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特許7344509光学活性フルオロアルコールおよび光学活性クロロフルオロアルコールの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-09-06
(45)【発行日】2023-09-14
(54)【発明の名称】光学活性フルオロアルコールおよび光学活性クロロフルオロアルコールの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/02 20060101AFI20230907BHJP
   C12N 15/53 20060101ALN20230907BHJP
   C12N 9/02 20060101ALN20230907BHJP
【FI】
C12P7/02 ZNA
C12N15/53
C12N9/02
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019171761
(22)【出願日】2019-09-20
(65)【公開番号】P2021045108
(43)【公開日】2021-03-25
【審査請求日】2022-05-24
(73)【特許権者】
【識別番号】515157758
【氏名又は名称】公立大学法人 富山県立大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000002200
【氏名又は名称】セントラル硝子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100114409
【弁理士】
【氏名又は名称】古橋 伸茂
(74)【代理人】
【識別番号】100153693
【弁理士】
【氏名又は名称】岩田 耕一
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】浅野 泰久
(72)【発明者】
【氏名】礒部 公安
(72)【発明者】
【氏名】日比 慎
(72)【発明者】
【氏名】西井 哲郎
(72)【発明者】
【氏名】三木 慎介
【審査官】平林 由利子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/208699(WO,A1)
【文献】特表2016-537700(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00-41/00
C12N 15/00-15/90
C12N 9/00-9/99
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Pichia farinosa由来の野生型カルボニル還元酵素を変異させた変異型酵素を、下記式[1]で表されるフルオロケトン、またはクロロフルオロケトンに作用させ、下記式[2]で表される光学活性フルオロアルコール(但し、R体のエナンチオマー)または光学活性クロロフルオロアルコール(但し、R体のエナンチオマー)を得ることを含む、光学活性フルオロアルコールまたは光学活性クロロフルオロアルコールの製造方法であって、
前記野生型カルボニル還元酵素が、配列番号1で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質からなる酵素であり、
前記変異型酵素が、
配列番号1で表されるアミノ酸配列のN末端側から第150番目のロイシンをフェニルアラニンに置換したアミノ酸配列を含む酵素、
配列番号1で表されるアミノ酸配列のN末端側から第150番目のロイシンをメチオニンに置換したアミノ酸配列を含む酵素、
配列番号1で表されるアミノ酸配列のN末端側から第150番目のロイシンをチロシンに置換したアミノ酸配列を含む酵素、
配列番号1で表されるアミノ酸配列のN末端側から第158番目のロイシンをグルタミンに置換したアミノ酸配列を含む酵素、及び
配列番号1で表されるアミノ酸配列のN末端側から第201番目のフェニルアラニンをアラニンに置換したアミノ酸配列を含む酵素
からなる群から選択される少なくとも1種である、
前記製造方法
【化1】
[式[1]中、RfはCFまたはCFHであり、RはCHまたはCHClである。]
【化2】
[式[2]中、RfはCFまたはCFHであり、RはCHまたはCHClである。*は不斉原子である。]
【請求項2】
前記フルオロケトンが、1,1,1-トリフルオロアセトンまたは1,1-ジフルオロアセトンであり、前記光学活性フルオロアルコールが、(R)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールまたは(R)-1,1-ジフルオロ-2-プロパノールである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記クロロフルオロケトンが、1-クロロ-3,3,3-トリフルオロアセトンまたは1-クロロ-3,3-ジフルオロアセトンであり、前記光学活性クロロフルオロアルコールが、(R)-1-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-2-プロパノールまたは(R)-1-クロロ-3,3-ジフルオロ-2-プロパノールである、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記Pichia farinosaは、受託番号がNBRC 0462である微生物である、請求項1~3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
補酵素として、さらにニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)を添加することを含む、請求項1~のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
作用時の温度が25℃以上、40℃以下である、請求項1~のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
作用時のpHが5.0以上、6.5以下である、請求項1~のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記変異型酵素が遺伝子組換え大腸菌で発現させたものである、請求項1~のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医農薬中間体として重要な高い光学純度を有する光学活性フルオロアルコールおよび光学活性クロロフルオロアルコールの工業的な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光学活性フルオロアルコールおよび光学活性クロロフルオロアルコールは、種々の医農薬中間体として重要である。
特許文献1~6には、生物学的な方法により炭素数3のフルオロケトンを不斉還元して光学活性フルオロアルコールを得る方法が開示されている。特許文献7には、炭素数3のクロロフルオロケトンを不斉還元して光学活性クロロフルオロアルコールを得る方法が開示されている。
詳細に説明すると、特許文献1および特許文献3には、光学活性フルオロアルコールの製造方法として、1,1,1-トリフルオロアセトンに該ケトンをエナンチオ選択的に不斉還元する微生物由来の酵素を作用させて光学活性1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールを得る方法が開示されている。
【0003】
特許文献2には、1,1,1-トリフルオロアセトンに熱処理を施した市販のパン酵母を作用させて(S)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールを得る方法が開示されている。
特許文献4および特許文献5には、1,1,1-トリフルオロアセトンに特定の野生株酵母菌体を作用させて(S)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールまたは(R)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールを得る方法が開示されている。
