(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-05
(45)【発行日】2023-09-13
(54)【発明の名称】クランクシャフト及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
F16C 3/08 20060101AFI20230906BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20230906BHJP
C21D 8/00 20060101ALI20230906BHJP
C21D 9/30 20060101ALI20230906BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20230906BHJP
C21D 1/18 20060101ALI20230906BHJP
【FI】
F16C3/08
C22C38/60
C21D8/00 A
C21D9/30 A
C22C38/00 301Z
C21D1/18 K
(21)【出願番号】P 2019190532
(22)【出願日】2019-10-17
【審査請求日】2022-06-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104444
【氏名又は名称】上羽 秀敏
(74)【代理人】
【識別番号】100174285
【氏名又は名称】小宮山 聰
(72)【発明者】
【氏名】安部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】久保田 学
【審査官】藤村 聖子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-110247(JP,A)
【文献】特開2009-299163(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 3/00-9/06
C21D 1/18,8/00,9/00-9/44,9/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マルテンサイトの体積率が80%以上である焼入れ硬化層を表面に有するクランクシャフトであって、
前記焼入れ硬化層は、
室温において表層から少なくとも深さ2.0mmまでの硬さがHV750以上であり、
室温での固溶炭素量が0.46~0.65質量%である、クランクシャフト。
【請求項2】
請求項1に記載のクランクシャフトであって、
前記焼入れ硬化層は、
200℃で1時間加熱後の固溶炭素量が0.42質量%以上であり、300℃で1時間加熱後の固溶炭素量が0.34質量%以上である、クランクシャフト。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のクランクシャフトであって、
前記焼入れ硬化層は、
200℃で1時間加熱後において表層から少なくとも深さ2.0mmまでの硬さがHV470以上であり、300℃で1時間加熱後において表層から少なくとも深さ2.0mmまでの硬さがHV400以上である、クランクシャフト。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載のクランクシャフトであって、
化学組成が、質量%で、
C :0.48~0.62%、
Si:0.01~2.0%、
Mn:0.1~2.0%、
Cr:0.01~0.50%、
Al:0.001~0.06%、
N :0.001~0.020%、
P :0.03%以下、
S :0.20%以下、
残部:Fe及び不純物である、クランクシャフト。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載のクランクシャフトの製造方法であって、
クランクシャフトの中間品を準備する工程と、
前記中間品を高周波焼入れする工程とを備え、
前記高周波焼入れ後、焼戻しを実施しない、クランクシャフトの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クランクシャフト及びその製造方法に関し、より詳しくは、表面に焼入れ硬化層を有するクランクシャフト及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
