(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-04
(45)【発行日】2023-09-12
(54)【発明の名称】溶接構造、ステンレス鋼製溶接構造物、ステンレス鋼製溶接容器ならびにステンレス鋼
(51)【国際特許分類】
B23K 9/00 20060101AFI20230905BHJP
B23K 9/23 20060101ALI20230905BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20230905BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20230905BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20230905BHJP
【FI】
B23K9/00 501K
B23K9/23 B
C22C38/00 302H
C22C38/58
C22C38/60
(21)【出願番号】P 2022510454
(86)(22)【出願日】2021-03-19
(86)【国際出願番号】 JP2021011555
(87)【国際公開番号】W WO2021193479
(87)【国際公開日】2021-09-30
【審査請求日】2022-08-17
(31)【優先権主張番号】P 2020053732
(32)【優先日】2020-03-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】松橋 透
(72)【発明者】
【氏名】熊野 尚仁
【審査官】松田 長親
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-051448(JP,A)
【文献】特開2019-157219(JP,A)
【文献】特開2014-125275(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/00-9/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1のステンレス鋼部材の端部と、第2のステンレス鋼部材の端部以外の部位とを溶接し、溶接すき間部を有する溶接構造であって、溶接入熱が前記第1のステンレス鋼部材の端部側になされてなり、前記第1のステンレス鋼部材の端部側の材料が溶接金属部で構成され、その溶接金属部と素材との境界部からすき間最深部までの長さL
Bが、すき間最深部からすき間幅40μmまでのすき間長さL
Cとの関係でL
C<L
Bを満たすことを特徴とする溶接構造。
【請求項2】
溶接時の溶接材として低炭素オーステナイト系ステンレス鋼または二相ステンレス鋼を用いてなることを特徴とする請求項1に記載の溶接構造。
【請求項3】
前記第1のステンレス鋼部材と第2のステンレス鋼部材の一方又は両方が、
質量%で、
C:0.001~0.050%、P:0.035%以下、S:0.01%以下、Si:0.01~1.50%、Mn:0.1%以上8.0%未満、Cr:20.0~26.0%、Ni:0.5~7.0%、Mo:0.1~4.0%、N:0.10~0.25%、V:0.01~0.30%、Nb:0.001~0.300%、W:0.01~1.00%、Cu:0.01~2.00%およびAl:0.001~0.100%を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、以下(1)式を満たし、引張強度が700MPa以上であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の溶接構造。
V+8W+5Nb+N+5C≧0.50…(1)
ただしV,W,Nb,N、Cはそれぞれの元素の含有量(質量%)とする。
【請求項4】
前記第1のステンレス鋼部材と第2のステンレス鋼部材の一方又は両方が、
前記Feの一部に替えて、さらに、Ti:0.005~0.300%、Co:0.01~1.00%、Ta:0.005~0.200%、Zr:0.001~0.050%、Hf:0.001~0.080%、Sn:0.001~0.100%、Sb:0.001~0.100%、B:0.0001~0.0050%、Ca:0.0005~0.0050%、Mg:0.0001~0.0030%、およびREM:0.005~0.100%のうち1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項3に記載の溶接構造。
【請求項5】
請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の溶接構造を有することを特徴とするステンレス鋼製溶接構造物。
【請求項6】
請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の溶接構造を有するステンレス鋼製溶接容器であって、
前記第1のステンレス鋼部材が筒状の胴板であり、前記第2のステンレス鋼部材がプレス成形された鏡板で構成されることを特徴とするステンレス鋼製溶接容器。
【請求項7】
請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の溶接構造、請求項5に記載のステンレス鋼製溶接構造物、請求項6に記載のステンレス鋼製溶接容器のいずれかにおいて、前記第1のステンレス鋼部材と第2のステンレス鋼部材の一方又は両方に用いるステンレス鋼であって、
