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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-04
(45)【発行日】2023-09-12
(54)【発明の名称】乳酸生産のための微生物と方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/19 20060101AFI20230905BHJP
   C12P 7/56 20060101ALI20230905BHJP
   C12N 15/53 20060101ALN20230905BHJP
   C12R 1/645 20060101ALN20230905BHJP
【FI】
C12N1/19 ZNA
C12P7/56
C12N15/53
C12R1:645
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020543347
(86)(22)【出願日】2019-02-15
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-07-29
(86)【国際出願番号】 IB2019000178
(87)【国際公開番号】W WO2019159011
(87)【国際公開日】2019-08-22
【審査請求日】2022-02-02
(31)【優先権主張番号】62/631,541
(32)【優先日】2018-02-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】513160707
【氏名又は名称】ピーティーティー グローバル ケミカル パブリック カンパニー リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【弁理士】
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【弁理士】
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】スダンシュ・ヴィジャイ・ドール
(72)【発明者】
【氏名】セロン・ハーマン
(72)【発明者】
【氏名】ショーン・ジョセフ・リーガン
(72)【発明者】
【氏名】マーク・アンドリュー・シェフ
(72)【発明者】
【氏名】ラッセル・リザード・ユーダニ
(72)【発明者】
【氏名】アール・ロジャーズ・ヨカム
【審査官】大久保 元浩
(56)【参考文献】
【文献】特表2005-528106(JP,A)
【文献】特表2009-529879(JP,A)
【文献】特開2016-163540(JP,A)
【文献】Biotechnology and Bioengineering,2015年,Vol.112, No.4,p.751-758
【文献】APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGY,1999年,Vol.65, No.10,p.4697-4700
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
C12P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳酸を生産するように遺伝子操作されたクリベロミセス属の酵母株であって、染色体に組み込まれた、外因性乳酸デヒドロゲナーゼをコードする遺伝子を含み、発酵生産培地において少なくとも1.875g/L-時間の平均比生産性で乳酸を生産し、前記発酵生産培地は、3.86より低い最終pHを有し、並びに、外因性乳酸デヒドロゲナーゼをコードする前記遺伝子が、ピルビン酸デカルボキシラーゼ遺伝子又はそのホモログ、ホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼ遺伝子又はそのホモログ、グリセロール-3-リン酸ホスファターゼ遺伝子又はそのホモログ、及びNADHデヒドロゲナーゼ1遺伝子又はそのホモログの4全ての染色体遺伝子座に組み込まれており
前記4つ全ての遺伝子座の機能が排除されるか又は減少されている、
酵母株。
【請求項2】
前記酵母株が、乳酸類似体に耐性であり、並びに、前記乳酸類似体が、3-クロロ乳酸(β-クロロ乳酸)、3,3-ジクロロ乳酸、3,3,3-トリクロロ乳酸、3-フルオロ乳酸、3,3-ジフルオロ乳酸、3,3,3-トリフルオロ乳酸、3-ブロモ乳酸、3,3-ジブロモ乳酸、3,3,3-トリブロモ乳酸、乳酸の全ての可能な2-ハロ置換誘導体、任意の上記の乳酸類似体の全てのキラル形態及び任意の乳酸類似体の任意の塩からなる群から選択される、請求項1に記載の酵母株。
【請求項3】
前記乳酸が、光学的に純粋なD-乳酸である、請求項1に記載の酵母株。
【請求項4】
前記乳酸が、光学的に純粋なL-乳酸である、請求項1に記載の酵母株。
【請求項5】
前記乳酸が、D-乳酸とL-乳酸の混合物である、請求項1に記載の酵母株。
【請求項6】
(a)請求項1に記載の酵母株及び発酵生産培地を提供する工程;及び
(b)前記酵母株を前記発酵生産培地で培養する工程;及び
(c)発酵生産培地から乳酸を回収する工程
を含む、乳酸の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本出願は、2018年2月16日に提出された米国仮出願第62/631,541号の優先権を主張する。
【0002】
技術分野
本発明は、化学的生産のための微生物の遺伝子操作の分野に関する。より具体的には、本発明は、遺伝子組み換え酵母を使用した、再生可能な炭素資源からの乳酸の生産に関する。
【背景技術】
【0003】
現在使用される多くのプラスチック及び繊維は、自然環境において堆肥化が困難であり;例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリエステル、ナイロンに由来するプラスチック及び繊維は、非常に長い期間、自然環境に残る。長期的な環境管理の目的のために、従来のプラスチック及び繊維を、自然環境で容易に堆肥化することができるバイオ再生可能資源に由来するポリマーで置き換えることが望ましい。更に、採掘石油の世界の供給は不足し、入手がより高価になるため、石油化学モノマーをバイオ再生可能モノマーで置き換えることが望ましい。乳酸のポリマーは一般に自然環境で堆肥化できる。乳酸(2-ヒドロキシプロパン酸)は、L(+)-乳酸又はS-乳酸としても知られるL-乳酸(L-LAC)、又はD(-)-乳酸又はR-乳酸としても知られるD-乳酸(D-LAC)の2つの立体異性体のいずれかとして存在する。両者の異性体は、糖等の生物再生可能な資源から発酵により作ることができる。現在発酵により生産される乳酸のほとんどはL-LACである。ポリ-L-乳酸(PLLA)は生分解性であり、一部の用途に役立つプラスチックを製造する;しかしながら、約180℃のその比較的低い溶融温度が、その有用性を制限している(Tsuji、2005)。しかしながら、PLLAの溶融温度は、等重量のPLLA及びポリ-D-乳酸(PDLA)を一緒に融解することにより、本明細書で参照するところの「ステレオコンプレックスPLA」を与え、約45℃から約225℃上昇させることができる。(Tsuji、2005)。
【0004】
溶融温度を水の沸点の上に上げることは、ホットドリンク用のカップ、プラスチック製の食器、高温で洗浄してアイロンをかけたりプレスしたりできる布地等、多くの用途にとって重要である。最も重要なことは、高品質の「フラッキングビーズ」を生産するために、ステレオコンプレックスPLAのより高い溶融温度が必要であり、これは、所望のガス又は石油を抽出、除去、又は汲み出すために十分に開いた亀裂を維持する目的のために、深いガス及び石油鉱床の割れ目の岩層に汲み上げられる。
【0005】
乳酸は、遊離酸又はラクチドから出発して重合することができる。ラクチドは乳酸の環状ジエステルであり、L-LAC(L,L-ラクチド)の2つの分子、D-LAC(D,D-ラクチド)の2つの分子、又はL-LAC及びD-LAC(D,L-ラクチド又はメソ-ラクチド)各々1つの分子から構成することができる。L-乳酸とD-乳酸のモノマーの混合物、又はラクチド(L,L-ラクチド、D,D-ラクチド及びD,L-ラクチド)の混合物を重合しても、望ましい高融点温度のポリマーは得られない(Tsuji、2005)。代わりに、より高い溶融温度の目的のポリマーを得るためには、高純度L-LACと高純度D-乳酸の高分子量ポリマーを別々に作成し、重合後にのみ混合する必要がある。したがって、望ましい有用なステレオコンプレックスPLAを作成するには、出発材料は純粋なキラルL-LAC及び純粋なキラルD-LACでなければならない。純粋な異性体は時折「光学的に純粋」と呼ばれる。本明細書で使用される「光学的に純粋」又は「純粋にキラル」は、乳酸が、1つの異性体の重量又はモルパーセントで99%を超えることを意味する。光学純度は、よく知られている方法のいずれか、例えば、表面に光学的に純粋なキラル成分を担持する媒体が充填されたカラム、例えば、D-ペニシラミンでコーティングされたビーズが充填されたPhenomenex(Torrance社、California、USA)Chirex 3126カラム(250×4.60mm)を用いた分析用高圧液体クロマトグラフィー(HPLC)で決定できる。移動相は1mM硫酸銅水溶液で、流速は1ml/分、UV検出は254nmである。別の方法では、Shodex(商標)ORpak CRX-853(内径8.0mm×50mm)カラム(昭和電工社、東京、日本)を、製造業者により推奨されるように、0.5mM CuSO4水溶液で溶出し、流速1.0mL/minで、230nmのUVで検出し、カラム温度を50℃として使用する。乳酸の異性体が特定の文脈で指定されていない場合、「乳酸」又は「乳酸塩」という用語は、一方又は両方の異性体、又は2つの混合物を指す。非生物学的化学合成によって生産される乳酸は、L-LACとD-LACの等しい部分のラセミ混合物であるため、ステレオコンプレックスPLAの作成には使用できない。
