(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-04
(45)【発行日】2023-09-12
(54)【発明の名称】車両用ステアリングシステム
(51)【国際特許分類】
B62D 6/00 20060101AFI20230905BHJP
B62D 9/00 20060101ALI20230905BHJP
B62D 101/00 20060101ALN20230905BHJP
B62D 103/00 20060101ALN20230905BHJP
B62D 111/00 20060101ALN20230905BHJP
B62D 113/00 20060101ALN20230905BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D9/00
B62D101:00
B62D103:00
B62D111:00
B62D113:00
(21)【出願番号】P 2020061235
(22)【出願日】2020-03-30
【審査請求日】2022-04-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000969
【氏名又は名称】弁理士法人中部国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】栗林 卓也
(72)【発明者】
【氏名】中田 大輔
【審査官】神田 泰貴
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-112008(JP,A)
【文献】特開2006-347286(JP,A)
【文献】特開平11-310148(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 9/00 - 9/04
B62D 6/00 - 6/10
B62D 7/00 - 7/22
B62D 5/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両が有する左右の車輪をそれぞれ転舵する1対の車輪転舵装置と、
当該車両への転舵要求に基づいて、前記左右の車輪の各々において実現されるべき転舵位置である目標転舵位置を決定し、前記左右の車輪の各々の転舵位置が前記目標転舵位置となるように前記1対の車輪転舵装置の各々を制御するコントローラと
を備えた車両用ステアリングシステムであって、
前記コントローラが、
前記1対の車輪転舵装置の各々が発生させている転舵力を比較し、大きな転舵力を発生させている前記1対の車輪転舵装置の一方が転舵する車輪を、旋回外輪と認定するとともに、
旋回の厳しさを指標する旋回指標が設定閾値を超えている場合に、超えていない場合と比較して当該車両の旋回特性をよりアンダステア傾向とすべく、
前記旋回外輪である前記左右の車輪のうちの一方の転舵位置を変更する転舵位置変更処理を実行するように構成された車両用ステアリングシステム。
【請求項2】
車両が有する左右の車輪をそれぞれ転舵する1対の車輪転舵装置と、
当該車両への転舵要求に基づいて、前記左右の車輪の各々において実現されるべき転舵位置である目標転舵位置を決定し、前記左右の車輪の各々の転舵位置が前記目標転舵位置となるように前記1対の車輪転舵装置の各々を制御するコントローラと
を備えた車両用ステアリングシステムであって、
前記コントローラが、
前記1対の車輪転舵装置の各々が発生させる転舵力の差を、旋回の厳しさを指標する旋回指標
とし、その旋回指標が設定閾値を超えている場合に、超えていない場合と比較して当該車両の旋回特性をよりアンダステア傾向とすべく、前記左右の車輪のうちの一方の転舵位置を変更する転舵位置変更処理を実行するように構成された車両用ステアリングシステム。
【請求項3】
車両が有する左右の車輪をそれぞれ転舵する1対の車輪転舵装置と、
当該車両への転舵要求に基づいて、前記左右の車輪の各々において実現されるべき転舵位置である目標転舵位置を決定し、前記左右の車輪の各々の転舵位置が前記目標転舵位置となるように前記1対の車輪転舵装置の各々を制御するコントローラと
を備えた車両用ステアリングシステムであって、
前記コントローラが、
旋回の厳しさを指標する旋回指標が設定閾値を超えている場合に、超えていない場合と比較して当該車両の旋回特性をよりアンダステア傾向とすべく、前記左右の車輪のうちの一方の転舵位置を変更する転舵位置変更処理を実行する
とともに、前記設定閾値を変更可能に構成された車両用ステアリングシステム。
【請求項4】
前記左右の車輪のうちの前記一方が、旋回外輪である
請求項2または請求項3に記載の車両用ステアリングシステム。
【請求項5】
当該車両が、前後左右4つの車輪を有し、前記左右の車輪が左右の前輪とされ、
前記コントローラが、前記転舵位置変更処理において、
前記旋回外輪であるそれら左右の前輪の一方の転舵位置を小さくするように構成された
請求項1または請求項4に記載の車両用ステアリングシステム。
【請求項6】
当該車両が、前後左右4つの車輪を有し、前記左右の車輪が左右の後輪とされ、
前記コントローラが、前記転舵位置変更処理において、
前記旋回外輪であるそれら左右の後輪の一方の転舵位置を大きくするように構成された
請求項1、請求項4、請求項5のいずれか1つに記載の車両用ステアリングシステム。
【請求項7】
前記コントローラが、前記1対の車輪転舵装置の各々が発生させる転舵力を制御することで、前記左右の車輪の各々の転舵位置が前記目標転舵位置となるように制御するように構成された
請求項1ないし請求項6のいずれか1つに記載の車両用ステアリングシステム。
【請求項8】
前記1対の車輪転舵装置の各々が、駆動源としての電動モータと、その電動モータの動作を車輪の転舵動作に変換する動作変換機構とを有し、
前記コントローラが、前記1対の車輪転舵装置の各々の前記電動モータへの供給電流を制御することで、前記1対の車輪転舵装置の各々が発生させる転舵力を制御するように構成された
請求項7に記載の車両用ステアリングシステム。
【請求項9】
前記コントローラが、前記転舵位置変更処理において、前記左右の車輪のうちの一方の転舵位置を変更すべく、その一方を転舵する前記1対の車輪転舵装置の一方の転舵力を変更するように構成された
請求項7または請求項8に記載の車両用ステアリングシステム。
【請求項10】
前記コントローラが、前記転舵位置変更処理において、前記左右の車輪のうちの一方の転舵位置の変更量を、変更可能に構成された
請求項1ないし請求項9のいずれか1つに記載の車両用ステアリングシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両に搭載される車両用ステアリングシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
左右の車輪をそれぞれ独立して転舵可能な1対の車輪転舵装置を備えた車両用ステアリングシステム(以下、「左右独立転舵システム」という場合がある)として、例えば、下記特許文献に記載されているような技術が存在する。その技術では、各車輪に作用する横力と各車輪の車輪回転速度(以下、単に「車輪速」という場合がある)とに基づいて、車両の旋回挙動の安定性を向上させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
