(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-30
(45)【発行日】2023-09-07
(54)【発明の名称】密封装置
(51)【国際特許分類】
F16C 33/82 20060101AFI20230831BHJP
F16J 15/3204 20160101ALI20230831BHJP
F16J 15/53 20060101ALI20230831BHJP
F16C 33/78 20060101ALI20230831BHJP
【FI】
F16C33/82
F16J15/3204 201
F16J15/53
F16C33/78 Z
(21)【出願番号】P 2019151152
(22)【出願日】2019-08-21
【審査請求日】2022-06-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000004385
【氏名又は名称】NOK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【氏名又は名称】上島 類
(72)【発明者】
【氏名】鴻農 俊也
【審査官】松江川 宗
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-116669(JP,A)
【文献】特開2013-133846(JP,A)
【文献】実開昭62-100374(JP,U)
【文献】特開2008-190622(JP,A)
【文献】特開2003-161329(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00-19/56,33/30-33/66,
33/72-33/82,35/00-39/06,
43/00-43/08
F16J 15/16-15/3296,15/46-15/53
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄道車両の車軸用軸受に用いられる密封装置であって、
軸線周りに環状の補強環と、
前記補強環に取り付けられている前記軸線周りに環状の弾性体から形成された弾性体部と、
前記軸線周りに環状の部材である保護環とを備え、
前記弾性体部は環状のシールリップを有しており、
前記保護環は、前記シールリップよりも密封対象物の側において、前記密封対象物に面するように形成された環状の部分である円盤部を有しており、
前記保護環の前記円盤部は、前記密封対象物に面する面である内側面を有しており、
前記保護環は、少なくとも前記内側面に磁性を有して
おり、
前記保護環の前記円盤部には、少なくとも1つの貫通孔が形成されており、
前記保護環の前記円盤部には、印が設けられており、
前記保護環は、前記貫通孔を2つ有しており、
前記2つの貫通孔は、前記印に前記軸線を挟んで対向する側において、前記印と前記軸線とを通る直線に対して対称に配置されていることを特徴とする密封装置。
【請求項2】
前記保護環は、磁性を有する材料によって形成されていることを特徴とする請求項1記載の密封装置。
【請求項3】
前記保護環の前記内側面には、磁性を有する層である磁性層が形成されていることを特徴とする請求項1記載の密封装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、密封装置に関し、特に、鉄道車両の車軸用軸受に用いられる密封装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、鉄道車両の車軸用軸受には、外輪又は外輪を保持するハウジングと、車軸との間の環状の空間を密封するために密封装置が用いられている。このような密封装置は、軸受内の潤滑油の外部への漏洩の防止を図ると共に、大気側から軸受の内部に水や泥水、ダスト等の異物が進入することの防止を図っている。鉄道車両の車軸は高速で回転し、また、両方向に回転するため、密封装置のシールリップには高い耐久性及び耐熱性が求められている。
【0003】