【0006】
歴史的に、大量に製造されたほとんどの乳酸は、微生物との発酵によって生物学的に生産された場合は、L-LAC、又は化学的(つまり非生物学的に)に生産された場合は、L-LACとD-LACのラセミ混合物である。遺伝子操作された大腸菌株によって高純度のキラルD-LACを生産する方法が開発された(Zhouら、2003)。しかしながら、大腸菌は中性pHでのみ増殖するため、D-LACは塩として(例えば、アンモニウム、ナトリウム、カリウム、カルシウム、又はマグネシウムのカチオンと共に)生産しなくてはならず、次にプロトン化された遊離酸をカチオンから分離して重合を可能にするようにしなければならないため、方法にかなりのコストがかかる。2017年11月28日の時点で、非公開方法で生産されたD-LACが、Corbion(Amsterdam、Netherlands)のPurac部門から購入できる。しかしながら、D-LACの購入価格はL-LACよりも大幅に高い。純粋D-LACの価格が高いため、ステレオコンプレックスPLAは大規模な商業生産者に広く採用されていない。
【0007】
米国特許出願公開第2015/0152449号は、L-LAC又はL-LACとD-LACのラセミ混合物のいずれかからD-LACを生産するための化学的方法を開示している。この方法では、まずL-LACを加熱してラセミ混合物を作成する。次に、ラセミラクチド混合物をn-ブタノール及びアセトンに溶解し、エステル形成に立体特異的なリパーゼ酵素である固定化したNovozyme 435(MilliporeSigma社、St. Louis、Missouri、USA)のカラムに通す。生成物は、D-乳酸の1-ブタノールエステルとL,L-ラクチル乳酸(ダイマー)の1-ブタノールエステルの50-50混合物である。次に、これらの2つの化学物質を蒸留により分離し、おそらく加水分解して遊離酸、ラクチド、又はポリマーを得るが、この米国特許出願公開は、この最後の工程をどのように行うかを開示していない。酵素及び蒸留方法からの収率と純度は完璧ではなかった。一例では、D-ブチルラクテートの収率は、各々固定化された酵素上で7時間8回の実行後に92%から79%に低下した。蒸留による2つのエステルの分離の一例では、「分析された蒸留生成物は93.9%(R)-乳酸ブチル;0.4%(S)-乳酸ブチル、5.0%ブタノール;0.5%(S,S)-ラクチル乳酸ブチル;0.1%(R,R)-ラクチル乳酸ブチル及び0.1%(R,R)-ラクチドであった」。したがって、乳酸エステル部分は、約99%のD-LAC及び約1%のL-LACを含んでいた。この米国特許出願公開には、その純度のレベルが高品質なステレオコンプレックスPLAを作製するのに十分であるか否かは示されていない。いずれにしても、この米国特許出願公開に開示されている方法はかなり複雑であり、(発酵及び下流の精製に加えて)いくつかの単位操作、限られた寿命を有する可能性のある高価な酵素、及び防爆装置を必要とするため、純粋な形で乳酸の異性体を生成するための単純な発酵方法よりもコストがかかる可能性がある。
【0008】
したがって、経済的に魅力的な堆肥化可能なプラスチックとしてステレオコンプレックスPLAを広く採用することを促すために、光学的に純粋なD-LACを生産する方法の必要性が残っている。
【0009】
D-LACを生産するコストを削減するための1つのアプローチは、生産生物として酵母を使用することである。多くの酵母株は、ほとんどの細菌と比較して比較的低いpHでよく成長できるため、D-LAC又はL-LACは、pH3.86であることが公表されているpKa又はそれ以下のpHで、発酵により生産できる可能性がある。pH3.86では、pH7の発酵に比べて約半分の陽イオンしか必要でないため、陽イオンを分離するための下流の処理は、相応に安価になる。生産発酵槽の最終pHが3.86より低くなる可能性があれば、生産コストを更に削減できる。
【0010】
酵母によるL-乳酸生産の分野には多くの先行技術があるが、D-乳酸生産の分野の先行技術ははるかに少ない(包括的なレビューについては、Sauerら、2010を参照)。
【0011】
Zhouらは、競合的に嫌気性経路が削除され、代謝進化が適用されたD-LACを自然に生成する遺伝子操作された大腸菌によるD-LACの生産の増加を開示している(Zhouら、2003;米国特許第7,629,162号及び第8,426,191号)。Dequin及びBarre(1994)は、L-LAC又はD-LACのいずれも自然には生産しない酵母サッカロミセス・セレビシエを操作して、L-乳酸デヒドロゲナーゼを導入し、L-LACを生産するという概念を導入したが、酵母は依然としてエタノールを生産した。Porroら(1995)は、L-LACデヒドロゲナーゼを導入し、ピルビン酸デカルボキシラーゼをコードする1つ以上の遺伝子を削除してエタノール経路を遮断することにより、酵母からエタノールのないL-LACを生産する概念を拡張した。Porroらはまた、クリベロミセス(Kluyveromyces)、トルロプシス(Torulopsis)、及びザイゴサッカロミセス(Zygosaccharomyces)等のサッカロミセス以外の属からの酵母を使用する概念を導入した(米国特許第6,429,006号B1、第7,049,108号B2及び第7,326,550号)。Rajgarhiaらは、グリセロール生合成経路を遮断し、L-LACの生産に、クリベロミセス、ピキア(Pichia)、及びハンセヌラ(Hansenula)を含むサッカロミセス以外の属からのクラブツリー陰性酵母を使用するという概念を導入した(米国特許第6,485,947号及び第7,141,410号)。
【0012】
クラブツリー陽性酵母株(例えば、多くのS.セレビシエ株)は、グルコース又は他の適切な糖等の発酵性炭素源から、糖の濃度が約5g/Lを超え空気酸素が存在していたとしても、「嫌気性」又は「発酵性」経路によってエタノール及び二酸化炭素を生産する株である。クラブツリー陰性酵母株(例えば、多くのK.マルキシアヌス(K. marxianus)及びK.ラクティス(K. lactis)株)は、グルコース又はその他の適切な糖等の発酵性炭素源から、糖の濃度が約5g/Lを超え空気酸素の存在下で、「嫌気性」又は「発酵性」経路によってエタノール及び二酸化炭素を生産しない株である。
【0013】
株がクラブツリー陽性であるか陰性であるかは、2%グルコースを含むリッチ培地に浸した倒立ダーラム管を使用し、好気性インキュベーション後の倒立ダーラム管内のガス(二酸化炭素)の蓄積を決定するvan Dijkenの方法によって決定できる(van Dijkenら、1986)。クラブツリー陽性株はガスを生産し、倒立ダーラム管にガスが明白に集まる一方で、クラブツリー陰性株は集まらない。
【0014】
操作された酵母による低pHでのD-LAC生産のトピックに関する開示はわずかしかない。「低pH」は、D-乳酸又はL-乳酸について公表されているpKaより低いpHと定義され、3.86である。Winklerは、酵母を使用したD-乳酸を生産する概念を導入し、操作されたS.セレビシエ株を用いて37g/L D-LACを平均比生産性0.54g/L-時間でD-LAC生産することを示した(米国特許出願公開第2007/0031950号)。Millerらは、操作されたK.マルキシアヌス株から、90g/Lのグルコースで始めて最終pH 3.0となる培地から、0.58g/L-時間の比生産性及び0.69g/gの収率でD-LACを生産したが、力価と時間は与えられておらず、全てのグルコースが使用されたと推測して、最大力価は62g/L、発酵時間は少なくとも107時間であると推論するのみであり、加えたKOH溶液の容量にも依存する(米国特許第8,137,953号)。Yocumらは、平均比生産性が1.02g/L-時間で、48時間で49g/LのD-LACを生産したK.マルキシアヌスの操作された株を開示している(米国特許出願番号2015/0240270)。しかしながら、先行技術のいずれも、経済的に魅力的であろう最終発酵ブロスにおける低pHでのD-LACを生産するための株及び方法を開示していない。
【0015】