左右独立転舵システムは、未だ開発途上にあり、特に、左右の車輪の転舵制御に関して、改良の余地を多分に残すものとなっている。したがって、改良を施すことにより、左右独立転舵システムの実用性を向上させることが可能である。本発明は、そのような実情に鑑みてなされたものであり、実用性の高い左右独立転舵システムを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するため、本発明の車両用ステアリングシステムは、
車両が有する左右の車輪をそれぞれ転舵する1対の車輪転舵装置と、
当該車両への転舵要求に基づいて、前記左右の車輪の各々において実現されるべき転舵位置である目標転舵位置を決定し、前記左右の車輪の各々の転舵位置が前記目標転舵位置となるように前記1対の車輪転舵装置の各々を制御するコントローラと
を備えた車両用ステアリングシステムであって、
前記コントローラが、
旋回の厳しさを指標する旋回指標が設定閾値を超えている場合に、超えていない場合と比較して当該車両の旋回特性をよりアンダステア傾向とすべく、前記左右の車輪のうちの一方の転舵位置を変更する転舵位置変更処理を実行するように構成されたことを前提とし、さらに、
第1の車両用ステアリングシステムは、
前記コントローラが、前記1対の車輪転舵装置の各々が発生させている転舵力を比較し
、大きな転舵力を発生させている前記1対の車輪転舵装置の一方が転舵する車輪を、旋回
外輪と認定するように構成され、
第2の車両用ステアリングシステムは、
前記コントローラが、前記旋回指標として、前記1対の車輪転舵装置の各々が発生させる転舵力の差を採用し、
第3の車両ステアリングシステムは、
前記コントローラが、前記設定閾値を変更可能に構成されたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明の車両用ステアリングシステム(以下、単に、「ステアリングシステム」という場合がある)によれば、厳しい旋回が行われている場合に、上記転舵位置変更処理が実行されるため、当該車両の旋回における安定性が向上する。
【発明の態様】
【0007】
本発明における「厳しい旋回」とは、例えば、旋回時において車体に作用する遠心力が大きい旋回、つまり、高い車両走行速度で行っている小さな旋回半径の旋回を意味する。したがって、旋回の厳しさを指標する「旋回指標」には、例えば、車体に生じている横加速度,車両のヨーレート等を採用できる。また、厳しい旋回においては、左右の車輪が分担する車体の荷重、すなわち、左右の車輪の分担車体荷重に比較的大きな差が生じるため、それら分担車体荷重の差(以下、「分担荷重差」という場合がある)をも、旋回指標として採用可能である。さらに言えば、分担車体荷重が大きくなる程、車輪を転舵するための力である転舵力、詳しくは、車輪の転舵位置を目標転舵位置に維持するために必要な転舵力である保舵力は大きくなる。そのことに鑑みて、旋回時における左右の車輪に付加される転舵力の差(以下、「転舵力差」という場合がある)を、旋回指標として採用することも可能である。
【0008】
例えば、本発明のステアリングシステムにおいて、コントローラを、前記1対の車輪転舵装置の各々が発生させる転舵力を制御することで、左右の車輪の各々の転舵位置が目標転舵位置となるように制御するように構成することもできる。さらには、1対の車輪転舵装置の各々を、駆動源としての電動モータと、その電動モータの動作を車輪の転舵動作に変換する動作変換機構とを有するように構成し、コントローラを、1対の車輪転舵装置の各々の電動モータへの供給電流を制御することで、1対の車輪転舵装置の各々が発生させる転舵力を制御するように構成することもできる。そのようなステアリングシステムにおいては、上記転舵力差に代えて、1対の車輪転舵装置の各々の電動モータの発揮する力(以下、「モータ力」という場合がある)の差や、1対の車輪転舵装置の各々の電動モータに供給される供給電流の差を、旋回指標として採用することが可能である。例えば、旋回指標として、モータ力の差,供給電流の差を採用する場合、横加速度,ヨーレートを採用する場合と異なり、横加速度センサ,ヨーレートセンサ等の特別なセンサを必要としない。
【0009】
なお、本発明のステアリングシステムにおける「車輪の転舵位置」は、簡単に言えば、車輪の転舵角であり、車両が直進している状態からの転舵位置の変化量と考えることができる。したがって、転舵位置が大きい,小さいとは、転舵角が大きい,小さいと同義であり、車両が直進している状態の転舵位置である直進状態位置からの転舵位置の離間程度の大小と考えることができる。「目標転舵位置」は、転舵要求に基づいて決定されるものであり、例えば、ステアリングホイール等のステアリング操作部材の操作量に基づいて決定されるものであってよい。また、本車両が自動運転(自動操舵)されている場合には、自動運転システムからの指令に基づいて決定されてもよい。
【0010】
上記分担荷重差や上記転舵力差に基づいてアンダステア制御の実行が決定される態様は、あたかも横力コンプライアンスステアを利用して車両旋回の安定が図られるような態様と考えることができる。そのことを考慮すれば、アンダステア制御において転舵位置が変更される車輪(以下、「変更輪」という場合がある)は、左右の車輪のうち分担車体荷重の大きい旋回外輪、すなわち、車両旋回中心から遠い方の車輪であることが望ましい。
【0011】
アンダステア制御は、前後左右4つの車輪を有する車両において1対の車輪転舵装置が左右の前輪に対応して設けられている場合には、変更輪の転舵位置が小さくなるようにして実行すればよく、1対の車輪転舵装置が左右の後輪に対応して設けられている場合には、変更輪の転舵位置が大きくなるようにして実行すればよい。前後左右4つの車輪を有する車両において、左右の前輪,左右の後輪に対応して2対の車輪転舵装置を設けてもよく、その場合には、前輪側の変更輪の転舵位置が小さくなるように、かつ、後輪側の変更輪の転舵位置が大きくなるようにして、アンダステア制御を実行してもよい。
【0012】
アンダステア制御の実行にあたっての旋回外輪の認定は、転舵力差に関する上記説明から理解できるように、例えば、1対の車輪転舵装置の各々が発生させている転舵力を比較し、大きな転舵力を発生させている1対の車輪転舵装置の一方が転舵する車輪を、旋回外輪と認定するようにして行ってもよい。旋回外輪は、ステアリング操作部材の操作方向によって認定してもよいが、例えば、当該車両が自動運転されている場合には、ステアリング操作部材の操作を行っていないときがあるため、上記転舵力の比較による認定が有効である。
【0013】
アンダステア制御の実行の判断に用いられる旋回指標についての設定閾値は、固定的に設定されるものであってもよく、変更可能に設定されるものであってもよい。例えば、車両の走行モードが、旋回の安定を重視するようなモードとされている場合に、アンダステア制御が実行され易くするために、設定閾値を小さくし、車両の挙動の応答性(機敏さ)を重視するようなモードとされている場合に、アンダステア制御が実行され難くするために、設定閾値を大きくするようにしてもよい。
【0014】
