(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-31
(45)【発行日】2023-09-08
(54)【発明の名称】アーク溶接装置
(51)【国際特許分類】
B23K 9/10 20060101AFI20230901BHJP
B23K 9/12 20060101ALI20230901BHJP
B23K 9/29 20060101ALI20230901BHJP
【FI】
B23K9/10 A
B23K9/12 350D
B23K9/12 350A
B23K9/29 A
(21)【出願番号】P 2020514002
(86)(22)【出願日】2019-02-26
(86)【国際出願番号】 JP2019007304
(87)【国際公開番号】W WO2019202854
(87)【国際公開日】2019-10-24
【審査請求日】2022-02-03
(31)【優先権主張番号】P 2018081528
(32)【優先日】2018-04-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】314012076
【氏名又は名称】パナソニックIPマネジメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106116
【氏名又は名称】鎌田 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100131495
【氏名又は名称】前田 健児
(72)【発明者】
【氏名】小林 直樹
(72)【発明者】
【氏名】柴垣 龍之介
(72)【発明者】
【氏名】井原 英樹
(72)【発明者】
【氏名】堀江 宏太
(72)【発明者】
【氏名】玉川 健太
【審査官】黒石 孝志
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-515646(JP,A)
【文献】特開2017-185503(JP,A)
【文献】特開2012-218058(JP,A)
【文献】特開2016-209892(JP,A)
【文献】国際公開第2016/075874(WO,A1)
【文献】特開2013-066906(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/00 - 9/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
手動で行うアーク溶接用の溶接トーチであって、
加速度センサ及び角速度センサが取付けられている溶接トーチと、
前記溶接トーチに電力を供給する電源装置と、を備え、
前記電源装置は、前記加速度センサ及び前記角速度センサで検出された前記溶接トーチの姿勢と先端の動きとに基づいて、溶接条件を自動的に変更可能に構成された溶接条件設定部を有して
おり、
前記溶接トーチは、アーク溶接の開始及び終了を切替えるトーチスイッチをさらに備え、
前記溶接トーチに流れる電流が所定値以下で、かつ前記溶接トーチの先端が所定の期間動いていないと前記加速度センサ及び前記角速度センサによって検出された場合は、前記溶接条件設定部は前記トーチスイッチの操作を無効にすることを特徴とするアーク溶接装置。
【請求項2】
手動で行うアーク溶接用の溶接トーチであって、
加速度センサ及び角速度センサが取付けられている溶接トーチと、
前記溶接トーチに電力を供給する電源装置と、を備え、
前記溶接トーチには、前記加速度センサの出力信号及び/または前記角速度センサの出力信号に応じて所定の振動モードで振動する振動体が取付けられており、
前記電源装置は、前記加速度センサ及び前記角速度センサで検出された前記溶接トーチの姿勢と先端の動きとに基づいて、溶接条件及び前記振動体の振動モードの少なくとも一方を自動的に変更可能に構成された溶接条件設定部を有して
おり、
前記溶接トーチは、アーク溶接の開始及び終了を切替えるトーチスイッチをさらに備え、
前記溶接トーチに流れる電流が所定値以下で、かつ前記溶接トーチの先端が所定の期間動いていないと前記加速度センサ及び前記角速度センサによって検出された場合は、前記溶接条件設定部は前記トーチスイッチの操作を無効にすることを特徴とするアーク溶接装置。
【請求項3】
請求項
2に記載のアーク溶接装置において、
前記溶接条件設定部は、アーク溶接中に前記溶接トーチの先端の速度及び振れ幅並びに前記溶接トーチの姿勢のうち少なくとも1つが所定の範囲から外れると、前記振動体を振動させてアーク溶接を行う作業者に知らせることを特徴とするアーク溶接装置。
