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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-30
(45)【発行日】2023-09-07
(54)【発明の名称】切削工具
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/584 20060101AFI20230831BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20230831BHJP
【FI】
C04B35/584
B23B27/14 B
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2021565349
(86)(22)【出願日】2020-10-28
(86)【国際出願番号】 JP2020040346
(87)【国際公開番号】W WO2021124690
(87)【国際公開日】2021-06-24
【審査請求日】2022-03-03
(31)【優先権主張番号】P 2019230148
(32)【優先日】2019-12-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】523194617
【氏名又は名称】NTKカッティングツールズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】戸田 達也
(72)【発明者】
【氏名】古橋 拓也
(72)【発明者】
【氏名】豊田 亮二
【審査官】小川 武
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-172015(JP,A)
【文献】特開2000-354901(JP,A)
【文献】特開平02-275763(JP,A)
【文献】特開平02-145484(JP,A)
【文献】国際公開第2014/126178(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/104112(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第108455990(CN,A)
【文献】特開平10-226578(JP,A)
【文献】特開昭63-201063(JP,A)
【文献】特開平2-311365(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/00-35/84
B23B 27/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化珪素またはサイアロンからなるマトリックス相と、硬質相と、ガラス相及び結晶相が存在する粒界相と、を含む窒化珪素質焼結体からなる切削工具であって、
前記窒化珪素質焼結体は、
イットリウムを酸化物換算で5.0wt%以上15.0wt%以下含有するとともに、前記硬質相として窒化チタンを5.0wt%以上25.0wt%以下含有し、
前記窒化珪素質焼結体におけるX線回折ピークにおいて、
前記窒化珪素質焼結体の表面から1.0mmよりも深い内部領域では、2θが25°から35°の範囲にハローパターンを示し、
以下のように定義される前記マトリックス相の最大ピーク強度A、及び、前記粒界相に存在する前記結晶相の最大ピーク強度Bについて、前記最大ピーク強度Aに対する前記最大ピーク強度Bの比であるB/Aが、
前記窒化珪素質焼結体の表面から0.2mmまでの表面領域では、下記式(1)の関係を満たし、
前記窒化珪素質焼結体の前記内部領域では、下記式(2)の関係を満たし、
前記窒化珪素質焼結体の断面を観察した場合に、
前記窒化珪素または前記サイアロンの粒子全体のうち、最大径が0.5μm以下である粒子の数の割合は50%以上であり、
前記窒化珪素または前記サイアロンの粒子であって最小径が0.5μm以上である粒子のうち、アスペクト比が1.5以上である粒子の数の割合は55%以上である切削工具。

0.11≦B/A≦0.40 ・・・式(1)
0.00≦B/A<0.10 ・・・式(2)

最大ピーク強度Aは、前記マトリックス相が単一の種類からなる場合、その相の最大ピーク強度として求め、前記マトリックス相が複数の種類からなる場合、それらの相の各々の最大ピーク強度の和として求める。
最大ピーク強度Bは、前記粒界相に存在する前記結晶相が単一の種類からなる場合、その相の最大ピーク強度として求め、前記粒界相に存在する前記結晶相が複数の種類からなる場合、それらの相の各々の最大ピーク強度の和として求める。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、窒化珪素をマトリックスとして、窒化チタン、アルミナ、イットリアを含有する切削工具が開示されている。この切削工具は、窒化珪素のマトリックスに、熱伝導性に優れ且つ摩擦係数の少ない窒化チタンを含有させて複合化することにより、耐摩耗性が増加するという効果が得られる、と記載されている。このような切削工具は、熱が発生しやすい高速加工などの過酷な条件下にて多く使用されている。
【0003】
特許文献2には、β-Sialon(サイアロン)及びα-SialonからなるSialon相又はβ-SialonからなるSialon相を主相とし、焼結助剤を添加したサイアロン焼結体において、Tiの炭化物窒化物、酸化物、炭窒化物、酸窒化物より選ばれる1種以上を含む切削工具が開示されている。そして、チタン化合物は、窒化珪素と比較すると、被削材の主成分である鉄や炭素との反応性が低い為、窒化珪素中に添加することで被削材との反応を抑制することができる、と記載されている。このような切削工具は、超耐熱合金加工用材質として多く使用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2000-354901号公報
