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特許7342474二酸化炭素還元反応用電極、およびそれを用いた二酸化炭素還元装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-04
(45)【発行日】2023-09-12
(54)【発明の名称】二酸化炭素還元反応用電極、およびそれを用いた二酸化炭素還元装置
(51)【国際特許分類】
   C25B 11/085 20210101AFI20230905BHJP
   C25B 11/081 20210101ALI20230905BHJP
   C25B 3/26 20210101ALI20230905BHJP
   C25B 9/00 20210101ALI20230905BHJP
   C25B 11/065 20210101ALI20230905BHJP
   C25B 11/063 20210101ALI20230905BHJP
   C25B 11/054 20210101ALI20230905BHJP
【FI】
C25B11/085
C25B11/081
C25B3/26
C25B9/00 G
C25B9/00 Z
C25B11/065
C25B11/063
C25B11/054
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019131169
(22)【出願日】2019-07-16
(65)【公開番号】P2021014629
(43)【公開日】2021-02-12
【審査請求日】2022-03-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】竹田 康彦
(72)【発明者】
【氏名】若山 博昭
【審査官】萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/011229(WO,A1)
【文献】特開2018-028122(JP,A)
【文献】特開2018-150595(JP,A)
【文献】特開2018-123378(JP,A)
【文献】特開2017-179514(JP,A)
【文献】特開2018-123390(JP,A)
【文献】国際公開第2017/170199(WO,A1)
【文献】特開2019-052353(JP,A)
【文献】特開2019-049039(JP,A)
【文献】特開2017-125242(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 1/00-15/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ti基板と、
カーボン系材料と金属錯体とを含む還元触媒層と、
を有し、
前記Ti基板の一部が露出していることを特徴とする二酸化炭素還元反応用電極。
【請求項2】
請求項1に記載の二酸化炭素還元反応用電極であって、
前記カーボン系材料は、炭素繊維を含むことを特徴とする二酸化炭素還元反応用電極。
【請求項3】
請求項1または2に記載の二酸化炭素還元反応用電極であって、
前記還元触媒層は、さらにカーボンナノチューブを含むことを特徴とする二酸化炭素還元反応用電極。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の二酸化炭素還元反応用電極であって、
前記金属錯体は、ルテニウム錯体であることを特徴とする二酸化炭素還元反応用電極。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の二酸化炭素還元反応用電極であって、
前記還元触媒層は、前記Ti基板にカーボン系接着剤を含む接着層によって接着されていることを特徴とする二酸化炭素還元反応用電極。
【請求項6】
請求項1~のいずれか1項に記載の二酸化炭素還元反応用電極と、
酸化反応用電極と、
を組み合わせて構成されることを特徴とする二酸化炭素還元装置
【請求項7】
請求項に記載の二酸化炭素還元装置であって、
前記酸化反応用電極は、Ti基板を有することを特徴とする二酸化炭素還元装置
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、還元反応用電極、およびそれを用いた反応デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