【請求項4】
請求項
3に記載のアーク溶接装置において、
前記溶接条件設定部は、前記溶接トーチの先端の速度及び振れ幅並びに前記溶接トーチの姿勢が前記所定の範囲から外れた度合い及び/または頻度に応じて、前記振動体の振動モードを切替えることを特徴とするアーク溶接装置。
【請求項5】
請求項
1ないし
4のいずれか1項に記載のアーク溶接装置において、
前記溶接トーチに保持された溶接ワイヤを溶接対象物に向けて送給するワイヤ送給装置をさらに備え、
ピーク電流と該ピーク電流よりも小さいベース電流とを交互に前記溶接ワイヤに流して行うパルス溶接時に、前記溶接条件設定部は、前記加速度センサ及び前記角速度センサで検出された前記溶接トーチの動きに基づいて、前記溶接ワイヤに流れる溶接電流の1周期内で1つの溶滴が前記溶接ワイヤから離脱するように、前記ピーク電流のパルス幅を変更することを特徴とするアーク溶接装置。
【請求項6】
請求項
1ないし
5のいずれか1項に記載のアーク溶接装置において、
前記溶接条件設定部は、前記溶接トーチに振動が加えられた回数、または前記溶接トーチに加えられた振動の大きさ、あるいは前記溶接トーチに振動が加えられたときに前記角速度センサで検出された角速度の大きさに応じて、溶接条件を変更することを特徴とするアーク溶接装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接トーチを用いたアーク溶接装置に関し、特に手動溶接用の溶接トーチを用いたアーク溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、人が手に持って溶接作業を行う、いわゆる手動溶接用の溶接トーチに加速度センサを取付けてアーク溶接を行う構成が提案されている。例えば、特許文献1には、溶接トーチに取付けられた加速度センサで所定の方向に溶接トーチを動かす加速度を検出し、検出結果に基づいて溶接条件を変更する構成が開示されている。また、特許文献2には、ロボットに保持された溶接トーチを用いて行う自動溶接と手動溶接とを同期させて行うアーク溶接において、加速度センサでの検出結果に基づいて、2つの溶接の同期が取れているかどうかを判断し、同期が取れていなければ警報を発する構成が開示されている。
【0003】
また、これらとは別に、特許文献3には、手動溶接用の溶接トーチに位置検出センサを取付けて、三次元空間における溶接トーチの位置検出を行う構成が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2013-066906号公報
【文献】特開2014-159042号公報
【文献】特許第5030951号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1,2に開示された従来の構成では、溶接トーチの形状や、溶接時の先端の温度の制約から、加速度センサを溶接トーチの先端に取付けることはできなかった。このため、溶接トーチの先端の正確な動きは把握できなかった。さらに、加速度センサは、重力加速度(=1G)よりも小さい加速度を検出することが難しく、作業者の手ぶれ等により、1Gよりも小さな加速度で溶接トーチ、特にその先端が動く場合は、この動きや溶接トーチの姿勢の変化を把握できなかった。また、特許文献3に開示された従来の構成は、溶接トーチの位置は検出できるものの、その先端の動きや速度等は検出できなかった。
【0006】
本発明はかかる点に鑑みてなされたもので、その目的は、手動で行うアーク溶接用の溶接トーチにおいて、その姿勢や先端の動きを検出可能な溶接トーチ及びそれを用いたアーク溶接装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明に係る溶接トーチは、手動で行うアーク溶接用の溶接トーチであって、加速度センサ及び角速度センサが取付けられており、溶接トーチに電力を供給する電源装置と、を備え、
電源装置は、加速度センサ及び角速度センサで検出された溶接トーチの姿勢と先端の動きとに基づいて、溶接条件を自動的に変更可能に構成された溶接条件設定部を有しており、
溶接トーチは、アーク溶接の開始及び終了を切替えるトーチスイッチをさらに備え、
溶接トーチに流れる電流が所定値以下で、かつ溶接トーチの先端が所定の期間動いていないと加速度センサ及び角速度センサによって検出された場合は、溶接条件設定部はトーチスイッチの操作を無効にすることを特徴とする。
【0008】