このため、従来の鉄道車両の車軸用軸受に用いられる密封装置には、耐久性及び耐熱性に優れたフッ素系のシールリップが用いられているものがある。また、シールリップの潤滑を良好にするために、従来の鉄道車両の車軸用軸受に用いられる密封装置には、保護環が用いられているものがある。保護環は、断面L字状の環状の部材であり、シールリップに軸線方向において密封対象物側から対向するように密封装置の弾性体部に嵌着されている。保護環は、シールリップ側に弾性体部との間に環状の空間を形成し、シールリップの良好な潤滑のために、この空間内に潤滑油を留めるように形成されている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述のような、保護環を有する、鉄道車両の車軸用軸受に用いられる従来の密封装置は、保護環によって潤滑油を滞留して潤滑油のシールリップへの供給を図り、シールリップへの潤滑性能を高めている。軸受内には内輪と油切りとの間のフレッチング摩耗等の内部の構成部材間の接触等により摩耗粉が出現し、この摩耗粉は潤滑油に混ざる。このため、摩耗粉が混入した潤滑油が潤滑性能を高めるために保護環によって滞留される場合があり、この潤滑油に混ざっている摩耗粉を、シールリップが軸との間で噛み込む場合がある。シールリップが摩耗粉を噛み込むと、シールリップが損傷し、シールリップによる密封機能に影響を与える場合がある。
【0006】
このため、従来から、保護環を設けてシールリップに対する潤滑性能を高めつつ、潤滑油に混ざっている摩耗粉によるシールリップの損傷を防止するための構造が求められており、その提案がなされている。
【0007】
本発明は、上述の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、保護環を設けてシールリップに対する潤滑性能を高めつつ、潤滑油に混入した摩耗粉によるシールリップの損傷の防止を図ることができる鉄道車両の車軸用軸受に用いられる密封装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明に係る密封装置は、鉄道車両の車軸用軸受に用いられる密封装置であって、軸線周りに環状の補強環と、前記補強環に取り付けられている前記軸線周りに環状の弾性体から形成された弾性体部と、前記軸線周りに環状の部材である保護環とを備え、前記弾性体部は環状のシールリップを有しており、前記保護環は、前記シールリップよりも密封対象物の側において、前記密封対象物に面するように形成された環状の部分である円盤部を有しており、前記保護環の前記円盤部は、前記密封対象物に面する面である内側面を有しており、前記保護環は、少なくとも前記内側面に磁性を有していることを特徴とする。
【0009】
本発明の一態様に係る密封装置において、前記保護環は、磁性を有する材料によって形成されている。
【0010】
本発明の一態様に係る密封装置において、前記保護環の前記内側面には、磁性を有する層である磁性層が形成されている。
【0011】
本発明の一態様に係る密封装置において、前記保護環の前記円盤部には、少なくとも1つの貫通孔が形成されている。
【0012】
本発明の一態様に係る密封装置において、前記保護環の前記円盤部には、印が設けられており、前記保護環は、前記貫通孔を2つ有しており、前記2つの貫通孔は、前記印に前記軸線を挟んで対向する側において、前記印と前記軸線とを通る直線に対して対称に配置されている。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る鉄道車両の車軸用軸受に用いられる密封装置によれば、保護環を設けてシールリップに対する潤滑性能を高めつつ、潤滑油に混入した摩耗粉によるシールリップの損傷を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の実施の形態に係る密封装置の概略構成を示すための、軸線に沿う断面における密封装置の断面図である。
【
図2】
図1に示す密封装置の断面の一方を拡大して示す部分拡大断面図である。
【
図3】
図1に示す密封装置を内側から見た部分斜視図である。
【
図4】
図1に示す密封装置を内側から見た正面図である。
【
図5】適用対象の一例である鉄道車両の車軸用軸受に取り付けられた使用状態における密封装置を示すための図であり、軸受の密封装置近傍の概略構成を拡大して示す軸線に沿う部分拡大断面図である。
【
図6】変形例に係る保護環を示す図であり、軸線に沿う断面における密封装置の部分拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照しながら説明する。
【0016】
図1は、本発明の実施の形態に係る密封装置1の概略構成を示すための、軸線xに沿う断面における断面図であり、
図2は、