太陽光エネルギーを用いて水(HO)から水素(H)、水(HO)と二酸化炭素(CO)から一酸化炭素(CO)、ギ酸(HCOOH)、メタノール(CHOH)等を合成する人工光合成に用いられる反応デバイスの技術が開示されている。これを実用化するためには、高い効率で反応を生じさせる反応用電極を実現することが望まれる。
【0003】
反応デバイスでは、還元反応用電極と酸化反応用電極とが組み合わせて用いられる。例えば、特許文献1には、金属または半導体を含む基板と、前記基板の表面の少なくとも一部を覆い、構造体単体のサイズが1μm以下のカーボン素材からなるカーボン層と、前記カーボン層の表面を覆う錯体触媒層と、を備える還元反応用電極が開示されている。
【0004】
特許文献1に記載の技術を始めとして、多くの還元反応用電極の基板としては、金属(Ag、Au、Cu、ステンレス等)や半導体(TiO、ZnO、STrO等)や、ガラス等にこれらの金属や半導体が塗布されたものが用いられている。
【0005】
特許文献2には、還元反応用電極の基板としてガラス基板やプラスチック等が用いられることが記載され、例えば、フッ素ドープ酸化錫(FTO)透明導電膜付きのガラスが用いられている。
【0006】
Ag、Au、Cu、ステンレスの基板は、何れも水素(H)生成電極として機能する。したがって、これらが露出している電極を用いると水素が生成するので、CO還元能等の性能が低下する。また、意図しない水素の生成は望ましくない。
【0007】
TiO等の半導体の基板の場合、例えば数cm角以上のサイズの電極を作製するためには、ガラス等の別の基材の表面にTiO等を形成する加工が必要である。例えば特許文献1にはITO上にスパッタリングで形成したTiOを基板として用いることが開示されているが、コストの問題に加えて長期的にはTiO膜の剥離等の劣化の恐れがある。
【0008】
FTO付きガラス基板の場合は、FTOのシート抵抗が約10Ω/sqと大きいため、数cm角以上のサイズの電極を作製するためには、金属製集電電極の形成が必要である。その際、コストの問題に加えて、ガラスによる重量の問題や、長期的には腐食等の劣化の恐れがある。また、基板自体の形状加工は極めて難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2017-125242号公報
【文献】特開2019-052340号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、軽量化、低コスト化が可能であり、高性能、耐腐食性、かつ加工性に優れた還元反応用電極、およびそれを用いた反応デバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、Ti基板と、カーボン系材料と金属錯体とを含む還元触媒層と、を有し、前記Ti基板の一部が露出してい二酸化炭素還元反応用電極である。
【0012】
前記二酸化炭素還元反応用電極において、前記カーボン系材料は、炭素繊維を含むことが好ましい。
【0013】
前記二酸化炭素還元反応用電極において、前記還元触媒層は、さらにカーボンナノチューブを含むことが好ましい。
【0014】
前記二酸化炭素還元反応用電極において、前記金属錯体は、ルテニウム錯体であることが好ましい。
【0015】
前記二酸化炭素還元反応用電極において、前記還元触媒層は、前記Ti基板にカーボン系接着剤を含む接着層によって接着されていることが好ましい。
【0017】
本発明は、前記二酸化炭素還元反応用電極と、酸化反応用電極と、を組み合わせて構成される、二酸化炭素還元装置である。
【0018】
前記二酸化炭素還元装置において、前記酸化反応用電極は、Ti基板を有することが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、軽量化、低コスト化が可能であり、高性能、耐腐食性、かつ加工性に優れた還元反応用電極、およびそれを用いた反応デバイスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の実施形態に係る還元反応用電極の構成の一例を示す概略構成図である。
