(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-08-31
(45)【発行日】2023-09-08
(54)【発明の名称】3価クロム黒色化成処理用組成物および化成被膜を備える部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 22/07 20060101AFI20230901BHJP
C23C 22/53 20060101ALI20230901BHJP
【FI】
C23C22/07
C23C22/53
(21)【出願番号】P 2023090891
(22)【出願日】2023-06-01
【審査請求日】2023-06-01
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000115072
【氏名又は名称】ユケン工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100135183
【氏名又は名称】大窪 克之
(74)【代理人】
【識別番号】100116241
【氏名又は名称】金子 一郎
(72)【発明者】
【氏名】足立 泰輔
(72)【発明者】
【氏名】西原 奨悟
(72)【発明者】
【氏名】小川 覚史
(72)【発明者】
【氏名】大口 優幸
【審査官】萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2010/035819(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/020097(WO,A1)
【文献】特開2005-281852(JP,A)
【文献】特開2016-132784(JP,A)
【文献】特開2005-187925(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/00-22/86
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
3価クロム含有物質と、有機硫黄化合物と、有機ホスホン酸化合物と、バナジウム含有物質と、ヒドロキシカルボン酸含有物質と、を含有することを特徴とする化成処理用組成物。
【請求項2】
前記バナジウム含有物質のバナジウム換算モル濃度と前記ヒドロキシカルボン酸含有物質のヒドロキシカルボン酸換算モル濃度との比が、1:1~1:10である、請求項1に記載の化成処理用組成物。
【請求項3】
前記3価クロム含有物質の含有量がクロム換算で1~10g/L、前記有機硫黄化合物の含有量が0.1~10g/L、かつ前記有機ホスホン酸化合物の含有量が0.1~20g/Lである、請求項1または請求項2に記載の化成処理用組成物。
【請求項4】
ニッケル含有物質およびコバルト含有物質からなる群から選ばれる1種類以上を含有する、請求項1または請求項2に記載の化成処理用組成物。
【請求項5】
亜鉛含有物質を亜鉛換算で15g/L以下で含有する、請求項1または請求項2に記載の化成処理用組成物。
【請求項6】
化成被膜を備える部材の製造方法であって、請求項1または請求項2に記載される化成処理用組成物を、亜鉛を含む材料の表面を有する基材に接触させることを含む製造方法。
【請求項7】
前記化成処理用組成物は定量補給で管理される、請求項6に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自然環境に有害な6価クロムイオンを実質的に含有せず、すなわち、6価クロムフリーであって、3価クロムを含む黒色被膜を部材の金属表面上に形成することが可能であって、定量補給で運用しても性能が安定した浴寿命の長い化成処理用組成物および当該化成処理用組成物により形成された化成被膜を備える部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、RoHS(Restriction of the Use of Certain Hazardous Substances in Electrical and Electronic Equipment)指令や、ELV(End of Life Vehicles)指令などの環境に配慮した指令により、有害物質(鉛、水銀、カドミウム、6価クロムイオンなど)の使用を規制することが求められている。