この構成によれば、溶接トーチの姿勢及び先端の動きを検出することができ、また、溶接トーチの姿勢や先端の動きに応じて、溶接条件を自動的に変更して所望の溶接を行うことができ、所定の条件を満たす場合にトーチスイッチの操作を無効にすることで、意図しない不具合を無くすことができる。
【0009】
また、本発明に係るアーク溶接装置は、前記溶接トーチに保持された溶接ワイヤを溶接対象物に向けて送給するワイヤ送給装置と、前記溶接トーチに電力を供給する電源装置と、を備え、前記電源装置は、前記加速度センサ及び前記角速度センサで検出された前記溶接トーチの姿勢と先端の動きとに基づいて、溶接条件を自動的に変更可能に構成された溶接条件設定部を有していることを特徴とする。
【0010】
この構成によれば、溶接トーチの姿勢や先端の動きに応じて、溶接条件を自動的に変更して所望の溶接を行うことができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る溶接トーチによれば、溶接トーチの姿勢及び先端の動きを検出することができる。また、本発明に係るアーク溶接装置によれば、溶接トーチの姿勢や先端の動きに応じて、溶接条件を自動的に変更して所望の溶接を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本発明の実施形態1に係るアーク溶接装置の構成を示す模式図である。
【
図2】
図2は、溶接トーチの外観を示す模式図である。
【
図3】
図3は、溶接トーチの内部構造を示す模式図である。
【
図4】
図4は、アーク溶接時の溶接トーチの動きを示す模式図である。
【
図5】
図5は、ウィービング時の溶接トーチ先端の移動軌跡を示す模式図である。
【
図6】
図6は、本発明の実施形態2に係る溶接姿勢変更時の溶接トーチの動きを示す模式図である。
【
図7A】
図7Aは、パルス溶接時の溶接電流と溶接電圧の出力波形及び溶滴離脱状態を示すタイムチャートである。
【
図7B】
図7Bは、溶接品質が低下した場合の溶滴離脱状態を示す模式図である。
【
図7C】
図7Cは、正常な状態での溶滴離脱状態を示す模式図である。
【
図8】
図8は、本発明の実施形態3に係る溶接電圧の出力波形を示すタイムチャートである。
【
図9】
図9は、本発明の実施形態3に係るパルス溶接時の溶接電流の出力波形を示すタイムチャートである。
【
図10】
図10は、本発明の実施形態4に係る溶接電流の出力波形と姿勢/動き検出部での検出信号のタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものでは全くない。
【0014】
(実施形態1)
[アーク溶接装置の構成及び溶接トーチの構成]
図1は、本実施形態に係るアーク溶接装置の構成の模式図を示す。
図2は、溶接トーチの外観の模式図を、
図3は、溶接トーチの内部構造の模式図をそれぞれ示す。
【0015】
図1に示すように、アーク溶接装置10は、電源装置20とワイヤ送給装置30と溶接トーチ60とを備えている。また、ガスボンベ80からガスホース81及びワイヤ送給装置30を介してシールドガス、例えば、CO
2ガスが溶接トーチ60に供給されている。なお、シールドガスの圧力及び流量が所定の値になるように図示しない流量調整器で調整され、シールドガスが供給される。なお、ガスホース81はトーチケーブル41の内部に収容されており、後述する電力ケーブル40と制御ケーブル50も同様にトーチケーブル41の内部に収容されている。
【0016】
電源装置20は、出力端子21の一方に電力ケーブル40が、他方にワークケーブル42がそれぞれ接続されており、電力ケーブル40から溶接トーチ60に電力が供給される。具体的には、トーチケーブル41内に収容されて溶接トーチ60に接続された電力ケーブル40及び図示しない溶接用チップを介して溶接トーチ60内を通る溶接ワイヤ70に溶接電流が供給される。また、電源装置20は、ワイヤ送給装置30に対してワイヤ送給速度や溶接ワイヤ70を流れる溶接電流を制御するための制御信号を送るように構成されている。さらに、電源装置20は、後述するセンサデバイス100からの出力信号を受け取って溶接トーチ60の姿勢と先端の動きとを検出する姿勢/動き検出部22と、姿勢/動き検出部22での検出結果に基づいて、溶接条件を自動的に変更可能に構成された溶接条件設定部23とを有している。溶接条件変更部23からの信号に基づいて、溶接電流等の溶接条件が変更される。なお、姿勢/動き検出部22と溶接条件設定部23とは、いずれも、電源装置20に設けられた図示しないCPU(Central Processing Unit)で実行される制御機能ブロックである。なお、姿勢/動き検出部22と溶接条件設定部23とは、電源装置20の外部に設けられていてもよい。