図2】本発明の実施形態に係る還元反応用電極を用いた反応デバイス(人工光合成装置)の構成の一例を示す概略構成図である。
図3】実験1における、電流vs電位の測定結果を示すグラフである。
図4】実験2における、電流vs電位の測定結果を示すグラフである。
図5】実験2における、電位-1.3Vを保持したときの電流値の変化の測定結果を示すグラフである。
図6】実験2における、ギ酸濃度と電流の積算値から求めたギ酸生成のファラデー効率を示すグラフである。
図7】実験3における、電流vs電位差の測定結果を示すグラフである。
図8】実験3における、電位差1.7Vを印加したときの電流値の変化の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の実施の形態について以下説明する。本実施形態は本発明を実施する一例であって、本発明は本実施形態に限定されるものではない。
【0022】
[還元反応用電極]
図1は、本発明の実施形態に係る還元反応用電極の構成の一例を示す概略構成図である。図1の還元反応用電極10は、Ti基板12と、カーボン系材料と金属錯体とを含む還元触媒層16と、を有する。還元触媒層16は、接着層14によってTi基板12と接着されていてもよい。還元反応用電極10に電圧が印加されると、Ti基板12に生じた電荷が還元触媒層16に渡され、還元触媒層16における還元触媒反応、例えば、二酸化炭素(CO)がギ酸(HCOOH)に還元される反応に利用される。
【0023】
Ti基板12は、実質的にチタン(Ti)からなる基板である。Ti基板12の表面には、不動態層が形成されていてもよい。不動態層の厚みは、10nm以下である。
【0024】
Ti基板は、水素(H)生成過電圧が高いので、CO還元等の使用条件ではHがほとんど生成されない。Ti基板は、表面に不動態層が形成されるので耐食性に優れる。かつガラスに比べて軽量、貴金属に比べて低コスト、かつ形状加工が容易であるという特長がある。
【0025】
還元触媒層16は、カーボン系材料を含む。カーボン系材料は、例えば、炭素繊維を含み、例えば、カーボンペーパー、カーボンクロス等が挙げられる。カーボンペーパーは、例えば、ポリアクリロニトリル(PAN)繊維等の有機繊維をポリビニルアルコールと水系媒体との分散液に含浸させ、約2000℃で炭化させて結着させたものをシート状にしたものである。カーボンペーパーには、約25質量%程度のテフロン(登録商標)系素材が含まれることもある。カーボンクロスは、有機繊維を焼成、炭化することで得られる炭素繊維を紡織したものである。カーボンペーパー、カーボンクロスは、多孔質体であり、無数の数十μm(10μm~100μm程度)の細孔を有する。カーボンペーパー、カーボンクロスの厚さは、例えば、0.1mm~0.4mm/1枚の範囲である。カーボンペーパー、カーボンクロスとしては、多層化(例えば、5~10層)されて厚みが約10倍になった1mm~4mmの範囲のものを使用してもよい。
【0026】
還元反応用電極にカーボン系材料を使用することにより、大面積化、高出力化が可能となる。また、カーボン系材料は高導電性の確保ができ、多孔性であることから気孔率が高いので反応基質および反応生成物の流れが良好となり、水素発生等の副反応の抑制や炭素化合物の還元反応効率向上が達成されると考えられる。また、例えばpH6.5~7の電解液中でも耐食性に優れる。
【0027】
還元触媒層16は、接着層14を介してTi基板12上に貼り合わせることができる。このとき、接着剤として、導電性のカーボン素材、例えばグラファイトまたはグラフェンを含むポリマーを含むカーボン系接着剤を用いることが好適である。接着層14には、例えば、少なくとも直径が1μm以上100μm以下のサイズのグラファイトまたはグラフェンを含むことが好適である。
【0028】
還元触媒層16は、二酸化炭素還元反応等の還元反応の還元触媒を含む。還元触媒層16は、例えば、カーボン系材料に還元触媒を担持させたものでもよいし、カーボン系材料の上に還元触媒を含む還元触媒層を形成したものでもよい。
【0029】