図1に示す密封装置1の断面の一方を拡大して示す部分拡大断面図である。本発明の実施の形態に係る密封装置1は、鉄道車両の車軸用軸受に用いられる。具体的には、密封装置1は、鉄道車両の車軸用軸受において、軸受のハウジングに形成された貫通孔とこの貫通孔に挿通される車軸との間の環状の空間の密封を図るために用いられる。密封装置1は、軸受のハウジング内の密封対象物としての潤滑油がハウジングの外部へ漏れることの防止を図ると共に、外部からハウジング内に水や泥水、ダスト等の異物が進入することの防止を図る。密封装置1の適用対象はこの具体例に限られず、密封装置1は種々の機械において用いることができる。
【0017】
以下、説明の便宜上、軸線x方向において矢印a(
図1参照)方向を内側とし、軸線x方向において矢印b(
図1参照)方向を外側とする。内側とは密封対象物に面する側であり密封対象物側であり、外側とは密封対象物側とは反対側であり大気側である。なお、軸線xに垂直な方向(以下、「径方向」ともいう。)において、軸線xから離れる方向(
図1の矢印c方向)が外周側であり、軸線xに近づく方向(
図1の矢印d方向)が内周側である。
【0018】
密封装置1は、軸線x周りに環状の補強環10と、補強環10に取り付けられている軸線x周りに環状の弾性体から形成された弾性体部20と、軸線x周りに環状の部材である保護環30とを備えている。弾性体部20は環状のシールリップ21を有している。保護環30は、シールリップ21よりも密封対象物側(内側)において、密封対象物に面するように形成された環状の部分である円盤部31を有している。保護環30の円盤部31は、密封対象物に面する面である内側面32を有しており、保護環30は、少なくとも内側面32に磁性を有している。以下、密封装置1の構造を具体的に説明する。
【0019】
補強環10は、
図1に示すように、軸線xを中心又は略中心とする環状の金属製の部材であり、軸線xに沿う断面(以下、単に「断面」ともいう。)の形状がL字状又は略L字状の形状を呈している。補強環10は、例えば、軸線x方向に延びる円筒状又は略円筒状の部分である円筒部11と、円筒部11の外側の端部から内周側に向かって延びる中空円盤状の部分である円盤部12とを有している。円筒部11は、後述するように、軸受のハウジングに形成された貫通孔の内周面に密封装置1が嵌合可能となるように形成されており、直接貫通孔の内周面に接触して嵌合可能となっていてもよく、また、弾性体部20の部分を介して貫通孔の内周面に接触して嵌合可能となっていてもよい。
【0020】
弾性体部20は、
図1に示すように、補強環10に取り付けられており、本実施の形態においては補強環10全体を覆うように補強環10と一体的に形成されている。弾性体部20は、上述のように、シールリップ21を有しており、また、基部22及びダストリップ23を有している。基体部22は、弾性体部20において、補強環10の円盤部12の内周側の端部近傍に位置する部分である。ダストリップ22は、シールリップ21よりも外側に設けられており軸線xに向かって延びる環状のリップである。
【0021】
シールリップ21は、具体的には、
図1,2に示すように、基体部22から内側に向かって延びる部分であり、軸線xを中心又は略中心とする環状の部分であり、補強環10の円筒部11に対向して形成されている。シールリップ21は、先端に、内周側に向かって凸の楔形状の断面形状を有しているリップ先端部21aを有している。また、シールリップ21の外周側には、リップ先端部21aに背向する位置に、ガータスプリング24が嵌着されている。ガータスプリング24は、リップ先端部21aを軸線xに向かう方向に押して、リップ先端部21aが車軸の変位に対して追随するようにリップ先端部21aに車軸に対する所定の大きさの緊迫力を与える。リップ先端部21aは、後述するように車軸の外周面に接触して、密封装置1と車軸との間の密封を図る。
【0022】
ダストリップ23は、リップ状の部分であり、軸線xを中心とする円錐筒状又は略円錐筒状の形状を有しており、使用状態において、ダストリップ23の先端が車軸に接触するようにダストリップ23は形成されている。外側ダストリップ23は、基体部22から外側に軸線xに向かって延びており、具体的には、
図1,2に示すように、基体部22から外側且つ内周側の方向に延出している。ダストリップ23により、外側からリップ先端部21a方向への水や泥水、ダスト等の異物の進入の防止が図られている。使用状態において、ダストリップ23は、出力軸に接触せずに近接するようになっていてもよい。
【0023】
