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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-01
(45)【発行日】2023-09-11
(54)【発明の名称】振動発電素子
(51)【国際特許分類】
   H02N 1/08 20060101AFI20230904BHJP
   H01G 7/02 20060101ALI20230904BHJP
【FI】
H02N1/08
H01G7/02 E
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019159370
(22)【出願日】2019-09-02
(65)【公開番号】P2021040389
(43)【公開日】2021-03-11
【審査請求日】2022-07-20
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「極性分子配向薄膜を備えた新規振動発電器の創出」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(72)【発明者】
【氏名】田中 有弥
(72)【発明者】
【氏名】石井 久夫
(72)【発明者】
【氏名】松浦 寛恭
【審査官】尾家 英樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-130027(JP,A)
【文献】特開2018-183049(JP,A)
【文献】特開2019-036621(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02N 1/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エレクトレット電極に対向する対向電極を有する構成で誘導電荷を発生させ、前記エレクトレット電極又は前記対向電極を振動させることで、前記誘導電荷を移動させて発電する振動発電素子であって、
前記エレクトレット電極が、第1の電極上に第1の極性分子が積層された構成を有し、前記第1の極性分子が少なくともワイドギャップ材料であるホスト分子に前記ホスト分子よりナローギャップ材料であるゲスト分子をドープした構成であることを特徴とする振動発電素子。
【請求項2】
前記振動が、前記エレクトレット電極から前記対向電極の方向に対して、前記方向に振動する構成、又は、前記方向に対して垂直方向に振動する構成であることを特徴とする請求項1記載の振動発電素子。
【請求項3】
前記対向電極が、第2の電極上に第2の極性分子が積層された構成を有し、前記第2の極性分子が少なくともワイドギャップ材料であるホスト分子に前記ホスト分子よりナローギャップ材料であるゲスト分子をドープした構成であることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の振動発電素子。
【請求項4】
前記ホスト分子が、TPBi、BCP、OXD-7、Bpy-OXDおよびB3PyMPMからなる群より選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求項1乃至請求項3記載の振動発電素子。
【請求項5】
前記ゲスト分子が、Alq、Al(7-prq)、4CzIPN、DACT-II、Ir(ppy)、Ir(ppy)(acac)、BAlqおよびrubreneからなる群より選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求項1乃至請求項4記載の振動発電素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、振動発電素子に関し、より詳細には、電荷を打ち込む工程が不要で、表面電位安定性を向上できるエレクトレットを用いたものに関する。
【背景技術】
【0002】
より安心・安全な社会を実現するために、トリリオンセンサーユニバースの構築が提唱されている。そこで、種々のセンサーを駆動するために、光や熱、振動といった身の周りにある微小なエネルギーから電気エネルギーを得る環境発電技術が注目を集めている。現在、様々なエネルギー変換デバイスが提案されているが、特に運動エネルギーから電気エネルギーを得ることができる静電誘導型の振動発電素子が有望視されている。振動発電素子には、エレクトレット(電荷もしくは電気分極を保持した絶縁体材料)が導入されている。エレクトレットは振動発電素子の出力、寿命を決定する重要な材料であり、その表面電位安定性の向上と作製プロセスの簡略化が望まれている。
【0003】