アンダステア制御における変更輪の転舵位置の変更は、目標転舵位置を変更することによって行ってもよいが、1対の車輪転舵装置の一方が発生させる転舵力を制限若しくは助長することによって行ってもよい。さらに言えば、車輪転舵装置が、上述のように、駆動源として電動モータを有している場合には、その電動モータへの供給電流を減少若しくは増加させることによって行ってもよい。
【0015】
また、アンダステア制御における変更輪の転舵位置の変更量、つまり、アンダステア制御を行っていない場合と行っている場合との転舵位置の差分は、固定的に設定してもよく、何等かのパラメータに依拠して変化するように設定してもよい。変更量を変化させることにより、運転者のステアリング操作における手応え感の適切化を目的として、先に説明した横力コンプライアンスステア的な作用におけるコンプライアンスの調整を行うことができ、また、車両の旋回安定性の程度の適切化を目的として、変更輪の転舵位置の調整を行うことができる。具体的には、例えば、車両の前後加速度に基づいて、例えば、運転者によって比較的大きなブレーキ操作がなされていと擬制できるときや、比較的大きなアクセル操作がなされていると擬制できるときに、変更量を小さくするようにしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】第1実施例の車両用ステアリングシステムの全体構成を示す模式図である。
【
図2】第1実施例の車両用ステアリングシステムを構成する車輪転舵装置が組み込まれた車輪配設モジュールを示す斜視図である。
【
図3】車輪を転舵するための転舵力として転舵モータが発生させる転舵トルクを、旋回外輪と旋回内輪とにおいて比較するグラフである。
【
図4】第1実施例の車両用ステアリングシステムにおいて実行される転舵統括制御プログラムのフローチャートである。
【
図5】第1実施例の車両用ステアリングシステムにおいて実行される車輪転舵プログラムのフローチャートである。
【
図6】転舵統括制御プログラムの一部を構成する転舵位置変更処理サブルーチンのフローチャートである。
【
図7】第2実施例の車両用ステアリングシステムの全体構成を示す模式図である。
【
図8】第2実施例の車両用ステアリングシステムにおいて実行される転舵統括制御プログラムのフローチャートである。
【
図9】第2実施例の車両用ステアリングシステムにおいて実行される車輪転舵プログラムのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態として、本発明の実施例である車両用ステアリングシステムおよびそれの変形例を、図を参照しつつ詳しく説明する。なお、本発明は、下記実施例の他、前記〔発明の態様〕の項に記載された形態を始めとして、当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を施した種々の形態で実施することができる。
【実施例1】
【0018】
[A]車両用ステアリングシステムの構成
第1実施例の車両用ステアリングシステム(以下、単に、「ステアリングシステム」という場合がある)は、いわゆるステアバイワイヤ型のステアリングシステムであり、
図1に模式的に示すように、左右の前輪10FL,10FRおよび左右の後輪10RL,10RRを有する車両に搭載され、左右の前輪10FL,10FRをそれぞれ転舵する1対の車輪転舵装置12と、運転者の操作を受け付けるための操作装置14と、1対の車輪転舵装置12をそれぞれ制御するための1対の転舵電子制御ユニット(以下、「転舵ECU」と略す場合がある)16と、操作装置14を制御するとともに転舵ECU16を統括するための操作電子制御ユニット(以下、「操作ECU」と略す場合がある)18とを含んで構成されている。なお、左右の前輪10FL,10FRを区別する必要がない場合には、それらを前輪10Fと、左右の後輪10RL,10RRを区別する必要がない場合には、それらを後輪10Rと、それぞれ総称し、前輪10F,後輪10Rを区別する必要がない場合には、単に、車輪10と総称することがあることとする。
【0019】
各車輪転舵装置12は、後に詳しく説明する車輪配設モジュール20内に組み込まれている。1対の転舵ECU16および操作ECU18は、それぞれ、CAN(car area network or controllable area network)22に接続され、CAN22を介して互いに通信可能とされている。当該ステアリングシステムでは、それら1対の転舵ECU16,操作ECU18,CAN22によって、1対の車輪転舵装置12の各々を制御するコントローラが構成されていると考えることができる。
【0020】
車輪配設モジュール(以下、単に、「モジュール」と略す場合がある)20は、
図2に示すように、タイヤ10aが装着されたホイール10bを車体に配設するためのモジュールである。ホイール10b自体を車輪と考えることができるが、本実施例においては、便宜的に、タイヤ10aが装着されたホイール10bを車輪10と呼ぶこととする。
【0021】
本モジュール20は、車輪回転駆動装置としての車輪駆動ユニット24を有している。車輪駆動ユニット24は、ハウジング24aと、ハウジング24aに内蔵された駆動源としての電動モータおよびその電動モータの回転を減速する減速機(ともに図示を省略する)と、ホイール10bが取り付けられるアクスルハブ(図では隠れて見えない)とを有している。車輪駆動ユニット24は、ホイール10bのリムの内側に配置されるものであり、いわゆるインホイールモータユニットと呼ばれるものである。車輪駆動ユニット24は、よく知られた構造のものであるため、その構造についての説明は省略する。
【0022】
本モジュール20は、マクファーソン型サスペンション装置(「マクファーソンストラット型」とも呼ばれる)を含んで構成されている。このサスペンション装置において、車輪駆動ユニット24のハウジング24aは、車輪を回転可能に保持するキャリアとして、さらに言えば、ハウジング24aは、後に説明する車輪転舵装置12におけるステアリングナックルとして機能し、車体に対する上下動が許容される。したがって、サスペンション装置は、サスペンションアームであるロアアーム26と、車輪駆動ユニット24のハウジング24aと、ショックアブソーバ28と、サスペンションスプリング30とを含んで構成されている。
【0023】
サスペンション装置自体は一般的な構造のものであるため、簡単に説明すれば、ロアアーム26は、いわゆるLアームと呼ばれる形状のものであり、基端部が車両前後方向において2つの部分に分かれており、その基端部において、第1ブッシュ32,第2ブッシュ34を介して、アーム回動軸線LLのまわりに回動可能に、車体のサイドメンバー(図示を省略)に支持されている。車輪駆動ユニット24のハウジング24aは、それの下部において、ロアアーム26の先端部に、第1ジョイントであるアーム連結用ボールジョイント36(以下、「第1ジョイント36」という場合がある)を介して、回動可能に連結されている。
【0024】