質量%で、
C:0.001~0.050%、P:0.035%以下、S:0.01%以下、Si:0.01~1.50%、Mn:0.1%以上8.0%未満、Cr:20.0~26.0%、Ni:0.5~7.0%、Mo:0.1~4.0%、N:0.10~0.25%、V:0.01~0.30%、Nb:0.001~0.300%、W:0.01~1.00%、Cu:0.01~2.00%およびAl:0.001~0.100%を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、以下(1)式を満たし、引張強度が700MPa以上であることを特徴とするステンレス鋼。
V+8W+5Nb+N+5C≧0.50…(1)
ただしV,W,Nb,N、Cはそれぞれの元素の含有量(質量%)とする。
【請求項8】
前記Feの一部に替えて、さらに、Ti:0.005~0.300%、Co:0.01~1.00%、Ta:0.005~0.200%、Zr:0.001~0.050%、Hf:0.001~0.080%、Sn:0.001~0.100%、Sb:0.001~0.100%、B:0.0001~0.0050%、Ca:0.0005~0.0050%、Mg:0.0001~0.0030%、およびREM:0.005~0.100%のうち1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項7に記載のステンレス鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接すき間を有する溶接構造、ステンレス鋼製溶接構造物、ステンレス鋼製溶接容器ならびにステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
上水や温水等を貯蔵する構造物としてその優れた耐食性や強度などからステンレス鋼が広く用いられている。
【0003】
このようなステンレス鋼構造体としてはフェライト系ステンレス鋼が広く使用されている。これは耐食性のなかでも耐応力腐食割れ性(耐SCC性)に優れることが挙げられ、特に電気温水器やヒートポンプ型温水器の貯湯タンクとしてフェライト系ステンレス鋼が用いられている。近年より快適な入浴環境の提案のために給湯圧をより高圧化する要望が高まっており、貯湯缶体材料として従来用いられてきたフェライト系ステンレス鋼の代表例であるSUS444やSUS445J1よりも高強度化の要望がある。
【0004】
特許文献1には、材料高強度化の例としてCrやSi、Niを添加して強度を高めたフェライト系ステンレス鋼が開示されている。
しかし本例はあくまでフェライト系ステンレス鋼であり、フェライト系ステンレス鋼で高強度化しようとすると本文献1の実施例にあるように24%CrでSiとNi量も各々2%程度添加が必要となり、原料コストだけでなくフェライト系ステンレス鋼特有の課題である靭性の低下が鋼板の製造時や缶体等の溶接構造物製造時において問題となりうる。
また溶接構造物ではステンレス鋼特有のすき間腐食が課題となる。すき間腐食はすき間形状が狭いほど生じやすいことが知られている。加えて溶接構造材の場合は溶接によるテンパースケールが生じるとそのスケール組成によってはさらにすき間腐食を誘発しやすい。
【0005】
特許文献1には上記記載があり、すき間構造としては7mmの隙間深さと最大隙間間隔20μm以下とすること、テンパースケールとしてはアルゴンバックガスシールなしで溶接ボンド端部から1mm以内の溶接隙間部の酸化スケールの平均Cr比率が全金属元素の割合で20質量%以上を有することが記載されている。
しかし本例で提示されるすき間構造は極めて狭くすき間腐食が非常に生じやすい形状であること、更に素地の耐食性を低下させるアルゴンバックガスシールド無しが前提であり、それにより溶接ボンド部すき間内テンパースケールが形成された際の表面酸化被膜を規定したものである。
【0006】
その他としては、特許文献2にはすき間構造が4mmのすき間深さと最大すき間間隔30μm以下で、テンパースケールとしてはバックシールド無しでボンド端部から2mm以内のすき間部酸化スケールの平均Cr比率を高めることが示されている。本例もすき間構造としては狭く、かつすき間内に溶接ボンド部とテンパースケールを有するとされる。
【0007】
また特許文献3にはオーステナイト系ステンレス鋼とフェライト系ステンレス鋼の溶接部を向上させるとの方法が示されている。これは胴板や鏡板がフェライト系ステンレス鋼の場合にフィラー(芯線)にオーステナイト系ステンレス鋼を、またその逆の場合のいわゆる異材溶接部に関した特許文献である。しかし本件は溶接金属部の金属組織のみを規定しており、その組成には言及はなく、また二相ステンレス鋼の記述もない。
【0008】
また特許文献4にはオーステナイト系ステンレス鋼との溶接部耐食性に優れるフェライト系ステンレス鋼が示されている。これも特許文献3と同様、胴板や鏡板がフェライト系ステンレス鋼の場合にフィラー(芯線)にオーステナイト系ステンレス鋼を、またその逆の場合のいわゆる異材溶接部に関した特許文献であるが、これにはフェライト系ステンレス鋼の組成が規定されているのみで、溶接すき間部についての記述や二相ステンレス鋼の記述もない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2011-184732号公報
【文献】特開2009-185382号公報
【文献】特開平6-11193号公報