【0003】
この流れを受け、亜鉛めっき部材などの金属表面を有する部材の防食用化成被膜として有効なクロメート被膜は、化成処理により化成被膜を形成するための組成物(本明細書において、この組成物を「化成処理用組成物」という。)として、6価クロムイオンを含むクロム酸塩を用いるのではなく、3価クロムイオンを含む化成処理用組成物によって形成するようになってきている。
【0004】
この化成処理用組成物の中には、黒色外観を有する化成被膜(本明細書において、この化成被膜を「黒色被膜」という。)を形成するものがあり、事務機器、電気機器、自動車用などの部材(プレート、ハウジング、ヒンジ、パネル等のプレス成形品)や部品(ボルト、ナットなどの締結部品やクランプ、クリップなどの留め具等)などに多く使用されているが、化成処理用組成物の安定性が低下する問題や、その化成処理用組成物を用いて処理される部材等の処理面積の累積量(以下、「累積処理面積」と略記する。)が増加することで、黒色被膜の外観が劣化する、すなわち、黒色外観が得られずに灰色になってしまうことが問題となっている。
【0005】
安定性が低下する問題に対しては、例えば特許文献1のように、特定の有機酸もしくはその塩の2種類を添加することで安定性を図る方法が提案されている。累積処理面積の増加による黒色被膜の外観劣化に対しては、特許文献2のように、有機物である硫黄化合物と、有機ホスホン酸ならびにそのイオンおよび塩からなる群から選ばれる一種または二種以上からなる有機ホスホン酸化合物を添加する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第6532003号公報
【文献】特許第4840790号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、本発明者らが検討したところ、特許文献1のように特定の有機酸もしくはその塩2種類を添加する方法では、累積処理面積の増加による外観劣化及び高い耐食性の両立ができない。特許文献2のように有機物である硫黄化合物および有機ホスホン酸化合物を添加する方法は、良好な黒色外観や高い耐食性を維持するためには累積処理面積の増加に合わせて上記の化合物の添加量を増やすことが好ましいことが明らかとなった。すなわち、特許文献2の方法では、連続処理を想定した定量補給管理への適合性の観点から改善の余地があることが明らかとなった。
【0008】
そこで、本発明は、定量補給管理で累積処理面積が増加しても黒色外観と高い耐食性とが両立した化成被膜を形成可能な化成処理用組成物およびその化成被膜を備える部材の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決すべく、本発明者らは鋭意検討した。その結果、バナジウム含有物質およびヒドロキシカルボン酸含有物質を特定の比で含有させることにより、定量補給管理で累積処理面積が増加しても黒色外観と高い耐食性を両立した化成被膜を形成することが可能な化成処理用組成物が得られるとの知見を得た。
【0010】
上記知見に基づき得られた本発明は、その一態様として、3価クロム含有物質と、有機硫黄化合物と、有機ホスホン酸化合物と、バナジウム含有物質と、ヒドロキシカルボン酸含有物質と、を含有する、化成処理用組成物を提供する。
【0011】
上記の化成処理用組成物において、前記バナジウム含有物質のバナジウム換算モル濃度と前記ヒドロキシカルボン酸含有物質のヒドロキシカルボン酸換算モル濃度との比は、1:1~1:10であってもよい。
【0012】
上記の化成処理用組成物において、前記3価クロム含有物質の含有量がクロム換算で1~10g/L、前記有機硫黄化合物の含有量が0.1~10g/L、かつ前記有機ホスホン酸化合物の含有量が0.1~20g/Lであってもよい。