また、弾性体部20は、ガスケット部25と、後方カバー部26と、ライニング部27とを有している。ガスケット部25は、弾性体部20において、補強環10の円筒部11を外周側から覆っている部分であり、後述するように、軸受において車軸が通される貫通孔に密封装置1が圧入された際に、この貫通孔と補強環10の円筒部11との間において径方向に圧縮されて、径方向に向かう力である嵌合力が所定の大きさ発生するように、径方向の厚さが設定されている。後方カバー部26は、補強環10の円盤部12を外側から覆っている部分であり、ライニング部27は、補強環10を内側及び内周側から覆っている部分である。
【0024】
補強環10の金属材としては、例えば、ステンレス鋼やSPCC(冷間圧延鋼)がある。また、弾性体部20の弾性体としては、例えば、各種ゴム材がある。各種ゴム材としては、例えば、ニトリルゴム(NBR)、水素添加ニトリルゴム(H-NBR)、アクリルゴム(ACM)、フッ素ゴム(FKM)等の合成ゴムである。補強環10は、例えばプレス加工や鍛造によって製造され、弾性体部20は成形型を用いて架橋(加硫)成形によって成形される。この架橋成形の際に、補強環10は成形型の中に配置されており、弾性体部20が架橋接着により補強環10に接着され、弾性体部20が補強環10と一体的に成形される。
【0025】
保護環30は、
図1,2に示すように、シールリップ21のリップ先端部21aよりも内側において、後述する密封装置1の使用状態において、密封対象物に面して延びるように形成された環状の部分である円盤部31を有している。また、保護環30は、弾性体部20又は補強環10、又は弾性体部20及び補強環10に保持される部分を有している。具体的には、保護環30は、
図1,2に示すように、軸線xを中心又は略中心とする環状の部材であり、断面形状がL字状又は略L字状の形状を呈している。保護環30は、軸線x方向に延びる円筒状又は略円筒状の部分である円筒部33を有しており、この円筒部33の内側の端部から円盤部31が内周側に延びている。円盤部31は、中空円盤状の部分であり、内側に面する内側面32を有している。円筒部33は、上述の保持される部分であり、弾性体部20のライニング部27に内周側において嵌着可能に形成されている。つまり、
図1,2に示すように、密封装置1において、円筒部33がライニング部27の内周側でライニング部27によって保持されて、保護環30は固定されている。なお、弾性体部20がライニング部27を有していない場合は、保護環30の円筒部33は、補強環10の円筒部11に嵌着可能となるようになっている。保護環30の円筒部33は、補強環10の円筒部11及び弾性体部20のライニング部27の双方に嵌着可能となるようになっていてもよい。
【0026】
円盤部31は、
図1,2に示すように、軸線x方向において内側に、シールリップ21の内側の端(内側端21b)から離れて位置するように形成されている。また、円盤部31は、円盤部31の内周側の端である内周端31aが、径方向においてシールリップ21のリップ先端部21aよりも内周側に位置するように形成されている。このように、保護環30は、内側からシールリップ21に向かう経路を遮断しようとする部材であり、円盤部31は、内側からシールリップ21に向かう経路を狭めるようになっている。保護環30の円盤部31の内周端31aは、径方向において、シールリップ21のリップ先端部21aよりも内周側に位置していなくてもよく、円盤部31は、内周端31aが軸線x方向においてリップ先端部21aに又は内側端21bに対向するように形成されていてもよく、内周端31aが径方向においてシールリップ21の内側端21bよりも外周側に位置するように形成されていてもよい。
【0027】
円盤部31は、上述のように内側面32を有しており、内側面32は、
図1,2に示すように、円盤部31の内側に面する面である。内側面32は、軸線xを中心又は略中心とする円環状又は略円環状の平面又は略平面である。上述したように、保護環30は、少なくとも内側面32に磁性を有している。
【0028】
本実施の形態においては、保護環30自体が磁性を有している。つまり、保護環30全体が磁性材料から形成されている。但し、保護環30全体が磁性材料から形成されていなくてもよく、少なくとも円盤部31の内側面32の部分が磁性材料から形成されていればよい。例えば、円盤部31のみが磁性材料から形成されていてもよい。また、円盤部31の内側面32全体が磁性材料から形成されていなくてもよく、例えば、内側面32の内周側の環状の部分等、内側面32の一部が磁性材料から形成されていてもよい。保護環30を形成する磁性材料としては、例えばFe-Mn系磁石等の塑性加工磁石等がある。但し、保護環30を形成する磁性材料はこれに限られない。