【文献】特開2005-231928号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、切削工具には高能率加工が求められており、さらなる工具寿命の延長が望まれている。工具寿命を延長するために、耐欠損性を向上する技術が検討されている。しかし、これまでに検討された技術において、例えば、湿式加工などの刃先温度が上昇しにくい加工時における耐欠損性については検討の余地がある。
【0006】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、耐欠損性を向上することを目的とする。本発明は、以下の形態として実現することが可能である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
〔1〕窒化珪素またはサイアロンからなるマトリックス相と、硬質相と、ガラス相及び結晶相が存在する粒界相と、を含む窒化珪素質焼結体からなる切削工具であって、
前記窒化珪素質焼結体は、
イットリウムを酸化物換算で5.0wt%以上15.0wt%以下含有するとともに、前記硬質相として窒化チタンを5.0wt%以上25.0wt%以下含有し、
前記窒化珪素質焼結体におけるX線回折ピークにおいて、
前記窒化珪素質焼結体の表面から1.0mmよりも深い内部領域では、2θが25°から35°の範囲にハローパターンを示し、
以下のように定義される前記マトリックス相の最大ピーク強度A、及び、前記粒界相に存在する前記結晶相の最大ピーク強度Bについて、前記最大ピーク強度Aに対する前記最大ピーク強度Bの比であるB/Aが、
前記窒化珪素質焼結体の表面から0.2mmまでの表面領域では、下記式(1)の関係を満たし、
前記窒化珪素質焼結体の前記内部領域では、下記式(2)の関係を満たす切削工具。

0.11≦B/A≦0.40 ・・・式(1)
0.00≦B/A<0.10 ・・・式(2)

最大ピーク強度Aは、前記マトリックス相が単一の種類からなる場合、その相の最大ピーク強度として求め、前記マトリックス相が複数の種類からなる場合、それらの相の各々の最大ピーク強度の和として求める。
最大ピーク強度Bは、前記粒界相に存在する前記結晶相が単一の種類からなる場合、その相の最大ピーク強度として求め、前記粒界相に存在する前記結晶相が複数の種類からなる場合、それらの相の各々の最大ピーク強度の和として求める。
【0008】
〔2〕前記窒化珪素質焼結体の断面を観察した場合に、
前記窒化珪素質焼結体の前記表面領域では、視野全体の面積を100面積%として、前記粒界相の占める面積の割合Csが7.0面積%以上14.0面積%以下であり、
前記窒化珪素質焼結体の前記内部領域では、視野全体の面積を100面積%として、前記粒界相の占める面積の割合Ciが3.0面積%以上9.0面積%以下であり、
下記式(3)の関係を満たす〔1〕に記載の切削工具。

Cs>Ci ・・・式(3)
【0009】
〔3〕前記窒化珪素質焼結体の断面を観察した場合に、
前記窒化珪素または前記サイアロンの粒子全体のうち、最大径が0.5μm以下である粒子の数の割合は50%以上であり、
前記窒化珪素または前記サイアロンの粒子であって最小径が0.5μm以上である粒子のうち、アスペクト比が1.5以上である粒子の数の割合は55%以上である〔1〕又は〔2〕に記載の切削工具。
【0010】
〔4〕前記窒化珪素質焼結体の前記表面領域におけるX線回折ピークにおいて、2θが25°から35°の範囲にハローパターンを示さない〔1〕から〔3〕のいずれか1つに記載の切削工具。
【発明の効果】
【0011】
本発明のセラミックス焼結体は、耐欠損性に優れる。
本発明のセラミックス焼結体において、粒界相の占める面積割合が特定の要件を満たす場合は、より耐欠損性に優れる。
本発明のセラミックス焼結体において、窒化珪素またはサイアロンの粒子の形態が特定の要件を満たす場合は、より耐欠損性に優れる。
本発明のセラミックス焼結体において、表面領域が特定の要件を満たす場合は、耐欠損性に加えて耐摩耗性を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】窒化珪素質焼結体に含まれる各相の状態を模式的に示す説明図である。
図2】切削工具を模式的に示す斜視図である。
図3】実験例1の内部領域におけるX線回析パターンを示す図である。
図4】粒界相に存在する結晶相が複数の種類からなる場合のX線回析パターンを模式的に示す説明図である。
図5】実験例1の表面領域におけるX線回析パターンを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳しく説明する。なお、本明細書において、数値範囲について「~」を用いた記載では、特に断りがない限り、下限値及び上限値を含むものとする。例えば、「10~20」という記載では、下限値である「10」、上限値である「20」のいずれも含むものとする。すなわち、「10~20」は、「10以上20以下」と同じ意味である。
【0014】
1.切削工具1
切削工具1は、窒化珪素(Si)またはサイアロン(SiAlON)からなるマトリックス相3と、硬質相4と、ガラス相11及び結晶相12が存在する粒界相10と、を含む窒化珪素質焼結体2からなる。
窒化珪素質焼結体2は、イットリウムを酸化物換算で5.0wt%以上15.0wt%以下含有するとともに、硬質相4として窒化チタンを5.0wt%以上25.0wt%以下含有する。窒化珪素質焼結体2は、窒化珪素質焼結体2におけるX線回折ピークにおいて、窒化珪素質焼結体2の表面から1.0mmよりも深い内部領域では、2θが25°から35°の範囲にハローパターンを示す。窒化珪素質焼結体2は、以下のように定義されるマトリックス相3の最大ピーク強度A、及び、粒界相10に存在する結晶相12の最大ピーク強度Bについて、最大ピーク強度Aに対する最大ピーク強度Bの比であるB/Aが、窒化珪素質焼結体2の表面から0.2mmまでの表面領域では、下記式(1)の関係を満たし、窒化珪素質焼結体2の上記内部領域では、下記式(2)の関係を満たす。

