(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-06
(45)【発行日】2023-09-14
(54)【発明の名称】窒化モリブデンベースの被覆を用いる摩耗及び/又は摩擦の低減
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20230907BHJP
F01L 1/18 20060101ALN20230907BHJP
F02F 5/00 20060101ALN20230907BHJP
F02M 61/16 20060101ALN20230907BHJP
F16J 9/26 20060101ALN20230907BHJP
【FI】
C23C14/06 A
C23C14/06 P
F01L1/18 M
F02F5/00 F
F02M61/16 U
F16J9/26 C
(21)【出願番号】P 2018552767
(86)(22)【出願日】2017-04-07
(86)【国際出願番号】 EP2017000437
(87)【国際公開番号】W WO2017174197
(87)【国際公開日】2017-10-12
【審査請求日】2020-03-18
【審判番号】
【審判請求日】2022-03-16
(31)【優先権主張番号】102016003998.1
(32)【優先日】2016-04-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】516082866
【氏名又は名称】エリコン サーフェス ソリューションズ アーゲー、 プフェフィコン
【住所又は居所原語表記】Churerstrasse 120 8808 Pfeffikon SZ CH
(74)【代理人】
【識別番号】100180781
【氏名又は名称】安達 友和
(72)【発明者】
【氏名】カーナー,ヨハン
(72)【発明者】
【氏名】ベガノビッチ,ニーア
(72)【発明者】
【氏名】ラム,ヨルゲン
(72)【発明者】
【氏名】ウィドリグ,ベノ
【合議体】
【審判長】三崎 仁
【審判官】河本 充雄
【審判官】後藤 政博
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-178069(JP,A)
【文献】特開平08-199337(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0211635(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第102534532(CN,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0134033(US,A1)
【文献】特開2009-287063(JP,A)
【文献】国際公開第2015/034086(WO,A1)
【文献】特開2009-235561(JP,A)
【文献】Kim et al,Syntheses and mechanical properties of Cr-Mo-N coatings by a hybrid coatings system,Surface and coatings technology,2006年,vol.201,no.7,4068-4072
【文献】Y.Zou et al,Thermal stability and mechanical properties of sputtered Chromium-Molybdenum-Nitride(CrMoN)coatings,Journal of achievements in materials and manufacturing engineering,2009年,vol.37, no.2,369-374
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板がMo
xCr
yN単層
のみからなる被覆で被覆される表面を備えるコンポーネントであって、ただし、xとyは原子百分率でのMo含有量とCr含有量の係数にそれぞれ対応し、MoとCrのみが検討されるときはx+y=100原子%であり、前記
基板の表面が、65HRC以下の硬度を有し、前記Mo
xCr
yNにおける前記Cr含有量は、前記Mo
xCr
yN層の厚さに応じて変動
し、
20原子%≦y≦40原子%であることを特徴とする、コンポーネント。
【請求項2】
前記コンポーネントが、自動車コンポーネント又は精密コンポーネントであることを特徴とする、請求項