【0013】
上記の化成処理用組成物は、ニッケル含有物質およびコバルト含有物質からなる群から選ばれる1種類以上を含有してもよい。
【0014】
上記の化成処理用組成物は、亜鉛含有物質を亜鉛換算で15g/L以下で含有してもよい。
【0015】
本発明は、他の一態様として、化成被膜を備える部材の製造方法であって、上記の化成処理用組成物を、亜鉛を含む材料の表面を有する基材に接触させることを含む製造方法を提供する。前記化成処理用組成物は定量補給で管理されることが好ましい場合がある。
【発明の効果】
【0016】
上記の発明に係る化成処理用組成物を用いると、定量補給管理で累積処理面積が増加しても外観が黒色であって、しかも耐食性に優れる黒色被膜を安定的に形成することが可能となる。このため、本発明に係る化成処理用組成物は従来技術と比較して、簡単な管理(定量補給)で品質が安定化するため、大量生産における品質の安定化に対して大きく寄与できる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の一実施形態に係る化成処理用組成物は、3価クロム含有物質と、有機硫黄化合物と、有機ホスホン酸化合物と、バナジウム含有物質と、ヒドロキシカルボン酸含有物質と、を含有し、バナジウム含有物質のバナジウム換算モル濃度とヒドロキシカルボン酸含有物質のヒドロキシカルボン酸換算モル濃度との比が、1:1~1:10であり、6価クロムイオンを実質的に含有しない、すなわち、6価クロムフリーの水性組成物である。
【0018】
亜鉛めっきなど金属系材料からなる表面を有する部材に本実施形態に係る化成処理用組成物を接触させる処理を実施することで、黒色外観および高い耐食性を有する化成被膜が形成される。しかも定量補給管理で累積処理面積が増えてもその性能は変化しにくいため、簡単な管理(定量補給)で品質を安定化できる。
【0019】
以下にそれぞれの成分について詳しく説明する。
(1)3価クロム含有物質
本実施形態に係る化成処理用組成物は3価クロム含有物質を備える。3価クロム含有物質は、3価クロムおよびこれを含有する水溶性物質(3価クロム錯体が例示される。)からなる群から選ばれる一種または二種以上からなる。3価クロム含有物質の原料物質として、水中で3価クロム含有物質を生成することが可能な化合物(以下「3価クロム化合物」という。)を用いることが好ましい。
【0020】
3価クロム化合物を例示すれば、塩化クロム、硫酸クロム、硝酸クロム、リン酸クロム、酢酸クロム等の3価クロム塩の他、クロム酸や重クロム酸塩等の6価クロム化合物を還元剤により3価に還元した化合物が挙げられる。3価クロム化合物は一種の化合物のみで構成されていてもよいし、複数種類で構成されていてもよい。好ましい3価クロム化合物の例は、硝酸クロムおよび塩化クロムである。なお、本発明に係る化成処理用組成物に対して6価クロム化合物が原材料として積極的に添加されていないため、本発明に係る化成処理用組成物は、6価クロムを実質的に含有しない、いわゆる6価クロムフリーである。
【0021】
3価クロム含有物質の含有量は、化成被膜を安定的に形成する観点からクロム換算で1g/L以上とすることが好ましい。3価クロム含有物質の上限は特に限定されないが、3価クロム含有物質を含有させた効果を適切に確保しつつ廃液処理の負荷を高めない観点から10g/L程度を上限とすることが好ましい。さらに化成被膜の形成のしやすさの観点から、3価クロム含有物質の含有量を2~5g/Lとすることが好ましい。
【0022】
(2)有機硫黄化合物