ショックアブソーバ28は、下端部が、車輪駆動ユニット24のハウジング24aに固定的に支持され、上端部が、アッパサポート38を介して、車体のタイヤハウジングの上部に支持されている。サスペンションスプリング30の上端部も、アッパサポート38を介して車体のタイヤハウジングの上部に支持されており、サスペンションスプリング30の下端部は、ショックアブソーバ28にフランジ状に設けられたロアサポート28aによって支持されている。つまり、サスペンションスプリング30とショックアブソーバ28とは、ロアアーム26と車体との間に、互いに並列的に配設されているのである。
【0025】
本モジュール20は、ブレーキ装置を有しており、そのブレーキ装置は、ホイール10bとともにアクスルハブに取り付けられて車輪10とともに回転するディスクロータ40と、そのディスクロータ40を跨ぐようにして車輪駆動ユニット24のハウジング24aに保持されたブレーキキャリパ42とを含んで構成されている。詳しい説明は省略するが、このブレーキキャリパ42は、摩擦部材としてのブレーキパッドと、電動モータを有してその電動モータの力でブレーキパッドをディスクロータ30に押し付けることで車輪10の回転を止めるためのブレーキアクチュエータとを有しており、当該ブレーキ装置は、いわゆる電動モータの発生させる力に依存して制動力を発生させる電動ブレーキ装置とされているのである。
【0026】
さらに、本モジュール20は、本実施例のステアリングシステムを構成する上述の車輪転舵装置12を有している。車輪転舵装置12は、左右1対の車輪10のうちの片方のみを他方とは独立して転舵するための単輪独立転舵装置であり、概ね、先に説明したようにステアリングナックルとして機能する車輪駆動ユニット24のハウジング24a(以下、車輪転舵装置12の構成要素として扱う場合には、「ステアリングナックル24a」という場合がある。)と、ロアアーム26の基端部に近い位置においてロアアーム26に配設された転舵アクチュエータ46と、その転舵アクチュエータ46とステアリングナックル24aとを連結するタイロッド48とを含んで構成されている。
【0027】
転舵アクチュエータ46は、駆動源としての電動モータである転舵モータ46aと、転舵モータ46aの回転を減速する減速機46bと、減速機46bを介した転舵モータ46aの回転によって回動させられてピットマンアームとして機能するアクチュエータアーム46cとを含んで構成されている。タイロッド48の基端部は、第2ジョイントであるロッド基端部連結用ボールジョイント50(以下、「第2ジョイント50」という場合がある)を介して、アクチュエータアーム46cに連結され、タイロッド48の先端部は、第3ジョイントであるロッド先端部ボールジョイント52(以下、「第3ジョイント52」という場合がある)を介して、ステアリングナックル24aが有するナックルアーム24bに連結されている。
【0028】
本車輪転舵装置12においては、上記アッパサポート38の中心と、第1ジョイント36の中心とを結ぶ線が、キングピン軸線KPとなる。転舵モータ46aを動作させることで、図に太矢印で示すように、転舵アクチュエータ46が有するアクチュエータアーム46cは、アクチュエータ軸線ALまわりに回動する。その回動がタイロッド48によって伝達されて、ステアリングナックル24aは、キングピン軸線KPまわりに回動させられる。つまり、図に太矢印で示すように、車輪10が転舵されるのである。このような構造から、本車輪転舵装置12では、アクチュエータアーム46c,タイロッド48,ナックルアーム24b等を含んで、転舵モータ46aの回転動作を車輪12の転舵動作に変換する動作変換機構54を備えているのである。
【0029】
車輪転舵装置12は、転舵アクチュエータ46がロアアーム26に配設されている。そのため、モジュール20の車体への組み付け作業を簡便に行うことが可能となる。端的に言えば、ロアアーム26の基端部を車体のサイドメンバーに取り付け、アッパサポート38を車体のタイヤハウジングの上部に取り付けるだけで、サスペンション装置,ブレーキ装置,車輪転舵装置を含む当該モジュール20を、車両に搭載することができるのである。つまり、本モジュール20は、車両に対する搭載性において優れたモジュールとされているのである。
【0030】
操作装置14は、ステアバイワイヤ型のステアリングシステムにおける一般的な構造を有するものであり、簡単に説明すれば、
図1に示すように、運転者によって操舵操作されるステアリング操作部材としてのステアリングホイール56と、そのステアリングホイール56の回転角である操作角をステアリング操作部材の操作位置として検出するためのステアリングセンサ58と、ステアリングホイール56に操作反力を付与する反力付与装置60とを含んで構成されている。反力付与装置60は、力源としての電動モータである反力モータ62と、反力モータ62の力をステアリングホイール56に伝達するための減速機64とを含んで構成されている。
【0031】
[B]車両用ステアリングシステムの制御
i)基本転舵制御
当該ステアリングシステムにおける基本的な転舵制御は、簡単に言えば、2つの前輪10Fの各々を、転舵要求に応じた転舵位置ψに転舵させる制御である。転舵位置ψは、いわゆる転舵角と同義であり、車両の直進状態において位置させられるべき位置である直進状態位置を基準転舵位置として、その基準転舵位置からの位相変位量、すなわち、転舵量と考えることができる。
【0032】
基本転舵制御について詳しく説明すれば、統括的な制御手段としての役割を果たす電子制御ユニットである操作ECU18は、ステアリングセンサ58の検出に基づくステアリングホイール56の操作角、すなわち、ステアリング操作位置δ(以下、単に「操作位置δ」という場合がある)を、ステアリング操作の程度として取得し、その操作位置δに基づいて、設定されたステアリングギヤ比に従って、各車輪10において実現させるべき転舵位置ψである目標転舵位置ψ*を決定する。操作位置δは、車両を直進させるための位置である直進状態位置を基準操作位置として、その基準操作位置からの位置変化量、すなわち、ステアリング操作量と考えることできる。ちなみに、当該車両が自動運転の最中である場合には、操作位置δに基づいて決定される目標転舵位置ψ*に代えて、図示を省略する自動運転システムからCAN22を介して送られてくる指令に含まれる目標転舵位置ψ*が採用される。なお、ステアリング操作位置δ,転舵位置ψは、厳密には、基準操作位置,基準転舵位置を挟んだ左右において正負が反対の値となる。
【0033】
車輪転舵装置12は、車輪10の転舵位置ψを直接的に検知するための転舵位置センサを有していない。そのため、本ステアリングシステムでは、車輪10の転舵位置ψと転舵モータ46aの動作位置との間に特定の関係があることを利用して、操作ECU18および1対の転舵ECU16は、転舵モータ46aの動作位置に基づいて、転舵アクチュエータ46が発生させる転舵力を制御する。転舵アクチュエータ46が発生させる転舵力は、転舵モータ46aが発生させるトルクである転舵トルクTqと等価であるため、具体的には、操作ECU18は、転舵モータ46aが発生させるべき転舵トルクTqである目標転舵トルクTq*を、転舵モータ46aの動作位置に基づいて決定する。
【0034】