特許文献6には、1,1-ジフルオロアセトンに特定の野生株酵母菌体または精製酵素を作用させて光学活性1,1-ジフルオロ-2-プロパノールを得る方法が開示されている。
【0004】
特許文献7には、光学活性クロロフルオロアルコールの製造方法として、1-クロロ-3,3-ジフルオロ-2-プロパノン水和体に特定の野生株酵母菌体または精製酵素を作用させて光学活性1-クロロ-3,3-ジフルオロ-2-プロパノールを得る、および1-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-2-プロパノン水和体に精製酵素を作用させて光学活性1-クロロ-3,3-ジフルオロ-2-プロパノールを得る方法が開示されている。
これらの先行技術文献において、特許文献1は、特定の微生物(Rhodococcus erythropolis、Arthrobacter paraffineus、Lactobacillus kefir)から単離したアルコール脱水素酵素を1,1,1-トリフルオロアセトンに作用させることで>99%eeの(S)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノール、>90%eeの(R)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールが得られたことが記載されている。
【0005】
なお、本明細書において、化学式中のSは反時計回りのS配置体(以下、S体と表記する)、Rは時計回りのR配置体(以下、R体と表記する)であることの意味である。
特許文献2には、50℃で熱処理した市販のパン酵母(Saccharomyces cerevisiae)を1,1,1-トリフルオロアセトンに作用させることで93.0~99.6%eeの(S)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールが得られたことが記載されている。なお、本明細書において、「ee」とは、鏡像体過剰率(enantiomeric excess)の意味である。
特許文献3には、特定の微生物(Candida parapsilosis、Rhodococcus erythropolis、Streptomyces coelicolor、Zoogloea ramigera、Saccharomyces cerevisiae、Hyoscyamus niger、Datura stramonium、Geobaciilus stearothermophilus)から単離した各種酵素を1,1,1-トリフルオロアセトンに作用させることで(S)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールについては最大99.6%ee、(R)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールについては最大100%eeの光学純度が得られたことが記載されている。
【0006】
特許文献4には、特定の微生物(Hansenula polymorpha、Pichia anomala、Candida parapsilosis、Candida mycoderma、Pichia naganishii、Candida saitoana、Cryptococcus curvatus、Saturnospora dispora、Saccharomyces bayanus、Pichia membranaefaciens)の全菌体を1,1,1-トリフルオロアセトンに作用させることで98.3~100%eeの(S)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールが得られたことが記載されている。
特許文献5には、特定の微生物(Debaryomyces robertsiae、Sporidibolus johonsonii、Debaryomyces maramus、Metshnikowia gruessii、Pichia farinosa)の全菌体を1,1,1-トリフルオロアセトンに作用させることで光学活性1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールが得られることを開示しており、これまで精製酵素を用いる方法でしか得られなかった(R)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールを、全菌体による反応でも、Pichia farinosaを用いることで得られたことが記載されている。
【0007】
特許文献6には、特定の微生物(Candida guilliermondii、Candida parapsilosis、Candida vini、Candida viswanathii、Cryptococcus laurentii、Cryptococcus curvatus、Debaryomyces maramus、Kluyveromyces marxianus、Ogataea polymorpha、Pichia anomala、Pichia farinosa、Pichia haplophila、Pichia minuta、Rhodotorula mucilaginosa、Zygosaccharomyces bailii、Torulaspora delbrueckii、Wickerhamomyces subpelliculosa、Zygosaccharomyces rouxii)の全菌体を1,1-ジフルオロアセトンに作用させることで(S)-1,1-ジフルオロ-2-プロパノールが得られたことが記載されており、市販の酵素による方法では(R)-1,1-ジフルオロ-2-プロパノールが得られたことが記載されている。
【0008】
特許文献7には、特定の微生物(Cryptococcus curvatus、Pichia farinosa、Torulaspora delbrueckii、Candida cacaoi、Rhodotorula mucilaginosa、Sporibolus johnsonii、Trichosporon cutaneum)の全菌体を1-クロロ-3,3-ジフルオロ-2-プロパノン水和体に作用させることで(R)-1-クロロ-3,3-ジフルオロ-2-プロパノールが得られることが開示されており、精製酵素による方法で、逆の立体を含む光学活性1-クロロ-3,3-ジフルオロ-2-プロパノールおよび光学活性1-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-2-プロパノールが得られたことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】国際公開第2007/054411号
【文献】国際公開第2007/006650号
【文献】国際公開第2007/142210号
【文献】特開2011-182787号公報
【文献】特開2012-005396号公報
【文献】特開2016-158584号公報
【文献】国際公開第2016/208699号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記の生成物のうちanti-Prelogタイプ(Prelog則:一般に、酵素での還元ではカルボニルのre面からハイドライドが攻撃してS体のエナンチオマーを与える。その逆の反応機構)の反応機構により得られる(R)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールについてはPichia finlandica由来の酵素を用いることで100%eeと非常に高い光学純度で光学活性体が得られるが、該菌株は国内の公的な分譲菌株は1菌株のみ(受託番号NBRC 1706菌株、フィンランドの土壌由来)となっており、何らかの問題(病原性の判明、毒性の判明、遺伝資源提供国の意見)で使用ができなくなった場合の代替の菌株がないことが工業生産(工業的な規模の製造)において懸念事項であった。また、(R)-1,1-ジフルオロ-2-プロパノール、(R)-1-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-2-プロパノール、(R)-1-クロロ-3,3-ジフルオロ-2-プロパノールについては、従来技術の微生物を用いた場合、光学純度は最大でもそれぞれ96.6%ee(特許文献6の実施例6、酵素名E039)、88.1%ee(特許文献7の実施例3、酵素名E094)および85.0%ee(特許文献7の実施例3、酵素名E039)である。医薬品用途では逆の立体が副作用をおよぼす場合もあるという問題から、立体選択性の向上が望まれていた。