耐摩耗性や疲労強度を向上させるため、表面に高周波焼入れや軟窒化による硬化層を形成したクランクシャフトが知られている。
【0003】
特許第4589885号公報には、C:0.3~0.6%を含み、熱伝導率κが40W/mK以上であって、かつ高周波焼入れ後の表面硬さHvがHv>2.7×κ+420を満足するクランクシャフトが開示されている。
【0004】
特許第5499974号公報には、C:0.25~0.60%を含み、表面から深さ0.05mm位置のHV硬さが380~600である非調質型窒化クランクシャフトが開示されている。
【0005】
特開2017-110247号公報には、C:0.35~0.60%を含み、ピン部、ジャーナル部、及びフィレット部において、HV550以上のビッカース硬さが得られる表面からの深さが1.0mm以上であるクランクシャフトが開示されている。
【0006】
特許第6354455号公報には、複数のピン部及び複数のジャーナル部のうち少なくとも一部の外周面が転がり軸受用の転動面となるように構成されたクランクシャフトが開示されている。このクランクシャフトは、C:0.50~0.90%を含み、転動面が高周波焼入処理され、最表面から少なくとも深さ1.5mmの範囲の硬さが650HV以上である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第4589885号公報
【文献】特許第5499974号公報
【文献】特開2017-110247号公報
【文献】特許第6354455号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
クランクシャフトには、疲労強度や耐摩耗性に加えて、耐焼付き性が要求される。近年、燃費向上を目的として潤滑油の低粘度化やクランクシャフト摺動部の細軸化が進んでおり、クランクシャフトには、より優れた耐焼付き性が求められている。
【0009】
本発明の目的は、耐焼付き性に優れたクランクシャフト及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一実施形態によるクランクシャフトは、マルテンサイトの体積率が80%以上である焼入れ硬化層を表面に有するクランクシャフトであって、前記焼入れ硬化層は、室温において表層から少なくとも深さ2.0mmまでの硬さがHV750以上であり、室温での固溶炭素量が0.46~0.65質量%である。
【0011】
本発明の一実施形態によるクランクシャフトの製造方法は、上記のクランクシャフトの製造方法であって、クランクシャフトの中間品を準備する工程と、前記中間品を高周波焼入れする工程とを備え、前記高周波焼入れ後、焼戻しを実施しない。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、耐焼付き性に優れたクランクシャフトが得られる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、焼入れ硬化層の表面硬さと焼付面圧との関係を示す図である。
【
図2】
図2は、室温における焼入れ硬化層の固溶炭素量と焼付面圧との関係を示す図である。
【
図3】
図3は、200℃で1時間加熱後の焼入れ硬化層の固溶炭素量と焼付面圧との関係を示す図である。
【
図4】
図4は、300℃で1時間加熱後の焼入れ硬化層の固溶炭素量と焼付面圧との関係を示す図である。
【
図5A】
図5Aは、硬さ測定用試験片の採取位置を示す模式図である。
【
図6】
図6は、電解抽出残渣の分析のフロー図である。
【
図7】
図7は、クランクシャフトの製造方法の一例を示すフロー図である。
【
図8】
図8は、実施例で作製した試験軸のヒートパターンである。
【
図9】
図9は、焼付き試験で使用した評価装置の模式図である。
【
図10】
図10は、試験軸に加えた面圧の時間変化の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
耐焼付き性を向上させるためには、摺動部品のうち軟質材の表面硬さを向上させる必要があると言われている。クランクシャフトにおいても、軟質材である軸受メタルの表面硬さを向上させて耐焼付き性を向上させた例はある。一方、硬質材であるクランクシャフトの表面硬さと耐焼付き性との関係は、これまで系統的に調べられていなかった。