転舵モータ46aの動作位置は、転舵モータ46aが回転型のモータであるため、モータ軸の角度位置、すなわち、モータ回転角θである。モータの動作位置は、モータの動作量、詳しくは、車両直進時のモータの動作位置である基準動作位置からの変化量と考えることができ、モータ回転角θは、車両直進時の基準動作位置である基準モータ回転角からの変位角と考えることができる。モータ回転角θは、360°を超えて累積される。さらに言えば、本車輪転舵装置12では、転舵モータ46aとステアリングナックル24aとは、機械的に連結されており、転舵モータ46aのモータ回転角θの変化量と、車輪の転舵位置ψの変化量との間には、特定の関係が存在する。大まかには、それらの間には、減速機46aの減速比等に依拠する一定の比に基づく関係が成立していると考えることができる。その関係を利用して、転舵位置ψを直接的に制御するのではなく、モータ回転角θの制御によって、車輪10の転舵位置ψを制御しているのである。なお、モータ回転角θも、厳密には、基準モータ回転角を挟んだ左右において正負が反対の値となる。
【0035】
目標転舵トルクTq*の決定について具体的に説明すれば、操作ECU18は、各車輪10について、上記目標転舵位置ψ*に基づいて、モータ回転角θの目標である目標動作位置としての目標モータ回転角θ*を決定する。一方で、転舵モータ46aは、ブラシレスDCモータであり、自身への電流供給における相の切換えのためにモータ回転角センサ(例えば、ホールIC,レゾルバ等である)を有している。各転舵ECU16は、このモータ回転角センサの検出に基づいて、基準モータ回転角を基準とした現時点のモータ回転角θである実モータ回転角θを把握し、その実モータ回転角θの情報をCAN22を介して操作ECU18に送信する。操作ECU18は、車輪10ごとに、動作位置偏差として、目標モータ回転角θ*に対するモータ回転角θの偏差であるモータ回転角偏差Δθを求め、このモータ回転角偏差Δθ(=θ*-θ)に基づいて、次式に従って、目標転舵トルクTq*を決定するのである。
Tq*=GP・Δθ+GD・(dΔθ/dt)+GI・∫Δθdt
なお、上記式は、モータ回転角偏差Δθに基づくフィードバック制御則に従った式であり、第1項,第2項,第3項は、それぞれ、比例項,微分項,積分項、GP,GD,GIは、それぞれ,比例ゲイン,微分ゲイン,積分ゲインである。
【0036】
操作ECU18は、目標転舵トルクTq*についての情報を、CAN22を介して、各車輪10の転舵ECU16に送信し、各転舵ECU16は、その目標転舵トルクTq*に基づいて転舵モータ46aを制御する。転舵トルクTqと転舵モータ46aへの供給電流Iとは、特定の関係にある。詳しくは、転舵トルクTqが転舵モータ46aの発揮する力に依存しているため、転舵トルクTqと供給電流Iとは、概ね比例関係にある。そのことに従って、各転舵ECU16は、操作ECU18において決定された目標転舵トルクTq*に基づいて、転舵モータ46aへの供給電流Iの目標である目標供給電流I*を決定し、その目標供給電流I*を、転舵モータ46aに供給する。具体的に言えば、各転舵ECU16は、目標供給電流I*の決定等の処理を実行するコンピュータと、そのコンピュータに接続された駆動回路としてのインバータとを有しており、コンピュータによって決定された目標供給電流I*に基づいて、インバータから転舵モータ46aに電流Iが供給される。以上説明した基本転舵制御によれば、1対の車輪転舵装置12の各々が発生させる転舵力、すなわち、転舵トルクTqが制御されることで、左右の車輪10の各々の転舵位置ψが目標転舵位置ψ*となるように制御される。
【0037】
ii)アンダステア傾向を実現するための転舵位置の変更
車両が旋回していて、その旋回が厳しいときには、当該車両の旋回特性がアンダステア傾向となっていることが、車両の旋回における安定性の観点から望ましい。旋回が厳しいとは、旋回時において車体に作用する遠心力が大きいことを意味する。そのことに鑑みて、本ステアリングシステムでは、旋回の厳しさを指標する旋回指標が設定閾値を超えている場合に、超えていない場合と比較して当該車両の旋回特性をよりアンダステア傾向とするために、左右の車輪のうちの一方、詳しくは、旋回における外側の車輪10(以下、「旋回外輪」という場合があり、内側の車輪を「旋回内輪」という場合がある)の転舵位置ψが変更される。
【0038】
本ステアリングシステムでは、旋回指標として、左右の車輪転舵装置12の転舵モータ46aが実際に発揮している転舵力の差、つまり、左右の車輪転舵装置12の各々が有する転舵モータ46aの転舵トルクTqL,TqRの差であるトルク差ΔTq( =|TqL-TqR|)を採用し、そのトルク差ΔTqが、設定閾値である閾トルク差ΔTq0を超えている場合に、旋回外輪の転舵位置ψが変更される。
【0039】
転舵トルクTq、詳しく言えば、車輪10をある転舵位置ψまで転舵させる転舵トルクTq、若しくは、車輪10をある転舵位置ψに維持するための転舵トルクTqは、セルフアライニングトルクに打ち勝つ必要があることから、車両走行速度(以下、「車速」という場合がある)が高く、車輪10の転舵位置ψが大きくなる程(直進状態位置から離れる程)大きくなる。また、一方で、転舵トルクTqは、車輪10が分担する車体の荷重W
S(以下、「分担荷重W
S」という場合がある)が大きい程、大きくなる。旋回外輪の転舵トルクTqを外輪トルクTq
Oと、旋回内輪の転舵トルクTqを内輪トルクTq
Iとすれば、外輪トルクTq
O,内輪トルクTq
Iは、一定の車速において、
図3のグラフに示すように転舵位置ψに応じて変化し、左右の車輪10に対する転舵トルクTq
L,Tq
Rの差ΔTq、すなわち、外輪トルクTq
O,内輪トルクTq
Iの差であるトルク差ΔTqは、左右の車輪における分担荷重W
SL,W
SRの差である分担荷重差ΔW
Sが大きくなる程大きくなる。車両の旋回が厳しい程、分担荷重差ΔW
Sが大きくなることから、トルク差ΔTqは、上記旋回指標となり得るのである。旋回指標として、車体に生じている横加速度,車両のヨーレート等をも採用可能であるが、トルク差ΔTqを旋回指標とすることで、別途何等かのセンサを必要としないという利点を享受することができる。
【0040】
各転舵ECU16は、インバータからの情報により実際に転舵モータ46aに供給されている電流I(以下、「実供給電流I」という場合がある)を検出しており、その実供給電流Iに基づき、先に説明した関係に従って、実際に発揮している転舵トルクTq(以下、「実転舵トルクTq」という場合がある)を推定し、その実転舵トルクTqについての情報を、操作ECU18に送信する。操作ECU18は、受信した左右の車輪10に対する実転舵トルクTqL,TqRに基づいて、上記トルク差ΔTqを特定し、そのトルク差ΔTqが閾トルク差ΔTq0を超えている場合に、厳しい旋回であると認定して、旋回外輪の転舵位置ψを小さくするための転舵位置変更処理を実行する。
【0041】
なお、転舵位置変更処理の実行を判断するための上記閾トルク差Tq0は、本ステアリングシステムでは、車両において実現すべき走行特性によって異なる値に設定される。つまり、閾トルク差Tq0が変更可能とされている。本車両では、車両の走行モードとして、コンフォートモードと、スポーツモードとの2つが準備されており、運転者の操作によって、それら2つの走行モードのいずれかが選択されるようになっている。コンフォートモードは、車両の乗り心地,車両の走行安定性を重視する走行モードであり、スポーツモードは、きびきびとした走行,車両の操作応答性を重視する走行モードである。操作ECU18は、閾トルク差Tq0を、コンフォートモードが選択されている場合には、転舵位置変更処理の実行範囲を拡げるため、比較的小さな値であるコンフォートモード値TqCに設定し、スポーツモードが選択されている場合には、転舵位置変更処理の実行範囲を狭くするため、比較的大きな値であるスポーツモード値TqSに設定する。
