及び上衣腫、グリオーマ、神経膠腫、髄膜腫、下垂体腺腫及び神経鞘腫等)、頭頚部癌(例えば、上顎洞癌、咽頭癌(例えば、上咽頭癌、中咽頭癌、下咽頭癌)、喉頭癌、口腔癌、口唇癌、舌癌及び耳下腺癌等)、胸部癌及び腫瘍(例えば、小細胞肺癌、非小細胞肺癌、気管腫瘍、胸腺腫及び中皮腫等)、消化器癌及び腫瘍(例えば、食道癌、肝臓癌、原発性肝癌、胆嚢癌、胆管癌、胃癌、大腸癌、結腸癌、直腸癌、肛門癌、小腸癌、十二指腸癌、空腸癌、回腸癌、膵癌及び膵内分泌腫瘍等)、泌尿器癌及び腫瘍(例えば、陰茎癌、腎盂・尿管癌、腎細胞癌、精巣腫瘍(睾丸腫瘍)、前立腺癌、膀胱癌、ウイルムス腫瘍及び尿路上皮癌等)、婦人科癌及び腫瘍(例えば、外陰癌、子宮頸部癌、子宮体部癌、子宮内膜癌、子宮肉腫、絨毛癌、膣癌、乳癌、卵巣癌及び卵巣胚細胞腫瘍等)、軟部肉腫、骨及び軟骨の腫瘍(例えば、骨腫瘍、骨肉腫、ユーイング腫瘍及び軟骨肉腫等)、内分泌組織の癌及び腫瘍(例えば、副腎皮質癌、褐色細胞腫及び甲状腺癌等)、リンパ腫及び白血病(例えば、悪性リンパ腫、ホジキンリンパ腫、非ホジキンリンパ腫、ホジキン病、多発性骨髄腫、形質細胞性腫瘍、急性骨髄性白血病、急性リンパ性白血病、成人T細胞白血病リンパ腫、慢性骨髄性白血病及び慢性リンパ性白血病等)等の細胞が挙げられる。好ましくは皮膚の癌及び腫瘍の細胞、より好ましくは母斑細胞である。
【0025】
本発明の方法における細胞に静水圧を加える工程は、従来公知の高圧装置を用いて直接若しくは間接的に加圧することにより行ってもよい。高圧装置は、本発明における静水圧を所望する期間中加えることが可能な装置であれば特に限定されず、例えば、市販の高圧装置(例、サーボプレッシャ500、株式会社スギノマシン)、市販の高圧装置を改良した装置等が挙げられる。
【0026】
細胞に静水圧を加える工程は、例えば、細胞を滅菌したプラスチックバッグに入れて密封し、高圧装置で静水圧を加えることにより行うことができる。細胞は液体中に存在してもよく、当該液体は特に限定されず、例えば、緩衝液、培養液、蒸留水等が挙げられる。緩衝液は特に限定されず、例えば、生理食塩水、PBS緩衝液、HEPES緩衝液、MES緩衝液、Tris-HCl緩衝液等が挙げられる。培養液は特に限定されず、例えば、DMEM、MEM-α、RPMI1640、Eagle基礎培養液等が挙げられる。
【0027】
細胞に加える静水圧は、10MPa以上50MPa以下である。静水圧の下限としては、例えば、10MPa、15MPa、20MPa、及び25MPaが挙げられる。静水圧の上限としては、例えば、50MPa、45MPa、40MPa、及び35MPaが挙げられる。また、静水圧は、10MPa以上50MPa以下であり、20MPa以上50MPa以下が好ましく、30MPa以上50MPa以下がより好ましく、40MPa以上50MPa以下が更に好ましい。
【0028】
細胞に静水圧を加える時間は、細胞がアポトーシスを誘導される限り特に限定されず、例えば、30時間、36時間、42時間、48時間(2日間)、60時間、72時間(3日間)、84時間、96時間(4日間)、108時間、120時間(5日間)、132時間、144時間(6日間)、156時間、168時間(7日間)、180時間、192時間(8日間)、204時間、216時間(9日間)、228時間、及び240時間(10日間)が挙げられる。また、細胞に静水圧を加える時間は、静水圧ごとに設定してもよい。具体的には、例えば、静水圧が10MPa~50MPaの場合、静水圧を加える時間は36間以上168時間以下が好ましい。上記好ましい加圧時間におけるさらに好ましい時間としては、例えば、静水圧が50MPaの場合、36時間以上48時間以下が挙げられる。
【0029】
細胞に静水圧を加える温度は、細胞がアポトーシスを誘導される限り特に限定されず、例えば、4℃~50℃、15℃~45℃、25℃~40℃、及び30℃~37℃が挙げられる。
【0030】
アポトーシスが誘導された細胞の確認には、自体公知の方法を用いることができる。例えば、カスパーゼ活性、フォスファチジルセリンの膜転座、活性酸素種、DNA断片化、細胞膜のブレブ、クロマチン凝縮及び/又はミトコンドリア膜電位消失を指標にして、アポトーシス細胞を確認することができる。これらは、一般的な方法で検出等することができ、例えば、市販のキット等を使用することができる。一例として、Apoptosis/Necrosis Detection Kit(ab176749、Abcam)を用いてアポトーシス細胞を検出することができる。