【0029】
また、保護環30の円盤部31には、少なくとも1つの貫通孔34が形成されている。例えば、円盤部31には、
図3,4に示すように、2つの貫通孔34が形成されている。円盤部31には、
図4に示すように、印35が設けられている。印35は、凹部やペイント等視認可能なものである。また、
図4に示すように、2つの貫通孔34は、印35に軸線xを挟んで対向する側において、印35と軸線xとを通る直線lに対して対称又は略対称に配置されている。なお、貫通孔34の数や位置は、図示の例に限られない。
【0030】
次いで、上述の構成を有する密封装置1の作用について説明する。
図5は、適用対象の一例である鉄道車両の車軸用軸受である軸受50に取り付けられた使用状態における密封装置1を示すための図であり、軸受50の密封装置1近傍の概略構成を拡大して示す軸線xに沿う部分拡大断面図である。軸受50は公知の鉄道車両の車軸用の軸受であり、その構成の詳細な説明は省略する。
【0031】
密封装置1は、
図5に示すように、軸受50のハウジング52に形成された貫通孔53に嵌着されている。車軸51は、ハウジング52に固定された軸受部54に回転可能に支持されており、車軸51は貫通孔53に環状の隙間を形成して挿通されている。軸受部54は、外輪、内輪、転動体、保持器等から構成されている。
【0032】
ハウジング52の貫通孔53において、車軸51の外周面51aと貫通孔53の内周面53aとの間は、密封装置1によって密封が図られている。具体的には、密封装置1は貫通孔53に嵌合されて、補強環10の円筒部11と貫通孔53の内周面53aとの間で弾性体部20のガスケット部24が圧縮されてガスケット部24が貫通孔53の内周面53aに密着し、外周側において密封装置1と貫通孔53との間の密封が図られている。また、弾性体部20のシールリップ21のリップ先端部21aが、車軸51の外周面51aに車軸51が摺動可能に接触し、内周側において密封装置1と車軸51との間の密封が図られている。これにより、ハウジング52の内部の潤滑油が外部に漏れ出ることの防止が図られている。また、ダストリップ23の先端縁が、車軸51の外周面51aに車軸51が摺動可能に接触しており、ハウジング52の外部(大気側)から異物が内部に進入することの防止が図られている。ダストリップ23は、車軸51に接触していなくてもよい。
【0033】
また、保護環30の円盤部31は、
図5に示すように、車軸51の外周面51aにおけるシールリップ21のシール面に隣接して形成された溝55内に入り込んでおり、車軸51とハウジング52の貫通孔53の内周面53aとの間の環状の空間(通路)において、この空間を遮るように径方向に延びている。つまり、ハウジング52の内部とシールリップ21のリップ先端部21aとの間の通路Pが保護環30の円盤部31によって、遮られている。また、これにより、保護環30の円盤部31のシールリップ21側に環状の空間Sが形成されている。車軸51に形成された溝55は、シール面よりも内周側に凹んでおり、円盤部31の内周端31aは径方向においてこの溝55内に入り込んでいる。なお、上述したように、円盤部31は車軸31に接触しておらず、円盤部31の内周端31aは溝55の底面に接触しておらず、通路Pは円盤部31によって完全に閉鎖はされていない。
【0034】
密封装置1の使用状態において、車軸51の回転時には、この車軸51の回転によって軸受50のハウジング51内の潤滑油は流動し、また、飛翔する。これにより、通路Pを通ってシールリップ21に向かう潤滑油が出現する。潤滑油には軸受部54の各構成等の摩耗により発生した摩耗粉等の内部異物が混ざっており、潤滑油がシールリップ21に近づくと、潤滑油に混ざっている内部異物を、シールリップ21のリップ先端部21aが車軸51との間で噛み込むことが懸念される。
【0035】
しかしながら、密封装置1は保護環30を有しており、磁性を持った保護環30の円盤部31が通路Pを遮っており、シールリップ21に向かう潤滑油は保護環30の円盤部31の内側面32に接触しやすくなっている。このため、潤滑油に混入する内部異物のうち磁性を有するものは、保護環30の円盤部31に吸着される。これにより、潤滑油内の内部異物が円盤部31よりもシールリップ21側に進入することの防止が図られており、シールリップ21のリップ先端部21aに内部異物が近づくことの防止が図られている。このため、シールリップ21のリップ先端部21aが車軸51との間で内部異物を噛み込むことが抑制されており、シールリップ21の損傷や、シールリップ21の密封性能の低下が抑制されている。また、車軸51の摩耗も抑制することができる。