本実施形態に係る化成処理用組成物は、硫黄をその構成元素として含む有機化合物である有機硫黄化合物を含有する。有機硫黄化合物が含有する硫黄含有官能基として、-SH(メルカプト基)、-S-(チオエーテル基)、>C=S(チオアルデヒド基、チオケトン基)、-COSH(チオカルボシル基)、-CSSH(ジチオカルボシル基)、-CSNH2(チオアミド基)、-SCN(チオシアネート基、イソチオシアネート基)が例示される。有機硫黄化合物の具体例として、チオグリコール酸アンモン、チオグリコール酸、チオマレイン酸、チオアセトアミド、ジチオグリコール酸、ジチオグリコール酸アンモン、ジチオジグリコール酸アンモン、ジチオジグリコール酸、システィン、サッカリン、チアミン硝酸塩、N,N-ジエチル-ジチオカルバミン酸ソーダ、1,3-ジエチル-2-チオ尿素、ジピリジン、N-チアゾール-2-スルファミルアマイド、1,2,3-ベンゾトリアゾール、2-チアゾリン-2-チオール、チアゾール、チオ尿素、チオゾール、チオインドキシル酸ソーダ、o-スルホンアミド安息香酸、スルファニル酸、オレンジ-2、メチルオレンジ、ナフチオン酸、ナフタレン-α- スルホン酸、2-メルカプトベンゾチアゾール、1-ナフトール-4-スルホン酸、シェファー酸、サルファダイアジン、ロダンアンモン、ロダンカリ、ロダンソーダ、ロダニン、硫化アンモン、硫化ソーダ、硫酸アンモン、チオグリセリン、チオ酢酸、チオ酢酸カリウム、チオ二酢酸、3,3-チオジプロピオン酸およびチオセミカルバジドが挙げられる。
【0023】
これらの有機硫黄化合物の中でも、チオグリコール酸およびジチオジグリコール酸ならびにそのイオンおよび塩からなる群から選ばれる一種または二種以上を含むことが、黒色被膜を安定的に得るためには好ましい。
【0024】
有機硫黄化合物は化成被膜の黒色化に直接的に影響する成分の1つと考えられ、その含有量は0.1~10g/Lとすることが好ましい。その含有量が0.1g/L未満では黒色化は弱く、10g/Lを超えて添加しても黒色化の効果は飽和する。有機硫黄化合物を含有させた効果を適切に確保しつつ黒色被膜を安定的に形成する観点から、有機硫黄化合物の含有量は、0.3~8g/Lであることがより好ましく、0.5~6g/Lが特に好ましい。
【0025】
(3)有機ホスホン酸化合物
本実施形態に係る「有機ホスホン酸化合物」とは、有機ホスホン酸ならびにそのイオンおよび塩からなる群から選ばれる一種以上からなる物質を意味する。ここで、「有機ホスホン酸」とは、示性式がR-P(=O)(OH)2であって(Rは有機基)、ホスホン基に有機基が結合したものをいう。有機ホスホン酸として、1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸、2-ホスホノブタン1,2,4-トリカルボン酸、アミノ(トリメチレンホスホン酸)、エチレンジアミンテトラ(メチレンホスホン酸)およびジエチレントリアミンペンタ(メチレンホスホン酸)が例示される。これらの有機ホスホン酸の塩として、1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸4ナトリウム塩、1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸3ナトリウム塩、エチレンジアミンテトラ(メチレンホスホン酸)5ナトリウム塩、ジエチレントリアミンペンタ(メチレンホスホン酸)7ナトリウム塩が例示される。これらの塩は化成処理用組成物中ではナトリウムイオンが乖離している場合が多い。
【0026】
有機ホスホン酸化合物の含有量は0.1~20g/Lが好ましい。その含有量が0.1g/L未満では化成被膜の形成が不十分となりやすく、20g/Lを超えても化成被膜の形成に関しては飽和する。有機ホスホン酸化合物を含有させた効果を適切に確保しつつ化成被膜を安定的に形成する観点から、有機ホスホン酸化合物の含有量は、0.2~15g/Lとすることがより好ましく、0.3~10g/Lが特に好ましい。
【0027】
(4)バナジウム含有物質
本実施形態に係る化成処理用組成物は、バナジウム含有物質を含有する。バナジウム含有物質は、バナジウムを含有する水溶性物質からなる群から選ばれる一種または二種以上からなり、バナジウムイオンおよびその錯体ならびにバナジン酸イオンなどバナジウムの酸素酸イオンを含む。バナジウム含有物質の原料物質として、水中でバナジウム含有物質を生成することが可能な化合物(以下「バナジウム化合物」という。)を用いることが好ましい。
【0028】