【0011】
さらにanti-Prelogタイプの酵素は自然界ではマイナーであることから生物学的な一般的なスクリーニング方法(各種微生物菌株を作用させる方法、各種市販酵素を作用させる方法)は膨大な作業が必要で効率が悪いという問題があり、所望の酵素の効率的なスクリーニング方法が望まれていた。
本発明の課題は、上記問題を解決するとともに、anti-Prelogタイプの反応機構により得られる光学活性フルオロアルコールを高い光学純度で製造する工業生産に適した方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、鋭意検討した結果、1,1,1-トリフルオロアセトンをエナンチオ選択的に98.7%eeの(R)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールに還元するPichia farinosa由来の野生型カルボニル還元酵素(特許文献5に記載)に各種変異を加え、これら各種変異型酵素をフルオロケトンまたはクロロフルオロケトンに作用させることによって、高い光学純度の目的化物が得られることを見出した。
Pichia farinosaは国内の公的な分譲菌株はteleomorph も含め20菌株(NBRC 10231、NBRC0193、NBRC0459、NBRC0462、NBRC0463、NBRC0464、NBRC0465、NBRC0534、NBRC0574、NBRC0602、NBRC0603、NBRC0604、NBRC0605、NBRC0606、NBRC0607、NBRC0991、NBRC1003、NBRC1163、NBRC10061、NBRC10896)存在し、国内で単離された菌株が多数を占める。また、麹や味噌、酒、ビールといった古くから存在する食品が主な単離源であることから安全性(非病原菌、非毒性)が担保されており、長期の工業的な使用に適した菌株である。
【0013】
本発明のPichia farinosa変異型カルボニル還元酵素を用いる光学活性フルオロアルコールまたは光学活性クロロフルオロアルコールの製造方法は、高い光学純度の(R)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノール、(R)-1,1-ジフルオロ-2-プロパノール、(R)-1-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-2-プロパノールまたは(R)-1-クロロ-3,3-ジフルオロ-2-プロパノールを得ることができる工業生産に適した方法である。anti-Prelogタイプの酵素は自然界ではマイナーな酵素だが、本発明では98.7%eeの(R)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールを与えるanti-PrelogタイプのPichia farinosa由来の野生型カルボニル還元酵素を元に各種変異型酵素をデザインすることで、膨大な数の微生物からスクリーニングを行う従来の手法に比べ、より効率的な酵素のスクリーニングが可能となった。
本発明者らは、Pichia farinosa由来の野生型カルボニル還元酵素のアミノ酸配列に各種特定の変異(アミノ酸置換変異)を加えた変異型酵素を用いることで、化合物の製造を行った。
【0014】
そうしたところ、以下の化合物の製造において、意外なことに、変異型酵素を用いた方が、その変異前の野生型酵素を用いるより、立体選択性が向上した。
具体的には、本発明の変異型酵素を用いる方法によって、1,1,1-トリフルオロアセトンから、>99.9%eeの(R)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールを得られ(野生型酵素では98.7%ee)、1,1-1,1-ジフルオロアセトンから97.8%eeの(R)-1,1-ジフルオロ-2-プロパノールが(野生型酵素では20.8%ee)得られ、1-クロロ-3,3,3-トリフルオロアセトンから91.4%eeの(R)-1-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-2-プロパノールが得られ(野生型酵素では71.7%ee)、1-クロロ-3,3-ジフルオロアセトンから91.2%eeの(R)-1-クロロ-3,3-ジフルオロ-2-プロパノールが得られた(野生型酵素では40.6%ee)。(野生型酵素については本明細書の表5参照、変異型酵素については本明細書の表6参照)。
本発明のように、酵素を用いた不斉還元反応において、既知の酵素のアミノ酸配列に変異を加えることで立体選択性が向上する知見は従来知られていなかった。
【0015】
本発明は、以下の発明1~14を含む。
【0016】
[発明1]
Pichia farinosa由来の野生型カルボニル還元酵素を変異させた変異型酵素を、下記式[1]で表されるフルオロケトン、またはクロロフルオロケトンに作用させ、下記式[2]で表される光学活性フルオロアルコール(R体のエナンチオマー)または光学活性クロロフルオロアルコール(R体のエナンチオマー)を得ることを含む、光学活性フルオロアルコールまたは光学活性クロロフルオロアルコールの製造方法。
【0017】
【化1】
【0018】
[式[1]中、RfはCFまたはCFHであり、RはCHまたはCHClである。]
【0019】
【化2】
【0020】
[式[2]中、RfはCFまたはCFHであり、RはCHまたはCHClである。*は不斉原子である。]
【0021】
[発明2]
前記フルオロケトンが、1,1,1-トリフルオロアセトンまたは1,1-ジフルオロアセトンであり、前記光学活性フルオロアルコールが、(R)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールまたは(R)-1,1-ジフルオロ-2-プロパノールである、発明1の製造方法。
[発明3]
前記クロロフルオロケトンが、1-クロロ-3,3,3-トリフルオロアセトンまたは1-クロロ-3,3-ジフルオロアセトンであり、前記光学活性クロロフルオロアルコールが、(R)-1-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-2-プロパノールまたは(R)-1-クロロ-3,3-ジフルオロ-2-プロパノールである、発明1または2の製造方法。
【0022】
[発明4]
前記Pichia farinosaは、受託番号がNBRC 0462である微生物である、発明1~3のいずれか1つの製造方法。
[発明5]
前記Pichia farinosa由来の野生型カルボニル還元酵素が、配列番号1で表されるアミノ酸配列を含むタンパク質からなる酵素である、発明1~4のいずれか1つの製造方法。
[発明6]
前記変異型酵素が、前記野生型カルボニル還元酵素のアミノ酸配列のN末端側から第150番目のロイシンをフェニルアラニンに置換したアミノ酸配列を含む酵素であり、当該変異型酵素を、(i)1,1,1-トリフルオロアセトンに作用させて、(R)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールを得ること、(ii)1,1-ジフルオロアセトンに作用させて、(R)-1,1-ジフルオロ-2-プロパノールを得ること、または(iii)1-クロロ-3,3,3-トリフルオロアセトンに作用させて、(R)-1-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-2-プロパノールを得ることを含む、発明1~5のいずれか1つの製造方法。
【0023】
[発明7]
前記変異型酵素が、前記野生型カルボニル還元酵素のアミノ酸配列のN末端側から第150番目のロイシンをメチオニンに置換したアミノ酸配列を含む酵素であり、当該変異型酵素を、1,1,1-トリフルオロアセトンに作用させて、(R)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールを得ることを含む、発明1~5のいずれか1つの製造方法。
[発明8]