【0031】
本発明のアポトーシス誘導方法1により、細胞にアポトーシスが誘導される。ネクローシスを起こした細胞では、細胞自体が膨張して破裂するため細胞中の成分が漏出し、周辺組織に炎症反応を引き起こす。一方、アポトーシスが誘導された細胞は、アポトーシス小体を形成し、該小体はマクロファージに貪食され、その結果、細胞中の成分が漏出せず炎症反応を引き起こさない。そのため、アポトーシス細胞を含む組織は、移植後にネクローシスに伴う炎症反応を引き起こさず、生着率が高く移植後の機能も良好であるため非常に有用である。
【0032】
2. 哺乳動物由来の組織に含まれる細胞にアポトーシスを誘導する方法
本発明はまた、哺乳動物由来の組織に含まれる細胞にアポトーシスを誘導する方法を提供する(以下、「本発明のアポトーシス誘導方法2」と称する場合がある。)。具体的には、当該方法は、哺乳動物由来の組織に10MPa以上50MPa以下の静水圧を加える工程を含む。
【0033】
本発明のアポトーシス誘導方法2において、組織は哺乳動物由来である限り特に限定されない。また、組織は組織片であってもよい。組織としては、以下に限定されるものではなく、例えば、皮膚、血管、神経、心臓弁、心膜、大動脈、硬膜、角膜、羊膜、靭帯、腱、歯、肝臓、心臓、腎臓、膵臓、中皮、筋膜、膀胱、小腸、大腸、食道、喉頭、骨、骨髄、軟骨、気管、子宮、脳及び肺等が挙げられる。好ましくは皮膚である。
【0034】
本明細書において、哺乳動物由来の組織に含まれる細胞とは、該組織を構成する細胞である限り特に限定されず、自家であってもよく、他家であってもよい。細胞としては、例えば、「1. 細胞にアポトーシスを誘導する方法」の記載の細胞が挙げられる。
【0035】
組織としては、一般的な手法、例えば、生検、インフォームドコンセントを得た患者から提供される組織等が挙げられるが、採取の手法はこれらに限定されない。
【0036】
哺乳動物由来の組織に静水圧を加える工程は、自体公知の高圧装置を用いて直接もしくは間接的に加圧することにより行われる。高圧装置は、本発明における静水圧を所望する期間中加えることが可能な装置であればよい。例えば、市販の高圧装置(例、サーボプレッシャ500、株式会社スギノマシン)、それらを改良した装置等が挙げられる。
【0037】
哺乳動物由来の組織に静水圧を加える工程は、例えば、哺乳動物由来の組織を滅菌したプラスチックバッグに入れて密封し、高圧装置で静水圧を加えることにより行うことができる。組織は液体中に存在してもよく、当該液体は特に限定されず、例えば、緩衝液、培養液、蒸留水等が挙げられる。緩衝液は特に限定されず、例えば、生理食塩水、PBS緩衝液、HEPES緩衝液、MES緩衝液、Tris-HCl緩衝液等が挙げられる。培養液は特に限定されず、例えば、DMEM、MEM-α、RPMI1640、Eagle基礎培養液等が挙げられる。
【0038】
哺乳動物由来の組織に加える静水圧、静水圧を加える時間及び温度、並びにアポトーシスが誘導された細胞の確認は、上述の「1. 細胞にアポトーシスを誘導する方法」に記載の細胞に加える静水圧、静水圧を加える時間及び温度、並びにアポトーシスが誘導された細胞の確認と同様である。
【0039】
上述のとおり、従来の加圧処理により細胞はネクローシスを起こす。ネクローシスを起こした細胞は細胞自体が膨張して破裂するため、細胞中の成分が漏出し、周辺組織に炎症反応を引き起こす。そのため、ネクローシスを起こした細胞を含む組織は生着しにくいと考えられる。一方、本発明のアポトーシス誘導方法2によりアポトーシスが誘導された細胞は、アポトーシス小体を形成し、該小体はマクロファージに貪食され、その結果、細胞中の成分が漏出せず炎症反応を引き起こさない。そのため、アポトーシスが誘導された細胞を含む組織は、移植後にネクローシスに伴う炎症反応を引き起こさず、生着率が高く移植後の機能も良好であると考えられる。
【0040】
