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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-05
(45)【発行日】2023-09-13
(54)【発明の名称】細胞分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/65 20060101AFI20230906BHJP
【FI】
G01N21/65
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020010708
(22)【出願日】2020-01-27
(65)【公開番号】P2021117106
(43)【公開日】2021-08-10
【審査請求日】2022-08-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【弁理士】
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100110582
【弁理士】
【氏名又は名称】柴田 昌聰
(72)【発明者】
【氏名】藤原 一彦
(72)【発明者】
【氏名】風見 紗弥香
(72)【発明者】
【氏名】丸山 芳弘
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-25431(JP,A)
【文献】国際公開第2017/086318(WO,A1)
【文献】国際公開第2007/060988(WO,A1)
【文献】特表2006-514309(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/65
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検体である細胞、金属イオンの溶液および還元剤を混合して混合液を作製する混合ステップと、
前記混合液中の前記還元剤の還元作用により前記混合液中の前記金属イオンを還元して金属微小構造を支持体上に生成させるとともに、前記細胞または前記細胞由来の物質を前記金属微小構造に付着させる金属微小構造生成ステップと、
前記金属微小構造生成ステップの後に前記支持体を乾燥させる乾燥ステップと、
前記乾燥ステップの後に、前記支持体上の前記金属微小構造に励起光を照射し、その励起光照射により発生したラマン散乱光のスペクトルを測定する測定ステップと、
を備える細胞分析方法。
【請求項2】
被検体である細胞、金属イオンの溶液および還元剤を混合して混合液を作製する混合ステップと、
前記混合液中の前記還元剤の還元作用により前記混合液中の前記金属イオンを還元して金属微小構造を支持体上に生成させるとともに、前記細胞または前記細胞由来の物質を前記金属微小構造に付着させる金属微小構造生成ステップと、
前記金属微小構造生成ステップの後に前記支持体を乾燥させる乾燥ステップと、
前記乾燥ステップの後に前記支持体を洗浄する洗浄ステップと、
前記洗浄ステップの後に、前記支持体上の前記金属微小構造に励起光を照射し、その励起光照射により発生したラマン散乱光のスペクトルを測定する測定ステップと、
を備える細胞分析方法。
【請求項3】
前記混合ステップにおいて、pH調整剤をも混合して前記混合液を作製する、
請求項1または2に記載の細胞分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
被検体を分析する方法として、該被検体に励起光を照射したときに発生するラマン散乱光のスペクトルに基づく方法が知られている。ラマン散乱スペクトルは被検体の分子振動を反映したものであることから、ラマン散乱スペクトルの形状に基づいて被検体を分析することができる。しかし、この分析方法では、通常、ラマン散乱の効率が非常に小さく、被検体が微量である場合には分析が困難である。このことから、従来、この分析方法が実用的に適用される被検体は、鉱物や高密度なプラスチックなどの物質に限定されてきた。
【0003】
一方、表面増強ラマン散乱(Surface Enhanced Raman Scattering:SERS)分光は、ラマン散乱効率の大幅な向上により高感度の測定が可能であり、低濃度試料の分析が可能であるとして注目されている。SERS分光では、励起光が照射された金属微小構造において増強された電場(光子場)を発生させること(第1条件)、および、その増強された電場が到達する金属微小構造のごく近傍に定常的に被検体が存在すること(第2条件)、の2つの主条件が満たされることにより、被検体から高強度のラマン散乱光を発生させることができる。