【0015】
図1は、本発明者らの調査によって得られた、クランクシャフトを模擬した試験軸の表面硬さと焼付面圧との関係を示す図である。一般的には、表面硬さを高くすることで耐摩耗性が向上し、これによって耐焼付き性も向上すると考えられている。しかし本発明者らの調査によれば、
図1に示すとおり、表面硬さが高くなると焼付面圧が高くなる傾向は見られるものの、相関係数がそれほど大きいとはいえず、表面硬さだけでは耐焼付き性を十分に説明できないことが分かった。
【0016】
さらに検討を進めた結果、耐焼付き性は、固溶炭素量と強い相関があることが分かった。
図2は、固溶炭素量と焼付面圧との関係を示す図である。
図2から、固溶炭素量によって、耐焼付き性をよく説明できることが分かる。
【0017】
また、焼付きが発生する際のクランクシャフトの表面温度は200℃から300℃になっていることから、耐焼付き性には、この温度域での特性がより大きく影響していると考えられる。
図3及び
図4は、それぞれ200℃及び300℃で1時間加熱後の固溶炭素量と焼付面圧との関係を示す図である。
図3及び
図4から、200℃及び300℃で1時間加熱後の固溶炭素量によって、耐焼付き性をさらによく説明できることが分かる。
【0018】
本発明は、以上の知見に基づいて完成された。以下、本発明の一実施形態によるクランクシャフトについて詳述する。
【0019】
[クランクシャフト]
本実施形態によるクランクシャフトは、表面に焼入れ硬化層を有している。焼入れ硬化層は、クランクシャフトの全体に形成されていてもよいし、クランクシャフトの一部(例えば、ピン及び/又はジャーナル)だけに形成されていてもよい。
【0020】
本実施形態において焼入れ硬化層とは、マルテンサイトの体積率が80%以上である層を意味するものとする。本実施形態によるクランクシャフトの焼入れ硬化層の厚さは、好ましくは2.0mm以上であり、さらに好ましくは4.0mm以上である。
【0021】
本実施形態によるクランクシャフトは、表層だけでなく、芯部まで焼入れされたものであってもよい。もっとも、生産性の観点から、芯部は非焼入れ組織(具体的には、フェライト、パーライト、又はフェライト・パーライト)であることが好ましい。
【0022】
本実施形態によるクランクシャフトの焼入れ硬化層は、室温において表層から少なくとも深さ2.0mmまでの硬さがHV750以上であり、室温での固溶炭素量(以下「室温固溶炭素量」という。)が0.46~0.65質量%である。
【0023】
室温において表層から少なくとも深さ2.0mmまでの硬さがHV750以上であり、かつ、室温固溶炭素量が0.46質量%以上であれば、優れた耐焼付き性が得られる。耐焼付き性は、焼入れ硬化層の固溶炭素量と強い相関があり、硬化層の固溶炭素量が高いほど耐焼付き性が向上する。室温固溶炭素量の下限は、好ましくは0.47質量%である。
【0024】
一方、室温固溶炭素量が0.65質量%を超えると、被削性が低下して機械加工が困難になる、平滑な表面形状に仕上加工することが困難になる、残留オーステナイトが生成しやすくなる、焼割れが発生しやすくなるといった問題が起こる。特に焼割れに関しては、摺動面にき裂が発生すると、き裂の開口部そのものや開口部周辺に発生するバリによって、焼付き面圧が著しく低下する。そのため、室温固溶炭素量の上限は0.65質量%である。室温固溶炭素量の上限は、好ましくは0.60質量%であり、より好ましくは0.55質量%であり、さらに好ましくは0.52質量%である。
【0025】
室温における表面硬さの上限は特に設けないが、好ましくはHV850であり、より好ましくはHV800であり、さらに好ましくはHV780である。なお、表面硬さは、表面から深さ100μmの地点の硬さとする。
【0026】
本実施形態によるクランクシャフトの焼入れ硬化層は、好ましくは、200℃で1時間加熱後の固溶炭素量(以下「200℃固溶炭素量」という。)が0.42質量%以上であり、300℃で1時間加熱後の固溶炭素量(以下「300℃固溶炭素量」という。)が0.34質量%以上である。
【0027】