Baekら(2016)は、0.80g/gのグルコースの収率、及び2.2g/L-時間の比生産性で、52時間で112g/LのD-LACを生産したS.セレビシエの操作された改良株を開示している。しかしながら、これらのパラメーターを達成するために、著者らはリッチ培地、YPD(酵母エキス、ペプトン、デキストロース)、及び中和のために炭酸カルシウムを使用したが、どちらも望ましくない特徴である。リッチ培地は先行のコストがかかり、下流の精製コストを増加させる。中性pHでの発酵は、生産生物として酵母を使用する利点がなくなる。同じグループ(Baekら、2017)は、55時間で0.83g/gのグルコースの収率、1.50g/L-時間の比生産性、pH3.5で82.6g/LのD-LACを生産するS.セレビシエのさらなる操作された改良株を開示している。しかしながら、痕跡量のエタノールが依然として生産され、リッチ培地、(酵母エキス、ペプトン、デキストロースを含むYPD培地)が使用されており、これは、上述のように、経済的理由から望ましくない。別の韓国グループ(PCT/KR2015/006225; Baeら、2018)は、炭素源としてグルコース又はエルサレムアーティチョークパウダーを使用して、操作されたK.マルキシアヌス株からL-LAC又はD-LACを生産することを開示している。L-LACは66時間で0.98の収率で130g/L生産された。D-LACは66時間で0.95の収率で122g/L生産された。しかしながら、どちらの場合も、NaOHを用いてpHを6.0に維持し、細胞をリッチ培地(酵母エキス、ペプトン、デキストロースを含むYPD培地)で高密度まで事前に成長させ、生産用発酵槽に接種する前に遠心分離により濃縮した。この方法は非実用的で、高価すぎて商業的に使用できない。更に、上述のように、乳酸のpKaよりも実質的に高いpHで発酵すると、酵母を使用する利点がなくなる。Kimら(米国特許第9,353,388号)は、S.セレビシエにおいてJEN1及びADY2によりコードされた乳酸輸送体の過剰発現を開示しているが、報告された最高のL-LAC力価は13.3g/Lであり、発酵条件の詳細は与えられていない。本特許出願のTable 1(表1)では、最終pHが乳酸の公開されたpKa以下である酵母株を用いた発酵によりL-LAC及びD-LACを生産する最良の公開方法を列挙することにより、最も関連する先行技術文献を要約する。
【0016】
石油から生産される化学物質と競争力のあるコストでの発酵による商品化学物質の生産は困難である。石油化学産業は100年以上にわたって活発であり、現在、エチレン、プロピレン、ブタジエン、イソプレン、エチレングリコール、テレフタル酸、アジピン酸、ヘキサメチレンジアミン、カプロラクタム、及び他の多く等のポリマーの燃料やモノマーを含む、有用な化学物質を大規模に生産するための高度に発達した技術が存在する。歴史的に、発酵によって生産された商品化学物質はほとんどなく、大量容量の例はエタノール、L-LAC、クエン酸、コハク酸、イタコン酸、及び2、3のL-アミノ酸のみである。発酵による化学物質の生産には、非常に重要な問題が3つある。第1に、生産物はほとんどが水に含まれており、目的の化学物質から水を分離する必要があるが、これはエネルギー集約的でコストが高い。第2に、化学物質を重合に使用する場合、連鎖停止、望ましくない着色、及び触媒被毒を防ぐため、化学物質は高度に純粋でなければならない。微生物は通常、目的の生産物に加えて幅広く多様な化学物質を生産するため、これらの不要な汚染物質を精製除去する必要がある。多くの微生物は、例えば、(最小又は化学的に定義された培地とは反対に)糖蜜、ペプトン、エルサレムアーティチョークパウダー、又は酵母エキス等、多くの栄養素を含むリッチ培地でよりよく増殖するが、リッチ培地は比較的高価であり、発酵ブロスに残る多くの不純物が含まれているため、同様に精製する必要がある。第3に、経済学的に魅力的とされる力価では、望ましい化学物質は通常、細胞に毒性があり、力価と生産性が制限される。したがって、発酵によって商品化学物質を有利に生産することは非常に難しい。
【0017】
遺伝子操作技術の出現により、古来の株開発法を使用した過去よりもはるかに簡便かつ大幅に生産微生物を操作できるため、より多くの商品化学物質を有利に生産できるようになったように思われる。しかしながら、実際には、遺伝子操作技術の出現以来、わずかな新しい化学物質、例えば1,3-プロパンジオールが、商業規模での生産に成功しているのみである。他のいくつかの化学物質も試みられてきたが、主に石油化学製品との価格競争のため、例えば、コハク酸、イソプレン、1,4-ブタンジオール、及びイソブタノール等、ほとんどが限定的な成功でしかない。
【0018】
したがって、上述の無数の問題が、経済的に魅力的な方法を商業化することができる点まで解決されているような、D-LAC及びL-LAC等の商品化学物質を生産するための、改善された微生物及び発酵方法が依然として必要である。本発明の焦点は、そのような微生物及び発酵方法を提供することである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【文献】米国仮出願第62/631,541号
【文献】米国特許出願公開第2015/0152449号
【文献】米国特許第7,629,162号
【文献】米国特許第8,426,191号
【文献】米国特許第6,429,006号B1
【文献】米国特許第7,049,108号B2
【文献】米国特許第7,326,550号
【文献】米国特許第6,485,947号
【文献】米国特許第7,141,410号
【文献】米国特許出願公開第2007/0031950号
【文献】PCT/KR2015/006225
【文献】米国特許第9,353,388号
【非特許文献】
【0020】
【文献】Tsuji、2005、Macromol.Biosci. 5(7):569-597
【文献】Zhouら、2003、Environ.Microbiol. 69(1): 399-407
【文献】Sauerら、2010、Biotechnol. Genetic Engineer. News 27 (1) 229-256
【文献】Dequin及びBarre(1994)、Biotechnology (N.Y.) 12(2): 173-177
【文献】Porroら(1995)、Biotechnol. Prog. 11(3) 294-298
【文献】Baekら(2016)、Nicrorbiol. Biotechnol. 100 (6) 2737-2748
【文献】Baeら、2018、J Biotechnol. 266:27-33
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
本発明は、概して、経済的に魅力的な方法をもたらす力価、収率、pH及び時間での発酵によるD-乳酸及び/又はL-乳酸の生産に関する。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明の発明者らは、ステレオコンプレックスPLAが広く採用されるためには、L-LACの現在価格の2倍以下の価格でD-LACを販売する必要があると考えている。価格が時間、場所、量、及び純度に依存して大きく異なるため、L-LACの特定の販売価格を取り上げることは不可能であるが、D-LACは、0.75g/gを超える収率、及び3.86未満のpH、1.875g/L-時間を超える平均比生産性で、48時間未満に、90g/Lを超えて生産される必要があるだろう。本明細書に開示されるのは、これらのパラメーターを満たす株及び発酵方法であり、そのような株又は方法は先行技術に開示されていない。
【0023】
先行技術は、酸を輸送して酸を細胞外に保持するために、細胞が全ての利用可能なエネルギー(例えば、ATPの形態の)を消費しなければならないため、嫌気性又は微好気性条件下で高収率及び低pHでの発酵によってD-LAC等の有機酸を生産することは理論的に不可能であることを開示している(van Marisら、2004)。したがって、本発明者らが微好気性条件下で高力価及び低pHでD-LACを生産できる酵母株を構築できたことは驚くべきことであった。
【0024】
他に定義されていない限り、本明細書で使用される全ての技術及び科学用語は、当業者によって一般に理解されるものと同じ意味を有する。本明細書に記載のものと同様又は同等の方法及び材料を本発明の実施又は試験に使用することができるが、適切な方法及び材料を以下に記載する。言及された全ての出版物、特許出願、特許、及びその他の参考文献は、参照によりその全体が本明細書に組み込まれる。矛盾する場合は、本特許出願で提供される定義を含む明細書が優先される。
【0025】
本発明の他の特徴、構造、構成要素、又は特性、並びに利点は、本発明の記載から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】K.マルキシアヌス株SD98からKmURA3遺伝子を削除するために使用されるカセットを含む、プラスミドpMS52の構造を示す図である。
図2】K.マルキシアヌス株SD98のPDC1遺伝子座にldhA遺伝子カセットを導入するために使用されるカセットを含む、プラスミドpSD100 ldhAの構造を示す図である。
図3】K.マルキシアヌス株SD98のGPP1遺伝子座にldhA遺伝子カセットを導入するために使用されるカセットを含む、プラスミドpSD95 ldhAの構造を示す図である。