前記変異型酵素が、前記野生型カルボニル還元酵素のアミノ酸配列のN末端側から第150番目のロイシンをチロシンに置換したアミノ酸配列を含む酵素であり、当該変異型酵素を、(i)1,1-ジフルオロアセトンに作用させて、(R)-1,1-ジフルオロ-2-プロパノールを得ること、または(ii)1-クロロ-3,3,3-トリフルオロアセトンに作用させて、(R)-1-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-2-プロパノールを得ることを含む、発明1~5のいずれか1つの製造方法。
【0024】
[発明9]
前記変異型酵素が、前記野生型カルボニル還元酵素のアミノ酸配列のN末端側から第158番目のロイシンをグルタミンに置換したアミノ酸配列を含む酵素であり、当該変異型酵素を、1-クロロ-3,3-ジフルオロアセトンに作用させて、(R)-1-クロロ-3,3-ジルオロ-2-プロパノールを得ることを含む、発明1~5のいずれか1つの製造方法。
[発明10]
前記変異型酵素が、前記野生型カルボニル還元酵素のアミノ酸配列のN末端側から第201番目のフェニルアラニンをアラニンに置換したアミノ酸配列を含む酵素であり、当該変異型酵素を、1-クロロ-3,3-ジフルオロアセトンに作用させて、(R)-1-クロロ-3,3-ジルオロ-2-プロパノールを得ることを含む、発明1~5のいずれか1つの製造方法。
【0025】
[発明11]
補酵素として、さらにニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NADH)を添加することを含む、発明1~10のいずれか1つの製造方法。
[発明12]
作用時の温度が25℃以上、40℃以下である、発明1~11のいずれか1つの製造方法。
[発明13]
作用時のpHが5.0以上、6.5以下である、発明1~12のいずれか1つの製造方法。
[発明14]
前記変異型酵素が遺伝子組換え大腸菌で発現させたものである、発明1~13のいずれか1つの製造方法。
【発明の効果】
【0026】
本発明の光学活性フルオロアルコールまたは光学活性クロロフルオロアルコールの製造方法により、anti-Prelogタイプの反応機構により光学活性フルオロアルコールを高い光学純度で製造することができ、工業的規模の生産ができる。
具体的には、本発明の製造方法により、医農薬中間体として重要な光学活性フルオロアルコールまたは光学活性クロロフルオロアルコールを、高い光学純度で製造することができ、工業的規模の生産ができる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に、本発明の光学活性フルオロアルコールまたは光学活性クロロフルオロアルコールの製造方法について詳細に説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
本発明は、Pichia farinosa由来の変異型カルボニル還元酵素を、下記式[1]で表されるフルオロケトンまたはクロロフルオロケトンにそれぞれ作用させ、R体のエナンチオマーである下記式[2]で表される光学活性フルオロアルコールまたは光学活性クロロフルオロアルコールを得る製造方法である。
【0028】
本発明の光学活性フルオロアルコールまたは光学活性クロロフルオロアルコールの製造方法において、Pichia farinosa由来の変異型カルボニル還元酵素を、下記式[1]で表されるフルオロケトンまたはクロロフルオロルケトンに作用させ、下記式[2]で表される光学活性フルオロアルコール(R体のエナンチオマー)または光学活性クロロフルオロアルコール(R体のエナンチオマー)を得ることができる。
【0029】
【化3】
【0030】
[式[1]中、RfはCFまたはCFHであり、RはCHまたはCHClである。なお、RがCHの場合がフルオロケトン、RがCHClの場合がクロロフルオロケトンである。]
【0031】
【化4】
【0032】
[式[2]中、RfはCFまたはCFHであり、RはCHまたはCHClである。*は不斉原子をである。なお、RがCHの場合が光学活性フルオロアルコール、RがCHClの場合が光学活性クロロフルオロアルコールである。]
【0033】
本発明の光学活性フルオロアルコールまたは光学活性クロロフルオロアルコールの製造方法は、Pichia farinosa由来の野生型カルボニル還元酵素のアミノ酸配列に特定の変異を施した酵素(変異型酵素)を作用させ、フルオロケトンから光学活性フルオロアルコールを、クロロフルオロケトンから光学活性クロロフルオロアルコールを製造する。工業的な製造方法を目的とし好適な条件を採用することで、光学活性フルオロアルコール(R体のエナンチオマー)または光学活性クロロフルオロアルコール(R体のエナンチオマー)を大量に製造することが可能であり、工業生産に有利である。
生成した光学活性フルオロアルコールまたは光学活性クロロフルオロアルコールを、反応終了液(反応終了後の不純物等を含む混合液)から回収するには、有機合成における一般的な単離方法が採用できる。反応終了後、蒸留や有機溶媒による抽出等の通常の後処理操作を行うことにより、粗生成物を得ることができる。特に、反応終了液または必要に応じて菌体を取り除いた濾洗液を直接蒸留に付すことで簡便にかつ収率よく目的生成物を回収することができる。得られた粗生成物は、必要に応じて、脱水、活性炭処理、分別蒸留、カラムクロマトグラフィー等の精製操作を行うことができる。
【0034】
具体的には、本発明の光学活性フルオロアルコールまたは光学活性クロロフルオロアルコールの製造方法においては、上記変異型酵素を1,1,1-トリフルオロアセトン、1,1-ジフルオロアセトン、1-クロロ-3,3,3-トリフルオロアセトン、および1-クロロ-3,3-ジフルオロアセトンに作用させた場合、これら原料化合物の還元反応の立体選択性が、野生型酵素を作用させた場合より向上するため、高い光学純度の(R)-1,1-トリフルオロ-2-プロパノール、(R)-1,1-ジフルオロ-2-プロパノール、(R)-1-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-2-プロパノール、および(R)-1-クロロ-3,3-ジフルオロ-2-プロパノールを得ることができる。そのため、本発明の製造方法は、工業的な実施が容易である。
【0035】

1.Pichia farinosa由来の野生型カルボニル還元酵素のアミノ酸配列の特定
下記表1に示す様に、本発明の光学活性フルオロアルコールまたは光学活性クロロフルオロアルコールの製造方法に使用する、Pichia farinosaは、受託番号を得て、独立行政法人製品評価技術基盤機構(〒151-0066 東京都渋谷区西原2-49-10)に1946年1月1日付けで寄託されたものである。本菌株は、他の微生物保存機関にも相互に寄託されている場合があり、利用することができる。また、この菌株は一般に公開されているものであり、当業者が容易に入手することができる。
【0036】
【表1】
【0037】
また、本菌株は、下記の表2に示すように、同じ学名を保有する菌株は他の受託番号でも寄託されており、単離した酵素のアミノ酸配列が同じ、もしくは同等の反応性を保有していれば、表1中のPichia farinosa NBRC 0462株と同様に利用することができる。
【0038】
【表2】
【0039】
[微生物の培養]
表1または表2に示す微生物の培養には、通常、微生物の培養に用いられる栄養成分を含む培地(固体培地または液体培地)が使用できるが、該菌株の生物学的特性上、液体培地が好ましい。
培地において、炭素源としては、糖類、アルコール類または有機酸を用いることができ、窒素源としては、アンモニア、アンモニウム塩、アミノ酸、ペプトン、ポリペプトン、カザミノ酸、尿素、酵母エキス、麦芽エキス、コーンスティープリカー等が用いることができる。さらに、その他の添加物として、無機塩、ビタミン類、金属を適宜添加してもよい。
【0040】
<炭素源>
(糖類)
グルコース、スクロース、マルトース、ラクトース、フルクトース、トレハロース、マンノース、マンニトール、またはデキストロース等の糖類を例示することができる。
(アルコール類)
メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、またはグリセロールを例示することができる。
(有機酸類)