バナジウム化合物を例示すれば、塩化バナジウム、硫酸バナジウム、酸化硫酸バナジウム、バナジン酸ナトリウム、バナジン酸カリウム、酸化バナジウム(II)、酸化バナジウム(V)が挙げられる。バナジウム化合物は一種の化合物のみで構成されていてもよいし、複数種類で構成されていてもよい。
【0029】
バナジウム含有物質のモル濃度は、バナジウム換算で0.001mol/L以上1mol/L以下とすることが好ましい。上記のモル濃度が0.001mol/L未満では黒色外観を有する化成被膜が得られにくくなる場合があり、1mol/Lを超えると化成処理用組成物の安定性が低下する傾向を示す場合がある。化成処理用組成物の安定性を確保しつつ良好な化成被膜を得る観点から、バナジウム含有物質のバナジウム換算モル濃度は、0.002~0.5mol/Lとすることがより好ましい場合があり、0.005~0.1mol/Lとすることが特に好ましい場合がある。
【0030】
(5)ヒドロキシカルボン酸含有物質
本実施形態に係る化成処理用組成物は、ヒドロキシカルボン酸含有物質を含有する。本明細書において、ヒドロキシカルボン酸含有物質は、水酸基を有するカルボン酸であるヒドロキシカルボン酸およびこれに基づく物質を含有する水溶性物質からなる群から選ばれる一種または二種以上からなる。ヒドロキシカルボン酸含有物質の原料物質として、水中で溶解してヒドロキシカルボン酸含有物質を生成することが可能な水溶性化合物(以下「水溶性ヒドロキシカルボン酸化合物」という。)を用いることが好ましい。水溶性ヒドロキシカルボン酸化合物は加水分解でヒドロキシカルボン酸を生成するエステル類も含む。
【0031】
ヒドロキシカルボン酸として、グリコール酸、乳酸などのモノヒドロキシモノカルボン酸、リンゴ酸、クエン酸などのモノヒドロキシポリカルボン酸、アスコルビン酸などのポリヒドロキシモノカルボン酸、酒石酸などのポリヒドロキシポリカルボン酸等が例示されるが、これらに限定されない。水溶性ヒドロキシカルボン酸化合物には、これらのヒドロキシカルボン酸のナトリウム塩、カリウム塩などの塩類およびイオンも含まれる。
【0032】
ヒドロキシカルボン酸含有物質のモル濃度は、ヒドロキシカルボン酸換算で0.001mol/L以上5mol/L以下とすることが好ましい。上記のモル濃度が0.001mol/L未満では化成処理用組成物の安定性が低下する傾向を示す場合があり、5mol/Lを超えると化成処理用組成物を排水処理する際の負荷が高まる場合がある。化成処理用組成物の安定性および排水処理性を適切に確保する観点から、ヒドロキシカルボン酸含有物質のヒドロキシカルボン酸換算モル濃度は、0.002~5mol/Lとすることがより好ましい場合があり、0.005~1mol/Lとすることが特に好ましい場合がある。
【0033】
本実施形態に係る化成処理用組成物は、バナジウム含有物質のバナジウム換算モル濃度とヒドロキシカルボン酸含有物質のヒドロキシカルボン酸換算モル濃度との比が、1:1~1:10である。バナジウム含有物質のモル濃度とヒドロキシカルボン酸含有物質のモル濃度とを上記の範囲で調整することにより、累積処理面積が多くなっても、黒色外観および高い耐食性を有する化成被膜が安定的に得られる。
【0034】
(6)ニッケル含有物質、コバルト含有物質
本実施形態に係る化成処理用組成物は、ニッケル含有物質およびコバルト含有物質からなる群から選ばれる1種類以上を含有してもよい。ニッケル含有物質は、ニッケルを含有する水溶性物質からなる群から選ばれる一種または二種以上からなり、ニッケルイオンやその錯体を含む。コバルト含有物質は、コバルトを含有する水溶性物質からなる群から選ばれる一種または二種以上からなり、コバルトイオンやその錯体を含む。ニッケル含有物質は黒色化に寄与し、コバルト含有物質は耐食性向上に寄与する。ニッケル含有物質およびコバルト含有物質の原料物質として、水中でニッケル含有物質およびコバルト含有物質を生成可能な化合物(ニッケル化合物、コバルト化合物)を用いることが望ましい。
【0035】