還元触媒は、ルテニウム(Ru)錯体等の金属錯体を含む。ルテニウム錯体としては、例えば、[Ru{4,4’-di(1-H-1-pyrrolypropyl carbonate)-2,2’-bipyridine}(CO)(MeCN)Cl]、[Ru{4,4’-di(1-H-1-pyrrolypropyl carbonate)-2,2’-bipyridine}(CO)Cl]、[Ru{4,4’-di(1-H-1-pyrrolypropyl carbonate)-2,2’-bipyridine}(CO)、[Ru{4,4’-di(1-H-1-pyrrolypropyl carbonate)-2,2’-bipyridine}(CO)(CHCN)Cl]等が挙げられる。さらに、ルテニウム錯体は、Ru錯体モノマーと重合開始剤(例えばピロール)、触媒(例えば塩化鉄)を含むRu錯体が高分子化(ポリマー)された状態のRu錯体ポリマーであってもよい。
【0030】
還元触媒の担持は、例えば、金属錯体(触媒)をアセトニトリル(MeCN)溶液に溶解した液(例えば、Ru錯体ポリマー溶液)をカーボン系材料の上に塗布、乾燥することで作製することができる。また、還元触媒の担持は、電解重合法により行うこともできる。例えば、作用極としてカーボン系材料の電極、対極にフッ素含有酸化スズ(FTO)で被覆したガラス基板、参照電極にAg/Ag電極を用い、還元触媒を含む電解液中においてAg/Ag電極に対して負電圧となるようにカソード電流を流した後、Ag/Ag電極に対して正電位となるようにアノード電流を流すことによりカーボン系材料に還元触媒で担持することができる。電解質の溶液には、例えば、アセトニトリル(MeCN)、電解質には、例えば、Tetrabutylammoniumperchlorate(TBAP)を用いることができる。
【0031】
還元触媒層16は、マルチウォール・カーボンナノチューブ(MWCNTs)等のカーボンナノチューブ等のカーボン素材を含んでもよい。マルチウォール・カーボンナノチューブ(MWCNTs)等のカーボン素材を含ませることにより、ナノカーボンの3次元ネットワーク構造を形成することができる。マルチウォール・カーボンナノチューブとしては、少なくとも直径が1nm以上100nm以下のものを含むことが好適である。マルチウォール・カーボンナノチューブ(MWCNTs)等のカーボン素材は、例えばエタノール等の溶媒にカーボン素材を高分散させたインクを用意して、ディップ塗布や含浸塗布等の方法によって塗布し、乾燥することにより、還元触媒層16に含ませることができる。
【0032】
本実施形態に係る還元反応用電極10において、Ti基板12の一部が露出していてもよい。すなわち、Ti基板12は全て還元触媒層16や接着層14等により覆われていなくてもよい。Ti基板12を全て還元触媒層16や接着層14等により覆わなくてもよいため、これを用いた反応デバイスの構造設計の自由度が拡がる上に、作製工程を簡略化することができる。
【0033】
[反応デバイス]
本発明の実施形態に係る反応デバイスは、上記還元反応用電極と、酸化反応用電極と、を組み合わせて構成される反応デバイスである。反応デバイスは、例えば、二酸化炭素還元装置とすることができ、その二酸化炭素還元装置と、太陽電池セルと、を組み合わせた人工光合成装置とすることもできる。
【0034】
二酸化炭素還元装置は、例えば、二酸化炭素の還元反応を進行させる上記還元反応用電極と、還元反応用電極と電気的に接続され、酸化反応を生起する酸化反応用電極と、が離間されて対向する位置に配置され、還元反応用電極と酸化反応用電極との間を、反応基質(二酸化炭素)を含む電解液が流れる流路を有する電気化学反応装置である。二酸化炭素還元装置は、例えば、二酸化炭素の還元反応を進行させる上記還元反応用電極と、還元反応用電極と電気的に接続され、酸化反応を生起する酸化反応用電極と、を有し、還元反応用電極および酸化反応用電極が反応基質(二酸化炭素)を含む電解液に浸漬されている装置であってもよい。
【0035】
人工光合成装置は、上記二酸化炭素還元装置と、二酸化炭素還元装置の還元反応用電極および酸化反応用電極に供給される電力を生成する太陽電池セルと、を備える装置である。
【0036】
図2は、上記還元反応用電極を用いた反応デバイスの一例として人工光合成装置の構成の一例を示す概略構成図である。人工光合成装置1は、二酸化炭素の還元反応を進行させる上記還元反応用電極10と、酸化反応を生起する酸化反応用電極18と、が離間されて対向する位置に配置され、還元反応用電極10と酸化反応用電極18との間を、反応基質を含む電解液が流れる流路20を有する二酸化炭素還元装置3と、二酸化炭素還元装置3の還元反応用電極10および酸化反応用電極18に供給される電力を生成する太陽電池セル22と、を備える装置である。