【0036】
内部異物の多くは、軸受50の構成要素間の接触によって形成される摩耗粉であり、摩耗粉の多くは鉄系の磁性を有するものである。このため、円盤部31は、その磁性によって、潤滑油内の内部異物の多くを円盤部31自体に吸着し、潤滑油内の内部異物の多くをシールリップ21に向かう潤滑油から取り除くことができる。
【0037】
また、保護環30の円盤部31は、潤滑油の通路Pを塞ぐように遮っており、このため、シールリップ21に向かう潤滑油の多くを円盤部31に接触させることができる。従って、保護環30は、シールリップ21に向かう潤滑油から多くの内部異物を吸着して除去することができる。
【0038】
また、保護環30の円盤部31は、シールリップ21側に軸線x周りに環状の空間Sを形成しているので、円盤部31を超えてシールリップ21側に達した潤滑油をこの空間S内に溜めておくことができる。このため、この空間Sに留まる潤滑油内に内部異物が残っていたとしても、空間Sに留まる潤滑油が保護環30と接触し、空間Sに留まる潤滑油からも保護環30は、内部異物を吸着して除去することができる。また、車軸51の回転によって空間Sに留まる潤滑油は循環流となり、保護環30の外側面36及び内周面37全体に空間Sに留まる潤滑油を接触させることができ、空間Sに留まる潤滑油から、保護環30の外側面36及び内周面37全体が内部異物を吸着して除去することができる。このように、たとえ円盤部31を超えてシールリップ21側に潤滑油が進入したとしても、保護環30は、この進入した潤滑油からも内部異物を除去することができ、シールリップ21のリップ先端部21の内部異物の噛み込みをより抑制することができ、シールリップ21の損傷や、シールリップ21の密封性能の低下をより抑制することができる。また、車軸51の摩耗もより抑制することができる。
【0039】
上述のように、空間S内を循環する潤滑油からも保護環30が内部異物を吸着して除去することができるようにするために、保護環30は、円盤部31の外側面36も、円筒部33の内周面37も磁性を有していることが好ましい。なお、保護環30の外側面36は、円盤部31において外側に面する面であり、内側面32に背向する面である。また、保護環30の内周面37は、円筒部33において内周側に面する面である。
【0040】
保護環30は、上述のように、シールリップ21側に空間Sを形成し、この空間S内に潤滑油を貯留させ、還流させることができる。このため、リップ先端部21aを空間S内の潤滑油によって潤滑させることができ、シールリップ21の損傷や、シールリップ21の密封性能の低下を抑制することができる。また、車軸51の摩耗も抑制することができる。加えて、上述のように、保護環30は、シールリップ21に接触する空間S内の潤滑油内の内部異物も吸着して除去するため、シールリップ21に接触する潤滑油内の内部異物をより少なくすることができる。このため、保護環30は、シールリップ21の損傷や、シールリップ21の密封性能の低下をより抑制することができる。また、車軸51の摩耗もより抑制することができる。
【0041】
また、保護環30の2つの貫通孔34は、通路Pを遮る円盤部31においてシールリップ21側とハウジング52の内部側とを連通させている。このため、空間S内の潤滑油の循環流が生じた際に、一方の貫通孔34を介してハウジング52の内部側から潤滑油を空間S内に導き、この潤滑油を空間S内を循環させ、他方の貫通孔34からハウジング52の内部側に排出させることができる。つまり、保護環30の2つの貫通孔34によって、ハウジング52の内部、空間S、そしてハウジング52の内部の順に循環する潤滑油の循環流を形成することができる。これにより、リップ先端部21aをより良好に潤滑することができる。また、上述のように、保護環30は、貫通孔34を通って空間S内に入る前の潤滑油から内部異物を除去することができ、また、たとえ空間S内に入った潤滑油に内部異物が含まれていたとしても、保護環30は、空間S内においても潤滑油から内部異物を除去することができる。このため、保護環30は、内部異物の混入量が少ない又は内部異物が混入されていないよりきれいな潤滑油を空間S内で循環させることができ、シールリップ21を損傷させることなくシールリップ21を潤滑することができる。