ニッケル化合物を例示すれば、塩化ニッケル、硫酸ニッケル、硝酸ニッケル、リン酸ニッケル、酢酸ニッケル等が挙げられ、ニッケル化合物は一種の化合物のみで構成されていてもよいし、複数種で構成されていてもよい。コバルト化合物を例示すれば、塩化コバルト、硫酸コバルト、硝酸コバルト、リン酸コバルト、酢酸コバルト等が挙げられ、コバルト化合物は一種の化合物のみで構成されていてもよいし、複数種で構成されていてもよい。
【0036】
ニッケル含有物質を含有する場合には、その含有量はニッケル換算で0.05~5g/Lが好ましい。その含有量が0.05g/L未満では黒色化向上の効果が得られにくくなる場合があり、5g/Lを超えると耐食性が低下する場合がある。耐食性への影響を抑えつつ黒色化の効果を安定的に得る観点から、ニッケル含有物質のニッケル換算含有量は0.1~3g/Lとすることが好ましい場合がある。コバルト含有物質を含有する場合には、その含有量はコバルト換算で0.05~5g/Lが好ましい。その含有量が0.05g/L未満では耐食性向上の効果が得られにくくなる場合があり、5g/Lを超えるとむしろ耐食性が低下する場合がある。耐食性向上の効果を安定的に得る観点から、コバルト含有物質のコバルト換算含有量は0.1~3g/Lとすることが好ましい場合がある。
【0037】
(7)その他成分
本実施形態に係る化成処理用組成物は、上記物質に加え、金属イオン、無機酸およびその陰イオン、無機コロイド、シランカップリング剤、窒素化合物ならびにフッ素化合物からなる群から選ばれる一種または二種以上を含んでもよい。また、ワックスなどのポリマーや腐食抑制剤、界面活性剤、可塑性分散剤、染料、顔料などの色素生成剤、乾燥剤および分散剤からなる群から選ばれる一種または二種以上をさらに含有してもよい。また、還元性物質を同時に添加してもよい。
【0038】
金属イオンとしては、Na,K,Ag,Au,Ru,Nb,Ta,Pt,Pd,Fe,Ca,Mg,Zr,Sc,Ti,Mn,Cu,Zn,Sn,Y,Mo,Hf,TeおよびWのイオンが例示され、酸素酸イオンの形で存在していてもよい。なお、化成処理される部材(基材)が亜鉛を含む材料の表面を有する場合には累積処理面積の増加に伴い、化成処理用組成物中に亜鉛を含む水溶性物質である亜鉛含有物質(具体的には亜鉛イオンやその錯体などが例示される。)が蓄積される。一般に、化成処理用組成物中の亜鉛含有物質の亜鉛換算濃度が高まると、化成被膜の黒色外観を維持することが困難となるが、本実施形態に係る化成処理用組成物は、この亜鉛含有物質の亜鉛換算含有量が15g/Lであっても黒色外観を得ることが可能であるため、その範囲(15g/L以下)で亜鉛含有物質を含有してもよい。
【0039】
無機酸としては、塩化水素酸、フッ化水素酸、臭化水素酸などのハロゲン化水素酸、塩素酸、過塩素酸、亜塩素酸、次亜塩素酸、硫酸、亜硫酸、硝酸および亜硝酸が例示され、リン酸(オルトリン酸)、ポリリン酸、メタリン酸、ピロリン酸、ウルトラリン酸、次亜リン酸、過リン酸のようなリンを含有する無機酸を含有してもよい。無機酸はイオンとして化成処理用組成物に含まれていてもよい。
【0040】
これらの無機酸および/またはそのイオンの化成処理用組成物におけるモル濃度は特に限定されない。無機酸およびそのイオンの合計モル濃度は、3価クロムイオンおよび上記の金属イオン(バナジウムを含むイオン、ニッケルイオン、コバルトイオンなど)の合計モル濃度に対する比として、0.1~10であることが好ましい場合があり、0.5~3であることがより好ましい場合がある。
【0041】
無機コロイドとして、シリカゾル、アルミナゾル、チタンゾル、ジルコニアゾルが例示され、シランカップリング剤としてビニルトリエトキシシランなどの有機シランカップリング剤が例示される。
【0042】
窒素化合物には、複素環式化合物、尿素類、脂肪族アミン、酸アミド、アミノカルボン酸、アンモニウム塩尿素、アミン類、ニトロベンゼンスルホン酸等の有機窒素化合物、および尿素、アンモニウム塩、硝酸塩等の窒素化合物が例示され、これらの好ましい含有量は、個別に0.5~50g/Lである。
【0043】
(8)溶媒