【0017】
ワイヤ送給装置30は、ワイヤ送給機構(図示せず)とワイヤ送給装置を駆動するモータ31とで構成され、電源装置20からの制御信号に応じて、溶接ワイヤ70を所定の速度でワーク(溶接対象物)Wに向けて送給する。また、ガスボンベ80から供給されたシールドガスを溶接トーチ60に供給する。なお、シールドガスは、流量調整器を介して溶接トーチ60に直接供給されるようにしてもよい。
【0018】
制御ケーブル50は、電源装置20とワイヤ送給装置30とに接続され、前述したように、溶接ワイヤ70のワイヤ送給速度を制御する制御信号を送るとともに、溶接トーチ60に設けられたセンサデバイス100の出力信号を電源装置20の姿勢/動き検出部22に送るように構成されている。また、制御ケーブル50を介して、センサデバイス100や、それ以外に溶接トーチ60に設けられたデバイスの駆動電力が供給される。また、制御ケーブル50は、溶接の開始/停止を決定するトーチスイッチ64の操作信号を電源装置20に送るように構成されている。
【0019】
溶接トーチ60は、トーチ本体61とトーチホルダ63とトーチスイッチ64とヘッド62とを有している。ヘッド62はトーチホルダ63から外に突き出しており、ヘッド62と反対側のトーチホルダ63の端部にトーチケーブル41が接続されている。また、溶接トーチ60は、内部に溶接ワイヤ70を保持しており、溶接ワイヤ70は、ヘッド62の先端、つまり、溶接トーチ60の先端62a(以下、単に先端62aという)からワークWに向けて送給される。
【0020】
また、
図3に示すように、トーチホルダ63内にはセンサデバイス100とバイブレーションモータ(振動体)110とが取付けられており、これらは、それぞれ配線104,111を介してトーチケーブル41内を通る制御ケーブル50に電気的に接続されている。また、トーチホルダ63には、トーチスイッチ64が取付けられており、トーチスイッチ64も配線112を介してトーチケーブル41内を通る制御ケーブル50に電気的に接続されている。トーチスイッチ64を操作することで、溶接開始状態、つまり、ワイヤ送給装置30が作動し、溶接ワイヤ70に溶接電流が流れるON状態と、溶接停止状態、つまり、溶接電流の供給が停止し、ワイヤ送給装置30も停止するOFF状態とが切替えられる。
【0021】
センサデバイス100は、加速度センサ101と角速度センサ102とこれらセンサ101,102の出力を信号処理する信号処理部103とで構成されるとともに、これらが1つのパッケージ内に集積されたデバイスである。なお、
図2に示すように、加速度センサ101と角速度センサ102とは、三次元空間の互いに直交する3軸(
図2に示すX軸、Y軸、Z軸)方向の加速度または角速度の変化をそれぞれ検出するセンサである。つまり、センサデバイス100は、いわゆる6軸センサである。また、信号処理部103は、ICまたはLSIで構成されている。センサデバイス100は、各軸の加速度及び角速度の変化と、予め定められたセンサデバイス100と溶接トーチ60の先端62aとの位置の差とから溶接トーチ60の先端62aの動きを検出する。なお、具体的には、センサデバイス100からの出力信号に基づいて、電源装置20に設けられた姿勢/動き検出部22で演算処理が実行されて先端62aの速度や振れ幅や溶接トーチ60の姿勢等が求まるように構成されている。また、信号処理部103は加速度センサ101及び角速度センサ102のアナログ出力信号を受け取って、ノイズのフィルタリングや信号増幅あるいはアナログ出力信号のデジタル化処理を行ったりする。なお、本実施形態では、加速度センサ101と角速度センサ103と信号処理部103とを1つのパッケージ内に集積しているが、それぞれを別個に準備してプリント基板に実装するようにしてもよい。
【0022】
バイブレーションモータ(振動体)110は、制御ケーブル50を介して供給された電力によって駆動される。また、バイブレーションモータ110は、溶接条件設定部23から送られる制御信号に応じた複数の振動モードで振動するように構成されている。バイブレーションモータ110の動作及び機能については後で詳述する。
【0023】
[効果等]
以上説明したように、本実施形態の溶接トーチ60には、加速度センサ101と角速度センサ102とを有するセンサデバイス100が取付けられている。
【0024】
溶接トーチ60をこのようにすることで、溶接トーチ60の移動速度だけでなく、姿勢や先端62aの動きを検出することができる。
【0025】