図4】K.マルキシアヌス株SD98のPCK1遺伝子座にldhA遺伝子カセットを導入するために使用されるカセットを含む、プラスミドpSD104-PCK1の構造を示す図である。
図5】K.マルキシアヌス株SD98のNDE1遺伝子座にldhA遺伝子カセットを導入するために使用されるカセットを含む、プラスミドpSD104-NDE1の構造を示す図である。
図6】K.マルキシアヌス株のdelta-KmURA3遺伝子座にKmURA3遺伝子を再導入するために使用される、K.マルキシアヌス株SD98の野生型KmURA3遺伝子並びにURA3遺伝子の1033bp上流隣接配列及び1046bp下流隣接配列を含むプラスミドPCR産物の構造を示す図である。
図7】BioLector発酵におけるK.マルキシアヌスのSD1555及びSD1566株によるD-乳酸及びピルビン酸の生産を示す図である。
図8】コンピューター制御7リットル発酵槽における、時間の関数としてのK.マルキシアヌスのSD1555及びSD1566株による、D-乳酸及びピルビン酸の生産を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
ここで、本開示の様々な非限定的な実施形態を本明細書に記載し、添付の図面に図示する。当業者は、1つの非限定的な実施形態に関連して記載又は図示された特徴、構造、構成要素、又は特性が、1つ又は複数の他の非限定的な実施形態の特徴、構造、構成要素、又は特性と組み合わされ得ることを理解するであろう。そのような組み合わせは、本開示の範囲内に含まれることが意図される。当業者はまた、1つ又は複数の非限定的な実施形態に関連して記載又は図示された特徴、構造、構成要素、又は特性が、本発明の範囲及び精神から逸脱することなく修正又は変更できることを理解するであろう。
【0028】
本発明の理解を容易にするために、用語の説明を以下に提供する。
【0029】
命名法に関して、細菌の遺伝子又はコーディング領域は通常、イタリック体の小文字で名前が付けられるが(例:大腸菌の「ldhA」)、その遺伝子によってコードされる酵素又はタンパク質は、最初の文字を大文字にしてイタリック体を含まない同じ文字で名前を付けることができる(例:「LdhA」)。酵母の遺伝子又はコーディング領域は通常、例えば「PDC1」のようにイタリック体の大文字で名前が付けられるが、遺伝子によってコードされる酵素又はタンパク質は、最初の文字を大文字にしてイタリック体ではない同じ文字で名前を付けることができ、例えば、「Pdc1」又は「Pdc1p」等であり、ここで、後者は、酵素又はタンパク質を指定するために酵母で使用される慣習の例である。「p」は、指定された遺伝子によってコードされるタンパク質の略語である。酵素又はタンパク質は、例えば、上記の2つの例をそれぞれ参照して、D-乳酸デヒドロゲナーゼ(ldhA/LdhA)又はピルビン酸デカルボキシラーゼ(PDC1/Pdc1)等、より記述的な名前で参照することもできる。特定の触媒活性を有する酵素の一例をコードする遺伝子又はコーディング領域は、歴史的に異なる起源、機能的に冗長な遺伝子、異なるように調節された遺伝子、又は遺伝子が異なる種に由来するため、いくつかの異なる名前を持つことがある。例えば、グリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼをコードする遺伝子は、GPD1、GDP2、又はDAR1、並びに他の名前で命名され得る。特定の遺伝子が由来する生物を特定するために、遺伝子名の前に属と種を示す2つの文字で始めることができる。例えば、KmURA3遺伝子はクリベロミセス・マルキシアヌス(Kluyveromyces marxianus)に由来し、ScURA3遺伝子はサッカロミセス・セレビシエに由来する。
【0030】
乳酸の全ての異性体及び乳酸類似体は、プロトン化酸(遊離酸としても知られている)又はイオン化塩として、固体、液体、又は溶液の形態で存在し得ることに注意されたい。水溶液では、プロトン化型とイオン型の両方が平衡状態で共存する。そのような化合物の全ての形態を参照するのは面倒であるため、酸の形態又は塩の形態(例えば、D-乳酸(D-LAC)又はβ-クロロ乳酸)のいずれかの言及には全ての形態又は全ての形態の混合物が含まれる。
【0031】
本発明の理解を容易にするために、いくつかの用語を以下に定義し、他は本明細書の他所で見出される。
【0032】
「酵母」は、いくつかの条件下で、単一細胞状態で増殖することができる任意の真菌生物を意味する。いくつかの酵母株はまた、飢餓下等のいくつかの条件下で、菌糸状態又はシュードヒファル(すなわち、短い菌糸)状態で成長することができる。特に、酵母には、サッカロミセス属、クリベロミセス属、イサッチェンキア(Issatchenkia)属、ピキア属、ハンセヌラ(Hansenula)属、カンジダ属、ヤロウィア(Yarrowia)属、ザイゴサッカロミセス属、シゾサッカロミセス属、及びラカンセア(Lachancea)属の生物が含まれるが、これらに限定されない。
【0033】
「カセット」又は「発現カセット」は、宿主生物に導入された場合、1つ若しくは複数の所望のタンパク質若しくは酵素をコード及び生産するか、又は除去若しくは低減することができるデオキシリボース核酸(DNA)配列を意味する。タンパク質又は酵素を生産するためのカセットは、典型的には、少なくとも1つのプロモーター、少なくとも1つのコード配列、及び場合により少なくとも1つのターミネーターを含む。発現される遺伝子が異種又は外因性である場合、プロモーター又はターミネーターが由来する天然遺伝子との二重組換えを防ぐために、プロモーター及びターミネーターは、通常、2つの異なる遺伝子又は異種遺伝子に由来する。カセットは、任意選択及び好適に、カセットが染色体又はプラスミドとのいずれかと共に宿主生物と相同組換えを受けることができるように、宿主生物のDNA配列と相同である一端又は両端に1つ又は2つの隣接配列を含むことができ、その結果、カセットが前記染色体又はプラスミドへ組み込まれる。片端のみが隣接した相同性を含む場合、環状フォーマットのカセットは、隣接配列での単一の組換えによって組み込むことができる。カセットの両端に隣接した相同性を含む場合、線形又は環状フォーマットのカセットは、取り囲む隣接部位との二重組換えによって組み込むことができる。カセットは遺伝子操作によって構築することができ、例えば、コード配列は非天然プロモーターから発現されるか、又は天然に付随するプロモーターを使用することができる。カセットはプラスミドに組み込むことができ、それは環状であってもよく、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)、プライマー伸長PCR、又はインビボ又はインビトロの相同組換えによって作成された線形DNAであってもよい。カセットは、カセットが染色体又はプラスミドに組み込まれた後、選択マーカーが直接反復間の相同組換えによって削除されるように、組み込み時に約30塩基対以上の直接反復配列で囲まれた選択マーカー遺伝子又はDNA配列を含むように設計できる(組み込まれた選択可能な遺伝子の両端に存在する同じ方向の同じ配列)。有用な選択マーカー遺伝子には、抗生物質G418耐性(kan又はkanR)、ハイグロマイシン耐性(hyg又はhygR)、ゼオシン耐性(zeo又はzeoR)、ナチュリシン耐性(nat又はnatR)、URA3、TRP1、TR
P5、LEU2、及びHIS3が含まれるが、これらに限定されない。生合成遺伝子が選択マーカーとして使用されるために、宿主株はもちろん、対応する遺伝子の変異、好ましくはヌル変異を含まなければならない。抗生物質耐性遺伝子の場合、耐性遺伝子は通常、選択が可能になるように宿主酵母株で十分に機能するプロモーターが必要である。発現が望まれる遺伝子はカセットの形態で宿主株に導入することができるが、遺伝子、例えば開始コドンから終止コドンまでのコード配列は、プロモーター又はターミネーターなく宿主染色体又はプラスミドに入ってくるコード化配列が、宿主株に固有の遺伝子のコード配列を正確に、又はおよそ置き換えるように組み込むことができ、これにより、組み込み後、入ってくるコーディング領域は、入ってくるコード配列によって置き換えられた宿主のコード配列の残りのプロモーターから発現される。
【0034】
「D-乳酸デヒドロゲナーゼ」は、ピルビン酸からのD-乳酸の形成を触媒する任意の酵素を意味する。「L-乳酸デヒドロゲナーゼ」は、ピルビン酸からのL-乳酸の形成を触媒する任意の酵素を意味する。これらの反応のいずれかに必要な還元等価物は、NADH、NADPH、又は他の還元等価ドナーから供給されてもよい。
【0035】
「ギブソン法」とは、末端に短い(約15~40塩基対)重複する相同性を有する2つ以上の線状DNA断片を結合する方法を意味する。この方法は、合成線状DNAフラグメント、PCRフラグメント、又は制限酵素によって生成されたフラグメントからプラスミドを構築するために使用できる。例えば、NEBuilder(登録商標)キット(New England BioLabs社、Ipswitch、Massachusetts、USA)等のキットは、ギブソン法を実行するために購入でき、製造業者の指示に従って使用できる。
【0036】