1に記載のコンポーネント。
【請求項3】
前記Mo
xCr
yN層の被覆厚さが、2μmであることを特徴とする、請求項1
又は2に記載のコンポーネント。
【請求項4】
請求項1~
3のいずれか1項に記載のコンポーネントの製造方法であって、前記Mo
xCr
yN層が反応性PVD工程により蒸着される、コンポーネントの製造方法。
【請求項5】
前記反応性PVD工程が反応性アークPVD工程であり、前記Mo
xCr
yNの蒸着中、Mo及びCrを含む少なくとも1つのターゲット又はMoを含む少なくとも1つのターゲット、及びCrを含む少なくとも1つのターゲットが、反応性ガスとして窒素を含有する雰囲気中でアークPVD法を用いて気化されることを特徴とする請求項
4に記載のコンポーネントの製造方法。
【請求項6】
被覆される前記コンポーネントの表面が、前記Mo
xCr
yNの蒸着前に改質されないことを特徴とする請求項
4又は
5に記載の製造方法。
【請求項7】
前記コンポーネントの表面が、窒化されないことを特徴とする請求項
4~
6のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項8】
被覆工程が、200℃で行われることを特徴とする請求項
7に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンポーネントの表面の摩耗又は摩擦を低減する被覆に関する。このようなコンポーネントはたとえば、自動車分野又は精密コンポーネント(すなわち、高度に加工されるコンポーネント)分野で利用することができる。この点で、コンポーネントは、たとえば、ピストンピン、カムフォロア又はピストンリング、又はノズルニードルとすることができる。
【背景技術】
【0002】
モリブデン被覆又は被覆を含むモリブデンの使用はよく知られている。コンポーネント表面の摩耗低減被覆としての窒化モリブデンの使用も、非常によく知られている。
【0003】
しかしながら、コンポーネントの基板表面と窒化モリブデン被覆との界面の挙動は、そのように被覆されたコンポーネントの適用中に現在の産業要件を満たすには今なお足りず不十分である。
【0004】
これは特に、被覆対象基板の材料が十分に硬くないときに観察され、つまり、この状況では、基板材料はたとえば50~65HRCの硬度を有し、いずれにせよ65HRC以下の硬度である。
【0005】
図1は、ロックウェル押込みHRC後の被覆表面の写真を示し、基板の硬度は50~65HRCであり、基板はMoNで被覆されている。HRCロックウェル押込み周囲にMoN被覆のリング状破断をはっきりと観察することができる。
【0006】
観察されるリング状破断は、MoN被覆の硬度及びヤング率が基板材料の硬度及びヤング率と大きく異なるために発生した可能性がある。実際には、窒化モリブデン被覆の硬度及びヤング率は基板と比べて相当高いため、押込み荷重の印加中に基板が大きく変形する一方で、MoN被覆はさほど変形せずに割れが生じたと想定される。
【0007】
このため、特に、可変荷重(不規則荷重)がコンポーネントの被覆基板に加えられるとき、重大な問題となり得る。
【0008】
実質上、この問題は、硬度の高い基板、たとえば、超硬合金の基板を用いることによって回避することができる。しかしながら、多くの自動車用途で使用されるコンポーネントは、ロックウェル硬度が65HRC未満の材料から成る。
【発明の概要】
【0009】
本発明の目的は、基板が65HRC以下の硬度を有するとき、又は被覆基板が荷重又は特に不規則荷重を受けるとき、基板表面とMoN被覆との接触を向上させるために、窒化モリブデン被覆及び/又は被覆対象基板表面を改良することである。
【0010】
具体的には、本発明の解決策は、基板の硬度が65HRC以下であるとき、MoNベースの被覆で被覆された基板でHRCロックウェル試験を実行することで、ロックウェル押込み中にリング状破断線が発生しないことを目的とする。
【0011】
本発明の目的は、請求項1により被覆される表面を有するコンポーネントを提供することによって達成される。このようなコンポーネントの好適な実施形態は請求項2~6に示す。
【0012】
本発明により被覆された表面を有するコンポーネントは、請求項7による方法を用いて製造することができる。好適な方法は請求項8に記載される。
【0013】