0.11≦B/A≦0.40 ・・・式(1)
0.00≦B/A<0.10 ・・・式(2)

最大ピーク強度Aは、マトリックス相3が単一の種類からなる場合、その相の最大ピーク強度として求め、マトリックス相3が複数の種類からなる場合、それらの相の各々の最大ピーク強度の和として求める。
最大ピーク強度Bは、粒界相10に存在する結晶相12が単一の種類からなる場合、その相の最大ピーク強度として求め、粒界相10に存在する結晶相12が複数の種類からなる場合、それらの相の各々の最大ピーク強度の和として求める。
【0015】
2.窒化珪素質焼結体2
(1)窒化珪素質焼結体2の相構造
窒化珪素質焼結体2は、図1に模式的に示すように、マトリックス相3と硬質相4との間に粒界相10が存在する。マトリックス相3は、窒化珪素またはサイアロンからなる。この窒化珪素またはサイアロンは、α相、β相、ポリタイプ、およびそれらの複合相のいずれであってもよい。粒界相10には、ガラス相11と結晶相12が存在する。なお、図1は各相を概念的に示したものであり、各相の形状及び大きさを正確に示したものではない。
【0016】
(2)窒化珪素質焼結体2に含まれる成分、及び各成分の含有量
イットリウムの含有率は、緻密化した焼結体を得るという観点から、酸化物換算で5.0wt%以上である。イットリウムの含有率は、粒界相10中の結晶相12の量を抑制するという観点から、酸化物換算で15.0wt%以下である。よって、イットリウムの含有率は、酸化物換算で5.0wt%以上15.0wt%以下である。
【0017】
硬質相4としての窒化チタンの含有率は、耐摩耗性を十分なものとし、窒化珪素質焼結体2の耐化学反応性を向上するという観点から、5.0wt%以上である。窒化珪素質焼結体2の耐化学反応性が向上する理由は、窒化チタンがマトリックス相3を構成する窒化珪素又はサイアロンに比して被削材との反応性が低いためである。硬質相4としての窒化チタンの含有率は、マトリックス相3を構成する粒子の成長を促進するという観点から、25.0wt%以下である。よって、硬質相4としての窒化チタンの含有率は、酸化物換算で5.0wt%以上25.0wt%以下である。
【0018】
なお、各成分の含有率(wt%)は、窒化珪素質焼結体2の重量を100wt%としたときの各成分の配合量として求めることができる。
窒化珪素質焼結体2における他の成分の含有率は特に限定されない。窒化珪素質焼結体2は、アルミニウムを酸化物換算で3.0wt%以上10.0wt%以下含有していてもよい。アルミニウムの含有率が酸化物換算で3.0wt%以上であると、被削材との反応性を抑制することが出来る。アルミニウムの含有率が酸化物換算で10.0wt%以下であると、マトリックス相が強度低下することなく、耐摩耗性を向上することができる。
窒化珪素質焼結体2が、窒化珪素またはサイアロン、イットリア(Y)、アルミナ(Al)、窒化チタン(TiN)、及び不可避不純物のみからなる場合には、窒化珪素またはサイアロンの含有率は、窒化チタン、アルミナ、イットリア、及び不可避不純物の合計(wt%)の残部となる。不可避不純物の含有率は0.1wt%以下とすることができる。
【0019】
(3)内部領域におけるハローパターンに関する要件
窒化珪素質焼結体2は、窒化珪素質焼結体2の表面から1.0mmよりも深い内部領域では、2θが25°から35°の範囲にハローパターンを示す。この構成によれば、耐欠損性を大幅に向上することができる。その理由は定かではないが、推測される理由について後に説明する。
【0020】
このハローパターンの有無は、X線回折パターンにおいて、2θが25°から35°の範囲にブロードを有したパターンを有しているか否かで判断する。具体的には、図3に示すように、2θが20°以下における最も強度が低い点Pと、2θが40°以上における最も強度が低い点Qを結ぶ線分PQよりも、2θが25°から35°の範囲におけるX線回折強度の最小値の方が高い値を示す場合にハローパターンを有していると判断する。すなわち、ハローパターンの有無は、2θが25°から35°の範囲において、仮想的なベースラインである線分PQより高い強度を示すブロードなパターンがあるか否かで判断する。このようなハローパターンが示されることは、窒化珪素質焼結体2の内部領域において、粒界相10にガラス相11が存在することの指標となり得る。
【0021】
ハローパターンの最高強度値は、参照とするマトリックス相3のJCPDSカードにおける(h,k,l)面の標準回折強度が1.0であるピーク強度値より大きいことが好ましい。これについて、図3を参照しつつ具体的に説明する。図3に示すように、ハローパターンの最高強度値は、X線回析曲線において、結晶相のピークを除いた部分のうち最も強度が高い部分の強度であり、2θが30°付近に見られる。参照とするマトリックス相3の標準回折強度が1.0であるピークは、図3において矢印で示す2θが65°付近に見られる、窒化珪素β相(β-Si)のJCPDSカード:#00-033-1160における(102)面のピークである。これらの強度を比較すると、2θが30°付近に見られるハローパターンの最高強度値は、窒化珪素β相(β-Si)の(102)面のピーク強度より大きくなっている。なお、この(102)面のピーク強度において複数の結晶相のピークが存在する場合には、(420)面、(112)面など他の標準回折強度が1.0のピーク強度を参照とすればよい。
【0022】
なお、内部領域におけるハローパターンに関する要件を充足する切削工具1は、粒界相10を形成する材料の配合量、窒化珪素質焼結体2製造時の焼成条件等を制御することによって得ることができる。
【0023】