【文献】特開2010-202916公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上水や温水等を貯蔵する構造物としてTIG溶接部の耐食性に優れるステンレス鋼製TIG溶接構造物に関するものであり、溶接すき間部を有する溶接構造であってもすき間腐食を抑制することのできる、溶接構造、それを用いたステンレス鋼製溶接構造物、ステンレス鋼製溶接容器、ならびにそれらに用いるステンレス鋼を提供することを目的とする。さらに高強度なステンレス鋼製TIG溶接構造物であると好ましい。
【課題を解決するための手段】
【0011】
部材同士を溶接した溶接構造において、溶接金属部6と鋼材(素材)との境界をボンド部9と呼び、鋼材のうちで熱影響を受けた部分(熱影響部)をHAZ部8とも呼ぶ(
図1参照)。
【0012】
本発明者らは、溶接すき間部を有する溶接構造が形成された、ステンレス鋼製の溶接構造物および容器の耐食性向上について、更にはそのための高強度ステンレス鋼について鋭意研究を重ねた。その結果、まず溶接時に生じるすき間部における耐食性、つまり耐すき間腐食性を向上させるために、溶接構造における溶接金属部とその溶接すき間構造を最適化する知見を得た。
【0013】
具体的には、ステンレス鋼を溶接する際に生じる熱影響部(HAZ)を、すき間腐食の影響外に位置させることで回避することである。
【0014】
ステンレス鋼は一般に、溶接熱影響部(HAZ)で耐食性が低下する傾向がある。特に二相ステンレス鋼やオーステナイト系ステンレス鋼を用いた溶接構造では、材料の成分や溶接条件により鋭敏化を生じる場合がある。フェライト系ステンレス鋼でもTiやNbなどの鋭敏化を防止するいわゆる安定化元素が添加された高純度フェライト系ステンレス鋼では通常は耐食性低下がみられないが、溶接時のシールドガスを省略した際には耐食性が低下する場合がある。この対策として各種ステンレス鋼組成の改良が加えられており、その材料を用いることで改善はされてきている。しかし現実の溶接施工では入熱や施工上のばらつきなどにより、安定的にHAZ部の耐食性を担保するには難しい場合がある。
【0015】
そのため材料とあわせて溶接すき間部の構造からも改善を検討した。その結果、溶接部の腐食はボンド部境界から鋼材側へ2mm以内のHAZ部で生じること、ただしHAZ部をすき間内から外してしまえばHAZ部での腐食は生じてもいわゆるすき間腐食のような自己触媒的な腐食の促進は生じず、孔食の貫通による水漏れの恐れは極めて小さくなること、すき間腐食が発生する場合はすき間幅40μmの位置よりすき間側に発生し、それより外側には発生しないこと、を知見したものである。
【0016】
図1に示すように、溶接すき間部3は、溶接構造において、2つの部材(
図1の例では鏡板13と胴板14)の間にすき間(溶接すき間部3)が形成される。すき間の最も深い部分で2つの部材が接する位置を、すき間最深部4と呼ぶ。すき間において、すき間最深部4からの距離が遠くなるほど、すき間幅が大きくなる。すき間幅が40μmの位置を幅40μm位置5と呼ぶ。上記の通り、溶接金属部6と素材との境界部(ボンド部9)が、幅40μm位置5よりも外側(すき間最深部4の反対側)に位置すれば、換言すると、HAZ部8でのすき間幅が40μmよりも大きいと、すき間腐食を抑制できることがわかった。
【0017】
例えば
図1において、溶接すき間部3を構成する部材のうちで胴板14について、上記のようにボンド部9と幅40μm位置5との位置関係を調整することにより、本発明の効果を奏することができる。詳細は後述する。
【0018】
本発明の溶接すき間部を有する溶接構造は、溶接すき間構造を有するもので優れた耐食性が望まれる場合に有効であり、その構造は特に問わないが特に温水缶体の容器のような場合に有効である。
【0019】
さらに溶接を行う際に、溶接フィラー材を用いることがあるが、その際に低炭素オーステナイト系ステンレス鋼を用いることで、上記の溶接金属部の耐食性をより向上させることが可能であることも知見した。低炭素オーステナイト系ステンレス鋼は耐食性を向上させるCrやNiを多く含むため、溶接金属部の耐食性をさらに向上させることが可能となることを知見した。
【0020】
一方、給湯器等の容器への高圧化の要望に対して、素材の高強度化が望まれている。二相ステンレス鋼はフェライト相とオーステナイト相の複相組織でかつ一般の同板厚のフェライト系ステンレス鋼やオーステナイト系ステンレス鋼に比較してその冶金学的特性から結晶粒が微細化されることで高強度を有することが特徴である。そのため従来多用されてきたフェライト系ステンレス鋼よりも高価な元素を多量に用いずに高強度な材料が提供できる。この二相ステンレス鋼で高強度とHAZ部耐食性低下抑制可能な成分を鋭意検討し、最適な成分範囲を得たものである。
【0021】
なお、二相ステンレス鋼は耐SCC性にも優れる特徴を有する。フェライト系ステンレス鋼ほどのSCCに対する免疫性はないが、汎用のオーステナイト系ステンレス鋼であるSUS304等よりも優れることで知られる。そのことからも過去にSUS304ではSCCでの漏水事例のある貯湯缶体にも適用が可能となる。
【0022】
以上の結果から、本発明に至ったものであり、本発明の要旨は以下のとおりである。
[1]第1のステンレス鋼部材の端部と、第2のステンレス鋼部材の端部以外の部位とを溶接し、溶接すき間部を有する溶接構造であって、溶接入熱が前記第1のステンレス鋼部材の端部側になされてなり、前記第1のステンレス鋼部材の端部側の材料が溶接金属部で構成され、その溶接金属部と素材との境界部からすき間最深部までの長さLBが、すき間最深部からすき間幅40μmまでのすき間長さLCとの関係でLC<LBを満たすことを特徴とする溶接構造。