第1の想定される解決策によると、MoN被覆で被覆されるコンポーネント表面は、MoN被覆の蒸着前に基板表面硬度を高めるために、窒化工程を経て予め改質されている。その後、MoN被覆が、上述したような窒化によって予め硬化されたコンポーネント表面に加えられる。MoN被覆は、たとえば、反応性PVD工程を用いて蒸着させることができる。好ましくは、硬化コンポーネント表面上にMoN被覆を蒸着させるために反応性アークPVD工程が使用される。使用される方法の特別な利点は、基板の窒化工程と被覆工程を1つの機械で実行できることである。これにより、白層を形成せずに、窒化層と被覆との間の良好な接着が確保される。MoN被覆は、六角相、立方体相、又は六角相と立方体相の組み合わせを呈して蒸着させることができる。
【0014】
図2は、上述の第1の想定される解決策により被覆された後、標準的なHRCロックウェル試験を受けた表面の写真を示す。この写真では、ロックウェル押込み周囲にリング状破断線が観察されないことが明らかである。
【0015】
第2の想定される解決策によると、被覆対象表面は、改質MoN被覆で被覆される。この場合、被覆対象コンポーネント表面を予め改質させる必要がない。第2の想定される解決策による改質MoN被覆は、MoNの蒸着層とCrN層とを含む多層構造を呈する。多層被覆の厚さが約4~5μmのとき、第2の想定される解決策を用いることによって、極めて良好な結果、すなわち、リング状破断線や接着不良のないロックウェル押込みが観察された。また、この場合、MoN層は、六角相、立方体相、又は六角相と立方体相の組み合わせを呈して蒸着させることができる。しかしながら、実際の用途での荷重はHRCロックウェル試験ほど高くないと思われるため、特定用途のためのより薄い被覆厚でも適切であろう。この場合、たとえば、2μmの厚さで十分であろう。
【0016】
MoN及びCrN層は、たとえば、反応性PVD工程を用いて蒸着させることができる。好ましくは、MoN層及びCrN層を蒸着させるために反応性アークPVD工程が使用される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、ロックウェル押込みHRC後の被覆表面の写真を示す。
【
図2】
図2は、標準的なHRCロックウェル試験を受けた表面の写真を示す。
【
図3】
図3は、ロックウェル押込み後の試験表面の写真を示す。
図3a及び3bは、MoN被覆で被覆されたQRS(上部)とピストンピン(下部)の被覆表面を示す左側面図である。
図3c及び3dは、本発明の上述の実施例により被覆されたQRS(上部)とピストンピン(下部)の被覆表面の右側面図である。
【
図4】
図4は、ロックウェル押込み後の試験表面の写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の好適な実施形態によると、被覆対象コンポーネント表面は改質MoN被覆で被覆され、MoN被覆はCrを添加することによって改質される。この場合、予め被覆対象コンポーネント表面を改質させておく必要はない。本発明の本実施形態による改質MoN被覆は、単層構造であり、式MoxCryNの科学的組成を有するMoN被覆を含むCrである。ただし、xとyはそれぞれ、原子百分率でのMo含有量とCr含有量の係数に対応し、MoとCrのみが検討されるとき、x+yは100原子%と考えられる。好ましくは、5≦y≦50である。より好ましくは、20≦y≦40である。MoxCryN中のCr含有量は、MoxCryN層の厚さに応じて変動させることができる。
【0019】
第1の想定される解決策で説明されるように、MoN被覆で被覆されるコンポーネント表面は予め窒化させておかなければならず、標準的な窒化工程は450℃以上の温度で実行されるため、該温度に耐え得る材料のコンポーネントしかこのように処理することができない。この点で、本発明の第2の想定される解決策(MoN/CrN多層)と上記の好適な実施形態(MoxCryN)は、被覆工程が200℃の温度で実行することができ、窒化ステップを必要としないため、ピストンピンなどの温度に敏感な材料製のコンポーネントを処理することができるという利点を有する。
【0020】
第2の想定される解決策で説明されるようなMoN層及びCrN層を含む多層被覆の個々の層の厚さは、処理対象コンポーネント表面の幾何的形状、すなわち、処理対象コンポーネント表面の形状と寸法だけでなく、被覆工程中の被覆源に対する被覆対象コンポーネント表面の位置に大きく依存する可能性がある。したがって、処理対象コンポーネントが複雑な形状を有する場合、このような多層構造を生成することが複雑になり得る。この点で、本発明の好適な実施形態は、単層のみを蒸着させればよいという利点を有する。さらに、この好適な実施形態では、驚くべきことに、より薄いMoxCryN層の被覆厚、すなわち、約2μmの厚さで、非常に良好な結果と、HRCロックウェル試験後の処理表面の写真を得ることができた。HRCロックウェル試験が示すように、2μm被覆厚ではリング状破断線も接着不良の兆候もなかったが、MoN/CrN多層を用いる場合には、約4μmn厚さが必要だった。