本実施形態によるクランクシャフトの焼入れ硬化層は、好ましくは、200℃で1時間加熱後において表層から少なくとも深さ2.0mmまでの硬さがHV470以上であり、300℃で1時間加熱後において表層から少なくとも深さ2.0mmまでの硬さがHV400以上である。
【0028】
室温における焼入れ硬化層の硬さは、次のように測定する。
図5A及び
図5Bに示すように、クランクシャフトから表面SFを含む試験片SMPを切り出す。測定面MFは、クランクシャフトの軸方向と平行な面とする。測定面MFとその裏面を平行に研磨する。深さ方向の複数の地点を試験力300gfで圧下して、それぞれの深さ地点でのビッカース硬さを測定する。それぞれの深さ地点のビッカース硬さは、クランクシャフトの軸方向と平行に5箇所測定し、その平均値とする。
【0029】
200℃及び300℃で1時間加熱後の焼入れ硬化層の硬さは、室温における硬さの測定に用いた試験片と同様に作製した試験片をそれぞれ200℃及び300℃に1時間保持後、室温まで空冷した後、室温における硬さの測定と同様に測定する。
【0030】
焼入れ硬化層の室温固溶炭素量は、次のように測定する。まず、電解抽出残渣測定によって、焼入れ硬化層中の非固溶状態の炭素の割合(質量%)を求める。
図6は、電解抽出残渣の分析のフロー図である。
【0031】
焼入れ硬化層が形成された箇所から、電解抽出残渣測定用の試料を採取する。例えば、測定対象の鋼材が直径47.9mmの円柱形状の場合、採取する試料は、この一部を切り出した高さ12.0mm×直径47.9mmの円柱形状とすることができる。この試料の断面をマスクして、表層部だけを溶解する。具体的には、10質量%アセチルアセトン-1質量%テトラメチルアンモニウムクロライド/メタノール溶液(AA溶液)を電解液として用いた定電流電解法によって、電流密度20mA/cm2で、表面から40μmまでの部分を陽極溶解する(AA電解)。溶液を孔径0.2μmのガラスフィルタでろ過し、残渣を回収する。
【0032】
回収した残渣を、高周波燃焼赤外線吸収法によって分析し、残渣中の炭素含有量(質量%)を求める。高周波燃焼赤外吸収法は、JIS G 1211-3:2018(鉄及び鋼-炭素定量方法-)の8.2(定量操作)のb)に準じて行う。具体的には、ガラスフィルタごと炉に入れて助燃剤(タングステンとすずの混合物(タングステン:すず=9:1)。ただし、高周波がかかりにくい場合にはJIS Z 2615:2015の8.13に準じて純鉄を加える。)と共に燃やし、ガラスフィルタ上の炭素をCO及びCO2にする。このCO、CO2の検出量を積算して、積算量を予め取得しておいた検量線と比較して炭素量を求める
【0033】
クランクシャフトの化学組成の炭素含有量(質量%)と残渣中の炭素含有量(質量%)との差を、室温固溶炭素量(質量%)とする。
【0034】
焼入れ硬化層の200℃固溶炭素量及び300℃固溶炭素量は、室温固溶炭素量の測定に用いた試験片と同様に作製した試験片をそれぞれ200℃及び300℃に1時間保持後、室温まで空冷した後、室温固溶炭素量の測定と同様に測定する。
【0035】
本実施形態によるクランクシャフトは、これらに限定されないが、JIS G 4051:2009の機械構造用炭素鋼鋼材、JIS G 4052:2008の焼入れ性を保証した機械構造用鋼鋼材(H鋼)、JIS G4053:2008の機械構造用合金鋼鋼材等からなるものを用いることができる。これらの鋼材の中でも、JIS G 4051:2009のS50C、S55C、S60C等が好適であり、また、これらの鋼材に被削性を向上させるためにSを添加した鋼材が特に好適である。
【0036】
クランクシャフトの化学組成は、好ましくは、質量%で、C:0.48~0.62%、Si:0.01~2.0%、Mn:0.1~2.0%、Cr:0.01~0.50%、Al:0.001~0.06%、N:0.001~0.020%、P:0.03%以下、S:0.20%以下、残部Fe及び不純物である。
【0037】
[クランクシャフトの製造方法]
次に、本実施形態によるクランクシャフトの製造方法の一例を説明する。以下に説明する製造方法は、あくまでも例示であって、本実施形態によるクランクシャフトの製造方法を限定するものではない。
【0038】