【0037】
人工光合成装置1は、流路入口から還元反応用電極10と酸化反応用電極18との間の流路20に二酸化炭素等の反応基質を含む電解液が導入されることによって機能する。電解液は流路出口から排出される。酸化反応用電極18においては、水(HO)が酸化されて酸素(1/2O)が得られるとともに、電位が得られる。還元反応用電極10においては、酸化反応を生起する電極から電位を得ることによって、例えば二酸化炭素が還元されてギ酸(HCOOH)等が生成される。
【0038】
(酸化反応用電極)
酸化反応用電極18は、酸化反応によって物質を酸化するために利用される電極である。酸化反応用電極18は、例えば、基板上に導電層が形成された基板とその上に形成された酸化触媒層とを含んで構成される。
【0039】
基板は、酸化反応用電極18を構造的に支持する部材である。基板は、特に材料が限定されるものではないが、例えば、ガラス基板やプラスチック等としてもよい。
【0040】
基板は、耐食性を有する金属を表面とする導電性基板であってもよく、例えば、耐食性を有する金属からなる基板、または下地基板の表面に耐食性を有する金属層を形成してなる基板等が挙げられる。ここで、「耐食性を有する金属」とは、pH4以上の電解液中で、かつ水の酸化還元電位以上の電位で腐食しない金属を指す。
【0041】
耐食性を有する金属としては、高い導電性、高い耐食性等の点で、Ti、Au、Pt、Ru、Ir、Sn、Rhからなる群から選択される少なくとも1種を含むことが好ましく、特に、Tiを含むことが好ましい。基板としては、上記還元反応用電極10と同様の実質的にチタン(Ti)からなるTi基板であることが特に好ましい。これによって、軽量化、低コスト化が可能であり、高性能、耐腐食性、かつ加工性に優れるという利点がある。
【0042】
下地基板の表面に耐食性を有する金属層を形成する方法としては、特に限定されないが、電気めっき、溶融めっき、真空蒸着、スパッタリング等が挙げられる。これらの中では、金属層の薄膜化が容易である等の点で、スパッタリングが好ましい。下地基板としては、特に限定されるものではなく、ガラス基板、プラスチック基板、酸化インジウム錫(ITO)、フッ素ドープ酸化錫(FTO)、酸化亜鉛(ZnO)等を被覆したガラス基板やプラスチック基板等が挙げられる。また、下地基板は、pH4以上の電解液中で、かつ水の酸化還元電位以上の電位で腐食しないまたは腐食する金属基板でもよく、例えば、Ti、Au、Pt、Ru、Ir、Sn、Rh、Cu、Ag等の基板等でもよい。
【0043】
導電層は、酸化反応用電極18における集電を効果的にするために設けられる。導電層は、特に限定されるものではないが、例えば、酸化インジウム錫(ITO)、フッ素ドープ酸化錫(FTO)、酸化亜鉛(ZnO)等の透明導電層等が挙げられる。特に、熱的および化学的な安定性を考慮すると、フッ素ドープ酸化錫(FTO)を用いることが好適である。
【0044】
酸化触媒層は、酸化触媒機能を有する材料を含んで構成される。酸化触媒機能を有する材料としては、例えば、酸化イリジウム(IrOx)、酸化ルテニウムを含む材料等が挙げられる。これらは1種単独でも2種以上を混合してもよい。酸化イリジウムや酸化ルテニウムは、ナノコロイド溶液として導電層または基板の表面上に担持することができる(T.Arai et.al, Energy Environ. Sci 8, 1998 (2015)参照)。
【0045】
例えば、酸化イリジウム(IrOx)のナノコロイドを合成する。2mMの塩化イリジウム酸(IV)カリウム(KIrCl)水溶液50mLに10wt%の水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液を加えてpH13に調整した黄色溶液を、ホットスターラを用いて90℃で20分加熱する。これによって得られた青色溶液を氷水で1時間冷却する。そして、冷やした溶液(20mL)に3M硝酸(HNO)を滴下してpH1に調整し、80分撹拌し、酸化イリジウム(IrOx)のナノコロイド水溶液を得る。さらに、この溶液に1.5wt%NaOH水溶液(1-2mL)を滴下してpH12に調整する。このようにして得られた酸化イリジウム(IrOx)のナノコロイド水溶液を、導電層上にpH12で塗布し、乾燥炉内において60℃で40分間保持して乾燥させる。乾燥後、析出した塩を超純水で洗浄し、酸化反応用電極18を形成することができる。なお、酸化イリジウム(IrOx)のナノコロイド水溶液の塗布および乾燥を複数回繰り返してもよい。