哺乳動物由来の組織が皮膚である場合、本発明のアポトーシス誘導方法2により、細胞はアポトーシスが誘導されるが、皮膚(真皮)の主要成分である細胞外マトリックス(例:コラーゲン、エラスチン、ラミニン、フィブリリン等)は損傷を受けない。そのため、皮膚が欠損している部位に当該皮膚を移植すると、細胞外マトリックス等を足場として、線維芽細胞、組織球(マクロファージ)、肥満細胞、形質細胞等の遊走が起こり、そして血管等が創床から移植した皮膚へ侵入し、皮膚(移植片)は生着する。また、当該生着した皮膚(真皮)により効率的な表皮あるいは表皮細胞の移植が可能となる。
特に、最小限の傷(例えば、母斑部分のみ)による治療を所望する先天性巨大色素性母斑等の患者において、上記生着率の高さは、優れた利点となる。
【0041】
上記本発明の効果は、圧力が約100MPa以下では細胞死は誘導されないという従来の報告(非特許文献1、2、4~6)からは予想が出来ない効果である。また、圧力が200MPaより低いと、皮膚組織の不活化が不十分となることがあるという、本発明者を含むグループの報告(特許文献3)からも予想が出来ない効果である。
【0042】
本発明のアポトーシス誘導方法2により、哺乳動物由来の組織に含まれる細胞にアポトーシスが誘導される。上述のとおり、アポトーシス細胞は、該細胞中の成分が漏出せず炎症反応を引き起こさない。そのため該細胞を含む組織は、移植後にネクローシスに伴う炎症反応を引き起こさず、生着率が高く移植後の機能も良好であるため、移植材料として適している。
【0043】
3. アポトーシスが誘導された細胞の製造方法
本発明はまた、アポトーシスが誘導された細胞の製造方法を提供する(以下、「本発明の製造方法1」と称する場合がある。)。具体的には、当該方法は、細胞に10MPa以上50MPa以下の静水圧を加える工程を含む。当該方法における細胞及び細胞に静水圧を加える工程(静水圧、静水圧を加える時間及び温度)、並びにアポトーシスが誘導された細胞の確認は、上述の「1. 細胞にアポトーシスを誘導する方法」の記載と同様である。
【0044】
本発明の製造方法に用い得る細胞は、「1. 細胞にアポトーシスを誘導する方法」中で記載したものと同様であり、当該細胞は、自体公知の方法、例えば、「1. 細胞にアポトーシスを誘導する方法」中で記載したような方法により取得してもよい。
【0045】
本発明の製造方法1により、アポトーシス細胞が得られる。上述のとおり、得られたアポトーシス細胞は、該細胞中の成分が漏出せず炎症反応を引き起こさない。そのため該細胞を含む組織は、移植後にネクローシスに伴う炎症反応を引き起こさず、生着率が高く移植後の機能も良好であるため非常に有用である。
【0046】
4. アポトーシスが誘導された細胞を含む組織の製造方法
本発明はまた、アポトーシスが誘導された細胞を含む組織の製造方法を提供する(以下、「本発明の製造方法2」と称する場合がある。)。具体的には、当該方法は、哺乳動物由来の組織に10MPa以上50MPa以下の静水圧を加える工程を含む。当該方法における哺乳動物由来の組織、及び哺乳動物由来の組織に静水圧を加える工程(静水圧、静水圧を加える時間及び温度)、並びにアポトーシスが誘導された細胞の確認は、上述の「2. 哺乳動物由来の組織に含まれる細胞にアポトーシスを誘導する方法」の記載と同様である。
【0047】
本発明の製造方法2により、アポトーシス細胞を含む組織が得られる。上述のとおり、アポトーシス細胞は、該細胞中の成分が漏出せず炎症反応を引き起こさない。そのため、該細胞を含む組織は、移植後にネクローシスに伴う炎症反応を起こさず、生着率が高く移植後の機能も良好であるため、移植材料として適している。
【0048】
5. 移植用組成物
本発明はまた、アポトーシスが誘導された細胞を含む組織を含む移植用組成物を提供する。移植用組成物は、本発明の製造方法2により得られる組織と、医薬的に許容可能な担体とを含んでもよい。医薬的に許容可能な担体としては、例えば、緩衝液、生理食塩水又は蒸留水等が挙げられる。
【0049】
上述のとおり、生体組織にHHPを加えて脱細胞化する方法は、従来より報告されている。しかし、特定の条件下で哺乳動物由来の組織に静水圧を加えることによって組織に含まれる細胞にアポトーシスを誘導することや、アポトーシス細胞を含む組織を移植に用いることは、報告されていない。そして、本発明の製造方法2により得られる組織は、移植後にネクローシスに伴う炎症反応を起こさず、生着率が高く移植後の機能も良好である。よって、当該組織を含む移植用組成物は、移植材料として適している。