【0042】
転舵位置変更処理を実行する場合において、操作ECU18は、左前輪10FLと右前輪10FRとのいずれが旋回外輪となっているかを判断する。この判断は、左右の車輪転舵装置12が発生させている転舵力を比較し、つまり、上述の左前輪10FLに対する実転舵トルクTqLと、右前輪10FRに対する実転舵トルクTqRとを比較し、大きい方(厳密には、絶対値が大きい方)の前輪10Fを旋回外輪として認定する。旋回外輪の認定は、ステアリングホイール56の操作の向きに基づいて行うこともできるが、実転舵トルクTqの比較による旋回外輪の認定は、例えば、車両が自動運転を行っていてステアリングホイール56が運転者によって操作されていない場合において、特に有効である。
【0043】
転舵位置変更処理では、認定された旋回外輪に対する目標転舵トルクTq*が、転舵トルク変更量dTqだけ変更される。詳しく言えば、左前輪10FLが旋回外輪と認定されている場合には、左前輪10FLに対する目標転舵トルクTqL
*が、転舵トルク変更量dTqだけ減じられ、右前輪10FRが旋回外輪と認定されている場合には、右前輪10FRに対する目標転舵トルクTqR
*が、転舵トルク変更量dTqだけ減じられる。
【0044】
ただし、本ステアリングシステムでは、転舵トルク変更量dTqは、車両の操作状態に応じて変更される。詳しく言えば、転舵トルク変更量dTqは、通常は通常値dTq
Nであるが、車両に対して比較的大きなブレーキ操作がなされている場合、および、車両に対して比較的大きなアクセル操作がなされている場合には、転舵トルク変更量dTqは小さく変更される。具体的には、操作ECU18は、車両に搭載された前後加速度センサ66(
図1参照)によって検出された前後加速度Gx(加速において正の値となり、減速において負の値となる)に基づき、前後加速度Gxが減速側閾値Gx
Bより小さい場合には、転舵トルク変更値dTqを、減速時値dTq
B(<dTq
N)に変更し、前後加速度Gxが加速側閾値Gx
Aより大きい場合には、転舵トルク変更値dTqを、加速時値dTq
A(<dTq
N)に変更する。ちなみに、減速時値dTq
Bは、加速時値dTq
Aより小さく設定されている。このように、転舵トルク変更量dTqが変更されることにより、本ステアリングシステムでは、運転者のステアリング操作における手応え感の適切化を目的として、横力コンプライアンスステア的な作用におけるコンプライアンスの調整を行うことや、また、車両の旋回安定性の程度の適切化を目的として、旋回外輪の転舵位置ψの調整を行うことが可能とされているのである。
【0045】
iii)制御フロー
操作ECU18,各転舵ECU16は、それぞれ、コンピュータを有しており、上記基本転舵制御および転舵位置変更制処理を含む転舵制御は、操作ECU18のコンピュータが、
図4にフローチャートを示す転舵統括制御プログラムを、各転舵ECU16のコンピュータが、
図5にフローチャートを示す車輪転舵プログラムを、それぞれ、短い時間ピッチ(例えば、数m~数十msec)で繰り返し実行することによって行われる。本ステアリングシステムの転舵制御について説明すべく、以下に、それらのプログラムに従った処理の流れを簡単に説明する。
【0046】
操作ECU18において実行される転舵統括制御プログラムに従う処理では、まず、ステップ1(以下、「S1」という場合がある。他のステップも同様である)において、当該車両が自動運転中であるか否かが判定される。自動運転中でない場合には、S2において、ステアリングセンサ58の検出に基づいて、ステアリングホイール56の操作位置δが取得され、S3において、目標転舵位置ψ*が決定される。S1において自動運転中であると判定された場合には、S4において、自動運転システムからの目標転舵位置ψ*についての情報が受信される。
【0047】
続いて、S5において、左右の車輪10の各々の目標モータ回転角θ*が決定され、S6において、各転舵ECU16から、それぞれ、左右の車輪転舵装置12が有する転舵モータ46aの実モータ回転角θについての情報が受信される。S7では、車輪転舵装置12の各々の転舵モータ46aについて決定された目標モータ回転角θ*および受信された実モータ回転角θに基づいて、各車輪転舵装置12についてのモータ回転角偏差Δθが決定される。そして、S8において、上記式に従って、車輪転舵装置12の各々の転舵モータ46aが発生させるべき転舵トルクTqである目標転舵トルクTqL
*,TqR
*が決定される。
【0048】
次のS9において、後に詳しく説明する転舵位置変更処理サブルーチンが実行され、そして、S10において、S8において決定された目標転舵トルクTqL
*,TqR
*若しくはS9において変更された目標転舵トルクTqL
*,TqR
*についての情報が、各転舵ECU16に送信される。
【0049】
各転舵ECU16において実行される車輪転舵プログラムに従う処理では、まず、S11において、インバータを介して取得された実モータ回転角θの情報が、操作ECU18に送信される。続くS12において、インバータを介して転舵モータ46aに実際に供給されている電流である実供給電流Iが検出され、S13において、その実供給電流Iに基づいて推定された実転舵トルクTqについての情報が、操作ECU18に送信される。
【0050】
次のS14において、操作ECU18から、目標転舵トルクTq*についての情報が取得され、S15において、その目標転舵トルクTq*に基づいて、転舵モータ46aに供給すべき電流である目標供給電流I*が決定される。そして、S16において、その目標供給電流I*に基づく電流Iが、転舵モータ46aに供給される。
【0051】
先に説明した転舵統括制御プログラムのS9では、
図6にフローチャートを示す転舵位置変更処理サブルーチンが実行される。このサブルーチンに従う処理では、まず、S21において、各転舵ECU16から、実転舵トルクTq
L,Tq
Rについての情報を受信する。次のS22において、当該車両の走行モードが、上述のコンフォートモードであるか上述のスポーツモードであるかが判定される。スポーツモードである場合には、S23において、閾トルク差ΔTq
0が、スポーツモード値ΔTq
Sに設定され、コンフォートモードである場合には、S24において、閾トルク差ΔTq
0が、コンフォートモード値ΔTq
Cに設定される。そして、S25において、実転舵トルクTq
L,Tq
Rに基づくトルク差ΔTqが旋回指標とされて、そのトルク差ΔTqが、閾トルク差ΔTq
0を超えている場合には、S26以下の転舵位置変更処理が実行され、超えていない場合には、S26以下の転舵位置変更処理はスキップされる。
【0052】