【0004】
第1条件を効率よく達成するために、ナノメートルオーダーのサイズの多様な形状の金属微小構造配列体が設計され、この金属微小構造配列体を表面に備える基板(SERS基板)を利用し、このSERS基板に被検体を滴下するなどして、SERS分光による被検体の分析を行うことが提案されている。また、金属コロイド(例えば、銀コロイド粒子、金コロイド粒子)が分散した分散液を利用し、この金属コロイド分散液に被検体を入れることで、SERS分光による被検体の分析を行うことが提案されている。
【0005】
SERS基板を利用する場合および金属コロイド分散液を利用する場合の何れにおいても、SERS分光による被検体の分析を行うには上記第2条件が満たされることが必要である。すなわち、増強された電場が得られる領域は、金属微小構造に依存して空間的に制限されており、多くの場合は金属微小構造の間隙に位置する。したがって、第2条件をも満たしてSERS光を効率よく発生させるためには、この制限された間隙に被検体が存在することが必要である。
【0006】
第2条件を満たすためには、被検体は、金属微小構造を構成する金属に対して親和性が高く吸着し易いことが必要である。しかし、増強された電場を効率よく発生させることができるSERS基板により第1条件を満たすことができたとしても、金属微小構造を構成する金属に対して親和性が低く吸着し難い被検体は、金属微小構造の狭隘な間隙に入り込むことができず、第2条件を満たすことができないので、SERS分光による被検体の分析を行うことが困難である。
【0007】
SERS基板や金属コロイド分散液を利用して行うSERS分光による被検体の分析は、予めSERS基板や金属コロイド分散液を用意しておく必要がある。SERS光は特に銀(Ag)を用いる場合に効率よく発生するものの、銀は酸化し易い。分光測定時にSERS基板上の銀の微小構造や銀コロイドの表面に酸化膜が形成されていると、効率的なSERS分光による被検体の分析ができない。また、分光測定時までにSERS基板や金属コロイドが汚染されないようにする必要があり、これらの扱いは容易でない。
【0008】
特許文献1には、以上のような従来技術が有する問題点を解消することを意図した発明が開示されている。この文献に開示された発明は、高効率なSERS分光による分析を容易に行うことができる。
【0009】
また、非特許文献1には、被検体である菌を金属コロイド粒子に付着させてSERS分光を行うことで、菌に由来するラマン散乱スペクトルが得られた旨が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2018-25431号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】Pamela A. Mosier-Boss, "Reviewon SERS of Bacteria," Biosensors 2017, 7, 51.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献1に開示された発明は、高効率なSERS分光による被検体の分析を容易に行うことができるものの、分析の対象となる被検体が限られており、菌などを含む細胞を被検体として分析することができない。
【0013】
非特許文献1に記載された技術は、金属コロイド分散液を用いることから、SERS分光による被検体(菌などを含む細胞)の分析を高効率かつ容易に行うことができない。
【0014】
本発明は、上記問題点を解消する為になされたものであり、被検体である細胞について高効率なSERS分光による分析を容易に行うことができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の第1態様の細胞分析方法は、(1) 被検体である細胞、金属イオンの溶液および還元剤を混合して混合液を作製する混合ステップと、(2) 混合液中の還元剤の還元作用により混合液中の金属イオンを還元して金属微小構造を支持体上に生成させるとともに、細胞または細胞由来の物質を金属微小構造に付着させる金属微小構造生成ステップと、(3) 金属微小構造生成ステップの後に支持体を乾燥させる乾燥ステップと、(4) 乾燥ステップの後に、支持体上の金属微小構造に励起光を照射し、その励起光照射により発生したラマン散乱光のスペクトルを測定する測定ステップと、を備える。
【0016】