【0050】
6. 移植方法
本発明はまた、組織の移植方法を提供する。具体的には、当該移植方法は、移植用組成物を、移植を必要とする対象に移植する工程を含む。移植用組成物は、本発明の製造方法2により得られる、アポトーシスが誘導された細胞を含む組織を含む。本発明の移植方法は、本発明の移植用組成物を複数回に分けて移植してもよく、当該移植用組成物を移植した後、当該移植箇所に、自家あるいは他家の細胞からなる組織等をさらに移植する工程を含んでもよい。また、本発明の移植方法は、移植前に当該移植用組成物を準備する工程や、当該移植用組成物及び/又は自家あるいは他家の細胞からなる組織等の移植後に必要とされる薬剤を対象に投与する工程を更に含んでもよい。上述のとおり、本発明の移植用組成物は、移植後にネクローシスに伴う炎症反応を起こさず、生着率が高く移植後の機能も良好であるため、本発明の移植方法も、移植が必要な疾患の治療方法として適している。
【0051】
対象は、移植を必要とする限り特に限定されず、例えば、皮膚の癌又は腫瘍(例えば、母斑(例えば、色素性母斑等))を有する哺乳動物等が挙げられる。移植方法は、具体的には、例えば皮膚の癌又は腫瘍(例えば、母斑(例えば、色素性母斑等))の場合、当該対象から癌又は腫瘍を含む皮膚を採取後、本発明の製造方法2により細胞にアポトーシスを誘導して移植用組成物を調製し、当該組成物を元の場所に移植することにより行われてもよい。さらに、本発明の製造方法2により得られるアポトーシス細胞を含む組織(例えば、皮膚)に、自家あるいは他家の表皮細胞、培養表皮、脂肪細胞、脂肪前駆細胞、骨髄幹細胞、粘膜上皮細胞、シュワン細胞又は血管内皮を移植してもよい。
【実施例】
【0052】
以下に実施例などを挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例などにより限定されるものではない。
【0053】
実施例1 静水圧によるアポトーシスを介した細胞死
材料及び方法
ヒト皮膚線維芽細胞のアポトーシス誘導
ウォーターバスで速やかにヒト皮膚線維芽細胞(hDFa; カタログ番号:C0135C;Life Technologies Co., Ltd.、カールスバッド、カリフォルニア、アメリカ)を解凍後、10又は15cmの培養ディッシュ(Falcon; Corning Inc.、ニューヨーク、アメリカ)に1×106細胞を播種して培養し、1又は2日ごとに培地を交換した。具体的には、10% ウシ胎児血清(FBS; Hyclone、ローガン、ユタ、アメリカ)、並びに1% 抗生物質/ペニシリン及びストレプトマイシン液(MP Biomedicals, LLC、ソロン、オハイオ、アメリカ)を補充したダルベッコ改変イーグル培地(DMEM;「ニッスイ」1;日水製薬株式会社、東京、日本)を用いて、37℃、95% 湿度及び5% CO2で細胞を培養した。6~12回継代した細胞を加圧処理に用いた。70~80%コンフルエントに達したら、カルシウム及びマグネシウムを含まないリン酸緩衝食塩水(PBS;タカラバイオ株式会社、草津、日本)で細胞を3回洗浄し、TrypeLE Express(Gibco、Life Technologies Co., Ltd.、ニューヨーク、アメリカ)を用いて細胞を解離した。懸濁液中の1×106細胞を、50mlの培地を充填した滅菌プラスチックバッグ内に溶解し、プラスチックバッグを密封した。
【0054】
加圧処理は4種の加圧条件、0MPaの静水圧で36時間(0MPa_36h群)、50MPaの静水圧で24時間(50MPa_24h群)、50MPaの静水圧で36時間(50MPa_36h群)、及び50MPaの静水圧で48時間(50MPa_48h群)を設定して下記のとおり行った。高圧装置の全ての静水圧チャンバーが37℃で安定したら、密封したプラスチックバッグ(n=3)を各チャンバーに入れ、暖めた水道水をチャンバーに充填し、チャンバーの蓋を固く閉じた。チャンバー2、3、4では圧力を51MPaまで上昇させ、50MPa以上で維持した。チャンバー1では圧力を上昇させなかった(0MPa)。圧力が自動的に大気圧状態に低下するゼロまで、カウントダウンを開始した。10 cmの培養ディッシュを用いて37℃/5% CO2で同じ継代の線維芽細胞を培養したものをコントロールとした。接着した線維芽細胞を0.5 μM スタウロスポリン(STS;ab120056、Abcam Co., Ltd.、ボストン、マサチューセッツ、アメリカ)で24時間処理したものをポジティブコントロールとした。