「形質転換体」は、線形又は環状のいずれかの、自律的に複製するかしないかのいずれかの、宿主又は親株への、所望のDNA配列の導入から生じる細胞又は株を意味する。
【0037】
「力価」は、発酵ブロス中の化合物の濃度を意味し、通常はグラム/リットル(g/L)又は%重量/容量(%)として表される。力価は、外部標準及び、任意選択で内部標準から作成される標準曲線を用いて、定量分析クロマトグラフィー、例えば高圧液体クロマトグラフィー(HPLC)又はガスクロマトグラフィー(GC)等の任意の適切な分析方法によって決定される。
【0038】
「収率」は、発酵中に使用される炭素源のグラムあたりの生産物のグラムを意味する。これは通常、力価、最終的な液体量、及び供給された炭素源の量に基づいて計算され、最終的な量は、サンプリング、供給、及び/又は蒸発された量に対して補正される。通常、グラム/グラム(g/g)又は%重量/重量(%)で表される。
【0039】
「時間」とは、通常は時で測定される、接種から発酵におけるサンプリング又は収穫までの経過時間を意味する。
【0040】
「比生産性」とは、一定時間内に一定容量の発酵ブロスで生産された生産物のグラムでの生産物形成率を意味し、典型的には、1リットル-時間あたりのグラム数(g/L-時間)で表される。「平均比生産性」とは、接種からサンプリング又は収穫までの全体の発酵を期間とする比生産性を意味する。比生産性は、初期増殖期及びその後のステージの平均より低いため、平均比生産性は発酵の中間での比生産性よりも低い。最終的な力価を収穫時の時間数で割ることにより、平均比生産性を計算できる。測定の期間が明示的に示されていなくとも、いくつかの公開された比生産性は、明らかに平均比生産性ではないことに留意されたい(いくつかの例についてTable 1(表1)を参照)。
【0041】
「pKa」は、典型的には、イオン又は塩の形態である溶液中の酸が、共役塩基状態で半分になるpHを意味する。正確なpKaは、温度、濃度、及び他の溶質の濃度によって多少変化し得るものの、L-LAC及びD-LACのpKaは3.78から3.86であると公開されている。乳酸の場合、共役塩基状態は乳酸イオンなので、pKaは、乳酸イオンの濃度がプロトン化又は「遊離酸」状態の濃度と等しくなるpHである。pKaは、酸-塩基滴定を実行し、滴定曲線の中間点をとる周知の方法により測定することができる。当業者は、水溶液において、D-乳酸が、プロトン化酸の形態及びイオン化塩(すなわち、共役塩基)の形態の2つの形態である程度存在することを理解するであろう。したがって、文脈に依存して、「D-乳酸」、「D-乳酸」、及び「D-LAC」という用語は、1つの形態又は2つの形態の混合物のいずれかを意味し得る。特に、力価及び収率を議論する場合、両方の形態の合計が含まれることを意味するが、遊離酸単位で表され、換言すると、力価及び収率は、存在する塩の形態が遊離酸の形態に変換されたかのように表される。
【0042】
「異種」は、天然ではないか又は生物において天然に見出されないが、形質転換、交配、又は形質導入等の遺伝子操作によって生物に導入することができる、遺伝子又はタンパク質を意味する。異種遺伝子は、染色体に組み込む(すなわち、挿入又は導入する)か、プラスミドに含めることができる。「外因性」という用語は、形質転換、交配、形質導入、又は突然変異誘発等の遺伝子操作によって、活性を増加、減少、又は排除する目的で、生物に導入又は変更させた遺伝子又はタンパク質を意味する。外因性の遺伝子又はタンパク質は異種である場合もあり、又は宿主生物に固有であるが、1つ又は複数の方法、例えば、染色体又はプラスミド内の突然変異、欠失、プロモーターの変更、ターミネーターの変更、重複、又は1つ若しくは複数の追加コピーの挿入によって変更された遺伝子又はタンパク質であり得る。したがって、例えば、DNA配列の2番目のコピーが、本来の部位とは異なる染色体の部位に挿入された場合、2番目のコピーは外因性であろう。
【0043】
「プラスミド」は、染色体よりも実質的に小さく、微生物の1つ又は複数の染色体とは分けられており、1つ又は複数の染色体とは別個に複製する環状又は線状DNA分子を意味する。プラスミドは、細胞あたり約1コピー、又は細胞あたり複数のコピーで存在できる。微生物細胞内でプラスミドを維持するには、通常、例えば抗生物質耐性遺伝子を使用したり、染色体栄養要求性を補完したりして、プラスミドの存在を選択する培地での増殖が必要である。しかしながら、例えば、多くのサッカロミセス株における2ミクロンサークルプラスミドのようないくつかのプラスミドは、安定な維持のために選択圧を必要としない。
【0044】
「染色体」又は「染色体DNA」は、プラスミドより実質的に大きい線状又は環状DNA分子を意味し、通常、抗生物質又は栄養の選択を必要としない。本発明において、酵母人工染色体(YAC)は、異種及び/又は外因性遺伝子を導入するためのベクターとして使用され得るが、維持のための選択圧を必要とする。
【0045】
「過剰発現」とは、遺伝子又はコーディング領域によってコードされる酵素又はタンパク質を、宿主微生物の野生型バージョンにおいて同じ又は同様の増殖条件下で見られるレベルよりも高いレベルで宿主微生物において産生させることを意味する。これは、例えば、次の方法の1つ以上によって実現できる:より強力なプロモーターの導入、より強力なリボソーム結合部位の導入、ターミネーター若しくはより強力なターミネーターの導入、コーディング領域の1つ若しくは複数の部位でのコドン選択の改善、mRNAの安定性の向上、又は染色体に複数のコピーを導入するか、カセットをマルチコピープラスミドに配置することによる遺伝子のコピー数の増加。過剰発現された遺伝子から生産された酵素又はタンパク質は、「過剰生産された」と言われる。過剰発現されている遺伝子又は過剰生産されているタンパク質は、宿主微生物に固有のものであるか、又は遺伝子操作法により異なる生物から宿主微生物に移植されたものであり得、その場合、酵素又はタンパク質、及び酵素又はタンパク質をコードする遺伝子又はコーディング領域は、「外来」又は「異種」と呼ばれる。外来又は異種の遺伝子及びタンパク質は、天然、野生型、親又は前駆体宿主生物には存在しないため、定義により過剰発現及び過剰生産される。
【0046】
「ホモログ」とは、別の遺伝子、DNA配列、又はタンパク質と同様の生物学的機能を行い、配列比較のためのBasic Local Alignment Search Tool(BLAST)コンピュータープログラム(Altschulら、1990;Altschulら、1997)によって決定されるように、前記別の遺伝子、DNA配列、又はタンパク質と少なくとも25%の配列同一性(タンパク質配列を比較する場合、又は遺伝子配列に由来するタンパク質配列を比較する場合)を有する遺伝子、DNA配列、又はタンパク質を意味し、削除及び挿入を許容する。K.マルキシアヌスPDC1遺伝子のホモログの例は、S.セレビシエのPDC1遺伝子である。
【0047】
「類似体」とは、別の遺伝子、DNA配列、又はタンパク質と同様の生物学的機能を行い、配列比較のためのBLASTコンピュータープログラム(Altschulら、1990;Altschulら、1997)によって決定されるように、前記別の遺伝子、DNA配列、又はタンパク質と25%未満の配列同一性(タンパク質配列を比較する場合、又は遺伝子配列に由来するタンパク質配列を比較する場合)を有する遺伝子、DNA配列、又はタンパク質を意味し、削除及び挿入を許容する。K.マルキシアヌスGpd1タンパク質の類似体の例は、K.マルキシアヌスGut2タンパク質であるが、どちらのタンパク質も同じ反応を触媒する酵素であるが、2つの酵素又はそれぞれの遺伝子間に有意な配列相同性がないためである。当業者は、特定の生物学的機能を有する多くの酵素及びタンパク質(直前の例では、グリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼ)が、ホモログ又は類似体のいずれかとして、多くの異なる生物において見出され得ることを知っている。そのような酵素又はタンパク質のファミリーのメンバーは、わずかに又は実質的に構造が異なるものの、同じ機能を共有するからである。同じファミリーの異なるメンバーは、多くの場合、現在の遺伝子操作法を使用して、同じ生物学的機能を行うために使用できる。したがって、例えば、D-乳酸デヒドロゲナーゼをコードする遺伝子は、任意の多くの異なる生物から得ることができる。
【0048】
「変異」とは、天然又は親のDNA配列からの任意の変化、例えば、反転、重複、1つ又は複数の塩基対の挿入、1つ又は複数の塩基対の削除、中途での終止コドンを作成する塩基変化をもたらす点変異、又はその位置でコードされたアミノ酸を変更するミスセンス変異を意味する。「ヌル変異」とは、遺伝子の機能を効果的に排除する変異を意味する。コーディング領域の完全な削除はヌル変異となるが、1塩基の変化もまたヌル変異をもたらす可能性がある。「変異体」、「変異株」、「変異酵母株」、又は「変異した」株は、天然、野生型、親又は前駆体株と比較したときに1つ又は複数の変異を含む株を意味する。
【0049】