本発明の第2態様の細胞分析方法は、(1) 被検体である細胞、金属イオンの溶液および還元剤を混合して混合液を作製する混合ステップと、(2) 混合液中の還元剤の還元作用により混合液中の金属イオンを還元して金属微小構造を支持体上に生成させるとともに、細胞または細胞由来の物質を金属微小構造に付着させる金属微小構造生成ステップと、(3) 金属微小構造生成ステップの後に支持体を乾燥させる乾燥ステップと、(4) 乾燥ステップの後に支持体を洗浄する洗浄ステップと、(5) 洗浄ステップの後に、支持体上の金属微小構造に励起光を照射し、その励起光照射により発生したラマン散乱光のスペクトルを測定する測定ステップと、を備える。
【0017】
本発明の細胞分析方法は、混合ステップにおいて、pH調整剤をも混合して混合液を作製するのが好適である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、被検体である細胞について高効率なSERS分光による分析を容易に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、第1実施形態の細胞分析方法のフローチャートである。
図2図2は、第2実施形態の細胞分析方法のフローチャートである。
図3図3は、各実施例の測定ステップにおいてSERS光スペクトルの測定の際に用いた顕微分光装置1の光学系を示す図である。
図4図4は、各実施例で用いた試料を纏めた表である。
図5図5は、実施例1で得られたSERS光スペクトルを示す図である。
図6図6は、実施例2で得られたSERS光スペクトルを示す図である。
図7図7は、実施例3で得られたSERS光スペクトルを示す図である。
図8図8は、実施例4で得られたSERS光スペクトルを示す図である。
図9図9は、実施例5で得られたSERS光スペクトルを示す図である。
図10図10は、比較例の明視野像の写真である。
図11図11は、実施例2において測定ステップの際の明視野像の写真である。
図12図12は、実施例3において測定ステップの際の明視野像の写真である。
図13図13は、実施例4において測定ステップの際の明視野像の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、添付図面を参照して、本発明を実施するための形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。本発明は、これらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0021】
本実施形態の細胞分析方法は、金属イオンの溶液および還元剤を混合して混合液を作製し、この混合液中の還元剤の還元作用により混合液中の金属イオンを還元して金属微小構造を支持体上に生成させるとともに、この金属微小構造に細胞または細胞由来の物質を付着させる。そして、支持体上の金属微小構造に励起光を照射して当該励起光照射により発生したラマン散乱光のスペクトルを測定し、そのラマン散乱光のスペクトルに基づいて細胞を分析する。以下に、第1および第2の実施形態の細胞分析方法について説明する。
【0022】
被検体である細胞には原核細胞および真核細胞が含まれる。原核細胞には細菌および古細菌が含まれる。真核細胞には原生生物、植物、動物および真菌が含まれる。単細胞であってもよいし多細胞であってもよく、また、培養細胞であってもよい。細胞由来の物質は、細胞の分解により生成されたものであり、例えば、細胞に含まれていた核酸や核酸塩基などの内容物や、その代謝物である。
【0023】
図1は、第1実施形態の細胞分析方法のフローチャートである。第1実施形態の細胞分析方法は、混合ステップS11、金属微小構造生成ステップS12、乾燥ステップS13、測定ステップS15および分析ステップS16を順に行うことで細胞の分析を行う。
【0024】
混合ステップS11では、細胞を含む被測定溶液、金属イオンの溶液および還元剤を十分に混合して、混合液を作製する。更にpH調整剤をも混合して混合液を作製してもよい。被測定溶液、金属イオン溶液、還元剤およびpH調整剤の混合の仕方または順序として様々な態様があり得る。被測定溶液、金属イオン溶液、還元剤およびpH調整剤を同時に混合してもよい。また、被測定溶液、金属イオン溶液および還元剤を混合して中間混合液を作製し、次に、この中間混合液およびpH調整剤を混合して最終的な混合液を作製してもよい。また、更に塩をも混合してもよい。pH調整剤を加えた後に完全な金属微小構造の生成を待たずに被測定溶液を加えてもよい。
【0025】