クエン酸、グルタミン酸、またはリンゴ酸を例示することができる。
【0041】
<窒素源>
窒素源としては、アンモニア、アンモニウム塩、アミノ酸ペプトン、ポリペプトン、カザミノ酸、尿素、酵母エキス、麦芽エキス、またはコーンスティープリカーを例示することができる。
【0042】
<その他の添加物>
その他の化合物として、無聊の無機塩、ビタミン類、金属を加えてもよい。
(無機塩)
リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウムを例示することができる。
(ビタミン類)
イノシトール、ニコチン酸を例示することができる。
(金属)
鉄、銅、マグネシウム、ホウ素、マンガンまたはモリブデンを例示することができる。
【0043】
<培地>
これらの炭素源、窒素源、無機塩等のうち、炭素源については微生物が十分に増殖する量且つ増殖を阻害しない量を加えることが好ましく、通常、培地1Lに対して5g以上、80g以下、好ましくは10g以上、40g以下である。窒素源についても、微生物が十分に増殖する量且つ増殖を阻害しない量を加えることが好ましく、通常、培地1Lに対して5g以上、60g以下、好ましくは10g以上、50g以下である。栄養源としての無機塩については微生物の増殖に必要な元素を加える必要があるが、高い濃度の場合には増殖が阻害されるため、通常、培地1Lに対して0.001g以上、10g以下である。なお、これらは微生物に応じて、前記したものの複数の種類を組み合わせて、培地に使用することができる。
【0044】
<微生物の培養条件>
培地におけるpHは微生物の増殖に好適な範囲で調整する必要があり、通常4.0以上、10.0以下、好ましくは6.0以上、9.0以下である。
温度範囲は微生物の増殖に好適な範囲で調整する必要があり、通常10℃以上、50℃以下、好ましくは20℃以上、40℃以下である。
培養中は培地に空気を通気する必要があり、好ましくは0.3vvm以上、4vvm以下である。より好ましくは、0.5vvm以上、2vvm以下である。なお、「vvm」は1分間当たりの培地体積に対する通気量を意味し、「olume/olume/inute」の略である。
酸素の要求量が多い微生物に対しては、酸素発生器等を用いて、酸素濃度を高めた空気を通気してもよい。また、試験管やフラスコ等の任意の通気量を設定し難い器具については、該器具の容積に対して培地量を20%以下に設定し、綿栓やシリコン栓等の通気栓を取り付ければよい。
【0045】
培養を円滑に進めるためには培地を攪拌することが好ましく、培養槽の場合には該装置の攪拌能力の好ましくは10%以上、100%以下である。より好ましくは、20%以上、90%以下である。試験管またはフラスコ等の小さな器具を使用する場合には振盪機を用いて行うのがよく、好ましくは50rpm以上、300rpm以下である、より好ましくは100rpm以上、280rpm以下である。培養時間は微生物の増殖が収束する時間であればよく、6時間以上、72時間以下である。好ましくは12時間以上、48時間以下である。
【0046】
[目的の酵素の単離]
培養した微生物から目的の酵素を単離するに当たり、微生物の細胞からタンパク質を取り出す必要がある。微生物の細胞からタンパク質を取り出す方法としては、ガラスビーズによる菌体破砕、超音波による菌体破砕、界面活性剤もしくは有機溶媒による細胞膜または細胞壁の溶解等により細胞を破壊する方法が知られている。これらの方法で得られた懸濁液からたんぱく質を不溶性分として除去する方法には、遠心分離による固液分離、またはフィルターによる濾過方法を挙げることができる。これらの操作を行うことにより、たんぱく質が除かれた細胞由来の抽出液である、無細胞抽出液を得ることができる。
無細胞抽出液から目的の酵素を単離する方法としては、一般的な、硫安分画、疎水性クロマトグラフィー、吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー等により活性画分を分取しながら酵素の単離を行う方法を用いることができる。
【0047】
[酵素の単一性の測定]
単離した酵素の単一性(純度)は、ゲル濾過カラムを用いた液体クロマトグラフィー(HPLC等)による分子量測定や、ポリアクリルアミドゲルを用いた電気泳動法により確認することができ、通常ドデシル硫酸ナトリウムにより変性したタンパク質をポリアクリルアミドゲルにより電気泳動(SDS-PAGE)により、単一性の測定をすることができる。
【0048】
[酵素のアミノ酸配列の測定]
単離した酵素のアミノ酸配列は、一般的なアミノ酸配列の分析方法により測定することができる。しかしながら、単離した酵素のDNAの全長のアミノ酸配列を一度に測定することは困難である。そのため、通常、単離した酵素のN末端側から分析した数~十数個のアミノ酸配列を基に、全長のアミノ酸配列が明らかとなっている近縁の酵素を既存のデータベースから入手し、近縁の酵素の塩基酸配列を基に、各種遺伝子プライマーを作製する。近縁の酵素のゲノムDNAを鋳型として、単離した酵素のアミノ酸配列を含む領域を増幅し、分析することで、単離した酵素のアミノ酸配列の全長を特定することができる。
【0049】

2.変異型カルボニル還元酵素(変異型酵素)の調製
[変異型酵素の調製]
Pichia farinosa由来の野生型酵素のアミノ酸配列を変異させた酵素(変異型酵素)を調製するに当たり、変異箇所および変異させる配列(アミノ酸の種類)は特に制限されるものではない。また、調製された変異型酵素の評価は、対象となる原料化合物を用いた還元反応を実施する必要があり、得られた化合物の光学純度を以て所望の変異が成されたかを判断する。なお、変異の表記については、例えば「L150F」の場合は、N末端側から第150番目のロイシン(L、アミノ酸一文字表記)をフェニルアラニン(F)に変えることを意味する。
【0050】
通常、変異型酵素の調製は、一般的な遺伝子工学の手法により遺伝子組換え大腸菌で大量発現させることにより行われる。すなわち、発現用プラスミドのマルチクローニングサイトに変異型酵素の遺伝子を挿入し、該プラスミドを大腸菌に移入し、大腸菌内で酵素を発現させればよい。発現した酵素を反応に用いる場合、遺伝子組換え大腸菌内で発現した酵素を前述の方法で精製して用いることができるのは勿論、目的の酵素にHisタグと呼ばれる配列を追加することにより固定化金属イオンアフィニティークロマトグラフィーによる精製を容易にしたり、培養した大腸菌をそのまま反応に用いたり、ガラスビーズや超音波で破砕した菌体、無細胞抽出液を反応に用いることもできる。また、精製した酵素を担体に固定化した固定化酵素や、アクリルアミド等で固定化した菌体も用いることができる。
【0051】

3.変異型カルボニル還元酵素(変異型酵素)の作用
本発明の光学活性フルオロアルコールまたは光学活性クロロフルオロアルコールの製造方法における、変異型酵素の作用について説明する。
【0052】
[フルオロケトンまたはクロロフルオロケトン]
下記式[1]で表されるフルオロケトンまたはクロロフルオロケトンは、本発明の光学活性フルオロアルコールまたは光学活性クロロフルオロアルコールの製造方法における原料化合物である。RfはCFまたはCFHであり、RはフルオロケトンにおいてCH、クロロフルオロケトンにおいて、CHClである。
【0053】
【化5】
【0054】
[式[1]中、RfはCFまたはCFHであり、RはCHまたはCHClである。]
【0055】
このようなフルオロケトンとして、1,1,1-トリフルオロアセトン、1,1-ジフルオロアセトンを例示することができる。クロロフルオロケトンとして、1-クロロ-3,3,3-トリフルオロアセトン、1-クロロ-3,3-ジフルオロアセトンを例示することができる。これらは公知の化合物であり、従来技術を基に当業者が適宜調製してもよいし、市販されているものを用いてもよい。
また、上記式[1]で表されるフルオロケトンまたはクロロフルオロケトンは、後述の実施例で示すように、当該ケトンに水もしくはアルコールが付加した水和体、及びアルコール付加体も同様に用いることができる。従って、これらの水和体及びアルコール体も本発明に包合されるものとする。
【0056】
[変異型酵素のフルオロケトンまたはクロロフルオロケトンへの作用]
変異型酵素を、上記式[1]で表されるフルオロケトンまたはクロロフルオロケトンに作用させ、酵素反応により、光学活性フルオロアルコールまたは光学活性クロロフルオロアルコールを得る際は、通常、生体酵素の反応場である水を主成分とする緩衝液中で行う。