また、アーク溶接装置10は、溶接トーチ60と、溶接トーチ60に電力を供給する電源装置20と、を備えている。電源装置20は、加速度センサ101及び角速度センサ102で検出された溶接トーチ60の姿勢と先端62aの動きとに基づいて、溶接条件を自動的に変更可能に構成された溶接条件設定部23を有している。
【0026】
アーク溶接装置10をこのように構成することで、溶接トーチ60の姿勢や先端62aの動きに応じて、溶接条件を自動的に変更して所望の溶接を行うことができる。具体的には、ワークWの形状や溶接技法に応じて、アーク溶接条件を自動的に調整することができ、溶接品質の低下を抑制できる。このことについてさらに説明する。
【0027】
図4は、溶接姿勢変更時の溶接トーチの動きの模式図を示し、
図5は、ウィービング時の溶接トーチ先端の移動軌跡の模式図を示す。
【0028】
図4に示すように、L字形状のワークWに対してアーク溶接を行う場合、溶接トーチ60の先端62aを下向きにして行う下向き溶接から先端62aを立ち上げて行う立ち向かい溶接に移行する。この移行前後では、溶接トーチ60の先端62aとワークWとの距離を一定に保つのが難しいため、一定の溶接条件、例えば、一定の溶接電流でアーク溶接を行った場合、移行前後で溶接箇所の仕上がりが異なってしまうおそれがある。また、下向き溶接と立ち向かい溶接とで溶接条件を変更する場合には、下向き溶接終了後に、一旦、アーク溶接を終了し、条件変更を行った後に、立ち向かい溶接に合わせて溶接トーチ60の姿勢や先端62aの位置を変更し、再度、アーク溶接を行う必要があった。このような作業は非常に手間がかかり、溶接の作業効率を低下させていた。
【0029】
一方、本実施形態によれば、センサデバイス100によって、溶接トーチ60の姿勢や先端62aの動きを検出でき、これらに応じて溶接電流を自動的に調整できる。例えば、
図4に示すように、下向き溶接と立ち向かい溶接とで溶接電流をI1からI2に変更する。このようにすることで、安定した高品質のアーク溶接が行える。また、下向き溶接と立ち向かい溶接との移行前後で、手間のかかる切替作業を行わずに済み、溶接の作業効率を向上させることができる。
【0030】
また、本実施形態によれば、難易度が高いとされる技法でアーク溶接を行う場合にも、安定した高品質のアーク溶接を行うことができる。
【0031】
図5に示すように、ウィービング技法と呼ばれるアーク溶接の一技法では、左右に配置されたワークWの継目を突き合わせて行う突き合わせ溶接において、左右のワークWに振分けるように溶接トーチ60を動かしてアーク溶接を行うことで、溶接ビードの肉盛り量を増やしている。ウィービング技法においては、例えば、右に移動させていた溶接アーク60の先端62aを、向きを変えて左に動かす、移動方向の切替部分(以下、単に切替部分という)では、アークの照射時間が相対的に長くなる。一方、溶接品質を安定させるには、単位面積当りの入熱量が同じになるようにする必要がある。このため、切替部分では、溶接電流を小さくするとともに、ワイヤ送給速度を低くし、また、切替部分の間では、溶接電流を大きくするとともに、ワイヤ送給速度を高める必要があった。
【0032】
しかし、作業者の手の動きに連動させてこのような制御を行うのは非常に熟練を要し、難しい作業となっていた。
【0033】
一方、本実施形態によれば、センサデバイス100によって、溶接トーチ60の先端62aの動き、特に移動方向や速度を検出でき、これらに応じて溶接電流及びワイヤ送給速度を自動的に調整できる。このことにより、多少不慣れな作業者が、ウィービング技法によってアーク溶接を行っても一定以上の品質の溶接を行うことができる。また、この技法によらず、溶接トーチ60を複雑に動かすアーク溶接や、複雑な形状のワークWをアーク溶接する場合にも、本実施形態の溶接トーチ60及びアーク溶接装置100を用いることで、一定以上の品質で所望のアーク溶接を行うことができる。
【0034】
(実施形態2)
図1~3に示す溶接トーチ60を使用することで、作業者の技能向上を図ることもできる。
図6は、本実施形態に係る溶接トーチの動きの模式図を示し、溶接の進行方向に沿った溶接トーチの姿勢、先端の速度及び目標軌跡からのずれ量の変化を示している。また、この溶接は、溶接作業に不慣れな初心者が行っている。
【0035】
初心者が溶接トーチ60を手に持ってアーク溶接を行う場合、その動かし方にばらつきが生じ、溶接品質を維持できる許容範囲を超えて、溶接トーチ60の先端62a、言いかえると、溶接ワイヤ70の先端が動いてしまうことがある。例えば、
図6に示すように、一つの溶接区間において、目標軌跡からのずれ量が大きくなる部分(