細胞を含む被測定溶液は、例えば、液体培地にて培養した後に遠心分離により回収した細胞を水(好適には純水)中へ分散させたものである。金属イオンは、還元剤の還元作用により還元され得るものであれば任意であり、例えば金イオンや銀イオン等である。還元剤は、例えば、グルコース水溶液、硫酸鉄(II)水溶液、水素化ホウ素ナトリウム水溶液、ホルムアルデヒド水溶液などである。pH調整剤は、混合液をアルカリ性とするために混合されるものであり、例えば水酸化カリウム水溶液などである。塩は、金属微粒子の凝集を促すために混合されるものであり、例えば塩化ナトリウムなどである。最終的な混合液として混合される金属イオン溶液、還元剤およびpH調整剤それぞれの量および濃度は、被測定溶液の量および被測定溶液中の細胞の濃度に応じて適切に調製される。
【0026】
金属微小構造生成ステップS12では、混合液中の還元剤の還元作用により混合液中の金属イオンを還元して金属微小構造を支持体上に生成させるとともに、細胞または細胞由来の物質を金属微小構造に付着させる。支持体上の金属微小構造とは、金属微粒子が析出してその凝集体が支持体上に島状に分布している構造である。このとき、混合液の蒸発を防止するために加湿環境下で支持体を所定時間に亘って静置するのが好ましい。
【0027】
支持体は、中間混合液または混合液を作製する際に用いた容器であってもよいが、容器とは別に用意された基板であってもよく、基板として例えばスライドガラスであってもよい。また、所定パターンで撥水処理したスライドガラスを用いて、このスライドガラス上の撥水処理していない領域において混合液を作製して金属微小構造を生成させてもよい。容器とは別に用意された基板を支持体として用いる場合には、中間混合液およびpH調整剤それぞれを適量だけ基板上に滴下して、マイクロピペット等を用いて基板上で中間混合液とpH調整剤とを十分に混合して最終的な混合液を作製し、基板上で金属微小構造を生成させる。
【0028】
乾燥ステップS13では、金属微小構造が生成された支持体を乾燥させる。この乾燥により、細胞または細胞由来の物質が付着した金属微小構造が支持体上の限られた領域に凝集する。
【0029】
測定ステップS15では、支持体上の金属微小構造に励起光を照射し、その励起光照射により発生したラマン散乱光のスペクトルを測定する。励起光照射方向に対してラマン散乱光測定方向は任意であり、後方散乱光および前方散乱光の何れを測定してもよいし、他の方向への散乱光を測定してもよい。また、測定光学系の途中に、ラマン散乱光を選択的に透過させる光フィルタを設けるのが好ましい。励起光は好適にはレーザ光である。励起光が照射された金属微小構造において増強された電場が発生し(第1条件)、その増強された電場が到達する金属微小構造に細胞または細胞由来の物質が付着している(第2条件)ので、測定されるラマン散乱光は、細胞または細胞由来の物質から発生したSERS光である。
【0030】
支持体上の狭い領域に金属微小構造が生成されている場合には、顕微分光装置を用いて励起光を照射するとともにSERS光スペクトルを測定するのが好ましい。支持体上の金属微小構造が生成されている領域が乾燥している状態で、励起光を照射してSERS光スペクトルを測定する。
【0031】
分析ステップS16では、ラマン散乱光(SERS光)のスペクトルに基づいて細胞を分析する。具体的には、得られたSERS光スペクトルにおいてピークが現れるラマンシフト量の位置および該ピークの高さに基づいて、細胞を分析する。
【0032】
図2は、第2実施形態の細胞分析方法のフローチャートである。第2実施形態の細胞分析方法は、混合ステップS11、金属微小構造生成ステップS12、乾燥ステップS13、洗浄ステップS14、測定ステップS15および分析ステップS16を順に行うことで細胞の分析を行う。
【0033】
第1実施形態の細胞分析方法と比較すると、第2実施形態の細胞分析方法は、乾燥ステップS13と測定ステップS15との間に洗浄ステップS14を行う点で相違する。洗浄ステップS14では、乾燥ステップS13で乾燥させた支持体を水(好適には純水)で洗浄して、反応混合物中に残存していた塩を除去し、その後に再び支持体を乾燥させる。この乾燥により、細胞または細胞由来の物質が付着した金属微小構造が支持体上の限られた領域に凝集する。
【0034】
次に、実施例1~5について説明する。図3は、各実施例の測定ステップにおいてSERS光スペクトルの測定の際に用いた顕微分光装置1の光学系を示す図である。何れの実施例においても、金属微小構造を支持する支持体としてスライドガラスを用いた。支持体(スライドガラス)21の表面に、金属微粒子が析出してその凝集体が島状に分布している金属微小構造22を形成した。この金属微小構造22に細胞(または細胞由来の物質)23を付着させた。
【0035】