[2]溶接時の溶接材として低炭素オーステナイト系ステンレス鋼または二相ステンレス鋼を用いてなることを特徴とする[1]に記載の溶接構造。
【0023】
[3]前記第1のステンレス鋼部材と第2のステンレス鋼部材の一方又は両方が、
質量%で、
C:0.001~0.050%、P:0.035%以下、S:0.01%以下、Si:0.01~1.50%、Mn:0.1%以上8.0%未満、Cr:20.0~26.0%、Ni:0.5~7.0%、Mo:0.1~4.0%、N:0.10~0.25%、V:0.01~0.30%、Nb:0.001~0.300%、W:0.01~1.00%、Cu:0.01~2.00%およびAl:0.001~0.100%を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、以下(1)式を満たし、引張強度が700MPa以上であることを特徴とする[1]又は[2]に記載の溶接構造。
V+8W+5Nb+N+5C≧0.50…(1)
ただしV,W,Nb,N、Cはそれぞれの元素の含有量(質量%)とする。
[4]前記Feの一部に替えて、さらに、Ti:0.005~0.300%、Co:0.01~1.00%、Ta:0.005~0.200%、Zr:0.001~0.050%、Hf:0.001~0.080%、Sn:0.001~0.100%、Sb:0.001~0.100%、B:0.0001~0.0050%、Ca:0.0005~0.0050%、Mg:0.0001~0.0030%、およびREM:0.005~0.100%のうち1種または2種以上を含有することを特徴とする[3]に記載の溶接構造。
【0024】
[5][1]から[4]までのいずれか1つに記載の溶接構造を有することを特徴とするステンレス鋼製溶接構造物。
[6][1]から[4]までのいずれか1つに記載の溶接構造を有するステンレス鋼製溶接容器であって、
前記第1のステンレス鋼部材が筒状の胴板であり、前記第2のステンレス鋼部材がプレス成形された鏡板で構成されることを特徴とするステンレス鋼製溶接容器。
【0025】
[7][1]から[4]までのいずれか1つに記載の溶接構造、[5]に記載のステンレス鋼製溶接構造物、[6]に記載のステンレス鋼製溶接容器のいずれかにおいて、前記第1のステンレス鋼部材と第2のステンレス鋼部材の一方又は両方に用いるステンレス鋼であって、
質量%で、
C:0.001~0.050%、P:0.035%以下、S:0.01%以下、Si:0.01~1.50%、Mn:0.1%以上8.0%未満、Cr:20.0~26.0%、Ni:0.5~7.0%、Mo:0.1~4.0%、N:0.10~0.25%、V:0.01~0.30%、Nb:0.001~0.300%、W:0.01~1.00%、Cu:0.01~2.00%およびAl:0.001~0.100%を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、以下(1)式を満たし、引張強度が700MPa以上であることを特徴とするステンレス鋼。
V+8W+5Nb+N+5C≧0.50…(1)
ただしV,W,Nb,N、Cはそれぞれの元素の含有量(質量%)とする。
[8]前記Feの一部に替えて、さらに、Ti:0.005~0.300%、Co:0.01~1.00%、Ta:0.005~0.200%、Zr:0.001~0.050%、Hf:0.001~0.080%、Sn:0.001~0.100%、Sb:0.001~0.100%、B:0.0001~0.0050%、Ca:0.0005~0.0050%、Mg:0.0001~0.0030%、およびREM:0.005~0.100%のうち1種または2種以上を含有することを特徴とする[7]に記載のステンレス鋼。
【0026】
本発明によれば、溶接すき間部の耐食性にすぐれる溶接構造、ステンレス鋼製溶接構造物、ステンレス鋼製溶接容器ならびにステンレス鋼を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明者らは、溶接すき間部の耐食性にすぐれ、さらに好ましくは高強度である高圧容器とそのステンレス鋼について鋭意開発を進めた結果、以下を知見した。
【0029】
1.ステンレス鋼を用いた溶接構造体のすき間腐食に対する高耐食化には溶接金属とそのすき間構造の最適化により達成する知見を得た。
図1は、溶接容器の鏡板13と胴板14との溶接接合部に形成される溶接すき間部3を示す図である。胴板14(以下総称して第1のステンレス鋼部材1ともいう。)の端部と、鏡板13(以下総称して第2のステンレス鋼部材2ともいう。)の端部以外の部位とが溶接される。溶接入熱23が溶接すき間部3の胴板14の側から胴板14(第1のステンレス鋼部材1)の端部側になされている。その結果、溶接すき間部3の溶接構造において、第1のステンレス鋼部材1(胴板14)の端部側の材料が溶接金属部6で構成されることとなる。具体的には
図1の溶接すき間部の構造を示す断面図に示すように、溶接金属部6と素材との境界部(ボンド部9)からすき間最深部4までの長さをL
Bとし、すき間最深部4から幅40μm位置5までのすき間長さをL
Cとし、この関係と耐隙間腐食性の関係を精査した。
【0030】