図6に示す地点A,C,D)が生じたり、溶接トーチ60の姿勢が許容範囲からずれたりする(
図6に示す地点B,D,E)。また、溶接トーチ60の先端62aの速度が許容範囲からずれたりもする(
図6に示す地点D,E)。このように、溶接トーチ60の姿勢や先端62aの動きが所定の許容範囲から外れると、溶接品質が低下し、場合によっては溶接されない箇所が生じる溶接不良が起こったりする。
【0036】
一方、前述したように、
図1~3に示す溶接トーチ60には、溶接条件設定部23からの信号に応じて、複数の振動モードで振動するバイブレーションモータ110が内蔵されている。このバイブレーションモータ110を一種のアラームとして機能させることで、作業者が誤った溶接トーチ60の動かし方をしている場合には、注意を喚起し、正しい動かし方を早期に覚えられるようにすることが可能となる。その一例を以下に説明する。
【0037】
例えば、溶接トーチ60の姿勢が許容範囲から外れていれば、バイブレーションモータ110は短く弱く1回振動し(モード1)、先端62aの速度が許容範囲から外れていれば、短く強く1回振動する(モード2)。また、目標軌跡からのずれ量が許容範囲から外れていれば、バイブレーションモータ110は短く強く2回振動する。さらに、
図6に示す地点Dのように、溶接トーチ60の姿勢と先端62aの速度及び目標軌跡からのずれ量のうち、少なくとも2つが許容範囲から外れていれば、バイブレーションモータ110は長く強く2回振動する(モード3)。また、
図6に示す地点Eのように、モード3の状態が複数回起これば、作業者がトーチスイッチ64を操作して溶接を停止するまでバイブレーションモータ110は強く振動し続ける(モード4)。
【0038】
なお、溶接トーチ60の動きの不具合点とバイブレーションモード110の振動モードとの関係は特にこれに限定されない。また、溶接トーチ60の姿勢や先端62aの動きのうち、どのパラメータを用いてバイブレーションモータ110を振動させるトリガーとするかも、任意に決めることができる。
【0039】
溶接トーチ60及びアーク溶接装置10をこのようにすることで、作業者は、自身が行う溶接トーチ60の操作のうち、どこに問題があるのかを容易に知ることができ、バイブレーションモータ110を振動させない、つまり、正しい動かし方を早期に習得することができる。
【0040】
(実施形態3)
図7Aは、パルス溶接時の溶接電流と溶接電圧との出力波形及び溶滴離脱状態のタイムチャートを示す。また、
図7Bは、溶接品質が低下した場合の溶滴離脱状態を示す模式図を、
図7Cは、正常な状態での溶滴離脱状態の模式図をそれぞれ示す。
【0041】
作業者が溶接トーチ60を手に持って、ワークWに対してパルス溶接を行う場合がある。パルス溶接は、ワークWに対して溶接ワイヤ70を一定のワイヤ送給速度で送るとともに、溶接ワイヤ70にピーク電流と、ピーク電流よりも低いベース電流とを所定の周期で交互に流すことで、ワークWと溶接ワイヤ70との間でアークを発生させる溶接技法であり、高品質の溶接を行うことができる。
【0042】
一方、作業時に溶接トーチ60の手ぶれが生じることは避けがたいが、これに起因して作業者毎にパルス溶接の溶接品質にばらつきを生じてしまう。特に、
図2に示す溶接トーチ60の先端62aとワークWとの距離や速度にばらつきが出ると、パルス溶接の溶接品質が安定しなくなる。このことについてさらに説明する。
【0043】
図7Aに示すように、溶接ワイヤ70に所定のピーク電流を流すと、先端が溶融して溶滴が形成し始める。また、この間に、溶接ワイヤ70とワークWとの間にアーク90が発生し、溶接電圧は一定以上の値に保たれている。溶滴が十分に成長すると、電磁ピンチ力によって、溶滴の先端がくびれて溶接ワイヤ70から離脱しワークWに移行する。
【0044】
この場合、
図7Aに示す時点IIIで溶滴が離脱すれば、
図7Cに示すように、溶滴の飛散物であるスパッタが少なく、高品質の溶接となる。一方、作業者の手ぶれや操作ばらつきによって、溶接トーチ60の先端62aの距離がばらつくと、時点IやIIで溶滴の離脱が起こることがある。この場合、所定の電流域よりも高い電流域で溶滴が落下するため、
図7Bに示すように、スパッタの飛散が大きくなり、溶接品質が低下してしまう。また、作業者の手ぶれや操作ばらつきによって、溶接トーチ60の先端62aとワークWとの速度ばらついた場合も、溶滴の飛散が大きくなり、溶接品質が低下してしまうことがある。
【0045】