本実施形態に係る化成処理用組成物の溶媒は水を主体とし、含有成分の安定化の観点から、アルコール、エーテル、エステル等の水に可溶な有機溶媒を混在させてもよい。有機溶媒の全溶媒に対する比率は特に限定されないが、適切な排水処理性を確保する観点から、10質量%以下とすることが好ましい場合がある。
【0044】
(9)pH
本実施形態に係る化成処理用組成物のpHは酸性であれば特に限定されないが、pH1~4の範囲が好ましく、化成処理用組成物の安定性の観点からpH2~3であることが特に好ましい。pH調整は水酸化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、アンモニア等のアルカリ性物質や塩酸、硝酸、硫酸などの酸性物質を用いて行えばよい。
【0045】
(10)オーバーコート
本実施形態に係る化成処理用組成物による化成処理後、水洗し、乾燥前または乾燥後に無機、有機または有機無機複合のコーティングを実施すると耐食性はさらに向上する。無機系のオーバーコートとしては、シリカ系、リン酸系のオーバーコートが挙げられ、それ以外のオーバーコートも可能である。有機系のオーバーコートとしては、塗料、樹脂も限定をせず、水系あるいは水系以外でも使用可能である。ポリエチレン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、ポリプロピレン、アクリル樹脂、メタクリル樹脂、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリアセタール、フッ素樹脂、尿素樹脂、フェノール樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、ポリウレタン、アルキド樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂等の有機皮膜が挙げられるが、これらに限定されるものではない。オーバーコートを実施するタイミングとして、化成処理後の乾燥後直ぐに実施してもよいし、折り曲げ等の成型などの二次加工後に実施してもよく、オーバーコートの回数についても制限はない。オーバーコートの方法も特に限定せず、塗布塗装、浸漬塗装、静電塗装、電着塗装、粉体塗装など種々の方法が可能である。
【0046】
(11)基材
化成処理される部材(基材)は、本実施形態に係る化成処理用組成物による化成処理が適切に進行する限り、材料的な制約はない。基材の一例として、亜鉛を含む材料の表面を有する基材が挙げられ、そのような基材の具体例として、鉄系材料からなる部材に、亜鉛めっきや亜鉛合金めっきなどが施されたものが挙げられる。このような基材であっても、本実施形態に係る化成処理用組成物では、前述のとおり、長期にわたって適切に化成処理を行うことができる。
【実施例】
【0047】
以下、本発明の効果を実施例に基づいて説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。有機硫黄化合物を含有し黒色被膜を形成しうる化成処理用組成物に対し、有機ホスホン酸化合物を含むリン含有化合物を含有させ、バナジウム含有物質のバナジウム換算モル濃度とヒドロキシカルボン酸含有物質のヒドロキシカルボン酸換算モル濃度との比が1:0.5~1:10の範囲で含有させたものを用いて化成処理を行った。化成処理用組成物の補給は定量補給として累積処理面積を増加させた場合の黒色被膜の外観変化と耐食性変化を確認した。なお、実施例において使用した化成処理用組成物は、いずれも6価クロムを実質的に含有しない、いわゆる6価クロムフリー組成物であった。
【0048】
(1)化成処理用組成物の準備
まず、表1~3に示される組成を有する化成処理用組成物を作製した。塩酸および水酸化ナトリウムを用いて、そのpHが2.4になるように調整した。表中のクロム、ニッケル、コバルトの数値はそれぞれ、化成処理用組成物における、クロム含有物質クロム換算の含有量、ニッケル含有物質のニッケル換算の含有量、コバルト含有物質のコバルト換算の含有量である。