「機能を排除又は減少させる変異」という語句は、例えば、mRNAレベル、タンパク質濃度、又は株の特定の酵素活性等、アッセイ可能なパラメーター又は出力が測定され、変異していない親株のものと比較した場合、遺伝子、タンパク質、又は酵素のアッセイ可能なパラメーター又は出力を低下させるあらゆる変異を意味する。そのような変異は、好ましくは欠失変異であるが、機能の所望の排除又は減少を達成する任意のタイプの変異であり得る。
【0050】
「強力な構成的プロモーター」は、典型的には、RNAポリメラーゼによって転写されるDNA配列又は遺伝子の上流(従来の5'から3'の方向で描写した場合、遺伝子の5'側)にあるDNA配列を意味し、それにより、前記DNA配列又は遺伝子が、任意の適切なアッセイ手順によって直接又は間接的に容易に検出されるレベルで、RNAポリメラーゼによる転写によって発現される。適切なアッセイ手順の例には、定量的逆転写酵素プラスPCR、コード化された酵素の酵素アッセイ、クーマシーブルー染色タンパク質ゲル、又は前記転写の結果として間接的に生産される代謝物の測定可能な生産が含まれ、そのような測定可能な転写は、転写レベルを特異的に調節するタンパク質、代謝物、又は誘導化学物質の有無に関係なく発生する。周知の方法を使用することにより、強力な構成的プロモーターを使用して、本来のプロモーター(そうでなければDNA配列又は遺伝子の上流に天然に存在するプロモーター)を置き換えることができ、その結果、プラスミド又は染色体のいずれかに配置させることができ、本来のプロモーターからのレベルよりも高いレベルで所望のDNA配列又は遺伝子の発現レベルを提供する発現カセットをもたらす。強力な構成的プロモーターは、種又は属に特異的であり得るが、多くの場合、酵母由来の強力な構成的プロモーターは、遠縁の酵母でもうまく機能する。例えば、アシュビャ・ゴシピイ(Ashbya gossypii)のTEF1(翻訳伸長因子1)プロモーターは、K.マルキシアヌスを含む他の多くの酵母属でうまく機能する。
【0051】
「微好気性」又は「微好気性発酵条件」とは、発酵槽への空気の供給が、1分あたりの液体ブロスの体積あたりの空気の体積が0.1未満(vvm)であることを意味する。
【0052】
「化学的に定義された培地」、「最小培地」、又は「ミネラル培地」は、窒素、硫黄、マグネシウム、リン(場合によってはカルシウムや塩化物)、ビタミン(必要な場合、又は微生物の増殖を促進する場合)、純粋な砂糖、グリセロール、エタノール等1つ以上の純粋な炭素源、微生物が成長するために必要な、又は促進させる微量金属(鉄、マンガン、銅、亜鉛、モリブデン、ニッケル、ホウ素、コバルト等)、及び任意選択でベタインとしても公知のグリシンベタイン等の浸透圧保護剤を提供するミネラル塩(例えば、ナトリウム、カリウム、アンモニウム、マグネシウム、カルシウム、リン酸塩、硫酸塩、塩化物等)の精製化学物質で構成された任意の発酵培地を意味する。任意選択の浸透圧保護剤とビタミンを除いて、そのような培地には、顕著な量の発酵する微生物の増殖に必須ではない栄養素又は複数の栄養素の混合物は含まれていない。そのような培地には、酵母エキス、ペプトン、タンパク質加水分解物、糖蜜、ブロス、植物エキス、動物エキス、微生物エキス、ホエイ、エルサレムアーティチョークパウダー等の顕著な量の豊富又は複合的な栄養素混合物が含まれていない。発酵による商品化学物質の生産については、所望の化学物質の単純な蒸留による精製が経済的に魅力のない選択であるところ、通常、最小培地はより安価であって、発酵の最終での発酵ブロスには通常、所望の化学物質から精製する必要がある低濃度の不要な汚染化学物質が含まれているため、最小培地はリッチ培地よりも好ましい。
【0053】
「発酵生産培地」とは、微生物を成長させて所望の生産物(例えば、D-LAC又はL-LAC)を生産する方法において、1つ又は複数のタンク、容器、若しくは発酵槽を一連に含む最後のタンク、容器、又は発酵槽で使用される培地を意味する。D-LACやL-LAC等の発酵による商品化学物質の生産について、大規模な精製が必要又は望ましいところ、しばしば、最小培地はより安価であって、発酵終了時の発酵ブロスには通常、所望の化学物質から精製する必要がある低濃度の不要な汚染化学物質が含まれているため、最小培地である発酵生産培地がリッチ培地よりも好ましい。そのような発酵では、豊富な栄養素の濃度を最小限に抑えることが一般に好ましいが、場合においては、方法の全体が、発酵生産培地とは異なる培地で接種培養物を増殖させること、例えば、1つ又は複数の豊富な成分を含む培地で培養した比較的に少量(通常は、発酵生産培地の容量の10%以下)の接種培養物を増殖させることが有利である。接種培養物が生産培養物と比較して少ない場合、接種培養物の豊富な成分は、それらが所望の生産物の精製を実質的に妨害しない点まで発酵生産培地に希釈することができる。発酵生産培地には、通常、糖、グリセロール、脂肪、脂肪酸、二酸化炭素、メタン、アルコール、又は有機酸である炭素源を含めなくてはならない。米国中西部等の一部の地理的場所では、D-グルコース(ブドウ糖)は比較的安価であり、したがって炭素源として有用である。酵母による乳酸生産に関するほとんどの先行技術の刊行物は、炭素源としてデキストロースを使用している。しかしながら、ブラジル及び東南アジアの大部分等、一部の地理的な場所では、スクロースの方がデキストロースよりも安価であるため、これらの地域ではスクロースが好ましい炭素源である。
【0054】
「最終pH」とは、発酵が完了したと見なされ、発酵が停止し、ブロスが収穫される、発酵終了時の発酵ブロスのpHを意味する。乳酸発酵の最終pHが乳酸のpKa未満であることが好ましいが、pHが急激に下がるか、低すぎるように終了することを防ぐために、「塩基」(アルカリ性物質)の添加によって発酵中のpHを制御することも好ましい。「塩基」は、溶液、懸濁液、スラリー、又は固体の形態であり得る。「塩基」は、ナトリウム、アンモニウム、カリウム、マグネシウム、又はカルシウムの水酸化物、酸化物、炭酸塩、又は重炭酸塩であり得る。乳酸の生産において、好ましい塩基は、水酸化カルシウム又は粉末水酸化カルシウムのスラリーであり、これは発酵ブロスにおいてプロトン化酸形態と混合したいくらかの乳酸カルシウムの形成をもたらす。発酵の終了時に得られる発酵ブロスを硫酸で処理することができ、これにより硫酸カルシウム(石膏)が沈殿し、カルシウムの除去に役立ち、プロトン化形態で存在する乳酸の割合が増加する。pHを制御するための塩基の供給は、手動で行うことができるか、手動又は発酵容器に浸漬されたpHプローブを介して継続的に監視することによって取得できるpH測定によって指令される自動制御ポンプ又はオーガー(auger)によって行うことができる。
【0055】
本発明の理解を容易にするために、様々な遺伝子を以下のTable 2(表2)に列挙する。本発明で使用されるプラスミド及び外因性遺伝子の配列情報を以下のTable 3(表3)に列挙する。
【0056】
先行技術(上記)は、D-LACを生産するいくつかの遺伝子操作酵母を開示しているが、上述したように、公開パラメーターはいずれも、経済的に魅力的な方法に必要なものに近づいていない。更に、D-LACは一般にL-LACよりも生物に対してより有毒なため、株を開発するための手法とアプローチ、及びL-LACを生産するための方法は、D-LACを生産するための手法とアプローチに直接適用できるとは想定できない。
【0057】
K.マルキシアヌス株を37℃で増殖し、-80℃で20~40%グリセロール中に保存した。K.マルキシアヌスの形質転換は、培養液が酸性になりすぎるのを防ぐために形質転換コンピテント細胞を作るための増殖培地を変更する改変とともにAbdel-Banatら(2010)の「遺伝子ターゲッティングのための形質転換プロトコル」法によって行われた。コンピテント細胞を作成するための増殖培地には、1リットルあたり10g酵母エキス、20ペプトン、3gグルコース、及び20gグリセロールを含めた。
【0058】
DNAカセットは、合成「gブロック」DNA配列(Integrated DNA Technologies社、Woodland、Texas、USA)、高忠実度PCR、制限酵素、DNAリガーゼ、及びNEBuilderキットを使用するギブソン法(New England BioLabs社、Ipswitch、Massachusetts、USA)を含む、当業者に周知の標準的なDNA操作方法を使用して、大腸菌DH 5アルファ株(New England BioLabs社、Ipswitch、Massachusetts、USA)中のプラスミドで構築された。
【0059】
組み込みのためのカセットの一般設計は、以下の特徴を次の順序で有する:(1)標的遺伝子座への上流相同性、(2)強力な構成的プロモーター、(3)発現されるコーディング領域、(4)ターミネーター、(5)標的遺伝子座の下流への相同性、(6)選択(及び任意選択でカウンター選択)マーカー遺伝子、及び(7)標的遺伝子座の中間配列への相同性。マーカー遺伝子の選択は、標的遺伝子座の上流相同性と中間相同性の間の組み込みを引き起こす。正しい組み込みを含む形質転換体は、正しい予測サイズの上流及び下流のジャンクションフラグメントの両方を示す診断PCRによって判定される。例えばURA3遺伝子に対するカウンター選択は、組み込みカセットのすぐ下流で起こるカセットの下流相同性成分と同じ染色体配列との組換えによって、選択及びカウンター選択マーカーURA3遺伝子及び中間相同性配列のループアウトを引き起こす。標的遺伝子座を付随的な挿入なく削除することを意図している場合、上記の一般設計の「(2)強力な構成的プロモーター、(3)発現されるコーディング領域、(4)ターミネーター」部分は省略される。