従来のエレクトレットは誘電体に電荷を打ち込んだものであり、静電場を発生させることができる材料のことである。このエレクトレットを作製するための代表的な方法として、コロナ放電法がある(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
コロナ放電法での、エレクトレットの作製について説明する。図10に示す直流コロナ放電装置400において、構造体10が形成された基板1を電極板41上に載置するとともに、電極針42を構造体10の電極板41と反対側の面の直上に配置し、電源40により高電圧を電極針42と電極板41との間に印加する。具体的には、室温において、10kVの電圧を電極針42と電極板41との間に30分間印加した。これにより、電極針42と構造体10との間の空気の絶縁破壊によるコロナ放電が生じ、構造体10を形成するエレクトレット膜の分子が分極し、電荷が集中して蓄積される。以上の工程を経てエレクトレットを作製していた。
【0005】
エレクトレットに電荷を打ち込む方式として、コロナ放電法以外にも、電子線照射法、熱ポーリング法、接触充電法などの様々な荷電処理プロセスが採用されてきた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2017-99208号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
背景技術で説明した電荷を打ち込んでエレクトレットを作製する場合、高電圧電源、電極板、電極針等の設備が必要となり、又、高電圧を扱うので安全管理上の対策も必要で、荷電処理プロセスが煩雑で、生産性を下げるとともに、エレクトレットのコストが高くなるという問題点を有していた。また、高電圧(10kV)を長時間(30分)印加する必要があり、エレクトレットの作製に長時間を必要とし、この点でも、生産性を下げるという問題点を有していた。
【0008】
これらの問題点に鑑み、本発明者らは、これまで有機発光ダイオードの電子輸送材料として用いられているtris-(8-hydroxyquinolinato) aluminium(Alq)や1,3,5-tris(1-phenyl-1H-benzimidazol-2-yl)benzene(TPBi)、bathocuproine(BCP)といった極性分子薄膜の表面電位を測定してきた。その結果、非常に興味深いことに、薄膜の表面電位は膜厚に比例して増加していき、100nmで数ボルトにも達することがわかった。そして、第二次高調波発生(Second harmonic generation(SHG))測定から、この巨大表面電位(giant surface potential)は極性分子の自発的な配向に起因していることが明らかになっている。つまり極性分子薄膜の表面と裏面には正負の分極電荷(polarization charge)が存在している。
【0009】
これら極性分子は、自発的に配向し、荷電処理なしで帯電した膜ができることから、自己組織化エレクトレット(self-assembled electret(SAE))ともいえる。本発明者らはSAEを振動発電素子のエレクトレットとして適用し、荷電処理を一切必要としない振動発電素子を実現した。
【0010】
最も典型的なSAE材料であるAlqにおいては、光照射により表面電位が減衰することが報告されている。まずは減衰のメカニズムを説明する。成膜直後のSAEのエネルギーダイアグラムを図11(a)に示す。膜の表面には正の、裏面には負の分極電荷が発生し、最高占有準位(highest occupied molecular orbital(HOMO))と最低非占有準位(lowest unoccupied molecular orbital(LUMO))が右肩下がりで傾いており、膜厚方向の電界と表面電位が発生していることが見て取れる。
【0011】
このようなSAEを例えば室内光環境中におくと、SAEが光を吸収し、図11(a)に示すように、HOMOからLUMOへの電子遷移が生じる。結果としてホール・電子対である励起子が形成される。膜の面外方向には極性分子の自発的配向によって電界が発生しているため、形成された励起子は電子とホールに乖離する。その後電界に従って電子は膜の表面方向に、ホールは膜の裏面方向に移動する(図11(a))。光照射によって生じたフォトキャリアである電子とホールは、それぞれ膜表面の正の分極電荷と裏面の負の分極電荷を打ち消す補償電荷(compensation charge)となる。光照射を続けると補償電荷が表面と裏面に蓄積していき、最終的には完全に分極電荷を打ち消してしまい、図11(b)に示すように膜内の電界が完全に消失してしまう。このようにHOMOとLUMOがフラットになると表面電位もほぼゼロとなり、SAEとしての機能を失ってしまう。
【0012】
上記をまとめると、光照射によるSAEの表面電位の消失過程は下記の通りとなる。
(1)SAEの光吸収による励起子の形成
(2)SAE膜の内部電界による励起子の乖離