【0046】
電解液に含まれる反応基質は、例えば、炭素化合物が挙げられ、例えば、二酸化炭素(CO)とすることができる。また、電解液は、リン酸緩衝水溶液やホウ酸緩衝水溶液とすることが好適である。具体的な構成例では、例えば、二酸化炭素(CO)飽和リン酸緩衝液のタンクを設け、ポンプによってこの溶液を還元反応用電極10と酸化反応用電極18との間に設けられた流路20に供給し、還元反応によって生じたギ酸(HCOOH)や酸素(O)等を外部の燃料タンクに回収すればよい。
【0047】
窓材24は、太陽電池セル22を保護する部材である。太陽電池セル22に対しては、受光面側に窓材24を設けることが好適である。窓材24は、太陽電池セル22において発電に寄与する波長の光を透過する部材とし、例えば、ガラス、プラスチック等とすることができる。
【0048】
還元反応用電極10、酸化反応用電極18、太陽電池セル22および窓材24は、枠材26によって構造的に支持されている。枠材26は、還元反応用電極10および酸化反応用電極18を支持するとともに、電解液が流れる流路20を構成する部材である。枠材26は、電気化学反応装置をセルとして構成するために必要な機械的な強度を備える材料で構成される。例えば、枠材26は、金属、プラスチック等によって構成することができる。
【0049】
還元反応用電極10と酸化反応用電極18との間を電気的に接続し、適切なバイアス電圧を印加した状態とする。バイアス電圧を印加する手段は、特に限定されるものではなく、化学的電池(一次電池、二次電池等を含む)、定電圧源、太陽電池セル等が挙げられる。このとき、酸化反応用電極18に正極が接続され、還元反応用電極10に負極が接続される。
【0050】
図2のように、バイアス電圧を印加する手段として太陽電池セル22を用いることにより、二酸化炭素還元装置等の電気化学反応装置と、還元反応用電極および酸化反応用電極に供給される電力を生成する太陽電池セルと、を備える人工光合成装置とすることができる。バイアス電圧を印加する手段として太陽電池セルを用いる場合、太陽電池セルは、例えば、酸化反応用電極および還元反応用電極に隣接して配置することができる。例えば、還元反応用電極の背面に太陽電池セルを配置し、太陽電池セルの正極を酸化反応用電極に接続し、負極を還元反応用電極に接続すればよい。
【0051】
二酸化炭素(CO)からギ酸(HCOOH)等を合成する場合、水(HO)は酸化されて二酸化炭素(CO)に電子とプロトンを供給する。pH7付近では水(HO)の酸化電位は0.82V、還元電位は-0.41V(いずれも標準水素電極(NHE))である。また、二酸化炭素(CO)から一酸化炭素(CO)、ギ酸(HCOOH)、メチルアルコール(CHOH)への還元電位はそれぞれ-0.53V,-0.61V,-0.38Vである。したがって、酸化電位と還元電位の電位差は1.20~1.43Vである。炭素化合物である二酸化炭素(CO)を還元する場合、太陽電池セルは、例えば4~6枚の結晶系シリコン太陽電池を直接に接続した構成やアモルファスシリコン系3接合太陽電池とすることが好適である。
【実施例1】
【0052】
以下、実施例および比較例を挙げ、本発明をより具体的に詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0053】
以下の4種類の基板を用意し、下記実験1~3を行った。
(1)実施例1:Ti板(JIS H4600:2012 純チタン1種 TR270C)
(2)比較例1:Ti板/TiO
実施例1のTi板を大気中430℃で30分間、熱処理して、表面にTiO被膜(厚さ推定50nm)を形成したもの
(3)比較例2:ステンレス板(SUS304)
(4)比較例3:FTOガラス
【0054】
[実験1]
各基板の表面10mm角範囲以外をシリコーンゴムで被覆した。これを作用極に用い、Pt対極、参照電極Hg/HgSOを用いて電気化学反応特性を評価した。電解液には、0.4Mのリン酸バッファ水溶液(KHPO+KHPO)を用い、COガスをバブリングにより供給した。