(4)マトリックス相3と粒界相10に存在する結晶相12の最大ピーク強度比に関する要件
窒化珪素質焼結体2は、マトリックス相3の最大ピーク強度Aに対する粒界相10に存在する結晶相12の最大ピーク強度Bの比であるB/Aが、上記表面領域では0.11≦B/A≦0.40の関係を満たし、窒化珪素質焼結体2の上記内部領域では0.00≦B/A<0.10の関係を満たす。この構成によれば、窒化珪素質焼結体2の耐摩耗性を確保しつつ、窒化珪素質焼結体2の耐欠損性を向上できる。その理由は定かではないが、推測される理由について後に説明する。
【0024】
最大ピーク強度Aに対する最大ピーク強度Bの比であるB/Aは、次のようにして求める。最大ピーク強度Aは、図3に示すX線回析パターンのように、マトリックス相3が丸印で示される窒化珪素β相の1種類からなる場合、その相の最大ピーク強度として求める。図3に示すX線回析パターンにおいては、2θが25°から30°の間に位置するピークが窒化珪素β相の最大ピークであり、このピークの強度を最大ピーク強度Aとして特定する。マトリックス相3としては、窒化珪素α相、窒化珪素β相、サイアロンα相、サイアロンβ相、ポリタイプ12H、ポリタイプ21R、ポリタイプ15Rを例示できる。これらのマトリックス相3において、参照するJCPDSカードおよび原則として採用する最大ピークを示す結晶面は次のとおりである。窒化珪素α相は、JCPDSカード:#00-009-0250を参照し、原則として(210)面のピーク強度を最大ピーク強度として採用する。窒化珪素β相は、JCPDSカード:#00-033-1160を参照し、原則として(200)面のピーク強度を最大ピーク強度として採用する。サイアロンα相は、JCPDSカード:#00-042-0251を参照し、原則として(102)面のピーク強度を最大ピーク強度として採用する。サイアロンβ相は、JCPDSカード:#00-048-1615を参照し、原則として(200)面のピーク強度を最大ピーク強度として採用する。ポリタイプ12Hは、JCPDSカード:#00-042-0161を参照し、原則として(110)面のピーク強度を最大ピーク強度として採用する。ポリタイプ21Rは、JCPDSカード:#00-053-1012を参照し、原則として(101)面のピーク強度を最大ピーク強度として採用する。ポリタイプ15Rは、JCPDSカード:#00-042-0160を参照し、原則として(101)面のピーク強度を最大ピーク強度として採用する。
【0025】
なお、参照とする結晶相の最大ピーク値が他結晶相のピークと重なる場合は、重複しない最も強度の高いピーク値を選定し、そのピークに対応する(h,k,l)面の標準回折強度から理論強度値を最大ピーク強度として、各ピーク強度比を算出する。具体的には、選定したピーク強度をI、そのピークに対応する(h,k,l)面の標準回折強度をIoとした場合、参照値Xは次式で表される。
X=I/Io*100
【0026】
最大ピーク強度Bは、図3のX線回析パターンのように、粒界相10に存在する結晶相12が四角印で示される他の結晶相の1種類からなる場合、その相の最大ピーク強度として求める。図3においては2θが30°から35°の間に位置するピークが粒界相10に存在する結晶相12の最大ピークであり、このピークの強度を最大ピーク強度Bとして特定する。粒界相10に存在する結晶相12としては、YSiAlON、YSiAlON、YAlSi、Y10(Si22)O、YSiONを例示できる。これらの結晶相12において、参照するJCPDSカードおよび原則として採用する最大ピークを示す結晶面は次のとおりである。YSiAlONは、JCPDSカード:#00-048-1627を参照し、原則として(102)面のピーク強度を最大ピーク強度として採用する。YSiAlONは、JCPDSカード:#00-048-1630を参照し、原則として(201)面のピーク強度を最大ピーク強度として採用する。YAlSiは、JCPDSカード:#00-043-0579を参照し、原則として(100)面のピーク強度を最大ピーク強度として採用する。Y10(Si22)Oは、JCPDSカード:#01-083-6656を参照し、原則として(211)面のピーク強度を最大ピーク強度として採用する。YSiONは、JCPDSカード:#00-048-1624を参照し、原則として(20-4)面のピーク強度を最大ピーク強度として採用する。なお、ミラー指数では、負の成分を持つ方向は、数字の上にバーを付して記載するのが通常であるが、本明細書においては便宜上数字と並列に記載する。例えば、上述のように「(20-4)」と記載する。この場合において、3つ目の「-4」は、「4」の上に「バー」を付した記載と同じ意味である。
【0027】
最大ピーク強度Bは、粒界相10に存在する結晶相12が複数の種類からなる場合、それらの相の各々の最大ピーク強度の和として求める。この求め方について図4を参照して説明する。図4において、四角印は第1の他結晶相を示し、四角プライム印は第1の他結晶相とは異なる結晶相である第2の他結晶相を示し、四角ダブルプライム印は第1の他結晶相及び第2の他結晶相とは異なる結晶相である第3の他結晶相を示している。図4の各印において「max」と付記されたピークが、その相の最大ピークである。例えば、図4には、四角プライム印を付した第2の他結晶相のピークが2つ認められるが、最も高い強度である左側のピークが第2の他結晶相の最大ピークである。このようなX線回析パターンにおいて、最大ピーク強度Bは、四角maxが付された第1の他結晶相の最大ピーク強度と、四角プライムmaxが付された第2の他結晶相の最大ピーク強度と、四角ダブルプライムmaxが付された第3の他結晶相の最大ピーク強度の合算値として求められる。
【0028】
粒界相10に存在する結晶相12が複数の種類からなる場合と同様にして、最大ピーク強度Aは、マトリックス相3が複数の種類からなる場合、それらの相の各々の最大ピーク強度の和として求める。