腐食試験としてはCl-;600ppm、Cu2+;2ppmCu2+試験液で80℃、酸素吹き込みとして2週間連続浸漬とした。なお試験液は、1週間後に交換した。
その結果、溶接のHAZ部8をすき間部(幅40μm位置5よりもすき間最深部4側)に位置しないような構造とすることですき間腐食を回避できることを知見した。これは溶接金属部6と素材との境界部(ボンド部9)からすき間最深部4までの長さLBが、すき間最深部4から幅40μm位置5までのすき間長さLCとの関係がLC<LBを満たすことで得られたものである。すき間腐食はすき間幅が40μmより狭い場合に生じる場合があることが知られているが、すき間幅が40μmより広い場所では、HAZ部8であってもすき間腐食が生じないことも明らかにした。そのため仮に二相ステンレス鋼溶接部のHAZ部で耐食性低下が生じた場合でも、LC<LBを満たしていれば、HAZ部の表層にて孔食は生じたとしても、すき間腐食が生じない位置であるためにすくなくとも自己触媒的に腐食が進展するすき間腐食は避けられることとなり、漏水による損傷は避けることが可能となる。
【0031】
2.前述のように、
図1において、溶接すき間部3を構成する部材のうちで胴板14(第1のステンレス鋼部材1)の端部側の部材について、ボンド部9と幅40μm位置5との位置関係を調整しさえすれば、鏡板13(第2のステンレス鋼部材2)のHAZ部がすき間最深部に近い位置に存在したとしても、本発明の効果を奏することができる。なお溶接すき間部3を構成する鏡板13(第2のステンレス鋼部材2)にもHAZは存在するが、その位置はすき間最深部付近となる。もしすきま腐食が生じた場合でも、すき間腐食は一般に40μm位置5のすき間近傍で主に進行するために、鏡板13のHAZ部への影響は小さい。
【0032】
3.上記の耐すき間腐食性に優れる溶接すき間部を有する溶接構造は、耐すき間腐食性を要求される一般的なステンレス鋼製溶接構造物一般に適用可能である。特に胴板と鏡板とで構成される、温水缶体のようなステンレス鋼製溶接容器において好適である。
図1に示すような、溶接容器の鏡板13と胴板14との溶接接合部に溶接すき間部3が形成されている溶接容器において、溶接すき間部3の胴板14側がすきま部外側21であり、溶接すき間部3の鏡板13側がすきま部内側22である。
【0033】
4.溶接時に溶接フィラー材を用いることがあるが、その際に低炭素オーステナイト系ステンレス鋼または二相ステンレス鋼を用いることで、上記の溶接金属部6の耐食性をより向上させることが可能であることを知見した。低炭素オーステナイト系ステンレス鋼は溶接時の腐食速度を低減させるNiを多く含むため、溶接金属部6の耐食性をさらに向上させることが可能となる。具体的には一般的な低炭素オーステナイト系ステンレス鋼の溶接フィラー材のY309Lの概略組成はCr:24%、Ni:約13%、であるため、溶接金属部6の耐食性を相対的に高めることが可能となる。また溶接材としての二相ステンレス鋼は、特に胴板や鏡板に二相ステンレス鋼を用いる場合に溶接金属部6の耐食性ならびに強度の面から好適である。具体的には一般的な二相ステンレス鋼の溶接フィラー材のYS2209の概略組成はCr:約22%、Ni:約9%、Mo:約3%、N:0.1%である。
【0034】
5.これら溶接構造物および容器の高圧化要望にたいして、高強度ステンレス鋼として引張強度が700MPa以上とする材料が望ましく、その材料として二相ステンレス鋼が好適としてその成分最適化により高強度化の可能性を見出した。具体的にはV,W,Nb,N、Cが引張強度に特に有効でありその成分として以下式のように最適化したことである。
V+8W+5Nb+N+5C≧0.50
ただしV,W,Nb,N、Cはそれぞれの元素の含有量(質量%)とする。
【0035】
なお、本発明における高圧容器用高強度ステンレス鋼として二相ステンレス鋼を好適としているが、二相ステンレス鋼はプレス成形性に劣るため、プレス成形される鏡板への加工がその形状によっては加工できない場合がある。この場合は二相ステンレス鋼に適した鏡板形状への変更が望ましいが、金型の変更は試作時間と金型交換の費用が必要となる。これを回避する手段の一つとして、鏡板には従来通り汎用のフェライト系ステンレス鋼またはオーステナイト系ステンレス鋼を用いることで高圧容器の高圧化と容器の製造性改善を達成可能であることも知見している。これは鏡板ではプレス成形により一般にお椀型の形状のため、その形状により高圧力に耐えうることが可能であり、鏡板のみ汎用のフェライト系ステンレス鋼またはオーステナイト系ステンレス鋼としても高圧容器としての要求性能は担保できる。なお、ここでのフェライト系ステンレス鋼やオーステナイト系ステンレス鋼とは、高圧容器の内容物に応じた耐食性を有するものとする。具体的には上水の温水貯湯の場合にはSUS444やSUS445J1/J2、SUS315J1/J2が好適である。もちろん、高強度を必要としない場合には、第1のステンレス鋼部材と第2のステンレス鋼部材のいずれについても、フェライト系ステンレス鋼やオーステナイト系ステンレス鋼を用いることができる。
【0036】
次に、本発明の溶接構造における第1のステンレス鋼部材と第2のステンレス鋼部材の好ましい成分組成、本発明のステンレス鋼の成分組成について、詳細に説明する。
まず本鋼は好ましくは二相組織を有するステンレス鋼とする。二相組織とすることにより結晶粒微細化並びに複相組織化の効果で高強度の材料が得られる。なおさらなる高強度化に対しては前記のようにV,W,Nb,N、Cを適正な量を添加することで700MPa以上の高強度材を得られる。