本作用は還元反応であることから、酸性側の緩衝液が好ましい。このような酸性側の緩衝液として、リン酸ナトリウム緩衝液、リン酸カリウム緩衝液、クエン酸ナトリウム緩衝液、クエン酸カリウム緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液、または酢酸カリウム緩衝液を例示することができる。緩衝液のpHは低すぎると酵素が変性して失活するため弱酸性が好ましく、好ましくは4.5~6.9、より好ましくは5.0~6.5である。
【0057】
また、フルオロケトンまたはクロロフルオロケトンが水に溶解し難い場合は、溶解しやすくすることを目的に有機溶媒を緩衝液に加えることもできる。このような有機溶剤として、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、アセトン、またはテトラヒドロフラン等の水と任意の割合で溶解する有機溶媒を例示することができる。
<温度>
酵素の作用時の温度は、酵素反応に好適な範囲を維持する必要があり、通常10℃以上、60℃以下である。好ましくは15℃以上、50℃以下であり、より好ましくは25℃以上、40℃以下である。
<作用時の条件>
酵素液または菌体懸濁液を静置させた状態においては酵素反応の効率が低下するため、反応時は攪拌することが好ましい。また、酵素反応は無通気で行うことができるが、必要に応じて通気を行ってもよい。その際、通気量が多過ぎる場合には原料の式[1]で表されるフルオロケトンまたはクロロフルオロケトン、および目的生成物の光学活性含フルオロアルコールまたは光学活性クロロフルオロアルコールが系外に気体として飛散するおそれがあるため、通気量は、0.3vvm以下が好ましく、より好ましくは0.1vvm以下である。反応時間は、目的物の生成具合によって決定すればよく、通常6時間以上、312時間以下である。
【0058】
<補酵素>
本発明の光学活性フルオロアルコールまたは光学活性クロロフルオロアルコールの製造方法においては、変異型酵素以外に、反応を促進させるために補酵素を加えてもよい。
このような補酵素としては、水素供与体であるニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(以下、NADHと略する、)を例示することができる。NADHは、市販されているものを外部から加えてもよいし、遺伝子組換え大腸菌を作出する際に該変異型カルボニル還元酵素と併せてグルコース脱水素酵素やギ酸脱水素酵素を発現系に組み込んでもよい(補酵素再生系)。外部から補酵素NADHを加える場合は、一般に細胞内への透過性が悪いことから菌体破砕液、無細胞抽出液、酵素液に加えることが好ましい。補酵素再生系のグルコース脱水素酵素はグルコースを基質にNAD+からNADHを、ギ酸脱水素酵素はギ酸を基質にNAD+からNADHを再生する能力を有する。補酵素再生系を遺伝子組換え大腸菌内に構築することで、高価な試薬であるNADHを外部から加える必要がなくなり、経済的かつ収率よく目的物を製造することができる。
補酵素再生系を組み込んだ遺伝子組換え大腸菌を用いた方法は、煩雑な酵素精製を行う必要が無く、高価な試薬NADHを外部から加える必要の無い工業的な製造方法である。
【0059】

以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0060】
[Pichia farinosa NBRC 0462株からの粗酵素液(野生型カルボニル還元酵素を含む)の調製]
Pichia farinosa(以下、P. farinosa)NBRC 0462株を試験管(φ1.4 cm×18 cmに調製した5 mlのYM培地(pH 6.5)に植菌し、30℃、250 rpmで24時間培養を行い、5.2×109cfu/mlの前培養液(1)を得た。
この前培養液(1)を500 ml容の三角フラスコに調製した200 mlのYM培地(pH 6.5)に植菌し、20℃、200 rpmで24時間培養を行い、6.3×108cfu/mlの前培養液(2)を得た。この前培養液(2)を2 L坂口フラスコに調製した1 LのYM培地(pH 6.5)に植菌し、30℃、96 rpmで72時間の培養を行い、1.2×109 cfu/mlの菌体懸濁液を得た。この菌体懸濁液を500 ml容の遠沈管に移し、3,000×g、30分間の遠心分離を行い、菌体を回収した。
【0061】
回収した菌体10 mM-リン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.0)を菌体の5倍量加え、懸濁液を調製した。この菌体懸濁液に0.3 mmのグラスビーズを懸濁液の等量加え、ビーズ式細胞破砕装置(安井器械株式会社製、商品名、マルチビーズショッカー)を用いて菌体を破砕した。破砕液を遠沈管に移し、20,000×g、10分間の遠心分離を行い、上清を無細胞抽出液として回収した。
この無細胞抽出液に50%飽和濃度となるように硫酸アンモニウムを溶解し、氷上で3時間攪拌し、タンパク質を析出させた。この抽出液を遠沈管に移し、20,000×g、30分の遠心分離を行い、上清を回収し、さらにこの上清に80%飽和濃度となるように硫酸アンモニウムを溶解し、氷上で30分間の攪拌を行った。この抽出液を遠沈管に移し20,000×g、30分の遠心分離を行い、沈殿を回収した。この沈殿に10 mM-リン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.0)を10 ml加え、析出したタンパク質を溶解させたのち、分画分子量14,000の透析チューブを用いて、5 mM-リン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.0)に対して2回の透析を行った(50~80%硫安画分)。50%硫酸アンモニウムで析出したタンパク質に対しても同様の操作を行った(50%硫安画分)。これらの酵素液を後述の酵素活性測定方法により酵素活性を測定した。結果を表3に示す。
【0062】
【表3】
【0063】
[酵素活性測定方法]
酵素活性は、0.2 M-リン酸カリウムバッファー(pH 7.0)880μlに、10 mM-NADH水溶液(終濃度0.1 mM)を10μl、5%-1,1,1-トリフルオロアセトン水溶液を100μl(終濃度0.5%)、無細胞抽出液または酵素液を10μl添加して反応液とした。反応は30℃で行い、分光光度計(日本分光株式会社製、型式V-630BIO)を用いてNADHの吸光度をモニターした。酵素活性は、1分間当たり1μmolのNADHの酸化を触媒する酵素量を1 U(ユニット)として定義した。
[クロマトグラフィーによる野生型カルボニル還元酵素の精製]
10 mM-リン酸カリウムバッファー(pH 7.0)で平衡化したToyopearl Gigacap Q(東ソー株式会社製)をφ16.5 cm×2.5cm(8 ml)のカラムに充填し、上記と同様の方法で調製した50~80%硫安画分の粗酵素液をカラムクロマトグラフィーに供した。5倍量の10 mM-リン酸カリウムバッファー(pH 7.0)でタンパク質を溶出した。フラクションは2 mlずつ分取し、酵素活性を測定し、活性画分をまとめて次のクロマトグラフィーに供した。
【0064】
10 mM-リン酸カリウムバッファー(pH 7.0)で平衡化したBlue-Sepharose(GEヘルスケアジャパン株式会社製)をφ7.5 cm×1.5 cm(20 ml)のカラムに充填し、前述の活性画分を供した。5倍量の10 mM-リン酸カリウムバッファー(pH 7.0)で担体を洗浄後、0~0.8 mMのNADHの濃度勾配をつけた10 mM-リン酸カリウムバッファー(pH 7.0)でタンパク質を溶出した。フラクションは1 mlずつ分取し、酵素活性を測定し、活性画分を回収した。
回収した酵素液をSDS-PAGEにより分析し、27 kDaの位置のバンドにほぼ単一のタンパク質として精製されていることを確認した(P. farinosa NBRC 0462株由来の野生型カルボニル還元酵素)。結果を表4に示す。
【0065】
【表4】
【実施例2】
【0066】
[P. farinosa NBRC 0462株由来の野生型カルボニル還元酵素のアミノ酸配列の確認]