(3)フォトキャリアである電子とホールの発生
(4)電子・ホールの正の分極電荷・負の分極電荷方向への移動
(5)電子・ホールによる分極電荷の補償(打ち消し)
(6)表面電位の消失
【0013】
つまり表面電位の減衰を抑制するためには、光の吸収効率を下げ、励起子の形成を抑えればよい。そのために本発明者らはAlqよりも広いバンドギャップを持つTPBiを利用することを検討した。TPBiのようなワイドギャップ材料であれば電子が励起されにくいため、光の吸収効率が小さくなる。TPBiを用いることで、室内光下において、Alqの50倍以上の表面電位安定性を実現した。しかしながらTPBiを用いたとしても徐々に表面電位が減少していくという問題点を有していた。これは室内光(例えば、蛍光灯)にはエネルギーの高い水銀の輝線が含まれており、少なからずHOMOからLUMOへの電子遷移、つまり光吸収が生じていることを示唆している。
【0014】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、エレクトレットを作製する際、誘電体に電荷を打ち込む工程が不要であるとともに、作製したエレクトレットの表面電位安定性を向上させ、寿命の長い振動発電素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、光吸収によって生成される励起子を電荷分離させずに失活(再結合)させるために、TPBiよりもバンドギャップの狭いAlqをドープし、TPBiで生じた励起子のエネルギーをAlqへ移すことで、膜内での光キャリアの発生を抑制できることを見出し、またAlqのHOMO、LUMO準位は、TPBiのバンドギャップ内に存在するので、残留した光キャリアがトラップされる効果も期待できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
本発明の一観点に係る振動発電素子は、エレクトレット電極に対向する対向電極を有する構成で誘導電荷を発生させ、エレクトレット電極又は対向電極を振動させることで、誘導電荷を移動させて発電する振動発電素子であって、エレクトレット電極が、第1の電極上に第1の極性分子が積層された構成を有し、第1の極性分子が少なくともワイドギャップ材料であるホスト分子にホスト分子よりナローギャップ材料であるゲスト分子をドープした構成であることを特徴とするものである。
【0017】
さらに、エレクトレット電極から対向電極の方向に対して、前記方向に振動する構成、又は、前記方向に対して垂直方向に振動する構成であると望ましい。
【0018】
さらに、対向電極が、第2の電極上に第2の極性分子が積層された構成を有し、第2の極性分子が少なくともワイドギャップ材料であるホスト分子にホスト分子よりナローギャップ材料であるゲスト分子をドープした構成であると望ましい。
【0019】
さらに、ホスト分子が、TPBi、BCP、OXD-7、Bpy-OXDおよびB3PyMPMからなる群より選択される少なくとも1種であると望ましい。
【0020】
さらに、ゲスト分子が、Alq、Al(7-prq)、4CzIPN、DACT-II、Ir(ppy)、Ir(ppy)(acac)、BAlqおよびrubreneからなる群より選択される少なくとも1種であると望ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、誘電体に電荷を打ち込む工程が不要で、表面電位安定性を向上できるエレクトレット及びこのエレクトレットを用いることで寿命の長い振動発電素子を提供できる利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】各材料(極性分子、非極性分子)の膜厚と表面電位の関係を示す図である。
図2】真空蒸着法によるエレクトレットの成膜イメージを示す図である。
図3】振動発電素子の構成を示す図である。
図4】基板上のエレクトレットの断面の、他の構成を示す図である。
図5】ナローギャップ材料による励起子失活過程を示す図である。
図6】ナローギャップ材料による他の励起子失活過程を示す図である。
図7】共蒸着膜の発電特性を示す図である。
図8】Alq単膜、TPBi単膜、TPBiにAlqをドープした共蒸着膜の表面電位(SP)の時間依存性を示す図である。
図9】Alq(ゲスト分子)の濃度による表面電位(SP)の時間依存性を示す図である。
図10】従来のコロナ放電法で、エレクトレットを作製する直流コロナ放電装置を示す図である。
図11】成膜直後の状態および分極電荷が打ち消された状態の自己組織化エレクトレット(SAE)のエネルギーダイアグラムを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0024】
本発明は、極性分子の自発的な配向を利用し、例えば、真空蒸着法のみでエレクトレットの作製を可能にするものである。