【0037】
Cは,高強度化に寄与する元素のひとつである。ただし過剰な添加は耐粒界腐食性および加工性を低下させる。このため,Cの含有量は0.001%~0.050%であることがより望ましい。望ましくは下限が0.005%であり、上限が0.040%、より望ましくは下限が0.008%であり、上限が0.030%であることがより望ましい。
【0038】
Nは,Cと同様に高強度化への寄与が大きい。ただしこれもCと同様に過剰な添加は耐粒界腐食性,加工性を低下させる。このため,Nの含有量は0.10%~0.25%とした。望ましくは下限が0.12%であり、上限が0.22%、より望ましくは下限が0.15%であり、上限が0.20%であることがより望ましい。
【0039】
Nbは,C,Nの安定化元素として溶接部の粒界腐食を抑制することで知られるが、素材の強度を向上させることでも知られる。一方、過剰な添加は過度に強度を向上させ加工性を低下させる問題が生じる場合もあり、またコストも上昇する問題がある。そのため,Nbの含有量は0.001~0.300%とする。望ましくは下限が0.002%であり、上限が0.200%、より望ましくは下限が0.003%であり、上限が0.100%である。
【0040】
Vは前述のNbとの複合添加により高強度化に寄与するだけでなく、耐食性を改善する作用も有する。ただし、Vの過度の添加は加工性を低下させる上,耐食性向上効果も飽和する。そのため,その添加量は0.01~0.30%とする。望ましくは下限が0.05%であり、上限が0.25%、より望ましくは下限が0.10%であり、上限が0.20%、である。
【0041】
その他元素について言及する。
Siは,脱酸元素として重要な元素であり,耐食性,耐酸化性の向上にも有効である。過剰な添加は製造性を低下させる。そのため、Siの含有量は0.01~1.50%とした。なおSiは前記の通り脱酸のための必須元素であるから0.05%以上含有させることが望ましい。Si含有量は、より望ましくは下限が0.10%であり、上限が1.10%である。
【0042】
Mnは,オーステナイト安定化元素として二相ステンレス鋼には重要な元素であるが,過剰に添加すると腐食の起点となるMnSを生成しやすくなり,耐食性を低下させる。このため,Mnの含有量を0.1%以上8.0%未満とした。より望ましくは,下限が1.0%であり、上限が6.0%である。
【0043】
Pは,溶接性,加工性を低下させるだけでなく,粒界腐食を生じやすくするため,低く抑える必要がある。そのためPの含有量を0.035%以下とした。より望ましくは下限が0.001%であり、上限が0.02%である。
【0044】
Sは,CaSやMnS等の腐食の起点となる水溶性介在物を生成させるため,低減させる必要がある。そのため、Sの含有量は0.01%以下とする。ただし、過度の低減はコストの悪化を招く。このため,Sの含有量は、下限が0.0001%であり、上限が0.005%であることがより望ましい。
【0045】
Crは,ステンレス鋼の耐食性を確保する上で最も重要な元素であり,更にフェライト組織を安定化させる効果を有する。しかし、過剰な添加は、加工性,製造性を低下させ、かつ原料コストも増加させる。そのためCrの含有量は20.0%~26.0%とした。より望ましくは下限が21.0%であり、上限が25.0%である。
【0046】
Moは,不働態皮膜の補修に効果があり,耐食性を向上させるのに非常に有効な元素である。また、MoはCrとともに含有されることにより耐孔食性を向上させる効果がある。しかし、Moを過剰に添加させると,加工性が著しく低下し,コストが高くなる。このため、Moの含有量は0.1~4.0%とした。望ましくは,下限が0.2%であり、上限が3.0%である。
【0047】
Cuは,一般に活性溶解速度を低下させるだけでなく,再不働態化を促進する効果を有する。しかし過度な添加はCuが腐食を促進する場合もある。そのため、Cuは0.01~2.00%とした。より望ましくは,下限が0.10%であり、上限が1.50%である。
【0048】
Niは,オーステナイト組織を安定化させることに加えて活性溶解速度を抑制させる効果を有する。ただし、Niの過剰な添加は,加工性を低下させ,また原料価格を上げてしまう。そのためNiの含有量は、0.5%~7.0%であり,より望ましくは下限が0.8%であり、上限が6.0%である。
【0049】
Wは,耐食性を向上させる効果を有する。しかし過度な添加はコスト増加や加工性の低下を引き起こす。そのため、Wは0.01~1.00%とした。
【0050】
Alは脱酸元素として重要であり,また非金属介在物の組成を制御して組織を微細化する効果もある。しかしAlの過剰な添加は、金属精錬時の非金属介在物の粗大化を招き,製品の疵発生の起点になる恐れもある。そのため,Al含有量は0.001%~0.100%とした。より望ましくは下限が0.007%であり、上限が0.080%である。
【0051】
本発明のステンレス鋼は、残部がFeおよび不純物からなる。前記Feの一部に替えて、さらに下記選択元素を含有しても良い。以下に選択元素の範囲を記載する。
【0052】
Tiは,C,Nを固定し,溶接部の粒界腐食を抑制して加工性を向上させる上で非常に重要な元素である。しかしながら、TiはAlと同様溶接部の酸化皮膜の均一化を阻害し、製造時の表面疵の原因となる。このため,Ti含有量の範囲を0.005%~0.300%とした。より望ましくは下限が0.010%であり、上限が0.200%である。