実施例1で得られた野生型カルボニル還元酵素をアミノ酸シーケンサー(Thermo Scientific、3500 Series Genetic Analyzer)によりN末端側からのアミノ酸配列を確認したところ、「MAYNFSNKVAIITGGI」(配列番号4)であった。この配列を元に既知の酵素を検索してヒットしたMillerozyma farinosa(以下、M. farinosa)CBS 7064株の3-ketoacyl reductase(Accession No. CCE79182.1)の全長塩基配列を基にプライマー(以下、プライマー1、2)を作製し、下記の反応液組成および反応条件でPCR法を行うことにより、目的の酵素(野生型カルボニル還元酵素)の塩基配列の部分配列を明らかにした。また、P. farinosa NBRC 0462株のゲノム遺伝子に対して各種制限酵素を作用させることで得られた環状DNAを鋳型とし、目的の酵素の内部配列から設計したプライマー(以下、プライマー3,4)を作製し、下記の反応液組成および反応条件でインバースPCR法を行うことにより、目的の酵素(野生型カルボニル還元酵素)の塩基配列の全長(下記配列2;配列番号2)を明らかにした。
【0067】
<インバースPCRに用いたプライマー>
・プライマー1:ATGGCCTATAACTTCWCTAACAA(配列番号5)
・プライマー2:GCTGTRTATCCTCCRTCAACRAG(配列番号6)
・プライマー3:CGCCATTACTAGAGTTCTTGC(配列番号7)
・プライマー4:AGCAGCTTCTTTAAAATC(配列番号8)
【0068】
<PCRの反応液組成>
ゲノムDNA: 0.5μL
Prime star Max Premix 10μL
プライマー1 (10μM): 1μL
プライマー2 (10μM): 1μL
滅菌水: 12.5μL
合計: 25μL
【0069】
<PCRの反応条件>
94℃(1 min)反応させた後、「熱変性・解離:98℃(10 sec)→アニーリング:58℃(15 sec)→合成・伸長:72℃(60 sec)」を1サイクルとして計30サイクル反応させた。
【0070】
<インバースPCRの反応液組成>
環状DNA: 0.5μL
10×LA PCR Buffer 1.25μL
25mM dNTP: 2μL
25mM MgCl2: 1.25μL
LA Taq ポリメラーゼ: 0.1μL
プライマー3 (10μM): 0.5μL
プライマー4 (10μM): 0.5μL
滅菌水: 6.4μL
合計: 12.5μL
【0071】
<インバースPCRの反応条件>
「熱変性・解離:94℃(30 sec)→アニーリング:52℃(30 sec)→合成・伸長:72℃(4 min)」を1サイクルとして計30サイクル反応させた。
【0072】
「配列2」
ATGGCCTATAACTTCACTAACAAAGTCGCTATCATTACAGGAGGGATTTCTGGTATTGGTTTAGCTACAGTCGAGAAATTCGCTAAGCTGGGTGCTAAAGTCGTCATAGGAGATATTCAAAAAGATGATTTTAAAGAAGCTGCTTTTGCAATTTTAAAGAATAAAGGAATTAACCTTGATCAATTGAAATATGTCCACACGGACGTCACCATAAATTCGGCAAATGAGGACCTTTTGAAGACTGCTATAAACACCTTTGGAGGCGTCGACTTTGTCGTAGCAAACTCTGGAATAGCAAAAGATCAACGTTCTGAAGAGATGACTTATGAAGATTTCAAGAAAGTAATTGATGTTAACTTAAACGGTGTATTTTCCTTGGATAAGTTAGCAATTGACTATTGGTTAAAAAATAAGAAAAAGGGCTCTATTGTCAATACGGGTTCTATTCTCTCGTTTGTTGGTACTCCTGGATTATCACATTATTGCGCATCAAAGGGTGGAGTGAAGTTATTGACACAAAGCTTGGCTCTCGAGCAGGCTAAGAATGGCATCAGAGTGAATTGCATCAATCCTGGTTATATAAAAACGCCATTACTAGAGTTCTTGCCTAAAGATAAGTATGACGCTTTAGTGAGCCTTCATCCAATGGGTAGATTAGGCGAACCTGAGGAAATTGCCAATGCCATTGCTTTCCTTGTCTCTGATGAAGCCAGCTTTATAACTGGTACAACTCTTCTTGTTGACGGAGGATATACAGCTCAATGA(配列番号2)
【0073】
この配列2から得られるアミノ酸配列(下記配列1;配列番号1)を用いてBLAST検索(国立生物工学情報センター、米国)を行ったところ、M. farinosa CBS 7064株のアミノ酸配列(下記配列3;配列番号3)と96%の相同性(同一性)(243/254)を有するものであった。
【0074】
「配列1」
MAYNFTNKVAIITGGISGIGLATVEKFAKLGAKVVIGDIQKDDFKEAAFAILKNKGINLDQLKYVHTDVTINSANEDLLKTAINTFGGVDFVVANSGIAKDQRSEEMTYEDFKKVIDVNLNGVFSLDKLAIDYWLKNKKKGSIVNTGSILSFVGTPGLSHYCASKGGVKLLTQSLALEQAKNGIRVNCINPGYIKTPLLEFLPKDKYDALVSLHPMGRLGEPEEIANAIAFLVSDEASFITGTTLLVDGGYTAQ(配列番号1)
【0075】
「配列3」
MAYNFSNKVAIITGGISGIGLATVEKFAKLGAKIVIGDIQKEEYKEAAFAILKNKGINLDQLKYVPTDVTINSANEDLLKTAISTFGGVDFVVANSGIAKDQRSEEMTYEDFKKIIDVNLNGVFSLDKLAIDYWLKNKKKGSIVNTGSILSFVGTPGLSHYCASKGGVKLLTQTLALEQAKNGIRVNCINPGYIKTPLLEFLPKEKYDALVNLHPMGRLGEPEEIANAIAFLVSDEASFITGTTLLVDGGYTAQ(配列番号3)
【実施例3】
【0076】
[P. farinosa NBRC 0462株由来の野生型カルボニル還元酵素を大量発現する遺伝子組換え大腸菌の作出]
実施例2で得られた塩基配列(配列番号2)を発現用ベクターpET11aのマルチクローニングサイトに挿入し、Escherichia coli BL21 (DE3) に移入することで、P. farinosa NBRC 0462株由来の野生型カルボニル還元酵素を大量発現する遺伝子組換え大腸菌を作出した。該組換え大腸菌の培養はLB培地で実施し(37℃、振盪培養)、濁度(OD600、Optical density、600 nm)が0.7~1.0の範囲の時にIPTG(イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド)を0.5 mMの範囲で加えることにより発現誘導を行った。酵素発現の確認はSDS-PAGEにより分析し、分子量27 kDaの位置に目的のタンパク質が大量発現していることを確認した。
【0077】
[比較例1]
[大腸菌で発現したP. farinosa NBRC 0462株由来の野生型カルボニル還元酵素によるフルオロケトンの還元反応]
前述の方法で培養した遺伝子組換え大腸菌より無細胞抽出液を調製し、実施例1の酵素活性測定方法にて野生型カルボニル還元酵素の各種フルオロケトンに対する反応性を確認した。光学純度の分析は後述に示すガスクロマトグラフィー法により行った。結果を表5に示す。
【0078】
【表5】
【0079】
[光学純度の分析]
<光学活性1,1,1-trifluoro-2-propanol>
酢酸ブチルで抽出した光学活性1,1,1-trifluoro-2-propanolを分析試料とした。ガスクロマトグラフィーのカラムには米国RESTEK社製のRt-βDEXsa(長さ 30 m、内径 0.25 mm、膜厚0.25μm)を用い、注入口の温度は230℃、サンプル注入量0.5μl(スプリット比50:1)、キャリアガスは窒素、圧力は100 kPa、オーブン温度は95(25 min)~200℃(17.5℃/min)~200℃(4 min)、検出器(FID)の温度は230℃の分析条件で得られるピークの面積より光学純度を算出した。光学活性1,1,1-trifluoro-2-propanolのそれぞれのエナンチオマーの保持時間は、R体が7.5 min、S体が8.1 minであった。