【実施例
【0060】
本発明を更に説明するために以下の実施例を提供するが、本発明の範囲を限定することを意図するものではない。
【0061】
(実施例1)
SD1555株の構築
出発株は、米国特許出願公開第2015/0240270号で説明される腐敗バガスから単離された野生型クラブツリー陽性株、K.マルキシアヌスSD98であった。組み込み形質転換のための選択マーカーとしてURA3遺伝子を使用するために、ネイティブKmURA3遺伝子をSD98から削除して株KMS95を得た。プラスミドpMS52(配列番号1)上に構築したカセットを組み込むことによってKmURA3遺伝子を削除した。カセットは、線状フラグメントとしてプラスミドから取得され、SD98に組み込まれ、ハイグロマイシン耐性を選択した(ハイグロマイシンプレート上にプレーティングする前に、ハイグロマイシンを含まないYPDで3時間増殖させた後に、YPD培地中の300mg/LハイグロマイシンB)。ハイグロマイシン耐性遺伝子は、アシュビャ・ゴシピイTEF1プロモーターによって駆動された。カセットをKmURA3遺伝子座に正しく組み込んだ後、中断されたKmURA3遺伝子の一部及びハイグロマイシン耐性遺伝子に直接反復を隣接させ、直接反復間の配列を5-フルオロオロチン酸(5-FOA)に対する耐性について第2の選択と共に相同組換えによってループアウトさせるようにして、URA3遺伝子をカウンター選択する;換言すると、URA3遺伝子の喪失を選択する。5-FOA耐性の選択は、1g/L 5-FOA及び24mg/Lウラシルを補充したCMグルコースマイナスウラシル培地(Teknova社、Hollister、California、USA)に約1億個の細胞をプレーティングすることにより行った。
【0062】
大腸菌ldhA遺伝子を発現するように設計された4つの異なるカセットがプラスミド上に構築された。全ての4つの場合で、ldhA遺伝子はK.マルキシアヌスPDC1プロモーターから発現された。4つの異なるカセットは、KMS95の4つの異なる遺伝子座:PDC1(ピルビン酸デカルボキシラーゼ)遺伝子座(配列番号2)、GPP1(グリセロール-3-リン酸ホスファターゼ)遺伝子座(配列番号3)、PCK1(ホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼ)遺伝子座(配列番号4)、及びNDE1(NADHデヒドロゲナーゼ1)遺伝子座(配列番号5)に挿入するように設計されている。カセットは、相同組換えによって標的遺伝子座に組み込まれるように設計され、CMグルコースマイナスウラシル培地(Teknova社、Hollister、California、USA)でS.セレビシエURA3遺伝子を選択し、その後、第2の工程で、URA3遺伝子について下流隣接の直接反復間の相同組換えによってループアウトされ、上記のように次に続く形質転換のためにURA3遺伝子を再利用するため5-FOAへの耐性について選択する。各形質転換工程及び各ループアウト工程で、バックグラウンド細胞から正しい株を解放し、ヘテロ接合性二倍体を排除するために、必要に応じてシングルコロニーを1回以上再ストリークした。正しい挿入と正しいループアウトは、カセットの両端と、組み込まれたカセットのすぐ上流又はすぐ下流にある標的遺伝子座での染色体配列との間の境界を囲む適切なプライマーを使用したPCRによって識別された。PCR診断では、一倍体に正しく組み込まれたカセットを、正しく組み込まれたホモ接合性二倍体と区別できなかったため、構築のいずれの工程においてもこの区別は行われていない。KMS95株から始めて、4つのldhAカセットが、上に列挙した順序で1つずつ導入された。カセットの各々の最初の組み込みの後に、URA3遺伝子が5-FOAカウンター選択によってループアウトされた。このようにして4番目のカセットを導入した後、SD98染色体DNAをテンプレートとしたPCRによって得られた線状DNAフラグメントの形質転換により、ネイティブKmURA3遺伝子(配列番号6)を再導入し、CMグルコースマイナスウラシルプレート上の選択によりウラシル原栄養株を得た。組み込まれたldhA遺伝子の4つのコピーを含んだ得られた株は、SD1555と命名された。カセットのPDC1遺伝子への挿入により、望まれないエタノールの合成が遮断される。カセットのGPP1遺伝子への挿入により、望まれないグリセロールの合成が遮断される。カセットのPCK1遺伝子への挿入により、炭素源としてD-LAC又はL-LACでの望まれない酵母の増殖が遮断されるが、これは、Pck1活性を低減又は排除した株はブドウ糖形成を行えず、D-LAC又はL-LAC等の非発酵性炭素源での増殖には糖新生が必要であるためである。D-LAC又はL-LACで増殖できないことは、糖の濃度が低いかゼロである発酵の終了時での力価のロスを防ぐため、望ましい特性である。PCK1は糖新生経路の最初のコミットされた工程をコードするため、pck1変異は好ましいが、糖新生を減少又は排除する任意の他の変異、例えばフルクトース1,6-ビスリン酸ホスファターゼ活性を減少又は排除する変異もまた、同様の望ましい結果、すなわち糖新生の減少又は排除をもたらす。カセットのNDE1遺伝子への挿入は、D-LACの生合成の基質の1つである細胞質NADHの保存を引き起こす。
【0063】
(実施例2)
SD1566株の構築
β-クロロ乳酸に耐性であったSD1555の誘導体(MilliporeSigma社、St. Louis、Missouri、USA)を以下のように選択した。約108個の細胞のSD1555の菌叢を、20g/Lのグルコースを含むSDM2培地を含むプレートに均一に広げた。β-クロロ乳酸の少量のスペックをプレートの中央に置いた。β-クロロ乳酸は異性体について特定されなかったため、D-異性体とL-異性体のラセミ混合物であると推定された。3日後、中央の殺傷ゾーンの周りに菌叢が増殖した。殺傷ゾーンの端に、いくつかの個別のコロニーが現れた。いくつかのそのようなコロニーを、20g/Lのグルコースと0.75g/Lのβ-クロロ乳酸を有するSDM2を含むプレートに再ストリークした。37℃で3日後、β-クロロ乳酸耐性のコロニーが出現した。親株SD1555は、3日目に同じプレート上に目に見える単一コロニーを与えなかった。
【0064】
β-クロロ乳酸に加えて、所望の特性を有する耐性変異株を選択するために使用できる他の多くの乳酸類似体がある。乳酸類似体の例には、3-クロロ乳酸(β-クロロ乳酸)、3-ジクロロ乳酸、3-トリクロロ乳酸、3-フルオロ乳酸、3-ジフルオロ乳酸、3-トリフルオロ乳酸、3-ブロモ乳酸、3-ジブロモ乳酸、3-トリブロモ乳酸、乳酸の全ての可能な2-ハロ置換誘導体、上記の任意の類似体の全てのキラル形態、又は任意の上記の任意の塩が含まれるが、これらに限定されない。「乳酸類似体」とは、構造的に乳酸に関連し、適切な条件下で親酵母株の増殖を阻害する任意の化合物を意味し、上記に開示された一連の化合物を含む。「乳酸類似体」の文脈における「類似体」という用語は、遺伝子又はタンパク質配列の文脈で使用される場合とは異なる意味を有することに留意されたい。上述のように、遺伝子又はタンパク質の文脈では、「類似体」という用語は、ポジティブに機能する代替物を指すが、「乳酸類似体」の文脈では、この単語は、干渉する毒性化合物を意味する。
【0065】
「変異していない同質遺伝子株と比較した場合に、より高い濃度で乳酸類似体に対する耐性を付与するように変異した」乳酸を生産するように遺伝子操作された酵母株は、2つの株が同様の平行液体培養で増殖するか、同じペトリ皿上で互いに並んでストリークした場合、変異株の目に見える増殖に適した温度で約1日から5日間インキュベーションした後、前記変異株は親株よりも目に見えて優れた増殖又はより大きなコロニーを与えるような、液体又は寒天含有培地中の乳酸類似体の濃度がわかる親株と比較して1つ又は複数の変異を含む株を意味する。上記の例では、0.75g/Lのβ-クロロ乳酸濃度と37℃で3日間のインキュベーションにより、寒天プレート上のコロニーのサイズが良好なコントラストを示すと決定されても、他の酵母株や種では、他の条件で親と変異体のコントラストがよくなる場合があり得る。前記耐性株を親株から区別することによる株の乳酸類似体に対する耐性を確立するための適切な条件は、0g/Lから約10g/Lの範囲の濃度の前記乳酸類似体を含む培地中で親株及び変異株をプレーティング又は増殖させることによる日常的な実験により決定できる。
【0066】
例えば、親株の増殖を支援する最小培地を含むペトリ皿の乳酸類似体の濃度を体系的に変化させ、親株がよく増殖することが知られている温度でインキュベートし、変異体と親の間のコロニーサイズのコントラストが見えるときに、プレートを採点するための日々の基準に従ってプレートをチェックすることにより、親株と比較した際に乳酸類似体に耐性がある株を識別できる。或いは、乳酸類似体に対する相対的な耐性は、0~10g/Lの範囲の乳酸類似体濃度を含む液体培地中における変異株及び親株の増殖曲線を得ることによって決定することができる。