励起光源11として、波長640nmのレーザ光を励起光Lとして出力する半導体レーザ光源を用いた。励起光源11から出力された励起光Lは、ダイクロイックミラー12により反射された後、対物レンズ13を経て金属微小構造22および細胞23に照射された。対物レンズ13として、倍率が100倍で開口数が0.9であるもの、または、倍率が50倍で開口数が0.5であるものを用いた。対物レンズ13を経て試料面に照射されたレーザ光のパワーは60μWであった。
【0036】
励起光Lの照射により発生して対物レンズ13により捕集されたラマン散乱光(SERS光)Lは、ダイクロイックミラー12および光フィルタ14を透過して、分光器15に入射された。分光器15は冷却CCD検出器を備えたものであり、この分光器15によりSERS光のスペクトルが測定された。
【0037】
図4は、各実施例で用いた試料を纏めた表である。各実施例において、被検体である細胞として大腸菌(DH5αコンピテントセル)を用い、この細胞を超純水中に分散させて被測定溶液を作製した。
【0038】
実施例1では、金属イオン溶液として硝酸銀水溶液(濃度0.2mM)を用い、還元剤としてヒドロキシルアミン塩酸塩水溶液(濃度20mM)を用い、pH調整剤として水酸化カリウム水溶液(濃度25mM)を用いた。実施例1の手順は、第1実施形態の細胞分析方法(図1)によるものであり、次のとおりであった。
【0039】
混合ステップS11では、被測定溶液、金属イオン溶液およびpH調整剤それぞれを所定濃度に調整した。支持体としてのスライドガラス上に金属イオン溶液2μLを滴下し、この滴下スポットに対して被測定溶液2μLを更に滴下して、これらをスライドガラス上で混合した。この滴下スポットに対して還元剤2μLを更に滴下して、これらをスライドガラス上で混合した。そして、この滴下スポットに対してpH調整剤2μLを更に滴下して、これらをスライドガラス上で混合して混合液を作製した。
【0040】
金属微小構造生成ステップS12では、加湿環境下でスライドガラス上の液滴を1時間に亘って静置して、混合液中において還元剤の還元作用により金属イオンを還元して金属微小構造をスライドガラス上に生成させるとともに、細胞または細胞由来の物質を金属微小構造に付着させた。金属微小構造生成ステップS12における1時間の静置の後、乾燥ステップS13においてスライドガラスを乾燥させた。
【0041】
測定ステップS15では、スライドガラス上の金属微小構造に励起光を照射し、その励起光照射により発生したラマン散乱光(SERS光)のスペクトルを測定した。このとき、顕微分光装置を用い、対物レンズを介して金属微小構造に励起光を照射するとともに、該対物レンズを介してSERS光のスペクトルを測定した。
【0042】
実施例2~4では、実施例1の測定条件と比べると、金属イオン溶液およびpH調整剤それぞれの濃度の点で相違する。実施例2~4における金属イオン溶液(硝酸銀水溶液)の濃度は1.0mMであった。実施例2~4における還元剤(ヒドロキシルアミン塩酸塩水溶液)の濃度は実施例1と同じく20mMであった。実施例2におけるpH調整剤(水酸化カリウム水溶液)の濃度は10mMであり、実施例3におけるpH調整剤の濃度は15mMであり、実施例4におけるpH調整剤の濃度は20mMであった。
【0043】
また、実施例2~4では、実施例1の測定条件と比べると、第2実施形態の細胞分析方法(図2)の手順を採用した点(すなわち、洗浄ステップS14を行った点)で相違する。実施例2~4における混合ステップS11,金属微小構造生成ステップS12,乾燥ステップS13および測定ステップS15の手順は、実施例1と同様であった。
【0044】
実施例5では、実施例4の測定条件と比べると、還元剤としてグルコース水溶液(濃度2mM)を用いた点で相違する。金属イオン溶液として硝酸銀水溶液(濃度1.0mM)を用い、還元剤としてグルコース水溶液(濃度2mM)を用い、pH調整剤として水酸化カリウム水溶液(濃度20mM)を用いた。実施例5の手順は、実施例2~4と同様であった。
【0045】
図5は、実施例1で得られたSERS光スペクトルを示す図である。図6は、実施例2で得られたSERS光スペクトルを示す図である。図7は、実施例3で得られたSERS光スペクトルを示す図である。図8は、実施例4で得られたSERS光スペクトルを示す図である。図9は、実施例5で得られたSERS光スペクトルを示す図である。これらの図において、横軸はラマンシフト量(単位cm-1)を表し、縦軸はラマン散乱強度(任意単位)を表す。
【0046】