一方、本実施形態の溶接トーチ60及びアーク溶接装置10によれば、溶接トーチ10の先端62aの動きを検出し、その検出結果に基づいてピーク電流のパルス幅を自動的に調整することで、溶滴の離脱タイミングを適切に設定することができる。
【0046】
図8は、本実施形態に係る溶接電圧の出力波形のタイムチャートを、
図9は、本実施形態に係るパルス溶接時の溶接電流の出力波形のタイムチャートをそれぞれ示す。
【0047】
図8の左側に示すように、溶滴の離脱後は溶接電圧が一時的に上昇することから、溶接電圧の時間変化をモニターすることで溶滴の離脱タイミングを判断することができる。しかし、溶接トーチ60の先端62aの位置ぶれなどで、本来のタイミングとは異なるタイミングでも、溶接電圧が一時的に上昇することがある。一方、溶接トーチ60の先端62aの位置ぶれは、センサデバイス100からの出力信号によって検出することができる。つまり、
図8の右側に示すように、位置ぶれなどで溶接電圧の一時的な上昇が起こっているのか、溶接トーチ60の手ぶれ等により溶滴の離脱が起こっているのかを区別して検出することができる。
【0048】
このため、例えば、センサデバイス100の出力信号と溶接電圧とをモニターして、所定のタイミングよりも早く溶滴の離脱が起こりそうだと判断できたら、溶接条件設定部23からの信号によって、
図9に示すように、ピーク電流のパルス幅が短くなるように調整し、所定のタイミングで溶滴を離脱させるようにする。このようにすることで、溶滴離脱時のスパッタを低く抑えられ、溶接品質を維持することができる。
【0049】
(実施形態4)
図10は、本実施形態に係る溶接電流の出力波形と姿勢/動き検出部での検出信号のタイムチャートを示す。
【0050】
トーチスイッチ64を操作して、溶接停止状態にした後、作業者の休憩中や作業者の交代時等に、溶接トーチ60を作業場の所定の位置に置いておくことは良くある。しかし、このような場合に、トーチスイッチ64が意図せず操作されてしまうと、ワイヤ送給装置30が起動し、溶接ワイヤ70に溶接電流が流れる状態となる。これに気づかず、作業者が溶接作業を開始しようとすると危険であり、また、意図しない場所でアークが立ったりして溶接不良を起こす場合もあり得る。
【0051】
一方、本実施形態の溶接トーチ60及びアーク溶接装置10によれば、所定の条件を満たす場合にトーチスイッチ64の操作を無効にすることで、このような不具合を無くすことができる。
【0052】
図10に示すように、トーチスイッチ64を操作して溶接停止状態にすると溶接電流は零になる。また、この時点で溶接トーチ60を所定の位置に掛けておくと、その位置は固定され、センサデバイス100からの出力信号も零となる。期間T1を越えて、溶接トーチ60の先端62aの位置や速度に変化がなければ、つまり、期間T1に溶接トーチ60の先端62aが動いていないとセンサデバイス100及び姿勢/動き検出部22によって検出された場合は、溶接条件設定部23は、トーチスイッチ64をイネーブル(Enable)状態からディスエーブル(Disable)状態に切替える。つまり、有効状態から無効状態にする。ディスエーブル状態では、トーチスイッチ64を操作しても、溶接停止状態が維持される。
【0053】
次に、作業者が溶接トーチ60を手に持って作業を開始しようとすると、センサデバイス100は、溶接トーチ60の先端62aの動きを検出し、その出力信号が、姿勢/動き検出部22に送られる。このとき、溶接電流は零のまま維持される。さらに期間T2が経過すると、溶接条件設定部23は、トーチスイッチ64をディスエーブル状態からイネーブル状態に切替え、作業者がトーチスイッチ64を操作すると、アーク溶接装置10は溶接開始状態に切り替わる。
【0054】
本実施形態の溶接トーチ60及びアーク溶接装置10によれば、溶接トーチ60に流れる電流が所定値以下(この場合は零)で、かつ溶接トーチ60の先端62aが所定の期間T1動いていないと姿勢/動き検出部22によって検出された場合は、溶接条件設定部23はトーチスイッチ64の操作を無効にする。このことにより、意図せずにトーチスイッチ64が操作されて、溶接停止時様態から溶接開始状態にアーク溶接装置10が切替わるのを防止でき、作業の安全性の確保が図れる。また、意図せずに溶接が開始された場合に溶接不良が発生するのを防止できる。また、所定の期間T1を設けることで、単なる小休止と、作業者が現場を離れたりする休憩等とを判別して、作業効率を向上させることができる。さらに、所定の期間T2を設けることにより、作業者が溶接トーチ60を手に取って作業を行うのか、意図せずに溶接トーチ60に触ってしまっただけなのかを判別でき、以降の溶接作業を安全に行うことができる。