【0067】
「親株」とは、新しい誘導体又は例えば、乳酸力価、乳酸収率、乳酸の比生産性、若しくはピルビン酸等の測定可能な副生産物の力価等親株の特性とは大幅に異なる新しい誘導体株の測定可能な特性の少なくとも1つの変化を最終的にもたらす遺伝的変化を含む子孫株をもたらす1つ又は複数の条件に供することができる出発株を意味する。前記「1つ又は複数の条件」は、親株に対して行われるいくつかの操作のいずれか1つ又は複数である可能性があり、例えば、株の遺伝子構成を変更するDNAの導入を含有する遺伝子操作、上記のβ-クロロ乳酸耐性についての自然突然変異体の選択、及び例えば乳酸類似体に対する耐性等の所望の特性についての選択又はスクリーニングに変異した細胞集団を供する前に、親株に多くの周知の変異誘発手順のいずれかを適用する。よく知られている変異誘発手順には、細胞を化学的変異原、例えばニトロソグアニジン(NTG、MNNG、及びN-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジンとしても公知)、エチルメタンスルホネート(EMSとしても公知)、又は変異原性放射線、例えばX線や紫外線に曝すことが含まれる。親株について、変異原の適切な用量は、生きている親細胞の集団を変異原の用量の範囲に曝露し、所望の型の所望の変異体、例えばβ-クロロ乳酸耐性変異体を含むほどに十分に大きな生きている亜集団を残す用量及び条件を選択することにより決定することができる。当技術分野では、親集団の約10%~95%を殺す典型的な変異原用量が選択される。β-クロロ乳酸又は他の乳酸類似体に耐性のある株は、すでに乳酸を生産するように遺伝子操作されている親株から選択できるが、乳酸類似体に耐性のある株は、乳酸生産について操作されていない親株からもまた選択できる。この後者の場合、耐性変異株は乳酸生産のために操作され、乳酸類似体への耐性が選択されていない親株から同様に操作された株と比較して、乳酸生産の改善についてスクリーニングされてもよい。
【0068】
上記のように単離されたβ-クロロ乳酸耐性株を、BioLectorミニ発酵槽(m2p-Labs社、Hauppauge、New York、USA)中にフラワープレート(flower plate)で発酵させることにより、D-LAC生産について親株SD1555と比較した。BioLectorへの接種液は、デキストロース濃度を通常の20g/Lの代わりに3g/Lに下げたYPD中で増殖させた。BioLectorの発酵培地は、ウェルあたり1mlで100又は200g/Lのグルコースを含むSDM2であり、開始OD 600nmは0.1~0.2であった。フラワープレートを37℃で48時間、1200rpmで振とうした。SD1566と名付けられた特定のβ-クロロ乳酸耐性分離株は、親のSD1555よりも性能が優れていた。D-LAC及びピルビン酸の力価を図7に示す。SD1566は、親株SD1555よりも高い力価のD-LACと、実質的に低い力価の望ましくない副生産物のピルビン酸を生産した。「変異していない親株と比較した場合、実質的に低い力価のピルビン酸」とは、同様の条件下で増殖させた親株の力価よりも、再現可能に少なくとも25%低い力価を意味する。SD1566は、コンピューター制御の7リットル発酵槽(New Brunswick Scientific社、Indianapolis、Indiana、USA)で更に特徴付けられた。
【0069】
(実施例3)
7リットル発酵槽でのSD1566株によるD-LACの生産
酵母株SD1566の接種液は、37℃で500mlバッフル付き振とうフラスコ内の150mlのYPS-MES培地中でOD 600nmが約2~6になるまで増殖させた。150mlをNew Brunswick BioFlo 110又はEppendorf BioFlo 115発酵槽内で4リットルのAM1S培地に接種した。インペラー速度は750rpmであり、通気量は260ml/minであり、開始体積の0.065vvmに等しい。開始pHは約6.6であった。温度は37℃に設定された。激しく攪拌されたリザーバーに懸濁された3モルの水酸化カルシウムのスラリーの自動制御された蠕動ポンプによってpHが制御された。開始設定点はpH6であった。pH設定点は、時間ゼロ(接種時間)から30時間まで直線的にpH3.5まで自動的に下降させた(すなわち、減少させた)。実際のpHは33時間で3.5に達した。36時間後のD-LAC力価は110g/Lで、計算された収率は0.81g/gスクロース(2回の発酵の平均)であった。最終ピルビン酸力価は0.55g/Lであった。D-LACの平均比生産性は3.05g/L-時間であった。比較のために、同様の条件下で、親株SD1555は、39時間で78g/LのD-LACと9.8g/Lのピルビン酸を0.67g/gの収率で生産した。SD1555からのD-LACの平均比生産性は2.0g/L-時間であった。したがって、β-クロロ乳酸耐性株SD1566は、力価、収率、平均比生産性が改善し、そのピルビン酸副生産物の力価は、親SD1555よりも低かった。D-LAC力価は、図8に発酵時間の関数として示されている。
【0070】
製造業者が推奨するChirex 3126カラム(Phenomenex、Torrance、California、USA)を使用した場合、SD1555又はSD1566によって生産されたL-LACはいずれも検出できなかった。このHPLC法によるL-LACの最小検出力価は0.01g/Lであるため、SD1566によって生産されたD-LACの光学純度は99.9%を超えていた。
【0071】
当業者は、天然で有意な力価の乳酸を生産しない他の酵母株、種、及び属を遺伝子操作することにより、乳酸を生産する能力を追加するために、又は、すでに乳酸を生産する能力を持つ他の酵母株、種、及び属を遺伝子操作することにより、乳酸を生産する能力を改善するために、本明細書に記載の方法を使用できることを認識するであろう。4つの標的遺伝子へのldhAカセットの挿入は、これらの4つの標的遺伝子の機能を効果的に排除又は減少するが、代替アプローチを使用しても、機能の排除又は減少を達成できる。同質遺伝子的な野生型株と比較して、遺伝子のタンパク質産物が存在しないか、不活性であるか、又は比活性が低くなるような任意の変異、又は複数の変異の組み合わせを使用して、4つの標的遺伝子(すなわち、PDC1、GPP1、PCK1、及びNDE1)、又はそれらの遺伝子のホモログ又は類似体のいずれか1つの機能を排除するか又は減少させることができる。更に、本明細書に開示されるものと同様の様式で1つ又は複数のコピーを導入した、大腸菌バージョン以外のD-乳酸デヒドロゲナーゼをコードする遺伝子を大腸菌バージョンの代わりに使用することができる。更に、本明細書に開示されるものと同様の様式で1つ又は複数のコピーを導入した、L-乳酸デヒドロゲナーゼをコードする遺伝子を、D-乳酸デヒドロゲナーゼのバージョンの代わりに使用することができる。
【0072】
発酵方法については、開始pHはさまざまであり、最終pH(発酵が完了し、ブロスがサンプリングされ、及び/又は下流の処理及び乳酸生産物の精製のために回収されるとき)はさまざまであり、及び発酵中にpHを下げる機能、アルゴリズム又はプログラムはさまざまである。pHは、線形関数、階段関数、又は非線形の非階段関数、例えば、指数関数又は放物線関数等の曲線関数を使用して下降し得る。pH低下の機能、アルゴリズム、又はプログラムのタイプにかかわらず、全体の方法のコストを減少させるために、最終pHは乳酸のpKa未満であることが好ましい。酵母株は、典型的にはこの範囲でより速く増殖するため、4.5から7.0の間の開始pHが好ましい。
【0073】
発酵槽内のpHを制御するための物質は、カリウム、ナトリウム、アンモニウム、マグネシウム又はカルシウムの水酸化物、酸化物、重炭酸塩、又は炭酸塩等の任意の適切なアルカリ物質であり得る。物質は、溶液として、懸濁液又はスラリーとして、或いはオーガーを使用して固体として供給することができる。
【0074】
前述の記載及び例は、説明の目的で提示されてきた。提供された記載及び例に加えて、非限定的な実施形態の特徴、構造、構成要素、又は特性の多数の組み合わせ、改変、及び変形が、上記の教示を踏まえて可能である。
【0075】
Table 1(表1)は、サッカロミセス・セレビシエ(S. c.)、クリベロミセス・ラクティス(K. m.)、及びイサッチェンキア・オリエンタリス(I. o)で、pKaの3.86以下のpHでの最良の公開された乳酸発酵の要約を示している。この調査において使用した様々な遺伝子をTable 2(表2)に列挙する。この特許出願で提出されたDNA配列情報をTable 3(表3)に列挙する。使用した増殖培地の組成がTable 4(表4)に与えられる。
【0076】
(参考文献)
【0077】
【表1】
【0078】
【表2】
【0079】
【表3】
【0080】
【表4】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【配列表】
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