【0055】
加圧処理によりアポトーシスが誘導された細胞のフローサイトメトリー解析
サンプルあたり約3×105細胞を集めてPBSで洗浄した。ホスファチジルセリン(PS)の膜転座の検出のために、200μl アッセイバッファー、2μl Apopxin Green Indicator、1μl 7-AAD、及び1μl CytoCalcein 450(Apoptosis/Necrosis Detection Kit; ab176749、Abcam Co., Ltd.)を含む混合物に細胞を再懸濁した。サンプルを室温の暗所に30分間保存後、Blowjoソフトウェア(Flowjo LLC、BD Biosciences)を用いてBD FACSCanto II (BD Biosciences、カリフォルニア、アメリカ)で2×104細胞を解析した。全アポトーシス細胞(Apopxin+/7-AAD+及びApopxin+/7-AAD-)の解析及び比較を行った。
同様に、アポトーシス細胞における活性酸素種(ROS)の過剰産生の評価を、MitoSOX Red Mitochondrial Superoxide Indicator(Molecular Probes、ThermoFisher Scientific、ウィルミントン、デラウェア、アメリカ)を用いて下記のとおり行った。1μlの5mM MitoSOX reagent stock solutionを1mlのHBSS/Ca/Mg(Gibco、Life Technologies Co., Ltd.)に希釈し、サンプルごとに採取した細胞ペレットにアプライした。サンプルを37℃の暗所で10分間インキュベートした後、PBSで2回洗浄し、BD FACSCanto IIで解析した。
【0056】
免疫蛍光
加圧処理後、サンプルあたり1×105細胞をPBSで洗浄し、新鮮なDMEM/10% FBSに再懸濁し、35mmのガラスボトムディッシュ(松浪硝子工業株式会社、大阪、日本)に播種した。ディッシュの底に細胞を接着させるために、37℃、5% CO2でインキュベートした。
アポトーシス/ネクローシスの観察のために、穏やかに培地を捨て、細胞を200μl アッセイバッファーで2回洗浄した。各ガラスボトムディッシュ内に接着した細胞を、200μlのアッセイバッファー、2μl Apopxin Green Indicator、1μl 7-AAD、及び1μl CytoCalcein 450(ab176749、Abcam)と共に、室温で30分間インキュベートした。
ROS産生のイメージングのために、1mlの5μM MitoSOX reagent working solution(Molecular Probes)を各ガラスボトムディッシュに入れ、室温で10分間インキュベートした。PBSで穏やかに細胞を3回洗浄後、Hoechst 33342 solution(株式会社 同仁化学研究所、熊本、日本)で対比染色し、室温で15分間インキュベートした。そして、共焦点レーザー走査型顕微鏡Fluoview FV3000(オリンパス株式会社、東京、日本)でガラスボトムディッシュを解析した。
【0057】
加圧処理後のヒト皮膚線維芽細胞のTEM
線維芽細胞を解凍後に数回継代し、接着した細胞を解離させ、プラスチックバッグへ入れ、上記と同様の方法により加圧処理を行った。TEMによる観察には、コントロール(0MPa)、及び50MPa_36h群の細胞のみを用いた。加圧処理後直ちに細胞を回収し、2% グルタルアルデヒド、0.1M カコジル酸ナトリウム及び1mM CaCl2を用いて37℃、pH 7.4で30分間固定し、0.1M カコジル酸ナトリウム及び0.2M スクロースを用いて4℃、pH 7.4で10分間洗浄した。洗浄は2回行った。1% 四酸化オスミウム、0.1M カコジル酸ナトリウム及び0.15M スクロースを用いて4℃、pH 7.4で30分間、サンプルを後固定し、エタノールで脱水した。その後、Epon 812樹脂中に浸透させ、45℃で12時間、55℃で24時間、及び45℃で12時間重合した。標本を超薄切片に切断し、TEM(JEM-1400Plus、日本電子株式会社、東京、日本)で観察した。