【0025】
図1は、各材料(極性分子、非極性分子)の膜厚と表面電位の関係を示す図である(Y. Noguchi et al., J. Appl. Phys. 111, 114508 (2012).)。OXD-7、Alq、TPBi又はBCPなどの極性分子は、膜厚が増加するほど表面電位が増加する点が示されている。しかし、非極性分子は、膜厚が増加しても、表面電位はほぼ零電位であり、自発的な配向が生じていないことを示している。なお、OXD-7、Alq、TPBi、BCP以外にも各種の極性分子が知られている。例えば、Al(7-prq)、α-NPD、DACT-II、BAlq、Ir(ppy)(acac)、Bpy-OXD、Gaq3、4CzIPN、4CzPn、2CzPN、Al(q-Cl)、B3PyMPM、Ir(ppy)、rubreneは、代表的な極性分子であり、特にAl(7-prq)は、膜厚増加に対する表面電位の増加が大きいことが知られている(Osada et al., Org. Electron. 58, 313 (2018))。
【0026】
自発的な配向が生じる極性分子は、有機発光ダイオードで使用されている極性分子が主であり、これらの薄膜においては、その表面電位が膜厚に比例して増加し、100nmで数ボルトにも達する。この巨大な電位はGiant surface potential(GSP)と呼ばれている。これは膜の表面と裏面に分極電荷が現れていることを意味しており、エレクトレットとみなすことができる。
【0027】
以下ではGSPを示す材料を自己組織化エレクトレット(Self-assembled electret(SAE))と呼ぶ。SAEを振動発電器のエレクトレットとして利用することが可能で、エレクトレットの荷電処理プロセスが不必要となり、エレクトレットの生産性が格段に向上するとともに、エレクトレットの低コスト化につながる。
【0028】
なお、本実施形態において、TPBi、BCP、OXD-7、Bpy-OXD、B3PyMPM等は、ワイドギャップ材料である代表的なホスト分子であり、Alq、Al(7-prq)、4CzIPN、DACT-II、Ir(ppy)、Ir(ppy)(acac)、BAlq、rubrene等は、ナローギャップ材料である代表的なゲスト分子である。そして、本発明において、極性分子の構成は、少なくともワイドギャップ材料であるホスト分子に、ホスト分子よりナローギャップ材料であるゲスト分子をドープした構成であることを特徴とするものである。なお、本実施形態において、ホスト分子およびゲスト分子は、両方が極性分子でもよいし、一方が極性分子で、他方がCBP、UGH2等の非極性分子でもよい。非極性分子を用いる場合、SAEの表面電荷密度を向上させるために、ゲスト分子として非極性分子を採用することが望ましい。また、極性分子内に多少の不純物等(ホスト分子、ゲスト分子以外の物質)を含むことも許容される。
【0029】
本発明のエレクトレットの作製方法を説明する。各種の方法があるが、一例として、真空蒸着法によるエレクトレットの成膜イメージを図2に示す。真空チャンバー内に、基板を配置して、ワイドギャップ材料であるホスト分子にホスト分子よりナローギャップ材料であるゲスト分子をドープした極性分子である有機材料を基板に吹き付け蒸着される構成である。シャドーマスクは極性分子の蒸着部位を規定するために設けてある。真空蒸着法で基板に極性分子を蒸着させることで、静電場を発生させることができ、エレクトレットを形成するものである。
【0030】
なお、基板に極性分子を積層する方法としては、基板に極性分子を塗布する構成、基板に極性分子を貼りつける構成など、真空蒸着法以外の各種の構成が採用可能である。
【0031】
次に、振動発電素子を構成した一例を図3に示す。aの振動発電素子と、bの振動発電素子が示されている。aの振動発電素子、bの振動発電素子の構造上異なる点は、陽極(対向電極)及び陰極(エレクトレット電極)の形状が異なり、陽極又は陰極の振動方向が異なる点であり、その他の構造は同一である。
【0032】
陽極側を基板と電極(Top electrode)で構成し、陰極側を基板、電極(Bottom electrode)とエレクトレット(極性分子)で構成した。陰極側は、基板、電極(Bottom electrode)の上にエレクトレットが積層されているが、上記の真空蒸着法を用いることで積層してもよいし、他の方法で積層してもよい。
【0033】
矢印は、陽極側の振動方向を示している。aの振動発電素子は、陽極側を横方向に振動させ、bの振動発電素子は、陽極側を縦方向に振動させる構成である。なお、振動方向は、振動発電素子で発電できる限りにおいて、他の振動方向でもよく、陰極側を振動させてもよい。
【0034】