【0055】
なお、期間T1,T2は適宜決められ、作業毎に変更することも可能である。また、溶接ワイヤ70に流れる電流の所定値を、零よりも大きい微弱な電流値としてもよい。
【0056】
(実施形態5)
これまで述べたように、
図1~3に示す溶接トーチ60は、その先端62aの動きを検出することができる。このことを利用して、トーチスイッチ64を省略することができる。また、作業者自身の意志で溶接条件を変更することもできる。
【0057】
溶接トーチ60をタップすると、その振動はセンサデバイス100によって検出され、検出された信号に基づいて、溶接トーチ60がタップされた回数を検出することができる。このとき、タップされた回数と溶接条件とを予め関連付けたテーブルを溶接条件設定部23に記憶させておくか、あるいは、溶接条件設定部23が別の場所に記憶された当該テーブルを読み込み可能にしておく。このようにすることで、作業者が溶接トーチ60をタップし、その回数に応じて溶接条件を自動的に変更することができる。
【0058】
例えば、タップされる回数が1回の場合に、溶接開始/停止を切替えられるようにすると、トーチスイッチ64を省略することができる。また、溶接トーチ60を2回連続してタップする場合に、溶接電流が所定の値だけ大きくなり、3回連続してタップする場合に、溶接電流が所定の値だけ小さくなるようにすることもできる。このようにすることで、作業者が溶接箇所を確認しながら、溶接条件を微調整することができる。なお、タップ回数と溶接条件との関係は上記に特に限定されず、適宜設定される。また、アーク溶接装置10の誤動作を防止するため、トーチスイッチ64を省略する場合には、タップ回数を多くする、例えば、5回連続タップするようにしてもよい。また上記の溶接条件変更は、溶接トーチ60がタップされた強さ、つまり、溶接トーチ60に加えられた振動の大きさで値を変更できるよう操作できるようにしてもよい。なお、溶接トーチ60がタップされた強さ(振動の大きさ)は、溶接トーチ60がタップされたときに、センサデバイス100の角速度センサ102で検出された角速度の大きさに対応する。
【0059】
また、溶接トーチ60に振動を加える方法は特に上記に限定されず、他の方法を用いてもよい。例えば、手に持った溶接トーチ60を振って、その回数で溶接条件を変更するようにしてもよい。
【0060】
(その他の実施形態)
なお、実施形態1~5において、センサデバイス100からの出力信号に基づいて、電源装置20に設けられた姿勢/動き検出部22により、溶接トーチ60の先端62aの速度や振れ幅や姿勢等が算出されていたが、特にこれに限定されず、例えば、センサデバイス100に設けられた信号処理部103でこれらの値を算出するようにしてもよい。また、実施形態2において、溶接条件設定部23は、作業者の訓練時には、溶接条件を自動的に変更する機能は使用禁止とし、バイブレーションモータ110を振動させる機能のみを使用可能な状態にしてもよく、実際の溶接作業中には、溶接条件を自動的に変更する機能は使用可能とし、バイブレーションモータ110を振動させる機能のみを使用禁止としてもよい。
【0061】
また、実施形態1~5において、消耗電極式のアーク溶接を例に取って説明したが、本発明に係る溶接トーチ60及びアーク溶接装置10は、TIG等の非消耗電極式のアーク溶接にも適用可能である。ただし、その場合は、ワイヤ送給装置30は不要となるので、電源装置20から電力ケーブル40を介して直接、溶接トーチ60に電力が供給される。また、ワイヤ送給装置30の代わりに溶接棒または溶加材送給装置を配置してもよい。また、これに限らず、上記の各実施形態で説明した各構成要素を組み合わせて、新たな実施形態とすることも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の溶接トーチは、姿勢及び先端の動きを検出できるため、手動溶接用のアーク溶接装置に適用する上で有用である。
【符号の説明】
【0063】
10 アーク溶接装置
20 電源装置
22 姿勢/動き検出部
23 溶接条件設定部
30 ワイヤ送給装置
31 モータ
40 電力ケーブル
41 トーチケーブル
42 ワークケーブル
50 制御ケーブル
60 溶接トーチ
61 トーチ本体
62 ヘッド
62a 溶接トーチ61の先端
63 トーチホルダ
64 トーチスイッチ
70 溶接ワイヤ
80 ガスボンベ
81 ガスホース
90 アーク
100 センサデバイス
101 加速度センサ
102 角速度センサ
103 信号処理部
110 バイブレーションモータ(振動体)
W ワーク(溶接対象物)