転舵位置変更処理が実行される場合には、まず、S26において、前後加速度センサ66の検出に基づいて当該車両に生じている前後加速度Gxが取得される。S27において、前後加速度Gxが減速側閾値GxBより小さい(前後加速度Gxが、負の値であり、絶対値において減速側閾値GxBより大きい)か否かが判定され、前後加速度Gxが減速側閾値GxBより小さいと判定された場合には、S28において、転舵トルク変更量dTqが減速時値dTqBに設定される。前後加速度Gxが減速側閾値GxB以下であると判定された場合には、S28はスキップされる。次いで、S29において、前後加速度Gxが加速側閾値GxAより大きいか否かが判定され、前後加速度Gxが加速側閾値GxAより大きいと判定された場合には、S30において、転舵トルク変更量dTqが加速時値dTqAに設定される。前後加速度Gxが加速側閾値GxA以下であると判定された場合には、S31において、転舵トルク変更量dTqが通常値dTqNに設定される。
【0053】
続くS32において、実転舵トルクTqL,TqRに基づいて、旋回外輪判定が行われる。具体的には、左前輪10FLの実転舵トルクTqLが、右前輪の10FRの実転舵トルクTqRよりも大きい場合には、左前輪10FLが旋回外輪に認定され、右前輪10FRの実転舵トルクTqRが、左前輪の10FLの実転舵トルクTqLよりも大きい場合には、右前輪10FRが旋回外輪に認定される。左前輪10FLが旋回外輪に認定された場合には、S33において、左前輪10FLに対する目標転舵トルクTqL
*から転舵トルク変更量dTqが減じられ、右前輪10FRが旋回外輪に認定された場合には、S34において、右前輪10FLに対する目標転舵トルクTqR
*から転舵トルク変更量dTqが減じられる。
【実施例2】
【0054】
[A]車両用ステアリングシステムの構成
第2実施例のステアリングシステムは、第1実施例のステアリングシステムと同様、ステアバイワイヤ型のステアリングシステムであるが、第1実施例のステアリングシステムと異なり、
図7に模式的に示すように、左右の前輪10FL,10FRおよび左右の後輪10RL,10RRの各々を単独で転舵するために、前輪側,後輪側の2対の車輪転舵装置12を有し、2対の車輪転舵装置12に対応して2対の転舵ECU16を備えている。2対の転舵ECU16の各々は、CAN22に接続されており、操作ECU18は、それら転舵ECU16を統括する。
【0055】
各車輪転舵装置12は、第1実施例のステアリングシステムと同様、車輪配設モジュール20内に組み込まれている。このモジュール20は、第1実施例のステアリングシステムのモジュール20と同様の構成を有しており、そのモジュール20の構成、および、車輪転舵装置12の構成についての説明は省略する。また、操作装置14も、第1実施例のステアリングシステムの操作装置14と同様の構成を有しており、その操作装置14の構成についての説明は省略する。
【0056】
なお、本実施例のステアリングシステムが搭載されている車両には、第1実施例のステアリングシステムが搭載された車両と異なり、前後加速度センサ66は設けられておらず、車体に作用する車幅方向の加速度である横加速度を検出するための横加速度センサ68が設けられている。また、本ステアリングシステムでは、2対の転舵ECU16,操作ECU18,CAN22によって、2対の車輪転舵装置12の各々を制御するコントローラが構成されていると考えることができる。
【0057】
[B]車両用ステアリングシステムの制御
i)基本転舵制御
本ステアリングシステムの基本的な転舵制御は、2つの前輪10Fと、2つの後輪10Rとを、転舵要求、詳しくは、ステアリングホイール56の操作位置δに応じて転舵させる制御である。前輪10Fの転舵については、第1実施例のステアリングシステムにおける基本転舵制御による転舵と同様であるため、説明を省略する。
【0058】
後輪10Rの転舵について説明すれば、操作ECU18は、前輪10Fの目標転舵位置ψF
*に加え、操作位置δと車両走行速度(以下、「車速」と略す場合がある)vとに基づいて、後輪10Rの目標転舵位置ψR
*を決定する。簡単に説明すれば、車速vが高いときには、後輪10Rを前輪10Fと同じ方向に(同相に)転舵し、車速vが低いときには、
後輪10Rを前輪10Fとは逆の方向に(逆相に)転舵するように、目標転舵位置ψR
*を決定する。この目標転舵位置ψR
*の決定の手法は、よく知られたものであるため、詳しい説明を省略する。
【0059】
各転舵ECU16は、車輪転舵装置12の転舵モータ46aのモータ回転角θを把握しており、そのモータ回転角θの変化から、車輪10の回転速度である車輪回転速(以下、「車輪速」と略す場合がある)vWを特定する。各転舵ECU16は、その特定した車輪速vWについての情報を、操作ECU18に送信する。操作ECU18は、受信した各車輪速vWについての情報に基づいて、公知の手法により、当該車両の車速vを特定し、その特定した車速vを、後輪10Rの目標転舵位置ψR
*の決定に利用する。
【0060】
操作ECU18が行う目標転舵位置ψF
*,ψR
*に基づく前後左右の車輪10の目標転舵トルクTqFL
*,TqFR
*,TqRL
*,TqRR
*の決定、各転舵ECU16が行う目標転舵トルクTq*に基づく目標供給電流I*の決定等は、第1実施例のステアリングシステムと同様の手法によって行われるため、それらについてのここでの詳しい説明は、省略する。
【0061】
ii)アンダステア傾向を実現するための転舵位置の変更
本ステアリングシステムにおいても、第1実施例のステアリングシステムと同様に、車両の旋回が厳しいときには、車両の旋回特性をアンダステア傾向とすべく、操作ECU18は、転舵位置変更処理を実行する。
【0062】
本ステアリングシステムでは、転舵位置変更処理の実行の有無を判断するための旋回指標として、第1実施例のステアリングシステムにおいて採用されている上記トルク差ΔTqではなく、横加速度Gyを採用している。操作ECU18は、横加速度センサ68によって検出された横加速度Gy(左右で符号が異なるため、厳密には、横加速度Gyの絶対値)が、閾加速度Gy0よりも大きいときに、転舵位置変更処理を実行する。ちなみに、本ステアリングシステムでは、走行モードの選択に基づく閾加速度Gy0の変更は行われない。なお、旋回指標として、横加速度Gyに代えて、例えば、車両のヨーレートを採用してもよい。
【0063】
本ステアリングシステムでは、操作ECU18は、転舵位置変更処理において、前輪側の旋回外輪10Fの目標転舵トルクTq*を、前輪10Fに対して設定されている前輪側トルク変更量dTqFだけ小さくし、後輪側の旋回外輪10Rの目標転舵トルクTq*を、後輪10Rに対して設定されている後輪側トルク変更量dTqRだけ大きくする。具体的には、左前輪10FLが旋回外輪である場合には、左前輪10FLの目標転舵トルクTqFL
*が、右前輪10FRが旋回外輪である場合には、右前輪10FRの目標転舵トルクTqFR
*が、それぞれ、前輪側トルク変更量dTqFだけ小さくされ、左後輪10RLが旋回外輪である場合には、左後輪10RLの目標転舵トルクTqRL
*が、右後輪10RRが旋回外輪である場合には、右後輪10RRの目標転舵トルクTqRR
*が、それぞれ、後輪側トルク変更量dTqRだけ大きくされる。これにより、前輪側の旋回外輪10Fの転舵位置ψが小さく、後輪側の旋回外輪10Rの転舵位置ψが大きくされ、車両の旋回特性が、よりアンダステア傾向となる。
【0064】