【0053】
Coは、鋼の靭性と耐食性を高めるために有効な元素であるが、高価な元素であり過剰な添加はコストを増加させる。そのためCo含有量は0.01%~1.00%とした。より望ましくは下限が0.02%であり、上限が0.50%である。
【0054】
SnおよびSbは、耐すき間腐食性を改善するだけでなく、腐食発生時の溶解速度抑制効果を有するため、この一種または二種を必要に応じて添加される。ただし、過度の添加は加工性を低下させる上,耐食性向上効果も飽和するため,その含有量は各々0.001~0.100%とすることが望ましい。より望ましくは下限が0.005%であり、上限が0.050%である。
【0055】
Zrは、Vと同様に耐隙間腐食性を改善するだけでなく、C,Nの安定化元素としての効果も有するため、必要に応じて添加される。ただし、Zrの過度の添加は加工性を低下させる上,耐食性向上効果も飽和する。そのためZrの含有量は0.001%~0.05%とすることが望ましい。より望ましくは下限が0.005%であり、上限が0.03%である。
【0056】
HfはZrと同様に強い窒化物生成元素であって、結晶粒微細化効果を有する元素である。ただし高価な元素でありコストを上昇させる。そのためHfは0.001%~0.080%とする。望ましくは下限が0.003%であり、上限が0.010%である。
【0057】
Bは二次加工脆性改善に有効な粒界強化元素であるため、必要に応じて添加される。ただし過度の添加はフェライトを固溶強化して延性低下の原因になるため、Bを添加する場合は0.0001%~0.0050%とする。より望ましくは下限が0.0002%であり、上限が0.0020%である。
【0058】
Taは,耐食性を向上させる効果を有する。しかし過度な添加はコスト上昇や加工性の低下を生じる。そのため、Taは0.005~0.200%とした。
【0059】
Caは,製鋼工程での脱硫に有効な元素である。しかし過度な添加は耐食性の低下や製造性の悪化を招く。そのため、Caは0.0005~0.0050%とした。
【0060】
Mgは,組織を微細化し、加工性、靭性の向上にも効果を有する。しかし過度な添加はコストや製造性を悪化させる。そのため、Mgは0.0001~0.0030%とした。
【0061】
REMは鋼の熱間加工性を改善する元素であるが、一方で過剰な含有は逆に熱間加工性および靭性を低下させる。そのため添加させる場合は0.005~0.100%である。ここでREMの含有量とは、LaやCe等のランタノイド系希土類元素の含有量の総和とする。
【0062】
なお、本発明の技術的特徴は溶接部の構造とそれに用いるステンレス鋼にある。そのため、本明細書では貯湯缶体を例に挙げたが、これに限定されるものではなく、溶接が施され鏡板と胴板で構成されるステンレス鋼製容器全般に適用されるものである。また、被溶接材の板厚tは、特に限定されるものではなく、一般的に用いられている薄板材料0.4~5mmの範囲内で適宜決めることができる。なおこの板厚は左記に限定されるものではない。
【実施例】
【0063】
<実施例1>
上記知見を得るために、まず溶接すき間部における溶接金属の構造と耐すき間腐食性を評価した。
【0064】
供試材は、ラボ真空溶解炉により表1に示すような三鋼種を溶製し、圧延・熱処理により0.8mm厚のラボ冷延板を製造した。
【0065】
【0066】
溶接試験片は、この供試材の表面を#600エメリー紙で湿式研磨仕上げに処理した後、40mm幅×200Lmm(第2のステンレス鋼部材2)と55mm幅×200Lmm(第1のステンレス鋼部材1)に切断したものを用いた。すきまの開口角をつけるため、この幅55mm材(第1のステンレス鋼部材1)のうち15mmの位置で曲げ加工し、
図2のように40幅の平板(第2のステンレス鋼部材2)と組み合わせて、曲げ加工材(第1のステンレス鋼部材1)の端部11と板材(第2のステンレス鋼部材2)の平面部(端部以外の部位12)とをTIG溶接した。このとき曲げ加工での角度を調整することで、すき間幅が40μmとなるすき間深さ(すき間最深部4と40μm位置5の距離L
C(
図1参照))は約0.8~3mmであった。溶接材は市販の309LならびにYS2209を用いた。
【0067】
図2に示すように、第1のステンレス鋼部材1の端部11側に入熱している(溶接入熱23)。溶接条件は、送り速度50cm/minとし、シールドにはArを用い、トーチ側は流量15L/min、アフターガスは20L/minで固定し、裏面のガスは、シールド実施時は流量5L/minとした。電流値は50~120Aで変化させて溶接金属部6の長さを変化させ、ボンド部9の位置を調整した(
図1参照)。この時の溶接すき間部の断面形状模式図を
図1に示す。この図の通り、第1のステンレス鋼部材1の端部側において、溶接金属部6と素材との境界部(ボンド部9)からすき間最深部4までの長さをL
Bと規定し、すき間最深部から幅40μm位置5までの長さをすき間長さL
Cと規定し、その値を比較した。
【0068】
耐食性評価試験片は、本材料から溶接長さ方向に20mmの大きさに切断した。切断端面は#600のエメリー湿式研磨処理を施した。すき間面側のみを試験環境に晒すために、容器として外面側にあたるトーチ側溶接金属部は耐熱シリコン樹脂でコーティングした。腐食試験液としては、NaClの他に酸化剤としてCuCl2試薬を用いて、Cl-は600ppmと、Cu2+は2ppmCu2+となるように調整した試験液を用いた。なおCu2+は環境の酸化性を調整するために添加しており、2ppmの濃度は一般の温水環境を模擬した濃度のひとつである。浸漬条件は80℃、酸素吹き込みとし、2週間連続浸漬とした。なお試験液は、1週間後に交換した。