【0058】
加圧処理後の細胞の形態及び生存率
加圧処理後、細胞を含む全ての培地をプラスチックバッグ内より回収し、50mlコニカルチューブ(Falcon; Corning Inc.)に移し、1600rpmで3分間遠心分離した。上清を捨て、残存細胞数及び生存率を調べるために、細胞ペレットを1mlの新鮮な培地に再懸濁した。0MPa_36h群において線維芽細胞の凝集の出現が検出されたので、ペレットをPBSで2回洗浄し、0.5mlのTrypeLE Express(Gibco; Life Technologies Co.)を用いてインキュベーター内で5分間剥離した。群間の細胞集団の違いのため、フローサイトメトリーの前方散乱光(FSC)および側方散乱光(SSC)を用いてアポトーシス細胞及び生存細胞を解析した。さらに、Apoptosis/Necrosis Detection Kit(ab176749、Abcam)中のCytoCalcein 450の染色は、全集団におけるアポトーシス又はネクローシス細胞から生細胞を特異的に区別する。したがって、加圧処理した細胞の生存率の違いを比較するために、当該染色の平均蛍光強度を解析した。
【0059】
加圧処理後の不可逆的な細胞死を確認するために、コントロール及びポジティブコントロール群を含む各細胞懸濁液の一部である100μL(1×104細胞と同等)を、1mlの培養液を含む24ウェル細胞培養プレート(CORNING, Inc.)に播種した。細胞を37℃、湿度95%及び5% CO2で7日間、培地を交換せずに培養した。播種後1日、3日及び7日目に、倒立顕微鏡(Carl Zeiss Co., Ltd, Oberkochen、ドイツ)を用いて細胞の形態および接着を観察した。
また、WST-8(4-[3-(2-メトキシ-4-ニトロフェニル)-2-[4-ニトロフェニル]-2H-5-テトラゾリオ]-1,3-ベンゼンジスルホネート ナトリウム塩)を用いて、下記のとおりに増殖を定量的に評価した。加圧後または加圧なしの各細胞懸濁液の一部である100μL(1×104細胞と同等)を96ウェルプレート(CORNING, Inc.)の各ウェルに添加した(群あたりn=28)。プレートを37℃、5%CO2の加湿雰囲気中、3時間、1日、3日又は7日間、培地を交換せずにインキュベートした。各評価時点で、10μLのWST-8アッセイ試薬(Cell Counting Kit-8;株式会社 同仁化学研究所)を各ウェルに添加し、37℃で2時間インキュベートした。穏やかにプレートを振盪し、EnSpire Multimode Plate Reader(PerkinElmer Co., Ltd., マサチューセッツ、アメリカ)を用いて450nmの波長で培地の吸光度を測定した(各群の各時点でn=7)。同時に、任意のゼロ点(n=7)として用いるために培地が空のウェルプレート吸光度も測定した。
【0060】
統計解析
結果は、少なくとも3回の独立した実験の平均値、及びバーで表される標準偏差(±SD)として示す。有意差は、一元配置分散分析(ANOVA)、それに続くTukey-Kramer post hoc testまたはPrism 7.03(GraphPad Software, Inc., サンディエゴ、CA、アメリカ)を用いたStudent's t testにより推定した。値* p<0.05、**p<0.01、***p<0.001は有意水準を表す(p<0.05は有意とみなした)。
【0061】
結果
ホスファチジルセリン(PS)の外在化及び膜透過性
50MPaの静水圧はアポトーシスの誘導が可能であるという仮説を検証するために、線維芽細胞株をDMEM/10% FBSを充填した密封バッグ内で懸濁培養し、上述のとおり特定の条件で加圧処理を行った(