【0049】
また、表4に、特許文献1の組成を有する化成処理用組成物を比較例として作製した(実施例19から実施例26)。更に、表5に、特許文献2の組成を有する化成処理用組成物を比較例として作製した(実施例27および実施例28)。実施例20から実施例27に係る化成処理用組成物に使用した遷移金属(ニッケル、バナジウム、マンガン)の含有量は、特許文献1に記載のある、より好ましい添加量とされる0.1~10g/Lの中央値である5g/Lとした。
【0050】
【0051】
【0052】
【0053】
【0054】
【0055】
(2)試験部材の準備
続いて、常法に従って電気亜鉛めっきが施されたボルトを水洗後、硝酸浸漬(67.5%硝酸の3mL/L溶液、液温は常温(25℃)、浸漬時間10秒間)を行うことで表面を活性化した。この試験部材(基材)を更に常温で10秒間水洗した後、表1~3の組成を有し、pH2.4、35℃に維持された化成処理用組成物に45秒間浸漬させた。化成処理用組成物から引き上げた試験部材を水洗(常温、10秒間)後、80±5℃で10分間乾燥させた。
【0056】
なお、表4に示される実施例19から実施例26(比較例)では、pH2.0、30℃に維持された化成処理用組成物に試験部材を30秒間浸漬させ、表5に示される実施例27および実施例28(比較例)では、pH2.2、35℃に維持された化成処理用組成物に試験部材を45秒間浸漬させた。化成処理用組成物から引き上げた試験部材を水洗(常温、10秒間)後、80±5℃で10分間乾燥させた。
【0057】
以上の化成処理を含む表面処理を多数のボルトに対して行い、建浴直後の最初の化成処理により得られた部材、1Lあたりの累積処理面積が250、500、750、1000dm2となった時の化成処理により得られた試験部材を評価用の試験部材とした。なお、1Lあたりの累積処理面積が500dm2となった時の化成処理用組成物に含まれる亜鉛イオン濃度は約8g/Lであり、1Lあたりの累積処理面積が1000dm2となった時の化成処理用組成物に含まれる亜鉛イオン濃度は約15g/Lであった。
【0058】
(3)補給方法
化成処理の進行により化成処理用組成物の成分が減少するため、1Lあたりの処理面積が100dm2増える毎に定量補給した。補給量は次のように決定した。まず、処理面積が1Lあたり100dm2到達時に化成処理用組成物をサンプリングし、ICP発光分光分析装置(SPECTRO社製「ARCOS FH522」)でクロム濃度を算出して、サンプルにおけるクロム減少量を求める。このクロム減少量と同じ割合で化成処理用組成物の各成分が減少したと判断して、化成処理用組成物の減少量を算出した。具体例として、1Lあたりの処理面積が100dm2増えた時のサンプルのクロム減少量が10質量%だった場合には、化成処理用組成物の各成分が10質量%減少したと判断し、建浴時の化成処理用組成物の1/10の量を有する組成物を補給した。
【0059】
(4)評価方法
色調は目視判断とし、耐食性はJIS Z2371に準拠して塩水噴霧試験で評価を行った。24時間毎に目視で白錆の有無を確認し、目視で白錆面積率が全体の5%に到達した時にその試験部材の累積塩水噴霧時間を白錆発生時間として耐食性の指標とした。
【0060】
評価結果を表6および7に示す。欄中には1Lあたりの累積処理面積における外観と耐食性を示す。具体例として、白錆が5%発生した時間が96時間であり、このときの外観は黒色であった場合は「黒色/96時間」と表示している。
【0061】
【0062】
【要約】
【課題】定量補給管理で累積処理面積が増加しても黒色外観と高い耐食性とが両立した化成被膜を形成可能な化成処理用組成物を提供する。
【解決手段】3価クロム含有物質と、有機硫黄化合物と、有機ホスホン酸化合物と、バナジウム含有物質と、ヒドロキシカルボン酸含有物質と、を含有する化成処理用組成物であって、前記バナジウム含有物質のバナジウム換算モル濃度と前記ヒドロキシカルボン酸含有物質のヒドロキシカルボン酸換算モル濃度との比が、1:1~1:10であってもよい。
【選択図】 なし