非特許文献1の記載によれば、金属コロイド粒子を利用することによっても細胞由来の物質のSERS光スペクトルが得られる。測定されたSERS光は、細胞に含まれていた核酸や核酸塩基などの内容物や代謝物で生じたものであり、取得されたSERS光スペクトルは、これらの情報を有していると考えられる。
【0047】
図10は、比較例の明視野像の写真である。この比較例では、金属微小構造を生成することなく、被測定溶液を滴下したスライドガラスを乾燥させ、そのスライドガラスを洗浄し、その洗浄後の試料を撮影した。図11は、実施例2において測定ステップの際の明視野像の写真である。図12は、実施例3において測定ステップの際の明視野像の写真である。図13は、実施例4において測定ステップの際の明視野像の写真である。これらの実施例では、被検体である細胞の形状を確認することができる。
【0048】
比較例の写真(図10)では、スライドガラスに付着した細胞の形状を確認することができる。これに対して、実施例の写真(図11図13)では、被検体である細胞の形状を確認することができず、細胞が分解していると考えられる。また、実施例の写真(図11図13)では、分解した細胞の一部と銀微粒子とによる輝点が認められる。
【0049】
実施例1のSERS光スペクトル(図5)と比較すると、実施例2~5のSERS光スペクトル(図6図9)は、ピーク数が多い。これは、実施例2~5では、pH調整剤により混合液をアルカリ性にしたことにより、明視野像の写真(図11図13)に示されるように細胞の溶解が促進され、その内容物が多く観測されたことに因ると考えられる。
【0050】
以上のとおり、本実施形態の細胞分析方法は、混合液中の還元剤の還元作用により混合液中の金属イオンを還元して金属微小構造を支持体上に生成させ、この金属微小構造に細胞または細胞由来の物質を付着させ、これに対する励起光照射により発生するラマン散乱光(SERS光)のスペクトルを測定して、このスペクトルに基づいて細胞を分析する。従来の分析方法と比べると、本実施形態の細胞分析方法は簡便かつ迅速に分析を行うことができる。
【0051】
従来の分析方法においては、SERS分光が可能な被検体は、金属微小構造を構成する金属に対して親和性が高く吸着し易いものに限られている。また、特許文献1に開示された発明では、SERS分光が可能な被検体は還元作用を有するものに限られている。これに対して、本実施形態の細胞分析方法では、金属微小構造を構成する金属に対して親和性が低く吸着し難い細胞であっても、また、還元作用を有しない細胞であっても、金属微小構造を作製することができ、その金属微小構造の狭隘な間隙に細胞または細胞由来の物質が入り込むことができ、第2条件を満たすことができるので、SERS分光による細胞の分析を行うことが可能となる。
【0052】
従来の分析方法においては、SERS光スペクトル測定に際して事前にSERS基板や金属コロイドを用意しておくことが必要である。これに対して、本実施形態の細胞分析方法は、SERS光スペクトル測定の直前に、金属微小構造の生成および細胞(または細胞由来の物質)の金属微小構造への付着を行うことができる。したがって、本実施形態の細胞分析方法は、酸化しやすい銀による金属微小構造を生成する場合であっても、銀の酸化の問題を抑制することができ、効率的なSERS分光を行うことができる。
【0053】
本実施形態の細胞分析方法は、SERS基板や金属コロイドの事前用意が不要であるので、これらの汚染が問題となることはなく、細胞の分析を容易に行うことができる。また、本実施形態の細胞分析方法は、SERS基板や金属コロイドと比べて安価に入手可能な金属イオン溶液を用いるので、この点でも容易に細胞の分析を行うことができる。
【0054】
非特許文献1に記載された金属コロイド分散液を利用する分析方法は、細胞が微量である場合にはSERS分光が困難である。これに対して、本実施形態の細胞分析方法は、細胞が微量であってもSERS分光が可能である。
【0055】
また、非特許文献1に記載された分析方法は、細胞を金属コロイドで覆ってSERS光スペクトル測定を行うものであり、その測定時には細胞を顕微鏡下で探し出す必要があることから、測定が容易でない。これに対して、本実施形態(特に第2実施形態)の細胞分析方法では、細胞を溶解させ更に乾固させ洗浄して、細胞由来の内容物を金属微小構造に吸着させ、SERS光スペクトル測定を行うので、測定が容易である。
【符号の説明】
【0056】
1…顕微分光装置、11…励起光源、12…ダイクロイックミラー、13…対物レンズ、14…光フィルタ、15…分光器、21…支持体、22…金属微小構造、23…細胞(または細胞由来の物質)。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13