【0080】
<光学活性1,1-difluoro-2-propanol>
酢酸エチルで抽出した光学活性1,1-difluoro-2-propanolに対して、無水酢酸1.2モル当量、ピリジン1.2モル当量を反応させ、アセトキシ体に誘導し、分析試料とした。ガスクロマトグラフィーのカラムにはアジレント・テクノロジー株式会社製の商品名Cyclosil-B、長さ 30 m、内径 0.25 mm、膜厚 0.25μmを用い、注入口の温度は230℃、サンプル注入量0.5μl(スプリット比50:1)、キャリアガスは窒素、圧力は100 kPa、オーブン温度は60~90℃(1℃/min)~150℃(10℃/min)、検出器(FID)の温度は230℃の分析条件で得られるピークの面積より光学純度を算出した。光学活性1,1-difluoro-2-propanolのそれぞれのエナンチオマーの保持時間は、S体が4.6 min、R体が5.3 minであった。
【0081】
<光学活性1-chrolo-3,3,3-trifluoro-2-propanol>
酢酸エチルで抽出した光学活性1-chrolo-3,3,3-trifluoro-2-propanol を分析試料とした。ガスクロマトグラフィーのカラムにはSPELCO社製のγ-DEX 225(長さ 30 m、内径 0.25 mm、膜厚0.25μm)を用い、注入口の温度は220℃、サンプル注入量0.5μl(スプリット比100:1)、キャリアガスは窒素、圧力は100 kPa、オーブン温度は80℃(12 min)~200℃(20℃/min)~200℃(2 min)、検出器(FID)の温度は300℃の分析条件で得られるピークの面積より光学純度を算出した。光学活性1-chrolo-3,3,3-trifluoro-2-propanolのそれぞれのエナンチオマーの保持時間は、R体が9.1 min、S体が9.9 minであった。
【0082】
<光学活性1-chrolo-3,3-difluoro-2-propanol>
酢酸エチルで抽出した光学活性1-chrolo-3,3,3-trifluoro-2-propanol を分析試料とした。ガスクロマトグラフィーのカラムにはSPELCO社製のγ-DEX 225(長さ 30 m、内径 0.25 mm、膜厚0.25μm)を用い、注入口の温度は220℃、サンプル注入量0.5μl(スプリット比100:1)、キャリアガスは窒素、圧力は100 kPa、オーブン温度は80℃(12 min)~200℃(20℃/min)~200℃(2 min)、検出器(FID)の温度は300℃の分析条件で得られるピークの面積より光学純度を算出した。光学活性1-chrolo-3,3,3-trifluoro-2-propanolのそれぞれのエナンチオマーの保持時間は、S体が10.6 min、R体が11.1 minであった。
【実施例4】
【0083】
[P. farinosa NBRC 0462株由来の野生型カルボニル還元酵素のアミノ酸配列を変異させた酵素(変異型酵素)を大量発現する遺伝子組換え大腸菌の作出と、目的生成物の光学純度の確認]
配列1のアミノ酸配列(配列番号1)を基に、任意のN末端側から第150番目または第201番目のアミノ酸を置換変異させた変異型酵素を5種類デザインし(L150F、L150M、L150Y、L158Q、F201A)、これらを発現する遺伝子組換え大腸菌を実施例3と同様の方法で作出した。それぞれの変異型カルボニル還元酵素を大量発現した遺伝子組換え大腸菌から前述の方法で精製酵素をそれぞれ調製し、各種フルオロケトンおよび各種クロロフルオロアルコールに対する反応性を確認した。表6に示すようにL150Fの変異では(R)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールの光学純度が>99.9%ee、(R)-1,1-ジフルオロ-2-プロパノールの光学純度が97.8%ee、(R)-1-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-2-プロパノールの光学純度が91.4%eeに向上した。L150Mの変異では(R)-1,1,1-トリフルオロ-2-プロパノールの光学純度が>99.9%eeに向上した。L150Yの変異では(R)-1,1-ジフルオロ-2-プロパノールの光学純度が90.8%ee、(R)-1-クロロ-3,3,3-トリフルオロ-2-プロパノールの光学純度の向上が91.2%eeに向上した。L158Qの変異では(R)-1-クロロ-3,3-ジフルオロ-2-プロパノールの光学純度が81.2%eeに向上した。L201Aの変異では(R)-1-クロロ-3,3-ジフルオロ-2-プロパノールの光学純度の向上が91.2%eeに向上した。
【0084】
【表6】
【実施例5】
【0085】
[変異型酵素とMoraxella sp.由来のギ酸脱水素酵素を共発現する遺伝子組換え大腸菌の作出]
実施例4で得られた変異型酵素(L150F)の遺伝子およびMoraxella sp.由来のギ酸脱水素酵素遺伝子(Accession No. Y13245.1)を、発現用ベクターpET11aのマルチクローニングサイトに挿入し、E. coli BL21 (DE3) に移入することで変異型酵素(L150F)およびMoraxella sp.由来のギ酸脱水素酵素を大量発現する遺伝子組換え大腸菌を作出した。
前述の方法と同様に酵素を発現させ、SDS-PAGEによりタンパク質を分析したところ、分子量27 kDaおよび48 kDaのバンド位置に目的のタンパク質が大量発現していることを確認した。
【実施例6】
【0086】
[変異型酵素(L150F)とMoraxella sp.由来のギ酸脱水素酵素を共発現する遺伝子組換え大腸菌を用いた(R)-1,1,1-trifluoro-2-propanolの製造]
実施例4で作出した組換え大腸菌を500 mlバッフル付き三角フラスコに調製したLB培地に植菌し、160 rpm、33℃で8時間の前培養を行った。この前培養液を5 L培養槽(丸菱バイオエンジ社製、MDN型5L(S))に調製したLB培地に無菌的に植菌し、30℃、通気0.5 vvm、攪拌300 rpmの条件で培養を行った。濁度が0.5のタイミングでIPTGを終濃度0.1 mM加え発現誘導を行った。培養時のpHは50%リン酸および25%アンモニア水を用いて7.0に調整し、29時間の培養を行った。培養終了後の菌体懸濁液に60 wt%-1,1,1-trifluoroacetone水溶液を135 g、ギ酸ナトリウムを1,1,1-trifluoroacetoneに対して3.0モル当量投入し、無通気、25℃、300 rpmで反応を行った。反応後の変換率の測定は、19F-NMRの内部標準法により行い、18時間後の変換率は100%、光学純度は99.9%ee(R)であった。
【0087】
反応後の培養液から蒸留により(R)-1,1,1-trifluoro-2-propanolの水溶液を約220 g回収し、水酸化カルシウム(無水)を水分重量に対し60%重量加え脱水した(二層分離の上清を回収)。この(R)-1,1,1-trifluoro-2-propanolをヘリパックパッキンNo. 1(トウトクエンジ株式会社製)を充填したφ2 cm×30 cmの精留塔を用いて分別蒸留を実施し、蒸気温度78℃で留分を94 g回収した。得られた精製品の化学純度をガスクロマトグラフィーで算出したところ、全体の面積に占める1,1,1-trifluoro-2-propanolの面積は99.3%であった。光学純度は99.9%ee(R)であった。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明の光学活性フルオロアルコールまたは光学活性クロロフルオロアルコールの製造方法により得られる、光学活性フルオロアルコールおよび光学活性クロロフルオロアルコールは医薬中間体として利用できる。
【配列表フリーテキスト】
【0089】
配列番号5:合成DNA
配列番号6:合成DNA
配列番号7:合成DNA
配列番号8:合成DNA
【配列表】
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