図3において、エレクトレットの陽極側は、マイナスの電荷が現れている。その結果、陽極側の電極にプラスの誘導電荷が発生する。そして、aの振動発電素子は、陽極側を横方向、bの振動発電素子は、陽極側を縦方向に振動させることに伴う静電容量の変化を利用し、誘導電荷を移動させて、電流を外部に取り出し発電する構成である。なお、エレクトレットの陽極側に、マイナスの電荷を発生させる構成に代えて、図4(電極は図示せず)に示すようにプラスの電荷を発生させることで、対向電極にマイナスの誘導電荷を発生させる構成でもよい。図4のエレクトレットは、TPBi(ホスト分子)にAlq(ゲスト分子)をドープした構成である。また、エレクトレットを陰極側に配置したが、陽極側に配置してもよく、又陰極側・陽極側の両方に配置してもよく、誘導電荷を発生できる構成ならば、エレクトレットの配置は、任意の配置に設定できる。
【0035】
なお、図3のbの振動発電素子は、エレクトレットを電極の凹凸面上に切れ目なく配置している。そのため、aの振動発電素子に比べてbの振動発電素子は、エレクトレットの設置面積を増加させることができる。その結果、誘導電荷が増加して、発電効率が向上する効果があり、振動発電素子の出力電力をより大きくすることができる。
【0036】
本実施形態は、図4に示すようにホスト分子とゲスト分子の二種類の極性分子からなるSAEであり、ゲスト分子によって励起子の失活(再結合)を生じさせることで、表面電位が減少していくという問題点を解決するものである。
【0037】
表面電位の減少を抑制するためには、光吸収を抑えればよい。この原理に従ってワイドギャップ材料であるTPBiを使用したが、それでも表面電位は光照射によって減衰した。つまりSAEの表面電位の減少を抑制するためには、光吸収を減らすだけでは不十分である。光照射によって発生した励起子を失活、つまり再結合させて、フォトキャリアを抑制する技術が必要となる。そのために、ワイドギャップ材料であるホスト分子に、ナローギャップ材料であるゲスト分子をドープしたSAEが有効である。
【0038】
図5にナローギャップ材料による励起子失活過程を示す。光が照射されるとホスト分子が光を吸収し、励起子が形成される(図5(a))。この励起子が持つエネルギーはエネルギートランスファーにより、ゲスト分子に移動する。図5(b)に示すように、ゲスト分子で形成された励起子も電界が存在している場所におかれるが、電子にとってはホスト分子とゲスト分子のLUMOの差に相当するエネルギー障壁が、ホールにはホスト分子とゲスト分子のHOMOの差のエネルギー障壁が存在するため乖離できない。このため図5(b)のようにゲスト分子の励起子はほとんどの場合その場で失活(再結合)してしまう。結果的に励起子ができてもフォトキャリアはほぼ発生しないので、分極電荷が打ち消されることはない。
【0039】
上記は、光をホスト分子が吸収する場合について説明したが、ゲスト分子が直接光を吸収することも考えられる。この場合でも同様に、電子・ホールそれぞれにエネルギーの障壁が存在しているため、励起子は乖離できずゲスト分子内で失活(再結合)する。このように、ホスト分子・ゲスト分子のどちらが光を吸収したとしても励起子はゲスト分子で失活(再結合)するためフォトキャリアは発生せず、表面電位は減衰しない。
【0040】
もう一つゲスト分子には大きな役割がある。そのメカニズムを図6に示す。上記の通り多くの励起子はゲスト分子で失活(再結合)するが、多少ではあるが形成された励起子の一部は内部電界により乖離し、ホールと電子が発生する。つまり図6(a)に示すように、膜内を動き回るフォトキャリアが発生する。ホスト分子で形成された励起子のうち、一部は励起の分離が起こると考えられる。その結果図6(a)に示すように、SAE内にはフォトキャリア、つまりホールと電子が存在するようになる。通常であれば、これらは図11で説明したように、電子は正の分極電荷側に移動し、ホールは負の分極電荷側に移動することで、分極電荷を補償して、表面電位を打ち消してしまう。しかしながら図6(a)のようにホスト分子内にナローギャップのゲスト分子が存在していると、電子やホールが移動する間に、ゲスト分子のLUMO、HOMOにトラップされてしまう。一度トラップされてしまうと、ホスト分子・ゲスト分子のLUMOの差、HOMOの差で形成されるエネルギー障壁が存在するために、電子とホールは簡単にはゲスト分子から抜け出せない。電子がゲスト分子にLUMOにトラップされている間にホールがゲスト分子のHOMOにトラップされると、図6(b)に示すように、ゲスト分子で励起子が形成され、そこで失活(再結合)が生じる。トラップされる順序は問わない。つまりホールがトラップされた後に、電子がトラップされた場合も同様に失活(再結合)が生じる。この場合、分極電荷が存在する表面と裏面に到達するフォトキャリアは存在しないので,表面電位は消失しない。このように、ナローギャップであるゲスト分子は、発生したフォトキャリアを失活(再結合)させることも可能である。