【0029】
なお、マトリックス相3と粒界相10に存在する結晶相12の最大ピーク強度比に関する要件を充足する切削工具1は、粒界相10を形成する材料の配合量、窒化珪素質焼結体2製造時の焼成条件等を制御することによって得ることができる。
【0030】
(5)粒界相10の占める面積の割合に関する要件
切削工具1は、窒化珪素質焼結体2の断面を観察した場合に、窒化珪素質焼結体2の上記表面領域では、視野全体の面積を100面積%として、粒界相10の占める面積の割合Csが7.0面積%以上14.0面積%以下であり、窒化珪素質焼結体2の上記内部領域では、視野全体の面積を100面積%として、粒界相10の占める面積の割合Ciが3.0面積%以上9.0面積%以下であり、下記式(3)の関係を満たすことが好ましい。

Cs>Ci ・・・式(3)
【0031】
粒界相10の占める面積の割合Cs,Ciは、次のようにして求める。窒化珪素質焼結体2の表面領域と内部領域との両方を通る断面をSEM(走査型透過電子顕微鏡)にて観察し、窒化珪素質焼結体2の上記表面領域と上記内部領域の各々について24μm×18μmの範囲のSEM画像を得る。画像処理ソフトWinrROOFを用いてSEM画像を二値化処理することによって、マトリックス相3及び硬質相4間に存在する粒界相10を識別し、粒界相10の面積を算出する。そして、視野全体の面積に対する粒界相10の占める面積の割合Cs,Ciをそれぞれ求める。
なお、窒化珪素質焼結体2の上記表面領域と上記内部領域の各々について、24μm×18μmの範囲のSEM画像を複数観察して、そのうちの少なくとも1セットのSEM画像において上記要件が満たされていればよい。
【0032】
粒界相10の占める面積の割合Csは、粒界強度を向上するという観点から、7.0面積%以上が好ましい。また、粒界相10の占める面積の割合Csは、耐摩耗性を維持するという観点から、14.0面積%以下が好ましい。よって、粒界相10の占める面積の割合Csは、7.0面積%以上14.0面積%以下が好ましい。
【0033】
粒界相10の占める面積の割合Ciは、窒化珪素質焼結体2の強度を維持するという観点から、3.0面積%以上が好ましい。また、粒界相10の占める面積の割合Ciは、マトリックス相3を構成する粒子の成長を促進するという観点から、9.0面積%以下が好ましい。よって、粒界相10の占める面積の割合Ciは、3.0面積%以上9.0面積%以下が好ましい。
【0034】
(6)窒化珪素またはサイアロンの粒子の形態に関する要件
切削工具1は、窒化珪素質焼結体2の断面を観察した場合に、窒化珪素またはサイアロンの粒子全体のうち、最大径が0.5μm以下である粒子の数の割合は50%以上であり、窒化珪素またはサイアロンの粒子であって最小径が0.5μm以上である粒子のうち、アスペクト比が1.5以上である粒子の数の割合は55%以上であることが好ましい。
【0035】
窒化珪素またはサイアロンの粒子の最大径及びアスペクト比は、次のようにして求める。窒化珪素質焼結体2の内部領域を通る断面をSEMにて観察し、窒化珪素質焼結体2の内部領域について24μm×18μmの範囲のSEM画像を得る。このSEM画像を画像解析処理することによって、各窒化珪素またはサイアロンの粒子の最大径Xおよび最小径Yを調べる。そして、各窒化珪素またはサイアロンの粒子のアスペクト比(X/Y)を算出する。
なお、窒化珪素質焼結体2について、24μm×18μmの範囲のSEM画像を複数観察して、そのうちの少なくとも1つのSEM画像において上記要件が満たされていればよい。
【0036】
窒化珪素またはサイアロンの粒子全体のうち、最大径が0.5μm以下である粒子の数の割合は、マトリックス相3を構成する粒子の微粒化および均質化の観点から、50%以上が好ましい。窒化珪素またはサイアロンの粒子であって最小径が0.5μm以上である粒子のうち、アスペクト比が1.5以上である粒子の数の割合は、発生したクラックを湾曲させるいわゆるディフラクション効果を奏するという観点から、55%以上が好ましく、60%以上がより好ましい。
【0037】
(7)表面領域におけるハローパターンに関する要件
窒化珪素質焼結体2は、表面から0.2mmまでの表面領域では、2θが25°から35°の範囲にハローパターンを示さないことが好ましい。
【0038】
なお、表面領域におけるハローパターンに関する要件を充足する切削工具1は、粒界相10を形成する材料の配合量、窒化珪素質焼結体2製造時の焼成条件等を制御することによって得ることができる。詳細な理由は定かでないが、窒化珪素質焼結体2に含まれるWCの量が多いほど窒化珪素質焼結体2表面領域が焼結されやすくなり、粒界相中の結晶相量が増加する傾向がみられる。
【0039】
3.窒化珪素質焼結体2の製造方法
窒化珪素質焼結体2の製造方法は特に限定されない。窒化珪素質焼結体2の製造方法の一例を以下に示す。
【0040】
(1)原料
原料として次の原料粉末を使用する。
・窒化珪素粉末(Si粉末)
・酸化アルミニウム粉末(Al粉末)
・酸化イットリウム粉末(Y粉末)
・窒化チタン粉末(TiN粉末)
【0041】
(2)焼成用粉末の作製
上述の粉末を所定の配合割合になる様に秤量する。ボールミルに秤量した粉末を入れ、アルコール(例えばエタノール)および粉砕メディアとともに混合粉砕する。得られたスラリーは湯煎乾燥にて処理し、乾燥混合粉を得る。
【0042】
(3)プレス成形
得られた混合粉末をプレス成形する。プレス成形によって得られた成形体に対して、冷間等法圧加圧(cold isostatics pressing: CIP)成形により成形する。
【0043】
(4)焼成