図1)。Apopxin Green(FITC)及び7-AAD染色の検出に基づいてアポトーシス細胞を解析した。アポトーシスの誘導に有効なスタウロスポリン(STS、ポジティブコントロール)濃度及び処理時間は、0.5μM、24時間であった。
0MPa_36h群の生細胞集団(FITC
-/7-AAD
-)と比べ、50MPa_24h群では初期アポトーシス(FITC
+/7-AAD
-)及び後期アポトーシス(FITC
+/7-AAD
+)が認められ、50MPa_36h群及び50MPa_48h群では90%を超えるアポトーシス細胞(FITC
+)が認められた(
図2)。
群間のアポトーシス細胞の割合の比較により(
図3)、0MPa_36h群と50MPa各群との間で有意差が見出された。これは、この圧力レベルが線維芽細胞株のアポトーシスを効果的に誘導したことを裏付ける。しかし、効果的な処理は加圧時間によって異なった。アポトーシス細胞が約50~60%である50MPa_24h群と比較して、50MPa_36h群又は50MPa_48h群のほとんどの細胞がアポトーシス細胞であった(p<0.01)。
さらに、コントロール及び0MPa_36h群のApopxin-FITC及び7-AADについて、他の群と明らかに異なるピークのヒストグラム及び平均蛍光強度(MFI)が示された(
図4上及び下)。
染色の免疫蛍光イメージングにより(
図5)、初期アポトーシス細胞(Apopxin
+/7-AAD
-)、後期アポトーシス細胞(Apopxin
+/7-AAD
+)、及び生細胞(Cytocalcein 450
+)で、アポトーシス小体(0.5-2μm)を放出している細胞(
図5白矢印)が明確に同定された。
図6は、群間の生細胞とアポトーシス細胞の数の差について考察が可能な倍率である、10倍の倍率での全ての群の免疫蛍光イメージングを示す。より高い倍率(40倍)により、PSの露出、無傷の膜、透過性、さらにはアポトーシス小体形成の放出(白い矢印)といった加圧処理により誘導されたアポトーシス細胞の形態を、より詳細に観察することが可能であった。
【0062】
加圧処理した線維芽細胞の透過型電子顕微鏡(TEM)像
細胞が一定の超微細構造の形態学的特徴を有する場合、TEMはアポトーシスを確認するためのゴールドスタンダードであると考えられている。
コントロールにおける細胞の正常な形態は、50MPa_36h群におけるアポトーシス細胞の各段階とは異なっていた(
図7~9)。
アポトーシス細胞の初期には、電子密度の高い核の特徴(初期での辺縁化)及び細胞表面の多くのブレブ(
図7下)を認めた。後期には、核の断片化、及び大きく透明な細胞内液胞(
図8上、
図8下)が認められた。また、アポトーシス小体の放出過程が認められた(
図8上)。最終段階では、アポトーシス小体の放出が認められた(
図9)。
【0063】
加圧処理に応じた活性酸素種(ROS)生成
ROSはアポトーシスの誘導又は増強に関係する。したがって、加圧処理細胞におけるROSの過剰な産生を実証するために、MitoSOX Red mitochondria indicatorを用いた。
本試験全体において、36時間の加圧の有無による強い違いを強調するために、他の加圧時間の代表として0MPa_36h群を用いた。また、0MPaで24時間、36時間、又は48時間処理してもROSの発現に差が無いことも見出した(
図10上)。結果として、2日目までの(適切な栄養を有する)密閉バッグ内の線維芽細胞の懸濁培養では、アポトーシスは誘導されなかったと考えられた。
図10上に示すように、コントロールと比較して、0MPa群でのROS強度のヒストグラムの発現は認められない。その代わり、50MPaで24時間の加圧後、ROS強度の増加が検出され、経時的に上昇した。ROS強度の比較において(
図10下)、50MPaで36時間又は48時間処理すると大量のROS産生が認められ、24時間処理では中程度の上昇が認められた。
MitoSOX Red及びHoechst 33342の対比染色を用いた免疫蛍光イメージにより、コントロール又は0MPa_36h群と比較して50MPa各群で染色された核の減少、および加圧処理群におけるMitoSOX Redシグナルの発生が認められた(
図11)。
【0064】
加圧処理細胞の生存率及び増殖