【0055】
図3は、電流vs電位の測定結果である。CO還元に用いられる電位-1.2~-1.5Vの範囲(図4参照)では、Ti板、Ti板/TiO、FTOガラスの場合は電流値がほぼゼロであった。その中でも、Ti板は、電位-2Vでの電流が最も小さいため、Ti板/TiOおよびFTOガラスよりも優れた材料であるといえる。一方、ステンレス板の場合は電流が流れ、表面から気泡が発生したので、CO還元反応用電極として用いるためには、ステンレス板を被覆することが必須であることがわかった。
【0056】
[実験2]
溶媒にマルチウォールカーボンナノチューブ(MWCNTs)を分散させたインクを用い、カーボンペーパー(CP)にディップ塗布、乾燥することによって、CP/MWCNTsシートを作製した。その後、カーボンペーパー(CP)にRu錯体ポリマー溶液を用いてRu錯体を担持させ、マルチウォールカーボンナノチューブ(MWCNTs)を含有させたCP/MWCNTs/RuCPシート(触媒を担持した導電性ポリマーを含んだシート)を作製した。このCP/MWCNTs/RuCPシートを、各基板上にカーボン系接着剤(導電性のグラファイトとポリマーを含む)を用いて接着し、還元反応用電極を作製した。基板の露出部分がないように、10mm角範囲以外をシリコーンゴムで被覆した。
【0057】
図4は、電流vs電位の測定結果である。Ti板、Ti板/TiO、FTOガラスの特性はほぼ同じであった。
【0058】
図5は、電位-1.3Vを保持したときの電流値の変化の測定結果である。経過時間2時間ごとに電圧印加を停止し、電解液を採取してギ酸濃度をイオンクロマトグラフィにより測定した後、電解液を新しいものに入れ替えた。Ti板の場合には、Ti板/TiO、FTOガラスの場合よりも電流値の絶対値が大きかったので、活性がより高いと結論した。なお、Ti板とTi板/TiOとは特性が異なることから、Ti板の表面に形成される不動態層は、熱酸化により形成された厚さ数10nmのTiO膜とは異なる状態であることがわかった。
【0059】
図6は、ギ酸濃度と電流の積算値から求めたギ酸生成のファラデー効率である。実験誤差の範囲で、3種類の基板のファラデー効率は同等であり、測定時間の範囲内では著しい劣化は認められなかった。
【0060】
[実験3]
15mm×20mmのTi板およびFTOガラスの長手方向の一端にそれぞれ導線をはんだ付けした。基板の中央10mm角部分に、実験2と同様のCP/MWCNTs/RuCPシートを、カーボン系接着剤(導電性のグラファイトとポリマーを含む)を用いて接着して、還元反応用電極を作製した。その他の部分は、基板が露出している。同じ形状の酸化反応用電極を、Ti板およびFTOガラスの10mm角部分にそれぞれIrOxコロイドを担持することにより作製した。両者を組み合わせて特性を評価した。比較のために、Ti板を用い、裏面、側面、および表面のTiが露出している部分をシリコーンゴムで被覆した電極も作製した。
【0061】
図7は、電流vs電位差の測定結果である。実験誤差の範囲で、3種類の基板の値は同等であった。
【0062】
図8は、電位差1.7Vを印加したときの電流値の変化の測定結果である。実験誤差の範囲で、3種類の基板の値は同等であり、測定時間の範囲内では著しい劣化は認められなかった。
【0063】
表1は、ギ酸濃度と電流の積算値から求めたギ酸生成のファラデー効率である。こちらも、実験誤差の範囲で、3種類の基板の値は同等であった。
【0064】
【表1】
【0065】
これらの実験結果より、以下のことがわかった。
・Ti基板は、H生成過電圧が高いので、CO還元反応のカソード基板に用いることができる。
・従来のFTO基板、Ti板/TiO基板と同等以上の活性と耐久性が得られる。
・Ti基板が露出していても悪影響はほとんどない。
【0066】
このように、実施例のTi基板を用いることによって、軽量化、低コスト化が可能であり、高性能、耐腐食性、かつ加工性に優れた還元反応用電極が得られた。
【符号の説明】
【0067】
1 人工光合成装置、3 二酸化炭素還元装置、10 還元反応用電極、12 Ti基板、14 接着層、16 還元触媒層、18 酸化反応用電極、20 流路、22 太陽電池セル、24 窓材、26 枠材。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8