冷間等法圧加圧成形によって得られた成形体を、減圧に設定された窒素雰囲気下で、所定の温度にて加熱して、脱脂処理を行う。脱脂された成形体を、窒素雰囲気下で、所定の温度にて加熱して、焼成処理を行う。焼成処理には、第1昇温と、第1昇温に引き続いて行われる第2昇温の2段階の昇温条件が設けられている。第2昇温は、第1昇温より昇温速度が速いことが好ましい。また、第2昇温は、第1昇温より雰囲気圧が大きいことが好ましい。第2昇温後、昇温した温度で所定の時間保持する。そして、所定の降温速度にて冷却処理を行い、窒化珪素質焼結体が得られる。
【0044】
焼結処理において、成形体は内部より表面近傍の方が焼結されやすい傾向にある。このため、焼結処理において第1昇温と第2昇温を設けることによって、ハローパターンに関する要件、及びマトリックス相3と粒界相10に存在する結晶相12の最大ピーク強度比に関する要件を充足する窒化珪素質焼結体2を好適に得ることができる。すなわち、焼結が進行する高温領域(例えば1650℃以上)となる第2昇温時には、低温領域(例えば1400℃以下)となる第1昇温時より昇温速度を上げることで窒化珪素質焼結体2の内部領域と表面領域とにおいて粒界相10におけるガラス相11および結晶相12の比率を制御することができる。第2昇温は、例えば0.15MPa~0.40MPaの加圧条件下にて行うことが好ましい。第2昇温の加圧条件が、0.15MPa以上であれば十分な焼結性を得ることができる。また、第2昇温の加圧条件が、0.40MPa以下であれば、窒化珪素質焼結体2において特に表面近傍における粒界相10量を確保して、窒化珪素質焼結体2の強度を維持することができる。
【0045】
4.切削工具1のその他の構成
切削工具1の形状は、特に限定されない。例えば、窒化珪素質焼結体2は、切削、研削、及び研磨の少なくとも1つの加工法によって形状や表面の仕上げを行って、切削工具1とすることができる(図2参照)。もちろん、窒化珪素質焼結体2をそのまま切削工具1として用いてもよい。
【0046】
切削工具1は、窒化珪素質焼結体2を基材とし、基材の表面に、チタン、クロム、及びアルミニウムの炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物、炭酸化物、窒酸化物、及び炭窒酸化物より選択される少なくとも1種の化合物からなる表面被覆層が形成されていてもよい。
表面被覆層が形成されると、切削工具1の表面硬度が増加すると共に、被削物との反応・溶着による摩耗進行が抑制される。その結果、切削工具1の耐摩耗性が向上する。
チタン、クロム、及びアルミニウムの炭化物、窒化物、酸化物、炭窒化物、炭酸化物、窒酸化物、及び炭窒酸化物より選択される少なくとも1種の化合物としては、特に限定されないが、TiN、TiAlN、TiAlCrN、AlCrNが好適な例として挙げられる。
表面被覆層の厚みは、特に限定されない。表面被覆層の厚みは、耐摩耗性の観点から、0.02μm以上30μm以下が好ましい。
【0047】
5.耐欠損性が優れる推測理由
ここで、本開示の切削工具1が、耐欠損性の点で優れることについて、推測される理由を説明する。
窒化珪素質焼結体2は、イットリウムを酸化物換算で5.0wt%以上含有することにより、焼結性が担保される。また、窒化珪素質焼結体2は、イットリウムを酸化物換算で15.0wt%以下含有することにより、粒界相10中の結晶相12量を所定量以下に抑制できた。
窒化珪素質焼結体2は、硬質相4として窒化チタンを5.0wt%以上含有することにより、焼結性が向上して内部ポアを低減することが可能になる。さらに、この窒化チタンを5.0wt%以上含有することによって、窒化珪素質焼結体2の耐化学反応性が向上する効果が奏される。また、窒化珪素質焼結体2は、硬質相4として窒化チタンを25wt%以下含有することにより、マトリックス相3を構成する粒子の成長が窒化チタン粒子に阻害されにくくなり、マトリックス相3を構成する粒子が針状に成長できる。
さらに、窒化珪素質焼結体2は、粒界相10にガラス相11及び結晶相12が存在し、かつ、上述のようにマトリックス相3に対する粒界相10の結晶相12の量を表面領域と内部領域とで制御することによって、切削加工時に表面で発生した熱亀裂の進展を抑制できたと考えられる。これには、窒化珪素質焼結体2の内部領域において、所定量のガラス相11が存在することによって粒界強度が向上する効果が寄与すると推測される。次に、切削加工時の熱による作用について考察する。窒化珪素質焼結体2の表面領域は、被削材と切削工具1が接することにより生じる熱によって高温になりやすい。このため、窒化珪素質焼結体2の表面領域は、粒界相10においても高温強度に優れた結晶相12を多く含むことによって耐摩耗性や耐欠損性が確保されやすい。一方、窒化珪素質焼結体2の内部領域は、表面領域よりも高温となりにくい。これは、例えば耐熱合金の湿式粗加工などの熱がさほど発生しない加工において顕著である。このため、窒化珪素質焼結体2の内部領域は、粒界相10に室温から中温強度がより優れたガラス相11を多く含むことで耐欠損性の向上に寄与できると推測される。このように、本実施形態の切削工具1は、粒界相10に存在するガラス相11が、窒化珪素質焼結体2の表面領域より内部領域において多くなることによって、耐摩耗性を確保しつつ耐欠損性に優れる。このような窒化珪素質焼結体2からなる切削工具1は、長寿命化を図ることができる。
【0048】
上述の粒界相10の占める面積の割合に関する要件を満たす場合には、次のようにして耐欠損性が向上したと推測される。
窒化珪素質焼結体2の表面領域は、粒界相10において熱特性の優れた結晶相12の量が多いため、粒界相10の面積割合Csを適量にすることで耐摩耗性を維持できる。この際、粒界相10の面積割合Csが7.0面積%以上14面積%以下であれば、粒界強度が維持されるため、耐摩耗性と耐欠損性を両立できる。一方、窒化珪素質焼結体2の内部領域は、粒界相10において室温から中温強度に優れたガラス相11を含むことから、粒界相10の面積割合Ciを表面領域より少なくしても突発欠損には至りにくいと推測される。また、粒界相10の占める面積の割合Ciが粒界相10の占める面積の割合Csより小さい、つまり、窒化珪素質焼結体2の内部領域において表面領域よりマトリックス相3を構成する粒子の割合が多くなることで、窒化珪素質焼結体2の表面で発生した熱亀裂が内部に伝播することが抑制される。この際、粒界相10の面積割合Ciが3.0面積%以上9.0面積%以下であれば、窒化珪素質焼結体2の強度を維持しつつ、マトリックス相3を構成する粒子の成長が十分に促進される。