図7は、クランクシャフトの製造方法の一例を示すフロー図である。この製造方法は、素材を準備する工程(ステップS1)、熱間鍛造工程(ステップS2)、熱処理工程(ステップS3)、機械加工工程(ステップS4)、焼入れ工程(ステップS5)、及び仕上加工工程(ステップS6)を備えている。以下、各工程を詳述する。
【0039】
クランクシャフトの素材を準備する(ステップS1)。クランクシャフトの素材は、これに限定されないが、例えば化学組成が、質量%で、C:0.48~0.62%、Si:0.01~2.0%、Mn:0.1~2.0%、Cr:0.01~0.50%、Al:0.001~0.06%、N:0.001~0.020%、P:0.03%以下、S:0.20%以下を含むものを用いることができる。クランクシャフトの素材は、上記以外の元素(例えばVやNb等)を含有するものであってもよい。
【0040】
素材は、例えば棒鋼である。素材は例えば、上記の化学組成を有する溶鋼を連続鋳造又は分塊圧延して製造することができる。
【0041】
素材を熱間鍛造してクランクシャフトの粗形状にする(ステップS2)。熱間鍛造は、粗鍛造と仕上鍛造とに分けて実施してもよい。
【0042】
熱間鍛造によって製造されたクランクシャフトの粗形品に対して、必要に応じて焼準し等の熱処理を実施する(ステップS3)。この熱処理工程(ステップS3)は任意の工程であり、クランクシャフトの要求特性等によってはこの工程を省略してもよい。
【0043】
クランクシャフトの粗形品を機械加工する(ステップS4)。機械加工は、切削加工や研削加工、孔開け加工等である。この工程により、最終製品に近い形状を有するクランクシャフトの中間品が製造される。
【0044】
機械加工されたクランクシャフトの中間品を焼入れする。これによって、表面に焼入れ硬化層が形成される。具体的には、所定の加熱温度に加熱した後、急冷する。急冷は、好ましくは油冷又は水冷であり、より好ましくは水冷である。このとき、高周波誘導加熱装置によって局所的に加熱してもよいし、熱処理炉によって中間品全体を加熱してもよい。加熱温度は、好ましくはAc3点以上であり、より好ましくは900℃以上である。
【0045】
この例では、クランクシャフトの中間品を焼入れ後、焼戻しを実施しない。焼戻しを実施すると、セメンタイト等の炭化物が析出し、固溶炭素量が減少するためである。
【0046】
焼入れ硬化層が形成された中間品に対して、必要に応じて仕上加工を実施する(ステップS6)。例えばクランクシャフトのジャーナルやピンに研削やラッピングを施して表面形状を調整する。以上の工程によって、クランクシャフトを製造することができる。
【0047】
焼入れ硬化層の室温における硬さ、200℃における硬さ、及び300℃における硬さは例えば、素材の化学組成、焼入れ時の冷却速度等によって調整することができる。具体的には、炭素含有量を高くすると、または、焼入れ時の冷却速度を大きくすると、焼入れ硬化層の室温における硬さ、200℃における硬さ、及び300℃における硬さの値は高くなる。
【0048】
焼入れ硬化層の室温固溶炭素量、200℃固溶炭素量、及び300℃固溶炭素量(以下、これらを区別せずに単に「固溶炭素量」と呼ぶ場合がある。)は例えば、素材の化学組成、鍛造後の熱処理等によって調整することができる。具体的には、素材の炭素含有量を高くすると、焼入れ硬化層の固溶炭素量の値は高くなる。
【0049】
固溶炭素量の値を高くするためには、炭化物が析出する温度域に鋼材を長時間保持しないことが好ましい。また、炭化物を形成する元素(Cr等)の含有量を少なくすることが好ましい。
【0050】
以上、本発明の一実施形態によるクランクシャフト及びその製造方法を説明した。本実施形態によれば、耐焼付き性に優れたクランクシャフトが得られる。
【実施例】
【0051】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明はこれらの実施例に限定されない。
【0052】
表1に示す化学組成を有する鋼を素材として、焼付き試験用の試験軸を作製した。
図8に、試験軸作製時のヒートパターンを示す。
【0053】
【0054】