0MPa_36h群及びコントロールの細胞の類似したヒストグラムより、密閉バッグ内の線維芽細胞の懸濁培養が細胞生存率に影響を及ぼさないことが示された(
図12上)。50MPaで24時間加圧すると、Cytocalcein 450強度が減少し、Cytocalcein 450ネガティブ染色細胞が出現した。50MPaで36時間及び48時間加圧すると、Cytocalcein 450ネガティブ染色細胞の量が上昇し、Cytocalcein 450ポジティブ染色細胞の検出は少数であった。
0Mpa_36h群と比べて、50MPaで24時間加圧するとMFIは部分的に減少した。また、36時間及び48時間の加圧後、MFIはSTSと同様に有意に減少した(
図12下)。生存率を確認するために、フローサイトメーター(染色なし)における細胞のサイズ(FSC)及び粒度(SSC)の値を用いて、2つの集団の差を同定した(
図13)。図中、プロットで表される生細胞は、コントロールで通常約91.5%あり、0MPa_36h群でわずかに低く(82%)、50MPa各群では時間の経過と共にそれぞれ41.3%(24時間) - 9.73%(36時間) - 6.32%(48時間)と低下した。
【0065】
細胞死の完全な誘導について、もうひとつの重要な評価としては、適切な培地に播種後の細胞増殖の可能性を調べることが挙げられる。WST-8アッセイ及び光学顕微鏡観察により、0MPa_36h群の線維芽細胞は、播種後3時間はコントロールよりわずかに弱かったが、その後十分に増殖し、7日目までに同様に増殖したことが認められた(
図14及び15(Bar=100μm、白矢印:増殖した線維芽細胞))。対照的に、50MPa_24h群の線維芽細胞は0MPa_36h群より弱く、最初の3日間は増殖しなかったが、その後増殖を再開し、7日目まで連続的に増殖した。興味深いことに、
図13のデータとは異なり、50MPa_36h群又は50MPa_48h群、及びSTS群において、播種培養7日目まで生細胞は観察されなかった。これらの結果は、50MPaで36時間以上処理することは、不可逆的な細胞死を完全に誘発するのに有効であることを示している。
【0066】
実施例2 時間の経過に伴う静水圧の影響
加圧条件以外は実施例1と同様の方法により、ヒト皮膚線維芽細胞のアポトーシスを誘導した。加圧条件は、0MPaの静水圧で48時間(0MPa_48h群)及び7日間(0MPa_1week群)、10MPaの静水圧で48時間(10MPa_48h群)及び7日間(10MPa_1week群)、20MPaの静水圧で48時間(20MPa_48h群)及び7日間(20MPa_1week群)、30MPaの静水圧で48時間(30MPa_48h群)及び7日間(30MPa_1week群)、並びに50MPaの静水圧で48時間(50MPa_48h群)を設定した。アポトーシス細胞の解析は実施例1と同様の方法により行った。
【0067】
0MPa_48h群、10MPa_48h群、20MPa_48h群では生細胞の割合にあまり変化は認めなかった。生細胞は、30MPa_48h群では13%、50MPa_48h群では8.75%と減少し、アポトーシス細胞の割合は80%以上認められた(
図16、1及び3段目)。
0MPa_1week群では生細胞の割合は、38.6%であったが、10MPa_1week群では11.4%と減少し、20MPa_1week群では1.42%、30MPa_1week群では0.02%とほとんど認められなくなった。30MPa_1week群では90.2%が後期アポトーシスを示していた(
図16、2及び4段目)。48時間圧力をかけた群では30MPa以上の圧力でアポトーシス細胞の割合が急激に増加し、1週間圧力をかけた群では10MPa以上の圧力でアポトーシス細胞の割合が増加している(
図17)。つまり、アポトーシスを誘導したいのであれば、48時間では、30MPa以上の圧力が適切であり、1週間であれば10MPa以上の圧力が適切であることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明の方法は、細胞又は哺乳動物由来の組織に含まれる細胞にアポトーシスを誘導することができる。当該アポトーシス細胞を含む組織は、移植後に壊死を起こさず、生着率が高く予後も良好であるため、移植材料として利用可能である。