【0049】
上述の窒化珪素またはサイアロンの粒子のアスペクト比に関する要件を満たす場合には、次のようにして耐欠損性が向上したと推測される。窒化珪素またはサイアロンの粒子全体のうち、最大径が0.5μm以下の粒子の割合が50%以上であることにより、マトリックス相3を構成する粒子の微粒化および均質化が図られ、微細粒子間結合サイズが減少することによって強度が向上する。また、最小径が0.5μm以上かつアスペクト比1.5以上の粒子割合が55%以上であることにより、窒化珪素質焼結体2に発生したクラックを湾曲させるいわゆるディフラクション効果が大きくなる。
【0050】
上述の表面領域におけるハローパターンに関する要件を満たす場合には、次のようにして耐摩耗性が向上したと推測される。窒化珪素質焼結体2の表面領域におけるX線回折ピークにおいて、2θが25°から35°の範囲にハローパターンを示さないことにより、窒化珪素質焼結体2の表面領域において、粒界相10は高温下で軟化しやすいガラス相を含まない。したがって、窒化珪素質焼結体2の耐摩耗性がより向上し、表面領域における損傷が生じにくく、あるいは生じた損傷が進行しにくくなる。このような窒化珪素質焼結体2からなる切削工具1は、長寿命化を図ることができる。
【0051】
このように本実施形態では、切削工具1の表面領域における粒界相10を結晶化させつつ、内部領域に所定量のガラス相11を存在させることによって、最も高温となる切削工具1の刃先における耐摩耗性および耐欠損性を維持しつつ内部領域における強度を向上できたと推測される。特に、超耐熱合金加工時における湿式荒加工といった、切削加工中にさほど高温とならない加工においてフレーキングといった欠損を抑えることで工具寿命を延長する効果が期待される。
【実施例
【0052】
以下の実験では、実験例1~21の各窒化珪素質焼結体を作製し、これらの各窒化珪素質焼結体を加工して、実験例1~21切削工具とした。実験例1~12は実施例であり、実験例13~21は比較例である。
【0053】
1.セラミックス焼結体の作製
(1)配合
各実施例及び比較例のセラミックス焼結体に用いた原料粉末の配合を表1に示す。
なお、原料粉末は、以下に示すものである。
Si粉末:平均粒径1.0μm以下
粉末:平均粒径3.0μm
Al粉末:平均粒径0.4μm
TiN粉末:平均粒径0.5μm~2.0μm
ただし、TiN粉末は0.1~2.0wt%程度のWC(炭化タングステン)を含んでいるものである。上記4種類の粉末の合計の質量を100.0wt%とすると、WCの含有率は0.1wt%に満たない。そのため、表1においてはWCの含有率を0とみなして上記4種類の粉末の配合比を記載している。
【0054】
【表1】
【0055】
(2)混合
上述の配合で得られた粉末を窒化珪素製内壁を有するボールミルに入れ、エタノールおよび粉砕メディアとともに混合した。粉砕メディアにはΦ6~10mmの窒化珪素系球石を使用し、約72時間粉砕混合して、混合物(スラリー)を作製した。
【0056】
(3)乾燥及び造粒
得られた混合物に有機系バインダを重量3.5wt%添加したものを湯煎乾燥し、目開き250μmの篩を通して混合粉末を得た。
なお、ここまでの工程は、全ての実施例及び比較例の窒化珪素質焼結体で共通している。
【0057】
(4)プレス成形
上述の工程を経て得られた混合粉末を用いて、1000kgf/cmの圧力にてプレス成形した。得られた成形体に対して、1500kgf/cmの圧力でCIP成形により成形した。
【0058】
(5)焼成
(5-1)実験例1~12の窒化珪素質焼結体
実験例1~12の窒化珪素質焼結体では、次の方法で焼成して窒化珪素質焼結体を得た。
上述によって得られた成形体を減圧に設定された窒素雰囲気下にて、800℃で、30分間、脱脂処理した。脱脂処理において、昇温速度は1.5℃/分~3.0℃/分であり、800℃まで昇温する過程で100℃~200℃ずつ段階的に30分以上の保持を行った。脱脂された成形体を窒化珪素質容器の中で、焼成処理した。具体的には、昇温速度5℃/分~10℃/分、窒素雰囲気 0.01MPa~0.10MPaにて1200℃~1400℃まで第1昇温を行い、第1昇温後、昇温速度10℃/分~20℃/分、窒素雰囲気 0.15MPa~0.40MPaにて1650℃~1850℃まで第2昇温を行った。その後、3時間~6時間の保持を行った。所定時間保持後、降温速度10℃/分~20℃/分にて冷却処理を行い、窒化珪素質焼結体を得た。
(5-2)実験例13~21の窒化珪素質焼結体
実験例13~21の窒化珪素質焼結体は、焼成を昇温速度5℃/分~10℃/分、窒素雰囲気0.01MPa~0.10MPaにて1200℃~1400℃まで昇温を行い、その後、昇温速度を保持したまま、窒素雰囲気0.10~0.15MPaにて1650℃~1850℃まで昇温を行う他は、実験例1~11の窒化珪素質焼結体と同様にして得られた。
【0059】
(6)研磨
得られた窒化珪素質焼結体の表面を最終的な工具形状となるように研磨し、切削工具を得た。
【0060】
2.分析
(1)X線回折分析