【0069】
試験後の孔食およびすき間腐食深さは、光学顕微鏡を用いた焦点深度法により測定した。なお孔食およびすき間内の腐食測定は、溶接金属部を削り込み、すき間部を開放してから行った。孔食およびすき間腐食は最大10点測定し、その最大値を最大腐食深さとした。この時の最大腐食深さが50μm以下の場合を合格(A)、それ以外を不合格(X)とした。最大腐食深さが20μm未満の場合は特に良好(S)とした。
【0070】
上記の実験結果を表1の条件1-1~1-19に記す。
【0071】
まずSUS821J1相当鋼を用いた結果をそのうちの1-1~15に示す。溶接フィラーを用いない場合は、溶接金属部6と素材との境界部からすき間最深部4までの長さLBがすき間最深部4から幅40μm位置5までのすき間長さLCより大きい、つまりLC<LBを満たす条件1-1および1-3の場合は腐食深さは30μm程度で基準とする50μm以下で良好な結果を示した。一方、LC<LBを満たさない条件1-2では腐食深さが88μmと基準を超え耐食性に劣る結果となった。
【0072】
更に溶接フィラーとして309Lを用いた場合は、LC<LBを満たす条件である条件1-4~7では腐食試験での腐食深さは50μm以下を示した。一方、LC<LBを満たさない条件1-8,9では、腐食深さが基準値を超える値となった。
また溶接フィラーとしてYS2209を用いた場合でも、LC<LBを満たす条件である条件1-10~13では腐食試験での腐食深さは50μm以下を示した。一方、LC<LBを満たさない条件1-14,15では、腐食深さが基準値を超える値となった。
【0073】
鋼種としてSUS445J1相当鋼およびSUS315J2相当鋼を用いた結果を1-16~19に示す。溶接フィラーを用いた1-4および1-8と同一の条件で試験片を作製した結果では、先の結果と同様にLC<LBを満たす1-16と18では腐食試験での腐食深さは50μm以下を示した。一方、LC<LBを満たさない条件1-17,19では、腐食深さが基準値を超える値となった。
【0074】
なお、いずれの条件についても、すき間部内側22の部材である第2のステンレス鋼部材2に関しては、溶接すき間部3においてもすき間腐食は観察されなかった。
【0075】
<実施例2>
次に、高強度ステンレス鋼を用いた場合の実験結果を記す。
表2に示す成分のステンレス鋼をラボ真空溶解炉により溶製し、圧延・熱処理により0.8mm厚のラボ冷延板を製造した。なお、表2のNo.2-9は、Cr含有量が低く、「ステンレス鋼」としての範疇からは外れる成分である。
【0076】
【0077】
【0078】
この供試材0.8mm厚をもちいて、JIS Z 2241:1998に規格される5号試験片を作製し、同規格内で引張試験を実施してその引張強度を導出した。
【0079】
表2にこれらの成分とその引張強度MPa、ならびに成分V・W・Nb・N・Cより導かれる(1)式左辺;V+8W+5Nb+N+5Cの値を記す。これより(1)式が基準値である0.50以上を満たすNo2-1~7および2-9,2-12~15の場合には引張強度は700MPaを超えることが示されている。一方、各成分は規定値を満たすものの(1)式を満たさないNo2-8,Nおよび(1)式を満たさないNo2-10,V,W,Nbおよび(1)式を満たさないNo2-11(参考例)では引張強度の基準は満たさなかった。
【0080】
これらの材料を用いて、表1の1-4と同じ溶接形状になるよう溶接しその溶接すき間試験片を作製した。溶接フィラーも同様に309LとYS2209を用いた。さらにこれらの溶接すき間試験片を前述と同条件の腐食試験に供した。その結果を表3に示す。本溶接形状はLC<LBを満たしているため、材料の組成が基準範囲であれば溶接フィラーによらず腐食試験後の腐食深さも基準である50μm以下で良好な結果が得られた。一方、耐食性への寄与の大きいCrが下限を下回り、「ステンレス鋼」としての範疇から外れる2-9(比較例)では、腐食試験での腐食深さが基準の50μmを上回り、耐食性が劣る結果となった。
【0081】
以上のように、本発明により溶接すき間組成及び構造を適正化することにより溶接すき間部の耐食性に優れる溶接構造物ならびに容器を提供でき、更には高圧化の要望に対して適切な高強度ステンレス鋼を提供できることを明らかにしたものである。
【0082】
本発明の溶接構造物および高圧容器(溶接容器)としては、前述のヒートポンプ式温水器等に用いられる貯湯缶体に加え水やお湯をためる各種貯水・貯湯およびその他の液体を保管するタンクや槽のように、鏡板と胴板を有する溶接部を有する容器全般に好適に用いることができる。その他熱交換器等の溶接すき間構造を有し耐すき間腐食性を要求される用途にも好適である。容器の高圧化のための高強度ステンレス鋼として成分を適正化した二相ステンレス鋼を例示したが、引張強度が700MPa以上であり、かつ溶接すき間部の形状が制御されていればその他の高強度ステンレス鋼でも適用が可能である。
【符号の説明】
【0083】
1 第1のステンレス鋼部材
2 第2のステンレス鋼部材
3 溶接すき間部
4 すき間最深部
5 40μm位置
6 溶接金属部
8 HAZ部
9 ボンド部
11 端部
12 端部以外の部位
13 鏡板
14 胴板
21 すき間部外側
22 すき間部内側
23 溶接入熱