【0021】
しかしながら、上述したように、実際の自動車用途では、2μm厚のMoN/CrN多層解決策で機能するかもしれない。
【0022】
場合によっては、本発明の状況でCrN製の接着層を設けることによって、より改善された接触を得ることができることが観察された。この接着層は、たとえば、第1の想定される解決策によりMoN被覆を蒸着させる前に、又は第2の想定される解決策により改質MoN被覆を蒸着させる前に、又は本発明の上述の好適な実施形態によるMoxCryN単層を蒸着させる前に蒸着させた。CrN接着層は好ましくは、30nm以上の厚さを有する。CrN接着層の厚さは好ましくは、0.05μm~1μmである。
【0023】
実施例
実施例1
鋼表面を有する試験片(以下、QRSと称する)を被覆する前に、硬度64HRCの1.284219MnCrV8で適格な基準サンプルを作製し、接着向上層として蒸着された、CrNから成る第1の層を備える被覆でピストンピンを被覆し、本発明によるMoxCryN単層をCrN層に蒸着させた。CrN層は、窒素含有雰囲気中でアークPVD法を用いて2つのCrターゲットを気化させることによって蒸着した。MoxCryN層も、反応性アークPVD工程を用いて蒸着させることができる。MoxCryN層を蒸着させるため、Moを含む2つのターゲットとMoを含む2つのターゲットを、窒素含有雰囲気中でアークPVD法を用いて蒸着した。MoxCryN層の所望の成分組成は、カソードとして動作させるターゲットでアーク電流を変動させることによって調節した。MoxCryN層の成分組成はEDXによって測定し、yが約34原子%であると判定された。CrNとMoxCryN層の厚さも測定されCrN層が0.4μm、MoxCryNが2μmと判定された。被覆前に窒化処理を実行しなかった。
【0024】
本発明の被覆表面と本発明以外の被覆表面とを比較する目的で、窒化処理を予め行わずに、QRSとピストンピンをMoN被覆(薄CrN接着層を含む)で被覆した。
【0025】
その後、対応するロックウェル試験をすべての被覆表面で実行した。
【0026】
ロックウェル押込み後の試験表面の写真を
図3に示す。
図3a及び3bは、MoN被覆で被覆されたQRS(上部)とピストンピン(下部)の被覆表面を示す左側面図である。
図3c及び3dは、本発明の上述の実施例により被覆されたQRS(上部)とピストンピン(下部)の被覆表面の右側面図である。
【0027】
リング状破断線も接着不良の兆候も本発明により被覆された表面で観察されなかった。
【0028】
実施例2
接着向上層として蒸着された、CrNから成る第1の層を備える被覆でノズルニードルを被覆し、本発明によるMoxCryN単層をCrN層に蒸着させた。本例でも、被覆を蒸着させるため、実施例1に記載される方法と同じ方法を使用した。実施例1よりも高いCr含有量を得るため、MoxCryN単層の蒸着中、Crターゲットでアーク電流のみを20アンペア超になるように調節した。CrN層とMoxCryN層の厚さを測定し、CrN層が0.7μm、MoxCryNが2.3μmと判定された。
【0029】
その後、対応するHRCロックウェル試験を、ノズルニードルの被覆表面で実行した。
【0030】
ロックウェル押込み後の試験表面の写真を
図4に示す。リング状破断線も接着不良の兆候も観察されなかった。
【0031】
特に良好な結果が20≦y≦40で観察された。
【0032】
本発明により被覆されるコンポーネントは、PVD法を用いて製造することができる。たとえば、MoxCry層は、反応性PVD工程を用いて蒸着させることができる。反応性PVD工程は反応性アークPVD工程とすることができ、MoxCryNの蒸着中、Mo及びCrを含む少なくとも1つのターゲット、又はMoを含む少なくとも1つのターゲット、及びCrを含む少なくとも1つのターゲットが、窒素を反応性ガスとして含有する雰囲気中、アークPVD法を用いて気化される。
【0033】
しかしながら、本発明により被覆されるコンポーネントの製造方法は、この説明によって限定されない。
【0034】
さらに、本発明により被覆されるコンポーネントの表面は、非常に良好な摩擦特性、具体的には、摩耗抵抗と摩擦の低減を発揮する。