【0042】
上述の貫通孔34の作用から、貫通孔34は、保護環30において潤滑油が落下してくる鉛直方向下側に設けられていることが好ましい。重力を利用して潤滑油をより軸線x周りに循環させやすくできるからである。このため、使用状態において、貫通孔34が密封装置1において鉛直方向下側に位置するように、密封装置1はハウジング52に取り付けられることが好ましい。上述のように保護環30には印35が設けられており、この印35を目印に、貫通孔34が軸受50において所望の位置に配置されるように、密封装置1を容易に軸受50に取り付けることができる。
【0043】
上述のように、本発明の実施の形態に係る密封装置1によれば、保護環30を設けてシールリップ21に対する潤滑性能を高めつつ、潤滑油に混入している摩耗粉によるシールリップ21の損傷の防止を図ることができる。
【0044】
次いで、上述の密封装置1における保護環30の変形例について説明する。
図6は、変形例に係る保護環30を示す図であり、軸線xに沿う断面における密封装置1の部分拡大断面図である。上述の密封装置1においては、保護環30自体が磁性を有する材料で形成されているとしたが、保護環30自体は、磁性を有さない材料から形成されており、保護環30の表面に磁性層40が形成されていてもよい。磁性層40は、磁性を有する層であり、例えば、磁性ゴムであり、加硫接着によって保護環30の表面に層状に取り付けられている。磁性層40の材料としては、例えば、磁性金属粉及びセラミックス粉を含有するエラストマー材料がある。但し、磁性層40を形成する材料は、これに限定されない。磁性層40は、少なくとも保護環30の円盤部31の内側面32の部分に形成されている。また、磁性層40は、円盤部31の内側面32全体に形成されていなくてもよく、例えば、内側面32の内周側の環状の部分等、内側面32の一部に形成されていてもよい。また、磁性層40は、円盤部31の内側面32に加えて、円盤部31の外側面36及び円筒部33の内周面37の少なくとも一方に形成されていてもよい。図示の例においては、磁性層40は、円盤部31の内側面32に加えて、円盤部31の外側面36及び円筒部33の内周面37に形成されており、内側面32、外側面36、及び内周面37を覆っている。なお、磁性層40は、外側面36においてその一部に形成されていてもよく、内周面37においてその一部に形成されていてもよい。
【0045】
上述のように、保護環30自体の一部又は全部を磁性材料によって形成して保護環30が磁性を有するようにする場合、磁性材料が高価であることから製造コストが高くなる。一方、
図6に示すように、保護環30に磁性層40を形成することにより、保護環30が磁性を有するようにする場合、保護環30自体を磁性材料で形成するよりも製造コストを低減することができる。このため、製造コストを低減することができることから、
図6に示す磁性層40を有する保護環30の方が、
図1,2に示す保護環30よりも好ましい。
【0046】
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明は上記本発明の実施の形態に係る密封装置1に限定されるものではなく、本発明の概念及び特許請求の範囲に含まれるあらゆる態様を含む。また、上述した課題及び効果の少なくとも一部を奏するように、各構成を適宜選択的に組み合わせてもよい。例えば、上記実施の形態における、各構成要素の形状、材料、配置、サイズ等は、本発明の具体的使用態様によって適宜変更され得る。
【0047】
また、本発明の実施の形態に係る密封装置1の適用対象として、上述のように具体的な適用対象を例示したが、本発明の適用対象はこれらに限られるものではなく、他の産業機械や、汎用機械、車両等、本発明の奏する効果を利用し得るすべての構成に対して本発明は適用可能である。
【符号の説明】
【0048】
1…密封装置、10…補強環、11…円筒部、12…円盤部、20…弾性体部、21…シールリップ、21a…リップ先端部、21b…内側端、22…基部、23…ダストリップ、24…ガスケット部、25…後方カバー部、26…ライニング部、30…保護環、31…円盤部、31a…内周端部、32…内側面、33…円筒部、34…貫通孔、35…印、36…外側面、37…内周面、40…磁性層、50…軸受、51…車軸、51a…外周面、52…ハウジング、53…貫通孔、53a…内周面、54…軸受部、P…通路、S…空間、x…軸線