得られた窒化珪素質焼結体に対して研磨処理を行い、表面領域および内部領域の研磨面を作製し、それぞれの研磨面に対してX線回折測定を行った。X線源としてCuKα線を用い、出力45kV、200mAの条件で2θが10°から80°までの範囲にて測定を行った。得られたX線回折ピークに対して、結晶相の同定および上述したハローパターンの有無の判定を行った。結晶相の同定は、X線回折ピークを既知の結晶相と対比することで、結晶相の種類を同定した。同定した各結晶相の最高ピーク強度から上述したマトリックス相と粒界相に存在する結晶相の最大ピーク強度比B/Aを算出した。なお、実験例13は、焼結不良であり、X線回折分析を行わなかった。実験例1の内部領域におけるX線回折パターンを図3に示し、表面領域におけるX線回折パターンを図5に示す。図3及び図5において、横軸が回転角度(2θ)であり、縦軸がX線回折強度の平方根である。
各実験例の内部領域におけるハローパターンの有無は、表1の「内部領域におけるハローパターン」の欄に示す。各実験例におけるマトリックス相と粒界相に存在する結晶相の最大ピーク強度比B/Aは、表1の「X線強度比(B/A)」の欄に示す。「X線強度比(B/A)」の欄において、「表面」の欄は表面領域の強度比を示し、「内部」の欄は内部領域の強度比を示す。各実験例における表面領域におけるハローパターンの有無は、表1の「表面領域におけるハローパターン」の欄に示す。
【0061】
(2)SEM観察
さらに窒化珪素質焼結体の表面領域と内部領域との両方を通る断面に対して鏡面処理を行い、エッチング後、走査型電子顕微鏡による組織観察を行った。上述の実施形態に記載の方法で、粒界相の占める面積の割合Cs,Ciを算出し、窒化珪素またはサイアロンの粒子の形態を評価した。なお、実験例13は、焼結不良であり、SEM観察を行わなかった。
各実験例における粒界相の占める面積の割合Cs,Ciは、表1の「粒界相量(面積%)」の欄に示す。「粒界相量(面積%)」の欄において、「表面」の欄は表面領域の粒界相の占める面積の割合Csを示し、「内部」の欄は内部領域の粒界相の占める面積の割合Ciを示す。
各実験例における窒化珪素またはサイアロンの粒子の形態は、表1の「窒化珪素粒子形態」の欄に示す。「窒化珪素粒子形態」の欄において、「最大径0.5μm以下割合」の欄は窒化珪素またはサイアロンの粒子全体のうち、最大径が0.5μm以下である粒子の数の割合を示し、「最小径0.5μm以上アスペクト比1.5以上割合」の欄は窒化珪素またはサイアロンの粒子であって最小径が0.5μm以上である粒子のうち、アスペクト比が1.5以上である粒子の数の割合を示す。
【0062】
3.切削工具の作製
実験例1~12,14~21の窒化珪素質焼結体を、工具形状(RCGX120700T01020)に加工した。なお、実験例13は、焼結不良であり、切削工具の作製を行わなかった。
なお、表1には、上述のように窒化珪素質焼結体の原料粉末の組成(配合)が示されているが、この組成は焼成後にも変化しないから、各セラミックス焼結体の組成と同等である。そして、焼成後の各窒化珪素質焼結体を機械加工して、切削工具としているのであるから、結局、原料粉末の組成は切削工具の組成と同等である。
【0063】
4.切削試験
(1)試験方法
各切削工具を用いて、切削試験を行った。試験条件は下記のとおりである。
加工方法:旋削加工
被削材:インコネル718 寸法φ150mm×300mm
切削速度:280m/分
送り量:0.27mm/rev
切込量:2.0mm
切削条件:湿式加工
評価:外径の端面方向への5.0mm加工を2回連続で行い、これを1サイクルとし、10サイクルを上限として切削試験を行った。工具刃先の損傷量が0.8mmを超えた場合は、工具刃先の損傷量が0.8mmとなるまでに加工可能であったサイクル数にて評価した。なお、工具刃先の損傷量が0.8mmとなるまでに欠損を生じた場合は、欠損が生じるまでのサイクル数にて評価した。
上記加工条件において、加工数、損傷量、刃先の状態を表1に示す。
【0064】
(2)試験結果
試験結果を表1に示す。実験例1~12の切削工具の損傷量は、上限である10サイクルを経ても0.8mm未満(より詳しくは0.71mm以下)であった。一方で、実験例14は8サイクル目でチッピングが生じて、損傷量は0.8mm以上となった。実験例15~19,21はそれぞれ5~6サイクル目でフレーキングが生じて、損傷量は0.8mm以上となった。実験例20は7サイクル目で大きく欠損して、損傷量が測定できなかった。これらの結果から、実験例1~12の切削工具は、耐欠損性に優れ、工具寿命が長いことがわかった。
【0065】
実験例1~12の切削工具のうち、上述の粒界相の占める面積の割合に関する要件と上述の窒化珪素またはサイアロンの粒子の形態に関する要件との少なくとも一方を充足する実験例1~11は、この2つの要件のいずれも充足しない実験例12より損傷量が小さかった。この結果から、実験例1~11の切削工具は、実験例12よりもさらに耐欠損性に優れることがわかった。
【0066】
実験例1~11の切削工具のうち、上述の粒界相の占める面積の割合に関する要件と上述の窒化珪素またはサイアロンの粒子の形態に関する要件との両方を充足する実験例1~9は、この2つの要件の一方のみを充足しない実験例10,11より損傷量が小さくなる傾向がみられた。この結果から、実験例1~9の切削工具は、実験例10,11よりもさらに耐欠損性に優れることが示唆された。
【0067】
実験例1~9の切削工具のうち、上述の表面領域のハローパターンに関する要件を充足する実験例1~8、は、上述の表面領域のハローパターンに関する要件を充足しない実験例9より損傷量が小さくなる傾向がみられた。この結果から、実験例1~8の切削工具は、実験例9よりもさらに耐摩耗性に優れることによって、長寿命化したことが示唆された。なお、実験例9の表面領域にハローパターンが確認されたのは、製造に用いたTiN粉末に含まれるWCの量が少なかったからだと推察される。
【0068】
本発明は上記で詳述した実施形態に限定されず、本発明の請求項に示した範囲で様々な変形又は変更が可能である。
【符号の説明】
【0069】
1 …切削工具
2 …窒化珪素質焼結体
3 …マトリックス相
4 …硬質相
10 …粒界相
11 …ガラス相
12 …結晶相
図1
図2
図3
図4
図5