本ステアリングシステムでは、操作ECU18は、左右の車輪10のいずれが旋回外輪となるかについてを、左右の車輪10の各々の転舵トルクTqではなく、ステアリングホイール56の操作位置δに基づいて車両の旋回方向を特定し、その特定に基づいて決定する。なお、本ステアリングシステムでは、第1実施例のステアリングシステムにおいて行われていた車両の加減速に基づく転舵トルク変更量dTqの変更は行われない。
【0065】
iii)制御フロー
上記基本転舵制御および転舵位置変更制処理を含む転舵制御は、操作ECU18のコンピュータが、
図8にフローチャートを示す転舵統括制御プログラムを、各転舵ECU16のコンピュータが、
図9にフローチャートを示す車輪転舵プログラムを、それぞれ、短い時間ピッチ(例えば、数m~数十msec)で繰り返し実行することによって行われる。本ステアリングシステムの転舵制御について説明すべく、以下に、それらのプログラムに従った処理の流れを簡単に説明する。
【0066】
操作ECU18において実行される転舵統括制御プログラムに従う処理では、まず、S51において、各転舵ECU16から、各車輪10の車輪速vWについての情報が受信され、S52において、各車輪10の車輪速vWに基づいて、当該車両の車速vが特定される。次いで、S53において、ステアリングセンサ58の検出に基づいて、ステアリングホイール56の操作位置δが取得され、S54において、取得された操作位置δと特定された車速vとに基づいて、前輪10Fの目標転舵位置ψF
*および後輪10Rの目標転舵位置ψR
*が決定される。そして、S55において、目標転舵位置ψF
*,目標転舵位置ψR
*に基づいて、各車輪転舵装置12の転舵モータ46aについての目標モータ回転角θ*が決定され、S56において、各転舵ECU16から、各車輪転舵装置12の転舵モータ46aの実モータ回転角θについての情報が受信される。続くS57において、各転舵モータ46aについてのモータ回転角偏差Δθが決定され、S58において、上記式に従って、各車輪転舵装置12の転舵モータ46aについての目標転舵トルクTqFL
*,TqFR
*,TqRL
*,TqRR
*が決定される。
【0067】
次のS59において、横加速度センサ68の検出に基づいて横加速度Gyが取得され、S60において、横加速度Gyが、閾加速度Gy0より大きいか否かが判定される。横加速度Gyが閾加速度Gy0より大きいと判定された場合には、S61から始まる転舵位置変更処理が実行され、横加速度Gyが閾加速度Gy0以下であると判定された場合には、転舵位置変更処理はスキップされる。
【0068】
転舵位置変更処理では、S61において、取得されているステアリングホール56の操作位置δに基づいて、車両の旋回方向が特定され、S62において、特定された車両の旋回方向が左方向であるか右方向であるかが判定される。車両が左旋回している場合には、S63において、右前輪10FRの目標転舵トルクTqFR
*が、前輪側トルク変更量dTqFだけ小さくされ、S64において、右後輪10RRの目標転舵トルクTqRR
*が、後輪側トルク変更量dTqRだけ大きくされる。車両が右旋回している場合には、S65において、左前輪10FLの目標転舵トルクTqFL
*が、前輪側トルク変更量dTqFだけ小さくされ、S66において、左後輪10RLの目標転舵トルクTqRL
*が、後輪側トルク変更量dTqRだけ大きくされる。
【0069】
S58において決定された若しくはS63~S66において変更された各車輪転舵装置12の転舵モータ46aについての目標転舵トルクTqFL
*,TqFR
*,TqRL
*,TqRR
*は、S67において、情報として各転舵ECU16に送信される。
【0070】
各転舵ECU16において実行される車輪転舵プログラムに従う処理では、まず、S71において、転舵モータ46aの実モータ回転角θに基づいて車輪速vWが特定され、S72において、その車輪速vWについての情報が、S73において、実モータ回転角θの情報が、それぞれ、操作ECU18に送信される。
【0071】
次のS74において、操作ECU18から,目標転舵トルクTq*についての情報が取得され、S75において、その目標転舵トルクTq*に基づいて、転舵モータ46aに供給すべき電流である目標供給電流I*が決定される。そして、S76において、その目標供給電流I*に基づく電流Iが、転舵モータ46aに供給される。
【変形例】
【0072】
上記第2実施例のステアリングシステムでは、旋回が厳しい場合に、左右の前輪10Fの一方、および、左右の後輪10Rの一方の転舵位置ψが変更されるようにされているが、本発明のステアリングシステムは、左右の後輪10Rの一方だけの転舵位置ψを変更するようにされてもよい。
【0073】
上記第1実施例のステアリングシステムも上記第2実施例のステアリングシステムも、旋回が厳しい場合において、目標転舵トルクTq*を変更することで車輪10の転舵位置ψを変更するようにされているが、本発明のステアリングシステムは、例えば、目標転舵位置ψ*,目標モータ回転角θ*,目標供給電流I*の1つ以上を変更することで車輪10の転舵位置ψを変更するようにされてもよい。
【0074】
上記第1実施例のステアリングシステムも上記第2実施例のステアリングシステムも、旋回が厳しい場合において、旋回外輪の転舵位置ψを変更するようにされているが、本発明のステアリングシステムは、旋回内輪の転舵位置ψを変更するようにされてもよい。
【0075】
上記第1実施例のステアリングシステムも上記第2実施例のステアリングシステムも、基本転舵制御において、モータ回転角偏差Δθに基づいて目標転舵トルクTq*を決定し、その目標転舵トルクTq*に基づいて目標供給電流I*を決定するようにされているが、本発明のステアリングシステムは、モータ回転角偏差Δθに基づいて、直接、目標供給電流I*を決定するようにされてもよい。
【0076】
上記第1実施例のステアリングシステムに対しても上記第2実施例のステアリングシステムに対しても、基本転舵制御において決定される左右の車輪10の目標転舵位置ψ*について、特段の言及がされていないが、本発明のステアリングシステムは、左右の車輪10の目標転舵位置ψ*が、例えば、パラレルジオメトリに従って、同じ値に決定するようにされてもよく、また、例えば、アッカーマンジオメトリに従って、互いに異なる値に決定するようにされてもよい。
【符号の説明】
【0077】
10:車輪 10F:前輪 10R:後輪 12:車輪転舵装置 14:操作装置 16:転舵電子制御ユニット〔コントローラ〕 18:操作電子制御ユニット〔コントローラ〕 20:車輪配設モジュール 22:CAN 24:車輪駆動ユニット 24a:ハウジング(ステアリングナックル) 26:ロアアーム 46:転舵アクチュエータ 46a:転舵モータ〔電動モータ〕〔駆動源〕 48:タイロッド 54:動作変換機構 56:ステアリングホイール〔ステアリング操作部材〕 58:ステアリングセンサ 66:前後加速度センサ 68:横加速度センサ δ:ステアリング操作位置 ψ:車輪の転舵位置 ψ*:目標転舵位置 θ:転舵モータのモータ回転角 θ*:目標モータ回転角 Tq:転舵トルク Tq*:目標転舵トルク ΔTq:トルク差〔旋回指標〕 dTq:転舵トルク変更量 I:転舵モータへの供給電流 I*:目標供給電流 Gy:横加速度〔旋回指標〕