具体的には、素材を1250℃で1時間加熱した後、1100~850℃で熱間鍛造を実施し、鍛造終了後、室温まで放冷した。その後、1250℃で20分間加熱した後空冷する焼準しを実施した後、機械加工(切削加工)によって外径を47.9mmにした。その後、高周波焼入れを実施して焼入れ硬化層を形成した。これらの試験軸には、いずれもマルテンサイトの体積率が80%以上である焼入れ硬化層が3.0mm以上形成されていた。
【0055】
焼入れ後、仕上加工として、断面曲線の算術平均高さPaが0.07~0.09μmになるように、試験軸に研削及びラッピングを施した。試験軸の外径は、後述する焼付き試験に用いる軸受とのクリアランスが約0.090mmになるように調整した(後掲表2及び表3の番号1~4、及び9~12)。
【0056】
比較例として、焼入れ後、210℃(後掲表2の番号5~6)及び420℃(後掲表2の番号7及び8)で90分間の焼戻しを行った試験軸を作製した。焼戻しを行ったことを除き、後掲表2の番号5~9の試験軸の製造条件は、後掲表2の番号1~4、及び9~12の製造条件と同じである。
【0057】
実施形態で説明した方法にしたがって、各試験軸の焼入れ硬化層の硬さを測定した。具体的には、表面から深さ100μmの地点、及び表層から深さ2.0mmの地点の硬さを測定した。また、200℃及び300℃の場合と同様にして、600℃で一時間加熱後の硬さも測定した。
【0058】
実施形態で説明した方法にしたがって、各試験軸の焼入れ硬化層の室温固溶炭素量、200℃固溶炭素量、及び300℃固溶炭素量を測定した。
【0059】
作製した試験軸を用いて、焼付き試験を実施した。焼付き試験は、神鋼造機株式会社製クランクメタル耐摩耗焼付き性評価装置を用いて実施した。評価装置20の模式図を
図9に示す。試験軸TPを複数の軸受21に挿入し、軸受21に給油しながら、モータ(不図示)によって試験軸TPを8000rpmで回転させた。軸受のメタルは、HV40~50のAl合金を使用した。潤滑油は0W-20、給油温度は140℃、油圧は0.8MPaとした。
【0060】
この状態で、軸受21の一つを引き下げて試験軸TPに加わる面圧を段階的に増加させながら、焼付きが発生するまで運転した。
図10に、試験軸TPに加えた面圧の時間変化を模式的に示す。同一面圧での保持時間は3分間、1ステップあたりの面圧増加幅は4.35MPa、面圧増加にかける時間は15秒間とした。試験軸TPの表面温度が280℃以上になるか、試験軸にかかるトルクが25Nm以上になったときに焼付きが発生したと判定した。
【0061】
結果を表2及び表3に示す。なお、番号12の試験軸は、仕上加工中に焼割れが発生し、焼付き試験を実施することができなかった。
【0062】
【0063】
【0064】
表2及び表3に示すように、番号1~4の試験軸は、室温における表層から深さ2.0mmまでの硬さが750HV以上であり、かつ、室温固溶炭素量が0.46~0.65質量%であった。これらの試験軸は、79MPa以上焼付面圧を示し、番号5~11の試験軸と比較して、優れた耐焼付き性を有していた。
【0065】
試験番号12の試験軸は、仕上加工中に焼割れが発生した。これは、試験番号12の試験軸の固溶炭素量が高すぎたためと考えられる。
【0066】
図1は、表2の結果から作成した、室温における表層から100μmの地点における硬さと焼付面圧との関係を示す図である。
図1において、白抜きのマークは番号1~4の試験軸の結果を表し、中実のマークは番号5~11の試験軸の結果を表す。
図2~
図4においても同様である。一般的には、表面硬さを高くすることで耐摩耗性が向上し、これによって耐焼付き性も向上すると考えられている。しかし、
図1に示すとおり、表面硬さが高くなると焼付面圧が高くなる傾向は見られるものの、相関係数がそれほど大きいとはいえず、表面硬さだけでは耐焼付き性を十分に説明できないことが分かる。
【0067】
図2は、表3の結果から作成した、室温固溶炭素量と焼付面圧との関係を示す図である。
図3及び
図4は、それぞれ200℃固溶炭素量及び300℃固溶炭素量と焼付面圧との関係を示す図である。
図2~
図4から、固溶炭素量によって、耐焼付き性をよく説明できることが分かる。
【0068】
以上、本発明の一実施形態を説明したが、上述した実施形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施形態を適宜変形して実施することが可能である。