【実施例
【0041】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0042】
(ホスト分子にゲスト分子をドープした効果)
Alq単膜、TPBi単膜、TPBiにAlqをドープした共蒸着膜を実際に作製し、その効果を検証した。実験では、Alqからなる膜厚200nmの単膜、TPBiからなる膜厚200nmの単膜、TPBiとAlqからなる膜厚200nmの共蒸着膜(Alqの体積濃度:5vol%)を、それぞれITO基板上に真空蒸着により成膜した。表面電位(SP)はケルビンプローブ(KP)測定によって、また発電特性はKPの振動を利用して測定を行った(図7)。光照射はキセノン光源を用い、各試料の水平方向から白色光(放射照度:数100μW/cm、波長:300~600nm)を照射した。
【0043】
図7に共蒸着膜の発電特性を示す。KPの振動(53Hz)に合致した周波数の交流電流(Irms=1.7nA)が現れており、本素子が発電していることがわかる。図8は、SPの時間依存性を示している。Alq単膜の半減期は0.02時間、TPBi単膜では0.35時間であったのに対し、共蒸着膜では0.79時間であり、2.3倍の長寿命化に成功した。これは共蒸着膜で発生した励起子のエネルギーの一部がAlqに移動し、乖離が生じることなく励起子が失活(再結合)していることを示している。大気中室内光下において、TPBi単膜の半減期は280時間である。本実験は、室内光よりも20倍以上の放射照度をもつ光を照射しており、実際の動作環境下であれば、実用的にもより長い寿命の振動発電素子の実現が可能である。
【0044】
本実施例において、共蒸着膜をTPBi(ホスト分子)にAlq(ゲスト分子)をドープして構成したが、TPBi、Alq以外の分子でも構成は可能であり、ワイドギャップ材料であるホスト分子に、ホスト分子よりナローギャップ材料であるゲスト分子をドープした構成であればよい。そして、ホスト分子として限定されるわけではないが、TPBi、BCP、OXD-7、Bpy-OXD、B3PyMPMが適している。また、ゲスト分子として限定されるわけではないが、Alq、Al(7-prq)、4CzIPN、DACT-II、Ir(ppy)、Ir(ppy)(acac)、BAlq、rubreneが適している。
【0045】
(ゲスト分子の濃度依存)
図9にAlq(ゲスト分子)の濃度によるSPの時間依存性を示している。縦軸がSAEの表面電位(SP)で、横軸が保持時間である。キセノンランプを用いて、波長300nm~600nmの白色光を照射した。ゲスト分子であるAlqをホスト分子であるTPBiにドープし、その濃度を100%から0%まで変化させた。まずAlqの濃度が100%の場合は、100s以下で表面電位が50%減衰してしまう。これは図11で説明した通り、Alqが光を吸収して励起子が形成され、内部電界によって発生したフォトキャリアが、分極電荷を打ち消してしまうためである。Alqの濃度が20%の場合は多少安定性が向上しているものの、200s程度で表面電位が50%減衰してしまう。これはAlqの濃度が高いため、Alqで形成された励起子が乖離し、Alqを介して(通って)SAE表面と裏面に電子とホールが到達したためである。さらに濃度を下げて10%とすると、ドープ膜の安定性は0%、つまりTPBi単膜よりも高くなる。さらに5%、2.4%、1.2%と濃度を下げていくにつれて安定性は向上し、1.2%の場合は、50%減衰時間は3600s以上にもなる。この結果は、図5及び図6で説明した通り、ゲスト分子であるAlqで励起子が失活(再結合)し、補償電荷を抑制していることを意味している。
【0046】
以上の図9の実験結果より、ゲスト分子の濃度は、0%より大きいことが必須であり、さらに、10%以下であることが好ましく、より好ましくは5%以下、更に好ましくは2%以下である。
【0047】
本発明の効果は、次のとおりである。
(1)本発明を利用することで、従来必要不可欠であった荷電処理プロセスを省略することができ、製造の高効率化、低コスト化を実現できるものである。
(2)エレクトレットの表面電位安定性を向上できるので、寿命の長い振動発電素子を提供できる。そのため、振動発電素子としての使用用途が格段に広がることが期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、電荷を打ち込む工程が不要で、表面電位安定性を向上できるエレクトレット及びこのエレクトレットを用いた寿命の長い振動発電素子として産業上利用可能である。
【符号の説明】
【0049】
1 基板
10 構造体
40 電源
41 電極板
42 電極針
400 直流コロナ放電装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11